【夏の日の想い出・花の繋がり】(1)

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2013年8月10日。
 
ローズ+リリーにとって初めて正式に出場することになったサマー・ロック・フェスティバルが開かれる。
 
私たちは早朝から会場に入った。今年ローズ+リリーはBステージのトップバッターである。午前中はその後、KARION, スカイロード、高井慎吾、富士宮ノエル、と続き午前中ラストがスリファーズ。午後はFireFly20から始まり、谷川海里、Days of Diamond, Rainbow Flute Bands, と続き、ラスト前がAYA、そしてトリが XANFUSである。
 
会場に入って間もなく、KARIONとスリファーズがほぼ前後して来たので、挨拶代わりにハグし合う。
 
「春奈ちゃん、彩夏ちゃん、千秋ちゃん、ごめーん。私たちスリファーズのステージ見ずに帰っちゃうから」
 
「いえ、お忙しいですもん。卒論頑張ってくださいね」
 
「私たちは明日が無いから、今日のステージ終わったらもう卒論漬けだ」
とKARIONの小風。
 
「KARIONのアルバム作り直しはかなり進んだんですか?」
と春奈が訊く。
 
「メインの伴奏から歌唱まではほぼ収録終わった。今月後半にコーラスの人に入ってもらってそれを加えて、あとパーカッション類を重ねる。そのあとはミクシング・マスタリングだから音響技術者さんたちの仕事で、私と歌月が時々チェックしに行く程度で済むかな」
と和泉。
 
「でも凄いですね。なかなかアルバム作り直しなんて決断できない」
と彩夏。
 
「ケイがね〜、もっと早くあの音源聴かせてくれていたら、最初から大量予算投入してやってたろうけどね。あれ聴いた時点で、こちらは実際問題としてほとんどいったん仕上がってたからね」
と和泉は言うが
 
「そりゃ、そう簡単にライバルに手の内は見せないよ」
と私は苦笑いしながら言う。
 
美空や政子がニヤニヤしていた。
 
「だけどその決断を認めてくれた社長さんも偉い」
と千秋などは言う。
 
「うん。和泉たち恵まれてると思うよ」
と私は笑顔で言った。
 
「資金的にも大変だったんじゃないですか?」
と春奈が心配そうに訊く。
 
「まあ、そうだね。会社からも3500万追加で出してくれたんだけど、結局、私と歌月も1500万ずつ出すことにした。元はと言えば私たちのワガママだから負担させてくれと言って。だから今回は原盤権も会社と、私と歌月が出資比率に応じて持つことにした」
 
「1500万出せる所が凄いです〜」と春奈。
「春奈ちゃんも作曲頑張りなよ。作曲印税は大きいよ」と和泉。
 
「あ、ハッちゃん、作曲できるようになって印税たくさんもらったらおやつおごってね」と彩夏は言った。
 
「ところで春奈ちゃん、高校は水泳の授業とかあるの?」と小風が訊く。
「ありますよ」
「もう出た?」
「ええ出ました」
「着替えとか女の子たちと一緒?」
「ええ。もちろん。去年は別室で着替えてくれと言われて更衣室を指定されたんですけどね。今年はもう完全に女の子の身体なので」
「でも去年も、結局拉致されてって、女子更衣室で着替えてたね」と彩夏。
「なるほど」
 

ステージが始まる。進行係の人の指示で私と政子はステージに登る。
 
「おはようございます! ローズ+リリーです!」
と挨拶すると、満員の観客から大きな歓声が返ってくる。本来のキャパは5000人のはずだが、明らかに定員をオーバーしている。寿司詰め状態になっているし、会場を仕切る木立の下にも多数の客がいるので、おそらく7000人か8000人か。
 
「今日は生憎の曇り空ですが、その分、体力は消耗しなくて済むかも知れません。ではこの曇り空を吹き飛ばすような、爽快な歌から行ってみましょう。『呪いの人形』」
 
と私が言うと「えーー!?」という声が客席から返ってくる。
 
近藤さんが笑って合図をして酒向さんのドラムスが鳴り出す。スターキッズの伴奏が始まる。
 
政子は例の大騒動の後、花見さんの陰毛を封じ込んだ人形を作り、その人形にあれこれ呪いを掛けていたらしい。元々の歌ではその時に実際に政子が使った本物の呪文が入っていたのだが、それに気付いた青葉の忠告で、その部分を無意味な文字列に置き換えたものを、リリースしたアルバムには入れた。しかし・・・・
 
私は青葉に尋ねた。
 
「あれさ、青葉が無意味な文字列に置き換えてくれたおかげで、毒にも薬にもならない歌になったけど、逆にさ、祝福の呪文とかにはできない?」
 
「ああ!それは気付かなかった。できますよ。じゃ、これとこれを使って下さい」
 
と言って青葉は私に呪文を教えてくれた。そして、今日はその呪文で歌っているのである。
 
この歌を聴いた人たちが、幸福になりますように。迷っている人・悩んでいる人は解決の糸口が見つかりますように。辛すぎて思考停止してしまっている人は行動しようという気持ちが起きますように。そして世の中が平穏無事でありますように。そんな願いを込めて、私たちはこの歌を歌った。
 

「実は今歌ったのはスペシャル・バージョンです。CDの歌詞と少し違うので、あれ?と思った方もあったと思いますが、今日歌った歌詞は、ある霊能者の方に監修して頂いて、祝福の呪文を歌い込みました。そしてこれを聴いたみなさんが、幸福になりますように、と願いを込めて歌いました」
 
と言うと「へー」という感じの反応がある。
 
「それでは次はもっと明るい気持ちになれるような歌。『サーターアンダギー』」
 
観客から爆笑が来る。スターキッズも楽しそうにこの曲の伴奏を始める。
 
私たちは4年前に沖縄を訪問した時に作ったその歌を歌った。更に私たちは食べ物の歌『焼きまんじゅう』を歌う。
 
「さて、炭水化物をこれだけ食べたら、お野菜も欲しくなりますよね」
 
と私が言うと、観客から『ピンザンティン』という反応が返ってくる。
 
「はい、行きましょう」
 
悠子がステージの影から出てきて私たちにお玉を渡してくれる。そして私たちはこの食の讃歌を歌った。
 
今日の観客はフェスを見に来た人たちなので、必ずしもローズ+リリーが目的の人ばかりではないはずだが、それでも客席でけっこうな数のお玉が振られて私たちは正直驚いた。
 
「お玉を振ってくれてありがとうございます! 私たちがライブする時は、向こう10年間は必ずこの歌を入れるからね!」
 
それを歓迎するような歓声が来る。
 
その後更に『疾走』を歌う。
 
「では元気な歌が続いたので次は静かな曲。『桜のときめき』」
 
スターキッズは楽器を持ち替える。鷹野さんがヴァイオリン、七星さんがフルート、近藤さんはアコスティックギター。月丘さんはキーボードをピアノの音に設定する。これに前奏では私のクラリネットも加える。
 
16小節の前奏の後、私はクラリネットから口を離し、マリと一緒に歌い出す。
 
相手と日々楽しく会話を交わしているのに、好きだと言い出せない、微妙な心情を歌った歌だ。その微妙な心情をアコスティック楽器の優しい音色が奏でて行く。
 
間奏部分ではまた私のクラリネットを入れる。七星さんのフルートと重ねた木管二重奏の調べがデリケートな乙女心を歌う。
 
間奏が終わるとまた歌い出す。観衆も静かに聴いていてくれる。そして曲は終わり、拍手と歓声が来る。それが少し落ち着くのを待って私は話す。
 
「それではあっという間に最後の歌となってしまいました」
 
ここで「えー?」という歓声が来るので、それが落ち着くのを待ってから私は曲名を告げる。
 
「『花園の君』」
 
拍手がある。
 
この曲のためだけに来てくれていた松村さんがステージに登ってくる。七星さんもフルートをヴァイオリンに持ち替える。鷹野さんと3人でヴァイオリンを弾く。近藤さんのアコスティックギター、月丘さんのキーボード、酒向さんのドラムスという構成で音が鳴り、それを背景に私たちは歌う。
 
アコスティック楽器の音で構成していても、とても華やかな歌だ。月丘さんのキーボードから様々な音が出てくる。マリも楽しそうに歌っている。時々こちらを見るのは、勝手に何か想像しながら歌っているのだろうか。
 
やがて約4分半の曲が終わる。私たちはお辞儀をする。拍手と歓声が響く。伴奏のメンバーがいったん退場する。私たちも再度お辞儀をする。アンコールの拍手が来る。
 
私たちは見つめ合い、頷いて、私がキーボードの所に行く。拍手が一際鳴り響いてから収まる。マリはいつものように私の左側に立つ。キーボードを初期化してピアノの音にする。松村さん・鷹野さん・七星さんの3人が再びステージに戻る。松村さんと鷹野さんはヴァイオリン、七星さんは純金のフルートを持つ。
 
私がピアノの音でブラームスのワルツを弾き始めるので、観客の方から一部「へ?」という反応がある。ローズ+リリーのファンばかりではない構成ならではの反応だ。
 
私のピアノはその後、両手で分散和音の連続を弾く。そしてやがてフェルマータ。
 
ここでヴァイオリンとフルートが優しい音色を奏で始める。
 
『あの夏の日』をふたりで歌う。
 
似たようなタイトルの曲でも自分の思い出との関連づけが違う。上島先生が書いた『夏の日の想い出』はやはり2008年8月3日の宇都宮のデパートでの突然のステージの時のことを思い起こさせる。繋がっている曲は『パッヘルベルのカノン』。それに対して、こちらの私とマリが書いた『あの夏の日』はそれより1年前、2007年8月4日、政子たちに女装させられた伊豆のキャンプ場での想い出だ。そして何故か前奏で弾いた『ブラームスのワルツ』と繋がっている。
 
まあ結局は女装の想い出なんだけどね!
 
しかしどちらもローズ+リリーにとって重要な節目だ。でも曲調は随分違う。哀愁を帯びた『夏の日の想い出』に対して、この『あの夏の日』の方はワクワクするような感じの曲だし、私が弾くピアノからは華やかな音色が響く。政子の目は半分欲情している感じだ。でもさすがに夜まで我慢してもらわなければならない。
 
そしてとっても明るいドミソ、ドッドドッド (C F+7 G7 C) で終わる。
 
私は立ち上がり、マリと一緒にステージ最前面まで行き、お辞儀する。一緒に演奏してくれた3人がその後ろに並ぶ。両手を挙げて歓声に応え、再度お辞儀する。そして手を振ってステージを降りた。
 

下で控えていた和泉たちとハイタッチする。和泉・小風・美空がステージに駆け上る。続けてトラベリングベルズのメンバーも駆け上がる。私は彼らともハイタッチして行った。予め、スターキッズとトラベリングベルズとの話し合いでドラムスとキーボードの機材は共用することを決めてある。ギターやべースの線さえつなげばすぐ演奏できる。更にコーラス隊の3人の女の子も駆け上がる。
 
和泉が挨拶する。短いMCの後、『キャンドル・ライン』を演奏する。4声の曲なので、コーラス隊のひとりが前に出てきて、小風・美空・和泉と一緒に歌う。私たちはそのまま下で彼女たちの演奏を見ている。
 
「冬、冬はあそこに行かなくていいの?」と政子が耳元で囁くように訊く。
 
「行かないよ」と私も政子の耳元で小さな声で答える。
 
「だって、冬もいづみちゃんたちの仲間なんでしょ?」
「仲間だよ。でもこれがあれば充分」
 
と言って私はいつも持ち歩いているダイアリーの中に綴じ込んであるKARIONの四分割サインを政子に見せた。
 
「ふーん。嫉妬していい?」
「いいよ。その分、今夜たっぷりサービスするから」
 
「私たちはそういう記念のサインとか持たなくてもいいの?」
「持たなくてもいいよ。だって、私とマーサは心で繋がってるからね」
「えへへ」
と言って政子は私に抱きついてキスした。
 
「コホン」と近くに居た加藤課長が咳をする。
 
次の出番なので控えているスカイロードのメンバーたちが目のやりどころに困っている雰囲気だった。
 

KARIONはそのまま、『言い訳』『春風の告白』『星の海』『あなたが遺した物』
『サマービーチ』と最近の曲を中心に歌っていき、最後にミリオンヒット『雪うさぎたち』を歌った。
 
和泉たちは終わりのお辞儀をするが拍手は鳴り止まない。しかしトラベリングベルズはステージを降りてしまう。観客の一部から「えー?」という声。私も驚いた。明確なアンコールの拍手。最近よくアンコールで使う『星の海』を既に歌ってしまっているので今日のアンコールは多分『Crystal Tunes』だ。その演奏にはピアノとグロッケンは必須。でもサポートで入っているピアニストとグロッケン奏者も含めて全員降りてしまっている。
 
TAKAOさんが私たちの所に来て小声で言った。
「アンコールだからさ。蘭子ちゃん、水鈴(みれい)ちゃん、出てあげなよ」
 
私と政子は顔を見合わせた。
「マーサ、『Crystal Tunes』のグロッケン弾ける?」
「弾ける」
「よし。レッツ・ゴー」
 
私たちはステージを駆け上がった。観客がざわめく。そして私たちがキーボードとグロッケンの前に立つと、更にざわめく。和泉がこちらを振り向いて笑顔で頷く。私も頷き返す。キーボードをリセットしてピアノの音色にする。
 
『Crystal Tunes』の前奏を私が弾き始めると「えー!?」という声とともに観客は静かになった。
 
私のピアノの音色に、政子もグロッケンを打ってハイトーンを加える。
 
和泉たちが歌い始める。グロッケンの音色に和泉の透明感のある声が似合う。その和泉の声に、小風と美空の声が美しい和音を添える。
 
だいたいコンサートは夜なので、その夜のしじまに似合う曲なのだが、こういうまだ日が高く昇っていない午前中にも結構合う曲だ。本当に美しい。こんな曲が書けるって凄い作曲家だな、と一瞬思ってから、それ自分じゃん!と気がついた。
 
思えばこの曲を書いた2008年から5年間、自分の作曲は確かに進化してきたのだろうけど、今の自分にこの曲が書けるだろうかと再度考えてみた。自分は何かをどこかに忘れてきたかも知れないという気がした。
 
美しい声のハーモニーの背景にピアノが奏でる弦の柔らかい音とグロッケンが奏でる金属のクリアな音が響く。そしてソラシ・ドレミソ・ドーーーというきれいな終止でピアノは音を弾き終える。政子のグロッケンがトレモロを弾く。その間、3人の声は長い音符を伸ばしている。
 
そして、全ての音が消えて、歓声に変わる。拍手が来る。和泉が私たちに前に出てくるよう促す。そして5人で一緒にお辞儀する。私たちは歓声の中、一緒にステージを駆け下りた。
 
加藤さんが興奮して言う。
「凄いね! フェスならではの共演だね!」
 
「そうですね」
と言って私たちは微笑んだ。そして私たち5人はお互いにハグし合った。
 

ローズ+リリー、KARIONで一緒に会場を後にした。スタッフさんのワゴン車から降りて、横須賀駅近くのホテルに入る。案内されて会議室に入る。先に待っていたXANFUSのふたりとAYAが手を振る。
 
「ネット中継で見てたよ。楽しいことやってくれるじゃん」と音羽。
「まあ、フェスならではだね」と私は言うが、
 
AYAは
「冬って、しばしばフェスで他のユニットと絡んでるよね」
などと言う。
 
「そうだね。スカイヤーズとも共演したし、スイート・ヴァニラズとも」
と言うと、みんなの顔が引き締まる。
 
「料理注文していいんだっけ?」と政子。
「あ、待ってたんだよ。持って来てもらおう」
と光帆が言い、呼び鈴を鳴らした。
 

「まあ、でも一晩でこれだけの計画を作っちゃう私たちも凄いと思わない?」
と音羽。
「昨日話を聞いた時はびっくりしたよ」
とAYA。
 
私たちは昨夜、私と和泉・音羽の3人でメールのやりとりをしながら練り上げた計画表を見ながら、細かい点を討議して行った。
 

食事しながら議論を煮詰め、だいたいまとまった所で、KARIONとローズ+リリーは各々パソコンを広げて卒論を書き始める。このホテルは無線LANが入っているので資料など調べるのにも便利である。
 
XANFUSの2人は用意してもらっていたベッドに横たわって、タブレットでゲームを始めた。ベッドは4つ用意してもらっていたのだが、音羽と光帆は人目の無いのをいいことに、わざわざ同じベッドに並んで寝ている。毛布の下が微妙に怪しい。
 
AYAは外で控えていたマネージャーの高崎さんを呼び、計画表を示して説明していた。高崎さんは頷いて「うんOK」と言ってまた出て行った。この4ユニットの中でAYA以外は自分たちでかなりの決定権を持っている。その後AYAもベッドに寝転がって携帯を見ている。
 
「あんたたち大変ね」と光帆が、卒論を書いている私たちに言う。
 
「特に、和泉と冬が大変そうね。冬は元々忙しいし、和泉もアルバム作り直しでここ2ヶ月くらい全然卒論の方は進んでないのでは?」
「うん。だから必死」
 
「万一、卒論書けなくて卒業できなかった時はどうなるの?」
 
「私は卒業するまで活動休止と事務所から言われてる」と和泉。
「ローズクォーツから脱退しろとレコード会社から言われてる」と私。
 
「ああ、脱退しても誰も何も言わないと思うな」とAYA。
 
「というか、マリがローズクォーツから離れた時点で、ケイもローズクォーツから離れるのは既定路線とファンも思ってるよ。だってマリが多忙だというのが離れた理由だけど、どう考えてもケイの方がもっと多忙」
と音羽。
 
「沖縄のライブで紹介した2人組が春までローズクォーツのボーカルするんでしょ? そのまま2人に押しつけて辞めたら?」
 
「あの子たちは春から、別の予定が入っているんだよ」
と私。
 
「それに私、ローズクォーツを20年は続けると言ってるし」
「3年も付き合えば充分だと思うな」と光帆。
 
和泉までもこんなことを言う。
「まあ、音源制作だけ付き合って普段の活動からは離れるというのも手かもね。作曲はマキさんに全部やらせて、冬も上島先生も外れた方が、かえってあのバンドの路線は明確になるかもよ。普段のライブはあの2人が春以降使えないなら、他にまたボーカル探せばいい。やりたがる人は沢山いると思う。今この業界実力があるのに仕事の無いスタジオミュージシャンが大量にいるし」
 
「そうだなぁ・・・」
 

コース料理が終わった後も、政子はどんどん追加オーダーを入れるし、美空もデザートの類をわざわざ全員分(寝ている子の分まで)オーダーするので、あまり食の太くないAYAなどは「ダメ。もう入らない」と言っていた。
 
音羽と光帆は結局抱き合ったまま幸せそうな顔をして眠っていた。
 
15時過ぎになって、ふたりを起こして一緒にホテルを出る。
 
会場に戻る。Bステージの方に行くとRainbow Flute Bands が演奏をしている所であった。七色にペイントしたフルートを持つ歌唱ユニットで、前奏や間奏で彼らが吹くフルートの音色が、シンボルになっている。衣装も虹の七色に色分けされている。年齢は14歳から17歳。性別は男性3人(青・緑・藍)、女性3人(赤・橙・黄)、性別不詳1人(菫)という触れ込みである。
 
「ね、ね、フェイちゃんって本当は男の子なの?女の子なの?」
と美空が訊く。
「え?女の子にも見える男の子だと思ってたけど」と音羽。
「あれ?そうなの?一度握手した時の感触は女の子だったから、男の子にも見える女の子かと思ってた」と政子。
「うーん・・・」
と全員悩む。フェイは声自体も中性的で、ピンナップ写真なども女の子の服を着ている写真、男の子の服を着ている写真の両方が存在する。どちらの服を着ても全く違和感が無い。
 
小風が近くにいた加藤課長に訊いてみた。
「加藤さん、フェイの性別ご存じですか?」
 
「あ、それは知ってるけど、言っちゃいけないことになってるから。ちなみにフェイはキャンペーンやツアーで宿泊する時は必ずバス付き個室だよ」
「うむむむむ」
 
加藤さんの口ぶりからするとMTXかFTXなのだろうが、どちらなのかは私にも判断付きかねる感じだ。
 
彼らが終わるとAYAである。ポーラスターのメンバーと一緒にステージに上がり熱唱する。私たちはVIP席のアーティスト用のスペースで手拍子を打ちながら聴いていた。
 
きっちりアンコールまでやってAYAのステージが終わると、Bステ最後はXANFUSである。パープルキャッツのメンバーと一緒にステージに上がり、激しくダンスしながら歌い始めた。私たちは歌い終わったAYAやポーラスターのメンバーと握手する。AYAは着替え用のロッカーで汗を掻いた服を交換してきた。
 
やがてXANFUSがセカンドアンコールまでしてステージを終える。セカンドまでできるのはトリを歌うユニットの特権だ。彼女たちを拍手で迎えて、私たちは主催者が用意したカートに乗り一緒にAステージに急行した。
 

Aステでは平均年齢65歳のスウィンギング・ナイツが演奏していた。私たちは出番を待っているスイート・ヴァニラズのメンバー、そして町添さんと握手した。
 
「ごめんねー。急にお願いして」とElise。
「お互い様ですよ〜。私の時はよろしくです」と私が言うと
「うーん。ケイの時ね・・・」とEliseは悩むような顔をした。
 
ステージでは心地良いジャズナンバーが流れている。夕暮れも近い。こういうサウンドが似合う時刻だ。観客もこんな曲を聴いているとビールでも飲みたくなるだろう(場内は混乱防止のためアルコールは禁止で、販売もされていない)。
 
やがて演奏が終わる。
 
スイート・ヴァニラズがステージに上がるが、私たち、ローズ+リリー、AYA、KARION、XANFUSも一緒に上がるので観客がざわめく。町添さんも一緒に上がる。
 
町添さんがメインマイクの前に立つ。
 
「皆様こんにちは。★★レコード取締役制作部長の町添でございます。突然なのですが、お知らせがあります。実はスイート・ヴァニラズのEliseが昨日体調を崩して病院に行き、それで妊娠していることが分かりました」
 
観客から「えー!?」という声が上がるが、やがて「おめでとう!」という声が上がり、その声が支配的になる。町添さんはゆっくりと観客が落ち着くのを待った。
 
「現在2ヶ月でひじょうに不安定な時期なので、お医者様からステージで演奏するのは安定期に入るまで禁止と言われたのですが、たくさんの人たちがフェスで自分の演奏を楽しみにしていると主張して、1曲だけならいいという御許可を頂きました。一応お医者様には念のためこのステージのそばで待機して頂いております」
 
「それで大変申し訳ないのですが、スイート・ヴァニラズの演奏は1曲のみにさせて頂き、代わりに、この急な事態に、いづれ自分たちも母となる時が来るからということで、スイート・ヴァニラズと交流の深い女性ユニット4つが友情出演してくれることになりました。ローズ+リリー, AYA, XANFUS, KARIONのみなさんです」
 
「わぁ」とか「おぉ」とかいう感じの歓声が上がる。
 

Eliseも自分のマイクで挨拶する。
 
「こんにちは、その騒動の張本人のEliseです。そういう訳で、ドクターストップが掛かってしまったので、私たちの演奏を楽しみにしてくださっていた方には大変申し訳ないのですが、今日は1曲しか演奏できません。ほんとにごめんなさい。その代わりこの若い女の子たちに私たちの代理で演奏をしてもらいます。私が彼女たちに勝手にスイート・ヴァニラズ・ジュニアと名前を付けました」
 
と言うと笑い声が起きる。
 
「そういう訳で今日は、スイート・ヴァニラズ・ジュニアで8曲演奏した後、本家スイート・ヴァニラズが登場して1曲演奏させて頂きます。なお、そういう訳でアンコールにもお応えできません。私が演奏できる状態になったら、必ずまたステージに戻ってきますので、それまではごめんなさいです」
 
町添さんが補足する。
「なお、スイート・ヴァニラズは明日、いわき市で開かれる震災復興応援、★★レコード七大ユニット競演ライブにも、通常の形式では出場できません。今日と同じ方式、スイート・ヴァニラズ・ジュニアで1時間半演奏して、最後に1曲だけ本家スイート・ヴァニラズで演奏する方式にさせて頂きます。なおこの変更に伴い、チケットの払い戻しをご希望なさる方には、8月いっぱい対応させて頂きます。逆にスイート・ヴァニラズ・ジュニアの演奏を見たいという方のために、追加チケットを3000枚発売します。本日の夜22時発売開始にしておりますので、もし興味のある方は、今日このフェスが終わって帰宅してから、お申し込みください」
 
「それでは私たちのお弟子さん、スイート・ヴァニラズ・ジュニア、よろしく!」
とEliseが言い、私たちはスタンバイする。
 
町添さんとスイート・ヴァニラズのメンバーがいったんステージを降りる。
 
最初に和泉がマイクに向かって言う。
 
「私たちは先日Eliseさんにまとめ役になってもらい、08年組コラボのCDを制作しジョイントライブもしました。今回はその御恩返しのつもりです。それぞれの楽器のプロであるスイート・ヴァニラズの演奏を楽しみにしてくださっていたみなさんには、私たちの演奏では満足できないことは重々承知ですが、頑張って演奏しますので、よかったら聴いて下さい」
 

私のドラムスワークに続き、全員の演奏が始まる。
 
リードギター音羽、リズムギター小風、ベース美空、キーボード和泉、それにマリはヴァイオリン、光帆はフルートを持ち、AYAはオタマトーンを持っている。歌は弾き語りが困難なマリ・光帆・AYA以外の5人で歌うが、今回リードボーカルは和泉が取ることで事前に打ち合わせていた。
 
最初は今年の春のシングルから『情熱』。正直、観客がどのくらい反応してくれるか不安だったのだが、結構ノッてくれる。手拍子も来るし演奏している各メンバーの名前コールも飛んでくる。
 
正直こういう楽器を持っての演奏は『ELEVEN』の音源制作ではやったのだが、収録は個人別にバラバラに録っているので、本当に全員で合わせたのは6月のジョイントライブの本番のみ。そして今回はそれ以来の演奏である。スイート・ヴァニラズの曲は全員聴いていて知っているものの、実際問題としてぶっつけ本番だ。しかしそれぞれが割と得意な楽器を持って演奏しているので、あまり間違わずに演奏できている。そして間違っても平気な顔をして演奏を続けられる度胸を持ち、他の子が間違えば上手にフォローできるセンスを持つ子ばかりである。
 
昨日の夕方、町添さんは私のマンションに来訪して、Eliseの妊娠の件を告げ、今日のフェスはローズ+リリーが、明日の復興支援ライブはKARIONがピンチヒッターに立てないかというのを打診した。しかし私はむしろ08年組共演という案を提示した。その場で和泉、光帆、AYAに電話して承認を得て、町添さんもGOサインを出した(AYAの事務所には町添さんから電話して緊急事態の対処ということで承認をもらった。私と和泉と光帆は各々自分で事務所や他のメンバーに連絡した)。
 
この手の話をする時にマリの機嫌を取るのは必須なので、事前に松花堂弁当で工作をした訳である。
 
夜間にこの3人と、特に参加してもらったLondaも加えた4人でチャットを使って演奏する曲目を決め、その後楽器パートを決めた。楽器の経験がほとんど無くてハーモニカも苦手というAYAは最初歌のみというのも考えたのだが、
 
「私できるのはケロミンとオタマトーンくらい」
などとAYAが言ったので
「じゃオタマトーン弾いて」
ということになったのである。(ケロミンを選択するのも面白い気はしたが)
 
その後、町添さんに連絡し、深夜0時頃、夕方から待機してもらっていた仕事の速いアレンジャー数人に手分けしてアレンジ譜を作成してもらったが、(全員今日の自分たちのステージがあるので連絡した所ですぐに寝た)実際譜面を全部もらったのはお昼前であった。
 

『情熱』の演奏が終わる。凄い拍手と歓声が来る。このステージに集まっている観客はロックファンが多い。おそらくは私たちについてアイドルに毛が生えた程度と思っていた人が多かったろう。そして思ってたよりはまともな演奏をすると思ってもらったのが、この歓声ではないかという気がした。
 
和泉が代表して挨拶する。
「拍手ありがとうございます。つたない演奏ですが、私たちもたくさん歌と楽器の練習をして、いつの日かスイート・ヴァニラズに追いつけるよう頑張りたいと思います」
 
暖かい拍手が来る。
 
「それでは次の曲『回想』」
 
軽快なビートに乗せて演奏する『情熱』は割と誤魔化しやすいのだが『回想』
は静かなロッカ・バラードの曲なので、演奏技術のアラが出やすい。そこでリードギターの音羽はこの歌ではギターの方に集中し、残りの4人で歌う。するとこれは結果的に、和泉・私・小風・美空と「4人のカリオン」の状態になった。私はKARIONで使っている声を出したい欲求を抑えながらローズ+リリーの声で歌唱参加したが、これまで何百回と一緒に歌ってきた関係なのでとても美しくハーモニーが響く。
 
結果的にこの歌も破綻無く、むしろとても美しく演奏することができた。
 
歌い終わると何だか物凄い拍手が来た。さっき『情熱』を演奏した時の3倍くらい拍手されている感じがした。
 
私たちは調子に乗って、『スーパーデラックス・ストロベリー・ミルク・チョコレート・パフェ・スペシャル・ウルトラ・オプション・ナンバー7』
(この長い曲名を和泉はソラで言えた)、『迷い庭』、『海辺の秘密』、『悲しみの映画チケット』そしてスイート・ヴァニラズ最大のヒット曲である『祭り』まで歌うと、会場はもう熱狂に包まれていた。
 
和泉はその熱狂する観客に向かって言う。
「これで前座は終わりです。それでは真打ち登場!スイート・ヴァニラズ!!」
 

ここまでの歌で熱狂していた観客の興奮がそのまま物凄い歓声になる。その歓声の中、スイート・ヴァニラズの5人がステージに上がってきた。
 
和泉がEliseにマイクを渡す。Eliseが和泉をハグする。何となく雰囲気で、音羽とMinie, 小風とLonda, 美空とSusan、そして私とCarolがハグして、演奏者交替する。私たちは観客に向かって手を振り、ステージを降りた。
 
Eliseが観客への御礼、そして私たちへの御礼を述べた。そしてスタンバイしたメンバーが演奏を始める。日没はもう間近である。会場に照明が灯る。昨年秋に出して久しぶりのミリオンセラーとなった曲『ラブレター』を歌う。スイート・ヴァニラズは曲によってリードボーカルを変えるが、この曲はEliseがリードボーカルになる曲である。本人には負担になるが、Eliseが1曲しか歌えないなら、この歌を歌わせてくれと言い、この曲に決まった。
 
激しい曲ではないが、盛り上がっていく曲である。事前にかなり熱気を帯びていた観衆が、最高のノリとなり、興奮して走りだそうとして場内の警備スタッフに停められている人まであった。
 
演奏終了とともに、凄まじい歓声と拍手。それが鳴り止まない。普通ならアンコールに応じるところだが、ドクターストップなので出来ない。5人はステージ前面に並び、再度お辞儀をした。そしてEliseが
 
「ごめんね〜。赤ちゃん産まれた後で、アンコールに応じるからね」
 
と言い、大きな拍手に包まれて5人はステージを降りた。08年組でそれを迎えて握手したりハグしたりする。
 
ステージ上ではスタッフが機材の入れ替えをしていたが、それを待っているスカイヤーズのYamYamが
 
「こんなに熱狂されたら、俺たちやりにくいな」
などと笑いながら言っていた。YamYamもEliseに握手を求めていた。
 

演奏の後で「AYAちゃんが持ってた楽器は何ですか?」という問い合わせが結構あったようである。オタマトーンDeluxeという楽器ですと解答すると、それがツイッターのトレンドにも上がり、オタマトーンのデモビデオの視聴回数が跳ね上がったようであった。
 
なお通常のオタマトーンでは「口パク奏法(オタマジャクシの口を開け閉めする)」
でワウワウを入れてもLINE OUTにはそのワウワウが出ないのだが(ワウワウはスピーカーの回転で起きる効果)、口パクを検出して電子的にワウワウ効果を加える試作品のオタマトーンをメーカーが提供してくれたので、今日はそれを使っており、ワウワウ効果がちゃんとPAに反映されていた。
 

フェスが終わった後で、夜間ではあったが、横須賀市内のホテルで、町添さんも出席して、EliseとLondaによる記者会見が行われ。一部の局の夜の報道番組がそれを生中継した。
 
Eliseは相手の男性の名前や職業などは明かせないとした上で、その人とは結婚しないまま子供を出産するつもりであること。向こうは認知はしてくれるし、出産費用や養育費についても出してくれる意向であることを明かした。出産の予定日は来年の3月20日であるというのも言った。事務所社長の河合奈津子は、計画中であった年末のツアーを中止すること、来年の夏頃に改めてツアーをすること。Eliseはこの後、来年7月まで産休とするが、その間のスイート・ヴァニラズの活動については、後日検討して発表することを述べた。
 
この件はスイート・ヴァニラズのホームページ、★★レコードのサイト、そして明日の復興支援ライブの特設ホームページ上でも告知したが、実際問題として支援ライブの払い戻し希望者はほとんど出なかった。そして 08年組の出演があるということで追加発売された3000枚のチケットは夜遅い時間帯であるにも関わらず1時間でソールドアウトした。
 

Eliseたちが記者会見していた頃、08年組は★★レコードのスタジオ最上階、青龍の部屋に集まっていた。今日は時間が無くてぶっつけ本番になったのだが明日のために、少し練習しておこうという趣旨である。このメンツが集まれる機会はなかなか無いのだが、KARIONは本来今日を最後に休養に入る予定だったし、他の3組も2日ライブの間で、他の予定は入れてなかった。むろん数名のメンバーの要請により、美味しいお弁当たくさんと、おやつに大量の今川焼きが用意されていた。
 
「なぜ今川焼きなんだろう・・・」
「あんこが食べたいという意見があった模様」
「あ、私はそれ回転焼きと言うな」
「私は大判焼きだな」
「個別銘柄として博多の蜂楽饅頭も好きだ」
「私は大阪の御座候がいい」
「御座候は姫路」
「あ、そうだっけ?」
 
「でもここ初めて入った」と和泉が言う。
「私も〜」とAYAが言うので
「ゆみちゃん、ここの常連かと思ってた」と音羽が言う。
 
「私、ソロだから、こんな広いスタジオ使う必要無いし」とAYA。
「なるほど!」
「私いつも6階の鳳凰だよ」
「あの部屋好き!」という意見が多数出る。
 
鳳凰の部屋は壁に描かれている鳳凰の絵がとっても可愛いのである。女性アーティストに好まれるので、最近女子トイレが改装されて文庫本かゲーム機でも持って入りたいような素敵な雰囲気になっている。実際富士宮ノエルが30分籠もっていて、倒れているのでは?とマネージャーさんが心配して見に来たらしい。(本人は単にボーっとしていたと言っていたという)
 
しかしどうもこの最上階の青龍を使ったことのあるのはローズ+リリーとXANFUSだけのようであった。
 

なお、AYAのマネージャー・高崎さん、XANFUSのマネージャー白浜さん、KARIONの事務所の若い子・北嶋さん、UTPの窓香、それに★★レコード代表ということで氷川さんが来てくれていたので、遠慮無く色々雑用を頼んだ。白浜さんはMIDIの編集ができるのでアレンジ譜の明らかな間違いなどを修正してもらった。
 
「北嶋さん、下の名前は何ですか?」
と北嶋とは初めて会った光帆が訊いた。
 
「花恋(かれん)です。花の恋と書きます」
「わぁ、可愛い!」
「ってか、芸名みたいな名前!」
「ってか、芸名だもんね」と美空。
「えー!?」
 
「スーパースターのみなさんの前では恥ずかしいですけど、18歳の時に一度だけCD出したことあるんです。でも300枚くらいしか売れなくて次作ってもらえなかった」
「ああ。でも300枚買ってくれたファンがいたというのは財産だよ」
 
「ええ、そう思ってます。当時はシーパー・ミュージックと契約してたんですけど、契約切れた後、スーパーのレジ係とかしてたけど音楽への夢が忘れられなくて。たまたま勤め先に青島リンナさんがキャンペーンライブで来ていたのをちょうど休憩時間だったので見ていたら、マネージャーの三島さんに声を掛けて頂いて。三島さん、私が歌手していたのを覚えていてくださって。こういう世界にまた戻りたいなあ、なんて言ったら、マネージャーしてみる?と言われて、まだマネージャー5ヶ月目です。歌手名覚えてる人もいるだろうから、その名前で活動しなさいと言われました。本名は中尾法子といいます。名前の使用については元の事務所と交渉してくださって一応移籍に準じる扱いで。移籍金1円だったらしいですけど」
 
「うむむ。1円か」
「私って1円なのかって、ちょっと複雑な心情でしたけどね」
「まぁ、帳簿上の備忘価額かな」
 
「KARION専任なの?」
「それがKARIONさんはすることが無くて」
「あはは」
「和泉たちだいたい3人で勝手に行動してるもんね」と私。
「うん。航空券とかホテルとかも自分たちで勝手に取るしね」と和泉。
 
「だいたい、Ozma DreamさんかAPAKさんに付いてますけど、先日は青島リンナさんのツアーに帯同しました」
「へー。頑張ってね」
「はい」
 
「花恋ちゃん、ピアノとギターも弾けるから」と和泉。
「おお、それは練習の手伝いもしてもらおう」
 
ということで、その日の練習の際は、ずっとリードギター弾きっぱなしで負荷の高い音羽が一時休憩する時に代わりに弾いてもらったが、結構上手くて、みんなから褒められていた。花恋も演奏するのが嬉しそうだった。
 
「花恋ちゃん、音源制作の手伝いもできそう」
「でも今はマネージャーなので」
「大丈夫。ここに本来音響技術者だったはずが、ピアノやヴァイオリン弾いていろんな歌手の音源制作をしてた子もいる」
と和泉が私を指さして言う。
 
「へー!凄い!」
「まあ、それが歌手になろうと思ったきっかけかな」と私。
 
「あ、それと花恋ちゃんって男子高出身なんだよね」と小風。
「えーーー!?」
「元男の子なの?」
 
「いえ。それ営業する時の話のネタなんですけど。私の高校、私たちの次の学年から男子のみ募集するようになって。私たちが卒業すると同時に男子校になっちゃったんです」
「なるほど〜!」
 

最初はお弁当(8人だが弁当は16個ある)を食べながら明日の曲目の演奏方法について検討した。明日はスイート・ヴァニラズが『情熱』を歌い、ジュニアが『ラブレター』を歌うことにしている。また明日は枠の時間が長い分、今日より曲数が多いので、『ラブレター』及び追加になる曲については、今日演奏した曲のアレンジ譜が出来た後で、引き続きアレンジャーさんたちがスコアを書いてくれていて、既にもう届いている。ジュニアの演奏曲数は11曲である。
 
全部で8回のMCを入れることを決め、ここにいる8人が1回ずつしゃべることにした。最後を和泉が締めることにする。
 
「人気度から言って最後にしゃべってEliseにマイク渡す役はローズ+リリーがいいと思うけど」
と和泉は言ったが
 
「和泉ちゃんは08年組の代表だから」と音羽。
「そんなのいつ決まったの〜?」
「今」と全員の声。
 
みんな同い年ではあるものの、やはり和泉が精神的にいちばんしっかりしていることを1月以来の「08年組」の活動の中で全員が感じていた気がする。
 
それにローズ+リリーが最後ということになると、私がドラムスを打って最後部にいるからマリが最後の締めをすることになる。でもハプニングを起こす名人のマリが最後の締めなんて恐ろしい!と思った人も複数あったことを後から聞いた。
 
今日は急なことだったので、取り敢えず全員できる楽器を弾き、楽器演奏と同時に歌える人が歌うという方向だったのだが、やはりひとりずつに見せ場を作ろうということになる。譜面が読める白浜さんと花恋に各曲各パートの音域をチェックして表にしてもらっていたので、それを元にそれぞれのメインボーカルを決めた。8人がどれかひとつはメインボーカルを歌う。残りの3曲は、私と和泉とゆみがメインを歌うことにした。他にも弾き語り困難な楽器を弾いているマリ・光帆・ゆみもメインボーカル以外で3回ずつ楽器を休んで歌うことにする。結局次のような形のメイン/サブで歌うことになった。
(音羽・小風・美空・和泉・ケイは毎回歌唱参加)
 
_____ MCケイ
和泉/ゆみ MC音羽
音羽/マリ
ケイ/光帆 MC小風
小風/ゆみ MCマリ
マリ/  
ゆみ/光帆 MC美空
美空/マリ
光帆/   MC光帆
ケイ/ゆみ MCゆみ
和泉/光帆
ゆみ/マリ MC和泉
 
全曲通して演奏してみる。みんな多少間違うものの気にせず先に行く。それでも「今の曲はもう一度やろう」ということにした曲も出たし難しい曲は何度も練習したので、結局3時間ほどの練習となった。
 
また、今日のステージでは難しい曲では音羽はボーカルを休んで楽器に集中したのだが、この練習で「行けそう」ということになったので明日は全曲ギターを弾きながら歌うことにした。
 
練習が終わったのは12時すぎだった。今夜は自宅まで戻るのが大変なので、近くのホテルを確保してもらっており、そちらで寝る。しかし
 
「御飯食べてから寝ようよ」
という複数の声。
 
「なんか山ほどのお弁当とか今川焼きとかあった気がするけど・・・」
「だって、こんなに練習したもん」
 
ということで、夜食を食べてから寝ることにし、朝一番の出番なので早く寝なければならないAYAを除いた7人に加えて待機してくれていた氷川さんと一緒にぞろぞろと近くの焼肉屋さんに行った。マネージャーの4人はもう帰した。
 
個室に通してもらう。ここは芸能人の客が多いので、個室が多数ある。席に座ると政子や美空が嬉しそうな顔をしている。食べ放題とセットが選択できるが、当然食べ放題を選択する。
 
「結局お弁当は誰が何個食べたんだっけ?」
「数えてないな」と政子。
「私は4個食べたよ」と美空。
「ということは政子は6個か」と私。
「あれ?他の人は2個とか3個とか食べなかったの?」
「複数個入るのは、政子と美空以外有り得ない」と音羽。
 
「だってフェスであれだけ歌ったらお腹空くよね」と政子が言い
「そうそう」と美空も言う。他のメンバーは黙殺している。
 

「ところで、ここだけの話、冬と政子が付けてるブレスレットの意味を教えて欲しい」
と音羽。
 
「あ、これはマリッジリング代わり」
と政子はあっさりバラす。氷川さんも微笑んでいる。
 
「あ、やはり結婚したんだ!」
「うん。去年の3月に結婚式を挙げたよ。出席者は私たち含めて4人だけだけど」
 
「えー!? 凄い!」と言ってから音羽は
「今驚いたふうの人の数が少ない」と言う。
 
「私は知ってた」と小風。
「右に同じ」と和泉。
「私は初耳だ」と美空。
 
「一昨年の12月に私が結婚式のブーケ持ってるの見て織絵たちから『次はマリとケイが結婚するのね』と言われたじゃん。結果的にはその通りになった」
「おお、ブーケのリレーか」
 
「織絵(音羽)と美来(光帆)も結婚しちゃえば? もう1年以上同棲してるよね?」
と政子。
 
「うん。一応それぞれのマンションはあるけど、実際問題としてずっと織絵んちにいる」と光帆。
「冬たちも同じ方式かな。それぞれの家はあるけど、ふたりともずっと冬のマンションにいるよね?」と音羽。
「うん。私たち住民票もふたり同じ場所に置いてるしね」と政子。
「えー!?」
「すごー!」
 
「でも結婚したら町添さんが心臓マヒ起こすかも」
「内緒でやればいいのよ。私たちもこのブレス、プライベートな場でしか付けないようにしてるからね」
「うん、さすがに指輪はマズいだろうとは考えたことある」
 
「政子のステージ復帰には、私と結婚して精神的に安定したのも関わってるかもね」
と私も言っちゃう。
「ふふふ」と政子は笑っている。
 

「ところで、ここだけの話、Rainbow Flute Bands のフェイの性別教えて下さい」
と小風が氷川さんに訊く。
 
「それ私も知らないんだよ。社内でも知ってる人はごく僅かみたい」
と氷川さん。
 
「ホルモン的にはかなりニュートラルに近いとみたけど、戸籍上の性別は私も見当付かないなあ」
と私は言う。
 
「ホルモン・ニュートラルか・・・初めて出会った頃の冬がそうだよね」
と和泉。
 
「うん。まあニュートラルに近かった。僅かながら女性ホルモン優位。そうしないと、バストが成長しないし、男性ホルモン優位だと声変わりが起きる危険があるから」
 
「ああ、そういうコントロールしてたんだ?」
「男性機能は活かさず殺さず」
「殺しても良かったと思うが」
「その意見に賛成」
「むむ」
 
「でもそれじゃフェイちゃんもニュートラルには近くても、女性ホルモン優位だよね?」
「だと思う。でないとあの声は維持できないはず」
 
「冬も初期の頃、随分中性的な声で歌ってたね」
 

「ところで、ここだけの話、水沢歌月って、小風のペンネーム?」
と光帆が訊く。
 
ちょうど氷川さんがトイレに立ったタイミングを狙って尋ねた感じだった。
 
「違いまーす」と小風。
 
「えー?ほんとに?」
「小風ではないということは認めてもよい」と和泉。
 
「私、てっきり水沢歌月って、KARIONの誰かだと思ってたのに。だって曲がさ、今回のジョイントやってて、これはKARIONを一緒にやってる人でないと書けない曲だって気がしたんだよね」と光帆。
「ああ」
 
「マリ&ケイなんて理想的。ふたりで作って、ふたりで歌う」
と音羽。
 
「神崎美恩・浜名麻梨奈も、かなり理想的だと思うけどなあ。ふたりの良き理解者だよ」
と私。
 
「そうだなあ。付き合い長いし。私と織絵(音羽)が運命的な出会いであったのと同様にあのふたりも運命的な出会いだったんだよ」
と光帆は言う。
 
「元々は神崎さんと美来(光帆)で組んで歌を作ってたのが、美来が忙しすぎて書けなくて、そんな時に代わりに浜名さんに書いてもらったのが、きっかけだと言ってたよね?」
 
「そうそう。『DOWN STORM』。凄い良い出来だったから社長に頼み込んでアルバムに入れてもらったんだ。社長は『こんなの入れるの?』とか消極的だったんだけどさ。それが売り出してみたらアルバム自体が8万枚しか売れてないのに、『DOWN STORM』の単独ダウンロードが30万件行って、FMや有線へのリクエストも凄かったんだよ。そしたら社長も掌返したように『この曲いい曲だよね。当たると思ったんだ』とか」
と光帆。
 
「あはは」
「いや、君子豹変。それでいいんだよ、トップは」と和泉。
「改めることのできない人はトップの資格が無いね」と私も言う。
 
「それ以前はアイドル歌謡だったよね。ダンスナンバーへの転換のきっかけになったよね?」と小風。
「08年組はスリーピーマイス以外、みんな最初はアイドル歌謡だったね。でもどこかでその道から外れてる」
 
「外れてから売れてるね、みんな」
「ゆみちゃん(AYA)だけかな。アイドル歌謡で売ってるのは」
「まあ。それで売れてるからいいんじゃないの?」
「このあたりでマンボダンサーに変身とか」
「なにゆえマンボ〜?」
「今頃くしゃみしてるな」
 

「で、水沢歌月って結局誰なのさ?」と音羽。
 
「まあ、水沢歌月はKARIONのメンバーだよ」と和泉。
 
「え?じゃ、美空なの?」と光帆。
「違いまーす」と美空。
 
「あ、そうか!水沢歌月が4人目のKARIONなんだ?」
とやっと気付いたように光帆は言う。
 
「うん。正解。だからこういうサインが存在する」
と言って和泉は手帳のクリアポケットに入れている《4分割サイン》を見せる。
 
「おぉ!これテレビの鑑定番組で見たことある」
「水沢歌月が入って4分割だったのか!?」
 
「やはり4人目のボーカルも水沢歌月なの?」
「そそ。ピアノとヴァイオリンもね」
「ああ、それでトラベリングベルズが完成するんだ!」
 
「トラベリングベルズは、あの5人に加えて、私のグロッケンと、歌月のピアノ・ヴァイオリンが入って完成する。7人8パートのバンドだよ」
と和泉。
 
「リズムセクションとそれ以外の楽器は別録りだからピアノとヴァイオリンを兼任できるんだよね。まあ私や美空もパーカッション打ってたりするけど」
と小風が補足する。
 
「でもなんで、表に出て歌わないの? 音源ではふつうに歌ってるんでしょ?」
 
「まあ、そのあたりは色々事情があってね。ここだけの話、4ボーカルの曲では一貫して歌月が歌ってる。最初のCDの『鏡の国』以来。あの子器用だから、CDごとに声色や歌い方まで変えて歌ってるんだよね」
と和泉。
 
「じゃ本当はKARIONは4人のユニットなのか」
と音羽が言うが、和泉は
「ううん。実は6人いる」
と言うので、
「えーーー!?」
と音羽と光帆が驚いたように言った。
 
「待て。今、驚いてもいいはずのところで、冬と政子が驚かなかったのはなぜだ?」
と音羽。
 
「だってKARIONが本当は6人いるという話はこないだ聞いてたもん」
と政子。
「まあ、5人目・6人目は名誉メンバーみたいなもので、実態的には4人なんだけどね」
と和泉は補足する。
 
「そうだったのか」
 
「でもXANFUSだって、神崎さん・浜名さんを入れたら4人みたいなもんだよね?」
と小風。
 
「うん。実際にはそういう意識でいる。合同サインまでは作ってないけどね」
と音羽。
 
「あ、そうそう。そのKARIONが実は6人という話に引っかけて、こないだ、こんなの作ったんだよ」
と言って、和泉は自分のパソコンを取り出して『歌う花たち』のmp3を鳴らす。
 
ちょうど氷川さんがトイレから戻って来たので、水沢歌月の話は今日はここまでという雰囲気になった。
 
「6つ声が聞こえる」と指折り数えていた音羽が言う。
「あれ?これもしかして冬と政子?」と光帆。
「そそ。これは KARION ft. Rose+Lily のクレジットで出す」と和泉、
「ローズ+リリーのアルバムにXANFUSがゲスト参加してたから、こちらも似たようなことをしてやろうと」と小風。
 
「なるほどー」と光帆。
「じゃXANFUSのアルバムに KARIONを招待しよう」と音羽。
「うん、いいよ」と和泉。
 
「でもきれいだね〜。無伴奏ってのもいいなあ」と音羽。
「私も初めて聴きましたが、凄く美しいですね」と氷川さん。
 
「ん? KARIONが3人、ローズ+リリーが2人で5人。もうひとつの声が歌月?」
「いや、それは5人目のKARION」
「うむむむむ!」
 

話は盛り上がっていたが、明日があるのでホテルに入って寝ることにする。私と政子は当然ダブルだが、音羽と光帆も今日はダブルにしていた。私たちはエレベータの中で束の間の危ない会話をする。
 
「普段のツアーでは一応シングルふたつ取って、実際には片方で一緒に寝てるんだけどね」
と光帆。
 
「ああ、それは私たちも初期の頃やってたなあ」
と政子。
 
「でもシングルでふたり寝ると狭いよね」
「うん。それが問題」
 
「和泉たちは一緒に寝なくてもいいの?」
「私たちは3人ともストレートだから」
「そっか」
「でも和泉はバイの疑いがある」と小風。
「ああ、それは感じてた」と光帆。
 
「和泉は歌月さんと恋愛関係無いの?」と音羽。
「あ、それは無いよ。純粋に友だちだから。まあ、歌月には恋人がいるしね」
と和泉。
 
「へー」
 
「ビアンも楽しいのに」と音羽。
「Biennes sont bien(レスビアンは素敵)」と政子。
 
「私はやはり男の人と結婚したいなあ」と小風。
「右に同じ」と美空。
「和泉は?」と光帆。
「私はあまり結婚ってしたくない感じ。旦那面されたくないから。恋人がいれば充分だし、子供作るのもシングルマザーでいいや」と和泉。
「ああ、それはあるかもねー」
 
「それは私も同じだなあ。結婚はせずに種だけ適当に調達して子供8人くらい産もうかと」と政子。
 
「8人は凄い」
「そんなに産んだら子育てで音楽活動できないのでは?」
「大丈夫。冬が育ててくれるから」
「うむむ」
 
「冬は子育てしながら曲を書いたり歌ったりできるの?」
「大丈夫。冬はたぶん5人くらい居るから」
「そうだったのか!」
 
 
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【夏の日の想い出・花の繋がり】(1)