【夏の日の想い出・修学旅行編】(1)
(C)Eriko Kawaguchi 2011-11-23/改訂 2012-11-11
ボクの高校ではその年から修学旅行は2年生の11月に行われることになった。それまでは3年生の6月に行われていたのだが、ボクたちの2つ上の学年の入試成績がよくなかったため、今年からは2年生のうちにやってしまおうということになったのである。そういうことで、その年は(6月の予定を少し繰り上げて)5月に3年生が修学旅行に行き、11月に2年生のボクたちが修学旅行に行くということになった。
行き先は九州であった。三連休明けの月曜日、ボクは東京駅に集合時刻の6時半に行った時、政子と顔を見合わせてお互いため息を着いた。その月、ボクたちはローズ+リリーのコンサートツアーで全国を飛び回っており、前日・前々日も飛行機やら新幹線やらに長時間乗っていたのであった。
「一昨日福岡だったし、もうそのまま福岡に居たかった感じだね」
「ほんと、ほんと」
と言ってから政子はじっとボクの身体を見つめた。
「ね、冬、もしかしてブレストフォーム付けたまま?」
「うん。もう昨日くたくたに疲れてて、そのまま寝たから」
「じゃ、もしかして、タックもしたまま?」
「うん」
「どうするの?お風呂とか?」
「あはは、どうしよう」
「私、助けてあげないからね」
「体調悪いことにしてお風呂パスするよ」
「3日間?」
「それにさ」
「うん?」
「もう男湯には入りたくない気分なんだよね」
「・・・ふーん」
政子は興味深そうな顔でそんなボクの顔を眺めた。
新幹線の座席はクラスごと、男女別・名簿順であったので、ボクは隣がわりと話の合う佐野君で、彼の巧みな話術にうまく巻き込まれて、ボクはまだ土日の疲れが残ってはいたものの、新幹線の中では楽しい時間を過ごすことができた。
それでもやはり疲れが出たのか、静岡を過ぎたあたりで眠ってしまった。起きたのはちょうど京都を出た所だった。
「あ、眠っちゃってた」
「なんか凄く疲れてるみたい」と佐野君。
「うん、ちょっとね」
「最近、放課後もすぐ帰ってるみたいだし、塾か何か?」
「あ、うん、えーっと」
「まあ、いいけど、無理するなよ」
「ありがとう」
ボクは少し寝たせいかトイレに行きたくなって、デッキの方へ歩いていった。あいにく広いトイレは使用中であった。しばらく待っていたら、佐野君が来た。「俺もションベン」と言って、ボクの隣に並んだが、「あれ?男トイレ、空いてるぜ」と言う。
「あ、えっと。。。ボクはそちらの方で」
「あ、大か?」
「いや、そうじゃないんだけど・・・・」
すると佐野君は「あぁあ」と何かに納得したような顔をすると、男子用トイレの方に入った。そしてすぐ出てくると、手を振って座席の方に戻っていった。
やがて広いトイレが空く。ボクは何となく出て来た女性に会釈して中に入った。タックをしたままなのでボクは座ってしかトイレをすることができない。剥がせばいいといえばいいのだが、何となくそういう気分では無かった。昨日・一昨日はハードスケジュールで岡山・福岡・仙台と移動してで3日連続のコンサートをしたので、剥がれにくい、防水テープでタックをしていた。過去の経験からすると、このテープは自分で剥がそうとしなければ、10日くらいもつ。
タックを覚えたのは9月末だったのだが、この頃にはこの不思議な感覚にハマってしまっていた。取り敢えず見た感じは女の子の股間にしか見えないし、便器に腰掛けておしっこをする時に、おしっこが後ろの方に飛んでいくので、最初こそ戸惑ったものの、慣れるとこの方が普通で、タックを外した状態で、おしっこが前の方に飛んでいくのは、凄く変な気がした。
しかしこのタックをしている限りは、立っておしっこをすることはできないし、当然男子用小便器を使うことはできないのである。
トイレを終えて座席に戻ると、佐野君が小さな声でささやいた。
「もしかして、立ってションベンできない状態?」
「あ、うん」
「今日もブラ付けてる?」
「・・・付けてる」
「分かった。俺に任せとけ」
「うん・・・」
彼とは体育の時間にいつも柔軟体操で組んでいるので、ボクがいつもブラを付けていることに、最初に気付いたのが彼だった。しかし彼はそれを面白く言いふらしたりすることもなく、そっとしておいてくれた。ただ、この時期、他にも数人、偶然身体が接触したりして、ボクがブラをしていることに気付いた感じの男子はいた。
博多でお昼を食べた後、トイレに行きたくなった時は、食事をしたお店に男女共用の多目的トイレがあったので、そこで用を達した。この修学旅行の間、トイレにはけっこう神経を使った。この頃、学校では何度かうっかり女子トイレに入ってしまったことがあったが、学校では「こっち違うよ」と言って追い出されるだけで済むものの、一般の場所でそれをやると、痴漢扱いされる危険がある。
この時期プライベートで外出する時はいつも女の子の格好だったので、ふつうに女子トイレに入っていたし、逆にうっかり女の子の格好のままで男子トイレに入ってしまうミスをすることはあった。それは特に騒ぎにはならないが、逆はやばいのである。
吉野ヶ里をひたすら歩いて見学したあとバスに戻り、車は九州横断道を走って長崎に到着する(バスの中でもほとんど寝ていた)。バスはボクたちが泊まるホテルに入った。ボクたちは4人ずつ部屋が割り当てられていた。佐野君がささやいた。
「お前、部屋に入ったら、さりげなくいちばん奥の窓際の布団に行け。俺がその隣を取るから」
「うん」
部屋には既に4つの布団が並べて敷かれていた。佐野君に言われた通り、ボクはいちばん奥の布団のところまで行って自分の荷物を置いた。佐野君がその隣に陣取る。白川君と杉山君は特にまだ場所を決めてない感じだった。
「着換える時は言えよ。他の奴らがお前の方を見てないタイミングを教えてやるから」
「ありがとう」
そういう感じで、この修学旅行の初日、佐野君はかなりボクをガードしてくれたのであった。おかげでボクは着替えに関しては何とかなった。
この初日の宿は各部屋にお風呂が付いていた。しかし4人共同の部屋だから、入浴している間に他の子が乱入してくる危険がある。佐野君はさりげなく、他の2人を先に風呂に入れ、それからボクに入るように言った。ボクがお風呂に入っている間に、佐野君は他の2人を誘ってトランプを始め、おかげでボクは、乱入されて、一見女の子の裸に見える裸体を見られたりせずに済んだ。ボクがあがってから、佐野君はお風呂に入った。
お風呂から上がる時、ボクはホテルの浴衣を着たので、その浴衣のまま夕食に行った。浴衣はゆるめに着て、バストが目立たないようにしている。
。。。と思ったのだが、食事をする大広間で政子が寄ってきた。
「冬、気をつけて見るとバストがあるの分かる」
「え?分かる?目立たないように浴衣ゆるく着たのに」
「男の子には分からないかも知れないね。でも女の子には結構バレバレ」
「そう?」
「まあ、この機会にカムアウトするつもりなら問題無いけど」
「うーん。。。」
食事の後、佐野君は他の男子と一緒に何かしに行ってしまい、政子はどこかに消えてしまった感じでつかまらず、仕方ないので、ボクは浴衣のまま、ホテルの中庭に出て少し散歩してみた。
「君、女の子がひとりではぶっそうだよ」
という声がして振り向く。あれ?これは確か政子と同じクラスの男の子で、確か・・・・・
「あ、大丈夫です。私、男の子だから」と彼の名前を思い出しながら答えたが・・・
あれ?なんでボクはこんな所で女声を使ってしまう?それに『私』だなんて。
「面白い冗談を言う子だね。男っぽい性格とか友だちにからかわれてんの?」
「松山君でしたね」
「あ、僕の名前知ってた?」
「友だちに同じクラスの子がいるから」
「へー」
「あ、そうか。実力テストの成績順位で、いつも10位以内に入ってますよね」
「あはは、僕は実力テストだけで、中間や期末の成績が悪いんだ」
「授業あまり聞いてないタイプなのかな」
「うんうん。どうも授業のペースが僕には合わなくて」
「天才型なんですね」
「そうそう。もっと褒めて」
「ふふふ。面白い人」
「君も面白そうな子だ。名前教えてよ」
「7組の唐本冬彦です。ごめんなさい。私、ホントに男の子なの」
「・・・でも女の子の声だ」
「私、男の子の声も女の子の声も出せるから。でもどうしてかな。松山君の前で反射的に女の子の声で答えちゃった」
「それはきっと君が本質的には女の子だからさ」
「私、最近自分が男なのか女なのか、分からなくなって来てるの」
「ふーん。。。。ね、僕とキスしてみない?」
「えー!?」
「もし男同士なら別に恋愛とか考えなくてもいいだろ?」
「あ、えっと・・・」
松山君は私の肩を掴むと、そっと私の唇にキスをした。私はなぜか抵抗しなかった。でも心臓がドキドキしている。
「やはり君は女の子だよ。だって君にキスしたら、心臓がドキドキしちゃった」
「私も心臓ドキドキしちゃった」
「暗いから、顔がよく見えないけど、だから君の本質が見える気がする。君が漂わせてる雰囲気が女の子だしね」
「だけど・・・」
「ん?」
「やはり、ここぶっそうだったんですね。私キスされちゃったし」
「ははは。でも唐本さん、キスされたの初めてじゃないでしょ?」
「松山君もキスしたの初めてじゃないですよね?」
「だって落ち着いてるから」と私たちは同時に言って笑った。
「私まだ自分の性別のこと、クラスメイトとかにもカムアウトしてなくて、私の実態知ってる友だち少ないんだけど、松山君、お友達になってくれません?」
「うん、いいよ。何か唐本さんとは話が合いそう」
私たちはそのまま20分くらい話をしてから本館に戻った。館内に入り明るい照明の下で私を見た彼は
「あれー、やっぱり唐本さん、女の子だよね」と言った。
「男の子ですよ」
「でも、パッと見た第一印象が女の子という感じ」
「そう?」
「胸・・・・あるよね」
「そのあたりは色々工作が・・・」
「ふーん、でもいいや。ちょっと変わった女の子と、君のことは思っておくから」
そのまままた色々と話をしながら自分たちの部屋の方に歩いて行っていると、バッタリと政子に会った。
「ハーイ!」と言って手を振る。
「あれ?松山君とデート?」と政子。
「ちょっと30分くらい話してた」と私。
「へー、いつの間にそんな仲に?」
「あれ?僕のクラスにいる友だちって、中田さんだったんだ」
「そうそう」
「ね、中田さん、唐本さんが自分は男の子だと言ってるんだけど。女の子にしか見えないのに」
「今日は浴衣だから、本人の雰囲気がそのまま出てるよね。私は冬は女の子と思ってるから友だちとして付き合ってるけど、まあ、普段は学生服着てるよ」
「へー、そうなんだ」
ボクたちは、近くにある自販機の前のベンチに座って話をしようということになった。
「いや、さっき中庭散歩してたら、女の子がひとりでボーっとしてたんで声を掛けたら唐本さんだったんだ」
「この子、いろいろ無自覚で無防備だからね」
「そう?」
「自分が可愛い女の子であるという自覚に欠けてるからさあ、男の子に突然抱きしめられてキス奪われたりしたって、知らないんだから」
ボクは咳き込んだ。
「どうしたの?風邪?湯冷めした?」
「いや、何でもない。大丈夫」
松山君のほうはそんな話を聞いても涼しい顔をしている。ああ、男の子ってこのくらい太い神経持ってるのかな、などとボクは思った。
「だけど、せっかく九州に来るならハウステンボスとかスペースワールドとか見たい感じなのにね」
「ほんと、ほんと。なんか30年前の観光コースって感じだよね」
「ハーモニーランドとか、うみたまごでもいいし」
「ハーモニーランドは男の子は楽しくないかもね」
「僕、去年の夏休みにピューロランドに連れて行かれたけど楽しかったよ」
と松山君がいうと
「それは男の子にしては珍しいかも」と政子。
「そろそろ部屋に戻る?」
「私、もうしばらくこの辺にいる」
「でも疲れてない?金土日で合計3000km弱、今日も1000km移動したしさ」
「でも部屋が男の子ばかりだから。一応佐野君が私のこと認識してくれててガードしてくれてるんだけど、それでもちょっと」
「そっか・・・男の子の部屋じゃ、ゆっくり休めないのか」
「常時緊張してる感じで。別に襲われたりはしないだろうけど。できるだけ遅く部屋に戻って、後は移動するバスの中とかで足りない睡眠を補う」
「疲れ取れないよ、それでは。今日はお風呂は結局どうしたの?」
「佐野君がうまくやってくれて、ひとりで無事入れた」
「良かったね」
「じゃ、私はもう部屋に戻って寝るよ。さすがに眠い」
「うん、お休み。松山君もまたね」
「うん。あまり遅くならないうちに部屋に戻りなよ」
「ありがとう」
2人が部屋の方に戻っていった後、ボクは少しため息を付き、そのまま少し壁にもたれかかって身体を休めた。その時「コホン」という女の子の声がした。え?と思って声がした方を見ると、琴絵だ!
「あれ?いつからそこにいたの?」とボクは男声に切り替えて訊く。
「えーっと最初からいたんだけどね。なんか出て行くタイミングを逸した。あ、無理に男の子の声使わなくていいよ。冬は女の子の声の方が自然だよ」
「ありがとう」とボクは女声に戻した。
「座っていいかな?」
「うん」
琴絵はボクの隣に座って、こちらを見た。
琴絵に女声を聞かれたのは最初女子トイレの中だった。この高2の2学期、ボクは学校には学生服で出て行くものの、放課後になると女の子の服を着てローズ+リリーとして活動していたので、女の子の服を着ているのに男子トイレにうっかり入ったり、逆に学生服なのに学校でうっかり女子トイレに入ったりといったミスを頻繁にやらかしていた。
その時は学校で少しぼーっとしていて、何も考えないまま女子トイレに入り、空きを待つ行列に並んでしまった。前に並んでいた琴絵がぎょっとした顔で「ちょっと、ここ女子トイレなんだけど?」というと、ボクは「え?それが何か」と女声で答えた後、間違いに気付き「あ、ごめん」と言って飛び出した。
その数日後、仕事の件で急な連絡が必要になり、学校のピンク電話から★★レコードの秋月さんに電話をしたことがあった。その時、秋月さんと話すのに小声ではあったが女声を使っていたところをちょうど通りかかった琴絵が耳にして、最初「え?」という顔、それから「ふーん」という顔をした。電話が終わってから琴絵は
「唐本君、そういう声が出るのね」と言った。
「うん、まあ」と女声のままボクは答える。
ボクたちは雰囲気で誘い合って校舎を出、芝生に並んで座って話をした。
「そういえばこないだ女子トイレに間違って入ってきた時も女の子みたいな声出してたな、と思って。今の電話、口調も女言葉だったし」
「うん。ちょっと知り合いで。向こうはボクのこと女の子と思ってるから」
「えー?騙してるの?」
「いや、そういうつもりは無いんだけど」
「逮捕されるぞ」
「えー!?」
「性別詐称罪、刑法第161条。5年以下の懲役」
「そんなのあったっけ?」
「無いけど」
ボクたちは笑った。
「もしかして、けっこう女装してる?」
「うん。男の子の格好してるの、家にいる時と学校にいる時だったりして」
「眉を細くしてるのはやはり女装のためだったか」
「やはりって?」
「最近女の子達の間で、唐本君が眉を細くしている理由について議論していたの」
「えー?」
「ツッパリ説、ナルシスト説、間違って細くしすぎた説、などあったけど、やはり根強い支持者があったのが女装説」
「そんなこと話してたの?」
「女子トイレに間違って入ってきたのもその影響ね?」
「そうそう。男の子の格好の時は男子トイレ、女の子の格好の時は女子トイレだから、頭の中が大混乱で。しばしばトイレの前で、自分の着ている服を見直してから、どちらに入るか考えたりする。でもそれでも間違うことある」
「あはは」
「唐本君の意識として、自分は男の子なの?女の子なの?」
「けっこうそれ揺れてるんだけどね・・・やはり自分は女の子なのかなぁって、最近思い始めた」
「ふーん。。。。私さ」
「うん」
「こないだから、けっこう唐本君と教室とかで会話が成立しちゃってるなと思って」
「そうだね。けっこう話してるよね、最近」
「でもこれ、恋愛とは違う感じがするぞと思ってたんだけど」
「うん」
「もしかして女の子同士の友だち感覚なのかもね」
「あ、そうだと思う」
「じゃ、私、唐本君のこと女友達と思っちゃおうかな」
「それ、ボクも嬉しいかも」
「じゃさ、呼び方も、苗字じゃなくて、名前で呼び合わない?」
「うん、いいね。ボクのことは冬って呼んでくれるといいかな」
「そっか。冬彦って言っちゃうと違和感あるもんな。冬子って言ってもいいのかも知れないけど、周囲が変に思うよね」
「うん」
「じゃ、私のことも琴絵か、あるいは冬に合わせてコトでもいいよ」
「じゃ、コトと呼んじゃおう」
そんな会話をしたのが先月くらいだった。その後、琴絵とはどんどん親しくなっていった感じで、政子に次ぐ大事な親友になっていった。
ボクたちは自販機で改めてジュースを買うと飲みながらベンチでしばらく話した。
「今夜の浴衣姿の冬は女の子にしか見えないよ。なんか雰囲気が完璧に女の子」
「そう?」
「う・・・今の仕草とか完璧に女の子っぽい」
「えへへ」
「今日もおっぱいあるのね」
「うん。なんか男の子ではいたくない気分だったから」
「男の子の前で脱げないね。でも今日はお風呂が個室にあって良かったね」
「うん。でも入ってる時に乱入される危険があるんだよね。それを今日はボクのこと分かってくれてる佐野君がうまく守ってくれた」
「よかったね。。。。冬、私と話す時はボクと言うんだ?さっきは私って言ってたのに」
「松山君がいたから。政子と2人の時もボクと言うよ」
「ルールが良く分からないな。でも、もしかして最近女装の頻度上がってない?」
「うん。なんか最近毎日女装してる。この連休は3日間ずっと女の子の格好のままだったし」
「政子と一緒だったんだよね」
「うん。日曜の夜はいったん東京に戻ってきたけど、土曜の夜は福岡で泊まり」
「・・・・まさか、一緒に泊まったの?」
「うん」
「着替えとかどうするの?」
「別にどうもしないよ。お互い普通に着換えるし、一緒に寝たけど別に変なことしなかったし」
「女の子の下着姿とか見ても別に何ともないの?」
「先月初めて一緒に泊まった時は、着換える時は後ろ向いてるから、って政子に言ったんだけど、そんなの面倒くさいと言って。ボクの見てる前でお風呂から上がったあと裸で歩き回るし、ホテルの暖房が少し強かったから、下着姿のままでおしゃべりしてたし」
「裸見ても何ともないの!?」
「うん。ボク、バイトではずっと女の子扱いだから、女子更衣室でふつうに着換えるし、こないだは女湯にも入ったし」
「何〜!女湯だと!?」
「ボク、女性の下着姿や裸を見ても、同性の下着姿や裸を見ている感覚だから、何も感じないよ。むしろ最近、体育の時間に男子更衣室で着換える時に緊張しちゃって、壁の方を向いて着換えてる」
「うーん。。。。じゃ、男湯に入れないじゃん」
「それはもうあり得ないと思う」
「どうすんの?明日と明後日は温泉だよ」
「体調悪いとかいってパスする」
「ふーん。でも政子と一緒の部屋に泊まって、政子の裸を冬が見て特に何も感じないのはいいとして、冬の裸も政子は見てるんだよね?」
「お互いの裸はけっこう見慣れちゃったかな。政子もボクを女の子とみなしてるから多少形が違うのは別に気にしない、なんて言ってるし。けっこうふざけて触りっこしたりもするよ」
「ちょっと待て。私、ふたりの関係が微妙に分からなくなって来たぞ」
「そう?」
「キスしたことあるの?」
「何度かあるよ。でも友情のキスだよね、と言ってる」
「・・・政子のおっぱい触ったことある?」
「普通に触ってる。政子も私の身体にあちこち触るし」
「もしかして、セックスした?」
「しないよぉ。だって女同士の友だちなんだから。でも政子との関係では、その時のノリでハプニング的にセックスしちゃう可能性もあるなと思って、念のためいつも避妊具は用意してる」
「ほほお」
「最初見られた時は、何?私とセックスしたいの?させてあげようか?なんて言われたけど、そういうつもりじゃないからと言って、ちゃんと説明した」
「ふーん」
「結局、枕元にそれ置いて寝たよ。もし何かの間違いでしたくなったら付けようねって言って」
「で、使わなかったんだ?」
「うん。別にこちらもそういう気は無いし。『ほら、使いたくならないか?』
なんて言われて、だいぷあそこを触られたけど」
「触っちゃう訳?・・・・触られたら大きくなるよね?」
「うん。大きくなっちゃう。政子も濡れちゃう」
「ちょっと待て。政子が濡れちゃうようなこと、冬はする訳?」
「触って触ってとか言うんだもん」
「それって・・・・やっぱり恋人じゃないの?」
「あくまで友だち関係だよ。だから、お互いの身体に触るのは自由だけど、気持ち良くなりすぎたら正直に自己申告して、申告されたらお互い触るのは中止する、ってルールを決めた。あくまで女の子同士の悪ふざけだからHなことしたくてしてるんじゃないし」
「うーん」
「それで中止するのが嫌で、どうしてもやりたいという気持ちになったら、お互い同意の上で枕元のコンちゃんを開封しようということで。さすがに開封したら、もう友だちではいられなくなると思うけど」
「ふたりの関係がますます分からなくなった」
「そう?でも女の子同士でふざけておっぱい触ったりしない?」
「それはするけど・・・・何なら冬、私のおっぱいに触る?」
「え?触っていいの?」と言って私は琴絵のおっぱいに手を触れた。
「う・・・ホントに触られるとは思わなかった」
「あ、ごめん」と言って手を引っ込める。
「ううん。別にいいよ。女の子同士なら。私も冬のおっぱいに触っちゃお」
などといってボクの胸に触ってくる。
「わっ、何かリアルだ」
「今日はブレストフォームっての付けてるの。裸になっても、一見ほんとに胸があるように見えるよ。実は連休の間付けてたんだけど、昨夜は疲れててて、帰ってくるなり寝ちゃって、今朝はギリギリで起きて飛び出してきたから、そのままなんだけどね」
「女湯に入った時って、それを付けてたのね」
「そうそう」
「下はどうしたの?」
「それは隠し方があるんだ。今もそれやってるよ」
「へー」
「触っていいよ」
「え?」
などと言ったものの、琴絵はおそるおそるボクの浴衣の中に手を入れてお股に触ってきた。
「まるで付いてないみたい・・・・ホントにもう取っちゃったんじゃないよね?」
「取ってないよ。政子は早く取っちゃえばいいのに、とか言うけど」
「・・・・何となくふたりの関係が少しだけ分かった気がする」
「そ?」
「それと凄くハッキリしたこと。それは冬はホントに女の子だってこと」
「自分でもそんな気がする」
「さっき、男の子と同室じゃ、ゆっくり休めないとも言ってたね」
「うん。少しでも気を抜けない感じ」
「・・・・今夜寝れる?」
「一応同室の佐野君が私のこと分かってくれてて、ガードしてやるからって言われてるけど、たぶん熟睡できないかもって気はしてる」
「確かに私も周囲が男の子ばかりのところでは安眠できないだろうなあ」
その夜はそこで琴絵と話し込んでしまって、22時の消灯時刻に見回りに来た片岡先生から、部屋に戻れといわれてボクたちは各々の部屋に戻った。
「この付近、あんまり人が通らないから、女の子だけでは不用心だよ。おしゃべりするならロビー使おうね」
などと片岡先生は言っていた。ボクが男の子だということには気付いていない風であった。
ボクが部屋に戻った時、佐野君がいなかったので、どうしようと思ったのだがほどなく戻って来てくれて、ボクは佐野君にガードしてもらう形で窓側の布団に入った。しかしなんか眠れない感じだった。疲れてるのに。そもそも男の子たちの前に自分の寝顔をさらしたくない気分だった。結局0時すぎに、他のみんなが寝静まった頃、やっと寝た。
翌日もみんなが起き出す前、4時頃に起き出して、みんなが寝ているのを確認して素早く学生服に着替えた。
その日は午前中にグラバー園と出島を見てから、中華街でお昼となった。長崎名物の皿うどんを食べる。だいたい食べ終わったあたりで点心が配られたので、それを食べていた時、隣に座っていた垣山君が「あれ?」と言った。
「どうしたの?」
「唐本だけ食べてるものが違うなと思って」
「あ、ほんとだ」
垣山君も反対側の隣の佐野君も豚まんを食べている。でもボクは杏仁豆腐を食べている。すると少し離れた席にいた秋山さんが「男子は豚まんで、女子は杏仁豆腐みたい」と言った。
「なーんだ。じゃ、問題無しだね」とボク。
「うんうん、唐本君は女子でもいいよね」と秋山さんは笑いながら言っている。彼女とも最近けっこう話すので、ボクが「半分女の子?」なのは承知である。
佐野君が「でも学生服着てるのに」と言ったが、
「たぶん雰囲気で性別判断してデザート渡したんだよ。店員さんも忙しいから細かいことまで考えなかったんじゃないかな」と秋山さんは言った。
垣山君は意味が分からないようで、首を傾げていた。
その日の午後は、長崎から島原までバスで走り、フェリーで熊本に渡って、熊本城を見学した。そして更にバスに揺られて菊池温泉の旅館に宿泊した。
今日は遅くなったので到着してすぐに食事となり、そのあとで各自自由にお風呂に入り、22時消灯ということになっていた。ボクは食事のあと部屋に戻って、佐野君にうまくガードしてもらって浴衣に着替えたあと、ロビーに行って、なんとなくソファーに座っていた。
「ハーイ!」といって政子が来て、隣に座る。
「眠れた?」
「昨夜は結局0時過ぎから4時頃まで寝た」
「睡眠時間短いね」
「だってさ、男の子に寝顔見られたくないじゃん」
「なるほど。でも寝足りないでしょ?」
「今日はバスの中でもフェリーの座席でもひたすら寝てた」
「それだけ寝れたらいいか。でもぜんぜん景色とか楽しめなかったね」
「うん、それは仕方ない」
「今夜お風呂はどうするの?」と小声。
「パスしかない気がする」
「女湯に入っちゃう?」
「それはさすがにやばいよ。大量に顔見知りがいるのに」
「胸もお股もそのままなんでしょ?」
「うん。女の子仕様のまま」
「じゃ入れるじゃん」
「入りたいのはやまやまだけど、まずいよ」
「ま、逮捕されないようにね」
「それはマーサにも須藤さんにも迷惑掛けるから自粛する」
「よし。じゃ、私は女湯に入ってこよう」
「わざわざ女湯と言わなくたっていいじゃん」
「冬を羨ましたがらせたいだけ」
「もう・・・」
「悔しかったら、早く性転換手術しちゃおうね」
「そのうちね」
政子はバイバイしてロビーを出て行った。それと入れ替わるように琴絵がロビーに入ってきて、ボクを見つけると手を振って、ボクの隣に座った。
「あ、お風呂入ってきたんだ」
「うん。気持ち良かったよ。冬も入れたらいいのにね」
「そのうち女湯にふつうに入れる身体になったら全国の温泉巡りしてもいいかな」
「ああ、それも楽しそう」
「でも琴絵、いい香りする」
「石けんの香りかな」
「・・・どうしたの?」
「冬って男の子の臭いがしない」
「そう?」
「だって今日は汗掻いたはずだよね。お風呂も入ってないのに」
「エステミックス飲んでるからかも」
「何?それ」
「プエラリア」
「あぁ・・・・・何か飲み始めてから変わった?」
「さすがにこの程度ではおっぱい大きくならないね」
「大きくなったら面白いのにね」
「ところでね、ちょっと話があるのだけど」
「なに?」
などと言って琴絵が話しかけたところに片岡先生が通りかかった。
「こんばんは」と挨拶をする。
「あなたたち昨夜も裏口の近くでおしゃべりしてたわよね」
「はい」とボクたちは口を揃えて答える。
「あなたは7組の山城さんだけど。。。。あなた何組だったっけ?あのあとどうしても思い出せなくて気になって」
「同じ7組の唐本ですけど」とボクは女声のまま答える。
「え!?・・・あ!そうだったのか!でも、あなたそうしてると、まるで女の子みたい。それに声も女の子の声だし」
「私、親しい友だちと話す時はこの声使ってます。学校の授業中は男の子の声使ってるけど」
「冬は学生服脱いじゃえば、女の子で通りますよ」
「今日のお昼のデザートなんて学生服着てたのに女子用の杏仁豆腐もらったし」
「あ、それは初耳。でも冬は雰囲気が女の子だからね。特にこの修学旅行の間、女の子の雰囲気がいつもより強くなってる気がする」
「もしかして、唐本さんって、性同一性障害?」
「うーん。障害とかのつもり全然無いです。自分では私、女だと思ってるから」
「そうだったんだ。あ、眉を細くしてるのもそのためね」
「はい。私、学校が終わったら毎日女の子の服に着替えてます」
「へー」
「冬ったら、この修学旅行にも女の子の下着しか持ってきてないんですよ。お風呂どうすんのよ?って言ったんだけど、お風呂はパスって」
「あら」
「どっちみち、私、とても男湯には入れませんから」
「冬は何度か女湯には入ったことあるそうです。でも修学旅行じゃ顔見知りがたくさんいるから、入ると騒ぎになるし、ということで自粛するって」
「ほんと?・・・でも汗を流せないのは辛いわね」
「2晩くらい大丈夫ですよ」
「あと、部屋も男の子と同室だから、ゆっくりできないらしいです。私だって、男の子に囲まれた中じゃ、安眠できないし、だれた格好とかもできないし」
「そうね・・・」
「それでですね、先生」
「うん」
「実は私の同室の女子とも話して、いいよと言ってもらえて、今冬にもその話をしようと思っていたところで、本人がOKならこちらから先生の所にお願いしに行こうかと思っていたのですが、消灯時間まででもいいから、冬を私の部屋に連れて行って、今から2時間半くらいだけでも、仮眠させてあげようかと思って」
「ああ」
ボクはその話を今聞いたので少しびっくりした。
「女子の部屋に男子を入れるの厳禁ってことになってるけど、冬に関しては、目をつぶってもらえませんか?」
「分かった。消灯時間までと言わなくても、朝まででも良いわよ」
「ほんとですか!良かった。じゃ、冬、行こう」
「あ、待って」
「はい」
「お風呂だけど、女性教師が泊まっている部屋には小型のお風呂が付いてるのよ。良かったら、使わない?」
「あ、それは助かります」
そういう訳でその晩は急展開となり、ボクは部屋に戻って、ちょうど在室していた佐野君に手短かに事情を話し、荷物を持って、琴絵たちの部屋に移動した。そして片岡先生と深山先生が泊まっている女教師の部屋に行き、そこのお風呂に入れさせてもらった。
「ありがとうございました。助かりました」
と言って、ボクは浴室から出てくると先生達に御礼を言った。
「唐本さんが眉を細くしてるのなってのは気付いたから、いつだったかは眉を指パッチンしたんだけど」と深山先生。
「女の子の格好するから、眉細くしてたのね」
「はい」
「でもあれ、上手に隠してるね。眉マスカラをごく自然な感じに入れてるから。男の先生は気付かないだろうと思ってた」
「はい、おかげで注意されたことは無いです」
「でも、あなた何だかすごく色っぽい」
「そうですか?」
「女の色気を持ってる」
「ははは」
「それにさっきは浴衣をルーズに着てたから目立たなかったけど、そんな風にふつうの着方すると、胸がけっこう目立つね」
「はい。女の子の部屋に泊めてもらうなら、このほうがいいかなと思って」
「ね・・・山城さんの前では聞きにくかったんだけど」
「私の男性能力のことですよね」
「うん」
「訳あって頻繁に女装するようになったのが8月からなんですが、それ以降、オナニーは全くしてません。そのせいか、かなり男性機能は落ちている感じで9月頃は何度か夢精したことあったのですが、ここ1ヶ月ほどはそれもなくなりました。朝立ちも、もう2ヶ月ほどした記憶が無いです」
「なるほど」
「それと実はプエラリアを週3回ほど飲んでいるので、その影響もあるかも知れないです」
「植物性女性ホルモンか!」
「それとこれは実物見てもらった方がいいと思うので、先生たちには私のヌードお見せします。琴絵たちの前では、裸にはなるつもりないですけど」
と言って、ボクは浴衣を脱いだ。
ブラとパンティが露出するが、ボクは更にブラを外し、パンティも脱いでしまった。
「これは・・・・・」
「性転換手術はしてないですよ」とボクは笑って言う。
「そのおっぱいは?」
「ブレストフォームです。シリコン製のおっぱいを肌に貼り付けてるだけです。しっかりしたテープで貼り付けているので、お風呂に入ったり、プールで泳いだりしても外れないの、確認済みです」
「お股は?」
「テープで隠してます。近づいて見ていいですよ」
先生たちふたりがボクに近づいてきて、お股のところをじっくり見る。
「もしかして、このテープで留めてる内側に・・・・」
「はい、全部隠しています。このテープは医療用の丈夫な防水テープなので、お風呂とかでも全然平気です。これ、土曜日の朝に貼って、そのあと今日もいれて5日間お風呂に入りましたが、びくともしてないです」
「おしっこする時はどうしてるの?」
「これ、このままおしっこできるんですよ」とボクは笑いながら説明する。
「おちんちんの先が、トイレに座ると後ろの開口部の所に顔を出すので、それでおしっこできるんです。おしっこは後ろに飛びますし、もちろん立ったままではおしっこできませんけど」
「面白いわね」
「それでこうやって立ってると、テープが見えないから、ふつうに女の子のお股に見えちゃうんですよね」
「なるほど、これなら女の子たちと同じ部屋にずっといても大丈夫そうね」
先生達は納得していた。ボクは服を着た。
「唐本さんの学校生活について、ご両親も交えて、一度ちゃんと話合った方がいいのかしら」
「もしかしたら、そのうちお願いするかもです。でも私、まだ親にも自分の性別のこと、カムアウトしてないので」
「あら、そうなんだ」
「春頃までには一度ちゃんと親と話合おうかと思ってます」
「勇気のいることだろうけど、通っていかなければいけない道だもんね。頑張ってね」
「はい」
「髪も実は夏休み前から伸ばしてたのを、先月親にうるさく言われて少しだけ切ったんですけど、この後なし崩し的に伸ばしちゃおうか、なんて思ってて」
「ああ。。。その時は生活指導の先生にも少し言ってあげるね」
「ありがとうございます」
先生たちとしばらく話してから、琴絵たちの部屋に行く。同室になっているのは秋山さん、田上さん、布川さんである。
「お邪魔しまーす」
「お帰り。お風呂入れて良かったね」
「ありがとう。おかげでさっぱり出来た。今夜は安眠できそうだし」
「ゆっくり寝てね」
「うん。週末の疲れも一気に回復できるかな」
「冬、ぐっすり眠れるようにいちばん奥の布団ね」
「ありがとう」
部屋には布団が5つ並べて敷かれている。
「その隣が私のだから」と琴絵。
「その隣が紀美香(秋山さん)、郁子(田上さん)、そしていちばん外側が窓歌(布川さん)ね」
「ボクがいちばん外側じゃなくていい?」
「私たちけっこう出入りすると思うから、騒がしくて眠れないでしょ。たぶんいちばん出入りしそうな窓歌がいちばん外側なの」
「なるほど」
「そういうことでゆっくり休んで」
「ありがと。じゃ遠慮無く寝るね」
「はーい。お疲れ様」
ボクはいちばん奥の布団に入ったが、琴絵は「独り寝は寂しいでしょ」などと言って、他の子たちといっしょに、ボクの布団のそばに座り、おしゃべりを始めた。ボクも布団の中でおしゃべりに参加していた。
「だけど男子の方は名簿順に単純に部屋割りされてたのに、女子は名簿順じゃないのね」
「うんうん。仲良し度でまとめてある」
「そうなんだ」
「むしろ相性の悪い子が同室にならないためのシステムというか」
「ああ、女子はそれ大変そう」
「でもどちらかというと、私たちはあぶれ組〜」と田上さん。
「へー」
「私も窓歌も、あんまり友だちいなくて。そこに琴絵が声を掛けてくれたんだ」
「あ、それならボクも男子からのあぶれ組」と私。
「あ、そうだよね」
なんか女の子だけの気安さで、ボクはとてもリラックスしておしゃべりに参加することができた。結局ボクは消灯時間近くまでおしゃべりをしていたが、いつの間にか眠ってしまったようだった。その晩はほんとにぐっすり眠ることができた。
翌日は朝8時くらいまで寝ていて、琴絵に「そろそろ起きようか」などといって揺り起こされた。顔を洗ってトイレもしてから学生服に着替えた。「何か今日の冬ちゃん、学生服を着てても女の子に見える」と秋山さん。「昨日もそう思ったけど、今日は更に女度が高いなあ」と琴絵。
「ヒゲ伸びてないね」
「ボクのヒゲ、伸びる日と伸びない日があるの。土曜日の朝処理した後、全然伸びてない」
「へー」
その日は九州を横断し、車窓から阿蘇を見て、竹田市でお昼を取るコースである。初日の新幹線でも、昨日のバスでもボクはひたすら寝ていたので、その日はじめて起きて景色を見ていた。しかし阿蘇に近づくと霧が凄くて、何も見えない真っ白な空間を走ることも多々あった。
「この近くに今回は通りませんが、ミルクロードという道路があり、そこはほんとに霧が深くて、ミルクの中を走っているようなので、その名前があります」などとバスガイドさんが解説してくれた。
「私もミルクロードはよく走るのですが、ほぼ毎回そういう濃い霧に
遭遇します」などとも言っていた。
何かボクの創作意欲を刺激するような感じだった。
やがて道路の近くに可愛いきれいな円錐状の山が見える。
「あの山は米塚といいまして、とても可愛い形をしていますね。2000年ほど前に数ヶ月程度の火山噴火により形成されたものでスコリア丘と呼ばれるものです。スコリア丘は火山活動により数時間で形成されることもあるのですが、そういう短期間で形成されたものは短期間で崩れてしまうことも多いようです。米塚の場合は数ヶ月掛けて形成されたために、今に残るものとなりました。高さ100mほどですので、15分もあれば登れるのですが、現在は景観保護のため登山禁止となっております」
この米塚も強烈にボクの創作意欲を刺激する。ボクはたまらず荷物の中からスケッチブックを出すと、鉛筆で5分ほどで今見た米塚のスケッチをした。更にその横に定規で五線を引くと、そこに思いつくままにメロディーを書き綴ってみた。
「へー、唐本って作曲とかするんだ?」と隣の席の佐野君。
「うん。たまにね」
「Meet Angel?」
「うん。あの米塚の上で天使が遊んでるような気がしたから」
「へー」
この時思いついたモチーフを使用した『天使に逢えたら』という可愛い曲は実際にはその日泊まったホテルの、ロビーに置かれていたピアノを使って完成させ、歌詞付けを政子に依頼した。政子はその歌詞を翌月の初め頃に書いた。この曲のことは実はボクも政子もきれいに忘れていて!大学に入った年にFM番組でボクたちの歌を流すという企画が生まれた時、政子の部屋の押し入れから譜面を発掘して使用したのであった。
実際にこの曲がCDとしてリリースされたのは、大学3年生の春で、FM放送での公開から2年、作詞作曲をした時からは3年4ヶ月の月日が経っていた。
さて、阿蘇の雄大な自然を満喫した後は、竹田市まで降りていき、昼食となった。トイレに行きたくなったのでトイレマークのあるところまで行ってみたのだが、困ったことにここには多目的トイレが無い!昨日お昼を食べた長崎中華街のお店にはあったのに。困ったな、次の休憩スポットまで我慢しようかな。。。と思っていた時、そこに秋山さんが来た。
「ん?トイレ?」
「うん」
「ああ・・・男子トイレに入りたくないのね」
「うん」
「ちょっと待って」と言うと秋山さんは女子トイレの中をのぞく。
「中は手洗い場の奥に個室1個だけ。今誰もいない。私がここで見てるから、入ってくるといいよ」
「ありがとう」
そういう訳でボクは秋山さんが外に立って見ていてくれる間に女子トイレにさっと入って用を済ませ急いで手を洗って出て来た。秋山さんのアドバイスで、念のため学生服を脱いで、下のワイシャツだけの状態で中には入った。ワイシャツ姿だと明らかにバストがあるのが見える。
秋山さんは預かってくれていた学生服をボクに返すと「じゃ、またね」と言って女子トイレの中に消えた。
その日は4時に別府に到着し、地獄巡りをしてからホテルに入った。今日も先に食事をした後、大浴場でのお風呂(温泉)ということだった。ボクの件は昨夜の内に片岡先生たちから男の先生たちにも伝達され、今日は最初から琴絵たちと同じ部屋に入るように言われた。また女先生たちの部屋には浴室が付いているので、そこでお風呂に入るようにということだった。
ボクは部屋に入ると、琴絵たちとわいわいやりながら浴衣に着替えた。
「今朝はバタバタしててよく見なかったけど、冬ちゃん、おっぱいあるし、ウェストくびれてるし、足には無駄毛が無いし、それに足が細いし」
「魅力的なプロポーションしてるよね」
「えーっと。胸は偽乳です。足はソイエしてまーす。足の細さとウェストのくびれは元からでーす」
「わあ。でもソイエって痛くない?」
「痛い。でも剃ったのではどうしても剃り残しが出るしね。スカート穿いた時に生足さらすには、ソイエしておく以外の選択肢がないよ。それかもうレーザー脱毛しちゃうか」
「そうか!スカート穿くんだ?」
「うん。ほぼ毎日。ミニスカとかもよく穿いてる」
「わあ」
食事の席に行くと、今日食事をする大広間にはカラオケのセットがあり、先に入ったクラスの子がカラオケで歌っていた。
「それでは次6組の人よろしく」
どうやらリレー方式で各クラスから何人か出て歌っているようだ。
6組の子が何人か歌った後、政子に指名が来た。政子は頭を掻きながら壇上に上がる。
「えーっと最近、私、ローズ+リリーのマリちゃんに似てるとか言われて、ちょっと困ってるんですけど、私音痴だから、それ絶対あり得ないって」
などと言うと
「大丈夫、マリちゃんも歌下手だから」なんて声が飛ぶ。ボクは心の中で苦笑していた。
「ということで、やけくそでローズ+リリーの『遙かな夢』を歌います」
といって番号をセットして歌い出す。
「なんか顔だけじゃなくて声質もマリちゃんと似てるね」と琴絵。
「でも明らかに別人だよ。だって政子の方がマリちゃんよりずっと上手いもん」
ボクは心の中で笑っていた。『遙かな夢』の音源を制作したのは9月のことである。しかしそれから毎日、ボクらは放課後にライブ会場や放送局に向かう須藤さんの車の中で最低でも30分、音階を歌う練習など基本的な練習をさせられていた。目的地に30分もかからずに付く場合は、わざわざ迂回しても最低30分歌わされた。また帰りの車の中では、口をしっかり開けて言葉を明確に発音する練習をさせられていた。その結果、明らかに政子は9月頃よりずっと歌が上手くなっていた。だからCDで聴くマリの歌より、今、生で聴く政子の歌の方がずっとうまいのである。
歌い終わって拍手を受ける。
「じゃ、次7組の人、冬ちゃーん、女の子の声で歌ってみよう」
ぽりぽりと頭を掻きながらボクは壇に上がって、政子からマイクを受け取る。
「えーっと、女の子の声も出るけど、今日は男の子の声でね」
と男声で言う。
「じゃ、目を瞑って選曲します」と言うと、ボクは目を瞑ってカラオケの索引ブックを適当に開き、適当に指を当てた所の番号を打ち込んだ。タイトルも見なかったが、前奏を聴くと・・・・これは『WINDING ROAD』だ!コブクロと絢香の共演による歌だ。
「こうなったらひとりデュエット!」と政子が声を掛ける。
ボクは政子に手を振った。
ボクはまず初めの付近の男性パートを男声で歌い始める。そして少し経ったあたりで入る女性パートを女声に切り替えて歌った。
「えー!?」という声があちこちから沸き起こる。男女一緒に歌うところは適当に男声か女声で歌って最後まで歌いきった。
「すごーい!」などという声とともにたくさん拍手が来る。
「じゃ、次は○○さん」と女の子のクラスメイトを指名してボクは壇を降りた。
「凄いね」とまだ拍手しながら琴絵。
「宴会芸だよ」と笑いながら言う。
このひとりデュエットというのは、10月にキャンペーンで大阪に行った時に、面白い芸をする人がいるからと言われて、現地のイベンターさんに連れられて見に行ったイベントで、二種類の声色を使い分けてひとりでデュエットしているのを見て知ったテクニックだった。それを聴いてから政子はボクに「冬なら男の子の声と女の子の声使ってデュエット曲歌えるんじゃない?などと言われ、ホテルで休んでいる時などにおふざけで練習した。まさかそれを本当に2年後にCDに吹き込むことになろうとは、この頃は夢にも思わなかったのであったが。
この日の夕食は7組の生徒が合計5人歌ったところで8組にリレーしてから各々の部屋に引き上げた。琴絵たちは大浴場に行き、ボクは女先生の部屋に行って入浴させてもらった。ボクが戻って来て少しすると琴絵たちも戻って来たので、色々おしゃべりをして「少し疲れが溜まってきたね」などと言い消灯時間少し前に寝た。
前日にかなりたっぷり寝ていたせいか、その日は5時頃目が覚めてしまった。他のみんなはまだ寝ているので、浴衣のまま、ボクは静かに起き出して館内を少し散歩してみた。
ロビーにピアノがあったので、昨日米塚のところで書いた曲を完成させようと思い、ピアノで音をさぐりながら見つけ出したメロディーラインとコードを、持ってきていたバッグの中に入れたメモ帳にABC譜方式で書いていく。曲は30分ほどで完成した。
ソファーに座って少し休んでいた時、70歳くらいかなという感じのおばあさんが入ってきた。
「あ、すみません。大浴場はどちらでしたでしょう?」
などと訊かれたので、
「そちらの通路を進んでいって左手に行ったところだと思います」
と答える。しかし少し様子が変な感じがした。
「あれ、おばさん、もしかして目が・・・」
「ええ。ほとんど見えません。でもだいたい勘で動き回っていますから」
と言う。
「介護の人とかと一緒じゃないんですか?」
「よく娘が付き添ってくれるのですが、別府は何度も来てるから大丈夫と言ってひとりで出て来たんですよ。でもいつも泊まる宿が満杯で、そちらからここを紹介されてきたんですが勝手が分からなくて。昨夜は従業員さんに連れていってもらったのですが、朝早くてまだ人がおられないみたいで」
「お風呂まで連れて行ってあげます」とボクは言って、おばあさんにボクの肩に手を置くように言って、一緒に歩き出した。
「あ、この歩き方、何だか楽です。手を握られることが多いのですが、手を握られてしまうと、けっこう歩くペースが難しくて」
「肩に手を置かせろというのは、数年前に目の手術をした大叔母の見舞いに行った時に眼科の先生から教えられたんです」
「へー」
大浴場まで来る。ボクは一瞬だけためらったが、おばあさんを連れて姫様と書かれた暖簾のほうをくぐった。
「このあたりにロッカーがあります。あと行けますか?」
「はい、後は何とかなると思います」
と言ったものの、おばあさんはいきなりロッカーの端にぶつかった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか」
ボクはこのおばあさんを放置できないと判断した。
「私、一緒に入ります」
「え?いいんですか?」
「ええ。せっかく温泉に来たんだから、たくさん入らなくちゃ」
「そうですね」
ボクはロッカーをひとつ開けておばあさんにここですよ、と教えるとともに、隣のロッカーを開け、自分の服を脱いでそこに入れる。そしておばあさんが脱いだ服を全部そこに収め終わるのを待って、そのロッカーも締め、両方のロッカーの鍵を自分に腕に付けた。
おばあさんの手を握って一緒に浴室に入る。
浴室は早朝から、10人くらいの客が入っていたが、女性の裸を見てもボクは特に何も感じない。以前政子と一緒に女湯に入った時は客は2〜3人だった。これだけの女性の中で自分の裸を晒すのは初めてだ。でもボクはおばあさんを安全に誘導することに集中していたので、恥ずかしさとか不安とかは感じなかった。
ボクはおばあさんを誘導してシャワーの所に連れていき体を洗わせ、自分もまた身体を洗う。そして一緒に浴槽に入った。
「おばさん、どちらからいらしたんですか?」
「黒崎からなんですよ。て分かるかしら」
「小倉の少し先でしたっけ?」
「そうそう」
「でも九州はいい温泉多いですよね。昨夜は菊池温泉に泊まりましたが、以前湯の児温泉に泊まったことあります」
「ああ、湯の児もいいところね。あなたアクセントが標準語。東京のほうの人?」
「ええ。修学旅行で来たんですよ」
「私目が見えないけど雰囲気で感じとれる。あなたとても可愛い女の子ね」
「ありがとうございます」
ボクはしばらくおばあさんとのおしゃべりに付き合った。やがて身体が温まったところであがることにする。ここのホテルは脱衣場に自由に使えるバスタオルが置いてあるので、それを2枚持ってきて、1枚をおばあさんに渡し、1枚は自分で使った。脱衣場は先程は人がいなかったもののも今は20人くらいの女性が服を脱ぎ掛けている。長居は無用という感じだった。ロッカーを開け服を着る。
ここで、おばあさんがコーヒー牛乳を飲みたいというので、財布を預かり、自販機で買ってきて、ストローを挿して渡した。それを飲み終わった所で、脱衣場を出てロビーの所まで戻った。戻る途中でお風呂に行くふうの別のクラスの女子とすれ違った。おお、ニアミス!
「この先はひとりで帰れると思います。ありがとうございました」
「はい。お気を付けて。良い旅を」
おばあさんが戻っていくのを見送って、ボクは部屋に戻ることにした。ロビーの時計を見ると6時半だ。そろそろ誰か起き出しているかも知れない。
果たして部屋に戻ると、琴絵と秋山さんが起きていた。
「おはよう」
と言ってボクが自分の布団の所まで戻ると、琴絵が
「あれ?もしかして冬、お風呂入ってきた?」と言う。
「うん。入ってきた」
「まさか女湯?」
「ボクが男湯に入る訳無いよ」
「えー?でも誰か同じ学校の生徒に遭遇したら」
ボクは目の不自由なおばあさんを誘導してたら結局一緒に入ることになったということを説明した。
「なるほどー。冬がもう我慢できなくなって女湯に突撃したのかと思った」
「けっこう突撃したい気分はあったけどね。でも早朝だし、生徒はいないだろうと思ったのよね。中にいたのは30〜40代の女性10人くらいだったよ」
「へー」
「でも脱衣場を出て戻ってくる最中に、2組の米山さんとすれちがった」
「おお、危ないとこだったね」
そういう訳でこの修学旅行の最後にボクはめでたく?女湯に入ることもできたのであった。
旅行の最終日はバスで熊野の磨崖仏を見てから小倉まで移動し、14時の「のぞみ」
で東京に帰還(東京駅到着19時)というコースであった。席を少し組み替えてもらっていたので、ボクはバスは琴絵と隣同士。新幹線では3席の所に、ボク・琴絵・秋山さんで座り、ひたすらおしゃべりを続けて東京に帰着した。
東京駅で学年主任のお話があり解散する。初日にいろいろしてくれた佐野君、それから少しだけ親しくなってフェリーの中とか、地獄巡りとかの時にまた少し話した松山君などにも声を掛ける。政子は他の子と話していたので手だけ振っておいた。政子とはどうせまた明日から2日間一緒である。明日は土曜日。新幹線で朝から移動して名古屋でコンサートがある。今日は早めに寝てぐっすり休んでおかなくちゃなどと思っていた時、琴絵が「ちょっと話がある」と言って、みんなから少し離れた柱の影にボクを引っ張っていった。
「私やっと分かったよ」
「何が?」
「冬と政子がしているバイト」
「え?」
「ふたりがローズ+リリーなんだね。ケイちゃんって女装歌手だったんだ」
ボクは参ったという表情をした。
「誰にも言わないでね」
「もちろん」
「そしてふたりの関係も分かった」
「え?」
「冬と政子、ケイとマリってレスビアンなんだ!」
「えー!?ただの友だちだよ」
「そんな話は信じません」
と言って琴絵は笑った。
【夏の日の想い出・修学旅行編】(1)