【夏の日の想い出・1羽の鳥が増える】(2)

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「でも性別が曖昧というと、今日のこのメンツもですよね」
などと青葉は言っちゃう。
 
「ん?」
「まあ上島先生以外は怪しいかな」
と私も言う。
 
「いや、雷ちゃんも結構怪しいと私は思ってた」
と雨宮先生。
 
上島先生は苦笑している。
 
「でも君も怪しいの?」
と雨宮先生が青葉に訊く。
 
「そうですね。私も冬子さんと同じで生まれた時は男の子だったので」
 
「えーーーー!?」
と上島先生・雨宮先生。
 
「でも1年半前に手術を受けて女の子になりました」
「凄い」
「手術済みか」
 
「最近、若い内に手術しちゃう子が多いわね」
と雨宮先生。
 
「まあ20歳まで待てというのが酷ではある」
と上島先生も言う。
 
「小学3-4年生でやっちゃうのが理想的ですけどね」
と私は正直な気持ちを言う。
 
「ケイちゃんは小学3年生くらいで性転換したんだっけ?」
「してませんよー。手術したのは19歳の時です」
 

「あぁあ。私もいっそ性転換しちゃおうかしら」
と雨宮先生が言ったが、
 
青葉が
「やめた方がいいです。後悔しますよ」
と言う。
 
「どうして?」と雨宮先生。
「雨宮さんは心は男性だから」と青葉。
 
「あんた凄いね。私みたいにしてると、みんな女になりたいんだろうと思う人多いのに」
 
「雨宮さんは女性の格好をするのが好きなだけであって、女になりたい訳ではないと思います」
と青葉。
 
「その見分けが付くのが凄い」
 
「でも雨宮さん、性器の調子が悪いようですね」
「これ実はもう2年くらい立たない」
「ヒーリングしていいですか?」
 
「回復させられる?」
「今ならまだ行けますよ」
 

さすがにここでは出来ないので、4人で雨宮先生の御自宅に移動した。
 
タックを外し、裸になってベッドに横になり毛布をかぶってもらう。そして青葉は「失礼します」と言い、毛布の中に手を入れて直接性器に触っている模様。
 
「ね。何か気持ちいいんだけど」
「気持ちよくなるようにしてますから」
と青葉。
 
「青葉、性器のヒーリングなんてのもするんだ?」
「そういう依頼自体が少ないですから、あまり多数はやってませんけど、男女合わせて20回くらい経験あります」
 
「凄い」
 
「ね、凄く逝ってしまいたい気分なんだけど」
と雨宮先生は言うが
「まだ無理ですよ」
と青葉。
 
「あと30分くらい待って下さい」
「あと30分もこのまま生殺し?」
「仕方無いです。この部分を治さないと射精できないはずです」
と言って青葉はどうも、体内のメカニズムそのものを治療しているようだ。
 
「射精って、精子無いのでは?」
と上島先生は言うが
 
「精子が無くても射精機能はあるし、射精すると何も出なくても逝った感があるんです」
と青葉は言う。
 

青葉のヒーリングは本当に30分ほど続いた。その間、ずっと辛そうにしていた雨宮先生は最後に、どっと脱力して、放心状態になった。
 
私も上島先生も青葉も少しベッドから離れて放置してあげる。
 
「あはは、2年ぶりに立ったし、逝けたの3年ぶりくらい」
と雨宮先生は5分ほど経ってから言った。
 
「よかったですね」
と青葉。
「一度ちゃんと逝けたから、次からはもう少し簡単に逝けますよ。毎日寝る前に試してみてください」
 
「よし、また誰かナンパしてみよう」
「女の子とやる前に少し自分で練習した方がいいですよ」
「そうか。じゃ1ヶ月くらい頑張ってみてからにするか」
 
しかし、ヒーリングなどせずに、使えないままだった方が世の中のためになったんじゃないか?と私は一瞬思ってしまった。
 

青葉を連れて自宅に戻り、政子と一緒に夕食を食べながら今日の高岡さんの家での話をしていたら、唐突に政子が言い出した。
 
「あれ、そういえば私も自分で作詞してないのに、作詞印税もらってる作品ある」
「私と政子が作った作品は、全部マリ&ケイにすると約束したからね。だから、私が作詞までした作品も、政子が作曲までした作品も、全部マリ&ケイにして印税山分け」
 
「いいんだっけ?」
「多分あいこくらいだしね」
 
「何か有名な作品でそういうのあるんですか?」
と青葉が訊いたが
 
「それは青葉は自分で分かるはず」
と投げ返す。
 
「そうですね・・・『美味しい食事』は冬子さんの作品じゃない気がする」
「あれはマリ作詞作曲」
「そうか。『神様お願い』もそうでしたね」
「政子は物凄く感動すると、メロディーまで思いついてしまうことがあるんだよ」
 
「なるほど。『渡り廊下の君』は逆に作詞が政子さんじゃない気がします」
「あれはケイ作詞作曲」
 
「『恋座流星群』は作曲が冬子さんではないというのは以前聞きましたけど、後で考えていて、作詞も政子さんではない気がするんですけど」
 
「あれはね。ケイ作詞・いづみ作曲なのさ」
「そうだったのか!」
 
「え?あれ冬が作曲までしたんじゃなかったの?」
と政子が訊く。
 
「そうそう。あの時期、豊胸手術を受けた直後で、痛くてまともに曲が書けなかったんだよ」
と私。
 
「それでも印税は冬と私で山分け?」
「あれはマリと和泉で山分けするようになってる」
 
「そうだったんだ! でも私、作詞してないのに」
「だから、ふたりで山分けする約束」
「ケイが受け取ってないじゃん」
「だって作曲してくれた和泉には印税渡さなきゃ」
「私もらってもいいの?」
 
「まあ実際、私が受け取るのも政子が受け取るのも同じことだけどね。私たち夫婦なんだし」
「まあ、それはそうだね」
 
青葉が微笑んでいた。
 

「だけど、その豊胸手術って、実は胸が結構あることを誤魔化すためだったりして」
などと唐突に政子は言った。
 
「まさか」
と私は否定するが、
 
「和泉ちゃんは口が硬いんだよね。若葉も口が硬いんだよね。でも最近美空からけっこう色々聞き出してるのよね」
 
「あははは」
「こないだEliseさんが持ってた写真集から、冬が小学6年の時に既にBカップのバストがあったことは分かった」
 
「そんなに無かったよ。あれは上手な人が上げ底してくれたんだよ」
「じゃ、本当はどのくらいあったのさ?」
「うーん。。。。AAAカップくらいかな」
「男の子の胸がAAAあること自体が有り得ない。特に冬って細いのに」
「えっと・・・」
 
「美空の証言だと、高2の夏、私たちがローズ+リリーとしてデビューする直前頃、Cカップより大きかったというから、もしかしてDカップ」
 
「それは何かの間違い。上げ底してCカップ行ってない」
「つまり、小学6年から高校2年までの間に上げ底した状態でBからCに成長しているということは、実胸もAAからBに成長しているということで」
 
「ちょっと待って。それ絶対計算がおかしい」
 
青葉はおかしくてたまらないという感じで笑っている。
 

3月18日。ローズ+リリーの『Flower Garden』の英語版・スペイン語版CDが北米・南米・オセアニア・ヨーロッパで同時発売された。また世界的な大手ダウンロードストアのgSongs storeおよび、★★チャンネルでもダウンロード可能になった。
 
それでこの英語版・スペイン語版をわざわざ日本でもダウンロードするファンが結構発生していた。主な国では私が振袖を着て箏を弾きマリが篠笛を吹いている純和風のテレビスポットも流されて、結構興味を持ってもらえたようである。アメリカやヨーロッパではgSongs storeから日本語版をダウンロードする人も結構出た。
 
このローズ+リリー初の海外版であるが、最初は英語版を公開して、様子を見てスペイン語版をと言っていたのだが、gSongs および、FMIレコード側から、営業の効率化のためにはむしろ一緒に発売したいという要望があり、結局同時発売となったものである。
 
ところでこれを公開するにあたって、ちょっと揉め事があった。
 
英語版は Rose+Lily『Flower Garden』、スペイン語版は Rosa+Azucena『Jardin de Flores』というタイトルで発売することにしたのだが、gSongsのアルゼンチン支店から
「Rosa+Azecena というのは、もしかして Rosa mas Azucena ではないのか?このアーティストは詐欺の疑いがある」
 
という注意が入ったのである。
 
実はローズ+リリーの『恋座流星群』の「海賊版」が2010年9月にgSongsのアルゼンチン支店に Rosa mas Azucena『Amords』のタイトルで「誰か」により登録され、★★レコードの著作権管理部門が気付くまで、日本やアジアで合計23万件もダウンロードされた事件があった。
 
アルゼンチン支店の担当者がその時の騒ぎを覚えていて、また詐欺ではないかと注意したのであった。それで★★レコードの町添部長が直接gSongsのアルゼンチン支店の販売部長さんに電話して、前回のは海賊版だったが、今回は間違い無く本人の公式なアルバムの登録であることを説明して、了承された。
 

私がローズ+リリーとKARIONを掛け持ちしていたことを「08年組」の中で最後まで知らなかったのが、AYAのゆみと、スリーピーマイスのレイシーである。
 
レイシーは
「びっくりしたー。よく掛け持ちできてたね!と言ったらさ、エルシーもティリーも『あれ?知らなかったの?』と言うんだよ。ひどーい。教えてくれてもいいのに」
 
エルシーは元々KARIONの音源制作に頻繁に関わっているので、当然私のことは最初から知っていた。ティリーはXANFUSの制作に関わっているので、昨年XANFUSの五周年アルバムを制作した時に、私が和泉たちと一緒にKARIONとしてXANFUSの制作現場に行った時に知って驚愕していた。
 
しかしスリーピーマイスはそもそもライブをやる時以外は各自勝手にバラバラで行動しているので、情報の流通も悪いようである。最近は各々が他のユニットの制作などにも関わっているため、スリーピーマイス自身の音源制作の時もお互い滅多に顔を合わせないらしい。だいたいエルシーが曲を書いたのにティリーが詩を付けて、それをレイシーが編曲するが、全部メールでのやりとりである。それでレイシーが打ち込みで(仮の)伴奏音源を作るので、各自スケジュールが空いた時に勝手にスタジオに入って自分のボーカルパートと伴奏パートを録音するらしい。
 
「でも個人主義がスリーピーマイスの特徴だし」
「うん。お互いに他の子のスケジュールとか全然知らないもん。だいたい私、エルシーとティリーの携帯番号がアドレス帳に入ってない」
「ツイッターでもお互い全然フォローしてませんね」
「うん。フォローしてるのはリデルだけ」
 
これはスリーピーマイスの結成の時以来お互いにそういう状態らしく、3人全員に唯一人連絡を取れるのは、エルシーとティリーを古くから知っているリデルのみで、現在リデルは実質スリーピーマイスのマネージャー役になっている。むろん3人は仲が悪いわけではなく、しばしば一緒にお茶を飲んだりケーキを食べに行ったりもしている。単に私生活に干渉されたくないだけだという。
 

AYAのゆみも知った時「うっそー」と思ったという。
 
「そういえば、ローズ+リリーが休業中だった頃も、考えてみるとケイとマリの様子とかの情報は主として、いづみちゃんがラジオ番組でしゃべったりして流れていたんだよ」
 
「うふふ」
 
彼女と会って話したのは2月下旬であった。
 
「KARIONのライブでKARIONが未発表のローズ+リリーの歌を歌ったりしていたし、ゲストでローズ+リリーが出てきたこともあったし」
 
「和泉たちにマリのリハビリに協力してもらったんだよ。元々和泉とマリは詩人としてのライバル心が強烈だから、和泉としては自分のライバルに復活してもらわないと張り合いが無いという気持ちがあったしね」
 
「だからマリちゃんが復活してから水沢歌月の情報を小出しに出し始めたのか」
 
「うん。そういうこと。だからKARIONの4人目がケイということに自分は2012年初め頃に気付いたとか書いてた人もいたね。2011年12月に出した『星の海』で水沢歌月がEWI 4000Sを吹いたことを明記したけど、私はスイート・ヴァニラズのイベントでEWI 4000Sを吹いたことがあったから」
 
「あ。それはログで見た気がする。でもKARIONのファンサイトとローズ+リリーのファンサイトが共同で蘭子=ケイの行動をチェックしていたけど、あれまるで『時間の狭間』みたい。巧妙に双方の出番を掛け持ちしているよね。KARIONとローズクォーツあるいはローズ+リリーのライブの時間差が絶妙。そもそも両方のライブの日時を最初からまとめて計画してるとしか思えん。交通費は無茶苦茶かかっているみたいだけど」
 
「私、2008年はANAのブロンズメンバーだったけど、翌年からは毎年ダイヤモンドメンバーになっている」
「ああ、そのくらい使ってるだろうね」
「新幹線代も年間200万超えてるから、新幹線にもマイルが欲しい。レンタカー代も凄いよ。でも移動時間は私の主たる創作の現場だよ。車運転している時はICレコーダに歌って吹き込んでおく」
 
「なるほどー。でも例の名古屋から金沢に1時間で移動したというのは、どうやったの? きっと東海北陸自動車道をハーレーダビッドソンでぶっ飛ばしたんだとかファンサイトでは言ってたけど」
 
名古屋−金沢間は東海北陸道経由で230kmなのでハーレーで200km/hで走れば確かに1時間10分で到着する計算は成り立つ。バイクを使えば一車線区間も問題にならないというのがミソだ。東海北陸道はオービスも少ない。
 
「それはさすがに逮捕される。そもそも私、大型バイクの免許持ってないし。あれはドラえもんからどこでもドアを借りたんだよ」
 
「今度、それ私にも貸して!」
「ドラえもんに言ってよ」
 

「ところでケイがいつ性転換したんだ?というのもファンサイトでは改めて議論されたけど」
と、ゆみが訊く。
 
「それは大学2年の時、2011年4月3日だよ。オカマの日の前日」
と私は答える。
 
「いや、それは絶対嘘だという意見が圧倒的」
「あはは」
 
「当時4月27日にスリファーズのCDの発売記者会見に出席して、28日から5月2日にELFILIES, 富士宮ノエル、坂井真紅の音源制作の指揮を執っている。それに続いて5月3日から8日までローズクォーツのツアーやってる。性転換手術を受けて1ヶ月で、こんなことできるなんて絶対有り得ないと性転換手術を受けた複数の経験者からの意見」
 
「うーん・・・」
 
「そもそも4月2日にケイを渋谷で見たという報告もあったんだけど」
「あれは4月1日の深夜というか、暦の上では4月2日朝までKARIONの『愛の夜明け』
の音源制作をしていたんだよ。2日午前中の便でタイに渡ってそのまま入院したから。飛行機の中でひたすら寝てたけどね」
 
「それで翌日手術受けたの?」
「うん。だから4月1日に日本の病院で心電図と血液検査してそのデータ向こうにメールしてもらって、夜9時以降は何も食べないようにしていたし」
 
「ケイがそこまで超人的だということを信じるより、やはり4月3日に手術を受けたというのが嘘だということを信じたい気分だよ」
「そうかなあ」
 
「本当に手術を受けたのはそれではいつだろう?というので、1年前の高校卒業してからすぐではという説。3月15日から4月30日までの消息が不明みたい。高2の時、例の大騒動の後、自宅に引き籠もりしていた期間に性転換したのではという説は昔からあったけど、これは1月11日にドリームボーイズのライブに出ていたのが今回判明したから多分違う」
 
「踊る方が歌うよりしんどいよね」
 
「KARION結成前の2007年の多分春という説。これは2月25日から8月5日まで約半年間の動向が不明」
「普通に学校に行ってたけど。あの時期は芸能活動してないし」
 
「うん。その芸能活動してないのが、性転換手術の後、身体を休めていたからではないかと」
 
「ハンバーガー屋さんのバイトしてたんだけど」
「それを証言しているのはいづみちゃんだけだから信用できん」
「えっと・・・」
 
「更には中学生の時ではとか、中学に入る前ではという説も出ている」
 
「小中学生で性転換というのは、さすがに無いでしょ」
 
「でも花村唯香ちゃんは中学で去勢したんでしょ?」
「あの子は特殊」
「いや、ケイはきっともっと特殊」
「そんなことないと思うけど」
 
「だって、私これ入手したんだよ」
と言って、ゆみは翌週発売予定の『Rose Quarts Plays Sakura』のCDを見せる。
 
「このジャケット、クォーツの4人は最近撮った写真みたいだけど、ケイとマリは本当に中学の入学の時の写真なんでしょ? この時既にちゃんとセーラー服着て入学してるじゃん」
 
「いや、それは友だちにうまく乗せられてセーラー服を着ただけで、実際には学生服で入学式には出てるよ」
 
「でも髪型も女の子の髪型だよ」
と、ゆみは言った。
 

「でもこのジャケット、クォーツの中でタカさんだけはセーラー服なんだね」
「本当は学生服を着て撮影したはずが、編集でセーラー服に置換されちゃったみたい。マリの悪戯」
 
「え?これ合成? 凄く自然に見える」
「プロのデザイナーさんの手にかかれば不自然さが無いようにやるよ。Photoshop自体のパワーが最近凄いし。デザイナーさんも面白がって、かなり頑張って編集したみたい。かなり拡大してもつなぎ目が分からない」
 
「確かに面白いけど。でもタカさん、やはり個人的に普段から女装してるの?それとも女の子になりたいとか。高校時代の女装写真が流出してたね」
 
「あれは男子校だから女装美人コンテストやったんだよ。男子校特有のノリ。それにタカさん、実は彼女がいるよ。これオフレコね」
 
「へー! でもレスビアンという手もあるよ」
と、ゆみは言った。
 

3月中旬に、KARIONとローズ+リリーのツアー日程が発表された時、多くの両者のファンが「なるほどー」という声をあげた。両者は下記のような日程になっていた。
 
Rose+Lily Tour
4.26(土)幕張 27(日)那覇 28(月)福岡 29(祝)小倉
5. 3(土)札幌 4(日)横浜 5(祝)名古屋 6(振)大阪
5.10(土)郡山 11(日)仙台 17(土)宇都宮 18(日)東京
5.24(土)松本 25(日)新潟 31(土)金沢 1(日)高山
6. 7(土)大津 8(日)広島 14(土)諫早 15(日)神戸
 
KARION Tour
4.26(土)横浜 27(日)那覇 28(月)熊本 29(祝)福岡
5. 3(土)札幌 4(日)東京 5(祝)名古屋 6(振)神戸
5.10(土)仙台 11(日)福島 17(土)水戸 18(日)千葉
5.24(土)甲府 25(日)長岡 31(土)富山 1(日)岐阜
6. 7(土)米原 8(日)岡山 14(土)長崎 15(日)大阪
 

「要するにほとんど同じ場所でやるんだ!」
「違う場所もあるけど、だいたい移動可能」
 
「客層の違いでKARIONは昼間の公演、ローズ+リリーは夕方からの公演だからケイ=蘭子が、掛け持ちできる訳だ」
 
「しかし結構ヘビーな公演2つ、ホントに掛け持ちできるのかね?」
「いや、過去のKARIONの公演の日程を見てみると、蘭子は多分かなり、ローズクォーツやローズ+リリーの公演と掛け持ちしている」
 

「2010年12月25日。ローズクォーツが博多中州のライブハウスで夕方演奏しているけど昼間、同じ博多のムーンパレスでKARIONの公演をやってる。これ絶対掛け持ちしてると思う」
 
「2011年2月のKARIONツアー。2月4日浜松、ローズクォーツは舘山寺温泉。13日金沢、ローズクォーツは獅子吼スキー場。18日名古屋、ローズクォーツは長島温泉。20日神戸、ローズクォーツは有馬温泉。どれも距離が近い」
 
「なんでローズクォーツって、そんな温泉地とかスキー場とか廻ってんの?」
「向こうがアゴアシ持ってくれるからだろ?演歌歌手と同じ原理」
「なぜ、そんな売れない歌手みたいな営業を? ケイの知名度があるんだから大都市の大箱でライブやりゃいいのに」
 
「マネージャーの須藤さんってお金掛けるのが嫌いなんだよ」
「でも金掛けなきゃ売れないだろ?」
 
「それが多分ローズクォーツの最大の問題」
「2012年2月のローズクォーツのツアーとか酷かった。まともな宣伝全くやってないから大半のファンはツアー終了後に知った」
「あれ各地でガラガラ伝説が発生したみたいね」
 
「2012年4月14日沖縄那覇でのローズ+リリー復活ライブ。この日、夕方から近くの宜野湾市でKARIONのライブやってる。これも怪しい」
 
「2013年5月5日のローズ+リリー仙台ライブ。この日もKARIONは同じ仙台でライブ。絶対掛け持ちしてる」
 
「2013年夏のツアーでは7月27日はKARION広島・ローズ+リリー松山、28日はどちらも札幌。8月2日がKARION金沢・ローズ+リリー富山。8月4日はどちらも那覇」
 

ローズ+リリーのチケットは大都市の分はほぼ瞬殺。それ以外の分も1時間以内には売り切れた。少し遅く電話がつながった人は「場所はどこでもいいからまだ残っている所2枚ください」などと言って申し込んだようである。
 
KARIONの公演も話題が話題を呼んでいただけに大都市分は30分で売り切れ、それ以外の分も数時間で完売した。
 
小風が
「すごーい。蘭子効果だ。これまでちゃんと出席していなかったことを許してやってもいいかな」
などと言っていた。
 
ローズ+リリーは昨年合計18000人のホールツアーと33000人のアリーナツアーを連続してやっている。今回のツアーはホールとアリーナを混ぜて7万人である。ローズ+リリーの現在の地力からすると充分行ける数字だった。
 
しかしKARIONの場合、これまでのツアーではだいたい2〜3万人の動員実績しか無かった。それが今回ローズ+リリーとほぼ同クラスのホールとアリーナを回るので68000人の動員が必要になる。特にKARIONのアリーナは初めてである。町添さんも半分賭けだったようだが、結果は美事にその日の内に完売して、嬉しい誤算だった。町添さんはさすがに完売には1週間掛かるか、あるいは少し売れ残りが出るかもと思っていたようである。
 

少し遅れてローズクォーツの公演日程が発表される。
 
Rose Quarts Tour
4.26(土)東京 27(日)那覇 28(月)福岡 29(祝)広島
5.3(土)札幌 4(日)横浜 5(祝)名古屋 6(振)大阪
5.10(土)仙台 11(日)南相馬
 
最初に「なんかまともなホールでやってる!」
という驚きの声が出ていた。やれやれ。
 
今回のツアーのキャパは10公演合計15000席である。大阪では2700席もあるホールを使用する。
 
ローズクォーツのライブで公民館とか集会所とかライブハウス以外でやったのはローズクォーツの結成から3年半の中で2012年2月のツアーのみだが、その時は全国10ヶ所キャパ7200(内最大のホールは1000人)に対して、売れたのはわずか2100席。幾つかの会場ではチケットが100枚も売れず、チケットの券面には「ALL STANDING」と印刷してあるのに会場に行ってみるとパイプ椅子が並べてあり無意味な花道まで作られていたなどという恥ずかしい例もあった。むろん全公演大赤字であった。
 
須藤さんはこんな大きな会場でチケットが売れる訳無いと言ったが大宮さんは「大丈夫。売れますよ」と笑顔で答えた。
 
まあ前回のツアーはホントに何も広報しなかったからね〜。私もアニメの主題歌の件で多忙だったので放置していたが、公式サイトにも掲載されなかったし、ぴあにも載ってない。むしろ2000枚も売れたのが奇跡だ。
 

そしてファンの声。
 
「でもこれ・・・・・」
「ね、まさかケイはローズクォーツの公演まで掛け持ちするつもりでは?」
「いや、出ないでしょ。ローズクォーツのツアーはOzma Dreamが歌うと記者会見で言ってたし」
 
「時間帯がぶつかってるから物理的に不可能」
「でもケイのことだし」
「まさか」
 
「5月11日の南相馬だけは時間帯がぶつかってない」
「いや、南相馬は交通の便が悪すぎる。掛け持ちは物理的に不可能」
「でもケイなら」
「うーん・・・」
 
しかしこの「まさか・・・」という微妙な憶測が、ローズクォーツのチケットの販売を促進した感じであった。
 

ローズクォーツのチケット(総販売数15000席)は東京・大阪・名古屋の分は1週間で売り切れ、それ以外の会場の分も4月20日の段階でだいたい7割程度売れていた。公演地合わせ作戦は大宮副社長の発案であったが、美事に的中した感じだった。それに今回はちゃんと宣伝してるし!!
 
これが2年前のツアーでは、キャパの半分以上売れたのは最後の2日間の東京・横浜のみ。最後だけ売れたのは、最終日直前になってやっとローズクォーツのファンにライブがあることが主としてクチコミにより広まったからであった。
 
しかしこれまで全然売れていなかったチケットが、私が辞めることにした途端売れてしまったのは、私としては複雑な思いであった。
 

ところで、ゴールデンウィークに、もうひとつ私が色々と関わったアーティストのライブツアーが行われることになっていた。
 
それは昨年春に《ローズ・クォーツ・グランド・オーケストラ)》として発足した《渡部賢一グランド・オーケストラ》である。元々は昨年秋までで活動終了する予定だったのが、団員さんたちから手弁当ででも続けたいという希望が出てきたので、一部のメンバーを入れ替えて(主としてローズクォーツとスターキッズが抜けた後の補充)継続することになったのである。
 
今回のツアー日程は札幌・仙台・東京・福岡・大阪・名古屋・金沢という全国7ヶ所で、公演地はローズ+リリーとは5月5日の名古屋を除いて一切ダブっていない! ので私が顔を出さないことは確定的ではあったが、それでも昨年1年間の活動でイージーリスニングのファンがにわかに増殖した感じで、チケットは東京・大阪はソールド・アウト、他もだいたい8−9割売れてくれた。
 
4.26(土)札幌 27(日)仙台 29(祝)東京
5.3(土)福岡 4(日)大阪 5(祝)名古屋 6(振)金沢
 
KARIONやローズ+リリーの公演地は、営業的な見地から決定されているが、グランドオーケストラの場合は、団員の都合が優先されている。29日に東京なのは東京近辺の団員が多いので、平日の中に孤立している休日では遠くには行けないからで、3日から6日までの日程は移動距離をできるだけ小さくするように設定された。
 
このオーケストラ用の曲を私は最初自分で選曲・編曲していたのだが、周囲から「負荷的に無理」と言われ、結局、編曲は全部下川工房のイリヤさんに投げてしまうことにした。
 
選曲もイリヤさんに案を作ってもらって私と七星さん・渡部さん・桑村さんにイリヤさんも含めて5人で調整した。
 
11月頃から3月くらいまで掛けて20曲ほど新しい曲を編曲して練習してもらったが、その内12曲を3月から4月に掛けて主として土日祝日を利用して録音してアルバムも制作した。(メンバーの半分くらいが会社勤めや学校の先生などなので、休日しか動けない)
 
選曲したのは2000年以降の国内外のヒット曲である。
 
いきものがかり『YELL』、ポルノグラフィティ『メリッサ』、中島みゆき『地上の星』、Alexandra Stan『Mr.Saxobeat』、Vanilla Ninja『Blue Tatoo』、保坂早穂『ブルーラグーン』、松原珠妃『硝子の迷宮』、ワンティス『秋風のヰ゛ィオロン」、スイート・ヴァニラズ『祭り』、篠田その歌『青い写真』、KARION『スノーファンタジー』、ローズ+リリー『影たちの夜』
 
選曲基準はとっても単純で《オーケストラで演奏して格好良いまたは美しい曲》である。一般にアイドル歌謡は、音域が狭く、オーケストラで演奏すると映えない曲が多い。最近流行の打ち込み系の曲は概して単純な繰り返しが多く微妙である。また歌として聞いた場合と音だけで聴いた場合で優劣が逆転することも多い。松原珠妃も最初は『黒潮』を使うつもりだったが、実際には曲のみで聴くと『硝子の迷宮』の方が良いという判断をした。
 
しかしこの曲『明太子の迷宮』という名前にしなくて良かったと思った!
 
ちなみに町添さんからは「ケイちゃん、ちゃっかり自分の作品を4つ入れてる」
などと言われたが・・・。むろん選曲したイリヤさんは私がヨーコージの一部で秋穂夢久でもあることを知らない。
 

4月3日の木曜日、和泉が引越をした。私も小風・美空も、手伝ってと言われたので一応行ったのだが・・・・
 
「ねぇ、呼んだの私たちだけ?」
「一応お昼からは運送屋さんが来てくれる。梱包もしてくれる」
「女の子ばかり集めても大して役に立たないと思うけど」
「男の子を呼べば良かったのに」
 
「だって私、男の子の友だち、いないもん」
と和泉は言う。
「楽器とか楽譜とかパソコンに、盾・トロフィーの類は運送屋さんに触られたくないから、それだけでも運んでくれない?」
 
ということで、私たちは取り敢えずギターとかベースとかキーボードとかを手分けして私の車(カローラフィールダー)に積み込み、満杯になったら新居に持って行くということを何度かした。
 
引っ越す距離は水平距離でほんの100mほどである。しかし車で走る距離は往復1.5kmほどになる!都会の道はダンジョンに近い。
 
和泉は大学の4年間住んでいたこの賃貸マンションが建て替えになってしまうので、ちょうど近くに新しく建設された分譲マンションを買って引っ越すことにしていたのである。最初2012年に引っ越すつもりでいたのだが、建て替えのスケジュールが遅れたので、これ幸いと今まで居座っていた。現在既に半分くらいの入居者が退出している。
 
引越先は2012年の段階では300mほど離れた所の、4LDK 7000万円のを買うつもりでいたが、その後、100mほどの距離に別の建設会社が建て始めたマンションが4LDK 6000万円ではあるが、先に検討していた所より床面積も広く、設備も優秀なのでそちらにすることにして、その完成を待っていたのである。
 
なお、引越先でピアノを置く部屋には既に防音工事を施工済みである。今まで住んでいた部屋で防音工事をしていた所は、どうせ取り壊すから原状回復の必要は無く放置で構わないのでということでその費用が節約できた。敷金も全額返してもらったらしい。
 
「返してもらった敷金を新居の防音工事代にそのまま転用できたよ」
と和泉は言っていた。
 

午前中、私たちが楽器や貴重品類を運び、午後から運送屋さんが来てテキパキと生活用品・寝具・家具などを運んでいく。私たちはのんびりとそれを見学しながら、時々訊かれたことに返事したり、唐突に出てきた貴重品をこちらで預かったり程度であった。
 
そういう訳で、引越は順調に夕方までには完了した。
 
「よし、引越祝いに今日は焼肉パーティーにしよう」
「ちょっと待って〜。新居の香りを楽しむ前に焼肉の臭い付けちゃうの〜?」
と和泉が抵抗するので
 
「じゃ、うちに来る? お肉のストックは充分あるし」
と私が誘うので、4人でうちのマンションまで車で移動した。
 
部屋に入っていくと、政子が裸でテレビを見ていたので「きゃっ」と言って寝室に走り込んでいき、5分後に出てきた。
 
「人を連れてくるなら、言ってよー」
などと政子は言っているが
 
「裸で部屋の中に居るのが大問題」
と私は言っておく。
 

ということでお肉を「取り敢えず」2kgほど解凍し、ストックのお野菜なども少し切って、ホットプレートを出して、居間で焼肉をする。
 
「なんかこのホットプレート大きい」
「まあ、このくらいないと間に合わない人がいるから」
「今日はそういう人が2人いるよ」
「間に合ったらいいね」
 
「お肉のストックどのくらいあるの?」
「10kgくらいあるから、大丈夫だと思うけど」
「どこで買ってる?」
「業務用スーパーで買ったり、ヤフオクで落としたり」
「ヤフオクでお肉売ってるのか・・・」
「まあ何でも売ってるから」
 

最近の音楽シーンから友人のミュージシャンの噂話まで話が弾む。
 
「未来(光帆)と織絵(音羽)の同棲状況は進んでいるみたいね。もう未来のマンションには冷蔵庫や寝具以外何も無いらしい。完全に織絵のマンションがふたりのおうち」
と小風がXANFUSの2人の話をする。
 
「うちはマンションにも家にも生活の道具・仕事の道具揃ってるね」
と政子。
「エレクトーン・ピアノ双方にあるし、ここのNAS(ファイルサーバー)に政子の実家からもアクセスできるようにしているし」
と私。
 
「それどう使い分けてるの?」
「基本的にこちらは仕事場、向こうは休息の地」
「でもなかなか向こうで休める日が無い」
「忙しいもんね」
 

今日和泉が引っ越しした話をする。
 
「えー? 和泉ちゃん、マンション買ったの? すごーい」
と政子。
 
「まあ、住んでた賃貸が建て替えで取り壊しになるからね」
と和泉。
 
「ねえ、冬、うちはマンション買うとかは考えられないの?」
と政子。
 
「そうだねぇ。ここはかなり古いから10年以内には建て替えの話になるかもね。ここは通学に便利というのはあったけど」
と私。
 
「冬が渋谷の近くにマンション買ってくれるとKARIONの収録で遅くなった時に便利だな」
と小風。
 
「うちはどこで収録してるっけ?」
と政子が訊くので
 
「ローズ+リリーは青山の★★スタジオ、ローズクォーツは今後は多分渋谷のLスタジオになると思う。あとスリファーズは赤坂の○○スタジオ」
「KARIONはローズクォーツの所と同じ?」
「違う。同じ渋谷だけど、KARIONはKスタジオ」
 
「渋谷と青山の間の交通はどうするの?」
「歩いて行ける範囲だよ」
「だったら渋谷の近くに引っ越してもいいんじゃない?」
 
「まあ確かに便利かもね。政子の実家に行くのには少し不便だけど」
「それは秋葉原乗り換え?」
「なぜ秋葉原に行く?新宿乗り換えだよ」
「そのくらいいいと思うなあ」
 
「今ここ家賃いくら払ってるの?」
と美空が訊く。
 
「42万円。駐車場代入れて45万円」
と私。
 
「この場所にしては安いね」
と和泉。
 
「和泉ちゃんのマンションは幾らしたの?」
「6000万円だけど神田だからだと思う。渋谷でこの値段は無いよ」
 
「8000万円として42万円を15年10ヶ月払っていれば元が取れるよ」
「出た!歩く電卓!」
「不動産屋さんみたいな言い方だなあ」
 
「でも私より遥かに収入がある冬だもん、買ってもいいんじゃない?」
と和泉も言う。
 
「和泉ちゃんは去年幾ら稼いだの?」
「印税だけで1億かな」
「凄い! お金持ち〜!」
 
「いや、政子ちゃんの方がよほど稼いでいるはず」
「そうだっけ?」
と政子は私を見る。
 
「昨年はローズ+リリーの印税だけでも7億あるけど」
「うっそー。私って、そんなに稼いでいるの?」
「自覚が無かったのか」
「だったら1億くらいのマンション買ってもいいんじゃない? 消費税8%になっちゃったけど、10%になる前に」
と政子。
 
「物件探しする時間が無いよー」
と私。
 
「よし、政子ちゃん、マンション探しに協力しようか?」
と美空が言い出す。
 
「いいね! でついでに焼肉とかお好み焼きとか行こうよ」
「うん、行こう行こう」
 
みんな半ば呆れながら笑っている。政子と美空のタグはある意味最強コンビだ。しかしどうも近い内に引っ越しすることになりそうである。
 
「よし、これで録音で遅くなっても宿泊場所考えなくても済むな」
 
小風と美空は実家住まいであるが、実際問題として親や姉妹などとは完全にすれ違い生活になっているようである。
 
なお、この日、お肉は5kg消費され、キャベツ2玉、椎茸大袋3つ、ピーマン大袋2つ、ニンジン10本も消えた。野菜を切ったりお肉を解凍するのは専ら私と小風がやっていた。しかしここでアルコールが入らないのが音羽やEliseのマンションに行った場合との違いだ。(但しEliseはまだ授乳のため禁酒中)
 

さて、この時期、Eliseの出産に若葉の妊娠報告とあったのだが、妊娠の話では、ひとり、お騒がせな子がいた。大学生活の4年間、ひたすらバイトに明け暮れていた、礼美である。
 
礼美は学費は自分で稼げと親から言われて、1年生の時は昼と夜のバイトを掛け持ちしていたし、2年生以降も毎日昼間ファーストフードのバイトに行っていた。しかし昼間バイトをするということは、大学の授業にほとんど出てきていないということで、彼女は学費は確かに稼げたが、本当にこの4年間勉強できたのかという点ではかなり怪しい。
 
その礼美から「妊娠した〜!」という報告が入ったので、私たちは「あぁ・・・」
と溜息を付いたのであった。
 
ちなみに彼女は就職先が見つからなかったので、取り敢えずファーストフードのバイトを続けると言っていたが、毎日そこでバイトしていたら(ASマネージャーの肩書きを持ってるらしい。実質正社員に近い)卒論を書くのもかなり大変だったろうし、とても就活の時間まで取れなかったのでは?と友人同士で話していた。しかし就職していて入社早々妊娠などと言ったら、それも問題だった気がする。
 

取り敢えず、政子、博美、小春といった大学1年の同級生のメンツでお見舞いに行った。若葉の所にお見舞いに行った翌日のことであった。
 
「何か調子悪そう」
と小春が心配する。
 
「うん。今いちばん危ない時期だから、じっとしてろとお母ちゃんに言われた。取り敢えずしばらくバイトはお休み」
と礼美。
 
「妊娠何週目か分かる?」
「6週目。受精日は3月25日」
 
「卒業式の日か!」
「うん。記念にHしたら、当たっちゃった」
「なぜちゃんと避妊しない?」
「危険日だってのは分かってたんでしょ?」
「いやあ、1回くらい大丈夫かなあと思ったんだけどね」
 
「籍はどうするの?」
「入れるよお。安定期に入ってから式を挙げて、その日に入籍する」
「安定期というと、いつ頃だっけ?」
「6月の中旬くらいから。それで6月28日の土曜日に式を挙げることにした」
「おぉ!ジューンブライドだ」
 
私と政子は顔を見合わせる。
「一応、ローズ+リリーのツアーは終わった後だけど」
「悪いけど出席の確約はできない」
「うん。ふたりとも忙しいんだもん。御祝儀だけでもいいよ」
「了解、了解」
 
「予定日は12月くらい?」
「うん。12月16日だって」
 
「でも、親から叱られなかった?」
「無茶苦茶叱られた」
「だよねー」
「せっかく難関大学を出て、卒業したらいきなり妊娠とは」
 
私たちはよく友人同士で話していた時に、このメンツの中で最初に結婚するのはきっと礼美だと言っていたのだが、卒業して即妊娠・結婚というのは想定範囲を越えていた。
 
ちなみに彼女はこの後2年に1人ずつ4人の子供を産むことになる。
 

2014年4月は、ローズクォーツ、槇原愛、貝瀬日南、南藤由梨恵の話題作がリリースされ、世間的にはそれらの曲で騒がしかったのだが、この月、ほとんど注目されていなかった1人の新人歌手がデビューした。
 
連休直前の4月25日(金)に∴∴ミュージックの新人歌手が◎◎レコードからメジャーデビューすると聞き、私は23日(ツアーの最終打合せも兼ねて)、和泉・小風・美空と一緒に事務所に出て行った。行ったらミルクチョコレートの2人に、青島リンナまで来ている。
 
「なんか強力新人らしいね」
とリンナが言う。
「へー。楽しみですね」
「マネージャーとして、妊娠出産で休職、というか事実上退職に近い状態だった望月ちゃんを呼び戻したんだよ」
「それは懐かしい」
 
「望月ちゃんを付けるということだけでも社長がその新人に期待しているということだし、うちのメインのアーティストのほとんどが所属する★★レコードじゃなくて、わざわざ◎◎レコードから出すというのは、つまり思いっきり既存のアーティストと競わせるってことでしょ?」
とリンナ。
 
「それはうかうかしていられないということですね」
と答えて和泉も顔が引き締まる。ミルクチョコレートの2人も緊張した顔だ。
 
やがて畠山社長が応接室から出てきて
 
「やあ、わざわざ来てくれてありがとう。マイちゃん、出ておいで」
と言って手招きする。
 
応接室から望月さんが出てきて、私たちの方を見て会釈するので私たちも笑顔で手を振った。そしてそれに続いて、高校生っぽい女子制服を着た女の子が出てくる。そして
 
「おはようございます。篠崎マイと申します。よろしくお願いします」
とその子は挨拶した。
 
が私はポカーンとして彼女を見る。
 
「小都花(ことか)ちゃん!」
「あれ?冬子さん、なぜここに?」と彼女。
 
「ん?知り合い?」と畠山さんが戸惑ったように訊く。
 
「私の従姪(いとこめい)です」と私。
「私の従叔母(いとこおば)です」とマイ。
 
「槇原愛の妹だよ」と私は和泉たちに説明する。
 
「えーー!?」
 
「蘭子ちゃん、槇原愛の親戚?」
と畠山さんが訊く。
 
「槇原愛とこの子は、私の従姉(友見)の娘です」
と私は説明する。
 
私が中学生の時に温泉に行ってて、彼女が私のことを「冬彦おじさん」と呼ぶので不審に思った温泉のスタッフさんが寄ってきたなどという事件?もあったが、当時小学2年だった小都花も今は高校2年だ。
 
「それは知らなかった!」
「まあ、私と槇原愛の親戚関係も公表してないですからね」
「そうだったのか」
 
「でも、槇原愛の妹さんなら、どうして同じ△△社や★★レコードを使わないんですか?」
とミルチョの千代子が訊く。
 
「槇原愛が同じ事務所・同じレコード会社では堂々と勝負できないから違う所にして欲しいと言うので、町添さんの仲介で、事務所はうちが引き受けて、レコード会社は◎◎レコードが引き受けることになったんだよ。当面は槇原愛の妹だということも公表しない。これはマイちゃんの希望なんだけどね。有名歌手の妹だと騒がれて売れるのでは嫌だからということで」
 
恐らくはそちらに預けるという形にして若干のバックマージンを環流させるのであろう。
 
「へー!」
「つまり槇原愛が脅威を感じるほど凄いってことか」
「この子は上手いよ」と畠山さん。
「この子、歌唱力凄いよ」と私。
 
「保坂早穂と芹菜リセ、松原珠妃と蘭子みたいなものだね」
と和泉が言う。
 
「でも冬子さんは、どうしてここに居るんですか?」
とマイが訊く。
 
「私、KARIONのメンバーだから」
と私。
「へ? ローズ+リリーを辞めてKARIONに加入するんですか?」
とマイ。
 
「ううん。私はKARIONが結成されて以来のメンバー。だから6年間、KARIONとローズ+リリーの両方を掛け持ちでやってきたんだよ」
 
「うっそー!」
とマイは本当に驚いている。
 
「世間であれだけ大騒ぎしていたのに知らなかった人もいるのか」
と美空。
 
「いや、結構あの騒ぎに気付かなかった人は多いと思う」
とミルチョの久留美。
 
「プロ野球で楽天が優勝して楽天市場で大セールやってても、野球に興味の無い人は、どこが優勝したかも知らないからね」
とリンナ。
 
「たぶん、ローズクォーツのマキさんとか、UTP社長の須藤さんはあの騒ぎに気付いてないよ」
と小風。
 
「ああ、あの人たちは特に鈍いから」
と私も言っちゃう。
 
「多分マキさんはケイがローズクォーツを辞めたこと自体に気付いてない」
「ありそう!」
などと言っていたら
 
「え!?冬子さん、ローズクォーツ、辞めたの?」
とマイ。
 
「ほら、こういう人も多い」
と小風は楽しそうに言った。
 

畠山さんはその場で、マイナスワン音源を流し、篠崎マイにデビューシングルの曲2曲を歌わせた。
 
e&aという人の『モーツァルトは眠らない』という作品と御堂貴子という人の『夢見る人形』という作品であった。e&aは顔文字っぽくデザインされたロゴになっている。
 
「うまーい!」
と美空が声をあげる。
 
「声が凄くしっかり出てるね」
とリンナ。
 
「槇原愛と同じで民謡で小さい頃から鍛えられているから」
と私は言う。
 
「なるほど」
 
「でも新鮮な感覚の作品ですね」
と和泉は言う。
 
「まあ、このメンツだから言っちゃうけど、御堂貴子というのは篠崎マイちゃん自身のペンネームだよ」
と畠山さん。
 
「へー!」
 
「マイちゃんが作曲するというのは槇原愛からも聞いてた。でもきれいな作品を書くね」
と私は素直に褒めた。
 
「ありがとうございます。実は Imada Kotoka をアナグラムして Mido A. Takakoになったんですけど、作品を添削してくれたe&aのおふたりから『Aは要らん』
と言われて、Mido Takako になりました」
 
「へー。e&aはふたりですか?」
 
「実はe&aは線香花火のふたり」
と畠山さんが言うと
 
「えーー!?」
という声があがる。
 
「なるほど、エツコとアンナでe&aか」
と私はふたりの本名を知っているので言う。
 
「エツコ?あの人、ちずこさんじゃないんですか?」
と千代子が訊く。
 
「『干鶴子』と書いてエツコと読むのが本名。でも★★レコードに登録する時に名前を読み間違えられて『千鶴子』で登録されちゃったから、開き直って、あのユニットでは、『ちず』と名乗っている」
と私は字を書いて説明した。
 
「『干』の字を『エ』と読むんだ?」
「本来そういう読み方は無いらしい。お父さんの勘違いじゃないかと本人は言ってた」
「ああ」
 
「カタカナのエを書いたつもりが真ん中の棒が飛び出してしまったんだっりして」
と小風。
「それは相棒の杏菜の説」
「そういう説も既にあったのか」
 
「でも★★レコードとの専属契約は大丈夫なんですか?」
と小風が心配そうに訊く。
 
「元々町添さんが紹介して◎◎レコードに所属することになったので、彼女たちがe&aの名前でマイちゃんに楽曲を提供する件に関しても、問題にしないということで、★★レコードと◎◎レコードの間で話がまとまった」
 
「なるほど」
 
「でもマイちゃん、線香花火より売れたりして」
と美空。
 
「いや、この曲は間違い無く売れると思う」
と私は言った。
 
「同感。かなり行く」
と和泉。
 
「やはりそう思う?」
と畠山さん。
 
「遙香ちゃん(望月さん)をわざわざ呼び戻したので社長の期待度も分かります」
と和泉。
 
「私は子供の世話に少し飽きてきてたから、ちょうど良かったんですけどね」
と望月さんは言った。
 

篠崎マイが配った名刺を眺めていて小風が言った。
 
「マイちゃんの本名、今田小都花なんでしょ? 今田の苗字とマイの名前をくっつけると『今田マイ』になって回文になるね」
 
小風はこの手の言葉遊びが大好きである。
 
「『今田まい』なら、元ももいろクローバーの伊倉愛美ちゃんの昔の役名だね」
と私は言う。
 
「そんな役名があったんだ?」
「NHKの『ひとりでできるもん』という番組に出ていたんだよ。本人も『上から読んでもイマダマイ、下から読んでもイマダマイ』と言ってた」
「あ、あの子か!」
 
「私あの番組熱心に見てたー」と美空。
「さすが食事の番組には強い」と小風。
「でも、ももクロに在籍してたんだ?」
「初期の頃だよ」
「へー」
「ももクロも最初の頃はメンバーがコロコロ変わってるから」
「デビュー前に辞めた子もいたね?」
と和泉。
 
「うん。弓川留奈ちゃんだね」
「KARIONもデビュー前にラムコが辞めたからなあ」
と小風。
 
「へー。そんな人がいたんですか」
とマイ。
 
「ラムコ、まだインドに居るのかなぁ」
と美空が言うと
 
「こないだお手紙来てたよ。お父さん1月にセネガルに転勤になって家族みんなで移動したらしい」
と畠山さん。
 
「どこだっけ・・・?」
と小風。
「ダカールのある所だよ」
と和泉。
「ああ、自動車レースのある所?」
「そうそう」
 
「ダカールでやってたのは2008年までで、今はリマからサンティアゴまでに変更されてるんだけどね」
と和泉。
「・・・・どこだっけ?」
と小風。
「南米?」
と美空。
「まあ、そのあたり」
 

ところで前日、4月24日の夕方、私は蔵田さんに頼まれて松原珠妃に渡す(できたばかりの)新曲のデータとスコアを持ち、ζζプロに珠妃を訪ねていた。
 
珠妃と事務所内で落ち合い、会議室に入ってMIDIと樹梨菜さんが入れた仮歌を聴こうとしていたら、昨年末に社長に昇格した観世さんに呼び止められて、「KARIONの件は僕もびっくりだったよ」などと言われ、そのまましばらく立ち話をする。
 
するとそこに、しまうららさんがやってきた。
 
「ケイちゃん、私もびっくりしたよー」
などと言われ、話していたが、長くなりそうな雰囲気。
 
それで結局、私と珠妃、しまうららさんの3人で会議室に入った。事務所の若い子がケーキと紅茶を持って来てくれる。それであれこれ話ながら曲を流していたら、しまうららさんが唐突に言い出した。
 
「これ凄い、いい曲ね」
 
「そうですね。蔵田さんが会心の作だと言ってました」
「これ私にちょうだい」
「え?」
「たまにはいいじゃん。珠妃ちゃんのはまた作ってもらえばいいよ」
「あはは」
 
しまうららさんに言われては仕方無い。珠妃は別に構わないと言うので、私が蔵田さんに電話した。スピーカーモードにして会話する。
 
「そういう訳で『ギター・プレイヤー』をしまうららさんが歌いたいとおっしゃっているのですが。珠妃は他に曲をもらえるなら、それでもいいと言っています」
 
「そうだな。だったら、しまさん、ギターを弾きながら歌ってくれるならOK」
と蔵田さん。
 
しまさんを見る。
 
「蔵田くーん、ギターくらい頑張って練習するよー!」
としまうららさん。
 
「だったらいいですよ。じゃ、珠妃ちゃんに渡す代わりの曲は、洋子、お前書いて」
「えーーー!?」
 
「冬、それ明日(25日)の朝までに作ってね。明日録音するつもりだったから。連休は私もあちこちでライブやるからさ」
と珠妃が言う。
「うーん。。。。」
 

そして4月26日(土)。この日、ローズ+リリーは千葉市・幕張のイベントホールで、一方KARIONは同じ日横浜市の横浜エリーナで、各々春のツアーの幕開けとなる。今回のツアーはどちらも全国20ヶ所。ローズ+リリーにとってもKARIONにとっても、デビュー以来最大規模のツアーである。
 
時刻はKARIONが13:00、ローズ+リリーは19:00の開演である。なお、この日、ローズクォーツは東京赤坂の火鳥ホールで18:30の開演、また渡部賢一グランドオーケストラは札幌きららホールで14:00の開演というスケジュールになっている。
 
ともかくも最初にスタートするのはKARIONである。12,000人の横浜エリーナは満員の客でぎっしり詰まっている。やがて1ベル、2ベルが鳴る。
 
「OK, Let's Begin!!」
という小風の声とともに、ドラムスの音が鳴り響き、ギターやベースの音も鳴り出す。それとともに緞帳が上がり始め、観客は総立ちになって、大きな拍手と歓声が上がる。『春風の告白』の歌が始まる。
 
そして緞帳が上がった時、観客がステージに並んでいるのを見たのは・・・・
 
左から、こかぜ・いづみ・みそら、の3人がマイクを持って歌っている姿であった。
 
ここに絶対、らんこも並んでいるだろうと多くの観客が思っていただけに歌の最中であるにも関わらず、大きなざわめきが起きた。
 
 
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【夏の日の想い出・1羽の鳥が増える】(2)