【夏の日の想い出・RPL補間計画】(2)

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マリの「心の時計」は彼女が「あと○年経ったら復帰する」と言う言葉の中の「○年」という数字で計ることができた。
 
その数字は最初、私たちが2009年2月に「再出発」した時は1000年だったが、3月中旬には500年まで縮み夏フェス後は200年になった。一時的にいったん10万年になったこともあったものの秋に沖縄に行ってからは平均して100年くらいに縮んだ。そして鬼怒川温泉の夜の後は10年くらいと言い出し、震災の後は5年くらいと言い、その後毎月のようにやった路上ゲリラライブでどんどんパワー回復していき、大学2年生の12月、ローズクォーツのマキの結婚式披露宴での歌唱をきっかけに、普通に人前で歌えるようになって、大学3年生の4月にとうとうライブステージに復帰を果たす。
 
私と町添さんは、マリの気力が回復するように色々な形で「リハビリ」を仕掛けていったが、そのひとつにマリ本人が言い出した「仮面ユニットでの活動」、ロリータ・スプラウトというのがあった。(町添さんがタイまで行き、政子のお父さんの許可を取って実現した。但し政子の勉強に絶対に支障が出ない範囲という活動時間制限の条件付きである)
 
「歌いたいけどまだローズ+リリーとして歌えないから、バレないようにCDを出したい」と言う政子のために、声を変形するソフトを使い、私たちが歌っているとは気付かれないような声にして歌うというもので、2009年8月1日の千葉のロックフェスで「幕間演奏」として生で歌ったのち、10月14日に1枚目のアルバム『High Life』、翌年4月23日に2枚目のアルバム『Blue Tattoo』を発売。全く宣伝しなかったものの、1枚目のアルバムは4万枚。2枚目のアルバムは8万枚を売る「隠れたヒット」となった。
 
ロリータ・スプラウトの売上は2つのアルバムで合計約4億円に達し、★★レコードさんにも充分な利益を提供することができた。お陰で、ローズ+リリーの公式音源である『雪の恋人たち/坂道』(10.28)を無料公開したのも、こちらとして少しだけ気が楽になった。
 

6月に出たベストアルバムが、ローズ+リリーの最後の作品になるのだろうかと思っていたファンも多かったので、10月というタイミングで『雪の恋人たち/坂道』の音源が投入されたのはひじょう大きな反響があった。しかしベストアルバムにしても、今回の音源にしても録音されたのは2008年である。
 
ファンは「今のローズ+リリー」を希求していた。
 
実はロリータ・スプラウトでそれは公開しているのだが、そのことは諸事情で明かすことができない。
 

11月15日には、ローズ+リリーがBH音楽賞を頂いてしまった。私たちはお揃いのミニスカの衣装で授賞式に出席し、短いコメントを出した。スポーツ紙や芸能系のニュースサイトには、私たちの写真がかなり大きく掲載された。
 
そしてそれを目にした沖縄に住む、難病と闘っている高校生のファン・麻美さんが「この人たちに会えないかな」などと言い、その友人の陽奈さんが私たちにお手紙を書いてくれたことから、私たちは彼女を励ましに、沖縄に飛んだ。
 
私たちは病院で麻美さんを励ました後、沖縄のFM局にも出演して、私たちが沖縄に来た理由を説明するのと共にサービスと称して『涙の影』を私のピアノ伴奏で1分30秒だけ歌った。
 
7月に『あの街角で』を12秒間だけ流したのに続く、私たちの生の声であった。
 
放送は沖縄ローカルだったのだが、録音されて即youtubeに転載され、全国のファンがこれを聴くことができた。その視聴回数はあっという間に100万回を越え、私たちは反響の凄さに驚きを隠せなかった。そしてこの沖縄行きをきっかけに政子のやる気はぐっと上昇していくのである。
 

その沖縄に行った時、政子は『サーターアンダギー』という沖縄方言で沖縄音階で歌う歌を作った。沖縄方言については、現地で知り合った放送局のパーソナリティさんに指導してもらって書いたのであったが、その人と会った後、まだ飛行機の時間まで充分な時間があったので、私と政子は秋月さんと一緒に、放送局を出て少し散策した。
 
少し歩いた所にコンサートホールがあった。そこに『XANFUS HEARTFUL TOUR 2009』
という看板が出ていた。
 
「あれ、XANFUSのライブがあるんだ?」
「ね、ね、せっかくだしちょっと寄って陣中見舞いしていかない?」
「いいかな?」
「開演時間までまだ4時間あるもん。たぶん今リハしてるところでは?」
「あ、じゃ差し入れにおやつ買って行こうよ」
「何買ってくの?」
「サーターアンダギー!」
 
ちょうど近くに売っている店があったので、そこで(大量に)買ってから会場の裏手に行く。入口の所で秋月さんが警備の人に伝言を頼むと、XANFUS担当の南さんが出てきて、私たちを迎え入れてくれた。
 
XANFUSは本当にリハーサルをしている最中だった。私たちは邪魔にならないように会場の隅の方で聴き始めたが、すぐに光帆と音羽が気付き、こちらに手を振ったので、こちらも手を振り返した。
 
政子はXANFUSの激しいダンスと歌を食い入るように見つめていた。
 
「よくあんなに踊りながら歌えるよね」
と政子は感心したように言う。
 
「私たちは簡単な手振り身振り程度だもんね。XANFUSもテレビとかではマウスシンクにしてるけど、ライブではちゃんと歌うんだよね。ほんとによくやる」
と私もあらためて感心して言った。光帆と音羽は激しいダンスをしながら歌っても、ほとんど音も拍も外していない。
 
「やっぱ腹筋鍛えてるのかな?」
「ああ、腹筋は必要だと思うよ」
「私、毎日腹筋しようかなあ」
「うん、頑張ろう」
「冬も腹筋しなよ」
「そうだね。頑張ろうかな」
 
やがてリハーサルが終了する。私たちは拍手しながらステージに寄った。するとふたりが寄ってきて、いつもの友情の儀式でハグしあう。
 
「ケイちゃん、マリちゃん、どうしたの?」
「うん。ちょっと用事があって沖縄に来て、放送局に寄って散歩してたら、ここの看板見たから」
「へー、偶然だったんだ?」
「これ陣中見舞い」
 
と言って政子がサーターアンダギーの巨大な袋を出すと
 
「こんなに入らないよう!」
などと言われた。
 

楽屋に入って、休憩するふたりとしばし歓談した。
 
「でもふたりとも凄く気持ち良さそうに歌ってたなあ」
と政子が言うと光帆が
 
「うん。ステージで歌うのは物凄く気持ちいいよね」
と言う。
「マリちゃんも歌ってみたくなったでしょ?」
と音羽。
 
「うん。少しね」
「まだ開演まで少し時間あるし、ここで歌ってみない?観客はいないけど」
「え?いいの?」
 
政子がやる気になっているので促して私たちは一緒にステージに出て行った。
 
「キーボード借りるね〜」
「うん」
 
それで私が『甘い蜜』の前奏を弾き出すと政子はちょっと嬉しそうな顔をしてやがて私と一緒に歌い出した。
 
「Sweet Sweet Sweet Sweet, Sweet Honey」
「Deep Deep Deep Deep, Deep Juice」
 
と、もう頭に焼き付くほど歌ったサビが条件反射のように私たちの喉から出てくる。
 
政子は本当に気持ち良さそうに歌っていた。
 
曲が終わるとXANFUSのふたりに、秋月さんと南さん、そしていつの間にか楽屋から出てきていた、バックバンド・パープルキャッツの mike さんと kiji さんが拍手をしてくれた。
 
「私たちも伴奏してあげるから、もっと歌いなよ」
と言って mike さんと kiji さんがステージに登り、ギターとベースを持つ。
 
私は『遙かな夢』をオートリズム付きでキーボードで弾き出す。ギターとベースの音が加わる。
 
私たちが歌い出す。光帆たちが静かに聴いている。
 
私たちはそのまま『涙の影』『ふたりの愛ランド』『その時』と歌った。そして最後に私は XANFUSのヒット曲『Automatic Dolls』を弾き始めた。すると光帆と音羽が嬉しそうな顔をしてステージに駆け上がってくる。そして私たちと一緒に歌い始める。
 
光帆が政子に肩を組もうよという感じのポーズをして、キーボードを弾いている私を除いて、光帆・マリ・音羽の三人で肩を組んだ状態で歌い続ける。マリもXANFUSの曲は自宅のカラオケでたっぷり歌っているので歌詞がしっかり頭に入っている。南さんと秋月さんが客席で手拍子をしてくれる。
 
そして終曲とともに拍手に変わる。ギターとベースを弾いていた mikeさんとkijiさんも拍手をしてくれる。私たち4人は再びハグしあって友情を再確認した。
 

「マリちゃん、かなり歌えるじゃん」
「すごっく上手くなってる」
「えへへ」
「今日のコンサートのゲストとして登場しない?」
「ごめーん。まだ大勢の観客の前では歌う自信がない」
「これだけ歌えたら、充分自信を持って歌えると思う」
「飛行機の時間もあるし」
「そんなの遅らせちゃえばいいじゃん。今夜泊まってもいいし」
「えー?」
 
秋月さんは笑顔で頷いている。
 
「でもちょっと恥ずかしい」
「何なら覆面でもする?」
「覆面かあ・・・」
 
政子が何だか歌ってもいいかなという雰囲気になってきていたので、私も光帆・音羽にしても、かなりおだてた。秋月さんが★★レコードの那覇支店に電話し、プロレスラーが使うような覆面をふたつ調達して持って来てもらった。
 
「えへへ、何だか面白そう」
 
完璧に政子はやる気を出した。飛行機は今日の最終便に変更する。
 
「ケイもさ、覆面したら女子制服で学校に出て行けない?」と政子。
「生徒指導に覆面の方を叱られるよ!」
 

その日のライブは本来の幕間ゲストには★★レコードの売出中の中学生アイドル歌手が出演した。彼女のコーナーが終わった後で、光帆が
 
「本日は特別にもう一組ゲストがあります。謎の女子高生ふたり組です」
と言って紹介する。
 
私は政子を促して出て行った。ふたりとも覆面をしているので戸惑うような感じの拍手。
 
「それでは何を歌ってくれるのかな?」
「マドンナ・メドレーで」と私が当時非公開であったメゾソプラノボイスで答える。
 
「ではよろしく〜」
と言って光帆が下がる。
 
★★レコードの本社資料部から急遽転送してもらったMIDI音源を流す。
 
『Papa Don't Preach』を歌い出す。私は誰も知らないはずのメゾソプラノボイスで歌うが、マリはいつもの声である。最初戸惑いがちに手拍子が打たれていたのが、私たちの歌がとても調子いいので、観客も次第に乗ってきた。
 
私たちはそのまま『Material Girl』『La isla bonita』と歌って行ったがその内会場内のあちこちで隣同士でささやき合うような姿が見られるようになる。そしてとうとう「マリちゃーん!」という声が掛かる。すると政子はその声のした方向に手を振った。
 
観客の手拍子が盛り上がっていく。そんな中、私たちは『Like a Virgin』を歌う。私はこの歌は公開済みのソプラノボイスに切り替えた。
 
「ライク・ア・ローズ、ライク・ア・リリー」なんて掛け声が掛かり、「マリちゃーん」「ケイちゃーん」という声も聞こえてくる中、私たちは演奏を終了した。
 
歓声と拍手の中、光帆と音羽が出てきて
「謎の女子高生ふたり組でした〜!」
と言い、私たちは聴衆に向かってお辞儀をして下がろうとしたが
 
「謎の女子高生アンコール!」
などという声が掛かる。
 
私たちは顔を見合わせた。光帆が「行っちゃえ、行っちゃえ」と言う。
 
それで私は「ではキーボードをお借りします」と言って、キーボードの所に行った。政子が私の左側に立つ。
 
私はキーボードに三線の音に近い三味線の音が登録されているのを見て、その音を呼び出した。そしてその音で三味線を弾くかのように伴奏して、私たちがついさっき作ったばかりの曲『サーターアンダギー』を一緒に歌った。
 
沖縄音階に沖縄方言で私たちが歌うので「わあ」という雰囲気の反応が広がる。
 
やがて静かに手拍子が打たれていく。
 
そして終曲。大きな拍手をもらった。私たちは「にふぇーでーびる(ありがとう)!」
と言って下がった。
 

この歌唱に関しては、このライブを見た人たちはあくまで
「謎の女子高生ふたり組が面白かった」
「謎のふたり組、うまかったね〜」
 
としかブログなどには書かず、誰も「ローズ+リリー」とか「マリ」「ケイ」
の名前は出さなかった。沖縄ライブを見た人たちの間で、ここは敢えて名前を出さずに実際に見た人たちだけで楽しもうという雰囲気があった。
 
そのためこの歌唱は、新聞などにも書かれなかったが、私は政子のお母さんに電話して、やや偶発的な事態で観客の前で歌うに至ったことを説明した。お母さんは「そのくらいOK、OK」と言ってくれた。
 
XANFUSのライブは★★レコードのスタッフの手で録音されていたが、この私たちの歌唱もついでに録音され、★★レコードの資料室のデータに加えられた。その音自体は4ヶ月後に全国のファンが耳にすることになる。
 
帰りの飛行機で政子はとても昂揚した顔をしていて、とても饒舌であった。そして機内に持ち込んだリュックいっぱいのサーターアンダギーが羽田につくまでにきれいに無くなっていた。
 

私はツイッターなどでは、沖縄行きの後マリのテンションが上がった理由として、難病の少女とのふれあいがあったからとだいたい書いているのだが、(公式見解)実はそれに加えてこのXANFUSのライブでのゲストステージを経験して多くの観客から生で応援される体験をしたことも大きかったのではないかと、私は考えている。
 
雨宮先生は、マリちゃんはステージを経験する度に心の時間が進むよと言っていたが、ほんとうにそうだと思う。政子はこの沖縄行きの後、夏頃は200年と言い、沖縄行き直前には10万年などと言っていたステージ復帰までの時間を100年と言うようになった。
 
そしてこの沖縄行きの後で私たちは受験勉強の合間を縫ってスタジオを借り、新しいアルバム制作のために歌唱を録音したのである。そのアルバムは『Rose + Lily After 1 year』として後に発売されることになる。
 

11月下旬。私はKARIONの『愛の夢想』に関する打ち合わせに∴∴ミュージックに出て行ったが、先月公開した『雪の恋人たち/坂道』の「売れ行き」を尋ねられたので答えた。
 
「初動で40万行きました。現在70万DLを越えています」
 
「凄いな。ローズ+リリーは休養しながらスーパースターになりつつある」
と畠山さん。
 
「6月のアルバムが40万枚を越えたんでしょ? 当然そのくらい行くだろうね」
などと一緒に打ち合わせに出てきていた和泉も言う。
 
「ひょっとしたらミリオン行くんじゃない?」
「いや。行かないと思う。ミリオン行く曲には独特の波動があると思うんだよね。まだあの時期の作品では私もマリもそういう波動を作り切れてないんだよ」
 
「ふーん。今は作れるようになった?」
「まだ。でもいづれそういう作品を書きたい」
「私との作品では?」
「それもいづれ書けるようになると思うよ」
 
「よし、マリちゃんと競争だ」
「ミリオンで競争するんじゃなくて、作品の質で競争してよ」
 
と私は笑いながら和泉に言った。
 

「でもさ、小風や美空も言ってたし、ネットでも結構言われてるみたいなんだけどさ」と和泉は言う。
 
「何か?」
「『雪の恋人たち』にしても『坂道』にしても、マリちゃんの歌が『甘い蜜』
のCDよりうまいよね」
 
「それは当然だよ。『甘い蜜』や『涙の影』は土日に全国ツアーやってる最中放課後に限定された活動時間の中で2〜3回の練習でバタバタと録音したんだもん。あまりテイクも取ってない。それに対して『雪の恋人たち』や『坂道』
は2週間掛けて練習した上で2日掛けて収録したからね。スタジオも伴奏収録を含めて合計60時間くらい借りてるよ。借り賃でバイト代2ヶ月分逝った」
 
(実際はバイト代2ヶ月分つぎこんだのは雨宮先生との音源制作のほうで、マリとの音源制作では自分の勤めているスタジオなのでタダにしてもらっている)
 
「そんなに時間掛けたんだ!」
 
「だってレコード会社に売り込むためのデモ音源だもん。無茶苦茶手間掛けてるよ」
「そうだったのか・・・・ね、その話、公開してもいい?」
「いいよ」
 
和泉は翌日『愛の夢想』の発売キャンペーンの一環でFMに出演して楽曲の紹介をするとともに受験勉強中のKARIONの3人の様子なども語ったのだが、この時、ローズ+リリーの話題にも触れてくれて、『先日偶然ケイちゃんと会った時に聞いた話』としてこのことを話してくれた。実はマリの歌の品質問題に関してはネットでけっこう「なぜだろう」という声があがっていたので、この和泉の情報はローズ+リリーのファンの間に大きな波紋をもたらした。
 

その放送があった一週間後、私と和泉(森之和泉+水沢歌月)は町添さんから呼び出されて都内某所で会い、お昼を食べながら1時間ほど会談したのであるが、その会談が終わった後、私は和泉とふたりだけでお茶を飲みながら話をした。
 
「あ、こないだの放送ありがとう。結構反響があったみたい」
「うんうん。実はマリちゃんって、そんなに下手じゃなかったんだね〜という声がけっこう出ていたみたい」
と言ってから
 
「でもさ・・・私あの放送の後で急に気になりだして」
「ん?」
「あの音源、よく考えてみると私去年の8月にも聴いてたけど、本当にマリちゃんってあんなにうまかったっけ?と思ってさ」
「ふふふ」
と私は笑った。
 
「あーーーー!!」
と和泉が叫ぶ。
 
「まあ、ここだけの話、あの音源を録ったのは本当は今年の8月だよ。受験勉強しながら数日間練習で歌った後で、スタジオを2日借りて収録した」
「えーー!? 私、放送で嘘を言ってしまった」
 
「楽器もスタジオミュージシャンさんを集めて演奏してもらったんじゃない。私が全ての楽器を演奏している。いくらプロとはいえ、楽曲の解釈をきちんとしてない人に演奏されたくなかったからね。実際『長い道』はそれが不満だった」
 
「冬って楽器何でも弾けるもんね!」
 
「ピアノ、ドラムス、ベース、ギター、の順に録音してここでピアノを録り直す」
「うんうん」
「その後、ヴァイオリン、胡弓、ウィンドシンセ、クラリネットを生で演奏した後、電子キーボードでトランペットとフルートの音を加えた」
「なるほど」
 
「そうやって作った伴奏音源に、私とマリの歌を重ねた。私が伴奏音源を作っている最中もマリはスタジオ内でずっとあの歌の練習をしていて、それから更に半日一緒に練習してから歌を収録した。元々この1年でマリは物凄く上達しているから、その状態であれだけ練習すれば、それなりの歌になるよ」
 
「そうだったのか」
「最後にスターチャイム、トライアングル、マラカス、カウベルなどいくつかのパーカッションを重ねている。だって無料とはいえさ、ローズ+リリーの名前で出す音源だから、ちゃんとしたものを作らなきゃファンに悪いじゃん」
 
「ということは、あの音源は、本当に今年のローズ+リリーの音源なんだ!」
 
「世間には秘密にしておいて」
「まあいいか。冬と私の仲だし」
「じゃ私と和泉たちの仲に免じてこれも秘密にして」
 
と言って私はロリータ・スプラウトのファーストアルバム『High Life』を3枚渡す。
 
「これ本来は配信限定アルバムだから、CDの形になったものはレア。CDの形で欲しいと言われたFM局とかにしか渡してないから100枚もプレスしてない」
 
「あ、これは私もFMで聴いてけっこういいなと思ったけど、冬何か関わってるの?」
 
「ロリータ・スプラウトというのは、ローズ+リリー・タイニー・スプラウトの略だよ」
「何〜!?」
 
「そのロリータ・スプラウトのサインも私とマリのふたりでしたもの。激レア品」
 
「冬とマリちゃんで歌ったの!?」
「そうだよ。声を変形するソフトで誤魔化してある」
「だって四人で歌ってるじゃん」
「ひとりでデュエットになるソフトで二重化してある」
「うっそー!?」
 
と言ってから和泉は言った。
 
「ね、ね、その声変形するソフト使ってさ。次のKARIONのCDではボーカルに参加しない?」
「うふふ」
 
なお、和泉には沖縄での「謎の女子高生ふたり組」の歌唱の録音も聴かせた。
「マリちゃん、堂々と歌ってる!」
 
と言って、また新たな闘争心を起こしていたようであった。サーターアンダギーの歌詞が聞き取れないと言ったので、後日MIDI付きでメールしてあげた。でも文字を見ても意味が分からない!と言っていた。
 

12月上旬。ローズ+リリーはこの年度で2つめの賞、YS大賞の優秀賞を頂いた。
 
昨年は『ふたりの愛ランド』でこの賞を頂いたのであるが、今年は『甘い蜜』
と『涙の影』がダブル受賞した。同じシングル内の曲がふたつ受賞というのはとても珍しい現象である。
 
「私たちこの1年、ほとんど活動休止してたのに、先日もBH賞に今回はYS大賞って。こんなに頂いていいんでしょうか?」
 
などと政子は言ったが、秋月さんは
 
「実際CDは売れ続けているんだから、いいんじゃない? 『甘い蜜』は今でも毎月5000枚くらい売れてるよ。5000枚って、ふつうそれだけでヒットとみなされる数字だよ」
などと答えた。
 
そうなのだ。『甘い蜜/涙の影』は大手のランキングでもこの1年間、ずっと50位以内をキープし続けており、ロングヒットの様相になっている。有線やカラオケでもずっと10位前後をキープし続けており、他の曲との兼ね合いで何度もベスト3に上がってきたりしている。
 
実際の授賞式は秋月さんが代理で出席してくださったのだが、私たちは月曜日の放課後、学校が終わってから賞状を受け取りに★★レコードまで出かけて行った。(私も「借り物」の女子制服を着て、ふたりで制服を着て出て行った)
 
秋月さんから賞状を受け取り、記念写真も撮ってから、少し話していたら、松前社長が寄ってきて、
 
「ケイちゃん、マリちゃん、YS大賞優秀賞おめでとう。ちょっと話さない?」
 
などと言って、応接室に招き入れられた。町添さんも一緒に入る。
 

「なんかここは調度が豪華だ」
と政子。
 
「こっちあまり入ったこと無かったっけ?」
「たいてい会議室のどれかに入ります」
「君たちは★★レコードのVIPアーティストだから、今度からはぜひこちら使って」
などと社長は言う。町添さんも頷いて微笑んでいる。
 
若い社員さんがケーキとコーヒーを持って来てくれた。政子は嬉しそうに「頂きまーす」と言ってケーキを食べている。
 
「ケイちゃんの姿見かける時はたいてい女子制服だよね。でも学校にはいまだに学生服で通ってるの?」
「そうなんですよ。でも誰も男子生徒なんて思ってないです。ケイはもう学校では男子トイレの入室を禁止されて女子トイレしか使ってないですから」
「学生服なのに?」
「そうなんですよ」
 
私はポリポリと頭を掻いた。
 
「でも、もうセンター試験とかが目の前で大変でしょう」
「いえ。私たちは国立は受けずに私立だけなのでセンター試験は受けません」
「あ、そうなんだ。私立の試験日はいつ?」
 
「2月17日です。それにしても今は追い込みですね」
「ケイは安全圏っぽいけど、私はボーダーラインなので頑張ってます」
 
「夜間は携帯をつなぎっぱなしにして、歌いながら勉強してるんですよ」
「へー」
「眠気防止が半分と、やはり夜は寂しいから、お互いの存在を確認しあえていると、安心なのがあります」
 
「ふたりとも歌うの?」
「去年、ローズ+リリーで盛んに活動していた時期は私が歌っている時間が長かったですけど、最近はマリが歌ってる時間が長いです。時々デュエットになりますね」
「へー、マリちゃん好調じゃん」
 
「問題集やりながら歌も歌うから、青い水平線〜♪人の世虚しき応仁の乱♪なんて感じで、歌詞の中に問題文が混じります」
 
「何だか楽しいね。それを生中継したいくらいだね」
と松前さんが本当に楽しそうに言う。
 
するとハッとしたような顔をして町添さんが言う。
「それ、本当に生中継しようか」
 
「え!?」
 

2009年12月27日。私と政子は双方の父の承認を取って、AYAがパーソナリティを務めるFMの番組(全国ネット)にゲスト出演した。
 
「こんにちは〜、ローズ+リリーで〜す」
と私と政子は声を揃えて言う。
 
「こんにちは〜、お久しぶりって、まあ個人的には結構会ってるんですけどね」
とAYA。
 
「そうですね。某所とか某所とか某所ではよく会いますね」と私。
 
「ところでローズ+リリーは引退したんだなんて噂もありますが」
「まっさかぁ。ケイとマリが生きている限り、ローズ+リリーは活動していきます」
 
「でもライブやってないよね?」
「うふふ。それはひ・み・つ」
「やったの?もしかして。いつの間に? でも新譜出してないよね?」
「そうだなあ。作るのは例のベストアルバム以外に4枚作ったんだけどね〜」
 
(The time reborn / After 1 year / 雪の恋人たち / ロリータスプラウト)
 
「なに〜? でもそれ発売してないでしょ?」
 
「うふふ。それはひ・み・つ」
「ね、ね、もしかしてローズ+リリーの《休養中》って実はフェイク?」
「オー、ノーノーノー。その問題はトップシークレット」
 
「私、結局今年は去年よりたくさん仕事してる気がする」
とマリまで言う。
 
「去年は4ヶ月に凝縮されてたけど今年はずっとやってるし、結果的にはそうかも。特にソングライト活動はよくやってるよね。今年は去年の4倍くらい曲書いてるもん」と私も言う。(水沢歌月を入れると6倍くらいかな、などとも思う)
 
「ね、ね、ね、ある名義の作曲家がさあ、ケイちゃん・マリちゃんたちの変名じゃないかって噂があるんだけど?」とAYA。
「さあ、それは知らないなあ」と私。
 
「それからケイちゃんは既に性転換手術を終えてるという噂もあるんだけど」とAYA。「さあ、それも知らないなあ」と私。
「私、ケイのおちんちんはもう1年以上見てないな」と政子。
 
などといった感じで私たちはかなり危ない会話をした。私の母も政子の母もこれを聞いて笑い転げていたらしいが、町添さんは「いいのか?ここまで言って?」とかなり心が焦りながら聞いていたらしい。実際この内容に関する問い合わせが★★レコードに殺到したらしいが、全て「★★レコードでは情報を持っていません」と回答したらしい。
 
「ところで、ローズ+リリーの新番組が放送されるという噂もあるんだけど」
「はい、それは本当です」
 
「ケイちゃん、マリちゃんがナビゲートするの?」
「ごめんね〜。私たちは受験勉強中なので、それはできないんです。その代わり私たちの受験勉強を生中継する番組をやります」
「何それ?」
 
ということで、私たちはその番組の趣旨を説明した。
 
「へー、それはちょっと面白いなあ。私も今年大学受けていたら、そんな番組ができたのに」
などとAYAは本気でその番組に関心があるようにコメントする。
 
私たちはその新番組の放送時間帯を紹介した。
「へー。深夜か。その時間帯にラジオ聴いてるのって、長距離トラックの運転手さんか受験生くらいだろうね」
「うん。だから受験生のための番組なんだよ」
 
これでだいたい私たちが事前に話し合っていた内容は全て終わったのであるが、この時、AYAが唐突にこんなことを言った。
 
「せっかく生番組に出てきたんだからさ、ケイちゃん、マリちゃんの歌を聞かせてよ」
 
すると政子が
「あ、いいよ」
と答えてしまった。
 
予定にないことだったので私はちょっと焦ったが、マリが歌うと言ったのを停めることは絶対にしてはいけない。せっかくその気になったのをくじいてはいけないのだ。
 
「よし、歌おう。何にする?」と私は言う。
「ファンの方からたくさんお手紙もらってるし『あの街角で』」と政子。
 
この時、副調整室に居た秋月さんが指で1というのをこちらに指示した。私は「1番だけ」なら良いという意味に解釈したのだが、秋月さんは本当は1分以内にしてくれということだったらしい。
 
スタジオの隅に置かれていたキーボードを持って来て電源を入れピアノの音にし、前奏に引き続き、ふたりで歌い出した。
 
「白い雲影落とす、日常の通い路」
「何気なく振り向いた、その街角で」
 
私がメインメロディーをアルトボイスで歌い、政子がその3度下を歌う。
 
ローズ+リリーの最も初期の典型的な歌い方である。
 
AYAは最初は笑顔で聴いていたものの、次第に難しい顔になっていった。
 
Aメロ、Bメロ、サビ、(間奏)、サビ、(コーダ)と歌って私たちは終了した。約2分半の演奏であった。
 
AYAは笑顔に戻ってパチパチパチと拍手をしてくれた。
 
「ローズ+リリーさんでした」とAYA。
「みなさん、またね」と私と政子。
 

この12月27日の放送で流した歌は、2009年にローズ+リリーが唯一(公式に)全国のファンに向けて公開した「今のローズ+リリー」の歌であり、10月に公開した『雪の恋人たち/坂道』と、2010年5月のFM放送での大量生歌公開との間を補間する、貴重な音源となったのである。
 
なによりもローズ+リリーのファンたちが、私たちが健在であることを感じとってくれたのではないかと思う。また誤魔化しようの無い生歌で、マリが音程も安定しているしっかりした歌声を聞かせたことも大きな反響を呼んだ。
 
「もうマリちゃんを音痴って言えない」
という声が多数ネットに流れた。
 
結局、2009年1月の『甘い蜜』と2011年7月の『夏の日の想い出』の間は、2009年5月葬儀での歌唱、2009年6月『長い道』2009年10月『雪の恋人たち』
2009年12月『あの街角で』の歌唱、2010年5月のFM番組、2010年9月アルゼンチンアルバム、2011年1月広東バージョンという形で補間されたのであった。
 
その間にも鈴蘭杏梨名義でソングライト活動を続けていたので、雨宮先生から「あんたたちのは『なんちゃって休養』じゃん」などと言われたゆえんである。
 

放送が終わるまで私たちは待機していた。そして放送が終わってからAYAが出てきたのに「お疲れ様」と声を掛ける。
 
「何か今日はかなりやばい話をした気がする」
「まあ、たまにはいいんじゃない?」
「ね、ね、CD作ったの?」
「秘密を守れるなら1枚あげる」
「じゃ後でちょうだい」
「了解」
「ライブもしたの? 謎の女子高生ふたり組以外で」
 
AYAは「謎の女子高生ふたり組」のことは交友のあるXANFUSから聞いたらしい。
 
「あれ以外に3回したけど、その内の1回は町添さんがビデオ撮ってるから、ゆみちゃんだったら言えば見せてくれると思う」
「よし、頼もう。しかしそうすると今年4回もライブしたんだ?」
「うん」
「なんか普通の活動じゃん。全然休んでないじゃん」
「えへへ」
 
「でも私たちが歌ってる時に、ゆみちゃん、難しい顔してた」
「ケイちゃんも、マリちゃんも、物凄く歌が上達してるんだもん!」
 
「そうかな?」
「マリちゃんの進歩が凄い。もうふつうに《上手な歌手》の歌になってるよ」
「うんうん、マリは本当に進歩した」
 
「ケイちゃんの歌も、凄く進歩した。だいたいケイちゃんって、元々凄く歌がうまかったのに、それがもっと凄くなってる。あのレベルの歌を歌ってた人がそれ以上は上手くなりようがないだろうと思ってたのに、更に磨きが掛かってる。ケイちゃんも物凄く歌の練習してるね」
「それは当然。私もマリも毎日5時間は歌ってるもん」
 
「負けた〜。受験勉強してない私が、受験勉強で忙しくて、更に鈴蘭杏梨までやってるケイちゃんたちに負けたって、凄く悔しい」
 
「ノーノーノー、その名前出してはイケマセーン」
「うん、出さないよ。でも、私鍛え直す」
とAYA。
 
「うん、ゆみちゃんも頑張って」
と私は微笑んで答えた。そして私たちは硬い握手をした。
 

さて、町添さんのアイデアはこういうことであった。
 
私と政子の「歌いながらの勉強」を1日遅れで中継しようという趣旨である。
 
私と政子が毎晩受験勉強しながら歌った歌を記録しておき、それをFAXかメールする。FM放送の深夜枠を取り、私たちが歌った曲をCD音源でBGM的に流しながら、受験勉強している学生さん向けに、歴史の年号だとか数学の公式だとか、化学の暗記法などの「受験直前に役立つ」情報を流していくというものである。
 
「題して、ローズ+リリーと一緒に受験勉強」
「まんまですね!」
「君たちそういうのできる?」
「曲目を書き出すくらいなら、全然問題ないです」
 
この企画は本当に採用され、急遽番組企画が作られた。毎日私がその晩ふたりで歌った曲のリストを作りFAXする。それを元に★★レコードの担当者がCD音源などでBGMを組み、大手予備校の講師さんに、毎日日替わりで30分ずつ2教科取り上げてもらって、各教科のポイントなどを解説してもらう。実際に私たちが歌った歌を1日遅れで放送することになる。
 
番組のタイトルは本当に『ローズ+リリーと一緒に受験勉強』ということになった。私たちの生歌が流れる訳ではないし、出演もしないが、私たちが実際に受験勉強しながら歌っている歌、というコンセプトは、放送局としても聴取率が取れそうと言ってくれた。
 
現役受験生だからこそできる企画である!
 
「今のローズ+リリー」どころか「リアルタイム」に近いローズ+リリーの生態レポート番組であった。私と政子はこの番組に出演こそしていないものの時々短いメッセージを番組に寄せるということもして大きな反響をもらった。(マリのメッセージはしばしば宇宙的で「意味が分からん」と言われたがその意味不明なのをみんな楽しみにしていたようであった)
 
この番組は年明けのお正月特別番組が終了した後の1月4日から、3月12日の国立後期試験の日まで放送が続けられ、深夜の番組とは思えない高い聴取率が出た。実際「ケイちゃん、マリちゃんと一緒にお勉強している気分になります」という声は多く寄せられたし、番組が進行するにつれ「この番組を聴きながら勉強して、合格できました」という声も多数寄せられたのであった。
 

流す音源の選択であるが、その曲をローズ+リリーが歌った音源が存在する場合はそれを使うことにした。それで『ふたりの愛ランド』や『夏祭り』
『SWEET MEMORIES』などはローズ+リリーのCDの音源が使用されたし、一部、CD化されていないものの存在する音源として、私たちのライブを録音した音源も使用された。
 
ローズ+リリーのコンサートやキャンペーンでの歌唱は全て★★レコードのスタッフにより録音されており、ライブハウスやCDショップなどでの演奏もほとんどが須藤さんによって録音されていたため、実はローズ+リリーのその手のライブ音源は100曲近く存在したのである。政子がとっても気まぐれに「今日はこれ歌いたい」などと言い、すると須藤さんはいつも政子が歌いたいと言った曲をそのまま歌わせてくれた。伴奏はだいたい私のキーボードやエレクトーンまたはピアノの演奏であった。
 
「いったいこの手の商品化されていない音源は何種類存在するんですか?」
などという問い合わせが多数来たので、★★レコードではそのリストを公開した所、今度はそれを全部聴きたい! という声が多く寄せられた。
 

「FM局が5時間枠を取るので、流しませんか? と言ってきているんだけど、どうしよう?」
 
と私たちは尋ねられたが
「済みません。今考える余裕が無いので、受験が終わってからの回答でいいですか?」
と私は取り敢えず答えておいた。
 
そして2月17日に私たちの試験は終わり、一息付いたところで、私たちは2月20日からロリータ・スプラウトの2枚目のアルバムの音源制作に入ったのだが、この音源制作は★★レコードの技術部で行っているので、その作業の合間に私たちは町添さんと少し打ち合わせをした。
 
「ひたすら流すだけなら、私たちが出演しなくてもいいんですよね?」
「そうそう」
 
「ただ、かなりの音源がICレコーダで録音されたもので音質が良くないですよね」
「うん。商品化できるほどの音質なのは2割程度しかない」
 
「だったら、昼間流すのは申し訳ないから深夜ということでもよければ、私たちのメッセージを冒頭に入れた後、流しっぱなしというのではどうでしょう?」
 
「確かに深夜の方がいいかも知れないね」
 
秋月さんが実際の音源を聴きながら一週間がかりで流す順番のリストを作ってくれた。秋月さんにとってはローズ+リリーに関する事実上最後の仕事になった。それを★★レコードの若いスタッフ竹岡さんが本当にデータをつなぎ、これも一週間がかりで時間調整をして、50分の音源1本と55分の音源4本にまとめた。どちらもお疲れ様である!これにCMやジングル・時報などが加えられ、冒頭に私と政子のメッセージ(約5分)を加えて、5時間の放送にする。
 
私と政子のメッセージもロリータ・スプラウトの音源制作の合間に録音した。
 
この番組の放送は国立後期試験が終わった後の3月15日(月)の深夜25〜30時(3月16日1〜6時)という普段ならほとんど聴く人のいない時間帯に流された。一応全国ネットである。「ローズ+リリー秘蔵音源大特集」と銘打ったものであった。そんな時間帯で、しかも音質の悪い録音であるにも関わらず、物凄い聴取率になったようであった。
 
そしてこの番組の冒頭で私たちが挨拶したことから、ファンの間には、近い内にローズ+リリーは復活するという期待が高まったのであった。
 

私たちはこの冒頭のメッセージの中に「軽いいたずら」を入れた。
 
「さて、これから5時間ほど私たちの2008年に歌った歌の録音を流します。7割くらいがICレコーダで録音したもので音質が悪くてごめんなさい」
 
「あんまり申し訳無かったから、昨日3本だけ新しい録音を作りました」
「でもそれも普通の部屋でICレコーダで録っちゃったから音質悪いね」
「一応ケイも私もミニスカの衣装を着て歌いました」
「ラジオだからお見せできないのが残念ですけど」
 
「で、どの曲が新しい録音だったか分かった方は、それを書いてFAXかメールかツイッターでお寄せ下さい」
 
「当たった方の中から抽選で10名の方に私たちのサイン色紙をプレゼントします」
「大ヒント。洋楽ではありません」
 
「締め切りは放送終了後の朝8時までです」
 
(つまり生で聴いた人しか答えられない設定にした)
 

私たちはこんなことを仕掛けても、応募は20〜30件くらいしかないのでは。もしかしたら正解は出ないのではと思ったのだが、応募は締め切り時刻までに2000件も来て、当たっているかどうかをチェックする★★レコードの竹岡さんが悲鳴をあげていた。
 
正解者は約700人、約3分の1の人が正解した。私たちは結局当選者の中から100名の人にサイン色紙を書いて贈ることにした。
 
ちなみに新しく録音したものは『遙かな夢』『LOVEマシーン』『島唄』の3曲で、いづれも★★レコードの会議室で私がキーボードを弾きながらふたりで歌い、ICレコーダで録音したものであった。わざわざ手拍子とかも入れてもらって、ライブハウスとかで録音したものと区別が付きにくいようにしていた。
 
一部、実は比較的新しい録音である(沖縄のXANFUSライブで録音した)マドンナの曲を書いていた人がいたが、「洋楽ではありません」とことわっていることもあり、不正解にさせてもらった。
 

時を少し戻して2月26日。
 
私と政子はロリータ・スプラウトの音源制作の最中だったが、受験した△△△大学の合格発表があったので見に行き、ふたりの受験番号があることを確認した。
 
お昼に、私と政子と双方の母の4人で一緒にお昼を食べて、サイダーで祝杯を挙げる。
「ふたりとも合格してホッとしました」と私の母。
「最後まで大丈夫かなとハラハラしてました」と政子の母。
 
「やはり、毎晩携帯をつないだまま、冬とふたりでお勉強を続けたのが大きかったよ」
「ずっと歌を歌いながらやってたね」
「眠気覚ましも兼ねてね」
 
「でもまだ夜中ずっと歌ってるね」
「うん。国立後期試験までは続ける。FM番組の企画になっちゃったから」
「ここ数日もずっとお勉強もしてるね」
「うんうん。数学の方程式とか一緒に解いてるしね」
「やはり受験生の人たちのための番組だもん。私たちが勉強せずに歌だけ歌っていたら悪いから」
「なるほどね−」
 
「受験も終わったし、政子も歌手に復帰するんだよね?」と政子の母。
「当然」
「まあ、冬も復帰するよね」と私の母。
「もちろん」
「女の子の格好で歌うんだよね」と私の母は再確認する。
「ボクが男の子の格好で歌う訳ないじゃん」と私。
「冬は女子の受験票で受けたから、学生証でも女子大生になるね」と政子。
 
「あんたたち、結局事務所はどこと契約するの?」
「私たちだけの事務所を作っちゃう。まあ実際は事務所というより版権管理会社なんだけどね。その件、町添さん、上島先生、浦中さん、津田さん、畠山さんの同意を得ている」
 
「へー」
 
「その上で、△△社なり、∴∴ミュージックなり、##プロなり、UTPなりと委託契約を結ぶ」
「ああ、なるほど」
 

「でも最初政子が△△△大学を受けると言い出した時、私は『はぁ!?』と思いましたよ」と政子の母。
「政子さん、ほんとに頑張りましたね」とうちの母も本気で褒める。
 
「いや、あれは冬と別れたくない一心だったから」と政子。
 
「・・・・あの頃、もうあんた啓介さんより冬ちゃんのことの方が好きだったんじゃなかったの? あんた啓介さんと婚約した時に全然嬉しそうな顔をしてなかったから、婚約させてよかったんだろうかと私、悩んだ」
 
「私、男の子を好きになるのと女の子を好きになるのとは別のチャンネルだから」
「冬ちゃんは女の子として好きだったんだ?」
「当然」
 
「でも、マーサ、実際問題としてあの時期には冷めてたよ」
「うーん。今となって思えばそうかも知れないという気はする。啓介との付き合いって惰性になってたかも。とにかく啓介は毎月のように浮気してたからイライラしてたし」
 
「婚約してからもずっと浮気してたよね。マーサが精神不安定になってるのを見るたびに、ああまた花見さん浮気したな、と思ってた」
「うん」
と言って政子は少し難しい顔をしていた。
 
「花見さん、まだ行方不明みたいね」と私。
「ああ、でも生きてることは確かだよ」と政子。
「なんで分かるの?」
「絶対死なないように呪い掛けたから」
「へ、へー」
「だって、簡単に死なれたら、私、怒りの持って行き先が無くなるもん。姿を表した所で、頭から熱湯でもぶっかけてやりたいからさ」
「なるほどねぇ」
 
政子の「呪い」というのがどんなものかは知らないが、政子の言葉を聞いてて花見さんは本当にちゃんとどこかで元気にしているのではないかと私は感じた。
 

「音源制作は結果的には冬から誘われたんだけどさ、私1年生の夏から冬と一緒に歌作りを始めて、この歌を冬と一緒に歌いたいってずっと思ってたよ」
と政子。
 
「そう?」
 
「でもさ、あの頃は冬が女の子の声を出せること知らなかったから、冬が本当の女の子ならいいのになって、ずっと思ってた。女の子の声を練習させようかなとかも思ってたし。私の理想は女の子ふたりのデュエットだったから」
 
「でもボクにしろマーサにしろ、自分たちで歌うってのは何となく最初からイメージあったよね」
「うん。あっそうだ」
「うん?」
 
「冬さあ、その『ボク』っての、もうやめなよ。ふつうに『わたし』と言いなよ」
「ああ、それは私もそう思う」と母も言う。
 
「だいたい、ローズ+リリーのケイとして活動している時は『わたし』と言ってるじゃん」
「うん、まあそれはそうだけど」
 
「3月中にちゃんと『わたし』にならなかったら、冬、去勢しちゃうぞ」
と政子は言ったのだが・・・・
 
「あんた、もう去勢済みだよね?」などと母が言う。
「まだ去勢してないよぉ」
「嘘」
「だってお父ちゃんと、受験終わるまでは身体にメスは入れないって約束したもん」
「いや、それはそれとしてこっそり去勢しているものと思ってた。もしかして、もうおちんちんも取ってるのかもと」
 
「まだどちらも付いてるよ。でも4月か5月頃までに去勢はする」
「ああ、それはまあいいんじゃない?」
 
などとこの時母は気軽に言ったのだが、後で実際に私が去勢手術を受けるために保護者の同意書をもらいに行った時は署名をもらうのに半日話をする羽目になった。
 

母たちは「ふたりでゆっくりしてらっしゃい。帰りは明日でいいよ」などと言って、私と政子を残して先に帰って行った。
 
「冬、この後どこに行く?」
「いや何も考えてなかった」
「どこか行く予定とか無かったの?」
「うん。車を借りようかとは思ってたんだけど」
 
「あ、ドライブ?」
「いや、それ以前の練習。ボク、もう4ヶ月運転してないから。感覚を取り戻すのに」
「こら、『わたし』と言え」
「今度からね」
 
「じゃ付き合ってあげるよ」
「いや、危険だからやめといた方がいい。だって半年ぶりの運転だもん」
「私と冬は死なばもろともだよ」
「うーん」
 

それで私は予約していた日産レンタカーに行き、会員証を出して日産キューブを借りた。政子が「可愛い!」と喜んでいた。初心者マークを貼ってもらった。
 
政子が助手席に乗り、お店から出発する。
 
「なんでこんなに遅いの〜?」と政子。
「だって怖くてこれ以上スピード出せないんだよお。今も左右にぶつからないかとヒヤヒヤしながら運転してる」と私。
 
「さっきからたくさんクラクション鳴らされてる」と政子。
「うん。ゆっくり走ってるから邪魔なんだろうと思う。でもみんな追い抜いて行ってるからいいんじゃないかな」と私。
 
結局私は、超ノロノロ運転で、2kmほど走って、公園の駐車場に駐め、一息付いた。
 
車を降りて政子と一緒に公園を散策する。その日は2月にしては暖かい陽気の日であった。ホットドッグ屋さんがいたので買ってふたりで食べる。
 
「こんなデートみたいなことするのって、もしかしたら初めてかも」と政子。
「そうだね。私たち、ふたりだけで居ても、ずっと仕事ばかりしてたもん」
と私が言うと
 
「お、ちゃんと『私』と言えるじゃん」と言われる。
「ああ、もう男の子を装うのは辞めようかなと思って」
 
「誰も冬が男の子を装ってたなんて思ってない。冬のことは誰もが女の子としか思ってなかった」
「そうだっけ?」
「だいたい、冬は高校1年の時からずっと女子制服で通学すべきだったんだよ」
「そうかもねー」
「だって3年間、女子制服で写った生徒手帳を使い続けたしさ」
「確かに」
 
「冬ってさ。本当は女の子でいたいのを、その勇気無くて学校には男の子の格好で出てきても、それを実は我慢できないから、放課後女の子として活動することで、女の子としての自分を補完してたんだよ」
「それはそうかも知れないね」
と私は政子の鋭い指摘に同意した。
 

「・・・今夜は一緒に過ごしていいよね?」
「うん。そうしようか」
「コンちゃんは持ってる?」
「もちろん。寝る時は枕元に置いとかなくちゃ」
 
「冬、今タックしてる?」
「してるよ」
「そのタック、今夜は外さないで」
「いいよ」
 
「私、今夜は女の子の冬と一緒に寝たいから」
「うん」
と言って私は政子にキスをした。
 

私たちはその後、また私の超ノロノロ運転で郊外型のスーパーに行き、そこで大量の食糧を調達した後で、早めの夕食後、更に郊外に走って、モーテルに車を駐めた。車庫入れがなかなか出来ずにいたら従業員さんが出てきて、入れてくれた! 女性同士なので何か言われるかと思ったが、言われなかった。
 
「冬、少しスピード出せるようになったら車庫入れ練習しよう」
「うん、頑張る」
 
「でも、こういう所に来るのって、去年のゴールデンウィーク以来だね」
「うふふ」
「あの時は2時間御休憩で借りたから、今夜はお泊まりで時間もたっぷり」
「まあ、のんびり過ごそうよ。0時までは」
「0時になったら何するの?」
「歌いながらお勉強」
「あ、そうだった!」
 
私たちはその日、本当にゆっくりとした時間を過ごし、のんびりとおしゃべりし、そしてたっぷり愛し合った。「御守り」に置いていた枕元のコンちゃんは開封しなかったものの、私も政子も本当に満足できる時間であった。
 
0時になってから歌いながら本当にお勉強をする。「御成敗式目」「1232年」
「弘安の役」「1281年」「本能寺の変」「1582年」「賤ヶ岳の戦い」「1583年」
「大坂夏の陣」「1615年」「島原の乱」「1637年」などという感じで歴史の年号を、私たちは歌に乗せて言い合った。
 
1時間ほど「お勉強」をしてから、今日歌った曲目リストと番組へのメッセージを竹岡さんにメールする。
 
『私もマリも今日△△△大学文学部に合格しました。たくさん私たちへの応援メッセージも頂いてありがとうございます/ケイ』
『カナリアとウグイスとヒバリとどれが一番歌がうまいんだろうと考えてみたけど、どれも食べてみたことないから分からない/マリ』
 
「マーサ、それ意味が分からないんだけど」
「冬はウグイス食べたことある?」
「無いよぉ」
 
そのあと私たちはまたずっと睦み合いを続けた。愛し合いながらいつの間にか眠ってしまっていた。
 

朝6時頃爽快に目が覚めた。
 
私が起きたら政子は詩を書いていた。
 
「『私にもいつか』?」
「そう。今は何てことない日常だけど、私にもいつか時が来れば、ときめくような時間が訪れないかなって」
 
「ふーん」
「今は私まだとても人前で歌う勇気が無いけどさ、あと30年くらいたったら、冬とまた一緒に歌いたいな。あのステージでのときめくような昂揚を感じたい」
 
「へー。ついこないだまで100年と言ってたのに30年になったんだ」
「うふふ」
 
政子はその後、翌月鬼怒川温泉に一緒に泊まった後は「10年」と言い出す。
 
「私にもいつか、あの熱い時間が訪れますようにって」
 
この時書いた『私にもいつか』は、そういう訳でステージ復帰を切望するマリの心情を歌ったものだが、表面的に文字だけ見れば恋に憧れる少女の詩という感じである。
 
一般に『遙かな夢』『涙の影』『あの街角で』をローズ+リリーの高校三部作と言うが、この『私にもいつか』もその延長線上の曲で、人によってはこれも入れて『高校四部作』と言う人もある。
 
もう私たちの高校卒業式は翌週木曜日に迫っていた。
 
 
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