【夏の日の想い出・ジョンブラウンのおじさん】(上)

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ジョン・ブラウンのおじさんが女の子たちを呼びました。
 
1人、2人、3人の女の子が来て、4人、5人、6人の女の子が来て、7人、8人、9人の女の子が来て、
 
10人の女の子がそろいました。
 

2014年10月15日。XANFUSの新しいシングル『DANCE HEAVEN』が発売されたが、私は聴いてみて顔をしかめた。XANFUSのシングルでなかったら、そのままゴミ箱に捨てたい気分だった。
 
その日私が午前中のKARIONの制作作業を終えて、ローズ+リリーの制作をしているスタジオの方に移動しようと新宿の街を歩いていた時、偶然Purple Catsのnoirと会ったので「まあ食事でも一緒に」と誘い、ちょっと隠れ家的なレストランに連れて行った。
 
「この店、ちょっと分かりにくい場所にありますね」
とnoir。
「そうそう。知る人ぞ知る店。しかも高いから、あまり人が来ない。密談には便利」
 
ここは小学生の頃から随分蔵田さんに連れてこられた店だ。オーナーも代替わりしてしまったものの、古株のシェフが頑張っているので味の品質が保たれている。こういう競争の激しい地区で10年以上営業を続けているのは凄い。しかし随分あの時期はいろんなコスプレさせられたなあと当時を懐かしく思う。看護婦・フライトアテンダント・セーラー服にバドガールに。樹梨菜さんが居ない時はけっこうヌードにもさせられたし。もっともアレは2度しか見せてないけどね!「もう取っちゃったんだっけ?」と言う蔵田さんの顔が凄くつまらなそうだった。
 
「高いんですか?」
「あ、心配しないで下さい。私がおごりますから」
「すみませーん」
「私がnoirさんより後輩なのに、おごるのは失礼かもしれないけど」
「いや、先輩後輩なんて話より収入です!」
 
noirは元リュークガールズで私がローズ+リリーでデビューするより前から芸能界に居るし、年齢も彼女の方が2つ上である。
 
「まあ私も次のアルバムが売れなかったら、マンション売って逃げ出さないといけないかも知れないけど」
と私。
「いや売れるでしょう。昨年の『Flower Garden』も凄かったし」
とnoir。
 
「うん。あれが凄く売れたから、やはり次のアルバムも変なのは出せないと思って頑張っているんですよ。でも時間を掛けたからといって良いのができるとは限らないですけどね」
「うん。それはあるけど、その逆に時間を惜しんで短時間で作ったアルバムはやはり大したことないのが多いですよ」
 
「稀に名作もありますけどね」
「うん。あくまで稀にですよね」
 
「だからXANFUSの今日発売のシングル聴いて、私、怒り心頭に発しましたよ」
と言ってnoirは例のCDを取り出す。
 
「もう割っちゃおうかと思ったんですけどね」
とnoir。
「私はゴミ箱に捨てちゃおうかと思った」
と言って、私もそのCDを鞄から取り出す。
 
私とnoirは見つめ合った。
「捨てちゃおうか?」
「割っちゃおうか?」
 
よし!というので私たちはその2枚のCDをその場で2つに割り、レストランのゴミ箱に捨ててしまった。
 
「ああ、すっきりした」
「私も!」
 

「丸山アイちゃんの制作の方はどうですか?」
「初々しくて教え甲斐がありますよ。彼女素直だし」
「へー。上手い?」
「上手い。そして声域が広い」
「それは楽しみですね」
 
「ある意味、ケイ2世」
と言ってnoirは悪戯っぽく微笑む。
 
「へー」
「彼女ね、女の声も男の声も出るんですよ」
「嘘!?」
「だからひとりで男女デュエットした音源も作ろうと思えば作れる。ケイさんがローズクォーツの初期のシングルでやってみせたように」
「あれは黒歴史にして。でも両声類なんだ?」
 
「そして彼女の性別がよく分からない」
「え?女の子じゃないの?」
 
「一応、事務所・レコード会社との契約では女性歌手ということになっているんだけど。だから基本的に女性の格好で出歩く契約になっているらしいんだけど」
 
「まさか男の娘?」
 
「それが分からないんですよ。男の娘なのか、逆に女の息子さんなのか。私たちには、他の人には内緒でと言って、高校の女子制服を着ている写真とガクランを着ている写真の両方を見せてくれましたよ。片方はコスプレですと言ってたけど、どちらも凄く自然で、どちらがコスプレなのか分からなかった」
 
それってRainbow Flute Bandsのフェイに似たタイプかな?と私は思った。但しフェイは男声は出ないという話ではある。
 
「本人と会ってみたーい」
「お時間が取れたらいつでも来てみてください」
「アイちゃんの担当は誰だっけ?」
「まだ決まってないみたいですけど、取り敢えず菱沼さんが色々指導してくださっているんですよ」
「ああ。ゴールデンシックスの担当の傍らかな。ゴールデンシックスはあまり手が掛からないから」
「ですよねー。ふたりとも大人だもん。音源製作もベテランで、若い技師さんの方が色々教えてもらってるみたいだし」
 

2014年の秋は、XANFUSの音羽が「音楽の勉強のため」卒業したという衝撃のニュースが伝わってくる中でローズ+リリー、KARIONのアルバムの制作は進められていた。この問題について事務所からは何もそれ以上の説明もなく、また光帆のツイートも停まったままであった。ファンの間では、光帆のツイッターのアカウントは事務所が事実上凍結しているのではと噂されていた。
 
その騒ぎの中、10月27日、AYAのゆみがふらりと私たちのマンションにやってきた。
 
「ゆみちゃん、最近どうしてたの?」
「うーん。ちょっと怠けてるだけ」
とゆみは言う。
 
取り敢えずおやつを出して来て、お茶でも飲みながらおしゃべりをしたが、ゆみは自分の音楽活動のことについては何も話さなかった。そしてゆみは1枚の楽譜と、MIDIデータを記録したUSBメモリを渡し、ローズ+リリーで歌って欲しいと言った。水森優美香作詞・戸奈甲斐作曲とクレジットされている。水森優美香というのは、ゆみの本名だ。
 
「これ凄くいい曲。この作曲者さんは知り合い?」
「うん。古い知り合いなんだよ」
「これの楽曲録音する時、ゆみちゃん参加しない?」
「そうだなあ。コーラスくらい入れてもいいよ」
「ついでもPVにも出演。前橋社長の許可は私が取るからさ」
「うん。そのくらいいいよ」
 

ゆみは来てから30分ほどで帰ろうとしていたのだが、そこに千里がやってくる。
 
「ゆみちゃん、おっひさー」
と千里が声を掛けると
「わっ、醍醐先生、おはようございます」
などと、ゆみは言う。
 
「おはようございます」
と千里も挨拶を交わしてから
「同い年だから、先生はやめてよ」
と千里は笑って言う。
 
「前から知り合いだったっけ?」
と私は訊いた。
 
「某所でね」
と千里。
 
「醍醐先生、占いが凄かったですよね。私のこと占ってみてもらえませんか?」
「いいよ」
 
と言って千里はいつも持ち歩いているバッグから筮竹を取り出す。筮竹を千里はスパゲティ保存用のプラスチックケースに入れている。細くて長いものを入れるには確かに便利な容器だ。
 
「いつも思うけど、そのかばんからは何でも出てくるね」
と政子が言う。
 
「雨宮先生に言われて、いつでもDAWできるように、Cubase入りのパソコンを持ち歩いている。あとはついでみたいなもの」
と千里は言ってから、筮竹を華麗にさばき、左右に分けては左手に残った筮竹の数を数えるというのを3回繰り返した。
 
「火雷噬ロ盍(からい・ぜいごう)の上爻変。之卦は震為雷(しんいらい)」
と千里。
 
「上爻変(じょうこうへん)って、時が来たれりってやつですよね?」
とゆみ。
 
「うん。初爻から始まって二爻・三爻と登って行く内に目標が近づいてくる。一番上の上爻はゴールは目前。そろそろ目を覚ます時間ですよ、Sleeping Beautyさん」
 
「そっかー」
「火の卦の形は |:| で周囲を囲まれている。でも雷は ::| で出口が出来るんだよ。雷は音だから、自分を鳴り響かせる時が来ているということ」
 
ゆみは大きく頷いていた。
 
「開運の方角を教えてください」
 
千里は筮竹を1回だけ分けた。
 
「坎(かん)。北だね」
と千里。
「北かあ。北海道にでも行ってこようかな」
とゆみ。
「ああ、旅に出るのはいいことだと思う」
と私も言う。
 
「そうだ。北海道に行ったら、札幌に寄ってここを訪ねてくれない?ごはんくらいは食べさせてくれると思うから」
 
と言って千里は住所を書いた紙を渡す。
 
「村山玲羅?妹さんか誰か?」
「うん。2つ下。ついでにそこにXANFUSの音羽ちゃんが今滞在しているから」
「うっそー!」
 
そういうことで、ゆみはこの春に買った自分のポルシェ・カイエンに乗って、一週間(程度の予定)の北海道旅行に出かけた。(大洗からフェリーで苫小牧に渡った)。念のためブリジストンのブリザックを履かせ、クーラントやウォッシャー液も寒冷地用に交換させたのだが、千里はそれでも、くれぐれも雪の積もっている峠の道はできるだけ避けるように注意した。
 
「ゆみちゃん、まだ天国には行きたくないよね?」
「うん。自重する」
「どうしても走る時は時速15kmか20kmで」
「そんなに遅く?」
「雪国の人でも30km/hで走るよ」
「そうなのか」
 

「あの車はいくらくらい?」
と政子がゆみを見送って訊いた。
「あのカイエンは1200万円くらいだと思うよ」
 
「あの車も格好良いなあ」
「マイバッハより実用性は高いと思う。マイバッハ57みたいな巨大な車は日本では駐車場に困るよ。カイエンならエスティマなんかと似たようなサイズだから普通に駐められる」
 
「私、カイエンにしようかなあ」
「いいんじゃない。でも路上に出た感想は?」
 
政子は一昨日やっと第2段階に進んだのである。仮免試験を4回目でやっと合格した。
 
「なんか、凄い興奮する。でも最初の路上教習で隣にトラックが来た時はちょっと怖かった」
「まあ。あれは怖いよね、最初は」
と私。
「慣れたら平気になるよ」
と千里も微笑んで言った。
 

私が丸山アイの制作現場を訪れたのは10月30日であった。
 
政子が寝ている内にマンションを出てから青山の★★スタジオに行く。私が入っていくと、コントロールルームにPurple Catsの4人と∞∞プロの谷津さん・菱沼さんが居た。フロアで歌っていた丸山アイは驚いたような顔をして私の方を見た。
 
「こないだ見た時は目立たない子だと思ったけど、歌っていると生き生きしてますね」
と私は小声で谷津さんに言った。
 
「うん。彼女はオン/オフが凄い。ふだんは空気のように存在感が無いけど、活動する時は強いオーラが輝くんだ。その点もケイちゃんと似てるね」
 
その件はスルーして私は言う。
 
「歌うまいですね」
「音程が安定しているし、声量もある」
「彼女、両声類さんだそうですね」
「うん。実はね。男声も凄く魅力がある。それで実は丸山アイは女声で通すけど、男声でも高倉竜名義で歌わせようという案が出ている。丸山アイの曲は自作曲を使っているんだけど、高倉竜名義の歌は八雲春朗作詞・海野博晃作曲で」
 
「へー!」
「むろん高倉竜の正体は非公開」
「面白い売り方ですね」
 
と言ってから私は小さい声で訊く。
「で、彼女、男なんですか?女なんですか?」
 
その質問をした時、谷津さんの向こう側にいる菱沼さんが聞き耳を立てるような仕草をした。きっと彼女も興味を持っているのだろう。
 
「それ私も教えてもらってないんだよ!」
と谷津さんは言った。
 

一息入れようということにして、丸山アイがコントロールルームの方に来る。菱沼さんがペットボトルのお茶を渡すと、ぺこりとお礼をした。
 
「おはようございます。ケイさん、色々してくださってありがとうございます」
と丸山アイは笑顔で挨拶した。きれいなソプラノボイスである。
 
「いや、こちらはたまたま空いてた人達を紹介しただけで」
「noirさんたちから、随分この業界のこと教えてもらいました」
 
ああ、なんか悪い教育されてないといいけど、と少し危惧する。元リュークガールズの彼女はこの世界のダークな部分もかなり見てきている。
 
「でもアイちゃん、ほんとに歌うまいね」
「ありがとうございます。でももっと頑張って練習します」
「うんうん。たくさん練習して歌姫と言われるほどになろう」
 
「去年の夏に音楽雑誌が日本の歌姫ってので読者投票しててケイさん8位でしたけど、私はあそこに挙げられている人の中ではいちばん上手いと思いました」
 
「それあまり人前では言わない方がいいよ。上にランキングされてた人たちが怒るから」
と私は笑って流しておく。
「谷津さんも菱沼さんも聞かなかったことにしてね。特に4位の人に伝わったら私もやばいし」
と私はふたりの方を向いて言う。谷津さんが頷いている。菱沼さんは「あぁ」という感じの表情だ。
 
4位の人というのは∞∞プロのトップシンガーである芹菜リセだ。姉の保坂早穂以上に扱いの難しい人である。加藤課長でさえ苦手な様子だ。逆鱗が20-30個ある感じで、かなり気をつけて会話をする必要がある。
 
「ごめんなさい。そのあたりの気の配り方が全然できなくて」
「まあ面倒くさい業界だよね」
 
「ね、ね、アイちゃんの男声って聞ける?」
「うーん。出してもいいですか?」
と谷津さんに確認する。
 
「いいよ。オフレコってことで」
 
と谷津さんが言うと、アイは少し目をつぶっている。そしてその時彼女のオーラが変化するのを感じた。1分ほどの後、そこに居たはずの白いワンピースの可愛い女の子は消えて、代わりに白いワンピースを無理矢理着せられたような女装男子が立っていた。立て掛けてあったヤマハのギターFGを取り、椅子に座って爪弾きながら、歌い出すが、その仕草は完璧に男だと思った。
 
「忘れな草の、風に揺れる丘で、君があの日落とした、想い出ひとつ」
 
と歌う声は豊かなバリトンボイスである。凄い! これは女性のハートを揺り動かす声だし歌い方だ。この子、男性歌手として売っても相当人気が出る、と私は思った。しかし女性歌手としてのデビューを選択したというのは、この子の基本的な心は女の子だということなのだろう。
 
歌い終わるとみんな凄い拍手をする。アイは静かにその拍手に答えてお辞儀をする。そしてまた目をつぶっている。すると雰囲気が変化する。1分ほどの後、そこには可愛い笑顔の、まだ15-16でも通るような少女が居た。椅子から立ち上がってギターを立てかけるがその動作は女の子そのものだ。
 
「自分の心をシフトするんだね」
 
「どうしても切り替えに時間がかかるんです。だから私、ケイさんが2010年に公開なさった、男声と女声をリアルタイムで切り替えながら歌う『ふたりの愛ランド』聞いた時、衝撃を受けました。これ私にはできないよ!って思いました。練習してみたんですけど声の切り替えが間に合わないんです」
 
「まあ、あれは宴会芸だから覚える必要はないと思うよ。そうだ。アイちゃんの高校の制服姿って見せて」
 
「いいですよ」
と言ってiPhoneを操作して見せてくれる。
 
「『アイフォン』だから私のための端末みたいで」
と彼女は言っている。
 
画面に最初に呼び出されたのはブレザーにチェックのスカートを穿いた可愛い少女だ。そして続けて見せてくれたのはガクランを着た格好良い男の子である。
 
「すごい。どちらも普通の女の子、普通の男の子だ」
「私の友だちに尋ねても、私は女の子だと言う友だちと男の子だという友だちの両方がいると思いますよ」
とアイは笑顔で言った。
 
「フェイちゃんなんかと似てる環境かな」
 
フェイの性別も結局よく分からない。彼女の中高生時代の友人たちに取材しても「男の子ですよ」という答えと「女の子ですよ」という答えが半々くらいに返ってくる。青葉は半陰陽なのではと言っていたが、フェイ本人はそれを訊かいてきた雑誌社の記者に対して半陰陽ではないと否定していた。
 
「私、フェイちゃんが出てきたので、自分の生き方に自身が持てたんです。更に今年のローズクォーツの『性転換ノススメ』でも理解者が増えた感じ。誤解者も増えたけど、無理解者は減った気がする」
 
「あれは社会的な波紋が大きいね」
 
「一応事務所とは女性タレントとして契約したので男装では出歩かないでって言われてるんですけどね。実は持っている服も男女半々なんですよ。男物の服をこっそり着て、その上に女物のコート羽織ってコンビニに夜間行ったことはあるけど」
と本人が言うと、谷津さんが苦笑いしている。そのあたりはボーダーラインというところか。でもその手の経験はMTF/FTMともに多いだろうなと私は思う。
 
「真性のFTXって感じかな」
と言ってみたが
 
「MTXかFTXかについてはケイさんにも秘密ということで」
と彼女は答えた。
 

谷津さんがハイライトセブンスターズの件で相談があると向こうの担当の羽藤さんから連絡があったので後を菱沼さんに任せて退出する。音源製作は続いていく。こちらは部外者なのであまり口出ししないようにはしていたのだが、菱沼さんやmikeたちも悩むような所には私も意見を出した。
 
「菱沼さんは知人に聞いたらLucky Blossomの最後のマネージャーさんだったんですね」
と私は言った。
 
「ええ。最後の1年くらいしか担当してないですけどね」
「マリンシスタにも関わっておられたんでしょう?」
「あの時は、副担当だったので、実質付き人みたいなものでしたね」
「最高にブラック企業的な仕事ですね」
「です、です。お部屋にサンドバッグが必需品です」
「あはは」
 
「でもそもそもマリンシスタの担当はコロコロ変わったんですよね。誰と誰が関わったのか、辰巳さん(初代リーダー)や山之上さん(最後のリーダー)もよく覚えてないって言っておられました」
 
「いや売れてるアーティストはそうなりがち。スタッフどころかメンバーに誰がいたかさえも覚えてなかったりしますから」
「そうみたいです! 多分忙しすぎて記憶を司る脳神経が吹き飛んじゃうんですよ」
 
結局2時間近く居て、そろそろ私が引き上げようとしていた時、歌っていたアイが突然男声で調整室に話しかけてきた。
 
「すみませーん。女の子やってるの少し疲れたから、高倉竜のほうの練習少ししてもいいですか?」
 
アイはこの時は完璧に18-19歳の男の子になっている。
 
「うん。いいよ。じゃその間Purple Catsはお昼御飯でも食べて休憩にしよう」
「アイちゃんはお昼は?」
「僕はダイエット中だからお昼は無しで」
と言うので
 
「ダイエットしなきゃいけないほど太ってるようには見えないけど」
と私が言ったら
 
「これでも体重53kgあるんですよ。デビューまでに49kgまで落とせと言われてるので」
 
「きびしー!」
「女の子アイドルって大変なんですね」
と本人は他人事のように言っている。
 
「全く全く。マリや美空に聞かせたいな」
 

私が美来と連絡を取ることができたのは11月に入ってからであった。
 
「私も織絵と連絡取れずにいたから安心したよ。記者はずいぶん高岡の織絵の実家にも押し寄せたみたい」
と美来は言っていた。美来は盗聴を用心して、公衆電話から私の携帯に掛けてきたのであった。私は織絵の新しい携帯の番号を教えてあげた。
 
「突然クビを通告されたんだって?」
 
「まあそれ以前から、何かと私も織絵も悠木社長と衝突してたんだけどね。ちょっとさすがに人には言えないような酷いことも言われたんだよ。あの日は突然契約解除通告書を渡されて、最後のファンへのメッセージとしてといって『あの雲の向こう』という曲を渡されてさ。私も頭来たから、だったら私も辞めますと言ったら、勝手に契約解除するなら違約金として5億円請求すると社長は言うし、織絵がファンに対する責任があるから、ここは我慢してと私に言うからさ。私以上にショックだったと思うのに、織絵」
 
「それでその曲を歌ってから別れたんだ?」
「そうそう。でさ、社長が5億円と言っているからさ、冬、5億円貸してくれない?」
 
私は少し考えた。
 
「貸してもいいけど、XANFUSはツアーがあるでしょ?」
「うん。アルバムを11月12日に発売して、そのあと7大ドームツアー」
「じゃそのツアーまでは務めなよ。それがファンに対する義務だと思う」
「うん。私もそれは考えていた」
「辞める時は加藤さんあたりに話を通しておいて、弁護士も使ってできるだけ揉めないように辞めよう。向こうが7億寄こせと言ったら7億貸してあげるからさ」
「分かった」
 

「でもあのツアー、色々噂されてるけどチケットは実際どうなの?加藤さんもこちらには全然情報が流れてなくてと言ってた」
 
これまでXANFUSのツアーは&&エージェンシーと★★レコードの共催だったのだが、今回は&&エージェンシーの単独開催なのである。
 
「10月初めに発売されて、その時点では合計で5万枚売れている」
 
「七大ドームでしょ? 発行枚数はもっと多いよね?」
「23万枚。だから2割しか売れてない。実際XANFUSの動員力はそのあたりが限度だと思う。ドーム1つなら何とかなるかも知れないけど7つもやるのは無茶。でもその後、シングルの出来を見て売り上げは完全に停まった。逆に音羽の離脱でキャンセルする人がかなり出てる。たぶん、現時点では合計で2万枚程度に減ってるんじゃないかと思う」
 
「かなりしつこくテレビスポット打ってるから、これは売れてないなと思ったんだよ」
「うん。かなり流してるし、ネットバナーもかなり入れてるね。でも売れてない。オークションにも全く出品が無いみたいね」
「定価で買えるからね」
「ダフ屋さんが処分品で安く売っているのが少しあるくらいだよ」
 

この日の夕方、美来は『偶然』テレビ局で遭遇した音楽雑誌の記者のマイクに向かって言った。
 
「音羽がレベルアップのために離脱して、皆さんには本当に申し訳ないんですけど、私がふたり分頑張りますから、ライブには来てくださいね」
 
「光帆さん、音羽さんは今どちらにおられるんですか?」
「今、アメリカに行っているんですよ。向こうでたくさん本場のリズムを体験しているみたいです。凄くダンスうまくなって帰ってくるんじゃないかな」
 
「でしたら、お勉強が終わったら、XANFUSに復帰するんですか?」
「お勉強の時間がどのくらいになるか分からないので、いったん契約解除という形になったんですけど、私は彼女が戻ってきてくれることを信じています」
 
「それは1年後くらい?」
「1年後かも知れないし、2年後かも知れないし、でもひょっとしたら来月かもね」
 
この短い応答はその日のニュースに特ダネ扱いで流され、それまで停まっていたXANFUSのチケットの売れ行きが動き出した。
 

ゆみは苫小牧に上陸した後、R236,R336を走って襟裳岬まで行き、そこで撮った写真を、私と政子、和泉・美空・小風、それに千里にだけ公開するmixiの日記にアップした。
 
「襟裳岬の歌がふたつあるって知らなかった!」
などと書いていた。森進一版があまりにも有名になったため島倉千代子版を知る人は少ない。
 
そこからやはり海沿いにR336,R38,R44を走り釧路・根室と行って納沙布岬でまた写真をアップする。
「水晶島や色丹島が見える。こんなに近いんだねー」
などと書いていた。
 
その後、知床半島の知床五湖に行ったものの、カムイワッカの湯はこの時期には無理と聞いたということで諦め、網走に寄ったところでまたレポートを上げ、これから屈斜路湖・摩周湖・阿寒湖を回った後、層雲峡に抜けると言っていたが、石北峠が積雪しているということだったので千里が現地の友人に連絡して、網走−旭川間はその友人の運転で移動することになった。
 
旭川から稚内まで往復した後札幌に行くということだったので、ゆみが音羽と会うのはどうも11月中旬くらいになりそうな雰囲気であった。
 

私は千里の妹・玲羅さんに連絡して音羽の様子を聞いてみた。
 
「最初の数日はぼーっとして暮らしておられたんですけど、こないだ美来さんと連絡が取れた後は随分気力回復したみたいで、こないだからは、私御飯作るねと言って作ってくれたりしてるんですよ」
と玲羅は言った。
 
「外出してる?」
「してます。やはり家に閉じこもってゲームとかしてても精神的に滅入るみたいですし」
「だよねー」
「何度か一緒に買物とかにも出たんですけど、私、知り合いに会って、あ、ボーイフレンドできたんだ?って言われちゃって。私、そういう浮いた話がこれまで全然無かったから、あ、彼氏がいるのもいいかななんて思っちゃいました」
 
私は少し考えた。
 
「もしかして織絵、男装してるんだっけ?」
「ええ。男の格好するとふつうに男の人に見えちゃうんですよ。凄いですね。家の中にいる時もずっと男の服を着ておられます。下着も男物のシャツとトランクスでノーブラだし。外出する時はナベシャツって言うらしいですね、バストが目立たないシャツ着て。おちんちんも付けて。トイレも男子トイレ使ってるし」
 
ほほぉ。でも男装の音羽って、報道などに流れたことはないから、正体がばれなくていいかもね。そのあたりの下着は事務所を解雇された時は持ち出す時間が無かったはずだから、美来と連絡が取れてから送ってもらったのだろう。
 
「でもあのおちんちんって凄く精巧にできてるんですよ。私も触らせてもらったけど、なんかリアルで。男の人の本物のおちんちんって私見たことないから、どのくらい本物っぽいのか分からないんですけど」
 
そのおちんちんって、千里が持っていたのを打ち上げの時に織絵がお持ち帰りしたやつじゃないかなという気がした。
 
「実家でお父さんのとか見たことないんだっけ?」
 
「お父さんは船に乗っている時間が多かったからあまり家では見てないんですよね。私の小さい頃の記憶の中のお父さんって、ひたすら寝ている感じだった」
 
「一週間船に乗っていたら自宅に戻ったらひたすら寝てるかもね。千里ちゃんは?」
 
「お姉ちゃんの裸は何度も見てるけど、考えてみたんですけど、私、お姉ちゃんのおちんちんって一度も見たことないんです。小さい頃『お兄ちゃんって男の子だけど、おちんちんは無いんだ?』と思っていた記憶があるんですよね」
 
へー!!
 
でもその問題で千里に突っ込むと、逆襲されそうな気がする。
 

KARIONのアルバムの方は、中盤にしっとりと聴かせる系統の曲の作り込みを進めた。
 
『アラベスクEG』(八雲春朗作詞・東堂千一夜作曲)はアコスティック系の音で作る。TAKAOのアコスティック・ギター、HARUのウッドベース、夢美のバロックオルガン、私のヴァイオリン、和泉のグロッケン、といったラインナップで大半の演奏をしている。間奏部分にだけSHINのアルトサックスをフィーチャーした。MINOとDAIはお休みである。
 
八雲春朗さんは東堂先生の友人のお孫さんだそうで、会計士事務所に勤めながら公認会計士の資格取得を目指している人だそうである。詩作活動は高校時代に文芸部に友人から誘われて入ったのがきっかけで、けっこうな数の詩を書いては自分のホームページで公表している。少女趣味の甘い詩が多い。詩だけ見ると女性と思われることも多いとのこと。詩集を自費出版したこともあるらしいが、全く売れていません、などと言っていた。
 
東堂先生の作品、立川示堂先生の作品などで詞を書いているので演歌系の人かとも思っていたのだが、本人はロック系の曲しか聴かないとか。
 
「細かい部分は、できたらそちらの意見を聞きながらまとめたいので」
 
と言われたので和泉とふたりで、八雲さんが住んでいる浜松まで行ってきたものの、ちょっと女装させてみたくなるような美形男子だった。
 
「あのぉ。もしかして八雲さん穿いておられるズボン、レディスですか?」
「うん。僕はW69 H96だから男物のカジュアルは入らないんだよ」
 
などと言っておられる。
 
「もしかしてスカートとかも穿きます?」
「穿いてみたい気分になったことはあるけど、それやるとハマりそうで怖いから。だけどローズクォーツの『性転換ノススメ』凄かったね。性転換しちゃってもいいかななんて聴いた時はふと思っちゃったよ」
「女装の経験は?」
「高校時代に何度かやらされた。自分の性別アイデンティティを見失いそうな気分だったね」
と言って彼は笑っていた。
 
八雲さんはギブソンSGを持っていて、ちょっと演奏を聴いたがかなり上手い。実はギタリストになりたいと思っていた時期もあるが父親に反対されてあきらめたらしい。彼はまた愛車のベンツをかなり改造していて、それも見せてもらったが、この車にはあまり同乗したくないと思った。車の購入資金や改造資金は作詞印税でまかなっているらしい。
 

そして実はこの八雲さんが詩を書いてくださったので「四・十二・二十四」というタイトルの24の根拠が崩れてしまった。
 
最初東堂先生からは曲だけを頂いたので、こちらで歌詞をつければいいかと思っていた。ところが後から「詩を書いてもらったよ」と言って送ってこられたので、彼を含めて25名になってしまったのである。
 
「ケイと歌月が同一人物と認めれば24人」
「ちょっと待って。その件はもう少し考える!」
 

なお「EG」というのに合わせて、この曲に入れている私のヴァイオリンは、4つの弦の中で最も細い(高音の)E線と、最も太い(低音の)G線だけを使って演奏している。(ヴァイオリンの弦は演奏している人から見て右からE線・A線・D線・G線)
 
この曲のPVでは私が愛知の小学校に通っていた時代の友人で、現在アマチュアのバレエ団に入っている橋口帆華がアラビアっぽいエキゾチックな踊りを踊ってくれた。
 
「帆華さん、これだけ踊れるならプリマでしょ?」
と和泉が言う。
 
「とんでもない。私より上手いお姉様たちがたくさん居ますよ」
「でもバレエも演劇も、年齢を重ねれば上手くはなるだろうけど、体力も落ちるし、年齢自体の問題も出てくるでしょ? さすがにオデット姫を80歳のプリマが踊ったら叱られそう」
と小風が言うが
 
「いや、80歳のプリマがオデットを踊ることはあると思う」
と和泉が言うと、小風はしばらく悩んでいた。
 
「80歳は分からないけど、うちのバレエ団のオーナーさん、65歳だけど黒鳥のグランフェッテ32回転ができるよ」
「それは凄い!」
「男性なんだけどね」
「何〜〜〜!?」
「65歳の男性が黒鳥のチュチュ着て躍るの?」
「うん。着てた。あくまでジョークみたいだけど。でもきれいだったよ。鍛えていてスタイルもいいし。ウェスト72らしいもん。女子中生のお孫さんの衣装を借りたんだけどね」
「うーん。女子中生の衣装が入るのは凄いかも」
「見てみたいような、見たくないような」
 
「私が最近もらった役は『眠りの森の美女』のダイヤモンドとか」
「充分主役級じゃん!」
 
「80歳のオデットは居ても、80歳のダイヤモンドは居ないかも」
「どうだろう。この世界は特殊だから」
 
「そういえば冬もダイヤモンドを踊ったことあるって言ってたね」
と和泉が言う。
 
「くだらないことを覚えてるね」
と私は笑って言う。
 
「ああ。あれはうまかった! 東京に転校した後はバレエはやめちゃったの?」
と帆華。
 
「私、やめるも何もそもそもバレエ習ってないんだけど」
「それでトロイメライ躍るし、ダイヤモンド躍るし」
 
「冬、くるみ割り人形の金平糖とチョコレートを躍ったというのも愛知の小学校の時?」
と和泉が訊く。
 
「なんで、そういうの覚えてるのさ?」と私。
「冬の金平糖やチョコレートは見たことないな」と帆華。
「はいはい。小学5年生の時ですよ」と私。
 
「じゃ、やはりバレエ続けてたんだ? それに金平糖なんてプリマの役じゃん」
と帆華。
「だから、そもそも習ってないって。金平糖は練習で躍っただけだよ」
と私。
 
その時、小風がまた悩むようにして言った。
「ね、ね、そのダイヤモンドとかチョコレートって、男の子の役?女の子の役?」
 
「冬が男の子の役を躍る訳ないじゃん」
と和泉。
「バレエで女の子役を躍ったのか。まさかチュチュとか着てないよね?」
と小風。
 
「冬ってチュチュ着ると、女の子がチュチュ着てるようにしか見えなかったのよね」
と帆華。
 
「あそこも?」
「うん。女の子のあそこのように見えた」
 
「ということは冬って、やはり小学2年生以前に性転換してたんだ!?」
 

『夕釣り』(紅ゆたか/紅さやか)は先にPVを制作した。
 
太陽が沈んでいき、夕闇が迫る堤防の上で、小風・和泉・私・美空の4人が釣り糸を垂れている。美空は次々と魚を釣り上げるが、和泉は逃してばかり、私は長靴とかプラモデルとかハーモニカとか、魚ではないものばかり釣る。そして小風の釣り糸は1度も動かない。
 
曲の後半では美空が釣り上げた魚を自分でさばいて(この撮影のために美空はお魚のさばき方のレッスンを受けた)、お刺身にしてパクパクと食べている。しかし残りの3人は何も釣れないまま、美空が美味しそうにお魚を食べているのを見ているというストーリーである。
 
(ただし万一のことがあってはいけないので、美空が実際に食べているお刺身はプロの料理人さんにさばいてもらったもの)
 
演奏では、私のヴァイオリン、風花のフルート、夢美のバロックオルガン、そして和泉のグロッケンという楽器で演奏している。トラベリングベルズは5人ともお休みである。リズム楽器が無いのでテンポキープはヴァイオリンを弾いている私の役目であるが、特に和泉はリズム楽器無しでタイミングを合わせる演奏の経験が少ないので、最初のうちは結構入るタイミングを間違ったりして、それでのリテイクが多かった。
 
「これ結構難しいよ」
「でも凄くきれいになるでしょ?」
「うん。美しい」
 

『黄金の琵琶』(岡崎天音/大宮万葉)は実は『黄金の竪琴』のつもりだったのだが、岡崎天音=政子が大宮万葉=青葉に曲を発注する時、竪琴を琵琶と書き間違ったものの、青葉が作曲して仮音源を作って送ってくれたのを聴いたら、それに入っている琵琶の演奏が物凄く素晴らしかったので、私はこの琵琶を活かしたいと思った。
 
琵琶が得意な名古屋の風帆伯母に聴かせてみると
 
「これは人間国宝級の演奏だよ。円熟味が凄い。恐らく60歳を超えた演奏者だと思うけど、それでいて力強さは衰えていないし、かなり名のある人の演奏だと思う」
と言った。
 
そこで青葉に尋ねてみたものの、実際に弾いたのは、琵琶自体は娘時代から弾いているものの、名取りさんでもないふつうのおばあちゃんだと言っていた。
 
「名前を取るのって物凄くお金がかかるから、敢えて名前を取らなかったんじゃないの? 聴いた瞬間、凄い!って思ったよ」
と私が言うと、青葉は
 
「本人も信じられないと言ってたから、たぶん偶然物凄くうまく弾けたんですよ」
などと言っていた。
 
青葉のことばに何か引っかかりは感じたものの、あまり深くは追及しないことにする。しかし人間国宝級の人に弾いてもらったとあっては普通の演奏者のように数万円の謝礼という訳にはいかないというので、私は青葉に《取り敢えずのお礼》として30万円渡すことにした。
 

青葉から楽曲をもらったのが5月19日で、私はすぐに風帆伯母にmp3を送って聴いてもらい、和泉・TAKAO・SHINとも話し合い、上記の方針を固めた。それで6月29日に青葉が千葉の私設神社に招き猫を設置する件で出てきた時に、その件を話して30万円を渡した。
 
青葉には翌日、東京に出てきたついでに私が買った新しいマンションも見てもらった。青葉はこのマンションを下見した時にリノン(@ゴールデンシックス)が電話を通して相談していた占い師さんの見立てが的確であったことを追認してくれたのだが、その時、その占い師さんが現場には来ていなくて、あくまでも電話でのやりとりであったということに驚いていた。
 
「あり得ない!!」
とか
「どんなに凄い占い師でも、生年月日も方位も聞かずに吉方位・凶方位が分かる訳ないです」
 
などと青葉は言っていたのだが、私はそれからそう日を置かずに、その占い師さんがそこまで読めた理由に気付くことになる。
 

7月10日、私はリノンと千里が元々友人であったこと、そして千里が醍醐春海であったことに気付いてしまった。それで彼女と帝国ホテルのレストランで食事した時に訊いてみた。
 
「こないだリノンと電話でやりとりしてうちのマンションの吉凶をチェックしてくれた占い師さんって、千里だよね?」
 
「うん、そうだよ」
と千里はあっさりその件を認める。
 
「なんか、中学生の頃は占えたけど、もう占いはできなくなったなんて言ってなかった?」
 
「うーん。やはり衰えていると思う。中学生の頃は失せ物をピタリと当てることができたけど、今の私にはそこまでの的中はできない」
 
「それって、オリンピックのゴールドメダリストが100mを10秒6でしか走れなくなった、と言うようなものって気がする」
 
と私が言うと千里は笑っていた。
 
「私と政子の本命宮だっけ?は元々知ってたんだよね?」
「本命卦(ほんめいか)だね。それは当然知ってた」
「マンションの図面か何かリノンからもらってた?」
「それはもらってない。それ部外者に見せたら守秘義務違反でしょ。私はあの場で意識をそちらに飛ばして確認した」
 
「それって幽体離脱みたいなもの?」
「私、小さい頃からそういう感覚を持ってて、ふつうにやってるから特別なものとは思ってないんだけど、いわゆる幽体離脱とは少し違うんじゃないかとは思う。似たようなものなのかも知れないけど。例えば、冬、数日前から銀色のボールペンを探しているでしょ」
 
「よく分かったね! あれ凄く大事なボールペンなんだよ」
「それベッドルームに置いてある『雪を割る鈴』という譜面に挟まっている」
 
「あ、あの譜面を修正するのに使った気がする。ありがとう」
と言ってから私は少し心配になった。
 
「今、千里うちのベッドルームを見た?」
「見たけど」
「枕元に私が置いてきた楽器が何か分かる?」
「これは何かなあ・・・クラリネットに似てるけど雰囲気違う。ウィンドシンセ?」
「すごーい!」
 
「まあ鞭は出かける時は片付けておいた方がいいよ」
 
私はむせてしまった。やはりそんなのも見えるのか!!
 
「でもこういうのって、いつでも見えるの?」
「相手が鍵を開けてくれたらね。今、冬、あれ見られるとやばい、みたいに思ったでしょ。その瞬間、鍵が開いたんだよ」
 
「なるほど、隠そうとするとバレるんだ!」
「そうそう」
 

千里には7月26日の苗場ロックフェスティバル、8月9日の三浦半島でのサマー・ロックフェスティバルにもKARIONのステージで醍醐春海として出てもらった。千里はサマーロックフェスティバルの打ち上げにも出てくれて、音羽や美空と「付けおちんちん」で盛り上がっていた。
 
その打ち上げの翌日、音羽が私に
「昨日の打ち上げに出てたメンツの中で性転換してる人って何人だっけ?」
と訊くので私は
 
「4人じゃないかな」
と答えた。千里、私、チェリーツインの桃川さん、近藤うさぎで4人だ。すると音羽は
「じゃ5人ってのは勘違いかな」
と言った。
 
「誰か5人って言ったの?」
と私が訊くと
「あ、いや多分適当に言った数字だよ」
と音羽は言った。
 
ところが10月になってから、私はあの打ち上げに出ていた八重垣さんが、外見上男性であるのに、元々は女性として生まれていたFTMであったことを知ることになる。それで、あの時、5人と言っていたのは、もうひとりは八重垣さんだったのか!と思い至ったのだが、次にではその「5人」と言ったのは誰なのか?と疑問を感じた。音羽と話す機会があった時、一度それを訊いてみたのだが、音羽はその話自体を覚えていなかった。
 
それで少し考えていた私は、これは音羽や美空と何だか盛り上がっていた場所にいた千里ではないかと思った。そこで千里に訊いてみた。
 
「うーん。私って、天から降りてきた言葉をそのままま言ったりしてるから、不確かだけど、私もそんなこと言った気はする。何人と言ったかまでは覚えてないけど」
と千里。
 
「ああ。巫女さんって、そうなのかもね。実際あの場には5人の性転換者がいたんだよ。MTF-TSが4人と、FTM-TSが1人」
と私は言う。
 
すると千里は何か自分の斜め後ろの方に意識を移しているような気がした。そして言った。
 
「それは違うと思う。そのFTM-TSという人にもし可能なら訊いてみてごらんよ。その人、たぶんまだ手術はしてないよ」
「え!?」
「そして私が言った性転換者はあくまで男から女に変わった人だと思う」
「えーーー!?」
 
それで★★レコードに行った時に偶然八重垣さんに会ったので、個人情報だから訊いてはいけないのだろうけどと断った上で、身体の改造はどこまでしているのかを訊いてみた。
 
「普通の人には教えないんだけど、ケイちゃんは同じ当事者ということで言っちゃうけど、実はメスは一度も入れていない。男性ホルモンをずっと取っているから、体毛は男みたいにあるし、喉仏もあるし、生理はもう完全に停止しているけど、実はまだおっぱいもあるし、卵巣や子宮もあるんですよ。せめておっぱいは取りたいんだけどね。お金の問題もあるし、忙しくて仕事を休めないというのもあって」
 
「八重垣さん、わがままな歌手をたくさん担当してるから、他の人には代替できないですよね!」
 
「うん。それはある。一度インフルエンザで一週間休んだ時は、代行してくれた人がもうパニックになってた」
「そうでしょうね」
「女房は僕のおっぱいは気にしない。太っている男性でおっぱいのある人もいるからと言ってくれているから、それで放置してるんだ」
 
「結婚なさっているんですか?」
「法的には内縁なんだけどね。会社から扶養手当はもらってるよ。法的には僕が手術をしないと入籍できないんだよね」
「そのあたりは面倒ですよね」
「もういっそレスビアンカップルと同様に養子縁組方式で籍を一緒にしようかというのも話しているんです。でもそれやると後で僕がちゃんと性転換手術して戸籍を男にできた時に正式結婚できなくなる」
 
養親と養子はたとえ離縁した後でも婚姻はできないのである(民法第736条)。
 
「そのあたり同性婚に関する法的な制度ができるといいんですけどね」
 
そういう訳で「性転換者が5人」という話はまたまた分からなくなってしまったのであった。
 

11日3日。私は東京ベイエリアにある有明スポーツセンターを訪れていた。熱い戦いが繰り広げられていた試合が終わり、選手がフロアから引き上げて来たところに私は降りて行って、
 
「お疲れ様」
と声を掛けた。
 
「冬!? 来てたんだ?」
と40minutesという名前の入ったユニフォーム姿の千里が言った。
 
「凄い熱戦だったね」
「負けちゃったけどね。でも知ってたの?」
 
「なんかこちらのことばかり、いつの間にか調べられているからさ。私も少し千里のこと調べてやろうと思ってね。現役から遠ざかっているにしてはステージでのパフォーマンスが凄すぎたから、ひょっとしたら実は現役なのではと思って興信所の人に尾行させた」
と私は言う。
 
「ああ、尾行されてるのは気付いてた」
「さすがさすが」
 
「千里、この人誰?」
と同じユニフォームを着たチームメイトから質問が出る。
 
「私の友だちで歌手をしているんだよ」
と千里が答えたのに
「へー」
という反応があるが、ひとりの選手が私を見て
 
「ちょっと待って」
と言う。
「あなた、もしかしてローズ+リリーのケイさん?」
「はい、そうですよ」
 
「うっそー!」
「千里、こんな有名人と知り合いだったの?」
 
「まあ郵便配達人と大邸宅に住む貴婦人という感じ」
と千里が言うと
「なるほどー」
という声があがるが、私は反撃する。
 
「その郵便配達人が実は郵便会社の社長だったりする感じだね」
と言ったら千里は笑っていた。
 

この日行われていたのは東京都バスケット秋季選手権(兼関東総合予選)という大会の準決勝と決勝で、優勝すれば関東総合(皇后杯予選)に出ることができたのだが、残念ながら決勝で江戸娘というチームに敗れて進出はならなかった。
 
それで残念会をやろうということだったので私がスポンサーになった。監督・コーチも含めて女子ばかりなのでアルコールが入らない。ファミレスでやけ食いしようという話であった。
 
「すみません。私までおごちそうになっていいんですかね」
と監督さん・コーチさんが恐縮していたが、選手たちはみんな遠慮が無い。
 
「ごちになりまーす」
などと言ってたくさん注文している。
 
「薫ちゃんたちのチームは出てなかったんだね」
「ローキューツは千葉だから」
「あっそうか!」
「向こうは千葉県秋季選手権で既に優勝して関東総合への出場を決めている」
 
「対戦したかったんじゃないの?」
「まあね。それで今思いついたんだけど」
「ん?」
「冬、バスケットチームのオーナーにならない?」
「へ?」
 
「実は千葉ローキューツもこの東京40minutesも私が活動資金を出している。向こうの主力は18-24歳くらいの世代なのに対して、こちらのチームは見ての通り、みんな一度現役を引退していた選手ばかりで。最初は身体がなまらないようにとか、健康増進のためとか言って始めたんだけど結構強くなっちゃってさ」
と千里が言うが、私と過去に会ったこともある溝口さんが
 
「いや、このメンツが集まれば強いよ。かつてのU18/U22日本代表が何人もいる」
と言う。
「但しA代表になった選手がひとりもいない」
とチャチャが入る。
 
「それで関東大会で、うちとローキューツがぶつかる可能性も出てきたんで、どちらも私がオーナーというのはやりにくいなと思ってさ。給料とかも払ってないし、手弁当だから年間の純粋な経費は連盟への登録料と大会の参加費で10万円くらいなんだけど、千葉ローキューツは全国大会にも出るから実は年間150-200万くらいの遠征費が掛かっている」
 
と千里。
 
「200万くらいなら出していいよ。じゃ、私がローキューツのオーナーになろうか?」
 
「うん。そうしてもらえたら助かる。儲けにはならないけど」
「いや、今年はけっこうローキューツさんにステージのパフォーマンス協力してもらえたし、その縁ということで」
 
「お、なんか商談がまとまっている」
「しかし200万をポンと出してくれるところが凄い」
 

実際の『黄金の琵琶』の収録は11月中旬に行った。青葉が送ってくれた琵琶の演奏に完全に合せてDAIにドラムスを叩いてもらい、それに合わせてギター・ベースを収録。それに合せて他の楽器も収録した上で最後に4人の歌を入れた。完成音源を聴いて小風が「かっこいいー!」と感激していた。
 
「ね、この曲、トップに置こうよ」
と和泉が言う。
 
「うん。私も思ったところ!」
 

この曲のPVは金色の部屋のセットを作り、そこで4人が戦国時代の女性のような感じの白い小袖に色打ち掛けといった服装で座って、琵琶を爪弾いているところを撮影した。この打ち掛けも多数の金糸の刺繍をした豪華なものを使用している。
 
これは都内の某私立大学の服飾科の研究室に協力を求め、こちらで資金を出して当時の雰囲気のものを再現して制作してもらったもので、撮影後は先方の大学の資料館に展示するということであった。制作は7月から始めて10月まで4ヶ月を要している。
 
4人ともギターやベースが弾けるので、その応用で琵琶を持って音源に合わせて本当に弾いてはいるが、PV上で実際に撥が弦をはじいている部分は、風帆伯母の教室の20代の生徒さんたちに弾いてもらったのを撮影して使用している。(指で年齢が分かるので同年代の人に弾いてもらった)
 
「このPV、凄くお金が掛かっている気がする」
と小風が言う。
 
「この打ち掛け・小袖のセットが1着200万円掛かっている」
「じゃ4着で800万円!?」
 
「この金色の部屋のセットは300万円、琵琶はうちの伯母からの借り物だからタダ。伯母ちゃんとこの生徒さんたちの出演料は合計20万円」
 
「まあだいたい1500万円くらいかな」
と和泉が言うと小風はもう絶句していた。
 

「そうだ。24の辻褄合わせ分かったよ」
と私は言った。
 
「何だっけ?」
「4人の歌い手・12組のソングライター・24人の創作家というので四・十二・二十四だったはずが、八雲さんが増えて25人になってしまったという話」
 
「ああ」
「どうすんの?」
「数え方が悪いんだよ。マリ&ケイというのはレノン・マッカートニーと同様のひとつの名義、スイート・ヴァニラズもひとつの名義だから、各々1で数える」
 
「それだと5人減って20人」
「その場合、マリ&ケイと岡崎天音は別に数えるから21」
「なるほど。でも今度は3足りないじゃん」
「編曲者まで数える」
「ほほぉ」
「『Around the Wards in 60 minutes』『ゆりばら日誌』『アイドルはつらいよ』、『滝を登る少女』『嵐の山』『アラベスクEG』は編曲がkarion、『皿飛ぶ夕暮れ時』、『もう寝ろよ赤ちゃん』『トランプやろう』『フレッシュ・ダンス』『夕釣り』は編曲がtravelling bells, そして『黄金の琵琶』は青葉がお友達と一緒に作ったスコアをそのまま使用したから編曲はflying sober。これで24名義」
 
「それ苦しい気がする」
「やはりもうケイと歌月は同一人物と認めよう」
「もう今更じゃん」
「う・・・・」
 
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【夏の日の想い出・ジョンブラウンのおじさん】(上)