【夏の日の想い出・花園の君】(3)

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仙台公演の直後にヘビーな『砂漠の薔薇』の収録をし、それと同時進行で槇原愛の音源制作、それからワンティスのプロジェクトに、ゆきみすずさんのプロジェクトなども進む中、さすがの私も疲れ果てていた所で氷川さんから連絡がある。
 
「『サーターアンダギー』と『ネオン〜駆け巡る恋』の票差がわずか18票だったでしょ? これも入れられないかという話があってね」
「あはは、政治的な判断という奴ですね。上島先生の作品だから」
と疲れているので私は言っちゃう。
 
「まあ、それは言いっこ無しで」
「じゃボーナストラックに納めましょう」
「ああ、なるほどね」
 
「ボーナストラック使うなら、ディスク2枚あるから、もう1枚の方にも何かサービス品を入れたいですね」
「26位の『若草の思い』を入れる?」
「いえ。未発売曲を入れましょう」
「あ、それはうまい手だね。適当なものある?」
 

そういう訳で『焼きまんじゅう』という曲を入れることになった。ディスク2のラストに『サーターアンダギー』が入るので、ディスク1のボーナストラックに『焼きまんじゅう』を入れるとバランスが良い(発売後に「マリちゃんらしい」
という声を多数もらった)。
 
この曲は昨年5月に群馬のFM局で「ぜひ群馬県の名物ソングを書いてください」
と言われて、焼きまんじゅうを大量にもらい、それを食べて政子が書いた曲である。
 
その他、ベストアルバムに収録することになった曲の中で録音品質の良くない『遙かな夢』だけ録り直すことになり、この2曲を5月21日、スターキッズに伴奏してもらって収録した。
 
『焼きまんじゅう』から収録しようとしていたら、政子が
「あ、この曲懐かしい!」
と言ってから
「冬、私、焼きまんじゅう食べたい」
などと言い出す。
 
「えっと・・・じゃ、この曲を収録している間に誰かに買ってきてもらおう」
「よっしゃ」
 

私は誰に頼もうかと少し悩んだのだが、正望に電話した。
 
「フーコ・・・・僕、もうフーコに捨てられたんじゃないかと思ってた」
「そんな。私がモッチーを捨てる訳ないじゃん。愛してるよぉ。それでお願いがあるんだけど」
 
政子が隣で楽しそうに私と正望の会話を聞いていた。
 
正望はふたつ返事で引き受けてくれて、その日大学を休んで愛車のアクセラを飛ばし、高崎まで往復して、焼きまんじゅうを32パック!買ってきてくれた。
 
私たちは結局予定を変更して先に『遙かな夢』を収録していた。スターキッズのアコスティックバージョンを使用する。近藤さんのアコスティックギター、鷹野さんのヴァイオリン、酒向さんのドラムス、月丘さんのピアノ、七星さんのフラウト・トラヴェルソ、更に私のクラリネットと、マリのグロッケンシュピールを入れた。
 
その伴奏の上に私とマリのボーカルを重ねる。
 
そこまでの録音が終わった頃にちょうど正望が到着したので、休憩にして、みんなで食べる。
 
「あれ、僕たちもいいの?」と麻布さんが言う。
「ええ。32パック、64本買ってきてもらったから、充分あるはずですし。もし食べきれなかったら持って帰って食べて下さい」
 
と言って、麻布先生と有咲の前に2パックずつ積み上げた。
 
スターキッズの5人にも2個ずつ配り、政子の前に16個積み上げる。そして残りの2パックを私と正望で分け合って食べた。
 
「あ、そこ、わざと分け合って食べて愛を確認してる」
と七星さんから指摘されたので
「七星さんも遠慮せずに、近藤さんと分け合って食べてください」
と返した。
 
「あ、えっと・・・・」
 
焼きまんじゅうで満腹した政子は、とても楽しそうに『焼きまんじゅう』の歌を歌った。なお、この曲は全員の<今焼きまんじゅうを食べたばかり>という感覚をそのまま利用するため、伴奏と歌を同時に収録した。近藤さんのギター、鷹野さんのベース、酒向さんのドラムス、月丘さんの電子キーボード、七星さんのアルトサックスである。
 
発売後「マリちゃんが本当に美味しそうに歌っている」という声が相次ぎ、群馬県の観光物産課からキャンペーンに使いたいという照会があった。
 

『遙かな夢』『焼きまんじゅう』の録音をした翌日は、私たちはワンティスの『トンポロ』の録音に立ち会った。nakaさんがギターを弾いたが、私のフルートとマリのノコギリ!もフィーチャーした。
 
そしてその翌日今度はまたローズ+リリーの方の『あなたがいない部屋』の収録をした。
 
この曲の演奏は、私と政子のふたりだけで行った。今回のアルバムの中で唯一、雨宮先生の歌詞を使用した曲である。
 
伴奏は私が、ピアノ、胡弓、フルート、クラリネット、ウィンドシンセを演奏し、政子がヴァイオリンとパンフルート(ナイ)、ソプラノリコーダーを演奏した。胡弓とヴァイオリンという洋の東西の擦弦楽器が共演する曲だが、多数の木管楽器を使用した曲でもある。ミクシングしてみると、木管楽器の重層なサウンドが美しく、それを背景に鳴るふたつの擦弦楽器がすれ違うかのような音を出している。
 
「でもこの歌詞、何だか物凄くエロティック」
「さすが雨宮先生だよね」
 
「この詩は別の意味で私には書けない」などと政子が言っていた。
 
「ね、ね、この歌を歌っている内に変な気分になってきた。今夜はHしようよ」
「いつもしてるじゃん!」
 
副調の卓そばで聞いていた七星さんが笑っていた。
 
「でも済みません。フルートとサックスの専門家が目の前にいるのに、私の素人っぽいフルートやウィンドシンセで収録することにして」
と私は言ったが、
 
「そんなことないよ。ケイちゃん、フルートかなり頑張って練習したでしょ?小学生くらいにはフルート教えられる程度にうまい」
と七星さんは言う。何とも正直な褒め方だ。
 
「大学1年の秋にマリから唐突に中学の時に使っていたというフルートを押しつけられて、一週間で覚えろと言われました」
 
「ケイはどんな楽器でも一週間でできるようになるはず」
 
「そんなことできたら化け物だよ」
「いや、ケイは化け物を超越してる」
 
七星さんが可笑しくてたまらない様子であった。
 

更に翌日はまた政子とふたりで『夜宴』を収録する。今度は私のピアノ演奏の上に、私と政子がふたりでヴァイオリンを弾いて音を重ねる、ということにしていたのだが、政子がグロッケンを弾きたいと言ったので、星のきらめきを表すようなグロッケンパートを作り、ピアノのパートは再調整した。
 
「マリちゃん、こないだも思ったけど、グロッケン結構弾くね」
と七星さんが褒めてくれると
「えへへ。そうかなあ。いづみちゃんに追いつけたかな?」
などと言っている。
 
私は正直に言う。
 
「まだまだ、和泉にはかなわないけど、和泉はもう5年やってるからね。マーサはまだ始めて4ヶ月だもん。1年くらいやってれば、少しは追いついていくと思うよ」
 
「そっかー。15倍長く向こうがやってればさすがに差があるね。でも頑張っていづみちゃんを追い越す」
「うん、頑張って」
 

収録順序的には、私がピアノ、政子がグロッケンを、同時に弾いた所を収録し、それにふたりのヴァイオリンを重ねた。政子がメインパートを弾き、私がサブパートを弾く。
 
「以前何度か見た時にも思ったけど、ケイちゃん、凄いヴァイオリン使ってるよね?」
と七星さんが言った。
 
「ああ、ケイってヴァイオリンも結構弾くよね。私のヴァイオリンも調弦はいつもケイにしてもらってるし。でも、いつ練習してるんだろ。私、ケイがヴァイオリン弾く所ってあまり見てないんだよね。一度弾かせてもらって、感覚的に高そうなヴァイオリンだとは思ったけど、そんなに高いんだっけ?」
と政子。
 
「少なくとも鷹野さんが使ってるの(UTPが所有して無期限貸与しているもの)よりは遥かに高い。たぶんケイちゃんのヴァイオリンの弓だけで鷹野さんのヴァイオリンが1個半買える」
と七星さん。
 
「えー!? ケイってそんな高いの使ってたんだ?」
 
「いや、そこまで高くはないよ。これは従姉のアスカさんが小学生の頃に使ってたヴァイオリンを安く譲ってもらったんだよ。そもそもアスカさんも先輩が使っていたものを安く譲ってもらったものと言ってたしね」
と私は笑って答えておいた。
 
「演奏技術だって『私、ヴァイオリン科の学生です』と言ったら信じてもらえそうなくらいありそう。簡単な曲しか弾いてるとこ見てないからよく分からないけど、ひょっとしたら鷹野さんとそう違わないレベルという気がする」
 
「ケイってそんなにうまいんだっけ? 本人は自分のヴァイオリンは鷹野さんには遠く及ばないと言ってたけど」
 
「まあそれは謙遜というものでしょ」
「嘘。ケイが謙遜する時ってあるんだ?」
 
「こないだ名古屋ではピアノの件も謙遜してたね。私もあそこは山森さんを立てないといけないから、ケイちゃんのピアノを素人に毛が生えた程度みたいな言い方したけど、本当はケイちゃんのピアノは凄く筋が良い。専門的な教育受けてないってのは絶対嘘。かなりしっかりした教育を受けている。ピアノのコンクールに出場しても恥ずかしくないレベル」
 
「それはさすがに買いかぶりですー」
 
「ケイって自分の過去については嘘つきだからなあ。あ、そういえばアスカさんのリサイタルの伴奏してたね」
 
「うん。あれは毎年のようにやってるよ。でも従姉妹のよしみでやってるだけだから。今年はアスカさん、年末にドイツのコンクールに行くから、できるかどうか分からないけどね」
 
「そうだ。アスカさんのお母さん、私じゃもうとてもアスカさんの伴奏を務められないから冬ちゃんに頼んでるんですよ、なんて言ってた」
 
「なるほどね。あのアスカさんの伴奏を務められるんなら、それなりの技術があるってことだよね」
 

そして最後の曲『花園の君』の収録に入ったのはもう6月になってからであった。スコアを見た七星さんが言う。
 
「このアルバムの中核は『砂漠の薔薇』と『花園の君』なんだね」
「はい、そうです」
「どちらも大変な曲だけど、対照的」
「ええ」
「『砂漠の薔薇』はとにかく演奏するのが大変な曲。歌うのも大変な曲」
「です。私とマリもライブで歌うのが大変そう」
 
「『花園の君』は歌うのはそう難しくない。多分カラオケではみんなが気安く歌ってくれるだろうけど、音源収録が大変だ」
 
「全くです。ある意味では上島先生と雨宮先生の競作なんですよ。『花園の君』
は私とマリの作品を雨宮先生が編曲したもの。雨宮先生無茶苦茶リキが入ってる。この編曲料に私100万円払ってますから」
「うっそー!」
「高校生からでも100万取るのか」
「出世払いにしてもらっていて、実際はローズ+リリーが売れてから払いましたけどね」
「なるほど」
 
「『砂漠の薔薇』はとてもレアな、上島先生がご自身で作曲・編曲なさった作品です」
「うん。上島先生が編曲した作品というのは、あまり見ないよね」
 

曲の中核となるヴァイオリン6重奏を録音するのに、ヴァイオリニストの人たちに集まってもらった。
 
「6重奏と聞いたから、同じ譜面を6人で弾くのかと思ったら全員違う譜面なんだ!」と鷹野さんが驚くように言う。
 
「雨宮先生のアレンジなんですよ。これは2008年の春にデモ音源として制作して、それで雨宮先生があちこちのレコード会社に売り込んでくださって、それで実はローズ+リリーのメジャーデビューの話が立ち上がったんですけど、その音源制作の時も、この部分を弾くの大変でした。でもこのヴァイオリン多重奏で凄いインパクトが出るんです、この曲」
 
「その時は冬がひとりで6回弾いたの?」
「ええ。でもその6つの演奏の重ね合わせに雨宮先生はけっこう苦労なさっていたようです」
「そうだろうね。これ一度に演奏するなら、ある程度の腕の人を集めてやれば、そんなに難しくないけどひとりで弾いたのを重ねる場合は、けっこう微妙なタイミングの調整が必要だったはず」
「そうなんです」
 
「で、誰がどのパート弾くの?」
 
「パート1をアスカさん、パート2を松村さん、パート3を鷹野さん、パート4を七星さんにお願いして、パート5をマリ、パート6が私です」
 
「それって、技術力の順?」と鷹野さんが訊く。
「まあそうです。これ明らかにその順番に難しいし目立つんですよ。だからうまい人に目立つ部分を弾いて欲しいので。デモ音源作った時はパート1の練習に私、一週間掛けました」
 
「異議あり」と七星さん。
「どう考えてもケイちゃんの方が私よりうまい」
「え?私ヴァイオリンは素人ですから」
 
「素人と言いながらケイちゃん、ギターもベースもうまいよね」と鷹野さん。「友だちと言いながらケイって女の子とHなことしてるよね」と政子。
「ちょっと、誤解を招くような表現はやめて」
 
「全員、取り敢えず何か弾いてみたら? それで分かるよ」とアスカが言う。
 
「弾いてみよう、弾いてみよう。それで私が順番決めていい?」と政子。
「うん、まあ。どうもケイちゃんよりは正しい判定になりそう。ケイちゃんは政治的な判断が入ってるみたいだし」と鷹野さんが言う。
 
それで全員弾いてみた。
アスカは『ツィゴイネルワイゼン』を弾いた。アスカの演奏を聴いたことがなかった松村さんが「すごっ!」と言う。
 
「アスカさんがパート1というのは多分誰も異論がない」と鷹野さん。「同意です」と松村さんが言う。
アスカは当然、という顔をしている。
 
(実を言うと、雨宮先生の新しいアレンジでパート1はアスカでなければとても弾けないような超絶技巧が組み込まれているし、パート2も私や松村さんでないと弾けないような難しい楽譜になっている。このためライブでアスカや松村さんが参加しない場合、パート1と2は古い譜面で演奏するようにした)
 
松村さんは『タイスの瞑想曲』を弾く。
「美しい!」という声が多数上がる。
「松村さんがパート2確定でいいかな?」と政子が言ったが、松村さんは「それはケイちゃんの演奏を聴いてから決めて」と言った。
 
鷹野さんは『カルメン』の『ハバネラ』、七星さんは『美しきロスマリン』、政子は『G線上のアリア』を弾いた。
 
「はーい、ケイの番だよ」と政子。
「んじゃ、『ユモレスク』でも弾こうかな」
などと私が言ったら、アスカが
 
「冬はファリャの『スペイン舞曲』(クライスラー編)を弾きなさい。私がピアノ弾いてあげるから」
と言う。ポリポリと頭を掻いて、愛用のヴァイオリン《Rosmarin》を構える。調弦を再確認して微調整する。
 
アスカがピアノの前に座る。頷きあって同時に弾き始める。さすがにこの曲を弾く時は気合いが入る。実は中学時代にアスカとピアノ・ヴァイオリンを交替しながら、一緒にかなり練習した曲だ。ピアノパートもヴァイオリンパートも大変な曲である。でもうまく行くと格好いい曲である。
 
演奏が終わると、みんなから拍手をもらった。
 
「もう俺が順番決めてやるよ」と鷹野さんが言う。
 
「パート1アスカさん、パート2ケイちゃん、パート3松村さん、パート4俺、パート5マリちゃん、パート6宝珠ちゃん」
 
「異議無し」と七星さんと松村さんが言う。
私はポリポリと頭を掻いた。
 
「でもこれ使っているヴァイオリンの値段の順だったりして」と七星さん。
「あはは」
 
「でも冬がこんなにヴァイオリン弾けるなら、今度はライブのオープニングでふたりでヴァイオリン弾こうよ」
と政子。
 
「いいよ」
「冬はヴァイオリン弾きながらフルートも吹いてね」
「無茶な!」
 

七瀬さんが演奏に入っているので全体のバランスはその日は出番が無かったものの七星さんにくっついて来ている近藤さんに見てもらった。近藤さんは「俺はヴァイオリンは分からん」と言いながらも、気がついた所を色々指摘してくれた。
 
結局私が楽曲の説明や細かい解釈上の問題を充分説明した上で2時間ほど練習し、休憩をはさんで3回録音。みんなで聴いて検討した所、2回目の録音を活かすことにした。
 
「でも冬のさっきの『スペイン舞曲』も格好良かった。あれ随分練習したの?」
と収録後、みんなでコーヒーを飲みながら政子が訊く。
 
「冬が中学生、私が高校生の頃に、一時期かなり練習したんだよ」
とアスカ。
 
「ピアノとヴァイオリンを1回交替で、延々10時間とかよくやってたね。アスカさんちの地下練習室で」
と私も言う。
 
「凄い練習してるね」
「最近は徹夜で夜1時から朝9時までってコースが多いね」とアスカ。
「最近でもやってるんだ!」
「この忙しい中、よくやるな」
 
「いや、徹夜は慣れてるし。それにアスカさんとお母さんの練習ほどハードじゃない。ぶっ通しで三日三晩とか、よくやってたらしいから」と私。
「きゃー」
 
「御飯はお父さんが作って、ドアの下からそっと入れてくれてたらしいね」
「ほんとに閉じ込められてるんだ!」
「でも、御飯が差し入れられていてもこれ弾けるようになるまで食べちゃダメと言われてたんだって」
「うわぁ」
 
「もう泣きながら弾いてたよ、さすがに」とアスカ。
「それだけ練習した成果が今の演奏か。かなわない訳だ」
と鷹野さんが言う。
 
その時ふと気付いたように政子が手を挙げる。
「アスカ先生、質問です」
「ん?」
「冬はアスカ先生ちにどういう格好で通ってたのでしょう?」
「ああ、だいたい中学の制服を着て来てたよ」
「その制服って、男子の制服ですか?」
「まさか。冬が男子の制服を着る訳無い。冬は女の子なんだからセーラー服を着てたよ」
「ぶふふ、ぶふふ」
 
「マリ、あまり変な笑い方しないように」
「やはりね〜。いいこと聞いちゃった。今夜冬を責めるネタが出来た」
 
「あんたたち本当に仲がいいね」と七星さんが呆れるように言った。
 

翌日は管楽器の音を収録する。使用する楽器は、フルート、クラリネット、ピッコロ、篠笛、ケーナ、尺八、アルトサックス、テナーサックス、トランペット、トロンボーン、ホルン、法螺貝となっている。高校時代の音源制作の時は実際には電子キーボードで弾いているが、今回は実楽器で収録する。
 
最初にスコア見た時に近藤さんが「これナナが8人必要だ」などと言ったが、七星さんは「私はケーナや尺八は吹けないよぉ」と言った。
 
木管セクションの方から収録する。ケーナはサトが吹けるのでお願いし、尺八は津田先生の民謡教室でつながりのある若山瑞鴎さんにお願いした。中学高校の友人の、風花・詩津紅・倫代を召喚して、風花にフルート、詩津紅にクラリネット、倫代にピッコロを吹いてもらう。サックスはアルトサックスを七星さんに吹いてもらい、テナーサックスに関しては『恋座流星群』の時に参加してもらった長谷部さんに連絡したら参加してもらえるということだったのでお願いしていた。
 
「で、篠笛をケイちゃんが吹くのね?」と七星さん。
「はい。消去法で」と私。
 
「今回は手配屋さんとか経由で人を集めるってのは一切しなかったんだね」
「技術レベルや傾向が分からないから。私が確実にレベルと性格を知っている人にお願いしました。今日の曲は雨宮先生の編曲だからそのまま使用していますが、私が編曲した曲では、その人の技術や好み・性格も考慮して譜面も調整しています」
「そこまでやってたのか」
 
「その人がこのパートを演奏している所を想像したら、自然と音符が定まるんです」
「凄いけど、そしたら編曲にかなり時間掛けてるね?」
「1年前から編曲作業は始めています。だから参加者にもだいたい1年前から少しずつ声を掛けていました」
「無茶苦茶手間掛けてるね!」
 
長谷部さんと七星さんは何度か一緒に仕事をしたことがあるらしく
「お久しぶりですー」
などと言って、何やら話していた。
 
「今日は私は見学で楽チンだ」
などと政子が言っていたので
「マリ、パンフルートでも吹く?」
と言ったが「パス」というので、近藤さんと一緒に全体バランスのチェックを頼んだ。
 

午後からは金管楽器を収録する。これはトランペットはいつもローズ+リリーの音源制作でトランペットを吹いてもらっている香月さんにお願いし、ホルンとトロンボーンは中学の時の吹奏楽部の友人にお願いした。ふたりとも現在は大学の楽団で演奏している。
 
「で、冬は法螺貝(ほらがい)を吹くのか?」
「これさあ。私が法螺(ほら)ばかり吹くからと言って中学の時の友人たちが法螺貝をプレゼントしてくれたから、ちゃんと法螺を吹けるように練習したんだよ」
 
「はい!その法螺貝をプレゼントした人のひとりです」
とホルン吹きのヤヨイちゃんが手を挙げて言った。
 
「その話は聞いたことあったけど、冗談かと思ってた」と七星さん。
「法螺貝、ずっとうちにあったけど、ただの観光土産か何かと思ってた」と政子。
 
楽曲の趣旨やポイントなどを説明した上で演奏してもらうが、上手な人ばかりなので短時間で仕上がる。
 
「冬はやはり法螺吹きだったのか」と政子。
 
「冬ちゃんって自分の性別に関わる話はほとんどが嘘だよね。スカートなんて私たちに無理矢理穿かされた時以外は穿いたことないとか、女子下着は着けたことないとか、女の子になりたいと思ったことはないとか、女子トイレに入ったことはないとか、声変わりして男の子の声になったとか、おちんちん付いてるとか、生理は無いとか」
とヤヨイちゃん。
 
「やはりね〜」と政子。
「冬はどうも生理があるような気がしてたんだよ、高校の時から」
 
「無いよ〜。それに、おちんちんは当時はまだ付いてたよ」と私。
「いや。絶対嘘だと思う。多分小学生の内に取っちゃってる。だから声変わりも来なかったんだよ」
「やはり。そうじゃないかと思ったんだ」と政子。
 
もう私は笑っていた。
 
「でもハッタリばかりだから、ラッパ吹きと言われたこともあるよ」と私。
「じゃトランペットも練習した?」
「吹かされたけど、音出なかった。トランペットは難しいみたい」
「今度練習しなよ」
「パス」
 

ここまで仕上がったところで翌日はヤスとサトに来てもらった。もちろん七星さんと近藤さんは来ているので、1年前に「来年の『Flower Garden』の制作にも参加してくださいね」と言っていたメンツが最後にまた揃う。
 
それで近藤さんとヤスにエレキギター、サトにバージナル(小型チェンバロ)を弾いてもらい、私は胡弓を弾いた。間奏部分のギターと胡弓の連続ソロもしっかり収録した。
 
これで伴奏音源が完成した。
 
最後に私と政子の歌を収録する。元々時々歌っていた曲でもあったし、ここまでの数日間にあらためてずっと練習してはいたが、私は政子にこれまで要求したことのなかった「情緒表現」を求めた。
 
「『花園の君』をマリが書いた時のことを思い出してご覧よ。コスモス畑が広がってすごくきれいな情景の中で、マリは私の女子制服姿を見て、可愛い!とか言って、楽しそうに詩を書いてたじゃん。その時の心情を思い出しながら歌ってみてよ」
 
「ぐふふ、あの時のケイは可愛いかったなあ。ね、ね、高校の女子制服着てみない?」
「さすがに21歳になって高校の制服着るのは無理がある」
「いや、それでも着てもらおう」
 
仕方無いので、私は1時間ほど中座して(その間休憩して政子はたくさんおやつ食べていたらしい)自宅から高校の時の夏制服を取って来た。
 
「リクエストされたから着たよ」と私。
「ケイちゃん、充分高校の制服行ける」
などと七星さんがおだてる。
 
「ぐふふ、ケイは可愛いなあ」
と言って、私の服のあちこちに触っている。
 
「あの時、私冬の胸に触ったら結構バストあったのよね」
「うんまあ」
「あの時ケイはパッドだよと言ってたけど、本当にパッドだったのかなあ」
「まあいいや。本物おっぱいだと認めるよ」
「やはり! もうあの頃から冬っておっぱい大きくしてたのね?」
「まあね」
「うふふ、その付近、また今夜しっかり追求しよう」
 
私の高校女子制服姿を見ると政子は本当に楽しそうな顔をして、それで歌う歌にも、その雰囲気がきれいに乗った。このあたりは詩人の性(さが)だな、と私は思った。
 
これで政子の歌が画期的に進化したおかげで、そのあと3回歌っただけでOKを出した。
 

ここまでの演奏を全て仮ミックスして聴いてみる。
 
「何か物凄く華やかな曲になったね」
と近藤さんもヤス・サトも感心している。
 
「あとはミキサーの仕事です」
「これだけの楽器が鳴っている中で、歌声をちゃんと聴こえるようにしないといけないから、ミクシングはけっこうたいへん」
 
「それ冬ちゃんが自分でやるんだよね?その後のマスタリングも」
とずっと今回の制作に付き合ってくれていた麻布先生が言う。
 
「やりますけど、有咲手伝ってよ」
「いいよ。親友特別割増料金・豪華食事付きで」と有咲。
「うん、いいよ」と私。
「あ、食事には私も参加」と政子。
「うーん・・・・マリの食事代で予算オーバーしたりして・・・」
 

「でも本当に、みなさん、お疲れ様でした」
「七星さんもサウンドチェックありがとうございました」
「私は好き勝手なこと言ってただけだけどね」
 
「でも今回、制作費が無茶苦茶掛かったんじゃない?」とヤス。
 
「シングルを14枚作るくらいの手間を掛けたからね」
「いや、実際シングル14枚作ったのに等しいと思う」
「いや、『砂漠の薔薇』と『花園の君』は各々それ1曲だけで普通のアルバム1枚作るくらいの手間と費用が掛かったと思う」
 
「ひょっとして大台(1億円)突破してない?」と近藤さん。
 
「大台は突破してません。予定している広報活動とかの費用を加えても突破しません。しばしばそういうとんでもない金額をつぎ込んだことを宣伝する作品もあるけど、ああいうのは実際は無駄な所にお金を掛けてるだけだよ」
 
「ああ、そういうのは多いね。まあ僕もその手の無駄な金を掛けたアルバムには結構関わってきたけど」と麻布先生。
 
「後TVスポット打てば軽く億超えるけど、うちはスポット打つつもりないし。地道にFM局に売り込むだけ。長年やってるから全国のFM局のほとんどのDJさんと知り合いだから、それを利用させてもらう」
「ああ、それはいいよね」
 
「新曲キャンペーンも特にしない。今回発売直後に全国ツアーやるから、それがキャンペーン代わりになるので」
「なるほど」
 
「実は町添さんとも話し合ったんですよ。最近はDTM技術が発達してよけい低予算で少人数でちゃちゃっと作るようなアルバムがやたらと多くなってしまった。でもそんなちょちょいと作ったものって、消費者は敏感に感じ取りますよ。やはり、それなりの時間と手間を掛けてしっかり作るアルバムも必要だってね」
 
「でもそれだけの予算をつぎ込めるアーティストはそう多くない。金が無いもん」とサト。
 
「特に旬なアーティストには少ないよね。長年やってて、さすがに実力が衰えかかったアーティストでは時々いるけど」と近藤さん。
 
「旬な人の場合、スケジュールの問題もあるんですよ。年間4枚シングル出して2枚アルバム出して、全国ツアーやって、他にもテレビラジオに出演してとかしてたら、じっくりとアルバム作るだけの時間的な余裕がないです。ローズ+リリーは音源制作しかしてなかったし、それものんびりペースだったから今回できた訳で、来年は多分もっとライブやってるだろうから、物理的に無理になります。つまりこういう作り方ができたのは、私たちの場合でも多分最初で最後です」と私は説明する。
 
「今回みたいなのはバンドでも無理だよね。伴奏者を自由に編成できる歌唱ユニットにしか作れないアルバムだよ」とヤス。
 
「うん。だから、私とマリにやってみてごらんよと言われた。幸いにもこういう作り方するだけの資金が用意できたし」と私。
 
「あんたたちのサマーガールズ出版って、全然無駄遣いしてないみたいだもんね。音楽制作以外のこと何もしてない。税金も馬鹿正直に払ってるでしょ?」
と七星さん。
 
「ええ。会計士の先生からも何かに投資したりして節税したら?と言われたけど、あくまで私とマリの音楽活動を支えるためだけの会社だから」
と私。
 
「実はマリちゃんの食欲を支えるための会社だったりして」
「えへへ」
 
「いや、さすがにマリの食費は経費では落とせません。それと今回の資金が出たのはやはり『天使に逢えたら/影たちの夜』と『A Young Maiden』がミリオン売れたおかげですよ。私たちはファンの人たちに支えられて活動してるんです。本当にありがたい」
 
「そういう感謝の言葉を本気で言えるケイちゃんが好きだな」と七星さん。
 
「ローズ+リリーがUTP専属じゃなくて良かったと思うよ。須藤さんってやりくりが下手っぽいから、こういう大規模な制作をする資金は出せなかったと思う」と近藤さん。
 
「ああ、須藤さんって、目の前にあるお金は全部使ってしまうタイプだよね。松島さんがいなかったらとっくに倒産してる」
とヤス。
 
「いや、それより問題なのは、存在するお金で出来ることしか考えないこと。本当は何をすべきかを考えて、それに必要な資金を調達するという発想をしなければいけないのに」
と近藤さんは言う。
 
「あの人スケジュールも作れないよね。基本的に行き当たりばったり。桜川さんがいなかったらダブルブッキング頻発してると思う。何度かゲッと思ったことあったしさ。早めに気付いたんで調整できたけど」
とサト。
 

「で、ローズ+リリーさん、来年のアルバムの予定は?」と七星さん。
 
「名前だけ決めてます。『雪月花』です」
「ほほお」
 
「『女体化』って提案したけど却下された」と政子。
「伴奏してもらう人みんなに女装してもらうって案だったんだけどね」
「勘弁してよ、マリちゃん」とサト。
先日の『Rose Quarts Plays Girls Sound』でサトは女装させられて何度も警官に職務質問されたりしたので、参ったようである。
 
「まあ、普通に行きましょう。それで、女装してもらったりは無いですから、近藤さん、太田さん、月羽さん、七星さん、また来年も参加してもらえませんか? 手間も今回ほどは掛けないと思うけど」
「ああ、いいよ」とみんな言ってくれる。
 
「じゃ今度のアルバムの最後に Mari and Kei will return in Snow,Moon,Flower.とか入れたりして」
「あはは、面白いですね」
 
「来年の制作する時は七星さんの苗字が変わってたりしてね」
と唐突に政子が言う。
 
「えーー!?」などと七星さんは言うが、近藤さんは何だか恥ずかしそうに俯いていた。
 

『Flower Garden』で最後に収録した曲、『花園の君』の収録の前後で、私は実はKARIONのシングル『キャンドルライン』と続けて発売する予定のアルバム『三角錐』及び秋に発売する予定の次のシングル『雪のフーガ』の制作にも参加していた。
 
「三角錐」というのは三角形だけど四面体という何とも意味深なタイトルである。『雪のフーガ』及びc/w曲の『恋のソニックブーム』には久々に「5人目のKARION」
である穂津美さんにも参加してもらっていた。
 
和泉が、ローズ+リリーの方のアルバムの制作進行にもかなり関心を持っていたのだが、それまではまだ制作中ということで情報を出していなかった。しかしもう大詰めに来たということで、『花園の君』に取りかかる直前の5月下旬、そこまでの仮ミクシングの状態のものを和泉にだけ聴かせた。ただし今回は時間を掛けて制作しているので「仮」と言っても事実上最終ミクシングとの差はそう無いはずである。(『花園の君』は後で追加で聴かせた)
 
「何これ?」
と最初の数曲を聴いた時点で和泉は言った。
 
「ん?」
「これって、アルバム作ってたんじゃなかったの?」
「そうだけど」
 
「これ、シングルを10枚くらい作ったんじゃない?」
「まあ、そのくらいの手間暇は掛けたね」
 
「普通、こんなアルバム作れない」
「活動しながらは作れないよ。まだローズ+リリーが本格稼働する前だから作ることができた。来年は無理」
「なるほどね。でも時間もお金も掛かってるよね、これ」
 
「編曲作業を始めたのが1年前。録音を始めたのが1月」
「費用もふつうのシングル作るのの10倍掛かったでしょ? 2億越えてない?」
 
「8桁(1億未満)だよ。まあ、この後広報費とかが掛かるけど、それ入れても多分通常シングルの4〜5倍くらいかな。スタジオは実際に使う使わないと関係無く半年まとめて借りたから安くしてくれたし、演奏者は友だちとか知り合いとかばかりだから、演奏料も特例になる場合(アスカと美野里,XANFUS)を除いては1日10万しか払ってないし。だから直接原価は5000万も掛かってない。編曲は自分でしたから編曲料も0円だしね」
 
「冬は自分でいろんな楽器ができるから、それで済んじゃう面もあるよね」
「まあね。私とマリにも報酬を払わなければならないとしたら、それだけで4000万以上払う必要があったろうね」
「そうか、その分が安く済んでるんだ」
 
などと言いながら和泉は更に音源を聴いていたが『夜宴』まで来た時に「ん?」
と声を出す。
 
「どうかした?」
「少し素人っぽいグロッケンが入ってるなと思って」
「さすがグロッケンには、うるさいね」
 
「・・・もしかして、これマリちゃんが打ってるの?」
「まあ、マリに弾かせるんでなきゃ、このレベルの奏者には依頼しないよね」
 
「マリちゃん、グロッケン練習してるの? これ1〜2日練習して打ったという雰囲気じゃない」
 
「この1月から始めた。だからまだ4ヶ月だよ」
 
「ふーん」
「ちなみに自宅で練習に使ってるのは和泉が使ってるのと同じシリーズの奴。こちらが一世代前だけどね。中古で処分されようとしていたのを引き取ったから」
「へー・・・」
 
「ああ、目が燃えてる、燃えてる」
 
和泉は苦笑して言う。
 
「冬さぁ」
「なあに?」
「時々思うけど、私とマリちゃんを意図的に競争させてない?煽られてる気がする」
「ふふ。ライバルなんでしょ? 詩人として」
「まあね」
 
「そして私と和泉は歌手としてのライバルだよ」
「それはそうだ」
「私が歌手として、緊張感を持って『負けないように頑張ろう』と思う相手は和泉以外いないもん」
「それは私もそう思っている」
 
「だから、和泉はある意味でローズ+リリーの第3のメンバーなんだな。和泉がいるから、私もマリも頑張れる」
「面白い解釈だね。じゃ、マリちゃんは6人目のKARIONだな」
「うふふ。お互い切磋琢磨していこうよ」
「うん」
 

6月5日(水)。ローズ+リリーの2回目のベストアルバム『RPL投票計画』が発売された。2枚組になってしまったため価格が5800円になってしまったので、私とマリのミニ写真集をサービスで付けた。初版分にはおまけのCD-EXTRAにその写真集のデータと2013年6月から2014年7月まで14ヶ月分のカレンダー付きローズ+リリー壁紙を収録した(CD-EXTRAの音声部分にはマリのヴァイオリンと私のフルートによる『帰郷』を収録)。
 
特にキャンペーンなどはしないつもりだったのだが、◇◇テレビの響原さんからお声が掛かった。◇◇テレビでは、7月からローズクォーツに素人歌番組の伴奏をさせることになっているので、それの周知も兼ねて、1時間枠を取るから、まとめて演奏しませんか? という話であった。
 
政子に「こんな話があるんだけど」と言ったら「出てもいいよ」などと言うので私たちとローズクォーツで演奏することにした。アルバムに収録した26本の曲を45分の枠で生演奏する。1曲平均1分43秒である。曲によってはAメロBメロサビまで演奏できないものも出てくるので、私とサト・ヤスの3人で譜面を検討して各曲の演奏方法を決めた。七星さんにタイムキーパーをお願いし、各曲が演奏を終えなければならない時刻を10秒以上超過したら合図してもらい、七星さんの合図があれば、区切りの悪い所でもその曲を中断して次の曲に行くことにした。
 
前日に実際に番組で使うスタジオでリハーサルをしたが、七星さんの中断サインは5回出た。
「何か結構慌ただしかった」
「まあ最後はケイちゃんの緊急対処能力頼りだな」
「うん。ケイちゃんが居れば何が起きても対処してくれる」
「誰かが途中で性転換しても何とかするよね」
「どういう状況ですか!?それ?」
 

放送日は発売日の次の日曜の午後であった。番組の冒頭、テレビ局の女性アナウンサーさんとお話をする。
 
「ローズ+リリーも5周年なんですね」
「はい。半分くらい休養してましたが。でもファンの皆様の声に支えられて、ここまで歩いて来ました。また更に長い道を歩いて行きたいと思います」
 
「おふたりがデビューした時の映像を入手しました」
と言って、アナウンサーさんが掲示したのは、埼玉県のレジャープールでのイベントの映像だ。
 
「わあ、ケイが可愛い!」と政子が声を挙げる。
「この可愛い水着の女の子がまさか男の子だとは誰も思わなかったでしょうね」
「あはは、その件はもう勘弁してください」
「5周年を記念してオリジナルアルバムも制作なさったんですよね?」
 
「はい。5周年ということでリキを入れて作りました。1年前から編曲作業を始めて1月から制作を始め、先週やっと終わりました。来月3日に発売します」
 
「ケイ、発売日にはデビューの時と同じように水着になる?」
「あはは、それもいいかもね」
 
「それでは演奏を開始して頂きましょう。最初の曲は<幻のミリオンセラー>と言われた『神様お願い』です。どうぞ」
 
サトのドラムスワークが始まる。七星さんがタイムキープシートにチェックを入れる。ギターとベースの演奏が始まり、キーボードも鳴りだして私とマリは歌い出す。
 
26曲の演奏の途中に6回CMが入るので、放送局側のタイムキーパーさんと七星さんとが確認し合っている。CMの間は束の間の休憩だ。水で喉を潤し、マリはチョコなど食べている。そしてCM明けと共に、放送局の人のサインでサトのドラムスが鳴り出す。
 
1日前にCMの入り方も含めてリハーサルはしているのだが、どうしても昨日とは違う区切り方になってしまう所が出てくる。1ヶ所、曲の演奏途中で予定外にCMに突入してしまった。
 
「え?」
「ごめんなさい。ミスった」と放送局の人。
「今の曲どうする?」
「七星さん、何秒演奏した?」と私は訊く。
「56秒」
「微妙だな。どうする?」とサト。
「飛ばしましょう。次の曲に行きましょう」と私。
「よし、そうしよう」とタカ。
 
途切れてしまったのは20番目に演奏していた『恋座流星群』であったが、急遽余ってしまった約40秒を次の4曲に10秒ずつ割り振って演奏を進めた。その後はトラブルも無く、最後の『焼きまんじゅう』になる。これを最後なので切れる所までということで結局2分02秒演奏したところで番組が終了した。
 
すると、全くの偶然だったのだが、その後に群馬県の観光CMが流れ、私たちは
「おぉ!」
と破顔して声をあげた。
 

番組の中で私とマリが「発売日には水着で」などと言ってしまったので、町添さんは急遽プールのイベントを押さえてくれた。
 
神奈川県の遊園地に付属するプールがちょうどリニューアルし、そのオープニング・イベントが6月30日日曜に行われることになっていたが、ここに私たちのステージを入れることになった。するとその話を聞いた ELFILIES のハルカが「私たちに前座させてくれない?」と言ってきた。5年前は私たちがELFILIESの前座であった。
 
レコード会社が違うのでどうかなと思ったのだが、町添さんに打診してみたところ、ELFILIES の所属レコード会社の岩瀬部長に直接電話を入れて交渉し、OKを取ってくれた。そういう訳で、私たちは5年前と逆順でステージに登場することになった。
 
なお、6月30日はまだ発売日前なので当日会場でCDを販売することができない。そこで「予約販売」をすることにした。当日CDを予約し代金を払ってもらったら発売日前日の7月2日に自宅や勤務先などに送料無料で届けるというものである。(サービスで遊園地・プールの優待券と特製ローズ+リリー栞付き)
 
7月2日に届けるには7月1日に発送する必要がある。そこで6月30日にその予約を受け付ける時に、本人に郵送用の宛名シールを直接書いてもらう方式で受け付けることにした。宛名間違いを防ぐため現場では免許証などで住所確認をした。(これを既に準備しているCD入り封筒にその場で貼っていき、郵便局に持ち込む)
 

「ふふふ。可愛い水着買いに行こうよ」
 
と言って、政子は私を新宿に連れ出した。
デパートの水着売場を物色する。
 
「これとか露出面積が小さくていいと思わない?」
「いや、それは泳いだら外れるって」
「私はヌードになっても構わないけどなあ」
「町添さんが心臓マヒ起こしたら大変だから」
「うむむ。それは困る」
 
私たちは5年前のデビューイベントの時にしたように、プールの両端から飛び込み、同じペースで泳いでいって、同時に中央のステージに上がるというのをやろうと話し合った。6月中に何度か人の少ない会員制のプールに行き、ペースを合わせる練習をした。
 
結局はセパレートタイプではあるが、割としっかりと身体を覆っていて、泳いでも外れなさそうなものを選んだ。お揃いのデザインで色違い。政子は赤で私は黄色にした。
 

当日、色々なセレモニーが行われた後、歌のステージになる。伴奏をしてくれるスターキッズ(ギター:近藤、ベース:鷹野、ドラムス:酒向、キーボード:月丘、サックス:七星、トランペット:香月)と特に参加してもらったヴァイオリンの松村さんがスタンバイする。ELFILIESが登場して、最近のヒット曲を2曲歌う。1曲はCMでも流れている曲で知られていることもあり、手拍子も良い感じで来る。
 
「それではローズ+リリーです!」
とハルカが言って、4人が下がる。
 
プールの両端でスタンバイしていた私とマリがプールに同時に飛び込む。そして泳ぐ。事前に何度も練習はしていても、本番でほんとにちゃんとタイミングが合うかどうかについては、お互いを信じる以外無い。私はマリがちゃんと事前に練習していたペースで泳いでいることを信じて泳ぎ続けた。
 
中央ステージに辿り着く。ステージの陰になるので、向こうは見えない。でも私には確信があった。上に上がる。その時、向こう側からジャスト上がってきたマリの姿を見る。「おお!」という観客の声とどよめきを聞く。つい微笑む。走り寄って中央のマイクの所に行く。
 
「こんにちは! ローズ+リリーです!」
と一緒に叫ぶ。
 
凄い歓声が掛かる。
 
『花園の君』を歌う。酒向さんがドラムスを休んでベースを持ち、鷹野さん、七星さんがベース・サックスをヴァイオリンに持ち替えて、松村さんと一緒にヴァイオリン三重奏をする。月丘さんのキーボードが実に様々な楽器の音を出す。
 
私たちは高校時代のふたりで行った植物園でのことを思い出しながらこの歌を歌った。
 
曲が終わり、物凄い拍手と歓声が来る。「ケイちゃーん」「マリちゃーん」という声が掛かる。私たちは手を振って声援に応える。
 
2曲目『あなたがいない部屋』を歌う。私は高校2年の春、『花園の君』とこの曲をセットにして音源制作した。それが私たちの音楽活動の始まりであった。元々は政子がタイに行ってしまうかも知れないということを聞いた心の動揺と寂しさをヴァイオリンの弓に注ぎ込み、作った曲だ。
 
でも今政子は私のそばに居る。絶対離さないんだから! 私が歌いながらマリに微笑み掛けると、マリも微笑み返してくれる。松村さん・七星さん・鷹野さんのストリングの音も、まるで微笑んでいるかのように私には聞こえた。
 
後でこのイベントを見た人の中にかなり「マリちゃんとケイちゃんがあそこでラブトークしてるように感じた」とコメントしていた人が随分いた。
 
3曲目『砂漠の薔薇』。この曲はイージーバージョンのショートバージョンで演奏する。月丘さんのキーボードが不可思議な音を出し、ギターとベースにもエフェクターを掛けて人工的な雰囲気の音にする。香月さんはトランペットにミュートを付けて吹く。七星さんはウィンドシンセに持ち替えて、こちらも人工的な音を出す。松村さんはお休みである。そして私と政子もやや機械っぽい歌い方でこの曲を歌った。
 
それまで手拍子を打って聴いてくれていた観客が戸惑うような雰囲気で手拍子も止んでしまう。しかし構わず私たちは歌い続ける。
 
そして曲が終わると拍手が来るが心持ち少ない感じである。
 
4曲目『間欠泉』に行く。ギターもベースもキーボードも普通のサウンド、七星さんもサックスに持ち替える。私たちは普通に歌う。何だかホッとしたような空気が観客の間に流れ、手拍子も復活する。最初は私がメロディーを歌い、マリが3度下を歌っていたが、香月さんのトランペットが入ると、マリがメロディーを歌い、私がその3度下を歌うようにする。「マリちゃーん」という声が掛かる。更にまた香月さんのトランペットが鳴ると今度は私がメロディーに復帰する。「ケイちゃーん」という声が掛かる。
 
トランペットの度に交替するので、「へー」という雰囲気があった。今までのローズ+リリーには無かった歌い方であるが、実はこれも2008年の上島作品であり、もし当時この歌を発表していて、それが好評だったら、ローズ+リリーはこういうスタイルになっていたのかも知れないという気はする。
 
曲が終わる。
 
私たちは歓声と拍手に応えて「ローズ+リリーでした。ありがとうございました」
と言って、階段を降りてステージから下がる。
 
がアンコールの拍手が来る。
 
私たちはすぐに階段を駆け上る。
 
「アンコールありがとう!」と叫ぶ。
 
アンコール曲『夜宴』を演奏する。元々は私のピアノ、マリのグロッケンにヴァイオリン2つを重ねたシンプルな曲だが、今日はベースとドラムスが出すリズムに合わせて、ピアノパートを近藤さんのギターで、グロッケンパートを月丘さんの電子キーボードで弾く。七星さんがまたヴァイオリンに持ち替えて松村さんと二重奏をする。こういう変化自在な演奏をしてくれるのがスターキッズの魅力だ。
 
私たちは高校時代にサマフェスが終わった後の野外会場で、誰もいない中、月の明かりの下でふたりで歌を歌った時のことを思い出しながらこの曲を歌った。
 
曲が終わる。私たちは何となく引き寄せられるように近づき、ハグした。(遊園地のプールで子供もいるのでキス禁止と言われていた)
 
「キャー」という観客の声。私たちは微笑んで、お辞儀をし、歓声に応える。
 
「ありがとうございました!」
と言うと、マリとふたりで頷きあって、そのままステージの上からプールの中に飛び込んだ。
 
私たちが水面に顔を出して手を振る中「本日のライブはこれをもちまして終了します」というアナウンスが入った。
 

イベントが終わった後、普通の服に着替えてから、遊園地の偉い人に挨拶し、私たちは帰途に就いた。
 
特に私たちは何も言わなかったが、政子を助手席に乗せた私の車は自然とあの植物園の駐車場に着いた。
 
私たちは最初からここに来ようと言っていたかのように車を降りる。大人600円のチケットを買い、中に入る。
 
「あの曲を書いた日は秋だったから、金木犀とか咲いてたね」
「今はこれから夏だから、ひまわりとかかな」
 
実際道の途中でロシアひまわりの一団に遭遇し、私たちはしばし見とれていた。
 
あの時と同じように、温室を抜け、庭園を抜けて、あの時コスモスを見た広場に到達する。今の時期は何も咲いていないが広場の周囲に真っ赤なサルビアが咲いていた。秋になったらまたコスモスが咲き乱れるのだろう。
 
私たちは座って肩を寄せ合う。
 
「あの時、冬は女子制服が可愛かったね〜」
「マーサだって、可愛いチュニック着てたし、白いプリーツスカートが清楚な雰囲気で可愛かった」
「あの時、冬は友だちに填められて女子制服を着せられたなんて嘘ついてたね」
「あはは、ごめーん」
 
「もうホントに冬っていつも嘘つきなんだから」
と言って政子は私にキスをした。
 
「でも好きだよ、冬のこと」
「私もマーサのこと好きだよ」
 
私たちは再度熱いキスをした。
 
 
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【夏の日の想い出・花園の君】(3)