【夏の日の想い出・ボクたちの秘め事】(1)

Before前頁次頁After時間索引目次

 
これはボクと政子がローズ+リリーとして活動していた高2の2学期の時の物語である。
 
ボクたちは最初『明るい水』というCDをインディーズで出したのだが、ちょっとした偶然から、売れっ子作曲家・上島雷太先生から楽曲を提供してもらい、おかげでその曲を収録したCDを★★レコードから発売することになった。この曲が思った以上に売れたので、ボクたちは全国キャンペーンをすることになった。
 
ボクたちのローズ+リリーの活動は、基本的に学業に支障が出ないように放課後と土日祝日限定ということになっていたが、この時期、その放課後と土日にしばしば殺人的なスケジュールが組まれていた。学校の授業が終わってから、須藤さんに連れられてCDショップや放送局に行ってミニライブをしたり、あるいはラジオ番組でトークをしたりしていた。どうすると午後4時頃から8時頃までの間に5-6箇所、分刻みのスケジュールで動き回っていた。
 
今回のキャンペーンは10月の4週間、土日フル稼働であった。キャンペーン初日は車に乗せられ関東周辺をたくさん(もう回った数は数えていられなかった)回ったのだが、たくさん歌ってたくさんサインと握手をしてボクはもう、女の子の姿で人と接することに、完璧に抵抗が無くなってしまった。
 
翌日は朝から新幹線で大阪に行き、大阪・神戸・京都などの放送局やCDショップを駆け巡り、夕方また新幹線で帰還した。ボクも政子も帰りの新幹線ではひたすら寝ていた。
 
この時期、ボクも政子もそろそろ勉強にけっこうな時間を使わなければならなくなってきつつあったのだが、須藤さんはボクたちを原則として21時、遅くても22時までには各々の自宅に送り届けるよう(時には結構なお金を使っても)してくれていたので、ボクにしても政子にしても帰宅後少し休んだりお風呂に入ったりした後、だいたい23時頃から夜1時くらいまで、宿題をしたり、自主的に問題集を解いたりしていた。その時、ボクたちは携帯に電話をして、お互いハンズフリーで、つなぎっぱなしにした状態で勉強していた。
 
政子は「寂しいから歌を歌って」というので、ボクは半ば自動歌唱モードで、様々な歌を歌った。そして政子は何か分からない所があるとボクに質問してきたので丁寧に教えてあげた。それで政子は授業中に当てられてもしっかり答えることが多くなり、また最近はちゃんと宿題もしているなどといって褒められていた。(政子は1年の時は宿題などやっていったことが無かったらしい)8月の模試こそ偏差値48で平均点に届かなかったものの、10月の実力テストでは初めて学年平均を上回る成績を出して、お母さんから電話で褒められたと言っていた。
 

10月8日(水)。昼休みに図書館で歴史の本を見ていたら、政子がやってきて突然「ハッピーバースデイ」と言った。
 
「ありがとう。覚えてくれてたんだ」とボクは笑顔で答える。
「実は昨日まで忘れてたけど、今朝携帯のアラームが鳴ったので思い出した」
「文明の利器は素晴らしいね」
「今夜さ、お誕生日お祝いするのに、冬のおうちに寄っていい?今日はうまい具合にお仕事もお休みだしね」
「うん。いいよ。お母さんにも言っておく。でもほんとに久しぶりのオフだよね」
 
「そうなのよね。最近ふたりで忙しく動き回るのに慣れちゃったから、昨日の夜までは明日どうしよう?なんて思ってたんだけど、おかげで寂しくない夜が過ごせる」
「寂しいと思った日は呼んでよ。おしゃべりの相手くらいしに行くから」
「うん。そうしようかなぁ。ついでに冷凍室のストック作ってもらおう」
「いいよ」
 
9月頃から、ボクは政子の家に行くと冷凍野菜だけではなく、シチューとかカレーとかロールキャベツとかハンバーグとかの冷凍まで作っていた。夜遅く帰ってきた時など、さすがの政子も御飯を作る気力が無いものの、インスタント食品など食べていてはお母さんから叱られるということだったので、ボクが作っておいたシチューとかをそのままチンすれば、一応まともな食事が取れるという状態にしてあげたのである。
 
10月に入ってからは、なかなか政子の家に行く時間も取れないので、自宅で作ってドライアイスを入れたクーラーボックスに詰めて、週に2回、学校で渡していた。しかしボク自身もなかなか買い物にいく時間が取れなかったので、母にその買物を頼んでいた。母は「ふーん。あんた彼氏できたの?」などと言っていた。
 

図書館で少し話した後、ボクは政子と一緒に校舎に戻った。職員室の表に置いてあるピンク電話で自宅に掛けて、母に
「今日、友だちが誕生日お祝いに来てくれるから、少し多めに御飯作ってくれる?」
と言った。
 
「あら、珍しいわね。何人?」
「ひとり。でも。凄くよく食べる子だから3人くらい来る感じで頼める?」
「OK。もしかしてこないだから御飯作ってあげてた子?」
「うん」
「ふふふ。じゃ、たくさん作っておくね」
 
電話を切ると政子が「私3人分も食べるかなあ」などというので
「5人分くらいって言った方が良かった?」と言うと、政子は笑っていた。
 
ちょうどそこに琴絵が通りかかる。
「お、楽しそう。おふたりさん、頑張ってね−」
と笑顔で言って、手を振って、通り過ぎていった。
 

学校が終わってから政子を連れて家に帰ると、母が驚いた。
 
「お友だちって女の子だったの!?」
「あ、どうも。お邪魔します」
「いや、たくさん食べる子というから、てっきり男の子かと・・・」
「すみません。私、第2のギャル曽根って友だちから言われてます」
「うんうん、いいのよ。いらっしゃい」
と母は政子を歓迎する。
 
「でもやはり冬彦が男の子の友だちを連れてくる訳無かったわ」
「ボク、男の子の友だちなんていないよ」
「だよねー。友だち連れてきたのも中学の時、貞子ちゃん連れてきて以来かな」
「貞子とは高校が違っちゃったからね。でも年に何度か会ってるよ」
「へー」
 
学校からの帰りがけに、途中のケーキ屋さんで政子が買ってくれたケーキをみんな(父はまだなので、ボクと母と姉)で食べ、母が作ってくれていた料理を出してきた。
 
「鶏の唐揚げ作ろうかと思ったんだけど、私揚げきれないから。取り敢えず鶏肉を切るところまではしたんだけど」
「あ、ボクが揚げるよ」
と言って、少し食べたところで、ボクは台所に行って揚げ始める。と政子も来て「手伝う」と言って、一緒に揚げ始めた。
 
「私もふたりのそばにいよっと」と言って姉も台所に来たので、母もやってきて結局4人で唐揚げを作りながら会話することになった。揚がったのをその場でどんどん食べて行く。
 
「あら、それじゃ政子さん、ひとり暮らしなの?」
「ええ。それで私この春まで料理なんて作ったこと無かったから、冬ちゃんにかなり助けてもらってます。こないだからは料理の冷凍をだいぶ作ってもらっているし」
「ああ、あれも政子さんに渡してたのね。てっきり私、冬彦に彼氏ができて、彼氏に御飯作ってあげてるのかと」
「男の子と恋愛するつもりは無いけどなあ・・・」
 
「今やってる設営のバイト、政子と一緒になる日が多いんだよね。特に今月と来月は忙しくなりそうでさ。お買い物に行く時間もないもんだから、それでお母ちゃんに買い物まで頼んでたんだよね」
「なるほど、そういうことだったのね」
「まともなもの食べてなかったら、両親のいるタイに召喚されることになっているので、私。でも受検勉強頑張りたいから、日本に留まりたいんですよね。冬ちゃんに作ってもらってる冷凍ストック、ほんとに助かってます」
 
「実際、政子、かなり成績上げたよ。1年生の時は大学行く気無いよね?って感じの成績だったというか、赤点ぎりぎりだったのに、先週の実力テストでは400人中の180位まで上がってきたからね」
「すごい。頑張ってるわね」
「ボクもだけど、今のバイトしてて、使える時間は少なくなってるけど、結局短時間に集中して勉強する癖が付いて、成績上げてる感じ」
「そうなのよね。だから私も認めてあげてるんだけどね」と母。
 
「夜中11時から1時くらいまで、冬ちゃんと携帯をつないだまま一緒に勉強してるんです。一人暮らしで夜中ってけっこう寂しいもんだから、冬ちゃんに歌を歌ってもらってて」
「ああ、それでいつも歌ってるんだ!」と母。
「冬彦、かなり裏声で歌ってるよね。それも凄くきれいに出てる。最初女の子が歌ってるのかと思った」と姉。
「あれは宴会芸で」とボクは笑いながら言った。「1年生の時の音楽の時間にもバス・テノール・アルト・ソプラノ、全パート歌ってたよ」
 
このボクのソプラノボイスは翌年発売された『甘い蜜』で一般の人には公開されることになる。
 

11日から13日の連休では、初日は飛行機で高松に入り、岡山・広島と移動して広島空港から帰還。2日目は新幹線で新潟に入り、富山・金沢と移動して小松空港から帰還。3日目は新幹線で仙台・八戸と移動して夕方青森空港から帰還した。この間、実は2日目に北陸を移動していた日、上島先生が東京で以前から交際していた元アイドル歌手の春風アルトさんと結婚式を挙げたので、ボクたちは『ローズ+リリー』の名前で祝電を打っておいた。(披露宴には津田社長が代理で出席して、ローズ+リリー名義で○十万とかの御祝儀を包んだらしい)
 
しかしここまではとにかく遠方まで行っても、毎日東京に帰還していた。それがキャンペーン最後の週には、とうとう泊まりが発生した。
 
「じゃ今日は泊まりなの?」と母から訊かれた。
「うん。会場が大きくて設営の仕事が遅くまで掛かるから、東京まで戻ってこれないんだよね。ごめん」
 
「バイト本当に忙しくやってるけど体力大丈夫?」
「うん。来週は今の所休める予定だし」
「あまり無理しないのよ」
と母はほんとうに心配するように言った。
 
朝、羽田空港で落ち合ったボクと政子はお互いの顔を見てため息を付いた。
 
「今日明日の予定って凄いね」
「ほんと。スケジュール表見て絶句した」
 
その日渡されたスケジュール表では、羽田空港→新千歳空港→札幌市内(3)→新千歳空港→福岡空港→福岡市内(3)→新幹線→北九州市内(2)→新幹線→神戸(泊)と書かれていた。ちなみに明日の予定には、神戸(2)・大阪(4)・京都(2)・名古屋(2)→新幹線で帰還 と書かれている。括弧内の数字の意味はあまり考えたくなかった。
 
「1日で札幌と福岡に行くって、まるでアイドル並みだね」
「もしかして私たちアイドルだったりして」
「あはは・・・」
 
やがて須藤さんが来て、飛行機に乗り込む。飛行機に乗る時、ボクたちは大抵須藤さん・ボク・政子の順に座っていた。その日の新千歳行きのジャンボにも窓際の席に政子が座り、通路側に須藤さんが座って、その間にボクが座っていた。須藤さんはよくしゃべっていた。ボクたちはその話を聞きながらけっこう、うとうととしていた。
 
新千歳で降りて車で札幌郊外のショッピングモールに行きミニライブをする。サイン会をしてファンの人たちと握手をする。終わるとすぐに移動してまた別の所で歌う。景色などを楽しむ余裕もなく、ボクたちはとにかく目の前にあることをひとつずつこなして行っていた。
 
サインを書く時、列がボクの前と政子の前に半分くらいずつ並んでいるので、まず相手の名前を訊いて、訊いた側が「○○さんへ」というのを書き、ボクは「Rose」の部分、政子が「Lily」の部分まで書いて色紙を交換し、残りと「+」
をもうひとりが書く、というようにしていた。ひとりでいる時にサインを求められた場合は、ひとりで全部書くので、ローズ+リリーのサインにはひとりで書いたもの(ケイ版とマリ版)とふたりで書いたものが存在するのだが、ボクたちはほとんど同じ筆跡・筆圧で書いていたので、3種類を見分けるのはかなり困難である。「『何でも鑑定団』の先生くらいにしか区別は付かないかもね」などとボクたちはよく話していた。
 
「でも須藤さん、こういうのに慣れてるみたい」
「そうだね。分刻みのスケジュールで動くのは若い頃かなり経験したんだよね」
「へー」
「自分の現役時代も、マネージャー業に転向してからもね。昔大手のプロダクションにいたことあるから」
と言ったが、当時は須藤さんもボクたちにあまり詳しいことは言わなかったし、またボクたちも自分達のことで精一杯で、特に昔の話を聞こうともしなかった。
 
札幌市内のFM局に行って10分ほどDJさんとトークをすると、そのまま車で新千歳に戻り、福岡行きの飛行機に乗る。ボクたちは機内でひたすら寝ていた。
 
福岡空港に降りると地下鉄で天神に出て、デパートの入口のところでライブをする。ここは凄い人通りのあるところで注目する人が多かった。そこでサイン会をした後、近くのCDショップに移動してそこのステージでまたミニライブとサイン会。それが終わると博多駅に移動して、ここでまたライブ。
 
そのあと新幹線で小倉に移動し、駅構内のイベントスペースでライブとサイン会をしてから、電車で黒崎に行って、ここでまたライブ。終わったのが20時であった。さすがに疲れた。ボクたちは小倉駅に戻るとそのまま新幹線に乗り込みまたまたひたすら寝た。
 
この日は朝食は新千歳行きの機内、昼食は福岡行きの機内、夕食は新幹線に乗り込んでから、だったのだが、あまりのハードスケジュールでくたくたになっていて、ほとんど入らなかった。
 
新神戸に着いて、ホテルに入って、とにかくベッドに倒れ込むようにして寝た。かなり寝たところで、携帯に着信があって、ボクは目を覚ました。隣室にいる政子からだった。
 
「ねえ。今になっておなか空いたんだけど、ひとりで買い物に行くのはちょっと怖くて」
「ボクもおなか空いた。一緒にコンビニにでも行こうよ」
「うん」
 
ボクたちは軽く身支度をして部屋の外に出て落ち合うと、一緒にホテルの外に出た。携帯のGPSナビのおかげで近くにコンビニがあるのは分かる。ナビをonにしたまま、ボクたちは歩いて行った。
 
「でも冬も女の子の服で出歩くのには完全に慣れたね」
「さすがに慣れた」
「もう学校にも女の子の服で出て行っていいんじゃない?」
「そそのかさないで。ほんとに出て行きたくなるから」
「出て行けばいいのに」
 
コンビニでおにぎりやスパゲティ、飲み物やおやつ、フライドチキンやおでんなどを買って帰った。
 
「どちらかの部屋で一緒に食べようよ」
「うん。ひとりでは寂しいなと思ってた」
「ほんと。今度からは一緒の部屋にしてもらえないかな」
「そうだね・・・・」
 

取り敢えず、ボクの部屋のほうに一緒に入った。
 
「ほんと今日は疲れた!」
と言って、一緒におにぎりを食べ、スパゲティも分け合って食べた。ひとつの皿からふたりで食べるのはボクたちは平気だ。
 
「昔こんな話をきいたことがあるの」
と言って政子が語り始めた。
 
「ひとりの女の人が占い師のおばあさんの所に来て、自分が彼氏を好きなのかどうかが分からなくなったと言うの。それで占い師のおばあさんはその件について占ったりせずにこう言ったの」
「うん」
 
「彼氏の歯ブラシを使うことができますか?もし使えると思ったらあなたは彼を愛してますって」
「へー」
「その女の人は彼の歯ブラシを使えないと思ったので、自分はもう彼を愛してないんだと気付いたと」
「ふーん」
 
「私この話聞いた時、そんな他人の歯ブラシなんか使えるわけ無いと思ったんだよね」
「でもボクそれ分かるよ」
「うん。私も今なら分かる。いつもHしている彼の歯ブラシだったら、私平気で使えると思うもん。だって、愛し合ってたら歯ブラシどころか、相手の全てをそのまま受け入れられるもん」
 
「でもさ。それって多分愛しているということの充分条件じゃない気がする」
政子も頷いた。
「これ、必要条件だよね。彼の歯ブラシを使えないというのなら、たぶんもう気持ちは冷めてる。でも、歯ブラシを使えるからといって愛してるとは限らないと思う」
「ボクもそう思う」
 
「こないだ唐突にこれ思い出してさ。私、啓介を愛してたのかなって考えてみたんだけど」
「うん」
「たぶん、愛してたのは最初の頃だけだったかもと思った」
「マーサ、1年生の5月頃にはもう何だか冷めてた感じだったよ」
 
「そうなのよねー。中学の時は学校も違ってたから、なかなか会えなかったし、テンション高かったんだけど、同じ高校になってみて、毎日会えるようになったら微妙になっちゃった」
「その時点で別れれば良かったのに」
「うん。結局、私惰性で付き合ってたのかも」
「だいたい愛してるのにセックス嫌だとか、それ自体がおかしいよ」
 
「いや、それは啓介でなくてもそうかも」
「基本的に男嫌いなのか・・・・」
「そうかもね。それでさ」
「うん」
「私ね。冬が使った歯ブラシ使える気がするんだよね」
「・・・ボクもマーサが使った歯ブラシ使えるよ、たぶん」
「私たちもしかして恋人?」
「たぶん・・・・恋人以上に心の距離が近いんだと思う。歯ブラシ使えるって、愛してるかより、お互いを許し合ってるってことでしょ?」
 
「そうか!ああ、なんかそう考えたほうがすっきりする」
 
「ボク、マーサのこと好きだよ。友だちとしてだけど」
「私も冬のこと好き。でも恋人とはちょっと違う感じなんだけどね」
 
「だから、ボクたちは、お互いが大好きな大親友でいいんじゃない?」
「そうだよね」
 
ボクたちは微笑みあって、そして唇にキスした。
 
「唇にキスしたの3回目だね」
「頬とか額とかにはよくキスしてるけどね」
「なぜかその場面を山城さんに目撃される」
「不思議だよね。高確率で目撃されてる気がする」
「きっとボクたちがかなり高頻度でキスしあってると思ってるよ、彼女」
 
「でもさ・・・これからは私たちキスする時は唇を基本にしない?」
「いいよ。そうしよう。やはり唇でキスするのがいちばん気持ちが落ち着く」
「そうなのよ!」
 
ボクたちはその晩かなり長時間話し込んでいた。ボクたちは勉強もしなければならないので、人心地付いたところで勉強道具を出して、一緒に問題集をしながら、更におしゃべりを続けた。話しているうちに疲れが取れていくのを感じた。
 
「そろそろ寝ようか」と政子はシャーペンを置いて言った。
「うん。おやすみ」とボク。
「ね・・・この部屋で寝ていい?」
「一緒に寝るの?」
「うん。くっついて寝たい。私、寂しがり屋なの」
「前にもいちど一緒に寝たね」
「うん。何も起きなかったけどね」
「そうだね。結果的には」
 
ボクは政子の唇にキスをした。そしてボク達は微笑みあって、勉強道具を片付けると上着を脱ぎ、ホテルのガウンを着て、一緒にベッドの中に入った。
 
「じゃ、灯りを消すよ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
 

夜中ふと目を覚ました。またいじられてる!
 
「あれ?起きちゃった?」
「うん。まあ、それだけいじられたらね」
「私も少し寝てたんだけどね。眼を覚まして手を伸ばしたら、そこにこれがあったから」
「まあいいけどね。ボクのはいつでも触っていいよ」
「ほんと?じゃ、たっぷり触っちゃおう。あ、私のも触っていいよ」
「遠慮しとくよ」
 
「遠慮しなくていいのに。そうだ。冬がいつも持ってるそのバッグさ」
「うん」
「何が入ってるの?」
「適当」
「見てもいい?」
「いいけど」
 
政子はボクのを触るのを中断してテーブルのほうに手を伸ばすと、ボクのバッグを開けて中を見始めた。テーブルの灯りを付ける。
 
「学生証、財布、ティッシュ、目薬、筆入れ、正露丸糖衣、葛根湯、バンドエイド、綿棒、口紅、ファンデ、アイカラー、チーク、アイブロー、アイライナー、ビューラー、毛抜き、手鏡、メモ帳・・・・・なんか雑然と入ってるなあ」
「整理が下手だから」
「お化粧品はまとめて小さいポーチにいれて、バッグインバッグにした方がいいよ」
「ああ、なるほど」
 
「ここのポケットにも何か入ってるのかな」
「あ・・・」
「ん? これは!」
「あぁ!」
 
ボクはそこに避妊具を1枚忍ばせていた。
 
「なあに?いつもこれ持ってるの?」
と政子は楽しそうな声で言った。
「うん。まあ」
「私とこれ使うようなことしたい?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「セックスさせてあげようか?冬とならしてもいいよ」
 
「いや、それはね」
と言ってボクは説明する。
 
「マーサに限らず、ボク友だち女の子ばかりじゃん。2人きりで会ってた時に、何かの間違いでHしようか、みたいな流れになっちゃった時、持ってないとまずいでしょ。だから念のため持ってるだけで、積極的に使いたい訳じゃないよ。これ6月にJUNO見た後、お母ちゃんとその話しててさ、ハプニング的にセックスすることになっちゃった場合に、相手を万が一にも妊娠させたりしないように、ちゃんと持ってなさいって言われて」
 
「ふーん。これ自分で買ったの?」
「うん」
「勇気あるなあ。。私、自分ちに置いてあるのは伯母さんに買ってもらったの」
「そうだったんだ」
 
「で、これ使わない?」と政子はぐいっとボクの前に顔を寄せてきて訊いた。
「使わないよ。ボク、マーサとの関係を大事にしたいから」
 
「ふふふ。でもこういう流れでも私とセックスしようとしないからこそ、きっと私、冬のこと好きなんだろうな」
「ボクたちって、多分そういう関係なんじゃないかな」
「かもねー」
 

翌朝、ボクたちが朝食に行くのに一緒に部屋から出ると、ちょうどそこにひとつ向こうの部屋から須藤さんが出て来た。
 
「あ、おはようございます」
「おはよう・・・ね、今、あんたたち一緒の部屋から出てこなかった?」
「ええ。一緒に寝たから」と政子は笑顔で言った。
「そっか・・・・」と須藤さんは考えるように言ったが、その件に関して特に注意などはしなかった。
 
ボクたちは朝食のバイキングに行くと、たっぷり食べながら、来月のツアーのことなどを話していた。
 

10月下旬の放課後。ボクが図書館の近くの芝生に置かれたペンチで少しぼーっとしていたら、琴絵が寄ってきた。
「冬、最近忙しそうね。政子も」
「あ、うん。ちょっと夏休みから始めたバイトが結構ヘビーで」
とボクはアルトボイスで答えた。最近ボクは琴絵とはいつもこの声で話していた。また、ボクたちは半月くらい前から「冬」「コト」と呼び合うようになっていた。
 
「大丈夫?」
と言いながら琴絵はそばに座る。
 
「うん。体力的に少ししんどいだけで、精神力はむしろ充実している感じだから」
とボクは微笑んで答える。
「だよね。こないだの実力テスト、33位だったっけ?」
「うん。1学期の実力テストでは50位だったから成績上がってる。政子も1学期の実力テストで320位だったのを180位まで上げてた。でもコトも順調に上げて来てるじゃん。前回40位くらいだったの、今回28位でしょ」
 
「でも次回は冬に抜かれるかも。だけど政子は元が悪すぎたからね。最初△△△を志望校にしたと聞いて、へ?と思ったもん」
「政子はタイに行きたくなくて、日本に残るのにわざと難しい所を志望校にしたんだよ。いっぱい勉強しなくちゃいけないから、日本に残るって言って」
「へー。でも一応頑張ってるんだね」
 
「成績があまり上がらなかったら、タイに召喚されることになってるから」
「じゃ、必死になるわけだ」
「政子って、だいたいいつもボーっとしてるからさ。授業中もしばしば、うわの空みたいだから。というかテストの時にも試験を放置して何か考えてたりしてたって言うし。でもやる気出したら出来る子なんだよ。本人自分は天才だって言うし」
「確かに天才だと言ってるね。でも書道部でも、けっこうどこか遠くを眺めてるよね」
 
「最近は、夜中によくお互いの携帯に電話掛けて、つないだまま一緒に勉強してるんだよね。ボクたち無料で通話できる設定にしてるから」
「おお、すごい」
「毎日1〜2時間はそうやって、一緒に勉強してるから、お互い励みになってる」
 
「1年生の頃から、冬と政子ってお似合いのカップルだって思ってたよ」
「カップルって・・・・ただの友だちなんだけど」
「へ?恋人じゃないの?」
「そのつもりは無いよ」
「うそー!?ふたり見てると恋人にしか見えないんだけど」
「そうかなぁ・・・・」
 
「そのバイト以外では政子と個人的に会ってないの?」
「こないだは一緒に町に参考書買いに行って、ファーストキッチンでおやつ食べたよ。あと週に1回くらい政子の家に行って、素材の冷凍ストック作ってあげてる。政子にやらせるとジャガイモを冷凍したり、卵を殻のまま冷凍したりして恐ろしいことになるから」
「あ、うちまで行くんだ?」
 
「うん。政子の料理の腕もだいぶ上がってきたけど、まだまだ知らずにやっちゃう失敗もあるね。調味料の入れ間違いで、この後どうしたらいいか分からない、なんて泣いて電話してきた日は行ってリカバーしてきた。その日は結局向こうに泊まっちゃったけど」
 
「泊まっちゃう?」
「泊まるのは6月頃から何度かしてるよ」
「なんか恋人どころか、もうそれ以上の関係になってない?」
「えー?コトも友だちのうちに泊まったりしない?」
「だって、それは女の子同士だから・・・・あ、そうか!冬も女の子だから、政子とは女の子同士の感覚なのか」
「うん。そうそう。政子の家にいる間はボクだいたい女の子の服着てるしね。町で政子と会って映画見たり買物したりする時も、ボクは女の子の服だよ」
琴絵は頷いた。
 
「やっと分かった。じゃ、私ふたりの関係を少し勘違いしてたのかなあ・・・・あれ?でもキスとかしてたよね?」
「キスはするよ」
「・・・・ね。泊まる時って、違う部屋だよね?」
「違う部屋、というかボクが居間で寝ることが多いけど、こないだ行った時は一緒に同じベッドで寝たよ。ってか、女の子同士で一緒に寝たりしない?」
 
「ちょっと待て。もう少し考えさせてくれ」
と琴絵は顔をしかめるようにして言った。
 

翌月の全国ツアーがまたなかなか凄かった。ボクたちは放課後は相変わらず放送局に行ったり、ライブハウスで歌ったり、またスタジオに入って年末に発売予定の次のシングル(『甘い蜜』)の録音作業をしたりしていたのだが、土日には全国各地に、まさに飛んでいってコンサートをしたのである。
 
8日(土)は横浜なので問題なかったが9日(日)は札幌なので飛行機で日帰り。15日(土)は小松まで飛行機で行って金沢公演。そのまま金沢で泊まって翌16日(日)はサンダーバードで大阪に移動し大阪公演。終了後飛行機で帰還。
 
22日(土)は飛行機で飛んでいって岡山公演。その後福岡に移動して泊まって翌日福岡公演。終了後飛行機で東京に戻ってきた後、翌日の振替休日24日は仙台公演で、これはまた飛行機で往復。最後は29日(土)が名古屋公演で新幹線日帰り。ツアー最終日の30日(日)は東京公演。
 
といった日程であった。そして実はこのツアーの最中の25日から28日までは何と学校の修学旅行(東京から新幹線往復で九州行き)が入るという、恐ろしいことになっていたのであった。「唐本冬子」名義で作ってもらったマイレージカードには先月のキャンペーンでの移動も含めてマイルがどんどん積算されていった。
 
コンサートの演目は当時は持ち歌が少なかったのでカバー曲が多かった。MCを交えて20曲歌ったが、オープニングは『ふたりの愛ランド』。続けて『遙かな夢』
を歌ってから、プリプリの『Diamonds』、JITTERIN'JINNの『夏祭り』、t.A.T.u.の『All the things she said』、と続け、真ん中付近でリリーフラワーズの曲でである『七色テントウ虫』。ラストが『その時』。アンコールが『明るい水』、セカンドアンコールはボク自身でピアノを弾きながら松田聖子の『Sweet Memories』
といったものを基本にして、日によって多少の演目を変更していたので実際に歌った曲数は30曲ほどに及ぶ。
 
この時のリハーサル・本番が全部録音されていたお陰で翌年の夏、ボクたちの休養中に、それを音源としてベスト盤が発売できたのであった。
(ベスト盤の音源は、このツアーの録音と12月のロシアフェアの録音がベース)
 
ツアーの日程では、金沢と岡山に泊まりが入るのだが、この宿泊はツアーの主催となる★★レコードの秋月さんが移動のチケットと一緒に手配してくれていた。秋月さん自身も主催者スタッフとして今回のツアーにずっと帯同してくれていた。
 
「あ、ツインなんですか?」
とボクは金沢のホテルで秋月さんに訊いた。
 
「うん。ふたり仲がいいみたいだし。若い女の子2人だからね。シングルにするよりツインにしてあげたほうが、おしゃべりとかしながら休めて、疲れが取れるかなと思ってね」
などと秋月さんは言っていた。
 
「あ、私もその方が嬉しい!」と政子。
「そうね。それもいいかもね」と須藤さんも頷いていた。
 
ツアーには他にも帯同スタッフはいたのだが、ボクと政子、須藤さん・秋月さんの4人で一緒に食事をすることが多かった。秋月さんはボクたち以外にも何組かアイドルなどの担当もしていて、そういうツアーの帯同もよくやっているらしく固有名詞を出さない範囲で、いろいろ面白い話などもしてくれて、ボクたちは楽しむことができた。特にオフレコだよと言われて聞いた「裏話」の類には「きゃー」と思わず叫びたくなるものもあった。
 
「須藤さん、この世界長いからなあ。うちの先輩にも知ってる人が随分いるもん。この世界の様々な話知ってると思うんだけど、昔のことあまり話しませんよね」
と秋月さん。
「まあ、話したくても話せないこともあるしね」と須藤さん。
 
「須藤さんがローズ+リリーをプロデュースしてると聞いて、へー、そんな会社でやってたのか。大手でバリバリやっててもおかしくない人なのに。でもさすが、大物アーティストを発掘したね、なんて言ってた人もいましたよ」
 
「大物アーティストってひょっとして私たちのこと?」
とボクと政子は顔を見合わせて言う。
「他に誰がいる?」と笑顔で秋月さん。
 
「でも須藤さんって、そんな大物プロデューサーだったんだ!」と政子。
 
「キャリアが長いだけで実績とか無いよ。実績あったら、今頃左団扇の印税生活してるって」と須藤さんは笑って言っていた。
 

食事が終わった後、ボクたちは「ちょっとコンビニまで行ってきます」と言って一緒に出かけ、コンビニでポテチやチョコ、お煎餅や飲み物、などを調達して、ホテルに戻って来た。ロビーに居た須藤さんが寄ってきて
「これ持ってて。持ってるかも知れないけど念のため」
と言って小さな箱を素早く政子が持っているエコバッグに入れた。
「了解です!」
と政子が敬礼をするような動作をする。
「一応自分達でも持ってますけど、ありがたく頂きます」
と付け加えた。須藤さんは頷いて
「若いし、好きだったら仕方ないから止めないけど、妊娠だけは絶対避けてね」
とボクの方に言う。
「はい」
とボクは素直に返事して、政子と一緒に部屋に引き上げた。
 
部屋に入ってからボクたちはキスをしてから、ベッドの縁に腰掛ける。
 
「これ、どうしようか?」と政子は避妊具の箱を指先でくるくる回す。器用だなと思ってボクはそれを見ていた。
「ボクたちには必要無い気がするけどなあ・・・・」
「取り敢えずここに置いておくね」と言って政子はテーブルの上に置いた。
「ちなみに冬も持ってる?」
「もちろん。いつもの場所に入ってるよ」
 
「よしよし。ところでさ。この2つのベッド、くっつけちゃわない?
私寝相が悪いから、くっつけてた方が落ちにくいと思うのよね」
「そうだね」
 
そんなことを言いながらボクたちは2つのベッドをくっつけた。
 
「ね、冬、先にシャワー浴びてきて。私ちょっとメールしたいから」
「うん。いいよ」
と言ってボクは浴室に入り、シャワーを浴びた。お股のテープタックを外してきれいに洗う。この時期、ボクはローズ+リリーで活動する時だけテープタックしておき、終わったら外していた。(但し学校から直接放送局などに移動するような日は、朝からタックしていた)
 
服を着て浴室から出てくると「おつかれー。じゃ私もシャワー浴びてくるね」
と言って、政子は浴室に入っていく。
 
ボクは勉強道具を出して数学の因数分解の問題に取り組んだ。政子の問題集も出ているので、きっとメールした後、ボクが浴室から出てくるまでやっていたのだろう。
 
やがて政子が出てくる・・・・が、裸だ!
 
「ね・・・目のやり場に困るから、せめてガウンでも着ない?」
「あ、汗が引いたら着るよ。でも今更じゃん。私の裸は何度も見てる癖に」
「そりゃそうだけどさ」
 
いきなり政子はボクのお股に触った。
「ふーん。タック外したのか」
「寝る時は外すよ」
「外さない日もあるのに」
「うーん。その辺は気分」
「外したってことは、男の子機能を使うよってこと?」
「使わないよ−」
「使ってもいいのに。避妊具もあるし、今晩はふたりで燃える?」
「やめとこうよ、そういうのは」
 
「ね、ベッドに入って話そうよ」
「いいけど、ガウン着ないの?」
「後で。ね。冬も服脱いじゃいなよ」
「そうだね・・・」
 
ボクは服を脱いで裸になってベッドの中に潜り込んだ。政子も隣に潜りこんでくる。むろん裸のままだ。
「えへへ。裸のお付き合いってしてみたかったの」
と言って、ボクの身体にしがみついてくる。
「今夜は裸のまま、くっついて寝ようよ」
「いいけど、危険じゃない?」
「危険物は、これかな?」
と言って、政子はそこをいきなりつかんだ。
 
「ちょっと待った。ね。一枚枕元に置いておかない?」
「やばくなったら装着できるように?」
 
「うーんと。。。むしろこうしない?ボクたち、基本的にはお友達じゃん」
「うん。それは認める」
「だから、今夜セックスはしない」
「しないの?」
「したら恋人になっちゃうと思うんだよね」
「私、恋人になってもいいけどな」
 
「もう少し、友だちのままでいない?」とボク。
「そうだなあ・・・まあいいか」
「だから1枚ここに置いておいてさ」
「恋人になってもいいと思ったら使うのね」
「そうそう。どちらにしても妊娠は避けるようにしようよ」
「そうだね。私やっぱりまだ子供育てる自信無いし」
「ボクもまだ父親になる心の準備がないよ」
 
「じゃ、こうしない?」と政子。
「ん?」
「お互いのあそこに触るの自由」
「えー?」
「刺激するのも自由」
「うーんと」
「その代わり、気持ち良くなりすぎないようにするの」と政子は言う。
「なるほど」
「気持ち良くなりすぎたら正直に自己申告して。申告されたら、刺激しているほうは一時中断する」
「いいんじゃない?」
 
「それで、もっと気持ちよくなって、もうセックスしちゃおうと思ったら開封」
「ああ」
「でもまだセックスして子供作ったりする勇気が持てないなら我慢」
 
「じゃ、コンちゃんは御守りみたいなもんだね」とボクは言った。
「うんうん。御守り」
「不用意な妊娠を避ける御守りね」
「私と冬の友情を守る御守りだよ」
「同意」
 
「じゃそれで行こう。どちらを置いておく?冬が持ってる奴?須藤さんからもらったやつ?」
「せっかくもらったし、もらったのを1枚置いておこうか」
「OK」
 
政子は須藤さんからもらった避妊具の箱から1枚取り出すと、それを枕元に置いた。そして、あらためてベッドの中に潜り込み、ボクにからだを密着させた。
 
「よーし。じゃ、冬のを刺激しちゃおう」
「じゃ、ボクもマーサのを刺激しちゃおう」
 
ボクたちは微笑むとお互いのお股に手を伸ばした。政子はボクのを握ってあれこれいじっている。ボクも政子のあのあたりを指でまさぐった。女の子の秘部なんて、触るの初めてだ。かなりドキドキ。
 
「もっとしっかり刺激してよ」
「御免。触るの初めてだから勝手が分からなくて」
「えっとね・・・ここ触られると気持ちいい」
と言って、政子はボクの指をいちばん敏感な場所に誘導した。
「こちらはヴァギナだから、バージンもらってくれる気になったら入れてね」
「えーっと」
 
ボクたちはしばらくお互いを刺激しあって、快楽をむさぼった。
「・・・ね・・・・どうして大きくならないの?」
「感度が弱くなってるのかも。ずっと女の子生活してるから」
「でも毎日自分でしてないの?」
「・・・実はローズ+リリーを始めて以来、ずっとしてない」
本当は去年の夏以来1年以上していなかったのだが、この時はそこまで言えない気がした。
 
「えー?なんで?そんなの我慢できるものなの?」
「別に我慢はしてないよ。したくなったらしちゃうと思うけど、したくならないから」
「ふーん」
「ずっと女の子してるとさ。男の子の部分をいじることに心理的な抵抗を感じるの。女の子には付いてないはずのものだから」
「なるほど。身も心も女の子になっちゃってるわけか」
「そんな感じ」
 
「以前はしてたの?」
「一応健全な男子高校生だったと思うけど」
という自信はないけどね、と内心付け加えたくなったのは内緒である。
「今は健全な女子高校生なんだね」
「女子高校生って、どういうのが健全なんだろう・・・・」
 
「ね、もしかして本当に女の子になりたくなってない?」
 
「うーんと。そのあたりが微妙なところで。積極的に女の子になりたい訳じゃないけど、女の子になっちゃったら、それもいいかな、くらいの気持ち」
政子は頷いていた。
 
「でも冬って既に男の子はやめちゃってるよね?」
「確かに男の子という意識はほとんど残ってないかも」
 
「これもEDになっちゃったのかな?」
「ED・・・それは考えたことなかったな。でもボク多分女の子とセックスすることはないだろうから、使わない機能なら、できなくても構わないけど」
 
「よし。もっと刺激しちゃえ」
と言って政子は手を動かし始める。
「あ」
「やった。ちゃんと大きくなるじゃん。EDじゃなかったね」
 
「確認してくれてありがとう。でもごめん。ストップ。それやられるとさすがに逝っちゃうと思う」
「えー?もうストップなの?」
「開封する?」
「そうだなあ・・・・またにするか。ね。そしたらいっそタックしてよ」
「いいよ」
 
ボクはテープタックして、女の子の股間にしてしまった。
「よし。これで女の子同士♪この方が長時間楽しめそう」
 
「そうだね。適度に気持ちいい感じが継続していくかも」
「女の子同士のほうが、私たちいいのね。結局」
「そうなんだろうね」
 
「でも私のバージン、欲しくなったらいつでも言ってね。あげるから」
「バージンは今度また彼氏作ってから、その彼氏にあげなよ」
「冬にバージンあげたら彼氏作るよ」
「それ、変だよ、絶対」
「ふふふ」
 

ボクたちはしばらくお互いので遊んでいた。政子が何だか凄く気持ち良さそうな顔をしているのでボクは訊いた。
「ね・・・気持ち良くなりすぎてない?」
「ううん。まだ足りない。もっと気持ち良くなりたい」
「ほんとかなあ・・・」
と言いながらも、あそこを刺激し続ける。かなり濡れている。「濡れる」という概念は知っていたけど、女の子のここが、こんなに潤いを持つものだとはそれまで全然知らなかった。ボクって、やはり女の子の身体のことが全然分かってないんだな・・・と痛感した。
 
やがて政子の陶酔的な表情が一瞬緩んだ。ホッとしたような表情をする。ボクは何となく指の動きを弱くした。少しして政子が言葉を出した。
「あのさ・・・冬、覚えてる?私が校内で可愛い女の子見つけたって言ってたの」
 
多分『逝っちゃった』んだなと思いながらボクは答えた。
「もちろん」
「私、男の子を好きになる一方で女の子も好きになる体質なの」
「言ってたね」
「その女の子って実はさ・・・・」
「言わなくても分かってるよ」
「そう?」
ボクは政子の唇にキスした。舌も入れあって強く吸う。舌まで入れたのは4月以来だ。
 
「いつ頃、分かった?」
「先月くらいに突然気付いた」
政子は微笑んでいる。
 
「だからね。私、彼氏を作るのと、冬とこんなことするの、矛盾しないの」
「ボクもマーサの前では女の子のつもりでいるから。だから枕元にコンちゃん1枚置くのを、ボクたちのルールにしようよ」
「そうだね」
「それ置いてる限り、ボクたちって、そういう関係でいられる気がする」
「開封したら、私たちどうなるんだろ?」
「それはその時考えよう。でも、ボクはその結果の責任を取るよ」
「うん」
今度は政子がボクの唇にキスした。
 
「よし、詩を書くぞ!」
と言って、政子は身体をベッドから少し起こすと部屋の灯りをつけた。自分の旅行鞄の中から、レポート用紙を取りだし、いつものバッグからいつものボールペンを取り出し、ふたたびボクのそばに潜り込んでから、詩を書きはじめた。政子はたいてい詩の本体を書き終えてからタイトルを書くのだがその日は先に『私の可愛い人』というタイトルを書いてから詩を書き始めた。
 
ボクはずっと政子の背中を抱いたままそれを見つめていた。
 
詩は15分ほどで完成した。
「曲付けてよ」
「うん」
 
ボクは荷物の中から小型の電池式キーボードを取り出すと、スイッチを入れ、探り弾きしながら曲を付けて行った。これは先月キャンペーンで全国を飛びまわっていた時神戸のショッピングモールで目に留めて、無性に欲しくなって、買ったものである。
 
20分ほどでほぼ完成する。ボクはキーボードを弾きながら歌ってみた。
 
「わーい。可愛い歌だ!私のイメージ通り」
と政子は喜んでいる。
 
「でもさ。ふと思ったんだけど」と政子が言う。
「私がこの手の抑制の利いた詩を書く時って、冬のそばにいないと書けないのよね」
「ボクがまとまりのある曲を書く時も、マーサがそばにいないと書けないね」
「私ここ最近、ひとりで詩を書いてる時も、何となく冬が自分のそばにいてくれるみたいな気持ちで書いてるの」
「それはボクもだよ。自分の部屋でひとりで曲を書いてる時もいつもマーサのことを思ってるよ」
 
「ってことは、私たちって実は共同で書いてるのかもね」
「うん。そうそう。きっと詩も曲もいっしょに出来てるけど、たまたまマーサのほうが詩という形を紡ぎ出しやすくて、ボクの方が曲という形を表現しやすいだけなんだよ。だから、ボクたちの作品って、作詞:マリ、作曲:ケイじゃなくてさ、作詞:マリ&ケイ、作曲:マリ&ケイ、なんじゃないかな」
 
「じゃさ、今度から私たちで作る作品はそういうクレジットにしない?」
「うん。今レコーディングやってる『涙の影』と『せつなくて』もそういうクレジットということにしようよ」
「うん。明日須藤さんにそれ言おう」
「うんうん」
 

翌朝、朝食の席でボクと政子は現在制作中のCDに入っている『涙の影』と『せつなくて』のクレジットを、「作詞作曲:マリ&ケイ」にして欲しいと言った。
 
「いいけど。どうして?」
「政子が作詞している時、結構ボクも干渉してるし、ボクが作曲している時、結構政子も干渉してるんです。お互いに独立に作業しているんじゃなくて、お互いの存在があって初めて創作ができているんで、連名にした方がすっきりするなと思って」
「なるほどね。お互いに干渉しあってるのなら、そのほうがいいだろうね。ただ、この手の連名名義って、後で揉めやすいよ」
 
「レノン・マッカートニーは、レノンが死んだ後で遺族からクレームが入りましたよね」
「そうそう」
「でもボクが死んだ後で、遺族が何か言ったら、その時はその時生きている人たちの利益になるようにまた変更すればいいんじゃないかなと思うんですよね。ボクと政子が生きている間は、ボクたち、連名でやっていきたいんです」
「分かった。じゃ、それで登録するね」
須藤さんは笑顔で言った。
 
「昨夜はぐっすり眠れた?」
「ええ。冬と何かたくさんいろんなこと話して。私たちここのところ凄く忙しかったから、ゆっくり話せてなかったし。同じ部屋にしてもらって良かったなと思いました」
「そう、それは良かった」
と須藤さんは笑顔で言った。秋月さんはただ微笑んでいた。
 

このツアーの合間の11月中旬。たまたまその日の放課後はローズ+リリーの予定が入っていなかったので、久しぶりに書道部に出て行ったら、静香先輩もやってきた。
「わあ、冬たちが珍しいと思ったら、更に珍しい人が」と部長の理桜が言う。その日は5人で分担して観音経を書いた。
 
「太郎(谷繁先輩)から聞いたんだけど、花見さんがさ」
と静香先輩が切り出すと政子がピクンとした。
「今月初めに大学を辞めたって」
 
「何かあったんですか?」とボクは訊いた。
「バイト先の女の子をレイプして訴えられて」
「わあ」
「あいつ、全く変わってないな」と政子が吐き捨てるように言った。
 
「最終的には告訴を取り下げてもらったんだけど、示談で凄い金額の解決金を払うことになったみたい。それでとても学費が払えなくなったみたい」
「あぁ・・・・」
 
「じゃ今花見さんは何してるんですか?」
「当然バイト先からも切られたみたいだからね。仕事を探してるみたいだけど、今不況だし、なかなか厳しいらしい。大学を辞めた経緯って絶対聞かれるしさ。太郎のところにもお金借りに来たんだけど、断ったと言ってた」
「うーん。。。。」
 
ボクはただ無心に観音経の文字を書き綴っていった。
 

この月のローズ+リリーのツアーではこのあと岡山のコンサートの後にも泊まりが入った。最初岡山のホテルで泊まるのかと思っていたら、明日の朝、福岡のFM局に出る予定が入ってるということで、岡山市内のレストランで晩御飯を食べたあと、新幹線で博多に入り、福岡市内のホテルでの宿泊となった。
 
ボクたちはコンサートで完全燃焼した後の移動で精魂尽きていたので、新幹線ではひたすら寝ていたし、ホテルの部屋(ツインにしてもらっていた)に入ると同時に、ベッドに倒れ込んだ。ボクたちはその晩はベッドをくっつける元気もなく、一緒のベッドに入り、半分眠りながら、お互いのあの付近を刺激して、快楽をむさぼった。ボクはタックは付けたままであった。少し目が覚めて来始めた頃、政子が凄く満足したような顔をしているのに気付いた。
 
「ねえ・・・もしかして気持ちよくなりすぎているということは?」とボクは訊く。
「全然。次の泊まりは年明けのツアーかなあ・・・冬、次はもっと高速に刺激してよ」
「はいはい」とボクは笑って答えた。
 
「でも今日の晩御飯で出たマスカット美味しかったね」と突然政子は言う。
「実はシーズン少し過ぎているらしいけど、美味しかったね」
「よし。マスカットで曲を作っちゃおう」
と言って政子はベッドから起きだし、自分のバッグから五線紙を取り出した。
 
「五線紙に直接歌詞を書くの?」
「ノーノー」と言うと、政子は五線部分に/とか\とか〜とか、線を記入し始めた。ボクは目を丸くして見ていた。
「できたー」
と言ってボクに見せる。
「ね、これで歌える?」
 
ボクは笑って「OK」と言うと、政子が書いた楽譜?にあわせて、こんな感じかな?という雰囲気で『ラララ』で歌ってみた。
 
「ああ、いい感じ。割と私のイメージに近い」
「じゃ、今歌ったのを譜面に書くから、それでマーサのイメージから少し違うというところを指摘してよ。そこ修正して行く」
「うん」
 
ボクたちはそういう楽曲修正の作業を1時間くらい掛けてやって、政子が満足するような形の曲に仕上がった。政子はそれに歌詞も付けた。
 
「タイトルは『マスカット』でいいんだよね?」
「そうそう。金太マスカット切る、のマスカット」
「マーサ、変な歌を知ってるね」
「あれ、面白いじゃん。冬もスカッと切っちゃえばいいのに」
「そのうちね」
「スカッと切っちゃったらもっと高音出るようにならないの?」
「それは小学4-5年生までにやらなきゃ無理」
「その頃しとけば良かったのに」
「その頃はボクはふつうの男の子だったもん」
「ほんとかなぁ」
 
この頃ボクたちは、まだ自分達がHなことをする度に良曲ができるということには気付いていなかった。そして、この福岡での一夜の次にボクたちが一緒に寝たのは、週刊誌報道に伴う一連の大騒動が落ち着いた、翌年3月のことであった。また金沢での一夜の次に政子がボクのおちんちんに触ったのは、1年半後、高校を卒業した後の鬼怒川温泉での一夜だった。
 
ボクと政子は、大学に入ってからはかなり濃厚なことをするようになったし、特に大学2年の秋頃以降は常時セックスをするようになるのだけど(実際ボクは恋人である正望とよりたくさん政子としていた)、高校時代には愛し合ってはいても、ほんとに数えるくらいしか睦みごとはしていなかった。
 

ホテルのベッドの中でボクたちはそのあとしばらくおしゃべりをしていたが、次第に目が冴えてきた。
 
「お風呂入ろうか」
「そうだね。汗流しておきたい」
 
政子は起き上がって浴室に入り、お湯を溜め始めたが・・・すぐに停めてしまった。「どうしたの?」とボクは訊く。
「ねえ、このホテル、個室のバス使わなくても、大浴場があるみたい」
「へー」
「行ってこようかな」
「行ってらっしゃい」
「冬も一緒に行こうよ」
 
「えー?ボク、共同浴場には入れないから」
「ああ。。。。でもそれ、男湯には入れないということだよね?」
「うん。そんなことしたら須藤さんが腰抜かす」
「じゃ、女湯に入ればいいじゃん」
「は?」
 
政子はベッドの中のボクの傍に寄って言った。
「冬、おまたはタックしてるでしょ。胸にはブレストフォーム貼り付けてるし。女の子のヌードにしか見えないよ」
「それはそうかも知れないけど、やはりまずいよ。女湯に入るなんて」
「だって、男の子だとバレるとは思えないもん」
「でも・・・・」
 
「冬は見た雰囲気も女の子なんだよね。それは大きいと思うな。もしおっぱいが無くても、みんな女の子としか思わない気がする」
「そうだろうか?」
「絶対そうだよ。それに私ひとりで入りに行くの心細いし」
「うーん。。。」
 
ボクは政子と冗談で「これなら女湯に入れるかもね」と言ったりしたことはあったが、実際に女湯に入るなどというのは考えたことも無かったので大いにためらった。しかし最終的に政子に言いくるめられてしまった。
 
ボクは政子に手を引かれながらホテル地下の大浴場に行った。時刻はもう午前2時である。エレベータを下りたところで左右に道が分かれる。左手には「男湯」という表示、右手には「女湯」という表示。政子はボクの手を引き「女湯」と書かれたのれんをくぐった。きゃー。
 
「でも、冬、以前リュークガールズの子たちと女湯の脱衣場までは来たじゃん」
「ははは。あれは絶体絶命だったよ」
「ということで、脱ぎなさい」
「分かった。もう覚悟決めた」
ボクは女湯の脱衣場で、服を脱ぎ始めた。ロッカーを開けて、上着を脱ぎ、スカートを脱ぎ、キャミソールを脱ぎ、ブラを外す。ブレストフォームを貼り付けた胸がある。パンティーを脱ぐ。タックして女の子の股間に整形したお股がある。
 
「うふふ。完璧」
と言って政子は自分も服を脱ぎ、ボクの手を取って浴室に入った。
 
深夜だから誰もいないかとも思ったが、若い女性の姿が3つあった。少し遅くまで遊ぶか仕事をしていて、結果的にこのくらいの時間の入浴になった人たちだろうか。
 
政子と並んだ所のシャワーに座り、身体の汗を軽く流し、お股を洗い、足の指なども洗ってから、手をつないで浴槽に入った。
 
「緊張してないね?」と政子は小声で言った。
「開き直ったから。このお湯、気持ちいい」
「疲れた後のお湯は、ほんとに気持ちいいよね」
「なんか疲れが蒸発していくような感じ」
「うん。やっぱり大浴場に来て良かったと思わない?」
「うん。思う」とボクは微笑んで答えた。
 

少しHなこともして、その後大きなお風呂でゆっくり暖まったおかげだろうか。ボクたちはその晩ぐっすり寝て、朝7時頃、すっきりした気分で眼を覚ました。
 
ボクたちがふたりで朝食に1階のラウンジに降りていき、バイキングの朝食をたっぷりトレイに乗せて、楽しくおしゃべりしながら食べていたら、秋月さんもやってきて
「おはよう。元気みたいね?」
と言った。
「はい。私たちとっても元気です」
「昨夜はいっしょに新曲も作ったしね」
「おお、好調だね。凄くすっきりした雰囲気だし」
と言って秋月さんはニコニコ笑顔だ。
 
「なんかすっきりしたよね」と政子。
「うんうん。このまま福岡・仙台、頑張ります。私たちそのあと修学旅行やったあと、また名古屋になるけど、この勢いで走り抜きます」
「うん。頑張ってね」
 
そこに須藤さんが少し疲れたような表情で降りてきた。
「おはようございます!」
とボクと政子に加えて秋月さんまで一緒に元気な声で言うと
「あんたら元気だね!やはり若い人たちには、かなわないや」
などと言いながら席についた。
 
ボクと政子は何だか愉快な気分になって、微笑んでお互いの顔を見つめた。
 
 
Before前頁次頁After時間索引目次

【夏の日の想い出・ボクたちの秘め事】(1)