【夏の日の想い出・多忙な女子高生】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2012-11-03
ブレストフェームを貼り付けてもらい、持参していたCカップブラジャーも付けて外に出てきたボクを見て、政子は楽しそうにボクの胸に触れ
「おお、いい感じ、いい感じ。今夜たっぷり揉んじゃおう」
などと言っている。
「でも、ボク、明日・明後日、学校に行くのにどうしよう?」
「まあ、それだけおっぱいあるなら、女子制服でも着て行くしかないね」
「そんなの持ってないし」
「冬服でも良ければ2日くらい貸そうか?」
「いや、勘弁してください」
「じゃ、何とかして頑張って誤魔化すしかないね」
「あははは・・・」
Cカップの胸をどう誤魔化したら、ワイシャツと学生ズボンの格好でいられるんだろう? ボクは頭が痛かった。
その後、ボクたちはドラッグストアに行き、お股のテープタックをするのに必要な道具を買いそろえた。
そして、やってみようとしたのだが・・・・ うまく行かない!
ボクがそれまでやっていた、あの付近の隠し方は、いわゆる「潜望鏡方式」に近いもので、あの付近のものをまとめて体内に押し込み、出口を接着剤で留めるというものである。だからボクはいつも接着剤と剥がし剤、緊急処置用の透明梱包テープを洗面道具の中に入れて持ち歩いていた。
しかし政子が見つけてきた「タック」のやり方は、陰毛を剃らなければならないという制約はあるものの、きれいな割れ目ちゃんが形成できる上に、その状態でおしっこもできるので長時間したままでも良いという優れた方法で、ボクもこんな方法があったのか!と驚いたのだが、優れた隠し方は、やはりその状態にするのに手間が掛かるのである。
部屋の中にひとりにしてもらい、1時間ほど悪戦苦闘したもののうまくできずにいたら、政子が入ってきて「できた?」と言う。うまくできないと言うと政子は手伝ってあげると言う。そんなの女の子に手伝われたくない!と思ったものの、できなきゃおちんちん切っちゃうから、などと言い出すので、ふたりで協力してやることにした。
ところが政子に触られると、ボクのおちんちんは立ってしまった。
ボクのおちんちんは、奈緒や若葉に触られた時も、そう簡単には立たなかった。若葉は前立腺を刺激して無理矢理立たせてしまったし、奈緒に立たせられた時もけっこうな時間が掛かった。それが政子にちょっと触られただけですぐ立ってしまったことにボクは内心驚いた。
以前若葉に
「私がこれだけ立たせていたら、好きな子に触られた時はきっと自然に立つよ」
と言われたことがある。
ボクって政子のことが好きなのだろうか・・・・
奈緒や琴絵から「政子ちゃんのこと好きなんだよね?」とか「ほぼ恋人関係だよね?」などと言われても、ボク自身はあまり意識していなかったのだけど、この時あらためてボクは自分の政子への気持ちを再度考えてみたくなった。
タックの方は、立っているとできないということで、それを水冷して立たないようにした上で、ふたりで協力して「4本の手」でやると、何とかうまくできた。
おお、凄い!
ほんとに女の子の股間に見える!
と思ったものの、この最初にやったタックは水に入ると10分ほどで取れちゃう!という欠点が判明。
対策を調べた結果、防水テープを使えばよいということが分かり、それを買いに行ってきてやり直し。このあと、お風呂に数時間つかって、しっかり持つことを確認した。
政子と一緒に数時間お風呂に浸かったが、ボクは胸にはブレストフォームを付けたままだったので、実胸は見られずに済んだ。
政子にはその後、何度も裸を見せることにはなるが、結局いつもブレストフォームを付けていたので、高校卒業まで一度も実胸は見せていないのである。
この政子とお互い裸でお風呂に入った2時間、ボクたちはおしゃべりしながらけっこうお互いの身体にタッチした。キスもした。
でもボクたちはお互いに「私たち友だちだよね」と言った。
その時の「友だち」という言葉がその後2年間くらいのボクたちの方向性を決めた気もするのだけど、実際にはボクたちは、友だちという範囲をどう見ても越えることを頻繁にするようになっていった。
(もっとも、奈緒・若葉・有咲とも、それ以前にかなりやばいことをしていた気もするのだけど)
このブレストフォームを買いに行き、タックを練習した日は学校を休んでしまったのだが、翌日の木曜日と翌々日の金曜日は学校に出て行った。
ボクはこの2日間、学生服を着て出て行った。
「唐本、衣替えは1日からだぞ」
と先生から言われたのだが
「済みません。ちょっと風邪気味なので」
と答えておいた。
「ああ、それで昨日休んだんだっけ?」
と言われる。
ワイシャツではとてもCカップの胸が隠せないので、学生服を着て誤魔化したのである。体育の時間も見学させてもらった。この胸で体操服になんか、絶対になれない!
学校では風邪気味などと言っておいて、実際にはボクは木曜日の放課後、政子と一緒に市民プールに行って、27日の埼玉のプールでの演出の練習をしていた。政子としては、ボクに女子水着姿を人前に晒す練習をさせるという意味合いも持っていたようであった。それでボクは一応恥ずかしがる振りをした。
「えー?女子更衣室なの?」
「今まで何度も女性用楽屋使ってたじゃん。似たようなもんだよ」
「えーん」
などと言いながら、政子に腕を取られ、連行されるような感じで女子更衣室に入って行く。政子は楽しそうである。
「目のやり場に困るよう」
「おどおどしない。不自然な態度を取ると疑われるよ」
「うん」
水着自体は着て来ているから問題無い。そのまま上に着ている服を脱げばよいだけである。ボクは更衣室内にいる他の女性にできるだけ目をやらないようにして、政子と一緒にプールの方に行く。
シャワーを浴びると気持ちいい。絵里花と、そして若葉とたくさんプールに通っていた日々を思い出す。高校に入ってからはプールから遠ざかっていたけど、この冷たいシャワーで、あの日々が脳内に蘇る。
「すごーい。きれいなクロールで泳ぐね。スピードもあるし」
と政子がボクの泳ぎを褒めてくれる。えへへ。これでも中学の水泳部の大会では自由形1500mで3位に入ったからね。
「マーサ、泳いでみてよ。ボクそのペースに合わせるから」
「うん」
政子も泳がせると、けっこう良いフォームで泳ぐ。ボクはストップウォッチで彼女の泳ぐスピードを測る。なるほど、じゃ、あのくらいのペースで泳げばうまく行きそう。
ということで、プールの両端に立ち、目で合図して、同時に中央に向かって泳ぎだす。出会ったところで立ち上がり、どこでランデブーしたかを確認する。
「ごめん。ボクが少し速すぎた。再度やろう」
「うん」
これを何度か繰り返して、きちんとふたりが真ん中で出会えるペースを掴んだ。
デビュー前日の夕方。
ボクは須藤さんに「その分の料金払いますので、友人からサインを頼まれたのを書いて渡していいですか?」と尋ねた。
「んーん。じゃ色紙代込みで1枚100円で」
などと言われたので、ボクは500円を渡して、須藤さんの部下、甲斐さんが偶然見つけて買ってきてくれた、バラとユリの絵が描かれた可愛い色紙を5枚取って、《Rose+Lily》のサインを5枚書いた。そしてNo.1 〜 No. 5という番号を書いた。
それから『その時』のCDを別途5枚、4000円出して購入し、外装のビニールを外してからそちらにもサインをした。
No.1は宅急便にして愛知県に住む友人、リナに送った。これはリナとの古い約束にもとづくものである。
No.2はその夜、奈緒の自宅に持っていき手渡した。奈緒は「かぁいいケイちゃんの写真たくさんあるよ」などと言って、先日戸島遊園地での公演を撮った写真を見せてくれた。ボクは記念に数ショットコピーさせてもらった。
No.3は月曜日に学校で詩津紅に手渡した。
No.4とNo.5は月曜日の昼休みに◎◎女子高に行って、和泉と若葉に手渡した。
このメンツの中でローズ+リリーという名前とその「中の人」を最初に知っていたのは《ローズ+リリー》という名前を最初に名乗ったライブに偶然来ていた奈緒である。和泉にはその直後くらいにこちらから言っている。
その奈緒と和泉にはインディーズ時代の《ローズ+リリー》というカタカナのサインも渡しているので、このふたりはインディーズ版とメジャー版の両方のサインを所有している。
そしてリナ、詩津紅、若葉、にはこのサインとCDを渡したことでカムアウトしたことになった。
このほか、初期の頃に「ケイ」の正体がボクであることに気付いた人物として中学の時にボクの恋人であった S がいる。彼女が気付いたのは10月頭の頃にTFMにボクとマリが一緒に出演していたのを偶然聴いた時だと言っていた。それはダイヤリーを確認してみると、10月4日(土)のことのようである。
また、愛知時代の他の友人、美佳と麻央はボクのことをリナから聞いて知ったらしいが、10月19日、名古屋でキャンペーンをした時に、サイン会の列に並んでくれたので、その時サインを書いて握手をした。彼女たちには宛名の所に普通なら「美佳さんへ」と書く所を「親愛なる美佳へ」のように書いた。《Lily》の部分を書き加える政子が「ん?」という表情をしていたが。
リナ自身もこのサイン会に並んでくれたので、リナは《Rose+Lily》のごく初期のサインのうち、ケイ版とケイマリ版の2種類を所有している。
(《ローズ+リリー》のサインにも《Rose+Lily》のサインにもマリが単独で書いたもの、ケイが単独で書いたもの、マリとケイが一緒に書いたものの3種類が存在する。但し3種類を見分けるのは多分「鑑定団」の先生くらいにしか無理。この中で最もレアなのはマリ版《ローズ+リリー》で多分10枚も無い。マリちゃんに声掛けたけど無視された、なんてネットの書き込みは多いが、本人はいつも心ここにあらずでボーっとしているので、聞こえてないだけである)
このデビュー直前の2日間。政子はボクを可愛く女装させることに異様に燃えていた。
「ねーね−。やっぱり性転換手術しちゃおうよー」
「いや、別にそれはいいから」
「じゃ、取り敢えず、こっちの服、着てみてよ」
「うんまあ」
「おお、可愛い! お化粧してみていい?」
「いいよ」
などといったことをしていたのである。政子はランジェリーショップでかなりセクシーな下着などを買い込んできて、ボクにそんなのを付けさせ、たくさん写真を撮っていた。
そして政子は『女子力向上委員会』『ペティコート・パニッシュメント』
『お化粧しようね』『去勢しちゃうぞ』『美少女製造計画』『男子絶滅計画』
『胸を膨らませる君』『もうおちんちんは要らない』『ハサミでチョキン☆』
『オトコノコにあってオンナノコに無いもの・・・トれ・・すよ』
などといった「女性化ソング」を矢継ぎ早に作ったのであった。
(この内『女子力向上委員会』『去勢しちゃうぞ』は政子の強い希望でボクらの「第2自主制作アルバム」に収録したが、当時はまさかそれをそのまま発売することになるとは思ってもいなかった。ちなみに発売時には氷川さんの要請により『去勢』の文字は『虚勢』と書き換えられた)
更にボクは水曜から日曜までの毎日、うまく丸め込まれて、プエラリアの錠剤をかなり大量に飲まされた!
「まだボク、男の子やめたくないよぉ」
「ふふふ。でもこれだけ飲んだら既に男の子ではなくなったかもね」
「えーん」
「心配しないで。冬がホントに女の子になっちゃったら、私のお嫁さんにしてあげるから」
などと言って政子はホントに楽しそうであった。
そしてデビュー当日。
ボクたちは最初CDショップでミニライブとサイン会をした後、服の下に水着を着込んでから埼玉県内のレジャープールに移動した。
前に歌う演歌の人2組が終了する。
「それでは次は今日デビューしたばかりの新人、ローズ+リリーのおふたりです」
というアナウンスに、ボクたちはプールの両側から水の中に飛び込んだ。
一昨日たくさん練習してつかんだペースで泳ぐ。
するとふたり同時に中央ステージにたどりつく。一緒に水からあがる。
「わぁぁ!!」「へー!!」
などという歓声が上がったのを聞いた。ボクたちは笑顔で中央のマイクの所に駆け寄った。
「こんにちは!ローズ+リリーです!」
と叫ぶ。
すると観客から大きな歓声が上がった。
そのまま、ふたりで『その時』を歌う。
手拍子が来る。
ボクたちはその手拍子に笑顔で応えながら、16ビートの明るいリズムに乗せてこの曲を歌う。『その時』という曲はリズムや伴奏が明るいのに詩の内容は結構内向きである。
歌が終わると拍手が来る。
次の曲の伴奏が始まる。スローロックの少しメランコリックなリズムと伴奏。『遙かな夢』を歌う。この曲はメランコリックな音なのに、詩の内容は積極的。
このふたつの曲はほんとにまるでセットで作ったかのように好対照なのだ。
下川先生からはアレンジ譜面を返される時「これ、上島君の作品見て書いたアンサーソング?」などとも言われた。実際にはとてもとてもそんなことまで考えている余裕など無かったのだが。
歌い終わって、ボクたちは下がり、メインゲストのELFILIESを紹介しようと思ったら・・・・拍手が凄まじいので、もう1曲歌ってくれ、という話になってしまう。そこでボクたちは急遽『ふたりの愛ランド』を歌うことになった。
数百人の観客が熱狂する中、ボクたちは初期のボクたちの代表曲ともなったこの歌を、楽しく歌わせてもらった。
そして割れるような歓声の中、ボクたちは ELFILIES を紹介し、そのままプールに飛び込んで退場した。
ずっとずっと後に、ボクはメジャーデビューさせるアーティストの条件というのを町添部長に聞いてみたことがある。
「まあ、大手プロダクションが色々キャンペーン計画とかも立てて持ってきた案件は、本人が歌っているのを見せてもらって、雰囲気がよければそのまま追認するんだけどね。まあ、外れる確率も高いけど」
「そうでしょうね」
「インディーズでの活動を見て判断する場合、やはりCDの売り上げよりライブの様子だよね」
「へー」
「だから、だいたい話が来たアーティストについては偵察チームで見に行っているよ」
「そうなんですか!」
「ローズ+リリーについては、CDを作って最初に持ち込んだライブ会場ですぐ売り切れたというので、浦中さんが『こいつは化ける』と感じたみたいでね」
「へー」
「その直後にこちらに打診があったんだよ、実は」
「そうだったんですか!」
「そこで秋月君がそのすぐ後にあった浦和でのイベントを偵察に行って、この子たち良いですよと報告してくれて」
「えー!?」
「浦和でもCDが売り切れて秋月君は買って帰るつもりが買えなかった。そのあと月末の富士急ハイランドのイベントを加藤君と秋月君・北川君で見に行って、観客が凄い熱狂してましたよと加藤君も報告してくれて」
「わあ」
「それじゃ、メジャーデビューの計画してもいいかもね、などと言っていた所に上島君が『ローズ+リリーという新人女子高生デュオに曲を渡したので、そちらですぐにCD出してあげてください』と電話してきたんで、急遽発売が決まったんだよ」
「やはり、最後は上島フォンですか!」
「そうそう。でも上島フォンって、毎回僕らは振り回されるけど、当たるからね。AYAなんかも本来3人で出す予定が2人脱落したと聞いて、補充メンバーをオーディションでもやって入れようかと言っていたら、上島君がこの子1人でも充分売れるから、このまま売ってあげて、と言ってきたから、そのまま出して売れたから正解だったね」
「ああ」
ボクが8月に和泉と作った作品『水色のラブレター』は9月前半に録音したもののリリースされたのは10月22日である。(これが普通に売る時の日程)
一方政子と作った作品『遙かな夢』はKARIONの音源制作が終わった直後の9月21日に録音したものの、発売されたのはこの日9月27日。(こんな短時間で発売するのは異常)
ということで、ボクの作曲に関するプロ処女作ともいうべきふたつの作品は実際には作った順序と逆の順序で発売されることになった。
そして『遙かな夢』はCD自体としては20万枚/DL。単独DLは9万件。
一方の『水色のラブレター』はCD自体は5万枚/DLだが、単独DLは12万件。
と、どちらもとても順調な売れ行きを見せたのである。
内心ボクは、どちらかが売れてどちらかが売れなかった、ということにならなかったことに安堵したのであった。
プールでのイベントの翌日。ボクと政子は横浜のデパートでミニライブを2回することになっていた。
ところが1回目の公演をはじめようとボクらがステージに立ち
「こんにちは、ローズ+リリーです」
と言った途端、観客がドドドっと押し寄せて来た。
やば!と思ったボクはとっさに政子の手を引き、近くの従業員出入口に飛び込んで逃げた。
幸いにも観客にはけが人は無かったものの、スタッフの数人が軽い打撲を負い機材もかなり破壊されて、デパートの施設も壊されて、損害額は100万円を越えたらしい。
そしてそれを境に、ボクらはそれまでのようなオープンスペースで会場整理や警備スタッフを置かない形での「のんびりライブ」をすることはできなくなってしまったのである。
週が明けて9月29日・月曜日。
朝出かけようとしていたら、父が新聞を見ていて
「へー。デパートのライブで怪我人だって」
などと言う。
「あらあ、危ないわねえ。子供とかいたら大変ね」と母。
「ローズじゅうリリーって、女の子2人組のアイドルらしいよ。アイドルの名前は聞いても分からんなあ」
などと父は言っている。「+」を「じゅう」と読まれるとは思わなかった。「たす」と読む人は時々いるのだが!
「警備が甘かったのかねえ」などと母。
「ああ。土曜日にデビューしたばかりって書いてある」と父。
「想定以上に人気が出てるのかもね」と姉は言った。
「ところで、あんた先週半ばから学生服着てるね」と母。
「あ、うん。ちょっとまだ身体の調子がいまいちだから」
「バイトのしすぎじゃ無いの?」
「うん、無理はしないよ」
そんな会話をして出かける。
そして朝の補習が終わってすぐに6組に行き、ドアの近くにいた子に頼んで詩津紅を呼び出してもらい、廊下で赤い花柄の袋に入れたサイン色紙とCDを渡した。(政子はいつものようにボーっとしている雰囲気だった)
「すっげー。とうとう女の子歌手としてデビューしちゃったのか!おめ!」
と言って詩津紅はボクをハグする。
廊下を通っていた他の生徒たちがギョッとしている。ボクって女たらしと誤解されていることあるんじゃなかろうか、と時々思う。
「じゃ、早急に性転換しないと、男とバレた時にやばいよ。水着とかになることもあるだろうし」
などと言われる。
「いや、水着はデビューイベントで既に着た」
「何〜!?」
と大きな声を出してから
「実はもう性転換済み?」
「まさかあ。誤魔化してるだけだよ。ボクの胸触ってもいいよ」
詩津紅が学生服の上からボクの胸を触る。
「おお!」
と詩津紅は嬉しそうな声をあげた。
その日の昼休みにはボクはこっそり女子制服(まだ9月なので夏服)に着替え定期券を持って学校を出る(出がけに奈緒にだけ見られた)。隣の駅まで移動し、◎◎女子高に行った。
玄関脇の事務室で、和泉と若葉を呼び出してもらう。ここにはこれまでも何度か来ているので、事務の人もこちらを覚えてくれている感じだ。
「おお、今日もちゃんと女子制服で来ているな。殊勝、殊勝」
「あれ〜、なんか今日は胸が大きくないか?」
「あはは、上げ底、上げ底」
若葉がボクの胸に触って「うーん」と言って意味ありげな視線で見る。
「豊胸手術しちゃったりしてない?」
「手術する根性無いよぉ」
「そうかもね。冬って意気地無しだもん」
「うん。自覚してる」
「で、和泉、これ例のもの」
と言って先に和泉に青い花柄の袋に入れたCDとサイン色紙を渡す。
「うんうん。デビューおめでとう」
「ありがとう。それと先輩、よろしくお願いします」
「うむうむ。頑張りたまえ」
と和泉も笑顔で言う。
「何、何?デビューって?」
という若葉にも、黄色い花柄の袋に入れたCDとサイン色紙を渡す。ジャケット写真を見て驚いた様子。
「げっ、これ冬じゃん。随分可愛く写ってるなあ。え?★★レコード!?これ自分で焼いて作ったCDじゃないんだ!」
「うん。それで土日イベントやってたんだけど、昨日は観客が殺到してイベント自体が中止になっちゃって。びっくりしたよ」
「今朝の新聞で見た。警備とか会場整理とか無しではできないよ。ちょっと甘かったね」
と和泉も言う。
「うん。今後はもっと警備のしっかりできる場所でやることになりそう。場所とかも最低でもロープで囲って。警備員も増やして。お金掛かるけど」
「まあ仕方無いね。でも初動凄いね」
「へ?」
「数字見てないの?」
「見てない」
「CD1万枚、DL2万件売れてるよ。これ、CDは多分初期プレス全部はけて品切中。慌てて追加プレスしている最中だと思うよ」
と和泉。
「ひぇー!」
実際、和泉の言った通り『その時』のCDは29日,30日の2日間は店頭に無く、10月1日(水)に再入荷したらしい。その後も何度か在庫切れが起きたらしい。
「でも女の子歌手になったんなら、もうちゃんと身体も女の子になろうよ。ひとりで不安なら付いてってあげるから、例の病院で手術しちゃわない?」
と若葉が言う。
若葉の場合、これが冗談では無いのが怖い所である。
「えっと。その内ね」
とボクは焦りながら答えるが
「簡易性転換ならすぐ回復するから歌手活動に影響出ないよ」
とまで言われる。
実はそこの病院には一度若葉に連れられて行って、術式の説明とか、そこの先生が過去にした手術の「Before/After」の写真とかも見せられ、かなりボクも心が揺らいだことがあったのである。その時、そこの先生には
・完全な性転換(膣も作る)
・取り敢えず睾丸だけ除去
・男性器は除去するが女性器は作らない(いわゆるスムース:宦官化)
・男性器を全部除去して股間整形するが膣は作らない(簡易性転換)
・睾丸を除去し陰唇は形成するが陰茎は温存(実際にボクが1年半後に受けた手術)
・陰茎を除去し陰唇・膣も形成するが、睾丸を体内に温存
などの選択肢があるとも言われた。ボクは当時睾丸温存方式に興味があった。女性型の股間になっているのに睾丸を温存している人がクリトリス刺激により射精する映像なども見せてもらった。(実際にそれをしなかったのは政子を妊娠させる訳にはいかないと思ったからである。陰茎が無いと避妊の手段が無いのである)
しかしボクはここでは逃げておく。
「取り敢えずまた今度考えるね」
と笑って誤魔化して、昼休み終わるからと言って退散した。
その水曜日にボクと政子は、『その時』のキャンペーンの打ち合わせと、挨拶を兼ねて、放課後★★レコードに行った。
その時、ボクがうっかり間違って男子トイレに入ってしまい、そこで町添部長と鉢合わせてしまったことから、ボクはしっかり部長に顔を覚えられることとなった。
そして部長は加藤課長の「この子たち化けますかね?」という問いに
「うん。大物になる」などと笑顔で答えたのである。
その部長の言葉は、★★レコードのボクたちを売り出す姿勢にも影響した気がする。
そしてボクは部長とその月の下旬、再度会うことになる。
10月はローズ+リリーの『その時』のキャンペーンで全国を駆け巡った。横浜での事故があったので、キャンペーンの場所は、CDショップなどでホールを持っている所はそういう場所、無い場合は商品の売場とは別の催事場などを使用し、ロープやブロックなどで囲って、外から人が殺到しないようにし、またステージにも容易に近づけないようにするとともに、警備のスタッフもそろえていた。
実際、このキャンペーンの費用だけで1000万掛かったらしい。恐ろしい!
ローズ+リリーのキャンペーンは10月4日から19日まで行われたのだが、そのキャンペーンが終わった直後、10月22日(水)に KARION の4枚目のシングルが発売された。
KARION はこれまでほとんどの曲を、ゆきみすず作詞・木ノ下大吉作曲というペアで書いてもらっていたのだが、いまひとつセールスが伸びていなかった。おかげで、ローズ+リリーは実は上島曲での反応を見るための KARION の仮面ユニットではなどという説まで出ていたのだが、今回の新しい KARION のCDでは、実際にソングライト陣を一新した。
タイトル曲の『秋風のサイクリング』は、「KARIONに歌わせたい歌詞コンテスト」
なるものを開き、その応募作品の中から、事務所側で比較的優秀と思ったものを公開し、その中でファン投票をして、1位の作品を選んだ。そしてその作品に賞金10万円を贈呈するとともに、今回のCDのタイトル曲にしたのである。(作詞印税は賞金とは別にちゃんと支払う)
作者は「ペンネーム・櫛紀香」とあり、詩の内容も凄く女子高生っぽい雰囲気だったので、多くの投票者が現役女子高生なのだろうと思っていたようだが、実は現役男子中学生だった。「櫛紀香 kusi norika」は、結構気付いた人も多かったのだが karion suki のアナグラムである。
この曲の作曲は、KARIONのバックバンドとして固まってきたメンバーで名乗ることにした travelling bells のリーダー TAKAOが行った。
(なお、公開した作品は全て次のアルバムに収録することにした)
そして、カップリング曲『水色のラブレター』には森之和泉作詞・水沢歌月作曲というクレジットが付けられていた。この内「森之和泉」に関しては KARIONの いづみ のペンネームであることが明らかにされたが、水沢歌月については情報非公開ということにされた。
非公開というのはけっこう憶測を呼び、KARIONの残りの2人、みそら・こかぜの共同ペンネームでは?あるいはKARION 3人の共同ペンネームでは?とか、誰か有名作曲家の覆面ではとか、身分が明かせないとんでもない人(例えば政治家・皇族・裁判官・犯罪者!)なのではなどと、実に様々な説が飛び交っていたようである。
2chにも「KARION-水沢歌月とはだれか?」というスレッドが生まれることになるが、このスレッドでは1年ほど議論をしたあげく「葉村彰子」「東堂いづみ」
などと同様の作曲家集団の代表ペンネームではなかろうかという意見に集約されていく。それはその後この「水沢歌月」の名前で公表されていく曲には実に様々な傾向・作りの曲があり、とても同じ人が書いているとは思えないというのがあった。
(2chのスレッドでは、上島先生やボク自身も水沢歌月の候補にあげられていたが、多少の議論の末、該当せずとされていた)
なお、このシングルのもうひとつのカップリング曲『嘘くらべ』は、この時点では全く無名であった作詞家・福留彰(ふくどめしょう)の作品に タイトル曲と同様 TAKAO が曲を付けたものである。畠山さんが偶然福留さんの自主制作CD(自分で作曲もしギター1本の伴奏で自分で歌ったもの)を見かけて、その歌詞の感性がKARIONに合ってると思い、実際に会って話をし、楽曲提供契約を結んだものである。なお、福留彰は∴∴ミュージックと契約したことで、その後、青島リンナなどにも作品を提供している。
今回の KARION のシングルは「歌詞コンテスト」によって事前周知がうまく行ったこともあり、CD/DLの合計セールスが KARION のシングルとしては初めて5万枚を越え、また個別のダウンロードでも、『秋風のサイクリング』8万件、『水色のラブレター』12万件、『嘘くらべ』6万件、と、各曲の単独ダウンロード件数が全て丸ごとの販売数を越えるという、面白い(レコード会社としては悩んでしまう)現象が起きていた。
KARIONの新しいシングルがひじょうに好調な売り上げをあげているということで、★★レコードは 今回のシングルの楽曲提供者にも会っておきたいという話が来る。
「櫛紀香」のペンネームを使っていた福島県田村市在住の男子中学生は10月26日の日曜に母親に付き添われて上京してきて、豪華なステーキ屋さんで食事をしながら歓談し本人たちも、にこやかな表情であったらしい。
いづみは何度も、加藤課長や町添部長に会っている。 TAKAOは会っていなかったので、金曜日に★★レコードを訪れ、部長たちと対談したらしい。福留彰もやはり金曜日に会ったらしい。
そして「水沢歌月」に関しては、畠山さんが「微妙な問題があるので」情報を知る人をできるだけ少なくしたいという申し入れを直接町添さんにした。そこで、月曜日の夕方、畠山さん、KARIONのいづみ(森之和泉)、水沢歌月、そして町添さんの4人だけで、都内某所の料亭で会うことになった。
その日ボクは午後の補習を急用で休みますと言って欠席する。一方親には先月までしていたスタジオのバイトの上司の人から食事に誘われているので行ってくるし遅くなる、というのを朝の内に母に言っておいた。(実際には麻布さんは既にアメリカに行っている。突然「NYなう」というメールが来て、ボクも有咲もびっくりしたのである)
そして6時間目が終わると女子制服(冬服)に着替え、電車で都心に出た後、タクシーに乗り指定の料亭に入った。上品な和服を着た仲居さんに案内されて部屋まで行く。これがボクにとっては料亭初体験となった。
「失礼します」と言って中に入る。
既に畠山さん、和泉、町添さんは来ていた。
和泉が手を振る。畠山さんが笑顔で迎えてくれる。しかし町添さんはポカーンとしていた。
「おはようございます。水沢歌月です」
とボクは笑顔で挨拶して座る。
「えーーーーー!?」
と町添さんが本当に驚いたような声をあげた。
「君、ケイちゃんだよね?」
「はい」
とボクは笑顔で返事する。
「まさか、二重契約??」
「いえ。私は∴∴ミュージックさんとは契約していません」
「それにしても△△社との専属契約があるでしょ?」
「それが3つの理由で可能だったんです」
とボクは説明した。
「まず△△社との歌手契約は9月1日から始まることになっていたんです。それまでは私はたただの△△社の設営アルバイトでした」
「あ・・・それは聞いたような」
「それで今回のシングル制作で私が担当した部分は全て8月中にやってしまっていて、9月以降はレコーディングスタジオのエンジニア助手としてしか関わっていません」
「エンジニア助手??」
「私、高校1年の春からレコーディングスタジオでバイトしていたんです」
「へー」
「そしてそのスタジオで偶然KARIONは毎回レコーディングをしているんです」
「なるほど。いくらアーティスト専属契約してても、録音エンジニアは関係無いね」
「第2の理由ですが、これが私の専属契約書です」
と言って書類を町添さんに見せる。
「この契約書は歌手としての活動に関する専属事項しか書かれていないんですよね。ですから、作詞作曲編曲などの作業はこの契約書に拘束されません」
「ほんとだ。多分そういう活動をすることを想定してなかったんだろうな」
「この契約書、歌を歌うのでなければ、楽器弾いてもいいのではなかろうか、などとも話していたのですが、部長はどう思われますか?」
「うーん。。。微妙かな。あれ?この契約書はローズ+リリーの名前では勝手に活動してはいけないとしか書いてないね」
と町添さん。
「そうなんですよね〜。だから違う名前でなら何でもし放題かも知れないです」
「ああ。。。それは実際そういう形で複数の名義を使い分けて活動している人はいるよ。特に作曲家には」
「ええ。でも今は取り敢えず、そこまでは控えておきます」
「しかしこの契約書は穴だらけだな。なんでこんな契約書になってるんだ?」
と町添さん。
「元々期間限定のユニットの予定だったから、適当だったのではないかと。リリーフラワーズというユニットのスケジュールの穴を埋めるための臨時編成ユニットの予定だったので、元々決まっていたスケジュールを消化したあとは特に営業したりもせず、どこかから声が掛かったら出ていく、程度の雰囲気でしたので。最初から大々的に売り出すみたいな話だったら、私も∴∴ミュージックさんとの関係があるからお断りしていました」
「ああ・・・」
「そして最大の問題なのですが」
「うん」
「この契約書には私の両親の署名捺印がありません」
「何!?」
と町添さんは叫んですぐに
「じゃ、この契約書、そもそも無効じゃん!」
と言った。
「そうなんですよね〜。それで私もマリも実はそれぞれ別の理由で、どうしても親の承諾が得られない状況にあるのですよ。まあそのそもそも私が芸能活動について親の承諾が得られない状況だったからこそ、∴∴ミュージックさんとも契約をしていなかった訳で」
「あぁ・・・・」
「それでローズ+リリーの芸能契約は、親の署名捺印を求めないまま、作業が途中で止まっているんです」
「うーん・・・」
「それに実は私、もともとKARIONの4人目のメンバーなんです」
「へ?」
それについては和泉が説明する。
「KARION結成の時に、私、ケイを誘ったのですけど、ある事情で自分が参加したら絶対に迷惑掛けるから、遠慮させてと言うものですから」
「その問題プラス親の承認問題だけどね」とボク。
「でも私にしても畠山社長にしても、ケイというか「らんこ」(蘭子)とこちらでは呼んでるんですが、らんこ も KARION のひとりという意識があったので、それゆえに KARION という名前を決めました。カリオンって、4個セットの鐘という意味なんです」
と和泉。
「なんと・・・」
「私たちの名前が《いづみ・みそら》は尻取りになってるけど《こかぜ》は他とつながってない、なんて言う人もありましたが、実は《らんこ・こかぜ》というつながりで4人つながってるんですよね」
「おぉ!」
「ですから私はKARIONのこれまでの全てのレコーディングに参加してます」とボク。
「うっそー!?」
「KARIONのコーラス隊は不定で、毎回違うメンツでレコーディングしているのですが、らんこ は必ずコーラス隊に入っています」と和泉。
「へー」
「それと KARIONのバックバンドの正キーボード奏者も らんこ です」
「ほほぉ。そういえば travelling bells にはキーボードがいないもんなあ」
「ええ。ギター、ベース、ドラムス、グロッケン、サックス、トランペットですから。世間的にはグロッケンがキーボード代わりなのだろうと思われているようですが」
と和泉。
「うんうん。ボクもそう思ってた」
「そういう訳で私はKARIONには深く関わっていたのですが、ちょっと私の個人的な事情と、それから親がどう考えても芸能活動を認めてくれるとは思えないというのがあって、∴∴ミュージックさんとは、正式な契約を結ばないままやってきたのですが、ローズ+リリーの方は、ちょっと成り行きで、契約書にサインすることになっちゃって」
とボクは状況を説明する。
「ああ」
「元々8月いっぱいの限定ユニットという話だったので、まあ仕方無いかなと思っていたのですが、あれよあれよという間に活動期間が延長になり、メジャーデビューということになって、私自身、どうしよう?という感じでした」
「でも僕は君とマリちゃんのペアをメジャーに欲しい」
と町添さん。
「ありがとうございます」
「私もね、ローズ+リリーの音聞きましたけど、あれは捨てがたいですよ。うちがマリちゃんごと欲しいくらいです」
と畠山さん。
「さすがにこの有望株の移籍は難しいでしょうね」
と町添さん。
「でも昔、ある人気バンドのマネージャーさんから言われたことあるんですよ。私と蘭子って、一緒に売り出すのはもったいないって」と和泉。
「へー」
「ああ。サの人だよね」とボク。
「うんうん」と言って和泉は笑顔になる。
「結局、あの人の言葉通り、バラ売りになっちゃったのかな、とも思ったりしました」
「しかし参ったな」
と町添さんは言う。
「こちらもまだ直接マリちゃんケイちゃんとは契約を結んでなかったからね。CDの発売が先行してしまったから、契約は追ってしましょうということになったまま、そちらの作業が全然進行していない・・・けど、芸能契約が正式にできない状況なら、レコード会社との正式契約も無理だよね?」
「済みません」
(結局★★レコードとの契約は2009年1月に行われた。『甘い蜜』の販売をボクの父と政子の父が承諾してくれた時に、1年限定の条件付きで、★★レコードとの契約が結ばれたのである。その契約は2009年12月で切れたのだが、★★レコードはその後もローズ+リリーのアーティストページ(2008年9月に設置)を削除せず、その件に関してうちの親も政子の親もクレームを入れなかったので、ボクたちのページはずっと曖昧な状態で存在し続けた)
「でもこの後、ケイちゃんは、どういう形でKARIONと関わっていきたいの?」
と町添さん。
「今回は契約書の有効期間前というのを利用して音源制作しましたが、次回からは難しいと思うのですよね。それで作曲だけの参加にならざるを得ないかと思っています」とボク。
「うん。それは可能だと思う。というか水沢歌月もどうあっても欲しい。森之和泉&水沢歌月の曲は、たぶん今後のKARIONの中核になるよ」
と町添さんも言う。
実際には、次のKARIONのシングル用の楽曲制作は10月から11月に掛けてボクと和泉とのメールのやりとりを通じて行われたのだが、11月など両方ともライブツアーをやっていたので「遠距離共作」をした。そして、実はボクは結果的にまた音源制作にも参加することになってしまうが、そのことは別の物語で書く。
なお、この料亭で4人が会った日は、町添さんにとっては水沢歌月がボクであったという驚きに加えて、ローズ+リリーの契約が実はやばい!というショックまであったことから、なぜボクがKARIONに参加しなかったのかという理由を尋ねるところまで、さすがの町添さんの頭も付いていかなかったようであった。
ボクは尋ねられたら、自分の性別問題をここでカムアウトするつもりだったのだが、結局町添さんは12月になってから、全国民と一緒に報道でそのことを知ることになる。
そういう訳で10〜12月のボクは、朝から夕方近くまで補習で鍛えられる高校生、ローズ+リリーの片割れ、KARIONの実質的な準メンバー、そして政子の御飯を作る係!! という1人4役をしていたのである。
(8月頃まではボクに教えられて自分で料理をしていた政子は、9月の半ば頃以降、ローズ+リリーで忙しくなっていったことから、料理に関してはボクにほぼ全面的に頼るようになってしまったのである)
和泉たちと一緒に町添さんと料亭で会った翌々日、ボクはまたまた町添さんと会食することになるのだが、今度の場所は都心から大きく外れた所にある小さなしゃぶしゃぶ屋さんだった。町添さんはこのしゃぶしゃぶ屋さんをその日貸切りにして会食に利用した。ここの店主さんは町添さんの元同級生ということで、信頼のおける店だということだった。
会食に参加したのは、ボクと政子、須藤さん、そして上島先生と下川先生である。これがボクたちと上島先生たちとの初めての対面になった。津田社長も出る予定が、その日行われていた所属アーティストのライブでトラブルがありそちらに駆けつけることになって欠席になった。
都心から大きく離れた場所になったのは、多忙な上島先生が御自宅からそう遠くない場所を選んだためであったが、ここは結果的にボクや政子にとってもあまり自宅から遠くないので、ボクらの帰宅の面も助かった。
ちなみに上島先生の御自宅に行かず、外部のお店を使ったのは、先生の御自宅に行くと、確実に徹夜になるので、それは高校生のボクと政子には酷だということで町添さんが配慮してくれたのだということを後から知った。お店で会食すれば、営業時間終了(21時)で確実に帰れるのである。
「お初にお目に掛かります」
などと儀礼的な挨拶を交わした後、ボクと政子は
「結婚式の披露宴にご招待頂いていたのに、お伺いできず申し訳ありませんでした」
と詫びた。
上島先生はその月に元アイドル歌手の春風アルトさんと結婚したのだが、ボクたちはその披露宴に招かれていたものの、その日北陸でキャンペーンをやっていたので、出席できなかったのである。それで津田社長がマリとケイふたり分のご祝儀を持って代理出席してきていた。
「いや、こちらこそ御祝儀ありがとう」
と答える上島先生は、テレビで何度か見たことのあるのより若い感じ。30歳のはずだが、まだ25〜26歳にも見えて「男の子」の雰囲気を残していた。ちなみにボクとマリの名義で先生に渡した御祝儀は90万円ずつらしい。津田社長からは別に君たちに請求したりはしないからと言われたが、そんなの請求されても払えない!
ひと通りの挨拶が終わり、さて、という時に須藤さんの携帯のバイブがなる。
「すみません、失礼します」
と言って席を立ち、部屋の外で話していたが・・・・
「たいへん申し訳ありません。放送局から呼ばれていまして」と須藤さん。
「ああ、行ってらっしゃい」
と町添さんが言うので、須藤さんは行ってしまう。
ということで、部屋には、ボクと政子、上島先生と下川先生、町添さんの5人だけが残された。
その時、上島先生は言った。
「マリちゃんって、天才だね。見た瞬間感じ取った」
すると、政子は笑顔で
「はい、私は天才です」
と答える。
「いい反応だね」と下川先生が笑顔で言う。
「ケイちゃんは嘘つきでしょ」と続けて上島先生は言う。
「はい、友だちからよく言われます」とボクもにこやかに言う。
「凄いハッタリ屋さん。出来もしないことを勢いで言うけど、やらせるとちゃんとやっちゃうタイプ。影で物凄く努力する人。だから嘘が破綻しない。天性の法螺吹きだね」
と上島先生は楽しそうに言う。
「そうですね。中学の時、友人から法螺貝プレゼントされたので頑張って吹けるようになりました」とボクは答えた。
「上島先生、このふたりが気に入りましたね?」と町添さん。
「うん。大好き。ふたりまとめて僕のベッドに招待したいくらいだね」
などと先生が言うので、ボクは
「それは残念でした。マリはレスビアンなので、男性には興味が無いようです」
と言う。
「じゃ、ケイちゃんは?」
「私は、マリにぞっこんですから、他の男性にも女性にも目が向きません」
とボクは言った。
「レスビアンで女性デュオならタトゥーみたいだね」と下川先生。
「先日のミニライブでアンコールされたのでt.A.T.uの All the things she saidを歌って、ついでに本家にならってステージでキスしたら、後で叱られました」
「まあタトゥーのレスビアンは演出だったけどね」
「はい、私たちのレスビアンも演出です」
「やはり、ケイちゃんは嘘つきだ」
「ケイの嘘つきは凄いですよ」と政子。
「だって、こうしていると、まるで17歳の可愛い女子高生みたいなのに、本当はそもそも男ですからね」
と言っちゃう。
一瞬一同がどう反応してよいのか戸惑うような空気があった。そこでボクは言う。
「マリはこんな感じで、どうフォローしていいか分からないことを唐突に言う天才でもあるんです」
「確かに僕も何て言おうか今悩んだ」と下川さん。
「男の子がここまで女子高生を装えたら、それはまた凄いけどね」
と町添さん。
゛
ただ、上島先生だけが、ちょっと考えるような仕草をしたのが気になった。
「でもどうして先生は無名の私たちに曲を書いてくださったんですか?」
と少し食事が進んでからボクは訊いてみた。
「ああ、それはね、★★レコードの廊下で浦中さんと遭遇したからなんだよ」
「はあ」
「浦中さんが、今度ローズ+リリーという女子高生のデュオを売り出すんだけど何かいい曲ないですかね? と言ったんで、僕が『じゃ何か書きましょう』と答えて、それでその晩書いた」
と上島先生。
「あのぉ・・・浦中部長から依頼があれば即書いてくださるのでしょうか?」
「この手のはただの外交辞令だよね、普通は」と町添さん。
「まあ、たまたま気が向いたからね」と先生。
「でも、気まぐれで書いてくださったにしては、物凄く力(りき)の入った作品で私はびっくりしました」
「ああ、それはね。ジャケットに写ったふたりの写真を見ていて、この子たちはボクのライバルになると確信したから」
「ライバル・・・ですか!?」
「君たちの書いた『遙かな夢』を見て、そのことを再度確信したよ」
「良い評価、ありがとうございます」
「町添さん、このふたりを★★レコードから逃したりしたら、町添さんの首が飛ぶよ。この子たち、数年後には★★レコードの屋台骨を支えるソングライターになるから」
と上島先生は言うが
「先生もそう思われますか? 実は数日前、僕もそれを確信したのですよ」
と町添さんは言った。
数日前って、水沢歌月の件だろうな。あはは。
「写真を見て、それを感じ取ったから、僕はライバルへのはなむけにあの曲を書いたの。こちらも真剣勝負。だからね、マリちゃん、ケイちゃん」
「はい」
「僕を追い抜く作品を書けるように頑張りなさい。僕もやすやすとは負けないつもりだけどね」
「頑張ります」
とボクたちは答えた。
「ただね」と上島先生は続ける。
「君たちにライバルがいるとしたら、多分森之和泉&水沢歌月。あのペアも強力だよ。作品を聴いてボクは武者震いしたから」
「誰それ?」と政子が訊く。
「KARIONの新譜で曲を書いてたソングライトペアだよ」
とボクは説明する。
「ふーん。でも多分私の敵じゃないな。私天才だから負けないもん」
と政子は言う。
上島先生も町添部長も笑顔で頷いている。
「だけど、マリちゃんもケイちゃんも、変に謙遜せず、堂々と自己アピールするね」
と下川先生。
「すみません。私もマリも謙遜とか遠慮というのを知りませんので」と私。
「うん。それがこの子たちのスター性だと思うんだよ」と町添さん。
「この世界では、謙遜したりする子は絶対に大成しないから。自分がいちばんです、と何の迷いも無く言えるような子だけが、スポットライトを浴びる権利を持つんだ」
と町添さんは持論を語る。
「今回のCDでマリちゃんとケイちゃんの作品『遙かな夢』はCDの最後に置かれていて、いちばん下みたいな扱いだったけど、次回からはボクの作品と並べて両A面にするといいよ」
と上島先生は言う。
「実際個別ダウンロードは先生の曲とマリちゃん・ケイちゃんの曲、2曲に集中しています。他の3曲はほとんど落とされていません」
と町添さん。
「カバー曲でアルバムを埋めるのは古い手法だよね。あの構成は浦中さんの考えかな?」と下川さん。
「ああ、昔のアイドルのアルバムにはよくありましたね」と町添さん。
その夜のボクたちの話は、音楽論、作曲論から、susコード論、またスターの条件、ヒットする曲が最低持っている条件などといった、けっこう硬い話が多かった。マリは時々唐突に扱いに困る発言をするものの、それ以外は黙々食べていた。しゃぶしゃぶのお皿が10分単位で空になるので、既に10回ほどお代わりしている。
「ふと今気付いたけど、マリちゃんよく食べるね」
と下川先生。
「ああ。マリをもし食事の量が決まっているタイプの所に連れていく場合は、3人前くらい確保してあげてください」
とボクは笑いながら言った。
「私、そんなに食べるかな?」
「あ、ごめんね。6人前くらい必要だった?」
などと言っていた時、ドアが開いて「よっ」という声がする。
「モーリーさん・・・?」
とボクは戸惑いながら声を出す。なぜこの人がこんな所に・・・・
ところがモーリーさんはボクに向かって軽くウィンクすると唇に立てた指を当て「シー」とするような仕草をした。ボクとモーリーさんのことは言うなということだろう。
「これはこれは、雨宮先生」
と町添さんがにこやかに応対する。
雨宮?? 上島先生が何だか親しげな雰囲気だし・・・・と考える。
あ・・・・・
この人って、雨宮三森?? 元ワンティスの!?
そうだった。雨宮三森のワンティス時代のニックネームは「モーリー」だった。なぜ今まで気付かなかったんだろう! えーーー? じゃモーリーさんって男の人だったの!?うっそー!! だってだって、おっぱいあったのに!!!
「なんか凄い有望な新人女性歌手デュオと一緒に御飯食べてるというからさ、私も混ぜて欲しいなと思ってやってきたのよ」
と雨宮先生。
「ええ。この子たち、きっとビッグスターになりますよ」
と町添さん。
「ふーん。君たちが?」
と雨宮先生は興味津々という笑顔でこちらを見る。
ボクは政子の背中を叩き促して挨拶する。
「おはようございます。ローズ+リリーです。よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
と言って、雨宮先生はボクにウィンクした。
取り敢えずその日の会食は雨宮先生の乱入で、21時で終わる予定が23時まで掛かり、ボクは慌てて母に途中で電話を入れたのであった。(町添さんが出て母に丁寧に説明してくれたので母は納得してくれた。レコード会社の取締役ということで、ボクが以前バイトしていたスタジオの関連だろうと思ってくれたようであった。ただ町添さんがボクのことを「お嬢さん」と言ったのにはギャッと思ったが・・・)
そして、しゃぶしゃぶの皿は30皿ほど消えて行った。
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【夏の日の想い出・多忙な女子高生】(2)