【夏の日の想い出・そして誰も居なくなった】(下)

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9月下旬。★★レコードの松前社長のもとに社員が3人訪れ、14名もの署名がある要望書を手渡した。それは社内での性別の取り扱いに関する要望書だった。
 
実はこれはローズクォーツが『Rose Quarts Plays Sex Change −性転換ノススメ』というとんでもないアルバムを発表した余波であった。
 
この社会では、実は女の子になりたいのに、男を装って生きている人というのが結構居る。この人たちは一応背広にズボンを着て通勤してきているものの、実は下着はブラジャーとショーツを着けていてみたり、穿いているズボンがよく見るとレディスだったり、またワイシャツに見せてブラウスを着ていたりする。しかし、特に靴下などで女物を履いているとしばしば注意される。
 
数年前、★★レコードの鹿児島営業所では、スカートを穿いて通勤しようとした、戸籍上男性の社員が上司からズボンを穿くように言われて反発し、話がこじれて結局退職したケースもあったらしい。
 
今回要望を提出したグループが個人的なネットワークで「悩んでいる社員」たちから聞いたのでは、あのアルバムを聴いて自分の心の本音が刺激され、やはり自分は「本来の性別」で生きて行きたいと思ったこと、しかしだからといって自己認識している性別の服装で会社に出て行ったら、首にされそうで怖いという意見がずいぶんあったらしい。
 
(鹿児島の件は本人が退職した半年後にSNSの書き込みでこの問題に気付いた本社法務部が動き、本人に別営業所での再雇用あるいは退職金の積み増しのどちらかを選択できないかと打診。本人はこの機会に性転換手術を受けたいということで退職金の追加を選んだとのこと。営業所長は減給処分を受けた。同様のケースで他の会社で裁判になった例もある)
 
それで要望書では、社員の性別は戸籍上のものより、本人が自己認識しているものを優先して欲しいということ、自己認識する性別が戸籍の性と一致していない場合、自己認識する性別に沿った服装で勤務させて欲しいということ、またそういう社員を、仕事の割当てや賞与査定、また昇進などで差別したりしないようにしてもらいたいいうことであった。
 
松前さんは社内で検討することを約束した。
 

10月初旬、私は町添部長から、その件について私の意見を聞きたいと言われたので出て行った。
 
行ってみると、私の他に雨宮先生と千里、蔵田孝治・樹梨菜夫妻が居る。樹梨菜さんは妊娠中なのだが、男装している。おそらく同性愛者の意見とFTMの人の意見を聞きたいということで呼ばれたのだろう。
 
「私は雨宮先生の鞄持ち」
などと千里は言っているが、雨宮先生は
「私はふつうの男性だから関係ないはず。まあ醍醐春海の付き添いで」
などと言っている。
 
会社側では、松前社長、村上専務、町添部長、人事部の須賀部長、法務部の紙矢部長と、先日の打上げで会った社員の八重垣さんが居る。このメンツの中に八重垣さん(肩書きは係長)がいることに少し違和感を感じたのだが、その視線に気付いたように八重垣さんが自分で
 
「実は僕はその要望書を提出した本人」
と言った。
 
「八重垣さん、仮面男子だったんですか?」
「僕はFTM」
 
「えー!?」
と私は驚く声を挙げてしまってから
「ごめんなさい」
と言った。
 
私はハッとした。先日の打ち上げの時、音羽があの場に性転換者が5人いたと言っていた。1人はこの八重垣さんだったのかというのに思い至っていた。
 
「まあ虎ちゃんは完璧に男としてパスしてるから、知ってないと気付かないよね」
と樹梨菜さんが言っている。
 
「お知り合いだったんですか?」
「女子高の同級生」
「なんとまあ」
「当時もう虎ちゃん、男の子してた」
「まあ3年間ズボンで通学しきったから」
 
「女子高でそれって凄いですね」
「だけど、樹梨は女の子たちに人気だったけど、僕は全然もてなかったんだ」
と八重垣さんは言っている。
 
「女の子たちは本物の男性との恋愛には臆病だから。虎ちゃん、女の子の部分が全然無くて、男の子が女子制服を無理矢理着ているようにしか見えなかったもん」
 
「でもなんで、女子高に行ったんですか?」
「まあ中学からのエスカレーターで」
「なるほどー」
「中学の頃まではまだ自分の性別に悩んでいたんですよ」
と八重垣さん。
 
「私もそうだなあ」
と私が言うと
 
「嘘はつかないように」
と千里と雨宮先生が同時に言った!
 

「八重垣君の場合、そもそも会社の面接に男装で来たし、戸籍上の性別は女であることは話してもらったものの、ふつうに男性社員として採用していいという判断を前任の人事部長がしたんですよ」
と須賀人事部長が言っている。
 
「更衣室も僕は男子更衣室ふつうに使えますよと言ったら、じゃそれでと言ってもらえたしね。トイレもふつうに小便器で立ってするし」
と八重垣さん。
 
「八重垣君の例もあるし、私としては社員が各々の個人の性別に沿って生きるということ自体には異論が無いんだけどね」
と松前さんが言うが、村上専務は
 
「それで性別を変更した場合に、その社員が担当しているアーティストから苦情が出た場合はどうしますか?」
と問題点を提示する。
 
「苦情があれば、それは別の担当者に変更していいと思うよ。アーティストと担当者の相性が悪いというので移動させるケースは毎年けっこう出ている」
と社長は答えた。
 
「この業界は、もともと性別が曖昧なアーティストとか多いし、A&Rの性別が曖昧なのもそう問題にならないと思うけどね」
と蔵田さんは発言した。
 

「こないだから町添君・紙矢君と少し話していたんだけど、FTMの社員については、あまり大きな問題は無いのではという話になった。MTFの社員の場合で、更衣室やトイレをどうするかというのを少し悩んでね」
 
「トイレは今の時代、問題は無いと思う。女の格好をしている前提で」
と雨宮先生が言う。
 
雨宮先生はおちゃらけた発言が多いが、今日はけっこうマジメなようだ。
 
「更衣室は、本人のトランス状態次第じゃないかな」
と雨宮先生。
 
「うん。まだちんちんが付いてて、おっぱいも平たい人は個室か何かで着替えてもらう。最低でもおっぱいがあって、ちんちんは取っているか最低でも機能喪失していることが、女子更衣室の使用を認める条件だと思う」
と蔵田さんは言った。
 
「個人的には本人が女だと言ったら、身体をまだ直してなくても女子更衣室を使わせてやって欲しいんですけど、世間的に厳しいかなというのは私も理解します」
と八重垣さんも言う。
 
「ただ、性別を変更しても給料が下がったり、昇進に差が出たりはしませんよね?」
と念を押す。
 
「その点はうちの会社は最初から男女同一賃金、同一昇進基準ということでやってきているからね」
と村上専務が言う。
 
「でも現在取締役に女性は2人しか居ないし、課長で20%、係長でも30%しか女性はいませんよね」
 
「よかったら、その男女の待遇の問題と、今回の問題はまた別途討議にさせてもらえない?」
と社長が言うと、八重垣さんも了承した。
 

私たちは、法務部長さん(弁護士の資格を持っている)が作ってくれた、社内での性別取り扱い移行に関するガイドラインのたたき台をもとに、自由に意見を出し合って細かい問題の調整をしていった。
 
私たちは基本的に本人の自己申告に基づいて会社での登録性別を変更すること、社員証の氏名は申告された性別と違和感のないものを届けてもらうこと、源泉徴収票は戸籍上の氏名で行うことなどを確認した。この付近は異論が出なかった。
 
「名前に関しては、結婚しても旧姓を使い続けている女性社員も結構いるし、外国籍でいわゆる通り名を使っている社員もいるので、この場合も戸籍名と異なる名前を社員証に記載しても問題無いと思います」
と人事部長さん。
 
「年金手帳とか健康保険証はどうしますかね?」
「年金手帳は戸籍の名前と合わせないと問題が起きると思いますが、健康保険証は本人の自己申告でもいいと思います」
と法務部長が言う。
 
「ではその線で」
 
「だけど性別の変更に性転換手術を受けていることは要件にしない訳でしょう?女だと思って裸になってもらったら男だった場合、病院がびっくりしませんかね?」
と村上さんは言ったが
 
「ここに居る醍醐さんとか、ケイさんは、健康保険証が男になっているのに、裸にしてみたら女の身体なのでお医者さんが驚いていたと思う」
と町添さんが言い、村上さんも納得しているようであった。
 
「醍醐さんやケイさんっていつ性転換したんでしたっけ?」
と村上さんが訊いた。
 
私が答えようとしたら、その前に雨宮先生が言う。
 
「いくつかの証拠から、醍醐は小学6年生の時、ケイは小学5年生の時に性転換していることが確実」
 
「それは凄い!」
と村上専務が感心している。
 
「私がケイと初めて会った時、既に女の子の身体だったもんね。あの時ケイは確か小学6年生だったはず」
と樹梨菜さんも言った。
 
「だって醍醐は中学に入ると同時に女子バスケット部に入部しているんだから中学に入る前に性転換が済んでいたとしか考えられない。ケイの場合は小学6年生でビキニの水着姿を写真集で曝しているから、その前に性転換は済んでいたはず」
と雨宮先生は補足した。
 
私は何か言おうと思ったのだが、千里が苦しそうに笑っているのでやめておいた。
 

「しかしうちの場合、そもそも服装規定が無いから、問題は起きにくいよね」
という意見も出るが
 
「それでも鹿児島支店の松原さんは退職に追い込まれましたからね」
と八重垣さん。
 
「あれは元々、営業方針を巡っての対立もあったみたいだね」
須賀さん。
 
「やはり性別変更届の書式を作って、それを提出したらその性別に沿った服装でいいということにすれば、そのあたりは問題が起きにくいと思う」
と蔵田さん。
 
「その時、その性別変更をコロコロと何度も男から女に、女から男にと出された場合、どうしようというのを言ってたんだよね」
と町添さん。
 
「一度だけしか性別変更は認めないというのでいいんじゃないですか?」
と村上さんは言う。
 
「それ1年くらい経過していたら再変更を認めてもらえませんかね?」
と八重垣さん。
 
「最大2回というのではだめですか?」
と須賀さんが言ったが
 
「その場合はせめて3回にしてください。男から女になって違和感を感じて男に戻ったけど違和感がもっと大きくて結局やはり自分は女だという結論に到達する、というパターンは割とよくあるんですよ」
と私は言った。
 
「ああ、そのパターンの奴知ってる」
「私も知ってる」
「俺の知り合いにも居るな」
 
と雨宮先生、千里、蔵田さんが言った。
 
「つまり奇数にする必要があるんだね?」
と社長。
 
「そうです。だいたい最終的にはやはりトランスしちゃう人が多いんですよ。そこまで10年以上かかる場合もありますけど」
「最初はめげちゃうんだよね。性別変更に伴って発生する問題があまりにも大きすぎるから」
 
「あれって全世界を敵に回すような気分だよね」
と千里が言う。
 
「そして元の性別に戻そうとすると、それまで理解してくれていた友人たちからまで見捨てられるんだ」
と雨宮先生。
 
このあたりは当事者がみんな悩んでいる道だ。誰もが後戻りしたり足踏みしていたりする。
 
「私も男に戻るなんて言ったら死刑にするとマリから言われてたよ」
と私も言う。
 
「そりゃそうだろうね。だって女の子だという本人の主張を認めて、男の子には見せられないようなものを随分見せていたのに、唐突にやはり男でしたと言ったら、痴漢の大罪人」
と樹梨菜さん。
 
「いっそ性別保留あるいは変更準備期間みたいなの作ったらだめですかね。その期間は男でも女でもどちらの服を着てもいいというのは?」
と人事部長が言う。
 
「それはむしろ強制的に入れてもいいかもね」
と蔵田さんが言った。
 
「性別移行猶予期間みたいな感じで。最終的に変更するまで3ヶ月か半年くらいを猶予期間にする」
 
「それで本人がやはり新しい性別でやっていく自信が無いということになればキャンセルしてもいいと思う」
 

その日まとめられた内容は、法務部の手で再度まとめ直され、この日の会議の出席者に回覧された上で、10月末の取締役会で承認の上、即日発効した。これに伴い、性別移行の届けを提出した社員は41名にも及んだ。9月に要望書に署名した人数の3倍である。
 
「こんなに居るとはって社長がびっくりしてた」
と私は加藤課長から聞いたのだが、同席していた政子は
 
「まだ届けを提出する勇気が出ないでいる社員さんが100人くらい居ますよ」
と言った。
 
「巷で言われたように今回のローズクォーツのアルバムの発売で性転換を決断した人が全国で数万人いたかも知れないね」
と加藤さんは言う。
 
「そして性転換する社員に対応しなければならなくなる会社もたくさん出てきますよ」
と氷川さんは言った。
 
私は以前から疑問を感じていた点を訊いてみた。
「こういうの訊くのはセクハラになることを承知ですけど、氷川さんってバイですよね?」
 
「うん、そうだけど。もっとも交際まで至った人は男女とも無いよ」
 
と氷川さんはあっさり答えた。そして悪戯っぽく付け加える。
 
「キスだけなら1度したけどね」
 
「氷川さん、そのキスした相手って女の子ですか?男の子ですか?」
と政子が訊いたが、氷川さんは
「ひ・み・つ」
とだけ答えた。
 

2014年10月10日(金)、ローズ+リリーの年末年始のツアー日程が発表された。
 
元々夏にツアーをやる予定が、アルバムの制作でキャンセルしたので、そのツアー中止を発表した時点でアルバムの制作が終わったら年末か年始に20ヶ所程度のツアーをやりますと約束していた。
 
この時点でローズ+リリーの『雪月花』は14曲中、9曲目の制作をしているところであった。それで、だいたい11月中には終わるのは確実と思われたので日程を確定させたのであった。
 
今回は21箇所である。
 
12月
12(金)那覇 13(土)熊本 14(日)宗像 19(金)松山 20(土)倉敷 21(日)富山 23(祝)長岡 24(水)河口湖 26(金)浜松 27(土)大宮
28(日)神戸 30(火)東京 31(水)福島
 
1月
1(木)札幌 3(土)名古屋 4(日)大阪 5(月)福岡 9(金)広島 10(土)仙台 11(日)幕張 12(祝)横浜
 
12月の12日から27日まで全国10箇所で2000-3000人規模のホールを回り、年末の28日から31日まで4日間に5000人規模の体育館、そして年明けてから1日から12日に掛けて巨大アリーナ8箇所である。(料金もホールは8640円、体育館とアリーナは6480円になっている)
 
14日は小倉での公演を考えていたのだが、他のレコード会社が外タレの公演のために既に押えていたので、福岡と小倉の中間くらいの地点にある宗像市の宗像リリックスという施設を使うことにした。福岡市・北九州市・久留米市・佐賀市などからのバスを運行する。
 
24日は平日であるが、河口湖近くにある2300人収容のテアトルエトワールで公演をして、東京・名古屋・松本・新潟など各地からの往復バスと、富士急ハイランドの入場券あるいは富士五湖の遊覧船のチケットとセットにしたチケット、あるいは富士五湖周辺の上品なホテルのランチ付き宿泊券とのセットも同時に発売する。クリスマスのデートにという趣旨である。
 
年内最終の福島公演は住所または勤務先が、東北6県または茨城・栃木にある人限定にして、料金も5400円と少し割り引いている。
 
最終日の1月12日は成人の日で、実はこの日使う会場も昼間は成人の日の式典が行われるのだが、そのあと急いでステージのセットを作り座席を整備して、夕方からライブをやるのである(入場に時間が掛かるので先に固定座席であるアリーナ席とスタンド席に客を入れながら、自由設置座席であるセンター席の椅子の位置を揃えるとともにPA/照明の設置をし、完了した所でセンター席にも客を入れる)。更にこの日成人式を迎える人を1000人無料でステージの後ろ側の席に招待することが、成人式側の主催者との話合いで決まっていた(成人式の日に当日抽選)。
 
その1000人分も含めたチケットの総発行枚数は合計で121,300枚に及ぶ。町添さんは『ローズ+リリー最初で最後の12万人ツアー』と銘打った。
 
「来年はもうこの規模のツアーはしないということですか?」
という質問が私の所に来る(そんな話聞いてなかったのに!)。
 
「今回は夏のツアーがキャンセルになったお詫びというのも兼ねていますので特別ということでご理解下さい」
と私はコメントしておいた。
 
発売もファンクラブ先行(抽選)で3万枚、一般先行(抽選)で3万枚売っておき、残りも11月8日に1月の巨大アリーナツアーのチケット(約4万枚)を売り、翌日11月9日に12月のホール・体育館のツアーのチケット(約2万枚)を売る計画である。8日,9日は先着順の普通の販売方法だ。
 
実はそのようなチケット販売のスケジュールから逆算するとどうしても公演日程は10月10日くらいまでには発表せざるを得なかったのである。
 

「全部売れたら8億2436万4000円か。凄いね。私たちいくらもらえるんだっけ?」
と会場と発売枚数のリストを眺めて政子が言った。
 
むろん政子は一瞬の暗算でこの数字を出しているのである。
 
「さすがに今回は売れ残りが出ると思うよ。もっとも私たちは売り切れるかどうかとは無関係に1公演300万円もらう。それをふたりで山分け」
 
ただしコンサートの経費はサマーガールズ出版と★★レコードの折半なので、赤字が大きければ、私と政子を含むサマーガールズ出版の出資者は間接的にそれを負担することになるし、黒字が出れば利益を受けられる。実際問題として巨大アリーナは掛かる経費も桁違いであり、ライブは半ばバクチだ。
 
「じゃ21公演で私のギャラは3150万円か」
「うーん。その程度だと思うよ」
「じゃそれでマイバッハ買えるかな」
「買えないと思うけど」
「マジで?」
「あれは最低価格が4000万円くらいだったはず」
「そんなに高いんだ!?」
 

10月11-13の連休、久々にクロスロードの集まりが伊香保温泉で行われ、青葉も富山県から出てきたが、高校の同級生・ヒロミちゃんを連れていた。彼女もMTFということであった。今回の参加メンツはこんな感じであった。
 
私・政子・奈緒、あきら・小夜子(2人の娘同伴)、和実・淳、桃香・千里・青葉・ヒロミ。
 
「この集まりって何か参加条件はあるの?」
と奈緒が訊くので
「女湯に入れること」
と私が言うと、奈緒は湯船につかっている一同を見渡して言った。
 
「確かに全員女湯に堂々と入っているけど、おちんちんがまだ付いてる人が3人ほどいる気がする」
 
「3人? そんなに残ってたっけ?」
と桃香が言うが
 
「私の見解でも3人だと思う」
と千里が言うので、誰と誰におちんちんが付いているかについては、その場ではあまり深く追及しないことにした。
 
「(スリファーズの)春奈はコンサートやってるんですよ。それと連れてこようと思っていた新顔の薫ちゃんって子は国体の練習で忙しいらしくて来られなかった」
と私は説明した。
 
「かおるちゃん?」
と桃香が訊くが、千里は知らん顔をしている。
 
「KARIONの和泉の先輩の友人でバスケットボールの選手なんですよね。ちょっと制作に協力してもらったんです。高校時代に去勢して女性ホルモン投与2年経過で女子選手として認められたんです」
と私は説明する。
 
「女子選手に転換したとしても、それで国体に出られるって、男子時代も結構強かったんでしょうね」
と和実が言うが
「彼女は男子時代は地区大会までしか出てないらしい。女子選手になった後、高校3年の夏にやっと道大会まで出られる許可が出て、全国大会に行ったのは大学に入ってから」
と私は説明する。
 
「じゃ、女子になってからむしろ伸びたんだ?」
「だと思う」
 
「余計なものがお股に無くなって、動きが軽やかになったんだったりして」
などと政子が言う。
 
「確かに付いてた頃は邪魔だったね」
などと千里は他人事のように言う。
 
「まだ付けてる誰かさん、さっさと取っちゃわない?」
と和実が煽る。
「待って。今仕事をとても休めない」
と淳は言っている。
 
「でもバスケットの国体選手か。凄いなあ」
と桃香。
 
「私も高校時代に・・・」
と桃香が言いかけたので
 
「バスケットしてたの?」
と和実が訊くが
 
「いや、バスケットの試合の応援でチアリーダーやったことある。皇后杯とかいうので東京まで来たよ」
と桃香は言う。
 
「皇后杯に出られるって、桃香の高校、バスケ強かったんだ?」
とあきら。
「1回戦で負けたけどね」
 
「いや、皇后杯はプロが参加する大会だから高校生で1回戦を勝てるチームは全国でもトップクラスの所だけ。それも組合せの運次第」
と和実は言う。
 
「桃香、運動神経良さそうだから、チアもできるかも知れないけど、バスケもできそうなのに」
とあきらは言うものの
 
「私の身長ではバスケットとかバレーは無理」
と本人は言う。
 
「バスケットでもポイントガードはそんなに背が高くない人の方が多いよね」
と和実。
 
「ごめーん。私、そのバスケットのポジションの名前、全然分からなくて。フォワードとかディフェンダーとか」
 
「フォワードはパワーフォワード・スモールフォワードとあるけど、ディフェンダーというポジションは無いな」
「あ、そうだっけ?」
 
「試合とかあまり見ない?」
「そのチアをした時だけ見たんだよ。何か遠くからボールを網に放り込んだら5点入るというのもそれまで全然知らなかった」
 
「5点じゃなくて3点」
「あれ〜〜?そうだったっけ?」
 
千里はただ微笑んでいるだけである。なるほど桃香はそういうのに全然興味が無いから、千里がバスケをしていても気付かなかったのかと私は納得する思いであった。
 

お風呂に30分ほど浸かっておしゃべりを楽しんだところで、青葉が言った。
 
「奈緒さんにお願いがあるのですが」
「ん?なあに?」
「実はヒロミの身体を診察してもらいたいんです」
「私、まだ医師免許持ってないよ」
「知り合いの女性に身体を見せるのは別に問題無いですよね」
「うーん。見るだけならいいけど、なんで?」
「最初に奈緒さん、おちんちんが付いてる人が3人いる気がするとおっしゃいましたよね。それってヒロミがカウントされているんじゃないかと思うのですが、実はヒロミ自身、自分におちんちんがあるかどうか確信が持てないらしいんです」
 
「どういうこと?」
「自分の身体に不安があって、一度婦人科に行って診てもらったらしいんですよ」
「ほほぉ」
「それで内診までされた上で異常ないよと言われたということで」
「それって、完全手術済みってことじゃないの?」
 
「ところがヒロミ自身はごく最近でも夜中寝ぼけていて、おちんちんで男の子みたいに自慰をした記憶があるというんですよね」
 
「それってタックしているというだけなのでは?」
「それで内診はできないでしょ?」
 
和実が考えるようにして言う。
「私、手術前にあるはずのない子宮や卵巣がMRIの画像に写ったことがあるんだけど、それに似た状態なのでは?」
 
「うん。実はそれを考えたんだよ。それでどうも土地の影響もありそうだからさ、富山県から離れた場所で、しかも私が近くに居ない状態で彼女の身体を診てあげて欲しいんですよ」
 
「じゃこの旅館ではダメだな」
「それなら車を運転して、高崎付近まで行って、そこで診るのがいいのではないかと思う」
とあきらが言う。
 
「私が運転していけばいいのね?」
と奈緒。
 
「ええ、お願いできれば」
「車は私のフィールダーを使ってよ」
と私は奈緒に言った。
 
「時間がかかりそうだから、御飯食べてから行けば?」
と政子が言うので、そうすることにした。
 

それでお風呂から上がって温泉宿の食事を楽しんだ後で、奈緒が私のカローラ・フィールダーにヒロミだけを乗せて、伊香保温泉から離れた場所まで行った。奈緒は高崎に出るつもりだったのだが、道を間違って!? 反対方向の草津温泉まで行ってしまったらしい。
 
それで私が電話で草津温泉の旅館に予約を入れ、部屋をひとつ確保して、その旅館でチェックをすることにした。奈緒はヒロミに寝るように言ったが神経が高ぶって眠れないようだったので、温泉街を3kmほどジョギングしてきてもらい、更に温泉(もちろん女湯)に浸かって来させて、更に奈緒が軽い暗示を掛けてあげたので、やっと寝たということであった。
 
夜11時頃、奈緒から電話があったので、私・政子・青葉・千里の4人で聞いた。
 
「結論、おちんちんは存在する」
と奈緒は言った。
 
「やはり、あるんだ?」
「本人が寝ている時はね」
「そういうことか!」
 
「眠った状態で見させてもらって、確かにタックされた状態であることを確認した。青葉ちゃんから渡された剥がし液を使って外してみたら、ペニスと陰嚢はあったけど、中に睾丸は無かった」
 
「じゃ、去勢だけした状態?」
「去勢されているかも知れないし、睾丸が体内に入ったままになっているのかも知れない。指で触ってみたんだけど確認できなかった。これはCTかMRIか取らないと無理」
 
「確かに」
「それで再度テープと接着剤を使ってきちんとタックした。これ久しぶりにやったけど、何とかなったよ」
 
奈緒の言葉にヒヤリとする。今の言葉を政子に聞きとがめられるとやばい。奈緒が誰のタックをしたのかというのは追及されたくない。しかし政子はその問題には気付かなかったようだ。
 
「その上で本人を起こしたらさ」
「うん」
 
「ヒロミちゃんが覚醒するのと同時に、割れ目ちゃんの雰囲気が変わったんだよね。それでちょっと見せてと言って再確認すると、タックではなくて本物の割れ目ちゃんがあること、ヴァギナもあることを確認した。本当は医療行為になるからいけないんだけど、渡されたクスコ入れてみた。膣の内部はごく普通の感じだから、性転換手術されたものであればS字結腸法だと思う。膣の一番奥には向こうにつながる穴もあった」
 
「本人は生理もあるみたいなのよね」
「うん。私も今本人から聞いた。生理があるということは、その向こう側に子宮や卵巣があってもおかしくない、というかあると考えた方が自然」
 
「だよねー」
「ということで、結論。ヒロミちゃんは寝ている間は男の子だけど、起きている間は女の子」
 
その声を聞いて青葉がばつの悪そうな顔をしている。私はこれって青葉が何か「おいた」をした結果だなと推測した。たぶん青葉にしては珍しく失敗をしたことで、こういう曖昧な状態になってしまったのだろう。
 
「それって結婚してお嫁さんになって初夜を迎えたら悲惨なことに」
「やはりちゃんと手術する必要があると思うよ」
「その状態でできるんだっけ?」
 
「麻酔で眠っていたら、男の子になっているから、それを改造すればいい」
「だけど事前の診察とかは起きている状態でやることになるよ」
「診察の時は寝るしかないと思う」
 
「そんな面白い話、松井先生が聞いたら大喜びしそうだ」
「実際、こんな微妙な患者の手術をしてくれそうなのは松井先生くらいだろうね」
 
「ここでヒロミちゃんが、ひょっとして私妊娠できる?などと聞いてるけど、みんなはどう思う?」
 
「妊娠できるというのに1票」
「赤ちゃん産めるというのに1カペイカ」
「出産できるというのに1リラ」
「ヒロミちゃん、子供1人できるよ」
 
といった電話の向こう側の声を聞かせて奈緒はヒロミに向かって
 
「だってよ」
と言う。するとヒロミは恥ずかしそうにして頬を赤くした。
 

KARIONのアルバム制作は、ローズ+リリーのアルバム制作との同時進行ながらも着実に進んでいった。
 
最初にリズミカルな曲を先行して制作した。
 
『ゆりばら日誌』(マリ&ケイ)はユリを表すフルートとバラを表すヴァイオリンとの掛け合いをフィーチャーしている。フルートは風花、ヴァイオリンは夢美が演奏する。歌ではユリを歌うのが和泉で、バラを歌うのは小風である。美空はユリとバラの掛け合いを傍観している太陽(楽器ではSHINのサックス)、私は悪戯をする蜂(楽器では美野里が弾くキーボード:リード系の音)。
 
これをGt:TAKAO B:HARU Dr:DAI Tp:MINO というトラベリング・ベルズの演奏と合わせて収録する。今回は特にリズミカルな曲ではできるだけ多重録音は行わずに臨場感を優先する録音を行っている。
 
『アイドルはつらいよ』(ゆきみすず・すずくりこ)は80年代アイドル歌謡っぽい雰囲気にまとめてある。伴奏もGt/B/Drの3人を基本にして、SHINのサックスとMINOのトロンボーン、夢美と松村さんのヴァイオリン、それに味付け的に様々な楽器の音を夢見にキーボードで入れてもらった。
 
『嵐の山』(葵照子・醍醐春海)はGt/B/Drの音を大きくするミクシングをしている。特にドラムスとベースは嵐が吹き荒れている様を表現する。最初譜面を見た時「これほんとにベースパートなの?」とHARUが言ったほど、この曲ではベースに表情がある。SHINのサックスとMINOのトランペットは嵐の中で迷っている狼や猪などを表す。この曲では、敢えて4人の歌を多重録音して8人での重厚な合唱にしている。ライブの時はVoice of Heartに4人分歌ってもらうことを見越してのアレンジである。途中ツインギターになっている所は和泉、ツインサックスになっている所は私が弾いている。
 
『フレッシュ・ダンス』(神崎美恩・浜名麻梨奈)は神崎・浜名の2人、更にパープルキャッツのメンバーにも参加してもらい、かなりXANFUSっぽい曲に仕上げた。私と和泉が音羽相当のパートを歌い、小風と美空が光帆相当のパートを歌っている。念のため★★レコードの法務部と相談したのだが「演奏のスタイル」に著作権等の知的所有権は無いので、問題無いという判断であった。
 

10月8日。新生?XANFUSの新しいシングル『DANCE HEAVEN』が発売された。今回作曲が神崎・浜名ではないこと、伴奏が打ち込みであることは公開されていなかった。しかし発売の一週間ほど前からFMなどで事前に流されていた音源を聞いてXANFUSのファンは騒然としていた。音羽や光帆のツイッターのアカウント宛てに質問が入っていたものの、音羽も光帆も沈黙していた。そもそも発売前には「出すよ〜。よろしく〜」という感じの光帆のツイートがあるのが恒例なのに、今回はそれも無かったことがファンの不安感を煽った。
 
そして初動はわずか4200枚であった。
 
通常XANFUSのシングルはCD/ダウンロード含めて14-15万枚は売れる。しかも初動でその7−8割が売れる。XANFUSは固定ファンに支えられたアーティストだ。そしてXANFUSは2010年春から4年半の間に出した14枚のシングルが連続して10万枚/DL以上売れていたのだが、このままでは連続ゴールドディスク記録が途切れる可能性が出てきた。
 

10月16-17日(木金)、私と政子、千里・七星さんの4人はローズ+リリーのアルバム収録曲『光る情熱』の和楽器部分の演奏収録のため、福岡に向かった。福岡に住む私の伯母・里美(若山鶴里)に協力してもらうことになっていた。ついでにふたりの娘(私の従姉たち)も付き合ってくれる。
 
「冬、お久〜」
などと言って特に仲の良い明奈とハグする。
 
「冬ちゃん、結婚はまだしないの?」
「今いちばんの稼ぎ時って気がするから、今結婚するなんて言ったらレコード会社から叱られる」
「大変だね〜」
「そちらはふたりとも結婚は?」
「まだまだ」
とふたりとも言っているが、里美伯母は
「そろそろ行って欲しいんだけどね」
と言っている。
 
若山一族の私の世代では、
 
鶴音(乙女)の子供:友見が1994年、俊郎が2002年、聖見が2001年、
鶴風(風帆)の子供:恵麻が2000年、美耶が2004年、晃太が2008年、
鶴声(清香)の子供:鹿鳴が2006年、千鳥が2009年、歌衣が2012年、佳楽が2013年、
そして私の姉の萌依が2012年に結婚していて、
 
未婚なのは女の子では私とこの姉妹(1987,1989生)、男の子では清香伯母の息子の薙彦(1988生)が残っているだけである。
 
演奏は大型の和太鼓を里美伯母、小型の太鼓を純奈、三味線を明奈と私、そして横笛を千里が吹いて収録した。七星さんがサウンドの管理をしてくれる。政子はそもそも定員外だったのだが、付いてきて見学である。
 
(直前に言うので慌ててチケットを買って、千里が自分は寝ていたいからと言って政子と切符を交換した。確かに神社とファミレスのバイトを掛け持ちして、修士論文を書きながら就職活動もしている上に、作曲活動もしているのだから無茶苦茶忙しいはずである)
 
「村山さんって言った? 笛が凄い。うちの一派に入らない?」
と里美伯母が言う。
 
「若山鶴声(清香)さんから《若山萌鴎》の名前を頂きました」
と千里。
 
「あ、お姉ちゃんが先にツバ付けたか」
と言ってから
「でも鴎か。鶴の名前をあげてもいいくらいだけど、うちの純奈を嫁にもらってくれない?親族なら鶴をあげられるのに」
 
「私、結婚するなら男の人としたいです」
と言って千里は笑っている。
 
「純奈、あんた性転換して男にならない?」
「誰かちんちん譲ってくれるなら」
「うちのお父ちゃんのちんちん取っちゃおうかしら」
「お父さんがちんちん無くしたら、お母さんが困るでしょ」
「じゃ半分こして」
「それ、縦に切るの?横に切るの?」
 
千里は結局大阪の元彼と不倫しているようだし、基本はヘテロなのかな?と私は思った。桃香との関係についても桃香は千里のことを恋人だと言うのに、千里は桃香のことをあくまで友だちだと言う。恥ずかしがってそんなことを言っているのかともずっと思っていたが、実は本音で、千里は女性には実は恋愛感情を持てないのかも知れないというのも少し考えた。
 
もっとも桃香と千里はちゃんと夜は一緒に寝ているらしいけどね(桃香によると)。
 

福岡で一泊して、翌日も夕方近くまでスタジオでの作業をしてから引き上げることにする。最終便の飛行機で東京に戻った。空港で七星さんと別れ、千里も羽田からバスで千葉に戻るという話だったので別れることにしたのだが、桃香に電話した様子の千里がこちらに小走りで来る。
 
「ごめーん。うちがふさがっているみたいだから、今夜そちらに泊めてくれない? ふたりの邪魔はしないから」
と千里が言う。
 
「ふさがってる?」
「桃香が彼女を今夜は連れ込んでいるみたいで」
 
「今日帰ると言ってなかったの?」
「それがやむを得ない事情で保護したと言っている」
「何かトラブルがあったのかな?」
「どうもそうみたい」
 
《保護した》というのは自殺未遂か何かだろうか。ともかくも今夜は千里は私のマンションに泊めることにした。
 

翌朝、私が起きると千里が既に起きていて、朝ご飯を作ってくれていた。
 
「御飯を1升炊くというのは、よく分かってるね」
「まあ食べる人がいるからね」
「ハマチを丸焼きにしようというのは、ふつうの人は考えつかない」
「食べちゃう人がいるからね」
 
それでお味噌汁なども盛ってから政子を起こす。政子はなかなか起きないが、御飯だよというと、まあ10分か15分くらいで起きてくる。それで3人で一緒に朝ご飯を食べた。
 
食べながら政子が自分の携帯(政子はスマホが半年単位で壊れるのでとうとう京セラ製のフィーチャホンに戻してしまった)をいじっていたのだが
 
「うっそー!」
と叫び声をあげる。
 
「どうしたの?」
「今朝のニュース。これ見て」
 
と言って私たちに携帯の画面を見せた。そこには
 
『XANFUSの音羽、卒業』
という文字が太字で表示されていた。
 

記事を読むと、XANFUSの音羽は音楽の勉強をやり直すため、来月発売のアルバムを最後にXANFUSから卒業すると書かれている。今後のXANFUSについては当面光帆ひとりで活動していくとなっていた。
 
私はびっくりして音羽の携帯に電話したのだが『この番号は使われておりません』というアナウンスが流れる。どうも番号を変更したようだ。光帆の番号に掛けてもやはり同じアナウンスである。
 
私は★★レコードの加藤課長に電話してみた。
 
「その件、実は僕もさっきニュース見て知った」
などと加藤さんは言っている。
 
「XANFUS担当の福本も寝耳に水だったらしくて、今&&エージェンシーに行かせたところなんだけどね」
 
「来月発売のアルバムってどのくらい制作は進んでいたんですか?」
「事実上終わっているらしい」
「随分速いですね!」
「先週発売したシングルもだけど、打ち込みはアルヒデトさんが概略を打ち込んで細かい強弱付けとかはバイトの学生にやらせて、録音は1日2曲のペースで12曲入りのアルバムを1週間で作ってしまったらしい」
 
「それではXANFUSの品質のアルバムになりません」
「僕もそう思う。しかし&&エージェンシーの新社長の悠木さんも、事実上のプロデューサーのアルヒデトさんも、音源製作に何千万円も掛けるなんてばかげているという意見らしくて」
 
アルヒデトさんは、まだノンリニア編集ができなかった時代からDTMをやってきている徹底的な「自宅制作」派である。数小節しか記録できない本来の意味でのシーケンサーを使用して1980年代から机上で音源を作っていた。一度彼は「伴奏なんて1曲1万円で作るもの」と発言したこともある。
 
私は疑問を感じたので聞いてみる。
 
「XANFUSの音源製作って予算は★★レコードから出していたんじゃなかったんでしたっけ?」
 
「それが原盤権に関する契約が9月更新だったのだけど、&&エージェンシー側は契約の更改を拒否した。つまり今後はXANFUSの原盤権は向こうが持ちたいということのようでね」
 
「ああ、やはり過去のは原盤権は★★レコードですよね?」
「そうそう。100%うちが持っている。ただ、それだと売り上げの取り分も小さくなるから、全部向こうで製作して、利益も全部向こうで取りたいということのようなんだよね」
と加藤さんは淡々と語るが、かなり機嫌が悪い感じであった。
 

この件は何でも先走って知っていたりする千里も驚いたようで、政子と3人で、ネットの書き込みを眺めながら、何が起きているんだろうねと言い合っていた。千里も自分が帰っていい状態になったら電話があるだろうし、などと言って、お茶など飲みながらのんびりとしている。幸いにもここには食べきれないほどお菓子の類いがある(ファンからの贈り物である)。
 
そしてお昼前のことだった。桃香がうちのマンションにやってきたのだが、思わぬ人物を連れていた。
 
「桃香が冬と知り合いだったなんて、私全然知らなかった」
と織絵(音羽)は言った。
 
「織絵って、桃香と知り合いだったの!?」
と私の方が驚いて言った。
 
「私は洋楽ばかりで、日本国内の音楽ってほとんど聞かないもんだから、織絵が歌手をしていたなんて全然知らなかった」
と桃香は言っている。
 
話を聞いてみると、織絵は桃香と同じ高校に通っていたらしい。XANFUSに参加するのに東京の高校に転校してきたのだ。
 

「でも織絵、音楽の勉強って何をするのよ?」
と私は訊いた。
 
「特に具体的なものはない」
「早い話がクビ?」
「そういうことみたい」
「何したの?」
 
「唐突に契約解除通告をされた。契約期間中の中途解約ということで違約金として2000万円もらった。ネットで残高見て桁数数えちゃった。それが要するに退職金代わりってことみたい。それと私のマンションを事務所が買い取ると言われた」
と織絵。
 
「この春に引っ越したマンションだよね?」
「うん。3000万円で買ったんだけどね。実際にはお金は美来(光帆)と半分ずつ出している。もっともローンがまだ2500万円残ってるけど」
 
「でもどうして桃香の所に?」
 
「私、呆然としたまま事務所を出てさ、それでこのあとどうしようって何にも思いつかない状態で新宿の街を歩いていたら、ばったりと桃香に会っちゃって。デート中みたいで悪かったんだけど、私、桃香に抱きついて泣き出しちゃって」
と織絵。
 
「かなり焦った。一緒に居た子は騒ぐし」
と桃香。
 
「今更だから気にしなくていいよ。過去に桃香の修羅場は何度も目撃してる」
と千里が言う。
 
「嘘!? 見られてた?」
「桃香の恋人が2人かち合って喧嘩しはじめるのも、見てるし」
「いや、その・・・」
と桃香はかなり焦っている。
 
「で、取り敢えず桃香、私を自宅に連れて行ってくれたんだよ。ごめんね。デート邪魔しちゃって」
と織絵。
 
「気にすることないですよ。この子、しょっちゅう振られてるし」
と千里。
 
「Hしたの?」
と政子が興味津々な顔で訊く。
 
「したうちに入るのかなあ・・・・」
と織絵。
 
「それは織絵の気持ち次第ということで」
と桃香。
 
「まあ女の子同士って、既遂か未遂かというボーダーラインが曖昧だよね」
と私は言ったのだが、
 
「桃香の場合は入れたかどうかでハッキリする」
と千里が言う。
 
「本体は入れてないよ」
と桃香。
 
何だか微妙な言い方だ。
 

こういう時は、取り敢えず飲もうよと政子が言い、カティサークを出してきたので、唐突に酒盛りが始まってしまう。桃香はお酒が好きだし、政子は普段は飲まないのだが、この日は少し飲みたい気分だったのだろう。千里も飲むし、織絵も「あ、このカティサーク美味しい」などと言って飲んでいるし、結局私も飲むことにした。
 
「でも車を動かさないといけない時はどうする?」
「私が誰か友だちを呼び出すよ」
と千里が言うので、必要な時はお願いすることにする。
 
「マンションの件では最初から揉めたんだよね」
と織絵はカティサークをロックで飲みながら言う。
 
「美来(光帆)のマンションの家賃を1年ほど前から事務所が払ってたんだけど、悠木さんが社長になって帳簿を見てて、これはなぜかと訊かれて、実際は使っていなかったので解約したかったが、そちらを解約してしまうと私たちが一緒に暮らしているというのが公式のものになってしまうから、それを避けるために事務所が家賃を払って、美来は向こうに住んでいるという建前を作っていたという事情を説明したんだよね。でも悠木さんはそもそも君たちは恋愛禁止になっているはずで、それを黙認した上でこのような処理をするのは認められないと言って、そこから論争になっちゃってさ。だから家賃は自分たちで払いますということにして、その場ではそれで一応、うやむやの決着になったんだけどね」
 
「そのあたり、白浜さんが退職したのも痛いね」
と私は言った。
 
「うん。白浜さんなら、もう少しうまく新社長に説明してくれていたかも知れないけど、他の事務所のスタッフは、そもそもよく状況を把握していなかったみたいだし、私も美来も説明はあまり上手ではないし」
と織絵は言う。
 
「昨夜は私も混乱していたんだけど、起きてから少し考えていて、おそらく悠木さんは、私と美来の関係は、どちらが仕掛けたのかを調べていたのだと思う」
 
「何となくくっついたんじゃなかったの?」
と政子が訊く。
 
「こないだ、高校の同級生でさ、浜名麻梨奈と私と3人でバンドやってた鈴子って子から連絡があったんだよ。私が高岡の高校に居た頃に恋人が居なかったか教えてくれないかと聞きに来た人がいたって」
 
「織絵って高岡だったの?」
と政子が尋ねる。
 
「うん。だから桃香と同級生」
「あ、そうか!」
 
「もちろん鈴子は知らないと答えたらしいけど、どうもあちこちで私の昔のことを調べているみたいだって。だから多分、興信所を使って、私や美来のデビュー前の恋愛遍歴を調べたんだよ」
と織絵。
 

「もしかして、織絵と桃香って元恋人?」
と政子が訊いた。
 
「あ、えーっと・・・」
と織絵は言いよどむし、桃香も困っているようであったが千里が言う。
 
「桃香は格好いいタイプの女の子がいると、すぐちょっかい出す癖があるんだよ。織絵ちゃんとのことは知らなかったけど、その鈴子ちゃんは私も知ってる」
 
と言って千里が携帯を開いて、鈴子が桃香と並んでいる所の写真を見せると、桃香が慌ててその画面を閉じている。
 
「他にも弥生ちゃんとか、広実ちゃんとか、優子ちゃんとか、英子ちゃんとか、季里子ちゃんとか」
「なんで知ってるの!?」
「桃香、隠す気が無いとしか思えない。桃香がいない時に女子会でいつも話題になってた」
 
「桃香、変わらないね」
と織絵も呆れているようだ。
 

「でもそういう訳で、おそらく興信所の調査で、私にはレスビアンの前歴があって、美来にはそれは無いという結論になったんだと思う。だから私がクビにされたんだと思う」
と織絵は言った。
 
「でもそしたらふたりの関係って最初は織絵が誘った訳?」
「考えてみたんだけど分からない。いつの間にかそういうことになってた。でも先にバージンあげたのは私だよ。そのあとで私が美来のバージンもらった」
 
「ああ、以前の恋人とは、入れるとこまではしなかったんだ?」
「うん。実は桃香のお母さんが入って来て、未遂に終わった」
「自宅でやってたのか!?」
 
桃香がまた焦っている。
 
「(桃香の)お母さんが言ってたよ。てっきり普通の友だちと思ってたからおやつでも持っていってあげようと思って部屋に行ったら、裸で抱き合ってるからびっくりしたって」
と千里が笑いながら言っている。
 
「厳密に言うと契約違反ではないはずなんだけどな。契約で禁止されていたのは男性との交際や性的行為、婚約・結婚・出産だから」
と織絵は悔しそうに言う。
 
「いや、だからといって女性となら交際していいだろうというのは、さすがにへりくつだと思う」
と私は言った。
 

「私たちって恋愛禁止されてなかったんだっけ?」
と政子が訊く。
「うん。私たちの契約条項には恋愛や出産の禁止規定は無い」
と私は答えた。
「冬、KARIONの方では禁止されてないの?」
「婚約・結婚・出産は25歳まで禁止されてるけど、恋愛は禁止されてない」
「それ、小風や美空も一緒?」
「4人の契約書はほぼ同じ。私の場合、ローズ+リリーとしての活動や作曲家としての活動は自由という条項が入っているだけ」
「恋愛を禁止しないって面白いね」
「性転換も禁止されていない」
「いや、ふつうそういう事態は想定していない」
 
「実は最初は恋愛は禁止されていたんだよ。でも2008年12月に契約更改する時に禁止条項から外された。10代の女の子が恋愛するのは当然であって、そういう体験を通して成長していくんだというのが、∞∞プロの鈴木社長の考え方で2008年夏以降の契約改定で16歳以上の女の子、18歳以上の男の子には∞∞プロでは恋愛は禁止条項ではなくなった。それで∴∴ミュージックもその流れに沿うことになった。ただ結婚・出産はアーティスト活動に支障を来すから一定年齢までは禁止している。要するにちゃんと避妊しろってこと」
と私は説明する。
 
すると千里が微笑んでB7版くらいの小冊子を出す。
 
「何これ?」
「∞∞プロが10代のアーティストに配っている避妊のしかたの本」
「へー!」
「冬ももらったでしょ?」
「もらった! なんで千里持ってるの?」
「鈴木さんからもらったよ」
 
「あ、そうか、千里、ゆまさんと関わってたもんね」
 
「そうそう。Lucky Blossomの件で、私も蓮菜も∞∞プロとの関わりができて。ふたりとも∞∞プロと契約した訳ではないんだけど、君たちも気をつけなさいと言われて、この冊子をもらったんだよ」
と千里は桃香を見ながら説明した。
 
「これ写真とかが、もんげー! なんか面白そう、ちょっと貸して」
と織絵が言うので、千里が
「あげるよ。私、避妊の必要無いし」
と言うと
 
「確かに!」
という声があがった。
 

「でも織絵、このあとどうすんの?」
 
「実は鍵を取り上げられて自分のマンションにも戻れないから行き先が無くて。携帯も取り上げられたから実は美来との連絡もできない。お母ちゃんに電話したら、高岡に戻っておいでと言われた」
 
「それいいかも。東京にいたら、たくさん記者とか来るよ」
 
「いや、高岡に戻っても記者は来るよ」
「ありそう」
「どこかに身を隠す?」
「外国にでも行くとか?」
「まるで犯罪者だ!」
 
「札幌にでも行く?」
と千里が訊いた。
 
「札幌?」
「私の妹がアパートでひとり暮らししてるんだよ。大学4年生。彼氏は居ないはず。ミーハーな子だから織絵ちゃんが来ると聞いたらきゃーきゃー騒ぎそうだけど、私とXANFUSって接点がないから、しばらくは記者とかにもかぎつけられないと思う」
 
「そういう子は割と歓迎」
「じゃ電話してみるよ」
 
それで千里が電話してみると、札幌の玲羅は、千里が言ったようにキャーキャー騒ぎ、電話で織絵と話しをさせると、熱烈歓迎。ずっと居てください、などと言う。それで千里が連れ添って札幌に行き、織絵はしばらく千里の妹のアパートで過ごすことになった。
 
 
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【夏の日の想い出・そして誰も居なくなった】(下)