【夏の日の想い出・そして誰も居なくなった】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-03-06
10人の女の子が並んでいた。
1人がお家に帰って9人になった。
9人の女の子が門にぶら下がっていた。
1人が落ちて8人になった。
8人の女の子が男の子たちと遊んでいた。
1人が寝てしまい7人になった。
7人の女の子がトランプをしていた。
1人が夢中になりすぎて6人になった。
6人の女の子がはしゃいでいた。
1人がバケツを蹴飛ばして5人になった。
5人の女の子が倉庫の前にいた。
1人が中に入って4人になった。
4人の女の子が宴会をした。
1人が酔っ払って3人になった。
3人の女の子がカヌーに乗った。
1人が泳いでいって2人になった。
2人の女の子が銃で遊んでいた。
1人が発射して1人になった。
1人の女の子が寂しくしていた。
お嫁さんに行って、そして誰も居なくなった。
「マーサ、何見てんの?」
私は珍しく朝から政子がちゃんと起きていて、パソコンで何か見ていたので声を掛けた。
「バーチャル性転換ってサイト」
「ああ、そういうの好きだよね〜」
「これね、いろんな歌手とか俳優さんが性転換したら、こんな顔・スタイルになるというのが見れるんだよ」
「ああ」
「基本的には眉毛を削って細くして、顔にナチュラルメイクを施して、ドレスとか着せるんだよね。蔵田さんが凄く可愛いセーラー服美少女になるってので騒然としている。ネットに出回っている本物の女装蔵田さんの写真よりきれい」
「まあ蔵田さんはMTFじゃないから、あまりお化粧とか勉強してないと思う」
「上島先生もきれいになるよ、ほら」
と言って見せてくれた画像は確かに美女だ。
「それで昨夜から騒然としていたのがこれなんだよ」
「Eliseじゃん」
「と思うでしょ?」
「違うの〜?」
「これ、福留彰さんの女装姿」
「うっそー!?」
「ふたりは実は兄妹ということはないか?と話題になってる」
「特に親戚関係は無いと思うけど。そんな話、聞いたことない」
「でもリアルで福留さんを女装させてみたくならない?」
「なる!」
しかしこの女装写真サイトは肖像権を侵害しているという警告を受けて翌日には閉鎖されてしまった。
ローズ+リリーのアルバム制作は実質的には8月から11月くらいに掛けて行われた。その中で私と政子は7月下旬に新潟県で苗場ロックフェスティバル、8月上旬に三浦半島でサマーロックフェスティバルに出演したが、そのサマーロックフェスティバルの後で、08年組合同の打上げをした。
参加したのはローズ+リリー、KARION、XANFUSはもちろんそのバックバンドのスターキッズ、パープルキャッツ、トラベリング・ベルズ、バックコーラスのVoice of Heart, ほか伴奏やパフォーマンスに参加してくれた風花・千里・水野さん、近藤うさぎ・魚みちる、事務所関係者でローズ+リリーのお世話役・甲斐まどか、KARIONのお世話役・北嶋花恋、XANFUSのお世話役・横浜網美、そして★★レコードの加藤課長、氷川さん(ローズ+リリー担当)、土居さん(KARION担当)、福本さん(XANFUS担当)、更に作業の手伝いに来ていた★★レコードの若い男性が3人成り行きで連れてこられていた。一畑さん、八雲さん、八重垣さんという人たちである。3人とも女性アイドルを複数組担当しているらしい。また音羽が「まあまあ」などと言って連行してきたチェリーツインの紅ゆたか・紅さやか・桃川さんも居た。
「え?紅さやかさんって女性じゃなかったんですか?」
と驚いたような声を挙げたのは音羽だった。
「それは『櫛紀香さんって女性じゃなかったんですか?』と言うのと類似の話だ」
と小風が言うと
「え?櫛紀香さんってまさか男性なの?」
と音羽。
「こういう人がやはりいるんだ!」
と政子が感心していた。
「櫛紀香(Kusi Norika)はKARION好き(KARION suki)のアナグラム」
と言って小風が紙に書いてみせる。
「おぉ!」
と音羽は感心している。
「だけどチェリー・ツインって女の子2人なのかと思ったら、結構ぞろぞろ居ますよね」
「基本的には前で歌っている星子・虹子の2人がツインです。ただ彼女たちは言語障碍で声が出せないので、後ろで少女X・少女Yが代理歌唱するんですよ。僕と紅ゆたかと春美ちゃんはバックバンドということで」
と紅さやかさんが説明する。
「結局7人編成か」
「作詞作曲は紅ゆたか・紅さやかのおふたりの名義になってますけど」
「本当は春美ちゃんがけっこう修正してくれてるんです。ぼくらは音楽理論に詳しくないので」
「あ、桃川さんは音楽大学とか出てるんですか?」
「いえ、教育大学の特設音楽課程というところなんですけど」
「それってそこら辺のどうかした音楽大学よりずっと鍛えられている気がする」
「僕らは、先にチェリー・ツインという名前が決まったので、さくらんぼの品種の名前から、紅ゆたか・紅さやか、というのを採ったんですよ」
と紅ゆたかさんが説明する。
「紅てまり・紅きらりとかもあるよね」
「てまりだと、しゅごキャラ!のてまり、きらりだときらりんレボリューションとぶつかるからと、事務所の会長が言って、ゆたかとさやかになったんです」
「事務所ってどこだっけ?」
「ζζプロです」
「会長って兼岩さん?」
「そうそう」
「兼岩さんにはお世話になっているなあ」
と政子は言う。
「ついでに兼岩さんって、ケイの昔のことたくさん知っているみたいだけど、あまりしゃべってくれない」
「いや、この世界ってアーティストの個人的な情報は、みんなお互いにあまり話さないでしょ? 特に宣伝とかに使うことがない限り」
「そうそう。AYAのゆみに妹がいたなんて全然知らなかったし」
と小風。
「知ってたのは誰々?」
と政子が訊くと、私、千里、パープルキャッツのnoirの3人が手を挙げた。
「レコード会社関係者は知っていても手を挙げてないよね」
と小風が言うと、福本さんが笑っている。
「冬はなんで知ってたの?」
「以前上島先生の家で一緒になった時に聞いたことがある」
「千里はなんで知ってたの?」
「守秘義務で詳しいことは話せないけど、実はAYAとはインディーズ時代から関わりがあったんだよ」
「どうも千里は秘密の部分が大きい」
と政子が言うと千里は笑っている。
「noirさんはなんで知ってたの?」
「ちょっとリュークガールズ時代の人脈で」
「noirさん、リュークガールズに居たんだっけ?」
「XANFUSのプロジェクトに参加するのに辞めたんですよ」
「へー!」
「ああ、その時期に辞めたのか。元リュークとは聞いてたけど、確か、私とマリが2008年の8月にリュークガールズと会った時は居なかった気がしたから」
と私が言うと
「ケイちゃんって、そういうのしっかり覚えてますよね」
とnoirは言っていた。
「あれ? Purple CatsってXANFUSと一緒に作られたんだっけ?」
と小風が訊く。
「元々、Purple CatsはXANFUSの一部」
と音羽が言う。
「え?そうなの?」
「だから正確には私と光帆、それにPurple Catsの4人を合わせてXANFUSだったんだけど、2009年以降は営業政策上、私と光帆の2人だけでXANFUSを称している。原則として6人一緒だけどね」
と音羽。
「もっとも私も音羽も、神崎・浜名を含めて8人でXANFUSという意識が強いんだよ」
と光帆が補足する。
「ボーカルの2人を自立させようというのは、実は南君の提案」
と加藤課長が説明する。
「要するに6人編成のバンドのボーカルと紹介するより、女の子2人のデュオ歌手と紹介した方が、営業政策上得なんで、そういう言い方をするようになった。だけど印税はずっと6分割してたんだよ」
「そうだったのか」
「XANFUSのCDジャケ写をはじめとしてXANFUSを紹介する写真では必ずPurple Catsの4人も入れることを必須条件にしています」
とマネージャーの横浜さんが言う。
「まあ写真のサイズは問わないから私たちは小さく映ってるけど」
とyukiが笑いながら言う。
「それと、音羽ちゃんと光帆ちゃんがラブラブになっちゃったから、私たちは別行動になることが多くなってるけどね」
とnoirも笑って説明した。
「でもホテルはいつもふたりと同じホテルの同等クラスの部屋を当ててもらってるし、移動はプレミアムクラス、グリーン車ですよ。なんか申し訳ないんだけど」
とmikeも言う。
「あ、いいなあ。俺たちはワンランク落とされてるから」
とKARIONのバックバンド・トラベリングベルズのHARUが言う。
「ごめんなさい。予算節約で」
と土居さんが恐縮している。
「そういえば今日は白浜さんはいらっしゃらなかったんですね」
と北嶋花恋が言ったのだが
「済みません。白浜は退職したんですよ」
と横浜さんが言う。
「あらら」
「実は白浜さん、結婚したんです」
と光帆が言う。
「そうだったんだ! おいくつでしたっけ?」
「35歳です。本人はもう結婚は諦めていたみたいなんだけど、高校時代の同級生にプロポーズされて。向こうはバツイチなんですけどね」
「でもそれはめでたい」
「年齢が年齢なので結婚式は内輪だけでこじんまりとしたみたいです」
私は白浜さんには随分お世話になっているので御祝儀を光帆に託して贈ったのだが、それで彼女は現在、愛媛県の今治に住んでいるのである。
「この業界、忙しくてデートする時間もない人多いから、ついつい行き遅れるケースも多いみたい」
と土居さんが言う。彼女は白浜さんと同い年だが、2007年に結婚していったん会社を辞め、その後2010年に滝口さんに誘われてまたこの業界に入ってきた。
「僕たちも行き遅れるかも」
などと一畑さんが言っている。
「一畑さん、八雲さん、八重垣さんはどういうアーティスト担当してるんですか?」
と小風が訊いた。
「僕はだいたい20歳以上のアイドルを多く担当してるんですよ」
と一畑さん。
「篠田その歌も担当してましたよね?」
と私は言った。
「ええ、一時期担当してましたが、あれは前の担当者が退職した後のつなぎみたいなものでしたね。数ヶ月で次の担当にバトンタッチしましたから」
「一畑さん、美男子ですね」
と唐突に政子が言う。
「そうですか?」
と本人は言いながらも照れているので、どうも結構言われ慣れているようだ。
「女装したりしません?」
「しません!」
「マリちゃんは、すぐ男の人を女装させたがるから」
と言って千里が笑っている。
「八雲さんにはチェリーツインの事務を一時扱ってもらったこともありました」
と紅ゆたかさんが言う。
「僕はデビュー間もないアーティストを任されることが多くて。だから担当したアーティストの数だけで言うと、100組を超えてますよ」
「八雲ちゃんって、その100組を全員覚えてるよね。バックコーラスの子とかも含めて」
と八重垣さんが言う。
「そういう子たちは、僕が名前で呼んであげると何だか喜ぶんだよ」
と八雲さん。
「そりゃ嬉しいよ。前で歌っている子でも、なかなか名前覚えてもらえないもん」
と一畑さんが言うと、近くで和泉と話していた氷川さんが頷くようにしてこちらを見ていた。
「八重垣さんはどういう人たちを担当されてるんでしたっけ?」
「僕は八雲とは逆だな。過去の栄光を抱えている人たちの担当が多い」
「八重垣ちゃんは相手のプライドをうまく立ててあげるのが上手いんだ」
と一畑さんが言う。
「八雲が担当してる歌手はこれから売れる歌手、僕が担当している歌手は過去に売れた歌手ですよ」
と八重垣さん。
「なるほどー」
「でもこの話はベテラン歌手の間にはけっこう浸透しているから僕が担当になると、凄く嫌な顔をする歌手、どうかすると青ざめる歌手まで居て」
と八重垣さんは苦笑している。
「だけど八重垣君に文句を言う歌手はほとんど居ない。むしろ前の担当者より話が分かるから好きだ、と感想を言う人が多い」
と横から加藤課長がコメントした。
すると
「はーい!私も八重垣さんに担当してもらってます。大満足してます」
と魚さんが手を挙げて言う。
「魚さん、CD出してたんでしたっけ?」
「乗せられて作ったのがあるんですけど、累計でも数百枚、今や年間20-30枚しか売れてないです。でも律儀にレポートを送ってくださるし、ライブしたいと言ったらちゃんと会場取ってイベンターの手配もしてくれるし、電話したら忙しくても話に付き合ってくださるから」
「そりゃレポートは送りますし、ライブの手配はメインの仕事だし、話くらいしますよ」
と八重垣さん。
「みちるちゃんって、現役メジャー歌手だもんね」
と近藤さんが言う。近藤さんは一応引退している身だ。
「一応ね。でも実際には新たな企画が出ることは無いだろうけどね」
と魚さんは笑いながら言った。
2014年の夏。KARIONは7月下旬から8月上旬に掛けて『動物たちの舞踏会』というミニアルパムを制作した後、下旬から9月上旬に掛けて全国10箇所のアリーナ・ツアーを敢行した。
チケット発売総数は79,000枚であるが、春のKARIONのホールツアーは全国20ヶ所68,000枚が発売当日に売り切れている。今回はそもそも実はローズ+リリーのツアーがキャンセルになり、その会場を横流ししたものなので、レコード会社としても、売り切れなくても巨額のキャンセル料を払うよりマシくらいの気持ちもあったようだが、実際には発売日の翌朝までに売り切れてしまった。最後の方は「どこでもいいから残っている会場のを」と言って買い求める人も多かったらしい。
初日は8月16日(土)、東京国際パティオである。
今回のツアーは1万人クラスの会場が多いのだが、ここは5000人の会場である。これは万一売り切れなかった場合に、空席のある会場で始めるのは嫌なので、初日の会場は確実に売り切れるキャパで始めようという戦略だったのだが、売り切れないかもというのは今回は杞憂であった。もっとも小風や畠山社長は「来年は無理だろうな」と言っていた。
KARIONのコンサートは毎回様々なテーマで舞台をデザインしているが、今回は動物園である。このツアーの途中で発売されることになっているミニアルバムのタイトルに掛けている。
背景にまるで幼稚園のお遊戯会でもやるかのように、キリンさん、ゾウさん、ライオンさん、パンダさん、熊さん、カバさん、フラミンゴにペンギンなど多数の動物の絵が描かれている。ステージ上に檻があって虎が歩いているが、これは実は実際の虎を撮影したホログラフィである。遠目には本当に虎が居るかのように見えたであろう。
トラベリング・ベルズのメンバーも動物の衣装を着ている。ギターのTAKAOさんが犬、サックスのSHINさんは猿、ベースのHARUさんがイノシシ、ドラムスのDAIさんがウサギ、トランペットのMINOさんはタヌキ。サポートで入ってくれているキーボードの美野里は豹(ひょう)、ヴァイオリンの夢美が馬、グロッケンの敏が牛、フルートの風花がヒツジ、そしてコーラスのVoice of Heartの4人はアユが孔雀、エビが鶴、キスが白鳥、タラが鷲、と鳥系で統一している。
そしてKARIONの4人はシマウマの衣装で出て行く。縞の色がひとりずつ違っていて、和泉は赤と白、私はピンクとレモンイエロー、美空は青と白、小風は黄色と黒である。
「こんにちは、KARIONです」
と4人で一緒に元気よく挨拶して、まずはミニアルバムの中の曲から『ZOOっと愛して』を演奏する。
拍手をもらった後で
「念のため」
と言ってステージ上の檻の中にいる虎はホログラフィであることを説明しておく。
「でも最近のホログラフィって凄いよね。こないだEliseさんと街で会ったから、ちょっとお茶でもと言って、スタバに入っておしゃべりしてたんだけど、よく見たらホログラフィだったんだよ」
と美空が言ったが
「いや。それはさすがにありえん」
と小風の突っ込み。
「Eliseさん、まだ赤ちゃんが5ヶ月だから、赤ちゃん置いて1人で街歩いたりはしてないと思う」
と和泉。
するとその時、
「きっと福留さんの女装」
という声が客席から掛かり、それを聞いた一部の観客が爆笑していた。例の福留さんのバーチャル女装写真はけっこう話題になったようである。
ライブは続けてミニアルバムの中から『首を長く伸ばして待っているわ』、『踏まれても壊れない愛』を演奏する。
『首を長く伸ばして待っているわ』の演奏中、きりんの着ぐるみを着た女性が出てきて、きりんの首の部分を実際に伸ばしたり縮めたりしながらステージを往復した。
また『踏まれても壊れない愛』の演奏中は、ステージに筆箱で道を作って、そこをゾウの着ぐるみを着た女性が歩いて行った。筆箱の上を歩いている様子はスタッフがハンディカメラで撮影して会場の壁に設置したスクリーンにも投影して後ろの方で見ている人にも分かるようにした。
このパフォーマンスをしてくれたのは、きりん役がマミカ、ゾウ役はテルミといってふたりとも、昔Parking Serviceというアイドルユニットに所属していた子である。和泉がふたりを紹介すると、ふたりを覚えていた人も多かったようで大きな歓声と「マミカちゃーん」「テルミちゃーん」というコールも掛かっていた。
「マミカさん、テルミさん、良かったらひとこと」
と和泉がマイクを向ける。
「結婚して引退してたんですけど、離婚したあと、食い扶持に困って最近復帰しました。でも復帰したこと自体、全然報道してもらえなかったんです。宣伝してもいいと言われたんで、良かったら『ケンケンパー』買って下さい。gSongsで2曲入り400円です」
とマミカ。
すると
「買うよー」
という声が会場のあちこちから聞こえる。実際、この日の内にこのシングルは800ダウンロードも売れたらしい。
「私は引退はしたけど結婚してくれる人がいなくて、ギター抱えてドサまわりの日々です。昨日まで東北方面を回っていたんですけどね。私も宣伝していいと言われたので良かったら『杉の木の愛』買ってください。私のはgSongs, ★★チャンネルで6曲入り1200円です」
とテルミ。
こちらにも
「買うよー」
という声。テルミはParking Service時代にも元々歌唱力に定評があったこともあり、翌日までに2000ダウンロードされたらしい。
なお、ふたりは∞∞プロがこの春に設立した子会社で、カムバックアーティストや年齢の高いアーティストを主として扱う事務所@@エンタテーメントに所属している。もっとも現在はこの事務所はほとんどペーパーカンパニーであって、事務処理も全て∞∞プロが代行している。そのうち適当な人材があれば社長に据えてオフィスも分離する方針らしい。
この後、『海を渡りて君の元へ』『スターボウ』『魔法のマーマレード』といった人気曲を歌った後、7月に発売したシングルの曲を歌う。
『コーヒーブレイク』『夕映えの街』『恋の足音』である。
『コーヒーブレイク』はでは、マミカが巨大なコーヒーカップを持ち、そこにテルミがコーヒーを注いでマミカが飲むというパフォーマンスをする。
また『夕映えの街』では伴奏者はお休みにして、PVでやっていたように、和泉がリードギター、小風がリズムギター、美空がベース、私がショルダーキーボードを持って弾き語りをした。
そして『恋の足音』ではマミカが男の子に扮して可愛い服を着たテルミがマミカを追いかけるというパフォーマンスをする。後半にはユニフォームを着た男性が出てきてバスケットボールをドリブルする。彼が出てきた時に客席でざわめきが起きたが、元バスケ選手でもある櫛紀香さんである。
この曲のサビにはサックスの二重奏がフィーチャーされており、今回SHINともうひとりは神原さんという人にお願いした。彼女はAYAのバックバンドPolar Starのメンバーだが、Polar Starは今年AYAの事実上の休業のおかげで全く仕事が無いのである。メンバーはスタジオ・ミュージシャンなどをして食いつないでいるが、神原さんは今回の仕事でこちらから提示した報酬の数字を見て「これ今の私の月収2ヶ月分だ!」などと言っていた。
曲の後半ではテルミがマミカを追うのをやめて櫛紀香さんの所に行って憧れるように彼のドリブルを見つめるという演出をした。
この曲の後は『秋風のサイクリング』『水色のラブレター』『積乱雲』といった少し懐かしい曲を演奏してから、前半最後は『アメノウズメ』で締めた。
『アメノウズメ』はキーボード奏者が最低でも3人必要な曲なので、美野里・風花・夢美の3人で弾いてもらった。美野里の演奏も凄いが夢美も凄いので客席でこの伴奏への歓声があがっていた。
「美野里ちゃーん!」「夢美ちゃーん!」というコールも掛かっていた。
幕間のゲストに登場したのはゴールデン・シックスである。
まずは1曲『カラオケ天国』を演奏した上でカノンがMCをする。
春のローズ+リリーに露出したので結構知名度が上がっており「カノーン」とか「リノーン」と呼ぶ声も聞こえる。ただ今回は6人でやってきている。
「ええ、ゴールデン・シックスは現在2人しか居ないんですが、今日は元メンバーが応援に来てくれました」
と言って、カノンが伴奏者を紹介する。
「リズムギター・アンナ(鮎奈)、ベース・タイモ(千里)、ドラムス・キョウ(京子)、グロッケンシュピール・ビャク(蓮菜)」
「そしてボーカル&キーボードのカノンと」
「ボーカル&リードギターのリノンです」
と名乗った所で拍手がある。
「ちなみに、グロッケンを引いているピャクは別名・葵照子、ベースを弾いているタイモは別名・醍醐春海でKARIONさんに楽曲を昔から歌って頂いております。ちなみにKARIONの美空ちゃんがこのバンドの初代ベースなんです」
とカノンが言うと、大きなどよめきが起きていた。
それで2曲目『Roll over Rose + Lily』を演奏するが、この曲は笑う客と戸惑うような表情をする客が混在する。しかしそこに白いドレスを着た私が登場して、歌っているカノンをキックするかのようなパフォーマンスをすると会場は笑い一色になる。曲の後半は半ばヤケクソで私もマイクを持って一緒に歌った。
その後、私は退場して3曲目『ロングシュート』を演奏する。この曲を演奏している間にステージにバスケットのゴールが持ち込まれる。そして曲が終わったところで、バスケのユニフォームを着た櫛紀香が再登場し、ベースを弾いていたタイモ(千里)に速いパスを送る。千里はボールをキャッチすると、そのままシュート。ボールはきれいにゴールに飛び込む。
思わず拍手が起きる。
「櫛紀香さんです!」
とカノンが再度紹介すると歓声が上がった。
その拍手と歓声の中、ゴールデンシックスは退場する。千里はベースを隣でリズムギターを弾いていたアンナ(鮎奈)に渡して新たに櫛さんからパスされたボールをドリブルする。櫛さんは千里がゴールしたボールをドリブルする。ふたりがドリブルをしている所にDAIさんが登場してふたりのドリブルに合わせてドラムスを打ち始める。更に他のトラベリング・ベルズのメンバーも入ってきて伴奏を始める。そこにKARIONの4人も入って来て『恋のブザービーター』を歌い始める。
私はさっき幕間にケイとして登場した時は白いドレスを着ていたのだが、後半では4人各々のイメージカラーの上着とミニスカートである。和泉が赤、私がピンク、小風が黄色で美空が青である。
そして曲の終わりに櫛紀香さんがシュートするも外れる! しかしそれに続けて千里がシュートすると、それはきれいに飛び込む。それで拍手が起きた所で和泉が
「櫛紀香さん、そして醍醐春海さんでした!」
と紹介して、2人は拍手の中、お辞儀をして退場した。
櫛さんは後で「リハーサルの時はうまく入ったんですけどね」などと言っていた。このパフォーマンスはこのあと毎回やったのだが、櫛さんは5割入れて千里は全部入れた。
「醍醐春海すごすぎる」
という声も上がっていたが、美空が苗場フェスティバルで彼女を「元U18日本代表のシューター」と紹介していたことが、その時居た人たちの間からツイートされると
「さすが日本代表!」
という声が上がっていた。
「今のA代表のシューター、花園亜津子とどちらが凄いんだろう?」
「いや、高校時代、ふたりは何度も対決して痛み分けだったらしい」
などという噂も流れていた。
後半この後は、これまでのKARIONの人気曲を演奏していく。
『星の海』『金色のペンダント』『Snow Squall in Summer』『サダメ』
『白猫のマンボ』『Shipはすぐ来る』 そして『四つの鐘』『歌う花たち』。
『歌う花たち』では地元・横浜の高校の合唱部の人たちに出演してもらった(この歌はその後も毎回その地元の高校生に出演をお願いした)。
この後、超絶ピアノを含む『優視線』、フルート三重奏を含む『雪のフーガ』、超絶ピアノ・超絶ヴァイオリンを含む『スノーファンタジー』 、サックス三重奏を含む『月に想う』、そして1人で弾いているのに連弾に聞こえるという高難度のピアノ演奏を含む『雪うさぎたち』で盛り上げて締めくくった。
この超絶ピアノは美野里が、超絶ヴァイオリンは夢美が難なく弾いてくれた。夢美は専門はオルガンではあるが、ヴァイオリンもCDを出していいくらいに上手い。
フルート三重奏は風花と私と千里の3人で吹いた。またサックスの三重奏はSHINと私と神原さんで演奏した。ちなみに私は生サックスではなくEWI4000Sを使用している。
実は先月新製品のEWI5000というのが発売されたのだが、早速買ってきて試奏してみたものの、4000Sより少し軽くなったのはいいのだが、音色が微妙に好みでなかったこと、更に演奏中に音が切れる事故が数回起きたことからライブでの使用に不安を感じ、結局4000Sを今回のツアーでは使用することにした。
『雪うさぎたち』の演奏のあとメンバーが手を振って幕が降りる。拍手がアンコールの拍手に変わる。幕が上がって私たちは再び出て行く。
私たちは左右対称になるようなTシャツを着ている。
(後半着た衣装の上にこのTシャツをかぶっただけ)
その衣装を見ただけで大きな拍手がある。
『鏡の国』を演奏する。デビューCDに収録されていた曲だが、4人でないと歌えないので、私が後ろの方で伴奏していたり、あるいは影で隠れて演奏していた時は、コーラス隊の子のひとりが私の位置に入って歌っていた。衣装も対称だし、振り付けも対称になっている曲だ。
春のツアーでもアンコールで演奏したのだが、この曲を和泉・小風・美空と一緒に歌っていると、4人での一体感と連帯感を感じる。私って、ここに居ていいんだな、というのを凄く感じて個人的に充足感を感じる曲だ。
曲が終わってから和泉がMCをする。その間にトラベリング・ベルズのメンバーは退場する。
「アンコールありがとうございました。アンコールって本当に嬉しいです。この拍手をしてもらうと、2時間の公演の疲れが吹き飛ぶ気分です」
拍手があるので、それが落ち着いてから、和泉は『各自ひとこと』と言う。
「今回大きな会場ばっかりのツアーになったので、みんな買ってくれるか不安だったんですけど、全会場ソールドアウトで嬉しかったです」
と小風。
「各地の美味いものを食べてツイートするので、みなさん拡散して下さい」
と美空。
「アルバム制作で疲れが溜まっていますけど、頑張りますので、応援よろしくお願いします」
と私。
「今日は会場に来て下さった皆さん、ほんとにありがとうございました。KARIONは40周年か50周年くらいまで頑張りたいです」
と和泉は言った。
「では最後の曲、Diamon Dust」
和泉がそう言うと、ステージ脇から最後の曲の伴奏者が入ってくるが、ざわめきが起きる。キーボードの所に就いたのは、猫のお面をかぶった人物。そしてグロッケンの所に就いたのはマリである。
「実はKARIONは6人だったんです。名前も尻取りで、はるみ・みれい・いづみ・みそら・らんこ・こかぜ、となっています」
と和泉が言ったのに観客がざわめく。そのざわめきを無視して、お面をかぶった人物のピアノ前奏がスタートし、それに合わせて4人の歌がスタートする。そしてマリがグロッケンの音を入れる。
透き通るような透明感のある曲である。『Crystal Tunes』に続いて《少女A作詞・少女B作曲》のクレジットでデビューの年に公開した曲である。今思えばあの頃にKARIONのサウンドの方向性は固まっていった気がする。
やがて終曲し、大きな拍手と歓声の中、私たち6人は1列に並んで挨拶する。そして、6人が手を振る中、幕は降りた。締めのアナウンスは★★レコードの新しいKARION担当者土居さんがやってくれた。
その日は6人で東京での公演ということもあり、恵比寿の私のマンションになだれこんで食事を取った後、本来は各自自宅に戻る予定だったのだが、結局全員泊まってしまった。そして翌朝一緒な新幹線で大阪に移動して、大阪公演を行った。
ただしセットの運搬・設営班はその日の内にセット一式を大型トラックで大阪に運び、翌日朝から設営を行ったようである。ご苦労様である。今回のツアーでは、札幌の翌日に仙台、福岡の翌日に沖縄という厳しいスケジュールも入っている。KARIONのライブはお昼過ぎから始めるので、セットを解体して何とか飛行機に乗ることはできるが、午前中に組み立て終わらないといけないのは厳しい所だ。ホログラフィなどに不具合があるとまずいので、テストも大変なようである。
17日大阪公演が終わった後、出演者の打ち上げをする。今回のツアーでは毎回日曜日に打ち上げをすることにしている。水曜と土曜のライブの後は簡単に祝杯をあげるだけで早めに解散する。
打ち上げにはKARIONの4人、トラベリング・ベルズ, Voice of Heartとその他の伴奏者、美野里・夢美・敏・風花・、ゴールデン・シックスの6人、マミカ・テルミ、櫛紀香さん、神原さん、春美(エルシー)、水鈴(マリ)、そして畠山社長・三島さん、マネージャーの花恋、★★レコードの加藤課長と土居さん、といった面々が出席した。
敏さんは会社勤めなので水曜日の公演には出席できない。それで水曜日の公演ではグロッケンは代わりに線香花火の干鶴子さんが打ってくれることになっている。
ゴールデン・シックスはカノン・リノン以外の4人が学生なのだが、ちょうど夏休み中なので何とか今回のツアーに全員付き合ってくれる。
「もっとも今必死で修士論文書いてる」
と京子。
「右に同じ」
と千里。
京子も千里も理学部の修士2年である。
「私は卒論は無いけど国家試験の準備で大変」
と蓮菜。
「右に同じ」
と鮎奈。
このふたりは医学部の6年生である。
「醍醐さん、横笛が凄いとお聞きしたんですが」
と神原さんが言うが、本人は
「大したことないですよ」
などと言っている。
「千里、龍笛を吹いてみせてよ」
と私が言うと、千里は微笑んで鞄から龍笛を取り出すと美しい曲を演奏する。すると部屋の中のあちこちで起きかけていた雑談が皆停まってしまった。皆、その演奏に聴き惚れているというより、何もしゃべられなくなってしまったのである。
例によって途中で落雷がある。
そして演奏が終わると、物凄い拍手である。
「それ何という曲ですか?」
「ゴールデンシックスの前身バンドDRKのラストCDに入っている曲で『アクア・ウィタエ』といいます」
と千里は説明する。
「それカバーしたーい」
と和泉が言うので
「いいよね?」
と千里は花野子に確認する。
「私はOKOK。ってそもそもDRKの権利は私持ってないし」
と花野子。
「あれは結局誰が管理することになったんだったっけ?」
と千里が訊く。
「蓮菜じゃない?」
と鮎奈。
「あれ?そうだったんだっけ?」
と蓮菜本人が慌てている。
「それ、曖昧だったら、蓮菜・鮎奈・千里・麻里愛あたりで集まって話し合って確認しておいた方がいいよ。曖昧にしてたら後で揉めかねないよ」
と梨乃が言う。
「ところで、それ、何ていう笛ですか?」
と神原さんが訊く。
「龍笛。ドラゴン・フルートですね」
と千里は微笑んで答える。
「こんな演奏、初めて聴いた。巧いとかいうのを超越して凄い」
と神原さん。
「私より巧い人は全国に40-50人は居るし、私より凄い人も20-30人は居ますよ」
と千里は笑って答える。
「千里はそんなこと言うけど、水曜日にリーフちゃんが何と言うか聞きたいなあ」
などと政子が言う。
「リーフって、スイート・ヴァニラズの曲を書いてる人ですか?」
「そうそう。醍醐さんの妹」
「へー! 凄い。音楽姉妹なんですね」
「元兄弟の姉妹だね」
と美空。
「それ、わざわざ言わないでよ。例の件もバラすぞ」
と千里。
「元兄弟って男の人だったんですか?」
と神原さん。
「ふたり同じ日に性転換手術を受けたんだよ」
と私が言うと
「それは凄い」
と神原さんは驚いている。
「まあ妹は国内、私はタイで手術したんですけどね」
と千里は言う。
「時間もほとんど同じだったよね?」
「うん。私も妹も16時スタートの19時エンド。ただし時差があるから
実際には私の方が2時間遅れで手術されている」
「合わせてもらったんですか?」
「偶然ですよ。日付が同じになったのもびっくりしましたが、時刻まで同じになるとは思いませんでした」
と千里は言っているが、私はふと思ったので訊いてみた。
「でもそれって、青葉が先に手術を受けないといけなかったんでしょ? しかもできるだけ短い時間差で」
「よく分かるね」
と言って千里は微笑んでいた。
「でも水曜日は打ち上げが無いし、私は横笛吹かないもんね」
などと千里は言っている。
「いや、何とかして吹いてもらおう」
と政子。
「私が休もうか?そしたらフルート吹く人が必要になる」
と風花。
「私はフルートはそれほどでもないよ」
と千里。
「そんなことない。苗場での演奏は巧かった」
と風花は言う。
「知る人ぞ知るトリビアだけど、AYAのデビューCDでフルートを吹いたのは醍醐さん」
と美空がバラしてしまう。
「嘘!? AYAの音源って全部打ち込みじゃないの?」
とAYAのバックバンドのサブリーダーでもある神原さんが言う。
「あの時、短時間で音源を修正する必要があって、打ち込みでは間に合わないから生フルートを吹いたんですよ」
と千里。
「千里はフルートも巧いけど、やはり龍笛が凄いよ」
と私は言う。
「ゴールデン・シックスの元メンバーなんですか?」
「正確には、ゴールデン・シックスには入ってないんですよ。その前身のDRK, Dawn River Kittens というバンドに入っていたんですよ。DRKは私たちが高校時代にやっていたバンドなんですが、卒業とともにあちこちに住む所が別れたんで、3つのバンドに分裂したんですよね。後の2つは消えてしまって、東京周辺に来たメンバーで始めたゴールデン・シックスだけが残っているんです」
と千里は説明する。
「ゴールデン・シックスも始めた時は6人だったんですけど」
「1人辞め2人辞めて」
「最後に辞めたのが私」と京子。
「その前に辞めたのが私」と鮎奈。
「で、私とカノンはこの春、会社を辞めた」
と梨乃がオチを付けたと思ったら
「私は男を辞めた」
などと千里が言い出す。
「どさくさ紛れに嘘は言わないように」
「そうだそうだ。千里は中学生時代に既に男は辞めていたはず」
などとみんなから言われていた。
9月初旬。私はXANFUSの光帆から電話を受けた。
「冬さ、どこかで歌手の伴奏をするバンドを探している所とか知らない?」
「へ? 何があったの?」
「実はさ、パープルキャッツが契約解除されちゃったんだよ」
「嘘!? 何があったの?」
「うち、お盆過ぎに社長が交代したんだけど、新しい社長がXANFUSの伴奏は打ち込みでやりたいと言い出して」
「えーー!? 斉藤さん辞めたの?」
「それも解任なんだけどね」
「斉藤さんってオーナー社長じゃなかったんだっけ?」
それで光帆は&&エージェンシーの設立の経緯と株の所有者について説明した。
「うん。元々1960年代から80年代に掛けて第一線で活動した麻生有魅子さんのマネージングをするために設立された会社なんだよね。麻生さんの当時のマネージャー・悠木稀治さんが60%、麻生さん自身が40%出資して設立された。でも、その悠木稀治さんが1995年に亡くなって、実質後を引き継いだのは弟の悠木朝治さんなんだけど、朝治さんは芸能界のことは分からないからというので、当時$$アーツでマネージャーをしていた知人の斉藤さんを社長に据えたんだよね」
「雇われ社長だったのか」
「それで株は25%をその朝治さん、35%を稀治さんの娘の栄美さん、20%を麻生有魅子さん、あと麻生さんのお兄さんと弟さんが10%ずつ持っていたけど、お兄さんは2010年に亡くなって息子の麻生道徳さんが継承していた」
私はメモしながら聞いていた。
「つまり悠木家で60%、麻生家で40%という構図は変わっていなかったんだ」
「そうそう。斉藤さんは社長をするのに5%の株を麻生家から借りていたんだけどね」
「なるほど」
「それが2月に麻生有魅子さんが亡くなって、続くように6月には悠木朝治さんが亡くなったんだよ」
「その株を継承したのは?」
「有魅子さんの株は娘の麻生杏華さんが継承した。杏華さんは4年前にイタリア人の男性と結婚して、現在ナポリに居て、お葬式に帰って来ただけでトンボ帰り」
「へー」
「悠木朝治さんの株は息子さんの朝道さんが継承した。それでこの人は、この会社の設立者・悠木稀治さんの娘の栄美さんの夫なんだよね」
「ちょっと待って」
私は人間関係を図に書いて整理してみた。
┌麻生一郎──道徳(10)
├麻生有魅子─杏華(20)
└麻生二郎(10)
┌悠木稀治─栄美(35)
│ ||
└悠木朝治─朝道(25)
「つまり従兄妹どうしの結婚なのね?」
「そうそう。だからこの2人は夫婦でうちの株の60%を持っている」
「それだけ持っていれば絶対的なオーナーだね」
「うん。だから自分の流儀で会社を運用しようとしているみたいなんだよ」
「うーん・・・・それでうまく行けばいいんだけど」
「取り敢えず、この会社は資産の割に利益が低いと言い出したんだよね」
「それは安全経営のためじゃないの?」
「そうそう。斉藤さんはリスクのあるプロジェクトには手を出さない方針だった。だから他の芸能事務所に比べると利益率は低いかも知れないけど、借金も無いんだよね」
「私は良い経営だと思う」
「でも新オーナーさんにはそれが気に入らなかったんだよ。XANFUSも現在年間7-8億円稼いでいるはずだけど、売りようによっては20億稼げるはずだと言ってたみたい」
「それって、無茶苦茶働かされるのでは?」
「そんな気がするよ。バンドまで連れているとどうしても機動力が落ちる。だから伴奏をカラオケにするという方針なんだと思う」
「だけどXANFUSのサウンドって生バンドで伴奏するのが前提だよね」
「うん。テレビ番組などではいろいろな制約でカラオケしたり、マウスシンクとかもするけど、ライブでは生バンド・生歌唱というのが絶対だったんだよね、これまでは」
「変な方向に行かなきゃいいけど」
「うん。実は制作中だったアルバムに関しても既に色々言われてて、どうしようと織絵(音羽)とふたりで悩んでいるんだよ」
「状況によってはさ、★★レコード側から介入してもらいなよ」
「うん。場合によってはそれも考えている」
私はバンドの件に関しては知り合いにも当たってみると答え、あちこちに問合せてみた。するとゴールデンシックスの事務所、∞∞プロでデビュー予定の丸山アイという18歳の女性歌手の制作のお手伝いをしてくれないかという話があり、音羽を通じてPurple Catsのmikeに照会した所、ぜひやりたいということで両者を引合せてあげた。丸山アイは一見、どこにでも居そうな目立たない少女であったが、何か不思議なものを持っているような気がした。彼女はこの春に高校を卒業してバイトをしながら自作曲を書きつつボイストレーニングなどをしていたらしいが、音源製作自体が初めてということで、mikeやnoirがそのあたりの指導も含めて付き合ってあげることになった。
「場合によっては春のキャンペーンツアーにも付き合ってもらえたら」
などと∞∞プロの鈴木社長は言っていた。
さてKARIONのアルバム制作の方であるが、これは元々8人(組)のソングライターから楽曲を提供してもらいKARIONの4人で歌うということで「四方八方」というタイトルを付ける予定で進行していた。その時予定していた8組とは、
泉月 森之和泉(いずみ) 水沢歌月(ケイ)
雪鈴 ゆきみすず すずくりこ
広花 広田純子 花畑恵三
照海 葵照子(蓮菜) 醍醐春海(千里)
福孝 福留彰 TAKAO
櫛信 櫛紀香 SHIN
スイート・ヴァニラズ
樟南
というものであったが、その後、スイート・ヴァニラズはEliseが妊娠出産で詩を書けないということで、代わりに天万:岡崎天音(=マリ)+大宮万葉(=青葉)が書くという話に(青葉には無断で)なって、その後東堂千一夜さんが1曲提供してくれるという話が出てきたのだが(このあたりで和泉も何組のソングライターが動いているのか分からなくなって来た)、福留さんが絶不調に入り提供のメドが立たなくなったということであったが、更にアルバム制作の時期がずれ込んだことから、Eliseから「1曲できたけど、どうする?」という打診があり「ください」と返事する。そしてどさくさまぎれにマリが勝手に「マリ&ケイからも1曲提供するね」と言って、結局9月中旬の段階で次のような曲のスコアが目の前にあった。
泉月『Around the Wards in 60 minutes』
マリ&ケイ『ゆりばら日誌』
雪鈴『アイドルはつらいよ』
広花『滝を登る少女』
照海『嵐の山』
櫛信『皿飛ぶ夕暮れ時』
スイート・ヴァニラズ『もう寝ろよ赤ちゃん』
樟南『トランプやろう』
天万『黄金の琵琶』
東堂千一夜『アラベスクEG』
神崎美恩・浜名麻梨奈『フレッシュ・ダンス』
紅ゆたか・紅さやか『夕釣り』
「なんか既に12曲あるんだけど」
「泉月(森之和泉+水沢歌月)で4−5曲書かなくても、既にアルバムを作るのに必要な曲数は揃っているね」
「でも『四方八方』という仮題はどうする?」
「この際『十二方位』で」
「何だっけ?」
「西洋の方位だと、東・南・西・北・北東・南東・南西・北西と45度ずつ8分割だけど、東洋の方位は、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥と30度ずつ12分割」
「へー」
「ああ、子(ね)の方角とか、午(うま)の方角とか言うよね?」
「それで子の方角と午の方角を結ぶのが子午線(しごせん)だよ」
「そうだったのか!」
「卯の方角と酉の方角を結ぶのが卯酉線(ぼうゆうせん)、寅と申なら寅申線(いんしんせん)、辰と戌なら辰戌線(しんじゅつせん)」
「色々あるんだ?」
「《いんしん》って別の物を想像するな」
「こらこら」
「古いお寺や神社は、しばしば寅申線や辰戌線に沿って並んでいる」
「何か意味あるの?」
「日本の長崎から茨城程度の緯度では、夏至の太陽は寅の方位から昇って戌の方位に沈むし、冬至の太陽は辰の方位から昇って申の方位に沈む。つまり自然の太陽の動きを反映した方位なんだよ」
「へー!」
「春分や秋分の太陽は?」
「それは卯の方位(東)から昇って酉の方位(西)に沈む」
「あっそうか!」
うやむやの内に、このアルバムは「四・十二・二十四」という名前に改題することとなった(回文になっている)。歌うのが4人、ソングライターは12組で24人なのである。
森之和泉・水沢歌月・マリ・ケイ・ゆきみすず・すずくりこ・広田純子・花畑恵三・葵照子・醍醐春海・櫛紀香・黒木信司・Elise・Londa・Carol・Susan・Minie・樟南・岡崎天音・大宮万葉・東堂千一夜・神崎美恩・浜名麻梨奈・紅ゆたか・紅さやか、と並べると25の名前があるが、この中でマリと岡崎天音は同一人物なので24人ということになる。
「水沢歌月とケイもだぶってると言われそう」
「それは別人という公式見解で」
「今回福留彰さんが入ってないから、Eliseと同一人物だろうと言われないな」
「あれは本人たちもびっくりしていたみたいね」
「福留さんに、ぜひ実際に女装してみてくださいと言ったら、勘弁してと笑っていたらしい」
「ほんとに親戚関係とかないの?」
「ふたりとも先祖は高知県の出身らしい。だからひょっとしたら、どこかでつながっている可能性もないことはないけど、さすがに分からないということ」
「ほほぉ」
「ところで神崎美恩・浜名麻梨奈が提供してくれた曲、凄く本格的だね。これXANFUSのシングルで出してもいい曲なんじゃないの?」
と小風が言う。
私は顔を曇らせた。
「実は、神崎美恩・浜名麻梨奈は&&エージェンシーとの契約を切られた」
と説明する。
「嘘!?」
「今後XANFUSの楽曲は、ダンスナンバーで定評のあるガラクン・アルヒデトさんの作品を使用することになった」
「なんか一昔前の人という気がするなあ」
「一世風靡した人ではあるけどね」
「でもどうしたの?斉藤社長と喧嘩でもしたの?」
「いや、斉藤さんが社長を解任されたのが発端なんだよ」
「えー!? 斉藤さんが解任って、じゃ今、&&エージェンシーの社長は誰なの?」
「悠木朝道さん。初代社長の甥だよ」
「斉藤さんって2代目だったの?」
「初代社長が亡くなった後、後をついだ弟さんが芸能界のこと分からないというので、斉藤さんを連れてきて社長に据えた。でもその弟さんが亡くなって息子さんが株を継承したんだよ。それで自分が社長をやるというので、斉藤さんとしては、創業家の人が社長をやると言われたら、引き下がるしかない」
と私はできるだけソフトに説明したが、実際には某筋からの情報ではある日突然会社に乗り込んできて、今日から自分が社長をやるから、君はすぐ荷物をまとめて退出しなさいと通告したらしい。一応退職慰労金として1億円払ってくれたそうだが、この金額は要するに文句言うなということだ。
「でもアルヒデトさんって、むしろハウス系じゃない?」
「そうそう。だいたい打ち込みなんだよね」
「生バンドのノリに合わせて歌うXANFUSには合わない気がする」
と小風。
「実はPurple Catsも契約解除された」
「うっそー!!」
「だから今後のXANFUSの伴奏は全部打ち込みで行く」
「なんか、音楽の方向性が全然違ってしまいそう」
ただ私はこれだけで果たして済むだろうかという不安を感じていた。
ところで今回のアルバムの曲名の多くは映画や漫画のタイトルのもじりである。
『Around the Wards in 60 minutes』は『Around the World in 80 days』。80日間世界一周を60分間区一周にしている。Wardとは新宿区とか品川区とかの「区」のことである。60分というのは山手線の一周の時間から来ている。
『ゆりばら日誌』は『つりばか日誌』。更に作詞作曲者がローズ+リリーであることにも引っかけている。
『アイドルはつらいよ』は『アイドルを探せ』と『男はつらいよ』。元アイドルである、ゆきみすず・すずくりこ先生たちが若い頃のことを思い起こし書いてくださったもの。
『滝を登る少女』は『時をかける少女』。『嵐の山』は『嵐が丘』。
『皿飛ぶ夕暮れ時』は『空飛ぶ幽霊船』。『トランプやろう』は『トラック野郎』。『もう寝ろよ赤ちゃん』は『こんにちは赤ちゃん』。『夕釣り』は『夕鶴』。『フレッシュ・ダンス』は『フラッシュダンス』。
『黄金の琵琶』は実は『黄金の日日』(あるいは『黄金の豚』)と『ビルマの竪琴』をもじって『黄金の竪琴』にするつもりだったのが、政子が青葉に作曲依頼する時、誤って『黄金の琵琶』と書いてしまったものである。ところが青葉が作曲した際に作ってくれた仮音源の琵琶演奏があまりに素晴らしかったので、琵琶というのを活かすことにした。
『アラベスクEG』はこれだけもじりになっていないが、東堂千一夜先生から頂いた曲なのでそのまま使用することにし、アルバムの最後に入れておふざけは終了という意味合いで使わせて頂くことにした。
「私、運転免許取ろうかなあ」
と政子はその日唐突に言った。
「うん。いいんじゃない? 免許くらい持ってていいと思うよ。車も買う?」
「そうだなあ。マイバッハとかどうかな」
「よく、そんなブランド知ってたね」
「こないだ若葉の所にお見舞いに行ったら、高校の同級生さんが来ていて、帰る時、ここまで乗せてもらったんだよ」
「その車がマイバッハだったんだ?」
「うん。マイバッハ75とか言ってた」
「うーんと、それマイバッハ57ということは?」
「そうかも知れん。ねぇ、車見に行くの付き合ってよ」
「いいけど、先に免許を取って、その後にすれば?」
「そうだねー。じゃとりあえず合宿コースで取りに行くかなあ」
「それは困る。アルバム制作中なんだから」
「むむむ」
「何とか通学コースで頑張ってよ」
「じゃ、私、冬がKARIONの制作の方に行っている間に自動車学校に行ってくる」
この時期、私はローズ+リリーとKARIONのアルバムを同時進行で製作している。だいたい午前中に和泉と一緒にKARIONのスコアの検討をして、午後は政子や七星さんたちとローズ+リリーの制作を進め、夕方からはまたKARIONの方に行き和泉・美空・小風およびトラベリングベルズのメンバーと夜中まで実作業をしている。
「だけど私はマーサが寝ている間にKARIONの制作に行ってるよ」
「う・・・。だったら、私、寝る時間を削って自動車学校に行かないといけないのだろうか」
「今1日12時間くらい寝ているのを8時間くらいにすれば時間は作れると思うけど」
「私、12時間も寝てる!?」
「最近、なんだかそういうパターンになってるよ。お昼くらいまで寝てるのに、夜はだいたい12時くらいで寝てるし」
「気付かなかった!」
結局政子は、朝私がKARIONの制作に出かけるのと前後して自動車学校に出かけていき、午前中に教習を受講した後、お昼過ぎからスタジオに入ってローズ+リリーの制作作業を夕方までするというパターンで行くことにする。
私は政子を起こす所まで正直付き合っていられないので(政子はおおむね起こし始めてから本当に起きるまで1時間かかる)、政子が個人的に雇った付き人(?)近藤妃美貴ちゃんに起こしてもらうことにした。彼女は私たちの高校以来の友人・近藤詩津紅の妹で、現在専門学校に通っている。専門学校の授業は就職活動しやすいように弾力的なスケジュールなので、午前中にバイトしても問題ないらしい(本人の弁)。彼女は既に運転免許も持っているので、政子を起こして自動車学校まで連れていくというお仕事を取り敢えず政子が自動車学校を卒業するまでの期間お願いすることにした(車はお母さんの買物用のモコを使用するということ)。
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【夏の日の想い出・そして誰も居なくなった】(1)