【夏の日の想い出・仮面男子伝説】(中)

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春のツアーでは、大量のバラとユリの花でステージを埋めたのだが、今回はアルバム・テーマの『雪月花』にちなんで、雪景色のステージが組んであり、そこに大きな満月があって、12ヶ月を象徴する12種類の花(造花)も並んでいるという趣向である。
 
花は1月水仙、2月梅、3月桃、4月桜、5月ツツジ、6月ユリ、7月朝顔、8月ヒマワリ、9月彼岸花、10月金木犀、11月菊、12月バラとしている。12月はバラの季節とは少しずれるのだが、6月にユリを置いたので対称位置の12月にバラを置いたのである。
 
このステージの写真はパンプレットの裏表紙に印刷したほか、入場の際に渡す座席番号券の裏面にも印刷しておいたが、あとでネットで見ると、かなり好評だったようである。(転売防止策の一環で前売券に座席番号は印刷していない。またチケットレスで入場する人もある)
 
ステージのセットの配置としては、私たちが最前面に立ち、紗幕で遮ることが可能な位置より後ろにスターキッズが陣取っている。ステージ上に屋根に雪が積もった家(割と前面の下手側)、雪の積もったモミの木(ステージ各所5本)、のセットがあり、最奥には冠雪している山の書き割りが上手側にある。また、最奥には金属フレームで組んだ斜面が作られ、そこに12ヶ月の花が植えられたプランターが並べられている。この最奥には投影用のスクリーン(多くの会場ではステージにホリゾント幕があるのでそれを使用する。無い場合は取り付ける)があり、ここに裏から満月や雪の降る様を投影している。
 

なお私とマリの衣装も前半は雪の妖精をイメージした白いドレスである。但しスカートの形が、マリのはユリをイメージしたマーメイドスカート、私のはバラをイメージしたティアードスカートになっている。
 
しかしめったに雪が降ることのない沖縄で雪景色で始めるというのはちょっと不思議な感じでもあった(沖縄では1977年に1度みぞれが観測されているが、観測記録に残るものではこれが唯一の降雪らしい)。沖縄の観客はちょっと異世界にトリップしたような感覚を味わってくれたかも知れない。
 
なお、ステージの月は最初は左側にあって、ライブが進行するのに合わせて少しずつ右へと動いていくようになっていた。途中でこの仕組みに気づいた人が隣同士「ねぇねぇ」とか「見て見て」とかいった感じで話し合っている姿がライブ中にけっこう見られた。
 

『サーターアンダギー』の演奏中は後ろの投影幕にはサーターアンダギーを作っている所の動画も投影されていた(公演後にロビーで売っていたサーターアンダギーがかなり売れたらしい)。
 
その演奏の後、挨拶をしてから、そのまま三線の演奏者さんに残ってもらい、『花の里』を演奏する。今度は映像は花が咲き乱れている様子で、この映像は今年の夏にこの曲が生まれた場所、佐賀県で撮影しておいたものである。
 
更に沖縄の楽器・締め太鼓(シメデークー)・ファンソウ(明笛:みんてき)の人に入ってもらい『花の祈り』の沖縄バージョンを演奏する。映像は能登半島の冬季に見られる「波の花」の映像を流したが、この南国の地では想像できないような映像に後で反響が結構あったようである。
 
演奏してくれた三線・締め太鼓・ファンソウの演奏者を紹介して拍手をもらう。その人たちが上手に下がったところで下手から銀色のオープンカーが入ってくる。音も無く入って来たのでセットか何かと思った人もあったようだが、本物である(パンフレットで紹介している)。
 
京都の自動車製作所トミーカイラが制作した電気自動車のオープンカー、トミーカイラZZ-EV だ。カーマニアの丸花社長の友人が所有しているものを借りたのだが、今回のツアー全部に持っていく予定である。運転していたのは近藤うさぎ、助手席に乗っているのが魚みちるで、ふたりはサラファンを着ている。ふたりがドアを開けて車から降りたところで『雪を割る鈴』を演奏する。
 
最初は静かに始める。ふたりのダンスもゆっくりしたモーションである。背景には雪がしんしんと降る様が映される。満月も雲のまにまに見える感じである。
 
Aメロ・Bメロを2回演奏した所で、オープンカーの中から、ひとりの少女(と多くの人が思ったようである)が飛び出してくる。実は魚みちるが車を降りた時にドアを開けっ放しにしていたので、密かに忍び寄って、車内に入ってタイミングをはかっていたのである。
 
ステージの上から大きな鈴が降りてくる。《少女》はRPGにでも出てきそうな大きな剣を持ち「えい!」という可愛いかけ声とともに鈴を割る。
 
たちまち小さな鈴がたくさん飛び出してきて、チャラララララララという凄い音がする。そして演奏は突然アップテンポになる。映像はたいまつを囲んで躍る人達の映像に変わる。お月様も夜空に復活する。
 
私たちの歌も速いリズムに変化する。鈴を割ってくれた《少女》は近藤・魚ペアの横に行き踊り出す。しかしダンスが上手い! ダンサーとしての訓練をしっかり受けている近藤・魚ペアにまけないくらいしっかり踊っている。
 
やがて終曲。
 
大きな拍手があるので、私は
「ダンサー、近藤うさぎ・魚みちる、そして鈴を割ってくれた人は、アクア君です。彼は4月からΛΛテレビで放送される連続ドラマ『ときめき病院物語』に出演する予定です」
 
と紹介する。
 
この私の紹介に何だか会場がざわついている。
 
「えーっと、念のため言っておきますが、アクア君は間違いなく男の子です。女の子ではありません」
と私が言うと
 
「えーーー!?」
という観客の声。
 
「でも女の子みたいに可愛いですね。実は私の知人の息子さんなんです。多分女の子になりたい男の子とか仮面男子ではないと思います。だよね?」
 
と言うと、アクアは
「女の子になったら?と言われたことはあるし、なんだかたくさんスカートももらったけど、僕自身はその趣味は無いです」
とハイトーンの声で答える。
 
「可愛い!」
と観客の主として女性から声があがっていた。
 

アクアが退場した後、前半はアルバム『雪月花』や7月に出したシングル『Heart of Orpheus』の中の曲を中心に演奏していった。近藤・魚ペアは前半ずっとダンスをしてくれた。
 
まずはアコスティックな曲で『眠れる愛』『月を回って』『時を戻せるなら』
と演奏する。『時を戻せるなら』にフィーチャーしたオルガンは山森さんに弾いてもらう。
 
最近KARIONのライブでは私の友人のオルガニスト川原夢美に出てもらっているので、山森さんが気にして
「私が弾いていいの?」
と訊かれたものの
「川原はKARIONのスタッフということで。山森さんはスターキッズ&フレンズだから」
と笑顔で答えておいた。
 
「じゃ私もあの娘(こ)に負けないよう頑張る」
と言っていた。充分実力が評価されている山森さんでも、新鋭オルガニストの夢美をおそらく脅威に感じているのだろう。
 
7月に発売された夢美のCDはクラシック系『四季』がクラシックとしては異例の5万枚、ポップス系『Rose+Lily Karaoke』は12万枚も売れている。ローズ+リリーのオルガン版のヒットに引きずられて『四季』まで売れた感もあり、このあたりは両者を同時発売するというレコード会社の戦略がうまく行った感もある。
 

なお、今回のライブでアコスティック系の曲に必要なヴァイオリンは今回も私の従姉で音楽大学の准教授をしている蘭若アスカに4〜5人推薦してもらえないかと打診したら彼女の友人でドイツ在住のロッテ・シュタッドラーさんがプライベートに来日中で話を聞き「あ、私にやらせて」などというのでお願いすることにした。
 
彼女はヨーロッパ方面でコンクールを多数制覇しており、若手注目株のヴァイオリニストである。まともにギャラを払うとなると1公演あたり40-50万円払わなければいけないかと思い、アスカに相談したのだが「本人は日本で名前を売りたいと思っているだけだから、友情出演ということで、アゴアシマクラ(食費・交通費・宿泊費)だけ負担すればいい」と言ってくれたので、そういうことにした。むろん各公演場所での最高級ホテルの最高級の部屋を用意し、飛行機はプレミアムクラス、新幹線はグリーン車である。
 
他には、アルバム制作に協力してくれた伊藤ソナタ・桂城由佳菜、そして私にとっては姉弟子になる高校生の鈴木真知子ちゃんが出てくれることになった。この4人と松村さん、スターキッズの鷹野さんとでヴァイオリンを六重奏する。ストリングセクションのアレンジは風花に頼んだのだが、ロッテさんにしても真知子ちゃんにしても超絶巧いので「こんな凄い人にあまり簡単な譜面は渡せない」と言って、結構悩んでいたようである。
 
私が演奏者を紹介する時「**コンクールで優勝しているロッテ・シュタッドラーさん。彼女のヴァイオリンはグァルネリ・デル・ジェスの作品。1731年作Robintree。購入価格は約4億円だったそうです」と言うと、客席に物凄いざわめきが起きていた。
 

その後一転して元気な曲を演奏する。ドリームボーイズのダンサー仲間でもあった鮎川ゆまからもらった『ファイト!白雪姫』でまずは会場を盛り上げる。
 
映像も白雪姫が魔法使いのリンゴを食べて倒れるものの王子のキスで目覚め、剣を持って魔法使いである自分の母親に挑んでいくというストーリーになっている。今回のライブで使用している映像はPVを元々制作しているものや過去のライブで流したものはそれを編集して使用し、無いものは新たに撮影している。実際の演奏時間に合わせ付けるのは、★★レコード技術部の雪豊さんという女性の技術者さんが現場で調整してくれている。
 
やや幻想的な『Heart of Orpheus』、明るい恋歌『月下会話:ムーンライト・トーク』と続け、前半最後の曲は『苗場行進曲』である。映像は今年の苗場ロックフェスティバルの映像を使用している。この日は地元の高校の吹奏楽部に出演してもらい、彼女たちのマーチングしながらの演奏に合わせて私たちは歌い、前半の幕を下ろした。
 
今回のツアーでは各地の高校生バンドあるいは市民バンドなどに出演してもらうことになっている。
 

私たちが休憩している間に、最初前半のヴァイオリンを弾いてくれたロッテさんがステージに出て行き『ツィゴイネルワイゼン』第一楽章を演奏してくれた。
 
クラシックをあまり聴かない人にも抜群の知名度がある曲だし、彼女の演奏技術の高さをアピールするにも絶好の曲である。
 
一流のヴァイオリニストである彼女の演奏のピアノ伴奏はふつうのピアニストという訳にはいかないので、美野里にお願いした。彼女も今回のツアーでは友情出演扱いであるが、実際にはかなり雑用なども引き受けてもらっている。ローズ+リリーの事実上のマネージャーと化している風花にとっても気軽に使いやすい相手だ。美野里についてはホテルは普通の部屋にさせてもらったが、飛行機はプレミアム、新幹線はグリーン車にしたので「極楽・極楽」と喜んでいた。
 
ロッテさんの演奏の後は、この日は小野寺イルザが今年大ヒットさせた曲『夜紀行』を入れて3曲歌ってくれた。今回のローズ+リリーの幕間ゲストは日替わりでいろいろな人に出てもらうことになっている。イルザは自身のツアーもしている最中なのだが、うまく日程の空いたこの日、沖縄ライブに出演してくれた。
 

楽屋でイルザの歌を聴きながら着替えていた政子が
 
「イルザちゃん、ほんとに歌が上手くなったね」
と言う。
 
「富士宮ノエル・坂井真紅・山村星歌あたりがアイドルとして人気絶頂な中で小野寺イルザはデビューしたのは彼女たちより後だけど年齢が高かったから、早くアイドルからポップス歌手に進化することが求められた。それで事務所もかなりサポートしてたんだけど、なかなか成果が出なかったんだよね。それが今回の再ブレイクで、やっと認められたという感じかな」
 
と私は言う。
 
「あの子、最初から歌は上手かったですよね」
と氷川さんは言う。
 
「ええ。でも年々進化してます。ほんとに練習頑張ってるんですね。忙しいのに」
と私。
 
「忙しい子はたくさんステージをこなすから、それが練習代わりになるんじゃないの?」
と政子が言うが
 
「それは違う」
「それは違います」
 
と私も氷川さんも言った。
 
「練習で歌うのとお客さんの前で歌うのとは全く違う。練習では色々なことが試せるし、失敗したなと思ったり、今のところ怪しかったと思ったら、戻ってやり直すことができる。それで納得行くまで繰り返し練習できる。でも本番では失敗が許されないから無難な歌い方になりがちだし、戻ってやり直すこともできない。間違ったら間違ったまま何とか整合性を付ける必要がある。だから本番をたくさんこなしていても練習をあまりしてない歌手は結局、ごまかし方だけは上達するけど、小さくまとまった歌手になってしまう。実際デビューした時は上手かったのに、年々下手になっていく歌手って結構いるでしょ?」
 
「確かに」
 
「逆に本番をあまり経験していない歌手は本番独特の雰囲気に呑まれてあがってしまいがちだし、トラブルがあった時の対処も下手」
 
「スタジオではいい歌を歌うのにステージがダメって人、割といるよね」
「トラブルの対処が凄く下手な、機転の利かない歌手も結構いますね」
 
「そういう人はスタジオミュージシャンにはなれるけど、人前で演奏する音楽家にもなれないし、ツアーミュージシャンにもなれないね」
 
「つまり練習も本番もどちらもたくさん経験する必要があるのか」
 
「まあ本番を月に1〜2回以上経験して、練習は毎日最低5−6時間やっていれば上達するよ」
と私。
 
「私、2−3時間しか練習してないかも」
と政子。
 
「車を買ったら、ドライブしながら歌うといいよ。睡眠防止にもなるよ」
「よし。毎日2時間ドライブしよう」
「それで歌の練習と運転の練習の両方ができるね」
 
氷川さんが頷いていた。
 

小野寺イルザの演奏が終わった所でスターキッズがステージに戻る。そして次の曲の伴奏が始まると、私とマリが後半の衣装を着て出ていく。
 
前半は雪の妖精のような衣装だったのだが、後半は色鮮やかなかりゆし系の衣装である。これは沖縄公演のみでなく、今回のツアーのライブ全てで使用する。デザインしてくれたのは、前半の衣装ともども、沖縄のデザイナー・宮里花奈さん。私たちは2013年の夏以来、彼女がデザインしたコスチュームを使用している。
 
後半の曲は、過去のローズ+リリーの人気曲で構成した。
 
まずはヴァイオリン六重奏をフィーチャーした『花園の君』から始めた。この譜面を最初見たロッテさんは「何これ〜!?」と悲鳴をあげたが、アスカや凜藤更紗が初見で弾きこなしたと聞くと、負けるものかと張り切って弾いてくれた。
 
更にこのストリングセクションをフィーチャーして『花の女王』『あの夏の日』と演奏する。そこまで終わった所で、演奏者をひとりひとり紹介して、彼女たちは舞台袖に下がる。
 
一転してダンスナンバーとなり、ローズ+リリー復活のきっかけとなった曲『影たちの夜』、休業中の人気曲『Spell on You』『恋座流星群』と続ける。
 
一息いれて少し長めのMCをする。みんな立って躍っていたのが着席する。
 
「今歌った曲は2010年から2012年初めに掛けて発表したものですが、もう3年近く経ったんですね。何だかあっという間の3年でした」
と私。
 
「沖縄でシークレット・ライブしたのがその年の春だっけ?」
とマリが訊く。
 
「そうだよ。あの年は札幌突発ライブもしたしね」
「ああ。札幌ラーメン美味しかった」
「ゴーヤチャンプルーも美味しい美味しいと食べてたよ」
「うん。歌手になっていちばん良かったと思うのが、あちこちの美味しいもの食べられることだよ」
とマリが言うと客席が沸く。
 
3〜4分ふたりで会話してから私は言う。
 
「では躍りたくなるような曲が続いたので、次は私たちが高校生だった頃に書いた曲や、その路線上の曲を歌います」
 
「ケイがかぁいい女子高生だった頃だよね」
とマリが茶々を入れるので
「マリも可愛かったし、マリは今でも可愛いよ」
と私が返すと、何だか照れてる!
 
会場から「ケイちゃんもマリちゃんも可愛いよ!」という声が掛かる。全くお客さんは律儀である。
 
「それでは、まずは『あの街角で』」
 
これからの数曲は、近藤さんと鷹野さんのアコスティックギター重奏を伴奏に歌う。酒向さん・月丘さん・七星さんはお休みである(いったん下がって休憩する)。ローズ+リリーは初期の頃フォークデュオとみなす人もいた。このあたりは確かにフォークっぽい曲調である。
 
更にふたりのギターのみの伴奏で『あなたがいない部屋』『言葉は要らない』、『君待つ朝』と演奏する。お客さんはみんな座ったまま手拍子を打ってくれている。
 

『君待つ朝』の最後のギターの音が減衰して消えていった次の瞬間、七星さんが袖から出てきてサックスを吹き始める。酒向さんと月丘さんも戻る。そして七星さんの吹くメロディーに観客がざわめいた。酒向さんのドラムスが鳴り響き、近藤さん・鷹野さんがエレキギター・エレキベースに持ち替えてそれぞれ弾き始める。月丘さんのキーボードもフルー管系の和音を奏でる。
 
客席が更にざわめく。
 
これはAYAのデビュー曲『スーパースター』なのである。
 
「休業中の私たちの友だち、AYAのゆみへの応援歌です」
と私は言ってマリとふたりで歌い始める。
 
ここで私たちが歌っているのは、初公開となる「3人バージョン」のスコアのボーカルパートである。ゆみのパートを私が、あすか・あおいのパートをマリが歌っている(モー娘。方式のリレー歌唱なので複数のパートをひとりで歌うことができる)。
 
またこの曲を歌っている最中に流した映像は、AYAが2007年に結成された直後のものである。ただし、あすか・あおいの顔が映らないように注意深く編集している。当時はあすかがメインだったので、あすか中心に撮影されており、うまくゆみの映像でまとめるのに、編集作業をしたAYAの新しいマネージャー井深さんはかなり苦労したようである。
 
観客は熱心に手拍子を打ってくれる。
 
そしてこれはかなり登場を予測していた人もあったようだが、1コーラス歌い終えたところで舞台左手の雪の積もった民家のセットのドアを開けて、ゆみ本人が現れる。(このドアが開くようにしたのはAYAのためである)
 
「きゃー!」
という声があがり
「AYA〜!」「ゆみちゃ〜ん!!」といった掛け声も沸き起こる。
 
そして2コーラス目は、メインボーカルをゆみが歌った。私があすかのパート、マリがあおいのパートを歌う。この曲を3人で歌うのは実にインディーズ時代以来、約6年半ぶりであった。
 
ゆみはこの1曲の後半部分のみ歌って、そのまま観客に手を振って舞台袖に消えた。
 

「2009年11月、私たちは沖縄の女子高生から手紙を頂きました。それは原因も治療法も分からない難病と闘っている友人が、ローズ+リリーのファンで一度でいいから私たちと会いたいと言っているというお手紙でした。私たちは受験勉強もあって休業中だったのですが、彼女を励ますため沖縄に飛びました。そして彼女のお見舞いをしたのですが、その時活動再開が全然見えずにいた私とマリ自身も力づけられました」
 
と私は語って少し言葉を切る。
 
「その1年後2010年12月。その難病と闘っていた彼女が危篤状態に陥ったという連絡を受けました。私たちは再び沖縄に飛んだのですが、その時、彼女の回復を祈って、羽田空港でマリが書いた曲が『神様お願い』でした」
 
この曲はその直後の東日本大震災を機に大きな反響があったのだが、本来はそういう曲であったことが、沖縄では比較的知られている感じである。
 
「でも幸いなことに彼女は死の淵から生還しました。彼女が死神の誘惑と戦っていた時、私たちの歌が聞こえる方角に行ってみたら、目が覚めて生きてた、と語ったことで、私たちは自分たちの歌にそんなに力があるのかと驚き、復帰に向けての決意を固めていくことにもなりました」
 
「そして今年の夏、とうとう彼女は退院できるところまで回復しました」
 
客席から「わぁ」といった声があがる。このことはまだほとんど知られていなかったようである。
 
「まだまだ通院はしなければならないのですが、この病気になって退院できるところまで回復したのは彼女が世界で初めてだそうです。私たちはこのような奇蹟を生み出してくれた神様に感謝して『神様ありがとう』という曲を書きました。この曲を、彼女と同じ病気、そして他の病気と闘っている全ての人に捧げたいと思います。2曲続けて聴いてください」
 
山森さんが出てきてエレクトーンの前に座る。ヴァイオリンを持った松村さん、トランペットを持った香月さん、そしてフルートを持った風花が出てきてスタンバイする。
 
酒向さんのドラムスが鳴り響き、伴奏が始まる。私たちは本当に天に願いが届くように、この2曲を歌った。お客さんも静かに聴いてくれる。歌いながら客席の麻美さん・陽奈さんと目が合う。念のため車椅子に座って聴いている麻美さんは涙を浮かべながら聴いているようであった。
 
やがて終曲。そして大きな拍手がある。私たちは丁寧に客席に向かってお辞儀をした。
 

「それでは最後の曲になります」
 
「えー!?」という声。全くお客さんは律儀である。
 
「最後は元気に締めましょう。お玉の用意のある人は準備してね」
と私が言うと、さっそく会場全体でお玉を取り出して振ってくれる。
 
「それでは最後の曲『ピンザンティン』!」
 
窓香が袖から走り寄って私たちにお玉を渡す。
 
この日はヴァイオリンの重奏を入れてくれた、ロッテさんに、伊藤ソナタ・桂城由佳菜さん、鈴木真知子ちゃんも出てきてくれて松村さんと一緒にヴァイオリン五重奏で「ドファソラーシ・レドシラ・ソミラ、レレレミ・ファファミレド」というこの曲のサビを弾いてくれる。それで客席のみんながお玉を振る。
 
それに続けて私たちはお玉を振りながらAメロを歌い始めた。
 
「太陽の力だよ、アスパラ、トマト」
「土の中から、ニンジン・タマネギ」
「葉物も素敵ね、キャベツにレタス」
「ドレッシングはフレンチ?シーザーズ?」
 
軽く野菜の名前を並べたAメロに続き物語的に展開するBメロを経て、曲はサビに到達する。
 
「サラダを〜作ろう、ピンザンティン、素敵なサラダを」
「サラダを〜食べよう、ピンザンティン、美味しいサラダを」
 
私たちはサビ部分ではマイクを客席に向けて歌う。お客さんもお玉を振りながら大きな声で歌ってくれる。
 
間奏でヴァイオリンが、トランペットが、フルートが、オルガンが、そして七星さんのサックスが競い合うように自己主張する。そして2番を歌い、サビを歌い、Cメロ、Aメロ、サビ、サビで終了する。
 
私たちはお玉を客席に振りながら大きな歓声と拍手に答える。そしてゆっくりと幕が下りた。
 

拍手がアンコールの拍手に変わる。束の間の休憩で私は水を飲む。マリはシークヮーサーのジュースを飲んでいる。
 
アンコールの拍手が続く。私は伸びをし、屈伸運動をする。私たちが頷くのを見て、スタッフさんが幕を上げるスイッチを押す。
 
割れるような歓声。スターキッズが『夏の日の想い出』の前奏の分散和音を弾き始める。歓声と拍手が納まってきたところで私たちは歌い出した。
 
「白いスカート、浜辺の砂、熱い日差し、君の瞳」
 
スローな曲なので客席からはパーンパパンというリズムの手拍子が聞こえてくる。私たちはその手拍子に応える気持ちで熱唱した。
 
やがて終曲とともに大きな拍手がある。
 
「アンコールありがとうございました。実をいうと、ライブやる度に、もしアンコールの拍手もらえなかったらどうしよう?と結構思っているんですよ」
 
と私が言うと
 
「ちゃんとアンコールするよ!」
という声が掛かる。
 
「ありがとうございます。そうしてもらえるように頑張って歌いますね」
と私。
 
「そうだね、アンコールとかもらえなくなったら、あまりツアーできなくなるかも知れないし。そうしたらあちこちの美味しいもの食べられない」
とマリが言うと笑いが起きる。
 
「マリちゃん、沖縄で何食べた?」
という声が掛かる。
 
「昨日の夜はゴーヤチャンプルーとタコライス食べて、夜食に沖縄そば食べて、今朝はジューシーにチキアギ、お昼はアグー豚のトンカツ食べたかな」
 
「ラフテー食べた?」
という声。
 
「まだ食べてない。今夜食べなくちゃ」
 
私たちがMCをしている間にスターキッズは退場する。そして私とマリがふたりだけ残ったステージで私は言う。
 
「それでは本当に最後の曲です。私とマリが初めて一緒に歌って録音した曲、『雪の恋人たち』」
 
拍手の中私はピアノの前に座る。マリはいつものように私の左側に立つ。そして私のビアノ前奏に引き続きふたりで歌い始める。ミラーボールが回る。それがまるで雪が降るかのようである。お客さんは手拍子も打たずに静かに聴いてくれている。
 
この曲をふたりで吹き込んだのは2008年の6月だ。あれから6年半。私たちは少しは進歩したろうか。マリはぐっと上手くなった。でも自分はそんなに上達していないということはないか? 唐突にそんな疑問が浮かび上がってきた。
 
どうなんだろう? みんな正直には答えてくれなさそうだ。遠慮無く言ってくれそうなのは・・・・氷川さん、千里、あたりか。一度真剣に訊いてみたい気がするな。
 
そんな不安が心によぎったものの、マリは私の左側で気持ち良さそうに歌っている。マリって、歌っている時と詩を書いている時がいちばん幸せそうだ。そうだよね。マリに幸せを提供できたら、それで自分の役割ってけっこう果たしているのかも知れない。
 

そんなことを考えながらも、やがて曲は終曲にたどり着く。最後のピアノの音の余韻が消えたところで割れるような拍手がある.私は立ち上がり、マリと一緒にステージ前面に立つ。大きな拍手と歓声に応えるように手を高く上げる。そして静かに幕は下りていった。
 
「これにて本日の演奏は全て終了しました」
という締めのアナウンスは、夏のライブと同様AYAのゆみがしてくれた。
 

少し時間を戻して、この年の秋、政子は唐突に免許を取りたいと言い出した。
 
それまで自分はしばしばボーっとしているから運転には不向き、免許は取らないと言っていたのだが、突然その気になったようであった。
 
きっかけが、若葉の友人が所有するマイバッハ57に乗せてもらい、いかにもお嬢さん然としていたその友人が華麗に超高級車を運転しているのを見て少し憧れてしまったのがあったようである。若葉も当時妊娠中だったので運転はしていなかったものの、車が好きで、光岡のヒミコを所有している。大学生時代は私も何度か乗せてもらったが、覚悟を決めて、目をつぶっていた!!若葉は免停の常習犯である。
 
政子は12月頭まで2ヶ月ほど自動車学校に通って免許(MT可)を取得したのだが、最初は自分もマイバッハがいいな、などと言っていた。しかしAYAのゆみがポルシェ・カイエンに乗っているのを見たら、今度はカイエンもいいねなどと言い出す。ところがその内、日産ノートもいいねなどと言い出した。
 
これは、政子が自動車学校に通うのに近藤妃美貴ちゃんのモコに乗せてもらっていたら、そのモコもいいな、などと言い出し、それで日産のお店を覗いてみたら、モコもいいけどノートも内部が広くていいね、ということで気に入ってしまったらしい。
 
政子が免許を取ったのが12月11日で、12-14日はローズ+リリーのライブをしていたので、私と政子は12月15日に、一緒に日産の販売店を訪れた。
 
「試乗してみられますか?」
とスタッフさんが訊くので「じゃちょっと運転してみようかな」などと言い、試乗車が駐めてある方にいく。ところがノートに乗ろうとしたら、隣にそれと似たようなサイズの車が駐まっている。
 
「あれ?これは何ですか?」
と政子が訊く。
 
「そちらはリーフでございます」
とスタッフさん。
 
「形が似てる」
と政子。
「そちらは電気自動車だよ」
と私。
 
「あ、電気自動車があるんだ! こないだステージで使った車は?」
「あれはトミーカイラZZ-EV。限定生産だから入手はかなり困難だよ」
「そっかー。でも電気自動車って、ガソリン要らないんだよね?」
「電気で動くからね」
「地球に優しいよね?」
「まあ財布には優しくない。これノートの倍の値段するよ」
「きゃー」
「でも政子の経済力なら気にしなくてもいいだろうけどね」
と私。
 
「タイプによってお値段に幅はありますが、このノートは154万円、このリーフは379万円でございます」
とスタッフさん。
 
「2.46倍じゃん!」
と政子。
 
この細かい数字が一瞬で出るのが政子らしい。
 
「例のトミーカイラは?」
「あれは800万円」
「凄い」
「それ以上に人気殺到で競争率が激しい」
 
「そっかー。でもこのリーフも乗ってみたい」
 
と言うので、結局両方を試乗してみた。政子が運転席に座り、私が助手席、スタッフさんが後部座席に乗った。
 
「リーフって静か〜」
と政子が言う。
 
「エンジンが無いからね」
「エンジンが無かったら、どうやって走るの?」
「だから電気の力でモーターを回すんだよ」
「モーターって電気で動くんだ?」
「左手の法則って習ったでしょ? 左手の人差指方向に磁界がある所に中指の向きに電流を流すと、親指の向きにローレンツ力が発生する」
 
「あれ、どれがどの指か分からなくなる」
「中指から順に電・磁・力だよ」
「左手ってこうすればいいんだっけ?」
と言って、政子は人差指を曲げ、中指を伸ばしている!
 
「それ人差指と中指の方向が逆! なぜわざわざそんな指の形にする?」
「まあいいや。どっちみちすぐ忘れるし。でもガソリン代が要らないんだよね?」
 
「その代わり電気代が掛かるけどね」
「マンションの部屋のコンセントから延長コードで駐車場まで引けばいいの?」
「そんなことしたら叱られるよ。それに200V電源だし。駐車場にコンセントが必要」
「じゃ工事してもらうの?」
「うちのマンションはそもそもコンセント付きの駐車枠があるから、そこの枠を借りたら使えるよ」
「駐車枠今のに加えてもう1台取れる?」
「今はまだ空きが結構あるから借りられるはず」
 
「だったら、いいじゃん。じゃ、冬、これ買って」
 
「私が買うの?」
と私は政子に聞き直す。
 
「あ、私が買えばいいのか」
「充分お金持ってるでしょ」
「じゃ、これ1個くださーい」
 
と政子らしい言葉である。
 
スタッフさんは笑顔で「かしこまりました」と言い、事務所で手続きをしましょうと言って、そちらに案内する。
 

それで事務所の方に向かっていたら、政子は今度は別の車に目を付ける。
 
「これなんか凄く大きな車だね」
「それはエルグランドでございます」
「座席がたくさんある」
「そのタイプは8人乗りでございます。2列目がベンチシートになっておりますが、2列目をキャプテンシートにした7人乗りもございます」
 
「へー。そんなにたくさん乗るっていいね。私たちに子供ができたら8人乗りって便利じゃない?」
「6人も産むつもり?」
「11人産んでサッカーチーム作るのもいいけどなあ」
「マイクロバスが必要かもね」
 
「ね、ね、冬。私がリーフ買うから、冬はこの車買わない?」
「なんで〜?」
 
「だって今乗っているカローラフィールダー、最近エンジンの調子おかしいとか言ってたじゃん」
「うーん。既に20万km越えてるからなあ。でもこれ大きいよ」
 
「似たような車で少し小さいセレナというのもございますが」
とスタッフさん。
 
「どう違うんですか?」
と政子が尋ねる。
 
「エルグランドより少しだけ小さいのですが、その小さくなることで5ナンバーになるんです。ただセレナでもハイウェイスター仕様はエアロパーツの分が微妙にはみ出して3ナンバーになりますが」
 
「あ、税金が違うんだっけ?」
「そうそう」
 
「じゃそれも乗り比べてみようよ」
「ちょっとぉ〜、買い直す前提なの〜?」
「子供6人くらい産んであげるから」
「種は〜?」
「適当に調達する。それとも冬が2人くらい産む?」
「私は産めないよ」
「本当かなあ。でもエンジンの調子がおかしい車に乗ってて事故ったらまずいよ」
 

そういう訳で、私たちはエルグランドとセレナにも試乗した。私が運転席に座り政子が助手席、スタッフさんが2列目である。
 
「エルグランドの方がパワーがある気がした」
と政子が言う。
 
「今試乗なさいましたエルグランドは3.5Lでございますので。もう少し小さい2.5Lのものもございますが。セレナは2Lでございます」
とスタッフさん。
 
「数字が大きいほうがパワーがあるの?」
と政子が私に訊く。
 
「そうそう。ガソリンも食うけどね」
と私。
 
「じゃこちらは大きい方にしようよ。リーフで化石燃料節約するから、こちらは少し使ってもいいよね?」
 
「変な論理!」
「都内に出かける時は私がリーフを運転して、遠出する時は冬がエルグランドを運転すればいいんだよ」
 
「まあ、理にかなった使い分けだね。というか、結局買い換えるの〜?」
と私。
 
「私がそちらも買ってあげるよ」
と政子。
 
「へー!!」
 
「だって冬は、こないだみっちゃんにあれを出してあげたでしょ?」
「まあね」
 
光帆が事務所を辞めるのに1億円要求されたので、私がそれを建て替えてあげたのである(この後、更にプラス2億5000万を光帆には貸すことになる)。
 
しかし、そういう訳で私たちはリーフ(G.Aero style)と8人乗りのエルグランド(350 Highway Star 4WD)を買うことになってしまったのである。代金約800万円は政子が自分の口座からまとめて振り込むと言い、その操作だけ私がした。納期はどちらも1ヶ月半くらいではないかと言われた。現金で払ったのでオプションを色々サービスしてくれた。
 
なお、カローラフィールダーについてはエルグランドが納車された時点で保険をそちらに移して売却することにし、そのあたりの手続きは実質的な義兄でもある友人の佐野君に頼むことにした。リーフの方は政子の名義であらたに保険を設定する。
 

12月16日。
 
その日私はΦωνοτον(フォノトン)というユニットのアルバム制作現場に顔を出していた。Φωνοτονというのは、XANFUS + Purple Cats のメンバー全員が何段階かに分けて結果的に全員解雇されてしまい、その解雇されたメンバー全員が集まって新たに作ったユニットである。
 
要するにΦωνοτονのメンバーというのは実際には
 
Vocal 音羽・光帆 Gt.三毛(mike) B.騎氏(kiji) Dr.白雪(yuki) KB.黒羽(noir)+神崎美恩・浜名麻梨奈
 
という8人である。この日曲のアレンジを検討している内に
「ちょっと横笛の音が欲しいね」
 
などという話になる。
 
「ケイちゃんちょっと吹いてみる?」
と浜名さんから言われるが
 
「遠慮しとく。フルートならyuki(白雪)ちゃんも吹けたよね?」
と私は答える。
 
「うん。一応持って来たはず」
と言って白雪はスタジオの隅に置いているバッグを開けた。
 
「あれ?」
と言って彼女が取り出したのは、男物の背広である。更にネクタイとか背広と同じ柄のズボンとかが出てくる。
 
「由妃(白雪の本名)、男装に目覚めた?」
と三毛が訊く。
 
「これ、お父ちゃんの鞄と間違って持って来ちゃったみたい」
 
「お父さんと同じバッグ使ってるの?」
「そうなのよ。偶然同じもの買っちゃったのよね。でもファスナーに付けてるストラップで区別してたのに。これ私の使ってるハートのストラップが付いてるけど、私が使ってるバッグはこの外側のポケットの所にコーヒー掛けちゃって出来たシミがあったのよね。これ無いから、バッグ自体がお父ちゃんのだ」
 
「ストラップが外れて、間違って逆に付けたのでは?」
「かも〜」
 
「フルートはスタジオの楽器を借りよう」
と浜名さんが言って内線を取りフロントに電話した。
 
「でも同じバッグ持ってて、入れ替わって混乱するって映画が昔あったね」
 
「ライアン・オニールとバーブラ・ストライサンドが主演した『おかしなおかしな大追跡』かな。結構テレビのロードショーで流してるよ」
 
「『ポリス・アカデミー』(マイアミ特別勤務)でもそのネタやってた」
 
「だけど由妃、自分のバッグには何入れてたの?」
 
「フルートと篠笛とLumix(カメラ)。それに着替え用の下着とかトレーナーとかスカートとか」
 
「きっと今頃、お父さんも背広に着替えようとして、女物の服が入ってるんでびっくりしてる」
 
「そのまま女装に目覚めたりして」
 
「うちのお父ちゃんが私のトレーナーやスカートを着られることは確認済み」
 
「着せたの?」
「お母ちゃんが唆して着せてた」
「面白い家庭だ」
 
「だけど由妃ちゃん細いのに、よくお父さんがその服を着られるね。由妃ちゃんウェストいくつだっけ?」
「W63だよ」
「それを着られるお父さんのウェストが凄い」
 
黒羽が笑いをこらえている感じだった。
 

ローズ+リリーのツアーは、21日には富山公演を行った。この公演ではオープニングに青葉のサックスをフィーチャーした『こきりこロック』を演奏し、前半最後の『苗場行進曲』では彼女たちの軽音学部の人達に演奏しながらの行進をしてもらった。
 
「ノーギャラでごめんね〜」
と幕間に着替えながら私は彼女たちに言う。
 
「薄謝なら歓迎しますよ〜」
「拍手だったりして」
「でも鱒寿司美味しいです。頂いています」
 
彼女たちは総勢32名である。受験勉強の最中ではあるもののローズ+リリーのライブにゲスト出演するという話を聞いて参加した3年生6名もいる。彼女たちのおやつに、鱒寿司の輪っぱを20個用意していたのだが、あっという間に無くなりつつある。
 
「明後日は長岡公演でしょ? このまま富山に滞在なさるんですか?」
と質問が出る。
 
「スタッフの大半は明日1日富山で休暇。でも私とマリは明日朝7時の飛行機で東京に戻って、23日また新幹線で長岡に移動する」
 
「たいへんですね!」
 
「そういえば君たち全員女子かと思ったら1人男子もいたのね」
 
彼は私たちが着替え中なので遠慮して外に出ている。
「あ、翼にもお寿司あげなきゃ」
と言って、2年生の空帆が、ちょうど半分くらい残っている輪っぱを1つ持って外に出て行く。
 
「でも彼、女子制服を着てたけど、男の子になりたい女の子、じゃなかった、女の子になりたい男の子なの?」
 
「本人は否定してるね」
「でもだいぶ女装させたね」
「今日も全員女子制服着てるのに、ひとりだけ男子制服がいたら変だよと言ってその気にさせた」
 
「似合ってると思うけどなあ」
「女声の発声については興味あるみたいで練習してますよ」
「へー」
 
「でも鈴を割る役で出たアクアちゃんも凄い美少年ですね」
「いや、あの子は美少年という枠を越えている。むしろ美少女」
「あの子、女装すればいいのに」
「女の子キャラでも絶対売れるよね〜」
 
この手の話が好きなマリがワクワクテカテカな目をしていた。
 
「知人の息子さんって言ってましたけど、どなたの息子さんなんですか?」
「秘密」
 

私は翌日22日に東京に戻ると音羽・光帆の新しいマンション選びに協力した。ついでに購入代金も立て替えておいた! このマンション選びには千里にも協力してもらった。
 
こちらも富山公演と長岡公演の間の谷間だったが、千里も自分のバスケチーム40mimutesが21日,23日に試合があって、ちょうどその谷間であった。私は23日にローズ+リリーの長岡公演をした後、24日は横浜でKARIONのライブをした後、東名・富士五湖道路を走って河口湖でのローズ+リリー公演に出ている(なぜか美空が付いてきた)。
 
25日は私のマンションに、千里と氷川さんが来ていた。
 
「千里、40minutes、関東選手権進出おめでとう」
「ありがとう。冬のローキューツも関東選手権には出るから、いよいよ両者の対決があるかもね」
 
40minutesは21,23日の東京都クラブバスケット選手権が江戸娘に次ぐ2位で関東クラブ選手権に進出したが、ローキューツも12月6-7日の千葉県クラブバスケット選手権で優勝して、同じく関東クラブ選手権への出場を決めている。
 
「どちらも全国に行けるといいね」
「行きたいね」
 
関東クラブ選手権は16チームが出るが5位以内に入ると3月に行われる全日本クラブバスケット選手権に出場できる。
 

その後、各種音楽賞の話や最近の歌謡界の話題などを話していたのだが、政子が「おやつが無い」と言い出す。
 
「今、筑紫もち、長崎物語、かもめの玉子に、中田屋のきんつばまで食べた気がするのだけど」
 
「私、イチゴショートかモンブラン食べたい」
「じゃ、マーサ、自分の好きなの買って来なよ」
と言って私は政子に1万円札を渡す。
 
「よし。行って来よう。冬、フィールダー貸して」
「いいけど、ぶつけないようにね」
「大丈夫、大丈夫」
 
と言って政子は出かけて行った。
 
「ひとりで大丈夫?」
と千里が心配して訊くが
 
「こないだからだいぶ私が助手席に乗って練習させたから、無謀なことしない限りは大丈夫と思う」
 
と私は答えた。
 
「ところで、私、こないだから千里や氷川さんに訊きたいと思ってたことがあるんだ」
と私は話を切り出す。
 
「何?」
「何ですか?」
 
「マリはデビューした当初から物凄く歌がうまくなった。私はそれをずっと一緒にいて、しっかりと感じていたんだけど、私自身はどうなんだろうと思って」
 
「冬は歌、うまいよ」
と千里。
 
「でも私は本当に上手くなっているんだろうか。それとも劣化していたりしないだろうかって、突然不安になったんだ。みんな私は歌がうまい、うまいと褒めてくれるけどさ」
と私は言う。
 
千里は目をつぶって考え始めた。氷川さんは本棚の方に目をやり、そちらも考えているようであった。
 
「ケイさん、松原珠妃が目標だって言っておられましたね」
と氷川さんが言う。
 
「ええ。さっきもその話、少ししたけど、私にとっては姉のような人なんですよ。小学生の頃の私を指導して鍛え上げてくれたんです」
 
「2008年にデビューなさった時、松原珠妃とケイちゃんの距離が1万kmあったとしたら、今は5000kmくらいだと思います」
と氷川さんは言う。
 
「まだ、半分かぁ」
と言って、私は目をつぶり、天井を向いた。
 
しかし千里は目を開けておもむろに言った。
 
「私の見解としてはさ」
「うん」
「レオナルド・ダ・ビンチと、パブロ・ピカソのどちらが優秀な画家かって議論できると思う?」
と千里は言った。
 
「それはどちらも凄すぎて比較できるものではないと思う」
と私は言う。
 
「優秀な芸術家はね。優劣で言えるものではないんだよ。そこには個性があるだけなんだ」
と千里。
 
私は千里の言葉を受け止めて少し考えた。
 
「つまり自分の道を究めろということか」
 
「松原珠妃の後を追っていたら、冬、単に彼女のフォロワーにしかなれないよ」
 
私はドキッとした。
 
それって・・・・ずっと以前に松原珠妃からも似たようなことを言われたぞと私は思った。
 

やがて政子が戻ってきたが、ケーキの箱を4つも抱えている。
 
「そんなに食べるの?」
と私が訊くと
 
「もし入らなかったら美空と穂花(シレーナソニカ)を呼ぶ」
と政子は言っている。
 
「政子、車はぶつけなかった?」
と千里が尋ねる。
 
「あ、大丈夫、大丈夫。ちょっとDとRを間違って、後ろを壁にぶっつけたけど、お店の人はこのくらい大丈夫ですよと言ってた」
と政子。
 
「ぶつけたのか!」
と私は呆れて言う。
 
「特にへこんだりはしてなかったよ。塗装がちょっと剥げてたけど」
と政子。
 
私は頭を抱えた。
 

12月29日に放送された『性転の伝説Special』は物凄い反響であった。一部からは非難の声もかなりあったものの「凄い、これレギュラー番組化してください」という要望もかなり寄せられた。
 
なかでも50点満点を取った4人についてはtwitter上でみんな物凄いツイートが発生していた。
 
「もう本騨真樹は『まさき』じゃなくて『まき』ちゃんでいいよな?」
「まきちゃんはこのまま女の子キャラということで」
「ヒロシがスカート穿いてるって発言、これ放送して良かったのか?」
「私、ヒロシにスカートのプレゼントしてあげよう」
「まあ、大林亮平もそれなりにきれいだよな」
 
という感じでこの3人に関するツイートの量は3:5:1くらいであった。しかしアクアに関するツイートは彼らの10倍はあった。
 
「可愛い!これだけ可愛ければもう男でも構わん」
「これ絶対男の子だっての嘘でしょ。本当は女の子なんじゃないの?」
「ドラマでは院長の娘役ということでいいじゃん」
「この人の親って誰?」
「アクアちゃんに童貞を捧げたい」
 
あっという間に本人の個人情報も流出する。学生服姿の写真が広まったものの
 
「ほんとに男の子だったのか。でも脳内でセーラー服姿に変換するよ」
「これ実は学生服コスプレの写真じゃないの?」
「アクアちゃんのズボンを脱がせて**を**してあげたい」
「アクアちゃんを拉致して女の子に改造したい。ダメなら俺が女に性転換してアクアちゃんに抱いてもらいたい」
 
と暴走は停まらなかった。本名が田代龍虎というのも流出し「かっこいい名前だ」という声が多かったが、番組でミュージシャンの息子と言われたこと及びケイがライブで知人の息子さんと言っていた話との整合性については、みんな首をひねっていた。彼の父親あるいは母親に関する情報は、彼の友人などからも特に出ず、両親ともふつうの小学校の先生らしいということで、ネット上では、有名人という訳ではなく何か個人的なことでケイとのつながりがあったのだろうという推測に落ち着いたようであった。また母親の担当教科が音楽ということでもしかしたら、そのお母さんが一時期音楽家として活動していたのでは?という説も出たものの、結局詳細は不明であった。
 
「ところで慎也はあれどうなったの?」
「まあ性転換されちゃうんじゃない?」
「テレビの番組でそこまでしちゃっていいわけ?」
「以前、若手タレントをホモバーに突撃させてた番組あった」
「見た見た。間違いなくやられちゃったよね、あれ」
「しかし性転換はさすがにまずいのでは?」
「いや、ΛΛテレビなら、やりかねん」
「美容整形の番組とかもやってるしね」
 

年末のRC大賞はワンティスの『フィドルの妖精』(高岡猛獅・FK)が受賞した。
 
金賞(9作品)のラインナップは
 
小野寺イルザ『夜紀行』(風間絵美・上野美由貴)
狩野信子『みちのく恋の花』(八雲春朗・海野博晃)
KARION『アメノウズメ』(森之和泉+水沢歌月)
工藤天海『通りすがりの犬』(金浦勝吾・田中晶星)
しまうらら『ギター・プレイヤー』(ヨーコージ)
スカイロード『お寿司万歳』(田宮圭吾・後藤正俊)
ハイライトセブンスターズ『月と雨傘と君』(焙煎公社)
松原珠妃『ナノとピコの時間』(ヨーコージ)
ローズ+リリー『Heart of Orpheus』(マリ&ケイ)
 
また最優秀新人賞は松川光次が取り、その他の新人賞(4名)は、阪元アミザ・篠崎マイ・遠上笑美子・南藤由梨奈が受賞した。
 
(各々五十音順)
 
授賞式は30日に収録されたのだが、私は東京公演の出番前に放送局に入り、KARIONとローズ+リリーの両方で賞状をもらい各々ステージで歌った。(KARIONの時はピンクのドレス、ローズ+リリーでは赤いドレスを着た。メイクも変更した)しかしローズ+リリーで歌うのにスタンバイしていたら、松原珠妃が「ちょっと来い」と言って私をステージに引き上げ
「11年ぶりのナノとピコのツーショットです」と言ったので、会場が
大いに沸き、たくさん写真を撮られた。
 
後日、蔵田さんからヨーコージ名義の作品の賞状のコピーと賞金、上島先生からはFK名義の賞状と賞金をもらった。RC大賞の賞金で高岡さんの取り分に関しては、高岡さんのお父さんから長野夕香さんの遺族に渡して欲しいという申し出があり、お母さんに全額渡されることになった。
 
ローズクォーツの『Rose Quarts Plays Sex Change −性転換ノススメ』に企画賞をという話もあったようだが、猛反発もあり凄まじい議論になったらしい。この件に関してはローズクォーツ側から、もしそういうお話があっても辞退したいという意向が伝えられたことから選考委員会は分裂の危機を回避したようである。
 
 
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【夏の日の想い出・仮面男子伝説】(中)