【夏の日の想い出・花の咲く時】(下)

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タカの華やかなエレキギターの音が鳴り響き、サトの小気味の良いドラムスワークが始まり、ヤスのキーボードは少しアラビア風の和音なども奏でる。そして私たちは『Spell on You』を歌い出す。
 
物凄く上手い保坂さんの歌の後は、私たちは若さで対抗するしかない。だからここはリズミックで元気な曲なのである。
 
そのまま私たちは『ファレノプシス・ドリーム』『夜宴』『間欠泉』『影たちの夜』
『キュピパラ・ペポリカ』『疾走』『夜間飛行』『恋座流星群』『ヘイ・ガールズ!』
と歌っていく。『間欠泉』だけは香月さんがトランペットを吹いてくれた。
 
そして政子は「それでは最後の曲です。『ピンザンティン』」と言った(のだと思う)。
 
スターキッズのメンバーが、お玉を持って走り込んで来て、私と政子にもお玉を渡した。そしてお玉を振りながら
 
「サラダを食べよう、ピンザンティン。美味しいサラダを」
「ウォメンチー・シャラーチー、ピンザンティン。メイウェイ・シャラーチー」
 
と日本語と中国語でサビを歌いながら私たちはこの歌を歌った。何と客席でも結構お玉やを振っている人たちがいて、私たちも「おぉ!」と思いながら歌う。
 
客席からも声が聞こえてくるので、私たちはサビの所で客席にマイクを向けながら、熱唱する。
 
そして熱狂の中、歌は終わり幕は降りた。
 

さて・・・・日本ではここでアンコールされるのは「お約束」だが、台湾ではそうはいかない。アンコールはあくまで、純粋に観客がライブに満足して、本当にあと1〜2曲聴きたいと思った時だけ要求してくれる特別なものである。
 
私たちは静かに観客の反応を待った。拍手は鳴り止まない。台湾側の公演責任者の人が私たちの方を見て頷く。私たちはステージ中央に出て行く。幕が上がる。
 
一際大きな歓声と拍手がある。
 
政子が中国語でアンコールの御礼を言う。更に少しトークをする。そして曲を紹介する。
 
「ニー・フアユアン、You in the flower garden」
 
後ろにはまたローズクォーツとスターキッズ+αのメンバーが入っている。
 
松村さん・鷹野さん・七星さん・香月さん・宮本さんの5人がヴァイオリンを持っている。近藤さん・タカがアコスティックギター。月丘さんがグランドピアノを弾き、サトとヤスが2台のキーボードで多数の管楽器の音を入れる。これに酒向さんのドラムスとマキのべースが入る。
 
『花園の君』を演奏する。
 
この曲は何と言ってもストリングスの響きが重要である。音源では6人で演奏しているのだが、このステージではパート1〜5の5パートのみにした。但しパート1と2は少し易しい旧譜面を使用している。新譜面のパート1はアスカ以外には弾けず、パート2も私か松村さんクラスでないと弾けない。
 
先日発売した『Flower Garden』のタイトル曲である。この曲は私たちが復活した時に演奏すると約束した曲であったがゆえに、このアルバムのタイトルは『Flower Garden』になったのだ。
 
間奏部分では私がフルートを、政子がヴァイオリンを持って、華やかなメロディを演奏する。それに松村さん・鷹野さんたちのヴァイオリン五重奏が音の深みを加える。
 
そして私たちは楽器を離してまた歌い出す。2番(Aメロ・Bメロ)を歌い、サビを歌い、Cメロ、Aメロそして再びサビ。サビリピートで終了。
 
私たちは深くお辞儀をする。拍手は鳴り止まない。政子がスターキッズとローズクォーツひとりひとりの名前を紹介する。そして私たちふたりを残して他のメンバーは退場する。私たちは再度お辞儀をする。しかしまだ拍手は鳴り止まない。私たちは見つめ合って頷く。
 
私がグランドピアノの所に座る。やっと拍手が鳴りやむ。政子はいつものように私の左側に立つ。
 
『あの夏の日』を演奏する。ブラームスのワルツ(Op39-15)のモチーフ《ミードドミ・ミードドミ、ファソファミレミ》から美しい分散和音の展開となる前奏に引き続き、私とマリの3度唱でこの歌を歌う。歌いながらこの曲を書いた高校1年のキャンプのことを思い出す。まだ猫をかぶって男の子の振りをしていた自分。そんな自分の本性を見抜くように女の子の服を着せた政子。ちょっとだけ良心が痛む甘い想い出だ。
 
私は演奏しながら政子の顔を微笑んで見つめる。政子も微笑み返す(道徳規準が違うからステージ上のキスやハグ厳禁と氷川さんから言われているので、政子も控えている)。間奏部分では政子は再びヴァイオリンを持ち、私のピアノの音の配列の上を飛び回るかのように音色を添えた。
 
2番、3番と歌い、最後、ふたりが歌う長い音符の間にピアノはコーダを弾く。そして終止。
 
私たちは余韻が消えるのを待ってから立ち上がり、ステージ前面に出てお辞儀をした。大きな拍手と歓声。それを私たちは両手を斜め上に掲げて受けとめた。そして再度お辞儀をする。
 
そして幕が降りた。
 

コンサートが終わった後、政子は保坂早穂さんと楽しそうに会話している。どうも保坂さんに政子は気に入られた感じだ。私は保坂さんに挨拶して握手をしてから政子とハグしキスする。それから現地の公演責任者さんと握手をして(日本語で)少し言葉を交わす。
 
スターキッズとローズクォーツのメンバーとも握手をする。氷川さん、加藤課長、悠子、花枝とも握手し、七星さんとはハグし合った。
 
着替えてから、みんなで打ち上げに行く。この打ち上げはちょっと頭が痛かった。保坂さんと一緒なので、高級店に行かねばならない。でも政子は値段とは無関係にたくさん食べるだろう。この日私は60万円くらいで済むかな・・・まさか100万円食べちゃわないよな、などと少し憂鬱な思いを胸にレストランへ向かった。
 
(参加人数は現地スタッフを入れて22人なので1人2万円食べると44万円。でも多分これでは済まない。なお支払いはカードである)
 
保坂さんと年齢の近い花枝が保坂さんの向こう側に座り、こちらに政子、そしてその隣が私である。現地スタッフさんは主として加藤さんと近藤さんが日本語で相手している。時々会話を聞いていたがどうも近藤さんは向こうのスタッフからこちらの事務所の社長か何かのように思われている気配もあった。
 

「でもあんたたちの歌、生で聴いたのは初めてだけど、うまいね」
と保坂さんは言った。
「はい。私たちは上手いです。たぶん保坂さんの次に上手いのが私たちです」
と政子。
 
「ふふふ。本当は私より上手いと思ってるでしょ?」
「そんなことはありません。私が2000年頑張っても追いつけないです」
と政子。本音すぎるトークの多い政子だが、お世辞くらいは言えるようである。
 
「うーん。2000年生きてる自信無いから、その競争は難しいな。でもこういう感じでちゃんと自己主張する子、私大好き」
と保坂さん。
 
「丸花さんがよく言ってますね。自己主張する子だけがスターになれるんだって」
と私。
 
「そうそう。私もそう思う。私も16歳でデビューした当初から、私が一番です、って主張してたよ。だから先輩たちから随分意地悪されたけどね」
と保坂さん。
 
「楽屋でどんなに意地悪されたって気にしなければいいんです。ステージで全ての答えは出ます」
 
「そうそう。私もそう思ってたから、何されても平気だったね。まあバッグの中身をゴミ箱に放り込まれるわ、口紅を折られるわ、靴をずぶ濡れにされるわ、着替えの下着を引き裂かれるわ、色々されたけど、怒ったら負けだと思ったから、何されてもニコニコしてたね。その内、向こうがこないだは御免ね、とか言うようになったよ」
 
「そうやって謝って来た人たちは自分の味方になりますよね」
「うん。そうやって味方を増やして行った」
 
と言う保坂さんは少し寂しそうな顔をしていた。恐らく本当はこの人は心を許せる「本物の味方」がいないのだろう。
 

「だけど、私がコンサートのゲストで出たのはかなり久しぶりだよ」
「保坂さん、とっても歌がうまいから、歌唱力の低い歌手の幕間に出て行くと主役の歌手を食っちゃうと思います。だから保坂さんをゲストにできるのは保坂さんに近い力を持つ歌手だけですね」
と私は言った。
 
「うん、それはあるね」
「毎日7〜8時間は練習なさってるでしょ?」
「ああ、そのくらいだと思う。用事とかの無い日はね」
 
「それをしてる歌手だけが、保坂さんに近い力を持てるでしょうね」
「あんたたちもかなりやってるでしょ?」
「たぶん4〜5時間かな。大学の講義で半日潰れるから」
「いや、そのくらいやってれば充分偉い」
 
私は言う。
「ピアニストやヴァイオリニストは自分の技術力を維持するために毎日10時間、15時間と練習します。3日練習しなかったら取り戻すのに1ヶ月掛かると言います。私の従姉に国内でもトップクラスのヴァイオリニストがいますが、彼女も外出しない日は毎日14〜15時間練習してます。私もそのくらい練習して当然と思うのですが、ポピュラー歌手の中にはほとんど練習しない人もいるみたいですね」
 
「なってないよね。特にプロは素人の倍練習すべだよ」
と保坂さん。
 
「私、デビュー前夜の頃に雨宮先生からプロは素人の3倍練習しろと言われました。その頃、私スタジオミュージシャンしてたから、デビューはしてなくても既にプロだと雨宮先生から言われたんですよね」
と私。
 
「そうか、3倍か。私ももう少し練習時間増やすかな」
と保坂さんはマジな顔で言っていた。
 
「だけど、雨宮って雨宮三森?」
「はい。実はローズ+リリーの影の仕掛け人は雨宮先生なんです」
「へー!」
と驚くような声をあげてから
「あんたたち、あの人に何か変な事されなかった?」
と訊く。
 
「あ、大丈夫です」
「あの人、可愛い女の子見たらすぐ裸にひん剥いて、Hなことしようとするからさ」
「裸にはなったけど、変な事はされたことないなあ」
と政子。
 
「裸にされた時点で超危険だよ!」
 
「でも雨宮先生、まだおちんちんあるんだっけ?」
と政子は私に訊く。
「さあ、見たことないから分からないけど、たぶんまだあると思うよ」
と私。
 
「そりゃ、あの人のおちんちんを目撃するということは、次の瞬間やられちゃうということだよ」
と保坂さん。
 
「なんか、軍事大国の超機密兵器みたいだ」
「見た者はやられてしまうから目撃者が存在しないという奴ね」
「そそ」
 

その後私たちの話は国内の音楽シーンの話題になっていく。色々な歌手の話題、また作曲家の話題などが出るが、私は誰かの批判になったりしないように言葉を選んで論評し、政子が変なことを言おうとしたら口を押さえてでも停めた。保坂さんのようなタイプの人の前でうかつに批判はできない。「ケイちゃんがあんたの悪口言ってたよ」などと言いかねない人だ。
 
そんな感じの会話をしばらくしていたが、保坂さんは微笑んで
「ケイちゃんってこの世界で長生きできる性格みたい」
と言った。
「ありがとうございます。あと40年くらいは、しぶとく生き残っていくつもりです」
と笑顔で答える。
 
「ああ、生き残ってそう。もしその頃、私が落ちぶれてたら、御飯おごって」
と保坂さん。
「あ、御飯だったら、いつでもうちに食べに来てください。私子供8人くらい作るつもりだから、きっと私とケイの家って食堂並みだと思うので、遠慮しなくていいですよ」
と政子。
 
「あんた8人も産む気?」
「そのくらい子供いたら賑やかだなあと。種は適当に調達して。でも半分はケイに産んでもらうかも」
「産めないよー」
 
「ケイちゃん、もう下は全部手術してしまってるんだよね?」
「はい。だから生殖能力は無いです」
「ふーん。でもケイちゃんとマリちゃんで一緒に子供育てるんだ?」
「はい、そのつもりです」
と私と政子は同時に言った。
 
保坂さんは優しく微笑んだ。
 
「あんたたちが子供育てたら、その中から次世代のスーパースターが生まれるかもね」
 
「本人が音楽をやりたがったらさせていいと思いますけどね」
「ふふふ。でも3歳になったらピアノ習わせるといいよ。男の子でも女の子でも」
 
「それはそのつもりです。特に私、男だからといってピアノやエレクトーン習いたかったのに習いに行かせてもらえなかったから。私とマリの子供たちには性別関係無くちゃんと習わせようと思います。本人が嫌がったら辞めさせればいいし」
 
「そそ」
 
「でもケイは音楽教室には行かせてもらえなかったけど、密かに教えてくれる先生を見つけて、怪しいレッスンを受けていたみたいで」
 
「怪しくないって」
「だって、そのレッスンのこと、全然詳しく教えてくれないんだもん」
 
保坂さんが笑っていた。
 

「08年組とかいってコラボしてたけど、ローズ+リリー、XANFUS、KARION、3組とも凄く歌唱力があるよね」
 
「お互い気を抜けないライバルだと思ってます」
 
「歌唱力がある上に楽曲も凄くいい作品を歌ってる。浜名麻梨奈さんは凄く格好いいダンスナンバー書くし、ケイちゃんは構成のしっかりした作品を書くし、水沢歌月さんはとにかく美しい作品を書く」
 
「浜名麻梨奈さんも水沢歌月さんもプロフィールが公開されてないですけどたぶんケイちゃんと同世代ですよね。だから若手女性作曲家の三巨頭」
と向こうから花枝が言う。
 
「ああ。3人とも同世代ですよ」
と政子が言った。
 
「あんたたち会ったことあるの?」
と保坂さん。
 
「浜名麻梨奈さんには一度XANFUSの事務所で会ったよね」
と私は言う。
「凄いエネルギッシュな人だったね。なんか憧れちゃった」
と政子。
「性別非公開となってるけど、女性だよね?」
「うーん。。。女性に見えたけど、本当に女性か、それとも女性に見える男性なのかは、私には何とも」
と政子。
「いや、女性ですよ。少なくとも女子高に入学できる人」
と私は笑って補足する。
 
「でもケイだって女子高を受験して合格したと聞いた」と政子。
「あれは何かの手違いか間違いだよ」と私。
 
「何か凄い話を聞いた気が。水沢歌月さんは?」
と保坂さんは訊く。
 
「あ、あの人とはよく会ってます。ちょっと可愛い人です」
と政子は言った。ほほぉ。
 
「へー!そんなに会ってるんだ!」
「ケイの最大のライバルですね。向こうもかなり意識してる雰囲気」
と政子。
 
「まあ、私たち、KARIONとは縁が深いしね」
と私も言う。
 
「うん。XANFUSとは仲良し。KARIONとは縁が深い。私もいづみちゃんと詩人として良きライバルだし、ケイはいづみちゃんと歌のライバルっぽい話をよくしている」
と政子は笑顔で言う。
 
七星さんが微笑んでそんな私たちを見つめているような気がした。
 

「今気付いたけど、マリちゃん、よく食べるね」
とかなり時間が経ってから保坂さんは言った。
 
「はい!私、ケイに歌では勝てないけど、食なら圧勝です」
と政子。
 
「ケイちゃん、特に食が細いもんね」
と私の隣に座る七星さんが言う。
 
「今日、これ割り勘だったっけ?」
と保坂さんが心配そうに言うが
 
「私が全部払いますから大丈夫ですよ。保坂さんも好きなの取って食べてくださいね」
と私は笑顔で言った。
 
その日の会計は結局5200米ドルで済んで(済んだというべきなのか・・・・・)私はホッとした。
 
(人数は私・政子・保坂・松村、花枝・悠子・氷川・加藤、台湾側のスタッフ3人、RQ4人、SK7人で合計22人)
 

台湾公演の翌週から国内5ヶ所のホールツアーを行う。
 
ローズ+リリーのツアーは実に2008年11月以来、4年8ヶ月ぶりである。チケットはどの会場も瞬殺で売り切れていた。私たちはファンクラブも組織していないし、全部一斉売りでも良かったのだが、販売サイトの処理能力の問題で通常の前売りの前に「先行予約」を設定して、半分ずつ売ることにし、また各公演の発売日をずらした。結果的に購入希望者は10回の購入チャンスが与えられる形になり、そのため結果的には北海道の人が沖縄のチケットをゲットしたり、愛媛の人が富山公演をゲットしたりなどというケースも多々あったようであった。
 
チケットはダフ屋排除のため記名式で、携帯電話または写真付身分証明書での本人確認が入場の際に必要だが、公式のチケット交換サイトで、北海道の人で沖縄公演が取れてしまった人と沖縄の人で北海道公演が取れてしまった人同士で交換、などというのも結構成立していたようであった。(公式交換サイトで交換すれば、新たな記名チケットが発行される)
 
幕間のゲストは公演によって異なり、愛媛では小野寺イルザ、札幌では山村星歌、静岡では富士宮ノエル、富山では鈴鹿美里、沖縄では坂井真紅と、マリ&ケイ・カズンズのアイドル歌手たちが出演してくれた。
 

オープニングアクトもそれぞれの公演で工夫した。
 
愛媛では「坊ちゃん」の寸劇を演じた。私が山嵐、マリが坊ちゃん、そして鷹野さんがマドンナという配役で、女装させられた鷹野さんは「私、道を間違ったらどうしよう」などと言って観客の笑いを呼んでいた。
 
札幌では「大漁」の文字入りの法被を、スターキッズのメンバーと合わせて全員で着て「ソーラン節」を踊った。マリが前面に立ち、スターキッズのメンバーがその後ろに並ぶ。そして私が唄う。すると会場からも一体になって唄声が響き(踊ってる人たちもいた)、いきなり超盛り上がりムードになった。私がローズ+リリーの公式ライブやキャンペーンで民謡を唄ったのは実は初めてであった(ローズクォーツではたくさん唄っている)。
 
「ケイって実は民謡の名取りさんなんですよね〜」
とマリは言ったが
 
「いや、まだもらってません。大学を卒業したら若山冬鶴という名前をあげると言われてます」
 
と私は答える。私が民謡のプロであることは知らない人が多いので「へー」という反応が返ってくる。するとマリは
 
「じゃ、卒論頑張らなきゃね〜。ここしばらく全然進んでないでしょ?」
と言われる。
「9月になったら頑張るよ」
と私は答えておいた。
 

札幌公演の後ツイッター上で私の民謡スキルのことで話題が広がった(私が結構民謡の大会などの伴奏で出ていたことはネット上では知っている人も多かった)のを受けて、静岡では、悪乗りして、私と政子のふたりで茶摘み娘の服を着てオープニングアクトに臨んだ。衣装が衣装だし、私が三味線を持っているので、てっきり「ちゃっきり節」を唄うのかと思われたようであるが、私は三味線で米米CLUBの『FUNK FUJIYAMA』を弾き出し、ふたりで歌った(マリが石井さんのパート・私が小野田さんのパート)ので、これはまた別の意味で最初から会場が盛り上がった。
 
「この衣装渡されたから、私ちゃっきり節でも歌うのかと思った」
とマリ。
「あ、私、小学生の時、初めて出た民謡大会で、ちゃっきり節唄ったんだよ」
「へー。じゃちょっと歌ってみせてよ」
 
と言うので、一節だけ三味線を弾きながら唄う。
 
「うたは、ちゃっきりぶ〜し〜、男は〜次郎〜長〜〜〜
花はた〜ち〜ば〜〜〜な、夏はた〜ち〜ば〜〜〜な、茶のか〜〜お〜〜り〜〜
きゃあるが啼くんて、雨づ〜〜ら〜〜よ〜〜〜〜」
 
拍手が来る。
 
「この歌、なんか難しい」
とマリは言う。
 
「そそ。この曲、この短い間に2度も転調が入るから、凄く音程を取りにくい。特に無伴奏で唄うと間違いやすい」
 
「ふーん。じゃ、無伴奏で唄ってよ」
「はいはい」
 
私は笑って今度は無伴奏で唄ってみせた。大きな拍手が来た。ということで結果的には『ちゃっきり節』を唄うことになった。
 

富山では私は『越中おわら節』の胡弓を弾いた。マリはそれに合わせて踊る。この踊りは埼玉の従姉、友見に指導してもらって半日ほどの特訓をしたものであるが、観光客の踊りよりは少しはマシなものになったのではないかと思う。
 
私たちはこの富山公演のために作った『Mari&Kei』と染め抜いた青い浴衣(本物のおわらの浴衣と同様に絹製)を着たのだが、公演後「あの浴衣が欲しい」
という問い合わせが殺到し、富山市内の呉服店と共同企画して、絹製で結構値の張るタイプ10着と、綿製で比較的安価なもの100着を数量限定で販売したところ、発売が9月になってしまったのに、あっという間に用意した数が売り切れてしまい、更に欲しいという声があったので、来年の夏前に再度販売することにした。
 
おわらの「平踊り」を2回リピートした後で、私の胡弓は『聖少女』の前奏を弾き始める。客席から拍手が来る。マリがメインメロディーを歌い始める。私は無理すれば弾き語りできないこともないが、腹筋がちょっと辛いので胡弓に専念した。そして間奏部分になった時、私たちと同様『Mari&Kei』の浴衣を着て、ピンクゴールドのアルトサックスを持った少女が出てきて、メロディーのバリエーションを吹く。
 
サックスを吹く女性が出てきたので、後ろの席に座っていた人の中には七星さんかと思った人も結構あったようである。
 
間奏が終わってまたマリが歌い始める。サックスは胡弓の音色にサウンドの厚みを付けるかのように吹いた。
 
やがて終曲。大きな拍手が来るが私がマイクを持ち
 
「『聖少女』の共同作曲家、Leafさんでした」
と紹介すると
 
「えー!?」とか「わあ」という声とともに新たな拍手がある。サックス少女はその拍手に応えるようにお辞儀して手を振り下がった。
 
それから私たちは
「こんにちは!ローズ+リリーです!」
と叫んだ。
 

富山公演でのゲストは鈴鹿美里だったのだが、鈴鹿本人もその先生と一度会ってみたいと言ったので、当日の午前中、例の病院に連れて行った。美里も付き添いで付いて行ったが、松井先生は鈴鹿のことがとても気に入ったようであった。
 
鈴鹿は都内の病院で一応GIDの診断書を小学生の時点でもらっていたのだが、松井医師もセカンド・オピニオンということでGID診断書を出したので、一応この2枚の診断書があれば、20歳になれば性転換手術を受けることができる。(それぞれの特殊な事情により、もっと低い年齢で受けられる場合もある)
 
その件を言われたのが嬉しかったのか、また色々話を聞いてもらえて気持ちがスッキリしたのか、お母さんとふたりで診察室を出てきた鈴鹿は笑顔だった。松井医師も診察室から出てくる。
 
「ね、ね、ここだけの話、本当は特例でも16歳以上でないと手術できないんだけどさ、内緒で今から手術しちゃおうか。性転換したことを18歳くらいまでは黙っておく条件」
などと言って
「ちょっと、待って。少し考えさせてください」
と鈴鹿は焦っていた。お母さんは冗談だと思ったようで笑っていたが、本当に冗談なのか、この先生の場合、けっこう怪しい気もする。
 
「付き添いの妹さんの方は手術する気は?」
「私は生まれた時から、おちんちん付いてなかったので」
「なーんだ、つまらない」
と本当に松井先生は詰まらなそうな顔をした。
 
「冬はさぁ、19歳で性転換手術受けたというのが公式見解だけど、本当はこっそり、中学生くらいの内に性転換していて、19歳までそれを内緒にしてたってことはないの?」
などと政子が訊く。
 
「高校生の時に付いてるのを見てるくせに」
「いや、ディルドーとかであたかも付いているかのように誤魔化してたのかも知れん。あれって伸び縮みするタイプもあるから」
「まさか! ってか、そんな話を中学生の前でするなよ」
 
「睾丸はさすがに高校生以前に取ってたよね?」
「それも付いてるの見たでしょ〜」
 
「いや、本物を取った後でシリコンのダミーを入れてたのかも」
「そんな馬鹿な」
 
すると鈴鹿が松井先生に訊く。
「先生、性転換手術は私、やはり18歳くらいまで待とうかと思うけど、それ以前に睾丸を取ることはできますか?」
「まあ、状況次第では可能だよ」
と松井医師は言い、鈴鹿も頷いていた。お母さんも頷いていたので、そのくらいは構わないと思っているのだろう。
 
「けっこう低年齢で去勢手術してくれる病院は存在するみたいだけどさ。技術力の問題やメンテナンスの問題もあるし、よかったらうちに来なよ。倫理委員会に掛けてあげるから」
「はい」
 
「そもそも、あなたの睾丸は既に機能停止してるみたいだよね」
「はい、たぶんそうだと思います。というか、私のって最初から機能してなかった気もします」
 
「なるほどね。その睾丸の状態、経過観察させてもらえない? 機能停止した睾丸はトラブルが起きやすいから、その状況次第ではむしろ医学的な判断で、摘出した方がいいということになるかも知れない」
 
「あ、それじゃ定期的にこちらで診察受けさせてください」
 
ということで鈴鹿は年内にもこちらの病院を再訪することになった。
 

ローズ+リリーの各々の公演でのセットリスト、オープニング・アクト、幕間のゲスト、そしてアンコール曲は各公演終了後速攻でネットにレポートされていたが、途中でこんな質問がツイートされた。
 
「ひょっとして今回のオープニングアクトは全てマリちゃんが主役なのでは?」
 
私は特にそれにお返事をし、「そうです。今回のツアーはいわばマリ復活ツアーなので基本的にマリが主役です」と明言した。
 
その私の答えがまた大量にリツイートされていた。
 

KARIONのアルバムの伴奏の収録は、ローズ+リリーのホールツアーの合間を縫って7月頭から8月の上旬くらいまでに掛けて行い、その最後の方に少し重なるくらいの日程で、8月1〜8日に小風・美空を呼び出して、和泉・私と4人で歌の収録を行った。(8月後半にコーラスの人を呼んでコーラスを入れる)
 
半分の歌は一度歌ったものなのでスムーズに進行したが、伴奏音源が前回収録した時とは見違えっているのでふたりとも驚いていた。
 
「なんかこないだ歌った時と同じ歌とは思えん」と小風。
「『アメノウズメ』格好いい〜。携帯の着メロに使いたい」と美空。
 
「あ、いいと思うよ。プロモーションになるかも」
ということで私が着メロのデータに変換して渡してあげた。
 

無伴奏曲『歌う花たち』の歌唱収録をしていた日、スタジオに突然の来訪者があった。
 
この日は穂津美さん(スリーピーマイスのエルシー)にも入ってもらい、五重唱での収録をするので、まずは練習をしていた所だった。
 
助手の人が「済みません、関係者以外立ち入り禁止なんですが」と言ったのだが、来訪者は「あ、私水沢歌月の親友で、差し入れを持って来たんです」などと言ったらしい。それでモニターで確認してくださいと言われて見ると、政子だ!
 
隣に居た和泉を見ると、笑っている。それで中に入れた。
 
「やっほー。陣中見舞いに来たよぉ」
と言って、政子はプティケーキの箱(6個入り)を10箱積み上げた。
 
「凄い量だ!」と小風が驚いているが
「私が居て、みそらちゃんも居れば、あっという間に はける」
と政子は言っている。
 
「あ、《謎の美少女ピアニスト》さんも、おはようございます」
などと言うので、穂津美さんも笑って「おはようございます」と返事する。
 
取り敢えずお茶を入れて、休憩にする。菊水さんたちは遠慮したのでプティケーキの箱を1つ渡した。
 

「冬、政子ちゃんにとうとうバラしたの?」
と小風が訊くが
 
「バラしてはいないけど、気付かれてる気はするなというのは春頃から思ってた」
と私。
 
「1月に森之和泉作詞・ケイ作曲『共鳴』を聴いた時、気付いた。これってケイじゃなくて、水沢歌月の曲だと思ったから」
と政子。
 
「ああ。あれは危険な企画だと思ったんだよね。普段は政子の世界観と和泉の世界観は全く違うから、その世界観の中で曲を付けている限り、同じ人の曲とは誰も思わないだろうけど。水沢歌月ではなくケイっぽくなるように、かなり気をつけたんだけどなあ」
と私。
 
「まあ、気付くのは世界中で私ひとりだろうね」
と政子。
 
「つーことで、冬、自己紹介しなよ」
と政子。
 
「あ、えっと。おはようございます。KARIONの4人目でサブリーダーの《蘭子》です。トラベリングベルズの正キーボード奏者兼ヴァイオリニストでもあります。そして作曲家の水沢歌月です」
 
「あ、ヴァイオリンも冬だったのか」
「うん」
「ピアニストは冬なんじゃないかとは思ってたんだけどね」
 
「まあヴァイオリン弾く所はあまり政子には見せてないし、ローズ+リリーの音源制作で私がヴァイオリン弾いたのはこないだが初めてだからなあ。それにKARIONの方でいつも使ってる弦と『Flower Garden』で使った弦は違うタイプだから音色も違って聞こえるんだよ」
と私。
「なるほど、そういう所に気をつけていたのか」と政子。
「実際には隠すためというより、楽曲の音作りの傾向が違うから、それに合った弦を使っただけなんだけどね」
「ああ!」
 
「一時期、私がピアノ弾いて冬ちゃんがヴァイオリンという時期もあって、何度かライブはしてるけど、その形態で音源制作したことはないんだよね」
と穂津美さん。
 
「そそ。だから穂津美さんはKARIONの幻のピアニスト」
と私。
 
「まあ、そういうことで、冬ちゃんが4人目のKARION, 私が5人目のKARION,そして政子ちゃんは6人目のKARIONなんだよ」
と穂津美さん。
 
「へ?私って6人目のKARIONなの?」と政子。
「そうだよ。知らなかった?」と和泉。
「知らなかった!そんなのいつ決まったの?」
「私たちで決めた」と美空。
 
「私もいつの間にか勝手にサブリーダーにされてたんだよね」
と私も笑って言う。
 

「6人目のKARIONか。それもまあ悪くないな」
と政子はその待遇を気に入ったようである。
 
「あ、今何録音してたの?」
「まだ練習中だったんだけどね」
と言って、私は『歌う花たち』のスコアを見せる。
 
「あれ・・・これ伴奏譜が無い?」
「無伴奏だから」
 
「歌のみ?」
「そそ」
「面白そう! ね、ね、私も入れてよ」と政子。
 
私は和泉の顔を見る。笑顔で頷いている。
 
「よし。じゃ6重唱に改訂するか。でも他の人のパートも少し変わるかも知れないけど」
「OK、OK」と小風。
 
「じゃスコア改訂するから30分くらい待って」
 
「その間はおしゃべりしながらケーキ食べてればいいよね」と美空。
 
「冬もスコア書きながら食べてないとケーキ無くなるよ」
 
既にプティケーキの箱は4箱消えて、残り5箱である。政子のペースも速いが美空もなかなかのものである。
 

「でもどうして冬は『蘭子』なの?」
と政子が訊く。
 
「ああ、それは私たちの名前が尻取りになるように勝手に決めた」
と美空。
 
「単にそれだけ!?」
「そそ」
「なんか私がいない間に決められてて、今日から蘭子だからね、と言われた」
と私。
 
「そうだ、政子ちゃんの愛称も決めてあげようよ」
と小風が言う。
 
「いづみ・みそら・らんこ・こかぜ、だから『ぜ』で始まる名前がいいな」
と小風。
 
「まった、まった。春美さん(穂津美のここでの名前)とも繋ぎたい」
と美空。
「じゃ、『ぜ』で始まって『は』で終わる名前」と小風。
 
「エルシーさんはなぜ春美?」と政子が訊く。
「うーん。本名が穂津美で、穂を摘むのは秋だから、それなら春にして春美だって」
と穂津美。
「よく分からん」
 
「でも『ぜ』で始まる名前なんてある?」と私は言ったが
「『みれい』にしよう」と和泉が言う。
 
「ん?」
「はるみ・みれい・いづみ・みそら・らんこ・こかぜ」
「おぉ!」
 
「じゃ、政子ちゃんは『みれい』で決定ね」と小風。
「漢字では水の鈴(水鈴)かな」と美空。
「ちょっと待って!」
 

「冬さ、この歌はKARIONの声じゃなくてローズ+リリーの声で歌いなよ。それで堂々と、ft.ローズ+リリーってクレジットしちゃおう」
と和泉は言った。
 
「ああ、それでもいいね」と私。
 
「そうそう、それそれ。KARIONで使ってる声、私、冬が使っている所聴いたことが無い」
と政子。
 
「中学の合唱部とかでは、七色の声って言われてたらしいね」
と和泉。
 
「なるほどねー。どのくらい締め上げたらその七色の声を全部聴けるかな?」
「勘弁してよぉ」
 
「政子ちゃんってどんな拷問するの?」と小風。
 
「まあアルミのチェーンとか麻縄とかで縛りあげて、恥ずかしい格好させて写真を撮ったり、鞭を床に打ち付けたり、蝋燭を皿に垂らしたり、紅茶を食パンに注射したり。あとは冬が見てる前で私だけおやつ食べたり」
 
「鞭で本当に打ったりはしないんだ?」と美空。
「そんなの打たれたら痛いじゃん」と政子。
「ああ、痛いことはしないのね?」と小風。
「まあ、いわゆるソフトSMだよね」と私。
 
「平和主義だから。でも私が恥ずかしい写真撮っても全部翌日までには消去されてるんだよなあ」と政子。
「そりゃ、あんなの万が一にでも流出したらとんでもないことになる」
「ああ」
 
「顔に墨塗られたのが落ちなくて、ファンデ厚く塗って誤魔化したこともあるよ」
「ニューメイクということにしておけば良かったのに」
「縛り上げたまま外出放置された時は、どうしようと思った」
「あれは自分でチェーン外してたじゃん」
「だってトイレにも行けないんだもん」
 
「なるほど、冬は本当は自分で外せないこともないけど、そのまま縛られてるのね?」
と小風。
「まあ、それが愛というものでしょ」と和泉。
 
「ん?」と政子が言う。和泉もハッという顔をした。
 
「何か紙ある?」と政子が言うと、美空が近くにあったレポート用紙を渡してくれた。愛用の赤いボールペンを取り出して詩を書き始める。それと同時に和泉も愛用のサブノートパソコンを取り出し、詩を打ち込み始めた。
 
へー!という感じで穂津美さんが見ている。みんなお茶を飲みながら静かにふたりの様子を見ている。美空はプティケーキをどんどん食べている。
 

やがて政子が詩を書き上げる。
 
「冬、この詩に曲を付けて」
と言う。タイトルは『あなたに縛られたい』となっている。
 
「いいよ」
 
少しして和泉も詩を書き上げる。
「冬、これ後でメールするから曲を付けて」
と言う。タイトルは『心の自由』となっている。
 
「いいよ」
 
「なるほど、これでマリ&ケイ作詞作曲の歌と、森之和泉作詞+水沢歌月作曲の歌が生まれるわけか」
と穂津美さん。
 
「卒論で休業中だから、実際の発表は春かな」
「だね」
と言って、政子と和泉は握手した。
 
両方の詩をのぞき込んでいた小風が、
「同じネタで詩を書いても、まるで別のことから書いたみたいだ」
と感心していた。
「まあ、当然だね。政子ちゃんと私では持っている心の世界が違うから」
と和泉。
「政子ちゃんは鳳凰の世界、私のは龍の世界かも知れない」
「へー」
 
「でも、とても冬が縛られてたという話とは思えん。政子ちゃんのは淡泊な恋人への物足りなさを歌った歌、和泉のはまるで美しい風景でも見たかのような歌」
と美空はむしろ不思議がっている感じ。
 
「きっかけはあくまできっかけ。書くのは心の情景」
と政子が言い、和泉も頷いている。
 
「ところで、冬は私のに先に曲つけるの?それともいづみちゃんのに先に曲を付けるの?」
と政子が訊くと、和泉も
「さあ、どちらなんだろうね」
と言って私の方を見る。
 
「じゃ、ジャンケンしてよ」
「よし」
 
と言って、ふたりでジャンケンする。政子が勝った。
「じゃ私のが先ね」
と政子。
「じゃ、私はトリで」
 
と和泉が言うと、またふたりで視線をぶつけあっている!
 
小風が何だか楽しそうな顔をしていた。
 

6人で集まった記念に「六分割サイン」を作った。
 
Kを小風、Aを私、Rを美空、Iを和泉、Oを穂津美、Nを政子が書く。8枚作って、あと2枚はTAKAOさんと畠山さんに贈呈することにする。
 
「ね、ね、4分割サインってのもあるんでしょ? それ欲しいなあ」
と政子が言うので、小風・私・美空・和泉の4人で2枚書き、政子と穂津美さんに渡した。
 
「これ、いつだったか鑑定番組で80万円の値が付いてたよね?」
と政子。
 
「うん。でもこれ一般の人に渡したのは、冬がKARION参加にかなり傾いていた2007年の11月頃、たぶん20枚くらいだけだからね。突然2013年の日付の四分割サインが出てきたら、オークション関係者もびっくりするだろうね」
と和泉。
 
「ヤフオクに出したら300万とか400万とかまで跳ね上がったりして」
と美空。
 
「あ、いいな、それ」と政子。
「でも300万もらって何に使うの?」と小風。
「あ、それ分かる」と美空が言う。
「おやつをいっぱい買うんだよ」
 
「なるほどー!」
とみんな何だか納得してしまった。
 
プティケーキの箱は全部もう空になっていた。
 

「ところで、穂津美さん、政子ちゃん、この歌の報酬は演奏料方式にする?印税山分け方式にする?」
 
「私はこれまで同様、印税山分けで」と穂津美さん。
 
「演奏料だといくら?」と政子。
「政子ちゃんなら40万くらいかな」と和泉。
「印税だと幾らくらいになる?」
「まあ、30万枚売れたとして、11万くらいかな」
「じゃ、印税がいいでーす。109万枚以上売れたら、その方がお得」
「ふふふ」
 
「その109万枚という数字はどこから?」と穂津美。
「ああ、政子の頭の中には電卓が内蔵されてんだよ。政子、200万枚売れた場合の印税は?」
「73万円」
「すごーい、即答!」
「どういう頭してんの?」
「計算はしてないと本人は言ってる。答えが浮かんで来るんだって」
「へー」
 
「冬はいつも演奏料でもらってるの?」
「KARIONの印税はいつも4人で山分けだよ」
「だったら、私も以後それと同じで」
 
「じゃ、この歌に関する印税は6人で山分けね」と和泉が言うと
「OK」と全員言った。
 

政子がKARIONの制作に参加した翌々日がサマフェス、その翌日が震災復興支援ライブという日程であった。
 
ローズ+リリーもKARIONも卒論のため「セービング運転中」(和泉談)なのだが、どちらもこのサマー・ロック・フェスティバルには出ることにしていた。支援ライブは、AYA、スリファーズ、ローズ+リリー、XANFUS、スカイヤーズ、サウザンズ、スイート・ヴァニラズというラインナップでそちらはそもそもKARIONは出ない。
 
サマフェスの方は、08年組の中でポリシーとしてこういうオープンスペースのライブはしないスリーピーマイスを除いて、ローズ+リリー、XANFUS、AYA、KARIONがBステージに出演する。他にBステージに出るのは、スリファーズ、FireFly20、富士宮ノエルなど、若手の歌手および歌唱ユニット12組である。今年も音源使用禁止なので、全組が各々のバックバンドを連れての登場になる。スリファーズはローズクォーツ、ローズ+リリーはスターキッズにお願いしていた。
 
ローズクォーツは自身も、バンド中心のAステージに出演する。実は選考時点では基準に微妙だったのだが、『魔法の靴/空中都市』が出場時点で20万枚を越えるセールスになって『起承転決』を抜いてローズクォーツ最大のヒット曲になっていたので、結果的には滑り込み基準クリアという感じになった。
 
他にAステに出るのは常連となったスイート・ヴァニラズ、スカイヤーズ、バインディング・スクリュー、初出場となるスーパー・ピンク・シロップ、海外から招待されたポーランドのガールズバンド Mixtory Angels, 結成40周年のスウィンギング・ナイツなどであった。今年もスカイヤーズがヘッドライナーで、スイート・ヴァニラズはその前という配列だ。
 
「タカさん、フェスでも女装するの?」
と政子がワクワクした目で訊いたが
「あれはあの番組の中だけね」
と言ってタカは照れていた。
「セーラー服もスッチーの制服も可愛いかったのになあ」
 
「俺、親からマジで訊かれたよ。お前、そういう傾向あったからこの年まで結婚してなかったのかって」
「タカさん、自分の心には忠実になろう」
「いや、そういう傾向は無いから」
 

8月9日。その日はサマフェスの前日ということで、KARIONの音源制作はお休み。KARIONにしてもローズ+リリーにしても、各々スタジオに入ってフェスの練習をしていた。(KARIONはトラベリングベルズと一緒に∴∴ミュージックで借りているスタジオ、私と政子はスターキッズと一緒に山鹿さんのスタジオ。またスリファーズとローズクォーツは○○プロ系のスタジオに入っていた)
 
夕方、練習から戻って来てくつろいでいたら、思いがけない来訪者があった。
 
「部長!」
 
モニターを見てびっくりした私はロック解除して町添部長夫妻が上に上がってくる間に、取り敢えず居間の中をチェックして「やばそうなもの」を片付けた。政子には「服着て」と言う。政子も慌てて寝室に走り込んだ。
 
このマンションは「カップル以外の男性来訪禁止」のルールにしているので、わざわざ奥さんを連れて来てくれたのである。
 
「済みません。散らかっておりまして」
「いや、予告無しだったからね」
 
先週ファンの方から頂いた現地で買って来たものらしいダージリンの紅茶を入れ、これも昨日ファンの方から頂いた、赤い風船の「はなかご」をお出しした。
 
「でもローズ+リリーもやっと、フェスに正式出場してくれたね」
と町添さんは言った。
 
「済みません。何だか毎年のようにお断りしてて」
 
「Bステージが創設されたのが2010年だけど、あの年はアーティストを選考する時点で君たちのマネージング会社が決定してなかったからね。2011年は『神様お願い』の超大ヒットで、Bステージのトリにということで推す声が多かったんだけど、断られたし」
 
「すみませーん」
「あ、それって、冬がお寿司の食べ放題に連れてってくれた時かな?」
「そうそう。説得失敗」
「食べ放題のお寿司は味が微妙だったかも」
「うーん。メニューに値段の書いてないようなお寿司屋さんに連れていくべきだったろうか・・・」
「普通の回転寿司でもいいよ。但し全品100円の店はパス」
「むむむ。600円や800円の皿ばかり取られそうだ」
「よく分かるね」
 
「去年は春にライブやってたから、きっとあっさりOKしてくれるだろうと思って、何も工作せずに『マリちゃん歌って』と言ったのが敗因だったかな」
「そうだなあ、まだその当時は結構私も心がふらふら揺れてたから」
 
「凄いテンションの高い時と、それほどでもない時の落差が激しかったね」
 
「でも結局歌うことになったしね」
「突然のステージだったけどね」
「murasaki君は、しかしあの手のトラブルが多いよね。あれもそもそも朝早くから家を出てくれていたら、事故にも巻き込まれていない」
 
すると政子が思い出したように言う。
「いづみちゃんから聞いたけど、冬って以前にも murasaki さんの代役したことあるんだって?」
 
和泉と政子はメールアドレスを交換したので、昨夜から何やら楽しそうに情報交換しているようである。私のこともかなりネタにしているっぽい。
 
「うん。murasakiさんが寝過ごしてコンサートのリハに間に合わなかったことがあるんだよ。たまたま私が音響スタッフで行ってたから、代役でリハーサルを歌ったんだよね」
 
「へー。そんなことがあったのか」
と町添さん。
 
「もちろん本番には間に合ったから、私が歌ったのはその時現場に居たスタッフしか見てないんだけどね」
 
「冬ってある意味《最後の砦》だよね。何か大変なことが起きても冬がいたら絶対大丈夫」
「うーん。それはさすがに買いかぶりだよ」
「でも私は信頼してるからね」
「ありがと」
 
町添夫妻が私たちを微笑ましい瞳で見ていた。
 

「今年はローズ+リリーの方だけ歌うんだね」
 
「そうです。私たちは一応卒論のための活動休養中なので、今日と明日の自分たちのステージだけ務めます。今回はローズクォーツの方は鈴鹿・美里が代わりに歌ってくれるので、私たちは自分たちのステージが終わったらすぐ帰らせてもらいます」
「タカさんが鈴鹿・美里の入ったバージョンはローズクォーツSMだと言ってたね」
「中学生の前で言っちゃダメだよと釘刺しといた」
 
「まあ、元々クォーツというのは4人セットという意味のバンドだし、ヤス君もいることだし、なし崩し的にケイちゃんは活動から離れていくということでも」
と町添さん。
 
「あはは」
 
「そっか。クォーツも4人セットだったんですね」と政子。
「ああ、4人セットというとKARIONだよね」と私。
 
「でもここだけの話、KARIONは実は6人いるし」と政子。
「ローズクォーツ++(プラスプラス)も6人だね」と私。
 
「ユニットの人数って結構アバウトだ」
 
「KARIONって6人いるの?」
と町添さんが驚いたように言う。
 
「そうなんです。いづみちゃんから教えてもらいました。あ、でもこれ秘密なんだそうです」
と政子が言うと
「へー」
と町添さんも感心している。
 

「でも今年はBステージで歌う上島ファミリーはAYAだけなんですね」
と政子。
 
「うん。鈴懸くれあも、大西典香も、ここ1年ほどクリーンヒットが無かったんで、選考から漏れてしまったね。他は室内ステージにmap(エムエーピー)が出るくらいかな」
と町添さん。
 
「AYAの次の世代が出てきてないですからね」
と政子は言うが
 
「いや、今年間800-900曲書いてて、これ以上新たな歌手に曲を渡す余裕は無いよ。私とマリだって、曲を書いてくださいという申し込みはたくさんあるけど、今以上のペースで書くのは無理だからと、ほとんどお断りしてるし」
と私は言う。
 
「だよね〜。今、冬はたぶん年間150曲近く書いてるからね」と政子。
「それも大半を下川先生とこに編曲投げてるから、何とかなってる。峰川さんや末次さん・逸見さんたちには本当にお世話になってるよ」
と私。
 
「そういえば下川さんの工房もマリ&ケイ・鈴蘭杏梨専属チームが10人くらいいると言ってたね」と町添さん。
 
「私、イリヤ・ブランド(下川工房の峰川伊梨耶さんのプライベートブランド:スコアに Il y a のサインがある)の編曲好き〜。格好いい」と政子。
 
「あの人のサウンド、ローズクォーツの新しい方向性に合ってるよね。もう次からは自分たちで編曲せずに、マキの作品も含めて全部彼女に投げちゃおうかとタカや花枝さんとも話してるんですけどね」
「へー」
 
「あ、それで加藤課長からお聞きになってますよね?『Night Attack』の録り直しをしました」
「うん、聞いた」
 
「やはりKARIONのアルバム作り直しというのがあちこちに波及してるんですよ。これもお聞きになってるかも知れませんが、XANFUSも内々に10月発売予定で準備を進めていた5周年アルバムの発売時期を12月に伸ばすようです。ローズ+リリーやKARIONほどの予算は投入できないけど、あまり恥ずかしいものは出せんと斉藤社長もおっしゃってました」
 
「結局08年組全員ハイレベル志向か」
「既に5周年アルバム出しちゃってたAYAが悔しがってました」
「ああ」
「もっともAYAは元々あまり自由がききませんけどね。スリーピーマイスは自分たちは常にマイペースだから特別なことはしないと」
「うん。それが彼女たちの流儀だろうね」
 
「ローズクォーツの方は、『Night Attack』『ウォータードラゴン』『メルティングポット』はスコアを改訂し、『オルタネート・ラバー』と『ダークアロー』
は外して、代わりに新曲『イースト・ガール』と『レインボウ・ドリーマー』を投入して、これを峰川さんに編曲してもらいました。5曲とも山形さんのスタジオで録り直して、ミックス・マスタリングもそこの若い技術者にしてもらいました。ライナーノートを新たにnakaさんに書いてもらって、メンバー5人の写真入りブックレットを作って新外装で出します。AKBとかで主要曲が同じでc/w曲の違うCDがあるのと同様の扱いになるみたいですね。レコード番号は違うけど、集計上はひとつ」
 
「まあ、AKB商法・YMO商法だね」と町添さん。
「ええ。私、あくどいですから」と私。
 
「ふふふ。でもよく決断したね」
「改むるに憚るなかれです。でも私からは言いにくかったのを加藤さんから言ってもらって助かりました」
「うん。そのあたりはうまく使ってよ」
 

「でも今回のは峰川さんというアレンジャーがいたからできたことです。私自身は今とてもローズクォーツの楽曲までアレンジする余裕が無いです」
 
「ヤスさん、サトさん教育中と言ってたけど、作曲とか編曲って、勉強していればいつかできるようになるもの?」
と政子が訊く。
 
「ある日突然できるようになる」
と私は答えた。
 
「へー!」
「つぼみだったものがある日突然花咲くようなもの。徐々にできるようになっていくというのは、有り得ないと思う。前回のでまだすぐには無理というのが分かったから、サト・ヤスには次はアルバムで頑張ってもらおう」
「ああ」
 
「でも花咲くまでの間にたっぷり栄養を吸収していないといけない。その栄養の量と質で、花の質も決まる。だからサトにもヤスにもたくさん良い音楽を聴いてという宿題を出している」
 
「ふーん。じゃ、冬とか上島先生とか峰川さんとかは、たくさん栄養を吸収した花だったんだ」
「ふふふ。峰川さんの音楽的な素養も凄いみたいだよ」
 
町添さんが感心するように話を聞いていた。
 
「でも冬はいつ花が咲いたの?」
 
「それは『あの夏の日』を書いた時だよ。花は太陽の光に反応して咲くでしょ。私を咲かせたのは政子という太陽だよ」
 
「えへ、そうだったのか・・・」
と言って、政子は照れるように微笑んだ。凄く珍しい反応だと私は思った。
 
「だからあれを書いた2007年8月4日が本当のローズ+リリーの誕生日だよ」
「じゃ今年は本当は6周年じゃん!」
「でも『Flower Garden』は去年の4月から企画スタートしてるからね。5周年の年にプロジェクトを開始して、1年3ヶ月掛けて発売に辿り着いたんだよ」
 
「そうだったのか!」
 
「ね、冬は、私たちのユニット名について何か案あったの? 加藤課長はイチゴ・シスターズと考えてたらしいけど」
 
「まあ加藤課長らしいよね。私はチューカラってのを考えてたんだけどね」
「何それ?」
「中田の中と唐本の唐を合わせて、中唐、チューカラ」
「センス無いな」
「政子は何か考えてた?」
「ポリティッシェ・ヴィンター」
「それって・・・政子の政と冬子の冬をドイツ語にしたもの?」
「まあね」
「チューカラと大差無いじゃん」
 
町添さんが笑っていた。
「結局はローズ+リリーで良かったんだろうね」
 

町添夫妻に30分ほど遅れて、町添さんの娘さんが仕出し弁当を山ほど抱えて、マンションにやってきた。
 
「夕食の差し入れね」
「わあ!**の松花堂だ!大好き!」
と政子は嬉しそうに言う。
 
「しかしこの量は・・・・」
「政子ちゃんのお腹にはこのくらい必要でしょ?」
「はい、ありがたく頂きます」
 
「小麦ちゃん、中学生でしたっけ?」
「はい、中学1年です」
と笑顔で町添さんの娘さんは答える。
 
「すごくしっかりしてる感じ」
「ああ、私より遥かにしっかりしてます」
と町添さんの奥さんは言った。
 
食事がだいたい終わり、お茶を飲んでいた時に突然小麦が言った。
 
「あ、そうだ。ケイ先生、ケイ先生のおうちのCDコレクションが凄いと聞いたんですが」
 
「お見せしましょうか。政子、小麦ちゃんを案内してあげて」
「OK」
「あ、私も見せてもらっていい?」
と奥さん。
「どうぞ、どうぞ」
 
そういう訳で、娘さんと奥さんが、政子と一緒に奥の部屋へ行った。
 
その姿を見送ってから私は笑顔で訊いた。
 
「で、部長、御用件は?」
 
「実はね。。。。突然で申し訳無いんだけど」
と部長は笑顔で用件を切り出した。
 
「部長、なぜ笑顔なんですか〜? 怖いです」
「難しい顔の方がいい?」
「それも怖いです」
 
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【夏の日の想い出・花の咲く時】(下)