【夏の日の想い出・花と眠る牛】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2014-04-12
名古屋市民ホールの楽屋口に付けてもらう。染宮さんに御礼を言い、バックステージパスを警備の人に見せて中に入る。ライダースーツを脱ぎ、ステージ袖に直行する。
ステージではライブ本編最後の曲の『地上の星』が演奏されていた。お世話係として付いている○○プロの秋田さん、★★レコードの加藤課長・三神さんと握手した。そして急いでKARION公演で着ていた服を脱ぎ、こちらのステージ用の青いドレスを身につける。男性の目があっても平気で下着姿になる。ライブのステージ袖ではよくあることで、加藤さん・三神さんも視線を外すだけで、平然としている。秋田さんが背中のファスナーを締めてくれた。
やがて終曲。大きな拍手と歓声が起きる。指揮者が客席に向かって礼をし、演奏者が左右に分かれて退場する。幕が下りる。
私は指揮者の渡部さんや、コンマスの桑村さんたちと握手する。やがて拍手がアンコールを求める拍手に変わる。束の間の休憩にペットボトルを飲んでいる演奏者もいる。ストレッチしている人もいる。
渡部さんと桑村さんが、三神さんとうなずき合う。幕が上がる。演奏者が出ていく。そして指揮者も出ていく。そして私も出て行くと、歓声が更にヒートアップする。「わぁ」という声が上がる。「ケイちゃーん!」という声が掛かる。快感!!
私は指揮者・コンマスとうなずき合い、自分のヴァイオリンAngelaを構える。
そして森下乃江さんのピアノ前奏に続いて私はポールモーリアの『恋はみずいろ』
のメロディーを弾き始める。他のヴァイオリニストがそれに彩りを添えてくれる。やがて、管楽器の演奏も始まるが、この曲では私のヴァイオリンがひたすらメロディーを弾く。
何か歌うという案もあったのだが、インストゥルメンタルの世界に酔っている客に歌入りの曲は無粋でしょうということで、私も楽器を弾くことにしたのである。ヴァイオリンは昨日の内に★★レコードの加藤課長に預けておき(超高額の楽器なので万一のことがあってはいけないと加藤さんが直接対応してくれた)今日は直前に今回のツアーに付いていてくれるチューナーさんに調弦してもらっている。
最後はトランペットやトロンボーンなど金管セクションと一緒にメロディーを弾いて終曲した。
「ヴァイオリン・ソロ、唐本冬子!」
と渡部さんが私を紹介してくれる。聴衆に向かってお辞儀をする。
私はヴァイオリンを袖から出て来た加藤課長に渡す。代わりに愛用のフルートを受け取る。ステージ右側の木管セクションの所からクラリネット担当の詩津紅が出てくる。
最後の曲ローズ+リリーの『影たちの夜』を演奏する。ナディアルのドラマー奈保の華麗なドラムスワークに続いて、同じナディアルの亜矢(Anna)のギター、須美のベースと真知のキーボードも鳴り出し、つづいて弦楽器セクションが音を出して、私のフルートと詩津紅のクラリネットがデュエットで歌の部分を演奏しはじめる。やがて他の管楽器も美しい音を添えてくれる。
この曲のCD音源版では、鮎川ゆまと七星さんのサックス・デュエットで歌部分を演奏している。今回はそのスコアをそのまま、フルート・クラリネットで代替演奏している。
5月5日の名古屋公演に私が顔を出すことを決めた時、最初は私のウィンドシンセとゆまのアルトサックス(あるいは彼女もウィンドシンセ)でデュエットする話にしていたのだが、その後、急遽決まった南藤由梨奈の全国キャンペーンにゆまは南藤のプロデューサーとして付いて回ることになって、グランドオーケストラのツアーには参加できなくなったので、詩津紅と木管デュエットをすることにしたのである。
私と詩津紅のデュエットは高校1年の時の《綿帽子》の再現だ。あの頃私と詩津紅はよく体育館に置かれているピアノを弾きながらデュエットしたし、何度か街頭ライブをしたこともある。その後、詩津紅はコーラス部、私はKARIONが忙しくなって自然消滅してしまったのであるが。
リズミックな曲であり、公演の本当に最後の曲なので、聴衆も手拍子を打ちながら聴いてくれている。私はクラシックの公演も随分やったが、このように聴衆と一体になって演奏できる楽しみはポップスのライブの良さだなと思う。
音楽はやはり参加しなくちゃ!
フルート・クラリネットのデュエットが終わった後で、オーケストラがコーダを演奏する。そして、最後の和音を奏でるとともに、ドラムスの奈保が激しくシンバルとバスドラを叩く。
最後はオーケストラヒットで終わる。
割れるような歓声と拍手の中、私と詩津紅は聴衆に、それからオーケストラに向かってお辞儀をする。指揮者の渡部さんとコンマスの桑村さんが聴衆にお辞儀をする。オーケストラのメンバーが全員立ち上がる。
そして拍手と歓声の中、幕は下りた。
その幕の後ろで私は詩津紅とハグし、
「それじゃ、またよろしく」
と言うと、ポロシャツ・ジーンズにセーターといった服に着替えて、染宮さんと一緒に会場裏に行く。ふたりでハーレーに跨がり、道に走り出す。次はローズ+リリーの公演会場・名古屋リリープラザだ!
「そういや、ケイさんが高校生の時に、名古屋から金沢まで1時間で移動したことがあったとかで、その時、ハーレーで東海北陸道を200km/hでぶっ飛ばしたんでは、なんて噂が出てましたね」
などと染宮さんが言う。
「あれ、その噂があんまり広がったので、私と当時の責任者の○○プロ社長・丸花さんとで、検察庁に自主的に出頭して説明したんですよ。それで検事さんは私たちの説明に納得して、違法性は無いと判断してくれました」
「へー。どうやったんですか?」
「協力してくれた人に迷惑がかかるので公開は出来ませんが、まあハーレーでぶっ飛ばした訳ではないですね」
「だったら、ゴールドウィング?BMW?」
「いや、内容については勘弁してください」
「そういえば変なこと言ってる人たちがいましたよ」
「へー、何ですか?」
「ケイさんが男だっていうんですよね」
「へ、へー」
「こんな美人が男のわけないですよね」
「そ、そうですね」
「そもそも男と女では触った感触が全然違いますから。オカマさんとか見た目は女でも触れば分かりますもん。ケイさんの感触は間違い無く女の子ですからね」
「あはは、一応ちんちんは付いてないかな」
「ですよねー。どっからそんな変な話出て来たんでしょうね」
あはは、あの騒動で、自分の性別は日本中に知られたと思ってたけど、こういう人もいるんだな、と私は何だかホッとした気分だった。
ローズ+リリーの公演会場裏口に到着する。染宮さんのお仕事は今日はここまでなのでよく御礼を言って別れた。
中に入っていくと、政子がひつまぶしを食べていた。
「おつかれー。それ遅いお昼ごはん?」
「ううん。朝ごはん」
「は? 何時まで寝てたの?」
「15時くらいかな?」
「そんなに遅くチェックアウトできるんだっけ?」
窓香が説明する。
「レイトチェックアウトでも12時までなんですが、なかなか起きて来られないので花枝さんにも相談して11時半に鍵を開けて中に入ってマリさんを起こそうとしたのですが、どうしても起きてくれないんですよ。それであの部屋は次の予約が入っているということで、別途シングルを取ってそちらに移ってもらって、15時すぎまで寝ておられました」
「なるほど」
「でもぐっすり寝て爽快。お腹空いたから、出前してもらった」
「まあ26日に始まって10日ほどやってきたから疲れは溜まってるよね」
「冬はお昼は何食べたの?」
「KARIONが13時開演だったから。直前の食事で蛋白質系は避けようということであんパンを1個食べたかな」
「みーちゃんもそれで足りてた?」
「ああ。美空はあんパンとクリームパンを合わせて10個食べたよ」
「さすが我が盟友」
「盟友になったんだ!」
最初にまだローズクォーツの会場にお客さんが入っていないうちにホログラフィと一緒にOzma Dreamとローズクォーツが演奏する練習をしておく。毎日やっていることであっても、会場が違うと回線事情も異なる。思わぬことがあったりするので、この事前確認は重要である。
少し休憩(私は仮眠した)の後で、18時前にローズクォーツの会場の方にいる技術スタッフと連絡を取り、ホログラフィの最終確認をする。その確認が取れてから、ローズクォーツの会場を開ける。KARIONやローズ+リリーは身分証明書を確認しながら、荷物の中のカメラ・録音機チェックをしながら入場させるので時間がかかるが、ローズクォーツではそんなことはしない。人数の確認だけなので速い。ベテランのイベントスタッフの勘に引っかかった人だけ、カメラチェック、時にはボディチェックまでさせてもらい、中に入れていく。
ローズクォーツの開場と同時刻にローズ+リリーの方も開場する。こちらはしっかりとチェックしながら5000人を入れるのでどうしても時間がかかる。その入場してきた人たちが次第に名古屋リリープラザに設置した5000個の座席を埋めていく。
政子が「ちょっと食べ過ぎたかも。少し寝る」などと言っていたので、私はゴールデンシックスの2人を誘って、映写室に行き、そこの窓から会場内を見た。こちらの照明を落としているので会場からこちらは見えない。
「凄いですね。私たちもいつか、こんな人数を前にコンサートしたい」
「毎日歌ってるじゃん」
「ええ。お陰で凄い体験させてもらってます。その内自分たちの名前でやりたいですよ」
「きっとできるよ。私も中学生の頃、他の歌手やバンドのバックで歌ったりコーラスしたりしてて、そんなこと思ってたよ」
「その頃は私たちはライブはしてなかったから」
「大学に入ってからですからね。ゴールデンシックス作って街頭ライブとかもやり始めたのは」
「じゃ、キャリアとしては5年くらいかな?」
「ええ。そんなものです。もっともそれ以前、高校生時代にDRKというバンドを組んでいて、それが解散した後、その元メンバーを中心にあらためてゴールデンシックスを作ったから、DRKからは8年になりますけどね」
「それは凄いキャリアだよ」
と言いながら、私はあれ?DRKってどこかで聞かなかったっけ?と自分の記憶を辿ってみたが分からなかった。
「でもずっとインディーズですから」
「ライブハウスに出るようになったのも1年くらい前からですし」
「大学を出た後だもんね」
「学生時代はお金無いからライブハウスなんて出られなかった」
「私たちの場合は、そんなに入場者取れないから、だいたいこちらがお金を払って歌わせてもらうパターンが多いので」
「まあ、そういうバンドやユニットは多いよね」
「今回氷川さんからお話頂いた時はびっくりしましたよ。いきなり、こんな超大物アーティストのライブに出してもらえるなんて」
「実力はあるのに知名度が無いインディーズの女性ポップスデュオ、というのが今回の企画での絶対条件だったんだよ。君たち上手いもん」
「カラオケ対決では勝てないですけど」
「負けたら、さすがに全部譲る訳にはいかないけど、コンサートの冒頭でも歌わせてあげるよ」
「加藤課長からは絶対勝つなと言われたんですけど、ケイさんからマジで勝負しろと言われたから、私たちマジで歌ってます」
「うん。それでいい。私もマリも真剣勝負。お互い手抜きとかしたらお客さんがしらけるから」
「でもお陰で凄く売れているんですよ。今CDとかダウンロードが」
「この10日間だけで2000枚売れてます」
「それは凄い」
APAKはこの10日で300枚ほど売れたと言っていた。こちらが1桁多いのは個性の問題だろうか。この子たちの歌は個性が強い。曲自体も友人が書いているらしいがよくできている。プロ作曲家としてやっていけるレベルだと思った。そして2人のキャラもユニークだ。だから年齢が高くても氷川さんは出してみようと思ったのだろう。
「氷川さんからも、もし6月までに5000枚まで行ったらメジャーデビューしようよ、なんて言われてるんですよ」
「でもメジャーデビューするなら、今のお仕事はどうするの?」
「辞めてもいいかなと思ってます。メジャーデビューして売れるかどうかは分からないけど、今の年齢がこういうことに挑戦するには最後のチャンスだと思うし」
と花野子(カノン)。
「たまにお仕事しながらメジャー歌手として頑張る人もいるみたいだけど、それって多分歌手も仕事も中途半端になると思うんですよね。だからやるならどちらかだよね、と花野子とは話してるんですけどね」
と梨乃(リノン)。
今回のローズ+リリーのツアーは土日を使って6月15日までなので、会社勤めしている彼女たちも参加可能だったのである。平日にやった4月28日だけ休暇を取っているが、そもそも連休中の4月28日なんて休暇を取る人が多いから、問題無く休ませてもらったらしい。
「ふたりとも大きな企業に勤めてるみたいだからもったいない気もするけどね」
「ええ。でも大きい企業だから、女には大事な仕事させてくれないんですよ」
「ああ」
「大学の同級生で社員50人のソフトハウスに入った子は今年もう主任の肩書きもらってバリバリ男性の部下を動かして仕事してるから」
「小さい企業だと女の子をお茶汲みだけには使ってる余裕無いからね。但し仕事はさせてもらえるけど、給料は安い」
「ええ。そういう話を聞いてて、人生って、色々選択肢があるんだな、と思いました」
「だったら23歳にもなって歌手デビューも悪くない挑戦かなと思うんですよね」
「問題無いと思うよ。演歌なんかになると28-29歳で新人なんてざらにいるしね」
「ですよねー」
「そうだ。ゴールデンシックスになる前の解散したバンドにはケイさんと同じように、女の子になっちゃった男の子が居たんですよ」
「へー。その頃、高校生?」
「ええ。高校生で。本人は身体は何もいじってないと言ってたけど、あれは間違いなく性転換手術済みでしたよ」
「まあ、たまにいるよね。高校生で手術しちゃう子は」
「あの子、高1の段階で、既におちんちん無いみたいだったから、多分中学生の内に手術済ませてたんだと思います」
「同級生で緩んでたトイレのドア開けちゃって、お股に割れ目ちゃんがあるの目撃した子がいたもんね」
「ああ、その子、学校では女子トイレ使ってたんだ?」
「男子トイレからは追い出されてました。男子制服着てても女子にしか見えなかったし」
「ああ。そんな感じの子か。でも中学で性転換済みというのは珍しいね。中学生に性転換手術してくれる病院は少ないよ。ロシアとかだと緩い病院もあるみたいだけど、最近アメリカもタイも未成年はよほどのことがないと手術してくれないんだよね」
「でもケイさんも中学生の時に性転換なさったんでしょ?」
私は咳き込んだ。
「私は19歳の時だけどなあ」
「でもそれは公式見解ってやつで」
「実際にはたぶん中学生の時か、あるいは高校に入ってすぐでは、ってみんな噂してますけど」
うーん。いつの間にそんな話になっているのだろう。
「彼女、おっぱいは割と小さかったですけどね。それでもAカップはあったし」
「ああ、女性ホルモン飲んでたんだろうね」
「だと思います」
「一応男子制服を着て、授業には出てましたけど、放課後になると女子制服に着替えてました。だからバンドの練習も女子制服でしてたんですよ」
「ああ、両方持ってたんだ」
「声も女の子の声で、声変わりしてなかったです」
「ああ。じゃ、小学生の頃からもう女性ホルモン飲んでたのかもね」
「多分そうだろうって、みんな噂してました」
「ケイさんは小学生の内に去勢して女性ホルモン飲んでたんでしたね?」
「小学生の去勢はさすがに有り得ない!」
「でもケイさんって、中学はもう女子制服で通学なさったんでしょ?」
「それも誤解されるんだけどなあ。私、ほんとに中学高校の6年間は学生服で通学してるんだけど」
「うそ」
「だって、こないだのローズクォーツのCDで中学の入学式の時のケイさんの写真が使われてましたし」
「セーラー服でしたもんね。私、どこかのブログに中学の修学旅行のケイさんの写真が載ってたの見たことありますよ。それも女子制服で並んでおられたし」
うーん。これはどう弁明したらいいんだ?
「ね、ね、君たちに何か曲書いてあげてもいいから、私の性別のことであまり変な噂立てないでよ」
「えー!? いいんですか!?」
「嬉しーい!」
「でもケイさんの10代の頃の話、マリさんからだいぶ教えて頂いたんですよ」
犯人は政子か!!!!
18:30。ローズクォーツのステージが開く。私は向こうの会場のモニターと音を聴きながら、ホログラフィと共に歌い、Ozma Dreamのふたりと一緒にMCをする。10分ほどのパフォーマンスを終えて、Ozma Dreamに引き継ぐ。
モニターをそばで見ていた政子にキスして、今度は自分たちのステージに行く。
心を無にして集中する。ベルが鳴り、緞帳が上がる。酒向さんのドラムスが打たれる。スターキッズの前奏が始まる。そして私とマリは一緒に各々のマイクに向い『幻の少女』を歌い始めた。
5000人の聴衆が手拍子を打ってくれる。
自分がお菓子とかでも作ってお店を出して売ろうとして1日に5000人もお客さんが来てくれるだろうか?と考える。かなり評判になってもせいぜい1日400-500人だろう。絵里香のお父さんのケーキ屋さんもだいたい1日の客は平日で100-150人くらい、休日でも200-300人と言っていた。それを考えると、自分たちの歌を聴きに5000人も集まってくれるなんて凄いことだ、と私は改めて思い、感謝しながら歌を歌っていた。
この日のゲストは遠上笑美子(とおかみ・えみこ)ちゃんという15歳の高校生歌手である。3月にデビューしたばかりだ。今回のローズ+リリーのツアーでは幕間のゲストには毎日違う女性歌手が出ているのだが、概ねデビューして2年以内くらいの人が多い。
お着替えしながら笑美子ちゃんの歌を聴いてて政子が言う。
「この子うまいね」
「うまいよね。ζζプロ期待の新人だよ」
「ああ、松原珠妃さんの事務所か」
「そそ」
「声がすごく良く出てる。これ合唱か何かで鍛えたのかな?」
「うん。小学校の時に地域の合唱団に入って、中学では学校の合唱部と掛け持ちで歌ってたらしいよ」
「それで正しい発声法を叩き込まれてるんだ?」
「そうそう。息づかいもうまい。肺活量もあるみたいだけどね。長い音符を苦も無く伸ばしている」
「今歌ってる曲は誰が書いたの?」
「『雨傘』ね。誰と思う?」
「まさかケイが書いた?」
「まさか。私、さすがにそこまでは余裕が無いよ。これ松原珠妃が書いたんだよ」
「凄い! でも珠妃さん、作曲するんだっけ?」
「するよ。でも自分では歌わない」
「なんでー!?」
「自分は歌手だからということ。ペンネームもニジノユウキにしてる。珠妃さんが自分で書いた曲を歌ったのはデビューの年に歌った『アンティル』くらい。但しあれは作詞だけで、曲は木ノ下大吉先生が書いたんだけどね」
「ふーん」
「そしてね」
「うん」
「彼女が、AYAのゆみちゃんの妹だよ」
「え!?」
「姉妹だってことは、どちらの側も公表するつもりないみたい。まあ、その内、どこかの雑誌社がかぎつけるだろうけどね」
「へー」
「但しあの家、複雑みたいでさ。ゆみとは、お父さんもお母さんも違うんだよ」
「つまり、血の繋がってない妹?」
「そそ。私が聞いたのでは、ゆみのお母さんが再婚した相手が、こっそり愛人に生ませた隠し子を、その愛人さんが亡くなったので引き取って養子として籍に入れたとかいう話。ゆみも、お母さんが再婚した時に相手の人の養子になってるから、戸籍上は同じ戸籍に入っている」
「ごめん。今の説明分からなかった」
「まあ細かいことは気にすることない。引き取った当時笑美子ちゃんはまだ4歳だったらしいけどね。ゆみのお母さんとしては愛人の隠し子ってので彼女には冷たかったらしくて、新しいお母さんには冷たくされるし、産みのお母さんはもう居ないし、よく泣いてたのを、ゆみが慰めてあげてたらしい。だから個人的には仲いいんだな。向こうも『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と頼ってくれるって」
「まあ、ゆみは後輩の面倒見もいいしね」
「うん。でもそれより、あの歌」
「ゆみちゃんより上手いよね?」
「でしょ?」
「もしかして、それでヌード写真集なんか出したのかな」
「あり得る。表面的には優しくしてあげていても内心は多分子供の頃から色々複雑な思いもあったと思う。それでさすがにお前はこんなことできないだろう?というライバル心かもね」
「16歳じゃヌード写真集出せないもんねー」
笑美子ちゃんの2曲目になる。
「あれ? この曲、どこかで聴いたことある」
「『魔法のマーマレード』。KARIONの曲のカバーだよ」
「あ、それで聴いてたのか」
「去年のアルバム『三角錐』の中の曲。笑美子ちゃん自身が凄く気に入っていて、ぜひ歌わせてくださいと言って、珠妃さんを通して私に照会があったから事務所通して作曲者に連絡してOK取れたのでカップリング曲にすることになった」
「作曲者って?」
「葵照子・醍醐春海」
「ふーん。和泉ちゃんでなきゃ、いいや」
「ふふふ」
笑美子ちゃんが下がってステージは後半に入る。私たちは歌っていく。そして最後の歌『アコスティック・ワールド』を歌い、拍手の中緞帳が降りる。
アンコールの拍手があり、緞帳が上がる。そこにはゴールデンシックスの2人が居て、歌い出す。
この趣向も毎日やっているので、お客さんも大半が承知なのだが、彼女たちにちゃんと手拍子と歓声まで出してくれる。この時期になるとけっこう
「カノーン」
「リノーン」
「今日こそカラオケ頑張れ」
などという声までかかる。それで彼女たちがひととおり歌った所で私たちが出て行き
「ちょっとちょっと、君たちは誰?」
と声を掛ける。
「私たちはゴールデンシックスだ。私がリーダーのカノンだ」
「私はサブリーダーのリノンだ」
「ゴールデンシックスって、2人しか居ないじゃん」
「私たちは1人で3人分の魅力があるからシックスだ」
「ふたりとも今までに3人の男の子と付き合ったことがある」
「つまり3人の男の子に振られたんだ?」
とお約束のやりとりをする。後半は微妙にその日その日のアドリブで変わることもある。そして、この後のツアーのステージ演奏権を賭けてのカラオケ対決となる。
この日はリノンとマリが『ギンガムチェック』で対決したが、リノンは75点、マリは85点だった。
このカラオケの点数表示がどうも掛け値無しで、マジでやってるっぽいというのも、この頃にはファンの人たちに認識されていた。
「マリちゃんとカノンだと、結構対決は微妙じゃない?」
「偶然ゴールデンシックス側が勝つこともあり得るよね」
などという声がネットにはあがっていた。
そうなるとやばいので、その2人の対決はしない、というのも実はお約束である。
「くっそー。負けた! また挑戦するぞ」
「まあ、頑張ってね」
「では失礼する!」
と言って2人が駆け足で退場する。観客は暖かい拍手で送り出した。
「明日は頑張れよー」
なんて声まで掛かっていた。
そして本当のアンコールを演奏する。ファーストアンコールはスターキッズをバックに『夜宴』を歌う。そしてセカンドアンコールでは2人だけで私のピアノ伴奏で『あの夏の日』を歌う。
この歌を静かに歌い上げて、拍手と歓声に中、私たちはお辞儀をし、幕は降りた。
しかし1日に4公演に出るのはさすがに疲れた!!
その日私は名古屋市内のホテルで本当に爆睡していた。私が揺すっても起きないというので政子は私の顔に悪戯描きをしていて、翌朝それを落とすのに苦労した!
5月6日は、KARION神戸・ローズ+リリー大阪の公演。これで、連休後半4日連続ステージが終了する。この後は土日を使って6週間掛けて全国を回る。
そして5月7日(水)。大阪のホテルで目を覚ました私は、twitterに「タカ子」という単語がトレンドとして上がっているのに気付いた。何だろう?と思ってクリックしてみて吹き出す。
「ローズクォーツのタカ子ちゃん、熱愛発覚。お相手は美人CA。タカ子ちゃんはレスビアンだった!?」
という雑誌記事のタイトルが多数リツイートされているのである。ネットを検索しみたら記事の内容を転載しているサイトがいくつか見つかり、それでだいたいの所を把握した。
私は少し考えて、大阪市内に居るはずの加藤課長に電話した。
「タカの件、見られました?」
「今本社から連絡があった所。僕もそれで知った。至急タカ君と一緒に戻って来いと言われた所なんだけど、良かったらケイちゃんも来てくれない?」
「行きますよ」
昨日ローズクォーツも大阪公演だったので、タカは大阪市内の私たちとは別のホテルに泊まっていた。タカは加藤さんから連絡を受けて仰天していたらしい。
タカは最近テレビ番組で女装を披露したことから慎吾ママやスケバン恐子(桜塚やっくん)などと同系の《女装キャラ》として人気がある。下手な対応をしたら「タカ子ちゃん」ファンのおばちゃまたちの反応が怖いということで、★★レコードに大阪から駆け付けたタカ本人と加藤課長にローズクォーツ担当の梶原さん、都内から出て来た花枝に町添部長とでお昼過ぎから会議をした。途中でタカの彼女の麗さん(報道に驚いて休暇を取っていた)も呼んで一緒に色々話をした上で、夕方から★★レコードで記者会見をおこなった。出席したのは、タカ本人と花枝・梶原さんに加藤課長の4人である。
タカは開き直って女装で出席したが、その格好を見て、麗さんは呆れたような顔をしていた。
「お化粧、上手ね」
「だいぶ慣れた」
麗さんが皮肉で言っていることにタカは気付いてないのか、気付かないふりをしているのか。私はふたりが破局しませんようにと祈った。
「報道にあった方との関係ですが、恋人ということでよろしいのでしょうか?」
「はい。正式の結納とかまでは交わしていませんが、お互いに結婚するつもりですし、双方の親にも会って挨拶したりしておりますので、むしろ婚約者ということで構いません」
「失礼ですが、タカさんの性的な傾向としては、やはり女性が好きなんですか?」
「はい、ですからレスビアンですね」
「あのぉ、レスビアンということは、御自身は自分の性別を女性と思っておられるのでしょうか?」
「いえ、男だと思っていますが。レスビアンって女の子を好きになるって意味じゃなかったんでしたっけ?」
「男性が女性を好きになるのは普通にストレートだと思いますが」
「あ、そうですか?」
このボケで記者会見場には笑いが起きて、なごやかなムードになってしまった。(もっともレスビアンの人から数件抗議の電話があったらしい)
「交際を始められてから何年くらいですか?」
「友だちとしてのつながりは15-16年くらいになるかな。実は年賀状はずっと交換していたんです。お互い独身の気楽さで。でも恋人として意識するようになったのは、2年くらい前からです。友人の結婚式で顔を合わせて話している内にあらためて意気投合しまして」
「その15-16年前というのは、どういう経緯でお知り合いになられたのでしょうか?」
「ああ。高校時代の同級生なんですよ」
「あのぉ。タカさん、男子校だったのでは?」
「それが何か?」
「でしたら、お相手の方はその頃は男性で、性転換でもなさったのでしょうか?」
このやりとりを別室のモニターで聞いていて、麗さんは
「ひっどーい!」
と怒っていた。ああ、本当に破局しなきゃいいけどと心配になる。
「別に性転換はしてないと思いますが」
「でしたら、お相手の方は実は今も男性なんですか?」
「どうでしょう? ふつうに性的な関係は結んでいますが、相手の性別を意識したことはないですね。他の女性とそういう関係を持ったことがないので違いは分かりませんが多分普通の女性ではないかと思いますが」
「あのぉ、では女性なのに男子校におられたんですか?」
「いえ、彼女は女子高ですよ」
「同級生とおっしゃいませんでしたっけ?」
「同級生ですけど」
「だったら、タカさんも実は女子高におられたんですか?」
「ああ、そういうのもいいですねー。『僕女子高出身です』なんて本書いちゃおうかな」
「あのぉ、実際のところはどうだったんでしょうか?」
「うちの学校、いわゆる男女併学なんですよ」
とタカが説明すると「あぁ!」という声が、会見場のあちこちから漏れる。
「同じK高校という名前で男女ともに生徒を募集するのですが、男子の校舎と女子の校舎が分離されているんです。敷地としては隣り合っているのですが、男子の校舎・施設には女子生徒は立入禁止、女子の校舎・施設には男子生徒も含めて、男性は教師など特に許可された人以外は立入禁止でした。生徒会も男子生徒会と女子生徒会が別々に運用されていました」
タカは説明を続ける。
「ところが、両者の敷地の間に共用施設がありまして、図書館、視聴覚教室、保健室、職員室、などが共用でした。体育館も男子敷地内の体育館・女子敷地内の体育館の他に、共用体育館もありました。但しフローコントロールが徹底していて、視聴覚教室は男子が全員退出した後でしか女子を入れません。図書館は男子用閲覧室と女子用閲覧室が別で、両者の間は司書室を通らないと行くことができません。反対側にある本は図書委員に取ってきてもらいます。保健室も男子用の休憩エリアと女子用の休憩エリアは鍵のかかったドアを通らないと行き来できません」
「それで同級生というのは?」
「実は特進クラスだけは、男女混成で補習を行っていたんです」
会場がざわめく。
「私と彼女は、旧帝大とか国立医学部とかを狙う子が入っている特進IIというクラスだったので、このレベルの生徒は男子の方も女子の方も少ないので、通常の授業は一応各々の男子教室・女子教室で特進Iの生徒に混じってやるものの、0時間目とか7〜8時間目、あるいは土曜や祝日に設定されている受験用の補習授業については共用エリアの特別教室で、一緒に授業をしていたんです。その時知り合ったんですよね」
「じゃ、数少ない恋愛チャンスなんですね」
「ええ。でも特進のトップクラスに来る生徒ばかりですから恋愛をしようなんて子はいませんでした。お互いに性別は忘れて付き合ってましたね。だからこそ、卒業後もずっと年賀状の交換をしていたのですが」
「なるほど、それで分かりました」
「で、御結婚の日程は決まっていますか?」
「お互いの仕事の都合などもありますが、今年中くらいには式を挙げたいねと言っています」
「彼女はタカさんの女装については何と言っておられますか?」
「あ、可愛いと言ってくれています」
それをモニターで見た麗さんは「私は皮肉で言ってるんだけど」と言う。そばて氷川さんが「まあまあ。お仕事ですから許してあげてくださいよ」と言った。
「タカさん、女装で彼女と会ったりしますか?」
「ああ。何度か会ったことありますよ」
「何か言われました?」
「あ、いっそ性転換したらとか言われました」
「おお、彼女公認ですか?タカさん、実際に性転換したいと思ったことは?」
「そうですね。たまに女の子になってみたい気がすることはありますが」
麗さんは「本当に性転換とか言い出したら、さすがに振る」などと言っている。いや、それは振るとかの問題ではない気もするが。
その後、タカは交際上のエピソードを訊かれて色々しゃべっていたが、それを見た麗さんは「ちょっとー!そんなことまでしゃべっちゃうなんて!」と言っていた。私は夫婦円満の御守りとか買って来てあげようか?と本気で考えた。
そのタカの熱愛記者会見をした日の夕方。神戸から戻ってきた夢美と私は加藤課長と、夢美の新譜の件で打ち合わせた。
夢美のCDを作ろうという話は昨年末の武芸館3日連続ライブの打ち上げの席で政子が加藤さんに「夢美ちゃんのCD出してあげてください!」と言い、加藤さんがノリで「いいよ」と答えて、話がまとまっていたのだが、その詳細についてここ数ヶ月詰めて来た。
「ではCDは黒い装丁の《ヴィヴァルディ『四季』パイプオルガン:川原夢美》というのと、白い装丁の《Rose+Lily Karaoke Auswahl エレクトーン:夢美》という2枚同時発売で」
「ええ。これが装丁のデザインです」
と言って、私は知人のデザイナーに作ってもらったCDのジャケットおよびレーベルをプリントしたものを加藤課長に見せる。
「しばしばポピュラーを弾く楽器演奏者の中には技術が低い人がいるのですがクラシックを弾かせてもちゃんと玄人の耳に受け入れられるレベルの技術を持っていることをヴィヴァルディで見せたいんですよね」
と私は言う。
「そういう素材として『四季』は良いと思う。クラシックに親しんでいない人にも知名度が高いし、あまり眠らずに聴ける曲だよね」
と加藤さん。
「楽曲の完成度も高いんですよ。親しみやすい曲にはクラシック曲としての出来で見ると少し劣るものが多いんですが、『四季』はよく出来ています」
「録音は来週だったね」
「はい。15日に札幌きららホールで録音してきます。まあ、ホールの日程の都合で制作時期もここまでずれてしまったんですけどね。エレクトーンのローズ+リリーの方は既に全曲収録が終わっています。これはまだ暫定マスタリング音源ですが」
と言って、CDを加藤課長に渡す。
「Karaoke Auswahl というタイトルは良いと思う。歌が入っていないことが分かりやすい」
「もし売れたら、この後、KARION, XANFUS, 篠田その歌、松原珠妃、ワンティス、ドリームボーイズ、あたりで。ここまではアーティスト本人およびその事務所に内諾を頂いています」
加藤課長は少し考えていたが
「第2弾は松原珠妃、第3弾はしまうらら、で行こう。しまうららさんはケイちゃん、許可取れるでしょ?」
「はい、取れると思います」
「歌が入ってないというのを強調して誤買を防ぐのにKaraokeという表示は有効なんだけど、Karaokeと書くことで30代以上の層が目に留めると思うんだよね。だったら、少し年齢層の高いファンを持つ人を取り上げた方が売れると思う」
「確かにそうかも知れないですね。だったらスノーベルとかも行けます?」
と夢美は私を見ながら訊く。
「んー。じゃ、今度ゆき先生とこに夢美を連れてくよ。夢美の演奏を見たらすぐ許可出してくれると思う」
「うん。お願い。でもカラオケなら高速のPAとかコンビニにたくさん置いてもらったりするのも効果的だったりして」
と夢美。
「ああ。そういう手はあるね」
と加藤さんも頷いていた。
翌日。5月8日。私を含めたKARIONの4人は、予め電話で話したいことがあると言うのを畠山社長に伝えた上で、一緒に∴∴ミュージックに出向いた。取り敢えず会議室に入る。今年春入った事務の子、冴子ちゃんがコーヒーを持って来てくれた。
「えっと、何だろう。まさか辞めたいなんて言わないでよね?」
と畠山さんは戸惑ったような笑顔である。
それで美空がKARIONを始める前にインディーズのユニットをしていて、そのCDが売れ続けていたので、KARION開始後もその分の印税を受け取っていたこと、またそのユニットに参加した最後の録音を実は∴∴ミュージックとの契約書が発効する直前の2007年12月15日におこなっていたことを告白。
「今まで言ってなくて、申し訳ありませんでした」
と謝罪した。
「それ、お姉さんのバントじゃなくてなんだ?」
「はい。それとは別口です」
畠山さんは少し考えていた。
「印税を受け取っていた分は全然問題無い。録音についても発効前であれば契約上は問題無いけど、一言でいいから言っておいて欲しかったね」
「申し訳ありませんでした」
「でもどんなユニットだったの?」
「女の子ばかり十数人のユニットで。実は私の従姉がその中心人物のひとりでCDの音源作る日にボーカルの頭数が足りないと言われて、ちょっと歌って。ベースも上手かったよね、ちょっと弾いて、という感じで引き込まれて」
「ああ、それはよくあるパターンだ」
「で、それから1年ほど参加してたんです。KARIONというユニット始めるからこちらは抜けさせてと言って。で、そちらはいつから契約始まるの?と訊かれたので、12月17日からと言ったら、じゃ、今日まではいいよね、と言われて」
「うーん。その論理は僕も蘭子の歌唱の問題で使ったことあるから非難できん」
と言って社長は笑っている。
「で、もう他には無いよね?」
「ありません。ごめんなさいです」
「でも印税っていくらくらいもらったの?」
「きちんと計算してないですけど、多分全部合わせて50万円くらいだと思います。ごめんなさい。税金払ってない」
50万円と聞いて、私も和泉もびっくりしたが顔には出さない。しかし小風は
「えー!? そんなにあったんだ?」
と驚いたように言ってしまった。
「かなりあるね。税金は美空ちゃんの場合はそのくらいは誤差の範囲という気もする。しかし、結構売れたんだね?」
と畠山さんも言う。美空は昨年少なくみても1200万円は納税しているはずだ。
「私が入る前に作ったCDが1枚、私が入ってから抜けるまでに3枚、私が抜けた後で2枚。合計6枚作って。最初のはどちらかというとデモ作品だったので売れてませんが、後から作った5枚はそれぞれ3000-4000枚売れてます。インディーズなので取り分が大きいんです」
「あれ合計で3000枚じゃなくて、それぞれが3000枚だったんだ!」
と和泉も驚いて声に出した。
「そんなに売れてるインディーズユニットがいたら、僕はスカウトしたい」
と畠山さんは言っている。
「えっと、実は私が入った最初のCDを制作したのはこちらの三島さんなんですけど」
「えーーー!?」
「三島さんが関わったのはその1回だけで、後はほぼ自主制作に近かったのですが。そもそも私がこちらの事務所と関わるようになったのが、その時に三島さんと知り合ったからで」
「ちょっと待って」
と言って畠山さんは三島さんを呼んで来る。
「ああ。覚えてます。女の子14-15人居ましたよね。大正琴とか龍笛とか随分いろんな楽器が入ってた。あれは∞∞プロからの依頼だったんですよ。雨宮三森先生が楽曲を提供なさって。ですからあの時の制作の指揮をしたのは実質雨宮先生だったのですが」
「何て突然出てくる大物!」
「それでか。さすがだね。数千枚売れるわけだ」
「それで美空ちゃんの歌がすごく上手いんでスカウトしちゃったんですよね」
と三島さん。
「でもてっきり、あの時だけで終わったものと思ってた。あの後も制作を続けたんだ?」
「ええ。あの後、私が入った状態で1年、私が抜けてから更に1年続いたんです。雨宮先生が関わったのも最初の時だけで、後は自主制作作品を演奏していました。メンバーの大半が私より1年上の人たちだったから、高校卒業とともに解散したんですよね」
「ああ、なるほど」
「しかしそれだけの枚数を売ってたユニットの解散は惜しいくらいだね」
「進学した大学もあちこちの都市で、事実上、再結集は困難でした。でも何人か、また別途集まってユニット作った人もいたみたいですが、その後は私もよくは知りません」
「へー」
その後は、なごやかな雰囲気になり、ちょうどケーキとコーヒーを持って会議室に入って来た花恋にも「ちょっとここ座って」と言って捕まえ、一緒に今回のツアーでの出来事やお客さんの反応などについて、色々話した。
その週末。5月10日はKARIONは仙台、ローズ+リリーは郡山で公演を行った。(ローズクォーツは仙台)。
そして翌日5月11日(日)。この日のライブのことは、福島や宮城の新聞地方面でも報道され、後から雑誌にも取り上げられて結構話題になった。
その日、私は政子とともに、郡山市内のホテルに泊まっていた。スターキッズも同じホテルである。KARIONの残り3人とトラベリングベルズ、ローズクォーツのメンバーは仙台市内のホテルに泊まっている。
この日の公演予定はこうなっていた(グランドオーケストラのツアーは先週で終了している)。
13:00-15:00 KARION福島文化ホール (1800) 但しサイン会が-15:30
16:30-18:30 ローズクォーツ 南相馬市民ホール(1100)
19:00-21:00 ローズ+リリー 仙台スタープラザ(2300)
ローズクォーツのツアーはこの日で打ち上げである。
朝政子を部屋に残して(部屋の鍵は窓香に渡して)郡山から福島へ新幹線で移動する。仙台から移動してきた和泉たち3人およびトラベリングベルズと会場で合流。軽くリハーサルをする。
そしていつものようにKARIONのライブをする。道成寺の鐘の横に、小風・和泉・美空の3人が並び、点呼を取って1人足りないという話になり、小風が鐘を撞いて私を鐘の中から出す。そして4人で一緒に挨拶して、歌い始める。
この日、ツアー全部に付き合ってくれているゲストAPAKの他に、やはり福島ということで、田村市出身の櫛紀香さんにもゲスト出演してもらう。櫛紀香さんは「紀香という名前で女の子と思った人ごめんなさい」と毎度のギャグを飛ばしてから、アコスティックギターの弾き語りで、3年前に出した曲『川の流れ』
を歌ってくれた。
(男性が歌うとまた雰囲気違うんですねという声が多数寄せられた)
そして後半に入り、『Earth, Wind, Water and Fire』から『雪うさぎたち』
までを歌い、いったん幕が降りる。
そしてアンコールの拍手で呼び戻され、『鏡の国』『Crystal Tunes』を歌う。いつもはここで終了なのだが、この日はサードアンコールをおこなった。
『Crystal Tunes』の最後の音が、美野里のグランドピアノと敏のグロッケンシュピールで奏でられ、静かに音が消え、4人が客席に向かってお辞儀をする。そして大きな拍手と歓声が起きた所で、櫛紀香さんがアコスティックギターを持って出てくる。更にトラベリングベルズにAPAKにカンパーナ・ダルキのメンバーも出てくる。
櫛紀香さんが
「それでは最後の最後の曲、『I love you & I need you ふくしま』」と告げると会場が騒がしくなる。
「みんなも一緒に歌ってね!」
と言って伴奏を始める。KARIONの4人が歌い出すが、4人ともマイクを客席に向ける。客席も一緒に歌う。KARIONもトラベリングベルズもAPAKもカンパーナ・ダルキも歌う。美野里も夢美も敏も風花も七美花も歌う。
会場がひとつになって、この素敵な郷土愛の歌を歌い、KARION福島ライブは感動の中、終了した。
公演終了後、例によって抽選に当たった人にサイン会をする。今日も25分の1の確率で、当選者は72人である。これが20分ほどで終わり、時計を見たら15:50であった。今日は櫛紀香さんのパフォーマンスが幕間とラストに入ったので公演が15:00で終わる予定が15:15くらいまでかかり、エンドが遅くなってしまった。
一方の南相馬市。
16:30。ローズクォーツの公演が始まる。南相馬市民ホールは満員の客が入っている。交通の便の問題もあり、ここのチケットが売り切れたのはかなり遅かったので、逆に地元の人で来てみようかなと思った人はほぼ全員買えたはずである。チケット代もローズ+リリーの8400円、KARIONの7350円に比べると割安感のある5250円である。(4月1日以降に購入した人は5400円。なおローズ+リリーとKARIONはいづれも3月中に売り切れている)
2ベルが鳴って照明が落ちる。幕は開くもののステージは真っ暗なままである。レーザービームが飛び交う。新曲『Back Flight』の前奏に続いて、暗闇の中にケイの姿が浮かび上がるまではいつもと同じなのだが、この日はケイとマリ、2人の姿が浮かび上がった。
予想と違っていたので会場が少しざわめく。
私たちは歌い始める。
「疲れたきった顔を、ふと上げて前を見た時」
とにかくも拍手に続いて手拍子が打たれる。1番を歌い終わった所でOzma Dreamのジュリアとミキが左右の袖から出てきて、2番は4人で一緒に歌う形になった。暗闇の中でこの4人だけがスポットライトで照らされていたが、タカ・サト・ヤス・マキの所にも、ほんのりと弱いスポットライトで照らされる。
歌い終わったところで、私とマリがそれぞれ隣にいるジュリアとミキを見る。それで2人が頷き、ジュリアとミキで声を揃えて「こんばんは!ローズクォーツOMです」と名乗りを上げた。
ここからいつものやりとりをする。
「ところでケイちゃん、マリちゃん、ローズ+リリーの公演には行かなくて良いの?向こうは19時開演でしょ? ここから車で2時間はかかるし仙台市内は夕方渋滞するから、余裕持ってないと危ないよ」
とジュリア。
「大丈夫だよ。私たちはもう仙台に居るから」
と私は答える。
「え? だってここに居るのに?」
「ここには居ないよ。これってホログラフィーだもん」
と私が言うと「えー!?」という声。これはファンの人たちがお約束で掛けてくれている感じだ。
「ジュリア、ミキ、ちょっと私たちの傍に寄って」
と私が言うので、ふたりが寄ってくる。
「ほら、並んでみると分かる。私とマリの身体、彼女たちより薄いでしょ?」
客席はざわめいた。それは私とマリの姿が全然薄くなくて、ジュリアとミキとほとんど変わらない濃さだったからである。
「ホログラフィーの技術も年々良くなっているんだけどね。今の技術ではこのくらいが限界。来年はもっと色が濃くなっているかもね」
などといつものやりとりを続けるが客席はざわめいている。隣同士で話しているのがあちこちで見られる。しかし私たちはいつものように会話を続ける。
「じゃ、私たちは消えるから、ジュリア、ミキ、後はよろしくー」
「うん。任せて」
とふたりが言ったので、私とマリはステージを降りて客席の中央通路を通り、最後部にあるドアを目指す。いつもの演出ならホログラフィの私がフェイドアウトするところである。
ステージの照明が灯る。クォーツのメンバーが学生服を着ている。タカだけはセーラー服を着ている。ジュリアとミキもセーラー服を着る。会場には明るい声が響く。しかし私とマリが歩いて通路を通っていると、両側の観客が握手を求めてくる。私たちは快くそれに応じて、握手しながら会場のいちばん後ろまで行く。私たちが握手しているのを見て、多くの客がこれがホログラフィではなく実体であるということを理解した。
客席の最後部で、振り返って見ている観客と、ステージ上のローズクォーツ・Ozma Dreamに手を振り、私たちはホールの外に出た。
私は政子にキスをしてから、花枝に
「じゃ、マリをよろしく」
と言って託した。
「うん。じゃ、マリちゃん行こう」
と言って花枝とマリが会場から出て行く。そして花枝の愛車NSXが政子を乗せて出発したのを見て、私は楽屋に戻った。時刻は16:45であった。
少し時計を戻そう。
KARIONの公演後のサイン会が終わった後の15:50。私はロビーにいるファンたちに手を振って、和泉たちと一緒に楽屋に下がった。そして3人とハグすると、すぐに衣装を脱いでポロシャツとジーンズに着替え、ライダースーツを着て、ヘルメットを持ち、会場裏口に行く。そこに染宮さんが愛車ハーレーとともにスタンバイしている。挨拶して後ろにまたがり、しっかりと染宮さんに抱きつく。ハーレーが発車する。
福島市内某所まで行くと、そこにヘリコプターが待機している。私が乗り込むと離陸する。福島市から南相馬市までは直線距離で50km弱である。時速200kmのヘリで飛ぶと、15分で到着する計算である。実際に、ヘリが南相馬市某所に到着したのは、16:20であった。そこからスタンバイしてくれている花枝のNSXでローズクォーツの会場に入る。到着したのが16:25。公演の始まる5分前である。
全く綱渡りだった!
私は南相馬市民ホールの楽屋モニターでローズクォーツのライブをずっと見ていた。
17:10。氷川さんの運転する車で和泉・美空・小風の3人がこの会場に到着した。彼女たち3人は、私が福島文化ホールを出た直後に氷川さんの車に乗り、県道12号・矢木沢峠越えの道でここまで来てくれたのである。
「どうだった?」
「目が回った」と小風。
「私に運転させてーと思わず言っちゃった」と和泉。
「ああ、ああいう道は乗っているより運転している方が楽だもんね」
と私。
「そう言われるかも知れないけど、絶対にハンドルを譲ってはいけないと町添に厳命されていました」
と氷川さん。
「美空は?」
「寝てたー」
「ああ、それがいちばん」
やがて17:25になる。ローズクォーツ前半のステージが終了する。ジュリアがマイクに向かって話す。
「ここで私たち、ローズクォーツOMは少しだけお休みを頂きます。その間に歌ってくれる素敵なゲストをお迎えしています。KARIONの4人です」
と言うと、会場が「えーーー!?」という声に変わる。今日は冒頭にリアルのローズ+リリーが登場し、幕間はKARIONと、ゲストが豪華なのである。
そこに私たち4人がお揃いの衣装で登場する。当然私は冒頭でマリと一緒に歌った時とは違う衣装である。
「こんにちはー」とジュリアとミキが一緒に言うので
「こんにちはー」と私たち4人も言う。
「今日はKARIONの公演が福島であったんですよね。何時に出たんですか?」
とジュリアが訊く。
「サイン会まで終わったのが16時近くで、その後、汗掻いた服を着替えて、車でこちらに来ました。着いたのは17時15分くらいですね」
と和泉。
「4人で来られたんですか?」
「はい。★★レコードの人の運転で、ジャンケンで負けた蘭子が助手席に乗って、次に負けた小風が真ん中、私と美空が窓側です」
「ああ。蘭子ちゃんって、ジャンケン弱いですよね。私も蘭子ちゃんにジャンケンで負けたことないです」
「ええ。あれだけ弱いのは、もう才能ですね」
ローズ+リリーのケイがジャンケンに弱いのは割とファンの間では知られている。ここで《ジャンケンに弱い蘭子》というのを提示しておくのは、一種のファンサービスである。
「それでは歌、お願いします」
ということで、ローズクォーツとOzma Dreamが下がって、私たち4人が前面に並ぶ。マイナスワン音源がスタートし、私たちは最新CDから『四つの鐘』、大ヒット曲『雪うさぎたち』、そして昨年話題になったアルバムの冒頭曲『アメノウズメ』と歌った。
着替えが終わったローズクォーツとOzma Dreamが出てくる。私たちはOzma Dreamの2人とハグしてから退場した。
氷川さんと悠子が待機している。
「氷川さん、休めましたか?」
と私は尋ねる。
「悠子ちゃんからもらったおにぎりを食べてから寝てたよ」
と氷川さん。
現在17:50。氷川さんが寝ていた時間は30分弱だろう。
「御飯食べてすぐ寝ると牛になりますよ」
と美空。
「だったら美空は既に牛だな」
と小風。
「今日は寝るのも氷川さんのお仕事だからね」
と和泉は言う。
私は和泉・小風・美空とハグし、私は悠子の車に、3人は氷川さんの車に乗り込む。私を乗せた悠子の車は5分ほどでヘリコプターを駐めている場所に到着する。私が乗ると離陸する。次の目的地は仙台だ!
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【夏の日の想い出・花と眠る牛】(2)