【夏の日の想い出・3年生の新年】(上)

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2013年の1月。
 
その年、私は東京での年越しライブの後、お正月の新年ライブをし、そのままローズ+リリーとローズクォーツの新曲キャンペーンで全国を駆け巡ったのでお正月の挨拶回りは、15日の火曜日からになった。私は政子と一緒に新しい振袖を着て、あちこちの放送局、親交の深いアーティストを巡った。午前中は放送局を回ったので、私と政子、美智子にローズクォーツの他の4人と7人でぞろぞろと行動したのだが、午後は親交のあるアーティストの所を巡るというので、私と政子の2人だけになり、一方ローズクォーツの他の4人と美智子はライブハウス関係に挨拶回りと別行動になった。
 
スカイヤーズ、スイート・ヴァニラズ、スリファーズなどと訪問していく。本当ならスリファーズは向こうから私たちの所に挨拶に来る所なのだが、まだ春奈の体調が完全では無いので「無理しない方がいい。私たちには遠慮しないで」などと言って、こちらから春奈の家を訪問してそこに来ている彩夏・千秋とあわせて新年の挨拶を交わしたのである。
 
その後、AYA, スリーピーマイス, を各々の事務所に訪問して短時間の挨拶というより交歓をした後、私たちは KARION の事務所に行った。
 
私がKARIONのいづみとハグすると、政子が「ん?」と言って嫉妬に似た視線を投げかけるが、ボクは「はい。握手」と言って、ふたりに握手をさせた。
 
「なんか火花が散ってる〜」とKARIONの小風。
「なんか、冬ちゃんの愛人同士の対決って感じ」と同じくKARIONの美空。
 
「森之和泉 vs マリ。天才詩人同士の対決だね」と畠山さん。
「天才詩人は私だけです」とマリ。
「私は超天才詩人です」と和泉。
 
またふたりが笑顔のまま睨み合っているのを、まあまあと言って座らせる。そこに三島さんがケーキを持ってきてみんなに配ると、マリは笑顔になった。
 
そのままみんなで雑談から、最近の音楽界のことなどで、比較的なごやかに会話が進む。
 

「そういえばKARIONの曲をいつも書いている水沢歌月さんはここの専属作曲家なんですか? 他では曲書いてないですよね?」
と政子が訊くが、畠山さんは
 
「専属作曲家ではないですし、契約とかも無いですよ。印税とかの処理も独自でなさっていて、うちの事務所は関わっていませんし。でも和泉ちゃんの古いお友だちなんですよ」
と説明する。
 
「へー」
 
やはり最近CDがほんとに売れないという話にもなる。その中でも KARION はプラチナディスクを毎年出していて、ここの事務所の看板アーティストにもなっているし、★★レコードの「VIPクラス・アーティスト」にもなっている。
 
「でも、私たち、高校時代には畠山社長にも、三島さん(KARIONのマネージャー)にもたくさん勧誘して頂きました」
と政子。
 
高校3年の頃、「自由契約」状態になったローズ+リリーの獲得を目指して、多数のプロダクションから勧誘があったのだが(最初はマジで整理券を配った)、最後まで頑張ったのが、甲斐さんの△△社、長谷川さんの##プロ(SPSの事務所)、そしてこの畠山社長の∴∴ミュージックの3社だったのである。
 
「正直、あの時期にうちの父が私の音楽活動に理解を示してくれるようになったのは、畠山さんが何度もわざわざバンコクまで行って、父と話してくださったことも大きかったと思うんです。勧誘していた3社の中でバンコクまで来てくださったのは、畠山さんだけでしたから」
と政子。
 
「やはり元々ケイちゃんとの縁があったからね」と畠山さん。
「当時はその付近のことって、話せないことになってるからとおっしゃってましたね」と政子。
 
それについては私が説明する。
「うん。私、和泉とふたりで組んで活動していた時期があったから。先着という意味ではこちらが△△社より古かったし。だから私はここの事務所に義理があるんだよ。それもあって畠山さん、色々してくださって」
 
「へー。そういえば、こないだそんなこと言ってたね。そもそもKARION結成の時に、ケイも誘われたんだっけ?」
と政子が言う。
 
「そうそう。だから私がKARIONの4人目のメンバーになる可能性はあったんだけど、実際には私が辞退した後も、何人か勧誘してましたよね?」
「うん。4人くらいに声を掛けたんだけど、結局全員辞退されちゃって、今の3人でスタートすることになったんだよね」
と畠山さん。
 
「特に、ハワイ出身のハーフの子でラムって子がいたんだけど、この子はかなり参加に傾いてたんだけどね」と和泉。
「惜しかったね」と小風。
「お父さんの転勤でインドに行っちゃったからね」
と私が言うと
 
「よくそういう事情まで知ってるね?」と政子に言われる。
「うん。辞退はしても、こちらの事務所にはずっと出入りしてたからね」
「へー」
 
「でもラムちゃんが入ってくれると、愛称をらむこにして、いづみ・みそら・らむこ・こかぜ、って尻取りが完成するね、なんて言ってたね」
と美空。
 
「ああ!ネットで《らいこ》って人がいたんじゃないかって噂があってたけど、本当は《らむこ》だったんですか?」と政子。
「そうそう」
 

「でも私が女装を唆したりする前に、ケイったら、既に女子高生としていづみちゃんと付き合ってたのね」
「なんか、マリが言うと、凄くいやらしく聞こえるんだけど?」
「いやらしいことはしてないの?」
 
「そんなのしてないよー。それに和泉と友だちになったのはマリから女装させられたのより前だけど、女子高生したり、和泉と一緒に音楽活動したのは、あのキャンプより後だよ」
 
「でもケイって、友だちだと言いつつ、女の子とおっぱい揉みあったりしてるから」
「それは女の子の友だち同士で普通にやるじゃん。ってか、なぜそういやらしく聞こえるような言い方をする?」
 
「ケイは嘘つきだからなあ。それにそのあたりのこと、こないだからたくさん拷問しているのに全然自白しないんだから」
 
和泉が笑っている。
 

「でも、当時はまだ和泉ちゃんともケイちゃんとも芸能契約を交わしてなかったんだよね」と畠山さん。
 
「報酬を受け取る事務の代行をこちらでしてもらっていただけでしたからね。マージンとかも口約束だけで。私も芸能契約書を交わしたのは、KARIONでデビューする時でしたから」
と和泉。
 
「△△社とローズ+リリーが法的に有効な契約書を交わしていなかったことを盾にローズ+リリーは『どこの事務所とも契約したことのない、フリーのアーティスト』ってことにされちゃったから、僕もケイちゃんとの過去のつながりを主張する訳にはいかなくなったんだよ」
と畠山さん。
 
「でも、その時の連盟の会議で△△社と須藤を弁護してくださったのが畠山さんだったんだよ」
と私が政子に説明すると
「へー! そうだったんだ。それは初耳だ」
と政子。畠山さんは少し照れるようにしている。
 
「でもあれこれ紆余曲折の末、今 KARION, XANFUS, そしてローズ+リリーがお互いに良きライバルって感じで競いあってるから、なるようになったんだろうね」
と和泉は遠くを見るような目で言う。
 
ローズ+リリー、KARION、XANFUSは同い年の女性歌唱ユニットであり、また同じ年にデビューしたこともあり、よく比較されている。この3組はしばしばデビューした年から『08年組』と呼ばれることもある。傾向的にはアイドル的な路線の XANFUS, コーラス部的なノリの KARION, フォークデュオ的雰囲気の ローズ+リリー と特徴的にも分かれているが、ファン層はかなり重なっている。しかし、各々の「専」ファンの間には微妙な対抗心があるようである。ネットのアンケートでも、この3組を比較する設問がよく作られている。
 
そんな話をしていた時、ちょうどそこにXANFUSのふたりがマネージャーと一緒にやってきた。私と政子、XANFUSの2人とで、いつものようにハグし合って、友情の儀式をする。
 
「あんたたちいつもそれやってるね」と和泉。
「うん。仲良しだからね〜」とXANFUSの音羽がにこやかに言う。
 
「『08年組』がそろい踏みしたね」
「記念写真でも撮る?」
 
などということになり、3組が並んだ所の写真を、各々を中心にして3枚撮った。
 
「これ各々のプログにアップしましょうよ」
「いいですね」
 
「でもあと『08年組』というとスリーピーマイスだよね」
「うん。年齢的には私たちよりお姉さんだけどね」
「でもあの人たち格好いいね」
「同い年の『08年組』といえば、あとひとつ AYA だよね」
「うんうん。ひとりになっちゃったからユニットって気がしないけどね」
 
「そういえば、AYAとローズ+リリー、去年はコラボをやってたね」
 
などと言っていたら、畠山さんがふと思いついたように
 
「ね、ね、去年がAYAとローズ+リリーのコラボなら、今年はこの3組でコラボCDとか作らない?」
と言った。
 
「あ、面白そう」とXANFUSの光帆。
「いいかも知れませんね」とKARIONの和泉。
「あ、私たちはおっけーです」と政子。
 
「当然、和泉・歌月作品と、マリ&ケイ作品も歌うよね?」
とXANFUSの音羽が言うと、またまた和泉とマリは意味ありげな笑顔で視線をぶつけていた。
 
「まあ、各々のソングライトペアから1曲ずつ提供してもらって、各々をこの7人で歌えばいいんじゃない?」と私。
 
「なるほど、マリ&ケイ作詞作曲、森之和泉作詞・水沢歌月作曲、神崎美恩作詞・浜名麻梨奈作曲で1曲ずつ3曲入りのCDを作ればいいのね?」
と光帆が言い、それでだいたいの方向性が固まった感じであった。
 
ということで、この3組のコラボCDの制作が決まったのである。
 

 
翌16日。私たちはまたローズクォーツと一緒に7人で、午前中に△△社と○○プロ、午後から★★レコードに行き、その後、夕方から上島先生のお宅を訪問した。ここに来る以上は基本的に徹夜覚悟である。
 
この日、上島先生のお宅にはその日、下川先生と雨宮先生も来ておられた。
 
「いや、むしろ僕の方が、君たちの家を訪問しなきゃいけないんじゃ
ないかとも思ったんだけどね」
と上島先生が言う。昨年の私と政子の実質的な合計年収は上島先生の実質的な年収とほぼ同じくらいで、わずかにこちらが上回っていた。もっともこちらはふたりだから、ひとり単位の収入はその半分になる。
 
「そんな、私たちと先生では格が違いますよ。私たちが楽曲を提供しているアーティストはせいぜい10組くらい、先生は100組を越えてますでしょう」
「いや、節操無く仕事を受けているだけという気がするよ」
 
「でも気軽に楽曲を提供してくださったからこそ、今のローズ+リリー、そしてローズクォーツがありますからね」
と美智子。
 
「○○プロの浦中部長が偶然上島先生と廊下で遭遇して『今度女子高生デュオを売り出すんですが、良い曲無いですかね』と浦中部長が言って、上島先生が『じゃ何か書きましょう』とか、おっしゃったのが、ローズ+リリーに曲を頂けたきっかけ、ということでしたね」とタカ。
 
「それでその日たまたま予定がキャンセルになったので、作って下さったとか」
とサト。
 
「ああ、あの時ね」と先生も懐かしむような顔をする。
 
すると雨宮先生が
「そのキャンセルさせたのは私だけどね」と言った。
 
「え?そうだったんですか?」
「うんうん。あの日、ボクは山折大二郎君のコンサートに招待されていて、そちらに行くつもりだったんだけど、偶然ローズ+リリーの『明るい水』のCDジャケット(初版)を見た雨宮が『この子たち売れるわよ』とか言うもんだからね」
「えー?」
 
「それで山折君の方には、急用で行けなくなったと連絡して、ローズ+リリーに渡す楽曲を作ることにしたんだよね。CDジャケットのふたりの写真を見ている内に、凄くいいメロディーが浮かんできて、それをベースに『その時』
を書いたんだ」
「わあ」
 

「でもどうして雨宮先生は『売れる』と直感なさったんですか?」
とサトが尋ねる。
 
「ああ。ケイちゃんと会ったことがあったからね」と雨宮先生。
「そうですね」と私も微笑んで答える。
「えーーー!?」と他の面々。
 
確かにこの件は私も政子と町添さん以外には言ってない。
上島先生も初耳だったようであった。
 
「どこで会ったの?」
「ローズ+リリーのデビューの1年くらい前だよ。私、繁華街で可愛い女子高生をナンパしてさ。あわよくば摘まみ食いしちゃおうかと思って」
「はい、ナンパされました」
 
「飲みに誘ったんだけど、未成年ですからダメです、って硬いんだ、これが」
「あはは。それでカラオケに行きましたね」
「そうそう。それで4時間くらい歌ったよね」
「ええ。雨宮先生って美声なんです。歌手としてCD出せばいいのに」
 
「まあ気が向いたらね。だけどケイちゃんの歌のうまさとレパートリーの広さに私は感嘆したからね。目を瞑って適当に数字打ち込んで歌を呼び出して歌う、なんてゲームやったら、何が出てきても歌うんだもん。凄かったよ。ポップスからロックから、演歌から軍歌から、民謡から唱歌から。何でも歌っちゃう。あのゲームは完全に私の負けだった」
 
「あのゲーム、その後も何度かしましたね」
と私も微笑んで言う。
 
「負けた側は何かペナルティあったの?」
「カラオケ屋さんの代金、私が全部持ちにした」
 
「ケイが負けてたら、ケイが払ってたんですか?」
「高校生には払えないくらいの勘定にしてやったから。わざと高いメニューを頼んで。それでごめんなさい。払えませんと言ったらホテルに」
「あはは」
 
「でもとにかく凄い子だと思ってたから、この子がデビューするんなら、絶対売れるから、良い曲書いてあげなよって、雷ちゃん(上島先生)に言ったんだよ」
と雨宮先生。
 
「ありがたいです」と私。
「でもあの時、私はケイちゃんのこと、本当に女子高生だと思い込んでいたよ」
と雨宮先生。
「私も雨宮先生のこと、本当に女性だと思い込んでいました」と私。
 
「へー。同類なのにお互い相手の性別に気付かないって、ふたりともパス度が凄いね」
と上島先生が言うが、政子が手を挙げて発言を求める。
 
「済みません。質問です。その時って、ケイは女子高生っぽい服装をしていたのでしょうか?」と政子。
 
「うん。高校の制服を着てたね。それで夜10時でカラオケ屋さんから追い出されちゃったんだよ。それが無かったら、夜通し歌って、ふらふらしてきたあたりであわよくばホテルに連れ込もうと思ってたんだけど」
「あはは。カラオケ屋さんの店長さんのお陰で貞操を守れたのかな、私」
 
政子は「うーん。高1の時に雨宮先生と会ったとは聞いていたけど、その時既にケイは女の子だったのか・・・」とうなっている。
 
「ケイ、後でその件、しっかり追求するから」
と政子。
「また拷問?」
「当然」
などと言っていたら
「あんたたち、ほんとに仲いいね」
と雨宮先生に言われた。
 

「あの時、雨宮は僕に『この子は僕のライバルになる』と言ったけど、本当にそうなったね」と上島先生。
 
「そうそう。そういう意味では敵に塩を送ることになるだろうけどね、と言ったのよね。ケイちゃんに作曲とかしないの?と訊いて見せてもらった習作に才能を感じたから」
と雨宮先生。
 
「デビューした年の10月に先生にお会いした時も、おっしゃいましたね。私とマリは自分のライバルになると思ったから、全力で作品を書いたのだと」
 
「そうそう。雨宮に言われてからあらためてジャケ写見ると、ふたりが持ってるオーラが凄い気がしてね。ちょっと闘争心が出てきたんだよ。僕は基本的には敵に塩を送るの好きだから」
「ありがとうございます」
 
「それでボクが『その時』を書いて送ったら、翌日『遙かな夢』ができていて、その譜面を見て、やっと雨宮の言った言葉の意味を理解したよ。『その時』を捨てて、もっと凄いの書いちゃろかとも思ったけどね。まあ時間が無かったのでやめたけど。でも確かにこの子たちは僕のライバルになると確信した」
と上島先生。
 
「今はとてもかないませんが、いづれライバルになれたらいいですね」
と私は言うが
 
「嘘嘘。ケイちゃん、実際はかなり雷ちゃんに負けないような曲作りしようとしてるでしょ。特に、アイドル歌手に提供している曲とか、そういう感じの力(りき)が感じられるよ」
と雨宮先生。
 
「先生を目標にして頑張ってるだけですよ」
と私は言うが
「まあ、実質お互いに刺激しあって切磋琢磨してるんじゃ無い? マリ&ケイが積極的に楽曲を書くようになった頃から、上島の楽曲の方も切れが増したから」
と下川先生が言う。
 
「あの『ヴァーチャル・クリスマス』を書いた夜がきっかけだよね?」
と上島先生。
「はい。私とマリは『2度目のエチュード』を書いて。私、あの一晩で物凄く鍛えられました」
と私。
「僕もあの晩から、曲の書き方が変わった」
と上島先生。
 
「何かさ。大学生時代に高岡とふたりで議論しながら曲を書いていた頃のことを思い出したんだよ、その夜」と上島先生。
「ああ、よく何か夜通しやってたね。私はそばでひたすら飲んでたけど」
と雨宮先生。
 
「高岡の詩は突き抜けていたけど、扱いに困るものが多かった。だから僕は曲を付ける時にいつもかなり議論した。これでは歌にならないから、ここは例えばこうしてくれないかとか。でも高岡は自分の意見を曲げない。徹夜で話しても妥協しない」
「あんまりふたりが熱くなってるからさあ、それで私が色々茶々入れてたんだけどね」
 
「うん。雨宮が入ってくれたおかげで、高岡も何とか少し折れてくれてね。じゃ、この歌詞は2番に持って行って1番はこうしようとか」
「やってた、やってた」
 
「凄いですね。そうやってワンティスの曲を作っておられたんですね」
とマキが感心したように言う。
 
すると上島先生と雨宮先生が顔を見合わせた。
 

「あのこと、知ってるのはここにいるメンツでは誰?」と雨宮先生。
「僕たち3人と、ケイちゃんだけかな」
 
「何ですか?」と美智子。
「今からしゃべることは、オフレコにして欲しい。というか、むしろ忘れて欲しい」と上島先生が言う。
 
「了解です」
と美智子もタカも言う。
 
「高岡が詩を書いていたのはアマチュア時代と、ワンティスがデビューして最初の数ヶ月までなんだよ。後は実は、僕や下川、雨宮、それに水上とかでも分担して書いていたんだけど、大半は実は高岡の婚約者の夕香さんが書いていたんだ」
「えー!?」
 
「高岡はデリケートな性格で、結局プロとして活動していくプレッシャーに耐えられなかったんだ。それで詩が書けなくなってしまった。高岡と夕香さんは元々詩のサークルで知り合った関係でね。夕香さんの方もすごく優秀な詩を書いていたんだ」
「ああ」
 
「夕香さんの詩もやはり天才的だけど、高岡に比べれば非凡さが少なかった。でもすごく歌にしやすかったし、ヒットが狙える詩だった。そういう意味で夕香さんは凄かったと思う。ワンティスがヒット曲をたくさん出したのは、やはり夕香さんのおかげだよ」
 
「そんなことになっていたとは・・・・」
とタカが絶句する。
 
「マリちゃんの詩って高岡を思わせるところがあるね。僕ならとても曲を付けきれないと思うものがある。だけどケイちゃんはその扱いにくい詩にうまくマッチした曲を付けちゃう。そこがケイちゃんの凄い所だと僕は思う」
 
「ああ。それは何か似たことを★★レコードの氷川さんにも言われたね」
と政子。
「青葉にも言われたけどね」
 
「夕香さんの詩と傾向が似てるのはKARIONのいづみちゃんの詩だね。とても扱いやすそうに見える。でも普通の人ならそういう扱いやすい詩にはそのまま素直な曲を付けてしまう。それではヒットしない。僕はだから、夕香さんの詩には普通じゃない曲を付けていた。なんかそういう曲の付け方がKARIONの水沢歌月にも感じられてね。僕は実は水沢歌月にも一目置いている。あの人、KARION以外には曲を提供しないのかな?凄く才能ありそうなのに」
と上島先生は続けた。
 
「水沢歌月は、いづみちゃんの中学の時の友人で、今は大学生だとチラっと聞いた気がします」
とヤス。
 
ヤスさん凄い!と私は思った。その話は和泉が1度だけ秋田のローカル局でしゃべったことがあるだけなのである。
 
「学業の方で忙しいんでしょうかねぇ」
と美智子。
 
その時、雨宮先生が私の方をチラッと見たのが少し気になった。
 

「しかし、それ夕香さんが書いた曲の印税はどういう形になってるんですか?」
と美智子が質問する。
 
「実際には夕香さんが書いていたんだけど、事務所の方針で高岡の作詞として発表されていた。高岡が書いたことにしないと売れないからと言われて。だからワンティスの曲の作詞印税は、今でも高岡の遺族に支払われている」
「夕香さんの遺族には?」
 
上島先生と雨宮先生が顔を見合わせる。
 
「行ってない。夕香さんはどうせ高岡と結婚するんだから、どちらが作詞印税を受け取っても同じ事と思っていたみたいで。ところがふたりは籍を入れる前に死んでしまった」
 
「それはちょっと問題では?」
 
「それで、上島は自分が受け取ったワンティスの曲の作曲印税全額を、ずっと夕香さんの妹の支香さんに渡していたんだよ。この9年間」
と雨宮先生。
「なんと」
「最初は半額渡していた。でもこちらに資金的な余裕ができた時点で遡って全額渡すようにした」と上島先生。
 
「有名シンガーソングライターに実はゴーストライターが付いているというのは良くある話ではありますが、なんかこの件はもやもや感が残りますね」
と美智子が言った。美智子がこんな言い方をするのは珍しい。
 
「実はその件に関わっていた当時の事務所の社長が年末に亡くなったのよね」
「ああ、ニュースで見ました」
 
「それもあって、こないだから、雷ちゃんとはこの件で何度か話してたんだけどね。一度高岡の遺族とも話したいという方向になってきてるんだよね」
「それがいいと思います」
 
「でも雷ちゃんが、どんなに忙しくてもゴーストライターを使わないのは、そのせいもあるのよ。もしゴースト使って作った曲が大ヒットしたりしたら、感情的に嫌でしょ?お互いに」
と雨宮先生が言った。
 
「そんなことがあったんですか・・・」
と珍しくマキが発言した。
 
「でもマキちゃんのこないだの曲、メルティングポット。結構いい曲ね」
と雨宮先生。
「ありがとうございます」
 
「ケイちゃんのアレンジが、うまく魅力を引き出している。ケイちゃんって作曲でもそうだけど、自分のカラーに染めてしまわずに、元の詩の魅力を生かす作曲、元の曲の魅力を生かす編曲をするよね」
 
「ああ、透明なクリエイターだってのは言われたことあります」
「透明というよりは、顕微鏡か望遠鏡みたいなクリエイターだよね。他の人どころか本人も気付かないような魅力をちゃんと見つけて、それを生かすから」
と雨宮先生。
「今日は何だか褒められすぎる」
 
「褒めちぎってベッドに連れ込みたい所だけどね」
「ケイは渡しません」と政子。
「なんなら2人一緒にでもいいけど。3Pでも楽しませてあげるわよ」
などと雨宮先生は言うが上島先生が
「雨宮」
と言ってたしなめる。
 
私とマリは高校生時代に上島先生から「ベッドに来ない?」などと言われたこともあったが、今日は上島先生の方が止め係のようだ。
 

「ローズクォーツ・プレイズの方は次は何やるの?」と雨宮先生。
「GSをやろうかと思うのですが」とタカ。
 
「GSって、ガールズサウンド?」と雨宮先生が言うが
「いえ。グループサウンズです」とタカは訂正する。
 
「グループサウンズ〜? そんなのやって売れるの?」
「曲をピックアップするのに、タイガースとかワイルトワンズとか、浦中部長とかにも尋ねて名前を挙げてもらってCDを聴いてみたのですが、へー、こんな曲を演奏していたのかって、なんかビートも心地よくて。けっこう今の人にも受けるんじゃないかと思うんですけどね」
とタカ。
 
「そんなの買ってくれるのは浦中部長みたいなお年寄りだけだよ」と雨宮先生。
「ちょっー」
「今の発言は無かったことに」と下川先生。
「今、雨宮、50代以上の読者を敵に回したね」と上島先生。
 
「ガールズサウンドやりなよ。その方が楽しいよ」
「ガールズサウンドというと?」
「女の子バンドの曲をピックアップして演奏するんだよ。あ、ついでに全員女装して演奏しよう」
「えーーー!?」
 
「ジャケット写真は、全員が女装して演奏している所の写真で決まりね」
「待ってください」
「だって、女装は楽しいよ。ね、ケイちゃん」
「そ、そうですね」
 
と私たちは雨宮先生の勢いに圧倒される。
 
「あの・・・・女装って僕もやるんですか?」
とヤス。
「当然。もうヤスちゃんは、ほとんどローズクォーツのメンバーと同等だもん。一緒に女装しよう。あ、お化粧、私がしてあげてもいいよ」
「ひょっとして、それって、ジャケ写取る時だけじゃなくて、音源制作中も女装するんでしょうか?」
とサトが訊く。
 
「もちろん。だって女の子バンドの曲を演奏するんだもん。こちらもちゃんと女の子の意識になって演奏しなくちゃ。音源制作している間は24時間ずっと女の子の服を着ているようにしよう。家とスタジオの間を往復する時も女装してなきゃだめだよ」
「えーーーーーーー!!??」
 
「トイレも女子トイレ使ってね」
「それは逮捕されます」
 
「なんなら、私が選曲してあげようか? 今までのプレイズ・シリーズ見てるとさ、何か自分たちが弾きたいって曲を弾いてるでしょ? それじゃダメだよ。ちゃんと売れる曲を選ばなくちゃ」
「えーっと」
 
「ついでに私が編曲もしてあげようか? ケイが編曲してもいいだろうけど、ケイが編曲してると、またローズ+リリーとローズクォーツの路線が混乱する問題になるからさ」
「雨宮先生が編曲してくださるんですか!?」
とタカが驚いている。
 
「あの・・・・先生の編曲料はおいくらくらいでしょうか?」
とおそるおそる美智子が訊く。
 
「ん? 私は1曲100万円取るよ。音源制作の立ち会い込みね。録音の際の指導料とミクシングまで。アルバムならマスタリングまでサービス。私はシモやんみたいに1曲3万で編曲しただけで放置、みたいな仕事は、しないから」
 
下川先生が笑っている。
 
「1曲100万なら、12曲で1200万円ですか?」
「まあ、そうなるね。実質プロデュース料込みだね」
「すみません。予算が足りません」と美智子。
「じゃ、予算増やせばいい」
「そうすると赤字になるので」
 
「仕方無いなあ。じゃ12曲まとめて400万で勘弁してあげる」と雨宮先生。
「編曲の予算が40万くらいしか取れないのですが・・・・」
「それはさすがに話にならん」
 
「1200万出しましょうか」と私は言った。
「いいよね?マリ」
「うん。雨宮先生がどんな味付けをするのか見てみたい」
 
「それで少しアレンジの勉強をさせてください。ね、ヤスちゃん、雨宮先生が編曲、制作指示なさる現場を見せていただいて、私と一緒にアレンジの勉強しない?」
「ああ・・・それはちょっと僕も興味ある」
 
実は先日、私と美智子で「ローズクォーツにはアレンジャーがいない」という話をしていて、一度ヤスに編曲をさせてみたいね、という話になっていたのである。この件は他のメンバーも了承済みである。
 
「勉強させてというなら1500万出して」
「了解です。出します」
 
ということで、次の「Rose Quarts Plays Girls Sound」では、雨宮先生が編曲・プロデュースをし、版権もUTP中心のローズクォーツの音源制作のフレームではなく、サマーガールズ出版が中心になるローズ+リリーのフレームに準じて処理されることになった。しかし1500万円の編曲・プロデュース料を払うなら20万枚くらい売らないと赤字になる! このシリーズ、これまでは1万枚程度しか売れてないのに。
 
もっともこの件では、みんな「女装して音源制作」ということの方が気になって仕方無い感じであった!!
 

翌17日は私たちは美智子と一緒にマンションで待機しておいて、そこに多数の歌手・ユニットの人たちが新年の挨拶に訪問してきた。
 
SPS, ELFILIES, 富士宮ノエル, 坂井真紅, 山村星歌, 小野寺イルザ といった面々である。そして最後に来たのが花村唯香であった。
 
「新年明けましておめでとうございます」
と言う花村唯香はきれいな振袖を着ていた。
「唯香ちゃん、成人式おめでとう」
「ありがとうございます」
 
「その振袖で成人式に出たの?」
「ええ。ちょっと嬉しかった。2年くらいまでは、私も成人式は振袖で出たいなあ。。。でも出られるかなあ、なんて迷いがあったから」
 
「だって、唯香ちゃんは女の子だもん。振袖着たいよね」
「はい」
 
「そして、本当の女の子になっちゃうんだって?」
「ええ。30日に富山の例の病院で手術してもらいます」
「国内ってのが安心だよね」
「ええ。あの先生、ちょっと変わってるけど、腕は確かみたいだし」
「そうそう。凄い変人だよね」
 
と私たちは松井先生の噂話をする。
 
「私のおちんちんいじりながら、ね、今すぐ切っちゃわない?手術予定ねじこむよ、なんて言われました」
「気に入った患者さんには、それ言うみたい、あの先生」
「なんか、おちんちんを切るのが楽しくて楽しくて仕方無いみたいです」
「うん。元々外科の先生は人間の身体を切るのが大好きな先生、多いけどね」
 
「手術の日取りが決まった時も、この日、君は女の子になれるよ。邪魔なおちんちんから解放されて、可愛い女の子になれるんだよ、お嫁さんにもなれるよ、って何だか自分が女の子になるかのように、嬉しそうに話してました」
 
「可愛い男の子を見たら、おちんちん切って女の子にしてあげたいとつい思っちゃう、なんて言ってたこともあるよ」
「外科医になってなかったら、性犯罪者になってそう」
「おちんちん切り魔って、過去にも何度か出没したことあるしね」
 

18日金曜日。大学の授業が終わってから事務所に出て行くと、美智子が疲れたような顔をしていた。
「どうしたの?」
と訊いたら、私より1時間半早くインしていた政子が代わって
「ワランダーズ空中分解」
と言う。
 
「ありゃ」
 
ワランダーズは2011年の夏にメジャーデビューした4人組のバンドで、UTPとしてはローズクォーツに続く2つめのメジャー・アーティストだったのだが・・・これまで出した5枚のミニアルバムはいづれも数百枚しか売れていない。最も売れたものでも1200枚である。当然大した報酬も支払われていない。
 
「4人には給料形式で毎月12万払ってきたんだけど、生活が苦しいので給料をあげてもらえないかという打診はあったものの、今のセールスでは上げられないと言ってたのよね」
と美智子。
「まあ、仕方無いですね。500枚売れても売上額は50万。演奏印税は4500円。4人で分けると1125円ですから」
「それで**君は今の状況なら、むしろインディーズに行きたいと言って」
 
「インディーズなら自分たちで全部もらえますからね。でも500枚売れないです。普通せいぜい20-30枚の世界ですよ」
「それで**君とかは、まだもう少しメジャーで頑張りたいと言って」
 
「それで分裂ですか?」
「一方**君はそろそろ音楽活動に見切りを付けてふつうの会社勤めをしようかと思っていたと言い出して。彼、結婚を考えている彼女がいるから、今の収入では結婚出来ないと悩んでたみたいで」
「それなら仕方無いですね。そもそもいつ見切りを付けるかは難しい問題です」
 
「で、**君は音楽系の大学に入り直して、自分の技術を鍛え直したいと思っていたと言い出して」
 
「完全に4人バラバラですか!」
「そういうこと」
 
「じゃメジャーに残りたいと言っていた**君は?」
「ワランダースとして全然実績を残してないから、すぐにメジャーは無理」
「ああ」
 
「ということで3人はUTPとの契約解消。**君は一応契約は残るけど、今までの給料は払えないと言っている。本人は仕方無いですねということで納得してもらった。多分少し落ち着いた所で新たな名前でバンドメンバーを募集することになると思う」
 
「まあ、たくさんアーティストが出てきて、そしてたくさん消えていくのがこの世界だから」と私は言う。
 
「うん。私もそれをたくさん見てきたよ」
と美智子。
 
「毎年メジャーデビューする歌手・ユニットが200〜300組あるけど、1年後まで生き残るのはその1割。ワランダースは1年半持ったんだから、その1割の内に入る。完全な失敗とは言えないよ」
 
「まあ、成功したとも言えないけどね。私自身もメジャーで2枚CDを出したけど、全然売れなかったからなあ」
「でも、仕掛け人としては、ビリーブ、エピメタリズム、そしてローズ+リリー、ローズクォーツ、スターキッズと5発も当てたんだから、凄いです」
 
「まあそうだね。なんか敏腕プロデューサーとか言われたりすることもあるけど」
「敏腕プロデューサーだと思います」
「ふふ。今日はそのお世辞をマジに取っておくかね」
と美智子は疲れた表情のまま少し笑顔を作った。
 

翌週から、早速『Rose Quarts Plays Girls Sound』の音源制作が始まったのだが・・・・・
 
初日は雨宮先生による、女装指導で終始した!
 
スタジオには行かず、UTPの社内でその作業をする。
 
ローズクォーツの4人の男性は、全員ヒゲを抜くことを要求され、毛抜きでヒーヒー言いながら抜く。その悪戦苦闘をした後、足の毛を剃るが、眉毛はみんなうまく処理出来ないので、私と政子で処理してあげた。政子が異様に楽しそうにしていた。
 
そして女物の下着を渡されるものの、そんなものを穿くと、みんな大きくなってしまう。「ダメでしょ、大きくしたら、ちゃんと穿けないじゃない」などと雨宮先生に言われるが、そんなことを言っても健全な男性なら自然な反応である。結局水冷されて小さくなっている間にハードタイプのガードルを穿かされ、またまた悲鳴をあげていた。
 
スカートを穿かされるが、そんなもの穿いたことない人ばかりなので転ぶ転ぶ。そこで「足の運び方」の指導がなされる。
 
最後はお化粧になったが、これは教えたって短期間にまともにはならないだろうということで、これも私と政子で分担してメイクしてあげた。最後にロングヘアのウィッグを付けて出来上がりである。小柄なタカ以外はみんな頭が大きいので通常の女性用のウィッグをつけようとすると留め金がとてもはまらず、輪ゴムを使って留めた。
 
朝から始めたものの、ここまで完成したのが結局お昼過ぎで、その後も女性的な仕草とか、女性的な声の出し方とかの練習までやらされるが、さすがに半日やそこらで女性的な声が出るようになるわけがない。
 
結局、夕方「明日はこの格好で出てきてね」と言われ換えの下着を渡されて解散となる。
 
「あのぉ・・・これ、この格好で家に帰らないといけないんですか?」
とヤスが情け無さそうな顔で訊く。
「もちろん。ずっと女の格好をしててね。男装に戻ったらダメよ」
 
「娘が自分を見て泣かないか心配です」とヤス。
「お仕事なんだから理解してもらおう」
 
「俺、女装にハマってしまったらどうしよう・・・」とタカ。
「ケイちゃんに性転換手術してくれる病院を紹介してもらいなよ」
 
この日、大柄なサトは帰る途中の駅で警官に職務質問されたらしい!
 

雨宮先生が選んだのは次の12曲であった。
 
プリンセス・プリンセスの『Diamonds』(1989)と『世界でいちばん熱い夏』(1987)、whiteberryの『夏祭り』(2000)、SHOW-YAの『限界LOVERS』(1989) 、ZONE の『secret base 〜君がくれたもの〜』(2001)、MARIA の『カナシミレンサ』(2009)、スイート・ヴァニラズの『熱い林檎』(2012)、Super Pink Syrup の『冷たい薔薇』(2011)、Perfumeの『レーザービーム』(2011)、SPEEDの『White Love』(1997)
Vanilla Ninja の『Cool Vibes』(2005)、そして Lillixの『Sweet Temptation (Hollow)』(2006)。
 
「ガールズバンドだけじゃなくて、女性歌唱ユニットも入ってるんですね」
「そこいら辺の線引きは元々曖昧だからね。だいたいバンドと言っておいて、ベースが居ないとかドラムスが居ないとか何よ? でもサポートで男が入ってるのまでは許してあげる。でも女性ボーカルで男性楽器演奏者ってバンドは意地でも入れない」
 
「意地でもですか!」
「ライブや音源制作でのサポートや、女の子が演奏している振りして、裏で男がこっそり弾いてるのまでは黙認してやる。表に出てるのは却下」
 
「なんかこだわってますね」
「じゃ、ローズクォーツもダメなんですね」
「そゆーこと」
 
「で、ケイちゃんなら、どの曲をトップにして、どの曲をラストにする?」
「うーん。。。トップは『夏祭り』かな」
「どうして?」
 
「このアルバムのコンセプトとしてはプリプリをトップにしたい気がします。日本の音楽シーンでガールズバンドとして最も大きな足跡を残したアーティストですし。1996年に解散した後16年経ってもいまだにプリプリを越えるガールズバンドは出ていません」
 
「うん。でも、それをトップにはしないんだ?」
「年代が古いんです。だからそれをトップにしてもパッと注目するのは30代以上の人です」
「私もそれに同意」
 
「夏祭りは元々はジッタリンジンの1990年のナンバーですが、whiteberryは2000年にこの曲を本家の4倍売りました。だから、これはwhiteberryの2000年の曲と言ってもいいと思うんですね。そしてこの曲、更に最近 Friends もカバーしていますし、それ以外でも毎年夏になると有線でよく掛かっています。つまり、とても多くの世代の人がこの曲に親しんでいます」
 
「みんなが良く知ってる曲だからトップに入れようということね」
「はい」
 
「ヤスちゃんならどれを選ぶ?」
「僕は『レーザービーム』を選びたいです」
「どうして?」
「新しい曲だからです。やはりホットな曲を中心に据えた方がいいと思うんですよね」
「うん。それは道理だね。でも『熱い林檎』の方がもっと新しいよ」
「購買層を考えた時、やはりこのCDの購買者は男性だと思うんです。すると女性に人気の高いスイート・ヴァニラズの曲より、男性に人気の高いPerfumeの曲を選びたい気がします」
「ふむふむ。よく考えてるね」
 
「他に意見ある?」
「僕は『secret base 〜君がくれたもの〜』がいいです」とタカ。
「どうして?」
「先日、ZONEはこの歌の歌詞にあった通り、10年後の8月に再結成して、凄く話題になったので、周知度が高いと思うんです。そういう話題曲を使うのがいいんじゃないかと思います」
 
「うんうん。いい意見だね。他の人は?」
 
「『White Love』かな。ケイとマリが歌うことを考えた時、ふたりのハーモニーがこの曲できれいになると思うんです」とサト。
 
「うん。そういう考え方もあり。マキちゃんは?」
 
「えっと・・・分かりません」
 
「雨宮先生はどれを先頭になさりたいんですか?」
「『Cool Vibes』だね」
 
「えーー!?」
 
「だって、誰も知りませんよ!」
「でもヴァニラ・ニンジャは、2000年代に入ってから最も商業的に成功したガールズバンドだよ」
「それはそうかも知れませんが・・・・」
「日本国内の知名度が・・・」
 
「君たちが無名のアーティストなら、曲の魅力だけで売らないといけないから、良く知られた曲を先頭に持ってくるとか、予測される購買層が興味を持ちそうな曲を先頭に持ってくるというのもあり。でも君たちって、★★レコードのVIPアーティストなんだよ。君たちの名前を知っている日本人は500万人を越えるよ。それなら、堂々と、誰も知らない曲を演奏すれば良い」
 
「いいかも知れません。知らない人が多いから、新鮮に感じるかも」
と私は言う。
 
「そうそう。カバーアルバムの場合、未知の世界を見せた方がいいんだよ。物まねの芸人さんじゃないし、オリジナルのマネしてもしょうがない。ローズクォーツの魅力を見せなきゃ」
 
そういった感じで、アルバムのトップは『Cool Vibes』、ラストが『夏祭り』
と決まった。
 
そして、この日、2日目はまだ収録は始まらず、各オリジナル・バンドの演奏をCDなどの音源で聴き、曲の解釈などについて、雨宮先生の講義が1日続いたのであった。
 
そしてこの日もまた帰る途中でサトは警官に職務質問された!!
 
身長190cm体重90kgで筋肉質のサトの女装姿というのは、例えばプロ野球選手のゴジラこと松井秀喜が女装している姿などを想像してもらえると良い。
 

3日目は、雨宮先生が書いてきたアレンジ譜が全員に配られた。MIDIでの演奏が流されるが、私は先生から「仮歌を歌って」と言われ、譜面を見つつ、MIDIの演奏に合わせて歌った。先生はそれを録音していた。
 
その後、各曲ごとにアレンジの意図、演奏上留意して欲しいこと、などの説明がある。私たちはその説明を聞きつつ、質問をし、よく分からない所、ここはむしろこうした方がいいのでは?と思ったりしたことで、意見を述べた。先生は意外に柔軟で、良い意見は採用して速攻でアレンジを変更してくれたので、この日は和気藹々とした雰囲気で進行した。
 
そして4日目に入って、やっと演奏が始まることになった。しかし、4日目は録音は一切せずに、ひたすら練習をさせられた。
 
雨宮先生のアレンジは、そんなに高度なテクニックを要求したりはしないものの、情緒性を重視しているので、譜面通り正確に弾いても「いや、ここはこういう気持ちで弾いて」などといって直しを要求されることが多々あった。特に強弱の付け方に関してはかなり細かいことを言われた。
 
「下手さを誤魔化すシンコペーションやビブラートはNG。そんなのやる奴は伸びない。でも情緒を表現するためのシンコペーションやビブラートはOK」
と先生は言った。
 
しかし少し一緒に作業を進める内に、そのあたりの感覚がかなり分かるようになってきて、あまり注意されなくなっていった。
 
5日目も練習だけで、最初の週は結局一切録音作業は無かった。
 
そしてローズクォーツの男性4人は、着替えを渡されて、土日もずっと女物の服で過ごすことになった。実際にはみんな恥ずかしがって、家に閉じこもっていたらしい。
 

週明け。2週目から収録作業が始まった。先生は演奏と歌は別録りする方針ということだったので、私と政子は日中は学校に行っていて、夕方から収録に参加した。ただし初日はまだ楽器演奏の収録だけで、私たちの出番は無かった。
 
また「勉強させてください」と言っていたこともあり、先生は特に私とヤスに、どういう発想で各パートの譜面を起こしたのかとか、ドラムスパターンの組み方などについても、詳しく説明してくれた。サトも横で聞いていてしばしば頷いていた。
 
先生は当初、月曜から金曜まで作業をして土日は休みと言っておられたのだが、調子が乗ってきて、結局この週、1日に2曲ずつ演奏部分が仕上がっていったので、土曜も作業をすることにして、土曜日までに全12曲の楽器部分を録り終えた。
 
そして、一方で火曜日以降夕方から、私と政子の歌唱部分の収録も進める。歌唱部分は楽器部分の1日遅れで収録していったので、楽器パートを土曜日に収録したものを歌唱は日曜日に録音することになった。日曜日は男性4人は休みということにしたが、ヤスとサトは(当然女装で)出てきて、雨宮先生の指示の仕方などを見学していた。
 
日曜日の午前中で録音作業が全て終わったので、日曜の午後はミックスダウン(マルチトラックで録音された音源をステレオにまとめること)の作業に入った。
 
専門の音響技術者を入れず、雨宮先生自身が機器を操作して作業を進めるが、私と美智子も機械の操作は分かるので、私たちふたりが助手になり、雨宮先生の指示で作業していく。サトとヤスは機械の仕組みとかはさっぱり分からないようであったが、何をしているかは雰囲気で感じ取っていたようであった。
 
「ケイちゃん、プロのエンジニア並みね」と雨宮先生。
「あ、一応3級舞台機構調整技能士とか3級音響技術者とか持ってます」
「へー。凄いね」
「いや、このあたりは誰でも取れるので」
「いや。耳が良くなきゃ取れない」
「楽器の音の種類を聞き分けたり、音の大きさとか聞き分けるのは音楽家としての素養でもありますし」
「うん。それはある」
 
ミックスダウンの作業は水曜日まで掛かった。私と政子は学校がちょうど春休みに入ったこともあり、毎日スタジオに詰めて雨宮先生の作業を見守り、また私は作業の助手を務めた。サトとヤスも重たいものの移動などを手伝いつつ、やはり先生の作業を見ていた。
 
そして音源制作の最終段階、マスタリング(できあがった曲ごとの音源のボリュームレベルを揃え、曲間を入れてCDとして聴ける状態にすること)は木曜日に行われ、マスター音源が出来上がった。
 

この木曜日には再び全員が招集されて、ジャケ写とPVの撮影が行われた。プレイズ・シリーズでPVを撮るのは初めてである。
 
本当に全員女装したまま、楽器を持ち演奏しているところを撮る。雨宮先生は「全員のクロースアップを撮影しようよ」と言ったのだが、★★レコードの氷川さんが「却下です」と言ったので、ジャケ写は全体のショットに、私と政子だけアップを撮って、それを真ん中下部に配置することになった。
 
PVではけっこう近くから撮った映像も入ったが、この日は特に入念にメイクをしたので、そう見苦しくはならなかった。特に元々優しい雰囲気のあるタカはかなりの美人になっていたので、PVでも撮される時間が長くなった。
 
「タカちゃん、ローズクォーツが解散したらヴィジュアル系バンドでもできるよ」
などと言われて本人まんざらでもない雰囲気だった。
 
撮影が終わると、みんな女装を解き、メイクも落とす。男の服に戻ってみんなホッとしている雰囲気だった。
 
「俺、このまま人生変わっちゃったらどうしようかと思った」
と、男装に戻ったタカが言う。
「ブラジャーとかやみつきにならない?」
「ちょっと怖いです。ふらふらと買ってしまいそうで」
 
「女として歩む人生も素敵よ。取り敢えずタカちゃん、去勢してみない?」
「いえ、それは結構です」
 
「私この音源制作期間中に4回も警官に職質されましたよ。いや。たいへんな3週間でした」とサト。
「まだ慣れてないからよ。慣れたら、職質なんてされなくなるわよ」
「いえ、慣れる所まで女装したくないです」
 
「この3週間、女房がまともに私の顔を見てくれなかったんです。娘はなんか面白そうにしてましたが」とヤス。
「まあ奥さんとしては、旦那が女になっちゃったら戸惑うかもね。でもレズって手もあるわよ。ケイちゃん・マリちゃんみたいに」
「いや、百合とかは二次元の世界の話だけで」
 
「あら、ヤスちゃん、百合物読むの?」
「女房が好きで同人誌とか買ってるもので、BLもGLも読まされてます」
「あら、それなら、レズを目指そうよ」
「いや、私はまだ男を捨てたくないので」
 
「マキちゃんは何かトラブルなかった?」
「えっと・・・・男子トイレに入ったら『おばちゃん、こっち違う』と言われて、少しケイの気持ちが分かった気がしました」
 
「ケイは『こっち違う』はたくさん言われたよね?」と先生。
「ええ。子供の頃からたくさん言われて来ました」と私。
「そういう時、どうしてた?」
「素直に女子トイレに入ってました」
 
「マキちゃんはどうしたの?」
「とても女子トイレとか入る勇気無いので、家まで我慢しました」
「膀胱炎になるわよ。我慢してたら」
「でもガードルでお腹押さえられてるから、我慢するのが辛かったです」
「やはり女子トイレに慣れようよ」
 
「先生、それあまり言うとマキ本気にするからやめてください」と美智子が言う。
 
「でも楽しい音源制作でしたね」と政子。
「うん。私も楽しませてもらったわ」と雨宮先生は言った。
 
 
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【夏の日の想い出・3年生の新年】(上)