【夏の日の想い出・熱い1日】(上)

Before前頁次頁目次

1  2 
 
2007年。私が高校1年の時。私は初期の頃、バーガーショップでバイトをする傍らしばしば小学校の時以来の友人・有咲がバイトをしている録音スタジオに出入りし、そこでアシスタントのようなことをしていた。そしてバーガーショップのバイトで一緒になった友人・和泉に誘われて夏から秋に掛けて、テレビ局で『歌う摩天楼』という番組のリハーサル歌手を務めていた。
 
私がバイトに行く時、4〜5月は学校の外でいったんカジュアルな服装に着替えてからバイト先に入っていたが、その内、自分の高校の女子制服の取り敢えず夏服を作ってしまったので、6月以降はそれを着ていき、10月からは更に自主的に作った冬服の女子制服を着て、出かけて行っていた。
 
女子制服に着替えるのは高校の校内の面談室の空いてる部屋を使っていたので、6月以降、私は校内の一部の友人(奈緒・詩津紅)に、女子制服姿を曝している。また詩津紅とはよく放課後一緒に歌の練習をしていたが、6月以降はその練習も女子制服を着てしていた。
 
「冬ちゃん、先週より物凄く歌がレベルアップした気がするんだけど。それとピアノもすごーく上手になってる。何があったの?」
 
6月になって初めて女子制服姿を詩津紅にさらした日言われた。
 
「ああ。ボクって、度々中学の友人からも指摘されてたんだけど、女の子の服を着ると、歌とか楽器の演奏能力が上がるんだよね」
「へ?」
 
「男の子の服を着ている時は、女声では1オクターブ半くらいしか出ないんだけど、女の子の服を着ている時は2オクターブ半くらい出るんだよね〜。ピアノも同音連打が男の子の服着ている時は1秒間に5〜6回しか打てないけど、女の子の服を着ている時はこんな感じで」
 
と実際同音連打をしてみせる。
 
「1秒間に12回くらい打てるんだよね」
 
「なんで〜!?」
 
「自分でもよく分からない。でも男の子の服を着ている時は、自分がそこに閉じ込められている感じですごく窮屈なんだけど、女の子の服を着ている時は自分が解放された感じで、どんどんエネルギーが湧いてくる感覚なんだよね。実はボク、ここの入試ギリギリで合格してるんだけどさ。中学の女子制服を着て受験したんだよね」
 
「えーー!?」
 
「男子制服着て受験していたら落ちてたと思う」
「つまり、頭の働きも変わるんだ?」
「うん」
 
「だったら、冬ちゃん、授業にも女子制服で出るべきだよ!」
「あはは、そう思う?」
 

なお、この時期私がしていた芸能活動は、$$アーツ所属ドリームボーイズのバックダンサーのみである。ただし、この時期、前橋さんはドリームボーイズのマネージャーを外れて社長に昇格したばかりで、マネージャーは大島さんという若い人が担当していた。
 
前橋さんも私がこのダンスチームに参加した頃から熱心に私にデビューを勧めてくれていたのだが、この時期は社長業が忙しくて、そこまで気が回らない感じであった。
 
(この時期既にAYAのプロジェクトは始まっているが、まだ$$アーツは関わっていない。$$アーツがAYAと契約するのは、翌年のデビュー直前である)
 
また○○プロに関しては、この時期、親しかった前田さんが経営危機に陥った子会社の社長に就任していて、そちらの建て直しで忙しかったこともあり、一時的に○○プロとの関係が希薄になっていた(○○スクールからも一時退会していた)。
 
そういう時期に、∴∴ミュージックに出入りしていた和泉から誘われたので、和泉と一緒にリハーサル歌手をやったのである。
 

しかしこういう番組のリハーサル歌手なんてやっていると、まあ知っている歌手・アーティストの多いこと、多いこと。
 
「冬、あんた何やってんの?」
と松原珠妃(静花)に声を掛けられる。
 
「おはようございます、松原珠妃さん。今日はリハーサル歌手です」
と笑顔で答える。
 
和泉も大物歌手に声を掛けられて慌てて「おはようございます」と挨拶している。
 
「面白いことやってるねー。でも勉強になるでしょ?」
「はい、物凄く勉強になります。今日も松原さんの歌、鑑賞させてください」
「よしよし」
と静花は私の頭を撫でて、客席に座った。
 
「冬、松原珠妃さんと知り合い?」
「私の『元先生』」
「へ?」
「私が小学校2年の時に、私を見出して、歌手として育てあげてくれた人だよ」
「へー!」
「でも、珠妃さんがデビューする時、きっと私も数年後には歌手になるだろうから、これからは先生と生徒じゃない、ライバルだと言い合った」
「凄い!」
 
「冬・・・歌手になるよね?」
「和泉も歌手になるよね?」
「うん」
 
私たちは見つめ合い、そして握手した。
 
その珠妃の1つ前が芹菜リセであった。が来ていない。 さっき別の歌手の代役を私が歌ったので、本来は和泉の番だ。でも私は和泉に「ごめん。これ歌わせて」と言う。和泉も頷いているので、ステージ裏に行く。
 
アーティストゲートから出て行き、司会者と台本通りのやりとりをする。客席をチラっと見ると、静花はこちらを睨むようにして見ている。Good!
 
「それでは歌って下さい」
と言われ、渡部賢一さんの指揮棒が振られ、オーケストラの演奏が始まる。歌い出す。
 
この時期、保坂早穂は29歳で、さすがに全盛期を過ぎかけていた。代わって当時のJ-POPの「歌姫」の座を争っていたのが、26歳の芹菜リセと、25歳の松浦紗雪であったが、これはある意味、蔵田さんと上島先生の代理戦争でもあった。ふたりとも物凄く質の高い歌を歌っていた。(松浦は上島先生の曲、芹菜は蔵田さんの曲)
 
最高の歌姫が歌う超難曲を私は自分の声域をいっぱい使って歌い上げる。出演者やテレビ局のスタッフさんが、色々話しながら見ていたのが、私の歌を聞いていて、話を止め、静まりかえってしまった。そして静花は物凄く厳しい顔で私を見ていた。
 
超快感!
 
最後の音をブレス無しで6小節(24拍)更にフェルマータ付きで延ばして終曲。
 
思わずスタジオ全体から物凄い拍手が来た。静花は笑顔だ。その笑顔を私はとうとう、静花が私を自分の本当のライバルとして認めてくれたんだと感じた。
 
ステージから降りて和泉の所に戻ると
「冬、なんか気迫が籠もってた!」
と言って、感激したように拍手してくれた。
 

松原珠妃が出て行く。
 
芹菜リセと同じくヨーコージ作詞作曲の『ゴツィック・ロリータ』を歌う。本番では恐らくゴスロリの衣装を着ると思うが、今はリハーサルなので普通の服である。ちなみにこの曲を作る時、蔵田さんから気分を出すためと言われて、私もゴスロリの服を着せられた。
 
珠妃はこの時20歳である。実力は高く評価されていても、まだ年齢的に歌は成長時期と多くの人が考えていた。しかしこの日珠妃は私の歌を聴いて無茶苦茶燃えていた。
 
最初から全開だ。リハーサルでこんなに燃えてどうする?というくらい力を込めて歌う。この場には芹菜リセも松浦紗雪も来ていない。しかし、今日の珠妃の歌を聴いた人の多くが、ここに、新たに「歌姫」の座に迫る実力者が居ることを認識したであろう。
 
珠妃の歌は技術的に高いだけではない。情緒性が素晴らしい。しばしば歌手には情緒性はあるが技術自体は・・・・という人がいるが、彼女の歌はその両方を兼ね備えているのが凄い。物凄く力の入った。そして情感の籠もった歌であった。私はその歌を聴きながら、彼女にもっと迫るにはどうすればいいのかというのを考えていた。
 
ふと、私の顔を見た和泉がびくっとしたような顔をする。
「ん?」
私は顔を緩めて和泉を見る。
「冬、凄い怖い顔をしてた」
「ライバルだから」
 
「私ともライバルだよね?」
「私と和泉はデッドヒートをしているライバル。珠妃さんは私と和泉の数m先を行くランナー。デッドヒートしながら彼女を追い抜こうよ」
 
「遠すぎる目標だ・・・・」
「でも追い抜きたいと思わない? 彼女が全盛期を過ぎる前までに」
「うん。。。。考えてみる」
 
和泉も厳しい顔をして、珠妃の歌を聴いていた。
 

珠妃が歌い終わると、スタジオは割れんばかりの物凄い拍手で、ロックバンドの人が「ヒュー」という感じの歓声まで上げていた。
 
珠妃は私を見て「どうだ?」という感じの視線を投げた。私もしっかりその視線を受け止めた。
 
この日、珠妃は本番ではリハーサル以上に気合いが入っていて、翌週その放送がテレビに流れると、いったん落ち着き掛けていた『ゴツィック・ロリータ』のセールスが再び伸び始め、レコード会社は慌てて追加プレスをした。
 

篠田その歌、原野妃登美、谷崎潤子、麻生まゆり、田代より子、秋風コスモス、浦和ミドリなどといった面々も番組にやってきては、私に手を振っていくので私は会釈で返していた。和泉が不思議そうな顔をして私を見ていた。
 
「秋風コスモスちゃん、知り合い?」
「私がバイトしてるスタジオで彼女音源製作したんだよ」
「なるほどー」
 
「谷崎潤子ちゃん、冬のこと認識してたね? 彼女も音源製作絡み?」
「そうだね。初期の彼女のCDの音源製作では私バックでヴァイオリン弾いてるから」
「何〜!?」
 
また彼女たちの歌を代理で歌う時は、私も手加減をして歌っていた。
 
ある時、指揮者の渡部賢一さんが休憩時間に私の所に来て言った。
 
「洋子ちゃんだっけ? 君って、物凄く柔軟な歌い方をするね」
「ありがとうございます」
「上手な歌手の代理で歌う時は物凄く上手に、そこそこの歌手の歌を歌う時は少し抜いた感じで。音程とかは外さないけど」
 
「本人を食う訳にはいきませんから」
 
「優子(和泉)ちゃんも面白い。ロックはロック、演歌は演歌、R&BはR&B、アイドル歌謡はアイドル歌謡、それぞれ歌い方をガラリと変えて歌う。多分物凄い量の歌い込みをしてるね」
「ありがとうございます」
 
「そうそう。君たちふたりに僕は個人的に《千代紙》という名前を付けた」
「《千代紙》ですか?」
 
私たちは名付けの理由を聞きたい気分だったが、ディレクターさんが渡部さんを呼んだので、その話はそこまでになった。
 

ある時はドリームボーイズがやってきた。
 
「こら、洋子、ダンスの衣装じゃないぞ」
と蔵田さんが言う。
 
「おはようございます、蔵田孝治さん。今日は私、番組のリハーサル歌手なんです」
「む? それでは徴用できんな」
などと言うので、ベースの大守さんが笑っていた。
 
彼らが席の方に行ったのを見て和泉が訊く。
「冬、ドリームボーイズとの関わりは?」
 
「私、ドリームボーイズのバックダンサーだから。もう4年くらいやってる。先月の横浜公演でもバックで踊ったよ。公式サイトとかには掲載は無いけど、ファンサイトとかに行くと、私の写真よく貼られてる」
 
「何〜〜!?」
 
ところがそろそろドリームボーイズの出番が近いという頃に携帯でしばらく話していた風の大島マネージャーと蔵田さんが何か話している。そして蔵田さんは、ちょうどアイドル歌手の代理で歌ったばかりの私の所に来て言った。
 
「おい、リハーサル歌手」
「はい」
「お前、来てない奴の代理で出るのが仕事だよな」
「はい、そうです」
 
「樹梨菜が来てないんだよ」
「へ?」
「事故で電車が停まってて、今振替輸送で他のルートで駆けつけて来ている最中だけど、リハの出番に間に合わん。お前、代理で踊れ」
 
「えーー!?」
「今日の曲の間奏で入るアクロバット、お前か樹梨菜にしかできん」
「あぁぁ」
「踊るよな?」
「アイアイサー!」
 
そういう訳で、蔵田さんがディレクターにも話してくれたので私はその日は「リハーサルダンサー」まですることになった。充分な準備運動をし、手や足の関節もしっかり伸ばしてからステージに行く。常連の子たちとハイタッチしてから演奏し始めたドリームボーイズの後ろに走り込み、リーダーの位置に立ち、笑顔で踊る。
 
二人組で踊る所も、何度も一緒に踊っているレイナちゃんと組んで、ピタリの動きをする。そして歌の間奏部分。私はドリームボーイズの前まで出て行くと横転・バク転などを組み合わせた体操並みのアクションをし、最後は助走を付けロンダートして後ろ向きになり、連続後転から空中抱え込み後方2回転の大技を決めた。
 
思わず上がる歓声に続いて、蔵田さんの歌が始まる。
 
踊り終わってから私もさすがにちょっと昂揚した顔で和泉の所に戻る。
「冬、すごーい。体操選手になれる?」
「無理だよー。体操選手なら小学生でも、このくらい決める」
 
「でも凄い運動神経だね〜。冬って体育の成績良いでしょ?」
「体育の成績は小学1年の時以来、ひたすら1だよ。高校じゃDだと単位もらえないから、温情でCにしてくれている感じだけど」
 
和泉は一瞬考えてから言った。
「それって、きっと冬が男子の体育に参加してるからだよね?」
「そうだねー。女子の方に参加してたらBくらいもらえてたかも。男子の意識の時と女子の意識の時で、運動能力が変わるの、自分でも感じるから」
 
「冬はやはりちゃんと申告して、女子の方に参加すべきだな」
「うん。友だちからよく言われる」
 

『歌う摩天楼』はだいたい新宿のスタジオで収録されていたのだが1度だけ赤坂のサントリーホールで収録された。その日は、しまうららさんが出ていたが、しまさんは会場に来て私を見ると手を振ってくれた。
 
「しまうららさんとも知り合いだっけ?」
と和泉が訊く。
「松原珠妃の先輩だもん。松原珠妃はしまうららさんにスカウトされたんだよ」
「そうだったんだ!」
と言ってから、和泉は
「なんか冬って、この世界に随分コネがあるね」
と感心したように言った。
 
その日は保坂早穂さんの代理歌唱をしたが、その後、しまさんが寄ってきて
 
「あんたさあ、こんな仕事してないで、さっさとデビューしよな」
などと言った。
 
「2年後くらいにはデビューしたいかな、と」
「2年も待つ必要無い。今日デビューでもいい。私がどこかと話付けてあげようか? 珠妃がうちからはデビューするなと言ってるらしいけど、他の事務所とのコネもたくさんあるからさ」
 
「そうですね。状況次第ではお願いするかも」
 
その日、しまうららさんはパイプオルガンの伴奏をバックに『初恋の丘』を歌った。本番では高名なオルガン奏者が弾くことになっているのだが、リハーサルで弾くのに出てきたのは夢美だった。私と一瞬目が合って、目でお互い挨拶した。夢美はここのホールのオルガンクラブに入っている。彼女は去年・一昨年と2回連続でエレクトーン国際大会のジュニアの部で優勝しているので、この役を仰せつかったらしい。
 
「冬、あのオルガン奏者さんとも知り合い?」
と和泉がその視線のやりとりに気付いて訊く。
 
「小学2年の時のエレクトーン教室の友だち」
と私はうっかり答えてしまったが。
 
「ちょっと待て。冬って、ピアノもエレクトーンもまともに習ったことないなんて言ってなかった?」
「あ、しまった」
 
「どうも冬は嘘つきだなあ」
「あはは」
 

普段の収録では、リハーサルが終わった所で、本番前に帰るのだが、この日はディレクターさんにお願いして、本番も見学させてもらった。
 
保坂早穂さんの熱唱は凄かった。確かに全盛期は過ぎているのかも知れないが、凄まじい歌のパワーだ。
 
私や和泉が高尾山か箱根なら、松原珠妃は槍や穂高、そして松浦紗雪・芹菜リセ・保坂早穂は富士山。そんな気がした。
 
その後しまうららさんが登場する。パイプオルガンの伴奏で歌うが、その時、私たち同様、本番に居残りしていた夢美が物凄い顔でパイプオルガン奏者の方を見ていることに気付いた。ここにも戦っている女の子がいる。私も頑張らなきゃ。私はそう思った。
 

だが、このリハーサル歌手の仕事は10月末で番組自体が唐突に終了してしまった。
 
それでさてこれからどうしようと思い、ちょうど§§プロ(秋風コスモスの事務所)からも(私の性別を承知の上で)「アイドル歌手にならない?」などというお誘いがあっていたので、アイドルというのは自分的には不本意だけど、誘いに乗っちゃおうかなぁ・・・・などと思っていた時、和泉から再度の誘いがあったのである。
 
11月2日(金)昼休みに私の携帯に和泉からメールが入り、会って話したいことがあるというので、授業が終わってから部活はサボって会いに行くことにする。
 

帰ろうとしていたらクラスメイトの紀美香が
「唐本さ〜ん、ちょっとちょっと」
と呼び止める。
 
「何?」
「タロットカードを買ったのよ。占ってあげる」
などという。
 
「占い苦手〜」
「唐本さんが占う訳じゃないし」
 
などといって、カードを1枚引くように言うので紀美香が扇形に広げているカードの中から1枚引く。
 
星のカードだった。
 
「ふむふむ」
紀美香は解説書を見ている。
 
「今日あなたは運命的な出会いをするでしょう。今日学校を出た後帰宅するまでに会う人と一生の付き合いになります」
と紀美香は言った。
 
ふーん。これから和泉と会うんだけどね。和泉とそういう縁が出来るのかなあ。
 

そんなことを考えながら、私はいつものように密かに1階の面談室に行き、女子制服に着替える。そして玄関を出て校門を出、電車の駅に行く。
 
そして電車を待っていた時、目の前に私を覗き込む人物が居る。
 
「うっ。。。」
「わーい、冬子ちゃんだ。かっあいい!」
 
と政子は嬉しそうに言った。
 
「どうしたの?性転換しちゃった?」
「したいけどねぇ。政子、今日部活は?」
「サボってデート」
「おお、うまくやってね」
「冬子ちゃんもサボって誰か男の子とデートかな?」
 
「そんなんじゃないよぉ」
「でもその制服は?」
「ちょっと借り物〜」
 
「ふんふん。こないだみたいに、誰かに無理矢理女装させられたなんて、みえすいた嘘をつかないだけ、優秀、優秀」
 
と言ってから政子は小さな声で
「ね、コンちゃんとか持ってる?」
などと訊く。
 
「あるけど」
「1枚ちょうだい。念のため」
 
「うん。2枚持ってるから2枚ともあげるよ。でもホテル行く時は花見さんに買わせなよ」
と言いながら、私は学生鞄の内ポケットから生理用品入れを出すと、その中から避妊具を出して渡した。
 

「サンキュー。でも冬子ちゃんは使わないの?」
「使わないよぉ。これから会うのも女の子の友だちだもん」
「なるほどねぇ。冬子ちゃんがコンちゃん使う時、相手は男の子か〜」
と言って、何だか納得したような顔をしている。
 
「でもそれ、ちょっと見せてよ。可愛いナプキン入れ使ってる」
「まあいいけど」
 
「パンティライナー2枚にナプキン1枚。何に使うの?」
「え?普通の使い方だと思うけどなあ」
 
「冬子って生理あるんだ!?」
「さあ、どうかな」
 
と言って取り敢えず、はぐらかしておく。
 
「でも政子、花見さんと一応してもいい気になったんだ?」
と私は訊いてみる。政子は肌に触られるのも嫌がっていた筈である。
 
すると政子はチッチッチと指を横に振り、避妊具の♂マークが付いている側の外装に小さな穴を空けちゃう。ん?と思って見ていると、練り唐辛子のチューブを出してその穴に差し込み、ぎゅっと押し出す。
 
「それって・・・・」
「啓介がどうしてもしたいと言ったら、これ付けてと言って渡す。で、装着したら・・・」
「花見さん、ちょっと可哀想!」
 
「冬子はそういう時の刺激、想像付く?」
「ううん」
「やはり冬子には付いてないんだな」
 
などと言っている内に私が乗る電車が来たので、政子にバイバイと手を振って私は電車に乗った。
 

ハンバーガーショップで待っていると、すぐに和泉は来た。そして開口一番言った。
 
「あのね、冬さ、デビューする気無い?」
 
話を聞くと、和泉を含めて数人の女の子のユニットでメジャーデビューという企画が持ち上がっているらしい。既に3人までメンバーは決まっているが、私のことを畠山社長に話したら、私ならぜひ入れたいと言われたということであった。
 
私はとてもやりたかった。
 
しかし私は断った。
 
「ごめん。パスさせて」
「どうして!?」
 
「だって、ボク、絶対性別問題で和泉たちに迷惑を掛けるよ」
「ああ」
 
私はデビューすればきっとマスコミやファンなどが自分の身辺を調べるので、男の子であることがバレてしまい大騒動になると言った。すると和泉は、それなら最初から「実は男の子です」と公開してからデビューすればいいと言った。
 
「でもそれやるとそのユニット自体が色物と思われてしまう。和泉が中心になるなら、絶対歌だけで純粋に売れるユニットになると思う。それなら女の子だけのユニットの方が絶対に愛してもらえるユニットになる」
 
と私は主張した。
 
「冬って自分のことより、プロデューサー的な見方するんだね」
「ああ、ボクって、そういう性格かも」
 

和泉はそのやりとりで諦めたのだが、畠山さんは諦めなかった。
 
実は私はその時の畠山さんとのやりとりの記憶が無い。私は2008年の8月から12月まで超多忙な生活を送っていたので、それに先行するこのくらいの時期からの記憶が混乱したり矛盾したりしている。
 
後から聞いてみるとこの11月上旬、畠山さんは私の自宅まで来ようとしたらしい。ところが、車で私の自宅近くまで来た所で、ちょうど高校の(女子)制服を着て歩いている私を見つけ、声を掛け、私が横浜に行く所だというと、車で送って行くから時間が取れないかと言われ、30分くらいならというのでカフェか何かにでも入って少し話をしようということになったらしい。
 
横浜に(民謡の伴奏で)行ったのは手帳によれば11月4日(日)で、歌唱ユニット結成の企画を和泉が聞いたのは11月に入ってすぐだと言っているので、恐らく最初に和泉から誘いがあったのが11月2日(金)あたりだと思う。
 
なお、この畠山さんと会った時、私が自宅近くの店はやめてと言ったので、結局少し車で走った所で見たファミレスにしたらしい。要するに私を知っている人と遭遇する可能性の低い所ということだったのだろう。
 
私は最初自分はまだ未熟だからとか言っていたらしいが、とても熱心に勧誘されたので、とうとう私は自分の性別をカムアウトし、隠してデビューしてバレたら大騒動になるし、最初から実は男と言ってデビューした場合、ユニット自体が色物と思われてしまう。和泉が歌うのならきっと実力で売れるユニットになるから純粋に女の子だけのユニットにした方が、イメージ戦略として良いはずと私は語ったという。
 
「そういう販売戦略とかの問題は置いといて、君自身としては、本当は歌手になりたい?」
 
「なりたいです。少し前まではその時期は2年後くらいかなと思っていたのですが、今回リハーサル歌手をしていて、できるだけ早くデビューしたい気分になりました」
 
「じゃ、やろうよ。イメージ戦略の問題は解決策があるはずだよ」
「ごめんなさい」
 
30分というタイムリミットが近づく中、畠山さんは
「分かった。君のことは諦める」
と言った。その時、私がとても寂しそうな顔をしたという。
 
そこで畠山さんは再度訊いた。
「もし君が生まれながらの女の子だったら、この企画に参加した?」
 
そして私は答えた。
「もちろん。参加したいと言ったと思います」
 
その私の言葉を聞いた瞬間、畠山さんは、この歌唱ユニットは「4人」でやるということを決断し、ユニットの名前も、私が参加してくれた場合の名前の候補として考えた《KARION》(4つの鐘)というので行こうと決めたのだという。
 
 
KARIONの結成日は、畠山さんと私が会談しただろう日の翌日。11月5日(月)である。
 

ところでこの時期、私は密かに自分の精子の冷凍保存をしていた。ずっと自分の性別のことで悩んでいて、やはり自分は女として生きていくんだという気持ちが固まってきていたが、それで小学5年生の時以来「控えめに」摂取していた女性ホルモンの量を増やそうと考え、そうなると生殖能力が消えてしまうので、その前に念のため精子を保存しておこうと考えたのである。
 
この作業には若葉が協力してくれて、若葉は私の「婚約者」と称して一緒に病院に行っていた。精子の採取は4回行ったが、その最後の採取を11月10日の土曜日午前中に行った。
 
病院を出てから何となく川沿いの道を散歩した。今日は年齢詐称して病院に行っているので、ふたりとも女子大生風?の私服である。
 
「まあ4回も取っておけば大丈夫よね。半分にして解凍できる容器に入れられているから、8回挑戦できるし。子供8人できたりしてね」
と若葉は言う。
 
「子供8人か・・・・楽しいかも」
と私は思わず言った。
 
「2人くらいは産んであげていいけど、私ひとりじゃ8人も産めないから、何人かに分散して産ませてよね」
「えっと・・・・」
 
「あ、分かった。冬も2人くらい産むといいのよ」
「私ちょっと子供産む自信無いなあ」
 
と私が言うと、若葉は私の顔をのぞき込んで「ふーん」という感じの顔をした。
 
「じゃ、精子も保存しちゃったし、性転換しちゃう?」
「うっ・・・」
 
「その内、するつもりだよね?」
「もちろん」
「だったら、今からしてもいいよね」
「今から!?」
「性転換手術してくれる病院知ってるよ。今から連れてってあげようか?」
 
「まだ心の準備が」
「ふふ。冬って、結構覚悟ができてないよね」
「うん」
 
「取り敢えず玉だけ取るのもいいんじゃない?」
「そうだなぁ」
 
「よし。おいで、おいで」
と言って若葉は私の手を取ると、通りがかったタクシーを停めた。
「JRの○○駅まで」
 
と駅の名前を告げる。
 
「電車で行こう。車だと渋滞に引っかかりやすいし」
「都心に出るの?」
「新宿のね。○○クリニックというところ」
 
「うっ・・・」
「ん? どうしたの?」
 
「実は掛かり付けの病院だったりして」
「へー!」
 
「若葉だから言っちゃうけど、実はそこでHRT(女性ホルモンの投与)してる」
「なぁんだ。そこでは診断書は?」
「もらってる」
 
「だったら、診断書2枚あるんだ!」
「うん。まあ」
 
「掛かり付けの病院なら間違いないね。今日は、やっちゃおうよ」
「えー!?」
 
と言いつつも、私はこの時、去勢くらいしちゃってもいいかな、という気がした。
 

駅前でタクシーを降りて、駅舎に入ろうとした時だった。
 
「あれ、唐本ちゃん!」
と声を掛ける人が居る。
 
「麻布先生?」
「あ、どこか行く所?」
「あ、いえ。大した用事ではないのですが」
「そしたら、良かったらちょっと手伝ってくれない? 今日は新人アイドル歌手ユニットの録音をするんだけど、**君も**君も休みで、町田ちゃん(有咲)ひとりなんだよ」
「あ、はい」
 
私は若葉と顔を見合わせたが、若葉も無理はしない感じだ。それで私は麻布先生に付いてスタジオに行く。何となく流れで若葉も付いてきてしまった。
 
物凄く後になって考えたのだが、この遭遇は本当に私の運命を変える遭遇だったが、それを引き起こしたのは若葉の行動であった。
 

居るものは誰でも使えの精神で、録音準備作業には若葉も徴用する。麻布先生は若葉が、有咲とも知り合いであったことに驚いていたが、今日は人手が足りないし、薄謝を出すから手伝ってと若葉に言った。
 
「今日は何というユニットなんですか?」
「うん《KARION》(カリオン)というユニットらしい。ゆきみすずさんがプロデュースするらしいけど、ゆきさんは明日からということなんで、今日はたぶん練習中心になるんじゃないかとは思うんだけどね」
「へー」
 
そこに、女の子3人の集団がやってくる。
 
「あれ?和泉!?」
「あ、冬!? それに若葉まで。あんたたち何?」
「ここのスタジオのスタッフ」
「え?」
 
「あ、まさか、今日から録音をするアイドルユニットって、もしかして?」
と私が訊くと。
 
「私たちだったりして」
と和泉。
 

それで取り敢えず、和泉は小風と美空に私たちのことを
 
「私の同級生の若葉ちゃん」
「私が秋にリハーサル歌手してた時のパートナーの冬子ちゃん」
 
と紹介した上で和泉は付加的な説明をする。
 
「若葉のお家はすっごいお金持ちだから」
と和泉。
 
「そんなことないよー」
と若葉がさすがにちょっと照れて答える。
 
「冬子はこうしてるとまるで美少女女子高生だけど、実は男だから」
といきなりバラす。
「あはは。戸籍上は男です。すみませーん」
と私が言うと、小風たちが
「うっそー!」
と叫んだ。
 
それから和泉は小風と美空を私たちに紹介してくれた。それからしばらく5人でおしゃべりしていたのだが(有咲は録音の準備作業をしている)、そのうち若葉が
「ね、ね、KARIONさんの記念写真撮ってもいい?」
 
などと言い出す。
 
「あ、それは私も欲しいな」
と小風も言う。
「私たち、今日から活動開始だもんね」
「結成は初顔合わせの先週5日だったけど、実際に一緒に歌うのは今日からだからね」
 
ということで、小風・和泉・美空と並んでいる所を、若葉の持参のカメラで数枚と、小風の携帯で数枚撮影した。
 

ちょうどそこに「ごめん、ごめん。電話が長引いちゃって」などと言って畠山さんが入ってくる。そして私を見て
「あれ? もしかして参加する気になってくれたの?」
と言った。
 
「いえ、私、このスタジオのスタッフです」
「えーーー!?」
と畠山さんは本当に驚いたふうであった。
 
「しかし凄い縁だね。きっと洋子ちゃんは、このユニットと赤い糸で結ばれているんだよ」
「あはは。乗せられませんよ」
 
「ね。せっかくここに居るんなら、ちょっとマイクの前に立って歌ってみない?」
「いえいえ、私はその歌を録音する側ですから」
 
なんてことを言っていたら、有咲が
「でも冬って、しばしば音源自体にも参加してるよね。伴奏のピアノやヴァイオリン弾いてみたり、コーラス入れてみたり」
などと言い出す。
 
「冬が伴奏やコーラスで参加したメジャーCDは多分これまでに30枚以上存在する」
などと若葉まで言う。
 
「ほほぉ。だったらさ、唐本ちゃん、コーラスしない?」
「でもコーラス隊は手配なさっているのでは?」
「うん。もうすぐ来ると思うけど、女の子2人頼んでる。そこに洋子ちゃんも加わってもらえばいいかな」
 
熱心に口説かれて結局私はコーラスに参加することに同意してしまう。そんなことをしている内にコーラスの子、千代子と久留美(ふたりはこの時の出会いが縁で後に《ミルクチョコレート》を結成する)が到着する。それで挨拶、自己紹介などする。
 
千代子が言った。
「あれ?柊洋子さんですよね? 2〜3年前に何度かテレビ局でお見かけした記憶がある」
 
「そうですね。中学1〜2年の頃、結構色々な歌手の伴奏とかしてましたから」
 
「わあ、何なさるんですか?」
と久留美が訊く。
 
「あ。だいたいキーボードかヴァイオリンです」
「すごーい。ヴァイオリンが上手いんだ?」
「そんなに上手くないんですけどねー」
 

「社長、何時頃から開始ですか?」
「伴奏の人たちが到着したら・・・って、そういえばまだ誰も来てないな」
 
畠山さんはアーティストの手配会社に連絡して到着時刻の確認をしようとした。ところが
 
「え!?」
 
と声をあげる。なんと伴奏者は明日11日からの手配になっていたらしい。
 
困ったというので、この日は休みにすることも考えたものの、あまり日程に余裕が無いので、できるだけ前倒しで作業を進めたい。それでどうしようかと畠山さんが悩んでいた時、和泉が言った。
 
「冬って、キーボードもギターもベースもドラムスも弾けるよね?」
 
それで、結局私がひとりでキーボード、ドラムス、ギター、ベースを弾いて、多重録音で(暫定的な)伴奏音源を作ってしまったのである。
 

「すごーい。ひとりでバンドが組めますね」
などと小風と美空に言われた。
 
「だけど、これボーカルパートが4つあるんですね?」
と私はスコアを見て言った。
 
「君が参加してくれるものと思って4パートで編曲してもらったんだよ」
と畠山さん。
「あはは」
 
「一応和泉ちゃんに2つ歌ってもらって多重録音で仕上げるつもり。でも折角だから、ソプラノ2のパート、歌わない? すると多重録音しなくて済む」
「あはは」
 

初日は練習だけで終わり、2日目からいよいよ録音作業に入ることになる。いつもの専門学校生の助手さんがこの日も休みということだったので、若葉にまた出てきてもらった。なお、午後からはプロデューサーの、ゆきみすず先生も来ることになっていた。
 
この日は朝から伴奏者がちゃんと来た・・・と思ったらキーボード奏者が来てない。慌てて確認すると、そもそもキーボード奏者は手配されていなかったことが分かる。
 
温厚な畠山さんがさすがに手配を担当した若い男の子を怒鳴り飛ばしていたが、何とかしなければならない。畠山さんは事務所のアーティストでピアノが堪能な子を呼び出す手、この際、和泉にピアノを弾いてもらう手なども考えていた。その時、また和泉が
 
「冬って、キーボードはプロ級だよね?」
 
と言った。
 
するとそういえば昨日の暫定伴奏でも、キーボードだけは上手かったね、という話になり、結局私がスタジオミュージシャンの人たちと一緒にピアノ伴奏をすることになってしまったのであった。
 
最初は女子高生がピアノを弾くというので、ミュージシャンの人たちは不安そうな顔をしていたが、ちょっと合わせてみると私が結構弾くので「おお」という感じで、彼らに受け入れてもらった。
 
「あ、君、以前テレビで、篠田その歌の伴奏でキーボード弾いてたよね? いやヴァイオリンだったっけ?」
とベースの人が気付いたように言った。
 
「はい、そんなこともしてました」
と私は照れながら答える。
 
「あ、じゃ君もスタジオミュージシャン?」
「ある人から実質そうだねと言われたことはあります」
「へー」
 
「技術も高いし、セッション感覚も良いね」
「ありがとうございます」
 

それで午前中はあらためて、伴奏音源を録音し直し、それに合わせて和泉・美空・小風、それにコーラス隊の2人にも再度練習してという作業をして、午後から、ゆきみすず先生が来たら、これを見て頂いて、よければ録音に入ろうということで、昼休みにする。
 
そして昼食の後、午後1時ピッタリに、ゆきみすず先生はスタジオに来訪した。
 
そして私を見るなり言う。
「あら、柊洋子ちゃんだ」
 
「おはようございます、ご無沙汰して失礼しておりました」
と私は挨拶する。
 
畠山さんが驚いて「この子をご存じですか?」と訊くと
「しまうららちゃん、とこの子だよね?」
と言う。
 
私は松原珠妃の関連で、しまうららさんの伴奏やバックコーラスも務めたことがあるので、その時、元同僚である、ゆきみすずさんにも何度か会っている。しかし、伴奏者の名前まで覚えておられたというのはびっくりした。
 
「契約関係は無いのですが、何度か伴奏やコーラスをさせて頂きました」
と私は答える。
 
「コーラスに上手い子がいるなあと思って覚えてたのよ。兼岩ちゃんに、あの子、ソロデビューさせなさいよと言ったら、松原珠妃が彼女は自分の妹分なのでうちからはデビューさせないでくれ。他の事務所でないと全力でライバルとして戦えないからと言っていると聞いて。じゃ、私がどこか事務所紹介しようか、なんて言ってたんだけどね」
と、ゆき先生。
 
「へー!」
と畠山さんは驚いた様子。
 
「だったら、うちからデビューしてくれないかなあ」
 
などと言って私を見た。私は笑って誤魔化しておいた。
 

それで私はピアノ伴奏で入って、和泉・美空・小風の3人、そしてコーラスの2人も入って、デビュー予定曲『幸せな鐘の調べ』を歌う。生演奏なのでソプラノ2は省略である。
 
ところがその歌を聴いて、ゆき先生は腕を組んで考え込んでしまった。
 
何だか声を掛けるに掛けられない雰囲気だったので、私たちはじっと待った。
 
「あんたたち、上手すぎる!」
と5分ほどの沈黙の後で、ゆき先生は言った。
 
「私はもっと下手なアイドルに歌わせるのかと思って、この曲を作ったんだけど、あんたたちみたいな上手い子に歌わせるなら前提が変わっちゃう」
 
ゆき先生はそう言ってその場で作曲者の木ノ下大吉先生に電話して
 
「こないだ書いてもらった『幸せな鐘の調べ』ですけど、今録音現場に来てるんですけどね。想定していたのと歌唱力が違いすぎるので、少し変えたいんですが、曲まで変えちゃっていいですか?」
 
などと言っている!
 
ゆき先生は基本的には作詞家で、よく、すずくりこ先生とのペアで曲作りをしているが、作曲家のすずくりこ先生が耳が不自由なこともあり、実際には曲の部分も、ゆき先生が結構関与しているっぽいことをこの時私は察した。
 
それで木ノ下先生の許可を取った上で、ゆき先生は譜面の歌詞も曲もいじり始めた。
 
「これ書き上げたら、またちょっと演奏してみて」
と言ってから、ゆき先生は
 
「あれ?この曲、4ボーカルだよね。ボーカルもうひとりはどうしたの?風邪でも引いた?」
 
と尋ねる。
 
「済みません。もう1人勧誘するつもりで4声で作ってもらったのですが、1人離脱してしまいまして」
と畠山さんが説明する。
 
「それで和泉に多重録音で2パート歌わせるつもりです」
 
「うーん。多重録音だと重ねてみるまで、出来が分からないからなあ」
とゆき先生はちょっと悩んだ後、唐突に言った。
 
「そうだ!洋子ちゃん、あんたソプラノ2を歌いなよ」
「え?」
 
「あんた話してる声はアルトっぽいけど、確か声域広いから、ソプラノ大丈夫だよね?」
「はい。歌えます」
 
「お、いいお返事。あんた、いつもそんな感じだもんね」
と言って、ゆき先生は笑っている。
 
ああ、性格まで見抜かれている、と思う。
 

しかしこれが「4人のKARION」が誕生した瞬間であった。
 
「まあ多重録音するんなら最終的に、洋子ちゃんのパートを和泉ちゃんが歌って重ね直せばいいよね」
 
などと畠山さんは言っていたが、多分録り直す気は全く無かったと思う。
 

「でも、彼女にピアノを弾かせていたのですが、どうしましょう? 弾き語りさせましょうかね」
 
と畠山さんは自問するように言った。私が本来スタジオのスタッフであるということは既に忘れられている。
 
「あ、若葉もピアノ弾けるよね?」
と和泉が言う。
 
「うん、まあ」
「あ、君、ピアノ弾けるの? じゃお願いできる?」
 
ということで、若葉がピアノ伴奏に駆り出されることになった。
 

ゆき先生は30分ほどで譜面(4ボーカルとピアノ伴奏の6段譜・ギターコード付)を修正し、新たな歌詞・メロディーで演奏してと言った。
 
伴奏陣は、私の代わりに若葉がキーボードの所に就く。私は少し遠慮がちに和泉たちの所に行ったが
 
「冬はここに入りなさい」
と和泉に言われて、和泉と美空の間に並ぶことになった。
 
「スクラム、スクラム」
なんて言われて、肩を組む。和泉と美空の手が私の背中に掛かり、私も両手を和泉と美空の肩に掛けた。3人と微笑み合う。
 
「おお、いい図だね」
などと言って、畠山さんが写真を撮っちゃう。(今日は4人とも各々の学校の制服)若葉も自分のデジカメで撮っていた。
 
左から、小風・和泉・私・美空、というのが、その後 KARION の基本的な並びとなるが、この時がその最初であった。
 
そして私たちの後ろに、コーラス隊の千代子と久留美が並ぶ。
 
少し譜読みをした上で演奏スタート!
 
伴奏のスコアは無いが、スタジオミュージシャンさんたちは、こういう事態には慣れているので、ピアノ譜だけを見ながら、適当に各自のパートは創作しつつ演奏する。若葉はこういうシチュエーションで楽器を弾くのは初体験だとは思ったが、元々肝が据わっているので、無難に弾きこなしていた。
 
歌う側も、和泉と私はもちろん、美空と小風も初見・即興には強いようで、すぐ新しい譜面に沿って歌う。
 
しかし、前の譜面とは全然違う、レベルの高い曲になっている! 声域も違う!私のパートも和泉のパートも2オクターブ以上の声域を要求している。もちろん私も和泉もちゃんと歌える。
 

「おお、いい感じになった。でも、もう少しいじろうかな」
と言って、ゆき先生は更に譜面をいじって行った。
 
念のため各々の声域を再度確認させてと言われて、ピアノの音に合わせて高い方と低い方の声出しをした。
 
「美空ちゃんは普通のアルトの声域より下の方まで結構出るね。小風ちゃんは確かにアルトだろうけどメゾソプラノ領域まで出るんだ」
 
と感心したように言っている。私と和泉については「ここまで出るならいいや」
などと言われて、声域チェックは途中で打ち切られてしまった!
 
何度か試唱しながら、再度先生は曲をいじっていく。
 
最終的に仕上がったのは、4つの声が有機的に絡み合う、とても美しい曲だ。歌詞も、最初はほんとにアイドル歌謡っぽかったのが、もっと大人向けの歌詞に書き換えられている。曲のレベルが高いので、歌詞もしっかりしたものに変えたようである。
 
正直、KARIONは最初に見せられた曲ではおそらく数千枚程度しか売れなかったろうが、この改造されたバージョンになったおかげで5万枚近く売れる曲になったのだと思う。
 
ただ最初のものから、あまりに曲が変わってしまっていたので、後でさすがの木ノ下先生も怒ったが、5万枚近く売れたので、結局は不問にしてくれた。(一応、ゆき先生がレミーマルタンのセントール・リモージュを持って謝りに行ったらしい)
 

カップリングする2つの曲『小人たちの祭』(ゆきみすず作詞・東郷誠一作曲)と『鏡の国』(広田純子作詞・花畑恵三作曲)に関しても、ゆき先生は作詞・作曲者に連絡して、改変の許可を取り、どんどん書き換えて行った。
 
東郷先生はそういうのを全然気にしない人なので「どうぞー」の一言で終わったが、『鏡の国』の作詞作曲者は、駆け出しのソングライターさんだったので、驚いてスタジオに飛んできて、ゆき先生の改変作業を見学し「勉強になります」
などと言って、見守っていた。花畑さんは、ゆき先生の隣に座り、ポータブルキーボードで変更された曲の試奏などもしていた。
 
『鏡の国』は最初はごくふつうの曲だったのだが、この改訂で、和泉と私、小風と美空がミラーになって歌う形式に改訂された。
 
「これ振り付けも、和泉ちゃんと洋子ちゃん、小風ちゃんと美空ちゃんを左右対称の服着せて、左右対称に振り付けにしようよ」
 
などとゆき先生は楽しそうに言っていた。もはや私がこのユニットに入っているのが既成事実になりつつあった!?
 
そういう訳で、この日は楽曲の改変作業でほとんど1日潰れてしまった。
 

譜面を調整しては私たちが歌う、という作業は結局、月曜日以降も続けられ、最終的に譜面が固まったのは水曜日、11月14日であった(平日は放課後だけの作業になる)。若葉もずっと毎日この作業に付き合ってくれた。
 
そしてその間ずっと私は和泉たちと一緒に刻々と変わっていく譜面の「試唱」
をしていたが、畠山さんはその経過を全部録音してもらっていた。実際に録音の作業をしていたのは有咲である。麻布先生は、こういう音域の広い曲は若い耳でないと、きちんと音を捉えきれないからと言って、有咲の耳の感覚を活用したのである。
 
そして最終的に木曜日に、ギター・ベース・ドラムス・キーボードの伴奏を録音確定し(キーボードは結局私が弾いた)、その伴奏音源を聴きながら、4人で歌い、それを重ねた音源を聴きながらコーラス隊の2人にコーラスを入れてもらった。金曜日にはヴァイオリン・フルート・サックスの人に来てもらい、この音源に音を重ねた。
 

ここまでの音を仮ミックスして聴いてみる。
 
ゆき先生がまた悩んでいる。
 
「何かもう少し音が欲しいんだよね」
と先生は言った。
 
「パーカッションでも重ねますか?」
「パーカッションねぇ・・・・」
「カスタネット、トライアングル、カウベル、....」
 
「あ! 鐘の音が欲しいんだよ」
と先生。
 
「なるほど!」
 
「そもそもKARIONって、鐘って意味でしょ? 鐘を入れよう」
「ハンドベルでも入れますか?」
「うーん・・・・・」
としばらく先生は考えていたが
「グロッケンシュピールにしよう」
と言った。
 
「ああ、それもいいですね」
「ハンドベルだと、手間が掛かりすぎるし、即興的な展開が難しい。グロッケンなら臨機応変に演奏できる」
「確かに」
 
それでスタジオのグロッケンを借りることにし、連絡を入れる。私たちは据置き型のグロッケンをイメージしていたのだが、スタジオの人が持って来たのは、手持ち型のグロッケン、いわゆる《ベルリラ》であった。
 
「あら? そちらを持って来ちゃった?」
「済みません。違いましたか?」
「ああ、それでもいいよ」
とゆき先生が言うので、スタジオの人は、たまたま近くに居た和泉にそのベルリラを手渡した。
 
「これ誰が演奏します?」
と和泉は半ば私の方に視線をやりながら訊いたのだが
 
「いづみちゃん、折角今君が持っているから、君が演奏してみよう」
とゆき先生は言った。
 
「えーーー!?」
 
「だって、あんたのプロフィールに『特技ピアノ』と書いてあったよ。ピアノが弾けるならグロッケンも弾けるよね」
 
「はい」
と和泉は返事する。このあたりの性格は私に似ている。でもプロフィールとかよく見ている! ゆき先生はアーティストの特性をしっかり見て、その能力を引き出すタイプのプロデューサーである。
 
そういうわけで和泉は、ゆき先生が急遽書き加えたグロッケンシュピールのパートをそのベルリラで演奏し、その音を既存の音源に加えてみた。
 
とても美しい曲に仕上がっていた。
 

こうしてひととおりの音源が16日の金曜日には仕上がり、その出来に満足してゆき先生も帰って行ったのだが・・・・
 
「ここまで来たら、後は私が歌った所を和泉に再度歌ってもらって入れ替えればいいですね」
と私が言うと、畠山さんは
 
「それだけどさぁ、これこのまま洋子ちゃんの声を残さない?」
と言った。
 
「えっと・・・・」
 
「コーラス参加ならいいんでしょ? 洋子ちゃんが歌ったパートは少し複雑なコーラスということで」
 
「うーん。。。。」
 
と私は渋っていたのだが、
「あ、私が代理でOKします。私、冬の婚約者だから」
などと若葉が言っちゃう。
 
「ああ。私も代理でOKしちゃう。私も冬とは他人じゃない関係だから」
と有咲まで言う。
 
「冬って言い交わした人が2人いるの?」
などと和泉に突っ込まれるが、
 
「婚約者がOKしたんなら、それでいいね?」
などと畠山さんは笑いながら言って、これで私の声が、このKARIONのデビュー曲の最初の音源に残ることになったのである。
 
小風と美空には私の性別のことは明かしているし恋愛対象が男の子であることも言っているので「婚約者」の件は笑っていたが、千代子と久留美は悩んでしまったようで
 
「洋子さんって、レスビアンなんですか?」
と千代子などは訊いてきて、私は
 
「女の子同士のジョークだよぉ」
と弁解しておいた。
 

「あ、そうだ、そうだ。冬子ちゃんの名前を考えたよ」
と唐突に小風が言う。
 
「ん?」
「私たちさ、KARIONの中では、一応それぞれ本名をひらがな書きにして《いづみ》《みそら》《こかぜ》と名乗ることになったんだけどね。ふと、《いづみ》の最後と《みそら》の最初が同じ文字で、この部分が尻取りになってるな、というのに気付いたんだよ」
 
「ああ、そういえばそうだね」
「でも《こかぜ》とはつながらないでしょ? ちょっと考えてたんだけど、間に《らんこ》って人がいれば《いづみ》《みそら》《らんこ》《こかぜ》と繋がって、きれいに尻取りになる」
 
「なるほど。じゃ、誰か《らんこ》って名前の子をスカウトしてきてメンバーに入れる?」
と私は訊いたのだが、
 
「ううん。だから、冬子ちゃんが《らんこ》になってよ」
「へ?」
 
和泉が補足説明?する。
 
「いや、冬さ、私や若葉からは《冬》と呼ばれて、ゆき先生からは《洋子》と呼ばれて、他に青島リンナさんは《ケイ》って呼んでたし、なんか名前が幾つもあって、訳が分からないからさ。KARIONの中では《らんこ》と呼んでしまおうと。漢字では『蘭子』かな。花の蘭。可愛いでしょ?」
 
蘭といえば、蘭若アスカだなぁ・・・などと私はぼんやり考えていたが、
 
「ああ、それはいいね。じゃ私も録音作業中は《らんこ》さんって呼ぶね」
などと有咲が言っている。
 
「じゃ《らんこ》で決定だね」
と若葉が言って、私のKARIONでの名前は《らんこ》になってしまった。
 

小風は更に、今回の歌は4人で歌ったし、4人で一緒に書くサインを作ろうよと言い、美空とふたりで考えたと言って、 K A R I の飾り文字を横に並べ、下にそれを包み込むように、O と N を細長く変形した文字を描くサインを見せてくれた。
 
「これね、私が K, 蘭子が A, 美空が R, 和泉が I を書くといいと思うのよ。小風のK, 和泉のI, Misora の中に R が入っていて、Ranko の中に A が入っている」
 
「蘭子と美空は逆にもなるのかな?」
と和泉が訊くが
 
「ソプラノの2人を母音、アルトの2人を子音にしたい。ソプラノで音が定まって、アルトがそれに彩りを付けるから」
と小風が言うので、そういう担当にすることにした。しかし何だか、私がこのメンツに入ることが、ますます既成事実化されていってる!
 
「取り敢えず書いてみよう」
と言うので、4人で書いてみる。日付は本当は11月16日だったのだが、4人が最初に集まった日を記念に書こうというので11月10日の日付にした。
 
この「11月10日」という日付のサインはこの後で、練習を兼ねて5〜6枚書き、また4人の手帳にも記念に書いた。その練習を兼ねて書いた色紙を後で初期のファンの人にサインを求められた時にその場で書いたものに付加する形で渡しているので、そのためこの「4分割サイン」の最初の日付は11月10日なのである。
 
「冬、飾り文字、初めて書くにしては綺麗」
と和泉に言われたが
 
「ああ。私、柊洋子のサインなら、これまで何度か書いてるから」
と言うと
「へー!」
と驚かれた。
 
どんなサイン書いてたの?と訊かれるので、色紙をもらって2種類のサインを書いてみせる。
 
「漢字を崩した花押タイプは民謡の仕事をしてる時のもの、Yoko Hiiragi とアルファベットを崩して円環状に配置した方は、バックダンサーや伴奏でピアノやヴァイオリンを弾いた時のもの」
 
「これまでどのくらい書いた?」
「漢字タイプは10枚くらい、アルファベットタイプは15枚くらいかな」
「ほほぉ」
 
4人で書いた最初の KARION のサインは、千代子に進呈した(後に彼女たちがローズクォーツの代理ボーカルをしてくれた時に『あのサイン、宝物にしてます』
と言われた)。また柊洋子の漢字のサインは久留美に、アルファベットのサインは和泉に渡した。和泉は交換に『源優子』のサインを書いて私にくれた。
 
「ちゃんと、源優子のサインもあったんだ?」
「ううん。今考えた」
「おお!」
 
実際問題として、源優子のサインというのは、私に渡したものが唯一らしい。
 

KARIONのデビュー曲の録音が一通り終わり、私が《らんこ》ということになり、サインまで出来てしまった翌日、11月17日(土)。
 
その日は録音はもう終わっているので、スタジオ側の作業でミクシングなどをするのに、私はスタジオに出て行っていたのだが、そこに畠山さんが来た。
 
そして改めて、私にKARIONに正式に加入してくれないかと口説かれた。
 
正直この1週間、和泉・美空・小風の3人と共同作業をして連帯感も出来ていたし、私自身、歌手としてデビューすることへの憧れも、ますます強くなっていたので、私はとうとう、親に話してみますと答えた。
 
ここで話すべきことは、私が女の子としての生活を持っていることと、歌手として活動したいということだ。どう考えても、前者の方が大変だと思った。
 

それで私はその日の夜22時頃。帰宅してきた父が遅い夕食を済ませるのを待って父に「話したいことがある」と言った。
 
「何だ、あらたまって?」
と父が訊く。
 
「ボク、実は女の子なんだ」
と私は単刀直入に自分の性別をカムアウトした(つもりだった)。
 
 
Before前頁次頁目次

1  2 
【夏の日の想い出・熱い1日】(上)