【夏の日の想い出・仮面男子伝説】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-05-03
「女装コンテストですか?」
私はΛΛテレビのプロデューサーの話を聞いて、戸惑うように答えた。
「12月29日放送なんですよ。ローズ+リリーのライブツアーの日程を確認したのですが、この日はライブは無いですよね」
「ライブは無いですけど、準備などで時間が取れないです」
「番組自体はそれ以前に録画しますので。この手の番組は放送事故が起きやすいもので」
「ああ、確かに」
この手の番組では、映してはまずいようなショットが出る可能性、流してはまずいような発言が飛び出す可能性などがある。
「2時間のスペシャル番組で収録はたぶん4-5時間になると思います。リハーサルは局のスタッフだけでやりますのでそれ以上のお時間は取らせません。今が旬の男性芸能人20人に出演してもらって美しさを5人の審査員に採点してもらおうという趣旨なんですが、その審査員になって頂けないかと思いまして」
とプロデューサーさん。
「あ、ケイが女装するわけじゃないんだ?」
と横から政子が言う。
「私は女装のしようがないよ」
と私は答えておく。
「だよね〜。女の子が女装しても仕方ない」
と政子。
「ケイさんは名誉チャンピオンということでもいいですが」
とプロデューサーさん。
「遠慮しておきます」
と私。
プロデューサーさんは熱心に私を口説いたものの、私は多忙でもあるしケイのイメージ戦略に反するからということでお断りした。
「そうですか。残念です」
とプロデューサーさんは、ほんとに口惜しそうに言ったのだが、その時政子が唐突に言った。
「ケイが出ないなら私が審査員で出ようか?」
「ほんとですか? ぜひぜひお願いします」
とプロデューサーさんが嬉しそうに言った。
私は頭を抱えた。
「性転換って、どの時点をもって性転換したんだと思う?」
唐突に、あきらが訊いた。
その日、私と政子は、春から制作を進めていた『雪月花』の音源収録作業がやっと片付き、たまたま連絡がとれた、あきら・小夜子夫妻と遅いディナーを一緒にしていた。
「世間的にはさ、やはり性転換手術って凄くインパクトが強いし、日本の法律も性転換手術を受けていることを戸籍上の性別変更の要件にしてるけどさ」
とあきらは言うが、私はその後を引き取って言った。
「性転換手術ってのは、最終ステップだよね。その前に既に性転換は完了している」
「うん、私もそう思うんだ」
「あきらさんは、身体はまだ男かも知れないけど、誰も男だと思ってないでしょう?」
「そうなんだよね〜。私は自分では男のつもりでいるのに」
とあきらが言うと
「嘘つくのはよくない」
と小夜子。
「自分で男と思っている人が女子トイレを使ったら痴漢だと思うけど」
「いや、男子トイレ使うと騒ぎになるから、世界の平和のために女子トイレを使っている」
「トイレ事情に関してはFTMさんの方が大変かもね」
「あ、それは思ったことある」
「MTFの場合は初期の段階では女装で出歩いていても、なかなか女子トイレを使う勇気がない。そういう人が男子トイレにいても、女子トイレが混んでいるのでこちらに侵入してきたかと思ってもらえる。でもFTMさんは男装して外を歩く以上、男子トイレを使う以外の選択肢が無い」
「最初怖いだろうけどね」
「結局、性転換って、本人が社会的に周囲から女性とみなされる状態で生活するようになった時点が、性転換した時点なんじゃないかなあ」
とあきら。
「そういう意味では、あきらは高校を出てひとり暮らしするようになった時にもう性転換していたんだろうね」
と小夜子。
「最近、そんな気もしてきたんだよ」
「じゃ、仕上げに性転換手術しちゃう?」
「それは待って」
「早く手術したいと思っているくせに」
「うーん・・・」
その時、私は唐突に夏のサマフェスの後の打ち上げの時、千里が音羽にこの場にMTF性転換者が5人居ると言ったという話を思い出した。結局その5人って誰だったのだろうか。
自分、千里、近藤うさぎ、チェリーツインの桃川さんの4人は間違い無い。しかし5人ということはまだ誰かあの中に私の知らないMTFが居たのだろうか。
「だけど逆にさ」
とあきらは言う。
「性転換手術を終えているのに、世間的にはまだ元の性別のまま暮らしている人ってのもたまにいるよね」
「うん。それは社会的な性別の変更が物凄く大変だからだよ。そもそも仕事の問題がある」
「古い友人でね。19歳で性転換手術しちゃったんだけど、女として就職することができずに、結局男装してバスの運転手さんをしているという人がいたよ」
とあきら。
「それは大変だね」
「仕事は男装でして自宅に戻ると女装。泊まりになる時とか宿舎で女装しているから同僚とかにはバレてるらしいけどね。バスガイドさんと一緒に女湯に入っているらしいし」
「それでも女として仕事させてもらえないんだ?」
「会社って割とそういう組織だよ」
と言ってからあきらは付け加えた。
「そういう人の場合、確かに性転換手術は済んでいるかも知れないけど、まだ性転換したとは言えないと思うんだよね」
私は少し考えてから頷いた。
「確かにそうかも知れないね」
そんなことを言いながら、私は政子の前に皿が20枚ほど積み上げられているのを眺めていた。
そのあきら夫妻との会食の翌日、2014年11月29日。私は水戸市を訪れた。ここの青柳公園市民体育館でバスケットボールの関東総合選手権大会というのが行われるのだが、私はこの大会に出場する千葉のローキューツというクラブバスケットチームのオーナーになったのである。
このチームは2007年に数人の女子大生によって設立されたチームで、初期のメンバーにはU19やU24の日本代表経験者が数人いたものの、すぐに休眠状態に近くなっていた。しかし2009年に千里や友人の麻依子などが参加して、全国大会まで行くチームになった。その後千里たちの世代は辞めたものの、チームの運営費用は経済力のある千里が引き続き負担していた。
しかし2013年に千里は別のチーム40minutesを結成して自らはそちらで活動するようになり、そちらも結構強いチームに成長してきた。そこで両者が大会でぶつかる可能性も出てきたので、ローキューツの方は私がオーナーになってくれないかと千里から要請され、快諾したのである。
この日は、どうせ水戸に行くのなら選手を乗っけて行ってと言われたので、私のフィールダーで西船橋駅前で3人拾って乗せて会場に向かった。それ以外に千里が自分のインプレッサに3人、監督の西原さんがフリードスパイクに2人、キャプテンの薫がヴィッツに2人(薫自身も含めて3人)乗せている。
千葉ローキューツの選手は現在18人で、それに西原監督・谷地コーチを入れて20人の陣容だが、この日は選手18人のうち11人だけそろうということだった。みんな仕事を持っていたり学生でもバイトがあったりして、なかなか全員そろわないらしい。
「ひどい時は6−7人で試合に出る時もあるんですよ」
と私が乗せた選手のひとり、原口揚羽さんが言っていた。
「それ交代ができないじゃないですか」
「そうなんですよ。マジで40分間走り回らないといけないことあります。中学の頃はけっこうあったけど、高校時代はそういうの経験してないですね」
と揚羽さん。
「特に原口さんたちの高校は強豪だから交代要員が充分いたでしょうね」
「いや、むしろ私自身がその交代要員だったというか」
「え?でも旭川N高校のキャプテンだったんですよね?」
「だけど、あまりスターターになってないです」
「あらら」
「1つ上に花和(留実子)さん、1つ下には中井(耶麻都)ちゃんって180cm代の選手がいたから、そちら優先で。私はベンチに座るキャプテン」
と揚羽は自嘲気味に語っている。
「たいへんですねー」
「スラムダンクの藤真さんみたいな感じかな」
と妹の紫さんが言っている。
「私は監督はしてないけどねー」
この日私が乗せたのは原口姉妹ともうひとり水嶋ソフィアという子であった。3人とも千里の高校の時の後輩らしい。千葉ローキューツの選手には千里の旭川N高校、溝口さんの旭川L女子高など旭川出身の選手が多いということであった。
「だけど3人とも結構背が高いのに」
と私は言う。
「私が176cm, 妹が177cmかな。ソフィアは175cm」
と揚羽が言う。
「まあ女子トイレに入ってしばしば悲鳴をあげられる」
「あぁぁ」
「女物の服でなかなか安いのが買えないから、結構男物を着てるしね」
「それでますます男と間違えられる」
「大変ですね!」
「まあ子供の頃からのことだから慣れっこですけどね〜」
「結局、背の高い子がたくさん集まっているバスケットチームというのが私たちにとっては安住の場所なんですよ」
私は頷いた。そういう場所があるというのは本当に良いことだ。
「みなさん大学生でしたっけ?」
「ソフィアが大学4年、妹が3年で、私は不良OLです」
などと揚羽。
「ソフィアさん、就職は?」
「一応内定もらってます。東京都内の会社なんで、私は大学卒業したらこのチーム辞めて、40minutesの方に移籍しようかと思っているんですよ」
とソフィア。
「ああ、なるほどね」
「あちらはうちや東京の江戸娘とか茨城のTS大学とかのOGのたまり場になってるから」
「元々あのチームは、うちの千里さんと、TS大学出身の中嶋(橘花)さんが共同で設立して、その後、すぐに江戸娘出身の秋葉(夕子)さんが合流したんですよ」
そのあたりの詳しい経緯は聞いていなかったので私は「へー」などと言いながら聞いていた。
「千葉だとローキューツと、茨城だとTS大学と競合するからというので東京で登録したんですが、結果的に江戸娘とは競合して江戸娘の現役・OG対決が結構起きてるんですけどね」
「なるほど」
「それに学校を卒業するとともに所属する都道府県を移籍した場合は、国体にそのまま出られるし」
国体ではしばしば「ジプシー選手」が問題になったので、現在、1度国体に出た選手は、学校の卒業や結婚、また18歳未満で親の転勤による引越しなどのやむを得ない理由がない限り、他の都道府県に移動しても移動後2年間は国体に出場することができないことになっている。
「私はそのタイミングを逸してしまった」
と揚羽は言っている。
「結婚する時に移動できるし、それがうまく行かなかったら子供産む時にはどうせ中断するから、そのタイミングで移動すればいいよ」
と妹さんの紫の方は言っているが
「結婚するにしても相手がね〜」
とお姉さんは言っていた。
やがて会場に到着する。千里・薫は到着していたが、まだ監督の車が到着していなかった。
ローキューツのメンバーはこの夏のローズ+リリーの苗場ロックフェスティバルと大宮アリーナの公演にも出てもらっていたので、その場に居る全員の顔に見覚えがあった。
千里が
「私が40minutesと両方所有していたらまずいだろうということでオーナーを変わってもらうことになったから」
と言って私を紹介すると
「よろしくお願いしまーす」
とみんなの声。
「まあ、村山ちゃんがしてたのと同様に、大会の参加費とか交通費・宿泊費・食費を出す程度で。給料までは出せないけどごめんね」
と私は言うが
「いや、今の仕事もやめたくないから、現状通りアマの立場の方がいいです」
という声があがる。
「プロ志向の人は実業団とか行くしね」
「あるいは大学のバスケ部に入るか」
「今、谷地コーチからメール。渋滞に引っかかっているらしい。メンバー表は先に出しておいてということだから、私が書いて出すね」
と薫が言う。
谷地コーチは西原監督の車に同乗している。
それで今集まっているメンバー、および監督の車に乗っている選手1人の名前を薫が全部書いて本部に提出に行った。
「開始まであと35分」
と千里が腕時計を見て言う。
「まだ40-50分かかりそうということ」
と薫。
「まあうちは第1試合じゃないからいいけど」
関東総合は関東8都県の代表8チームで争われるが、今日は1回戦の4試合が行われる。第1試合は群馬−神奈川と栃木−山梨で、薫たちローキューツは第2試合の埼玉代表のクラブチームとの試合に今日は出場する。
「だけどみんなやはり良さそうなスポーツウォッチしてるね」
と私は言う。
「私のはアディダスかな」
と薫。
「私はセイコーのであまり高くないですよ」
と原口揚羽。
「私のはもっと安いカシオスポーツ」
と妹の紫。
「私もカシオだけど、これ1000円のですよ」
とソフィアが言うと
「勝った。私のなんて100円だよ」
と甲斐さんが言う。それ勝ったというのか!?
「私もカシオ〜」
と風谷さんが言っているが
「翠花のはカシオでもG-Shockじゃん」
という声が掛かる。
「私のはスント。これ日々のトレーニングにかなり役立つんですよ」
と松元さんが言ってから
「千里さんも以前スントをしてましたよね?」
と付け加える。
「うん。まだ持ってるよ。でも最近はずっとこれしてる」
と千里は答える。
「そういえば千里、以前は青い時計してたね。それなんか凄そうな時計。どこのだっけ?」
と私は銀色に輝く千里の腕時計を見て言う。
「これはティソだよ」
「スウォッチか!」
「そうそう。スウォッチグループの中核のひとつ。オメガ、ラドー、ロンジン、ハミルトンとかのブランドがある。でもそういう高級時計だけじゃなくて、こういう実用的な腕時計も作っているんだよ」
と千里は説明する。
スウォッチ(Swatch)はスイスの時計製造の大メーカーで、しばしば Swiss Watchの略と思われているが、実際には Second Watchの略らしい。
「いや、千里さんのその時計は裏に刻まれている文字が凄いんです」
と揚羽が言う。
千里が微笑んでそれを外して私に見せてくれた。
「凄い!」
と私は声を挙げた。
「こんなの普段使いしていいの?」
「だって腕時計は腕に付けて使うために生まれて来てるんだから、使ってあげなくちゃ。ただ飾っておくのとかは可哀想だよ」
と千里。
「私もそういう考え方好きです。もっとも私は飾っておきたくなるような時計持ってないけど」
とソフィアが言っていた。
出場チームが、かなりアバウトにチーム毎に整列?し、開会式が行われた。大会長の短い挨拶があっただけで、すぐに解散し、第1試合が始まる。その時刻になって、やっと西原監督の車が到着した。
「ごめーん。すっかり遅くなって。常磐道で事故が起きてて、そこを通過するのに手間取ってしまって」
「高速で事故が起きると、それが大変ですよね」
私は監督とコーチには初対面だったので
「お初にお目に掛かります。このチームのオーナーをさせてもらうことになりました、唐本冬子です」
と挨拶して《サマーガールズ出版・代表取締役専務・唐本冬子》の名刺を渡しておいた。
私が持っている名刺は、これと『宇都宮プロジェクト・取締役専務・唐本冬子』、『シンガーソングライター・ローズ+リリー・ケイ』『歌手・KARION・らんこ』の4つである。但し『らんこ』の名刺はこれまで20枚も配っていない。かなりレアな名刺である。
「済みません。お世話になります。村山君から話は聞きました」
と言って、西原さんと谷地さんも名刺をくれた。
西原さんは千葉市内の事務機器を扱う会社の課長さん、谷地さんは千葉市内の中学の先生で、そちらではバレー部の顧問をしているらしい。谷地さんの場合、そちらと試合の日程が重なるとこちらには出てこられないということであった。
「ほとんど名ばかりのコーチで申し訳ない」
と谷地さんは言っているが
「選手もなかなか出てこられない子が多いから」
と中心選手のひとり風谷さんが言っていた。
「でも企業チームや学生チームだとそのあたりがガチガチだから、マイペースで活動できるこのチームは居やすいんだよね」
と揚羽は言っている。
「その代わり手弁当だけどね」
「逆に毎月部費を払ってるし」
「まあその部費でボールとか買ってるから」
「もっとも部費の大半は毎月1回やってるオフ会の費用だという噂もある」
「まああれが目的の半分だし」
「遠征費とかは出してもらってるから、遠くで行われる大会も半ば休暇旅行みたいな感じで結構楽しい」
「私はおかげで随分『国盗り』が進んだ」
実際の試合は、ローキューツは初戦は勝ったものの、翌日(その日は昨日は来ていた人の1人が来られなくて10人で戦った)の準決勝で神奈川のJ大学に敗れて、今年は全日本総合(皇后杯)への進出はならなかった。東京予選で千里たちの40minutesを破った東京の江戸娘も初戦は勝ったものの準決勝で茨城のS学園高校に敗れて、やはり皇后杯には行けなかった。S学園はインターハイの常連校のひとつらしい。
「お疲れ様。残念だったね」
と私は声を掛けた。
「今日は駒不足の感もあった」
という声もあった。
「うん。主力が全員そろっていれば何とかなったと思うんだけどね〜」
「だけど皇后杯の出場枠ってなんか複雑っぽいですね」
と私は言う。
「そうなんですよ。この総合の予選を勝ち上がる手と、もうひとつクラブ選手権の方から勝ち上がっていく手があるんですよね」
と揚羽さん。
「ええ。全日本クラブ選手権で3位以内になると全日本社会人選手権に出られるので、そこで2位以内なら皇后杯に出られます。どちらも難関ですけどね」
と薫が言う。
決勝戦も見学したが、S学園はJ大学とかなりの激戦を演じたものの、最終的には74対71でJ大学が勝利して、皇后杯の切符を獲得した。
J大学はインカレ(皇后杯の出場枠は8校)はBEST16に留まり、そちらでは進出を逃していたが、こちらで出場することになった。
私は試合を見ていたとき、千里がその決勝戦が行われているコートの中の特定の方角を見て、少し懐かしむような顔をしているのに気付いた。
「誰か知っている人出てるの?」
と尋ねると
「うん。ちょっとね」
と言って千里は微笑んだ。
「次の大会はいつでしたっけ?」
と私は決勝戦が終わった後、会場を出ながら尋ねた。
「12月6-7日の千葉県クラブ選手権だけど、これは千葉市だから公共交通機関で集まれると思う」
「了解。よろしく〜」
「それで2位以内に入ると、1月31日-2月2日の関東クラブバスケット選手権。小田原市。これは40minutesも、ローキューツも出る可能性がある」
と千里が言う。
「小田原なら泊まりになるかな」
「うん。宿泊費、冬が出してくれる?」
「新幹線代・宿泊費・食事代出すよ」
「助かる助かる」
「道具関係で運ばないといけないものがあったら、その時期は今のところ予定入ってないけど、私が行けない場合も誰かに輸送させるよ」
と私は言っておいた。
それで入口の所まで来た時、ひとりの男性が走ってきて
「村山君!」
と声を掛けた。
千里は微笑んでその男性に挨拶する。
「ごぶさたしておりました、篠原監督。試合惜しかったですね」
彼はさきほどの決勝戦で惜しくも敗れたS学園のユニフォームを着ていた。
「うん。勝つつもりだったんだけどね」
と言ってから、千里の腕時計に目を留め
「その時計、もしかしてあれ?」
「ええ。懐かしいですね」
「飾っておくんじゃなくてちゃんと使ってるんだ!偉い!でも君、今どこに居るの?」
「千葉市内に住んでいます」
「主婦か何か?」
「いえ。まだ結婚してません。現在大学院生、修士2年です」
「大学院生なんだ!」
と篠原さんが何だか嬉しそうな声をあげる。
「どこかの大学のバスケチーム?」
「いえ。都内のクラブチームに所属しています」
「じゃバスケ協会の登録があるの?」
「ありますよ」
「君のプレイを見たいんだけど。ちょっと表彰式が終わるまで待って、その後、僕に付き合ってくれない?」
「いいですけど」
「千里が乗せてきた子の帰りは私や薫で分担して運ぼうか」
と私が言う。
「あ、それじゃよろしく」
と千里。
それで千里は結局、私たちと別れて、その篠原さんという人と一緒に体育館の奥の方に行った。
「何だろうね?」
と私が何気なくつぶやくと
「日本代表に招集とかの話かもね」
と薫。
「へー!」
「篠原さん、来年7月に予定されているユニバーシアード女子代表のコーチしているから。もっとも日本バスケ協会がFIBAから資格停止処分くらったから、5月くらいまでに処分が解除されないと出られませんけどね」
「あれひどいね。どこまで協会は馬鹿なんだろうね。でもユニバーシアードって大学生しか出られないのでは?」
「開催される前年の卒業生まではOKなんですよ。だから千里は参加資格がある」
「あの子、でも日本代表になれるほどの実力あるの?」
「私はA代表でもいいと思うけどなあ。まあA代表には彼女の永遠のライバル、花園亜津子がいるから、千里がA代表に選ばれても交代要員にしかしてもらえないだろうけどね」
と薫は言った。
「千里って、学生生活の余暇にバスケ練習している程度かと思ってた」
「いや、あの子、日々凄まじい練習をしてますよ。毎日ドリブル2時間とかシュート1000本とか打ってるみたいなこと言ってましたよ」
「でもあの子、バイト2つ掛け持ちしている上に、今年は修士論文書いていたはずだし、それに作曲家としても活動していたのに」
「うん。だから千里はたぶん3−4人いるんですよ」
と薫は言った。
「うーん・・・」
と言ったまま私は悩んでしまった。
年末の特別番組「性転の伝説Special」は12月1日に収録されることになった。私は政子を車で送って一緒にテレビ局まで行った。
スタジオに入るとローズクォーツのタカがいる。「しろうと歌合戦」でおなじみの女装姿《タカ子》の状態である。
「おはよう。タカさんも出演者?」
と政子が声を掛ける。
「おはよう。俺は審査員」
「なるほどー」
「俺は女だから、女装させることはできないとか訳分からんこと言われた」
「事実という気がするなあ」
審査員は結局、マリ、タカ子、性転換歌手の花村唯香、映画監督の荻田美佐子、お笑いコンビ・ハルラノの鉄也さんの5人であった。
「あれ〜、ケイさん出られるんですか?」
と花村唯香が声を掛けてくる。
「ううん。私はマリを送って来ただけ。運転手。また終わる頃迎えに来るよ」
「そうでしたか。実は私、ケイさんが出られないから性転換している人が1人欲しいからって言われて出てきたんですよぉ」
「ごめんねー。私は自宅で譜面の整理してるから」
この時期、私は来週から制作予定のKARIONのアルバム曲『トランプやろう』の譜面の調整作業を都内のスタジオで和泉・SHINと一緒に行っていた。
さて、番組の方だが、出演者が20人も居て、それを全員女装させるのには凄い時間が掛かる。普段(たぶん)女装などしていない人たちなので、顔のメンテをしている間に足の毛などをきれいに剃り、それから女物の下着に服を着せメイクをするのだが、顔にパックなどをするチーム、毛を剃るチーム、服を着せるチーム、メイクをするチームと分けて流れ作業でするものの1人あたり1時間ほど掛かる。
それで実際には、時間に余裕のある(=あまり売れていない)出演者は早朝から女装させられ、忙しい人は出番間近で女装させられるという運用だったようである。収録に5時間掛かるが、最後の方の出演者は番組の最初の方の収録中に女装していたようだ。
出演者のひとり、バインディング・スクリューの田船智史さんなど、
「なんかショッカーに拉致されて改造手術されてる気分だった」
などと言っていた。
また何人か「適当に女装」させられていた人もあったようである。審査員になっているハルラノの鉄也さんの相方・慎也さんは
「他の人、みんなきれいな美女になってるのに俺なんか変態みたいなんだけど!?」
などと言っていた。
トップで出てきたのはアイドルユニットWooden Fourの本騨真樹(ほんだまさき)君だ。スタジオ内から思わず「可愛い!」「美人!」という声が出る。元々彼はデビューした頃から美少年として名高かった。以前にもバラエティ番組で女装させられているのを見たことがあるが、その時も可愛いと思った。
「真樹可愛いね」
とWooden Fourの他の3人、森原准太・大林亮平・木取道雄も出てきて言う。
「そんなに褒めないで。これ癖になりそうだよ」
と本人。
「いや、癖になってもいいよ」
「いっそ、そういうキャラってことにしない?」
「この際、名前も真樹を『まさき』じゃなくて『まき』と読むことにして」
「俺ら、男3人・女1人のユニットということでもいいよな?」
「えーーー!?」
司会の古屋疾風さんが審査員に意見を求める。
「ハルラノの鉄也さん、どうですか?」
「ほんと可愛いね。俺の嫁さんにならない?」
「済みません。僕そういう趣味無いので」
「いや、こんなに美人になるのなら、男の子辞めて女の子になっちゃいなよ」
と荻田美佐子さんが笑いながら言う。
「え〜!? 親に叱られますよ」
「ふだん女装しないの?」
と花村唯香も言う。
「しません」
「でもスカートくらい持ってるんでしょ?」
「えっと、ファンの方からぜひ穿いてみてと言って送られてきたことはありますが」
「じゃ、ファンも君が女の子になっちゃうのを認めてくれてるんだよ」
と荻田さん。
「え〜?でも僕一応男だし」
「そんなのちょっと手術しちゃえばいいじゃん」
「ちょっと手術とかは勘弁してください」
まだ発言していないタカ子に振る。
「ローズクォーツのタカ子さん、どうですか?」
「いや、本騨くん、絶対女装の素質あるよ。とりあえず部屋の中でこっそり女装してみたら?」
「じゃ、そこをドッキリ企画で激写して」
と鉄也さん。
すると唐突にマリが発言した。
「いっそのこと4人とも女の子になってFlower Fourとか改名するというのは?」
「あ、それいい!」
と荻田さんが言うと
「賛成、賛成」
と唯香も悪乗りして言う。
すると司会の古屋さんがスタジオの隅に立っているディレクターさんの方に
「こんな意見が出てますがどうしましょう?」
と尋ねる。
するとディレクターさんはスタッフに少し尋ねている。そして
「全員女装させる時間が無いから1人だけならOK」
と声に出して言った。
「マリちゃん、もうひとり女装させる人を指名して」
「だったら大林亮平くん」
とマリ。
「えーー!?」
と本人。
「よし。亮平もこの際、亮子ちゃんになっちゃおう」
と森原准太が言う。
「俺たち、男2人・女2人のユニットでもいいよな」
と木取道雄も言う。
「真樹君と亮平君は性転換して女の子になって、准太君・道雄君と結婚するといいと思います」
などとマリ。
「ああ、2人ずつでちょうどいいね。じゃ、大林君、女の子になってきて」
と古屋さん。
「うっそー」
と言いながら、大林亮平はADさんに拉致されるように連れて行かれた。
「それでは本騨真樹(ほんだまさき)あらため本騨真樹(ほんだまき)ちゃんの点数は?」
と司会者の声に審査員5人がボタンを押す。
「10点・10点・10点・10点・10点、50点満点です!」
と古屋さんが言うとスタジオ全体から拍手がある。
「50点満点を出した人には性転換手術のクーポン券をプレゼントすることになっているのですが」
と古屋さんが言うと
「辞退します」
と本騨君は答えた。
番組が進んでいくが、さすがプロのエステティッシャンに顔を引き締められ、プロのスタイリストに服を着せられ、プロのメイクさんにお化粧されているだけあって、みんな美しくなっている。しかし最初に出てきた本騨君ほどの可愛さには到達しなくて、みんな点数は40〜45点くらいを付けられていた。
ただし凄まじく適当な女装をさせられたハルラノの慎也さんは全員0点を付けて「合計0点、最低点が出ました」などと言われた。
「0点になった人は、もっと女らしくなれるように女性ホルモン注射1年分をプレゼントすることになっているのですが」
と古屋さんが言うが
「要らねぇよ!」
と慎也さんは怒ったように言っていた。彼のところがちょうど折り返し点で、箸休めを兼ねていたようである。
慎也さんの女装の後、花村唯香とタカ子がデュエットで、ローズクォーツの今年大ヒットアルバム『Rose Quarts Plays Sex Change〜性転換ノススメ』から『女の子にしてあげる』を歌った。
その後後半の10人が出てくるが、ハイライトセブンスターズのヒロシもすごく可愛くなっていた。
「ヒロシちゃん、女性ホルモン打っているのではという噂もあるんだけど」
と花村唯香。
「打ってません。変な噂を捏造しないでください。僕は男性機能ありますよ」
と本人。
「でもスカートくらいは穿かない?」
「スカートくらい誰でも穿くでしょ?」
「え〜!?」
という声があがる。
このヒロシの爆弾発言については放送してもいいかどうか後で協議したらしいが、事務所の鈴木一郎社長は「構わん、構わん。美少年がスカート穿いたりお化粧するくらいは問題無い」などと笑って言っていたらしい。
彼も50点満点をもらい
「50点満点の人には性転換手術のクーポン券プレゼント」
と古屋さんから言われたものの
「要りません」
とそれは断っていた。
20番目に司会者が「本来は最後になる予定だった20番目の出場者です」と言う。それで出てきた《女の子》に思わずざわめきが起きる。
「すみません。その人、女の子ですよね?」
と荻田さんが訊く。
「少なくとも戸籍上は男性です」
と司会者。
「じゃ性転換済み?」
「いえ。肉体的にも男性です」
「嘘でしょう!?」
という声。
「何歳ですか?」
「13歳です」
と本人が答えるが、まだ声変わりしていないのか、女の子のような高い声である。
「その人、歌手か何かですか?」
「実は、彼はあるミュージシャンの息子さんなのですが、本人と保護者の意向で誰の息子さんかということは非公開になっています。しかしこの4月にΛΛテレビで放送予定の連続ドラマ『ときめき病院物語』でまずは俳優デビュー予定です」
「えっと看護婦さん役ですか?」
「院長先生の息子役です」
「それ娘役に変更しましょう」
「ついでに本人も手術受けさせて性別を変更しましょう」
そんなことを言われて本人は恥ずかしがって俯いている。それで「可愛い!」という声が上がる。
「名前は何ていうんですか?」
「それをここに居る皆さんに決めてもらえませんか?」
「じゃね、ユウコちゃん」
とマリが言った時、本人がドキッとしたような顔をした。
「すみません。一応男の子らしい名前で」
と司会者。
「そんな可愛い子に男みたいな名前をつけたら可哀想だよ」
と荻田さんが言う。
「荻田さんのお勧めは?」
「そうだなあ。アクアなんてどう?」
「ほほお」
「中性的な名前ならいいよね?」
と荻田さん。
「本人どう?」
と司会者が尋ねる。
「小さい頃、よくは覚えてないんですが、アクア・ウィタエという所に行ったことがあるんです。凄く懐かしい思いがするので、それで」
と本人の弁。
「ではこの子の芸名はアクアということにします」
と古屋さんが言うと、スタジオ内から多くの拍手が寄せられた。
「でもアクアちゃん、ふだん女装しないの?」
「しません」
「君、そういう格好が凄く似合っているのに」
「スカートとか持ってないの?」
「実は古い知り合いのお姉さんが女の子になる気無い?とかいってしばしば僕にスカートを送ってくるんですけど、断固穿いてません」
「なんだ持っているなら穿けばいいのに」
「今日も女の子の格好なんて嫌ですと言ったんですけど、なんか押し切られてしまって」
「まあ、芸能界ってそういう所だよね」
「きっと君はしばしば女装させられる」
「えーーー!?」
「いっそ性転換しちゃいなよ」
「嫌です」
「ではみなさん、点数をどうぞ」
当然全員10点を付ける。
「50点満点です。50点満点の人はこの番組終了後、病院に入院して性転換手術を受けてもらうことになっています」
と古屋さん。
「嫌です」
と本人はほんとに嫌そうに言った。
「これは拒否できないんだけど」
「でしたら、僕の代わりにどなたか視聴者の方で希望の方に性転換手術受けさせてあげてください」
とアクアが言うと古屋さんがディレクターの方を見て確認する。するとディレクターさんがOKサインを出している。
「それでは性転換手術を1名様、プレゼントします。希望の方はここに出ている住所にハガキで応募してください。締め切りは本日消印有効とします」
と古屋さんは言った。あとで編集してテロップで宛先を入れるのだろう。
しかし私はこの子の機転に感心していた。本騨真樹もヒロシもこういうかわし方は出来なかったのである。
「それでは員数外になってしまいましたが、21番目の女装者です。大林亮子ちゃん」
と司会者が言って、頭を掻きながら大林亮平が出てくる。
「きれーい!」
という声があがる。
「真樹(まき)ちゃんは可愛くなったけど、亮子ちゃんはきれいになったね」
と古屋さん。
「そりゃ彼は22歳、僕は27歳だから、年の差でしょ」
と亮平は笑って言っている。
「でも不自然さが無いよ。ふだん女装しないの?」
「しないしない」
と言ったが、
「亮平君、以前メダカ大放送で女装してた」
という声が掛かる。
「あれは黒歴史で」
「秋葉原チャンネルでもセーラー服になってた」
「あれも黒歴史で。ついでに今日のも黒歴史にしてください」
「彼に女装するように言ったマリちゃん、ひとことどうぞ」
と司会者。
「亮子ちゃん、そのまま性転換して女の子になるなら結婚してあげてもいいよ」
とマリは笑いながら言う。
「女の子になりたくはないけど、その発言覚えとくね」
と亮平は答えた。
亮平の点数は50点満点であった。
50点満点が4人(本騨真樹・ヒロシ・アクア・大林亮子)出たので、最優秀賞を決めるのに審査員で協議した。協議終了をまとめ役になった年長の荻田さんが司会者の古屋さんに身振りで伝える。
それで今日の出演者21人が再度ステージに登ってずらりと並ぶ。あらためて司会者がひとりひとりを紹介する。
「それでは性転の女王を発表してください」
と司会者。
「なお、性転の女王に選ばれた人は、ただちに性転換手術を受けて頂きます。既に病院ではお医者さんがスタンバイしています」
と付け加える。
出場者同士がお互い嫌そうな表情で顔を見合わせている。
「それでは発表します」
と荻田さんが言う。
「性転の女王は、10番・ハルラノの慎也さん」
「はあ!?」
と本人が超絶驚いている。
「だって俺0点だったじゃん」
「点数は点数として性転の女王に決定しました」
「それではハルラノの慎也さんにはこれから性転換手術を受けてもらいます。連れてって」
と司会者が言うと、屈強な警備員が2人出てきて、慎也を拉致して連れていく。
「ちょっと待ってくれ〜。いやだぁ! 性転換なんてしたくない。助けて」
などと本人は言っている。
「それではこれで番組を終わります。でもみなさんきれいでしたね」
と古屋さんが言ったところで
「もうひとつ特別賞をあげます」
と荻田さんが言う。
「はいはい」
「20番・とても可愛い女装を披露してくれたアクアちゃんに特別賞を差し上げます」
「ああ。それはいいですね」
と古屋さんは言ってアクアに前に出るように言う。
それで荻田さんがアクアに賞状とトロフィを渡した。トロフィはスカートの形をしている。
「副賞はWingのランジェリーが買える商品券100万円分です」
と言うと、アクアは頭を掻きながらも笑顔で副賞の目録を受け取った。
要するにこの「特別賞」というのが実質的な優勝で、「性転の女王」というのは最初からハルラノの慎也にすることが決まっていたようであった。
「なお、ハルラノの慎也君の性転換手術の様子は、お正月明け1月2日の特別番組『これが性転換だ』で放送します。お楽しみに」
と言って司会者は最後を締めくくった。
2014年12月1-7日はKARIONの『皿飛ぶ夕暮れ時』の制作を行ったが、このPVの制作に、千里に協力してもらった。
「つまり料理の載った皿をテーブルに向けて投げて、テーブル上で停止すればいいのね?」
「うん。できるかな?」
それで「停まりやすいように摩擦係数の大きなテーブルクロスを用意したのですが」とスタッフさんが言ったのだが
「それでは皿だけ停まって料理が飛んで行きます」
と千里は言う。
「あ、そうかも」
「レースか何かのテーブルクロスがいい気がします」
「用意します」
ということで、準備してもらう。それで千里はまずは空の皿を5mほどの距離から投げて感触を確かめていた。1枚だけ飛びすぎて割れたが、他は全部テーブルの中で停まる。更に皿の上にトイレットペーパーのロールを入れて投げてみる。最初ロールが飛び出し、それで調整しすぎたのか2回目は届かずに落ちて皿が割れてしまったが、3回目以降はきちんとテーブル・オンし、向こうにも飛び出さずちゃんと納まっていた。
「行けると思う。料理乗せてみて」
「了解。じゃ、美空そこに座って」
それで美空がナプキンを付けナイフとフォークを持ってテーブルに座っていると千里がバミー・ヘーン(タイ風焼きそば)の入った皿を5mくらいの距離から投げる。
皿はピタリと美空の目の前で停まり、美空がマジでびっくりする。
その様子が全てカメラに納められた。
和泉・小風・そして私も交代でテーブルに座り、様々な料理の入った皿が目の前に飛んできては停まる。和泉がやっていた時にトムヤムクンのスープの皿が着地の振動で揺れて汁が少しこぼれてしまった。
「完全な汁物は難しいですね。それとろみを付けますよ」
と料理人さんが言う。
「その方がいいかも。お願いします」
ということで。トムヤムクンはとろみを付けてこぼれにくい状態にして飛ばした。
撮影は準備や練習も含めて3時間ほど掛けたが、残った料理は千里も含めてみんなで美味しく頂いた。もちろん美空がみんなの3倍くらい食べた。
撮影が終わってから、私は千里を自宅マンションに誘った。
政子と一緒に3人でお茶を飲みながら色々おしゃべりをする。
「こないだ水戸で会った人ってユニバーシアードの監督なんだって?」
「そうそう。私に『代表候補』に入ってくれないかと言われた」
「代表候補?」
「ユニバーシアードの代表は一応今年の夏に10人ほど選ばれて練習をしていたんだけど、人数が少なすぎて試合形式の練習ができないという声が出ていたんだよ。それで更に10人くらい候補者を追加して20人程度で本番に向けて合宿とかをしようという話になっているんだって」
「へー。でも例のFIBAの制裁が解除されないと出られないんでしょ?」
「うん。それで今事態を収拾するための特別委員会を作るべく水面下で動きがあるんだけど、びっくりするような人物がその中心人物として浮上している」
「びっくりするような人物?」
「誰?」
「さすがに言えない。きっと反発も凄いだろうけど、そういう人を使うしかないというのが、今のバスケ協会の混乱を表しているんだろうね。でも彼なら何とかするかもと思ったから、私はその話を受けることにした」
「じゃ、千里代表になるんだ?」
「代表候補ね。最終的に選ばれるのは12人。最初に選ばれた10人も状況次第では落選があり得るから気を抜けないね」
「いや、そのくらいの競争があったほうがいいと思うよ」
そのあと若葉が先日赤ちゃんを産んだことを話すと、千里もあとでお見舞いに行ってくると言っていた。しかし千里は更に
「私も子供作っちゃった」
などと言った。
「千里妊娠したの?」
という問いに千里はただ
「もうすぐ4ヶ月目に入る。私が産む訳じゃないけど」
と答える。
「じゃ、千里、父親になるの?」
と政子は尋ねるが
「私、その子とお母さんになってあげる約束をしたんだよ」
と千里は答えた。
千里はその付近のことについてはあまり答えないまま、AYAのインディーズ時代の実質的なプロデューサー・アキ北原さんのことを話し始めた。
「音楽系の高校を出たあと、大学の法学部に入り、司法試験の短答式までは合格した。でも卒業すると司法試験の勉強はせずにバンド活動を始めた」
「よく分からない生き方だ」
「雨宮先生があいつは迷走人生だって言ってたよ」
そして千里はアキ北原さんについて衝撃の事実を語る。
「性転換してもう女の身体になっていたんだ。でも彼女が性転換していたなんて誰も知らなくて、私も雨宮先生も、他の姉妹弟子とかも、みんな北原さんは普通の男性だと思い込んでいた。仮面男子ってのかな」
その時、私は先日あきらが語っていた、性転換手術をしたのに男装して運転手をしていた人がいたという話を思い出していた。やはり変更後の性別で社会的に活動することに物凄い壁があるので、そういう妥協をしている人もあるのであろう。
あの時、そういう人は性転換手術はしていても「性転換した」とは言えないのではと、あきらさんたちとは話したなと、私は思い起こしていた。
12月12日金曜日。ローズ+リリーの今年の冬のツアーが始まった。
初日は那覇で、例によって麻美さんと友人の陽奈さんを招待している。麻美さんは「私もう治ったのにいいのかなあ」などと言いながらも来てくれるということであった。
今回のツアーの伴奏はスターキッズ&フレンズに何人か追加の演奏者をお願いしており、一部の人を除いて全公演に付き合ってくれる。
ローズ+リリーのライブは毎回オープニングには色々趣向を凝らしているのだが、今回は地元の三線(さんしん:いわゆる蛇皮線)の演奏者に入ってもらい、以前沖縄に来た時に書いた『サーターアンダギー』という曲の沖縄方言版を歌うことにしていた。
1ベル、2ベルが鳴り、スターキッズの伴奏が始まる。三線の音も気持ち良く響く。まだ幕は上がっていないが私たちは歌い出す。
その時、私は「あれ?」と思った。
幕を開ける前に演奏を始めるのは、わりとよくやる演出なのだが、その場合たいてい演奏が始まった時点、あるいは前奏が終わって歌に入った時点で結構な拍手が客席から聞こえてくる。
ところがこの日の観客は静かに聴いているようで拍手がなかった。
まあその時によっていろんなお客さんがいるしと思って私とマリは歌っていく。1コーラスを歌い終えて、間奏が入り、2コーラス目に入るのと同時に幕がゆっくりと上がり始めた。私たちは幕の向こうにいるお客さんたちに手を振りながら歌い続けたのだが・・・・。
え?
幕があがった向こうには誰も観客が居なかった。
嘘!?
正確には、客席の前の方でホウキを持って掃除をしている青い制服を着た掃除のおばちゃんがひとり居るだけである。
私とマリはその状況に戸惑いながらも歌い続ける。マリが混乱している。こちらを見るが私はしっかりと見返して、力強く歌い続けた。それでマリも一緒に最後まで歌ってくれた。
終曲。
私は掃除のおばちゃんが1人居るだけの客席に向かって
「ありがとうございました」
と言った。
「ケイ、お客さんがいないよぉ」
とマリが泣きそうな顔で言っている。
チラっとステージ後方に目をやると、三線の演奏者さんもかなり戸惑ったような表情。しかしスターキッズ&フレンズはみなポーカーフェイスだ。プロの演奏家として、どんな場合にでも自分の仕事を全うしなければならないことを彼らは認識している。
「マリ、アーティストはね、ギャラをもらってステージに立った以上、観客が1人でも0人でも歌うもんなんだよ」
と私は言った。
「そういえば、私たち酔いつぶれた人ばかりの公園で歌ったことあったね」
「そうそう。全員観客は寝てたよね。XANFUSの音羽なんて、アマチュアバンド時代に、猫1匹という状態で歌ったこともあるらしいよ」
「猫か! それもいいなあ」
マリが気を取り直すことができたようだったので、私はMCをする。
「みなさん、こんにちは。ローズ+リリーのケイと」
と私。
「マリです」
とマリ。
「ここの所寒いですね。沖縄に来たら暖かいかと思っていたのですが、昨夜到着して寒さにびっくり。セーターやコートを念のために持って来ていて良かったです。昨夜はマリと一緒に町食堂に行って、ゴーヤチャンプルーを食べたんですよ。マリは3皿食べて、私のも半分食べたんですけどね」
そんなことをマイクに向かって話していたら、掃除のおばちゃんがこちらに向かって
「あんたたち、何やってんの?」
と言った。
「ローズ+リリーのライブなんですよ。今から2時間ほど演奏しますので、もし良かったら作業の傍らでもいいので聴いてください」
「そんなライブなんてあったんだ? ホールに誰もいないから、掃除でもしてようと思ってたんだけど」
とおばちゃん。
「はい。こちらもお仕事の邪魔はしませんので、どうぞ掃除していてください。それでは次の曲に行きます。一昨日発売したアルバムの曲から『花の里』。聴いて下さい」
と私が言って、近藤さん・七星さんを見ると頷く。
前奏が始まったところで、掃除のおばちゃんはステージに登ってきた。
「ちょっと、ちょっと、あんたたち観客がいなくても構わないの?」
私はその時、そのおばちゃんの正体が分かってしまった。
「プロの音楽家はステージを頼まれた以上、たとえ客が誰もいなくても最高の演奏をするもんなんですよ、ヨナリンさん」
その私の言葉にヨナリンは「参った!」という感じのポーズをした。そしてホールのいちばんステージ側のドアから「芸能人ドッキリショー」というプラカードを持った放送局のスタッフさんが入ってくる。
「あ、ドッキリだったのか!」
とマリが驚いたような声で言った。
近藤さんや七星さんが笑っている。三線の演奏者は手を口に当てて驚いている様子だ。
「ケイちゃん、どこで分かった?」
とヨナリン。
「ステージに登ってこられた時に分かりましたよ。一瞬、のど仏が見えたし」
と私。
「参ったなあ」
「でもヨナリンさん、けっこう女性っぽい声出してたじゃないですか? その女装もあまり不自然さが無いし」
「まあこれは芸よ。ゲイの芸というか」
「そうですか。ちなみに私はゲイのケイですけど」
「あんた、私と組んで漫才やらない?」
「50年後に考えます」
「でも良かったぁ。ローズ+リリーの人気無くなっちゃったかと心配した」
とマリ。
「マリちゃんは全然気付かなかったのね?」
「気付きませんでした!」
このやりとりは、ロビーに置かれたモニターで、ホールの外で待機している観客にも伝えられていた。
あらためて幕を下ろし客を入場させる。そして公演は20分後に仕切り直しすることになった。
「昔、西城秀樹がやはりこのドッキリ仕掛けられたことあったよ」
と仕切り直しを待つ間に、初日なので沖縄まで来てくれている★★レコードの加藤課長が言った。この仕掛けは加藤さんも知らなかったようだ。氷川さんが「伝えてなくて済みません」と謝っている。知る人を最小限にしておきたかったのであろう。
「やはり古典的なイタズラなんですね?」
「西城秀樹がやられた時は、前半はふつうにやって、休憩をはさんで後半を始めた時に客が居なかったんだよ」
「ああ、そういうのもありですかね」
「でも大がかりなドッキリですね」
「うん。これだけの人数を動かさないといけないからね」
「でもお客さんが楽しんでくれたらいいですよ
やがて時間になる。私たちはステージに立ち、また幕を下ろしたまま『サーターアンダギー』の沖縄方言版から始める。今回は歌が始まるのと同時に物凄い歓声と拍手が来た。マリがその歓声に感激した様子だったので、私はすばやくキスをした。それでマリはとても嬉しそうな表情で、しっかりと歌い始めた。
やがて間奏が終わり2コーラス目に入った所で幕が上がり始める。またまた歓声が凄い。私たちは那覇マリンセンターの3200人・満員のお客さんに手を振りながら、その曲を歌っていった。
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【夏の日の想い出・仮面男子伝説】(1)