【夏の日の想い出・雪月花】(2)

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翌日。2014年8月31日。
 
私は和泉・小風・美空と一緒に、那覇でKARIONのステージを務めた。
 
ファーストアンコールで『海を渡りて君の元へ』、セカンドアンコールで『Crystal Tunes』を演奏して幕が下りる。私は和泉・小風・美空とハグしてから、急いで楽屋裏へ走る。★★レコードの染宮さんがバイクで待機しているので、ヘルメットをかぶり、彼のバイクのリアシートに乗る。
 
この会場を出たのが14:24で、バイクは道路を渋滞とは無関係に疾走して14:27に那覇空港に到着した。染宮さんにお礼を言って私はターミナルを走る。荷物は全く持っていないので簡単に保安検査を通り、バスゲートで待機してもらっていたバスに乗って、ターミナルから離れて駐機しているガルフストリームG650に乗り込む。取り敢えず先に乗っていた政子にキスする。
 
離陸許可をもらって那覇空港を飛び立ったのは14:50であった。
 
同乗してくれている氷川さんが
「寝ててください」
と言うので、私は下着を交換した上で機内に設置されているベッドに潜り込んで寝る。このガルフストリーム機は○○プロの丸花社長の友人の食品会社社長が所有しているプライベートジェットである。ビジネスジェットなのに最高速度マッハ0.925というとんでもない速度が出る機体である。
 
当初は政子は朝のANA便で東京に戻る予定だったのだが、ガルフストリームなんてお金持ちのプライベート・ジェット乗ってみたいというので一緒に乗ることにしたのであった。政子は氷川さんや、ついでに沖縄旅行してきた社長の奥さんとおしゃべりしていたようだ。
 
私が寝ている最中に政子が顔に悪戯描きしようとしたものの氷川さんが停めてくれたらしい。
 
結構ぐっすり寝た気がする。目が覚めたら氷川さんは甘いココアを入れてくれた。甘い飲み物はライブで体力を使ったあとのカロリー補給にもいいし、喉にも優しい。「ケイ」の衣装に着替える。政子も「マリ」の衣装を着る。どちらも宮里花奈さんデザインのかりゆし系コスチュームである。メイクもする。このあたりは、同乗しているクルーはパイロットを含めて女性ばかりにしてもらっているので、気楽だ。
 
やがて飛行機は着陸態勢に入る。16:45, G650は調布飛行場に着陸した。氷川さんと一緒に、近くに駐機しているヘリコプターに乗り移る。ヘリコプターはすぐに離陸し、わずか10分で大宮市内のヘリポートに着陸。移動距離は30kmである。そこで待機していた★★レコードの加藤課長が運転する車で、私と政子と氷川さんは大宮アリーナに移動した。会場に到着したのは17時すぎであった。つまり那覇の会場から大宮の会場まで2時間半で移動したことになる。
 
丸花さんは最初「F15イーグル手配しようか?」と言ったのだが、遠慮させてもらった。あれは2度とごめんだ!!
 
今回の移動は結局、沖縄から東京まで2時間で移動できるのはできるのだが、そのあとの大宮までの移動が時間がかかりすぎるという問題だった。その移動にヘリを使うというのはすぐ案が出たのだが、羽田は発着が過密すぎてヘリが使いにくい。そこで調布を使うことにしたのである。
 
車はわざわざ会場の表に付けた。開場1時間前なので、結構なファンがもう並んでいる。私たちが手を振りながら会場に入っていくと、ファンたちが大いに沸いた。けっこうな人数と私たちは握手をした。
 

「17:08 ケイとマリ、大宮アリーナに姿現す」
という写真付きのツイートが流れると、ローズ+リリー・クラスターが騒然とする。
 
マリと一緒であること、そばにローズ+リリー担当の氷川さんが付いていたこと、ファンと握手したことから、間違いなく本人であるとされた。
 
「14:24 蘭子がバイクで沖縄なんくるエリアを出たのは確認済み」
 
これも写真付きのツイートが出回っている。
 
「14:28 蘭子が那覇空港ターミナルを走って保安検査場に行くのを見た」
というツイートもあった。写真が添付されていたものの、走っている所を写しているので、顔はよく分からない。ただ服がバイクに乗っている蘭子と同じなので、恐らく蘭子で間違いないと判定された。
 
「マリちゃんも午前中に那覇空港で目撃されている」
 
これも写真付きツイートが数件あった。マリがピースサインをして笑顔で写真に写っているものもあった。
 
「じゃきっと2人で一緒に飛行機に乗ったんだ!」
 
「その時間に蘭子が那覇空港に居たのなら、15:05のJALの前の14:55のANAに乗れた可能性がある」
「その場合、羽田到着は17:10」
「じゃ17:08にはまだ空中じゃん」
 
「分かった。飛んでいる飛行機から飛び降りて、ハングライダーで大宮まで行ったんだ」
「怪盗キッドかよ!?」
 
「ケイならやりかねんが、マリちゃんにはそれ無理だろ」
 
ファンが私とマリにどういうイメージを持っているかを垣間見た気がした。
 

マリと一緒に30分ほどのミニリハーサルをしてから簡単な軽食・飲み物を取り休憩する。そして19:00、私たちはこの日のステージに出て行った。
 
円形のセンターステージに既にスターキッズがスタンバイしており、開演のブザーが終わるのと同時に『Heart of Orpheus』の前奏が始まる。私たちは花道に登場して、歌いながらセンターステージに向かった。
 
花道の沿道の観客が手を振る。私たちはそれに手を振って答えながら歩いていく。私が先行してマリが後ろを歩き「決して振り向かない」ようにして、無事にセンターステージに2人ともたどりつく。
 
そしてセンターステージに着いた頃、曲は2番に入る。私たちは円形のステージをぐるりと一周まわりながら、この歌を歌い上げていく。曲は最後のサビに入る。
 
センターステージの中央に丸く50cmほど高くなっている所がある。私とマリは階段を上って、その上に行く。
 
終曲。拍手がある。その拍手の中、私たちはマイクに向かって声を出す。
 
「みなさん、こんばんは!ローズ+リリーです!」
 
2万人の大観衆が歓声と拍手をくれる。
 
「今年の夏はたくさんライブやるつもりだったんだけど、中止にしてごめんねー。代わりに今日1日は頑張って歌うからね」
 

今回のライブチケットは8月5日に発表して、当日から11日まで申し込みを受付けて抽選方式で販売した。2万枚の枠に10万枚の申し込みがあり、当選倍率は5倍であった。重複当選によるキャンセルを1度だけ受付け1000枚ほどキャンセルされたので期限までに入金の無かった分と合わせて追加当選を出した。なお、入場には本人・同伴者ともに顔写真付きの身分証明書(ローズ+リリーのファンクラブ会員証を含む)または申し込みに使用した携帯電話が必要として転売に歯止めを掛けている。
 
性転換した!などにより写真と本人が大きく異なる場合は、別途事前申請ということにしたが「性転換したので対応お願いします」あるいは「戸籍男性ですが通常女性として生活しているので」更には「一応男性ではあるのですが女装でよくイベントに参加しているので」という連絡が200件近くもあった。
 

今日のステージは円形で中央に50cm高い台があって、私とマリはそこで歌う。周囲に、スターキッズの面々が円形に取り囲んでいる。前面にドラムスの酒向さん、反対側にベースの鷹野さん、その間に片側にはギターの近藤さん、その反対側にキーボードの月丘さんが居て、サックスの七星さんは最初は近藤さんのそばに居たものの、ライブ中、結構ぐるぐるとステージを歩き回っていた。この5人も私たちと同様のかりゆし系衣装を着ている。ただし色が、私の赤系、マリの白系に対して、スターキッズは黄系である。
 
前半はリズミカルな曲を中心に演奏して行く。
 
7月のシングル『Heart of Orpheus』から『恋人たちの海』『時を戻せるなら』を演奏した後、客席最前列に座っていた2人の少女が立ち上がって、ステージに登る。少し観客がざわめいたが、その2人の少女、前田さん・佐藤さんがヴァイオリンを構えると、ざわめきが拍手に変わる。『幻の少女』を演奏する。この2人は、アスカの生徒の女子中生である。アスカが教えようという気になっただけあって無茶苦茶うまい。コンテストの度胸付けを兼ねて今回参加してくれた。
 
ふたりのヴァイオリンをフィーチャーして更に『愛のデュエット』『花の国』と演奏した。ふたりを紹介して、拍手をもらい、そこでふたりは花道から退場する。それと同時に、反対側の花道から近藤うさぎ・魚みちるの2人が入ってくる。私がMCをしている間に前田・佐藤は花道の出入口に到達して外に消える。それと同時くらいに、近藤・魚の2人がセンターステージに到着する。
 
2人は昔の宮廷衣装のようなふわっとスカート裾の広がる重厚な衣装を着ている。
 
『雪を割る鈴』を演奏する。サマフェスにも来た人にはお披露目済みだが、大半の観客は初めて聴く曲である。前半の緩と後半の急が対照的な曲であり、ダンサーのふたりはこの曲の途中で「鈴が割れる」と宮廷衣装を脱いで身軽なサラファンの姿になる。
 
曲の後半ではダンサー2人はサラファンのスカートの動きを巧みに取り入れた激しいダンスをする。この衣装をチェンジするアイデアは、楽曲とPVの完成後に思いついたものなので、ライブだけのものである。
 
MCに続いて『女神の丘』を演奏する。ダンサーのふたりはサラファンを脱ぐとその下に緋袴と千早の巫女装束を着ている。ふたりはこの衣装で、千葉市内の神社の巫女さん(つまり千里だ!)に指導してもらった巫女舞を舞う。この神秘的な舞に観客は手拍子も打たずに聴き惚れていた。
 
そして前半最後の曲は『影たちの夜』である。ダンサーの2人が巫女衣装を脱ぐと、蛍光レオタードを着ている。ステージの明かりが落ちて薄暗くなる。ダンサー2人の姿がその薄暗い中に浮かび上がり、私たちはこの記念碑的な作品を歌う。ステージ上空に近藤・魚ペアと同様の蛍光レオタードを着た多数のダンサーの姿が浮かび上がり、一緒に踊る。これはふたりのダンスを予め録画し作成しておいたホログラフィーである。この演出に会場が思わず沸く。そして熱狂の中、前半のステージは終了した。
 
会場の客電が点き、ローズ+リリー、スターキッズ、ダンサーが手を振って花道から退場した。
 

幕間には超サプライズ・ゲストでAYAが登場し、インディーズ時代のヒット曲、『ティンカーベル』とメジャーデビュー曲のc/w曲『スーパースター』、それに未発表曲の『Maze City』を歌った。最近歌謡番組などからも遠ざかり、ライブも行わず、楽曲も半年以上出していなかったAYAの登場には、物凄い歓声が上がっていた。
 
AYAといえば上島ファミリーの代表のようになっているが、上島先生がAYAに関わるようになったのは、メジャーデビュー以降でありインディーズ時代はロイヤル高島作詞・アキ北原作曲とクレジットされた歌を多く歌っていた。ロイヤル高島さんがAYAのデビュー直前に亡くなってしまったため、この2つの曲はロイヤル高島さん最後の作品とも言える。『ティンカーベル』はインディーズであるにもかかわらず32万枚売れ、『スーパースター』も上島先生の『三色スミレ』とのカップリングで出したCDがダウンロード販売も含めて45万枚も売れている。実はAYA初期の大ヒット曲なのである。
 
なおアキ北原という名前は、このAYAインディーズ時代の作曲者としてだけ見られるもので、他ではほとんど見ない。その正体については様々な憶測を呼んでいる。
 
なお今回歌った未発表曲『Maze City』について発売予定の問合せがレコード会社や事務所に殺到したが、どちらもノーコメントを貫いた。作詞作曲者についても問合せがあったが、これは「水森優美香作詞・戸奈甲斐作曲」と公表された。
 
水森優美香はAYAことゆみの本名だが、戸奈甲斐については誰なのか不明であった。
 
「これトナカイって読むの?」
「赤鼻のトナカイさん?」
「ワンピのチョッパー?」
「アナ雪のスヴェン?」
 
などとジョークのような書き込みはツイッターに見られたものの、正体については誰も想像が付かないようであった。
 

AYAの演奏が終わった後、ステージ中央の少し高くなっている所が開く。そこから振袖を着た、私とマリが登場する。実は会場に設営した花道の中が通れるようになっていて、そこから中央ステージまで行ったものである。
 
私たち2人に続いて、やはり振袖を着た女性が5人登場する。
 
『花の祈り』を演奏する。
 
三味線を持った従姉の千鳥(若山鶴鳥)・佳楽(若山鶴芳)の姉妹、和太鼓を持ったその姉妹の歌衣(若山鶴歌)、尺八を持った3人の母・清香(若山鶴声)、そして篠笛を持った千里である。
 
千里が民謡の名前を持っていないと聞くと、清香伯母は千里に「若山萌鴎」などという可愛い名前をあげてしまった。彼女が留萌出身と聞いて、留萌の萌の字を使ったのである。
 
「私、上納金とか払えないですけど」
と千里は言ったが
「ああ、要らない、要らない。冬子も払ってないし」
と伯母は言っていた。
 
その話を聞いた、絵の得意な義姉妹の麻央は《萌鴎》の可愛いイラストを描いてくれて、そのイラストをインクジェットプリンタで生地にプリントし、振袖を1枚作ってしまった。今日のステージで千里が着ているのは、その可愛い模様の振袖である。
 
私たちが振袖を着て、民謡楽器の伴奏なので、演歌でも始めたか?と戸惑った観客も中身は純然たるロックなので、結構楽しんでくれたようである。
 

拍手の鳴る中、従姉たちと清香伯母が花道を歩いて退場する。代わりにまたステージ中央から、アコスティックギターを持った近藤さん、ヴァイオリンを持った鷹野さん、ヴィオラを持った香月さん、チェロを抱えた宮本さん、ウッドベースを抱えた酒向さん、手ぶらの月丘さん、純金フルートを持った七星さんが出てくる。月丘さんがハープシコードの前に座る。更にもうひとり純金フルートを持った女性が出てくるが、これは千里の友人で「醍醐春海の一部」である水野麻里愛さんである。続いてヴァイオリンを持った松村さんが出てきた後、最後にギターを持った男性が出てくる。それが元クリッパーズの中村将春さんというのが認識されると歓声があがっていた。
 
後半の伴奏者の衣装は薔薇と百合の模様のドレス、または同じ模様のポロシャツと黒いズボンである。
 
そして先の曲が終わって拍手があり、それからスターキッズ&フレンズが順に登場してくる約2分ほどの間に、私とマリと千里は着付けの専門家(実はクロスロードの友人の浜田あきらと彼女の同僚の美容師さん5人)の手によって振袖を脱いでいた。千里は総銀のフルートを持つ(彼女は普段白銅のフルートを吹いているので、純金製を吹かせてみたものの「辛い」と言ったので今回は総銀にした)。
 
『花の女王』を演奏する。
 
ここからの後半アコスティックタイムではPAを使用しない。楽器の音だけでこの2万人収容の大会場に音を響かせる。そのために音量不足になりやすいギターは近藤さんと中村さんのツインギターにし、ヴァイオリンも鷹野さんと松村さんのダブルにしている。リズムキープはウッドベースを弾く酒向さんの役目で、中央の台を下げて平坦にした、ステージ中央に陣取って演奏する。他の伴奏者は酒向さんを取り囲んで円形になり、タイミングのずれを最小限にする。
 
そして私とマリはマイク無しの肉声で歌う。
 
観客も全員着席して、静かに聴いてくれる。
 
私とマリは会場の全方向に均等に顔を見せられるようにステージを歩いてまわりながら歌った。
 
この『花の女王』は元々のアレンジではヴァイオリンの三重奏なのだが、今回は七星さん・水野さん・千里の3人のフルートをフィーチャーしてフルート三重奏にしてみた。
 
ヴァイオリン三重奏だと「美しい花の女王」だが、フルート三重奏にすると「可愛い花の女王」という感じになった。
 
続けて『花園の君』を演奏する。これもヴァイオリン三重奏バージョンを元にフルート三重奏に改編してある。これもとても甘い香りのする『花園の君』になっていた。あとで、この2曲に関しては、こういうアレンジもいいですね、という意見が多数出ていた。
 

このアコスティック演奏で、更に『雪の恋人たち』『花模様』『君待つ朝』
と弾いていく。更に夢美に入ってもらって彼女の私物のバロックオルガンを使用して、『言葉は要らない』『アコスティック・ワールド』『天使に逢えたら』『夏の日の想い出』と演奏する。
 
そして前半にも出てもらった前田さん・佐藤さんにも入ってもらい、水野さんにはフルートをヴァイオリンに持ち替えてもらって、鷹野・松村の2人と合わせてヴァイオリン5重奏にして『時を戻せるなら』『あの夏の日』と演奏する。
 
ここで私はマイクを持って少し長めのMCをする。その間に楽器の変更をする。
 
PAが復活する。そして酒向さんのドラムスの音が響き、月丘さんもキーボードで和音を四分音符で弾く。
 
「それでは最後の曲です。『苗場行進曲』」
 
マーチのリズムに合わせて会場で手拍子が打たれる。
 
この会場に設けられている2つの花道から、2つの集団が各々音楽に合わせて行進して入ってくる。どちらも女子バスケットチームで、片方は薫率いる千葉ローキューツ、もうひとつは千里の友人の佐藤さんという人がキャプテンをしているジョイフルゴールドというチームである。関東実業団で女子1部に所属するチームらしい。
 
双方とも全員バスケットボールを持って行進してきたのだが、両者同時にセンターステージに着いた後、全員ボールを投げる。するとそのボールは相手チームの選手が全部受け取る。会場が思わず沸く。そして両チームのメンバーが出てきたのと反対側の花道から退場し終わったところで曲は終了した。
 
手拍子が拍手に変わる。私たちは深くお辞儀する。客席がステージを取り囲んでいるので、私とマリはステージを周りながら四方向でお辞儀をした。そして伴奏者はステージ中央の穴から退場する。私たちも再度四方に向かってお辞儀してから、穴の中に消えた。
 

拍手がアンコールを求める拍手に変わる。約1分経ったところで私とマリはまたステージに現れる。
 
スターキッズが穴から登場する。所定の位置につく。近藤・魚のペアがお玉を持って出てきて、私とマリにもお玉を渡す。
 
「アンコールありがとうございます。それでは1曲歌います。歌は?」
 
と客席にマイクを向けて訊く。
 
「ピンザンティン!」
 
という声が帰ってくる。それで前奏が始まると客席で早速お玉を振る姿が見られる。私たちもお玉を振りながら歌う。近藤・魚のペアがお玉を振りながら踊ってくれる。
 
「サラダを〜作ろう、ピンザンティン、素敵なサラダを」
「サラダを〜食べよう、ピンザンティン、美味しいサラダを」
 
元気いっぱいこの歌を歌い会場は最高の盛り上がりとなる。
 

終曲とともに盛大な拍手。私たちはまたステージをぐるりと回って、四方にお辞儀をする。スターキッズとダンサーが退場する。拍手はアンコールの拍手になっている。スタッフが花道の向こうからグランドピアノを運んで来る。それがセンターステージに到着し、ステージ中央に置かれキャスターを固定した所で、私はピアノの前に座る。やっと拍手が鳴り止む。マリはいつものように私の左側に立つ。
 
私のピアノ伴奏で、ふたりで『ずっとふたり』を歌う。
 
幸せな愛を歌った素直なラブソングだ。気負わず、束縛せず、相手を信じて、各々の意志で愛し合う。
 
ヤマハのコンサートグランドの音が2万人入った会場に響き渡る中、私とマリの声も大会場に響き渡る。
 
観客が静かに聴いてくれる中、歌は終曲を迎える。
 
最後のピアノの音が減衰して消えてしまった次の瞬間、会場は割れるような拍手となる。私は立ち上がり、マリと一緒にお辞儀する。また四方に向かってお辞儀した後、私たちは花道を通って手を振りながら退場した。
 
「これを持ちましてローズ+リリーの夏ライブを全て終了します」
と今日締めのアナウンスをしてくれたのは、何とAYAであった!
 

『雪月花』の制作は続いていた。
 
9月下旬、8番目に制作したのは『ムーンライト・トーク』である。この曲のPVには、今年の9月8日の中秋の名月を撮影したものを使用している。浴衣を着て、名月をバックに歌う私とマリの映像を入れている。お団子を山の形に盛ったりもしている(PVの最後ではお団子は無くなっている)。
 
この曲をまとめていく段階で私はミュージカル『南太平洋』の中の可愛い曲『ハッピートーク』をちょっと連想したので、あの映画の中でケーブル中尉と島の娘リアットがやっていたように、私と政子で《指遊び》もしている。指でリズムを取りながら《お話し》するのである。
 
音的には南国っぽくするのにスティールギターを入れている。これはローズクォーツのヤスに弾いてもらっている。またカスタネットの音を入れたが、これを打っているのはマリである。
 

「冬と指遊びしてたら、私、冬のおちんちんを指で弾(はじ)いて遊んでいた頃のこと思い出しちゃった」
と政子か言う。
 
「そういう発言は絶対放送中とかライブとかではしないでよね」
と私は釘を刺しておく。
 
「でもそれっていつ頃の話?」
と千里が訊く。
 
「大学1年生の頃」
と政子は答えたが
 
「それはあり得ない。だって冬は高校1年の時に性転換したんでしょ?大学の頃におちんちんが残っていた訳無い」
と千里。
 
「やはりそうだよね!」
と政子は千里の意見に大いに同意するように言った。
 
「やはりあの頃、私に見せてたおちんちんはフェイクだね?」
「ちがうよー。本物だよー」
「だって触っても大きくならなかったじゃん」
「タマ抜いてたら大きくならないよ」
「雨宮先生はタマ無くてもおちんちん大きくなるらしいよ」
「あの人は異常なんだよ」
「誤魔化さずに有り体に白状せい」
「ちょっとぉ!痛たたたた」
 
政子が私に馬乗りになって服を脱がせ始めたので、千里は
「私は遠慮して帰るね」
と言って帰ってしまう。
 
「こら〜、人んちに波風立てたまま帰るな!」
と私は千里に文句を言った。
 

10月に入ってから、その千里(醍醐春海)が書いてくれた『月を回って』の制作をする。この曲はアコスティック系の音作りをしてムーディーにまとめたが、千里が龍笛を吹いてくれた。千里の素晴らしい龍笛の音が今回のアルバムに入ることになったのだが、千里は高校生時代、地元のオーケストラで制作したCDやゴールデンシックスの前身DRKのCDでも龍笛を吹いているらしい。
 
その時も演奏に落雷の音が混入していたらしいが、今回もやはり演奏中に落雷が起きる。その音も当然音楽の一部と割り切って制作している。
 
「この歌詞は葵照子さん?」
「実はこの歌詞は私が書いたもの。でもクレジットは葵照子にして印税山分け」
と千里。
「マリ&ケイと同じような仕組みか」
 
「この詩がまるで本当に月を回って、月の裏側を見てきたかのようだよね」
と七星さんが言うと
 
「うん。本当に月を一回りしてきたんだよ」
などと千里は言う。
 
「千里のことばはどこまで信用していいのかよく分からん」
「私はケイみたいに嘘つきじゃないけど」
 
「目くそ鼻くそを笑うという気がする」
 
などと、なぜか出てきてファンから頂いたスコッチウィスキーをたしなむように飲んでいる小夜子が言って、政子が大いに同意していた。
 
「小夜子さん、ともかちゃんの手は離れました」
と千里は訊く。
 
「うん。今日は、あきらにふたりの世話を押しつけて出てきた。あきらはおっぱいも出るから便利。おかげでこうやってお酒も飲める」
「ああ、お酒飲んで授乳したら、赤ちゃんが酔っ払いますよね」
 
「子供は2人で打ち止めですか?」
「そろそろ次の子供作ろうかと思ってる」
「あきらさんって、女性ホルモンは飲んでないんですよね?」
「飲んではいない。でももう立たないよ」
「あらら」
「ともかにお乳あげてる時は幸せそうな母の顔って感じしてる。あれで精神的にもう完全に女になっちゃってるから、男性機能は自分で無意識の内に停めちゃったんだろうな」
「だったらどうやって子作りするんですか?
「人工授精するつもり」
「へー」
「じゃ、射精はするんですか?」
「そうそう。立たないまま逝っちゃうみたい。だから最近は私が男役になることが多い」
「ほほぉ」
「ドライで逝っちゃうこともあるけど、だいたいは出して果てるよ」
「じゃ、女役でも反応は男性型なのか」
「性転換手術を受けて女の身体になってても反応は男性型のままの人は多いらしいね」
「冬は女性型だよね。たぶん」
と政子が言うと
「男性として未発達のうちに性転換したからだよ」
と千里が言う。
「ああ、それはありえそう」
「だって冬って、幼稚園の頃から女性ホルモン飲んでたんでしょ?」
「ああ、やはりそう思う?」
「だって小学6年生であんなに立派なおっぱいがあったんだから」
と千里。
「だよねー」
 

私は話題を変えるのに小夜子に尋ねる。
「まだ出る内にあきらさんの精子冷凍保存しておかなくていい?」
「まあ精子が無くなったら本当に打ち止めだね」
と小夜子。
「ふむふむ」
「その時は眠り薬飲ませて性転換手術の手術台に乗せちゃう」
と小夜子は付け加える。
 
「ああ、それでいいでしょうね」
と政子は言う。
 
「本当は今でもすぐ性転換手術受けてもいいよ、とは言ってる。それならそれでもうこの先の子供は諦めるし。でも手術を勧めても何かぐだぐだ言ってるんだよね」
と小夜子。
 

10曲目に制作したのは麻美さんの回復・退院に喜んで政子が書いた詩に私が曲を付けた『神様ありがとう』である。ある意味で大ヒット曲『神様お願い』のお礼参りである。
 
私たちは実際、8月31日の大宮アリーナでのローズ+リリー・ライブを終えた翌日、ふたりで伊勢の神宮を訪れ、参拝したあとでこの曲をきれいにまとめた。どこの神様が願いを聴いてくれたのか分からないので、取り敢えず神様の代表にご挨拶をしておこうという趣旨だった。なお、更に千里のアドバイスで和歌山県の熊野三山も訪問した。
 
演奏は基本的にスターキッズの通常バージョンで行っている。こういう曲についてはシンプルに構成するのが良いと考えた。
 
曲のPVは、やはり『神様お願い』が震災絡みで多数の人に聴いてもらったことから、DASH村の所在地として有名な浪江町での撮影を敢行した。
 
町と撮影について交渉したら、町側が所有する最近の町内の様子のビデオなども提供してもらい、それも利用してこのPVを完成させた。最後に私とマリが浪江焼きそばを美味しそうに食べている所が映っているのはご愛敬である(美空も映っているように見えるのは、きっと気のせい)。
 
撮影は私と政子だけで行くと言ったのだが、スターキッズの5人も付き合ってくれた。念のため政子と七星さんには直前の妊娠検査をお願いして陰性であったのを確認して一緒に行った。撮影と録音は私の恋人である正望と、高校時代の同級生で義兄?の佐野君がやりたいと言って同行してくれたので彼らにやってもらった。佐野君は私の姉・萌依の夫の小山内和義の妹で、私の元同級生でもある小山内麻央の彼氏(実質的なフィアンセ)という、親族なのか何なのかいまいち微妙な関係である。
 
町側が指定してくれた、かなり放射線量の低い場所にあり復興準備のため電気が来ている小学校の体育館の中で演奏し、撮影は2時間ほどで終了して退去。退去時には移動に使用したハイエース(○○プロ所有の9人乗り)の洗浄をした上で、きちんとスクリーニング(放射能検査)を行った。放射能量は問題無いレベルだったが、念のためいちぱん外側の服と靴は所定の方法で廃棄することにした。
 
しかしこの映像はかなりの反響があったようである。撮影に使用した小学校の卒業生の人からもお便りを頂いた。
 

10月も下旬になってから11番目の曲『光る情熱』を制作した。
 
これも能登半島絡みで、キリコ祭りを見て書いた曲だが、『花の祈り』が能登半島なので、能登半島に偏りすぎるのをきらって、加藤課長の提案により、この曲のPVは青森市のねぶた祭りの映像を多数取り込んでいる。これも音源制作の前にPV撮影が先行した形になった。
 
実際の青森のねぶたを使用して、私とマリが「ハネト」の衣装を着て踊っているが、実はねぶた祭りの期間中に撮影したものではない。祭り中の撮影を地元の祭実行委員会に打診した所、やはり祭りの最中の撮影は不測の事態があった場合にまずいということになり、祭りが始まる前の7月末に、既に完成しているねぶたにリハーサルを兼ねて実際の祭りの参加予定者なども入ってもらい小学校の校庭で撮影した。実際の祭り囃子に合わせラッセーラーの声が響く中、私とマリが踊っているのを撮影しているし、七星さんほかスターキッズの面々が小型の「金魚ねぶた」を持っているシーンも映っている。「ななちゃん可愛い」と七星さんの浴衣姿は評判になっていた。
 
演奏も和楽器を多数使用している。祭りの囃子の雰囲気を出すのに大型の和太鼓を打楽器の専門家である福岡在住の伯母・若山鶴里(里美)に叩いてもらい、私が昔唐津で地元の祭り囃子の人から頂いた独特の横笛を千里に吹いてもらった。この部分の収録は私と千里と七星さんの3人で福岡に行き、福岡のスタジオで収録している。つまりこの曲は映像は青森で、音は福岡で作ったのである。むろん政子も付いてきて、しっかり博多ラーメンを食べていた(名代ラーメン亭で庶民的な価格のラーメンを8杯食べた所で七星さんがストップを掛けた)。
 
なおこの祭り囃子の笛は頂いた時、いつかこの笛を入れてCDを作ってねと言われていたものである。私が練習しなければならなかったのだが自信が無いので、和笛の専門家である千里に任せた。
 
この福岡で収録した音に東京のスタジオで近藤さんのギターと鷹野さんのベースを重ね、七星さんのフルートと月丘さんのマリンバを加えている。千里の和笛と七星さんの洋笛の共演はなかなか美しいことになった。今回は酒向さんは演奏お休みである。
 

10月の下旬、古い友人である鮎川ゆまが私のマンションを来訪した。彼女は私とはドリームボーイズのダンサー仲間であり、七星さんの音楽大学でのクラスメイトであり、雨宮先生の弟子であり、また青葉のサックスの先生である。
 
「冬、この曲を今作っているアルバムに入れてよ」
などと言う。
 
取り敢えず聴いてみたが、なかなか素敵な曲だ。
 
「これアルバムに入れるのもったいないです。次のシングルじゃだめですか?」
「いや、わざわざ制作時期を延長してまで作っているアルバム。絶対ミリオン行くよね?」
「そのくらい行かせたいですけど、こればかりはファンの方々次第なので」
 
「いや、私も南藤由梨奈の制作作業ずっとやってるけど、儲からないのよ」
「ああ、歌手が売れても、制作スタッフは潤いませんよね」
「私、お金欲しいからさ。ローズ+リリーのアルパムなら印税凄そうだもん」
 
「でも売れなかったらごめんなさいですよ」
「それは構わないよ」
 
そういう訳で、12番目には最初別の曲を予定していたのだが、鮎川ゆまが書いた『ファイト!白雪姫』という曲を制作することにした。
 

「だけど、ゆまさんっていつもこういう男っぽい服ですよね。髪も短いし。FTMとかじゃないんですよね?」
と政子がゆまに訊く。
 
「別に男になりたい訳じゃないよ。トイレも女子トイレしか使わないし。ちんちんくらいは時々付けるけどね」とゆま。
 
「ちんちんって、どうやって付けるんですか?」
「政子ちゃんになら、見せてあげようか?」
 
などと言って、ゆまはズボンと下に穿いてる男物のトランクスを脱いじゃう。
 
「すごーい! おちんちん付いてる!」
「女の子とセックスする時はあると便利だよ」
「ゆまさん、ビアンですか?」
「私はバイだよ。男の子とも寝るし」
「でも女の子とする時はタチなんだ?」
「もちろん。でもマリちゃん、ケイの使ってた付けおちんちんも触ってるでしょ?」
 
「やはり、ケイってこの手の付けおちんちん使ってたんですか?」
「そりゃそうだよ。私がドリームボーイズに参加した時、ケイは中学2年生だったけど、その時既におちんちんは無かったもん」
 
「凄い情報を知ってしまった!」
 

楽曲のコンセプトは最近はやりの「戦う白雪姫」である。ファイト!は戦うという意味と「頑張れ」という意味を掛けている。タンタラ・タンタラ・タンタラ・タンタラ・という鼓舞するようなベース音に合わせて、私とマリの歌が掛け合いで進行する。私の歌に合わせてビューグル(軍隊ラッパ)のファンファーレが鳴り、マリの歌に合わせて突撃の太鼓が鳴る。
 
このビューグルは海上自衛隊出身のローズクォーツのサトの友人で海上自衛隊の楽隊に居た人に吹いてもらったが、「かっこえー!」と近藤さんや鷹野さんが感心していた。太鼓の方はスタジオに来たついでにサトに打ってもらっている。
 
「結局俺もヤスもまたローズ+リリーのアルバムに参加することになったみたいだな」
とサトは笑っていた。サトとヤスはローズ+リリーの最初のアルバム『After 2 years』以来、毎回アルバム制作に何らかの形で関わっているのである。
 
PVの方は白雪姫の衣装を着けたマリが剣を持って、居並ぶ敵(氷川さんの依頼で、△△△大学のフェンシング部の人たちが出演してくれた)をなぎ倒していき、最後は魔法使いの衣装を着けた私を切り倒してしまうのである。私の首が飛んで地面に落ちるところ!?まで映っている。この撮影のためにマリはフェンシングのレッスンを一週間受けている。この首が飛ぶ所は実はサマフェスで使用してジュリアが2度も破壊した「ケイ人形」を補修して撮影した。元々首が取れているので、初心者のマリの一撃でも首を飛ばせる。でも自分の姿をした人形が破壊されるのは何か嫌だ!
 

13番目に制作したのは『花の里』という曲である。これは『ムーンライト・トーク』を書いた日の日中にローカル線に揺られていて書いた曲だが、後に換骨奪胎的な大改造を掛けている。
 
同じ「花」でも『花の祈り』の方は寂しい情景を歌った曲だが、こちらは優しい情景を歌ったものである。スターキッズのアコスティックバージョンを基本にして収録したが、アコスティック系の曲で「花」とタイトルに付く曲が随分増えたような気がするなと私は思った。
 
伊藤さん・桂城さん・松村さんのヴァイオリン、水野さん・千里と黒浜さんのフルート、更に七星さん・鮎川ゆま・私のサックスをフィーチャーしてソフトな音作りをした。(但し私は生サックスではなくEWIを吹いている)また政子が暇そうな顔をしていたので、オープニングとサビに含まれるピアノソロを弾かせた。
 
PVは私がこの曲を書いた唐津線の車窓風景を夏の間に撮影しておいたものを使用したので、旅情豊かなPVに仕上がり、あとで話を聞いたJR九州が同社のCFに使わせてくれと言ってきた。私と政子がおそろいの白いワンピースに麦わら帽子をかぶり、手をつないで田園を散歩する様子なども映っている。また、田園をバックに演奏するスターキッズも映っているが、これはどちらも小城町で夏の間に撮影したものである。
 

最後に制作したのは大いに話題を呼ぶことになった『Step by Step』という曲で、なんと作詞作曲は「水森優美香作詞・戸奈甲斐作曲」である。ゆみ自身が10月に私たちの所に楽曲を持ち込んできて、ぜひ歌って欲しいと言ったので収録することにした。
 
PVではインスタレーション作家・ 戸田敦美の監修で作った《永久階段》を登るゆみ自身の姿を映している。いわゆるペンローズの階段と呼ばれる図形である。本当は三次元空間上に実現できないものではあるが、映像上循環しているように見えるのは、実は上手なアングルから撮影しているのと、「つなぎめ」の位置が別の2個のセットが作られていて、両方での撮影画像をうまくミックスしているせいである。
 
登っても登っても階段はどこまでも続く。しかし終わりの無い階段を登るゆみは笑顔である。エッシャーの不思議図形のTシャツを着たスターキッズが永久階段をバックに演奏する姿を映した後、映像の後半では、私とマリ、ゆみの3人が永久階段を登っている。私はマリを追い、マリはゆみを追い、ゆみは私を追う。3人とも前を登る人を追いかけているが、永久階段なのでどこが先頭なのかは分からない。でも3人とも楽しそうに歌を歌いながら登っていく。
 
その3人の顔を並べて映したところで映像は終わる。
 
アルバムの配列上もこの曲を最後に置くことにした。結局アルバムの曲の配列はこのようにした。
 
1.『雪を割る鈴』2.『月下会話:ムーンライト・トーク』3.『花の祈り』
4.『可愛いあなた』5.『カオル』6.『眠れる愛』7.『白い虹』8.『光る情熱』
9.『神様ありがとう』10.『ファイト!白雪姫』11.『月を回って』12.『花の里』
13.『スティル・ストーム』14.『Step by Step』
 
先頭と最後の方とに「雪月花」の文字が2度並ぶ配列にしている。当初マリ&ケイの作品は10曲にする予定だったが、持ち込む人が増えたので8曲に留まっている。
 
English Version
1.Snow Break Bell 2.Moonlight Talk 3.Flower envy 4.How cute are you 5.Kaoru 6.Sleeping my Love 7.White Rainbow 8.Light of Passion 9.Thank Thee 10.Fight! Snowwhite 11.Around the moon 12.Flower Country 13.Still Storm 14.Step by Step
 
英語とスペイン語の歌詞を全てマリが書き、ネイティブの人にチェックしてもらった上で、自動翻訳による逆訳を示して原詩作者の承諾を得て、英語版・スペイン語版は11月下旬から12月上旬にかけて歌唱部分を一気に録音している。PVも歌が日本語のもの、英語のもの、スペイン語のものを制作している。
 
なお『雪を割る鈴』の衣装チェンジがやはり魅力的なので日本語歌唱のみにはなるが、8月31日大宮アリーナでの同曲ライブ映像を全ての言語版のDVDにもサービストラックとして追加した。
 
英語版・スペイン語版に関する作業を除く全ての作業が終了したのがもう11月下旬で、そのあと七星さんと麻布先生の指揮下でマスタリングが行われ、11月30日にマスター音源が完成した。そして発売日は、日本語版が12月10日、英語版・フランス語版は1月21日と告知された。
 
昨年は何とか費用を1億円未満に抑えたのだが、今年はPV撮影に多大な経費を使ったものがあり、制作費は軽く3億円を越えてしまった。
 
価格設定はCDのみの版が4000円(本体価格3703円)、CD+DVD版が6800円である。
 

「結局、AYAはどうするつもりなんですかね?」
 
私は11月下旬にAYAの元マネージャー高崎充子と偶然会ったので尋ねた。彼女は現在同じ事務所のLLLという女子中生3人のユニットを担当している。
 
「歌手を辞めるつもりはないと思うよ。少し休みたくなったんじゃないかなあと私は思っているんだけどね」
と彼女は言う。
 
「今年は休養期間ですか」
「充電期間というか」
「8月にmaze city(迷路の町)を歌って今回はstep by stepで少し立ち直ってきてるんじゃないか、とファンは言ってますね」
 
「まあローズ+リリーみたいに2年も3年も休むってことはないだろうけどね」
 
「でもこの業界は1年も休めば事実上引退したとみなされるから」
「あんたたちは逆に自分たちは引退しました、なんて公言してたね」
「というか、そもそも私たちはデビューしてなかったとみなされたし」
「結局、ケイもマリもどこの事務所とも契約したことはなかったし、蘭子も∴∴ミュージックと契約してないし」
 
「ローズ+リリーって、だから契約形態を見たら最初からずっとアマチュアなんですよ、実は。ローズクォーツとかKARIONはプロですけどね」
 
「年100億を稼いでいてもアマか。とんでもないアマだな」
 
「この業界の契約形態も変わりました。チェリーツインみたいに最初からずっとインディーズなんてユニットもあるし」
と私は言う。
「あの子たちはメジャーに行く必要がないし、行く意味も無い。テレビやラジオの番組とかに出るのも困難でふつうの形での広報活動も難しい」
「しゃべられないのではラジオ番組は不可能ですよね」
「少女Xと少女Yは絶対にメディアには露出しない方針みたいだからね」
 
チェリーツインはボーカルの星子・虹子は言語障碍のため歌えないので、ライブではセットに擬態したり、文楽の黒子のような衣装で顔まで隠している2人の女性が代理歌唱する。この2人がデビュー当時からずっと変わっていないのは確認されているが、彼女たちは名前も顔も出さない。ファンの間で「少女X」「少女Y」と呼ばれている。美空は彼女たちと知り合いのようだが!?
 
なお、星子・虹子はツイッターには結構書き込みをするのでフォロワーの数が凄い。お花と動物と童話が好きな、心優しき女性たちである。彼女たちは運転免許も持っているし、放送大学を卒業間近らしいし、外国童話の翻訳とかもしているし、しゃべることができないことを除けばふつうに日常生活ができる。器質的には問題無いらしく、あくまで知的なもので、療育手帳のBを持っている。Bは軽い障碍の人向けのものである。ふだんは親戚が経営している北海道の牧場で牛の世話をしたり、牛乳の配達をしたりしている。
 
「そういえば少女Yには男の娘疑惑がありますよね」
と私は言う。
「それ関係者に訊いても笑っているか誤魔化されるかで、よく分からん」
と充子。
 
チェリーツインは、しまうららさんや松原珠妃の事務所・ζζプロなのだが、ボーカル2人がデリケートな精神を持っているので、取材は拒否だし、情報も一切出ないようにコントロールしているようだ。珠妃に尋ねてみたものの社内でも実際問題として詳しいことを知っているのは、しまうららさんのみらしい。
 
「あの子たちとの古い知り合いらしい友人(美空)に訊いても『秘密』と言われたんです」
「XとYに関してはほんとに一切情報を出さない方針みたいね。ただね」
「はい?」
 
「XとYはもらった報酬の7割をある所に寄付しているらしい」
「福祉施設か何かですか?」
「そういうものではないみたい。宗教とかでもない。私に教えてくれた人もよくは知らないみたいだったけど」
 
「ゆみちゃん、メール送っても返事が無いんですけど、もし会ったら、私たちが一度食事でもしようと言ってたと伝えてください」
「OKOK」
 

「でもトナカイさんって誰なんですか?」
「今言ってたチェリーツインを一時期実質プロデュースしてた人なんだけどね」
「へー!」
 
「北原春鹿っていうんだよ。本名は。北の鹿だからトナカイ」
「そういうことですか!」
 
「アキ北原のお姉さんだよ」
「へー! それでAYAに関わってきたんですか。アキさんの方は今どうなさっているんですか?」
 
充子はテーブルを立つと窓の外を見ながら言った。
 
「亡くなったんだよ。AYAがデビューする直前に」
「そうだったんですか」
「あんた、醍醐春海さんとお友達なんだって?」
「あ、はい」
「彼女の方がアキさんのことはよく知っていると思うよ」
「え〜〜!?」
 
「アキさんが亡くなって、間もなくロイヤル高島さんも亡くなって。誰も引き受け手がいなくなって上島さんがプロデュースを引き受けてくれた」
「そんな中で2人辞めちゃうし」
「そうそう。あの時、自分はどうなるんだろうって不安でしょうがなかったと、ゆみちゃん言ってたよ」
「でしょうね」
「だから上島さんや雨宮さんには物凄く恩義を感じているみたい」
「雨宮先生も関わっているんですか?」
 
「上島さんって、実際問題として楽曲は書くけど、制作にはほとんど関わらないでしょ?」
「確かに!」
 
「AYAの実際の制作は毎回いろんな人が指揮してるよ。雨宮先生のお弟子さんもしばしば担ぎ出されている」
 
「あれ?トナカイさんも雨宮先生のお弟子さんですか?」
「妹のアキさんが雨宮先生の1番弟子だったんだよ」
「全然知らなかった!」
「お姉さんは別に雨宮さんとは関係無いんだけど、何かと引っ張り出される」
 
「雨宮先生って強引ですからね!」
「そうそう」
 

11月23日。
 
小学校の時からの友人である若葉がシングルマザーになった。彼女は極度の男性恐怖症で、男性の恋人を作ることはできない。しかし子供は欲しいと言って男性の友人から精子を提供してもらい、人工授精で子供を作ったのである。純粋にタネをもらうだけということで、認知も求めないことにしている。
 
「女の子だったのね」
「うん。なんか可愛い」
 
お見舞いに行った私たちにベッドに寝ている若葉は本当に嬉しそうな顔で言った。
 
「遺伝子上の父親さんには見せた?」
「見せてあげたよ。認知しようか?と言われたけど、私は最初からタネをもらっただけだからと言って断った」
 
「いや、父親さんとしても自分の遺伝子を引き継ぐこどもは可愛いと思う」
「何か関わりたがりそうにしてたから、誕生日のプレゼントくらいは受けてもいいと言った。匿名でね」
「ほほお」
「あと、私とセックスしたかったら、あと3回まではしてもいいと言ってチケット渡した」
「チケット制なのか!?」
 
「この子は予定通り冬葉(かずは)という名前でもう出生届出してもらったよ」
と若葉。
 
「何かその名前すごく気になるんですけどー」
と私は言う。
 
「男の子だったら女装させて育てようかと思ったのに残念」
「女の子なら男装させて育てるとかは?」
「私、男嫌いだもん」
「あ、そうか」
 
「でもこの子の遺伝子上の父親はスポーツマンだから、この子スポーツしたがるかもね」
「若葉もスポーツウーマンだもんね。陸上とかテニスとか水泳とかバスケとか色々してたよね」
 
「うん。何をするといっても応援してあげるよ」
 
「お相撲さんになりたいと言ったら?」
などと政子が訊くと
 
「うーん。本人がどうしてもなりたいのならいいんじゃない」
と若葉。
 
「いいの〜!?」
 
「女の子は入門させてくれないのでは?」
「その時はおちんちんでもくっつけて。おっぱいは元々お相撲さんはある人多いから構わないかな」
「そのおちんちんはどこから調達するの?」
「おちんちん要らない人はたくさんいるから、誰かから1本もらえば」
「ふむふむ」
 

「若葉ちゃん、お母さんになったのか。今度お見舞いに行ってこよう」
と私のマンションを訪問した千里は言った。
 
若葉は何度か私あるいは和実にくっついてくる形でクロスロードの集まりに出ているので、千里とも顔見知りである。
 
「若葉は男性恐怖症で男の子とつきあえないから、一時は本人も自分は子供を産めないだろうなと思ってたらしい。でも男性の友人に精子を提供してもらって妊娠できたんだよ。認知無し・恋愛無しの条件で」
と私は経過を説明する。
 
「子供作れないというと、雨宮先生は男の娘を妊娠させて出産させたことあるなんて言ってたね」
と政子が言うと
 
「私も子供作っちゃった」
と千里が言う。
 
「千里、まさか妊娠したの?」
と政子が訊く。
 
「もうすぐ4ヶ月目に入る。私が産む訳じゃないけどね。でもこれ桃香には内緒にしといて」
と千里は言った。
 
「千里は父親になるの?」
という政子の質問に対して、千里は微笑んで言う。
 
「私、その子とお母さんになってあげる約束したんだよ。もう7年も前だけど。やっと、あの子と会えるかと思うと、ちょっと嬉しい」
 
「千里、もしかして未来の自分の子供に出会った?」
「親子3人で何度か遊んだよ」
 
私は前々から思っていた疑問を出す。
「千里ってさ、時間通りに生きてないよね?」
 

千里はその質問には答えず唐突に別の話題を出す。
 
「アキ北原さんのことだけどね」
「うん」
「凄く優秀な人だったよ。音楽系の高校でしっかり鍛えられている。ピアノもヴァイオリンもうまかったし、歌が凄くうまかった」
 
「へー」
「でも大学はなぜか法学部に入った」
「ほうがくって、民謡とか雅楽とか?」
「そっちの邦楽じゃなくて、法律の法学」
「なぜ?」
「司法試験の短答式までは合格してる」
「随分方向転換したね」
「でも大学卒業した後は司法試験の勉強はせずにバンド活動始めた」
「分からん!」
 
「雨宮先生があいつは迷走人生だと言ってた。でも自分のこと言われてるみたいな気がするよ。迷走人生って」
 
と千里が言うと、私も少し心が痛む面がある。
 
「だけど雨宮先生って男の娘が好きだよね〜」
と千里は言った。
 
私は目をぱちくりさせた。
 
「まさかアキ北原さんって男の娘?」
 
「アキ北原さんの場合は女の息子さんに近いかな」
「FTMなの?」
「仮面男子だよ」
「ああ、そういうことか」
 
「プライベートでは女の格好していても、それを知り合いには一切見せない。男を装って社会生活を送っていたんだ」
 
「そういう人って多いみたいだよね」
と政子は千里が持って来てくれたお菓子を摘まみながら言う。
 
「たぶん人生迷走してたのも、性別問題のせいだと思う。でも亡くなるまで全然私はそのこと知らなくて、てっきり普通の男性かと思ってた。でも実は性転換手術までしてたんだよ」
と千里。
 
「そこまでしててもカムアウトしないんだ?」
と政子は言うが
「カムアウトすることで全てを失うから」
と私は言う。
 
「男として築いてきたものは全て失うだろうね」
と千里。
「女として築いていけばいいのに」
と政子。
「女とみなしてくれないんだよ。性転換して戸籍まで女に直しても、それでも強引に男とみなそうとする人は多いから」
と私。
「犯罪者か何かみたいな扱いする人もあるよね」
と千里。
 
「就職の面接でかなりきついこと言われたでしょ、千里」
と私は彼女を気遣って言った。
「気にしてたら生きていけないけど、さすがの私も怒りで眠れなかった日もある」
と千里は言う。相当ひどい侮辱を受けたのだろう。
 
「就活とかしないで、音楽家の専業になりなよ」
「1月くらいまで頑張ってダメだったらそうするかも」
 
「そうしなよ。もし収入が不安定なのなら、こちらから少し仕事回してもいいよ」
「ありがとう。私、友達に恵まれているなとよく思う」
 
「冬もお友達に恵まれているよね」
と政子が訊く。
 
「うん。そういう方面では私も冬も凄く恵まれていると思う。第1に理解してくれる友人が小さい頃から居た。私にしても冬にしても早い時期から女物の服を調達できた。そして早い時期から女性ホルモンを入手できた。そして16-17歳で性転換することができた」
と千里は言う。
 
「えーっと、私、女物の服とか調達できなかったし、女性ホルモンは高校卒業してから始めたし、性転換したのは19歳の時だけど」
と私は言ってみたが
 
「またそういう嘘をつくし」
と政子が言う。
 
「冬はお姉さんがいたからね。姉がいると女物の服は容易に入手できる。私の場合は叔母ちゃんがくれてたんだよ」
と千里。
 
「ほほぉ」
 
「冬は幼稚園の頃から女性ホルモン取ってたみたいだからパーフェクトだよね。私は女性ホルモンは中1の時からなんだよね。小学生の頃はエステミックスを飲んでたんだよ」
と千里。
「ああ、エステミックスは私も飲んでたけど、私は女性ホルモンは高校時代までは控えてたんだよね」
と私は言ったが
「それが嘘だということは、若葉ちゃんの証言で明らか」
と政子に言われる。
「う・・・・」
 
「私も冬も高校1年で性転換してるしね」
と千里は言ったが
 
「いや、蓮菜さんの話を聞くと、千里は小学4年生頃に性転換しているし、麻央ちゃんとかの話を聞くと、冬も小学2年生頃には性転換している」
と政子は言う。
 
千里はそれを明確には否定しないまま言った。
 
「要するに、私も冬も、実は男なのに女の身体を偽装していた時期と、実はもう女になっているのに、まだ男の身体であるかのように装っていた時期があるからね。それで友人の証言も曖昧になるんだよね」
 
「それ前半は同意だけど後半は違う」
と私は言ったのだが
 
「いや、千里の意見に賛成。結局、冬って生まれてすぐ性転換したんでしょ?」
と政子が言う。
 
「なんでそうなるの!?」
 
 
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【夏の日の想い出・雪月花】(2)