【夏の日の想い出・公然の秘密】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-12-08
2014年1月5日。某テレビ局で放送された「08年組特集」は全国の KARIONファンに衝撃を与えた。
KARIONの歌が25分ほど流された後、KARIONのいづみとスイート・ヴァニラズのLondaの1分半ほどの対談が収録されていた。
「水沢歌月=蘭子ちゃんって、実は歌の方にもかなり頻繁に参加してたんじゃないの?」
とLondaが訊いたのに対して、和泉は
「実はこれまでに発表したKARIONの四声の曲、ほぼ全てに蘭子は歌唱参加しています」
と答えた。
「KARIONの四声の歌って多いよね。最初ラムコがいた時は別としてデビュー以降は3人しか居ないのになんで四声で編曲するんだろうと昔から不思議に思ってた。四声の曲ってどのくらいの比率かな?」
「五声や六声以上の歌以外の全てが四声です。実はKARIONがこれまで発表した曲の中に三声しか使われていない曲は存在しません。実はKARIONは《4つの鐘》という名前の通り、最初からいづみ・みそら・らんこ・こかぜ、4人のユニットだったんです」
凄まじい数の問合せが、∴∴ミュージックと★★レコードに寄せられたが、両者とも、その件についてはコメントはしませんという回答しかしなかったしマスコミからの記者会見あるいは見解発表の要請にも「あそこでいづみが言った以上のことは特に発表する内容はありません」と回答した。
2chのKARIONスレッドは番組の後、翌朝までの間にスレッドが100以上消費された。あまりの速度に、結局話の流れを追えた人はごく少数で、多くの人がスレッドを見ても「さっぱり分からん!」と思ったという。だいたい、あっという間にDAT落ちして、まともに読めなかったし、幾つかまとめサイトが立ち上がったものの立ち上げた人もよく分かっておらず、読むと混乱するまとめサイトがほとんどであった。
結局、この件は半月ほど掛けてやっと情報が集約されていく。
「KARIONは最初から4人だと思っていた」
と言う人たちは、KARIONの初期からのファンに多かった。
そして3日目くらいから、多くのファンが認識するようになった「キーワード」
が「柊洋子」である。
「KARIONの4人目は柊洋子だよ」
「誰それ?」
「デビューした頃から1年ほどKARIONに間違いなく在籍していた」
「準メンバーという認識だった」
「いつも柊洋子は、いづみ・みそら・こかぜと一緒に行動していた」
「ライブで4人で並んで歌っているのを見たことある」
「新幹線で4人がまとまって座っているのも見たことある」
「俺は飛行機で4人が横一列に並んで座っているの見たことある」
「いや、デビュー前の2007年のキャンペーンではいつも4人で歌ってたんだ」
「しばしば、いづみとようこがペア、こかぜとみそらがペアで歌っていた」
「歌う時の並びは、左から、こかぜ・いづみ・ようこ・みそら、の順」
「最初の頃、付き人かとも思ったけど、少なくとも、こかぜちゃんは彼女を自分たちの仲間として扱っていた」
「KARIONの初期の付き人さんは、はるかちゃん(望月遙香)だよ。だから柊洋子は付き人ではなく、KARIONのメンバー」
「俺、いづみ・みそら・こかぜ・ようこの4人で一緒にサインをしているのを見たことある。俺がもらったんじゃないけど、あれは例の《四分割サイン》だった」
「待て待て。初期のカリオンの4人目って、いつかライブで話していたラムコってハーフの子じゃないの?」
「おそらく柊洋子は、ラムコが辞めた後の後釜だと思う」
「たぶんラムコが辞めた後、そのパートが浮いてしまったんで、いづみちゃんが友だちの洋子を引き込んだんだよ」
「恐らく『蘭子』という名前は4人の名前の尻取りを維持するために、こかぜちゃんが付けた名前」
と鋭い指摘をするファンもいた。
そして1週間ほど経ってから、柊洋子について新たな情報が認識される。
「柊洋子というのはドリームボーイズのバックダンサーだと思う」
「それ同一人物ということになったんだっけ?」
「俺同姓同名かと思ってた」
「写真見たら別人だった」
「一時期情報が混乱していて、柊洋子と松野凛子の写真が間違っていたケースもあったけど、ドリームボーイズのバックダンサーの柊洋子と、KARION準メンバーの柊洋子は同一人物だと思う」
それでやがて柊洋子の写真なるものが出てくる。但し遠距離から撮ったようなぼやけた写真しかない。
「これ、ローズ+リリーのケイじゃないの?」
「似てるという話は当時あった」
「同一人物だと俺は信じていた」
「だからケイがKARIONの四人目だよ。これ古いKARIONファンの間では結構信じられていたんだけどな」
「いや、当時も同一人物ではという説はあったけど、色々な状況からそれは否定されたはず」
「柊洋子は間違いなく蔵田孝治派。それが蔵田のライバルの上島雷太から曲をもらってデビューというのは有り得ない」
「でも俺、ケイの曲と蔵田さんの曲って、作りが似ていると思ってた」
「うん。ケイは蔵田さんの弟子なのではという説もあった」
「というかケイは蔵田さんの女装ではという説もあった」
「それはさすがに有り得ない!!」
「ケイの曲ってまとめ方は蔵田的だけど、モチーフの並べ方とかはむしろ上島的だと俺は思う」
「もしかして、ケイは蔵田と上島の間に産まれた子供とか」
「どっちが産んだんだよ!?」
「当時、柊洋子とケイの姿を、物理的に移動不能な時間差で遠隔地で見たと
いう証言が何度かあった」
「名古屋のKARIONライブの終わった1時間後に金沢のローズ+リリーのライブ会場にいるケイが目撃されている」
「あれは推理小説的なトリックじゃないかという説もあった」
「多分片方は誰かの変装だったと思う」
「だからそれが蔵田さんの女装」
「その説は却下」
「北海道でKARIONがライブやってる日にケイは茨城のFM局に生出演していた」
「あれは生放送というのが嘘で実は録音ではという説もあった」
「でも待って。こないだの番組で蔵田さんが、ドリームボーイズのバックダンサーをケイがやっていたと言ってなかった?」
「それが柊洋子?」
「もしかして本当に同一人物なのでは?」
「そういえばケイって元々KARION結成時の候補者だったんだろ?」
「ラムコって、デビュー直前にお父さんの転勤でインドに行っちゃったとか言ってたから、急遽代役が必要になったんだと思う。それで元々候補者だったケイを引き込んだんだよ」
「ケイって、代役の天才じゃん!」
「なるほど!!」
「それでずっと6年間代役を続けているんだったりして」
それは鋭い指摘だと思った。
「ね、ね、JASRACのデータベース検索したら、柊洋子って名前、作曲とか編曲で随分たくさん登録されている。つまり柊洋子ってそういう才能のある人物なんだよ」
「だったら、それ本当にケイなのかも!?」
「柊洋子名義での登録って、そのほとんどが2008年夏前。つまり2008年夏にケイとしてデビューしたからそれ以降はケイ名義で登録するようになったのでは?つまり柊洋子はケイの旧名なのでは?」
「2009年以降も使われている柊洋子の名前の中で俺はサウザンズの制作スタッフの中にそれがあるのに注目する。KARIONはしばしばアルバムを作る時に樟南から楽曲を提供してもらっている。つまり柊洋子がサウザンズに協力しているから、KARIONも楽曲をもらえていた。だから柊洋子は2009年以降もずっとKARIONに関わっていたんだよ」
「やはり柊洋子=水沢歌月(少女B)=ケイで、ケイは柊洋子とか水沢歌月の名前で作曲活動をしていたんだよ。本人の性別問題と契約書不備問題で大騒動になって、ケイとして表だって創作活動ができなかった時期に」
「そして実は演奏活動もしていたのでは?」
そしてとうとう「柊洋子」という名前の秘密に気付くファンが現れた。
「ね、偶然かも知れないけど、『柊』の字の右側が『冬』だから『柊洋子』という名前の中に『冬子』が隠れているよ」
「おぉ!!!!!!!」
そんな話にまで発展したのは番組が流れてから半月近く経ってからであった。
「残りの『洋木』も『唐本』の変形かも。『洋』の字は『カラ』とも読む。『木』と『本』は棒が1本あるかないかの違い」
「きっとチンコ取ったから棒が無くなったんだよ」
「やはり、あれってKARIONデビュー前に手術して女になってるよな?」
「本人は否定してたみたいだけど、たぶん間違い無い。本来18歳未満は手術してもらえないのを闇の手術受けたんだろ」
「ケイは2011年の4月に性転換手術したと言っているけど、5月頭にはローズクォーツのライブやって歌っている。性転換手術受けた人が1ヶ月もしない内にライブで歌うなんて、有り得ない」
そんなログを見た政子が私に言う。
「ほら、みんなこう言ってるよ。そろそろ白状しなよ」
「それはさすがに誤解。あのライブは本当にふらふらで歌った」
「でも松原珠妃さんから、ロリータスプラウトのマリケイ版超限定CDのサイン付き9枚セットと交換に、冬が小学5年の時に女湯に入って、その時、もちろん、おちんちんは無くて、バストがあったというの聞き出したからなあ。だとすると、もうその頃、既に性転換済みだったに違いない。ほら、その時の写真。お股までは映ってないけど、確かにバストが膨らんでいるのは確認できる」
などと言って政子は私の小5の時のセミヌード写真を見せる。静花さんったらいつの間にこんなの撮ってたんだ!?
「『優視線』とか『コスモデート』とか『雪うさぎたち』の超絶ピアノ・プレイって、誰か弾いているんだ?という議論があったけど、初期からのファンの間では、あれは柊洋子なのではと言われていた。ケイのピアノテクならあれも弾けたと思う」
「ケイってそんなにピアノ上手いの?」
「ケイは蘭若アスカの伴奏ピアニスト。毎年12月に一緒にリサイタルしてる」
「誰それ?」
「若手のヴァイオリニストだよ。こないだ**コンクールで優勝した」
「有名なコンクール?」
「世界三大コンクールのひとつ」
「すげー」
「だけど『優視線』のソロ、ライブではいろんなサポートミュージシャンが普通に弾いてるぞ」
「あれ、音大ピアノ科に行ってる友人に弾かせてみたらギブアップしてた。実際にあれを弾けるピアニストって、超一流のピアニストだと思う。弾ける人がそんなにたくさん居るとは思えない」
「あれ、あんまり凄すぎるから、実は音源かMIDIで流しているんじゃないかという噂もあった」
「耳の良い友人と一緒にKARIONライブ行ったことあるが、自動演奏説を否定していた。あの演奏には揺らぎがあるし、他の演奏者との掛け合いに不自然さが無いからとか言ってた。SHINが出だしを0.5拍ミスったのに、瞬時に合わせたこともあった。あれ自動演奏では無理」
「というか、むしろあれは陰で超有名ピアニストとかが弾いてるのではという噂もあった」
「ほんとに弾いてたのはPVに映っていた人だけだと思う」
「そのPVに映っているのが水沢歌月だというのは去年秋の和泉の発言で確定してたよな?」
「いや、そのPVでピアノ弾いているのが柊洋子というのが初期のファンの間ではコンセンサスになっていたんだよ」
「もしかして、ライブではいつも柊洋子=ケイが陰で弾いていたのでは?」
ちなみに須藤さんはこの「ケイ=柊洋子=水沢歌月(蘭子)」という噂に全然気付いていなかったらしい。ケイと水沢歌月が同一人物であることを須藤さんが知ったのはどうも数十年後のようである(鈴蘭杏梨=マリ&ケイも知らなかったし)。ホントにあの人はこういうのに鈍いのである。
しかしネットの議論は最後にこういう問題に辿り着く。
「だけどローズ+リリーが休眠していた高3から大学1年頃ならいざ知らず、今ケイは結構忙しいぞ。大量にいろんな歌手・ユニットに楽曲提供しているし、ローズ+リリーとローズクォーツの兼任までして。その上で、水沢歌月とKARIONの4人目までできるのか?」
「仕事量的に不可能だと思う」
「やはり水沢歌月とケイは別人では?」
「いや同一人物だと思う。だからあれだよ。やはりケイはローズクォーツを辞めると思う。既に仕事量がオーバーフローしているはず」
そして話はローズクォーツとケイの関係にまで議論が及ぶ。
「ってか、ケイは2011年秋以降、ローズクォーツのライブ活動にほとんど参加していない。事実上既に離れているのではないかと思う」
「ケイが2011年夏以降にローズクォーツのライブに参加したのは、年末年始のイベントとサマーロックフェスティバルを除けば2012年2月の全国ツアーくらい。むしろその時期からケイ抜きの活動がほとんどになっている」
「その2月の全国ツアーではヤスがキーボードを弾いている。つまりケイが実質辞任したのでキーボード奏者として代わりにヤスが入ったんだと思う」
「2012年1月にはFMで『ローズ+リリー+あなた』が放送開始するからこの時点でケイはもう完全にローズ+リリーに活動の主軸を移している。ケイは2月以降『ローズクォーツのリクエスト大作戦』にも出なくなった」
「俺的にはケイがローズクォーツに本当に在籍していたのは2010年10月から2011年2月までの5ヶ月間だけだと思う。恐らくは性転換手術を受けるのを理由にして辞めたんじゃないかな。その後は音源制作に協力していただけだよ」
「ローズクォーツの音源制作にも実はほとんど関わってない。ケイとマリのボーカル部分って、他のメンバーによる演奏が出来た後、ふたりだけスタジオに入って別録りしてるって、いつかマキが言ってた。ケイがローズクォーツのCD制作に関与したのは2011年7月の『一歩一歩』が最後」
「2011年7月って、1日に『一歩一歩』22日に『夏の日の想い出』が出て異例だと当時思ったけど、前者がローズクォーツにケイが参加した最後のCD, 後者はローズ+リリーの復活CDと考えると自然なんだよな」
「『起承転決』以降のローズクォーツのCDが妙に安っぽくなったのはケイが制作から離れたからだと思う」
1月13日(月)。私と政子はUTPから、話があるということで呼び出され事務所に出て行った。すると、そこに思わぬ顔がある。
「マリちゃん、ケイちゃん、おはよう」
「おはようございます」
それは何と、○○プロの大宮係長だった。
「僕、今日からここの副社長になったから」
「えーーー!?」
そばで須藤さんが
「浦中さんには参った。押し切られた」
などと言っている。
須藤さんもかなり押しが強いが、さすがに浦中さんには負けるだろう。
「だったら、私たち取締役、辞めてもいいですか?」
と私は言ったのだが、
「それはダメ。でも株式を少し譲ってよ。所有率を調整させて」
と大宮さんは言った。
「いいですよ」
「今株式はどうなってるんだっけ?」
と大宮さんが尋ねるので、
「私とマリが24%ずつ合計48%で、松島取締役と諸伏取締役が1%ずつ、スターキッズの近藤さんとローズクォーツの槇村さんが0.5%ずつ、そして須藤社長が49%です」
と私が説明すると
「つまり、UTPはサマーガールズ出版の子会社なんだ!」
と大宮さんは言う。
「ああ、そういう指摘は受けたことあります。株を持って役員を派遣している訳ですから」
「じゃさ、ケイちゃんとマリちゃんの持ってる株の11%ずつを譲ってくれない?」
「いいですよ」
「それで○○プロがUTPの株の22%を持つ。ケイちゃんとマリちゃんが合わせて26%で、須藤君が49%変わらず。つまりUTPは、サマーガールズ出版・○○プロ双方の関連会社になる。どちらも19%以上だから」
「なるほどですね」
「ちょっとぉ、それ私の承認無しで?」
と須藤さんは抗議するが、私たちは株式の譲渡をすることで大宮さんと同意してしまった。
「でも○○プロがUTPごときに肩入れしてくるんですか?」
「肩入れというより梃入れだね」
「へー」
「ローズクォーツの営業成績を改善する」
「ほほぉ」
「だいたいゴールドディスクを連発しているユニットが赤字で、メンバーの生活費もまともに出ないとか、絶対やり方がおかしい」
「ああ、そういう意見は聞いたことあります」
「ローズクォーツの営業窓口も一応うちだからさ、年初の取締役会で問題になったんだよ。某うるさ方の役員さんから追求されてね。それで浦中副社長から僕にお前行って改善して来いと指令が出た」
と大宮さん。
某うるさ方というのは保坂早穂さんだろうなと私は思った。去年ローズクォーツの台湾ライブにゲスト出演してもらって以来、政子と仲良くして色々電話でも話していたので、UTPの経営状態にも関心を持ち、ローズ・クォーツの運用状況に気付いて、何だ?と思ったのだろう。
「それで浦中さんから押し切られた」
とまだ須藤さんは言っている。
それでローズクォーツのタカも緊急に呼び出されてきて、花枝(制作部長)と一緒に企画会議に加わる。
「リーダーじゃなくて僕でいいんですか?」
などとタカは戸惑ったような声をあげたが、
「マキちゃんじゃまともに話ができないでしょ」
などと大宮さんは言っている。
大宮副社長はまず最初にこれまでローズクォーツは月・火は原則お休みとしていたのを廃止すると宣言した。売れっ子アーティストに休みは無いよ、と言う。これにはタカも「お仕事を頂けるんでしたら、それで構いません」と返事した。
大宮さんは事前リサーチの結果として、私が多忙で充分動けないので、それが営業のネックになっていると指摘。私に事実上の「名誉ボーカル」にならないかと打診した。
「ファンの気持ちを配慮した形でできるのでしたら」
と私は言ったが、タカは、むしろケイが正式に辞任しても構わないと思うと言った。
タカは私の負荷が重すぎるのをずっと気にしていたと言い、またファンもケイがローズクォーツから離れるのは既定路線と考えているので今辞任を発表してもそんなに大きな混乱は無いはずと言った。
しかし、大宮さんは営業政策上、ケイはローズクォーツに在籍している形にした方がいいと言う。
「既に4月からはOzma Dreamを代理ボーカルにして活動する方針になっていますが、代理ボーカルという名目で実質正ボーカリスト扱いでいいと思う」
と大宮さん。
「それで毎年交替ですか?」
「うん。それは毎年話題作りに使えるから。それで5年くらいやってみるといいと思う」
それで大宮さんはいきなりゴールデンウィークのローズクォーツの全国ツアーを決めてしまう。ローズクォーツのツアーは2012年2月以来だ。またライブハウスへの出演に関して、既に決まっているものはそのままやるにしても、その先は営業的なメリットを考えて再計画させてくれと言った。確かに客層が違いすぎて、こんなところでしても意味があるのか?と思うような出演はこれまで結構あったのである。
「テレビの歌番組で演奏しているから一般への知名度が高い。だから宣伝すれば大箱のチケットは絶対売れる」
「まあ確かにうちは、これまであまり宣伝ってまともにやってなかったですね」
とタカ。
「そう。それをこれまでも歯がゆく思っていたんだよ」
と大宮さん。
「FM番組で紹介してもらったり、youtubeに流したりしてますが・・・・」
と須藤さんは言うが
「宣伝の内に入らない。テレビスポット打ったり、雑誌やネットに広告を出したりもして、積極的に宣伝すべき」
と大宮さん。
1月8日にロリータ・スプラウトの9枚目のアルバム『Wind』がいつものように大手配信ストア各社から発売された。が、同時にロリータ・スプラウトが2009年10月に発表したデビューアルバム『High Life』の「マリケイ版」も★★チャンネルのみでダウンロード販売開始された。
当時アルバム制作をした時に、システムで声を変形する前の生の歌唱も保存していたものをリミックスしたもので、2009年のローズ+リリーの貴重な音源でもある。
するとこれまでロリータ・スプラウトのアルバムは毎回7-8万DLくらいしか売れていなかったのが、『Wind』が20万DL、『High Life』の「マリケイ版」
25万DL、「スプラウト版」まで新たに10万DL売れたのである。
レコード会社にとっては、あらためてローズ+リリーが「ドル箱」であることを認識させるできごとであった。
募集していたロリータ・スプラウトの「似顔絵」は1月12日(日)に締め切られ、ロリータ・スプラウトのリーダー《アン》(中の人は政子)の選定で4人の「公式似顔絵」が確定した。
そして1月25日(土)にロリータ・スプラウトの初ライブが東京都内で開かれた。チケットは年末に売り出されて1日でソールドアウトしている。
今回のライブで伴奏を務めてくれたのは、ローズクォーツである。ロリータ・スプラウトが歌っているような少し古い時代の洋楽は、ローズクォーツの得意とするところである。ローズクォーツは毎週土曜日にテレビのレギュラー生番組を持っているが、番組終了後にホールにやってきた。
ライブはステージにスクリーンを下ろして、そこにロリータ・スプラウトの4人の絵を動画で投影し、4人が歌いながら踊っているように見せている。初音ミクのライブと似た感じである。実際にはローズ+リリーと同じ事務所のバレンシアの美歓(みかん)・愛好(あいす)・麩鈴(ぷりん)・是梨(じぇり)の4人がスクリーンの後ろで踊っているのをモーションキャプチャーし、リアルタイムでアニメに変換して投影している。とってもハイテクなのである(お金も掛かっている)。そしてもちろん歌は、私とマリが(やはり幕の後ろで)2人で歌っているものをシステムで4声に変換しながら流している。
最初オープニングで出たばかりのアルバム『Wind』の中からオリビア・ニュートン・ジョンの『Have You Never Been Mellow(そよ風の誘惑)』を演奏したが、挨拶の後、「今日の仕組みの説明」として、スクリーンを巻き上げて実際の伴奏者、ダンサー、歌唱者を紹介すると、歓声があがっていた。なお、ステージ後半ではダンサーはバレンシアの残りの観来(みるく)・心亜(ここあ)・礼文(れもん)・来夢(らいむ)に交替することも告げられ、8人並べて挨拶をさせた。
ライブの前半では『Wind』に含まれるオリビア・ニュートン・ジョンとケイト・ブッシュ、その前のアルバム『Dancing』に含まれるノーランズ、ABBAの曲を中心に演奏。ゲストタイムと称して、バレンシアの(本来の形での)生ライブで3曲演奏した後、後半はこれまで発表したアルバムとは関係無く、2012-2013年くらいの洋楽ヒットを中心に演奏した。
そしてアンコールはロリータ・スプラウトのファースト・アルバム『High Life』
の中から、リリックスの『Sweet Temptation』、そしてアラベスクの『High Life』
で締めた。
ロリータ・スプラウトのライブの翌日、2014年1月26日(日)、篠田その歌が結婚式を挙げた。その歌は2004年秋の○○プロ・オーディションで合格。即戦力ということで2005年2月に『魔法の扉』でデビューして昨年末、武芸館での引退記念コンサートまで、約9年間アイドル歌手として活動してきた。
2枚目のCD『ポーラー』で上島雷太先生が楽曲を提供したのを機に大きな人気を得、一時期ペースダウンしていたものの、2009年6月上島先生と、新人作曲家・秋穂夢久(あいおむく)の曲をセットした『Drinving Road No.10/愛の定義』で息を吹き返し、何枚ものゴールドディスクを出して、★★レコードの中堅歌手として活躍し続けた。
それで結婚式には★★レコードの松前社長、町添部長も出席していた。
そして私とマリも結婚式には招待されていた。
「秋穂夢久さん、来ると思ってたのに、祝電と花束だけなのね」
と同じ○○プロの歌手、貝瀬日南(かいぜひな)が私たちに言った。
「色々事情があって、あまり表に出られないとか丸花社長が言ってたよ。個人的にその歌さんに会って直接おめでとうと言ったらしいけどね」
と私は答える。
「ほんと?それは初耳。でも、秋穂夢久と連絡を取れるのは丸花社長だけらしいね。病気とかでずっと入院しているのではとか、公務員とかの本来副業をしてはいけない仕事に就いているのではとか噂はあるけど」
と日南。
「病気とかではないとは言ってたよ」
「へー。でもそれなら、その歌さんの分の印税・著作権使用料だけでも多分年間3000万円くらいあるよね。公務員とかしてるんなら、それ辞めてもいいんじゃないかって気もするけどなあ」
と日南。
「その歌さんが引退するので、その収入も無くなるけどね」
「いや、あれだけの楽曲を書ける人を○○プロも★★レコードも手放さないでしょう。誰か他の人に楽曲提供すると思うけどなあ。今までもどうして他の人には出さないんだろうと言われていた」
「そういう作曲家はいるよ」
「元々その歌手に縁故のある人の場合だよね。それで、あれは実は篠田その歌自身のペンネームでは、なんて説もあったよね」
「ああ、それは聞いたけど、その歌さん、それは有り得ない。自分が秋穂夢久なら賃貸住まいしてないよ、なんて言って笑っていたよ」
「そっかー。なんなら秋穂夢久さん、私に楽曲提供してくれないかなあ」
と日南が言ったら、政子が
「日南ちゃんも最近だいぶ歌が上手くなったもんね。前田部長に直訴してみたら?」
などと笑顔で言った。へー!
この篠田その歌の結婚式の少し前、1月20日から、ローズクォーツのコンセプトアルバム『Rose Quarts Plays Sakura』の制作が始まっていた。大宮副社長の方針で、月火の休みが無くなったので、敢えて月曜日から制作を始めるというショック療法である。
実際問題として月火がローズクォーツ休みというのは、私が多忙でなかなか時間がとれないこととあいまって、音源制作上で結構ネックにはなっていたのである。
今回の音源制作では大宮さんが陣頭指揮を執り、20日から27日に掛けて楽器演奏部分を収録。28日から31日に掛けて、私と政子がスタジオに入ってボーカル部分を別録りしている。実際の音作りに関してはタカとサトによく意見を出させ、ふたりの感性に沿った形で制作をした。あまり色々な楽器を使わずに、シンプルに、ギター・ベース・ドラムス・キーボードの音中心。せいぜい幾つかの曲にサトのフルートをフィーチャーしたくらいでまとめている。また、タカとサトは28日から31日に掛けてのボーカル収録にも同席した。
このアルバムのジャケ写には、政子の中学入学式の時のセーラー服写真と、政子から提供された!私の中学入学式の時のセーラー服写真が使用される。背景をPhotoshopで専門家がうまく処理して、ふたりが並んでいるかのような画像にまとめた。マキ・タカ・サト・ヤスに関しては、現在の彼らに学生服を着せて撮影した。
「タカさん、学生服で良かったの? セーラー服を着ても良かったのに」
などと政子が言っていたが、タカは
「遠慮する!」
と応じていた。
でも「10万枚」のプレスが終わった後で、サンプルとしてもらったCDのジャケ写では、タカがしっかりセーラー服姿になっていてタカは「なぜだ〜〜〜〜!!?」
と叫んでいた。(当然プレスし直しは有り得ない)
『Rose Quarts Plays Sakura』の音源制作が終わった翌日、2月1日から3日は、KARIONの4月に出すシングルの音源制作をした。メンバーの卒論制作のための休暇をはさんで5ヶ月ぶりの始動である。
KARIONのいつものシングルはだいたい3曲構成なのだが、今回は特別に5曲構成とした(6月までの特別価格1280円)。
泉月の『NEWS』、福孝の『ビートルズのように』、広花の『時空を越える恋』
という、KARIONの代表的な作曲ペアの作品をひとつずつ並べた上で、昨年のアルバムのタイトル曲になる予定だったのを外した『愛の三角錐(Love Tetrahedron)』
(泉月)および、ゆきみすず作詞・すずくりこ作曲『四つの鐘』という2曲が加わっている。
ゆき先生はKARIONの初期のプロデューサーである。先生が病気で入院してプロデュースを降りた後、和泉と私がKARIONの楽曲制作の指揮を引き継ぎ、その後5年間やってきた。今回はKARIONの新たなスタートということで、特別に楽曲を頂いたのである。
今回の伴奏は、TAKAO:Gt HARU:B DAI:Dr SHIN:Sax MINO:Tp に加えて、和泉のグロッケン、私のキーボード、それに数年ぶりに夢美がヴァイオリンで加わり、多重録音無しで行っている。
今回のシングルのジャケ写は、四人でミニスカを穿いた構図である。
小風が黄色、和泉が赤、私がピンク、美空が青の衣装を着て並ぶが、それぞれ巨大な洋鐘に抱きつくようにしている図になっている。
そしてKARIONの音源制作が終わると次は4日から6日まで、ローズ+リリーの音源制作である。
曲はマリ&ケイの『幻の少女』『時間の狭間』『女神の丘』『花の国』および上島先生の『愛のデュエット』である。
伴奏はもちろんスターキッズで、全曲リズム楽器・電気楽器を入れずに演奏している。曲によって担当は微妙に変わるが、だいたいの担当は
近藤:Ac.Gt 七星:Fl/Sax 月丘:Mar/Pf 鷹野:Vn 香月:Vla 宮本:Vc 酒向:Wood-Base/Perc
という所で、これに私と政子もヴァイオリンで加わっているのでヴァイオリンは鷹野さんも加えて3人での演奏になっている。
こちらもKARION同様多重録音は今回行っていない。
「ケイちゃん、最近アコスティックの音にハマってるね」
と近藤さんから言われる。
「打ち込み・電子の音の全盛時代ですからね。だから、こういう音があっていいんじゃないかと思うんですよ」
と私は言う。
「スターキッズの12月のアルバムも全部アコスティックだったね」
と政子が言う。
「あれは七星の趣味だな。でも売れてるんで、ちょっとびっくりした」
「前作は22万枚で、あとちょっとでプラチナに届かなかったけど、きっと今回は25万枚越えますよ」
「行けるといいね」
2014年2月5日(水)。『Rose+Lily 2008&2009』なるDVDが発売された。ローズ+リリーの2008年および2009年のライブ映像を収めたものである。
ここで2008年は分かるが2009年のライブ映像が存在していたことに多くのファンが驚いた。
収録された映像は、2008年11月30日のローズ+リリーの東京公演の映像と、2009年5月15日のプライベートライブの映像が中心である。11月30日の公演はローズ+リリーが活動停止になる前の最後の公式ライブの映像だが、2009年5月15日の映像は、このようなライブが存在していたことを知っていた人はほとんどいなかったため、本当に驚きを持って受けとめられた。(実はAYAが自分の番組でそれっぽいことに言及したことはあった)
更に「おまけ」と称して幾つかの単発的なライブ映像が入っていたのもファンの心を刺激した。
2008.7.29 ストリートライブをしている映像
2008.8.30 富士急ハイランドで歌った映像
2008.9.27 デビュー日に埼玉のプールで水着姿でマリとケイが歌う映像。
2008.12.13 ロシアフェアで歌った映像。
2009.8.01 千葉のフェスで《ロリータ・スプラウト》として歌った映像。
2009.8.14 伊豆のポップフェスティバルで歌った映像。
2009.11.22 沖縄のXANFUSライブで覆面をして歌った映像。
2009.12.25 アイドルクリスマスで歌った映像。
ストリートライブの日付が「ローズ+リリーが生まれた日」とされる8月3日より前なのも驚かれた。
伊豆のフェスやクリスマスイベントなどは
「やはりあれローズ+リリーだよな?これで俺が嘘つきでなかったことが証明された。あの時はローズ+リリーが出てたの見たと言っても誰も信じてくれなかった」
などと言っていたファンも居た一方で
「これ見てる。そうか、あれローズ+リリーだったのか!」
という声も多数寄せられた。当時はその正体に気付いていなかった人も多かったのである。沖縄のXANFUSライブの映像については
「とうとう『謎の女子高生ふたり組』の正体をバラしてしまったのか」
「仮面をとうとう脱いだんだな」
と言った声が寄せられた。
またデビューイベントの画像や、デビュー前の映像などは、画質・音質は悪いものの、貴重なデータとして喜ばれたようであった。
政子はこの古い映像を再生しながら
「ぐふふ。女子高生の冬ちゃん、可愛いなあ。ねえ、そろそろカムアウトしなよ。冬って、男の子だった時代が存在しない。生まれた時からずっと女の子だったんだって」
とか
「水着姿の冬ちゃん、どう見ても女の子のボディラインだよ。ね、ね、本当はもうあの頃は性転換済みだったんじゃないの?」
などと言っていた。
「だってデビューイベントの時の私のタック、マーサが私のおちんちんに触りながら、テープを貼り付けて処理してくれたじゃん」
「あれはおちんちんに見せかけたディルドーだったんだよ」
「あの時、勃起したよ?」
「勃起させられるディルドーもあるよ。冬のおちんちんは既に中学の頃には立たなくなってたという証言もある。だから立ったのが逆に怪しい」
ローズ+リリーのDVDが発売されて、その衝撃の余韻がまださめやらぬ内、2014年2月12日(水)、『KARION 2008 鐘』なるライブDVDが発売された。
KARIONのライブDVDについてはこれまでずっと発売して欲しいという声が寄せられていたのに、∴∴ミュージックはライブCDは毎年出していたもののDVDについては、ずっと保留していた。デビューから6年たってやっと発売したのだが、その中身を見たファンが驚愕する。
そしてなぜ今までこの映像が発売されなかったのかがよく分かったのである。
『KARION 2008 鐘』は2008年7月20日東京公演と、2008年11月1日札幌公演を収録したものである。そして「初版限定特典」として、幾つかの映像がおまけで付いていた。
・デビューCDに含まれる『幸せな鐘の調べ』『鏡の国』のPV。
・3rdCDに含まれる『Diamond Dust』のPV
・4thCDに含まれる『水色のラブレター』『秋風のサイクリング』のPV
・2007年とだけ日付が記された、KARIONがCDショップらしき所で歌っている映像。
そしてこれらの映像全て、歌唱者は4人であった。
7月の公演では柊洋子はずっとキーボードを弾きながらヘッドセットマイクを使って一緒に歌っている所が映されている。そして鏡の国ではキーボードから離れて前面に出ていき、4人で並んで左右対称の衣装になり、いづみ・ようこ、こかぜ・みそらが鏡になって歌っていた。
11月の公演では柊洋子は歌唱には参加していない。柊洋子のパートはコーラス隊のリーダーの子が代理歌唱している(つまり結局4声で歌っている)が、柊洋子はずっとキーボードを弾いている。
しかしこの11月公演については「リハーサル版」が添付されていて11月3日の金沢公演前のリハーサルが収録されているのだが、このリハーサル版では、柊洋子はキーボードを弾かずに、いづみ・みそら・こかぜと並んで前面で歌っているのである。
このライブDVDの「歌」を過去に発売されたKARIONのライブCDの歌と比較してみると、全く同じであることが分かる。つまり、毎年発売されていたライブCDは実際問題として、らんこが歌唱参加したバージョンだったのである。
「だけど冬って、たくさん名前があるんだね」
と、仁恵は言った。
★★レコードの一室で、私と政子は仁恵・琴絵と一緒にお茶を飲みながら話していた。仁恵と琴絵は4月から★★チャンネルに就職することになっており、現在既にバイトとして働き、実質正社員並みの仕事をしており、お給料も正社員並みにもらっている。
「柊洋子、水沢歌月、蘭子、ケイ、鈴蘭杏梨。それに唐本冬子」
と仁恵はリストアップした。
「民謡の名取りさんで、若山冬鶴というのもあるよ」
と政子は言うが
「それは4月になったらもらうことになっている」
と私はコメントする。
「冬って5人くらい居るんじゃないかというのは良く言われたけど、多分、柊洋子、水沢歌月、天野蘭子、ケイ、杏梨、唐本冬子が各々別人格として実際に存在して、バラバラに動いてるんだよ」
と政子。
「なるほどー!」
「だからきっと、水沢歌月ピアノ、柊洋子ヴァイオリン、天野蘭子ギター、杏梨ベース、唐本冬子ドラムス、若山冬鶴胡弓で、ケイが歌える」
などと政子は言う。
「お、それはそういうライブを是非」
「無茶な!」
「高校時代はこれに加えて唐本冬彦が学生服を着て男子高校生の振りをしていたんだよね」
と政子は言うが、私は
「性転換したから、もう唐本冬彦は消滅」
と言う。
「ああ、でもあれはやはり男子高校生の振りというか、男子高校生のコスプレしていただけだよね」
「そうそう。冬って最初から女子高校生だったよね」
と仁恵・琴絵は言った。
2014年3月5日(水)。ローズクォーツの久々のコンセプトアルバム『Rose Quarts Plays Sakura』が発売された。基本的には春らしく桜をテーマにした曲を集めて作ったものであるが、ここで思わぬ反響が起きる。
「このアルバムはケイちゃんがローズクォーツを卒業する記念アルバムですか?」
という問合せが殺到したのである。
確かに桜を歌った曲というのは別れの歌が多い。実際このアルバムの中の曲でもさよならとか、新しい道とか、そんな歌詞がたくさん出てくる。
元々ケイがオーバーフローしているのでは?というのは、昨年頭(正確には2012年12月17日)にマリがローズクォーツから離れることを発表して以来ファンの間でも音楽関係者の間でも言われていたことである。
マリの負荷が大きすぎるので、ローズクォーツの通常の活動からマリが離れるというのを発表した訳だが、どう考えてもケイの方がもっと負荷が掛かっているというのが多くの意見だった。
おりしも今年1月、ケイが実はKARIONの蘭子=水沢歌月として2008年以来ずっと活動していたことが明らかになり、そこまでやっていたらとてもじゃないけどローズクォーツまでやるのは無理と多くの人が考えていた。
これに関しても私や事務所、レコード会社では取り敢えずコメントは差し控えた。
そしてこの同じ3月5日。KARIONのライブDVD第2弾『KARION 2009 空』が発売された。
これは2009年3月1日の横浜公演、2009年5月2日那覇公演、2009年7月29日神戸公演の様子を収録している。そして、これにそれぞれ「リハーサル版」が付いている。
リハーサル版では、らんこは全ての曲で、いづみたちと並んで歌っていた。そして、公演本体の映像でも、らんこが、どこか狭い場所でキーボードを超絶プレイしている映像や、キーボードを弾きながらヘッドセットマイクで歌っている映像が映っていた。7月29日の公演では他の伴奏者がみなコスプレをしている中で、本番映像ではダークベイダーがキーボードを弾いている位置にらんこが素顔で立ってキーボードを弾いている映像まであった。それで、この2009年の公演では実はらんこが隠れてキーボードを弾いていたことが分かったのである。
「やはりあの超絶プレイは水沢歌月だったのか!」
というのがファンの間で半分納得をもって受け入れられた。
そんな中、ゴールデンウィークのKARIONツアー日程が発表され、チケットも発売されたが、これだけ情報を出した以上、今度のツアーには、2008年以来6年ぶりに、蘭子が表で演奏するのではないかという期待が高まり、チケットは全ての会場の分が、ほとんど瞬殺でソールドアウトした。
一方でゴールデンウィークにはローズ+リリーもツアーをやることが公表された。しかもKARIONとローズ+リリーの日程がダブっている。こちらも全て瞬殺でソールドアウトしたが、ケイ=水沢歌月は、ほんとうに両方の公演に出るのだろうか、と若干不安がる人も結構あったようである。
さて3月5日には、もうひとつ音楽界に衝撃を与える作品が発売された。
ワンティスの『フィドルの妖精』というシングルである。c/w曲として上島先生の作品『青春の日々』と雨宮先生の作品『Sボーダー』が収録されていたが、問題は『フィドルの妖精』のクレジットで、高岡猛獅作詞・FK作曲とクレジットされていた。この件について、上島先生と雨宮先生が発売記者会見の席上で説明した。
「実は昨年『恋をしている』を公開したお陰で、FKさんと連絡が取れたのです」
と上島先生は言った。
「それは間違いなくFKさんご本人なのでしょうか?」
「実は『恋をしている』の譜面は、高岡の遺品から発見されたものと、CDとして発売したものが微妙に違うのです。私たちが会ったFKさんは、その高岡の遺品から発見されたものと同じ譜面を所有していました」
「おお、それなら間違い無いですね」
「それでそのFKさんが、もうひとつ持っていた高岡と一緒に作った曲の譜面がこの『フィドルの妖精』なのです。FKさんによると、『恋をしている』を作ったのが、2002年8月4日、『フィドルの妖精』を作ったのは2002年11月10日だそうです。実はFKさんが高岡と会ったのはこの2回だけで当時はワンティスの高岡とは知らず、詩作の好きな大学生くらいに思っていたそうです」
記者席がざわめく。
「FKさんは現在何をなさっているのでしょうか? 会社員か何かですか?あるいは主婦でしょうか? 女性ですよね?」
「プロフィールの公開は控えさせてくれということです。お元気であることだけはお伝えしてよいかと思います」
「年齢くらいは?」
「それも控えさせてください」
なお、この楽曲の制作では亡くなった高岡さんのパートであるリードギターはnakaさんが弾いている。そして歌唱陣がまた衝撃的だった。
上島先生(男声)・雨宮先生(女声)はいいとして、ドリームボーイズの蔵田さんが(男声で)加わり、性転換歌手の花村唯香が(女声で)参加している。これに、支香と百瀬みゆきがコーラスを入れている。
「ボーカルは、なんか性別の怪しい人ばかりだ」
「上島さんは怪しくないのでは?」
「いや、絶対怪しいと思ってた」
なんて噂まで立っていて、上島先生は苦笑いしていた。
ドリームボーイズの蔵田さんが加わったのは本当に驚かれた。
「ワンティスとドリームボーイズの友情にもとづいたもの」と説明されたが、どういう経緯でこんな共演が実現したんだろう?とみんな不思議に思った。
そして記者会見の席で最後に行われた質疑応答は翌日のスポーツ紙のトップを飾ることになる。
「高岡さんの作品はもうこれで最後なのでしょうか?」
という記者の質問に対して
「それが実は大量に見つかりました」
と上島先生が答えた。
「それもFKさんが所有していたのですか?」
「いえ。FKさんと話していて、高岡は絶対大量に2002年以降も詩を書いていたはずと言われるので再度徹底的に探したのです。すると思わぬところから詩が見つかりました」
「どこでしょう?」
「高岡が使用していたフィドルというかヴァイオリンを私が保管していたのですが、実はそのヴァイオリンの中に入っていたのです」
「ヴァイオリンケースの中ですか?」
「いえ。ヴァイオリン本体の中に、共鳴胴の内側に貼り付けてあったのです」
記者席が大いにざわめいた。
「それに気付いて現在、ヴァイオリンをいったん解体して、貼り付けてある紙を専門家に依頼して丁寧に剥がしている最中です。重ねて何重にも貼られている上に、糊で貼り付けてから10年以上の時間が経っているし、万が一にも破損はできないということで慎重に作業を進めてもらっています。作業はおそらく数ヶ月かかります」
この件は「遺品のバイオリンに籠められた詩」などといったタイトルで大きく報道されることになった。
「高岡さんの詩が見つかったヴァイオリンってさ、冬がヤフオクで150円で落としたヴァイオリンだよね?」
と松原珠妃は私とお茶を飲みながら訊いた。
「そうそう。私がローズ+リリーでデビューしてさ、上島先生のお宅を訪問して、居間の棚に見覚えのあるヴァイオリン・ケースがあるのを見て、正直仰天したよ。その記憶があったからさ、ケイちゃん心当たり無い?と訊かれてあのヴァイオリンに何かありませんか?と言って、それで見つかったんだよ。先生も本当に驚いていた」
と私は答える。
「10年の月日を経て遺作が見つかるってロマンだね。だけど『フィドルの妖精』
ってさ、私がデビューする直前に、カラオケ屋さんで私が『黒潮』歌ったのに対抗して、冬が歌った曲だよね」
「よく覚えてるね」
「あの時、何か凄い曲だと思った。『黒潮』以上に売れたりして」
「それは有り得ない。『黒潮』は歌謡史上に残る名曲だもん」
「私さあ、あれがあまりにも凄すぎたから、結局あれを越える歌を出せない」
「そんなことないと思う。セールス的に及ばなくても、静花さんはこれまでたくさん歌謡史上に残る名曲を歌ってきている」
「まあ確かに内容的にはあれを越える曲がいくつかあったね。でもセールスでは越えられないから」
「テレビの戦隊物ってさ、敵の怪人は1人で出てくるのに、こちらはチームで戦うじゃん」
「うん」
「あれってずるいとか、いじめではなんて意見もあるけどさ。3人・4人で戦っても結局勝てればいい」
「ん?」
「『黒潮』は400万枚売れたかも知れないけど、たった1曲じゃん。静花さんのその後のヒット曲の売り上げを合計すると、軽く1000万枚越えてるでしょ?」
「冬って面白いたとえ方するね〜」
と言って松原珠妃は笑顔になった。
「だけど冬って、昔から色々秘密を持ってたけど、その中の最大の秘密を暴露しちゃったね」
と珠妃は言う。
「KARIONの件は、古いファンの間では、私と柊洋子が同一人物というのは多分間違い無いとそもそも思われていたから。2009年以降にファンになった人たちの間で知られていなかっただけだよ」
「いや、冬はその手の公然の秘密が多すぎるからなあ。鈴蘭杏梨がマリ&ケイだということだって、知らない人はけっこう居ると思うよ」
「ああ、それはそうかも。シレーナ・ソニカの2人も鈴蘭杏梨の正体は知らなかったみたいだしね」
「そのシレーナ・ソニカが覆面の魔女というのも公然の秘密だね。こういうのってその方面に関心を持ったことのない人は気付かないんだよ」
「そうだね。松田聖子の『赤いスイートピー』の作曲者・呉田軽穂が、実は松任谷由実って知らない人も多いよね」
「でもそれは本人も認めているものだから。水沢歌月の正体はどちらかというと、大場つぐみの正体とか、天宮視子の正体などの事情と似ていた」
「ああ。確かに大場つぐみとは少し似てるかも」
「あと世間に知られていない冬の秘密というと、FKさんの件と、冬がヨーコージの一部だということかなあ」
「ヨーコージは別に隠してないけど」
「隠してないけど、しやべってないんだよね」
「うふふ」
「でさ」
と珠妃は言った。
「私にまだ隠していること無い?」
「なんだろ? 隠していることって」
「冬が実は上島雷太と同一人物だとか、冬が実はEliseと同一人物だとか」
「まさか!! 私おちんちん無いから愛人を孕ませられないし、子宮が無いから妊娠もできないし」
「いや、冬ならきっと何とかする」
「どうやって!?」
「そうだ。もしかしたら冬は私と同一人物かも」
「私が静花さんなら、ここにいる静花さんは誰?」
「ところでさ」
と珠妃は言った。
「ん?」
「正直に教えてよ」
「何を?」
「冬、本当に性転換したのはいつ?」
「え?大学2年生の時だけど」
「それは公式見解って奴でしょ? 私には本当のこと教えてくれたっていいじゃん」
「本当のことも何もホントに大学2年の時にタイに行って性転換手術を受けてきたんだけど」
「いや。絶対冬は、私がデビューした頃、既に女の子の身体だったと思う」
「そんなことないよー」
「多分冬は小学生の内に男の子の性器は全部取ってしまって、割れ目ちゃんだけ作っておいて、大学生になってから、その時冷凍保存していた元男性器を素材に完全な女性器を作ったんだ。あるいは交通事故か何かで亡くなった女性の性器を移植したとか」
「どこからそんな途方も無い話が・・・」
「このボールペンは多分元々ケイちゃんのものだよね。返却した方がいいかな?」
と上島先生は青い字の出るボールペンを私に見せた。そのボールペンは10年の月日を経ても、しっかり書くことができた。これも多数の詩を書いた紙と共にヴァイオリンの中に隠されていたものである。恐らくは保管されていた上島先生のお宅が温度・湿度ともに良好な環境なので痛まなかったのだろう。
「いえ、高岡さんはそのボールペンでたくさん詩を書いたみたいだから、良かったら、高岡さんにいちばん縁のある先生が持っていて頂けませんでしょうか?たぶん、私と高岡さんは年月を経て、青い字の出るボールペンと、青いボディのボールペンを交換したんです」
私がそういうと、上島先生は頷いておられた。
ヴァイオリンに封じ込まれていた高岡さんの詩は全て青い字で書かれていた。12年前に私が高岡さんに渡したボールペンで、高岡さんは詩を書いていたのである。
「僕もこのボールペンで詩を書いてみようかなあ。僕の詩が最近ちょっと行き詰まっていたの、ケイちゃんなら気付いていたでしょ?」
と上島先生はおっしゃったが、私は何も答えなかった。
『フィドルの妖精』にカップリングした上島先生の作品『青春の日々』の詩はこの青い字のボールペンで先生が書いたものである。
「マリちゃんが、道具で意識が左右されるんだ、と言ってたけど、ほんとにそうだと僕も思う」
「はい、その意見には私も賛成です」
3月11日(火)。震災から3周年を迎え、日本列島全体がまた亡くなった人たちの冥福を祈り、復興への決意を新たにする。
昨年、ローズ+リリーは3月11日に福島市で突発ライブをしたのだが、今回はKARION, XANFUS と相乗りで東京都内のホールを使い、復興支援イベントを行った。
これは実質「08年組」の再起動イベントにもなった。
このイベントでは、入場料を「御厚志」とし、イベント終了後に出口の所に入れる箱を置きそこに投入してもらう形にした。そして集まった金額、およびそれと同額をローズ+リリー、KARION, XANFUSが出し合って、被災地に寄付することにした。
実際にはチケット自体は1000円で販売しているが、1800人の入場者が平均7000円ほど入れてくれていて、チケット販売代金と合わせて1500万円ほどの入場料があり、ローズ+リリーの2人、XANFUSの2人、KARIONの「4人」の合計8人で200万円ずつ出し、更に各々の事務所(サマーガールズ出版・&&エージェンシー・∴∴ミュージック)と★★レコードも各々400万円ずつ出して、合計4700万円を寄付した。
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【夏の日の想い出・公然の秘密】(1)