【夏の日の想い出・歌姫】(1)

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2013年のお正月、年始の挨拶に回っていた時、KARIONの事務所で偶然XANFUSとローズ+リリーが遭遇し、「08年組揃い踏み」の記念写真を撮った。そして、そこから、この3つのユニットでのコラボCDの制作の話が持ち上がり、4月10日に三者相乗りのCD『SEVEN』が発売になった。
 
SEVENというのは、ローズ+リリーの2人、XANFUSの2人、KARIONの3人の合計人数である。楽曲も、各々のソングライトスタッフである、マリ&ケイ作詞作曲、神崎美恩作詞・浜名麻梨奈作曲、森之和泉作詞+水沢歌月作曲の楽曲が1曲ずつ使用された。そして歌は全部7人で歌ったものである。各々のファンに考慮してジャケット写真と曲順が、それぞれのユニットを中心にした写真・先頭曲にしたR版・X版・K版が発売されたが、これらはCD番号は同じであり、ひとつのCDとして集計され、5月上旬には合計売上枚数が100万枚を突破した。
 
そこで急遽、この三者のジョイントライブをしようという企画が持ち上がった。
 
「ローズ+リリーもKARIONも、今年の後半は大学の卒論を書くために活動を休止するから、その分、前半にスケジュールが詰まっているんだよね。更にケイちゃんのスケジュールがそもそも鬼畜だから、僕も悩んだんだけど、結局この日しか無いと思うんだけど」
 
と言って町添さんが提案してきた日付は6月16日(日)であった。
 
「そこはローズ+リリーは8月発売予定のシングル音源制作中ですね」
と私は答える。
 
「うん。音源制作の日程を一週間延ばそう」
と町添さん。
 
「KARIONのシングル2枚+アルバムも制作が佳境に入る時期で」
「うん。そこは和泉ちゃんに頑張ってもらおう」
「あはは」
 
このようなライブをするために最大の難関である、政子の父の承諾については私と町添さんが一緒に政子のお父さんのもとを訪れ、丁寧にお願いした。
 
「うーん。だったら、5月中に卒論のプロットが完成したらOKです」
とお父さんは言った。
 
そこで、政子のスケジュール(主としてFMなどへの出演と楽曲制作依頼への対応)をできるだけ解放した上で5月いっぱいは、どうしても外せないFlower Gardenの音源収録、槇原愛の音源制作への立ち会いの他は卒論に専念させるようにした。
 

5月下旬の土曜日、私はホントに久しぶりにUTPに顔を出した。今年春に入社したばかりの甲斐窓香が出てきて
 
「おはようございます。アポイントはございましたでしょうか?」
と訊いた。
 
「あ、えっと。私ここの専務なんだけどね」
と私が言うと、しばし窓香は私の顔を見てから
 
「あ!ごめんなさい! ケイさんでしたね。お疲れ様です」
と言ってペコリと頭を下げる。様子を見ていた花枝が出てきて、
 
「窓香ちゃん、何やってんの? 自分とこの稼ぎ頭の顔くらい覚えてなきゃダメじゃん」
と叱る。
「済みません、ほんとにごめんなさい」
と窓香は消え入るような様子。
 
「まあ私も2ヶ月くらいこちらに顔出してなかったからね。それに私はここの社員でもないし、専属アーティストでもないし」
と言って笑っておく。
 
「うちは専属アーティストが売れないという変な会社だよね。稼ぎ頭のローズ+リリーにしても、2番手のスターキッズにしても、委託契約だからね」
「あはは。どちらも各々個人的な活動を抱えてるから委託契約にしたんだよね。いっそバレンシアも委託契約にする?」
「社長、その件悩んでるみたいだよ」
 

須藤さんが不在だったので、私は花枝とふたりで応接室に入る。窓香がコーヒーとクッキーを持ってきた。
 
「でもローズ+リリーとローズクォーツの販売力の差はもう明確になったね」
と花枝は言う。
 
「マリちゃんがローズクォーツから離れることを宣言した上で1月に同時発売して一緒に全国キャンペーンまでしたローズ+リリーとローズクォーツの新譜は、ローズ+リリーの『夜間飛行』が80万枚、ローズクォーツの『Night Attack』
は10万枚。地力の違いが歴然としている」
 
「ローズ+リリーはその後『言葉は要らない』が100万枚を越えて1年ぶりのミリオン。『100%ピュアガール』は現時点で95万枚でこれもミリオンはほぼ確実。アルバムも『Rose+Lily the time reborn, 100時間』も既にミリオン突破。ベストアルバムも既に予約だけで60万枚入っている。多分100万超える」
 
「いや、ありがたいです」
 
「うちの会社の経営自体、ローズ+リリーの活動に関して、ケイちゃんたちの会社から、とっても曖昧にもらっているマージンがあるからこそ成り立っている」
「ふふふ」
 
「一方のローズクォーツは『魔法の靴』は現時点で7万枚でゴールド到達は厳しそうな線。昨年のアルバム『テレスコープ』は4000枚なんていう悲惨な売れ行きで大幅な赤字を出して、結果的にローズクォーツのアルバム制作は次はしばらく話が出ないだろうという感じ。何とか売れているPlaysシリーズは民謡が2万枚, 雨宮先生がプロデュースしてくださったGirls Sound は8万枚売ったけど、費用が無茶苦茶掛かってるから収支としては大赤字。このままだとメンバーの生活費が出なくなる事態もある」
 
「まあ、それは今年後半、彼らはテレビに出るから、その出演料や知名度アップによる仕事の増加を期待して」
 
「やはり、それに賭けるかねぇ・・・」
と花枝は悩んでいる感じであった。
 

「いや、正直、私もローズクォーツをメインでやってた時代は生活が成り立ってなかったよ」
と私は苦笑いしながら言う。
 
「マリ&ケイで書いた作品でスリファーズとかが売れたおかげで、そちらの印税が入って来て、とりあえず家賃を払えるようになった。それまでは高校時代のローズ+リリーの収入分の貯金を切り崩して生活してたから」
 
「ああ」
「正直、スリファーズが無かったら、色々やばかった。春奈が早く性転換手術を受けられたのはケイ先生のお陰ですなんて言ってたけど、実は私が性転換手術を受けられたのはスリファーズのお陰なんだ」
 
「春奈ちゃんとの出会いも運命的だったんだね」
「そうそう」
 
「でもさ」
と花枝は言う。
 
「社長は2010年夏の時点でローズ+リリーと契約しておいて、なぜすぐにCDを出そうとしなかったのかね?」
 
「謎ですね。私もマリも本当に困惑してました。色々事情はあったみたいですけど。結局は1年ほどたった時点で、ローズ+リリーは元々私とマリの個人的な活動だから、全部こちらに任せてくれ。商業的な展開をするローズクォーツについては全部そちらにお任せしますから、ということで切り分けてもらうようにしたんですけどね」
 
「やはりケイちゃんにも分からないのか」
 
「2010年夏の時点では私たちも2年前にちょっとCD出したことのある歌手という立場だったから。でもマリ&ケイとしての1年ほどの創作活動のお陰でこちらも少しは物を言える立場になったので、行動に出させてもらったという面もあります」
 
「確かにね」
 
「ね、花枝さん。思うんですけど」
と私は言った。
 
「うん」
「ローズクォーツに関する作業は花枝さんが統括しません?」
「へ?」
 
「そうしたらもう少し売れる気がします」
「うむむむむむ!!」
 
「ローズクォーツ内部にプロデュース能力のある人がいればいいんだけど。それぞれが帯に短し襷に長しなんです。基本的な方向性や選曲はタカができますし、決められたスコアの中での音作りについてはサトが信頼できます。それぞれが得意なことをうまくやらせてコントロールできれば、あのユニットのプロデュースはできると思う」
 
「なるほど。でもそれ社長には無理だわ」
「本当は自分でも長く音楽やってきた人で、プロデュースしてくれるような適当な人がいるといいんですけどねぇ」
「うーん。。。誰かいないなかあ。。。」
 
「編曲は全部下川工房に投げてもいいと思う」
「その手はあるよね」
 
「『魔法の靴』もテコ入れすればこれからでも売れると思うよ」
「何すればいいと思う?」
「そうだなあ・・・・」
 
私は少し考えて言った。
「TVスポット打ちましょうか」
 
「お金が・・・・」
「本当は全国キャンペーンとかしてもいいんだけど、私のスケジュールが無理なんですよね。ちょっと料金聞いてみよう」
 
と言って私は知り合いの広告代理店の人に電話を入れる。
「どもー。ごぶさたしてますー。あ、そうですね。今度一緒に御飯食べましょ。それでですね、今全国大都市圏くらいで、むしろCタイムの方がいいんですが、スポット100本くらい打つといくらですか? あ、はいはい、それでもいいです。了解。じゃもしかしたら頼むかも知れません」
 
と言っていったん電話を切る。
「凄いディスカウントしてますね。むしろBタイムでやらないか、と。不況だから、みんなCタイム希望して、Cタイムは混んでるらしいんです。だから流すにしても結構待たせてしまうと。Bタイムならわりとすぐ流せるしディスカウントしていいと言われました」
 
「そのあたりはよく分からないのですが・・・」
と花枝は頭を掻いている。
 
「Cタイムは深夜1時から朝7時までとか朝10時から12時までとか」
「誰が見てるんです?」
「ところがローズクォーツに反応しそうな層は逆にこのくらいの時間にテレビをつけるんです。ゴールデンの時間帯なんてまだ仕事してます」
「むむむ」
「Bタイムはその前後、もう少し視聴率のある時間帯や午後とかです。で広告が特に少なくなる7月中旬〜8月上旬なら、100本3000万でいいと言ってます」
 
「あの・・・・3000万でも、うち無いんだけど」
「取り敢えずこちらから出しておきましょう。原盤権の比率変更で精算しません?」
「あ、それならいいよ。どうせ社長は気付かない」
「そもそも最近のローズクォーツの音源の原盤権は複雑になってますもんね」
「そうなの。私もひとつひとつ確認しないと分からない!」
 
「スポットの素材は作れますよね?」
「あ、それは過去に何度もやってるから私でも作れる。撮影、ケイちゃん出れる?」
「うん。それは何とか都合付ける」
「OK。それ進めよう」
 
私は即さっきの広告代理店の人に電話を入れ、放送枠の仮押さえをした。
 
「ローズクォーツだけじゃなくて、バレンシアも最初から花枝さんがやった方がいい。デビューに関する費用が掛かるなら、それもサマーガールズ出版から出資していいですよ。費用惜しんで絶対いい作品はできません。みっちゃんは取敢えずデビューまでまだ時間の掛かりそうな、アウトバーンズの面倒を見させておくとか」
 
「ああ、ちょっとあの子たちには気の毒だけどね」
 

5月27日。政子は何とか卒論のプロットを仕上げた。即指導教官の川原教授に見せて、それで本編を書いて良いという確認をもらう。それを受けて政子のお父さんはライブ出演にOKを出した。
 
「ところで冬は卒論大丈夫なの?プロットはどっちみち6月21日が期限だよ」
「あはは。ライブが16日だから、その後なんとか頑張れば」
「卒業できないなんて事態は勘弁してよね」
「うん、頑張る」
 

5月中旬にこのライブのことが発表された段階では「マリちゃんが出演できるかどうかは6月1日に発表します」という但し書きが付いていた。それでもチケットは5月26日の発売日に1時間でソールドアウトした。そして予定より少し早く5月29日にマリちゃん出演決定の報が流れると、ローズ+リリーのファンサイトはどこもお祭り騒ぎになっていた。
 
「ところでマリちゃん以上に注目が集まってるのが水沢歌月だね」
と大学の食堂で偶然遭遇した博美は言った。
 
「そうなの?」
と私は少し疲れのたまった笑顔で訊く。
 
「いづみちゃんが今回グロッケン弾くんではという噂が流れてるでしょ」
「ああ、和泉は音源制作ではグロッケン弾いてるんだけど、ライブでは歌と両立できないから、いつもサポートの人が弾いてるからね」
 
「音源制作でピアノ弾いてるのが水沢歌月じゃないかという噂があるからさ、いづみちゃん、つまり森之和泉がグロッケン弾くなら、相棒の水沢歌月がピアノ弾くのではないという噂が」
と博美。
 
「水沢歌月はピアノじゃなくてヴァイオリンの方じゃないかという説もあるよね」
と小春。
 
「KARIONは実は4人あるいは5人じゃないかという説は初期の頃からあるもんね」
 
「ピアノの演奏者が女性というのも確定なんだよね。初期のPVで映像が出てるから。顔は映ってないんだけど。水沢歌月がいづみちゃんの『友だちの女の子』
というのも初期の頃、いづみちゃんがラジオで言ったことあるから、やはりあのピアニストが水沢歌月なのではないかと」
 
「あまり勝手な噂に惑わされない方がいいよ〜」
と私は笑って言った。
 
「冬はKARIONと個人的にも親しいみたいだけど、水沢歌月には会ったことあるの?」
「無いよ。あの人に会ったことのある人はほんとに少数みたい」
「へー」
「ふつうに大学生してるとは聞いたけどね。和泉たちと同様、卒論で忙しいんじゃない、今の時期は。きっと就活でも忙しいよ」
「いや、就職する必要無いと思う。だってKARIONの印税は年間数千万でしょ?他の仕事する必要ないよ」
「ああ、そうかもね」
 
「でも和泉がグロッケン打ったら、歌えないよ」
「うん。だから、トラベリングベルズはローズ+リリーの伴奏をするのではないかと。そしてスターキッズがXANFUSの伴奏をして、パープルキャッツがKARIONの伴奏をするとか」
「ああ、それは面白いね」
 
「そういう予定無いの?」
「考えてなかった。提案してみてもいいけどね」
「リハとかしてるの?」
「全然。日程的に無理。この3組が同じ日に集まれただけでも奇跡。それもお互いかなり無理して予定をずらして空けたというのに近い。ローズ+リリーもKARIONも今年後半休むから、前半にスケジュールが詰まってるんだよ。だから今回のライブはマジぶっつけ本番」
 
「ね、ね、ゲストにAYAが出てくるという説は?」
とAYAの熱心なファンの小春が訊く。
 
「さあ、知らないなあ」
 

博美たちにはリハはしていないとは言ったものの、私たちはこのジョイント・ライブに向けて結構な準備を進めていた。
 
とにかく実際の演奏者を本当に集めてリハーサルをすることが困難であるだけに、やれるだけのことをやっておこうと話し合った。マリが出場できることが確定した28日の夜、偶然にも和泉・光帆の「深夜0時から朝6時まで」の時間帯が空いていたので、徹夜で企画会議をすることにした。
 
出席者はこの三人の他に、今回のライブ・プロデューサーを引き受けてくれたスイート・ヴァニラズのEliseとLonda、★★レコードのXANFUS担当・南さん、ローズ+リリー担当・氷川さん、KARION担当・滝口さん、その上司の加藤課長である。Eliseの強い要請によりアルコール入りであったが、飲んでいたのは実際にはElise, Londa の二人だけで、他には光帆が少し眠気覚ましに口に含む程度だった。他に大量に食糧を用意していた。
 
シナリオの叩き台は私と和泉と光帆がメーリングリストで作っていたので、それをベースにお互い遠慮無く意見を出し合い調整して行く。
 
事前の叩き台があったので、セットリストは最初の1時間ほどでほぼ確定した。その後、そのセットリストに基づき、テーブルの上で KARION人形、XANFUS人形、ローズ+リリー人形、および各々のバックバンドの人形を手で動かして、シミュレーションを行い、問題点を洗い出した。
 
結構ハードな会議で、途中で滝口さん、Eliseが眠ってしまったが、構わず続行して5時頃にだいたいまとまった。光帆は事前に私と和泉に「もし眠ってしまったら起こして」と言っていたので、何度かウトウトとしていた所を起こされた。3組の中ではいちばんアイドル色が強いユニットでスケジュールもハードなので疲れがたまっていたのだろう。
 
この打ち合わせの結果を基に「代理リハーサル」もやはり深夜時間帯を使って実際のホールに見立てた別の会場で2度実施した(実は深夜に使えるホールは少ない)。「仮想XANFUS」「仮想KARION」「仮想ローズ+リリー」の役をしてもらう人たちに実際に歌ってもらったし、バンドも3組の代理バンドに出演してもらい伴奏をしてもらった。
 
1回目はElise,私,和泉,音羽にSKの近藤さん,TBのSHINJIさん,PCのkijiさん、2回目はLonda,私,和泉,光帆にSKの七星さん,TBのTAKAOさん,PCのmikeさんが立ち会った。★★レコードの加藤さんと南さんはずっと付き合ってくれたが、滝口さんと氷川さんは敢えて休ませた。畠山さんや須藤さん、XANFUS事務所の斉藤さんから、事務所からも誰か出しますという話があったものの、むしろ私や和泉、音羽たちに決定権を委ねてくださいということにして、事務所からは敢えて人を出さなかった。それでも「純粋な雑用係」としてUTPの悠子がボランティアしてくれたので、遠慮無くコーヒーを入れたりするのに使わせてもらった。
 
「しかし、和泉ちゃんもケイちゃんもよく身体がもつね」
ともう半分ダウン仕掛けの南さんから言われた。
 
「なんかこの手のハードさには耐性が出来てるよね」と私。
「徹夜で楽曲作成とか、他のアーティストと徹夜で飲むとか、結構あるし」
と和泉。
「ああ、それをしばしば仕掛けてるのは Eliseだな。本人は高確率で眠ってしまうが」とLondaさんも笑って言っていた。
 
「企画会議でも前回の代理リハでもEliseさん、途中で寝てましたね」
と南さん。
「あの子は3時になると自動的に眠ってしまう体質なのさ」とLonda。
「健康的で良いかも。私、その手のリミッターが無いから」と和泉。
 
「でも徹夜するとどうしてもホルモンバランスが崩れる感じだ」とLonda。「ああ、それは私も感じます」と和泉。
「右に同じ」と私。
 
「ケイってこういう時はホルモン剤の量とか調整してバランス回復させるの?」
とLondaが訊く。
 
「あ、私もう3年近くホルモン剤は摂取してないです。体内で女性ホルモンが生産されているので」
「へ?」
 
「ケイって生理もあるんですよ、信じがたいことに」
と和泉。
 
「あんたの身体、どうなってんの?」
「いや、それが私にもよく分かりません」
と言って私は照れ笑いをした。
 
「ところで、いづみもケイも卒論は大丈夫か?」とLondaに訊かれた。
 
私と和泉は顔を見合わせて「どうしようか?」と言った。
 

2度目の代理リハーサルが終わった翌朝、6月15日。ライブ前日である。私は午前中ひたすら寝たのち10時頃に町添さんからの電話で起こされた。
「はい。お伺いします」
 
疲れてはいても町添さんからの呼び出しでは行かなければならない。私は指定された品川駅近くの喫茶店まで出かけて行った。個室に入って話をする。
 
「忙しいのにごめんね」と町添さん。
「忙しいですー」と正直に言う。
「疲れたまってない?」
「もうクタクタです」
 
「そうそう。槇原愛の新しい音源聴いたよ。今度はのはちょっと面白いね」
「あちこちから猛反対されました。でもマリの発案なんですよ」
「何度もは使えない手だけど、これは絶対インパクトある」
「そうでしょうね」
「いや、こないだ何気なく槇原愛が売れてないなんて言っちゃって済まなかったと思って」
と町添さん。
 
「いえ事実ですから。今回のも試みとしては面白いですが成功するかどうかは賭です。そのままお祓い箱になっちまえ、と言われてしまったら沈んでしまいます。休養前最後のCDだから訂正が効かないし」
と私は注意を促す。
 
「そのあたりは微妙なファン心理だよね」
と町添さんも言う。
 
「それから、ついこないだまでは★★レコードの七大アーティストなんて言ってたんだけど、八大アーティストという感じになってきたね」
と町添さん。
「はい?」
 
「KARIONの最近の伸びが凄い。昨年末の『雪うさぎたち』で待望のミリオンを到達したし、3月の『春風の告白』もトリプルプラチナ。もうスリファーズやXANFUSとセールス的に肩を並べてきた。人気ではとっくに肩を並べてたんだけどね」
 
「KARIONのファン層は10代20代の若いアイドル好きの世代と、30代40代のファミリー層から構成されてるんで、後者がなかなか購入行動に出ないんですよね。だからどうしても人気の割にセールスが上がらないんです」
 
「でもそれは悪いことではないよ。幅広い層に支持されるというのは大きな財産だから」
 
「ええ。私、和泉たちからローズ+リリーで何枚もミリオン出してるのにKARIONでミリオン出してないのはなぜだ?と責められてましたから。2012年中にミリオン出せなかったらKARIONのサブリーダーを辞任する、と言ってたんですけどね。辞任にならなくて良かったのやら悪かったのやら」
 
「サブリーダー? 君、KARIONのサブリーダーなの?」
「そうなんですよ。私が居ない時に、3人で勝手に決めちゃったんです」
 
「あはは、それは面白い。あ、そうそう。それでね。忙しくて疲れているのにほんとに申し訳ないんだけど、ちょっと静岡県某所まで行って来てくれない?」
「今からですか?」
「うん。ちょっと急ぎの用事で」
 
「私、部長のことを鬼と呼んでいいですか?」
「あはは。まあ、そう言わずに。運転手は用意しておいたから」
「あ、車ですか?」
「うん。新幹線とかのルートから大きく離れてるんだよ」
「分かりました。で、用事は何なんですか?」
「まあ、行けば分かるから」
「はい?」
 
そんなことを言いながらお店を出る。町添さんは携帯でどこかに掛けている。その「運転手」を呼び出しているのだろう。やれやれ。運転手というのは氷川さんかな?
 
と思ったら、ビルを出た私たちの前に見慣れたアクセラが走ってきて停まる。
 
へ?
 
私は町添部長の顔を見た。
 
「いや、マリちゃんから頼まれたんだよ。僕としても、君がここで失恋でもして、精神的に不安定になられたりしたら、★★レコードの屋台骨に関わるからさ。明日の午前中水戸のFM局の仕事はマリちゃんがひとりで行くことになったと連絡しておいたから」
 
「あ。えっと・・・・・」
「まあ、楽しんできてね」
 
と言って部長は手を振って楽しそうに駅構内に消えて行った。
 
私はふっと息をつくと、正望の車の助手席に乗り込んだ。
 
「運転手さん、行き先はどこですか?」と私。
「僕が初めて女の子の姿のフーコを見た所」
と正望は言って、私にキスした。
 
「恋人岬?」
「うん」
「私、寝てていい?」
「いいよ。着いたら起こすから」
 
私たちは再度キスした。
 

そして6月16日がやってきた。午後2時開演。定員4000人の会場は満員である。
 
客電が落ちる。勢いよくドラムスのフィルインが打たれ、ベースとギターの音も鳴り出す。キーボードがコラボCDの曲『仲間の唄』の前奏を演奏する。割れるような拍手が起きて幕が開く。が同時に戸惑うような空気が流れる。
 
ステージの前面に立っているのは、小風・マリ・光帆、3人のみである。3人がユニゾンで歌い出す。そしてキーボードを弾いているのは和泉、ギターを弾いているのは音羽、ベースを弾いてるのが美空で、ドラムスを打っているのは私であった。
 
その状況が認識されはじめた所で再度割れるような拍手と歓声が起きた。
 
演奏が終わった所で、楽器を演奏していた4人もステージ前面に出ていき、
「こんにちは!」
と一緒に叫ぶ。
 
7人を代表して和泉が今日来てくれたことへの御礼を言い、そのまましばらくトークをする。
 
「私たち《08年組》は、2008年の1月2日にKARION, 9月27日にローズ+リリー, そのちょうど一週間後の10月4日にXANFUSがデビューしています。それで最初にデビューしたユニットのリーダーだから、あんたが最初のMCしなさいと言われて、この役を仰せつかりました」
 
「他に4月29日がAYA, 11月13日がスリーピーマイスですね」
と私が隣から補足する。
「CDの発売日って普通は統計的に有利になるように水曜日に設定するんですけど、08年組の5つのユニットの中で水曜日にデビューCDが出たのはKARIONだけなんだよね」
と反対側の隣から光帆が補足する。
 
「ローズ+リリーとXANFUSの場合は、デビューイベントを土曜にやりたいというので、そちらが優先された感じで、AYAの場合はデビュー直前にトラブルがあってずれ込んでしまって、スリーピーマイスの場合は本人たちによると適当に決められたんだそうです」
と更に私が言う。
 
「でもデビューが決まってから実際にデビューするまでの期間がいちばん長いのはAYAなんだよね。オーディションから始まって途中プロデューサーが2度も変わって結局1年近く掛けてる。KARIONは2ヶ月、XANFUSも2ヶ月、スリーピーマイスは3ヶ月、ローズ+リリーも3ヶ月くらいだよね?」
と和泉。
 
「そそ。ローズ+リリーは話が決まってから半月でデビューしたと思われているけど、実は私たちのメジャーデビューはCD発売の3ヶ月前、6月には決まっていた。まだ当時は名前も決まってなかったけど」
と私。
 
この情報はあまり知る人がいなかったようで「へー!」という声が場内であがっていた。
 
「当時のレコード会社内部での仮の名前はイチゴ・シスターズだったらしい」
と和泉。
「うん。でも、その名前はさすがに勘弁して欲しいって感じだ」
と私。
 
これには客席から笑い声が起きる。
 
「インディーズでの実績があったのもAYAだけなんだよね。実績はないけど、自主制作音源を持ちこんだりしてたのが、ローズ+リリーとスリーピーマイス。KARIONとXANFUSは事務所主導のプロジェクトで結成された」
と和泉。
 
「そそ。ある日突然事務所に呼び出されてこの子と組んでと言われた」
と光帆。
 
「最初、なんかおかしな子だな。大丈夫か、こいつと思った」と音羽。「私は、こいつ何だか遊んでそう。近づきたくねーと思った」と光帆。
 
ふたりのやりとりに会場は笑いに包まれる。
 
こういったデビュー当時の話題は、けっこう観客にうけていたようであった。
 

「この5組ってお互いに運命共同体的な面があるよね」
「そそ、それぞれ個人的に複雑に絡みあっている」
 
「AYAのオーディションには小風も応募してたんだよね」と和泉
「うん。第三次選考で落とされた」と小風。
 
客席から「えー!?」という声。
 
「KARIONのメンバー選定の時にはケイも候補者だった」と和泉。
 
客席から「うっそー!」という声。
 
「デビュー前に私と和泉はペアで、ある歌番組のスタッフやってたんだよね。だからその縁で。でも私が『男の子とバレると騒動になるから』と言って辞退して、結局ラムコちゃんってアメリカ人の子がメンバーになった」と私。
 
「おかげでローズ+リリーが代わりに大騒動になったけどね」と政子。
 
客席から「あぁ」という感じの声。
 
「それでKARIONは和泉・美空・ラムコ・小風の4人でデビューする予定だったんだけど」
と美空。
 
「そのラムコがお父さんの海外転勤でインドに行っちゃったんだったよね。ラムコちゃんがいたら、4人の名前は尻取りになっていたのに」
と私が言うと
 
「おぉぉぉぉ!!!」という感じの凄い声があちこちで上がる。デビュー5年目にして明かす「四人目のカリオン」の秘密である。
 
「そそ、それで結局KARIONって『4つの鐘』という意味なのに、3人でデビューすることになった。音源も作り直しで大変だった」と和泉。
 
(本当はラム加入以前に和泉・美空・蘭子・小風で作っていた音源に差し戻した。CDをプレスする1日前のことで、プレス後なら凄い損害が出ていた。時間的にもはや3人のみの音源を再制作するのは不可能だったので蘭子の声が音源に残ることになったが、畠山さんは最終的に私を何とか口説き落とすつもりだった)
 
「スリーピーマイスのデモ音源をレコード会社に持ち込んだのはケイだよね?」
と小風。
 
これには「へー!」という声。
 
「うん。それで彼女たちのサウンドを理解してくれそうな事務所を紹介してもらったんだよ」と私。
「ふつうの事務所じゃ、あのサウンドでCD出させようと思わないもん」
と光帆。
「クレイジーだからね、エルシーの言葉を借りると」
と私。
 
「んで、エルシーは実はKARIONの初期のバックバンドやってたんだよね」と和泉。
 
客席からまた「えー!?」という声。
 
「それとエルシーとティリーが出会ったダンスユニットのオーディションにはゆみ(AYA)と光帆も応募してて、その時は二人とも落選してる」
 
客席から「わぁ・・・」という声。
 
「なんか今日は08年組の裏話大公開だ」
と音羽。
 
客席から「ゆみちゃん、来るの〜?」という声が掛かる。
 
「まあ、これだけネタにされてて、来ないってことはないでしょ」
と音羽が言うと
「おぉ!!」
という感じの歓声が起きる。AYAの登場は多くの観客が期待していた所だろう。
 
「でもAYAは昨日写真撮影でグァムに行ってたんだよね」
「うん。問題無く入国できて、このライブに間に合うといいね」
「でも入国で何かトラブる可能性ある?」
「ケイだったら性別でトラブったことあるらしいけどね」
 
「そそ。まだ法的な性別変更前、パスポートが M なのに外見がどう見ても女だから、別室で裸にされて調べられたことあるよ」
と私は笑って言う。
 
「それで裸にしてもやはり女だから、結局知人を呼び出して空港まで来て証言してもらって、やっと入国できたんだよね」
と政子。
 

結局30分ほどトークは続き、ほとんどトークショーの雰囲気になってきた所で
「でもそろそろ歌を歌おうよ」
と美空が言い、
 
「じゃ、ジャンケンで誰が最初に行くか決めよう」
と言って、和泉・私・光帆の3人でジャンケンする。
 
和泉が勝ち「じゃ、最初はKARIONから行きます」と言い、拍手をもらう。
 
(実際には誰が何を出すかはあらかじめ打ち合わせておいた)
 
そこにスターキッズのメンバーがステージの奥に走り込んで来たので、客席から「あれ?」という声が出るが、ステージ前面ではKARIONの3人を残して、他の4人は退場する。
 
スターキッズがアコスティック楽器を使ってミリオンセラー『雪うさぎたち』
の前奏を始め、それに合わせて3人が歌い出す。客席から最初拍手が湧き、それが手拍子に変わる。そこに私と音羽が再入場してくる。私はクラリネット、音羽はスレイベルを持っている。雪の中を走り回るウサギの雰囲気をスレイベルが表現(音源制作の時は小風が鳴らしている)し、私のクラリネットは七星さんのフルートを補って音に厚みを加える。
 
そのままKARIONは、『春風の告白』『星の海』『海を渡りて君の元へ』そして『金色のペンダント』と歌っていった。
 

「ではここで今日の1組目のゲスト、スリーピーマイスの3人です」
 
と和泉が紹介すると、主として女性の観客から「きゃー」という声が掛かる。スリーピーマイスは女性ファンの方が多いユニットだ。
 
レイシーがベース、ティリーがギターを持ち、エルシーは手ぶらで入場してくる。入れ違いにスターキッズのメンバーと私と音羽は退場する。パープルキャッツのドラマー、yuki が入って来てドラムスの所に座る。エルシーがキーボードの所にスタンバイする。
 
レイシーの合図でyukiがドラムスを打ち始め、レイシー・エルシー・ティリーの演奏も始まる。そして3人が歌い始める。
 
あまり普段は見せることの少ない、バンド形態のスリーピーマイスの演奏である。この形態で演奏する場合、必ず女性のドラマーを使うのがポリシーなので今回はyukiさんにお願いした。しかしこの3人は一般に顔をさらしていないので、彼女たちの顔を初めて見た観客も多かったであろう。
 
yukiが打つ、ややパンクっぽいリズムパターンに合わせて、レイシーはルート弾きでベースを演奏する。レイシーがルート弾きをするのはリードボーカルを担当しているので、そちらにできるだけ集中したいためでもある。ベースがおとなしい分、ティリーのギターはかなり派手な音を出す。しばしばエフェクターも掛けている。女声3人の歌唱なので、エルシーのキーボードは低音を補ってハーモニーを安定させている。このようなロックのようなポップスのような微妙なサウンドが、レイシーがアレンジするスリーピーマイスの「羊の皮を被った狼」の世界観である。
 
今日の会場は、XANFUS, KARION, ローズ+リリーのファンで占められているのでスリーピーマイスのサウンドにはあまり馴染みがなかった人も結構いたようであるが、今日は特に親しみやすい曲を選んでいるので、結構スリーピーマイスに興味を持ってくれた人もあったのではないかという気がする。客席はかなり乗って、たくさん手拍子をしていた。
 
スリーピーマイスは結局3曲演奏したが、何もトークを入れずにそのまま退場した。
 

代わって XANFUS の2人が入ってくる。yukiさんも退場し、トラベリングベルズのメンバーがステージ後方に入ってスタンバイした。トラベリングベルズにはキーボード奏者がいないので、スターキッズの月丘さんに入ってもらった。更に、マリと小風・美空が入ってくる。マリはヴァイオリンを持っている。小風と美空は後ろの方に立ててあるマイクの所にスタンバイした。
 
DAIのドラムスがスタートし、XANFUSの曲『Strategic Love』を演奏する。光帆と音羽が激しく踊りながら歌い、小風と美空はバックコーラスを入れる。ピチカートやサルタートを多用したマリのヴァイオリンがスキップでもするかのような楽しいサウンドを加える。
 
テレビなどではXANFUSはマウスシンクなので、本当に踊りながらふたりが歌っているところを初めて見た観客が結構いたようで、「わあ」とか「え〜?」といった声も漏れてきていた。
 
この編成で光帆と音羽がMCを混ぜながら5曲自分たちの曲を演奏した。
 

「さて、さきほど私たちが出てきた時にはまだAYAが到着していなかったんですが、来たかな?」
と音羽が言う。
 
すると客席の後方の扉が開き
「今来たよ〜!」
というAYAの声。
 
そのまま客席通路を通ってAYAがステージに駆け寄る。通路でたくさん握手を求められ、AYAも笑顔で応じていた。
 
「お疲れさま〜。よく間に合ったね」
「うん。飛行機が遅れて焦ったけど、成田からここまでF15イーグルで飛んで来たから」
「おお、それは凄い」
「なんか燃料費が凄まじいらしかったけど、伝票にはケイのサインしといたから、きっとケイが払ってくれるだろう」
 
と言うと笑い声が起こる。
 
スターキッズのメンバーが後ろの方に入ってきてスタンバイする。KARIONの伴奏をした時はアコスティックバージョンだったのだが、今度はエレクトリックバージョンである。
 
XANFUSのふたりが下がり、前奏が始まりAYAが歌い出す。AYAはMCを交えて3曲歌って下がった。
 

そして交替に私と政子がステージに出て行く。スターキッズが退場して、代わりにパープルキャッツが入ってくる。更に和泉と光帆も入ってくる。和泉はグロッケンの所にスタンバイし、光帆はフルートを持っている。
 
『言葉は要らない』を演奏する。ギター・ベース・ドラムス・キーボードという標準的な構成のパープルキャッツの演奏に、金属性の高音が和泉のグロッケンから響き、一方やわらかい光帆のフルートの音が彩りを添える。
 
更に『影たちの夜』『キュピパラ・ペポリカ』『100時間』と演奏し、最後に『ピンザンティン』を演奏する。この時、小風・美空・音羽の3人がおたまを持って入って来て、私と政子にもおたまを渡し、5人でおたまを振りながら歌った。
 

拍手の後、パープルキャッツが退場する。オープニングの時と同様に私がドラムスの所に座り、音羽がギター、美空がベースを持って、和泉はキーボードの所について、コラボCDの曲『Love Race』を演奏する。オープニングでは小風・マリ・光帆の3人だけで歌っていたが、今度は7人全員で歌う。楽器を弾いている4人も弾き語りである。
 
物凄い手拍子が来る。みんなノリに乗っている。そして物凄い歓声の中、演奏は終了し、幕が降りた。
 

大きな拍手がすぐにアンコールの拍手に切り替わる。
 
幕が開く。7人がステージに出て行く。オープニングでは和泉が挨拶したのだが、今度は光帆が挨拶してアンコールへの御礼を言う。
 
「それでは『8人の天使』を歌います」
 
拍手とともに、EliseとLondaが入って来て、Londaがピアノの所に就いた。Eliseはステージ前面に並ぶ七人のそばに来る。音源では私が2回歌って8声にしているのだが、ここではEliseが私の低音パートの方を歌ってくれた。
 
Londaのピアノがスタートし、全員で歌い始める。歌いながらEliseがひとりひとりを紹介するかのように前に引きだし、会場から大きな拍手をもらう。そしてEliseはひとりひとりと握手をしていく。ここではこの7人全員が主役である。
 
そして演奏終了とともに幕が降りる。
 
『8人の天使』を歌ってしまったので、これでもう終わりなのだろうか、あるいは、もう1曲何か歌ってくれるのだろうかと、客席も少し不安な感じのようであった。そのせいかアンコールの拍手も1回目の時よりは弱い。若干席を立つ人もいる。
 
しかしアンコールの拍手が3分も続いた所で幕が開いた。割れるような歓声と拍手が来る。XANFUS, KARION, ローズ+リリー, AYA, スリーピーマイスの全部で11人のメンバーが並ぶ。
 
最後のMCは私がした。
 
「アンコールほんとにありがとうございます。本日はみなさんお忙しい中、私たち、08年組のジョイントコンサートにお越しいただき、本当にありがとうございました。私たち5つのユニットは仲間であり、またライバルです。お互い切磋琢磨して、これからもみなさんに素敵な音楽をお聴かせできればと思います。私たちも頑張りますので、ぜひみなさんも応援してください」
 
歓声と大きな拍手がある。それが少し落ち着くのを待ってから私は言った。
 
「それではこれが本当に最後の曲です。マリ作詞・浜名麻梨奈作曲・水沢歌月編曲『歌姫』」
 
私が言ったクレジットに「えーーー!?」という声が上がる。後ろにスターキッズの近藤さん、トラベリングベルズのTAKAOさん、パープルキャッツのmikeさんが、それぞれアコスティックギターを持って入ってくる。そしてピアノの所にLondaが座る。
 
そしてLondaのピアノと、3本のギターによる伴奏で、私たち11人は一緒に歌い出した。11人を3つのパートに分けた女声三重唱をベースにしているが、時々ひとりひとりのソロパートが出てくるようにして、11人全員の見せ場を作っている。私(水沢歌月)が頭を悩ませ和泉とも相談しながら2日がかりで作ったアレンジである。
 
間奏の所ではにわかにステージ脇から出てきた、スターキッズの七星さんとトラベリングベルズのSHINさんがアルトサックスを二重奏して雰囲気を盛り上げた。間奏が終わって二番に入ると、ふたりは楽器から手を離して、前面に並ぶ11人とずっと握手をしていく。
 
そして最後G7からCになる和音で11人の歌は終わる。11人が最後の音を伸ばしている中でLondaがコーダをピアノで弾き、七星さんとSHINさんのサックスも彩りを添える。近藤さん・TAKAOさん・mikeさんのギターも終止和音になる。そして他のバックバンドのメンバーやEliseもステージ上に出てきて、全員でお辞儀をする。
 
Londaがマイクを取ってアナウンスをした。
 
「これを持ちまして08年組ジョイントライブを終わります。最後まで聴いてくださいまして、ありがとうございました。今一度11人の歌姫に盛大な拍手を」
 
それでまた割れるような拍手と歓声の中、私たちは再度お辞儀をして幕が降りた。
 

ライブ終了後、『歌姫』はCDを出さないんですか? という質問がスタッフに集中した。そこで私と和泉と光帆が一緒にロビーに出て行き、マイクを持って説明した。
 
「『歌姫』については来週の水曜日に発売します。今まで情報を出してなくてごめんなさい。今日のライブステージの演出のため、伏せていました」
と私が言うと
 
「これの音源制作は実は『SEVEN』と並行して進めていました。こちらはプロジェクト名『ELEVEN』でした。それでこちらも私たち音源制作の段階では一度も顔を合わせていないんです」
と和泉が補足する。
 
「収録曲はマリ作詞・浜名麻梨奈作曲・水沢歌月編曲『歌姫』、森之和泉作詞・ケイ作曲・浜名麻梨奈編曲『共鳴』、神崎美恩作詞・水沢歌月作曲・ケイ編曲『Love Beat』の以上3曲で、3曲とも今日出演した11人で歌っています。楽器はいろいろやりくりして適当に担当しています」
と光帆が内容を説明する。
 
「もしかして演奏もその11人ですか?」
と質問が飛ぶ。
 
「そうです。この11人の中でやりくりして伴奏しています」
と私が答える。
 
「ドラムスは全部ケイが打ってるよね。ギター、ベース、ピアノ、キーボード、ウィンドシンセとかは弾ける人が何人かいるから分担して」
と和泉。
 
「グロッケンはいづみ、クラリネットはケイ、フルート・ピッコロは私とケイ、ヴァイオリンはケイとマリ、ほか様々なパーカッション類は、適当にいろいろな子が担当してます」
と光帆。
 
「コーラスも適当に暇そうにしてた子が入れてるね」
 
10分くらい質問に答えたところで、★★レコードの加藤さんが
「それではここで質疑応答は終わらせて頂きます」
と宣言し、拍手とともに、私たち3人は楽屋に引き上げた。
 

08年組ジョイントライブの後の1週間、私は基本的に全ての仕事を断り、ひたすら卒論のプロット仕上げに集中した。20日の木曜にやっと仕上げて川原教授のところに持ち込む。無事OKを取れて、私は安堵した。同時期にプロットを書き上げなければならなかった和泉も無事チェック合格した。小風と美空はマリ同様先月のうちにプロットを仕上げている。
 
その週の日曜日、政子のお父さんの会社の株主総会が開かれた。この総会は直前になるまで次の社長候補が定まらないという異例の事態で、事前に提示されていた人事案は否決されてしまった。別の人事案動議が一部の株主から緊急提出され、実際に出席した株主による投票でその動議は可決されてしまった。
 
ほとんどクーデターに近く、経営陣は一新された。ここ数年の収支悪化が大株主の間で旧経営陣に対する不信感となっていたのが背景にあったらしい。
 
政子のお父さんは「どうも自分は沖縄支店に行かされるみたい」と言っていたのだが、この経営陣人事によって、全ての状況がひっくり返ってしまった。結局、基幹店のひとつ、仙台店の支店長に赴任することになった。
 
「わあ、また引っ越しですか、大変ですね」
「まあ仙台は東京まで新幹線で2時間だから」
「復興作業とかでも大変みたいだけど、逆にテンションは高いんじゃないですか?」
「うん。それに乗じて営業したいところだね」
 
「ね、ね、私も仙台まで行かないといけない?」
「へ?」
「新幹線で2時間だから、お父さんひとりでもいいよね? だいたいお父さん、夜遅く帰って来て朝早く出て行くから単に寝に帰って来てるだけだし。お洗濯くらいは週に1度くらい行ってしてあげるよ」
「うん、まあ・・・」
 
ということで、お母さんは東京に残り、お父さんが単身赴任することになった。
 

7月3日に発売されたローズ+リリーの1年ぶりのオリジナルアルバム『Flower Garden』
は初動で80万枚を売り、翌週にはミリオンを突破した。4月に発売した『Rose+Lily the time reborn, 100時間』、6月に発売した第2ベストアルバム『RPL投票計画』
に続き、アルバム三作連続ミリオンである。
 
なお、このアルバムのジャケットは、2007年9月に植物園で描いたマリの似顔絵と新たに、そのタッチに似せて描いた私自身の似顔絵である。また初版限定おまけCDに、2008年4-5月に録音したケイのソロ歌唱の『花園の君』『あなたがいない部屋』
と今年6月に録音した、マリのピアノ独奏による『乙女の祈り』ヴァイオリン独奏による『美しきロスマリン』マリとケイと七星さんのヴァイオリン三重奏による『パッヘルベルのカノン』を収録した。
 
ひじょうに古い録音の公開となったが、「ケイちゃん当時からすると凄くうまくなってる」とか「やはりマリちゃんがいないと寂しい」といった様々な反響があった。
 
このアルバムは個別ダウンロードも凄まじかった。『君待つ朝』『花園の君』
『あなたがいない部屋』『間欠泉』『夜宴』などは軒並み20万件以上個別でダウンロードされた。
 

翌週7月10日にはKARIONの今年の後半休養前の最後のシングルである『キャンドル・ライン』が発売された。
 
夏の夜にキャンドルを点して語り合う恋人たちを歌ったもので、4つのボーカルをフィーチャーしている。先日のジョイントライブで、私が実は初期のKARIONのメンバー候補であったことを明かしたおかげで、「ひょっとして4人目のKARIONはケイなのでは?」という説が急浮上したが、2chなどでは音声をよくよく聴いた結果として、別人という結論に到達したようであった。
 
「結局、冬ってさ、KARIONで歌ってる声は他では全然使ってないんだよね?」
と美空に言われた。
 
その『キャンドルライン』の発売前日、私は都内某所で和泉たち3人と密かに会っていた。
 
「まあここだけの話、小学5年生頃に声変わりの前兆が来て、凄く声が出にくくなった時期があったんだよ。その頃、何とかその声変わりを乗り越えようとして、小学6年生ころまでに掛けて、色々な発声法を研究したんだよね。それで私、全く発声方法の違ういくつかの声を持っているんだよ」
 
「でも冬って実際問題として声変わりはしなかったんじゃないの?」
「うん。最終的には『声変わり本体』はキャンセルできたと思う。だから私の男声って実は特殊な発声法で出してる声。出すのにけっこう疲れるから中学でも高校でも実態を知ってる子とは女声で話してた。その子たちからは、私のは『なんちゃって声変わりだね』と言われてた」
 
「小学生の内にタマ取っちゃったんだっけ?」
 
「取ったのは大学に入ってからだよ。小学生の頃は女性ホルモンで抑えていた」
「よく入手できたね」
「ちゃんと病院に行って、性同一性障害と診断してもらってお医者さんに貼り薬タイプの女性ホルモンを処方してもらったんだよ。中高生時代も年に4回くらいずっと受診して健康状態をチェックしてもらってたよ」
 
「貼り薬!?」
「日数を掛けてゆっくりと身体に吸収されるから、いちばん女性のホルモン状態に近いんだよね。肝臓への負荷も小さい。それで3週貼って1週休んでたから」
「生理周期と同じか!」
 
「だから私、小学生の頃から女性ホルモン飲んでたでしょ?という質問にはいつも『飲んでません』と答えている」
「詭弁だ〜!」
 
「その頃から民謡の大会とかに出て入賞して賞金もらったり、お囃子とか、後になってからは三味線伴奏とかでも出て、そのギャラもらったりしていたから、そのお金で病院代は払っていた」
 
「冬って、小学生の頃からプロだったんだ!?」
「民謡ではね。そちらも20歳頃までは続けたけど、その後ローズ+リリーの方が忙しくなってきたから、最近はほとんど開店休業状態」
「へー! そちらもその頃までやってたんだ!!」
 
「でも民謡のステージで私のステージ度胸や、ハプニングの対処とかは鍛えられたんだよ」
 
「冬って、間違っても堂々としてるもん」
「それは和泉の方が凄い」
 
「まあ私はピアノで発表会とか大会とかに小さい頃から出て、それで鍛えられてるからね」
 
「でも和泉のピアノもこないだの『歌姫』の音源制作で初めて聴いたよ。うまいじゃん」
「冬には遠く及ばないけどね」
 
「ヴァイオリニストの蘭若アスカさんの練習パートナーなんでしょ?」
「うん。アスカが日本に居る間は、毎月2回くらい一緒に練習してるよ。だいたい深夜になるけど、あの人も時間感覚の無い人だから」
 
「どういう練習してるの?」
「だいたいピアノとヴァイオリンを1回交替で替わりながら、ひたすら演奏する。調子にのってきたら、アスカのヴァイオリン3回に私が1回という感じ。私って相手の演奏を自然にコピーして弾く癖があるから、アスカ自身の演奏のチェックに良いと言われるんだよね」
 
「ああ、確かに冬ってコピー弾きが上手い」
 
「だいたい深夜1時くらいに始めて朝の9時頃までってのが多い。地下室の練習室でやってるから、時間感覚が分かりにくいんだよね。たいていお母さんが朝ご飯を持って来てくれて、朝が来たことを知る」
 
「それ無茶苦茶体力使う気がする」
「うん。体力使う。マラソンしている気分」
 
「待って。そういう練習してるってことは、冬ってヴァイオリンもハイレベルなのでは?」
と美空。
 
「どうだろうね。結果的には鍛えられてるけど。でも私の本職は歌だから」
と私。
「まあ、歌では私の良きライバルだね」
と和泉。
 
「こないだ雑誌で日本の歌姫ランキングってやってたね。トップ3は松浦紗雪、保坂早穂、松原珠妃だったけど、7位にいづみ、8位にケイが入ってた」
と小風。
 
「あのランキング、投票した人の年齢層が高すぎるよ。上位は旬を過ぎた人が多すぎた」
と美空。
 
「うーん。旬を過ぎたと言われないように頑張ろうかな」と私。
「右に同じ」と和泉。
 

「私は日本一の歌姫です」
と槇原愛は言い切った。
 
7月17日の発売に先行して7月12日からFM局などで音源公開された『お祓いロック』
は過激な歌詞への反響が凄かった。
 
「愛ちゃん、やめさせられるんですか?」という問い合わせ、というよりも「愛ちゃんをクビにしないで。僕今度のCD10枚買いますから」などという電話まで△△社に掛かってきて「槇原愛がクビになることはありません。10枚も買ってくださるのはありがたいですが、大丈夫ですから1枚だけにしておいて来年の復帰作のシングルとアルバムをまた買って下さい」という対応をした。
 
それで急遽月曜日の夕方、★★レコード本社で槇原愛の緊急記者会見が行われた。席上、加藤課長が、今回の曲の歌詞は、鈴蘭杏梨先生が、昔、浮気性の恋人を振った時のことを歌にしたもので、純粋な遊び心であり、槇原愛がクビになることはないこと、★★レコードでは、大学受験明けの来年春に新しいシングルとアルバムの制作、そしてゴールデンウィークに全国ツアーも予定していることを言明し、ツアーの日程まで発表した。また槇原愛のブログはスタッフの飯田さんの手で来年の春まで更新が続けられることも言明された。
 
そして槇原愛は
「私は日本一の歌姫です。私がクビになるなら、その前にクビになる人が大量にいるはず」
と強気の発言をして注目された。
 
「ところで今回は3曲とも鈴蘭杏梨先生の作品なんですね」
 
「はい。大学受験準備のための休業前というので特別に3曲書いてくださいました。復帰作も先生が3曲提供してくださるそうです」
 
「『遠すぎる一歩』はクレジットが鈴蘭杏梨絵斗になっていますが、これはどう読むんでしょうか?」
 
「すずらん・あんりえっと、です。元々鈴蘭のことをフランス語で『谷間の百合』
と言うんだそうですが、バルザックの『谷間の百合』という小説のヒロインがアンリエッタなので、鈴蘭杏梨先生のお名前もそこから来ているのだそうですが、今回は鈴蘭杏梨先生のお友だちで女子高生の方が、作曲を担当なさったとのことで、それでそういうクレジットになったそうです。女子高生が書いた曲だから、女子高生のあんたが歌いなさいと言われました」
 
「なるほどですね」
 
「作曲してくださった女子高生の方とは会ってませんが、録音を聴いたら物凄く歌のうまい方でした。きっと私の次、日本で2番目の歌姫ですね」
 
と愛は笑顔で言った。それはそれまでの少し儚げに歌うアイドル歌手の顔ではなく、スターの顔であった。
 
 
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【夏の日の想い出・歌姫】(1)