【夏の日の想い出・あの衝撃の日】(下)

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若葉が自分が予備の制服として使うという名目で◎◎女子高の制服を1着作り、ボクに貸してくれたので、1月にはボクはその制服や以前から所有していた「女子高生制服風の服」などで日中何度か家から出かけた。髪型は若葉のものとは変えて毎回いろんなアレンジをしたが「ケイ」のイメージとはかなり違うものにした。(ボクは公式には「引き籠もり中」)
 
その中の1回が、町添さんの御自宅にお伺いしての極秘会談であった。
 
「やっと落ち着き始めた感じだね」
「ええ。ワイドショーも一通り叩き終わったら、今度は誰とかの不倫とか離婚とかで騒いでますし」
「まあ、あいつらは騒ぐのが商売だからね」
 
「マリが・・・かなり落ち込んでいるようなんです。電話では毎日話しているのですが、元々あの子、鬱な性格なので、深い思索の海の中に沈んでしまっているようで」
「ああ」
 
「お母さんとも話したのですが、ずっと1日詩を書いてるらしいのですが、その中身が、凄まじく根暗で、お母さんが見ただけで気分悪くなったと言ってました。何枚かこちらにFAXしてもらいましたが、私でさえ最後まで読み切れませんでした。お母さんは自殺でもしないだろうかって心配しています。そんなことする子ではないとは思うんですけどね」
「ボクもそれは心配だな」
 
「私も、電話ではとにかく勉強しなきゃ、と言って。それで勉強している間はまあいいのですが、中断するとまた暗い世界に入っていってしまうみたいで」
「何とかしたいね。時々秋月を行かせるようにしようか?」
 
「お願いします。私の変装も、さすがに政子の家に行くとバレそうなので。政子は★★レコードさんとは正式契約しているから、秋月さんが自宅を訪問するのは、何も問題ありませんからね。こういう時、あの子、友だちがいないから、心配で」
「ああ」
 

「ところで KARION の新しい音源聴いたけど、絶好調じゃん。超絶技巧してるし」
「そうですね。ちょっとストレス解消にも使わせてもらいましたし」
 
「でもケイの曲と水沢歌月の曲の間に僕は何も共通項を感じないんだけど、よくこんな違う傾向の曲を書けるね」
 
「私の曲って、マリと組む場合も和泉と組む場合も、世界観は詩を書いた人の世界観を借用していますから」
 
「でもマリちゃんの詩に曲を付けたのと、いづみちゃんの詩に曲を付けたのと混乱したり、似たような曲になることって無いの?」
 
「だって、お魚を調理したのと、お肉を調理したのとが、同じ料理になることはありませんよ」
 
とボクがにこやかに言うと、町添さんは「あぁ」と納得するように声を出した。
 

2009年1月23日(金)。ローズ+リリーの3枚目のシングル『甘い蜜/涙の影』が発売された。発売の記者会見は★★レコードの秋月さんと町添部長に上島先生が出て、してくださった。ボクはまだ表に出て行けない状況だったので自宅で母と一緒にテレビで見ていた。
 
「上島先生に借りを作っちゃった」
とボクが言うと
「そのうち、ちゃんと返せるよ」
と母はボクの顔を見つめて言った。
 
このシングルはそもそも本来の発売予定日だった先月下旬の段階で予約が14万件入っていたのだが、この日発売されるということが発表されて以降、更に予約が入り、予約はこの時点で40万件を超えていた。
 
そして初動で50万枚売れた(売上で言えば4億円)。町添さんが1ヶ月、貸倉庫を借りた甲斐があった。町添さんは賭けに勝ったのだ。
 

翌日。ボクは詩津紅の自宅に電話をした。
 
「冬〜! 生きてた?」
「ボクは生きてるんだけど、政子がちょっとやばいんだ」
「あぁぁ」
 
「あの子、地球が爆発したって生きてそうな顔してるのに、案外デリケートでさあ」
「そうかもね。教室で見てても、感情の起伏の激しさとか感じるから、落ち込むと、落ち込み具合がひどいかも」
 
詩津紅は政子と同じクラスなのである。ボクは今は詩津紅だけが頼りだと思った。
 
「それでさ、ちょっと頼みがあるんだけど。ボクと詩津紅の仲に免じて、一肌脱いでもらえないかと思って」
「んー? 脱ぐって私をベッドに誘うの? 冬とならホテルに行ってもいいよ」
 
こんな発言したらきっと詩津紅のお母さんはギョッとしたろう。
 
「違うよ〜。少し面倒なことでさ」
 
と言って、ボクはその計画を詩津紅に打ち明けた。
 

週明けて28日(水)。KARIONの5枚目のCD『優視線/広すぎる教室』が発売になった。
 
前回 KARIONのCDは5.6万枚と、初めて5万枚を越えたのだが、今回は予約だけで8万枚入っていた。★★レコードではその倍以上の20万枚をプレスした。そういう強気の営業をした背景には、実は「TVCMの振り替え」というものが存在した。
 
★★レコードでは12月24日に発売する予定であったローズ+リリーの『甘い蜜』
のためにたくさんのTVCM枠を取っていた。12月中にも多数CMは流れていたが、主力は発売直前から発売後半月くらいというのを考えていた。
 
ところがローズ+リリーの方はボクの性別問題と契約書無効問題でCD自体の発売が停止してしまったし、再度の話し合いで発売は1ヶ月後に出来るようになったものの、ボクと政子の父は「TVCMの禁止」を申し入れていた。
 
そのためTVCM枠が大量に浮いてしまったのである。
 
そのことに気付いたボクは町添さんに言った。
「ほとんど私個人の横流しみたいなものですが、その広告枠を KARION で使ってはいけませんか?」
 
すると町添さんもその枠で何を流すか悩んでいたということで
「いいよ。むしろ一番良い使い方だよ。ケイちゃんのために用意していたものをケイちゃんのために使うんだからね」
 
と言ってくれた。それで年末から1月中旬に掛けて、KARION の新曲のTVCMが大量に流れた。おりしもお正月で在宅率の高い時期である。そもそもKARIONの音楽はファミリー層にも受けるはずのものであることもあり、TVCM効果でKARION 人気が上昇した。
 
果たしてこの新譜は初動が予約枠を越える11万枚/DL来た。そして1週間で25万を越え、KARIONの初ゴールド、初プラチナディスクとなったのである。
 
こうしてボクと町添さんは突然活動停止になったローズ+リリーのために用意されていた資源を使って、XANFUS, KARION の人気をあげることに成功した。一方でローズ+リリーのCD自体も物凄く売れたのだから、★★レコード社内での論争も完全に町添さんの勝利に終わった。
 

そして30日(金)の朝。政子の自宅に、◆◆高校の制服を着た女子生徒が5人やってきた。彼女たちは母親に招き入れられて家の中に入る。そして30分後「それじゃまたね」などと言って家から出てきた。
 
すかさず周囲で待機している記者が寄ってくる。
「マリさんのお友だちですか? マリさんの様子どうでしたか?」
 
それに対して、6組委員長でもある紗恵が
「他人の家のそばで見張ってるのってプライバシーの侵害ですよ」
とだけ言って、みんなで立ち去った。
 
そして角を曲がり、充分離れた所で1台の車が彼女たちに近づき、後部座席のドアが開いた。5人の中のひとりがその車に乗り込む。
 

車に乗り込んできた政子はボクの姿を姿を認めて、抱きつき、深いキスをした。それから車窓の外に向かって手を振ると、残りの4人も手を振り、駅の方に向かった。
 
紗恵や詩津紅たち6組の生徒5人でやってきて、詩津紅が家の中に残り、代わりに政子が出てきたのである。政子は(詩津紅持参の)ウィッグを付けて、かなりのイメチェンをしている。
 
「冬〜、なんで◎◎女子高の制服なの〜?」
「◎◎女子高に行ってる親友の若葉が、今日はボクの身代わりになってうちに居てくれてるんだよ。だから若葉の制服で出てきた」
 
正確には若葉がボクに貸与してくれている、予備の制服なのだが、それはどちらかというと説明したくない。
 
「髪も染めてるし」
「若葉と同じ色に染めた」
 
「へー。でも私、今日は友だちのありがたさが身に染みた」
「ごめんね。ボクの性別問題が発端で辛い思いさせちゃって」
「ううん。元々は私がバイトに誘ったことから始まったんだもん」
「まあお互い様だね」
 
と言って再度、ボクは政子にキスをする。
 
「で、どこに行くの?」
 
「伊豆まで行こうか」
「へ?」
「マリちゃん、ケイちゃん、私は居ないと思ってたっぷりイチャイチャしていいからね。でもさすがに裸になったりセックスしたりは我慢してね」
と運転席の秋月さんは言う。
 
「ありがとうございます」
とボクは微笑んで言った。
 

秋月さんの運転するカムリGディグニスエディションは中央高速に乗り、河口湖経由で御殿場に出て、伊豆半島をまっすぐ南下した。
 
政子はボクの身体をあれこれ悪戯しながら、この1ヶ月の思いをたくさん語った。かなり泣きじゃくっていたのでボクはハンカチで涙を拭いてあげた。
 
お昼過ぎに山間(やまあい)の温泉町で休憩し、昼食を取る。
 
「あれ?マーサ、お代わりしなくていいの?」
「最近食欲無いの・・・」
「それはいけない」
 
政子はトンカツ定食を2人前しか!食べなかったのである。
 

少し休憩してから出発し、ボクたちは伊豆半島南端近くのキャンプ地に到着した。
 
「懐かしい〜。ここが目的地だったのね!」
 
1月なので、ボクたちは防寒用のコートを着てキャンプ場に降り立つ。高1の8月に書道部でキャンプした場所である。
 
「私は近くの町で待機してますから、出発する時やドライブとかしたい時は呼んでください」と秋月さんは言った。
 
ボクたちはバンガローの鍵をもらって、まずはその付近を散歩した。
 
「こんな時期にも営業してるのね」
「泊まり込みで研修とか研究会とかしたりするんだよ。この時期は料金安いから」
「なるほど」
「ね、ちょっと散歩コース歩いていい?」
「うん」
 
と言って、政子はボクを遊歩道に連れて行った。何か懐かしむような表情だが政子は何も言わない。ボクも何も聞かない。ただ、しっかりとお互いの手を握っていた。
 
「あのね。ここ1年の時、啓介と散歩したコースなの」
「だろうと思ったよ」
「啓介とは腕を組んで歩いたけど、やはり信頼しあっている同士ならむしろこんな感じで手を握り合った方がいいな」
「うん。ボクも腕を組んで歩くのって、ちょっと苦手」
 
遊歩道には雪が積もっていたが、慎重に歩けば滑らずに歩ける程度だった。
 
「あ、この付近、肝試しで歩いたね」
「うんうん」
「そこかなあ。啓介にぶつかって落としちゃった所」
「ああ、そうかも」
 
やがてバンガローのある付近に戻ってくる。
 
「あ、ここのテーブルで、例の曲を作ったんだ」
「懐かしいね」
 
ボクたちはバンガローの鍵を開けて中に入った。しかし中も外気と同じ温度という感じである。ストーブを点ける。
 
ボクたちはひとつのベッドに並んで座った。
 
「ここで冬を女装させたんだよなあ。可愛かったなあ」
「ふふふ」
「今でも可愛いけどね」
「マーサも可愛いよ」
 

車の中では泣きながらいろいろなことを話していた政子も、ここでは少し気分が良くなったのか笑顔で、高1の頃の話や、中学時代の話までする。ボクはそれをずっと相槌を打ちながら聞いていた。
 
かなり話した所で
「ねえ、おやつ無いの?」
などと言い出す。
 
ボクは微笑んでバッグの中からポテチやチョコレートを出してあげた。持参してきたおやつは30分ほどできれいに無くなる。
 
「ああ、でも冬とたくさん話して少しスッキリした」
「毎日電話で話してたのに」
「電話で話すのと、直接会って話すのとでは違うよ」
「ふーん」
「だって直接会って話せば1分で伝えられる気持ちを電話では100時間掛かるよ」
 
と言った瞬間、政子の口が停まる。
 
ボクは自分が愛用している銀色のボールペンと、ディズニーのレターパッドを渡した。
 
政子が詩を書き始める。
 
そっと横から見ていると、ここ1ヶ月くらい彼女が書いていたような詩とは明らかに違う。恋愛上のトラブルを歌った歌のようだが、絶望とか暗黒とかいったものは含まれておらず、簡単には諦めない、といった意志を感じる歌である。
 
その後、政子は幾つもの詩を書いたが、どれもこの1ヶ月政子が書いていたような暗いというより絶望に満ちた詩とは明らかに違うものであった。
 
「ああ。私、《赤い旋風》持ってくれば良かった」
「あの子を使うと明るい詩が書きやすいみたいね」
「そうなんだよねー」
 
たぶんこの1ヶ月、政子はあの赤いボールペンを取り出す気力も無かったのであろう。
 

夕方、管理棟に行き、頼んでいたお肉や野菜を持って来てバンガローの中で鍋に入れIHヒーターで煮始める。ボクたちは制服を脱いで、普段着に着替えた。
 
「今夜泊まっていいの?」と政子。
「そのつもりだよ」
「冬はお父ちゃんは?」
「今週末、九州に出張なんだよね。帰るのは月曜日」
「私・・・お母ちゃんに電話しなきゃ」
「うん。一応詩津紅から話は聞いてるはずだけど、電話してごらん」
 
政子は自宅に電話し、母とも、そして詩津紅とも話をしていた。10分くらい話して電話を切ると、表情がまた少し明るくなっている。
 
「えへへ。久しぶりだね。一緒に寝るの」
「福岡のホテル以来だね」
 
政子は食欲が出てきたようで、用意していたオーストラリア産牛ロース1kgをペロリと食べてしまった。
 
「何だか久しぶりにお腹いっぱい食べた」
「マーサはそのくらい食べてないと心配しちゃうよ」
「ね」
「ん?」
「私と冬がもし結婚したら、私たくさん食費使うと思うけどいい?」
「頑張って稼ぐから大丈夫」
 
「何して稼ぐの?」
「マーサが一緒に歌ってくれるなら歌手して」
「ごめーん。私、歌手辞めるってお母ちゃん・お父ちゃんと約束しちゃった」
「マーサが歌わないなら、マーサの詩に曲を付けて」
「売れるかなあ・・・」
「売れるよ。だってマーサ、天才でしょ?」
「うーん。。。。」
 
普段の政子ならここで「もちろん。私、天才だから」とでも言う所だ。どうもまだまだ万全ではないらしい。
 

晩御飯のあとは、紅茶を鍋で入れて飲みながら、ここ数ヶ月のことを語り合う。
 
「でも私たちの活動って、こういうことにならなくても、どうせ破綻してたよね」
と政子は言う。
 
「よく4ヶ月もバレなかったよな、というのはあるよね」とボク。
「でも私、啓介を許さないよ。呪いを掛けといたから」と政子。
「へ、へー!」
 
政子は何やら黒魔術の本とか陰陽道の本とかたくさん持っている。政子がここ1ヶ月のあのダークな心理状態で呪いを掛けたら、それはちょっと怖い気もした。
 
「でも歌手やるのも面白かったけど、さすがに疲れたな」と政子。
「ハードスケジュールだったもんね」とボク。
 
政子はもう暗くなった窓の外を見ながら聞いた。
「ローズ+リリーって・・・もう無くなるの?」
「ボクとマーサがいれば、それでローズ+リリーはそこに存在するよ」
 
「私・・・今、誰かから『ローズ+リリーのマリさんですか?』と聞かれても『はい』と言えない気がする」
 
「マーサの心の中で、いったんローズ+リリーが壊れてしまったのかも知れないね」
「そうそう! そういう感覚なのよ。私、去年の夏以来、自分でもびっくりするくらい明るい詩が書けていたのに、この1ヶ月、全然書けなかった。さっき少しだけ感覚が戻ってきた気はするんだけど、まるでお刺身のパックにラップの外から触っているような感覚なのよ」
 
食の達人の政子らしい言い方だと思った。
 
「壊れたんならさ、もう一度作ればいい」
「・・・・」
「マーサ、昔さ、花見さんとのことで、マーサがボタンの掛け違いかもと言った時、ボクはそんな時は全部ボタンを外して、また初めから掛け直せばいいと言ったこと覚えてる?」
 
「覚えてる」
「あの時、マーサはそれやったら、もう別の服を着たくなるかもと言ったけど、ボクなら、ボクとマーサとの関係をいったん壊したとしても、再度ちゃんと作り直す自信あるよ」
 
「・・・・じゃ、今から私との関係を壊して。そして作り直して」
と政子は言う。
 
「いいよ」
と言ってボクは政子にキスし、そのままベッドに押し倒した。
 

毛布と掛布団を自分たちの上に掛かるようにし、ボクは政子にキスをしたまま服を脱がせていった。激しく吸われる。ボクも吸う。やがてふたりとも裸になる。ボクたちは身体を強く絡めあった。政子はもう充分濡れている。そして恍惚の表情をしていた。ああ・・・愛しい。
 
ボクは政子に熱いキスをした。でもキスしただけじゃ我慢できなくて、そのまま頬から首筋へ、そして鎖骨から乳首へと口付けを続ける。政子もボクの腕を取って舐めてくれている。ボクたちは唇だけでは物足りなくなってお互いの手でも相手の身体を愛撫し続けた。
 
ボクたちのプレイはたぶん2時間くらい続いたろうか。
 
さすがにくたくたになって、ボクたちは仰向けになり身体をくっつけて寝ていた。途中政子は3回くらい逝った。しかし逝った後もずっと昂揚状態が続いているようであった。
 

「別に入れたりしなくても、こんなに気持ち良くなれるんだね」
と政子は言った。
「入れないと気持ち良くなれないのは男の子だけなんじゃない?ボクたち女の子だし」
とボクは答える。
 
「これHしたことになるのかなあ」
「ボクはHしたつもりだけど。一線越えたよね?」
「うん。越えた気がする」
「ボクも何度か逝ったし、マーサも逝ったでしょ?」
 
「うん。。。ねえ、これって壊したの? 作り直したの?」
と訊く政子はまだ放心状態気味だ。
 
「破壊だよ。だって、こんなことしたらボクたちの友情はもう保てない、なんてボクたち随分言い合ったよ」
「じゃ、私たち友だちではなくなったの?」
「そそ」
 
「じゃ、私たち、これからは何?」
「関係が壊れちゃったから、今から、また新たにお友だちとしての関係を作って行くんだよ」
「そうだったのか!」
「Hしたのも、壊れる前のボクとマーサ。だからボクたちは今初めて会ったも同然。ボクたちの過去には何も無い」
 
政子はボクの顔を「へー」という感じで見つめた。
 
「ボク、唐本冬子というの。よろしく」
「ふーん。私、中田政子。よろしく」
などと言い合う。
 
「あれ?冬子ちゃん、女の子なの?」
「そうだよ。どうして?」
「おちんちん付いてるから男の子かと思った」
 
プレイの途中でボクのタックのテープは剥がされてしまっている。でもそれは1度も立たなかった。
 
「ああ、これはその内手術して取るから、無いものと思って」
「了解〜」
 

政子はボクに抱きついたまま、まどろむようにして幸せそうな顔をしていた。
 
「でも、今夜は私たちがこんなことしてるって、お母ちゃんにも詩津紅ちゃんにもバレバレだよね」
「まあ、当然Hしてると思ってるだろうね」
 
「ふふ。そういえば、詩津紅ちゃんと冬って、よく話してるよね」
「ああ、一緒によく歌を歌ってたから」
「へー」
「特に1年生の時はよく体育館の用具室で一緒に歌ってたんだよ」
 
「ふーん。。。。用具室か」
「どうかしたの?」
 
「中学の時にさ。彼氏と体育用具室のかげでHしようとしたことあるんだよね」
「大胆な場所でやるね」
 
「用具室って陰になる場所がたくさんあるんだよ」
「ああ、そうかもね。飛箱のかげとか、黒板のかげとか、マット重ねたかげとか」
 
「そうそう。私たちいつもそこでデートしてたのよね。でもその日はお互いに何となくそんな気分になって。服は脱がないけど、私ちょっとショーツ下げて彼はファスナー開いてそこから出して」
「裸になるよりかえって燃えるかもね」
「そうかも。私しっかり触っちゃったよ。きゃー。こんなの私のに入るかなあとか結構ドキドキした」
 
「でも結局しなかったの?」
「うん。もう彼のが入ってくる!と思った瞬間に人の声がしてさ」
「ああ」
「で、中断したんだよね」
「ふーん」
「その時、入ってなかったと思ってたんだけど、もしかしたら少し入ってたかも知れないなあ、なんて思う時がある」
 
「自分の意識でいいんじゃない? マーサがあの時入ってたかもねと思うのなら、その彼にバージンを捧げたんだと思えばいいし、入ってなかったかもと思うなら、まだ自分はバージンだと思ってればいいんだよ」
 
「そだねー」
と言って、政子は遠くを見るような目をする。
 
「冬は詩津紅ちゃんと、どこまでしたの?」
「は?」
「キスとかした?」
「そんなのしないよー。ボクたちは純粋に歌を歌ってただけだよ。ボクがピアノを弾きながら」
「うそ。そんな密室に女の子とふたりだけでいて、我慢出来るもの?」
 
「だってボク女の子だもん。女の子同士だから何も起きないよ」
「あ、そーか」
 
「女の子同士でもマーサとHなことするのは、マーサがボクにとって特別な存在だからだよ」
「特別? どう特別なの?」
 
「マーサのこと大好きだから」
 
政子はその言葉を聞いて微笑んで、それから照れるようなそぶりを見せた。ボクは政子の頬を手でつかむと、しっかりと唇にキスをした。
 

政子は裸のままベッドから出ると、テーブルからレターパッドとボールペンを持って来た。ベッドに再び寝転がり、詩を書き始める。
 
ボクは政子の肩を抱いて、それを微笑んで見守った。
 
やがて政子は詩を書き上げ『用具室の秘密』というタイトルを付けた。それは今日政子が書いた詩の中でいちばんの出来だと思った。
 
「やはりマーサは天才だよ。こんな詩書ける人、そうそういないよ」
「えへへ、そうかな?」
 
夕方よりは反応が良くなっている。でもまだ本調子では無さそうだ。
 

夜遅くまで詩を書いたりHなことをしたりというのを続けていたので朝起きたら9時だった。管理棟に行き、予約していた朝ご飯セットを持って来て、暖めてからふたりで食べる。
 
それから秋月さんに連絡して迎えにきてもらい、東京まで送ってもらった。
 
帰り道、政子はさかんに運転している秋月さんにも話しかけ、3人での会話になった。新宿や渋谷だとファンの目について騒がれるのが嫌なので比較的そういうことが起きなさそうな品川で降ろしてもらうことにした。
 
「でも秋月さん、休日なのに付き合っていただいて申し訳ありません」
「うん。この仕事は元々土日関係無いから。休日出勤手当・残業手当はしっかりもらうから気にしないで」
「お世話になったついでに、もうひとつお願いできませんか?」
「うん?」
 
「私たちを降ろした後で、政子の家まで行って、赤いボールペンを取ってきて欲しいんです」
「ああ、政子ちゃんが詩を書くのにいつも使ってたボールペンだよね?」
「はい。机の2番目の引出に入っていると思います」
 
「OK。私が政子ちゃんの家を訪問したら、本当に政子ちゃんが中にいるみたいだから、その偽装工作も兼ねて行ってくるよ」
「ありがとうございます」
 

品川で降りて、あまり目立たないビルの中にあるオーガニックな喫茶店でお茶を飲みながらおしゃべりしつつ、政子はまたボクの「銀の大地」を使って詩を書いていた。落ち込みからは回復したようだ。でもエンジンがまだ全開じゃない。
 
ボクはある所に電話した。
「どうもお世話になっております。この1ヶ月間もほんとに色々お世話になりました。それで今日、あの子たちのライブですよね。ちょっと私とマリの分、チケットを融通してもらえたりしません? はい。ありがとうございます」
 
「ライブに行くの?」
「そ。マーサに見せたいものがあるから」
「ふーん」
 
やがて秋月さんから「ボールペン持って来たよ」という連絡があったので、ボクたちは下に降りて、車で拾ってもらう。政子は「赤い旋風」にそっと口付けをしていた。
 
「どこか行きたいところある?」
「ちょっと赤坂に」
「うん」
「ライブ見てこようかと思って」
「へー。チケットは?」
「さきほど確保しました」
 
車がコンサートホールのそばで停まる。
 
「へー、この子たちか」
「はい。ありがとうございました」
「じゃ帰宅する頃、また電話してね」
「はい」
 
ボクたちは秋月さんによくよく御礼を言って降りる。
 
コンサートホールの周囲には多数の10代・20代の男女がたむろしている。多分この中にはローズ+リリーのファンも結構いる。でも、政子はウィッグを付けているしボクは逆に「ケイ」として活動していた時にいつも付けていたウィッグを外した上に髪を染めている。ふたりとも「マリ」「ケイ」のイメージとはかなり変えているので、簡単にはバレないと踏んだ。
 
果たして入場の列に並んでいても特に誰からも声を掛けられなかった。
 
「あ。 KARIONのライブだったんだ?」
「そう」
「よく当日にチケット取れたね。結構人気あるよね?」
「即日ソールドアウトしたよ」
「それでもチケット取れるの?」
「コネ」
「すごー」
 
メールで送ってもらったQRコードを携帯に表示させ、それで2名入場する。当日に無理言って取ってもらっただけあり、本来なら見切席になる席だったがかえって端っこでのんびり見ることができた。1階席の観客は公演が始まると全員立ち上がるが2階席だと立たない子も多い(特に2階席の先頭数列は危険なので起立観覧が禁止されている)のでボクたちは座ったまま観覧した。
 

いづみ・みそら・こかぜの3人が登場し、物凄い歓声が上がる。コーラス隊の3人に、バックバンドの7人も入って演奏が始まる。
 
最初に3日前に発売されたばかりのシングルの中の曲『恋のクッキーハート』
を演奏する。それまでちょっと楽しそうな顔をしていた政子の顔が、歌が8小節も進む内に「ん?」という感じになり、16小節も行くと、ステージの彼女たちを凝視するような目になったのを感じた。
 
いづみがオープニングの挨拶をする。
 
「ね?もしかして今しゃべってる子が森之和泉?」
「そうだよ。よく分かったね」
 
森之和泉の名前は10月に上島先生と会った時に「自分たちのライバルになる」と言われたので、しっかり覚えていたのだろう。そして政子は、おそらく和泉が持っている「詩人のオーラ」のようなものを感じ取ったに違いない。
 
その後、デビュー曲の『幸せな鐘の調べ』、同じ鐘シリーズの『愛の鐘を鳴らそう』、そしてひとつ前のCDに収録されていた『秋風のサイクリング』『水色のラブレター』
『嘘くらべ』を歌うと、政子は『水色のラブレター』を KARION が歌っている時に明らかに他の曲とは違う反応をしていた。
 
「ねぇ、バックバンドの人って5人?」と政子は訊いた。
「そうだよ。2人はサポート。どの人がサポートか分かる?」
「あの鉄琴みたいなの打ってる人とキーボード弾いてる人」
「さすが、よく分かったね」
「溶け込んでないんだよ。2時間煮たカレーに最後の方で入れるの忘れていたタマネギを入れたみたいな感じ」
「うん。適切な表現だけど、タマネギを入れ忘れる人は少ないね」
「そう? 私よくやるけど」
 
KARIONはまだデビューして1年なので、シングルの曲だけでライブを構成することができない。夏に出たアルバムの曲や、一部他の歌手のカバー曲なども入れて演奏していた。
 
ライブ後半、休憩明けのトップで彼女たちはローズ+リリーの『遙かな夢』を歌った。
「ちょっとー、誰がこれ歌うの許可したのよ?」
などと政子は言い出す。
「ごめんね。ボクが許可した」
「罰として今夜私を3回逝かせること」
「はいはい」
 
この曲を加えられますか?というのは、入場してすぐ政子がトイレに行っている間にうまい具合にロピーで遭遇した畠山さんにお願いしたものである。狙い通りかなり政子のライバル心を刺激したようであった。
 
「今聴いていただいたのは、ご存じの通り、ローズ+リリーの曲です。同い年のユニットとして、また同じ年にデビューしたユニットとして、私たちは彼女たちのトラブルに心を痛めています。現在、活動停止状態になってしまったようですが、私たちはローズ+リリーが早く復活してくれることを祈っています」
 
といづみはMCで語った。その言葉に大きな拍手がある。ボクはその拍手をローズ+リリーへの拍手だと感じた。政子もちょっと顔がほころんだが、すぐにまた普段の表情に戻り
 
「同情してもらわなくても復活するけどね」
などと言う。ボクは微笑む。
 
後半は「歌詞コンテスト」の入賞作品で、次のアルバムでリリースする予定の曲を何曲か、それから彼女たちのハーモニーの美しさを活かして、瀧廉太郎の『花』、文部省唱歌『故郷(ふるさと)』、メリーポピンズの『チム・チム・チェリー』、キャンディーズの『アン・ドゥ・トロワ』などといった、合唱などで取り上げても美しい歌をいくつか歌った。
 
そして最後に『広すぎる教室』『優視線』と歌うと、『優視線』でまた政子は臨戦態勢のような目をする。ほんと政子の反応は面白いとボクは思った。
 

ライブは19時に終わったが、ボクたちは会場を出て、人の流れとは逆向きの方に歩く。夜道に車のライトだけがまぶしい。ボクは尋ねてみた。
 
「どの曲が森之和泉作詞・水沢歌月作曲か分かった?」
「分かった」
「感想は?」
「私、負けない。私、天才だから」
と言う政子の目には再びめらめらと闘争心剥き出しの炎が感じられる。
 
「上等」
 
「でも冬も、うかうかしてられないよ」
「そう?」
 
「水沢歌月は、冬に近いパワーを持ってると思う。末恐ろしい作曲家だよ。まあ冬の方が上だとは思うけどね」
「うん。ボクも油断しないよ」
と言って微笑む。
 
「よし。私、詩書くから、どこかに連れてって」
「どこに?」
「集中して一晩中、詩を書けるようなところ」
「ホテルでいい?」
「超高級ホテルのロイヤルスイートにして」
「いいよ」
 
ボクは★★レコードの加藤課長のセクションに電話した。秋月さんはいったん自宅に戻っているということだったが、代わりに吾妻さんが応対してくれた。
 
「こちらで料金払いますので、どこか都区内の高級ホテルのロイヤルスイートが取れないか調べてもらえませんか?」
「今どこにいるの?」
「港区です」
「じゃ、そこにできるだけ近い所を探すね」
「はい」
 
吾妻さんが調べてくれた結果、結局、同じ港区内、お台場のホテル日航東京のロイヤルスイートルームが空いていることが分かり、確保してもらった。
 
「じゃ帰宅は明日になる?」
「はい、そうなります。色々お世話になります」
「今は僕たちがいちばん動きやすいから、何でも気にせず使ってね」
「ありがとうございます」
 

タクシーでホテルまで行き、予約の名前を告げる。クレカを持っていないのでデポジットを要求されるかと思ったが、お支払いは済んでいますと言われた。朝食券まで渡された。
 
「会社で出してくれたのかな?」
「おそらく、町添さんの個人的なおごりだと思う」
「きゃー。じゃ私、町添さんにお返しできる分くらいは働く」
「よしよし」
 
ボーイさんが案内してくれて、ボクたちは、そうそう泊まることは無さそうな、ロイヤルガーデンスイートルームに入った。
 
「これ、部屋というより、おうちだね」
「うん。そう思った方がいい感じ」
 
「でも私、ロイヤルスイートってなんか豪華でバブリーでド派手な所を想像してたけど、ここは何だか落ち着く感じ」
「お金持ちの人が、家でくつろぐような感じで過ごせる所なんじゃない?」
「なるほどー」
 
まずは各々の自宅に電話を入れる。詩津紅と若葉はそもそも2泊のつもりでいてくれたのだが、ボクたちはそれぞれによくよく御礼を言った。
 
電話が終わった後、政子はスイートルームの中を探訪していたが
 
「ねぇ。ピアノがあるよ。冬、弾かない?」
と言う。
 
「弾いていいの?」
「うん」
 
「じゃ」
と言ってボクは明るいチェリー材の外装のピアノのふたを開けると『遙かな夢』
を弾き始める。
 
「あ・・・・この歌は身体が覚えてる」
と言って、政子は歌い出す。
 
ボクは自分では歌わずに、政子が歌うのに任せておいた。政子は最初はソファに座ったまま歌っていたのだが、やがて歌いながら歩き回る。どうも「自分のポジション」を探しているような雰囲気だったが、やがてボクの左側に立つとそこでボクの肩に右手を掛けたまま歌った。
 
その目から涙があふれてくる。
 
やがて終曲。ボクはパチパチパチと拍手をした。政子はそれに応えるかのようにお辞儀をする。
 
「でもひとりで歌うのは寂しいよ。今度は一緒に歌おうよ」
「おっけー」
 
ボクは『あの街角で』を弾き始める。ボクがメインメロディーを歌い、政子がそれとハーモニーになるように歌う。本当は春くらいのシングルに入れる予定であった曲だ。この曲を発表できるのは、いつだろうか・・・。
 
歌い終わるとボクらはお互いに拍手した。
 
「ボクたち昨夜(ゆうべ)新たに友だちとして再出発したけど、これでローズ+リリー再結成だよ」
「そっかー。私たちが一緒に歌うとローズ+リリーなのね?」
「そうだよ。12月までは須藤さんが作ったローズ+リリーだったけど、今作ったのはボクとマーサ2人が新たに作ったローズ+リリー。作ったばかりだから今は観客0人だけど、最初だからね。これを1年後には100人、2年後には1000人、3年後には1万人にしようよ」
 
「私・・・やっぱり、歌手辞めるの、止めようかな」
 
ボクは微笑んでカバンの中から手紙の束を出した。
「なあに?」
「読んでごらん」
 
それはファンから送られてきた激励の手紙だった。政子はそれを読みながら涙を流していた。
 
「よし、決めた」
「ん?」
「私ね。ちょっとだけ休むけど、そうだなあ・・・1000年くらいしたら歌手に復帰する」
「いいんじゃない?」
「1000年待っててくれる?」
「マーサが待てと言うなら1000年待つよ」
「よし。指切り」
ボクたちは指切りをした。
 
「約束破ったら、おちんちん切っちゃうからね」
「ごめん。さすがにおちんちんを1000年後までは付けとかないよ。20歳頃には切る」
「んー。まいっか」
と言って、政子は大きく伸びをする。
 
「あ、お腹空いた。ごはん食べよう」
と言うので、一緒にホテルのレストランに行こうかと言ったのだが・・・・・
 
「私、ハンバーガー食べたい」
などと政子が言い出すので、ボクたちはホテルを出て近くにあるマクドナルドに行く。てりやきバーガーを取り敢えず5個注文してテーブルに行く。政子は楽しそうにおしゃべりしながら、バーガーを食べる。ボクはそれを見ながらポテトを食べる。
 
政子がふつうの感じでこんなにおしゃべりする姿を見たのは、今回の騒動が起きる前以来、1月半ぶりのことだ。そしてボクはそういう楽しそうな政子の姿を見て、こちらも楽しくなってきた。
 
コンビニに寄って偶然置いてあった可愛いレターパッドと大量のおやつを調達してから部屋に戻る。
 
そして政子は「書くぞー」と言って、赤い旋風を取り出すと、レターパッドに向かって詩を書き始めた。ボクはその姿を微笑ましく眺めていた。
 

ボクたちはその夜もたくさん愛し合った。政子は自分を3回逝かせることを要求していたが、ボクはたくさん刺激して何度も何度も逝かせてあげた。そして逝くたびに政子は詩をひとつ書いた。
 
「ねえ、入れてもいいよ」
「それはしない。それするとボクたちの関係を壊すから」
 
「だってもう壊したんじゃないの?」
「また作り始めたんだよ。だから御守りルールも復活」
「ちぇっ」
 
「でも今日は約束だから、たっぷり逝かせてあげる」
「冬は逝ってないの?」
「内緒」
 
「冬って、女の子みたいに、射精しなくても逝ってるからなあ」
「ふふふ。ボクにコンちゃんは実用上不要かもね」
「ってことはもしかして入れても妊娠の心配無かったりして?」
「ああ。もうボク精子無いよ」
「へ?」
 
「ボク、夢精がある度に精子の量とか活動性とか顕微鏡チェックしてたんだけどね」
「ふーん」
「10月以降の夢精ではもう精子は認められない」
「じゃもう赤ちゃん作れないの?」
「そうなの。私、赤ちゃん産めない身体なの。ごめんね」
「ほんっとにケイって嘘つきだ」
「ふふふ。ずっとタックしっぱなしだったからそのせいだと思うんだけどね。ま、タックやめたら復活するかもね」
 
「いっそもうすぐに性転換する?」
「ボクお父ちゃんと高校卒業するまでは性転換しないって約束しちゃった」
「内緒にしとけばバレないって。女装生活がバレなかったんだから」
「そうかもねー。でも入院でバレるよ。最低一週間は入院するし」
「冬なら性転換手術した翌日にはマラソン走れると思う」
「そんな人がいたらお化けだよ!」
 
「でも昨日も今夜も私たち、おちんちん使わずにHしてるし。冬が女の子の身体になってしまってもいいのかもね」
「そもそもマーサってレズだから、こういうHの方が燃えるのでは?」
 
実際政子はこんな会話をしながらもずっとボクのブレストフォームの乳首をいじっている。
 
「そうかも知れん。ああ、でもまた詩が浮かんでくる」
 
政子はそうしてしばしばプレイや会話を中断すると、たくさん、たくさん詩を書いた。そんなボクたちの夜は午前5時頃まで続いた。
 
「ね。ローズ+リリーで動いてた時期は毎日女の子でないといけなかったからずっとタックしてたんだろうけど、これからは週に2回くらいタック休みの日を作らない?」
「ふーん」
 
「そしたら精子、復活するかもよ」
「復活させた方がいい?」
「私、冬の赤ちゃん産みたい」
「でもボク心情的に男性としてはセックスしたくない」
「夢精はするんでしょ? その精子取っておいて人工授精でもいいよ」
「人工授精なら、まあいいか。じゃ、タックお休みの日作るかなぁ」
 
実際、政子の言った通り「タック休日」(実際には体育の授業が無い日)を作ると、ボクの精子は夏頃に復活した。
 

いつの間にかぐっすり寝ていた。起きたら7時だった。
 
ボクたちはキスをして顔を洗い服を着て、一緒に朝ご飯を食べに行った。
 
「わあ、なんか美味しい。ビジネスホテルのアバウトなバイキングとは違うね」
「まあ、あれも悪くないけどね」
 
食で満足すると政子はご機嫌になるが、この1ヶ月はその食で満足すること自体もできなかったのだろう。
 
この朝御飯の席で政子は赤鉛筆を持って何かしていた。
 
「何書いてるの?」
「和泉ちゃんの詩がさあ、気にくわないから添削してやった」
「えーーー!?」
 
見ると、水色のラブレターの詩を書き出したものに、政子は赤鉛筆で校正を入れていた。
 
「できたー。かなり良い詩になったぞ」
「そ、そう?」
「ねぇ、冬、これを初音ミクに歌わせてよ」
「初音ミクに歌わせて何するつもりさ?」
 

翌日『水色のラブレター、校正してみた』という初音ミクの歌が youtube にアップされたが「これ、いいかも?」というコメントが多数付く。
 
すると一週間後には『遙かな夢、校正してみた』という鏡音リンの歌が youtubeにアップされ、こちらも「あ、確かに良くなってる」というコメントが付く。
 
すると一週間後に『水色のラブレター』の人が今度は『優視線、校正してやった』
というのを掲載し、そしてそのまた一週間後には『遙かな夢』の掲載者が『涙の影、校正してやった』というのをアップする。
 
このあたりまで来た時点で、ネットでは
「ね、これってひょっとして本人たち同士でやりあってるのでは?」
という噂が広がる。
 
校正された詩の品質があまりにも高かったので、素人がやっているとは思えなかったのである。
 
このバトルは更に
『恋のクッキーハート、校正したぞ。早く次の発表しろ』
『せつなくて、校正したぞ。だったらさっさと復帰しろ』
 
という応答まで行ったところで終了した。実際お互いネタが尽きたのもあったし、町添さんから「そろそろやめようか」というお達しが、双方に来たこともあった。
 
しかしファンは楽しんだようであったし「マリ健在」というのをみんなが感じ取ってくれた出来事であった。
 

ホテル日航に泊まった朝、ボクたちは朝食後制服に着替えてから、また秋月さんに迎えに来てもらい、それぞれの家に帰還することにする。
 
「ね、琴絵から、そろそろおふたりさん学校に戻ってこない? って電話があったんだけど」
とボクは言ってみた。
 
「そうだなあ。明日から出て行こうかな」
「じゃボクも出て行くよ」
と言って、ボクは政子にキスをする。
 
「秋月さん、お時間使って申し訳ないのですが、**市の**スタジオまで行ってもらえますか?」
 
「へ?何をするの?」
「音源制作です」
「えーーー!?」
 
このスタジオには、知り合いのエンジニア山鹿さん(麻布さんの同僚だった人)が勤めていて、ボクは先週の内に「もしかしたら行けないかも知れないけど、その場合も規定の料金は払います」と言って予約を入れておいたのである。
 
休日なので低料金で短時間小スタジオを借りられる下のフロアには人が多かったが、ボクたち3人は山鹿さんに案内されて最上階のコントロールルーム付きの広いプロ用スタジオに入った。山鹿さんと秋月さんは面識があるようであった。
 
「何するの?」
と政子も訊く。
 
「少し歌いたくなったでしょ?マリ」
「ちょっとね」
 
「だから歌おう」
と言って、ボクが出したのは『長い道』と『カチューシャ』の譜面である。
 
「秋月さん、★★レコードで既存音源を使った編集CDを出したいって言ってましたよね。私たちこの2曲、12月のロシアフェアで歌ったから、その時の録音があったということにしてくれません? 私たちと秋月さんと町添さんだけの秘密」
「分かった」
 
「マリが、町添さんにおごってもらったホテル代代わりに少し仕事したいと言うから」
「どう考えても、この音源の値段の方がホテル代より遥かに高いですよ」
と秋月さんは笑顔で言った。
 
「ああ、ホテル代の分か。じゃ、私頑張って歌うよ。御飯も美味しかったし」
と政子は言う。
 
そしてボクたちは、ボクがあらかじめ用意していたMIDI演奏に合わせてその2曲を吹き込んだのである。最初マリに心の準備をさせることを兼ねてスタジオに置かれたスタインウェイのピアノでボクが演奏したものを録り、そのあと、ふたりの歌唱を録った。
 
この2曲の音源は、その夏に発売されたローズ+リリーの『ベストアルバム』に収録されることになる。特に『長い道』はタイトル曲になった。
 
2曲歌っても政子はまだ歌い足りないような顔をしていた。そこでボクたちは更に『あの街角で』を歌った。この時点ではほとぼりが冷めた頃に発売できないかなと思っていたのだが、結局、2012年のアルバム『Wake up』に『あの街角で2008』の名前で収録されることになる。ボクと政子が各々の父との約束を守っていたら絶対に存在しないはずの音源であったが、ボクたちは「2008年に練習で歌っていた音源が発見された」ということにした。
 

スタジオの後、帰宅する。まずは協力してくれることになっていた紗恵に連絡して彼女の家まで行き、ピックアップしてから政子の家に行く。紗恵と政子のふたりで政子の家に入っていくが、張っている記者さんたちも、基本的に出てくる人に注意を払っているので入って行く人はあまり見ていない。
 
そして出てくる時は紗恵と詩津紅の2人であった。
「ほんとにありがとう」
と言ってボクは詩津紅をハグしたが、紗恵は
「冬ちゃんと詩津紅って、時々ハグしてるの見かけたけど、恋愛関係じゃなかったのね」
などと言う。
 
「私たちは女の子同士の感覚しかないよ」
とボクが笑って言うと、
「なんか、そうしてる姿見てて、男の子には見えないもんね〜」
と感心したように言っていた。
 
「じゃ、明日からふたりとも学校に出てくるのね?」と紗恵。
「うん。政子がやっとその気になってくれたからね。記者の数も減ってるみたいだし、学校に迷惑掛けることもないかと」
 
「学校に押し寄せて来た記者、最初すごかったね〜」と詩津紅。
「すぐ警備会社の人が校門に立つようになったね」と紗恵。
「わあ、迷惑掛けたなあ」とボク。
 
「あ、そうそう」と詩津紅が思い出したように言う。
「ん?」
「冬さ、学校では、性転換手術を受けるために休んでいるということになってるみたいだから」
「えーーー!?」
「年内にタイに渡って手術を受けて1月中は静養しているらしいという噂が」
「きゃー」
 
「だから、明日は女子制服で出てきなよ」
「うーん・・・」
 

ふたりを自宅まで送っていってから、ボクは自分の自宅近くで降ろしてもらう。
 
そして記者さんたちが張っている中、堂々とひとりで家に行き、呼び鈴を鳴らして入れてもらう。若葉とタッチしてからハグしあった。
 
「そうやって並んでると双子みたい」
などと母が笑顔で言う。ふたりで◎◎女子高の制服を着て並んでいるところをボクの携帯と若葉の携帯で撮してもらった。
 
「私は冬の裏工作係だからね」
などと若葉は言う。
 
「若葉ちゃんから色々聞いたけど、お前もう近い内に性転換するんだって?」
「へ?」
「もう病院にも行って予約も入れてるなんて。お父さんに内緒でも私には一言言ってくれてもいいのに」
「あ。いや病院には行ったけどまだ予約まではしてないよ」
 
「あらそうなの?でも若葉ちゃんから手術の方法とか聞いたけど、ちゃんと濡れるヴァギナとか性感のあるクリトリスもできるし、女として結婚もできるのね。あんた今でも女に見えるし、あんたがそうしたいなら、それもいいかもね」
と母がしんみりした表情で言う。
 
「身体を女の子に直してから、学校に復帰するの?」
「あ、いや。手術はもう少し後にしようかな。学校には明日から行くよ」
「あら」
 
若葉が笑っている。姉もチャットをしながら笑っている。
 
「でも女子の制服を作らなきゃいけないでしょ? あんた夏服は持ってるけど冬服はまだ作ってなかったから」と母。
「えっと・・・男子の制服で出て行くよ」
「なんで〜?」
「なんでと言われても、どうしよう?」
 
とボクは、若葉に「説得されすぎ」ている母に戸惑ったのであった。
 
 
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【夏の日の想い出・あの衝撃の日】(下)