【夏の日の想い出・女子制服の想い出】(上)

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高校1年の春、ゴールデンウィーク。ボクは中学の陸上部のOGのグループで高尾山に登った。その時、ボクはみんなに生徒手帳を見せたが、そこには高校の女子制服を着たボクの写真が転写されていた。
 
「ちゃんと女子高生してるじゃん!」
「なんでこういうことになってる訳?」
 
「うん。入学手続きに行った時に『この部屋に行って下さい』と言われて行った部屋が女子の制服の採寸をされる部屋でさ。その場で詩着用の制服を着せられて写真撮られたんだよね。それがなんと、生徒手帳用の写真だったというのは、この生徒手帳を受け取ってから知った」
 
「ああ、冬の場合、よくあるパターンだ」
「じゃ、女子の制服を作ったの?」
 
「ううん。作ってないよ。採寸はしてもらったけど注文してないから」
とボクは言ったのだが、絵里花が
「よし。私が冬の家族を装って電話して注文入れてしまおう」
と言った。
 
「ちょっとぉ」
 

その絵里花の言葉は、ボクはてっきり冗談だと思っていたのだが、冗談では無かったのである!!
 
5月の中旬のある金曜日。ボクが(学生服姿で)学校から帰ると、母が
 
「冬。○○○屋さんから、制服の夏服ができましたって連絡が来たんだけど」
と言う。
「へ?何それ?」
「あんた、夏服の制服頼んだの?」
「えー?」
と言ったものの、すぐに絵里花の仕業だと直感した。
 
「ごめん。それ、ボクの友だちの悪戯だと思う」
「きつい悪戯する友だちがいるもんだね」
 
「ボクが制服の採寸はしたけど、注文してないって言ってたから、それなら自分がボクの家族を装って注文を入れてやるよ、なんて言ってたんだよね。てっきり冗談だと思ってたのに。ホントにするとは。たぶん時期が時期だから夏服の注文として処理されちゃったんだろうね」
 
「どうする?事情を話してキャンセルする?」
「いや・・・制服はボクの寸法に合わせて作ってあるし、名前の刺繍も入ってるだろうから、それキャンセルするのは申し訳無いよ。ごめん。お母ちゃん。その制服の代金貸してくれない?バイト代が入ったら返すから」
 
「あんた、その服着たいの?」
「・・・・うん」
と言ってボクは頷く。すると母は少し考えるようにしてから
 
「だったら、子供の制服代くらい、親に出させなさい」
と言った。
 
「うん。ありがとう」
とボクは微笑んで言った。その時、母がドキっとしたような顔をした。
 
「え?どうかした?」
「いや・・・今の冬の表情って、凄く女の子っぽかった」
「えー? ボクっていつもこんなもんじゃん」
「・・・そうかもね」
と言って、母も笑顔になった。
 

ボクは母に言われてカジュアルで中性的な服装(水色のポロシャツに、黒いハーフパンツ)に着替えて、一緒に町に出た。中性的な服装とは言われたけど、下にはちゃんとブラとショーツを着けている。ブラ線も見えているが、母はそれは見ても見ぬ振りをしている感じだった。
 
衣料品店に行き、名前を言って夏服の女子制服を受け取る。
「試着してみられますか?」
「あ、はい」
 
ということで、試着室でボクはその制服に袖を通した。とても可愛いデザインのブラウスにリボン、そしてチェックのスカートである。
 
試着室内の鏡で見てみる。
わあ・・・・いいなあ。
 
カーテンを開けて母にも見せる。
 
「へー。可愛いね」と母は笑顔で言う。
「うん。うちの高校の制服って可愛いよね」とボク。
 
「◆◆高校は以前はけっこう古めかしい制服だったのですが、5年ほど前に当時はまだ無名に近かった若手デザイナーの安芸千紗登さんがデザインして一新されたんですよ。OBの中には制服変更を嘆く人も多かったのですが、生徒たちには好評で、元の制服をそのまま卒業まで着ても構わなかった在校生でも、3割くらいが新しい制服を作りましたね」
と対応してくれた副店長さんは説明する。
 
そしてウェストの余裕や、スカート丈をチェックして
「寸法は問題無いようですね。ウェスト、あるいはもう少し余裕あった方が良かったですか?」
「ダイエットするから大丈夫です」
「タックがあるので、増やす方は70cmまでは行けますから」
「詰める方はどのくらいまで大丈夫ですか?」
「詰める方はけっこう行けますよ。59でも57でも53でも」
「さすがに53までダイエットする自信は無いかな・・・」
 
「あなたそもそも身長があるから、今のウェストでも充分細いと思いますけどね」
と副店長さんは言った。
 

自宅に戻る車の中で母が訊いた。
 
「あんた、冬服の方も作る?」
「あ、えっと。今から作っても衣替えになっちゃうから、秋にまた考える」
「そうだね」
 
「じゃ、6月になったら、その服で学校に通うの?」
「ごめーん。まだそこまでの心の準備が無いから、それも少し考えさせて」
「ふーん。まあいいけどね」
「ごめんねー。お金使わせておいて」
「だけど、あんた中学の時は女子制服で通ってたとか言わなかった?」
「えへへ・・・」
 
そうしてボクは「唐本」という名前の刺繍が入った高校の女子制服夏服に頬ずりしてから、自分の部屋のビニールロッカーの中に収めた。隣に掛かっている中学の女子制服冬服はクリーニングに出してから、(既にクリーニングしてしまってある)中学の夏服と一緒にしまっておこうかな、と思った。
 

そして衣替えになる6月1日が来る。この日は金曜日であった。
 
ボクは朝の補習に出るのに、ご飯を食べた後、学生服を着ずに、ワイシャツとズボンだけの格好で、カバンとスポーツバッグを持って部屋から出てきた。
 
「ふーん。それで行くの?」と母。
「うん。御免ね」とボク。
「ああ、今日から衣替えか」と珍しくこの時間までいる父。
「素直じゃないね」と姉は言った。
 
電車に乗ると、同級生の女子に会った。
「おはよう」「おはよう」
と挨拶を交わす。夏服の女子制服を着ている彼女がボクはまぶしかった。
 
何気ない会話をしているうちに電車は駅をひとつふたつと進んでいく。電車を降りて学校へ歩いて行くと、更にたくさんの夏服女子制服を着た子たちと遭遇する。ボクは彼女たちと挨拶を交わし、普通におしゃべりしながらも、次第に自分を抑えきれないような気持ちになっていった。
 
放課後。
 
ボクはとうとう我慢出来なくなった。荷物を持って、1階に降り、職員室から廊下を経て少し入り込んだ所にある面談室の所に行き、その中のひとつの個室に入る。そこでボクはスポーツバッグから実は持って来ていた女子制服の夏服を取り出し、さっと身につけた。ワイシャツとズボン、下着隠しに着ていた灰色のTシャツはスポーツバッグに収納する。
 
最初に1階の女子トイレに入り、鏡の前でセルフチェックする。変な所・・・無いよな? 少し髪が乱れていることに気付き、カバンの中に入れているポーチから折り畳みのブラシを出して髪を梳いた。白い制服の生地を通してブラの紐も見えている。男子の格好をしている時は下着の線を隠しているが、女子の制服を着ていると、ブラ紐は当然そこにあって良いものと思える。
 
しばし自分に見とれながら髪を整えていたら、他の女子生徒が入ってきたが、ボクの心は特に乱れなかった。
 
その後、図書館に行く。ちょっとだけドキドキ。まあ知ってる子に会ったら、その時だよなあ。
 
新着図書のコーナーに面白そうな本があったので、取ってテーブルに座り読んだ。30分ほど読みながら時々ノートにメモを取る。しかしそのくらいの時間、人のいる場所にいたことで、ボクはだいぶ「女子制服を着ている」という状態に心が慣れてきた。
 
その本を返してから館内を少し歩き回り本を物色する。そのうち、4月に入学して間もない頃に図書館に来て「生徒手帳違いますよ」と言われて、借りられなかった本に気付く。ボクは微笑んでその本を取ると、カウンターの所に行った。
 
「これ借ります」と女声で言う。
図書委員の男の子がボクの生徒手帳をスキャンする。モニターに冬服の女子制服を着たボクの写真が表示される。続けて図書をスキャンして、帯出の手続きをしてくれた。
 
ボクは「ありがとうございます」と言って、本をカバンに入れ、図書館を出て、そのまま校門に向かった。
 
こうしてボクは女子制服で主として図書館に出没することを始めたのだった。
 

男子の格好をしていた時は、電車の自動改札で赤いランプがつく度に「咎められないよな?」と内心ビクビクしていたのだが、女子制服を着ていると逆に赤いランプがつくことで、自分のアイデンティティを追認されるような気分になった。
 
「ただいまあ」
と言って、ボクが女子制服のまま自宅に戻ると、母が一瞬ぎょっとしたような表情をした。
「その服に着替えたんだ?」
「うん。放課後になってからね」
「へー」
「まだこれで授業に出る勇気は無いかも」
「あんた胸があるね・・・」
「あ、これシリコンパッド」
と言って、ボクは胸元に手を入れ、左側のパッドを外して母に手渡した。
 
「へー。なんか感触が本物のおっぱいみたい」
「でしょ? これなら触られても大丈夫」
とボクは笑顔で言った。
 
「でも・・・・あんたその服でうちに入ってくるんだよね」
母はやはり少し「世間体」を気にしている感じだ。
 
「大丈夫だよ。ボクの友だちって女の子ばかりだから、女子制服の子がうちに入って行ってもボクの友だちが誰か来たんだろって思われるよ」
「そうだよね!」
 

翌日は朝からハンバーガーショップのバイトである。ボクはみんながまだ寝ているのをいいことりに、一応みんなの分の朝ご飯を作った上で女子制服に着替えて出かけた。
「おはようございます」
と言って更衣室に入ると、その日は先に和泉が来ていた。
「おはよう・・・・その服は?」
 
「うん、うちの夏服だよ」
「制服、買ったんだ?」
「だって衣替えだもん」
「へー。冬は男子冬服から、女子夏服に衣替えしたのね」と和泉。
「まあ、そんな感じかな」
 
「学校にもそれで行ってるの?」
「昨日はね。これで出て行く勇気がなくて、ワイシャツとズボンで出て行ったけど、我慢出来なくなって放課後これに着替えて帰って来た」
 
「うーん。。。冬って、女の子の格好するのに充分慣れてるように見えるのに変なところで根性が無いね」
「うん。まだまだ女の子の自分に慣れてないんだよ」
「慣れてないってことないと思うけどなあ」
 

土曜日なので、ハンバーガーショップのバイトが終わった後は、そのまま有咲がバイトしているスタジオに行く。
 
「おお、町田君も唐本君も衣替えか」
と麻布さんが何だか楽しそうに言っている。
 
「有咲のとこも衣替えあるのね?」とボクは訊く。
「うん。そもそも制服は無いけど、標準服の冬服・夏服はあるから、標準服を着ている子は6月から衣替えするよ」と有咲。
 
「へー。でも、有咲、ここに来る時あまり標準服も着てなかったよね」
「そうだねー。休日だしと思って私服で来ること多かったね。だけど、冬こそ初めてじゃない? ここに制服で来たのは?」と有咲。
「あ、そうかもね〜」
 

この時期、ボクは高校では、いわばこっそり女子制服を着ていたのだが、ボクが女子制服を着ていることを知っている人が3人いた。
 
ひとりはボクの性別のことを理解してくれている高田先生である。
 
6月に入って早々。ボクが放課後女子制服に着替えてから、図書館の方に行こうとしていた時、高田先生とバッタリ会った。
 
「あ、唐本さんだよね?」と先生。
「あ、はい」
「そっちの制服にしたんだ?」
 
「あ、それが実は・・・」
と言って、ボクはまだこの服で授業とかに出る勇気が無いので、放課後になってこっそり着ていることを正直に言った。
 
「うん。そのあたりは無理せず、自分の心が受け入れられる範囲でやっていけばいいと思うよ。でも、女子制服を着ていたら、身分証明とかで困ったりしない?」
「あ、それが・・・」
と言って、ボクは自分の生徒手帳を見せる。女子制服で写っているボクを見て先生が仰天する。
 
「むしろ男子の格好している時に困るというか」
とボクが言うと
「ホントだね!」
と言って笑っていた。
 
「写真貼り直してもらう?」
「あ、いえいいです。これはこれで結構楽しんでますから」
「うん。じゃ、何かあったら僕のところに言ってきて」
「はい」
 

高田先生の次にボクが女子制服姿を晒したのが、詩津紅であった。
 
6月最初の火曜日。ボクは放課後になると女子制服に着替えてから、いつもの体育用具室に行った。ピアノの前に座り、ウォーミングアップにトルコ行進曲を弾いていたら、詩津紅がやってきた。
 
「ハローハロー」と詩津紅。
「ハローハロー。じゃSuperflyの『ハローハロー』から」とボクは言ってピアノを弾き始める。
 
詩津紅はピアノの向こう側に立ったままこの曲を歌う。ボクたちのいつものポジションだ。
 
「だけどインパクトのある新人が出てきたよね」
「うんうん。ちょっと注目株だよね」
とボクたちは当時デビューしたてであったSuperfly論でしばし盛り上がった。
 
「でも、今の曲でさ、私が思ってたメロディーと違った所があったんだけど」
「あれ?そうだっけ。ごめーん。ボクの記憶違いかも」
 
「えっとね。ここの所なんだけど」
と言って詩津紅はピアノで実際に弾こうと、こちらに回ってきた。そして初めてボクの女子制服姿に気付く。
「え!?」
「ん?」
「その制服!」
「ああ。衣替えの季節だしね」
「うーん。。。。衣替えか!!」
 
と詩津紅は楽しそうに言った。
 
「それで授業も出てるの?」
「ううん。これは放課後に図書館や体育館を探訪する時限定。まあこれで下校するけど」
「ふーん。でも、冬って、やはり女の子だったのね?」
「ボクの実態は知ってるくせに」
「うふふ。でも似合ってるよ、それ」
「ありがとう」
 
「でも女子制服着られるんなら、その服着てコーラス部に入らない?」
「いや、この格好をあんまりみんなの前に晒す勇気無くて」
「その格好で出歩いてるなら、既にかなりの人数に晒してる気がするよ」
「そうだなあ。。。」
 

この体育用具室でのデュエットは、歌声が体育館の中まで響くので、体育館で練習している運動部の子たちには知られていたが、誰が歌っているのかについては、必ずしも知られていなかった。しかし、それをちゃんと知っていたひとりが弓道部の奈緒である。
 
6月中旬のある日、奈緒はボクたちが歌っている所に入ってきた。
「冬〜。歌っている時に申し訳無い。ちょっと用具運ぶの手伝って」
と言った。すると詩津紅も
「あ、じゃ私も手伝いますね」
と言うことで、ふたりで行こうとしたのだが、その時、奈緒はボクの女子制服姿を見てしまった。
「へ?」
「どうしたの?」
 
「冬、そんな服着てるの?」
「うん。何か問題ある?」
「いや。冬だったら、別に着ても構わないかな?」
 
「だって、校内では制服を着てないと叱られるよ」
「まあ、そうだね。男子生徒ならワイシャツにズボンだろうけど」
「女子はブラウスとチェックのスカートにこのリボンだね」
「冬は女子生徒だから、スカート穿くんだね?」
「うん。男子がスカート穿いてたら少し変だけどね」
「まあ、冬がスカート穿いてるのは普通だしね」
 

それは6月下旬の金曜日。
 
ボクはいつものように放課後、女子制服に着替えて、図書館に寄ってから下校する。ちょっと買いたいものがあったので、町に出て商店街でチェックする。しかし欲しいものは見つからなかった。それから自宅に戻ろうとしたら、雨が降り出した。
 
ボクは近くの雑貨屋さんの店頭に傘が出ているのを見て、そこに飛び込み、ピンクの水玉模様の傘(500円)を買った。それで商店街を出てバス停の方に向かっていたら、横断歩道の所に27〜28歳くらいかなという感じの女性が雨に濡れながら、信号が変わるのを待っている感じだった。ボクは反射的に傘をその人の上に差し掛けた。
 
「あ、ありがとう」
「急な雨で傘の用意が無い人が多いですよね」
「もう車の流れ無視して、走って行こうかと思ったんだけどね」
「轢かれますよ〜!」
 
ボクは少し話している内、彼女が酔っていることに気付いた。
「君、女子高生?」
「そうですね。男子高校生というよりは女子高生かと」
「面白い子ね。ね。飲みに行かない?」
「未成年ですから、飲酒は禁じられています」
 
「硬いこと言わないで。おうちとかでは飲んでるでしょ?」
「飲んでませんよ。うち、父もほとんどお酒飲みませんし」
「へー。私なんか小学3年生の頃から友だち同士で酒盛りしてたわよ」
「それはさすがに早すぎます」
 
「じゃ、飲むんじゃなかったら、カラオケにでも行かない?」
「そうですね・・・カラオケくらいなら」
 

ということで、ボクはその女性とふたりでカラオケに行くことになってしまった。母に電話しなきゃと思ったのだが、そのカラオケ屋さんにはピンク電話とかがない。まあ、あまり遅くならなきゃいいか、と開き直ることにした。
 
「勘定は割り勘でいい?」とその女性。
「ええ。その方がスッキリしますね」とボク。
 
これだけの年齢差があったら、おごってくれそうな気もするのだが、酔っている人にあまり貸しを作りたくない気もして、ボクは割り勘の方が気持ちいい気がした。幸いにも、買物するつもりだったので1万円札が財布に入っている。
 
最初に飲み物を注文した。
「水割り2杯ね」と彼女は言うが
「いえ、水割り1杯と烏龍茶1杯で」
と私は訂正した。食べ物も適当に注文する。
 
「じゃ、交互に歌おう」
ということで、彼女はまず《もんた&ブラザーズ》の『ダンシング・オールナイト』
を歌う。
 
「きれいな声ですね〜」とボクは彼女を褒めた。
「この歌、知ってた?」
「私が生まれるより10年くらい前の曲ですけど、知ってますよ」
「じゃ、今日は1980年代の曲限定で歌わない?」
「いいですよ。じゃ」
 
と言ってボクはクリスタルキングの『大都会』を歌う。
 
クリスタルキングはツインボーカルでテノールの田中さんは上がC5まで出ていて、バスの吉崎さんは下がE2まで出ている。ひとりで歌おうとすると、3オクターブ弱の声域が必要である。
 
ボクはこの曲を1オクターブ上げて歌った。田中さんのパートをソプラノボイスで(最高音C6)歌い、吉崎さんのパートは中性ボイスで(最低音E3)歌う。ふたつの声であわせて3オクターブ弱である。
 
「すげー、あんたまさかプロだとかは言わないよね?」
「ただの素人女子高生ですよ〜。でも小学校・中学校で合唱部にいました」
「へー。今は?」
「今は音楽関係の部活はしてないです」
 
「あんた、部活とかより、どこかのレコード会社とかのレッスン受けない?私知り合いが、★★レコードとか、◎◎レコードとかにいるからさ、紹介してあげるよ」
「ああ、友人からもちょっとそんな話で誘われてるんですけどね」
 
「誘いたくなるだろうなあ。あ、名前聞いてなかった」
「あ、済みません。じゃ、ケイってことで」
ボクは本名を名乗るのがためらわれたので、1年ほど前に青島リンナに訊かれて名乗った名前を答えた。
 
「ふーん。芸名っぽいな。じゃ私はモーリーで。よし、今度は私の番だ」
 
その後、私たちは『キッスは目にして』(モーリー)、『私はピアノ』(私)、『シルエット・ロマンス』(モーリー)、『Mr.ブルー』(私)、『星空のディスタンス』(モーリー)、『聖母たちのララバイ』(私)
 
と歌っていった。
 
「あんたよく古い歌知ってるね。あんた、まさか年齢詐称してて実は30歳なんてことないよね?」
「えー?それはさすがに無理があるかと」
 
「女子高生の制服が着れる30歳がいたら、それも凄い気がして」
「そういえば。。。今更ですが、モーリーさん、もしかしてプロの歌手ですか?物凄くうまい」
 
「まあ、プロの歌手ではないよ」
「へー。でもプロになれると思う」と私。
「その言葉、そっくり君に返すよ」
 
「よし。歌い方変更だ」とモーリーさん。
「はい?」
「端末にさ、いきなり数字5桁打ち込まない?」
「何の曲か知らずに呼び出して、歌うんですね」
「そうそう」
「それで、歌えなかった曲の数を数えておいて、負けた方がここのお勘定全部払う」
「いいですよ」
 
ここに入る時、モーリーさんは会員証を出して入っていた。会員価格なら2〜3時間居ても1000円程度だと踏んだ。飲み物・食べ物を入れても5000円程度だろう。
 
と思ったのだが、モーリーさんは、いきなりフロントを呼ぶと、食べ物を大量に注文した! 水割りもお代わりする。
 
「ふふふ。ケイちゃんにお勘定を押しつけられそうだから、たくさん食べなきゃ」
などと言っている。あはは。
 
私も開き直って「今日はおごちそうさまです」などと言って、烏龍茶のお代わりをする。
 

 
このゲームは最初私から始める。どうせ適当に数字を打つのであれば、というので目を瞑ってリモコンを操作する。出てきたのは・・・『ポリリズム』!楽勝!
 
私は人工っぽい声の出し方で、Perfumeのこの曲を歌った。
 
続いてモーリーさんが打ち込んで出てきたのは関ジャニ∞の『関風ファイティング』。
 
「私、ジャニーズ分からない」と言ってパス。
 
この時点ではモーリーさんも、お互いにたくさん歌えない曲が出るだろうという感じで余裕があった感じだった。
 
次に私が呼び出したのは、3代目コロムビア・ローズの『蒼いバラの伝説』。さすがに私も演歌は自信が無かったが、負けるとお勘定がこちらに来る。私は微かな記憶を辿りながら、根性でこの歌を歌った。
 
私が演歌をしっかり歌ったので、モーリーは
「やはり、あんた年齢詐称してるでしょ? ホントは56歳くらいでは?」
などと言いながら、次の曲を呼び出す。
 
今度は南沙織の『17才』。モーリーは余裕でこの曲を歌うが
 
「モーリーさん、歌い方が可愛いです」
と思わずボクは言ってしまった。
「うふふ。私も女子高生の制服着れるかな?」
「着てみてもいいと思いますよ」
などと言ってみたら
「通販で買っちゃおうかなあ」
などと言っている。どこまで本気でどこから冗談なのか、よく分からない人だ。
 

こんな感じで、お勘定を掛けた対決は続いていった。
 
約2時間後。
 
うーん。。。とモーリーさんはうなっていた。ここまでお互いに10曲ずつ適当な番号で呼び出して、私は10曲全部を歌えたが、モーリーさんは10曲中6曲しか歌えなかった。
 
「あんた、絶対年齢詐称してる」とモーリーさん。
「ええ?では何歳だと?」
「海軍小唄が唄える高校生がいるものか。あんた66歳でしょ?」
「66歳で女子高生の制服が着れたら凄いですね」
 
「あんた、選曲番号を覚えてたりしないよね?」
「まさか」
「よし、お互いに相手が歌う番号を呼び出すということにしない?」
「いいですよ」
 
その方式に変えて、お互い5曲ずつ歌ったが、私は5曲全部歌えて、モーリーさんは3曲しか歌えなかった。
 
「負けた〜!」
と、とうとうモーリーさんは負けを認める。
 
「あんた、面白い子だから、今日は私が勘定を持つよ。次会った時はリベンジしたいなあ」などと言う。
 
その時彼女はふと思いついたように
「ねえ、あんた作曲とかもする?」
などと訊く。
 
「えっと、あまりまともなのは書けてない感じで。今まで習作は100個くらい書いてるんですけどね」
「100個も! 凄いじゃん。今楽譜とか持ってる?」
「あ、持ってます」
 
と言って、ボクはいつも持ち歩いている作曲用の五線紙をカバンの中から取りだし、比較的自信のあるものをいくつか見せた。モーリーさんは譜面が読めるようで、うなずきながらボクの書いた曲を見て、ページをめくったりもする。
 
「ふーん。ちょっと安心した。まだまだ素人の作曲だね」
「お恥ずかしいです」
「でも、あんた才能あるよ」
「そうですか?」
「もっともっと習作をするといい。その内、ホントにいいのが書けるようになるから」
「そうですね。頑張ります」
 
「よし。今度は1970年代の曲で行こう!」
 
と言って、モーリーさんは、いしだあゆみの『あなたならどうする』を歌い出す。
 
ボクはトワエモアの『誰もいない海』を歌う。
 
その後、モーリーさんが『わたしの城下町』を歌い、ボクが『精霊流し』を歌っていたところで、ドアをトントンとされた。
 
「あ、時間だっけ? 延長、延長」とモーリーさんは言ったのだが、
「あ、いえ、お客様。そちらのお連れさんは高校生ですよね?」
「あ、うん」
「高校生は22時までとなっておりますので、そろそろご帰宅を」
「ああ!」
 
モーリーさんは、とっても残念そうな顔をしていた。
 

そういう訳で、精算してお店を出ることになった。
「おうち、どこ?」
「H市の**です」
「じゃ、車でなら5分で行くな。タクシー代あげるから、タクシーで帰りなさい」
「わあ、ありがとうございます」
 
「今夜は私もとっても楽しませてもらったから、その御礼」
「私も楽しい夜でした」
 
「あんたとは多分、そう遠くない時期に再会できそうだから、連絡先は聞かずに別れるよ」
「そうかも知れないですね・・・・」
 
「じゃね」
「ありがとうございました」
 
このモーリーさんというのが、ワンティスの雨宮三森先生(つまり上島先生のお友だち)であったことをボクが知ったのは、かなり先のことであった。
 

ボクが帰宅したのは、22:01だった。(タクシーの中で普段着に着替えた)
 
「どこに行ってたんだ!」
と父から、凄い剣幕で叱られた。というか叱られる前に一発殴られた。
 
「ごめんなさい。知り合いのおばさんに会って、つい話し込んでしまって」
「電話1本くらい入れなさい」
と母も怒った顔で言う。
 
「ごめーん。電話しようと思ったんだけど、公衆電話が無くて」
 
一通り叱られた後で
 
「でも最近、ほんっとに公衆電話無くて、私も携帯忘れた時は結構困るんだよね」
などと姉が言う。
 
「それは確かにそうだよね・・・、あんたも携帯電話持つ? あんたバイトしてるし、バイト関係の緊急連絡とかもあるよね」
「うん。それは思ってたんだけど」
 
「お前の高校、携帯電話は禁止されてないの?」と父。
「持っておくのはOK。でも校内では原則として電源を切っておくことになってる。校内で使っていいのは、放課後、部活で遅くなった子が、親に迎えに来てもらうのに連絡するのとか、特に先生に許可をもらった場合だけ」
 
「でも切っておいてもメールは受け取れるわね」
「うん。持ってる子は、主としてそのために持ってる感じ。実際には昼休みのメールチェックとかは黙認されてるし」
 
「じゃ、明日にでもちょっと見に行きましょう」
 
ということで、ボクは携帯電話を買ってもらえることになった。
 

8月の初旬の週末。ボクは書道部のキャンプに参加した。
 
そしてこのキャンプでボクは政子たち女子部員に唆されて女装をし、そのまま女子のバンガローに泊まった。元々男子のバンガローは定員5人に男子は6人で、女子の方は定員5人に女子部員4人だったので、ボクが女子の方に移ると、ちょうどよいというのもあった。
 
翌日は政子に「ずっと女装してて」などと言われたこともあり、ずっと女の子の格好でいたのだが、この時、唐突に曲が浮かび、ボクと政子の最初の共同作品が生まれた。その曲は一時譜面が行方不明になっていたこともあり、大学4年の時に音源化し発売することになる。
 
ボクが政子に「いつ男の子の格好に戻ったらいいの?」と尋ねると「それで家に帰るといいよ」などという。でもその日は父が休日で家に居る。この格好では帰れない!
 
と悩んだボクは、絵里花の家に寄ることにした。
 
絵里花の家でボクは中学1年の時からしばしば女装させられていて、よく着せ替え人形のようにして遊ばれていた。それで、ここにはボクの男物の服・女物の服が少し置かれているのである。ボクはそこで着替えさせてもらい、ついでに着て来た女物の服をそのまま置かせてもらった。
 
「ごめーん。今度回収に来るから」
「洗濯しておいてあげようか?」
「うん。助かる」
 
「ところで『制服』着てる?」
「あれは、なかなか、きつい冗談だったよ」
「冬は背中を押してあげないと、いつまでも足踏みしてるからね。ちゃんとそれで通学してる?」
「とてもそんな勇気無い」
 
「恥ずかしがること無いのに。着てはみた?」
「うん。部屋の中でちょっと」
「外に着て出ないの?」
 
「出ないよ〜。ボク、女装外出する自信無い」
「今、女装でうちに来たじゃん」
「書道部でキャンプに行って、女子部員たちにうまく乗せられて女装させられたんだよ。それでそのままお家に帰りなさい、なんて言われるから。ここまで来るのも恥ずかしくて恥ずかしくて」
 
「恥ずかしがってる風には見えなかったけどね。ふつうに着こなしてた」
「そんなことないよー」
 
「・・・・ね、実際は女の子の服着て、よく出歩いてたりしないの?」
「しない、しない。ここで女装させてもらうのとか、うちで自分の部屋の中で絵里花さんが注文しちゃった高校の夏服とか、絵里花さんからもらった中学の制服とか、ちょっと着てみたりすることがあるくらいだよ」
 
「あれ?夏服だったんだっけ?」
「時期が時期だから、夏服の注文として処理されたみたい」
「よし。秋になったら、冬服の注文を」
「勘弁して〜」
 
「だって、10月になったら冬服が必要でしょ?」
「うーん・・・・・それ、ボク自分で注文するよ。今年の秋に注文できるかどうかは分からないけど。来年になっちゃうかも知れないけど」
 
「ふーん。じゃ、私は注文の電話入れるの控えようかな」
「自分でそれ買えたら、ここに持って来て、着てるところ見せるから」
「持ってくるんじゃなくて、着て来なよ」
「恥ずかしいよ〜」
 

その翌週の金曜日のことであった。補習が終わった後、お弁当を食べてから、ボクが書道部でめずらしく漢詩の臨書をカオル・理桜・圭子と4人でしていたら、校内放送で「唐本冬彦君。電話が入っているので、居たらすぐに事務室に来るよう」と言われる。急いで飛んで行ったら、和泉であった。
 
「補習があってると思ったから、家に掛けるより、学校の方がいいかと思って」
と和泉。
「うん?」
「日曜日、暇?」
「ハンバーガーショップのバイトの後は、時間取れるけど」
「じゃ、私と一緒にFHテレビに行ける?」
「テレビ局? 何があるの?」
「詳しいことは明日のバイトの時に」
「うん」
 
翌日、いつものようにハンバーガーショップのバイトに行く。私たちは朝7時からの勤務だが、朝の内はお客さんも少なく、かなり暇なので、私たちは厨房の隅で小声で話した。
 
「冬はリハーサル歌手って知ってる?」と和泉は訊いた。
 
「こないだMURASAKIのライブでボクがしたような奴?」
「あ、そういえばしたんだった」
「テレビ番組のリハーサルで歌う歌手?」
「そうそう。テレビ番組の場合、特にスケジュールの詰まっている歌手が多いから、リハーサルの時に、歌手本人が居ないってのは、よくあるんだよね」
「ああ」
 
「それで本人が出られない場合に、代わりに歌う歌手なのよ」と和泉。
「なるほど」
「実際に誰がリハの時いないかってのは、その時にならないと分からないから誰の代わりに歌うことになっても、即対応できないといけない」
「それを和泉がするの?」
 
「うん。実は、FHテレビの『歌う摩天楼』で、これまで付いていたリハーサル歌手が1人はメジャーデビューすることになって辞めて、1人は結婚するので辞めるということで、その後釜にならないかってオファーされて」
「へー。でも和泉、レパートリーが広いから、結構いけるんじゃない?」
「冬もやらない?」
「え?」
 
「社長にさ、MURASAKIのリハで歌ったの、実は私の友だちなんですと言ったら、とっても興味持ってくれて」
「あはは」
「だったら、その子とふたりでやらない?と言われたのよ」
「ああ」
「できたら、今日このバイトの後、うちの事務所に一度来れない?簡単な打ち合わせとかして。冬がよければ、明日の収録から早速入りたいんだけど」
 

そういう訳で、ボクはその日、有咲がバイトしているスタジオの方には急用で遅れる旨連絡して、和泉と一緒に、和泉が「顔を出している」芸能事務所である、∴∴ミュージック に行った。
 
社長の畠山さんが「先日はありがとう」と言って、にこやかな顔で握手をしてくれた。
 
「こちらこそ、先日はお世話になりました」と挨拶するが
「君の歌唱力は、先日しっかり見せてもらったけど、レパートリーは広いの?」
などと訊かれる。
「だいたい最近流れている曲なら歌えます。私、だいたい半年程度以内に聴いた曲は歌えるので」
と言う。
「ほほぉ」
 
「この子、一度聴いただけで、それをコピーして歌えるんです」
と和泉が言った。
「ほんとに?」
「試してみて下さい」と和泉。
「よし」
 
ということで社長さんは何かのCDを持って来て掛けた。これは中堅の歌手・道上前略さんの声だ。でも聴いたことない。社長がCDを停める。ボクは歌い出す。
 
Aメロ, Bメロ, サビ, Aメロ, Bメロ, サビ, Cメロ, サビ, サビリピートで終了。
 
「凄い!」
と社長は首を振りながら言う。和泉が拍手をしている。
 
「これは新曲ですか?」
「昨日音源ができあがったばかりの曲だよ」
「わあ」
「これ、よそで鼻歌で歌ったりしないでね」
「気をつけます!」
 
「しかしほんと凄いね! ある意味、天性のリハーサル歌手かも」
などと言われる。これで「採用試験合格」という感じだった。
 
それで詳細について打ち合わせようということで、会議室に入ろうとした時、ドアが開いて、20歳前後の女性が入ってくる。ボクはその人に見覚えがあった。
 
笑顔で会釈する、と向こうも驚いたようで
「ケイちゃんだったっけ? ごぶさた−」
と言われた。
 
「リンナちゃん、知ってるの?」と畠山さんは驚いたように言う。
 
「ほら。言ってたでしょ? 去年京都でキャンペーンライブしてた時に、ピンチヒッターでキーボード弾いてくれた女子中学生ですよ」
「ああ、その時の子か!」
 
「あれ、私は修学旅行でたまたま行ってたんです」
「奇遇だね」
と言って、青島リンナは力強く、私と握手してくれた。
 
「何があったんですか?」と和泉が訊く。
 
「去年の夏くらいかな? リンナちゃんが京都の商店街でライブしてたら、ちょっと事故があって広告塔が倒れて来てさ。キーボード弾いてた人を直撃して。手を痛めて弾けなくなっちゃたのよ」
「へー」
 
「その時、観客の中の女子中学生が『私が代わりに弾きます』って名乗り出て、その子のお陰で最後までライブが出来たんだな」
と社長さんは説明する。
 
「それが冬子だったのか!」
「そうそう」
「冬子って、そういうピンチヒッターが得意なのね?」
「ああ、それはあるかも」とボク。
 
「だったら、リハーサル歌手なんかも、天職かもね」
「へー。リハーサル歌手やるの?」とリンナ。
「今、その話をしようとしていた所で」
 
「もったいないよ。この子、舞台度胸があるもん。機転も利くし。速攻メジャーデビューでいいと思う」
とリンナはボクを推してくれる。
 
「それも考えたいね。取り敢えず何ヶ月か今回の仕事をしてもらって、それから考えようか?」
 

そういう訳で、畠山さんはボクを使うことに関しては全然問題無い感じであった。
 
「毎週、日曜日の夜に翌週放送する分の収録があるので、その前の午後のリハーサルの時間、5時間ほどに同席してもらい、その時点で来ていないアーティストの代わりに歌う、というのが仕事の全てです。実際のリハは朝から始まっているのですが歌手を入れてのリハは14時半からなので、その30分前、14時までに現場に入ってください」
 
「ひとりだと万一歌えなかった時に困るから、2人用意しておいて、歌えそうな方が歌うということでしたね」
「そうそう。後でちょっとシミュレーションしてみよう」
「はい」
 
「報酬は時給888.8円で5時間で4444円」
 
「その並びの数字って何か意味があるんでしょうか?」
「これから、源泉徴収して4000円というきれいな数字になる」
「なるほど!」
 
「年明けたら源泉徴収票送るから確定申告してね。そのために放送局に入るのにタクシーとか使ったら領収証をもらって保存しておくこと。報酬は毎回現金で渡してもいいし、毎月まとめて払ってもいいけど」
「あ、私、現金で欲しい」
と和泉が言うので、ボクたちは毎回現金でもらえることになった。毎回現金払いすることを「取っ払い」と言うのだというのも教わった。
 
その後、ボクと和泉は、三島さんという21〜22歳くらいの感じの女性スタッフに付き添われ近くのカラオケに行った。三島さんが呼び出した曲を歌えそうだと思ったら手を挙げ、手を挙げたら歌う、という趣旨のことをしたが、実際には三島さんが呼び出した曲全てに、ふたりとも速攻で手を挙げた。それで交替で歌った。
 
「あんたたち、凄いね」
と三島さんは言っていた。
 

翌日その第1回目のお仕事があった。ハンバーガーショップを13時ジャストに上がらせてもらい、すぐに着替えて特快に飛び乗る。すると13時半くらいに新宿に着くので、そのまま収録するスタジオに飛び込むと13:50くらいにインできるのである。(さすがに綱渡りなので翌週からはハンバーガーショップは日曜は12:30アップにさせてもらった)
 
本番に出演する歌手・ミュージシャンにはラフな格好で来る人もあるものの、私たちは出演者ではなくスタッフ扱いなので、一応きちんとした格好で来るよう言われた。そこで、私も和泉も学校の制服で行くようにした。
 
この番組は本番ではベテラン歌手の人が司会をしているのだが、リハーサルでは若いアナウンサーさんが代わりに司会をしていた。しかし伴奏の人たちは本番でも伴奏をする人ということだった。
 
この番組はマイナスワン音源などは使わずに、生で伴奏を入れるのが特徴のひとつとなっている。バンドの場合はそのまま演奏するが、歌手の場合は専属楽団が伴奏をする。歌手も特殊な例(電気的な加工が必要な場合やひとり多重録音でツインボーカルしているような場合など)以外は生歌である。
 
出演者は1時間の番組の中で10組である。今日はその先頭の歌手が来ていなかった。ボクが行くことになる。出演者が出てくるゲートから登場し、司会者と、渡された紙に書かれた通りのやりとりをして「それではお願いします」
と言われて、伴奏が始まる。やがて歌い始める。
 
昨年、青島リンナの伴奏をした時に聴衆を前にした演奏は経験したし、先日はMURASAKIのリハーサルで歌った時にステージで歌うのも経験したが、今日はそういうのが無くて、カメラが何台も自分を撮している(実際には回してないらしい)。最初はちょっと緊張したものの、すぐに調子が出てくる。これも割と快感だな、と思って歌っていたら、1分も歌わない内にストップが入る。
 
「そこのセットの風船、やはり右側にあった方が落ち着く感じがする」
「じゃ動かしましょう」
「照明はスポットライトじゃなくてステージを広く照らした方が良さそう」
「ではそのようにします」
 
ということでセットや照明方法の変更が入る。
 
「じゃ、また歌って」
「続きが良いですか?最初から?」
「うん。最初から歌って」
「はい」
 
ということでボクはまた歌い出す。が途中でまたストップが掛かった。
 
「歌が無い時は気にならなかったけど、ここでサックスはメロディーを吹くのではなく、メロディーとハモるように吹いた方がいいな」
ということでアレンジの変更が入る。
 
譜面を確認するのに5分ほど中断。再開してまた最初から歌う。
 
結局私はこの歌を4回歌うことになった。
次の番の歌手も来ていないので今度は和泉が歌う。和泉も5回歌うことになった。
 
そうしてリハーサルは進行していく。結局1時間分のリハに3時間掛かる。それをやっている内に少しずつ出演者が到着し始めた。そして最終リハーサルが始まる。今回はほとんど途中で停めたりせずに、本番にかなり近い形での進行となった。カメラも実際に回している。それでもまだ到着してない歌手がいて、私が2回と和泉が1回、代理で歌った。
 
このリハーサルは19時前に終了した。わりと早めに終わったな・・・と思っていたのだが、プロデューサーさんとディレクターさんが何か話している。
 
「済みません。念のためもう1度、通しのリハーサルをすることにします。今回はもしかしたら、本番収録の分ではなくこのリハの方を生かすかも知れないので、本番と思って演奏してくださるようお願いします」
 
そういうことでホントに最後のリハが20時に終わった。この段階でもまだ来ていない歌手(番組トップで歌う予定の、今物凄い売れっ子のアイドルユニット)がいて、それを私と和泉のデュエットで歌った。
 
30分の休憩を置いて、20時半から本番収録ということだった。
 
しかし私たちはまだ交替で歌っていたが、伴奏の楽団の人たちは、バンドなどの時をのぞいてずっと演奏しっ放しである。体力無いとできない仕事だなと思った。(それと、おしっこの近い人にもできない!)
 
結局私たちはこの日は5時間半拘束ということで4400円の報酬をもらった。
 

結果的に6時間近い長丁場になったので、私と和泉は少しだけテレビ局の食堂でコーヒーを飲みながら休憩していたが、そこに40歳くらいの男性が通り掛かり、声を掛けてきた。確かこの人は出演していた人気バンド、サウザンズの(多分)マネージャーさんだ。
 
「お疲れ様」
「あ、お疲れ様です」
 
「初めてのリハーサル歌手は緊張した?」
「はい。物凄く緊張しました」
「でも、ふたりとものびのびと歌ってたね」
「開き直りです」
「うん。でも開き直れるのはこの世界向きの性格」
「ありがとうございます」
 
「でもふたりとも、こういう裏方向きじゃないね」
「済みません。至らない所がありましたでしょうか?」
「違う違う。もったいないということ」
「はあ」
「ふたりとも、第一線で売れるタイプだよ。光るもの持ってるもん」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
「姉妹・・・じゃないよね?」
「友人です」
 
「君たち、最後のリハでデュエットしてたけど、デュエットでもいいけど、むしろバラ売りしたい感じ」
「そうですか?」
「だって、持田香織と川瀬智子のデュオなんて、もったいなさすぎるでしょ?」
「はあ」
「数年後にはふたりともうちのライバルになってるかも知れないなあ。頑張ってね」
「ありがとうございます」
 

お盆が過ぎてすぐの日曜日。全国規模の模試が行われた。ボクはこれを受けるのに、ちょっとトリックをした。申込書は通常学校側でまとめて出すのだが、ボクは提出日に「すみません。忘れてきました」と担任に言った。それで自分だけ別途に投函提出した。そのことで、ボクは試験を受ける教室が同じ学校の他の生徒と別になったので、それをいいことに、女子制服で受けたのである。
 
女の子の格好でいると頭がよく働く、というのも理由だが、こういうことをした動機の80%は、単純に女の子の服が着たいからである!
 
試験は英数国3科目で午前中で終わる。(模試が終わってからテレビ局に行く。ハンバーガーショップのバイトはこの日は休むことを事前に言ってある)
 
ボクは日曜で父が遅くまで寝ているのをいいことに、8時頃、堂々と女子制服で家から出かけ(姉が笑顔で「行ってらっしゃい」と言ってくれた)、会場の予備校に行った。
 
早朝、女子制服で歩くのは気持ちいい。普段の土日は7時からの勤務でもう少し早い時間にこの服で出ているのだが、今日はもう太陽が熱い光線を身体を照らし始めている。いつもの平日も補習のためだいたい6時に家を出ているからあまり感じないけど、男子の服のズボンでこの日差しの中を歩くのは辛そうな気がした。やはりボク女の子してて良かったな、などと思った。
 
試験会場に入る。案の定、教室には知った顔はいない。自分の席を確認してからトイレに行ってくる。試験前にトイレをしっかり済ませておこうという子は多いみたいで、トイレは結構な列ができていた。それに並んで気持ちを集中させて行く。心が空っぽになる。うん。いい感じ。
 
個室の中でスカートをめくり、パンティを下げ、用を達する。ふっと息をついてペーパーで拭き、パンティを上げる。
 
とても昔・・・・は、このパンティを穿く時に、アレをああして、コレをこうしてと少し面倒な手間が必要だったことを思い出した。今は普通にパンティを上に上げるだけで、その付近のものは自動的にきれいに収まってしまうし、シルエットにも響かない。変な盛り上がりはできない。
 
ボクって既に体質が女性化してるな、と思って微笑む。
 
スカートの乱れを直す。流して外に出て手を洗う。一連の定型化された動作で、神経が研ぎ澄まされていく。女子トイレを使うということ自体が自分のアイデンテイティを再確認する感じで、集中力が増す感じだった。
 
ボクは教室に戻ると、目を瞑って試験開始を待った。
 

最初は英語。得意科目なので、どんどん解いていく。読解問題は問題文を読みながら情景を頭の中に描いていく。そして設問を読めば、ストレートに答えは出る。正しい選択肢を鉛筆でマークする。
 
50分の試験時間の内25分くらいで解けてしまったので、一度見直しをする。勘違いしていたような所は特に見られなかった。試験時間はまだ10分残っていたが、ボクは答案を裏返して目を瞑り、頭を休めた。
 
2時間目は数学。英語は右脳が大活躍だったが、数学は左脳フル稼働である。あまり得意とはいえないが、因数分解などは(見ただけで答えが分かるという政子にはかなわないものの)半ば勘で解けてしまうので、比較的スイスイと解けていった。複雑な文章問題1問を残して残り時間が15分になっていたので先にそこまでの問題を振り返って、見直しをする。
 
1ヶ所勘違いしていた所があったので、そこを修正した。それから最後の面倒そうな問題に取り組んだ。5分ほど掛けて問題を読んで、方程式を書いてみた。が、それだけでは分からないので、図表を書いてみる。それでようやく問題の状況が判明した。
 
その後は、答えが図表の方から出てしまったので、それを導き出せる方程式を逆にでっちあげて、それから答えを書く。このような「途中経過が選択肢」
になっている問題は、政子には解けないだろうな、とボクは思った。彼女が分かるのは、最終結果だけである。
 
この問題に解答し終わった所で時間となった。
 
ここでボクは1度またトイレに行ってきた。
 
トイレに行ったことで頭はリセットされている。新たな気持ちで最後国語の問題に取り組む。国語の特に現国は、問題を解くのではなく、出題者の心理を想像するゲームである。現国の点数を取れるかどうかは、そこが分かっているかどうかに掛かっており、マジメな生徒ほど現国では高得点が取れないのだ。ボクはこのあたりのテクを高校受験を通して身につけていたので、今や現国は点数を稼げる科目になっていた。
 
古文・漢文はどちらかというと素直な科目である。書いてある通りのことを考え解答すれば、そんなに問題は無い。英語と同様に語彙を持っているかが結構な勝負所となり、これは普段の勉強が問われる所である。
 
残り時間10分を残して解答を終わり、ボクは机に伏して半分頭を眠らせ試験終了を待った。
 

試験が終わった後、頭が「放電状態」になったまま、ボクは予備校の敷地内を歩き、電車の駅の方に向かった。その時、肩をトントンされてボクはギクッとする。誰も知ってる人はいないと思ってたのに!
 
「わあ、やっぱり唐ちゃんだ」
と彼女は言った。
 
ボクは微笑んだ。
「久しぶり、Sちゃん」
 
それはボクが中学3年の時、一時期恋人関係にあったSだった。
 
「可愛いなあ。やっぱり◆◆高校って、この制服の可愛さが魅力だよね」
「ふふ。実はここ選んだのの理由のひとつはこれだったりして」
「この制服を着るつもりで受けたんだ!」
「その付近は内緒」
 
「この制服で通学してるんだよね?」
「実はね。。。。その根性が無くて、学校には着て行ってない」
「えー!? なんで?」
 
「この制服はもっぱら校外で着ている感じかな。学校には男の子の格好で行ってるよ」
「変なの!」
と言って笑う時の可愛さは相変わらずだ。この笑顔がこの子、最大の魅力だったよなと思った。
 
「試験の首尾はどうだった?」
「だめー! 勉強不足を痛感した。唐ちゃんは?」
「うん。まあまあかな」
「凄いなあ。頑張ってね」
「うん、そちらもね」
 
Sは可愛く笑顔でバイバイをしてから、足早に駅の方に歩いて行った。
 
 
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【夏の日の想い出・女子制服の想い出】(上)