【夏の日の想い出・花と眠る牛】(1)

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ローズ+リリーとKARIONの黄金週間ダブルツアーは横浜/幕張の翌日は両方とも沖縄那覇であった。
 
その那覇公演が終わった後、私と政子は沖縄で常宿となっている宜野湾市のホテルのスイートルームでたっぷり愛し合った後、ぐっすりと眠った。
 
が、夜中、揺り起こされる。
 
「ね、ね、冬。私を見て」
という政子は裸でベッドのそばに立っているのだが・・・・
 
「何これ?」
と私は呆気にとられて訊いた。
 
「私、性転換して男の娘になっちゃった」
と政子。
 
「男の子じゃなくて男の娘なの?」
「だって私、女の格好で出歩くから」
「それなら、何のためにわざわざ性転換を? って、これ何?」
 
と言って私は政子の股間に生えているものを触る。
 
「よく出来てるでしょ? 割れ目ちゃんに固定すると走ったくらいでは外れないらしいよ。ちゃーんと袋の中に玉が2個入っているし、玉は本物みたいな大きさ・感触だし、全体的に生暖かいでしょ? 中にアルコールが入っていて循環するようになってるから装着して1時間もすれば体温と同じくらいになるんだよ。右側の玉を押すと勃起して、左側の玉を押すと、ほら射精できる」
 
「う、この液が・・・」
「見た目も触った感じも精液そっくりだよねー。本物の精液を入れてもいいんだってよ。入れる口は装着面にあるから隠れるんだよね」
 
「どこでこんなものを?」
 
「冬はさ、やはり中学か高校の時に既に性転換していたんだよ。それでこの手のものであたかも、まるで付いているかのように装っていたんだと思うな」
「そんな馬鹿な」
 
「だって私、大学に入ってから男の子と付き合ってセックスもしてみたけど、おちんちんのサイズにしても感触にしても、冬のに触っていた時と全然違うんだもん。やはりあれは偽物だったとしか思えん」
 
「私のは性的に弱かったからだよ。普通の男の子とは違うよ」
「いや、絶対あれは偽物だ」
 

そう言って政子はベッドに腰掛けると、こう言った。
 
「冬が本当は女の子であったことを示す証拠を3つ手に入れたんだよ」
「へー」
 
「ひとつはこれ。冬の出生証明書のコピー。見て。ちゃんと性別の所、女の方に丸が付けてある」
「それはお医者さんが間違ったんだよ。本当の出生届は書き直して男に丸が付いた出生証明書を付けて提出されているよ」
 
「そういう誰も信じないようなことを言わないでよね。ふたつ目はこれ。またコピーしてもらうの大変だった。データだと私の静電体質で飛んじゃうから、プリントしてもらったんだよ。ほら、5歳くらいの冬のヌード写真。お股の所におちんちんは無いし、割れ目ちゃんまで確認できる」
 
なるほどネタの提供元はうちの母かと納得した。
 
「それはふざけて、おちんちんを足の間にはさんで隠した所を、お母ちゃんが面白がって撮影したんだよ」
「割れ目ちゃんは?」
 
「おちんちんをはさんで、ぎゅっと引っ張ると、引っ張られて皮膚が伸びて、ちょうど割れ目ちゃんみたいな感じになるんだよ。今度貴昭君と会った時にでも試してご覧よ。彼、小さい頃は女の子になりたいと思ってたと言ってたから、きっと、彼も経験してるよ」
 
「それも無理矢理っぽいけどなあ。そして3点目がこれ。冬が大学1年の時に豊胸手術を受けた時の治療記録。挿入したシリコンバッグのサイズが170ccと書いてあるんだよね」
 
「あれはマーサに見てもらいながらサイズ決めたからね。微妙なサイズになってるよね。最初から入れるサイズ決めてやる場合は50cc単位にすることが多いみたいだけど」
 
「でも考えてみたら私が見たのは、トライアルバッグを入れて水を注入して、このくらいでどうでしょう?という《仕上がりサイズ》だけなんだよ。脇の下を切り裂く所とかは見てて気分悪くなるかもと言われて、切開してトライアルバッグを入れるまでの所は見てない。つまり私は、豊胸前の冬の生胸を見てないことに気付いたんだよね」
 
「そうだっけ? 高校時代に何にも無い私の胸を見てるでしょ?」
「いや、それも考えてみたけど、一度も見てない」
「そうかな?」
 
「それでさ。美容外科に電話して訊いてみたんだよ。170ccのシリコンバッグってどのくらいサイズアップしますかって」
「うん」
 
「するとそのサイズでは1サイズアップですねと言うんだよね」
「えっと、170ccなら3〜4サイズ行く気がするけど。たしか50ccで1サイズアップだよ」
 
「病院の人に聞いたんだから間違い無いよ。冬はあの時、豊胸手術後にEカップになっているから1サイズアップしたということは手術前に既にDカップのバストがあったということ」
「それは違うよ。私あの時、手術後にはCカップになってるよ。AAAカップから4サイズアップだよ」
 

「そういう見え透いた嘘つくと、冬を犯しちゃうぞ」
「犯すって・・・」
 
「このおちんちんを挿入しちゃう」
「ちょっと待って」
 
「ほらほら。気持ち良くしてやるから」
「やめてー!」
 
と言うものの、政子は私を組み敷いてしまう。
 
「ねぇ、ほんとに入れるんなら、せめてコンちゃん付けてよ」
「そうだなあ。冬が今妊娠したら、町添さんが青くなるだろうし。実はこの液の中には貴昭が出した精液を混ぜてるんだよね」
 
「うっそー。ほんとに私妊娠するの嫌だから勘弁して」
「仕方無い。付けてやるか」
 
と言って政子はバッグの中から避妊具を出すと、股間に生えているおちんちんに装着する。
 
「でも冬って妊娠するんだっけ?」
「いや万一のために」
「やはり冬って、子宮と卵巣もあるのね?」
「そんなの無いよー」
 
「やはり女性疑惑が深まった。でもこのコンちゃん装着するの、ちょっと楽しい気がするな」
「そ、そう?」
「よし、行くぞ」
「いやーん」
 
それで政子は私のヴァギナに強引に、そのおちんちんを挿入して腰を動かし、ピストン運動を始める。
 
「これ、結構疲れるな」
「私、男の子としてHしたことないけど、彼がやってるの見てても大変そうという気はする」
「冬は気持ちいい?」
「割と気持ちいい」
「ずるーい。この後、冬がこれ付けて私にインサートしてよ」
「そんなの貴昭君とすればいいじゃん」
 

政子は5分くらいピストン運動をした後で
 
「疲れた。もう出しちゃう」
と言って、射精する。
 
「射精しても到達感が無いな」
「作り物なんだから仕方無いよ」
 
「冬は、私と1度だけした時、到達感あった?」
 
私は去勢手術を受ける前夜に、たった1度だけ、男の子として政子とセックスをしている。
 
「政子が凄く幸せそうな顔してたから、私はそれで満足したよ」
「それはそれとして、物理的な到達感は?」
「うーん。それは無かった気がする。むしろ射精しちゃったのを自分でも驚いた」
 
「やはり、冬のおちんちんは偽物だったこと確定だな」
「そうなる訳!?」
 

政子は私だけ気持ちよくなったのずるいと言って、おちんちんを取り外した上で、クリちゃんを刺激することを要求したので、ぐりぐりとしてあげる。
 
「何時だっけ? 午前3時か。もう寝なきゃね」
と政子は気持ち良さそうな顔をしつつ言う。
 
「うん。充分寝ておかないと、お客さんを満足させられるだけのパフォーマンスはできないよ」
 
明日は午前中に福岡に移動して福岡公演である。但しKARIONが熊本公演なので政子は福岡空港から直接ライブ会場に入るが、私は和泉たちと一緒に福岡空港から熊本にレコード会社の用意したバスで移動する。
 
「子牛も眠る草三つ時って今くらいだっけ?」
「草木も眠る丑三つ時では?」
「あ、ちょっと間違い」
 
「だいたい2時から2時半くらいだよ。丑の刻というのが1時から3時までの2時間で、三つというのは、その2時間を4分割した内の3つ目」
 
「こういう時間帯って凄く創作意欲が湧くんだよね」
「まあ妄想とかもしやすいよね」
「冬はこのくらいの時間帯に曲を思いついたりしない?」
「うん。私もだいたい夜間にフレーズを思いついたりするよ」
「私、今何か思いつきそうだけど眠いから、冬それを書き留めて」
「はいはい」
と言って私は左手でバッグの中から紙とボールペンを取り出し、左手にボールペンを持った。
 
「あれ、冬、左手でも書けるんだっけ?」
「書けないことはない。でも右手は今マーサのを刺激するのにふさがってるから」
「うん。そちらはやめないでよね」
 
と言ってから政子は思いついた詩の言葉を呟き始めた。私は少し意識を戻してそれを書き留めた。『諜報大作戦』というちょっと危ない詩であった。
 

翌日朝は結局7時頃まで寝ていた。
 
「マーサ、起きなきゃ」
と言って揺り起こす。しかし政子は
 
「もう一杯、お代わり」
などと寝言で言っている。
「マーサ、マーサ、起きて」
と言って無理矢理起こした。
 
「あ・・・」
「やっと目が覚めた?」
「今、トンカツの味噌汁、お代わりを食べる所だったのに!」
 
トンカツの味噌汁って、どういう味噌汁だ!??
 
「朝御飯に行こう。顔洗っておいでよ。8時にはホテル出るよ」
 
政子は大きく伸びをして起き上がったが
「食べ損なったから、今度トンカツ作ってよ」
などと言っている。
 
「トンカツくらい、いつでも作ってあげるよ」
 
と言いながら、私は部屋の入口の所に差し入れてある新聞を取り、政子が顔を洗っている間に開いて記事を眺めていた。
 
が、途中で固まってしまう。
 
「冬、どうしたの?」
と洗面所から戻ってきた政子が訊く。
 
「ね、これ誰に見える?」
と私は、その新聞の全面広告のページを政子に見せる。
 
「ゆみちゃん!?」
 
そこにはAYAのゆみのヌード写真が載っていて、右下にSaintes-Maries-de-la-Merという文字だけが書かれていて、他には何も情報が無い。
 
「これテレビドラマか何かの宣伝?」
「恐らく、写真集出したんだと思う」
「すごーい。もしかしてヌード写真集?」
「だろうね。こんな写真を広告に出すなんて」
 
「でもこの『海の聖マリア』ってどういう意味?海の近くで撮影したのかな?」
 
フランス語の得意な政子なので、Saintes-Maries-de-la-Merを翻訳的に読んでしまう。
 
「フランスの都市の名前だよ。知らない? キリストが昇天した後でマグダラのマリアや、マリア・サロメとかがフランスにやってきて、キリストの教えを広めたという伝説」
「ああ、そんな話があったね」
「その上陸地なんだよ。ここは」
 
「へー。ゆみちゃんをマリア様に例えて湘南の海かどこかで撮影したのかと思った」
「AYAは予算あるから実際にフランスのサント・マリ・ドゥラ・メールに行って撮影したんだと思うよ」
 
「いいなあ。私もフランスかモロッコあたりで写真撮ってヌード写真集出したーい」
「フランスからモロッコが出てくるのは文化圏的に分かるけど、モロッコはイスラム圏になるからヌード写真の撮影は無理だと思う」
 
「あ、タヒチとかもいいな」
「そこもフランス文化圏だね。タヒチは開放的だから撮影できそう。でも、そもそもお父さんが許してくれるならね?」
 
「ああ、絶対許してくれなさそう!」
「だろうね」
と言って私は苦笑した。
 

その日、私が熊本でのKARION公演を終えてローズ+リリー公演のある福岡まで戻ってくると、政子は楽屋でAYAのヌード写真集を眺めている。
 
「あ、さっそく買ったんだ?」
「私が買いに行くと言ったら、窓香ちゃんが私が買ってくるというからお願いした」
と政子が言っている。
 
「マリさんを公演前に外出させたら、花枝さんに叱られます」
と窓香は言っている。
 
今回、ローズ+リリーのツアーには甲斐窓香(△△社の月羽涼香の妹。つまりローズクォーツのサトの義妹)が付いてくれている。昨年のツアーには桜川悠子が付いてくれたのだが、悠子は人が良いので、わがままな政子にかなり振り回されていた。それで今回は花枝の判断で選手交代となり、悠子はローズクォーツの方に付いている。渡部賢一グランドオーケストラにはベテランを付けた方がいいだろうという大宮副社長の判断から、○○プロの秋田有花さんを付けてくれた。篠田その歌の最後のマネージャーを務めた人である。
 
「凄くきれいに撮ってあるよ」
と言って政子は写真集を見せてくれる。
 
「うん。きれいだね」
「撮影したの、新庄幸司さんじゃん」
 
「新庄さんには私たちも写真撮ってもらったね。着衣だけど」
「うん。大学1年の時と2年の時に撮影して写真集出したね。あの時ヌードも撮ってもらってたら良かったなあ」
 
「そんなことしてたら、お父さん、芸能活動再開、絶対認めてくれてないよ」
「だよね〜」
 
「ネットの反応見てたけど凄い。これかなり売れてるっぽい」
「まあ、売れるだろうね。人気絶頂でこういうの出したら」
「よくお父さんが許してくれたなあ」
 
「いや、多分お父さんの許可は取ってないと思う。20歳すぎてるから法的には親の承認は不要だし」
「そう?」
「ゆみちゃんち、どうも色々事情が複雑みたいだよ」
と私は言う。
 
「そういえば、ゆみちゃんがお父さんやお母さんの話をしてるの聞いたことないな」
と政子。
 
「妹さんのことさえ、めったに話さないよね」
「ゆみちゃん、妹さんがいるの!?」
 
「それ自体、知らない人が多いよね」
 

ローズ+リリーとKARIONのダブルツアーは順調に進んでいた。それと並行してローズクォーツ、渡部賢一グランドオーケストラの公演も進んでいた。
 
4月26日はKARIONが横浜、ローズ+リリーが幕張。(RQ:東京赤坂, GO:札幌)
4月27日はKARION・ローズ+リリー共に那覇。(RQも那覇, GO:仙台)
4月28日はKARIONが熊本、ローズ+リリーが福岡。(RQ:福岡)
4月29日はKARIONが福岡、ローズ+リリーが小倉。(RQ:広島, GO:東京)
5月3日はKARION・ローズ+リリー共に札幌。(RQも札幌, GO:福岡)
 
そして今日5月4日はKARION東京国際パティオ、ローズ+リリーが横浜エリーナである(ローズクォーツは横浜フューチャーホール、渡部賢一グランドオーケストラは大阪)。
 
その日はゴールデンウィーク中ということもあり、KARIONの楽曲作詞者のひとりで福島市の大学に通っている櫛紀香さんがKARIONライブにゲスト出演するために来ていた。政子は櫛紀香さんにまた会いたいと言って、私と一緒にKARIONライブのある東京国際パティオまで出て来た。
 
「え?櫛紀香さんの本名って《よしだたくろう》なんですか?」
と政子は驚くように言ったが
 
「割と常識だと思ったな。2chとかにもよく書かれている」
と美空は言った。
 
「知ってた?」
と言って政子が左右を見回すと、和泉と私は頷くのに対して、小風は
「私も知らなかったぁ!」
と言っている。
 
「でも有名フォークシンガーとは全然字が違うんです」
と言って櫛紀香は
 
《芳田卓郎》
 
と字を書いてみせた。
 

「でも櫛紀香という名前は性別を誤解させるよなあ」
と言いながらも政子は楽しそうである。政子はその手の話が大好きなのである。
 
「性別を間違えられるといったら★★レコードの松前社長なんかが凄いよね」
 
「うん。松前慧子さん」
と言って私は櫛紀香さんの本名の隣に字を書いてみせる。
 
「これで《さとし》と読むというのが無茶。中高生時代に、定期券を見せて、あんたこの定期券違うと言われたこと何度もあるって」
 
「それで大学生時代には違うと言われないように女装で通学してたんだっけ?」
「勝手な妄想話をでっちあげないように」
 
「冬は高校時代、いつも女子制服だったんでしょ? 性別男の定期券を持っててとがめられたことない?」
と小風が訊いたが
 
「冬は性別女の定期券を使ってたんだよ」
と和泉がバラしてしまう。
 
「そうだったのか。だったら何も問題無いね」
と小風。
 
「私、高校時代は学生服で通学してるけど」
「だから今更そういう嘘をついてはいけない」
 
「松前社長の名前は、三木のり平さんの本名なんかと似たパターンだよね」
「則子と書いて《ただし》だよね。九州の方の駅長さんにも、やはり《子》が付く男性が以前いたよ。松浦駅だったかなぁ。その人はお父さんが、昔は小野妹子とか聖徳太子とか子が付くのは男だったんだとか言ってたって」
 
「その理屈が無茶だな。だいたい聖徳太子って名前じゃないじゃん」
「単なる後世の呼称。個人名は厩戸だよね」
 

「でも今回のツアーに諫早とか甲府とかが入っている理由が、やっとファンにもバレたみたいね」
と小風は楽しそうに語る。
 
「うん。今回はメンバーの出身地を回るからね」
 
「ローズ+リリーはマリちゃんの出身地・諫早と、ケイの出身地・高山に行く。KARIONは私の出身地・水戸、みーちゃんの出身地・大阪、和泉の出身地・甲府に行く。蘭子の出身地・高山にも行きたかったけど、同じ日に高山でローズ+リリーが公演して、適当な会場が同じ高山市内に取れなかったからこちらは岐阜市でやるけどね」
 
と小風はほんとに楽しそうに解説する。
 
「いっそ同じ会場でKARION, ローズ+リリーのダブル公演ができないかというのも検討したみたいだけど、周辺の交通の問題で警察側が難色を示したのと、KARION公演の後でトイレとかに隠れていて、そのままローズ+リリー公演まで見ようとするファンが出た場合に対処できないというので、断念したみたい」
と和泉は言う。
 
「ローズ+リリーはユニット誕生の地・宇都宮でもやる」
と私が言うと、小風が
「KARIONの誕生の地ってどこだろ?」
と訊く。
 
「2007年11月10日に初めてこの4人が一堂に会したんだよ。**市のスタジオで。だから私はそれがKARION誕生の日だと思ってる。その意味では今日の東京公演がKARIONの里帰り公演」
と和泉は言う。
 
「あの時、ゆきみすず先生に言われて4人で一緒に歌ったからね」
と美空も言った。
 
「確かにサインの最初の日付も2007.11.10だからね」
と私も言うが、少し付け加える。
「ただ、KARIONのメンバーの契約書は2007年12月17日に発効したはず」
 
「よく覚えてるね?」
「その契約書発行前日の16日に例の大事件があったからね。あれは契約発効日の夜からテレビでスポット流す、というスケジュールで進行してたんだもん」
 
「そうか、そうだった。でも、あれはしんどかったね」
と和泉が言う。
 
「もっともその日も都内のスタジオに4人が集まったね」
「うん。それで新たにPVの撮影をした」
 

「ね、冬。私と冬が最初に会った場所ってどこだろ? 高校?」
 
「中学時代にも一度会ってるよ」
「え!?」
「中学1年の12月に、政子、吹奏楽部の演奏会に出たでしょ?」
「あ、出てると思う」
「その時、政子、フルートの調子がおかしかったようで、さかんに振ってたんだよね」
「ああ。何か詰まってる感じだったんだよ、あれ。終わってからよくよく点検したら、掃除用の紙が入ってた」
「政子らしいや。それで政子がフルートを振りすぎて客席に飛ばしちゃって、そのフルートが命中したのが私」
 
「えーー!? そうだったんだ? 飛ばしたのは覚えてるけど、どんな人にぶつけたかは覚えてないや」
 
「不思議な出逢いだね」
と和泉が言っている。
 
「もっとも、政子が福岡に住んでいた時代に、一度海の中道のプールで会ってたかも知れないけど私もさすがに当時のことは記憶が曖昧なんだよ」
 
すると政子は少し考えていた。
 
「私、海の中道のプールには1度しか行ったことない。その時、遠くから来た女の子数人と遊んだ記憶がある」
 
「女の子数人と遊んだ? あ、じゃ私じゃないね」
と私は言ったのだが
 
「待て」
と複数の声。
 
「マリちゃんって小学校に上がる年に東京に引っ越したんだったよね?」
と小風が言う。
 
「そうそう」
「それってさぁ。冬が幼稚園の頃、既に女の子になっていて、幼稚園時代のマリちゃんと遊んだと考えれば、何も矛盾が無い」
と小風。
 
「その説に賛成」
と和泉と美空が言う。
 
「私、その時、その女の子たちと一緒に歌を歌ったんだよ。そしてその子たちに褒められて、少しだけ歌に自信を持つことができたんだよね」
と政子が言う。
 
「つまり、冬と政子ちゃんが最初に一緒に歌ったのは福岡ってこと?」
 
「いや、私は男の子なんだから、それは違う子だよ」
と私は言ったが
 
「当時から女の子だったに違いない」
と全員から断定されてしまった。
 
花恋は笑っていたし、櫛紀香さんは感心したような顔をしていた。
 
「ローズ+リリーの本当の誕生の地は福岡の海の中道ということで確定だな」
と小風は楽しそうに言った。
 
私もさすがに藪蛇だったかなと後悔した。
 

「だけど何だかんだ言って、ケイってちゃっかり1日に公演3つ掛け持ちしちゃってるね」
と政子は楽しそうに言う。
 
「ちゃっかりじゃなくて、結構きついんですけど」
と私が言うと
「まあ、きついだろうね」
と小風も笑いながら言う。
 
「ローズクォーツの公演は11日で終わりだから、その後はKARIONとローズ+リリーだけになって、随分楽になる」
 
5月11日以降は、17日が水戸/宇都宮、18日は幕張/東京、24日は甲府/松本、25日は長岡/新潟、31日は富山/金沢、6月1日は岐阜/高山、7日は米原/大津、8日は岡山/広島、14日は長崎/諫早、と来て最後はKARION大阪、ローズ+リリー神戸で打ち上げである。
 
「アイドルの公演とかでは1日に3〜4回ライブやるのもあるけどね」
「アイドル自体が消耗品扱いだからなあ」
「アイドルになりたがってる子はいくらでもいるからね」
 
「でもローズ+リリーはデビュー当時土日に1日16ヶ所キャンペーンなんてのもやってる」
と私が言うと
 
「ああ、それは消耗品扱いだ」
と小風に言われる。
 
「KARIONはそこまで凄いのはしてないな」
と和泉。
 
「それ20分ずつ歌ったとしても320分、5時間20分になるね」
と美空。
 
「喉を痛めないように私自身も政子にものど飴を舐めさせていたよ。移動中の車の中ではひたすら寝てたし」
と私。
 
「まあそれで私は消耗して、復活に時間がかかった気もする」
と政子は言う。
 
「私もそれでその時期に先行する1年くらい前からの記憶が曖昧だったり矛盾してたりするんだよね」
と私も言う。
 
「いや、冬の話はその時期でなくても矛盾に満ちてる」
「まだ私たちに隠してることあるよね、きっと」
 
などと言われて私はたじたじとなる。
 
「でもピンクレディの人たちとかも活動していた時期の記憶がほとんど無いって以前言ってた」
「あれはあまりにも酷使しすぎ」
「日本では大丈夫だろうけど、某国の歌手とかだと、それに性接待まで入るんだよなあ」
「いや日本でも、かなり怪しい事務所がある」
 
「うん。こんな事務所に大事な娘をあずける気が知れんと思うほど酷い事務所もある」
 
「まあ、私たちが運が良かっただけという気もしないではない」
「それでも30-40年くらい前からすると、この業界も随分健全化してきたって一度浦中さんが言ってたよ」
「ああ。昔はほんとに酷かったろうね」
 
「多分芸者さん扱い」
「というか事務所も置屋感覚」
 
「やはり、吉田拓郎さんたちのフォーライフが設立されたり、ぴあが出来てチケット販売の流れがまるで変わったり、最近だとAVEXの活動とかで、システムも刷新されて、新しい血が入ることで正常化してきたんだと思う」
 
と小風が言うと、櫛紀香さんがビクッとした顔をする。
 

「ん?どうしたの?」
「いや。今自分の名前が呼ばれた気がした」
 
「ああ」
「櫛紀香さんも時代を変えて行こう」
 
「そうだなあ」
「大学卒業した後はどうするんですか?」
「実は何も考えてない」
「KARIONの作詞家専任になる?」
 
「それ二択だと思っているんですよ。会社勤めしちゃうと、結局24時間365日、そちらに取られてしまう。だから作詞活動を続けるには専業になるしかないと思うんだけど、それだけでは食っていけない。今考えているのは、うちの実家の地区はとうとう原発事故後の避難指示が解除されたから、あそこで農業やるのもいいかとも思ってる。両親も僕が戻ってくるなら一緒に頑張ると言っているので」
 
「農業詩人かな」
「格好良いかも」
 
「専業になってくださるなら、事務所の他のアーティストにも可能なら提供して欲しいって社長が言ってたよ」
と和泉が言うと、櫛紀香さんは頷いている。
 
「でも放射能はマジで大丈夫?」
と小風が心配そうに訊く。
 
「自主的に、土は全部入れ替えるつもり」
「ああ」
 
「家も建て直す。幸いにもKARIONの印税があるし。家の建て直しは実は最初から考えていた」
 
私たちは頷く。
 
「こないだ行ったらね。一面に菜の花が咲いてたんです。そこの土を掘り返して花たちを潰しちゃうのは、ちょっと心がとがめるけど、そこに新しい生活を築きたいんですよね」
と櫛紀香さんが言うと
 
「ミッシェル・ポルナレフの歌にあったね?」
と和泉が私の顔を見て訊くように言う。
 
「『おばあちゃんを殺したのは誰?(Qui a tue grand maman?)』って曲。ブルドーザーがおばあちゃんを殺した。花たちをドリルやハンマーに変えた」
と私は答える。
 
「1970年代だと無秩序な自然破壊を嘆く歌だったんだろうけどね」
 
「今回の場合は、人が入れなくて花たちやネズミたちの国になっていた所に人が入っていくのは良いこと」
 
「畑耕して、牛とかも飼いたいし。牛飼うための土地はいくらでも買えそうな気がするし」
と櫛紀香さん。
 
「うん。頑張ろう」
 
「でもブルドーザーって元々牛が寝るって意味だよね?」
「そうそう。それまで牛に引かせていた工作機器をエンジンで動かしたのがブルドーザー。牛は寝てていいよという意味」
 
「牛がまどろみながら草を食んでいられる所にしたいです」
と櫛紀香さんは言った。
 

「だけどローズ+リリーの曲は、主として私たちが自分で作った曲と上島先生の曲ばかりだけど、KARIONはいろんな人から楽曲もらってるね」
 
と政子は言う。
 
「まあ、森之和泉+水沢歌月(泉月)で半分くらいは書いているけど、櫛紀香さんまたは福留彰さんが詩を書いたものに相沢孝郎さんが曲を付けたもの(櫛孝・福孝)、ゆきみすず先生とすずくりこ先生のペアの作品(雪鈴)、樟南さん、スイート・ヴァニラズさん、東郷誠一先生、それから広田純子・花畑恵三ペア(広花)、葵照子・醍醐春海ペア(照海)」
と和泉は名前を挙げていく。
 
「あとごく初期には木ノ下大吉先生から作品を頂いたんだよね」
「木ノ下先生は作曲活動に復帰しないのだろうか」
「やはり長年無理な活動を続けて、精神にかなりダメージが来てるみたいね。沖縄に行くまでは無気力で1日中ぼーっとして過ごしていることが多かったという話」
「今は紅型(びんがた)染めの修行してるんだっけ?」
「あれ?私は三線(さんしん)作りの修行と聞いたような」
「日本の歌謡史にあれだけの足跡残した人だもん。きっとまた何かやるよ」
 

「すずくりこ先生はこないだ大変だったみたいね」
「うんうん。テレビ見た」
 
「例の偽ベートーヴェンのとばっちりね」
 
「うん。あれで耳が聞こえないのに作曲をしている、すずくりこ先生まで疑われて、テレビ局のスタッフが付いている状態で大学病院で聴力検査まで受けさせられていたからね」
 
「昨年ヒーリングの達人のセッションを受けて、低音の認識に関してはかなり回復はしているんだけど、ふつうの人の声に関しては障害者3級レベルという診断だったね」
 
「でもそもそも、すず先生は障害者手帳を取ってなかったから」
「そうそう。充分な収入のある自分がそんな優遇を受けるのは申し訳無いと言って申請してなかったんだよね」
 
「作曲作業の方も、複数のテレビ局が取材してたね」
「うん。特に**テレビのが徹底してた。テレビ局で用意したセミプロ作詞家数人にその場で詩を書かせて、その中から、街で歩いている人つかまえてダーツ投げさせてどれかを選んで、それにその場で、すず先生に曲を付けてもらうという」
 
「冬なんかがやってるのに似てたね。すず先生、その歌詞を見ながら五線譜に直接音符を書き込んでいってメロディーを作っちゃった。あれだと耳が聞こえるも聞こえないも関係無い」
 
「途中音を勘違いしている所がいくつかあって、ゆきみすず先生が修正したので、よけい本当にその場で作曲しているんだ!というのが信じてもらえた感じだった」
 
「2〜3度音が移動する所は間違えないけど、やはり4〜5度飛ぶ所は勘違いしやすいんだよ」
と私はコメントする。
 
「実際に普段やっているのでは、この程度はアシスタントさんが調整するんですよ、とゆき先生は言ってたね」
 
「でも特に力作については、ゆき先生が直接修正することもあります、というのを明かしていたのも、好感されてた感じだった」
 
「まあ、ゆき先生が結構曲にも関与していることは、作曲家の間ではわりと知られていたんだけどね」
と和泉が言う。
 
「KARIONの楽曲制作でも、けっこうゆき先生、その場で楽曲の修正やってたね」
 

政子は少し考えている風にしていたが、やがて言った。
 
「私、樟南さんとは何度か話したことあるし、スイート・ヴァニラズの人たちには随分お世話になっているし、東郷誠一先生もパーティーで会ったことあるけど、広田純子・花畑恵三ペアと、葵照子・醍醐春海ペアには会ったことない」
 
「広田・花畑ペアは何度か、KARIONの楽曲制作現場に出て来てくれた」
「あのペアはKARION作品が出世作になったんだよね」
 
「うん。それまでもコンペに当選してとかで何人かのアーティストの曲を出してはいたけど、KARIONの『鏡の国』が売れるまでは、3万円を超える印税をもらったことなかったらしい」
 
「広田さんと花畑さんって、カップル?」
「違う違う。従姉弟同士」
「へー」
 
「広田さんは詩の同人とかで活動してたんだよ。花畑さんは最初の頃自分で作詞作曲してたんだけど、広田さんが詩を書くのを知ってたから、一度自分の曲に詩を書いてくれないかと頼んで、その最初の作品がコンペに通ったんだよ。もらった印税は2万円くらいだったらしいけどね」
 
「まあ、コンペって、しばしば通ってもそんなものだよね」
 
「アイドルも消費されてるけど、コンペに参加する作詞作曲家も消費されてる」
 

「葵照子・醍醐春海ペアは、そういえば、私も会ったことないな」
と和泉は言った。
 
「和泉ちゃんも会ってないなら、どうやって連絡取ってるの?」
 
「あれは∴∴ミュージックの親会社みたいなものに当たる∞∞プロが連絡を取ってくれる。こんな感じの曲がほしいんですけど、ってオーダーすると、だいたい1週間程度で作ってくれる。すっごく可愛い字でコメントが書いてあるのが良い感じ」
「あ、じゃ醍醐春海さんは女の人なんだ?」
「だと思うよ。まあ男の子で可愛い字書く人もいるかも知れないけど」
「女の子になりたい男の子ならあり得る」
 
「確かに春海って、男女どちらもあり得る名前だね」
 
「葵照子・醍醐春海ペアは、KARION以前から、∴∴ミュージックの五人娘(2003年に倒産した他の事務所から移ってきた女性歌手5人)に曲を書いてたりしてたんだよね。そんなに売れている訳ではないけど、そこそこ良い曲を書いてくれている。やはりこのペアもKARIONが当たったので、凄い収入を得たみたい」
 
「まあ5人娘は名前は売れてるけど、CDは売れてない。ここだけの話」
 
と小風が言うと、楽屋の隅で話を聞いていたマネージャーの花恋が苦笑している。
 
「ああ、花恋ちゃん、鈴木聖子さんのライブによく付いてるもんね」
「鈴木聖子さんは、しばしば鈴木聖美と間違えられてチケットが売れる」
「でも充分上手いから、間違ってライブに来てからファンになる人が多い」
 
「向こうの事務所と一時期名前について話し合いもしたみたいですけどね。まあ本名だから、向こうとしても文句言わないというか、正確には黙殺するということで話が付いたみたい」
と花恋は言う。
 
「まあ、∴∴ミュージックは弱小だけど、∞∞プロがバックに居るから」
と和泉。
 
「やはり大手がバックに居るとそのあたりが押し通せる」
と小風。
 
「ああ、UTPも○○プロ傘下だから、結構わがまま許されてる」
と私。
 

「でも葵照子・醍醐春海ペアの方は、わりとあちこちに楽曲提供している割りには、表に出て来ないよね」
 
その時美空が
「会ったことあるのは、この場にいる中では私だけかも」
と言ったので、みんな
 
「えーーー!?」
と声をあげる。
 
「みーちゃん、どこで会ったの?」
 
「中学生時代からの知り合いなんだよ」
「え? じゃ、そのふたり、私たちと同世代?」
「私たちより1つ上だよ。ふたりともまだ大学生」
「てっきり30代くらいの人たちかと思ってた!」
「けっこう昔から居るもんね」
 
「でも1つ上で大学生って、留年でもした?」
「違うよー。葵照子さんは医学部だから、今6年生。醍醐春海さんは理学部だけど、院まで行ってるから今修士課程の2年」
「へー」
 
「学生だから、表に出るのを避けて勉強に時間を取るようにしてるんだよ」
「なるほどー」
 
「醍醐春海さんは、Lucky Blossomの初期のアルバムに楽曲を提供していた大裳(たいも)さんの別名義。『大裳』って読めない人が多いから『だいご』と誤読されたことあって、それで開き直って『醍醐』という別名義を考えたらしい」
 
と美空は解説しながら紙に《大裳》と書いた。
 
「確かに読めん」
「裳ってスカートのことだよね?ロングスカート?」
と和泉が尋ねる。
 
「衣服の精霊の名前じゃなかったかな?」
と私はコメントした。
 
「ほほぉ」
 
「でもLucky Blossomにも関わってたんだ!?」
「そもそもLucky Blossomの結成に関わってたらしいよ。メンバーではないけどね。私もそのあたりの経緯は詳しく聞いてないんだけど」
 
「それは知らなかった」
「じゃ意外に重要人物だったんだ」
 
「私、大裳さんの『六合の飛行』好き」
と和泉が言う。
 
「あれはファンが多いよね。ライブでもいつもやってたし、ベストアルバムにも入ってた」
と私も言う。
「でもLucky Blossomの3作目以降には参加してないなと思ったら、醍醐春海として活動してたのか」
 
「柊洋子からケイになったみたいなものかな」
などと美空が言うので、私は咳き込んだ。
 

「醍醐春海さんは、やはり女の人なの?」
と小風が訊いた。
 
「女の人だと思うけどなあ、多分」
と美空。
 
「多分?」
「裸にしてみた訳じゃないけど、女の子に見えたよ」
「何か性別を疑う理由でも?」
 
「その時、ちょっと性別のこと話題になってたんで、私もノリで『私男です』
と言ってみたんだけどね。私、低音ボイスだから、一瞬信じかけられた」
 
「ああ、みーちゃんって話す時、特に低い声で話すもん」
 
「それに私、おちんちん付ける手術するかもって言われたことあるしね」
と美空が言うと
 
「えーーー!?」
という絶叫が起きていた。
 

「で、おちんちん付けたの?」
 
「その時、私がおちんちん付けて男になっていたら、KARIONは女の子2人、男から女に変わった子、女から男に変わった子の4人組になってたのかな」
 
「かなりコンセプトの違うユニットになってるな」
「レインボー・フルート・バンズみたい」
「実際は4人とも生まれながらの女だからね」
「私、生まれた時は男だったけど」
「生まれた直後に性転換したんだから、女に生まれたのと同じ」
「なぜいつのまに、そういう話に・・・」
 
「でもおちんちん付けるってどうやるんだろ?」
「どこまで本当か知らないけど、近い内におちんちん取ることになっている子がいるから、その子からもらってくっつけるなんて話もあったみたい」
 
「あ、きっとそれが冬だ」
「それいつ頃?」
 
「小学6年の時」
「じゃ冬じゃないな」
 
「冬は小学5年生の時点で既に女の子の身体であったことが確定済だから」
と政子。
 
「そんなのいつ確定したのよ?」
と私は言った。
 
櫛紀香さんが思わず股間を押さえていた。
 

KARIONのシングル『四つの鐘』に封入されていた投票券によるKARIONベストアルバム構成曲を選ぶ投票は、この春のツアーの最中、5月1日にいったん中間結果が発表された。
 
ここまでKARIONが発表した曲はシングルとアルバム合わせて162曲ある。その中でベストアルバムに収録する予定の曲は13曲+KARION自身が選ぶ1曲であるが、投票上位24位までが発表された。
 
1.『雪うさぎたち』 2.『白猫のマンボ』 3.『アメノウズメ』 4.『海を渡りて君の元へ』 5.『水色のラブレター』 6.『星の海』 7.『秋風のサイクリング』 8.『あなたが遺した物』 9.『Crystal Tunes』 10.『僕の愛の全て』 11.『雪のフーガ』 12.『金色のペンダント』 13.『幸せな鐘の調べ』 14.『歌う花たち』 15.『Snow Squall in Summer』 16.『優視線』 17.『春風の告白』 18.『キャンドルライン』 19.『スノーファンタジー』 20.『愛の悪魔』 21.『FUTAMATA大作戦』 22.『ハーモニックリズム』 23.『食の喜び』 24.『コスモデート』
 
また、同時に投票券の入手方法の追加が発表された。
 
gSongs store, Artemis, Tabiya, Direct-CD, および★★チャンネルから、投票終了までの期間中KARIONのどのシングルまたはアルバムでも、まるごと購入した人に投票用IDが表示されることになったのである。
 
「とってもあからさまな何とか商法なんですけどー」
 
という声はネットで見かけられたものの、どのCDでも良いというのは比較的好意的に受け止められたようであった。実際には、初期のあまり売れていなかったCDや、極端に売れ行きが悪く、改訂版を出したことをアナウンスしなかったので結果的に買った人の少なかった『恋のブザービーター』などのダウンロードが多かったようである。またネットの反応を見ていると、gSongs storeで過去に買っていた人が、今年1月から営業開始した★★チャンネルに新規登録して再度ダウンロードしたりするケースもあったようである。
 
データ形式が gSongs store は 256K AAC, Artemis は256K mp3, Tabiyaは320K MP4, Dirct-CDは320K AAC, ★★チャンネルは 320K AAC/WMA/mp3選択方式 と各々形式が違うので、自分が過去にダウンロードしたのと違う形式のも取っておこうという人もあったようである。
 

ところで、私がローズクォーツのライブ冒頭に「ホログラフィ出演」したことが伝わると、ローズクォーツのチケットが売り切れた以外にも、もうひとつ波紋が起きていた。それが5月5日の日程である。この日、名古屋で、ローズクォーツ、ローズ+リリー、KARIONに加えて渡部賢一グランドオーケストラのコンサートもある。時間を見ると
 
13:00-15:00 KARION 名古屋チェリーホール(3000) 但しサイン会が-15:30
14:00-16:00 渡部賢一 名古屋市民ホール(2300)
18:30-20:30 ローズクォーツ 名古屋ドラゴンホール(1400)
19:00-21:00 ローズ+リリー 名古屋リリープラザ(5000)
 
となっている。KARIONのコンサート後のサイン会が終わっても、渡部賢一グランドオーケストラのコンサートはまだ30分残っている。ということは、それから駆け付ければオーケストラのアンコール付近には顔を出すことができるのではないか? という憶測をする人たちが出てきたのである。
 
「ホログラフィ出演じゃなくてリアル出演だったりして」
「4ホールとも名古屋市内だから移動可能ではある」
「しかしいくらなんでも1日に4つの公演に出るのは無茶では?」
「いや、ケイならあり得る」
 
渡部賢一グランドオーケストラは東京と大阪で2000席の会場を使用し、他の都市では1300-1700席の会場を使用していたのだが、名古屋だけ実は2300席もある会場を使っている。これは同じ日にローズクォーツがちょうどいいサイズのドラゴンホールを使っているので、仕方無く少し大きめのホールにしたのでここはチケットが結構余っていたのだが、この《ホログラフィ出演》の話が知られてから、ケイがここに顔を出すのでは?マリちゃんも来るかも?などと噂が噂を呼び、名古屋公演のチケットがこのあと数日で売り切れてしまった。
 
「お客さんの憶測を呼ぶというのは有効なセールス手法だね」
「何度もは使えませんけどね」
 
と私と町添さんは言い合った。
 

私は5月4日横浜エリーナでのローズ+リリーのライブが終わった後、政子と一緒に名古屋に新幹線で移動し、名古屋市内のホテルで泊まった。
 
そして5日朝、まだ寝てるという政子をホテルに放置し(ホテルのロビーで部屋の鍵を窓香に預け)、KARIONの公演が行われる名古屋チェリーホールに入った。
 
トラベリングベルズのメンバー、ピアニストの美野里、ヴァイオリニストの夢美、フルーティストの風花、グロッケンの敏、管楽器奏者の七美花らと共にリハーサルをする。
 
一息ついた所でゲストコーナーに出演するAPAKのメンバーがやってくる。彼女らは今回のツアーでは午後一番のKARIONのライブに出た後、夕方くらいにその会場近くのどこかのライブハウスで演奏するという、なかなかヘビーな営業をしている。
 
「でもKARIONライブに出ているおかげで、じわじわとCDが売れているんですよ。昨日の東京でとうとう1000枚越えましたし」
とギターのAkkoが言う。
 
「一週間ちょっとで1000枚売れたんなら上出来だね」
と私は言ったのだが
 
「あ、違います。APAK結成以来の累計で1000枚突破した所で」
とAkkoが頭を掻きながら訂正する。
「この一週間では300枚かな」
 
「いや、それでもめでたい」
「うん。私が昔入ってたアイドルグループなんて2年掛けて50枚だったよ。APAKと同じ横浜レコード」
と小風が言うと
 
「私が入ってたユニットは2年で3000枚くらいだったかな。こちらも横浜レコード」
と美空が言うので
 
「それは大ヒット!」
と和泉と小風が言う。
 
「インディーズでそんなに売れたら、普通メジャーデビューの話が来ない?」
「DRKというユニットだったんだけどね。メンバーが高校卒業して、バラバラになるから解散したんだよ」
「へー」
 
「それにメンバーの大半が在籍していた学校が進学校でバイト禁止だったんだよね。でもインディーズなら趣味の範囲ということで学校が許可してくれていたんだ。だからどっちみちメジャーの可能性は無かった」
 
「あれ? それって、美空のお姉さんのバンドじゃなくて?」
 
「姉ちゃんのバンドはまだ続いてるよ。今は私の代わりのベーシスト入れてるから、私はもう関わってないけどね。DRKのほうは中学3年から高校1年の頃にやってたんだよ。KARIONに入るから脱退したんだよね」
 
「そんなことしてたのか」
「全然知らなかった」
「というか、初めて聞いた」
「いや、私が抜けた後も、CDが売れ続けていて印税もらってたから、言ったらやばいかなと思って黙ってた。そろそろ時効かなと思って」
 
「うーん。それは過去のCDだから、契約上問題無いと思うよ」
と私は言った。
 
花恋も
「私も問題無いと思います。社長も気にしないと思いますよ」
と言った。
 
「でもそれ1度社長に言っておいた方がいい」
と和泉は言う。
 

「実を言うとね」
と美空が切り出す。
 
「そのユニット、実は私が参加した最後の録音をKARIONの契約が発効した直前2007年12月15日にやってるんだよね」
「うむむ」
「なんて微妙な」
 
「KARIONの契約は確かに12月17日から有効」
「でもその前に音源製作やってるし、プロモーションライブもしてるし」
 
「一応違反にはならないはず。でもそれも含めて一度社長に言っといた方がいい」
と和泉。
 
「やはりそうかなー」
 
「私も付いててあげるからさ」
と和泉は言った。
「私もね」
と小風。
「私も付いてるよ。それに私自身、似たような論理でローズ+リリーの契約発効前の日付でKARIONの録音やったし」
 
「ああ、そういうのやったねー」
 

やがてKARIONの公演が始まる。
 
今回のツアーでは各公演の進行は全く同じである。初日と同様に最初は鐘の中に隠れていて、3人だけが並んでいる状態からスタートする。それで点呼して声は4つなのに姿が3人しか見えないという話になり、小風が鐘を撞いて私が姿を現す。
 
ライブの様子は先の公演を見た人たちがたくさんブログやmixi日記などに書いているので、とっくにネタバレしているのだが、みんな「お約束の展開」を楽しんでくれた。ただアンコールなどで話すMCの内容は毎日考えて話しているのでネタを考えるのが大変だった。美空は専らその土地の食べ物の話をしていた。
 
15:00少し過ぎた所でライブが終わり、この会場では入場者3000人の中から抽選で120人にサインを書いた。これが15:40頃に終了した。
 
ロビーにいるファンに手を振って楽屋に下がる。そして私はそのまま裏口に行き、ライダースーツを着て手袋をし、ヘルメットをかぶって、そこで待機してくれていた★★レコードの染宮さんという人のバイク(ハーレーだ!)のタンデムシートに座り、しっかり抱きつく。
 
「じゃ、行くよ」
ということで出発。
 
KARIONの公演会場チェリーホールから、渡部賢一グランドオーケストラの公演会場名古屋市民ホールまでは2.6kmある。これをバイクで走ると7-8分で着く。この染宮さんはオートバイの国際ライセンスを持っている人で、今回の移動で万が一にも事故があったら大変ということで、町添さんが指名して私を運んでくれることになったのであった。
 
「町添部長から、万一事故起こしたら★★レコードが倒産するからなんて言われましたけど、私は20年間無事故無違反ですから」
と染宮さんが言う。
 
「わあ、凄いですね。私も一応無事故無違反だけど、免許取って4年半だからまだブルーなんですよね。KARIONのリーダーの和泉は原付と小特を16歳で取っていたので既にゴールド免許なんですけど」
 
「小特って、フルビッター狙い?」
「ですです」
 
「私もフルビッター目指してたんですけどね」
「ああ、中型免許創設で、その時点で普通免許持っている人はフルビッターになれなくなっちゃいましたね」
「悔しかったですよー」
 
「私の親戚にもそう言ってた人がいました」
 
「でもゴールド免許維持したいですね。スピード1割上げても到着時刻は1%も変わりませんから、速度遵守がいいですよ」
と染宮さんは言う。
 
「ええ。私も交通法規遵守の誓約書を事務所に出してますから。AYAなんかは免許取ってすぐの頃にお尻を壁にぶつけて、事務所に免許取り上げられちゃったらしいですけど」
 
「あはは。初心者の内はその程度やりますけどね。でもAYAちゃん凄いですね。思わずあの写真集買っちゃいましたよ」
「いや、私もよくやるなと思いました」
 
 
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【夏の日の想い出・花と眠る牛】(1)