【夏の日の想い出・花の咲く時】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-06-22
2013年7月3日。ローズ+リリーにとって初めての「オリジナル・アルバム」である『Flower Garden』が発売された。
ローズ+リリーはこれまで5年間活動(?)してきて、その間に2つのベストアルバム、3つのメモリアル・アルバム(追悼版)、そして3つの自主制作アルバムのリフレッシュ版を発売してきているのだが、普通の形で制作されたスタジオ・アルバムは実にこれが初めてだったのである。
しかしこのアルバムは全然「普通の形」では制作されなかった。そもそも多くのアーティストのアルバムは、実際問題として12〜14曲くらいの収録曲の中で本当にしっかり作られているものは2〜3曲で、後は「埋め曲」という感じであるのが『Flower Garden』の場合、収録曲のひとつひとつがシングルのタイトル曲として発売しても良いほどのクオリティを持っていた。
「物凄く贅沢なアルバムです」
とあるFMのナビゲーターさんはこのアルバムを評して言った。
「これはシングルを14枚作るような手間を掛けて作られている」
と言ったナビゲーターさんもいた。
実際私はこのアルバムの準備を発売の1年前から始め、編曲をするとともにその収録に必要な演奏者に声を掛けて参加をお願いし、発売の半年前から多大な時間を掛けて収録作業を行った。本当にシングルを14枚作るような手間を掛けて作ったものである。
ただ、そのようなことができたのは『天使に逢えたら』『Month Before Rose+Lily』
などのCDがミリオン売れて資金があったこと。私とマリがまだ本格的な音楽活動を再開するに至っておらず、時間があったことが大きい。
「この品質のアルバムは、さすがに来年は作れません」
と私はFM番組でも明言した。
「来年作れないというのは、楽曲のネタの問題ですか?」
とDJさんから尋ねられる。
「ネタは問題ありません。実際来年の夏くらいの発売予定のアルバムに入れる予定の曲を既に6曲、候補としてあげています。来年の春頃までにだいたいラインナップは固まるはずです」
「ああ、もう来年の予定もできているのですね!タイトルは決まっていますか?」
「『雪月花』。雪に月に花ですね」
「きれいですね」
「来年はさすがにこのレベルにはならない理由として、いちぱん大きなのは、私とマリの時間です。このアルバム制作のため今回スタジオを技師さんごと半年借りてますが、借りたスタジオを8割くらいは稼働させています(練習やアレンジ、またミクシングなどで使った時間を含む)。つまり、私やマリがこの半年間はほとんどそこに入り浸りになっていて、実は事務所にもほとんど顔を出してないのですが、来年はライブ活動とかもしていると思うので、そこまでの時間が取れなくなります」
「おお、では来年はローズ+リリーはライブ活動も盛んになさいますね?」
「取り敢えず春以降に2〜3ヶ月掛けた全国ホールツアーというのを計画中です」
「それは凄い。何ヶ所くらいですか?」
「二十数ヶ所になると思います。土日中心にやるつもりなので」
「ああ、ゆったりペースなんですね」
「はい。身体を休めながらやらないと、クォリティを保てませんから」
「それは確かにそうかも知れませんね」
「最近、有力歌手で突然ツアーが中止になっている人が相次いでますでしょう。働きすぎというのが大きいと思います」
「ああ、そうですよね」
「それに最高のクォリティでのライブをお届けするには最高の体調を保つことが必要ですから。疲れ切った顔で演奏したら高いチケットを買って見に来た方に失礼です。私たちの仕事は、休むのも仕事の内ですね」
「なるほどですね」
などと私は放送で言ったのだが、後で和泉やEliseから「手帳のスケジュール欄を真っ黒にしてほとんど休んでない人の言葉とは思えん」
と突っ込まれた。
7月6日、ローズクォーツが伴奏者として出演する「しろうと歌合戦」の番組がスタートした。NHKの「のど自慢」と似たコンセプトだが、有名歌手やタレントが壇上で採点すること、純粋な歌だけではなく、衣装や演出も採点対象とすることをうたって、エンタテイメント性を高めている。テレビ局のスタジオでの撮影だが、(サクラを散りばめてコントロールした)観客も入れている。
土曜日の午後という微妙な時間帯だが、原則として生放送である。素人を出演させる番組はスタッフさえしっかりしていれば生でやって多少のハプニングも起きた方が面白いというプロデューサーの考えであった。
初回の冒頭、司会者のベテランお笑い芸人・ヨナリンさんが
「ローズクォーツが伴奏と聞いて、ケイちゃんが来てくれるものと思ったのに来てないんですね」
と発言した。
「ローズクォーツは伴奏の仕事であちこちに行く時はボーカルが不要なので、ケイ抜きになります。ローズクォーツ−−(マイナスマイナス)ともいうのですが」
とサトが答える。
「マイナスマイナスがあるなら、プラスプラスもあるんですか?」
「はい、ケイちゃん、マリちゃんまで参加した状態をローズクォーツ++と言っています」
「なるほどー。でも女の子がいないとちょっと寂しいですね。サトさん女装とかしませんか? こないだなさってた」
「あれ、アルバム制作している最中、4回も警官に職務質問されたんですよ。私が逮捕されたら、ドラムス打つ人がいなくなるので勘弁してください」
「その女装のローズクォーツの写真がこちらに」
と言って、写真が投影される。場内から歓声があがる。
「こうしてみると、確かにサトさんの女装はちょっときついかも知れませんね」
「まあ、この4人の中ではタカの女装がいちばんマシかな」
「あ、ほんとだタカさん、美人になってるじゃないですか? 女装しません?」
「いや、それやると私の人生が変わりそうで」
とタカが言うと、また観客から笑い声が起きる。
「いや。これだけ美人なら女装すべきですよ」
「そんなにおだてないでください。やりたくなっちゃうじゃないですか」
「おお、やりたくなったらしましょう。人間正直に生きるのが良い」
「そんなテレビで女装とかしてたら、お婿さんに行けなくなります」
「それはやはりお嫁さんに行くのを目指しましょう。タカさんはぜひ次週からは女装で演奏してください」
などといったやりとりを経て、やっと番組が始まった。
事前の書類選考、予選を通過した人が10組登場する。トップバッターは元気な女子高生3人組で、放送コードぎりぎりの短いスカートを穿いての登場だった(カメラがアングルに気をつけていた)。元気にPerfumeの歌を歌ったが、歌はそんなに上手くはない。しかしダンスでけっこう頑張っていたし、ノリが良かったので、良い点数をもらっていた。(5人の採点者が各20点満点で70点)
番組はどうも前半に元気な人、受け狙いの人を集めている感じで、後半から歌の上手な人が出てきて80点以上の高得点を取る。その日最後に出てきたのは50代の肥満体型の女性で服もユニクロかしまむらか、という感じだったものの歌(いきものがかりの『ありがとう』)がプロ級で、声量もあり、100点満点の96点を出して優勝し、国内旅行券10万円を獲得した。
こういう庶民的な雰囲気の人が優勝したこと、そしてそれだけうまくても安易に100点は付けなかったことで、エンタテイメント性はあっても良心的な番組であることを印象づけた第1回目であった。(今回の最低点は7点だった)
実際問題として採点者には事前に各歌唱者の予選での歌を聴かせておき、それで採点基準を調整するようにしていた。
歌はポップスから演歌、唱歌や洋楽まで多岐にわたっていて、どんな曲でもローズクォーツは無難に演奏し、その能力の高さを示した。歌のピッチも歌唱者のピッチが途中でずれて行った場合は、それに合わせて変更してあげた。ひとり予定と違う曲目を宣言して歌い出した出場者もいたが、ローズクォーツはすぐにその曲の伴奏に切り替えた。このあたりはタカが主導して臨機応変に対応した。
番組の折り返し点の所でゲスト歌手の歌が入ったが、それもローズクォーツが伴奏し、合わせて司会者のヨナリンが入って、ゲスト歌手、サトやタカたちも巻き込んだトークが入り、サトやタカはわりと軽妙に受け答えしていた。たまにヤスも会話に参加するものの、マキはほとんどしゃべらないので
「マキさんはあまりしゃべらないんですね」
とヨナリンが言ったら
「マキは音源制作の時も無言で僕たちに指示を出しますから」
とタカが答える。
「おお、無言のリーダーなんだ!」
「しゃべらなくても、マキは目の前に譜面を置いたらどんな曲でもしっかり演奏しますしね」
「それは凄い。じゃ試してみよう」
と言って、司会者はタカに「何か譜面貸して」と言う。タカが譜面を1枚渡し、それをヨナリンさんがマキの前に置くと、マキは照れながらもそのベースラインをウォーキングベースで華麗に演奏してみせた。客席から拍手が起きた。
そういう訳でヨナリンさんはマキに「無言のリーダー」のニックネームを付けた。他にサトには「心優しき巨人」、ヤスには「真面目なサラリーマン」、タカには「美少女ギタリスト」というニックネームを付けた。
「僕は『美少女ギタリスト』なんですか〜?」
「ええ。来週からは女装で出てくるということですから」
「え〜?そんなのいつ決まったんです?」
「さっき、僕が決めた」
という感じでタカもヨナリンさんとは相性がいいのが、結構軽妙な感じのやりとりをしていた。
なおゲスト歌手が決める特別賞には、今週最低点の7点だったものの、楽しいパフォーマンスで笑わせてくれた40代の男性(曲はQueen - Bohemian Rhapsodyだったが、実際問題としてほとんど歌になってなかった)、ローズクォーツが決めるローズクォーツ賞には先頭でPerfumeの歌を歌った高校生3人組が選ばれた。(タカが代表して発表し、記念品も渡した)
「タカさん、ほんとに女装するの?」
と政子はワクワクテカテカした顔でタカに尋ねた。
「勘弁して欲しいけどなあ」
「放送局からは何か言われました?」
「うん。俺に任せるとは言われた。女装するなら衣装は局のを貸すし、スタイリストさんとメイクさんも付けるから、みっともない感じにはしないと」
「それは是非是非女装しようよ。タカさんのこないだの女装、可愛かったもん」
と政子は本当に楽しそうだ。
「マリちゃんにまで言われると、俺ほんとに悩んじゃうよ」
「もし本当に女の子になりたくなったら、手術してくれる国内の病院も紹介してあげるから。あそこの病院、いいよね?」
と政子は私に投げる。
「あそこの先生は技術は確かなんだけどね。口説き落とすのがうまいからなあ。診察だけに来た患者をやはり手術してしまおうという気にさせるのがうまい。手術の付き添いに来たお友だちを口説き落として一緒に手術しちゃったこともある」
「それは何だか凄く怖い先生という気がする」
7月10日。KARIONの20番目のシングル『キャンドル・ライン』が発売された。KARIONは今年後半は卒論を書くため休養することにしており、既に7月1日から休養期間に入っているのだが、この曲の発表会には3人そろって出てきた。
KARIONは6月上旬までにこのシングル、今月下旬発売予定のアルバム、そして11月発売予定のシングルまでの音源制作を済ませており、休養期間中も作品は出して行くことにしていた。
ところが発表会の冒頭で和泉は言った。
「皆さんに謝らなければならないことがあります。実は今月下旬7月24日に発売予定にしておりました KARION 5周年記念アルバム『三角錐』の発売を9月25日に延期します」
「それはまた大幅な延期ですね。何かトラブルでもあったのでしょうか?」
「全ての楽曲の編曲をやりなおしました。曲自体も半分以上差し替えました。従って音源もゼロから作り直します。そのため、KARIONは一応卒論のために表立った活動は休止しますが、8月一杯までは音源制作活動を続けます」
「それは何か権利関係の問題でも起きたのでしょうか?」
記者はハッキリとは言わなかったが、要するにこれまでのソングライト陣あるいは重要な伴奏者などが離脱したのか?という質問である。曲の入れ替え、編曲のやり直しというと、そういう事態が一番に考えられる。
「権利関係は問題ありません。KARIONのメンバーも、トラベリングベルズも、水沢歌月・福留彰も、他のスタッフも全員元気です。それよりも、一週間前に私たちのライバル、ローズ+リリーの5周年アルバム『Flower Garden』が発売されました。あれを見せられては、短期間で作った5周年記念アルバムなど出せません」
記者席からざわめきが漏れる。
「その方針転換はいつ行われたのでしょうか?」
「ケイちゃん自身から、ローズ+リリーのアルバムの途中まで仮ミクシングしたものを5月下旬に聴かせてもらいました。それを聴いて、こちらのアルバムの作り直しを決断しました。曲の見直し、そして再度編曲のやり直しをここ1ヶ月間ちょっと歌月,TAKAOさんの3人で何度かの徹夜もして、ずっとやっていました。そして数日前から録音作業を開始しています。こかぜ・みそらにあまり負担が掛からないように歌の収録はできるだけまとめてやる予定ですが、私と歌月はかなりスタジオに入り浸りになっています。トラベリングベルズやサポート・ミュージシャンさんたちにもちょっと無理言って付き合ってもらっています」
「いづみさんは卒論は大丈夫ですか? 歌月さんも多分卒論の時期ですよね?」
「私も歌月も9月になってから頑張ります」
アルバム制作延期の件でけっこう質疑があって時間を取ったので、本題の本日発売の『キャンドル・ライン』が紹介されたのは発表会が始まってから20分後であった。
「今回は3曲とも4ボーカルですね」
「はい。ちなみに11月発売のシングルは3曲とも5ボーカルなのでご期待下さい」
「でも面白いですね。KARIONは3人なのに4声あるいは5声で楽曲を制作するというのは」
「それは初期の頃からのひとつの方針なのですが、曲の性格から何声で行くかというのを決めています。3声で間に合えば、私とこかぜ・みそらの3人で歌いますが、足りなければ応援を頼んでいます」
「応援してくださる歌い手さんは毎回同じなんですか?」
「それは色々事情があるのでノーコメントにさせて頂きますが、コーラス隊は最近何組かに固定されてきていますね」
「水沢歌月さんがボーカルに参加したことはないんですか?」
「水沢歌月は一般人なので、基本的に彼女に関する質問にはお答えできません」
このやりとりで、記者たちの間にはどうも水沢歌月はかなりボーカルに参加したことがあるのではという認識ができた雰囲気もあった。
「水沢歌月さんは大学生で来春卒業予定では、というくらいの話は訊いてもいいですか?」
「はい。それは認めてもいいです。就活が大変みたいです」
「就職なさるんですか?」
「今20連敗らしいです。更に8月までKARIONで拘束するから9月になるまで就活できないし。でも卒論も書かなきゃいけないし。更にその卒論も実際8月までは書く時間がないので9月から頑張らなきゃいけないし。ということで就職先が見つからなかったら、KARIONの作曲のバイトしない?時給2000円でどう?などと誘っています」
と和泉がいうと、記者たちは爆笑した。
7月13日。「しろうと歌合戦」の2回目の放送が行われた。冒頭のヨナリンさんのトーク。
「あれ、今日はローズクォーツに女性の演奏者がいますね。ケイさんかなと思ったら、ギターを持っておられる」
「こんにちは〜。美少女ギタリストのタカです」
とタカは開き直って笑顔でマイクに向かって言う。
「おお!タカさんが女性になってる。可愛い服着てますね〜。髪も金髪ロングヘアーだし。超美人だ。性転換しました?」
「それは秘密です」
「ところでタカさん、おいくつ?」
「32歳です」
「32歳で美少女を主張するのは凄いね」
「ヨナリンさんが命名したんじゃないですか〜?」
トーク自体はサトの方がセンスがあるのだが、ヨナリンさんはタカの「いじりやすさ」を見抜いて、タカとのコミカルなトークをこの番組の柱にしたい感じであった。
「じゃ、美少女というのなら、次回はぜひ女子高生の制服を着て来てもらいましょう」
「えーーー!?」
この番組ではそうやってタカのトークがどうしても多くなり、また番組の最後に「ローズクォーツ賞」を発表して記念品を渡すのもタカがやっていたので、視聴者の中には、タカがローズクォーツのリーダーと思い込んでいる人も多かったようである。
7月10日頃から、テレビスポットでローズクォーツの『魔法の靴』『空中都市』
のスポットが流れるようになった。それとテレビ番組でローズクォーツの知名度が上がったことから、それまでいったん8万枚ちょっとで停まっていた『魔法の靴/空中都市』の売り上げが伸び始めた。
またそれに引きずられるように『Rose Quarts Plays Girls Sound』およびこのシリーズの最新盤『Rose Quarts Plays Easy Listening』も売れ行きが伸び始めた。特に「しろうと歌合戦」を見ている30〜40代がこの付近のジャンルに元々反応しやすい層であったことも幸いしたようであった。
この件で、ちょうど別件で★★レコードに行った時、加藤課長から尋ねられた。
「なんかローズクォーツの曲が売れてるね」
「ありがたいことです」
「でも売れてるのがさ、『魔法の靴』『Girls Sound』『Easy Listening』の3つに限られているんだよね。スポットだけじゃなくてテレビ番組の影響とかもありそうだから、それなら前のシングル『Night Attack』も少しくらい反応していいと思うのだけど、それは全然反応しないんだよ。なぜだと思う?」
「ちょっとその件は立ち話ではなくどこかお部屋で」
と私が言ったので応接室に通された。コーヒーとケーキを若い社員・石坂さんが持って来てくれる。
「わ!なんだか待遇がいい」
「いや、ケイちゃんは超VIPだから」
「あはは」
「それで、何か心当たりがある?」
「制作過程+外装だと思います」
「へ?」
「『魔法の靴』は私とタカの強い要請により、第一級のスタジオで専門の音響技術者の手で録音・ミックスされ、ジャケ写も専門の写真家が撮影し、外装も含めて専門のデザイナーの手で調整され、更に音楽評論家の立石登卓さんに解説文を書いて頂き、メンバーの写真入りのしっかりしたブックレットを付けています」
「うんうん。シングルというよりミニアルバムの作りだよね」
「元々ローズクォーツのシングルって最初から事実上のミニアルバムだったんです。ローズ+リリーもですけど」
「ああ、確かに」
「『Girls Sound』は雨宮先生の管理下で制作されましたから、これも一流のスタッフで制作されています。ライナーノートは雨宮先生御自身が書いてくださいました。『Easy Listening』は私が指揮して制作したので、これも私が信頼している音響技術陣の手によるものですし、ジャケ写、ブックレット、外装なども私が直接指示してプロの人が手掛けています。ライナーノートはポール・モーリアの日本公演に毎年行っていたというモーリア狂の作家・岩橋美沙さんにお願いして書いて頂きました。渡部さんのツテがあったので」
「ああ・・・見えてきたよ」
「ところが『Night Attack』は、UTPが普段から借りっぱなしにしているスタジオで、須藤が自分で録音して、スタジオの技術者がミックスしてるけど、どうもその技術者の水準に問題がある。写真も須藤が自分のコンデジで撮影して、Photoshop Elementで編集し、ライナーノートはマキが書いていて恥ずかしいことに文法がひどい。更にブックレットにも歌詞カード形式にもなってなくて、紙製CDケースの内側に印刷されています。これが見るからに安っぽいんですよ。しかもCDの背の部分には曲名がどーんと大きく出てますが、ローズクォーツというアーティスト名が小さくてよくよく見ないと分からない。どちらも英文字だから読みにくい」
「そもそもローズクォーツのCDと認識してもらえないのか!」
「Bose Quartz と間違えられたりして」
加藤さんは首を振って言う。
「あのバンドの事務所には内容証明送ったよ。Amazonは出品削除してくれた。HNSとTABIYAは店頭から撤去してくれた」
「アルバムタイトルを同じにするって酷いですよね。聴いて失望したなんて手紙がこちらの事務所に来てましたからね。曲名見たらあちらの曲で。でもこちらも、向こうのこと言えた義理じゃない。録音品質の問題も深刻で。『Night Attack』
も『ウォータードラゴン』も格好いい曲なのに、ダイナミックレンジが振り切れてしまってるんですよ、あの録音。それでこの2曲、FM放送や有線などで聴くと、わりと格好良く聞こえるんですが、CDで聴くと録音のアラや、ダイナミックレンジの振切れ問題で凄くがっかりしてしまうんですね。つまりネガティブな口コミを発生させてしまいます」
「それは大問題なのでは?」
「ええ。どうしましょうね? ローズクォーツのシングルも『一歩一歩』までは私が制作に深く関わっていたので、もう少しマシな作りだったのですが、私が外れた『起承転決』以降、急に安っぽくなってしまって。こちらがローズクォーツに口を出さない代わりに、須藤はローズ+リリーに不干渉というバーターをしたので、私も何も言わないようにしていたのですが、回を重ねる度に安っぽさが増していって。特にどうにも救いがたかったのが『艶やかに光って』と『あなたとお散歩』でしたね」
「うーん。。。」
と言ったまま加藤さんは腕を組んで悩んでしまった。
7月14日。○○プロの臨時株主総会が行われ、役員人事が行われた。これまで取締役管理部長を務めていた丸花社長の妹さんが年齢(65歳)と健康上の理由で退任。これに代って前田課長を取締役制作部長に、中沢課長を取締役営業部長に就けた。そして浦中制作部長は代表権のある副社長に昇格した。
1998年に津田アキさん(私が通った民謡教室の先生)が○○プロの専務を退任して以来、15年間にわたって、浦中部長は代表権も無い平の取締役の肩書きのまま、実質○○プロを経営してきたのだが、丸花社長の妹さんの退任に伴い、とうとう代表権を持つことになった。
浦中さんがそれまで代表権のある地位に就くのを固辞していたのは、自分とあまり相性のよくないベテランのタレントさんたちの心情に配慮したものであったが、社内では丸花派と目されている中沢課長を同時に取締役に就任させることでバランスを取ることにしたのである。一方の前田課長の方は浦中さんの腹心であり、社内のパワーバランスを取った形になった。
若手・中堅のタレントさんにはむしろ浦中派や津田派が多いので、経営陣としてもなかなか頭を悩ませる所なのである。前田課長の後任にはその津田派の中家係長が昇格、中沢さんの後任にはメインバンク出身の柳沢さんという人が就任した。
なお、これらの他に、かねてから「○○プロの御意見番」を自称していた歌手の保坂早穂さんが役職無しの取締役として名を連ねた。○○プロが大きく成長できたのは、なんといっても保坂さんの成功によるものなので、これも自然な待遇として受け入れられた。
「いや、私にも○○プロの課長にならないか? なんて声が掛かったのよ」
と津田アキさんの娘さん、麗花さん(私が小学生の時に通った習字教室の先生)は言った。
「私にそんな大きな会社の役職なんて務まる訳ないのに」
「まあ、麗花はOLとかの経験も無いからな。性格的にも会社勤めはあまり合わない気がするよ」
とアキさんの方も言う。
麗花さんは学校を出た後、放送局の契約アナウンサーをする傍ら習字の先生をしていて、結婚後はお父さんのアキさんの民謡教室を時々手伝っている状態で、普通の会社に勤めた経験が無い。
「アキ先生にはお声は掛からなかったんですか?」
と私は訊いた。
「掛かった、掛かった。取締役副会長にならんかと」
「副会長って、会長がいないのでは?」
「そそ。まだ丸花さんは会長に退く訳にはいかないから」
「でも丸花社長、お若いです」
「うんうん。実質経営から離れていて責任がないから年を取らないんだよ、なんて言ってた。むしろ前管理部長は『社長のお姉様ですか』なんて訊かれて憤慨してたね。ウラちゃんも苦労してるから、私よりかなり年上に見えるし」
「お父ちゃん、女の人になったので寿命も延びたのかも」
「ああ。ホルモンの作用ってあるかも知れないね。でもそれ以上に会社務めのストレスもあると思う。女性の平均寿命が長いのは男性ほど会社務めのストレスにさらされてないからというのもあるんじゃないかなあ。私は配当だけ毎年たくさんもらってて、生活のこと考えなくて済むしね。うちの民謡教室はお気楽経営。月謝方式じゃなくてチケット式が選択できるから気が向いた時に2000円でワンレッスン受けていく生徒さんたちが多いせいか、生徒数はあまり減ってないけど、まあ売上はアレだね」
「生徒さんたちも半分はお友だち同士おしゃべりが目的って感じだけどね」
「お茶とお菓子は自由にどうぞってしてるから、半分カフェに来る感覚かも」
「全然練習せずにおしゃべりだけして帰っちゃう生徒さんもいる」
「いるいる。でもまあ、そういう場ということでいいんじゃないかな」
「民謡教室は今の時期、苦しい所多いみたいですね」
「民謡だけじゃなくてピアノ教室とかも生徒が減ってるよね。冬ちゃんの伯母さんたちの教室は大丈夫?」
「やはり減る傾向ではあるんですけどね。逆に閉鎖された教室の生徒さんを引き受けたりして、結果的に生徒数自体はそう変わってないみたいです」
「ああ。。。それは大先生たちならではだな。冬ちゃんは民謡教室開いたりしない?」
「さすがに時間的に無理です」
「名前だけ冬ちゃんの名前出して実際のお稽古は師範代の人に任せるとか」
「それは無責任です」
「でもその手の教室ってよくあるよね」
「あるある」
「でも、私、大学卒業したら、名前あげるからね、と言われてます。もらっても使わないのに」
「あはは、それは折角だから、もらっておくといいよ」
7月17日。槇原愛の<休業前ラストシングル>『お祓いロック』(c/w光の舞・遠すぎる一歩)が発売された。
事前の「槇原愛がクビになる?」騒動、そしてそれを受けての愛の強気の記者会見(愛フリークとアンチ愛を同数程度生み出した)が話題になっていたこともあり、いきなり初動が5万枚来た。(槇原愛の過去のシングルは最高で1.2万枚)レコード会社が今回は絶対来るとみて最初から10万枚プレスしておいたのが当たったのであるが、初動5万という数字を見てレコード会社は20万枚の追加プレスを決めた。
ローズ+リリーの『Flower Garden』は本当にひとつひとつの曲がしっかり作りこまれていて、各楽曲のクォリティが高いことから、FMでもたくさん掛けてもらい、CD/DLもどんどん売れた。発売翌週には100万枚/DLを突破。気の早い人には今年のRC大賞確実などと言っている人たちもいた。
一方、08年組のジョイントCD『歌姫』も物凄い勢いで売れ、あっという間にミリオン到達。先の『SEVEN』と合わせて、08年組の強さを印象付けた。
KARIONのアルバム「作り直し」作業は和泉が会見でも言ったように6月いっぱい掛けて編曲の見直し、一部曲目自体の入れ替えを行い、ひとつひとつの曲を洗練させて行った。実際問題として、アルバムに入れる予定だった12曲(泉月6曲・福孝6曲)の内、8曲を入れ替えた(外した曲は来年のアルバムあるいはどこかのシングルに入れる)。
福留さん・TAKAOさんも、ローズ+リリーのアルバムの仮音源を聴き、けっこう闘争本能を掻き立てられたようで、非常にクオリティの高い曲を作ってくれた。和泉は「マリちゃんには負けん」と言って無茶苦茶リキが入っていて、発想を得るために一週間の旅行に行って来て、たくさんの詩を書いてきた。その中から特に出来の良い詩を数点選び、親戚が住職をしているお寺の薬師堂に籠もって校正し言葉を洗練させた。そして私が書いた曲にも色々注文を付け、高い水準のものを求めた。
また最終的に、作曲はこの2つのペアだけでは間に合わないので応援をお願いすることにした。櫛紀香さんにも声を掛けて詩を提供してもらい、TAKAOさんが煮詰まって(誤用)いたので、SHINさんが曲を付けた。なお、SHINさんが作曲してもクレジットは「作曲:TAKAO」とする。この2人は実は作曲や編曲を共同で行っており、印税も山分けしている。
編曲も凝ったものになっていた。今回の編曲は全曲を私と和泉・TAKAOさんの3人で進めたが、演奏陣がトラベリングベルズのメンバーだけでは足りないので、応援をお願いした。『Flower Garden』にも参加してもらった、ヴァイオリンの松村さんにもお願いしたが、私はフルートを吹いてもらう人としてやはりこの人しかいないと考え、七星さんにお願いした。
最初七星さんに自分が関わっているユニットの音源制作に協力して欲しいと言ったら、てっきりマリ&ケイ・ファミリーの誰かと思ったようで、実はKARIONだというのを打ち明けると、仰天された。
「冬ちゃん、KARIONの何なの?」
「KARIONの4人目のメンバー《蘭子》で、KARIONのサブリーダー。トラベリングベルズの正キーボード奏者兼ヴァイオリニスト。そして水沢歌月です」
「えーーーー!?」
そもそも「サマーガールズ出版」という会社を作ってUTPとはローズ+リリーのライブ活動やメディア出演に関する委託契約のみ締結したのは、私自身がローズ+リリーとKARIONの両方に関わっていく上で、契約上の問題が生じないようにするためであったことまで話すと、更に驚かれた。
「関わっている人みんなの利害が一致したんです。畠山さんは水沢歌月が欲しい。津田さんはローズ+リリーが欲しい。私とマリは専属契約ではなく委託契約にすることでマイペースで活動できる。町添さんは水沢歌月もマリ&ケイもローズ+リリーも全部欲しい。そしてこういう枠組みを作ることで、ローズ+リリーは音楽制作活動の資金に余裕がでるし、出資した各社に色々便宜をはかってもらえる。そして各社は、ほぼノーリスクで利益を享受できる。サマーガールズ出版は無借金経営なので倒産の可能性は限りなくゼロに近いですし」
「確かにそれは全員の利害が一致したかも知れないけど、ひとつ大きな問題がある」
と七星さん。
「はい」
「冬ちゃんの負荷が無茶苦茶!」
「あはははは」
「つまり、冬ちゃんって、ローズ+リリー、ローズクォーツ、マリ&ケイ、鈴蘭杏梨、水沢歌月、KARION、トラベリングベルズをやりながら、大学生もしてるんだ?」
「えっと・・・そんなものかな? あ、もうひとつロリータ・スプラウトなんてのもありますけど。あと現在開店休業中だけど、民謡も」
「ロリータ・スプラウトはどう関わってるの?」
「ロリータ・スプラウトはローズ+リリーの変名です。私とマリの歌唱ユニットです」
「へ? だってロリータ・スプラウトって4人じゃないの?」
「和音を自動生成してひとりでデュエットになるソフトで二重化してます」
「えーー!?」
「正確にはデュエットをクヮルテットにするソフトなんですけどね。ローズ+リリーがまだ受験勉強中で表立って活動できなかった時、政子が歌いたい、CD出したいと言ったので、じゃバレないようにCD作っちゃおうかと言って始めたのがロリータ・スプラウトです。まあ、ローズ+リリー・タイニー・スプラウトを略してロリータ・スプラウトなんですけどね。一応政子のお父さんの承認は得てます。そしてサマーガールズ出版の目的のひとつはロリータ・スプラウトの制作費を出して印税を受け取ることだったんです」
「ってことはローズ+リリーって、全然休養してないじゃん!」
「実はそうですね」
「ね、冬ちゃんって、やはり5人くらい、いや10人くらいいるんでしょ?もしかしてマリちゃんも3人くらい居ない?」
「あはは、昔そういう説がありましたね」
と言って私は取り敢えず笑っておいた。
「彼氏とのデートの時間無いんじゃない?」
「そうですね。今年はまだ1回しかデートしてないかも」
「彼氏が可哀想!」
「あはははは」
「ところでケイが水沢歌月だってこと、マリちゃんは知ってるの?」
「言ってませんけど知ってると思いますよ」
と私は答えた。
「ふーん」
「政子が気付かない訳ありません」
「ふふふ。信頼してるんだね」
「ええ。私と政子は夫婦ですから」
七星さんは「ぶっ」と吹き出した。
「結婚したの?」
「結婚式挙げました。時々付けてるお揃いのブレスレットが実は結婚指輪代わりです」
「えーーー!? じゃ、各々の彼氏との関係は?」
「そちらともいづれ結婚します。そちらは法的に。そして指輪をもらいます」
「それって?」
「はい。重婚です」
「呆れた!」
「七星さんも近藤さんと結婚しちゃいましょうよ。面倒なら入籍無し、同居無しなんてのでもいいじゃないですか。指輪だけ買ってもらって」
「あ、それいいな」
そういう訳で『三角錐』制作の音源作りは「拡大版トラベリングベルズ」で進められていった。
《リズミカル・アレンジ》では基本的にはTAKAOさんのギター、HARUさんのベース、DAIさんのドラムス、私のキーボードに和泉のグロッケンでリズムセクションの音を録り、これに、私と松村さんのヴァイオリン二重奏、MINOさんのトランペット、SHINさんのアルトサックス、七星さんのフルートといった楽器を重ねる。曲によってはヴァイオリンを多重録音して四重奏にしたり、クラリネット(私)・テナーサックス・ウィンドシンセの類(SHIN・七星)、トロンボーン(MINO)やパーカッション類も加える。
これだけ楽器を使うと、従来のKARIONには無かった非常に重厚なサウンドになる。
これに、和泉・小風・美空・私の歌を入れて、更にコーラス隊のコーラスを加えるのだが、歌とコーラスは別録りになる。実際、小風・美空は「卒論書いてて」と言って、休ませている。
七星さんから言われた、
「こないだの『Flower Garden』ではちょこっとしか吹いてなかったから分からなかったけど、冬ちゃん、フルートはそれほどでもないけど、クラリネットは凄くうまいじゃん」
「ありがとうございます。クラリネットは中学の時からやってますから」
「やはり若い内に覚えた楽器は違うんだろうねぇ」
「冬をトラベリングベルズの正クラリネット奏者に任命しようか?」
と和泉が言うが
「勘弁して。ピアノとヴァイオリンで手一杯。多重録音の回数をあまり上げたくない」
と言って逃げておいた。
《アコスティック・アレンジ》では、HARUさんのウッドベースと、TAKAOさんのアコスティックギター、私のグランドピアノ、和泉のグロッケンという形でリズムセクションを録り、私と松村さんと七星さんのヴァイオリン三重奏、七星さんのフルートと私のクラリネットにSHINさんのサックスといった木管セクションを重ねている。曲によってはヴァイオリンを2回あるいは3回と重ねて、ストリング・オーケストラっぽくしたものもある。ドラムスのDAIさんとトランペットのMINOさんはお休みである。
「その日出番が無かった人にもちゃんと演奏料はお支払いしますのでご心配無く」
「いいんだっけ? ホントに何もしてないのに」
「音を出してなくても、トラベリングベルズの面々がそこにいる存在を感じて演奏してるんです」
「寝ててもいい?」
「どこかで映画でも見てきたり、彼女とデートしててもいいですよ」
「本当にデートしてこようかな・・・」
「どうぞ、どうぞ」
DAIさんは今年末に結婚予定である。
「鐘ちゃん(DAIさん)、あとでお土産の差し入れお願いね」
『君の背中』『最後の微笑み』、『アメノウズメ』『恋のスカイダイビング』
『金の矢』はリズミカル・アレンジを基本とし、『僕の愛の全て』『明かりを消して』と『天女の舞』『月虹』はアコスティック・アレンジを基本としている。
和泉が旅行で壱岐に行き、塞神社の少し衝撃的な情景を見て発想した曲『アメノウズメ』は、踊りの女神であるアメノウズメを象徴するようにキーボードで多数の楽器の音を出してひじょうに華やかな曲に仕上がっている。
『Flower Garden』ではこういう所で多数の演奏者に頼んで生楽器を使ったのだが、逆にこちらは和泉の友人2人に箏を弾いてもらった他は、電子の音で生楽器っぽく演奏する道を選んだ。実際の録音作業では2台のキーボードを使用し、私と和泉で分担して弾いて録音の手数を減らしている。私も和泉も例えば「オーボエの音でキーボードを弾く」のではなく「オーボエを吹くかのようにキーボードを演奏する」テクを持っている。
一方福留さんが3日間ボーっとしていた末に書いたという『僕の愛の全て』はアコスティックならではの、とても美しい愛の讃歌に仕上がった。この曲では和泉の友人が所属する大学の弦楽合奏団に特別参加してもらい、本格的なストリングサウンドをフィーチャーしている。
『Flower Garden』では私の個人的なコネをフル活用したが、『三角錐』では和泉の個人的なコネを結構活用した。
《ロックアレンジ》と称して、TAKAOさんのギター、HARUさんのベース、DAIさんのドラムス、の3つの楽器のみのシンプルなサウンドにした曲も2曲(『君が欲しい』『君をゾーンプレス』)ある。
また普通に通常のトラベリングベルズ(ギター・ベース・ドラムス・キーボード、グロッケン、ヴァイオリン、アルトサックス、トランペット)で録ったものも1曲『魔法のマーマレード』ある。
一方で、リズム楽器を入れずに、私の電子オルガン(フルー管系の音)と和泉のグロッケンのみという《チャーチ・アレンジ》の曲『愛のトッカータ』が1曲。
更に《無伴奏》という曲を1曲『歌う花たち』設定した。これをアルバムのラストに入れる。ただし本当に無伴奏では歌いにくいので、歌唱収録用の伴奏を私のピアノで録っておく。
冒頭曲については『アメノウズメ』か『僕の愛の全て』のどちらかという所まではすぐにしぼれたものの、どちらにするか、私たちはとても悩んだ。
私としては静から動に移るのが美しいと考え『僕の愛の全て』→『アメノウズメ』
という線を考えたのだが、和泉は先頭はやはり看板になる曲ということで、『アメノウズメ』が先頭で『僕の愛の全て』は真ん中付近に置くことを提案。
最終的には、TAKAOさんが、
「やはりKARIONの中核は森之和泉+水沢歌月なんだから、その曲を先頭に置くべき」
と意見を出して、『アメノウズメ』を先頭にすることが決定した。
「ところで『三角錐』ってタイトルが曲のラインナップと関わってない気がするんだけど」
と七星さんが訊く。
「『愛の三角錐-Love Tetrahedron-』という曲があったんですよ。でも楽曲のクォリティの問題で外した、というより押し出されました」
「ありゃ。じゃ来年のアルバムとかに回す?」
「うーん。本来のこのアルバムタイトル曲ですからね。扱いが難しいな」
「ベストアルバムでも作る時にボーナストラックに入れようか」
とTAKAOさん。
「ああ、そんな感じかな。悪くない曲なんだけどね〜」
KARIONの音源制作はここ数年、麻布先生の友人の音響技師・菊水さんのスタジオで行われている。麻布先生が音響を管理した『Flower Garden』の出来が凄すぎるので、こちらも全部やり直すという話に、菊水さんも燃えた。
「麻布に負けないようなの作っちゃろじゃない」
と言って、ひじょうにテンションが高く、普通なら簡単に済ませるような所も手間を掛け資材も多数投入して丁寧に音を拾ってくれた。『アメノウズメ』のようなダイナミックな曲は、録音の管理を敢えて耳の感度が良いまだ専門学校在学中の助手さんに任せた。
サウンドの仕上げに関しては、私と和泉、菊水さんの3人でかなり熱い議論をして方針を固めていった。長年共同作業をして信頼関係がしっかりしている仲なので出来る議論だという気がした。
なお、このアルバム制作の費用に関しては、当初2000万円程度を予定していたのが「作り直し」方針でどう考えても直接経費だけでも4000万円は掛かることになった。最初の2000万円の内既に1000万円くらいは使った上での方針転換だったので、新たな資金が最低でも3000万、できたら4000万ほどの準備が欲しい。その後宣伝費も結構掛かる。しかし畠山社長はなんとか資金の工面は頑張るからと言って、私たちの自由にさせてくれた。
「取り敢えず2000万は確保した。宣伝費に必要なお金も含めて後3000万ほどは銀行が貸してくれそうなんだ。来週また銀行の支店長と会ってくる」
と畠山さんは言った。
「よかったですね」
「まあ、売れなかったらどうしようというのはあるけど、今回は君たちに社運を賭けることにするから」
「万一売れなかったら、私のヌード写真集出していいですよ」と和泉。
「うーん。。。それは個人的には欲しいが、あまり売りたくない」
「社長〜、それセクハラっぽい発言」
と小風。
「でも水沢歌月のヌード写真集なんてのもいいかもね」と和泉。
「おお、それは衝撃的」
「うーん。もし売れなかったら、それ出してもいいよ」と私も言う。
「おぉ!本人の承諾も得られた!」
「水沢歌月は、実は高校時代に撮ったヌード写真も存在するんだよね〜。私も撮っておけば良かったなあ」と和泉は言う。
「凄い。ってか、高校時代って、まだアレだよね?」と美空。
「それがさあ、見せてもらったけど、あそこまで写っている写真を見ても普通に女の子のヌードにしか見えない」
と和泉。
(むろん和泉に見せたのは自分のヌード写真だけである。政子や雨宮先生のヌードは他人には絶対に見せない)
「冬って、当時既にもう女の子の身体になってたんだっけ?」
「その説が濃厚という気もする。身体の線も完璧に女の子だしさ。きっと冬は本当は小学生の内に去勢して、中学生の内に性転換してるんだよ」
「まさか」
「でも、もし本当にお金足りなくなったら、蘭子ちゃん、個人的に貸してよ」
と畠山さんは言う。
「ええ。いいですよ。特別割増金利で」と私。
「なんだか怖いなあ」
7月19日。私は政子、UTPの悠子と花枝、★★レコードの氷川さん・加藤課長、そしてスターキッズ及びローズクォーツのメンバーなどと一緒に羽田から台北(Taipei)の松山(Songshan)空港行きの便に乗り、台湾に入った。
ローズ+リリーの初海外ライブである。ライブは20日の午後からなので、20日に入ってもいいのかも知れないが、国境を越える時に不測の事態が起きた場合のことを考え、前日に入っておくのである。政子は台北に着くなり
「中華料理がお腹いっぱい食べたい!」
と言い、私と悠子・氷川さん・七星さんの5人で台北市内の台湾料理店へと繰り出した。事前のリサーチで、味も良く値段も手頃(政子が少々食べても青くならなくて済む)の店を確認していたので、そこに入り、コース料理を頼んだ上で、更に追加でいろいろ注文した。
政子はお店の人と中国語(台湾は北京語圏)で会話して料理の材料や味付けなども尋ねて、真好(チェンハオ)!を連発して、本当に嬉しそうだった。
政子は色々な外国語ができるものの発音は無茶苦茶なのだが、その無茶苦茶な発音の中国語が一応、相手には通じていたようであった。でもどこか田舎から出てきたお姉ちゃんたちと思われていたかも知れない!
翌20日。台湾時刻で午後1時。
4000人の観客で満員の台北展演二館(zhan yan er guan, World Trade Center Show Hall 2)の幕が開き、大きな拍手と歓声があった。
酒向さんのドラムス、近藤さんとタカのギター、マキのベース、そして松村さん・鷹野さん・七星さん・香月さんのヴァイオリン、宮本さんのチェロ、そしてヤスのピアノ、サトのキーボード(チェンバロ音)、月丘さんのマリンバ、という伴奏で私とマリは台湾の歌謡曲『雨夜花(ウーヤーホエ)』
(周添旺作詞・登雨賢作曲**)を中国語で熱唱する。台湾出身の歌手テレサテンが日本語歌詞でも歌っている曲である。(私は中国語があまり得意ではないのでカタカナで歌詞を書いてもらっておいた)
(**本当は登の右にオオザトがある文字)
歌い終わって「ニイハオ!ウォーメンシー・ローズ・プラス・リリー」
と一緒に挨拶すると大きな拍手と歓声がある。
「ケイ!」「マリ!」という大きな掛け声が飛んでくる。国境を感じさせない熱狂がそこにはある。
普段のライブでは私がだいたいMCをするのだが、今日は中国語のできるマリに頼んだ。マリがその件も含めて挨拶してくれている雰囲気。マリの言葉に何か爆笑が起きる。どうも私がネタにされてる気がしたが、幸か不幸か私は話の内容が見えないので、よく分からないままそばで微笑んでマリの言葉を聞いていた。
マリはお昼にも市内で飲茶をお腹いっぱい食べてご機嫌なのもあったのか、けっこう長時間しゃべっていたが、やがて
「ナーメ、ウォーメン・シャン(さて歌いましょう)」
と言い、私の方をチラっと見てからマイクに向かい「パイシーチャン、onehundred hours」と言うと、拍手が来る。
後ろの方ではローズクォーツのメンバーが下がってスターキッズ(+α)のアコスティック・バージョンがスタンバイしている。このバージョンでは例によってPAを通さず生の音でやる。マイクも使わないので私たちはマイクを脇の椅子に置いた。
ヴァイオリン松村・鷹野、ヴィオラ香月、チェロ宮本、アコスティックギター近藤、グランドピアノ月丘、ドラムス酒向、そしてフルート七星。
七星さんは会場が広いので木製のフラウト・トラヴェルソではなく純金製の現代フルートを持って来ている。純金のフルートは吹くのにパワーが必要だが、その分よく音も響く。
ストリングスの美しいサウンドとそれに彩りを添えるフルートの音色をバックに私たちは『100時間』を歌い始めた。ここから先は日本語歌詞である。実は中国語に歌詞を全部翻訳して歌うことも考えたのだが、ファンはむしろ日本語のオリジナル歌詞で聞きたいかもということで、日本語のままにした。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズが来日して日本語で歌ってくれたら、それはそれで嬉しいが、ファンとしてはやはり英語のオリジナル歌詞で聞きたい気がするよ、という氷川さんの忠告に素直に従った。
なお七星さんが吹いているフルートは実はサマーガールズ出版で所有して七星さんに無償貸与している楽器である。こういう高価な楽器は出入国も結構大変なのだが、その付近の手続きは今回持って来た7台のヴァイオリン、私の純銀製フルート、七星さん自身が所有している純銀製・金メッキのサックスなどと一緒に全部氷川さんがしてくれている。
そのままスターキッズの伴奏で途中多少の楽器の持ち替えなどもしながら、アコスティックアレンジが似合う曲を演奏していく。
『あなたがいない部屋』『桜のときめき』『君待つ朝』『雪の恋人たち』
『天使に逢えたら』『遙かな夢』『私にもいつか』『夏の日の想い出』
『A Young Maiden』
ここまで歌った所でマリはマイクを持ち中国語で「本日のゲストを紹介します」
と言った(のだと思う)。「保坂早穂!」と言ってマリが紹介し、豪華な振袖を着た保坂早穂本人がステージ脇から出てくると、会場内は「えーーー!?」
という感じの驚きの声が広がった。
保坂早穂は自分のマイクで「ニイメンハオ! ウォーシー・パオパンザオスイ」
と自分の名前を中国語読みで発音して名乗りを上げた。美しい発音だ。政子もへー!という感じで見ている。そのまま保坂さんは美しい中国語で何やら言っているが、政子は分かっているようだが、私はさっぱり分からない!
でもその内、保坂さんが歌うことになったようで、近藤さんの方を見る。前奏が始まる。スターキッズは通常の電気楽器を持っているし再びここからはPAを使用する。
保坂さんのヒット曲『ブルーラグーン』を歌い出す。私とマリは後ろの方に設置したマイクでコーラスを入れる。
この曲を歌って拍手が来た所で、私とマリ、更に松村さんも下がり、そのまま保坂さんがスターキッズの伴奏で更に2曲歌った。
保坂さんが台湾公演のゲストに来ることになったのは、実はほんの6日前の○○プロ臨時株主総会の席上で、私と政子が偶然保坂さんと顔を合わせて会話したことからであった。
私と政子は実は○○プロの少額株主で(数年前、丸花社長が「あ、これあげる」
と言って、株券を私たちにくれたことで、私たちは株主になった)、株主総会にも顔を出したのだが、その時懇親会の席上で、向こうから声を掛けてきたのである。
「やっほー、マリちゃん、ケイちゃん、おっはよー」
と保坂さんは明るい。
「おはようございます。取締役就任おめでとうございます」
「いやね〜、私いつも『○○プロの御意見番』なんて勝手に言ってたら、浦中君が『だったら取締役してください』と言ってね」
と明るい口調で言う。この人は結構明暗の落差が激しく、どちらかというと少し離れて鑑賞しておきたいタイプなのだが、ハイテンションになっている時はとても調子がいい。私は適当に合わせていたが、政子はそのあたりの機微には無頓着のようでけっこう危険な単語の並んだ会話をしていて、私は地雷を踏んだりしませんようにとヒヤヒヤしながら聞いていた。
「そうそう。来週、あんたたち台湾公演だって?」と早穂。
「わあ、よくご存じで」と私。
「中華料理たくさん食べるの楽しみです」と政子。
「あら、中華料理いいわね! 私も食べたいなあ。一緒に行きたいくらい」
「あ、だったら行きましょうよ」と政子は言っちゃった。
「あら、いいの? じゃおごってくれたらあんたたちのライブのゲストで歌ってあげるわよ」
ということで、保坂早穂のゲスト出演が決まってしまったのであった。
保坂早穂は別のレコード会社に所属しているが、その件は町添さんが先方の幹部と電話して、ギャラは友情出演ということで無し、交通費・宿泊費・食費はこちら持ちということで話を付けてくれた。保坂早穂が自分で出ると言ったのでは、向こうの幹部さんもそれを認めざるを得ない。保坂の影響力は凄まじいのである。
元々この台湾ライブでは幕間ゲストは作らずに、スターキッズのインストゥルメンタル曲でつなぐつもりでいたのだが、急遽保坂の曲を3曲演奏して、その内の最初の1曲はローズ+リリーがバックコーラスで入るという演出を決めた。
私たちは昨日台湾入りしていたのだが、保坂さんは今朝台湾桃園(Taoyuan)空港に着いたのを、★★レコードの台湾支店長と、加藤さん・花枝とでお迎えに行っている。
保坂さんは日本でも結構若い人から、かなりの年配の人まで幅広い層に絶大な人気を持っているが、台湾でもファンが多いようで、観客は興奮していた。
政子なども「すごーい。うまーい」などといいながら、舞台袖で聴いていた。
デビューしてから18年。35歳になっても、歌唱力は充分20代前半の歌手並みのものを保っているし、毎年最低1枚はアルバムを出してそれなりのセールスを上げているのがまた凄い。この人はまさにスーパースターであろう。
私も基本的にむやみにビブラートを掛けない主義だが、保坂さんもほとんどビブラートを掛けない。その分とても精密な音程が要求される。喉をかなり鍛えていないとできない技だ。おそらくデビュー以来毎日最低4〜5時間の練習を欠かさずしているのであろう。
保坂さんが歌っている間に私たちは汗を掻いた服を脱ぎ後半の衣装に着替える。喉を潤す。政子はおやつを食べている。そして保坂さんが3曲目を途中まで歌った所で私と政子はヴァイオリンを持って出ていく。ふたりでヴァイオリンを弾き、歌に彩りを添える。
保坂さんが歌い終わる。ヴァイオリンを顎から離した政子は「保坂早穂さんでした。今一度盛大な拍手を」と(多分)言って、再度客席から大きな拍手が来る。保坂さんは私たちと握手して、袖に下がった。
政子が少しMCをする。その間にスターキッズが退場(私たちのヴァイオリンは悠子と花枝が回収してくれる)して、代わりにローズクォーツが後ろの方に入ってくる。政子が曲名を告げる。
「チョウ・ニー Spell on You」
そう言って政子は私をまっすぐ指さした。
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【夏の日の想い出・花の咲く時】(1)