【夏の日の想い出・花の繋がり】(2)

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翌8月11日、私と政子は6時に起きて朝御飯を食べてから常磐線スーパーひたちに乗り、東北復興支援ライブの会場入りした。行くと一番手のAYAはもう終わっていて(いったん休憩所にしているホテルで休憩しているということだった)2番手のスリファーズがローズクォーツをバックに歌っていた。
 
AYAのバックで演奏したポーラスターの杉山さんがVIP席で見学していたので、挨拶して二言三言、言葉を交わしてから、私たちはVIP席より少し後ろの芝生の斜面にふたりで座った。
 
「でも春奈ちゃん、すっかり元気になった感じだね」と政子。
「性転換手術の痛みはもう全然無いって言ってたよ」と私。
「青葉が果たしている役割は大きいなあ」
 
「あの子は他人の役に立つことで自分が生きている意味を見い出しているんだよ。だから、どんどん仕事させることで元気になる」
「・・・何も言わないけど、悲しいよね?」
 
「当然でしょ。親との軋轢は大きかったみたいだけど、それでも親だし。あと親の愛が得られなかった分、お姉ちゃんとの絆が強かったから、そのお姉ちゃんを失った悲しみは代え難いものだったと思う」
 
「あの子・・・自分はいつ死んでもいい存在だとずっと思ってたなんて、いつか言ってたね」と政子。
「それはあの子を見てれば分かる。今でも結構そう思ってる」
と私も言う。
 
「冬も以前似たようなこと言ってなかった?」
「・・・まあね。でも私の場合なんて、青葉に比べたら生やさしい」
 
「・・・・・・・・田中さんの件も凄いよね。今完全に2オクターブ聞こえるみたいだし」
 
「青葉自身、あそこまで回復させられるとは思ってなかったらしい」
「冬もさ、青葉のヒーリング受けて、フル活動できる体力を得られたんじゃない?」
 
「そそ。青葉がいなければ、ローズ+リリーの活動再開は遅れていたと思う。私が大学1年の時に須藤さんのゆっくりペースにハマってしまったひとつの原因はやはり豊胸手術・去勢手術の傷の痛みがずっとあって、精神力を削がれていたこともある」
 
「昨日、織絵(音羽)たちが運命的な出会いって言ってたけど、私たちと青葉との出会いも運命的だよね」
 
「うん。ローズクォーツで絨毯爆撃ライブなんてやってなかったら、あの子とも出会ってなかったろうから、青葉ってのは、ローズクォーツの活動で得られた最大の収穫かもね」
 

30分前にはスターキッズのメンバーと松村さんもやってきて、私たちは七星さんとハイタッチする。やがてスリファーズが最後の曲を演奏し、そのあとアンコール曲もやってステージを降りる。春奈たちをハグして迎える。
 
ステージではスタッフが機材の入れ替えをしている。タカたちとも握手する。そして出番になる。ステージに駆け上がる。スターキッズもそれに続く。
 
「こんにちは〜!ローズ+リリーです!」
と一緒に叫ぶ。
 
「時刻はそろそろお昼ですね。私たちはこのステージが終わった後、お昼を食べますが、みなさんは聴きながらお昼食べてくださいね。今日のライブはおしゃべりしながらでも、寝転がりながらでも、のんびり気分で聴いてくださいという趣旨ですから。あ、でもiPod聴きながらってのは勘弁してね」
 
と言うとどっと笑いが来る。
 
「それでは最初の曲。もっとお腹が空くように『ピンザンティン』」
 
私たちがお玉を振りながらその曲を歌い終えると、政子が
「ケイ、これ歌ったら私お腹空いた」
と言う。
 
「そうだね。さすがにステージで歌いながら食べるのは無理だから、終わるまで待ってね」
「ホットドッグがたくさん食べたい」
 
「場内にもホットドッグ屋さんあるけど、マリが食べに行くと品切れになっちゃうかもね」
「ああ、一度ホットドッグ屋さんを独占して食べたい」
「まあ、それは今度にしてね。今日は迷惑だから。じゃ次はマリが広島でお好み焼きを8枚食べた時の歌、『蘇る灯』」
 
と私が言うと「えーー!?」という声が会場に湧く。初公開のエピソードだ。
 
歌詞の内容は、お好み焼きなどを思わせるものは何もない。喧嘩してから仲直りしたカップルの睦言を綴ったような歌詞だ。実際、おふたりはこんな会話を寝室でしてるんですか?などと雑誌記者に聴かれたこともある。
 
『After 3 years Long Vaction』に収録した曲だが、シングルカットの要望が高く、『Long Vacation』とセットにしてシングルカットされ、それも10万枚以上売れた。
 

その後、私たちは『帰郷』『事象の夜明け』『カントリーソング』と震災絡みの歌、それから『キュピパラ・ペポリカ』『Spell on You』『影たちの夜』
『疾走』『ファレノプシス・ドリーム』『夜宴』といった元気な曲、そして『カトレアの太陽』『夏の日の想い出』『君待つ朝』『坂道』『100時間』といった静かな曲を演奏していった。
 
『君待つ朝』以降ではヴァイオリンの松村さんにも参加してもらった。『坂道』
の胡弓パートと『君待つ朝』『100時間』に設定したヴァイオリンソロを松村さんに弾いてもらう。
 
「暑い中、聴いて下さってありがとうございます。今日のライブも最後の曲になってしまいました。『花園の君』」
 
松村さん・鷹野さん・七星さん・香月さん・宮本さんによるヴァイオリン五重奏をフィーチャーしている。但し今日使用するヴァイオリンは5台ともヤマハのサイレント・ヴァイオリンである(3台レンタルして持って来た。七星さんと松村さんはそもそもサイレント・ヴァイオリンを所有しているので自分のを弾いている)。さすがにこの炎天下にはデリケートな高額楽器は持って来られない。昨日は朝1番だったからアコスティック・ヴァイオリンが使えたのである。
 
やがて終曲。拍手と歓声にお辞儀して応える。拍手は鳴り止まないが、スターキッズは手を振ってステージから降りる。ただし七星さんだけが残りフルートを持つ。私はクラビノーバの前に座り、政子が私の左側に立つ。
 
『神様お願い』を演奏する。私のピアノに合わせて七星さんのフルートも響き、私と政子のふたりで歌う。
 
「一歩一歩、歩みを進め」
「辛いことも耐え抜いて」
 
人知は尽くす。やれるだけのことをやる。それでも人の力では足りない。だから私たちは神様に祈る。
 

大きな拍手と歓声の中、私たちが下に降りると次の出番のXANFUSの2人とパープル・キャッツの4人がいる。私たち2人はその6人とハグし合う。ついでに七星さんもハグの嵐に巻き込まれ、6人とハグした。私たちはXANFUSの演奏を最初の1曲だけ聴いてから、会場を離れた。
 
休憩用にホテルを用意してもらっていたので、ホテルのレストランで遅い昼食を取ってから部屋に入り、シャワーを浴びてから愛し合った。愛し合っている内に眠ってしまう。
 
起きたのは16:30だった。着替えてから集合場所にしていたホテル内の宴会場に降りて行く。
 

「遅ーい。起こしに行こうかと思ってたよ」
「ごめーん。織絵たちは休めた?」
「30分くらい寝た。私たちもさっき降りてきた所」
 
「Hできた?」と政子。
「してないよー。あんたたちしてたの?」と音羽。
「寝る前にはするのがデフォ」と政子。
 
「まあ、いいや。合わせるよ〜」と小風。
「よし、頑張ろう」
 
全曲合わせる時間は無いので、『ラブレター』と『回想』だけ合わせた。
 
「みんな結構いい感じじゃん」
「みんな楽器の演奏水準が趣味の範囲を超えている気がする」
「うーん。私、オタマトーンのプロを目指そうかな」
「それも楽しいと思うよ」
「AYAはオタマトーンでマンボを弾き踊りしよう」
 
「マンボ〜? なんで!?」
「セレソローサとか格好いいよね〜」
「闘牛士のマンボとかも良い」
「トレードマークはマンボウの着ぐるみだな」
「うむむ。面白いかも知れんが」
 
「でも私たちも、もうアイドルという年齢じゃなくなりつつあるし、何か別の要素を考えていかないといけないよね」
「形態転換か路線転換か」
「性別は転換できないけどね〜」
 
「そうだ。フェイの性別判明。今日の支援ライブ見に来ていたジュンを締め上げて吐かせた。やはり戸籍上は男の子なんだって。これ他言無用ね」
「へ〜」
「他言無用、了解」
 
「でも小さい頃から、男の子とも女の子とも遊んでたし、服も男の子の服も女の子の服も着ていて、本人としては両方生きたいらしい。高校には基本的には女子制服で通ってるけど実は男子制服も所有はしているらしいよ。水着はさすがに女物しか着られないけどって」
「まあ、バストあったら男物の水着は無理だよね」
 
「Rainbow Flute Bandsでは中性的な声で歌ってるけど、実は女の子の声もちゃんと出るらしい。でも男の子の声は出ないって」
 
「なるほど、そういう傾向か」
「MTF寄りのMTXって感じかな?」
「明確な男性化はしたくないから、小学5年生の時から女性ホルモンを微量だけ飲んでたって。それでおっぱいもあるけど、ちゃんと男性機能は使えると」
「なるほど。高校生の頃の冬に近い状態なんだ」
 
「いや、冬は男性機能は中学の時には既に無かったらしい。冬の中学時代の友人から聞いた話」と和泉。
「ほほぉ」
「待て。それどうやって確認したのかを知りたい」
 
私は取り敢えず何も言わずに笑っておいた。
 
「じゃフェイは性転換とかはしないんだろうね」
「うん。男性機能を捨てるつもりは無いらしいから。でも女の子と恋愛したことはないと。女の子には友情しか感じないらしい」
「じゃ使い道が無いね」
「そうみたい」
 
「まあ、ビアンという道はある」と音羽。
「ディルドーでも入れるような気持ちでおちんちんを相手に入れてもいいんじゃない」
「それ、まさに性転換前の冬では?」
 
「冬のおちんちんはどうやっても硬くならなかったよ」と政子。
「だから、冬は女の子とかなり際どいことはしていても、多分インサートは1度も経験して無いはず」
「ほほぉ」
 
「しかし私たちもこういう話を平気でする年齢になったんだなあ」
「結構気持ち的にはまだ17歳頃の感覚が残ってるんだけどねー」
「忙しく仕事してると時間の経過を忘れがちだよね」
 

ステージの進行が少し遅れているということだったので17:20になってから会場へと移動した。到着するとサウザンズが最後の曲の演奏を始める所だった。
 
「初期のサウザンズの曲って、チューニングが無茶苦茶だったよね」とAYA。「2008年のアルバム『大爆笑』から正しいチューニングになった」と光帆。
 
「その正しいチューニングさせたのが冬だよね?」と美空。
「うん」
と私が答えると「へー!」ということでみんなに感心される。
 
「そんな所にも冬が関わっていたのか」
「チューナー使うのもダメ、専門の楽器技術者とかに依頼するのもダメ、とメンバーがワガママ言うから、マネージャーさんが困って、そこにいる女子高生にチューニングさせるのはどう? なんて言われてさ」
「なるほどー」
 
「それでローズ+リリーで忙しくなる直前まで、サウザンズのチューニング担当だったんだよ、私。私が出て行けなくなった後は、中学の吹奏楽部の後輩の子に頼んだ。今はその子の更に後輩に引き継がれているけど、ずっと現役女子中高生がチューニングするというシステムは維持されている。今日もライブ前にその子が合わせてあげたハズ」
「そういうのも面白いね」
 
「昔のCなのかCmなのか判然としないような和音が良かったとかいう古いファンは居るけど、サウザンズの曲が広く一般にもうけるようになったのは、あれ以降だろうね」
「やはり合ってない音を聴かせられるのは苦痛だもん」
 
「耳の良い人にとっては耐えがたい騒音だよね。音程の合ってない音楽って」
と美空。
 
美空はおそらくこのメンツの中で最も精密な相対音感を持っている。
 

やがてサウザンズはアンコールの曲まで終えて、ステージを降りてくる。私はサウザンズのメンバー全員とハイタッチをした。
 
楽器の入れ替えが行われている間に、町添さんがステージに立ち、スイート・ヴァニラズがEliseの妊娠発覚のため1曲しか歌えないこと。それで最後の1曲を除いては《スイート・ヴァニラズ・ジュニア》が演奏することを告げる。入場ゲートでも掲示を出しエンドレスでアナウンスを流して告知していたこともありほとんどの観客がそれは承知であったようである。
 
やがて機材の準備ができる。《スイート・ヴァニラズ・ジュニア》とLondaがステージに上がる。Londaがあらためてお詫びのことばを言う。そしてLondaからマイクを受け取った私が挨拶してから、各々位置に就く。
 
私のスティックの音を合図に演奏が始まる。最初は『ラブレター』である。
 
音羽のリードギター(Yamaha Pacifica-112C2/RM)、小風のリズムギター(Fujigen EOS-ASH/STR)、美空のベース(Fender JB62/FRD)は各々自前の楽器を弾いている。3人とも赤いギター・ベースである。私が叩いているドラムセットと和泉が弾いているキーボードはスイート・ヴァニラズのものでピンク色にペイントされている。マリは自分のサイレント・ヴァイオリン(SV-200)、光帆も自前のYamahaのフルート(YFL-271:私が以前使っていたものと同じ製品)、AYAはメーカーが提供してくれた試作品のオタマトーンを弾いている。
 
ここまでの演奏で観客がノっていることもあり、私たちの演奏にも良い反応をしてくれる。間奏部分で本来Eliseが弾く結構テクを要するギターソロを音羽が危なげなく弾きこなすと、観客から「おぉぉ」という感じの反応があった。
 
昨日にしても今日にしても、私たちは「期待していなかった分感激される」というハンディをもらっている。こういうセッションの機会はローズ+リリーとKARIONの休養が入るので次は来年の春まで有り得ないが、次する時は今度はもうハンディが無いので、実際の自分たちの技術を上げておかないと、無茶苦茶言われるであろう。
 
もっとも音羽はXANFUS結成以前に、浜名麻梨奈と更にもう1人の同級生と3人でいろいろなバンドのコピー演奏などをしていた時期があり、ギターは結構年季が入っているのである(浜名麻梨奈がキーボード、もうひとりの子がベースを弾いていた)。今日弾いているのも当時から使用していたギターである(中古楽器屋さんで2万で買ったらしい)。当時スイート・ヴァニラズの曲もよく弾いていて「Elise風のソロ」も当時かなり練習していたらしい。
 

私たちはスイート・ヴァニラズがやるように、曲ごとにメインボーカルを変えながら、彼女たちの曲を演奏していった。
 
11曲演奏する予定の6曲まで演奏した時、ステージに突然Londaが駆け上がって来た。MCをしようとしていた美空が何だろう? という感じで様子を見る。
 
「ご来場の皆さん、ご声援・手拍子ありがとうございます。この子たち結構うまいですね。スイート・ヴァニラズ・ジュニアのステージもここで折返し点ですが、ちょっとだけお楽しみタイムです。この中でギター弾ける人?」
 
と言ってこちらを見るので、音羽・小風・和泉に私の4人が手を挙げる。
 
「ちょっと出てきて」
というので、私と和泉もドラムスとキーボードから離れて前に出てくる。
 
「一応この4人が弾けると事前リサーチをしていたので、今日は、いづみとケイの愛用ギターも持って来てもらっている。各々の家族に頼んで持ち出した」
 
と言うと、MinieとCarolが1本ずつギターを持って駆け上がってきて和泉と私に渡す。私に渡されたのはGibson SGだ。和泉はSquire Stratocaster のようである。私のはたぶん姉に頼んで出してもらったのだろう。続けて登ってきたSusanは譜面を持っていて、4人に配る。『だから言ったのに』とタイトルは書かれている。
 
「スイート・ヴァニラズ・ジュニア8人のメンバーの中で譜面が読める子は6人なんだけど、6人とも初見に強いみたいなんだよね。で、取り敢えずその中のこの4人に今から初見で1曲弾いてもらおうというのが、このお楽しみタイム。今4人に配ったのは数日前にスイート・ヴァニラズで書いて年末か年明けくらいのアルバムに入れようかと思っていた曲。これをElise以外の私たち4人で歌うから、その伴奏をやってもらおうという訳」
 
観客席から歓声と拍手が来る。
 
「そういう訳で、弾いてくれるかな?」とLondaが言うので、私たち4人は心で焦りながらも笑顔で声を揃えて「いいとも!」と言った。全員ハッタリの得意な子ばかりである。
 
私たちは10秒で弾き方を決めた。
「私の所に来てるのがリードギターみたい。これ音羽弾いてよ」
「OK」
と言って和泉と音羽が譜面を交換する。
 
「私の譜面はひたすらバッキングみたい」と小風。
 
「じゃしっかりそれでリズムを刻んで。私と和泉はそのタイミングに合わせる」
「了解」
 
音羽がギターのボディを手で叩いてリズムを取り、まずはその音羽のリードギターが前奏を弾き始める。それに小風が和音でリズムを刻み、私と和泉はそのリズムを聴きながら指定の譜面を弾いていく。クラシックギターでは三重奏や四重奏はよくあるが、エレキギターではあまりやらないので、観客も「へー」
という感じで聴いている。実際のサウンドは物凄く重層感のある音である。タイミングがずれると目立つので、私も和泉も小風の演奏を心で感じながらそれに合わせて弾いていった。
 
そして私たち4人の出す音に合わせて、Londa, Minie, Carol, Susan の4人が歌う。
 
その歌に合わせて思いだしたかのように手拍子が鳴り出す。私たちは譜面を必死に追いながら演奏していった。
 
Aメロ・Bメロ・サビと終わった所で私はギョッとする。何だか物凄いバリエーションが指定してある。ギョギョギョと思ったが、初見でさすがにこの音符は追えない。私は開き直って、勝手に作曲しながら、この曲に合いそうなギターソロを適当に格好良い感じで演奏した。何だか拍手をもらった。やったね!
 
それが終わった所でまたAメロ・Bメロ・サビと行く。ここで転調している!ひゃー。頭を切り換える!左手の基本ポジションをずらす! Cメロ・Bメロと進むと再び転調して元の調に戻っている。元の調に戻すのは割と簡単に頭も指も付いていく。その元の調でサビを2回演奏し、私はその後は普通の演奏になっていたのでホッとしていたら、隣で弾いていた和泉が華麗なバリエーションを弾き、それでコーダとなった(やはりとても音符を追えなかったのでアドリブだったらしい)。
 
物凄い拍手が来た。
 
どうも、ひとりひとりに見せ場があるようなアレンジがされていたようだが、リズム感は良いものの、そういうバリエーションを弾くのが苦手な小風には、上手い具合に単純なバッキングを基本にしたパートが当たったようで、運が良かった。
 
歌い終わったスイート・ヴァニラズの4人も拍手をしてくれて私たちに前に出てくるよう言い、一緒にお辞儀をした。歌っていた4人とギターを弾いた4人で握手をする。そのあと、私と和泉は弾いていたギターをCarolとSusanに渡し、全員元の位置に戻る。スイート・ヴァニラズの4人もステージを降りる。
 
後ろで椅子に座って見学していた美空(ベース担当)が出てきて
 
「いや、凄かったですね〜。転調ありソロありの初見演奏なんて恐ろしい。私、ギターできなくて良かった」
と言って笑いを取り、本来のMCに入った。
 

そのMCの後で、またスイート・ヴァニラズ・ジュニアで5曲演奏した。最後の曲『甘い生活』を演奏してから最後の締めのMCを和泉がする。そして
 
「それでは真打ち登場!本物のスイート・ヴァニラズです!」
という和泉の紹介に、Eliseを含めたスイート・ヴァニラズの5人がステージに上がってくる。Eliseはこの直前まで会場内の空調の効いた部屋で涼みながら私たちの演奏を聴いていたらしい。
 
Eliseが和泉からマイクを受け取り、
「ありがとう! 将来のバンド少女たち!」
と言うと、観客から拍手が来る。
 
それで私たちはスイート・ヴァニラズのメンバーと適宜握手をしながらステージを降りた。
 
最後の曲スイート・ヴァニラズによる『情熱』が演奏される。ライブは熱狂している。それまで座ったり寝て聴いていた聴衆も最後の曲とあってみな立ち上がって手拍子を打っている。飛び跳ねている子たちもいる。
 
私たちはステージ下でそれを見ていた。音楽って本当にいいなと思う時間である。
 
この1曲だけに全力投入するEliseの熱いボーカルが響き渡る。他の面々も熱く演奏する。
 
そして5分間の演奏者・観客全員の「情熱」が過ぎ去り、演奏は終曲を迎えた。
 
物凄い拍手、歓声が響く中、スイート・ヴァニラズの5人は一緒に
「ありがとう!」
と叫び、手を振ってステージを降りた。
 

しかし拍手は鳴り止まない。
 
昨日のライブはスイート・ヴァニラズの後にスカイヤーズが控えていたので良かったのだが、今日はトリである。
 
スイート・ヴァニラズがステージを降りた後、5分たっても拍手は鳴り止まないし、観客の熱狂は収まりようもない。
 
EliseとLonda, 町添さんが何か話している。それでEliseが私たちの方に来て言った。
 
「すまん。アンコールやってくれ」
 
「えーー!?」
と私たちはお互いに顔を見合わせたものの、確かにこの場は私たちが演奏する以外、無いようだ。
 
「何を演奏する?」
「何にしよう?」
 
スイート・ヴァニラズの曲でスコアを用意していたものは全て演奏してしまった。スイート・ヴァニラズの曲で演奏していない何かをぶっつけ本番で弾く?
 
「冬、ここはあれだよ。『花が咲くよ』」
と政子が言った。
「『花は咲く』?」
「あ、それそれ」
 
NHKの震災支援プロジェクト番組のテーマ曲で、紅白歌合戦でも演奏された曲だ。
 
「みんな行ける?」
「もうぶっつけ本番、アドリブ100%」
「よし、行こう。みんな自分のパートは他の人の音を聴きながら適当に」
 
「全体のコントロールは音羽よろしく」
「うん。適当にコントロールする」
 
それで8人でステージに駆け上った。
 
和泉が挨拶する。
 
「アンコールありがとうございます。本当はスイート・ヴァニラズが演奏すべきところなのですが、お医者様の指示でEliseは1回しか演奏できません。それで私たちがアンコールの代理を頼まれました。でもここは、私たちだけでなく会場のみんなでアンコールしませんか? 曲は『花は咲く』です」
 
というと会場内に「わあ」という声が広がる。このライブはそもそも復興支援ライブである。
 
和泉が挨拶していた間に手早く楽器のケープルを接続していた。音を出してみて、全員ちゃんと出ることを確認する。
 
音羽の視線に応じて私がスティックを鳴らしてタイミングを取り、ギター・ベース・キーボードが鳴り始める。8小節の前奏の後、みんなで歌い始める。会場の人たちも一緒に歌ってくれる。AYAはオタマトーンはもう適当に鳴らしながら歌の方に集中している。光帆はフルートを手に持ったままやはり歌う。政子もヴァイオリンの弓を振り回しながら歌っている。ここはみんなひたすら歌う。
 
ステージと会場が一体になり「花は、花は、花は咲く」と熱唱する。
 
私はこの、いわき市の会場からあふれ出たエネルギーが、福島県全体に広がっていき、その「気」を動かして浄化を進める力となるようなイメージを想像しながらドラムスを打っていた。
 
やがて終曲。
 
ステージ上の8人も会場もみんな拍手する。そして私たちは8人横に並び、お辞儀をした。そして手を振りながらステージを降りた。
 
主催者スタッフの女性が
「本日の演奏はこれで全て終了しました。最後まで応援ありがとうございました」
と締めのアナウンスをした。
 

08年組の8人とスイート・ヴァニラズの5人で打ち上げに行った。いわき市内では観客とぶつかりそうなので、車で磐越道を通り郡山市に移動して、郡山市内のビストロを貸し切りにした。
 
スイート・ヴァニラズのElise以外の4人は大いに飲み、XANFUSの2人は少し飲むが、私と政子、KARIONの3人はもっぱらお茶である。Eliseは飲みたそうにしながらもお茶である。政子はよく食べる。
 
「Eliseさん飲めなくて辛そう」
「Eliseのマンションからはアルコール類全部回収した」とLonda。
「代わりに大量のコカコーラゼロが置かれている。カロリーも摂りすぎるなと言われてるから。しかしアルコール欠乏症だ」
「やはりたまには肝臓を休ませないと」
 
「ケイはあまりお酒飲まないな」
「女性ホルモンとの兼ね合いもあるんですよ。女性ホルモンが肝臓に負荷を掛けるので、アルコールはそもそもあまり飲めないんです」
「ああ、そういうのがあるのか」
「天然女性でも肝臓のパワーが男性ほど無いから、女性は一般にお酒に弱いとも言うね」
「Eliseの肝臓は男性並みという気もする」
「あるいは肝臓を4個くらい持ってるとか」
「それは凄い」
 

「和泉〜、新しいアルバムの音源聴かせてよ」
と音羽が言うので
 
「うん。まあ、このメンツならいいか」
ということで、まだコーラスを加えていないし今はまだ仮ミクシングというのを断った上でパソコンを開いて流す。
 
「きれいに出来たね」
「ローズ+リリーのがすげーと思ったけど、こちらもなかなかの出来じゃん」
「まあ1年掛けて作った人たちにはかなわないけどね」
 
「普通のアルバム5〜6枚作る手間と予算をつぎ込んだな。ローズ+リリーのは多分2億か3億、このKARIONのも1億2〜3千万掛かったろ?」
とEliseが言う。
 
「さすがにそんなには掛かってません」
「お金より、こういうものを作れる時間が取れたのも凄い」と光帆。
 
和泉が頷きながら答える。
「今年だからできた。ちょうど卒論のための休養期間に入ったから。音源制作以外のことを何もせずに済んだ。普通に活動しながらは作れないよ」
 
「こういうのは少なくとも3ヶ月くらい休業しないと作れないだろうね」
と私。
 
「いや、この品質のものを3ヶ月で作ったいづみちゃんが凄いと思う」
「かなり集中して作業したからね」
「卒論は大丈夫? いづみも歌月さんも?」とAYAが心配そうに訊く。
「それは言ってくれるな」
 
「私たちにはとても作れん」と音羽が言う。
「右に同じ」とAYAも言う。
 
「資金的にも大変だよね」
 
「ケイも『Flower Garden』が作れたのは『天使に逢えたら』『A Young Maiden』
のミリオンヒットのお陰と言ってたけど、こちらも『雪うさぎたち』のミリオンヒットのお陰で資金が捻出できたよ」
 
「いや、そのヒット曲の利益をつぎ込める体制が凄い。普通の事務所だと演奏者に直接利益が還元されないからミリオン売れてもよくて数百万、どうかすると数十万円しか本人たちはもらえなかったりする所もある」
 
「やはりこういうアルバムはレアなんだね」
 
「結局幾らかかったの?」
「作り直しを決めてから6500万くらい。最初に使っていた1000万を除いてね。正確な数字は遅れて入ってくる伝票を整理しないと出ないけど」
と和泉は正直に答える。
 
「うちのは幾ら?」と政子が訊く。
「9600万ちょっと。ギリギリ8桁」と私は答える。
 
「いや、どちらもよくその金額で抑えたね」とLondaが感心して言う。
 
「マリちゃんの食費も計上したら1億2千万くらいだったりして」
「いや、あれはさすがに経費にはできません」
と私は笑って言う。
 
和泉も言う。
「無駄は徹底的に省いているし。それにこの手のアルバムの制作費が膨らむのは、演奏料とスタジオ代、それに宣伝費が大きいんだけど、ケイの所にしてもうちにしても、テレビスポットとかは打ってないし、スタジオは気心の知れた所を最初から何ヶ月と言ってまとめて借りてるから負けてもらってるし、作詞作曲は身内だし、演奏者も身内や知合いばかりで、馬鹿高い客演演奏料を払わないといけない有名アーティストとか、高額のプロデュース料取る有名プロデューサーとか使ってないから」
 
「あんたたち、どちらも自分で作曲してプロデュースしてるし、一通りの楽器が出来るスタッフが元々揃ってるのが大きいかもね」
とLondaは頷きながら言う。
 
「普通の歌手なら、その演奏スタッフを集めるのに金が掛かるし、なかなかちゃんとその歌手を理解して演奏してくれる演奏者も得がたい。演奏って技術だけの問題じゃないから」
 
「レベルが高くて自分たちを理解してくれている演奏者が身内や知り合いに居たというのが大きいかもね」
「うん、それは凄い財産だよ」
 

「質問!」と政子が手を挙げる。
「何?」と私。
「セルフプロデュースと自主制作の違いは何だろ?」と政子。
 
和泉が答える。
「プロデューサー、サウンド技術者のレベルの問題でしょ。ケイは高校時代に一流のスタジオでバイトして、多数のトッププロのアルバム制作の現場を体験している。それで制作に関するセンスと音響の技術の両方を鍛えられている。更に当時その方面の専門学校に通ってた友人からテキスト見せてもらってかなり勉強している。実は水沢歌月もケイと似たような経歴を持ってるんだよ。その方面を相当鍛えられている。売れる作り方、注目を引く見せ方を熟知している。KARIONの音作りでも歌月の果たしている役割は物凄く大きいから」
 
「へー!」
「資格も持ってたよね?」と小風。
「うん。3級だけどね」と私。
 
「その認定証の名前が『唐本冬子』なんだよなあ。高校1年で取ったものなのに」
と政子。
 
「ほほぉ」
「当然認定試験には女の子の服を着て行ってるんだよね?」
「まあ、いいじゃん」
「なるほど、少なくともその頃はケイちゃんってもう女の子だった訳か」
 
「でも和泉たちがデビューしてなかったら、もしかしたら私、サウンド技術者になってたかも知れないよ」と私。
 
「私たちが冬にKARION一緒にやろうよと随分誘ったし、結局加入しないということになった後も、うちの社長がじゃソロデビューしようって物凄い勧誘したからね。あれで冬は、プロの歌手になる気になったと思う」
と和泉。
 
「うん。和泉たちの影響は大きい」と私。
「雨宮先生からもかなり発破かけられたし、○○プロの丸花社長からも熱心に勧誘されてたし、実は他にもXANFUSの事務所とか秋風コスモスの事務所とか、いくつかのプロダクションから誘われてたんだよ、実は。でもやはり和泉の存在が一番大きかったと思う」
 

「それにしても、7千万、1億を投入できる所はそう多くないよね」
とCarol。
 
「うん。特に今音楽産業全体が不況だから、みんな経費を減らそう減らそうとしている。スタジオミュージシャン使わずに全部打ち込みでやってるアルバムが多すぎる。仕事がなくて困ってるスタジオミュージシャンさん多いって知人が言ってたよ」
と私。
 
「スタジオミュージシャンだけじゃないよ。長年バンドでやってたアーティストがバンドを解散してボーカルひとりのプロジェクトに形態変更する例も多い。バンド全員を食わせていくことができなくなってるんだよね。そして代わりに打ち込みで伴奏作っちゃう。素人には生楽器と打ち込みの違いは分からない。ライブの時だけツアーミュージシャン使う」
 
「ごめんなさい。それ私です」とAYA。
「あ、そうか。AYAの音源制作はだいたい打ち込みか」
「そうそう。下川先生の所で打ち込みで伴奏音源作ってもらって、それに歌を吹き込む。ライブではポーラスターと一緒にやるけどね」
 
「でもボカロイドの技術が上がってきているから、どうかしたアイドル歌手はもう歌わなくていい、音素だけ取って専用ボカロイド作って、それに歌わせるから、なんて話になってくるかもね。ライブは全部口パク」
 
「まあ、音痴としかいいようのないアイドルいるからなあ」
「アイドルじゃなくても音痴な歌手は結構いるよね」
 
「なんかその言葉、胸に突き刺さるんですけどぉ」
 
「でも、楽器の音は全部プログラム、歌声はボカロイドって、それで本当に人を感動させられる演奏ができるのかなあ。聴くのは機械じゃないよ。人間が聴くんだからさ」
と政子が少し憤慨するように言う。
 
「でもね、この音楽界には、打ち込み以下の演奏者、ボカロイド以下の歌手がたくさんいるんだよ」
と私は言う。
 
「うむむむむ!!」
 
「更に胸に突き刺さる言葉!」
「ボカロイド以下だと言われないように練習頑張ろう」
 
「私も随分Eliseからリズムボックス以下だと言われたなあ」とCarol。「私もLondaから、そんなギターならMIDIに弾かせるぞとよく言われる」とElise。
 

「まあ、そういう私も高校時代に雨宮先生から、そんなサックスならMIDIの方がマシなんて随分言われて鍛えられたんだけどね」
と私も言っておく。
 
「冬、雨宮先生から指導受けてたんだ?」
「うん」
「あの人にホテルに連れ込まれそうになったことは?」
「ああ、よくそれを賭けてカラオケ対決してたけど、私の全勝」
「なるほど」
「どういう対決?」
 
「お互いに目を瞑って番号を打ち込む。そして相手が呼び出した曲を歌う」
「どのくらい歌えるもの?」
「雨宮先生は8〜9割歌える。だからこれに負けてホテルに連れ込まれた子は多数いるみたい」
「きゃー」
「被害者は女の子が多いけど、男の子もかなりやられてる感じ。先生バイだから」
「よく訴えられないな」
 
「まあ相手も騒動にするとイメージダウンだし。でもそういう子に雨宮先生はインサートはしないよ。キスもしない。指と言葉だけで逝かせてしまう。触るのも服の上からだけ。何人か実際に負けた子から聞いた話」
「へー、それは知らなかった」
「基本的にあれはゲームなんだよ。恋愛遍歴とは別」
「なるほど」
 
「更に先生自身言ってたけど、ホテルに連れ込んで泣き出しちゃった子は何もせずにそのまま帰したって」
「じゃ、負けたら泣くに限るな」
「嘘泣きはバレるって」
 
「冬はどのくらい歌えたの?」
「私は歌えなかった曲は無い」
「凄い」
「和泉も100%歌えるでしょ」
「うん。多分」
「ハイレベルな戦いだ」
 
「そういう対決で冬や和泉に対抗できそうなのは浜名麻梨奈くらいかな」
「浜名さんって、そんなに凄い?」
「頭の中にある曲のライブラリが物凄いみたい」
「へー。じゃ浜名さんって歌もうまいんだ?」
「うん。上手いと言えば上手いんだけど・・・・」
「何か問題でも?」
「彼女が歌うと、演歌だろうと、フォークだろうと、全てディスコになる」
「ああ!」
 

その日は郡山市内のホテルに泊まったのだが、お昼近くまでぐっすりと寝て帰ろうとしていたら、XANFUSのふたりとちょうどホテルのフロントの所で遭遇した。それで一緒に帰ることにする。4人でタクシーを相乗りして郡山駅まで行き、新幹線の普通車続きの席を取って、向かい合わせにして4人で座る。
 
音羽のギター、私のギターは棚に上げたが、政子のヴァイオリンも昨日使ったのは安価なサイレント・ヴァイオリンなので、セキュリティ・ケーブルなどは使わず、やはり棚に置いてしまう。
 
「冬たち普段はグリーン車?」
「そんなのもったいない。普通車だよ」
「新幹線の座席は普通車でも凄く楽チンだもん」
 
「織絵たち、あまりマネージャーも付き人さんも連れてないね」
「ケイたちも連れてるの見たことない」
「デビューしたての頃だけだよね。マネージャーと一緒だったのは」
「KARIONも最近はだいたい3人だけで行動してるね」
「ただし美空は遅刻魔だから置いて行かれて結果的に1人だけ別のこともある」
 
「スリーピーマイスの場合は、3人バラバラで行動する主義みたい」
「あの3人はお互いの波長が違うから、一緒に行動するよりバラバラの方が気楽っぽいね。そもそもお互いのスケジュールも知らんと言ってた」
「不思議なユニットだね」
 
「08年組で専属マネージャーさん連れてるのはAYAだけだったね」
「まあ他の人がいるとイチャイチャできんという問題はある」と政子。「ああ、あるある」と音羽。
 
「私たちの中ではAYAがやはりいちばん普通の歌手っぽいよね。他の4組はみんな色々変だ」
「高い年齢でデビューしたスリーピーマイスを除けば、みんな最初はアイドル風の売り方だったけど、AYA以外はみんなどこかでその路線から外れてるもんね」
 
「自分たちの楽曲をやるようになった辺りからそれは変わってるよね」
「でも一番変なのはやはりローズ+リリーだろうね」
「うん、自覚してる」
 
「だいたいファンクラブも作ってないというのが不思議」
「ファンクラブだけに出せるメリットってのが無いからなあ。ライブもこれまでやってなかったから、ファンクラブ先行みたいな売り方もできなかったし、情報はどんどんホームページやツイッターで流してるから、特定の人だけに伝えるようなものって特に無かったし。グッズは普通に売ってるし」
 
「まあファンクラブの会員証を発行して、年に6回くらいファンクラブ通信出すだけでも、喜ぶファンは多いと思うよ」
「そのファンクラブ通信に出すようなことは既にホームページに上げてるから」
 
「その付近の切り分けは難しいかもね」
「いっそファンクラブ通信にファンクラブ限定のグッズを付けるとか」
「あ、その手は使えるかも知れん」
「ローズ+リリー・ファミリー・クラブという感じだな」
 

新幹線の中ではそのほか、主として海外のアーティストの話題で盛り上がった。Adele, Taylor Swift, Rihanna, Celtic Woman などの作品も論評しあう。
 
あまりにも話が盛り上がったので、東京駅に着いたあと、そのままふたりを私たちのマンションに連れて行き、お茶を入れてお菓子をつまみながら更におしゃべりを続ける。
 
「ここ、客用寝室もあるから、泊まっていってもいいからね」
「防音性がいいから、多少の声出しても大丈夫だよ。まあ多少じゃない声を上げてしまってもお互い聞こえなかったことにするということで」
「OKOK」
「蝋燭とか必要なら分けてあげるけど」と政子。
「要らん、要らん」
 
「でも明日は朝から予定入ってるけど今日はオフだから、泊まって行こう」
 
「おやつは何だか随分あるみたいね」
「ファンからの贈り物で事欠かないよ」
「お、信玄餅だ」
「残念。これは筑紫もち」
「あぁ!」
「似てるよね、そのふたつ」
「うん。どちらも好きだけどね」
「美味しいよね」
 

「アルバムの企画は進んでる?」と私は訊いてみた。
 
「ローズ+リリーはローズ+リリー、KARIONはKARIONで、私たちは私たちの流儀でやろうという方針だけは再確認した」
「うん、それでいいと思う」
 
「過去のアルバムでは神浜(神崎美恩作詞・浜名麻梨奈作曲)の曲は2〜3曲でそれ以外は他の作曲家さんに依頼して作ったもらってたんだけど、今回は全曲自分たちで用意しようという線も固めた」
 
「5周年だから特別だよね。でも12曲とか書ける?」
「品質落としたらいけないからね。実は美恩と私で過去に作っていた曲の中で比較的出来の良いのを手を加えて使うことも考えている」と光帆。
 
「ああ、それは良いね。作詞はたくさん書けても、作曲は品質を保って書けるペースに限界がある」
「冬、限度を超えてない?」
「超えてないけど、ギリギリの線だと思う。kazu-manaと槇原愛がしばらく休養に入るので、ちょっと助かった」
 
「正直さ、上島先生もペースを落とせば品質もう少し上がると思うよ」
と音羽は言う。
「まあ、あのペースは無茶すぎるよね」
「上島先生って断るのが下手なんじゃない?」
「優しすぎる面あるからね」
「1000曲書いてたら、結構似た曲もあるよね?」
「それは仕方無いだろうね。下川先生とこで違う編曲者が担当したり、編曲の雰囲気を変えて対応してるみたいだけど」
 
「ローズ+リリーのアルバムの楽曲はかなり以前から準備してたんでしょ?」
「『君待つ朝』『花園の君』『あなたがいない部屋』みたいに随分昔作ったまま発表の機会のなかった名曲を使ったしね。使う楽曲は去年の春から選考・制作を始めて最終的に固まったのは今年の3月くらい」
 
「それに1年掛けたのか」
「確かに楽曲の用意がいちばん時間が掛かるのかも知れん」
 
「KARIONの場合はソングライトペアが2組だから各々3曲ずつ新たに書いて、何とかあの品質にしたんだよね。和泉は着想を得るために一週間休みを取って旅行とかにも行って来てる。アメノウズメは旅先で得られた歌だよ」
 
「あれ、詩も物凄いけど、曲が物凄い。水沢歌月って凄いね。あの曲を麻梨奈に聴かせたら燃えるだろうな」
 
「和泉に言ってごらんよ。神崎さん・浜名さんたちには聴かせるのOKだと思うよ」
「そうだね。ちょっとメールしてみよう」
 
と言って音羽は和泉にメールしていた。CDに焼いて事務所の人に持たせるという返事があったようである。
「わあ、ここに持って来てくれるって」と光帆。
「凄い。じゃ、私たちももう1度聴ける」と政子。
 

「でもそうすると、今回は美来の楽曲、初お披露目というのもいいんじゃない?」
「いや、麻梨奈の才能を普段から見てるから、恥ずかしくて出せんと思ってたんだけど、場合によっては麻梨奈が添削あるいは補作してもいいと言ってくれたから」
 
「ああ、それはいいね」
 

「ところでさ、ここだけの話」
と光帆は言った。
 
「ん?」
「私昨夜ずっと考えてたんだよ。水沢歌月の正体」
「うん」
 
「まさか有り得ないとは思うんだけど、冬が水沢歌月ってことないよね?」
「私だよ」
 
「えーーーー!?」
 
「だから『歌う花たち』は6人のKARIONで歌ったものなんだよ」
「ちょっと待て。ということは6人目のKARIONって?」
「はい、私でーす」と政子。
「ついでに和泉は3人目のローズ+リリーね」
「むむむ!」
 
「でも何故有り得ないと思った?」
「だって、ケイの曲と水沢歌月の曲は、そもそも作りが全然違う。とても同じ人が書いてるとは思えない」
「それは、水沢歌月は森之和泉の詩の世界観、ケイはマリの詩の世界観で書いてるからだよ。別の世界で書くから、まったく違う傾向の曲になる」
 
「でもジョイントで作った、森之和泉作詞・ケイ作曲の『共鳴』は確かにケイの世界観だと思ったけど」と音羽。
 
「あれはね。和泉の詩を『これ多分マリならこう書く』という感じで翻訳した詩を私自身で一度書いてみたんだよ。そしてそれに曲を付けた後で、音符を調整して元の歌詞に合うようにした」
と私は説明する。
 
「なるほど!」
「長年政子と一緒にやってる冬だからできることだ」
 
「でも私はあの曲でケイと水沢歌月が同じ人だと気付いた」と政子。
「うーん。それに気付けるのは政子だけだと思う」と音羽。
「えへへ」
 
「それからKARIONの曲を昨夜もあらためて何曲か聴いてみたけど、4人目のボーカルはケイの声には聞こえない」と光帆。
 
「それ偶然なんだけどさ。KARIONで使った声をローズ+リリーでは一度も使ったことなかったんだよ。そのことには自分でも高3の頃に気付いた」
「冬は七色の声を持ってるから」
と政子も言う。
 
「それから、仕事量の問題もある。水沢歌月は年間15曲くらい書いてる。これクォリティがかなり高い上に編曲までしてるから負荷は高い。ケイと鈴蘭杏梨の名義で合計年間120曲くらい書いてて、その上で更にあの品質の曲を書けるというのが信じられない」
 
「そうだね。編曲までするのはローズ+リリーの曲とKARIONの曲だけだからそれは30曲ちょっと。他のはメロディーライトのみだから、編曲までするのに比べたら5分の1か10分の1程度の負荷。だから、編曲までした曲数に換算すると、実際は年間せいぜい50曲程度なんだよ。一応ギリギリの負荷かな」
 
「でもそこにローズクォーツの作曲・編曲まで入れば容量オーバーするよね?」
 
「する。だから、ローズクォーツの編曲は今後全部下川工房に投げることにした。主要曲はイリヤさんに書いてもらって、他の曲はフュージョン系の得意な人何人かで分担して書いてもらう」
 
「ああ、その方がローズ+リリーの路線との混乱も減るだろうね」
 

「でも何故気付いたの?」
「昨日の小風と冬のやりとりから」
「ふーん」
 
「昨日、和泉が冬のサウンド技術者としてのスキルの話してて、それから水沢歌月もケイと似た経歴を持ってると言ったでしょ?」
「うん」
 
「その時、小風が『資格も持ってたよね?』と訊いた。私は資格を持ってるというのは水沢歌月のことかと思ったのに、それに冬が『3級だけどね』と答えた」
 
「ああ」
「私、一瞬、なぜ冬が水沢歌月の資格のことを答えたんだろうと思って、次の瞬間、あ、違う、水沢歌月の直前にケイのことも話してたから、それに答えたのかと思ったんだけど、よくよく考えると、ケイ=水沢歌月だとしたら、あの会話はものすごく自然だということに気付いた」
 
「うん。私も小風もケイと水沢歌月が同じ人だという意識があるから、そのあたりは心理的に混乱したね。でもよく気付いたね」
 

「やはり冬、仕事減らさないと死ぬよ、これ親友としての忠告」
と光帆はほんとうに心配するように言う。
 
「やはり取り敢えずローズクォーツからは離れるべきだと思うな」
と音羽も言う。
 
「そうだなあ・・・」
 
「冬が死んだら、あるいは死ななくても創作の泉が枯れちゃったら、その方がみんなに迷惑掛けるよ」
 
「うん。それは町添さんからも言われてる。ローズクォーツを7月からテレビ番組に出して、私抜きでも取り敢えず彼らが食うに困らないようにしたのは私の仕事量を減らすのが最大の目的だったみたいだしね」
 

「でもさ、冬はKARIONに入るの断ったって言ってたでしょ。それが何故やはりKARIONのひとりとして活動してる訳?」
 
「それは偶然と突発事態の重なり合いなんだよ」
と言って私はその時の事情を説明する。
 
「2007年の11月にKARION結成の話があって、私も勧誘されたんだけど、これはいったん断ったんだよ。男とバレたら大変だからって。でも畠山さんはそれなら最初から実は男の子ですと断っていれば問題ないと言ったんだけど、それだとKARIONが色物と思われてしまう。実力のあるユニットだけに、純粋に女の子のグループであった方がイメージ戦略的に良いと私は主張して、それで畠山さんも折れてくれた」
 
「ふんふん」
 
「ところがそのKARIONが、私が断ったもので和泉・美空・小風の3人だけでCDを制作することになって、その制作にやってきたのが偶然にも私がバイトしてるスタジオだったんだよね」
 
「なるほど」
「しかも初日手配ミスで伴奏をすべきスタジオミュージシャンが来てなかった」
「あらら」
「それで私が、ギター・ベース・ドラムス・キーボードと弾いて仮の伴奏音源を作ってあげたんだよ」
 
「そのあたりが冬の器用さだね」と政子。
 
「それで翌日やっと伴奏者が来たと思ったら、キーボード奏者がいない。調べてみると、そもそも手配されてなかったことが分かった」
「なんか酷いな」
 
「それで私が前日弾いた仮伴奏の中でキーボードだけはプロ級だったね、と言われて、結局なしくずし的に私は音源制作のキーボード担当になってしまった」
 
「冬はその手の話が多すぎる」
 

「まあそれで、キーボード担当、更にはコーラスも頼むとか言われてKARIONの音源制作やっている間にも、畠山さんが本当に熱心に私を口説くんだよね」
 
「そりゃ口説くでしょ。冬ほどの素材を逃したくない」
「で、私もいったんKARION参加に傾いたんだよ。それでこれを作った」
 
と言って、私は自分の手帳に綴じ込んでいる《KARION四分割サイン》を見せた。
 
「おぉ!!!」
「これぞ水沢歌月の証だ!」
 
「でもKARIONとしてデビューするなら当然私の保護者の同意を得る必要がある。そのためには、そもそも私が女の子としての生活を持っていることを父親にカムアウトする必要がある。私、当時何度もお父ちゃんにカムアウトしようとしたんだけどさ。どうしてもタイミングが合わなくて。そもそも父親って子供とあまり話をしたがらないじゃん」
 
「それは言えるね」
 
「で、どうしてもすぐには同意を得られそうにないので、申し訳ないけど、やはり辞めさせてください、ということで」
 
「ああ」
 
「それで畠山さんも私のことはいったん諦めて、翌年夏くらいに別のユニットでデビューさせるつもりだった、アメリカ人のラムって子を私の後釜として使うことを決めた」
 
「ああ、言ってたね」
「それで、ボーカル部分を録り直して、私の代わりにラムが入って歌う音源を作ったんだよ。それで発売しようということでマスタリングも終わって、もうプレスに回そうとしていた。その時にさ」
 
「うん」
 
「ラムのお父さんが突然インドに転勤になっちゃって、ラムも付いていくということで、活動不能になっちゃってね」
「それも言ってたよね」
 
「その話が本人からあったのが、プレスに回す前日だったんだよ。で1日しかないじゃん。というか翌日朝10時に工場に持ち込まないといけないのに、その話を畠山さんが聞いたのが前日14時でさ」
「げっ」
「もう新たに3人だけの音源を作る時間的な余裕はない。でもTVスポットとかも枠を押さえているのに、デビューを延ばすことはできない」
 
「ああ」
 
「それで私が入ってた元の音源に差し戻したんだよ。ミクシングまでは終わっていたから、マスタリングだけしてプレスに回した。テレビスポットの映像はラムが映っている所をカットして。歌は私が入ってるバージョンに緊急差し替え」
 
「大変そう」
 
「でも急いでいたから、ラムの身体の一部とかが映っている所がそのまま流れてしまったし、背景と比較すれば、和泉と美空の間が異様に空いていることが分かる。だから注意してあのスポットを見た人には4人の歌唱者がいることが分かったハズ。そして声も4つあるし」
 
「それでKARIONは4人いるのでは、という噂が発生する訳か」
「そうそう。後で公開したPVは改めて3人で撮り直したから問題無いんだけどね」
 
「でも物凄い1日だったんだろうね」
「凄かった。とにかくそうする以外、方法が無かったし。だいたい日曜日で小風と美空は遠くに行ってて、すぐには戻れない状況で。私と和泉は都内だったから、すぐ駆けつけたけど、とにかく私と和泉と畠山さんで私が入っているバージョンに戻すことを決めて小風と美空に電話して了承を得て。マスタリングの作業は私も助手として付いて徹夜で作業したけど、よく間に合ったという感じだった」
 
「それで冬の声がKARIONのデビューCDに残ることになった訳か」
 
「それでその後はデビュー記念の全国キャンペーンの伴奏に誘われて、まあ伴奏ならいいかと思って付き合って、それからいくつかのライブにも出て、なしくずし的に2枚目のCDの制作にも付き合ってと」
 
「そういう訳でなしくずし的にKARIONを5年半やってると」
「そういう感じ。高3の時、ローズ+リリーは休んでたけど実はKARIONは受験直前の秋まで休んでない。だから私、高校時代にローズ+リリーとしては4ヶ月しか活動してないけどKARIONとしては2年間活動してるんだよ」
「ああ」
 
「冬って流されやすい性格だからね。自分でも気付かないうちに填まり込んでるよね」と政子。
 
「でもKARIONから水沢歌月は外せないよ、もう」と光帆も言う。
 
「うん。結局4人セットのKARIONになっちゃってるね。不可分になってる」
 
「まあそういう訳で今、冬はローズ+リリー、マリ&ケイ、KARION、水沢歌月、鈴蘭杏梨、ロリータ・スプラウト、ローズクォーツ、を掛け持ちしてるんだよね」
と政子。
 
「ああ!ロリータ・スプラウトなんてのもあった!!」
「あははは」
 
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【夏の日の想い出・花の繋がり】(2)