【夏の日の想い出・変セイの時】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-04-13
夏になる。学校では体育の時間に水泳の授業が始まる。しかし私は今年も水泳の授業は全部見学させてもらうことにした。
「体調悪そうにも見えないのに、なぜ見学する?」
「あ、いえ済みません」
「ああ、金槌なのか?」
「えっと、それはありますけど」
「練習しないと泳げるようにならんぞ」
「はい」
などと言われながらも見学を決め込む。
「去年もずっと見学してたね」
と、プールサイドで見学していた時に、別の先生からも言われる。
「ええ」
「愛知の学校でも見学だった?」
「あ、向こうでは少し出ました」
そんなことを言っていた時、男子のクラスメイトのひとりがこう言った。
「先生、勘弁してやって。唐本は女だから、水泳パンツ姿にはなれないんだよ」
「ああ!」
と言って、先生は納得したような声を上げた。
「なんなら女子の水着を着てもいいぞ」
「それを着るにはお股の付近に問題が・・・・」
「ああ、なかなか難しいな」
ということで一応先生たちは納得してくれた。
しかしこの会話を奈緒が近くで聞いて、ニヤニヤしていた。
「ねえ、冬〜。今週末に女子数人でアクアスパートに行こうよって話してるんだけど、冬も来ない?」
とその翌日、奈緒は言った。それは近郊のレジャープールである。普段なら「行く行く」と言うところだが、どうも何か仕掛けがあるっぽいので渋ってみる。
「えー?私泳げないし」
「見てるだけでもいいよ。一緒におしゃべりして、おやつ食べようよ」
「うん、それなら」
というので私は出かけて行った。最近、民謡教室にはスカート姿で行っているのだが、この日は自粛してホットパンツにサンダル履きであった。
「なんでスカート穿いてこない?」
と協佳に言われる。
「えー?だって。。。それにホットパンツでも充分女の子の服だし」
「いや、やはり冬はスカート穿かなきゃね」
「冬、水着は持って来た?」
「ううん。私はプールは見学で」
「じゃ、スカート穿いて来なかった罰として、この水着を着てもらおう」
と言って、何だか可愛い水着を取り出される。
「こ、これを着れと?」
「冬なら着れるはず」
「サイズはこれでいいはず」
「でも、私、おっぱい無いし」
「まだ5年生じゃ、全然無い子も多いよ」
「そうそう。**だって、ほらこんなに胸が無い」
と言って触られているので
「ちょっとぉ」
と触られた子が声を上げている。
でも私はその水着がほんとに可愛いので、着てみたい気分になった。
「そうだなあ。着てみようかなあ」
「よしよし、じゃ一緒に着替えに行こう」
と言って手を引いて女子更衣室に連れ込まれそうになったので
「待って待って」
と言う。
「向こうでちゃんと着替えてくるよ」
と言って私は男子更衣室の方を指さすが
「女の子が男子更衣室に入ってはいけません」
と言われて、数人で身体を押さえられて強引に女子更衣室に連れ込まれた。きゃはは・・・
「着替えも手伝ってあげようか?」
「いえ、自分で着させてください」
「ふーん、まあいいか」
「あ、ちょっと待って。水着に着替える前にトイレ行っておく」
「ああ、それは行っておいたほうがいいよね」
「うん。ワンピース水着って、トイレするのに全部脱がないといけないもんね」
それで私はトイレに入り、実際におしっこをしてから『緊急処置セット』を使って、あそこら辺の処理をした。
トイレから出て行くとみんなが待っている。私はニコリと笑ってまずはサンダルを脱いで裸足になってから、着ていたTシャツとホットパンツを脱ぐ。
「冬、ほんとに胸が無いね」
「でも乳首立ってるね」
「あ、最近それずっと立ってるし触るとちょっと感じる」
「へー。おっぱいの膨らみ始めだったりして」
「少しおっぱいマッサージした方がいいよ」
「マッサージ?」
「そうそう。お風呂に入った時に、このあたりを押さえるといい」
と奈緒が実際の場所を押してくれたので
「うん。やってみようかな」
と答える。
「でもパンティは女の子パンティなんだね」
「うん。最近、学校に行かない日はけっこう、これ穿いてる」
「へー」
「学校にも穿いてくればいいじゃん」
「そうだ、そうだ」
私は水着の両足だけまずは通した。
「パンティ付けたまま水着を着るの?」
「まさか」
と言って私は、水着を膝上まで引き上げ、それからパンティの片側を水着の足の穴にくぐらせる。そしてひざをまげた状態で、それを足から抜いてしまった。それから反対側の足からも引き抜いてしまう。そしてすばやく水着を腰まで引き上げた。
「え?」「え?」
「何? 今のどうやったの?」
「えへへ。見られたら警察に捕まっちゃうから」
と言いながら、私は水着を上半身まで引き上げて両肩に通した。乱れを直す。
「確かに」
「でも、本当に全然見えなかった」
「魔法みたい!」
「ね、ね、お股の所に膨らみが無いんですけど」
「女の子のお股が膨らんでたら大変だよ」
「うーん。。。実はおちんちん無いってことは?」
「ああ、無いといいね。でもこれ隠してるだけ」
「へー。隠し方がうまいね!」
その後、他のみんなも着替えた。壁を向いて着替える子もいるが、堂々とお股を出して着替える子もいる。女の子同士なので、特に恥ずかしがったりしてない感じだし、私も、彼女たちのお股を見ても特に何も感じなかった。
いいなあ。私もこういうお股になりたい、とは思ったけど。
みんなでシャワーの所を通り、プールに行く。
私は見学だけとは言っていたのだが、水に入るだけならいいでしょ、と言われ、中に入って、水の掛けっことかした。ビーチボールを持って来ている子がいたので、何人かで円陣を組んで打ち合いして遊ぶ。
奈緒からは
「水泳の授業休んだ分、ここで少し練習しなよ」
と言われてバタ足の練習とか、平泳ぎの練習とかを見てもらった。
「平泳ぎって、推進力は無いけど、息継ぎがしやすいから、冬みたいにあまり泳げない子は絶対覚えておくべきだよ。冬が豪華客船に乗ってて氷山にぶつかって沈んだりした時に、生存確率がぐっと上がるよ」
「うーん。豪華客船に乗ることはないかも知れないけどね。でもこれ、何とか沈まない程度には進むね」
「うん。足のキック力が上がれば、もう少しスピード上がるよ」
「なるほどー」
有咲が「スライダーに行こうよ」と誘いに来て、一緒にそちらに行く。
「何だか怖そう」
「スライダーはね。滑り出す直前までは怖いけど、もう滑り出しちゃったら快感だよ。だって、どうやっても停める方法無いから、開き直って楽しむしかないからね」
「なるほど、気の持ちようだね」
それでもけっこう怖い感じだったのが、ホントにスタート位置に付き、係の人の指示で滑り出すと、独特の高揚感に包まれる。突然ストンと落ちる所とかは思わずキャッと叫んでしまったが、最後は確かにかなりの開き直りが出来た。そしてゴールでは水の中に深く突っ込んで停まる。ひー。溺れるかと思っちゃう。
「楽しい! もう一回行こう、もう一回行こう」
と言われて、結局5回滑った。
何度もやる内にだんだん素直に開き直りすることができるようになった。
「スライダーって女装と似てるな」
と私は唐突に言った。
「何それ?」
「女装で外を歩くとさ、男とバレて変な目で見られないかとか、知り合いに会ったりしないかとか思って、最初のうちは怖いけど、とにかくそれで外に出てしまったら、帰り着くまではその格好でいないといけないからさ。どこかで開き直っちゃうのよね」
「それでスライダーがやみつきになるように、女装もやみつきになると」
「うんうん」
「なるほど、やみつきになって頻繁に女装で外を歩いているんだな」
「いや女装外出はまだ数回しかないけど」
「こら、嘘つくな」
「えっと。まあ多少は経験あるけど」
「いや、多少ってレベルじゃないでしょ?」
「さっきの言い方はどう見てもね〜」
「うん。私も冬は私たちが思ってる以上に女装外出してるんだと思った」
「だいたい今日も全然恥ずかしがってる風じゃないしさ」
「そうなのよ。この水着、共同で買った時は、きっと真っ赤になって恥ずかしがってる冬の姿が見れると思ったのに、全然そんな様子なくて、楽しそうに着てるし、私拍子抜けしちゃった」
「あはは、そんな少女漫画みたいな展開は無いって」
「お股の所も上手に隠してるみたいだし、もしかして水着も着慣れてる?」
「そんなことは無い。私の着れるサイズの女の子水着は持ってないよ」
「着れるサイズってことは・・・小さくなったのならある?」
「えっと・・・・」
「そういうことだよね」
「分かった。愛知の小学校の頃は、女子スクール水着で授業に出ていたのでは?」
「出てないよぉ」
「じゃ、この後の水泳の授業には、女子スクール水着を着て出ておいでよ」
「ごめーん。パス。見学にさせて〜」
「恥ずかしがることないのに」
「だいたい今日、みんなにこうやって女子水着姿を晒しておいて、今更だよね」
「全く」
プールサイドに何やら特設ステージが設置されていたので何かショーでもあるのかと思っていたら、そこに看板が持ちこまれて『子供カラオケのど自慢大会』
と書かれている。
「これより、子供カラオケのど自慢大会を開催します。予め出場登録なさっていた方はお集まり下さい。なお、飛び入り参加も自由ですので、我こそはという方の参加をお待ちしています。参加資格は中学生以下です」
「へー。ね、冬って凄く歌がうまいよね。出ない?」
「あ、いや、こういうのはちょっと」
津田さんから、もう素人の大会に出てはいけないと言われたのを思い起こしていた。でもさっき、単に中学生以下って言ったな。プロ不可とは言ってない。それに民謡じゃないし。じゃ出てもいいかな?などと思っていたら
「ひとりで出るの恥ずかしいなら、私と一緒に出ない?」
と有咲が言うので、
「じゃ有咲と一緒になら」
ということで出ることにして、一緒にステージの方に行く。エントリーして20番と書いたふだを水着に貼り付けてもらった。マジックテープのような感じになっていて水着にピタリとくっつく。
「で何歌う?」
「そうだなあ。有咲、宇多田ヒカルとかは?」
「あ、割と好き」
「じゃ、『Automatic』とか」
「うん。歌えると思う」
「よし、それで」
ということで、それで曲目を登録する。
順番を待ちながら先に歌う出場者の歌を聴いているが、基本的には音程が合っている人がレアという雰囲気である。わあ、やはり私この大会に出てはいけないのでは・・・と思っていたら、15番目で歌った人が凄かった。
『アヴェ・マリア(グノー版)』を歌ったのだが、アニメソングやアイドル歌謡などを多くの子が歌っている中、この曲という空気を無視した選曲も凄いが歌も凄かった。
「この人、プロじゃないの〜?」
と有咲が言うが
「むしろ、音大受験コースだと思う」
と私は答える。
「なるほど〜」
しかしこの人の歌で、こちらも闘争本能に火が点いた。
前奏に続いて歌い出す。この曲はFからひとつ上のCまで1オクターブ半を使う曲である(本当はその上のEもあるが、使わなくても歌える)。私はF3からC5の範囲で歌うつもりだったのだが、民謡のお囃子で鍛えたソプラノボイスを使い、オクターブ上のF4からC6という範囲で歌うことにした。実際に宇多田ヒカル自身が歌っている音域である。有咲は低いF3の音は1音だけなので出さずにAb3からC5で歌い、私とオクターブ違いのユニゾンとした。
客席に座っていた15番の子が、こちらを睨み付けるような目で見ていた。ふふふ。向こうもライバル心を燃えたぎらせてるな。こんなの後から歌った方の勝ちだもんね〜。
最後のサビまでしっかりと歌って終える。
何だか物凄い拍手が来た。
やがて25人の歌唱者が歌い終わり、審査に入る。
ここのプールの社長さんという雰囲気の人がステージに立って結果を発表する。
「3位、8番。『ミニモニ。ジャンケンぴょん! 』を歌いました、**さん、**さん、**さん」
きゃーっと嬉しそうな悲鳴を上げてステージに登り、賞状と金一封をもらっている。そうそう。この3人組は前半の出場者の中では一際良い出来だったのである。
「2位、15番。『アヴェマリア』を歌った蘭若アスカさん」
ぶすっとした表情でステージに上がり、無表情で賞状と金一封をもらった。
「1位、20番。『Automatic』を歌った、町田有咲さん、唐本冬子さん」
「よっしゃ」と有咲が言い、奈緒たちのいる方角から凄い歓声と拍手が来て、私たちは笑顔で一位の賞状と賞金をもらった。
私は2位の人に握手を求めた。向こうは一瞬躊躇ったものの、笑顔になって握手してくれた。
「あんたすごいね。合唱団か何かに入ってる?」
「いえ。うちの学校は合唱部も無いし」
「どこか入って鍛えなよ。あんた伸びるよ」
「ありがとうございます。蘭若さん、音大に行くんでしょ?」
「行くつもり」
「頑張ってください」
「うん。お互いにね」
その後、3位の子たちとも握手した。
奈緒たちの所に戻ると拍手で迎えられる。
「いくらもらったの?」
「いくらだろ」
と言って開けてみると1万円である。
「わ、すごっ」
「何か食べに行こうよ」
「焼肉!」
「それはさすがに足りない」
「あ、そうだ。ケーキバイキングに行かない? 駅前の**ホテルで毎週日曜の午前中やってるんだよ。小学生女子は1人700円」
「ここに今15人いるから10500円か」
「その端数は私が出すよ」と私は言う。
「あ、それじゃ明日みんなで行こう」
ということで賞金の使い道も決まった。
「でも有咲と冬が取った賞金の使い道を勝手に私たちが決めていいんだっけ?」
「あ、私はみんなに水着を買ってもらったから、そのお返しで」
「じゃ、冬はそれでいいとして有咲には超ビキニでもプレゼントを」
「いらん、いらん」
その日は16時で上がり、シャワーを浴びて身体を拭き、服を着る。
「うーん。水着に着替える時はどうにかなっても、普通の服に着替える時は見られるかと思ったのに、何にも見れなかった」
と奈緒。
「ふふふ。ボクは奈緒たちの前では女の子だからね」
「やっぱり、もう取ってるでしょ?」
などと言っていたら、有咲が「あっ」と声を上げる。
「どうしたの?」
「ナプキン入れが空っぽ。補充しておくの忘れた」
「ありゃ。誰か持ってないかな」と奈緒は言ったが
「あ、これで良かったら使って」
と言って、私は有咲に自分のナプキン入れを手渡す。
「ありがとう」
「ちょっと待って。なぜそういうものを持ってる?」と奈緒。
「え?だって、ボク、奈緒たちの前では女の子だから」
「いや、私たちの前ででなくても、本当に女の子なのでは?」
翌日は駅前に集合し、全員でケーキバイキングに入った。
「冬、今日はちゃんとスカート穿いてきたね」
「スカート穿いてないからと、また水着を着せられたらたまらないし」
「さすがに水着でホテルのラウンジに入ろうとしたら停められるね」
「昨日の水着はどうしたの?」
「帰ったら即洗って自分の部屋に干して、朝には乾いてたから、しまってきた」
「タンスの中に女の子水着があったら、お母さん見てびっくりしない?」
「お母さんが私のタンスの中を見ることはめったにないみたい。私が洗濯係だから、洗うのも干すのも取り込むのも私の仕事だし」
「あ、その立場を利用しているのか」
「職権乱用?」
「ふふ。それにそもそもタンスじゃない所に入れたしね」
「なるほどー。女の子の服を隠す場所があるんだ?」
「えへへ」
入場する時、一瞬迷う。中学生以下は男性1000円・女性700円と書かれている。
私が悩んでいたら、隣で有咲が
「小学生・女子15人です」
と言ったので、まあ、いっかと思って、
「10500円です」
と受付の人が言うのに応じて払った。
バイキングはプティサイズのケーキが多数出ていて、みんな色々な種類のケーキを1個ずつとっていたが、イチゴショートを5個並べて楽しそうに食べている子もいる。時間は1時間以内で、お茶・コーラ・オレンジジュースも自由に飲める。但し皿の上に多数残したまま終了したら1個100円の罰金なのだが、いきなり20個くらい取って来て
「あんた残したら罰金だよ」
などと言われている子がいる。しかし
「大丈夫大丈夫」
などと言って美味しそうに食べていた。
私はイチゴショート、チョコケーキ、モンブラン、と取って奈緒・有咲とおしゃべりしながら食べた。飲み物は紅茶のホットを砂糖無しで飲んでいる。
「でも、冬、あの水着で体育の時間の水泳に出たら? 男子の水着になるのが嫌なんでしょ?」と奈緒。
「あんな可愛いの着て来たら叱られるよ」
「じゃスクール水着を買えばいいのに。あの水着が破綻無く着れるってことはスクール水着も行けるはず」
「冬はお小遣いわりと余裕あるっぽいから、親にお金出してもらわなくても、自分で買えそう」と有咲。
「うん、まあね」
「じゃ買いなよ。買いに行くのに付き合ってあげようか?」
「そのうちねー」
「あ、実はスクール水着は既に持ってたりしない?」
「えー? 持ってないよぉ」
「冬のお姉ちゃんってさ、色々自分が着れなくなった服を冬に押しつけるって言ってたじゃん」
「うん」
「小さくなった水着とかももらったりしないの?」
「えっと・・・もらったことはある」
「それサイズ合わない?」
「えっと・・・合うのはある」
「やはり」
「合うのがあるってことは、つまり着てみたのね」
「お姉ちゃんに着せられたんだよぉ」
「じゃ、それを体育の時間に着ようよ」
「恥ずかしいよお」
「冬の恥ずかしさの基準が分からん」
その内最初に取って来た分が無くなったので、一緒にまた取りに行き、追加でチーズケーキ、アップルパイ、と取って来た。
「でも冬、ソプラノがすごくよく出るね」
「ああ、最近ちょっと鍛えてるんだよ」
「へー、凄い」
「でも冬のあの声も声変わりが来るまでかなあ」
「冬、声変わりの兆しとかは?」
「うーん。まだ大丈夫みたいだよ」
私はドキっとしながら答えた。
「なんかもったいないね。あんなきれいな声が出てるのに声変わりしちゃうなんて」と奈緒は言うが
「冬は声変わりしないかもね」
などと有咲は言う。
「昔はボーイソプラノの美しい子は、睾丸取っちゃって声変わりが来ないようにしたらしいね」
と奈緒。
「へー。じゃ、冬がその頃生まれてたら、きっと睾丸取られちゃってるね」
と有咲。
「うん、冬はきっと喜んで睾丸取る手術受けてるよね」
「冬はきっとついでに、おちんちんも一緒に取ってもらってるよね」
「そうだなあ・・・取りたいな」
「待って。既に睾丸取っているということは?」
「私も思った。昨日の水着姿、何にも付いてないみたいに見えたもん。もしかして、おちんちんも一緒に取ってない?」
「私の睾丸ね、身体の中に入り込む癖があるんだよね。だから昨日は中に押し込んでおいた」
「へー」
「お腹に力を入れたりしない限り出てこない」
「じゃ泳ぐと出てきたりして」
「昨日、奈緒に教えられて平泳ぎしていた範囲では大丈夫だったよ。おちんちんも目立たないようにする隠し方があるんだよ」
「つまり、そういう隠し方をよくしているということか」
「やはり、私たちの知らない所で、水着とかになってない?」
「なってない、なってない」
「もしかして、女湯とかにも入ってたりして」
「まさかぁ! さすがに女湯には入れない」
そんなことを言っているうちに、そろそろタイムアップかなという感じになった。私たちは皿の上に少し残っているケーキの断片をお腹の中に入れてしまう。飲み物も一口飲む。その時、近くのテーブルで
「あんた、まだ8個も残ってる」
と言われている子がいる。最初に20個くらい取った子だ。
「えーん。ごめん。みんな手伝って」
というので、私たちも行って1人一個ずつケーキを取った。私はイチゴのミルフィーユを取って、時間を微妙にオーバーしつつも食べ終わった。
せっかく駅前まで来たし、新宿かどこかに出ない?という話になる。帰る人は帰って行ける人だけでということで8人で新宿に出ることになった。私も奈緒・有咲といっしょに行くことにする。
「あ、次は快速だね」
「快速なら向こうの階段近くで待ってたら、女性専用車両にならない?」
「あれは朝だけだよ」
「あ、そうか」
「でも女性専用車両って、なんかほっとするよね」
「そうそう。気兼ねない感じ。なんか普通の車両に乗ってるとさ、変な感じでこちらをじろじろ見る男の人が時々いるよね」
「あれ、いやらしいね」
「私、お尻触られたことある」
「えー!? どうした?」
「平手打ちして、警察に行きますか?と言ったよ」
「へー、それで警察に行ったの?」
「勘弁して、見逃してって謝るから、二度としないでくださいねと言って見逃した」
「それ甘いという気がする」
「うん、そいつまた痴漢するよ」
「そうかなあ」
その時、奈緒がチラッとこちらを見て言う。
「冬は女性専用車両に乗ってる時はどんな感じ?」
「うん。なんだかゆったりした気分になるよね。男性の視線があるのと無いのとでは、全然違うじゃん」
と私は答えてしまった。
「ああ、やはり冬は女性専用車両に乗ってるな」
「あ、えっと・・・・」
「まあ、冬ちゃんは乗ってもいいんじゃない?」
「うん、構わないと思う」
とみんなから言われた。
10月のある日、民謡教室に行った私は津田さんに特に話したいことがあると言って個室に入った。
私は自分がこの半年ほどで勉強した内容をきちんと話した上で「ある計画」に協力してもらえないかということを話した。
「それは原理的には可能だと思う。でも、そういうことをして男性化は停められるかも知れないし、ホルモンニュートラルではないから体調や精神状態が不安定になることもないだろう。でもそこまでしても多分女性化は免れないよ。それにいづれは不妊になると思う」
「女性化するのはわりと問題ありません。子供を作ることは諦めています」
と私は明言した。
「分かった。そこまで考えているのなら、協力しよう。この顕微鏡も調達してあげるよ。よくこんなの見つけたね。でも条件」
「はい」
「毎月とまでは言わないけど、年に4回くらいはお医者さんの診断を受けようか」
「分かりました」
その年の11月初旬の連休(土日+振替休日)、約1年ぶりに高山に行く。
昨年の9月には従姉の聖見が結婚したのだが、今年はその兄の俊郎が結婚するというので、また一家で出かけたのである。今回もエレクトーン演奏(か何か)をと頼まれたが、昨年のことがあったので、母とも話し合い、今度は最初から私が弾くことにした。
「子供用のタキシードか何か借りようか?」
と父から言われたのだが、取り敢えず「要らない、要らない」と言っておく。
「子供だし、普通の服でもいいよ」
と母は言った。
前日朝から、新幹線とワイドビューひだを乗り継いで高山市内に入った。父は男性親族のお付き合いの「結婚式前夜祭」と称する酒宴に引き込まれてしまったので、
「私たちは温泉にでも行こう」
と母が言って、母のすぐ上の姉(博多在住の里美)及びその娘たち、純奈・明奈と一緒に6人で高山市近郊の温泉に出かけた。明奈たちと会うのも1年ぶりである。
「ね、冬ちゃんって男湯と女湯のどっちに入るの?」
と明奈から訊かれた。
「ああ、去年はパスとか言って、温泉に来なかったね」
と純奈も言う。
「そりゃ男湯だよ。さすがにこの年ではもう女湯には入れないから」
と私は笑って答える。
「そっかー。でも小さい頃、一緒に女湯に入ったよね」と明奈。
「あんたと冬ちゃんと一緒にお風呂の中を走り回ってて叱られてたね」と純奈。
「記憶違いかなあ。その時、冬ちゃん、おちんちん付いてなかった気がして」
と明奈。
「気のせいでしょ」
などと私は言って、温泉の中に入り、男湯・女湯と書かれた暖簾の前で5人と別れた。
私は男湯の暖簾の前でふっと息をつく。どうしようかなあ・・・・ やはりこちらに入るしかないか、と思い、意を決して青い暖簾をくぐった。
が、そこにいた従業員っぽい人と目が合う。
「君、こちらは男湯だよ。女湯はここ出て左手に少し行った所に赤い暖簾があるから」
「あ、すみません」
と言って私は外に出る。それで言われた通り少し左手に言って赤い暖簾の前に立ったが・・・・
中に入る勇気がなくて、私はいったんロビーに戻った。空いている椅子を見つけて座り、ふっと溜息を付く。
男湯には入れそうにないことは分かった。でも・・・・
と考えていた時、
「あれ?」
と、セーラー服を着た中学生に声を掛けられた。
「あ、こんにちは、蘭若さん」
「確か、冬ちゃんとか、相棒の子に呼ばれてたよね」
「よく覚えてますねー。冬子なんですけど、だいたいみんなから『冬』と呼ばれてます」
「自分のライバルになりそうな子には注目するよ。あ、私のこともアスカでいいよ」
「了解です。アスカさんはこちらはご旅行ですか」
「うん。親戚の結婚式でね」
「へー。私もやはり親戚の結婚式なんですよ」
「それは奇遇だね。ところであれからちょっと考えたんだけどさ、冬ちゃん、もしかして民謡とかやってる?」
「ご明察です」
「やはり。あのソプラノの声の出し方がひょっとして民謡の発声かもと思って」
「ええ。私、基本的にはポップスを歌うんですけど、たまたま民謡の大会に飛び込みで参加したら、民謡の先生に目を留められて、今、週に1回お稽古してもらってるんです。喉を鍛えられるから、結果的にはポップス歌うのにも役立つし」
「なるほど。でも冬ちゃんの歌唱力なら、目を付けられるだろうね。
あ、温泉に入りに来たんでしょ? これからだよね?」
「ええ」
「じゃ、一緒に入ろ」
「あ、はい」
と返事はしてしまったものの、きゃー、どうしようと思う。
それでもこの流れから一緒に入るのを拒否したら、ライバルとはお風呂にも一緒に入れないのか?などと思われそう。それは自分の意図とは違う。
そんなことを悩みながらも、彼女とは笑顔で会話しつつ、女湯の方へと歩いていく。どっちみち入れなかった男湯の青い暖簾の前を通過し、女湯の赤い暖簾を・・・
くぐっちゃった!
あはは。本当にどうしよう?
心の中では焦りながらも、アスカさんとはおしゃべりを続ける。そして脱衣場の中で並びのロッカーを見つけて服を脱ぎ始めた。
ズボンを脱ぎ、セーターを脱ぎ、その下に着ていたカットソーを脱ぐ。向こうも下着だけになっている。
「冬ちゃん、まだおっぱい小さいね」
「そうなんです。ちょっと悩みで」
「大豆製品とか食べるといいよ。豆腐とか、納豆とか」
「ああ、私そのあたりが苦手だから、発達が遅れてるのかなあ」
「毎朝納豆食べるといいよ。私、水戸の生まれだから納豆は子供の頃からよく食べてたけど、一般に関東の人には納豆を食べる習慣が無い人多いよね」
「ええ。納豆なんて食物じゃない、なんて友だちのお父さんが言ってました」
「そうそう、そんなこと言う人もいる。でも、おっぱいには、いいよ」
「へー。頑張って食べてみようかな。わあ、アスカさん、胸が大きい」
「うーん。そうでもないけどな。これCカップだもん。もっと大きい子もいるよ」
「すごーい」
やがて下着も脱いでしまう。私はタオルであの付近を隠したまま浴室に入った。
「わあ、広いね、ここ」
「入り甲斐がありますね」
私はこのくらい広ければ、姉たちと顔を合わせなくて済むかもと思った。
身体を洗ってから手近な湯船につかり、いろいろお話をするが、話題は主として音楽のことである。
「へー。3歳の頃からピアノとヴァイオリンを習ってたんですか。凄いなあ。私、何にもそういう教育受けてなくて」
「楽器は何もしないの?」
「ほとんど自己流でピアノとエレクトーンは弾きますけど、教室とかに通ったことはないです」
「へー。才能ありそうなのに、もったいないね。今からでもピアノ教室に通いなよ。絶対プラスになるからさ」
「行きたいけど、お父ちゃんに認めてもらえるかなあ。実は民謡教室もこっそり通ってるんですよね」
「へー」
「あちこちの大会で入賞してもらった賞金で月謝払ってます」
「おお、大会荒しか! 私も冬ちゃんくらいの年にかなり荒稼ぎしたよ。でも同じ大会に2度は出られないから」
「そうでしょうね!」
「でも稼いだお金で銀のフルート買った」
「わあ、凄い! そうだ。きちんと習った楽器といえば、今通ってる民謡教室で手ほどき受けている三味線くらいです。まだ半年ほどだから、何とか音が出るレベルですけど」
「ああ。三味線はヴァイオリンと同じでフレットが無いから耳を鍛えられるよ」
「あれ、曲を弾いている最中にもチューニングが変わっちゃうんですよね。だから、ほんとに音が分かってないと弾けない楽器です」
「ああ、そういう話は聞いたことある。ヴァイオリンもガットっていって羊の腸を使った弦は不安定だよ。ホールの湿度でも変化するしね」
「あ、三味線も特に屋外で使うと凄く不安定です」
その後、いくつかのお湯を渡り歩く。
「ここはマドンナの湯だって。おっぱいが大きくなるってよ」
「わあ、いいな、ここ」
「しっかり浸かって、冬ちゃん、おっぱい大きくしなくちゃ。冬ちゃん、乳首が立ってて乳輪もこれ大きく成り掛けって感じだから、これからきっと乳房も膨らんでくるよ」
などとアスカは私の胸に触りながら言う。
「ああ。大きくなるといいなあ」
「なる。なる。おっぱいの成長時期って個人差あるけど、成長し出すと結構速いよ」
「へー。でも、アスカさんも、もっと大きくしたいんですか?」
「したい、したい。女の子はみんないくらでも大きくしたいよ」
「そうですよね!」
「男の子だと、おちんちん大きくしたいみたいね」
「へー。でもあれって大きくなったら、邪魔じゃないんですか?」
「男の子は特に邪魔とは思わないんじゃない?」
「そうなんだ! でもあんなの付いてたら歩く時にぶつかりそう」
「そのあたりは付けたことないから私も分からないなあ」
結局1時間近く入っていて、楽しい気分いっぱいでお湯からあがった。身体を拭いて、服を着る。この入浴の間、アスカはこちらを女の子と思い込んでいたし、また私が女の子っぽい話し方でアスカと話しているので周囲も私が女の子ではないなどとは思いもよらなかったろうな、とこの時のことについては思っている。
話しながら女湯から出て、ロビーの方へ行っていたら、ロビーの所に姉たち5人が座っていた。
「冬〜、長風呂だったね!」と姉。
「あ、うん」
「あ、ご家族?」とアスカ。
「はい」
「それじゃ、また。きっとどこかですぐ会えそうだし」
「ええ、たぶん」
などと言って握手してアスカとは別れた。
「今の人はお友だち?」と姉から訊かれる。
「ちょっとしたきっかけで都内で知り合ったんだよね。こちらでは偶然遭遇して。今1時間くらいおしゃべりしてて、すっかり仲良くなっちゃった」
「へー」
と姉はその時は単純にそんな返事をした。
が、宿に帰ってから、母が席を外している間に詰問される。
「あんたさ、さっきあの女子中学生と1時間くらいおしゃべりしたって言ったよね」
「あ、うん」
「それってさ・・・まさか、女湯の中?」
「あ、えっと・・・・」
「答えなさい」
と姉は厳しい顔で言った。
「うん。向こうは私のこと、そもそも女の子と思ってるから、誘われてそのまま女湯に入っちゃって」
「よく男とバレなかったね?」
「うん。でもその前に実はひとりで男湯に入ろうとしたら、君君、こちらは男湯だよ。女湯はあっちと言われて追い出されちゃった」
「えー!? つまり、冬は男湯には入れなくて、女湯には問題無く入れるってこと?」
と姉は呆れたような顔をして言った。
翌日、結婚式場に行く。私たちこどもは式場・披露宴会場には入らないので、ロビーに集まって、もらったお小遣いでジュースなど飲みながら、適当にたむろしている。何人か出し物をすることになっている子もあり、純奈もピアノを弾くということで、出番が近づいたら、着替えに行くことになっていた。
ところがロビーで従姉兄たちと話していて、何かで笑ってふと周囲を見回した時、パッチリとセーラー服の女子中学生と視線が合ってしまった。
「アスカさん?」
「冬ちゃん?」
「ね、まさかあんたの方の結婚式って・・・・」
「えっと、水野家・鈴木家の・・・・まさか、アスカさんも?」
「私、鈴木家の新婦の従妹」とアスカ。
「私は水野家の新郎の従妹」と私。
「じゃ、私たち親戚になるんだ!」
「へー、じゃ、よろしくお願いします」
と言って、私たちはあらためて握手をした。
「アスカさんは、何か余興でもするんですか?」
「するよ。内容は秘密だけどね」
「わあ。期待しておこう」
「冬ちゃんも、何か余興するよね?」
「ええ。内容は秘密で」
「うふふ」
私は誰か適当な人がつかまらないかな、と思い披露宴会場の方に行くと、ちょうど、純奈たちの母・里美が出てきたところだった。一番言いやすい人だ!助かった。
「里美おばさん、ちょっとお願いが」
「ん? なあに?」
「ちょっと余興の演目を変更しようと思って」
私はエレクトーンで『星に願いを』を弾くつもりでいた。しかしその曲ではアスカに勝てないと思った。
「ふーん。曲目を変更するの?」
「おばさん、三味線持って来ておられます?」
「持って来てるよ。余興の最後の方で姉妹3人(鶴風・鶴声・鶴里)で演奏するから」
「その前にちょっと貸してもらえませんか?」
「いいけど」
伯母と一緒に駐車場に行く。伯母は荷室の中から三味線のケースを取りだした。
「これ分解して入ってるけど」
「分かります」
と言って、私はその場で三味線を組み立て、音のピッチを合わせた。
「あんた、調律笛とか無くても音が合わせられるの?」
「ええ、いつもそれでやってます」
「凄っ! そんなことできるのは、オト姉ちゃん(五姉妹の長女:鶴音)くらいかと思ってたよ。でも三味線弾けるんだ?」
「この程度ですけど」
と言って少し弾いてみせる。
「へー。凄い。でもまだ習い始めてそんなにたってないね?」
「ええ」
「お母ちゃんに習ってるの?」
「いえ、ちょっと知り合いに三味線持っている人がいて、それを借りて弾いてみてるだけです」
「独学だと変な癖付くよ。どこか教室に通った方がいい」
「ですよねー」
「ところで服はその服で弾くの?」
と里美伯母さんは訊く。
「ええ。特に服は持ってきてないので」
「ね・・・・明奈の小振袖なら、あるんだけどさ」
「貸してください」
「よし、持って行って、中で着替えよう」
と言って私たちは結婚式場の中に戻った。
女性用の控室に行く。服を脱いで下着姿になると、私がカップ付きキャミソールに女の子パンティを穿いているのを見て
「やっぱり」
と伯母は言った。
「冬ちゃん、昨日温泉で女湯から出てきたよね?」
「ええ。私、男湯には入れません」
「ふーん。まあ、あまり詮索しないけどね」
と言って、伯母は私に明奈の小振袖を着付けしてくれた。
「あんた、おっぱいが無いから、着付けしやすい」
「和服って、胸が小さい方が着付けしやすいって言ってましたね。もう少しおっぱい欲しいけど」
「ふーん、おっぱい欲しいんだ?」
と伯母は楽しそうに言った。
伯母に連れられて披露宴会場に戻る。伯母が司会者の人に小声で何か言って司会者の人は頷き、何かを紙に書き込んでいた。
「唐本冬彦のエレクトーン演奏という所を、唐本冬子の三味線演奏、というのに書き換えてもらった」
「ありがとうございます」
私はこの格好でロビーにも戻れないので、そのままその近くで待っていた。
そこにきれいなドレスを着たアスカが来た。
「あ、振袖に三味線! 民謡か演歌やるの?」
とアスカが言う。
「民謡です。アスカさんはピアノですか?」
「ふふふ。これ」
と言って、ヴァイオリンを見せる。
「わあ、何だか高そうなヴァイオリン」
「へー。値段の見当が付く?」
「たぶん・・・・600万円くらい?」
「よく分かるね」
「そのヴァイオリンのフォルムがですね、とても上品なんです。だから安物ではないと思いました」
「あんた、そういう所のセンスが凄く発達してるみたいね」
と言ってアスカは感心していた。
やがてアスカの順番が来る。
この披露宴の司会者は、特に出演者の名前を紹介したりはせず、手許にある名簿でその演奏者をステージにあげることだけしていた。それは私にとって好都合であった。
黒留袖を着た中年の女性(たぶんアスカの母か)がピアノの前に座り、アスカがヴァイオリンを持って、『ツィゴイネルワイゼン』を弾きだした。
結婚式に合う曲とは思えない。この空気を読まない選曲が何ともアスカらしいという気がした。私は微笑んでその演奏を聴いていた。
アスカは歌もとてもうまかったが、ヴァイオリンを弾いてるのを聴いても、充分プロのレベルに近いという気がした。良いヴァイオリンを使っていることもあるのだろうが、音の鳴りがとても良いし、音の響きがとても豊かだ。
「凄いね。あの人、どこかのプロ?」
などと私のそばにいる里美伯母が言う。
「いえ、新婦の従妹です。まだ中学生ですよ」
「あ・・・昨日、冬ちゃんと一緒にお風呂入ってた子か」
「です」
「今気付いた」
「アスカがきっと凄いの弾くだろうと思ったんで、こちらも曲目変えることにしたんです」
「へー。ライバルなんだ?」
「ええ」
「そうだ。私は純奈を着替えさせてこなくちゃ」
「済みません」
純奈はピアノを弾くことになっている。服装はドレスらしい。
アスカが下がってきたので握手して「ブラーバ!」と言った。
「グラーチェ。冬ちゃんの出番は?」
「この次の次です」
「じゃ着替えに行ったら見逃すから、ここで見てる」
やがて司会者の案内で、私は小振袖姿で、三味線を持ちステージに上がった。
披露宴というのはとても便利なシチュエーションである。そこに出てきた人が全然知らない人であっても、きっと向こうの家の親戚か友人なのだろうと思ってもらえる。私はその状況をちゃっかり利用した。『黒田節』を演奏する。
ファーラファミ・シドシラファラ・ミーミファ・ミレシレミ−。
と私は三味線で曲の最後のフレーズを弾いて前奏代わりにし、続けて唄い出す。この曲は女性が唄う場合、普通低音のアルト領域で唄う。しかし私は敢えてソプラノで唄った。
「さ〜けーは、のーめーのーめー、のーむ〜な〜ら〜ばーーー〜ー〜ー」
「ひーのーも〜と〜いーーーちーの〜、こーの〜や〜り〜をーーー〜ーーー」
「のーみ〜とーる〜ほー〜どーにー、のーむ〜なーら〜ばーー〜〜」
「こーれーぞ、まーこーとーの〜、くーろ〜だ〜ぶ〜しーーーーーーー」
続けて三味線だけでゆっくりとしたペースで、この曲を再度演奏する。そしてまた唄う。
「峰の嵐か松風か」
「訪ぬる人の琴の音か」
「駒引き留めて聴くほどに」
「爪音頻き(つまおとしるき)、想夫恋(そうぶれん)」
今度は短めの間奏の後で次の歌詞を歌う。
「君の晴着のお姿を」
「寿祝う鶴と亀」
「松竹梅の歓びを」
「幾千代までも祈るらん」
更に最後のフレーズをリピートする。
「幾千代までも祈るらん」
最後にチャンチャーンという三味線の音で終わる。
何だか凄い拍手が来て、私は笑顔でお辞儀して下がった。
アスカが
「また負けた」
と言った。
「お祝い事だし、勝ち負けは無しです」
「あんた、三味線はまだ素人だ」
「はい」
「でも唄がプロだよ、今の小節(こぶし)の動きが私が頭の中に記譜できないくらい、こまやかだった。まるで天女が舞っているかのようだった」
「この唄はけっこう小さい頃から唄ってたんですよね−」
「でも何かおめでたい歌詞だったね。あんな歌詞初めて聴いたよ」
「黒田節の歌詞って、実は何個もあるんですよ。なんか身を捨てて突撃しろ、みたいなのもあるし」
「何それ〜!?」
「戦時中に作られた歌詞みたい」
「へー」
「じゃ、着替えてきます」
「あ、じゃ一緒に行こう」
アスカとはおしゃべりしながら控室に行った。控室の構成は、両家別の待機ルームと男女別の着替え用の部屋という構成なので、私たちは一緒に女性用の着替え室に行き、おしゃべりしながら着替えて、その後、各々荷物を置いてきてから、またロピーで落ち合った。(ヴァイオリンはクロークに預けていた)
そういう訳で、彼女とは親戚になってしまったので、その後も結構頻繁に会うことになる。
私がロビーに戻ってくると、ちょうど母が出てきていた。
「あんた、そろそろ出番じゃないんだっけ?」
「ああ、終わったよ」
「えーー!? いつの間に。全然気付かなかった」
「たくさん余興する人いるからね」
と私は微笑んで答えた。
披露宴が終わった後は、市内の割烹に場所を移して二次会となり、これには子供たちも一緒に参加した。子供たちだけ一郭に集められ、お酒の代わりに烏龍茶やジュースが配られ、唐揚げやハンバーグ、ポテトなど子供好みの料理におやつなども並ぶ。
「だけど冬ちゃん、今日の服装はまるで男の子みたいな服だね」
とアスカから言われる。
「あ・・・私、男なんですよ」
「は?」
「私、冬彦ってのが戸籍名で」
「何冗談言ってるのよ?」
「あ、この子、女の子にしか見えないけど、男の子ですよ」
と隣から明奈も言う。
「えーーー!? だって、お風呂一緒に入ったじゃん! おちんちん無かったと思うし、おっぱいも小さいけど膨らみかけてたし」
とアスカ。
「あ、そちらもですか。私も昔、冬ちゃんと一緒にお風呂入ったことあるけど、おちんちん付いてなかったですね」
と明奈。
「だよね? 私もおちんちん付いてたらさすがに気付くと思うけど。おちんちん取っちゃったの?」
とアスカ。
「前、私と一緒に入った時は、おちんちんは取られちゃったとか言ってましたよ」
「じゃ、やっぱりもう無いんだ?」
「えーっと、その付近は企業秘密ということで」
と言って私は笑って誤魔化した。
「でも、おちんちん無いのなら、冬ちゃんがもし男の子であったとしても、変声して、今のソプラノが出なくなっちゃうということは無いよね?」
「あ、それは無いと断言していいです。私変声はしないつもりだけど、万一変声したとしてもソプラノは死んでも維持するよ」
と私は答えた。
「冬ちゃんのヘンセイは声を変えるんじゃなくて、性別を変える方かも」
「ああ、変性のお年頃なのか」
「えへへ」
「変声されちゃったら勝ち逃げされた気分だから。ソプラノ維持できるんなら、私は冬ちゃんとずっとライバルだよ」
「私もそのつもりです」
私は再びアスカと握手を交わした。
「でも、男の子だというのなら、じっくり観察してみたいから、また一緒にお風呂入ろうよ。昨日見た感じだと、男湯には入れない身体だと思うし」
とアスカ。
「あ、私も一緒に入りたい」
と明奈。
「あはは。また今度ですね」
と私は答えておいた。
月曜日の振替休日。東京に帰るのにお昼すぎ高山駅で待っていたら、里美伯母がやってきた。
「あら?そちらは車じゃなかったんだっけ?」
「うん。車で高速通って帰るけど、これ冬ちゃんに渡そうと思って」
「三味線?」
「これ、あんたのお母ちゃんが昔使ってた三味線」
「ああ、何だか見たくないね」と母。
「私の部屋に置いておくよ、カバー掛けて」と私。
「冬ちゃんが三味線弾くって聞いて、オト姉から、じゃこれ持たせてあげてと言って渡されたのよ。メンテはちゃんとしてあるよ」
「ありがとうございます」
「へー、あんた三味線するんだ?」と姉。
「それとこれもあげる」
と言って伯母はバッグも渡す。
「三味線の楽譜少々とうちの演奏会を録音したCD。三味線やる以上若山流は覚えてよね。弾けるようになった曲は録音して私に送って。採点して返してあげる。それから昨日の服」
「ああ・・・」
「あの子には小さいから、お直ししようかとも思ってたけど。冬ちゃんにあげた方が使ってくれそうだし」
「頂きます。純奈ちゃんも明奈ちゃんも背が高いもん」
「そうなのよね。ふたりとも既に170cm越えてるから、次作る時は特注だよ」
「お父さんが背が高いから遺伝でしょうね」
「だろうね。じゃ、頑張ってね。オト姉が、冬ちゃんにあげる名前考えておくって言ってたよ」
「あはは」
「もしよかったら名古屋の風姉の所まで月1回くらいでも通ってお稽古してもらう?新幹線で1時間半だから。高山や博多とかより近いし」
「そうですね。大学卒業したら考えてみようかな」
「それ、いつのことよ?」
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【夏の日の想い出・変セイの時】(2)