【夏の日の想い出・事故は起きるものさ】(1)

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その日、私は高校時代の友人・佐野君に用事があって、彼のアパートまで出かけて行った。愛車カローラフィールダーをその辺に駐めて階段を登ろうとしていたら、登り口の所に青い車が停まっていて、ツナギを来た人物が車の下に上半身突っ込んで何やら作業をしている様子。
 
「あれ?佐野君、作業中だった?」
と声を掛けると
 
「あ、ボクだよ、ボク」
と言って車の下から這い出して来たのは佐野君の彼女の小山内麻央であった。
 
「あ、ごめーん」
「ボクはだいたい男と間違われること多いから問題無い」
「まあ、それはお互い昔からだったね〜」
 
麻央は小学校の時の同級生で、当時麻央はよく男と間違われ、私はよく女と間違われていたものであった。「唐本のチンコを取って、小山内にくっつければいい」とよく言われていた。
 
ちなみに麻央は私の姉の夫の妹でもある(面倒くさいから義姉ということにしている)。
 
「ちょっとアンダーカバー留めてるボルトが取れちゃって。取り敢えず針金で留めてたんだよ」
「それボルトでちゃんと留めなくてもいいの?」
「どうせすぐ外れるし」
「外れるの〜」
「まあよくぶつけるから」
 
「でもなんか車が変わった?」
「あ、前まで乗ってたインプレッサ、階段にぶつけたらエンジンが動かなくなっちゃってさ」
「階段〜?」
「まあ、いつものことだよ。それでホンダ・インテグラ買ったんだよ。1988年もの。3万円」
「安いね!」
「30万km走ってるから」
「大丈夫〜?」
「と思うけどなあ。入って入って。お茶でも入れるから」
 
と麻央は私を部屋の中に招き入れた。
 

2014年12月上旬。町添部長が朝からわざわざ私のマンションまで来訪した。KARIONの和泉、∴∴ミュージックの畠山社長、UTPの大宮副社長にも来てもらっていた。
 
「じゃ今年は多数参加型でやるんですか」
 
町添さんからの打診に私は驚くようにして言った。
 
それは2015年3月に予定していた震災4周年に合わせた東北応援イベントの計画のことであった。
 
「最初はまたKARION, XANFUS, Rose+Lily, AYA の4ユニットを中心にお姉さん格のスリーピーマイスやスイート・ヴァニラズも入れてという線で考えていたんだよ。ところが今XANFUSが迷走してるし、AYAは事実上休業してるし、スリーピーマイスは個人活動がメインになってしまって、現在3人まとまっての活動は全くしてないんだよね」
 
「そういえばそうですね」
「スイート・ヴァニラズもElise君がいつ復帰するのかよく分からなくて」
「子育て大変みたいです。Londaさんが」
 
Eliseの子供の世話をしているのは主として彼女の家に泊まり込んでいるLondaであって、Eliseはのんびりとクラシックを聴いたり小説を読んだりして過ごしているらしい。
 
「そういう訳で、今考えているのがこういう線」
 
と言って町添部長は(○秘・禁複写撮影)と書かれている紙を見せてくれた。
 
600(前座) Golden Six 630(前座)不酸卑惨 700 篠崎マイ 730 遠上笑美子 800 南藤由梨奈 830 山村星歌 900 坂井真紅 930 富士宮ノエル 1000 ステラジオ 1030 神田ひとみ 1100 桜野みちる 1130 川崎ゆりこ 1200 秋風コスモス 1230-1300 (休憩) 1300-1400 ハイライトセブンスターズ 1400-1500 Rainbow Flute Bands 1500-1600 スリファーズ 1600-1700 KARION 1700-1800 Rose+Lily
 
「朝6時から夕方6時までですか」
と私はまたまた驚いた。
 
「昨年夏にいわき市でやったイベントに似てますね。あれより出演者がぐっと多いけど」
と畠山さんが言う。
 
「あれは出場者が7組だったからね。これは午前中30分ずつ11組、午後は1時間ずつ5組」
と町添さん。
 
「11組というのは不酸卑惨とGolden Sixを除いてですね」
「うん。彼らは前座」
「しかし朝6時なんて人が来るんですか?」
「7時からの新人3連発がけっこう集客力があると思うんだよ。若いファンが多いから。でもさすがに到着がバラけると思うから、冬の寒空にただ震えながら待つのでは悪いから、その間にまあ前座を流しておこうということで。一応7時前は大型スピーカー禁止なので、客席各所に配置した小型スピーカーだけで流す」
 
と町添さんが言う。
 
「ちょっと待ってくたさい。寒空ってまさか野外ですか?」
「うん。仙台みちのくスタジアム」
「うっそー!?」
 
「部長、東北の冬をなめてません?3月はまだ完璧に真冬ですよ」
と、この中では最も常識人っぽい大宮副社長が言う。彼は青森県下北半島の出身である。豪雪地帯だ。
 
「全座席に温熱シートを設置する。ホッカイロを綿でくるんだようなもので、くるんでいることで低温やけどを防止する。それから会場のまわりに防音と風除けを兼ねてパネルを設置する。それと場内に温風を流すようにする」
と町添さん。
 
「6時ってまだ日出前なのでは?」
「当日の夜明けは5:28, 日出6:01, 日没17:35, 日暮18:08」
 
「つまり日出とともに始めて、日暮れとともに終わるんですか」
「そうそう」
 
「最初7時から始めるつもりだったんだけど、早く到着した人が可哀想だから聞いても聞かなくてもいいような前座を入れましょうよと、実はGolden Sixの後見人の醍醐春海君が言い出してね。自らGolden Sixで6時くらいから演奏しますよと言ってくれたんだけど、前座をやると聞いた龕龕レコードから連絡があって。うちの不酸卑惨も出してと要望が出て、それで前座が2つ入ることになったんだよ」
 
龕龕レコードは神田ひとみが所属しているレコード会社である。
 
「なぜそこで醍醐が」
 
それにいつの間に千里はゴールデンシックスの後見人になったんだ??
 
「ちょうど近くの席で、雨宮君と2人で、森風夕子ちゃんのアルバムの件で打ち合わせていたので」
 
「森風夕子ちゃん? 彼女は東郷誠一先生が書いておられるのでは・・・あっ」
 
と和泉は疑問を投げかけて途中で気づいてしまった。
 
「うん。実は東郷先生は名前を貸してるだけ。これまで実は別の作曲家さんが実際には書いていたんだけど、その人が最近自分のバンドでデビューしてしまったので、雨宮君の所で代わってもらえないかという話が来たみたいで」
 
「野潟四朗さんですか」
と大宮さんが言う。
 
「あまり言いふらさないでね。それで雨宮君が、ちょうど醍醐君がもう修士論文を書き上げて時間が取れるみたいだから書かせますよという話で」
 
と町添さんは言う。
 
「醍醐は今月いっぱいでファミレスのバイトも辞めるようなことを言ってましたから、今後は時間が取れるかも知れませんね」
 
と私は言った。
 
この時点では私も、そして醍醐春海こと千里自身も、まさか彼女がソフトハウスに就職することになるとは、夢にも思っていなかったのである。
 
「だけど、前座が2つ入る場合、アーティストの格から言えば、Golden Sixのほうが後だと思いますけど」
 
と和泉が言う。
 
Golden Sixはその前身のDRKも含めるとインディーズで既に7年半のキャリアがある。メジャーデビューしたのは今年8月で、そのデビューCDはいきなり30万枚売れた。一方の不酸卑惨は今年春に結成されたバンドで、インディーズで1枚CDを出しただけ。セールスも恐らく1万枚に届いていない。一応来年4月頃にメジャーデビューの方向で調整中らしい。
 
「それが6:00はさすがにお客が居ないだろうし気の毒だから自分たちが引き受けるからと醍醐君が言うのでね」
 
「なるほど、千里らしい。付き合わされるカノンたちはちょっと可哀想だけど」
 
と私は言った。
 

「2008年組? みんなもう落ち目のアーティストばかりじゃん」
 
と不酸卑惨のベーシスト、ゴキガバは出演していた生放送の音楽番組でそう言い放った。
 
「ちょっと、それは言い過ぎじゃ無い?」
と司会者がたしなめるが、
 
「ローズ+リリーはケイがオカマだってので騒がれて注目されただけ。曲自体が詰まらないし、KARIONは最初から学芸会みたいだったし、AYAはもうあれ実際引退したんでしょ?XANFUSはオリジナル・メンバー居なくなったし。まあ昔のParking Serviceみたいにメンバー交代しながら10年くらい続けるつもりなのかも知れないけど、歌唱力のある音羽をクビにした時点でオワコンだよ」
 
ゴキガバがあまりにも早口でまくしたてたので、放送局側が彼のマイクの接続を解除する対応が遅れた。実際ディレクターも強制的に切っていいものかどうか一瞬判断を迷ってしまったので、この発言のほとんどが全国に流れてしまった。
 
ゴキガバは更に持論を展開して、東郷誠一・山本大左といったベテラン作曲家は「もう化石と同じ」とか、本坂伸輔・後藤正俊・田中晶星といった中堅作曲家は「生きてる価値が無いほど堕落してる。もう死ね」などと言った上で、歌手の芹菜リセ(33)・松浦紗雪(32)・青嶋リンナ(28)・松原珠妃(27)といった30前後の実力派と言われている人達を「歌唱力が衰えまくって子宮も腐ったロートル」などとこき下ろしたのだが、このあたりの発言は電波には流れなかった。
 
結局、この日、不酸卑惨の演奏自体が放送されなかった!!
 
ネットでは電波で流れた2008年組に関する評について「その通り!」「よく言った」と書き込む擁護派と、「ローズ+リリーの曲は魅力的だよ。少なくとも不酸卑惨の音楽未満の騒音よりはね」「AYAは絶対戻って来る」といった反発派とが激しい論争をした。
 
ただゴキガバに反発した人たちも、XANFUSの音羽・光帆の解雇は間違いという点ではゴキガバの意見は正しいと認めていた。
 
この事件に関しては
 
「しかしあれ凄い放送事故だよな」
「ディレクター飛ばされるのでは?」
 
などとよけいな心配をする人たちもあった。
 

2014年12月16日。中堅作曲家の本坂伸輔さんが亡くなった。本坂さんは様々なアイドルに楽曲を提供しており、秋風コスモスや桜野みちるなど§§プロの歌手は彼の曲をしばしば歌っていたし、AYA, XANFUS, KARION に楽曲を提供したこともある。但しKARIONに提供してもらった曲は問題が生じて結果的には採用されなかった。
 
私はその日フォノトン(XANFUS)の制作現場に顔を出していた時に訃報を聞き、政子を呼び出して(私の分の喪服も持って来てもらって)、その夜一緒にお通夜に出席した。本坂さんは40歳の働き盛り。正式な結婚はしていなかったものの、内縁の奥さんであった歌手の里山美祢子さんが喪主を務めていた。私は「大変でしたね」と声を掛けたものの、彼女は今にも倒れんばかりの様子で酷くうちひしがれている様子であった。
 
私たちが会場で椅子に座り僧の読経を聞いていたら、不酸卑惨の5人が来訪する。しかし多くの参列者が眉をひそめた。彼らは真っ赤な服を着て、ギターやベースを掻き鳴らしながら入って来たのである。わざわざアンプを引いてきている。
 
式場のスタッフが咎めようとしたが、里山さんがスタッフを押しとどめ
「ようこそ、おいで下さいました。故人に挨拶してやってください」
と先頭に立っているゴキガバに言う。
 
するとゴキガバは司会者の所に行き、マイクを奪ってスピーチを始めた。
 
「皆聞け。本坂伸輔なんて作曲家は居ない」
 
参列者は顔を見合わせている。
 
「ここ数年、本坂の名前で発表されていた作品は、実際には****という女子大生が書いていたものだ」
とゴキガバは言う。
 
「そうなの?」
と政子が私に訊く。
「うーん。それは私とか千里とかなら知ってる話」
と私は答える。
 
「しかし**さんは先日亡くなった。一酸化炭素中毒によるものだ。あれだけの作品を書いていたにも関わらず、彼女は4畳半の安アパートで貧乏な暮らしをしていた。電気も止められて、カセットコンロの熱で束の間の暖を取っている内に不完全燃焼を起こした。死んだ時彼女は****が歌う『****』の譜面を手書きで書いていた」
 
そこに本坂さんの友人の進藤歩さんが寄って行く。
 
「君、こんな席でやめたまえ。これ以上何を言うんだ?」
 
「進藤さん、あんたは偉いと思う。ちゃんと自分で曲を書いている。しかし俺はこういうニセモノ作曲家が我慢ならん。こいつが毎年高額納税している影で本当の作者は飯もまともに食えん生活していたんだ」
 
そしてゴキガバは突然消化器を荷物の中から取り出す。
 
「よって天に代わって制裁を加える」
 
と言うと、いきなり祭壇めがけて噴射し始めた。
 
「わはははは! ざまあ見ろ。てめえのような腐った作曲家は死んで当然!」
などと叫んでいる。
 
「何をする!?」
 
と進藤歩さんがゴキガバを静止しようとしたが、彼は進藤さんを押し返そうとして結果的に押し倒す形になった。そばに居た★★レコードの南さんが停めようとしたが、彼も振り払われてしまう。結局警備会社のスタッフが掛けよって暴れている不酸卑惨のメンバーを外に連れ出した。
 

祭壇はメチャクチャな状態になっていた。
 
「なんて酷いことを。批判するなら生きている内にすべき。死者にこんな冒涜をすることは許されない」
と政子が怒っている。私は政子が怒っている所なんて久しぶりに見た。昔私が政子のボーイフレンド花見さんにレイプされかかった時に見て以来だ。
 
「すぐに祭壇を整えます」
と斎場のスタッフが言って整え始める。
 
里山さんはあまりの事態に顔が真っ青である。参列していた春風アルトさんが駆けよって支え「少し休んでいましょう。喪主は済みません、**さんしばらく代わってもらえます?」と本坂さんの従妹に声を掛けた上で、彼女を控え室に連れて行った。
 
「南さん、進藤さん、大丈夫ですか?」
と◎◎レコードの林葉さんが掛けよって声を掛ける。
 
「いや、何とか」
と言ってふたりとも立ち上がる。怪我は無いようである。
 
参列していた加藤課長や氷川さんたち★★レコードのスタッフ、上島先生や雨宮先生、雨宮先生と一緒に来ていた千里や鮎川ゆまなども片付けを手伝い始める。
 
「私も行ってくる。マーサはここに座っていて」
 
と言って私も前に出て行き倒れた花や祭具などをきちんと立て、お花は傷んだものは撤去し、きれいなものだけで何とかまとめ直したりした。この間、15分ほど通夜は中断した。
 
「こんなとんでもない事態は、坊さんを40年やってて初めてだ」
と導師を勤めるお坊さんも怒ったように言う。
 
「私は他のテレビ局にも呼びかけて、正式にあそこの事務所に抗議する。きちんと謝罪が無い限り、あそこの事務所のアーティスト全員日本国内のテレビには出させん」
 
とFHテレビの取締役さんも言っていた。
 

「本坂さんの死因聞いた?」
と光帆が訊く。
 
私たちはお通夜の後、結果的に一緒の行動になった光帆や音羽たちと夜のファミレスに入り(1名を除いて)軽い食事をしていた。
 
「いや。病気か何か?」
と私は訊き返した。
 
そういえば通夜で思わぬ事件が起きてしまったので、そのあたりの話は誰からも聞かないままになっていた。
 
「急性心不全なんて言ってたけど、急性心不全って、そりゃ心臓が止まれば死ぬわけで、本当はその心臓が止まるに至った原因こそが死因だよね」
「実際は癌か何か?」
 
「浦和ミドリちゃんから聞いたのでは、お風呂で倒れていたんだって」
 
浦和ミドリは人の噂話が好きな子なので、様々な情報を持っているには持っている。ただ問題なのはその情報の正確性にやや不安がある点だ。
 
私はゴキガバが通夜の席で言ったことが気になった。
「まさか一酸化炭素中毒じゃないよね?」
「給湯式だからそれはないらしい」
 
「じゃ心筋梗塞とか?」
「いわゆるヒートショックとかの可能性はあるらしい。お医者さんが調べたけど、結局原因はよく分からなかったみたいで」
「うーん・・・・」
 
「こういうのって病死になるのかな。事故死になるのかな」
「そのあたりもよく分からないよね」
 
「あの人、実際全部ゴーストだったの?」
と音羽が訊く。
 
「比率は分からないけど、本人の作品はほとんど無いだろうとは噂されていた。たぶん中の人はその女子大生を含めて3人だと思う」
と私。彼の作品は明らかにテイストの違う3系統があったのである。
 
「ふーん」
「だけど40歳で死なれちゃ、遺族も大変だね」
「子供さん、まだ小学1生と3年だって」
「わあ可哀想」
「それと奥さん入籍してなかったからさ。財産分与で揉めないといいけどね」
「確かにそれって揉めると奥さんの立場は弱いね」
 
「でもなんで里山さんって入籍してなかったの?」
と政子が5枚目のビーフステーキを食べながら訊く。
 
私と音羽は顔を見合わせた。
 
「マーサ、これ内緒にしててよ」
「うん」
「里山さんって、戸籍上は男性なんだよ」
 
「えーー!?」
「静かに」
「ごめん」
 
「ニューハーフさんだったの?」
「ごく親しい人しか知らないけどね」
「元々心臓が弱くて、全身麻酔とかするのに不安があって性転換手術を受けられないんだよ。だから戸籍を直せないんだ。去勢はしてるし長年ホルモン飲んでて、体つきは女にしか見えないんだけどね」
 
「じゃ、子供って里山さんが産んだ訳じゃないんだ?」
「子宮が無いから無理」
「子供は実際には養子」
 
「実際の母親は元アイドルで10代で妊娠しちゃったんだけど育てきれないのを産まれてすぐ本坂さんと里山さんが引き取ったんだよ」
「ふたりとも?」
「そう。実際の母親は別々」
 
「何で冬や織絵はそれを知っている?」
「内緒」
 
「でも何かいい人じゃん。私、ゴキガバの話聞いて、悪い人かと思ったのに」
 
「本坂さんはそんなに贅沢してないと思う。ゴーストで書いてくれる人たちへの支払いもそう悪くなかったと聞くよ。中の人の1人が亡くなったのは知らなかったけど、むしろその子のやりくりが下手だったんじゃないのかなあ」
 
と私はゴキガバの主張に疑問を呈した。
 

KARIONは12月24日に横浜でイベントを行ったが、その日、新しいアルバムの発売日と、それに伴うツアー日程を発表した。
 
夏頃から制作していたアルバム『四・十二・二十四』の発売日は2月4日(水)。そして、その後1ヶ月半にわたって全国を駆け巡る。
 
2.07(土)札幌 2.08(日)仙台 2.14(土)千葉 2.15(日)名古屋 2.21(土)神戸 2.22(日)愛媛 2.28(土)福岡 3.01(日)沖縄 3.14(土)広島 3.15(日)金沢 3.21(土)大阪 3.22(日)東京
 
札幌は雪祭り(2.5-11)の期間にぶつける。札幌・沖縄に関しては航空券・宿泊券もチケットの申し込みと同時に格安料金で申し込めるようにしておいたら、かなり同時に申し込む人があった。予めツアー扱いで買い取りで押さえていたので、実際問題としてふつうに札幌1泊旅行に申し込むより、KARION鑑賞ツアーに申し込んだ方が安いのである!東京や大阪から行くのであればコンサートチケットがタダになるようなものだ。
 
また3月14日に北陸新幹線が金沢まで開通するので、その翌日に金沢ライブをして、3月14日の東京→金沢、あるいは3月15日の金沢→東京の新幹線乗車券および金沢のホテル宿泊券とのセットのチケットも販売した。これはさすがに新幹線のこの日程の乗車券の人気が高いため割引率は低いものの、普通に買うよりは割安の料金になっていた。
 
3月14日に飛行機で羽田から能登空港に入り、和倉温泉の有名旅館・加賀屋に宿泊して15日はサンダーバードで金沢に入り、ライブ終了後は北陸新幹線で東京に戻るという豪華プランのチケットもペア120組(2人で12万円−普通に手配するとこのコースは16万円掛かる)販売したら、これが信じがたいことに30分で売り切れてしまった。
 
「KARIONのファン層ならではだよね」
「元々ファミリー層のファンが多いからね」
 
また各会場近くで託児所を確保する旨の告示をしていたのだが、申し込みがかなりあった。
 

今から11年前の2003年12月27日、ワンティスの高岡猛獅と長野夕香がふたりともお酒を飲んだまま徹夜明けに中央道をかなりスピードを超過して走っていてカーブを曲がりきれず、防護壁に激突して即死した。
 
その事故でワンティスの活動は2013年春まで10年近く停止することになってしまったのである。
 
事故から11年が経過した2014年12月、ふたりの遺児・龍虎がアクアの名前で芸能界にデビューすることが決まったのを機に、上島先生と雨宮先生が中心になって関係者に呼びかけ、結局2015年1月3日の早朝、事故現場近くのSAから一同が改めてふたりの冥福を祈った。
 
高岡さんのお父さんにも声を掛けたのだが、高岡さんのお父さんは龍虎を高岡さんの息子とは認めておらず、龍虎と今は会いたくないと言って出席しなかった。それでも花代を上島先生に送って来たので、それでお花を買って龍虎が捧げたのである。
 
ここに来る時、私と千里と雨宮先生と加藤課長が各々自分の車を運転してきたのだが、追悼をした後、私はこの日名古屋でローズ+リリーのライブがあるのでそのまま中央道を名古屋まで行くことにする。それで帰りは人が少し入れ替わることになる。
 
千里の車に、千里自身と私、上島先生、加藤課長が乗り、名古屋に向かう。雨宮先生の車には来た時と同様、海原先生・三宅先生・山根先生が乗る。加藤課長の車は田代(夫)が運転し、田代(妻)・龍虎・龍虎の祖母・支香が乗る。そして大宮駅まで祖母を送り、祖母はそこからJRで仙台まで帰る。そのあと田代家に寄って最後は支香がひとりで運転して東京に戻る。そして私の車は千里の友人・夏恋と川南が交代で運転して、下川先生・水上先生を東京まで連れて行く。
 
名古屋方面に向かう車が千里の運転になったのは、この車はMTなので運転できるのが、千里しかいないからである!(夏恋・川南もMTの運転は自信が無いらしい)
 

「だけど私も龍虎君のこと、先日お話を頂くまで知らなかったんですよ」
と私が助手席で言うと
 
「私は龍虎とは6年来の付き合いだけど、高岡さんと夕香さんの子供とは知らなかった」
と運転している千里が言う。
 
「知っていたのは僕と支香だけかもね」
と上島先生が言う。
 
「僕は芸能契約を結ぶ段階で、龍虎君の親権者として支香ちゃんが出てきたので仰天した」
と加藤課長は言っている。
 
「今年の夏に§§プロがロックギャル・オーディションというのを開催して、それに龍虎君の友人が勝手に彼の写真付けて応募したんだよね。書類による一次審査が通って音源を提出してもらったんだけど、無茶苦茶上手かったんだ。それでその時点でほぼデビュー内定。第三次審査で面接しても、凄く感じがいいので、君合格!ということにして、でもジーパンで来ていたから、記念撮影するのに、その格好じゃ何だからもっと可愛い服を着ようといって衣装持ってこさせたら『あのぉ、これ女の子の服みたいなんですけど』と」
 
「なんか似た話をどこかでも聞いたなあ」
と言って千里が笑っている。
 
「君、まさか男の子なの?だってロックギャル・オーディションなのに、と。彼はギャルというのが女の子の意味だとは知らなかったと。それでまだ声変わり前だから、女の子みたいな可愛い声なんだよね」
と加藤課長。
 
「昔なら確実にカストラート・コースですね」
「紅川さんも、この子速攻で病院に連れて行って性転換手術か、せめて去勢手術受けさせたいと思ったらしい」
 
「でも中学1年生でまだ声変わりしてないのは珍しいですよね」
と千里。
 
「千里は高校3年まで声変わりしなかったって言ってたじゃん」
と私が言うと
「そりゃ大量の女性ホルモンを取ってたから」
と千里は言う。
 
「でも本当にあの子、声変わりしちゃうのもったいないですよ」
「うん。だから声変わりする前にぜひCDを作ろうと」
 
「ついでに食事にこっそり女性ホルモンを混ぜておいて」
と千里が悪のりして言うと
 
「個人的にはそれしたい」
と加藤課長は言っている。
 
「一応、声変わりしてもソプラノボイスが維持できるようにボイトレさせる方向で。それについては本人も同意している」
 
「でも、そもそも§§プロって女性タレントしか入れてないのに」
と上島先生が言う。
 
「そうなんですよ。以前何度か男性タレントが在籍したことはあったのですが現在またゼロになっていたんですよね。3年ぶりの男性タレントらしいです」
と加藤課長。
 
「事務手続きとかするのに、研究生用の寮に数日泊まってもらったら女子トイレしかないのでドギマギしました、なんて本人言ってましたね」
と私。
 
「そうそう。さすがにお風呂は時間帯を指定してもらったらしいけどね」
「いくら美少年でも女の子たちと一緒にお風呂には入れないでしょうね」
 
と上島先生が言ったが、千里が苦しそうにしている。千里、それこちらが突っ込みたいぞ、と私は思う。
 

「あの子、最初は別の所に里子に出されていたと言っておられましたね」
と私は上島先生に振る。
 
「うん。実はそのことを僕や支香さえも知らなかったんだよ。だからどういう経緯でふたりが龍虎を友人の所に託したのかは分からない。でも託されていたミュージシャン夫婦の旦那さんが崖から転落する事故で亡くなって、ちょうどその頃、あの子が大病をして、高岡たちが死んだ後、養育費の送金も途絶えていたらしいんだよね。それで病院代も負担しきれないし、そもそも旦那が死んで生活にも困る状態になっていたので、音楽関係者のツテをたどって支香の所に何とか連絡を付けて泣きついて、それで支香は龍虎の存在を知ったんだよ」
 
「DNA鑑定とかはしたんでしょ?」
 
「した。それで高岡と夕香の子供で間違い無いという結論に達した。実は戸籍自体存在していなかったので、そこから作った。だけど高岡の父親はいろいろ疑心暗鬼になっていて、その鑑定結果を信じてくれなかった。7年経った今でもそうなんだけどね。それで取り敢えず支香が彼の後見人になったんだよ」
 
「ちょうどその頃、あの子はずっと入院していたんですね」
と千里が言う。
 
「そうそう。2年くらい入退院を繰り返しているから幼稚園の年長から小学1年生に掛けて、半分以上病院の中に居たし、その間、診断名がコロコロ変わったんだよ。結局、渋川市の病院にその方面に詳しいお医者さんがいることが分かり、そこに最終的に転院した。結局、体内のちょっと難しい部位に腫瘍が出来ていたんだけど、普通の検査ではそれを見付けきれなかった。それで診断が二転三転していたみたいだね。小児癌とかとも性質が異なるらしくて、ホントに珍しいケースだったらしい。最新の化学療法で腫瘍を小さくした上で最終的には摘出手術。でも髪の毛が一時は全部無くなるほどの化学療法と長時間に及ぶ大手術に耐え抜いて、その後は再発することもなく元気になったからね。運が強い子だと思う」
 
と上島先生が言うと、千里が何か微笑んでいる。私はその千里の表情の意味を読めなかった。
 
「手術の後も数ヶ月病院で療養していたのだけど、その時病院内で田代夫婦と知り合ったんだよ。詳細は分からないのだけど、あの夫婦、医学的に子供が作れないらしくて。それで龍虎とすっかり仲良くなったもので、自分たちの子供にならないか?と言って、支香もミュージシャン活動の傍ら龍虎の世話をするのには困難を感じていたので、田代夫婦に託すことになったんだよ。生活資金は僕が毎月送金していた」
 
と上島先生。
 
「私、6年前に龍虎と会った時、彼、自分のお父さん・お母さんは死んじゃったと言ってたけど、その記憶、たぶん最初の里親のお父さんとの混線もあったかもと後から思った」
 
と千里が言う。
 
「川南ちゃんも凄く龍虎の支えになったみたいだね」
と上島先生。
 
「そうなんですよ。かなり龍虎にちょっかい出していて。それで川南を通して私も龍虎が新しいお父さん・お母さんの所に行ったという話を聞いたんですよね。川南はよく龍虎と手紙のやりとりとかして、何度か会いにも行っていたみたいだし」
と千里。
 
「それでついでに女の子になれよと唆して」
と私。
 
「そうそう。川南は龍虎が凄い美少年に成長すると予想していたみたい」
と千里。
 

「僕がちょっと心配しているのはね。あの子の腫瘍の治療に使用した制癌剤があの子の生殖機能に打撃を与えていて、それであの子第二次性徴が遅れているのではということなんだけどね。かなり強いもの使ったみたいだから。ちょっと受診してみない?と訊いてみたんだけど、自分は今のままでいいと言うので」
 
と上島先生。
 
「そのあたりもあるかも知れないけど、あの子、否定はしているけど、けっこう女の子の服着ているみたいで、女の子の服を着るのに、睾丸をほぼ常時体内に格納しているみたいなんですよね。第二次性徴の遅れはその影響もある気がします」
と千里は言った。
 
「私や千里と似た感じか」
 
「人為的な停留睾丸状態だよね。それから川南に、おちんちんいじってたら切られちゃうぞと脅かされて、オナニーがしたくてもずっとせずに我慢していたらしい。なにせ実際におちんちん切っちゃった私という存在を見てますからね。脅しがよく効いているんですよ。それも男性器の発達を遅らせてるかも」
 
「でもよくオナニー我慢できるね」
と上島先生が言っている。
 
「雨宮君によると、オナ禁ってのはいったん壁を越えると後は何とかなるらしいよ」
と加藤さんが言う。
 
「でもあの先生はオナニーはしないかも知れないけど、たくさんセックスしてるから」
「毎月2−3人とやってるみたいね」
などと千里と私が会話すると上島先生が笑っている。
 
「でもあの子は女の子になりたい男の子じゃないと思う。ただ、もうしばらくは『男』にならずに『中性的な子供』に留まっていたいだけなんじゃないかな。モラトリアムをむさぼっているんだよ」
 
と千里。
 
「そうそう。あの子はたぶんモラトリアム・ボーイなんだよ」
と上島さんも同意するように言った。
 
その言葉を聞いて、私は、そういえば自分も男になるか女になるか決断ができなくて、ホルモンニュートラルの状態にしていた時期があったなと昔のことを思い起こしていた。
 
千里の場合はどうも話を聞いているとニュートラルどころか(本人の意志と無関係に?)最初から大量の女性ホルモンを投与されているっぽい。
 

さて、その龍虎=アクアであるが、年末に放送された女装コンテスト番組であまりに可愛い美少女姿を全国に曝したことから物凄い勢いで人気が急騰する。それで急遽CDデビューすることになったのだが、その楽曲について、打ち合せしたいということで私は1月6日、横浜市内の料亭に呼び出された。来ていたメンツを見て私は驚いた。
 
町添部長の他に、上島先生、千里、まではいいのだが、もうひとりその場に居たのが元アイドルの日野ソナタさんである。
 
「お互い初対面の人もありそうなので紹介しましょう」
と町添さんが言う。
 
「こちらは作曲家の上島雷太先生、こちらはシンガーソングライターのケイ先生、作曲家の醍醐春海先生、そして作詞家の霧島鮎子先生」
 
この紹介の順序はクリエイターとして活動し始めた時期の順序かなと私は思った。しかし私は驚いていた。
 
「霧島鮎子って日野さんだったんですか!」
 
霧島鮎子というのは昨年唐突に出てきた名前であった。作曲家の桜島法子さんと組んで2年以上掛けて日本のあちこちの離島の写真を撮って回りふたりでたくさんの曲を書いた。その一部をローズクォーツが歌って昨年11月に『アイランド・リリカル』というアルバムで発表したのである(ボーカルはOzma Dream)。
 
「その件は内緒で」
と日野さん。
 
「ついでに私の正体も内緒で」
と千里も便乗して言っている。
 
「醍醐さんとは、春風アルトと上島先生の結婚式の時にもお会いしましたね」
と日野さんは言う。
 
「はい、ご無沙汰しておりました。でも私も霧島さんが日野さんとは知りませんでした」
と千里。
 

日野ソナタ、春風アルト、夏風ロビンは§§プロに所属していたのだが、2008年の秋に夏風ロビンは事務所と対立し、契約解除を巡り裁判で争う事態になる。その時、東郷誠一さんが事務所とロビンとの間を取り持ち、両者を和解に至らせた。彼女はその後別の事務所に移ってシンガーソングライターとして活動し始めたものの、全く売れなかった。
 
しかし2010年に木ノ下大吉さんが失踪騒ぎを起こして引退してしまった後、木ノ下先生が楽曲を提供していた坂井真紅に新たに桜島法子という作曲家が楽曲を提供するようになる。この桜島法子というのが、実は誰かの仮名ではと随分詮索されたのだが、昨年あたりから、夏風ロビンなのではという噂が一部の関係者の間で囁かれるようになった。
 
そして秋、霧島鮎子は桜島法子と組んで『アイランド・リリカル』を制作したのである(ただしふたりは楽曲を提供しただけで、ローズクォーツの制作現場には顔を出していない。制作を指揮したのは雨宮先生から指名された田船美玲さんである。彼女はバインディングスクリューの事実上のプロデューサーだ)。
 
「§§プロのタレントさんは桜島さんとは交流禁止になっているかと思っていました」
と私は言う。
 
「昨年春に、私と東郷先生が仲介して、桜島が紅川さんを招待する形の席を設けたんだよ。その場で桜島は再度紅川さんに謝罪して、それで両者手打ちということにしたんだ。それで『アイランド・リリカル』を公開することができるようになったんだよ」
 
「いや、埋もれさすにはもったいない作品ですよ」
 
「なんかCDも写真集も飛ぶように売れているんでびっくりしている」
と日野さんは言っていた。
 

「だけど醍醐さんも、世間には全然露出してないよね」
と上島先生が水割りを飲みながら語る。
 
「まあ最初お仕事を頂き始めた頃、まだ高校生でしたので」
と千里。
 
「いや高校生であれだけの作品を書くのは凄い」
と上島先生が千里を褒める。上島先生は千里が鴨乃清見でもあることを知っている。
 
「いや中学生であれだけの作品を書いていたケイがもっと凄いです」
と千里は言う。
 
「私は中学生時代は純粋に楽譜の整理をしていただけだよ。自分の作品で初めて満足の行く出来になったのは高校1年の夏に書いた『あの夏の日』」
 
「醍醐さんの最初の作品って何だろう?」
「ここだけの話ですが、雨宮先生のお名前で書いた『走れ!翔べ!撃て!』。Parking Serviceが歌った2007年インターハイ・バスケのテーマ曲です」
 
「へー」
「そのお披露目の時に、会場の唐津体育館でParking Serviceのバックで踊ったPatrol Girlsの中にケイが居た訳で」
と千里。
 
「へー!!!」
 
「なんか私と醍醐って、微妙に絡み合っていたんですよ」
と私は言う。
 
「ケイちゃんがPatrol Girlsだったとは知らなかった」
と上島先生。
 
「あの日だけ臨時で徴用されたんです。たまたま浜松町駅で白浜さんにバッタリ出会って。で、そのバスケットの開会式フロアに醍醐は居たんですよ」
 
「それはまた何で?インターハイのスタッフか何か?」
と上島先生が訊く。
 
「インターハイに出場した選手ですよ」
と私。
 
「醍醐さんってバスケット選手なんだ!?」
と上島さんも日野さんも驚いている。
 
「雨宮先生が、バスケのルールもよく分かってない自分が書くより選手の私が書いたほうがいい曲になると言って、私を乗せてあの曲を書かせたんですよ。でも自分が出場するインターハイの開会式に自分の曲を聴いたのは凄い感激でした」
と千里。
 
「それは素晴らしい。醍醐さん、インターハイに出られるって凄いね」
「千里、その腕時計を上島先生に見せてあげなよ」
 
と私は言う。それで千里は自分の左手にはめていた銀色のティソの腕時計を外すと上島先生に渡す。
 
「え〜〜!?凄い!」
 
と上島先生は文字盤の裏に刻まれた文字を見て言った。日野さんものぞき込んで驚いている様子だ。
 
「この世に5個しか存在しないものです」
と千里。
 
「それを普段使いにしてるんだ?」
「だって腕時計は腕にはめてもらうために生まれてきたんだから、飾っておくのは可哀想ですよ」
 
「ああ、そういう考え方、僕も好き」
と上島先生は言うが
 
「いや、私ならガラスのケースに入れて警報装置付けておく」
と日野さんは言っている。
 
「彼女はインターハイで2年連続スリーポイント女王になってますから」
「スリーポイントの名手なんだ?」
「まあ、それしか才能が無いというか」
 
「現在A代表でシューティングガードとして活躍している花園亜津子さんが唯一認めたライバルらしい」
と私。
 
「そんなに凄いのか!」
 
「今、どこかの実業団とかに所属してるの?」
「いえ。東京の40minutesというクラブチームです。実は私が自分で設立したチームなんですけどね。ですからアマチュアですよ」
 
「今月末に関東クラブ選手権に出場します。5位以内に入れば全日本クラブ選手権です」
と私。
「うん。久しぶりの全国大会、行きたいけどね。ちなみにケイがオーナーをしているチームも同じ関東クラブ選手権に出場します」
 
「それは楽しみだね」
と上島先生。
 
「なんかインターハイとか、更にそのスリーポイント女王とか、雲の上の世界だなあ」
と日野さんが言うが
 
「多くの女の子にとって、日野さんとか春風アルトさんとかは雲の上の存在ですよ」
と千里は言う。
 
「それは時々言われることあるよ」
と日野さんも言った。
 

「まあ、そういう訳で、アクア君のデビューCDなのだけど、ドラマに俳優としても出演する『ときめき病院物語』の主題歌を歌ってもらおうということで」
 
と町添さんが本題に入って言った。
 
「ああ、妥当な流れですね」
 
「オープニングでアクア君が歌い、エンディングをローズ+リリーに歌ってもらえないかと」
と町添さん。
 
「なるほど、それで私が呼ばれた訳ですね」
と私。
 
「でもオープニングはもしかして他の方が歌う予定だったのでは?」
と千里が心配して尋ねる。
 
「実は神田ひとみに歌わせるつもりだった」
「ああ・・・」
「引退しちゃいますからね」
 
神田ひとみは年末に突然結婚・引退を表明した。3月1日に引退ライブを関東ドームで行うことになっている。彼女は18歳で、契約では22歳までは結婚は禁止されていたのだが、紅川社長が温情で認めてあげたのである。
 
「それで最初は看護婦役で出る誰かに代わりに歌わせる案もあったのだけど、アクア君がちょうどドラマに出るし、彼に歌わせようという流れになったんだよ」
 
「なるほどー。同じ事務所の歌手に交代するのはとっても自然ですね」
「そうそう。いちばん揉めない」
 
「それでその主題歌を、霧島鮎子作詞・上島雷太作曲で書いてもらおうと」
「上島先生が別の作詞者を入れるというのは珍しいですね」
 
「僕も悩んだんだよ。自分の楽曲の品質が落ちているというのは感じていた。多くの人が仕事のしすぎだから、もっと絞るべきだと言うのだけど、僕の曲をあてにしている歌手が、僕が提供できなくなると、引退に追い込まれる可能性もある。それで歌詞を他の人に書いてもらうというのを試みることにした」
 
と上島先生が言う。
 
「年間1000曲、歌詞までというのは無理ですよ」
と私は言う。
 
「それでアクア君のデビューCDは、その主題歌と、もうひとつカップリング曲を、ゆきみすず作詞・東郷誠一作曲で。これは番組の挿入歌として使用するかも知れない」
と町添さん。
 
「なるほどー。それで醍醐さんがここに呼ばれた訳ですか」
と私はやっと納得がいって言った。
 
「うん。私は東郷誠一さんの中の人のひとりだから」
と千里。
 
「東郷先生の中の人はたぶん20人くらい居ますよね」
と日野さん。
 
「まあ桜島さんもそうですしね」
と千里。
 
「うん。実はね」
と日野さん。
 
「でも東郷先生の偉いところは、下請けにも出してるけど自分でもかなりの量を書いていることですよ。あの先生、自分で年間に20-30曲書いてますよ。充分多作な作曲家です」
と千里。
 
「そのあたりが木ノ下先生や本坂さんとの違いかもね」
と私。
 
「いやここだけの話だけど本坂君は本当にここ数年全く自分では書いてなかったらしいんだよ」
と町添さん。
 
「例の亡くなった女子大生は本坂君以外にも数人の作曲家のゴーストをしていた。だから、あんなに貧乏な暮らしをしていた理由が分からなくてね」
 
「紐が居たんでしょ?搾り取られていたのでは?」
と千里が言う。
 
「可能性あると思う」
と町添さん。
 
「木ノ下先生も最後の方は年間1−2曲しか書けない状態になっていた。恐らく最後の作品が、KARIONの『幸せな鐘の調べ』だと思う」
と千里。
 
「それは後で私も思った。あの作品をゆき先生が勝手に大改造したのに物凄く怒ったんだけど、久々に良い作品ができたと思っていたのに原型を留めないほど書き換えられて、自分を踏みにじられた思いだったんだろうね」
と私。
 

「ケイちゃんの方の曲はカップリングは適当にそちらで選んで」
「はい。選びます。そうだ。これ著作権はどうなりますか?」
 
「ΛΛテレビはそのあたりがゆるいから、著作権は作詞作曲者自身で。代表原盤権もアクア君のは§§音楽出版社で、ローズ+リリーのはサマーガールズ出版でいいよ。こちらとの所有比率はいつもの通りで」
 
「了解です」
 
「まあ、ここだけの話、テレビ局が著作権を所有するのはよくないと思うんだけどね。テレビ局は中立であるべき」
と町添さん。
 
「若手の作曲家さんが折角売れても印税をもらえなくて可哀想だしね」
と上島先生も言う。
 

1月9日、3月に行われる震災復興支援イベントの詳細が発表された。場所は仙台市の、みちのくスタジアムだが、交通の便が極端に悪い会場なので、当日はアクセス道路を交通規制してマイカーやタクシーを排除(障害者手帳または療育手帳を持つ人のみ許可)。スタジアムの駐車場も閉鎖して代りに高速道路のIC近くに大駐車場を確保。そこ及び仙台駅・仙台空港からシャトルバスを運行する。
 
屋根がデザイン優先で作られているため事実上全く役に立たないので、会場の周囲にパネルを立てて風避け(兼防音対策)とする。また会場内に温風発生器を多数設置するとともに座席にはホッカイロを利用した温熱シートを敷く。
 
チケットの販売数は5万枚だが、状況次第では追加発売もあるとした。一応会場のキャパは最大8万人である。
 
入場料は4320円だが、福島・宮城・岩手の3県に住所または勤務先がある人、被災者であることを何かで証明できる人、被災地でボランティア活動をしている人は、3240円でチケットが購入できる。また、会場は天然芝なので、一応保護シートで覆うものの、アリーナ席は長靴・スニーカーなどの全面ゴム底の靴での入場が必要で、ヒールのある靴、スパイクや金具の付いた靴は禁止、またライブ中の起立は禁止である。傘の使用も禁止であり、降雪した場合のため、フードのついた暖かい服を着てくることを推奨し、ホッカイロなどの用意も求めた。
 

しかし発表された出場者のラインナップを見て、私はけっこう感慨深かった。
 
600(前座)Golden Six feat.アクア 630(前座)Flower Four 700 篠崎マイ 730 遠上笑美子 800 南藤由梨奈 830 山村星歌 900 坂井真紅 930 富士宮ノエル 1000 森風夕子 1030 桜野みちる 1100 川崎ゆりこ 1130 秋風コスモス 1200-1300 ハイライトセブンスターズ 1300-1400 Rainbow Flute Bands 1400-1500 KARION 1500-1600 XANFUS 1600-1700 AYA 1700-1800 Rose+Lily
 
XANFUS, AYA が参加することができたのが私はいちばん嬉しかった。このXANFUSは震来と離花(現Hanacle)ではなく、音羽と光帆のユニットである。元通りのXANFUSだ。AYAもようやく再始動した。
 
スリファーズは元々受験準備のため休業中だったのだが、出演者の頭数が足りないので出てくれることになっていた。XANFUS,AYAが出られることになったので当初の予定通り、3月いっぱいまでは休業するようだ。神田ひとみは引退してしまう。代わりにアクアがオープニングアクトに出ることになってGolden Sixと一緒に歌うことになった。
 

このアクアがイベントの前座に出るというニュースが駆け巡ったおかげで、翌日1月10日の10:00のチケット発売時刻から3時間ほど、ぴあ・ローソンチケットには全く電話がつながらない状態になった。そして11:30頃までにはこの日発売された5万枚が全て売り切れてしまった。主催者側では3万枚の追加発売を来週土曜日(1月17日)に行うことを発表した。
 
「アクア君が早朝から出ることになったことで、若い子たちが早朝から会場に押し寄せてくることが確定したね。ただ、現場に入るにはシャトルバスに乗るしかないんだけど、これは最初の便が5:00に仙台駅を出る。しかし仙台駅から1時間程度で歩いて行くことも可能なんだよね。不測の事態があってはいけないので、そのルートに午前3時から、数百メートルおきに警備員を立たせることにした」
 
と町添部長は言った。
 
「大変ですね!」
「警備員さんたちがね」
「全くです」
 
「ステラジオのホシちゃん、経過はどうですか?」
「一週間くらいは絶対安静。空気マットの上に寝せている」
「大変ですね」
「まあ若いからすぐ回復すると思うんだけどね」
 
ステラジオのホシが出場者が発表される前夜のライブ中にステージから足を踏み外して転落。腰椎を骨折する重傷を負ったのである。それでステラジオは急遽ラインナップから外れることになり、森風夕子がピンチヒッターとして出場することになった。町添さんはその調整のため徹夜したようである。
 
しかしステラジオも森風夕子も★★レコードの八雲さんの担当だ。この事故の結果、ステラジオが春くらいに予定していたツアーは実施できるかどうか怪しくなったらしい。
 
「ホシはステージ上で飛び跳ねるようなパフォーマンスをよくやってたんでね。八雲もそれ危ないよとしばしば言っていたらしいんだけど、乗ってくると身体が自然に動いてしまうみたいでね」
 
「ロッカーの魂ですね」
「うん。そんな感じだろうね。八雲君は始末書を書いてきた」
「責任無いと思いますけど」
「うん。会社としても処分するつもりはない」
 

「不酸卑惨は結局出演拒否ですか」
と私は訊く。
 
「そうなんだよ。例の事件で事務所の社長が各方面に土下座して回ったことで一応あの事務所の他のアーティストはテレビに出られることになった。しかし不酸卑惨自体は当面テレビ局からは出入禁止。でも今回のイベントの実質的な主催者となる君たち《08年組》が、ライブに出るのは構わないと言うから、こちらも龕龕レコードの居舞さんにそう伝えた。事務所もありがたいと言っていた。ところが本人たちが、俺たちは一流アーティストだから、屑アイドルやロートル2008年組の前座なんかできるかと言って」
 
と町添さんは半ば呆れたように言っている。
 
「まあ、いいんじゃないですか? 自信を持つことはいいことです」
と私は笑いながら言う。
 
「実力を伴った自信ならいいけどね。それに自信を持つことと他人を見下すことは違うよ」
 
と言って町添さんは顔をしかめる。
 
「通夜もそうですけど、こないだの放送の方が後から大変だったみたいですね」
 
「うん。放送では流れなかったけど、2008年組をボロクソ言った後で、他の作曲家や歌手のことも、かなりこき下ろしたんだよ。作曲家の先生たちは皆笑っていたんだけど、批判されたことを聞いた芹菜リセが激怒してね」
 
「あぁ。あの人を怒らせると怖い」
 
「彼女は権力を持っているから。鈴木(一郎)社長がだいぶなだめたんだけど、龕龕レコードの制作部長に直接電話して、かなり激しく抗議したらしい。まあそれで制作部長も彼女の勢いに負けて、向こう半年間は不酸卑惨のライブは企画しないし、CDも出さないと約束した」
 
「あらあら」
「今回の復興支援イベントは、先に決まっていたイベントだからと押し切るつもりだったんだけど、本人たちが出演拒否するからなあ」
と町添さん。
 
「もう少し手段を選べば、彼らの主張に耳を傾ける人も出ると思うんですけどね」
と私も言う。
 
「うん。ただネットでは、カリスマ的に祭り上げられている雰囲気」
「ネットの住民はわりと無責任だから。でも簡単に掌返すから怖いですよ」
「うん。ネットは難しい」
 

「ところで代わりに前座に入ることになった、このFlower Fourって、新人さんですか?」
 
と私が尋ねると、町添さんは、凄まじく笑いをこらえたような表情をした。
 
「まあ当日になれば分かるよ。ケイちゃん、朝から来るよね?」
「ええ。アクアにもゴールデンシックスにも関わりがあるから。マリは遅くなるかも知れませんが」
 
「いや、マリちゃんを起こしてぜひ連れてくるといいよ」
と町添さんは言った。
 
「は?」
 

ところで、ローズ+リリーの冬のツアーは1月12日の成人式・横浜エリーナ公演で終了した。最後まで物凄く盛り上がったライブであった。
 
12月10日に発売した2枚目のオリジナル・アルバム『雪月花』も好調に売れていた。予約だけで80万枚入り、初動が120万枚も来た。『Rose+Lily the time reborn, 100時間』『RPL投票計画』『Flower Garden』に続いてアルバム4作連続ミリオンである。通常版のCDのみのものが4320円、限定版のDVDとのセットが6480円であるが、限定版で買う人の方がずっと多かった。
 
またこのアルバムは1月21日に、英語版その他も出す予定なのだが、昨年の『Flower Garden』が海外でも評価が高かったことから、それを待ちきれずに日本語版をダウンロードあるいはArtemisなどを通して直接買う人もかなりあったようである。Artemisは発売日前日までにアメリカ・ヨーロッパにかなりの在庫を航空便を使って転送したようである。
 

その成人の日の夜、各ニュースサイトに衝撃的なタイトルのニュース記事が掲載された。
 
《不酸卑惨、悲惨なステージ。成人式観客の性器を切断》
 
というものである。
 
報道によると、この日某市で行われた不酸卑惨のライブで、演奏中にゴキガバが最前列で熱狂的に踊りながら聴いていた成人式を迎えたばかりの男性観客をステージに呼び上げ、ズボンを脱がせて、彼の男性器を大型のハサミで切断してしまったというのである。
 
ライブはあまりの衝撃に観客は皆冷めてしまい、気分が悪くなって退出する女性客なども多数いたとニュースでは報じていた。
 
 
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【夏の日の想い出・事故は起きるものさ】(1)