【夏の日の想い出・1羽の鳥が増える】(3)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-12-22
この日の朝、私は政子と一緒にマンションを出た。そして地下鉄の駅まで行き、手を振って別れる。政子は千葉方面行きに乗り、私は逆向きの渋谷方面行きに乗った。渋谷で東急東横線に乗り、菊名で横浜線に乗り換えて、横浜エリーナの最寄り駅で降りた。
楽屋で待っている内に、和泉、小風、そしてかなり経ってから美空が来る。4人でステージに出てみた。
「ずっと前さ」
と私は言った。
「いつかKARIONで横浜エリーナやる時は4人で並んで歌おうと言ったよね」
ところが和泉が
「そんなこと誰か言ったっけ?」
などという。
でも小風が
「高3の時、和泉がそう言った」
と言ってくれた。
「そっか」
「やっと4人で並べたね」
と小風が嬉しそうな顔で言う。
私たちはしばらく感慨にふけっていた。
「取り敢えず蘭子を殴るというのは?」
と小風。
「よし。私いちばーん」
と言って和泉が殴る。痛ーい。
「次、私」
と言って小風が殴る。
「ちょっと手加減してよー」
「5年分」
最後に美空が殴る。顎に決まって私は思わず転倒した。
公演は13:00開演なので、12:00に入口を開ける。身分証明書などの照合をしながら入場させるから、1万人を入れるのには時間が掛かる。
だいたいお客さんが8割くらい入ったところで、私たちはホール後ろ側の小部屋の窓から、客席を見た。ここはこちらの照明を落としていれば客席からこちらは見えない(客電は点いている)。
「凄いね」
「1万人って凄いボリュームだね」
「どうかした町の人口より多い」
「すごっ」
「うちの高校の生徒数で言うと40個分かな」
「高校40校分ってこと? 凄いね」
「よし。次は2万人ライブをやろう」
「いいね!」
ステージ脇に行く。緞帳は降りている。ちょうど楽屋からトラベリングベルズのメンバーとコーラスに入るVoice of Heart、そしてサポートミュージシャンさんたちが出てくる。今回のツアーで私の代わりにピアノを弾いてくれるのは美野里、ヴァイオリンを弾いてくれるのは夢美である。私が安心して歌に集中できるようにと名乗り出てくれた。
ちなみに美野里は「音大生でも弾けない」と言われた『雪うさぎたち』の間奏ピアノソロ(まるで3本の手で弾いているかのように聞こえる)を恐ろしいことに初見で弾いてしまった。またフルートのサポートには風花が入ってくれている。風花は音楽大学を出て4月から就職先が決まっていたのだが(ゲーム制作会社の音楽スタッフになる予定だった)、3月末で倒産した!と騒いでいたので「取り敢えず手伝って」と言って今回のツアーに引き込んだ。
グロッケンを弾くのは和泉たちの大学の時の友人で学内オーケストラでマリンバを打っていた敏(とし)さんである。今回のツアーは土日中心なので、仕事をしていても参加可能だが、何日か会社の都合で出て来られない日については、渡部グランドアーケストラのマリンバ奏者・千鶴さんにお願いすることにしていた(グランド・オーケストラのツアーは5月6日までなのでその後はこちらに参加可能)。彼女はKARIONのデビューキャンペーンの時にグロッケンを弾いてくれた人である。
ちょっと整理。
線香花火(e&a) 野乃干鶴子(Hr/Gl)・松川杏菜(Fl) 中高生オーケストラの人
ミルクチョコレート 千代子・久留美 KARIONの最初の音源制作のコーラス
Ozma Dream 珠里亜(G)・美来子(B) KARIONデビューキャンペーンのコーラス
その他のKARIONデビューキャンペーンの伴奏者
千鶴(Gl), 菊乃(Fl), 長丸穂津美(KB), 松村市花(Vn)
やがて1ベル、2ベルが鳴り、伴奏の音が鳴り始め緞帳が上がる。
観客は総立ちになって、大きな拍手と歓声が上がる。『春風の告白』の歌が始まる。そして緞帳が上がった時、観客がステージに並んでいるのを見たのは、左から、こかぜ・いづみ・みそら、の3人がマイクを持って歌っている姿であった。
ここに絶対、らんこも並んでいるだろうと多くの観客が思っていただけに歌の最中であるにも関わらず、大きなざわめきが起きた。
さて、KARIONのツアーでは毎回様々なテーマに沿ったセットを用意している。『恋愛貴族』を出した時は貴族の邸宅、『大宇宙』を出した時はロケットなどをフィーチャーしたセットだった。特に曲とは関係無く、鍾乳洞のセットにしたり、高層ビル街のセットを組んだこともあった。
今回のツアーではとにかく鐘である。舞台のあちこちに様々なサイズの鐘があふれている。空中にロープが渡され、まるで万国旗のように小さな鐘が沢山連なっているし、ドラムスセットが置かれている台の所にはたくさんの鐘の絵が描かれている。コーラスを担当するVoice of Heartの4人の後ろにはそれぞれ50-60cmの鐘がつり下げられていて、まるで光背のようである。
そして美空が歌っている(客席から見て)右側には道成寺のような鐘と鐘撞き棒が設置されている。
観客はざわめきながらも手拍子を打ってくれている。やがて『春風の告白』の歌が終わる。手拍子が拍手に変わる。その拍手が少し落ち着くのを待って和泉は「こんにちは!」と言った。
観客も「こんにちは!」と返すが、「らんこちゃん、いないの?」という声が掛かる。するとその声に応えるかのように和泉は、
「あれ?何か人数が足りない気がしない?」
と左右を見て言う。
「点呼取ってみよう」
と小風。
「よし。じゃ、小風から」と和泉が言うので
「1」と小風。
「2」と和泉。
「3」と美空。
そして「4」とどこからともなく声が。
「ちゃんと4人いるじゃん」
と和泉が言う。客席がざわめく。
「あれ? 声は4つ聞こえたけど、姿は3つしか見えない気がするよ」
と美空が言う。
「そうだっけ?」
「ね、その道成寺みたいな鐘が怪しくない?」
「よし、その鐘、撞いてみよう」
と小風は言うと、鐘撞き棒の所に行き、棒を大きく引くと「せーの」と言って鐘を撞いた。
ゴーンという大きな音と共に鐘が崩れ落ちて、中から蘭子の姿が現れる。(この鐘は提灯のような作りになっていて上から吊っている。その糸を切ると崩れ落ちる)
それとともに拍手と歓声が沸き起こる。
「らんこ、そんな所で何してんの?」と小風。
「ここで歌ってたよ」と私。
「隠れてないで、ちゃんとお客さんに見える所で歌いなよ」
「うん、そうする」
「恥ずかしがり屋にも限度があるよ」
「何か純情な女の子の心を傷つけたからその罰で隠れて歌えと言われた気がするんだけど」
「もう刑期終了だね」
というやりとりに客席から笑い声が起きる。縮んだ鐘と鐘撞き棒がスタッフにより片付けられる。
そして改めて4人で並ぶ。左から、こかぜ・いづみ・らんこ・みそらの順である。そして4人で一緒にあらためて「こんにちは。KARIONです!」と言った。
大きな拍手とともに「いずみーん」「みそっちー/みそりーん」、「かぜぼう/こかちゃーん」などというコールとともに「らんらーん」などというコールも聞こえてきて、私は胸が熱くなった。
和泉はふつうにMCをする。
「今日の公演にAYAちゃんから崎陽軒のシュウマイを4箱差し入れてもらったのですが、美空が3箱食べて、残りの1箱を小風・蘭子と私で分けて食べました」
すると小風が
「東日本大震災の直後に大阪で東北支援ライブやった時は、青島リンナさんから551の豚まん4個差し入れしてもらったけど、私と和泉・蘭子は半分ずつ食べて、美空が2個半食べたね」
と補足して、美空の食欲をよく知っている観客から爆笑が起きる。
しかしこれで2011年頃も私が和泉たちと一緒に行動していたことを明かしたことになった。この支援ライブは2011年3月17日にしたものだが、私は翌日は佐賀県の伊万里でローズクォーツのライブをやっていて九州に移動する途中大阪に寄りKARIONのライブに参加している。
しばらく話した後で「それでは最新シングルから『四つの鐘』を歌います」と言うと、大きな拍手が来る。
4人がそれぞれハンドベルを持つ。そしてそのベルを鳴らしながら声を出す。美空が「ドー」と歌い、小風が「ミー」と歌い、私が「ソー」と歌い、和泉が「ドー」と歌う。そして伴奏が始まり、4人で歌い出す。4人のハーモニーが美しく響く。1サビの所では逆に和泉→私→小風→美空の順で
「谷間にー」「幸せのー」「鐘がー」「響くー」
と声を出す。美空が「響く」を歌うまで、和泉も私も小風もプレス無しで声を伸ばしていて、美空の声が加わることで四和音が完成する。肺活量を要求する部分だが、これを無理なくできるのがKARIONである。
最後は敏さんのグロッケンの音が美しく響く中、私たちも四和音でスケール的に歌っていく。ドミソド→レファラレ→ミソシミ→ファラドファ→ファソシレ→ドミソド と美しく終止した。
大きな拍手とともに、4人のそれぞれの名前のコール。私たちはその歓声と拍手にしばし応えた。
その次は『ビートルズのように』を演奏するが、ここでは伴奏陣はお休みして、KARIONの4人で楽器を持った。
和泉がリードギター(Squire Stratocaster)、小風がリズムギター(Fujigen EOS-ASH/STR)、美空がベース(Fender JB62/FRD)、そして私はDAIに席を譲ってもらってドラムスを打つ。
ビートルズはベースのポールとリズムギターのジョンがメインボーカルなのでこの曲では小風がリードボーカルを務め、美空がサブボーカルとなり、私と和泉はふたりの声にハーモニーを付ける形で歌った。小風は普段はメゾソプラノ又はアルトのパートを歌っているが、合唱団などなら充分ソプラノを歌える程度まで高音が出る。CDでは普通にKARIONのいつものパート割で歌っているので、この「こかぜバージョン」は小風のファンにはちょっと嬉しいアレンジだったようである。
その後、楽器を置いてふつうにまた4人、マイクの所に並び、最新シングルの中の曲『時空を越える恋』『NEWS』を歌った。
その後、更に昨年秋に出したシングルの中から『雪のフーガ』を演奏するが、この曲の前奏と間奏にあるフルート三重奏は、サポートに入ってくれているフルート奏者の風花と私と、もうひとりは私の従姪で中学3年生の今田七美花に吹いてもらった。今日はシックな白いドレスを着ているし舞台度胸があるので、全然中学生には見えない(民謡の大会でもしばしば19歳くらいかと思われてしまうようである)。
彼女は槇原愛・篠崎マイの妹で、お母さんの友見より尺八が上手いが、フルートもひじょうに上手い。この当時は若山海音雀を名乗っていたが、ずっと後に「二代目・若山鶴乃」を襲名する子である。正直、槇原愛と篠崎マイが民謡の道に進まなかったのは、この妹がいたからではないかと私は思っている。*田*央を妹に持つ*田舞の気分だ。
七美花は4月頭から風花とも一緒にトラベリングベルズの練習に参加してもらっていたのだが、姉の篠崎マイのデビューの話は全然知らなかったといってびっくりしていた。
続いて『月に思う』を演奏する。この曲にはサックス三重奏が入っているのだが、これはSHINと私と七美花で吹いた。七美花はクラリネットやトロンボーンにトランペットも吹きこなす。管楽器は大好きと本人も言っている。中学では吹奏楽部に入っているが、中1の時に大会に出てトランペットソロを吹いたらプロじゃないかと疑われて審議されたなどというエピソードがある。
その後は五周年アルバムの曲を演奏する。
『天女の舞』『月虹』『恋のスカイダイビング』『僕の愛の全て』『君が欲しい』
と歌うが、『僕の愛の全て』に入るストリングセクションについては、和泉たちが出たM大学の弦楽部の有志(一部OB)で臨時編成した《カンパーナ・ダルキ》が演奏してくれた。ツアー全部に付き合ってくれるが、参加できるメンバーは日替わりで、人数は4〜6人になる見込みということだった。《カンパーナ・ダルキ》は「弦の鐘」というネーミングだが、直訳なら《弓の鐘》である。イタリア語では弦楽四重奏を《カルテット・ダルキ:弓の四重奏》という言い方をする。
前半の最後は『アメノウズメ』を元気よく歌った。この演奏では夢美がヴァイオリンを休んで美野里とふたりでキーボードを弾いた。ふたりとも上下2段左右で4台のキーボードを並べて演奏していた。またこの『アメノウズメ』では演出でレーザー光線がビュンビュン飛び回っていた。
ゲストコーナーに今回出演するのはAPAKという∴∴ミュージック所属のガールズバンドである。ギター・ベース・キーボード・ドラムスという基本構成の4人組。このツアー全部に付き合ってくれる。APAKが使用するドラムスは、セリで床からせり上がってくる。ついでにドラムス奏者のkyoも一緒にせり上がってくる。他の3人は上手から走り込んできて、元々置いてあった自分たちのギターとベースを使い、キーボードは夢美が使用していたものをそのまま借りて演奏を始めた。
私たちは彼女たちが演奏している間に下着から全部交換して後半用の衣装に着替えた。
「冬が、こうやって私たちと一緒に着替えていたの、これまでどのくらいあったかなと考えてみたんだけど、むしろ居なかった時の方が珍しいような気がしてきた」
と美空が言った。
「無理ーとか言っても、○○プロの丸花さんがきちんとお膳立てしてるんだもん。いつだったかは、本番前に雑誌社の取材があるから、ケイちゃん、ちょっと来てって中沢さん(丸花さんの腹心)に言われてタクシーに乗せられて、タクシー降りてみたらKARIONのライブ会場だったなんてこともあったし」
と私は笑いながら言う。
「○○プロといえば、南藤由梨奈は浦中副社長−前田部長、貝瀬日南は丸花社長−中沢部長のラインで管理することになったみたいね」
「うん。あそこは社内に会社が3つあるみたいなものだから。競合の可能性のあるタレントは別ラインに振り分ける。その手の《社内移籍》がしばしば起きる。花村唯香は津田先生−中家課長のラインだし」
「まあ同じラインで管理すると、どうしてもどちらかがメインになっちゃうだろうしね」
「ローズ+リリーはどういう管理になってるの?」
「基本的にはローズクォーツが浦中ライン、ローズ+リリーは丸花ライン」
「へー」
「ローズ+リリーは、元々ラインにまたがってたんだよね。マリは浦中系の大宮さんに見出されたんだけど」
「あ、大宮さんって、元々そういう縁があったんだ?」
「うん。それで私の方は最初津田先生の教室に通っていて、ポップス系のレッスンは丸花社長の勧めで受けていたし、篠田その歌と一緒に受けたオーディションで私を高く買ってくれたのは浦中系の前田さんだったし」
「ちょっと待て。そのオーディションって何だ?」
「あ、しまった」
「篠田その歌と一緒に冬ってオーディション受けたんだ?」
「まいっか。でも私は募集条件に年齢が達してなかったから辞退したんだよ」
「つ・ま・り、篠田その歌が即戦力と言われて合格したオーディションの本当の優勝者は冬だったと?」
「なぜ分かったの?」
「だいたい想像が付くよ」
「じゃ辞退してなかったら、中1でソロ歌手としてデビューしてた可能性もあったのか」
「ね、ね、オーディションなら当然水着審査も受けてるよね?」
「あははは」
「何か鋭く追求した方が良さそうな気がする」
「気にしないで!」
「だけど、私たちはいつも一緒に着替えているけど、メンバー全員個室ってユニットも結構あるらしいね」
「個室でなくても着替える時は各々カーテン付きの着替え用のスペースを使うとか」
「ああ、ドリームボーイズがそういう方式だったよ。あれは楽屋は全員ひとつ。ダンスチームも一緒にわいわいとやってた。着替える時に女性はカーテンの影で。男性陣は私たちが見ている前でも平気で着替えてた。私たちも気にしてなかったけど」
「あの人たちらしい」
「ワイルズ・オブ・ラブは全員個室らしいね。会場を選ぶ時に第一条件がメンバーの個室楽屋を確保できるかという問題」
「けっこう大変だ」
「ワンティスも全員個室だったみたい。人数多いからホントに大変だったって」
「個人主義のスリーピーマイスは同じ部屋を使うらしい」
「あの人たちは別に仲が悪いわけではないから。プライベートと仕事を切り分けるだけだからね」
「スリファーズは初期の頃は春奈だけ別だったんだけど、今は同じ楽屋にしてもらっているみたい」
「まあ性別問題で仕方無い」
「Rainbow Flute Bandsは楽屋4つ使うらしい」
「男の子2人とマイク、フェイに女の子3人だろうね。モニカは結成時に既に女の子の身体だったから、他の女の子と一緒で問題無い」
「結局、フェイの性別はよく分からない」
「フェイ本人も訊く度に違うこと言ってるよ、あれ」
「どうもメンバーも本当の所は分かってないみたい。たぶん知っているのは事務所の社長と町添さんくらいじゃないかな。加藤課長は知っていると言ってたけど、正しい性別を知っているかは怪しいと思う」
「ああ、加藤さんも割と鈍いタイプだもん」
何か美空が考えているっぽい。
「どうしたの?みーちゃん」
「いや、冬は最初から私たちと一緒に着替えていたけど、何も違和感が無かったなと思ってさ」
「緊張感が湧かないんだよね。テレビ局とかで楽屋に****ちゃんとか****ちゃんとか入ってくると、一瞬緊張が走る。向こうも緊張する感じがある。別に意識しているつもりは無いんだけどね。でも冬に関しては、最初から何も緊張感が無かったよね」
と小風は言う。
「だから、私、冬が男の娘だってのは冗談なのではって、最初の頃かなり考えていたよ」
「男の子の臭いもしないよね」
と美空。
「ああ、それも感じたことないな」
と小風。
「やはり高1の11月に会った時点で既に女の子の身体だったとしか思えん」
「全く同感」
と和泉まで言っている。
「私が冬に会ったのは中3の6月だけどね。その時点で何も緊張感は無かったね」
「コーラス部の大会だったんでしょ?」
「そうそう。他の部員の子にふつうに溶け込んでいた。あれ男の子が1人混じってたら、絶対何かの壁のようなものがあっても良かった気がするんだけどね」
「コーラス部っていつからやってたの?」
「えっと。中2の秋からかな」
「ってことは、それ以前に既に女の子の身体に・・・」
「いや、ほんとに手術受けたのは大学2年の時なんだけどなあ」
「それ絶対信じられない!」
と3人から言われた。
「だいたい手術の前と後で冬の雰囲気、全く変わらなかった気がする」
APAKの演奏終了とともに、いったん幕を下ろす。そしてその幕が上がると、ステージ上に4つの大きな鐘が並んでいる。開演の時は道成寺のような和鐘が1個置いてあったのだが、後半最初は洋鐘が4個である。
そしてDAIのドラムスが響き、HARUのベース、TAKAOのギターが鳴り出すと共に、その4つの鐘が縦に割れ、4人が飛び出してくる。左から、こかぜ・いづみ・らんこ・みそらである。そして『Earth, Wind, Water and Fire』を歌った。
この曲の間奏では、私たちは楽器を持つ。乙女座生まれの美空は大地を表すベース、天秤座生まれの私が風を表すウィンドシンセ(EWI 4000S)、蟹座生まれの小風が水を表すウォーターグラス、そして獅子座生まれの和泉は火を表すエレキギターを弾いた。
ウォーターグラスというのは、つまりグラスに水を入れて音階に並べたものをマレットで叩くのだが、この楽器の最大の問題は水が蒸発して音のピッチが変わる!ということである。それでだいたい音階にしておいた上で、後半が始まる直前にマネージャーで元歌手でもある花恋が自分の耳で聴いて水の量を再調整し、この演奏に使用した。
KARIONライブ後半はこれまでのヒット曲を中心に演奏した。
『星の海』『海を渡りて君の元へ』『金色のペンダント』『白猫のマンボ』
『水色のラブレター』『優視線』『遠くに居る君に』『スノーファンタジー』
『FUTAMATA大作戦』『あなたが遺した物』『ムックリモックリ』『鏡の中の私』
と続けるが、『優視線』『遠くに居る君に』『スノーファンタジー』に含まれるピアノの超絶プレイは美野里が難なく弾きこなす。『スノーファンタジー』にはヴァイオリンの超絶プレイも含まれるが、これも夢美が問題無く弾いてくれた。美野里の演奏は、わざわざグランドピアノの鍵盤をカメラで撮し、パックに投影したが、拍手が沸き上がっていた。
『スノーファンタジー』の後のMCで和泉が
「今日のピアニストは、らんこの後輩の古城美野里さんです。昨年**コンクールで優勝した方です」
と紹介すると、あらためて拍手が起きていた。
後でネットの反応を見たら
「やはりあの演奏は、そのクラスのトッププレイヤーにしか弾けないんだ!」
「これまでのライブは、いつも影のピアニストが居たのは確実」
「やはり蘭子がどこかに隠れて弾いてたんだろうな」
という意見であった。
また『ムックリモックリ』に入っている口琴は音源制作の時も演奏してくれた福留彰さんが演奏してくれた。福留さんがKARIONのライブに出てきたのは実に初めてである。和泉からひとこと求められた福留さんは
「いや、女の子ばかりのライブに、むさ苦しい男が出てきたらいかんだろうと思って遠慮してた」
などと言ったが、
「彰ちゃん、イケメンだよー!」
などという女子の観客からの声が掛かり、福留さんはちょっと照れていた。
『鏡の中の私』では再びウォーターグラスを小風が叩いたが、これも演奏直前に花恋が再調整している。なお、さすがにこれを打ちながらは歌えないので、この曲では小風のパートはVoice of Heartでメゾソプラノを歌っているキスちゃんが代理で歌った。
後半の最後は『雪うさぎたち』で締めた。この曲も間奏の超絶プレイのところで美野里の演奏に拍手が来ていた。凄い!という感じで首を振りながら聞いている人たちもいた。「みのちゃーん!」なんてコールまで掛かっていた。
いったん緞帳が降りて、アンコールの拍手で呼び戻される。
「アンコールありがとうございます。KARIONはデビューしてから6年と4ヶ月ほど経ちましたが、私たちも大学を卒業して、これがまた新たなスタートだと思っています。これからも私たち4人を応援してください」
和泉の言葉に拍手が起きる。
「とりあえずひとり一言ずつ。まず、こかぜ」
というで、ひとりずつ何かしゃべる。
「私、蘭子と家が近いから高校時代とかよく普段でも遭遇してたんですよねー。小学生の頃は、私も蘭子も★★アカデミーに通ってたけど、その時会った記憶は無いんだよね。でもKARIONの中で蘭子と一緒にお風呂に入ったことのあるのは私だけだな」
この小風のお風呂発言は後でけっこう物議を醸した。
「みそら」
「私歌うのも好きだし、御飯食べるのも好き。キャンペーンとかツアーで全国回ると、その地域の食べ物が食べられるのでほんとに嬉しい。このまま50年くらいKARIONやっていたいです」
これには客席から爆笑が起きていた。
「らんこ」
「震災の後、8月にKARIONで仙台公演した時、交通量の多い道の横断歩道でどうしても向こうに渡れずにいたおばあさんを助けて、小風が車の流れを止めて私がおばあさんの手を引いて、和泉と美空が荷物持ってあげて、それで向こう側に渡ったことがあったんですが、その時、そのおばあさんが、あなたたち息が合ってる。ずっと仲良くしていけると思うよ、なんて言ったんですよね。なんかジーンと来ました」
客席から拍手が来た。
「最後、いづみ」
と小風が言う。
「実は先日、蘭子のお母さんから蘭子の出生証明書のコピーを見せてもらったんですけどね」
私は苦笑する。それは先日の「若山冬鶴」のお披露目の時のネタだ。
「その出生証明書の《男女の別》の欄、女の方に○が付けてあったんですよ」
これには観客から「えーー!?」という声。
和泉はその観客の反応を無視するかのように
「それではアンコールにお応えして、私たちのデビューシングルの中の曲『鏡の国』を歌います」
と言う。私たちは後半のステージでずっと着ていたドレスを脱ぐ。すると、その下に私たちはお揃いのキャミソールを着ているが、そこに文字が書いてあった。
小風はKA、美空がAR、和泉がIO、私がONである。文字が KA-AR IO-ON の順に並ぶように私たちは並びを変える。思わず歓声があがる。そして走り込んできた、TAKAOのギター、HARUのベース、SHINのサックス、を伴奏に私たちは『鏡の国』
を歌った。
凄まじい手拍子。この横浜エリーナには12000人の観客が入っているが、まるで3万人か5万人くらいの観客から手拍子を打ってもらっているかのように大きな音がステージに聞こえてきた。
歌が終わり、手拍子が拍手に変わる。私たちは一緒に観客にお辞儀をするが拍手は鳴り止まない。伴奏陣全員とVoice of Heartも出てきて一緒に挨拶するがまだ拍手は鳴り止まない。
私たちは四人で一緒に
「みなさんありがとうございます。次は本当に最後の曲『Crystal Tunes』です」
と言った。
伴奏陣の中で、美野里と敏のふたりだけが残り、他は退場する。
そして美野里のグランドピアノ、敏のグロッケンシュピールの演奏だけで、私たちはこの美しいチューンを歌いあげた。
公演の後で、抽選で480人にだけサインを書いた(当選確率25分の1)。人前で4人でサインを書くのは2008年のデビューの年以来6年ぶりである。
新しいサインは「新4分割サイン」である。
基本的には『鏡の国』を歌った時のように分担する。最初に書く人が K と Aの途中まで書き、次の人が Aの続きとRを書く。3人目が I と O の途中まで書き、最後の人が O の途中からの続きと N を書く。つまり誰から書き始めたかにより4種類のサインができることになる。書く順序は小風・美空・和泉・私なので、例えば美空から書き始めたら、美空・和泉・私・小風の順に書くことになる。
なお書体が以前の「3分割サイン」とは異なるので、同じ文字の並びでも完成形の雰囲気はかなり違っている。
4人の前にそれぞれ列が出来て自分の所に並んでくれた人に名前を書いた紙を出してもらって、その名前で宛名を書く。日付だけは先にスタッフ(花恋)の手で書き込まれている。私は正直、自分の前に列ができるかなと少し不安だったのだが、ちゃんと4列とも同じくらいの長さになったのでホッとした。(和泉だけ少し長くて残り3人はだいたい同じ長さ)
新しいサインは3人しかいない時、2人しかいない時とかはどうするんですか?という質問があったので、3人ならKA/RI/ONと分担、2人なら KAR/ION と分担しますと回答した。つまりこれまでと同じである。
結果的に4人で書くサインが4種類、3人で書くサインがC(4,3)で4種類、2人で書くサインがC(4,2)で6種類、1人で書くサインが4通りで、合計18種類ということになり、頑張って集めるぞ!とコンプリートに燃える人たちもいたようである。
しかし和泉は
「でも実は過去に、私と小風と蘭子の3人でサインを書いたこともある。あれは2011年7月だった」
という発言をし、ネット上でそのサインの探索が行われたものの、出て来なかった。
この日、幕張のイベントホールで行われるローズ+リリーの公演は18:00開場、19:00開演である。一方、東京赤坂の火鳥ホールで行われるローズクォーツの公演は17:30開場・18:30開演である。
私は横浜エリーナを出た後、新幹線と特急《わかしお》を乗り継いで幕張に移動した。
18:30。ローズクォーツの公演が行われる東京都区内・火鳥ホールの幕が開き、レーザービームが飛び交う。ステージにはまだ照明が灯っていない。新曲『Back Flight』の前奏に続いて、暗闇の中にケイの姿が浮かび上がり、私が
「疲れたきった顔を、ふと上げて前を見た時」
「そこにあったのは、屈託の無いあなたの顔」
と歌い出した時、客席に大きなどよめきが起きた。
物凄い拍手が起き、続けて手拍子が打たれるが、客席の中には「信じられない」
という顔をしている人たちがたくさん居る。
私は完全に1番を歌ったのち、タカの華麗なギターソロが入る。そしてそこにOzma Dreamのジュリアとミキが左右の袖から出てきて、2番は3人で一緒に歌う形になった。ステージの照明は落ちたまま。ただタカ・サト・ヤス・マキの所だけ、ほんのりと弱いスポットライトで照らされている。そして、歌っている私とジュリア・ミキの3人は、同様に弱いスポットライトで各々の身体全体が照らされている。
歌が終わる。物凄い歓声と拍手。私はジュリアとミキを交互に見る。ふたりが頷き、《ジュリアとミキで》声を揃えて「こんばんは!ローズクォーツOMです」
と名乗りを上げた。
ローズクォーツOMというのは、OzMa dreamをフィーチャーしたローズクォーツという意味である。覆面の魔女をフィーチャーしたらローズクォーツFM、鈴鹿美里ならローズクォーツSMであった。ちなみに翌年はミルクチョコレートが代理ボーカルをしてくれたのだが、その年はローズクォーツCMと呼ばれた。あくまで M を付けろというのが「ローズクォーツ影のプロデューサー」Mariの指示で、私とマリをフィーチャーしたらローズクォーツKMである。
「ところでケイちゃん、ローズ+リリーの公演には行かなくて良かったの?向こうもそろそろ開演時刻じゃないの?」
とジュリアが尋ねる。
「ちゃんと出るよ」
と私は答える。
「だけど赤坂から幕張まで、どうやっても1時間は掛かるよ」
「大丈夫。私、もう幕張に居るから」
「え? だってここに居るのに?」
「ここには居ないよ。これってホログラフィーだもん」
と私が言うと「えー!?」という声や、激しいざわめき。
「ジュリア、ミキ、ちょっと私の傍に寄って」
と私が言うので、ふたりが寄ってくる。
「ほら、並んでみると分かる。私の身体、彼女たちより薄いでしょ?」
客席はざわめいている。
「ホログラフィーの技術も年々良くなっているんだけどね。今の技術ではこのくらいが限界。来年はもっと色が濃くなっているかもね」
「じゃ、ケイちゃん、ここに居ないのなら、これって録音?」
「身体は録画だけど声はリアル。私は幕張でこの会場のモニター見ながらしゃべっているんだよ」
リアルタイムでのホログラフィができないかと★★レコードの技術部に相談してみたのだが、現在の技術では、世界最高速のスーパーコンピュータでも処理が間に合わないと言われたので映像だけは録画にしたのである。
「なるほどー。歌は?」
「私の歌に合わせてサトがドラムスを打ってくれたんだよ」
「難しいことしてるね」
ちなみに私は歌っている最中はモニターの音を消して、自分用の伴奏音源をヘッドホンで聴きながら歌っていた。どうしても微妙なタイムラグが発生するので、赤坂側の音を聴いてしまうと自分の歌うタイミングが遅れてしまうからだ。つまり
私の伴奏音源→私の歌→回線→サトのドラムス(やや前乗り)→みんなの演奏、という形でタイミングが取られたのである。
サトが少し前乗りで打たないと、私の歌と他の伴奏者の音が合わなくなるが、そのあたりはサトの感覚で調整してくれた。Ozma Dreamは直接私の声をイヤホンで聴きながら歌ってくれた。
「分身の術をマスターできたらいいんだけどね。練習してみたけど無理だったよ」
「それ来年までに頑張って練習しよう」
とミキが言う。
「じゃ、私は消えるから、ジュリア、ミキ、後はよろしくー」
「うん。任せて」
とふたりが言ったので、私の姿は少しずつフェイドアウトして行き消えた。
ステージの照明が灯る。さっきの薄明かりでは分からなかったものの、クォーツのメンバーが学生服を着ているのが分かる。そしてタカはセーラー服を着ている!それが分かると、会場には明るい声が響いた。
「タカコちゃーん!」
なんてコールまで聞こえてきて、タカが照れていた。
「私たちもセーラー服着よう」
などと言って、Ozma Dreamも、そばに置かれていたセーラー服を着ちゃう。そしてローズクォーツとジュリア・ミキは『セーラー服とさくらんぼ』を演奏しはじめた。
私は微笑んでモニターのスイッチを切る。
「よし、行こう」
とそばでお腹をおさえて笑い転げていたマリに言う。
「キスして」
と言うので唇にキスする。
1ベルが鳴った。
「じゃ、行こうか」
ステージの脇まで行く。スターキッズがもう各々のポジションでスタンバイしている。私たちは彼らに挨拶してステージ中央の2本のマイクの前に立つ。
2ベルが鳴った。客電が落ちた(はず)。そして緞帳が上がるのと同時に酒向さんのドラムスが軽いリズムを打ち始め、私たちは『幻の少女』を歌い始めた。
昨年のツアーまではローズ+リリーの公演ではあまりセットらしいセットを組んでいなかったのだが、ローズ+リリーも新たなスタートということで、今回は薔薇と百合で舞台を埋め尽くした。本物の花を使うと、2時間のステージの間にしおれてしまうので、全て造花であるが、なかなか壮観である。
ステージ左側(客席から見て右側)にユリの花、ステージ右側(客席から見て左側)にバラの花を敷き詰めている。巨大な薔薇の花・百合の花の書き割りも幾つか立ててある。そして、私たちもステージ右側にケイ、左側にマリと並ぶ。
衣装はスターキッズやサポートミュージシャンは薔薇と百合をモチーフにしたポロシャツにズボンまたはロングスカート。そしてマリは大きな百合の花のポロシャツに白いユリのようなマーメイドスカート、ケイは大きな薔薇の花が描かれたポロシャツに赤いバラのようなティアードスカートを穿いている。
そして舞台後方には液晶モニターを横4・縦4の16台並べて積み、マルチビジョンにして、映像を表示する。
ここで流れるのは『幻の少女』のPVだが、テレビやyoutubeで流したものとは配役が違う。テレビ版では大林亮平が演じる青年と南藤由梨奈が演じる少女と出会うのだが、ここではケイ演じる女子大生がマリ演じる女子高生と出会い、一緒にヴァイオリンを弾くという映像になっている。使用しているヴァイオリンも、ケイが持つのは《Marilyn》、マリが持つのは《スーちゃん》というふたりの実際の愛用楽器である。この映像に対して少しざわめきが起きていた感じもあった。
■ケイとマリの使用ヴァイオリン
マリ イーちゃん(初代:小春に譲渡) アルちゃん(2代目:青葉に譲渡)、 スーちゃん(3代目:現役愛用楽器) ユキちゃん(電気ヴァイオリン)
ケイ Fairy(高岡に譲渡)、Highlander(高岡からもらう)、Pigma(珠妃のライブで破壊)、Flora(夢美に譲渡)、Rosmarin(アスカの小学生頃の愛器)、Marilyn(夢美からもらう:Rosmarinに似た楽器)、Snowgirl(政子に譲渡:ユキちゃん)、SnowRabbit(Snowgirlの後継に買った電気ヴァイオリン)、GreenWitch(プラスチック製)、Angela(グァルネリもどき)、Annet(グァルネリ系新作楽器)。
歌い終わってから、ふたりで一緒に挨拶する。
「こんばんは! ローズ+リリーです」
歓声と拍手が来る。
「ローズ+リリーが幕張で公演するのは初めてなのですが、私もマリもこのステージ自体は過去に経験済みだよね」
と私は語る。
「そうだっけ?」
とマリ。
「高校2年の6月のロックフェスタで、マリはここに立ってるでしょ?湘南トリコロールのバックで踊った」
「ああ、思い出した。でも何で知ってるの?」
「私はマリのことは何でも知ってるよ。ちなみにその日がローズ+リリーの初ライブの日でもあったね」
「うんうん。小さな野外ステージで歌ったね」
「観客さんは5人だったけどね」
へー、という感じの観客の反応。
「でもケイはいつこのステージに立ったの?」
「色々な人の伴奏とかダンサーとかで立ってるよ。もう10回くらいここに来てる」
「ふーん。でも私もケイのことは何でも知ってるよ」
「そう?」
「うん。ケイは生まれた時から女の子だったこともね。だってケイの出生証明書って、性別は女の方に○が付いてたんだよ」
観客がざわめく。
「あれは単なる間違い。では次の曲『愛のデュエット』」
またふたりの歌に合わせてPVが流れる。この曲のテレビ用スポットではハイライト・セブンスターズのヒロシと Rainbow Flute Bands のフェイが一緒に様々な楽器を演奏しているのだが、ここで流れるのは、マリとケイが一緒に遊園地の中で色々な楽器を演奏している映像である。ただしヒロシとフェイはマジに演奏しているが、私たちのは演奏しているふりだけである。
また実は撮影している遊園地も別の所だ。テレビ版はよみうりランドで撮影しているが、マリケイ版は西武ゆうえんちで撮影している。どちらも2月の休園日に撮影したものだが、後に「ライオンズ対ジャイアンツだ」と言われた。
そして3曲目が結構後で問題になったビデオである。テレビ版は、撮影に適した地を探した結果、長崎県佐世保市の烏帽子岳が良いのではということになったが、時間的な都合もあり、長崎ローカルの男女若手俳優さんに出演してもらい撮影を行った。自転車を置き、その傍で戯れる恋人の図である。
マリケイ版は、どこか東京近辺で撮影できそうな所がないかな、と言っていた時、レコード会社のスタッフで千葉市から通勤してきている人がこんなことを言った。
「私が自宅から駅まで行く時に毎日通っている道なんですが、以前幽霊でも出そうなボロ屋が建っていた所がきれいに整地されて木も伐って、市街地を見下ろせるように見晴らしが良くなった所がありましてね。それで喫茶店でも作るのかなと思ったら、小さな祠が建って、鳥居も建ったんですよ。へー神社を作ったんだ!と思って、折角だからお参りして額を見たら何とか姫神って書いてあったんですよ。女神様なら、あそこ使えませんかね?」
それで氷川さんが現地まで行ってみたところ、明るくてほんとに雰囲気が良い場所で、氷川さんもすっかり気に入ってしまう。問合せ先として千葉市内の神社が書いてあったので、連絡してみると、そこは富山県に住んでいる人が個人的に設置した神社で、管理だけそこでしているのだという。しかし神社から所有者に連絡してみたら、撮影はOKということだったので、そこで撮影することにした。
たまたま色々な用事で青葉を東京に呼び寄せていたので「青葉、ちょっと巫女服を着て手伝って」と言って政子と一緒に連れていく。私と政子は振袖を着た。
この時点で青葉は何の話なのか全く聞いていなかった。巫女服を着てなんて言われたので、霊関係の相談事かと思っていたという。
それで現地に着いて、ここでビデオの撮影をすると言うと青葉が驚いている様子。
「何か問題がある?」
「あの、いえ。実はここは私が建立した神社なので」
と青葉。
「えーーー!?」
「ちょっとこの神様に縁があって、どこか適当なお祀りする場所が無いかと探していたら、ここが見つかったもので。先月ここに御神体を入れたばかりなんですよ」
しかしそんな展開にも動じないのが氷川さんである。
「所有者がおられるなら、ちょうどいいですね。ご本人にここで舞でも舞ってもらって、その前でマリさん・ケイさんが歌えば最高の演出です」
などということで、私たちはその玉依姫神社の前で扇を持って巫女装束で舞う青葉をバックに、振袖姿で歌ったのである。実はマリ&ケイ+リーフの共演であり、またリーフが映像出演するのは初めてとなった。
結果的にテレビ版とは全く雰囲気の異なるビデオに仕上がった。コンサートの観客も、純日本風の雅な雰囲気に酔いしれていた感じであった。この日の演奏では、キーボードで箏の音なども入れて少し和風っぽい感じにまとめていた。
この撮影場所はどこですか?という問合せに、青葉は公開は構わないと言ったので、千葉市のどこどこと教えた所、聖地巡礼の人が結構来るようになっていた。お賽銭のコインが散乱するので、管理している神社では急遽お賽銭箱を設置した。
そして元々の歌詞が男女の睦み事を暗示する内容なので、ここは恋愛成就やカップルの円満に利くという噂が立ち始めるのである。
更に夏になるとここに狛犬代わり?に祠の左右に黒猫と白猫の招き猫(常滑焼)が設置されたのだが、祠に向かって左に居て右手を上げている黒猫はオス、右に居て左手を上げている白猫はメスだと言われ、オスの黒猫を拝むと男性の精力が増し、メスの白猫を拝むと女性の女らしさが増すという噂が立ち、更に女の子になりたい男の子は白猫を拝むと良いなどという噂まで立って、参拝客のバリエーションが増えることになる。
コンサートでは、その後、『時間の狭間』『Spell on You』『影たちの夜』
『キュピパラ・ペポリカ』『恋座流星群』『夜間飛行』『花の国』『疾走』と進み、前半最後は、お玉を振って『ピンザンティン』を歌った。
各々、その曲用に制作したビデオを背景に流した。(このビデオの制作費は全部で5000万円ほど掛かったが、DVDにして1枚4000円で今回のツアーの会場で売った所、10万枚売れて軽く制作費を回収できた:直販なので中間経費不要!)
ゲストコーナーはこのツアーでは毎日違うゲストを迎えることになっているが、この日は谷川海里ちゃんであった。昨年デビューした新人であるが、村田英雄の『王将』をテクノ風にアレンジした『OHSHO』がいきなり30万枚を売る大ヒットとなり、昨年は大忙しであった。
そもそも『谷川海里』というのは将棋の用語で、古い時代の棋譜記号である。現在は例えば右から3番目・上から7番目の升は3七と書くが、昔はこれを「いろは」で表していた。1一が「い」、1二が「ろ」、1三が「は」と表していき、いろはを使い果たすと漢数字を使用し、その後は花鳥風月とか春夏秋冬といった漢字を入れていく。そして、左端の上、9一から9四までのところが「谷」「川」「海」「里」という漢字に対応しているのである。
お父さんが将棋大好きでアマ六段の段位(事実上のアマ最高段位)も持っているという人なので、この芸名を考えたのだそうである。
ただ、そういう個性的な芸名でそれにピッタリの曲でデビューしてしまって、しかもそれがヒットしてしまった場合、問題は「次の曲」である。2匹目のドジョウを狙うのは確実に失敗する。実際『OHSHO』の次は、北島三郎の『歩』
をテクノアレンジして『HUH』という案が海里の実質的なプロデューサー役であるお父さんから提示されたものの、★★レコードの加藤課長は「それは絶対売れません」と言った。
それで2曲目はオリジナル曲で行くことになり、《バーチャルバンド》カトラーズの《中の人》である、進藤歩さんに新曲を書いてもらうことになり『Lancer』という曲が提供され、お菓子のCMにも使用されることが決まった。すると海里のお父さんは、作曲者の名前が《歩》だし、Lancer(槍騎兵)というのは香車のことでは?と勝手に解釈して受け入れてくれたのであった。
今日のステージではその新曲『Lancer』を含めて3曲を歌うが、彼女はゴールデンウィーク中、色々なアーティストのライブにゲスト出演して顔を売ることになっている。取り敢えず最初の曲がプラティナディスクになったことは忘れて今年はまた新人のつもりで頑張ろう、という営業方針に海里自身も「その方がしっくり来ます」と言っていた。昨年は夢を見ていたようなものと彼女は言う。
ただ、この業界では、こういう切り替えのできる人は少ないのである。ついつい何かがうまく行くと甘い夢を見がちだし、天狗になってしまう人もまた多い。
ステージ後半はアコスティックタイムである。
最初に『花園の君』をヴァイオリン六重奏をフィーチャーして演奏するが、第1ヴァイオリンは、アスカの生徒さんで私にとってはヴァイオリンの先生のひとりである鈴木真知子さんにお願いした。現在高校2年だが、私が中1の時、当時小学1年の真智子さんに私はヴァイオリンの模範演奏を見せてもらっていたのである。つまり小学1年の時点で既に物凄く上手かった訳で、彼女はこの『花園の君』の第1ヴァイオリンに指定されている超絶パート(雨宮先生のアレンジ)を1日練習しただけで美事に弾きこなした。
第2ヴァイオリン以下は、松村・鷹野・香月・宮本・七星というメンバーである。これに近藤さんのアコスティックギター、酒向さんのウッドベース、月丘さんのグランドピアノが入る。
この『花園の君』では、私と政子が実際にこの曲を書いた植物園でふたりが散歩している様子を収めたビデオが流れた。この曲を書いた時はコスモスが綺麗だったのだが、春に撮影したので、桜が7分咲の感じで明るい雰囲気だ。
そして2曲目は『花の女王』である。これはヴァイオリン三重奏なので、松村・鈴木・鷹野の3人で弾く。『花園の君』の第1ヴァイオリンは鈴木さんのレベルでないと弾けないが、『花の女王』の第1ヴァイオリンは昨年からずっと松村さんにお願いしているので、第1ヴァイオリンを交替するのである。七星さんはフルートに持ち替え、香月さんはトランペット、宮本さんはお休みである。
その後、松村・鈴木の2人に香月さんも退場して、ふつうのスターキッズ5人(近藤:Gt, 酒向:Wood-B, 月丘:Pf, 七星:Fl, 鷹野:Vn)の演奏で『あなたがいない部屋』、『雪の恋人たち』、『花模様』、『言葉は要らない』『坂道』
と演奏していく。『言葉は要らない』のパイプオルガン・パートは山森さんがエレクトーンで弾いてくれた。『あなたがいない部屋』と『坂道』の胡弓パートは昨年のアリーナツアーでも胡弓を弾いてくれた従姉の美耶にお願いした。このツアー全部に付き合ってくれる。
『雪の恋人たち』のビデオは2月にこの曲を書いた山形県の白湯温泉で実際に撮影してきてもらった映像に、ケイとマリのスタジオで撮影した映像を合成したものである。『花模様』は今回沖縄の植物園で撮影してきてもらった映像にやはり私たち2人を合成している。
その後、更に『君待つ朝』『A Young Maiden』『100時間』『夏の日の想い出』
『天使に逢えたら』『ネオン〜駆け巡る恋』『アコスティック・ワールド』
と演奏していくが、『夏の日の想い出』以下の4曲にはパイプオルガンをフィーチャーしているのでまた山森さんにお願いした。最後の『アコスティック・ワールド』は弦楽四重奏も入れているので、Vn:松村・鷹野、Vla:香月、Vc:宮本で演奏した。
『アコスティック・ワールド』でミラーボールも回して美しく終曲する。緞帳が降りる。アンコールの拍手で呼び戻される。そして緞帳が再び上がって物凄い拍手が起きる。
しかし・・・・
「アンコールありがとう!」
などとステージ中央で言っているのはローズ+リリーではない。観客たちの知らない女の子2人である。観客がざわめく。
しかし彼女たちは
「ではアンコールにお応えして『青い森の記憶』」
などと言って勝手にマイナスワン音源で歌い出す。観客は戸惑いながらも一応手拍子をしてくれる。このあたり、日本の観客はほんとに律儀だ!
1コーラス歌った所で、私とマリが出て行く。
「ちょっとちょっと、君たちは誰?」
と私が声を掛ける。
「私たちはゴールデンシックスだ。私がリーダーのカノンだ」
「私はサブリーダーのリノンだ」
「ゴールデンシックスって、2人しか居ないじゃん」
「私たちは1人で3人分の魅力があるからシックスだ」
「ついでにギャラも6等分して各々3人分ずつもらう」
「それ最初から2等分するのと同じじゃん!」
会場で笑いが起きる。
「私たちはローズ+リリーに挑戦するぞ」
「何挑戦するのさ?」
「カラオケ対決して私たちが勝ったら、この後のコンサートは私たちが主役だ」
「ほほぉ。何で戦うのさ?」
「ゆきみすずさんの『深窓』でどうだ?」
「いいよ」
それで唐突に得点板が出てくる。マイナスワン音源というかカラオケの音楽が流れる。それでカノンが1コーラス歌う。得点は80点と出た。一応拍手が来る。続けて私が歌う。得点は98点であった。
「くっそー。負けた! また挑戦するぞ」
「まあ、頑張ってね」
「では失礼する!」
と言って駆け足で退場する。観客は暖かい拍手で送り出した。
「ええ。失礼しました。それではローズ+リリーのアンコール曲『夜宴』」
拍手がある。伴奏陣が入ってくる。
エレキギター(リードギター):近藤、エレキギター(リズムギター):宮本、エレキベース:鷹野、ドラムス:酒向、キーボード:月丘、ウィンドシンセ:七星、トランペット:香月、エレクトーン:山森。これにヴァイオリンが鈴木・松村に美耶まで加わって三重奏になる。美耶は胡弓の名手だがヴァイオリンも上手い。
この賑やかな伴奏で私たちは『夜宴』を歌った。
そしていったん全員退場する。
アンコールの拍手で呼び戻される。私とマリだけが出て行く。アンコールの御礼を言う。そして私がグランドピアノの所に座り、マリはその左側に立つ。ミドドミ・ミドドミ・ファソファミレミという前奏に引き続き、私たちは『あの夏の日』を歌い出す。
伊豆のキャンプ場でこの曲を作ってから、7年弱。その間の色々な思いが胸に浮かぶ。
夢中で走っていた時もあったし、ローズ+リリーもこれで終わりかなと思った時もあった。マリのリハビリをしていた時期は長かった。もっともその期間もマリは詩だけはたくさん書いた。むしろこちらの作曲が追いつかなかった。でも2年前、やっとマリはステージに戻ってきた。
ファンサイトに書かれていたけど、確かにその後は私はローズ+リリーだけをやってきたような感じもある。そして大学を卒業して、これからまたスタート。いつまで売れるか分からないけど、求められている間はこんな感じでやっていきたい。まあ、売れなくなったらスタジオミュージシャンでもしながら趣味で歌い続けるのもいいかもね。
私の歌声に三度でマリの声が調和する。そのハーモニーが美しいままに曲は終わりに達する。
余韻が消えると同時に大きな拍手がある。私たちは立ち上がり、観客に向かって深くお辞儀をした。
公演終了後、私がローズクォーツの公演冒頭にホログラフィ出演したことが話題になっていた。
ローズ+リリーとローズクォーツの公演の時刻が30分ずれているのは、そのためだったのか! というので、ファンサイトは湧いた。それで、まだ売れ残っていたローズクォーツのチケットが翌日、南相馬以外、全部売り切れてしまった。大宮副社長がわざわざ私に電話をしてきて
「ケイちゃんのおかげだよ」
と言った。
2年前のホールツアーで散々売れ残りが出たのに、私が辞めることを公表した途端ローズクォーツのチケットが好調な売れ行きになったことを私が気にしていたので、フォローしてくれたようであった。
そしてファンの声。
「でもローズクォーツの最終日、5月11日の南相馬だけは30分差じゃないぞ」
「完全に時間がずれてるよな」
「最初から最後までホログラフィで出演するんだったりして」
「初音ミクのライブみたいな感じか?」
とローズクォーツの南相馬のライブに関してはファンサイトも予測がつかない感じであった。
「ところで南相馬って放射能大丈夫なの?」
「ライブは屋内だから平気だろ」
「だったら俺行ってみようかな・・・」
そんな声が出始めて、結局最後残っていた南相馬のライブも4月30日までには全部売れてしまった。ローズクォーツのツアーでの初の全公演ソールドアウトであった。
「冬、ローズクォーツの公演のホログラフィ出演はギャラ幾らもらうの?」
と政子に訊かれた。
「タダ。あれは友情出演扱い」
「KARIONの公演にこっそり出ていたのは?」
「あれもギャラ無し。それで打ち上げの費用を私が持ってた。今回5年半ぶりにギャラをもらう」
「それって参加する度に赤字だったのでは?」
「まあ表に出てないお詫びということで」
「美空がいる打ち上げ費用は恐ろしい気がする」
「マリちゃんで慣れてるから平気」
と言って私は政子にキスをした。
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【夏の日の想い出・1羽の鳥が増える】(3)