【夏の日の想い出・高校進学編】(2)

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「あれ?冬だよね?」
「わ!麻央だよね?」
「わーい、久しぶり」
 
ボクは愛知の小学校の時の旧友と手を取り合ってひさしぶりの再会を喜んだ。
「こちらには旅行?」
「うん。春休みを使って遊びに出て来た」
「このあと予定ある?」
「特に何も決めてない。17時までに母ちゃんと泊まるホテルに戻ればいい」
「じゃ、2000円貸してくれない?」
「へ?」
 
ボクは麻央から2000円借りて代金を支払いボールペンを受け取った。
何だか立派なケースに入れてくれた。新入学応援キャンペーン中ということでサービスで替え芯を1本付けてくれた。
 
お店の人が、今さっきボクが名前と電話番号を記入した紙を返してくれる。麻央を促して、電車に乗り、自宅へ向かう。
 
「でも、その控えの紙、唐本冬子って書いてある」と麻央。
「えへへ。この格好だし」とボク。
「リナから冬はもうかなり女の子になってるとは聞いてたけど。それ中学の制服だったよね?」
「うん」
「もう中学には女生徒として通ってたの?」
 
「うーん。一応男子生徒として通ったけど、去年の夏休みにクラブに出て行った時はたいてい夏服の女子制服着てたし、この3学期はけっこうこの冬服で通学した。でも授業には一応学生服で出てたんだよね」
「なにそれ? 変なの」
「うん。我ながら中途半端かなというのは思ってたけど」
 
「高校はどうするの?」
「今迷ってる所かな・・・・本当は入学式に制服を間に合わせるには昨日までに申し込まないといけなかったんだけどね」
「ふーん・・・」
 
自宅に戻ると誰もいなかった。お湯を沸かし、その間に制服を脱いでセーターとキュロットに着替える。ニルギリでミルクティーを入れ、麻央とふたりで飲んだ。
 
「さっきはありがとう。2000円返すね」
と言って渡すが、
「ね、これ返さなくていいから、代わりに冬がそのポシェットに差してるボールペンをもらえない?」
「これ?」
 
ボクは愛用のミニーマウスのボールペンを取り出す。
「冬が引っ越していった時って、何か急に決まってバタバタだったじゃん。その後も何度か会ってるけど、ボク、考えてみたら冬と記念の品みたいなの一度も交換してなかったなと思って」
 
「確かにそうだね〜。このポシェットはリナからもらったんだよね」
「だから、今日買ったボールペンはボクと冬との間の記念品ということにして、代わりにそのミニーマウスのボールペンをボクにくれない?」
「うん。そうしよう」
と言って、ボクは微笑んで、ミニーマウスのボールペンを麻央に渡した。
 
「このミニーマウスのボールペンも誰かからもらったもの?」
「それはね。小学5年生の時に絵画コンクールで入賞した時の賞品」
「よし。大事そうなのだから、しっかりもらった」
「ふふふ」
 
「でもね、そのボールペンたぶん、使うのは冬じゃないよ」と麻央。
「へ?」
「冬はそのボールペンを誰か親しい友達にあげることになると思うな。ボクってこういう霊感は当たるんだ」
「昔から、麻央は霊感強かったね」
 
「そもそもこのボールペン、向こうから『私を買って』と言ってるみたいな気がしたんだよね。それでボクも凄く欲しくなっちゃって」
「呼ばれたんだね。冬はきっと、本来の持ち主に行くための仲介者なんだよ」
「なるほどー」
 
そういう訳で、後に30曲以上のミリオンヒットを含む何万曲もの歌を生み出すことになるこのセーラーのボールペンは実はボクと麻央が共同で買ったものなのである。
 
「前から思ってたけど、冬も一人称が『ボク』だよね?」
「そう。麻央の影響だよ。昔は『僕』と言ってたから、違和感があったんだけど、麻央と同じイントネーションで『ボク』と言うようになってから気持ちが安定した」
「ボクって女の子の一人称だもんね」
と言ってふたりで笑う。
 
「麻央は結局『わたし』になってないんだね」
「堅苦しい場では『わたし』とか『わたくし』とか言えるようになったよ。でも普段はやっぱり『ボク』のまま」
「麻央はそれでいいと思うよ」
「うん。でも冬は『わたし』と言えるようになった方がいいと思うよ」
「ふふふ。その内」
 
「制服迷ってると言ったね?」
「うん。採寸はしてもらったんだよねー。でも期限までに申し込む勇気が持てなかった」
「じゃ学生服か何かで通うの?」
「それも憂鬱なんだけどねー」
 
「冬って昔から、それしか選択肢が無いって時にまた迷うよね」
「うん。ボクって優柔不断なんだよ」
 
「そうでもないと思う。冬って必要な時の決断力と実行力は凄いよ。でも冬が優柔不断になってる時って、そこで決断せずに待ったことが結果的に良い方向に進んでいく元になる場合がしばしばあるんだ」
「そうだっけ?」
 
「だから今迷うんだったら、迷うままにしてればいいよ。でも学生服で通えば冬は男扱いされるから、それがものすごいストレスになるから覚悟しといたほうがいいよ」
「・・・そうだろうね」
 
「それと冬自身が苦しむだけじゃなくて、周囲も戸惑わせる。だって男の子と思って接したのに、実態は女の子だったら『え?』でしょ」
「ああ、それ昔からよくリナに言われる」
 
ボクはSとの恋愛も結局それだよな、という気がした。
 
「女子制服で通えば、そのかなりの問題を解決できる。でも冬はひょっとして第三の道を見つけてしまうかも知れないなあ」
と麻央は言って微笑んだ。
 
この日の麻央との会話でボクは女子制服の発注はいったん保留し、新学期は取り敢えず学生服で学校に出て行くことにした。
 
なお、この日は麻央との会話がはずみすぎたので、17時にホテルに戻るのではなくお母さんの方をボクの自宅に呼び、一緒に御飯を食べた。うちの母と麻央の母も久しぶりの再会だったので、懐かしそうにしていた。
 

夕食後はお母さん同士が話し込んでいたのもあり、ボクと麻央はボクの部屋に入った。
「凄いCDだね!」
「この内の2000枚はリナの大伯父さんの遺品をもらったんだよ。それからお母ちゃんと伯母ちゃんが若い頃聴いていたCDを合計1000枚くらいもらってる」
「へー。冬のことだから、これ全部聴いてるよね」
「うん。聴いてる」
 
「冬はピアノもうまいし、音楽家になるのもいいかもね」
「ボクは音楽的な専門教育受けてないからね。そちら方面はさすがに無理」
「んじゃ、歌手とかシンガーソングライターとかもいいんじゃない?」
「ああ、やってみたい気はするね」
 
「冬は可愛いからアイドル歌手にでもなれるかもよ」
「女の子の?」
「当然」
 
「ってか実はもう女の子の身体になってたりしないの? こうして至近距離にいても男の子の臭いがしない」
「麻央だから正直に言うけど、男性化は色々な手法で止めてる。だから体臭が男の子じゃないんだと思う。でも手術はまだ何もしてないし、一応男性機能は残ってるよ。使ってないけどね」
 
「ふーん。。。。あ、そういえばさ。何度か一緒にお風呂入ったね」
「そうだね」
「リナとかが強引に女湯に連れ込んでたけど、他でも温泉とか行ったりしてる?」
「うん。小学校の修学旅行、それからその後友だち同士で山形の温泉に行って、そして中学の時に陸上部の合宿に中学の修学旅行でと、温泉に入ったよ」
「へー。それって、どちらに入ってるの?男湯?女湯?」
 
「ふふふ。混浴は幼稚園までだよ。小学生や中学生が男湯に入ったら大変」
「ほほお」
と麻央は楽しそうな顔をした。
 

入学式の日、ボクが学生服で学校に出て行くと、入試の時の試験官をしていた先生(高田先生)が寄ってきた。
「君、入試の時にセーラー服着てた子だよね」
「はい」とボクはあの時使った中性的な声で答えた。
 
「学生服で通学するの?」
「とりあえず、これでもいいかな、と。でも途中で女子制服に替えさせてもらうかも知れません。実は中学の時も最初は学生服だったのが、卒業間際には、なしくずし的に結構セーラー服も着ていた感じで。入試の時はやはり本来の自分に返って受験したかったのでセーラー服を着たのですが」
 
高田先生はボクの話に頷いた。
「うん。そのあたりはまだ自分自身迷いがあるのかな?」
「そうですね。。。。」
「そのあたり、悩んだり迷ったりしたら、いつでも僕に相談して。男の僕に相談しにくいことなら、保健室の先生とかに相談してもらってもいいし」
「分かりました。ありがとうございます」
 
高田先生は生徒指導の先生に話を通してくれたようで、ボクが高校1〜2年の頃、少し長めの髪にしていても、注意されることは無かった。しかし、ボクが男子の髪の基準を明らかにオーバーしている長さの髪なのに注意されないことを、同級生たちも特に疑問に感じていない雰囲気もあった。
 

入学式が終わって、オリエンテーションに入る前に、奈緒がボクの所にやってきた。
「冬〜、なんで女子制服じゃないのよ〜」
「えへへ。仮面男子高校生」
「私にはそれ、男装女子高校生にしか見えないけど」
「ああ、そうなのかもね」
 
「女子制服は作らなかったの?」
「採寸はしてもらったんだけどね」
と言ってボクは学生鞄の内ポケットから、採寸表を出して見せる。
 
「採寸したんなら作れば良かったのに」
「ボク自身の心が本当に女の子になっちゃったら、女子制服で出てくるよ」
「冬の心は最初から女の子の心だったと思うけど」
「そうかな?」
 
「でも残念だね。違うクラスになっちゃった」
「うん。でも1年生は全部ひとつの校舎みたいだし。階は違うけど遊びに行けるよ」
「そうだね〜。私もうちの学校からここに来た子で、あまり仲良い子がいなくてさ」
「また、いろいろおしゃべりしよう」
「うん」
 
この学校は以前はひとつの校舎に全学年入っていたのが、数年前にクラスを増やしたため教室が足りなくなり、新校舎を建てて1年生はその新校舎に入るようになっている。
 

「そうそう。冬はどんな顔して生徒手帳の写真、写った? 私ひどい顔して写ってるよ。何か有無を言わさずカチャッて撮られたもんね」
 
「写真? あれ?いつ写真撮られたっけ?」
と言いながら、ボクは入学式前に受付でもらったばかりの生徒手帳を取り出す。
 
「最後のページに載ってるよ」
「へー」
と言いながらボクは生徒手帳をめくった。
 
「え?」とボクと奈緒は同時に言った。
「これって・・・・」
 
女子のブレザーを着たボクの写真がそこには転写されていた。
 
「ああ、分かった。冬、女子制服の採寸してもらったって言ったよね。あの採寸の時に、試着した制服で生徒手帳の写真撮っちゃうんだよね。男子の方は別室で学生服を着せられて撮影されたと思うけど」
 
「えっと・・・確かにあの時写真撮られた」
「この生徒手帳は3年間使うんだよ」
「ははは」
 
「やっぱり、冬はちゃーんと、女子高生になったね」
「まいっか」
 
「ふーん。いいんだ? それなら、この写真に合わせて女子制服もちゃんと注文しようよ」
「うーん。。。その件は取り敢えず保留で」
「でも定期券作る時に学生服で行ったら、これ違うって言われるよ」
「あはは。それはどうしようかなあ」
 

オリエンテーションでは、さすが進学校らしく、大学進学についての基本的な説明、補習のこと、日々の学習の仕方、などが説明された上で、学校生活における注意なども行われる。また男女交際についても、明るい交際に努めようとか、セックスはできたら高校生の内は控えたいが、どうしてもしたい場合はちゃんと避妊すること、などというのも言われる。変にセックスを否定するのではなく避妊を勧める言い方に、ボクは好感を持った。やっぱり、この学校は自分に合っているという気がする。
 
その後、各自の教室に入る。担任の先生・副担任の先生が自己紹介した上で、あらためてこれからの高校生活について色々お話がある。そして各種委員を
「最初はお互い誰を推薦していいか分からないだろうから」
と言われ、先生の方から指名される。
 
学級委員、生活委員、美化委員、保健委員、体育委員、図書委員、放送委員、などが男女1名ずつ指名された後、
 
「応援団リーダー。これは男子から1名。唐本君」
と呼ばれた。
 
へ? 応援団!?ボクが? あはは、御冗談でしょ? と思うが先生は、
「各委員になった人は、ホームルームの後、それぞれの集合場所に行くこと」
と言われる。応援団の集合場所は本館屋上らしい。あははは。
 
ホームルームが終わった後、ボクは何人かの男子から声を掛けられた。
 
「オリエンテーションの時、何か女の子と話してたね。彼女?」
「ううん。友達だよ。小学校の時の同級生なんだ」
「へー。なんか凄く仲よさそうな雰囲気だったから彼女かと思った」
 
「唐本君、応援団に指名されたけど、なんかそういう雰囲気じゃないよね」
「うーん。なんで指名されたのかなあ。中学の時運動部やってたからかな」
 
「何部やってたの?」
「陸上」
「へー。短距離?長距離?」
「長距離。一度だけだけど、3000mで地区大会で1位になったけど」
「わあ凄い。でも高校でも陸上やるなら、応援部との掛け持ち無理だからって言って辞めさせてもらったら?」
 
「うん。高校の陸上のレベルには付いていけないと思うから陸上部に入るつもりはないけど、応援団はボクには無理な気がするんだけど、取り敢えず1度は行ってくるかなあ」
 

そういう訳でボクは、ホームルームの後、本館屋上へ出かけて行った。
 
行くなり
「おい、ここは女は立入禁止だぞ」
と言われてから
「あれ?すまん。男だったか。一瞬なんでか女に見えた」
と言われる。はははは。
 
1年生が揃ったところで一列に並ばされ、所属組と名前を叫ばされる。
「こらぁ、お前声が足りん。もっと怒鳴るように叫べ!」
などと注意されている。
 
その内ボクの所に順番が回ってきたので
「1年5組、唐本冬彦です」
とバリトンボイスで言うと
「そんなきれいな声で言ったらいかん。こんな感じで喉潰したような声で叫べ」
などと言われる。
 
冗談じゃない。この声をクリアに保つのにどれだけ日々苦労していると思ってるんだ、というのでボクは完全に応援団をやる気が無くなった。
 
その日はとにかく自分の喉を守ること第一優先で、どんなに怒鳴られてもできない振りして押し通した。これ一昔前の応援団なら、きっと竹刀でぶん殴られてそうだという気がする。
 

1時間ほどの応援団練習が終わった所でボクは職員室に行き、担任の前田先生に
「済みません。ボクには応援団は無理です。辞めさせてください」
と言った。
 
「ああ、無理だったか。運動部経験者みたいなので、行けるかなと思ったんだけどなあ」
と担任の反応はあっさりしている。これって、結構な確率で辞める子が出ること前提で指名しているのでは、という感じだ。しかし
「でももう一回くらい練習に行ってみない?」などと言う。
 
「申し訳ありませんが。チアガールならやってもいいですけど」
とボクが答えると冗談だと思ったようで先生は笑っていた。
 
そんなやりとりをしていたら、高田先生が寄ってきた。
「前田先生、もしかして唐本に応援団をさせようとしたんですか?」
「あ、はい?」
「この子には無理ですよ。この子、男の子の格好はしてるけど、女性的な性格の子なんで」
 
「へー。じゃ、あらためて他の子で考えようかなあ。でも辞めるなら明日のホームルームで、それ自分で言ってくれる?」
「分かりました」
 
ボクは翌日の朝のホームルームで発言を求めて、自分の性格では応援団は無理なので辞めさせて欲しいと言った。あちこちから「ああ、唐本君には無理だと思った」という声が掛かり、少し同情してもらえた雰囲気だった。
 
それであらためて候補者を募るものの誰も立候補しないので、また担任が指名した。しかし指名された子がまた翌日朝のホームルームで「ごめんなさい。僕には無理です」と言って辞任。これを繰り返して、5人目に指名された子がやっと応援団に定着した。
 
ボクを含めて辞任した4人は、彼に「悪いね。押しつけちゃって」と言ったが「うん。まあ何とか頑張るよ」と彼は言っていた。
 

帰り道、ちょうど奈緒と一緒になったので、歩きながら応援団の件を話したら大笑いしていた。
「まあ、冬には絶対無理だろうね。でもほんとにチアガール立候補すればよかったのに」
「やれと言われたらするけどね」
「チアは経験者だもんね」
「まあね」
 
「ところで入るクラブ決めた?」
「私は弓道部に入ろうかなと」
「おお、凄い。運動部じゃん」
「なんか格好いいじゃん。あの弓矢を射る様って」
「凛々しい感じでいいね」
 
「冬は?」
「うーん。まだ決めてない。月曜日のクラブ紹介を見てから決めるかな」
「コーラス部は?」
「ここのコーラス部は女子だけなんだよね〜」
「冬、小学校でも中学校でも女子だけの合唱部に入ってたじゃん」
「確かにそうだけど」
「そもそも、冬は女子高生のハズ」
「うん。確かに」
 
「あ、定期券は結局どうしたの?」
「買いに行ったよ」
「学生服で?」
「まさか」
「どんな格好で行ったの?」
「えっと・・・・」
「恥ずかしがることないじゃん」
「うん。結局中学の女子制服着て買いに行った」
 
「その定期券を見せなさい」
「もう・・・・」
 
ボクは「唐本冬彦、15歳・女」と記された通学定期券を奈緒に見せた。
 
「ふふふ。名前は冬彦でも女なんだ」
「男に丸付けてたのに勝手に修正された」
「あはは」
 
「でもこの定期を学生服を着て使っていたら、他人の定期を使っていると思われないかなと不安で。自動改札通る時に赤いランプが点くんだよね」
「それなら、女子制服を着てこの定期を使えばいいのよ」
「えっと・・・」
 
「でも多分大丈夫だよ」
「何が?」
「冬は学生服を着ていても、女の子の雰囲気持ってるから、性別で咎められることは無いと思う」
「そうだろうか?」
「私が学生服着てて、男子学生に見えると思う?」
「それは見えない。奈緒は女の子だもん」
「それと同じよ。冬は女の子だもん」
「うーん・・・」
 
「冬の持っている雰囲気がね、例の失恋の後で明らかに変わったんだよ。それまでは中性的な魅力ってのがあったのに、あの後で完全に女の子になっちゃったんだよね。冬はもう実質的に性転換しちゃったんだと思う」
 
そして実際奈緒の予言通り、ボクは高校時代に性別・女の定期で何か言われたことは一度も無かった。
 
「ところでさ、ここだけの話」
「ん?」
「有咲とはHしたの?」
「・・・・・それ、ボク記憶が無いんだよ。有咲にそれとなく聞いても笑ってるし」
「私も何か怪しい気がしたから有咲に聞いたら笑ってた」
「ボク・・・しちゃったのかな」
 
「どうだろうね。でも、もししちゃったとしても、冬と有咲の関係は変わらないと思うよ。だから冬に記憶が無いのなら、気にすることないんじゃない?有咲なら、もし冬としていたとしたら、多分ちゃんと避妊具付けさせてるだろうし。冬も意識が飛んでたとしても、付けるの嫌がったりしないよね」
「うん。そうだと思う」
「じゃ、問題無し。何なら、私とも一度してみる?」
「なぜそうなる!?」
 
「だって、冬となら純粋に快楽目的でセックスできそうだもん。有咲もそうだけど、私と冬の関係にも恋愛要素って全く無いでしょ。だからセックスしちゃっても.ちゃんと友だちのままでいられるし、変なわだかまりは残らないよ」
「でも奈緒はバージンじゃないの?」
 
「バージンじゃないよ。有咲もね。私は中2の時、有咲は中1の時に経験してる」
「うーん。みんな経験してるんだなあ・・・・」
ボクはSが他の男の子とセックスしたことでボクと彼女の関係が破綻したことを思い出してしまった。
 
「冬も恋人作って1度経験しておけばいいよ。彼氏でも彼女でもいいし。冬は男の子との愛し合い方も分かるよね?」
「経験は無いけど想像してみたことはある」
「たぶん想像してみた感じでしてあげればいいよ。それに私としてみたい気がしたら言ってね。避妊具は用意してよ」
「うーん。。。。」
 
「あ。私や有咲はいいけど、若葉にだけはセックスさせてって言っちゃダメよ」
「いや別にセックスはいいけど。そもそもボク男性機能を使いたくないし。女の子に対して性欲を感じないし。でも若葉、何かあるの?」
 
「あの子さ・・・色々トラウマあるみたいで極端な男嫌いなんだよ。女子高に行ったのも共学での男子との接触に疲れたからだと思う。若葉が冬と友だちでいられるのは、冬を女の子と思っているからだよ」
 
「・・・・ボク、若葉がボクのこと性転換済みと信じている感じだったから1度触らせたことある。Hなことはしてないけど」
「そのくらいはいいんじゃない?私も何度も触ってるし。でも若葉の冬に対する態度それで変わった?」
 
「全然。ボクの見てるところで平気で裸になって着替えたりするし。ボクも若葉の前で平気で着換えるけど」
「付いてても、そんなの形だけで、実質冬は女の子だと思ってるのよ」
「そっかぁ」
「ね、今度の日曜の昼間にうちに来ない?両親出かけてるし」
 
「・・・・・でもボクたちもセックスとかの話をする年齢になっちゃったんだね〜」
「そうだね〜。けっこうおとなになったよね」
「ボクが子供すぎるのかなあ」
 
「たぶん『男』じゃないから、私にしても有咲や若葉にしても接しやすい面はあるね」
「ボクが『男』になっちゃったら、今みたいな付き合い方できなくなるのかな?」
 
「冬はたぶん『女』になっちゃうから、ずっと友達でいられるよ」
「・・・なんか最近、自分がどんどん社会的に女に分類されて行きつつあるような気がして」
「だって、おとなになる以上『男』か『女』になるしかない。冬は『男』にはなる気が無いんでしょ? だったら覚悟決めて『女』になるしかないよ」
 
「ああ、それ愛知の友だちにも昔言われた」
「リナちゃんね」
「うん。ボクには女の子として生きる道しか無いって」
「リナちゃんの意見に賛成」
 

木曜日、朝のホームルームが終わった後で、しばらくボーっとしていてから「あ、トイレに行っておかなくちゃ」と思い、教室を出ようとした所でひとりの女の子とぶつかりそうになった。 というか軽く接触した。
「あ、ごめんなさい」と言った時、うっかり女声が出た。
彼女は「え?」という顔をした。
 
これが仁恵とのファーストコンタクトだった。
 
1時間目が終わった後、2時間目との休み時間にボクが頭の中をリセットするのに廊下の窓から外を眺めていたら、仁恵が話しかけてきた。
 
「ね、ね、唐本君。唐本君、よく9組の横沢さんと話してるみたいね」
「うん。小学校の時の同級生だから」とボクはバリトンボイスで答える。
「恋人なの?」
「ああ。奈緒とはそういう要素は全く無いよ。純粋な親友。そもそもボク、女の子には恋愛的な興味無いし」
ボクはそれを宣言しておいた方が面倒が無いと思って最初から仁恵にはそう言った。
 
「ああ、やはりそんな感じがした。唐本君は男の子が好きとか?」
「うーん。そもそも恋愛にあまり興味が無いというか。でも、ボク小さい頃から友だちって女の子ばかりだったから、女の子には友情しか感じないんだよね〜」
「ああ、なるほど」
 
「中学の時とかも、仲の良い女の子数人で町でよく遊んでたよ」
「あ、分かる分かる。唐本君って、そういうタイプか。雰囲気が何となく女の子っぽい気がしてた」
「うん。ボク、女の子っぽいとか、女の子みたい、って言われ慣れてる」
 

その日の4時間目は音楽の時間だった。音楽室へ歩いていく途中、仁恵、それにそこに寄ってきた紀美香と3人で会話していたので、何となくそのまま3人で隣り合う席に座った。仁恵と紀美香が並んで、その後ろにボクが座る形になった。
 
最初なのでパート分けをしますと言われ、混声四部合唱曲『春に』のCDを流した後、各パートをピアノで弾きながら「歌えそうなパートを歌ってみてください」
と言われた。
 
「私はたぶんアルトだな」と紀美香。
「私は中学の時はソプラノだった」と仁恵。
「唐本君は、深みのある声だよね。バス?」
「ボクの声域はバリトンなんだよね。音楽の時間にやる曲なら、テノールでもバスでも出ると思うな。でもね。ボク小学校と中学校で合唱部に入ってて、アルトを歌ってたんだよね」
「えー!?」
「そして実はソプラノも出る」
「なに〜!?」
 
実際、その後先生のピアノに合わせて各パートを流した時、ボクはソプラノ、アルト、テノール、バス、と四つのパートを全部歌ってみせた。
「すごーい」
「アルトはちょっと中性的な声だけど、ソプラノは女の子の声にしか聞こえない」
 
この日はボクは本来のアルトボイスの方は使わずに、中性的な声の方を使っていた。音楽の時間に歌う程度の曲なら、中性ボイスで、アルトもテノールも歌えるので、あまり最初から手の内を見せたくないという気分でこの時期はあまり人前ではアルトボイスは使っていなかった。
 
「ねね、今歌った声ってふつうに話すのにも使えるの?」
「しゃべれるよ」とボクはソプラノボイスで言ったあと
「こんな感じかな」と中性的な声で言った。
 
「おぉ!」と仁恵はとても喜んでいた。
「朝ぶつかりそうになった時に聞いた声は今の声だね?」
「うんうん」
 

この日の音楽の時間に、ボクはこのふたりとすっかり仲良くなってしまい、お昼のお弁当も一緒に食べた。
 
「へー。そのお弁当自分で作ってきたんだ?」
「うん。ボク料理は得意だから」
「いいお嫁さんになれそう」
「ああ。それボク小さい頃からよく言われてた」
「結構お嫁さんに行く気あったりして」
「うん。実はある」
「おお!」
 
彼女たちと仲良くなるのに、やはり声の問題というのは大きかったようである。この日、お弁当を食べながらボクは中性ボイスで話していた。彼女たちと仲良くなれた、もうひとつの要素は「感触」だった。
 
「でも唐本君ってさ、触った感触がまるで女の子みたいなのよ」と仁恵。「へー、どれどれ」と言って紀美香がボクの肩に触る。
「あ、ほんとだ。これって女の子の身体の感触だよ」
 
「ボク、脂肪の付き方が女の子っぽいんだよね。昔から言われてて、それでよく女の子の友達と触りっこしてたよ」
「触りっこってどこ触るの」
「え?女の子同士触るっていったら、決まってるじゃん」
「おお。おっぱいか」と紀美香が楽しそうに言う。
 

その日の放課後は、体育館でクラブの紹介があった。ボクは書道部に関心を持ったので、入ってみることにした。
 
部室になっている化学教室に行くと、見覚えのある女の子がいた。その子は昨年秋に失恋して絵里花に元気づけられボクがやっと自分を取り戻した時にタピオカドリンクの店で見かけた子で、確か「まさこ」と言ったと思った。ボクが◆◆高校を受けようと思ったきっかけは、彼女が◆◆高校という名前をその店で言っていたことであった。
 
ボクが入部手続きをすると彼女の方から話しかけてきた。
 
「珍しい苗字ね。からもと?とうもと?」
「『からもと』だよ。そちらは、なかた?なかだ? 確かまさこさんだったっけ?」
 
「あれ?私の名前知ってるんだ。苗字は『なかた』。どこかで会ったことあったっけ?」
 
「うん。ちょっとね。詩を書くんでしょ?」
「うん。詩は好き。あ、そうそう念のため最初に言っておくけど、私恋人がいるから」
「あ、こちらも念のため言っとくけど、ボク女の子には友情しか感じないタイプたから。小学校でも中学校でも女の子の友だちしかできなかったし」
 
「ふーん。なんかちょっと面白そうな人。じゃ、とりあえず握手」
と言ってボクと政子は握手をした。
 
「唐本君、手を握った感触が女の子の手みたい」
「ああ、よく言われる。身体とかに触ってもいいよ。どこ触っても女の子みたいって言われるから」
「へー」
と言って、政子はいきなりボクのお股を触った。
 
「ちょっー!!」
「だって触っていいと言った」
「そりゃ言ったけど」
「まるで女の子みたいなお股の感触だった」
と言って政子はボクに興味津々という感じの視線を向ける。
「そ、そう?」
 
その時、向こうの方のテーブルから
「こらぁ、政子、何やってる?」という、小太りの男性の声がした。
それが3年の花見さんだった。
 

ボクは格闘技は柔道を選択した。最初の2回はひたすら受け身やすり足の練習だった。3回目から組み方や押さえ方を習ったのだが・・・・・
 
ボクと組んだり、ボクを押さえた子が、2度とボクと組みたがらないのである。ボクがひとりでポツンとしているので先生が「おい誰か組んでやれ」というものの、みんな尻込みしている。「なんだなんだ?」と言って先生が組んでくれたが、先生はボクと組んだ瞬間「え?」という表情をする。
 
「ああ、君は適当に見学してていいから」
ということになってしまった。
 
その件を仁恵に言ったら
「そりゃそうだろうね! 唐本君は女の子と組まないと柔道できないよ」
と言って笑っていた。
「私たちと一緒にダンスする?」
「ダンスしたーい。遠くから見てるだけだけど楽しそう。つい見ながら身体の動きを頭の中でトレースしちゃったりするんだよね〜」
 
「あ、そうか。ダンス好きだって言ってたね」
「うん。ボク、運動神経は悪いけど、ダンスは割と得意」
「へー。今やってるオブラディ・オブラダとか踊れる?」
「あの振り付けは中学の時に友達とやってたのと似てるから踊れると思うよ」
「あ、ちょっと私と踊ってみない?」
「わあ、いいの?」
 
ということで、ボクと仁恵は教室の後ろに方に行き、仁恵がMP3プレイヤーに入れていた曲を流しながら踊り始める。
 
最初各々の動きをするところで動きがきれいにシンクロする。その内手をつないで回転するところ、手を合わせる所も、きれいに決まる。
 
教室の後ろの方で見ていた子たちから拍手が湧き起こる。
 
「すごーい」
「ピッタリ」
 
「これひとりで練習してた?」
「ううん。この振りでは初めて」
「凄い。初めてでこんなに踊れるって」
 
「それによく一発で相手と合わせられるね。けっこうペアで練習しててもタイミングずれたりするのに」
「相手の呼吸をちゃんと見てれば合わせられるよ」
 
「唐本君には今度から私の練習相手になってもらおうかなあ」
「あ、やりたい、やりたい」
 

2週目の水曜日の6時間目に新入生の身体測定があった。男子は体育館に集合と言われて少し憂鬱な気分になる。中学の時は意識していなかったのだけど・・・・やはり、去年の秋以降、自分の意識は変わってしまった。
 
ちょうど5時間目の体育の直後だったので校庭から直接体育館に向かった。前のクラス、その前のクラスの男子たちがパンツだけになって並んでいる。きゃー。ボクはそういう情景自体を見たくない気分だった。ちょっとクラクラと来て、ボクは座り込んでしまう。
 
「唐本君、どうしたの?」
「ちょっと気分が」
「保健室行った方がいいよ」
「あれ?確か今日は保健室の先生、お休みだよ」
「あ、代わりの先生が来てるはず」
「待て待て。保健室は今女子の身体測定やってる」
「あ、じゃまずいか」
「教室に戻って休んでる?」
「うん。そうしようかな」
「身体測定は後で別途やってもらえばいいよ」
「そうだね」
 
男子の保健委員の菊池君が付き添ってくれて、ボクは服を脱ぐ前に教室に戻った。
「じゃ休んでるね。ありがとう」
「うん。もし気分悪くなったら職員室に飛び込めば何とかしてくれると思う」
「うん。その時はそうする」
「貧血?唐本君、細いもんね」
「うーん。。。」
 
「でもさ」
「うん?」
「唐本君、ひょっとして男の子の前で裸になりたくなかったんじゃない?」
「えっと。。。。でも気分が悪くなったのはマジ」
「うん。お大事にね」
「ありがとう」
 
しかし麻央に言われたように、自分が学生服を着て通学してきているから、こういう問題で悩まないといけないんだろうな、という気はした。はあ・・・女子制服、作っちゃおうかなあ・・・・
 

ボクが休んでいると、先に女子たちが戻って来た。
 
「あれ?身体測定行かなかったの?」
「行ったけど、気分悪くなったから戻って来た」
「気分悪くなったら保健室に・・・、あ、今はまずかった」
 
「そうそう。女子の身体測定やってたから、教室に戻ってきて休んでた」
「大丈夫? 貧血じゃない? 唐本君、細すぎるもん」
「うん。だいぶ気分良くなってきたけどね。あ、制服に着替えてこようかな」
 
体育の時間から直接体育館に行ったから、男子も女子も体操服のままである。
 
「あ、私たちも着替えなきゃ」
「私はこの後クラブだから、このままでいいや」
 
などと言っていた時に、6組の担任の深山先生が教室に入ってきて独特の甲高い声で
「はーい。みなさーん。視聴覚教室に集合してね〜」
と声を掛けた。
 
何だろうと思いながら、みんなと一緒にそちらに向かう。その時、仁恵が「あれ?」とボクを見て言ったが、紀美香が「ああ、まあいいんじゃない」
と言った。「なあに?」「うん。大丈夫だと思うよ」と仁恵が優しい顔で言う。
 
それでボクは彼女たちと一緒に視聴覚教室に入った。中に居るのはどうも5組と6組の女子ばかりのようである。ここで初めてボクはこれは女子だけに集合が掛かったのではないかと思い至った。
「ボクここに居ていいんだっけ?」と隣に座っている仁恵に小声で訊く。「いいよ、たぶん冬ちゃんも集合対象だよ」と笑顔で言った。
 
この時期ボクと仁恵はだいたい苗字で呼び合っていて、名前で呼び合うのはちょっとふざけたりした時くらいだったのだが、この時たぶん、仁恵はボクが女子だけの集団に居ることに配慮して名前で呼んでくれたのだろう。
 
果たして、深山先生は女生徒向けの性教育の授業を始めた。この高校は性に関してもかなりオープンな姿勢なのだが、色々な中学の出身者がいて、中にはあまりまともな性教育を受けていない子もいたようなので、先生は男女性器の構造や月経の仕組み、妊娠の起き方に関して、基本的なことから説明を始めた。
 
特にこの時期は目前にゴールデンウィークを控えて「高校生になって初の連休」
ということで、どうしても開放的になりやすいので、その時期に不用意な妊娠を避けることというのが、その日の授業の基本的な目的であったようである。セックスする時は確実に避妊具を使うことということと、避妊具の実際の装着の仕方を、試験管をペニスに見立てて、やってみせていた。最前列にいた生徒にカメラ役をさせ、視聴覚教室に多数設置されているモニターに映し出す。みんな息を呑んで見ているようだ。コンドームの実物を見たことの無い子の方がたぶん多い。
 
「コンドームは2回使用してはいけません。何度か続けて性交する場合は必ず毎回新しいのを使うこと。間違って裏返しに装着してしまったコンドームはもったいないと思わずに廃棄して新しいのを使うこと。お尻の方に入れたコンドームをそのままヴァギナには入れたりせずに新しいのを使うこと。爪などで引っかけてしまったコンドームは捨てて、新しいのを使うこと。とにかく何かあったら新しいのを使うのが基本です」
と深山先生は力説していた。
 
「それから避妊の失敗に多いのが、最初コンドームを付けずに生で入れていて射精する直前に装着するとか、ヴァギナに入れる前、生で女性器に接触させておいて、挿入する前に装着するとかいうのですが、射精する前にも勃起したら精液は一部漏れてきますので、こんなことしたら失敗するに決まっています。コンドームはペニスが勃起したら即付けさせなければなりませんし、勃起してなくてもペニスは絶対に生で女性器に接触させてはいけません。装着を嫌がる男はセックス拒否しましょう」
とも深山先生は言う。
 
みんなほんとに下手すると自分の人生に関わる問題だけに、真剣に聞いていた。
 
先生はその後、セックスから離れて恋愛、交際で起きがちな色々な問題についても、話してくれた。ボクも正直まだ失恋の痛手から完全には立ち直っていなかったので、ちょっと涙を浮かべたりしながら聞いていた。ボクが涙を浮かべているのに気付いたようで、仁恵が小声で訊いた。
 
「冬ちゃん、もしかして失恋とかしたことあるの?」
「何だかいつも失恋ばっかり」とボクは笑顔で答えた。
「あ、私も」と仁恵は微笑んで言った。
 
「でも冬ちゃんの相手って男の子?女の子?」
「男の子が4回と女の子が1回かな」
「へー。女の子との恋も経験あるんだ」
「あれはボクがいけなかったんだよ。彼女ボクのことを男の子だと思い込んでいたから」
「ああ」
「だから仁恵ちゃんたちには最初から、ボクは女の子には友情しか感じないと宣言したの」
「うん。冬ちゃんとはいいお友だちになれる気がする」
「うん」
 

性教育の授業が終わり、みんなで教室の方へ行きかけていたら、保健室の代理の先生っぽい人が「まだ身体測定受けてない人、いませんか〜?」と言っていた。
 
「唐本さん、まだ受けてないよね」
「あ、うん」
 
「あ、君受けてないの?」
「はい。すみません。さっきちょっと気分悪くなって倒れたもので。もう元気になりましたが」
「そう。じゃ、こっち来て」
 
と言われて、保健室に連れて行かれた。生徒番号を聞かれるので言うと、PCの画面にボクのデータが呼び出されたようだ。あはは、生徒手帳に転写されている女子ブレザーで写った写真がモニターに表示されている。
 
「靴脱いで身長計に乗って。。。。。身長166.7cmかな」
「その体操服を脱いで下着だけになって。体重計に乗って」
「はい」
 
ボクは体操服を脱ぐ。今日はその下にはラウンドキャミソールとショーツを着けていた。この身体測定は予定外だったが、体育があることも忘れていたのでショーツなのだが、体育の時の着替えでは壁を向いて急いで着替えた。
 
「体重47.3kg。。。うーん。細いねえ。この身長にはもう少し体重欲しいなあ」
と言い、メジャーで胸囲を測られる。この時ボクはあれ?と思った。いつもは乳首の真上を通るようにメジャーを掛けられるのに、この日はそれより少し下の方にメジャーを掛けられた。
 
「胸囲68.5cmと。先生、検診お願いします」
と代理の先生は奥の方に呼びかけた。
 
へ?検診?
 
成り行きでボクはスクリーン衝立の向こうにいたお医者さんの検診を受けることになってしまった。キャミソールを脱ぐように言われる。
 
「うーん。まだ胸の膨らみが小さいわね。ブラジャーはしてないの?」
「普段はしてますが、今日はせずに来ました」
「うんうん。ブラはしといた方がいいわよ。ああ。ブラ跡があるもんね。普段はちゃんと付けてるのね。ブラジャーは何サイズ?」
「A70を付けてます」
 
「ああ、そんなものだろうね。生理は乱れたりしない?」
「ええ。乱れたりはしません」
「じゃ、大丈夫かな。胸の発達の時期には個人差があるからね。でも大豆製品よく取るといいわよ。お豆腐とか納豆とか」
「はい」
「あとマッサージとか。えっとね、このあたりをお風呂に入った時に指で刺激するといいよ」
と先生はボクの胸の外縁部付近の数ヶ所を触りながら言った。
 
そのあと、先生は聴診器を身体の前後に当てて
「OKです。お疲れ様」
と言って解放してくれた。
 
こうしてボクの1年生の時の身体測定は終了した。
 

その日、ボクが学校から帰り、宿題をするのに机の引き出しからシャーペンを出そうとして、ふと手が止まった。
 
引き出しが完全に閉められている。ボクはこの引き出しをいつもわざと3mmほど残して閉めるようにしていた。ああ、たぶん母が見たんだろうなと思い、中をあけて、その奥に入れている薬の瓶を手に取ってみた。封印が掛かったままである。ボクは『お母ちゃん、ごめんねー』と心の中で呟いた。
 
それは年明けのことだった。
 
ボクは中学校の廊下で若葉を呼び止め、階段の物陰に誘って諭吉さんと一葉さんを渡した。
 
「お年玉もらったから、例のお薬のお金返すね」
「あれは1万円でいいよ」
「うん。そうは聞いたんだけど、1つ調達して欲しいものがあって」
「ふーん」
 
「エチニルエトスラジオールの瓶入り、1個買ってくれない?」
「プレマリン・プロベラと併用するの?」
「ううん。未開封の瓶を机の引き出しに入れておきたいの」
「・・・・偽装工作用か!」
「そう。お母ちゃんに疑われてる気がしてさ。女性ホルモンの瓶が机の引き出しに入っていて未開封なら、飲むかどうか迷ってて、まだ飲んでないと思ってもらえるでしょ?」
 
「ふふふ。いいよ。それなら1000円でいいよ。消費期限切れのを安く入手できると思うから」
「若葉のおばちゃんの会社って、そんなものも在庫があるんだ」
「キャンセル品がどうしても出るからね。それに商社ってロケットからゆりかごまでって言って、違法じゃないものならたいてい買える。欲しかったらジャンボジェットのキャンセル品でも調達できるよ。120億円くらい出してもらえたら」
「うーん。何かで儲けたら自家用機に買うかな」
 

ある時、唐突にそんな会話になったことがある。
 
4月下旬。奈緒とちょうど帰りが一緒になって、ボクたちはおしゃべりしながら高校の校舎を出て校門の方に歩いて行っていた。
 
「冬は自分の性的な発達をわざと停めてるでしょ」
「うん・・・まあ」
「どうやって停めてるの? 去勢してないことはこないだ再確認させてもらったけど」
「寝る時にいつも睾丸を体内に収めてる。高温になるから機能低下する」
 
「ふーん。。。でもそれだけで、ここまで停められる?」
「まあ何とかなってる感じかな」
「冬のヌードって、あれさえ見なきゃ、バストの発達が遅れてる女の子の身体に見えるよ。男性的な骨格とか筋肉とかが全然発達してない。喉仏も目立たない。小学生の頃から思ってたけど、脂肪の付き方とか触った感触がむしろ女の子。男の子の体臭もしないし。女の私には分からないけどひょっとして女の子の体臭持ってない?」
「うーん」
 
「女性ホルモン飲んでるでしょ?たぶんもう4〜5年くらい」
「・・・・・」
「私にまで隠すことないじゃん。ああいうことまでした仲なんだし」
「えーっと・・・」
「こら。ありていに白状いたせ」
 
「・・・・・誰にも言わないでよ」
「やはり飲んでるんだ」
「いつから飲んでるかってのは勘弁して。でも生殖機能が死なない程度にだよ。夢精が起きた時に顕微鏡で見て精子の数と活動性をチェックしてる」
 
「ああ、オナニーはしないんだったね」
「めったにしない。だから夢精が月に1回くらい起きる」
「月のものなんだ!」
「そうそう。そろそろ来そうと思ったらナプキン付けて寝るし」
「あはは。ホントに生理だね」
 
「けっこうその気分。ボクほぼ28日周期なんだよ。突然ずれる時はあるけどね。一応来た日はカレンダーに赤い印付けてる」
「やっぱり冬って、女の子なんだね」
「そうだね」
 

ゴールデンウィーク。ボクは絵里花・貞子・美枝・若葉と誘い合って高尾山に登った。動きやすい服装をしてきてと言われたので、その日はTシャツにストレッチジーンズを穿き、ウォーキングシューズを履いていた。
 
「絵里花さん、楽しいことってこういうことだったんですか?」と美枝。「うん。身体を動かすのは楽しいことだよ」と本当に楽しそうな顔で絵里花は言う。「山って・・・高いんですね」とボクが言うと
「上り坂のスペシャリストが何言ってんの?美枝もだけど」と言われる。
 
「みんな受検で身体がなまってるんじゃない? やはりちゃんと身体動かさなきゃね」
 
それでもさすが陸上部OGの集団で、途中あまり休むこともなく山頂まで結構短時間で一気に登ってしまった。
 
「お弁当と水筒持参、着替えも準備しておいで、と言われた時点で走るか歩くかするんだろうな、とは思ったけどね」と貞子。
 
「でも汗掻くのは気持ちいいね」
みんな山頂近くにあったトイレでTシャツやポロシャツを交換している。
 
「眺めも素晴らしい」
 
「だけどみんな無事女子高生になれて、めでたいめでたい」
「貞子も奇跡的に公立に合格したしね」と美枝。
「私は運が強いんだよ」と貞子は言っている。
 
「若葉どう?私立は」
「うん。なんかおしとやかなお嬢さんが多いから、猫かぶってるよ。友だち同士呼び合うのに『様』なんだよね」と若葉。
「わあ、『由維様』『若葉様』なのね?」とボク。
「そうなのですよ、冬子様」
「わたくしたちも『様』で呼び合います?絵里花様」と美枝。
「かったるーい」と貞子。
 
「でも若葉って外見取り繕うのうまいもんね〜」
「でも猫かぶってるといったら冬だよね」
「私てっきり女子制服で通学するんだろうと思ったのに」
「へへ」
「まあいいや。またうちで着せ替えごっこしよう」
「うん。でも生徒証はこうなっちゃってるんだよね」
と言って、ボクは生徒手帳をみんなに見せる。
 
「おお!」
「ちゃんと女子高生してるじゃん!」
「なんでこういうことになってる訳?」
「よく分からないけど、入学手続きに行った時に、写真撮影に行かされた部屋がなぜか女子の方の部屋だったみたいで」
「ああ、冬の場合、よくあるパターンだ」
「それで制服の採寸もされちゃったんだけどね。一緒に」
 
「じゃ、女子の制服を作ったの?」
「ううん。作ってない。採寸はしてもらったけど注文してないから」
「よし。私が冬の家族を装って電話して注文入れてしまおう」と絵里花。
「ちょっとぉ」
 

その翌日は、今度は奈緒・有咲・若葉・由維・初美と誘い合って町に出てゲームセンターで遊んだり、安い洋服屋さんを物色したりした。若葉とは2日連続だが、若葉は奈緒たちの前で絵里花たちとのことは言わないし、絵里花たちの前で奈緒たちとのことも言わない。だから、ボクが2日続けて女の子の服を着たことは若葉しか知らない。
 
ボクたちがその日竹下通りのマックでハンバーガーを食べていたら少し離れた席に花見さんと政子が来た。こちらは女の子の格好をしているので、それをあまり政子たちには見られたくなかったし、向こうはデートのようなので邪魔したくもなかったから、声も掛けないし、できるだけ視線も送らないように気をつけた。
 
しかし、そのふたりの様子を有咲が見て言った。
「ねえ、あそこの席の高校生カップル、なんかぎこちないね」
「ぎこちない?」
「あれ何か喧嘩したんじゃないかなあ。女の子の方が凄い不機嫌だもん」
「へー」
 
むろん有咲も向こうに直接視線をやったりはしない。
 
ボクたちがふつうにおしゃべりしていた時、向こうのテーブルのそばに、もうひとり女子高生っぽい子がやってきて、いきなり花見さんに文句を言い始めた。
 
「どうしたんだろうね?」と奈緒。
「三角関係じゃないの?」と有咲。
 
ああ。なるほど。ボクたちはみんなそちらを直接は見ないのだが、どうも花見さんに何か言っている女の子は花見さんの「浮気」をなじっている感じだ。その内、政子がすっくと立ち上がる。そして花見さんが飲んでいたコーラ?のカップのふたを取ると、花見さんに頭から掛けた。そして悠然と去って行った。
 
「今行っちゃった子の方が本命みたいね」と若葉が言う。
「どうして分かるの?」と奈緒。
「雰囲気。後から来た方がむしろ浮気相手だよ」
「若葉って、何かそういうの鋭いもんね」
 

ゴールデンウィーク明け。放課後書道部の部室になっている化学教室に行くと、谷繁部長、静香さん、政子、カオルが来ていておしゃべりしていたので、ボクもその輪に入った。
 
「あんたたち、何かいつ見てもしゃべってるばかりだね」
と近くのテーブルで何やら化学の実験をしている科学部の女子が言った。「琴絵ちゃんもこっち来て、一緒におしゃべりしない?」とカオル。
 
「そうだなあ。じゃ、この実験が終わったら」
と言っていたが、その子はボクたちがおしゃべりしていた時、突然「うっ」という低いうめき声を上げた。ボクが振り返ると、彼女はドドドっと水道の所に走って来て、口の中をすすいでいる。
 
「どうしたの?」とちょうど近くにいたボクは声を掛けた。
「びっくりしたー。硫酸をメスピペットで吸い上げてて、うっかり口の中まで入っちゃった」
「硫酸!?大丈夫?」
ボクはびっくりして訊く。
「あ、平気平気。洗えば問題無い」
 
これが琴絵とのファーストコンタクトだった。
 

その日、琴絵も実験を終えてこちらに来て、おしゃべりの輪に入ったが、その後で花見さんがやってきた。
「遅れて済まん。ちょっと生活指導に絞られてて」
と言ってボクたちが集まっている所に座るが、花見さんが座るのと同時に政子がさっと席を立ち、向こうのテーブルに行ってしまった。ボクはカオル・静香さんと顔を見合わせる。
 
カオルが政子を気遣うように政子の行ったテーブルの方に移る。何となくボクと静香さんもそれを追い、ん?と周囲を見回した感じの琴絵も付いてきた。
 
「政子ちゃん、どうかしたの?」とカオル。
「うん。何でも無いよ」と政子が答えるので、結局こちらのテーブルではまたふつうのおしゃべりが再開する。
 
取り残された形の部長と花見さんは、仕方なくふたりで何か話し始めたようであった。
 
ゴールデンウィーク前は、政子はいつも花見さんのそばにピタっとくっついている感じだったのが、これ以降はめったにそばに寄らないようになった。
 
「花見さんと別れたの?」とカオルが訊いたが
「ちょっと喧嘩しただけ」と言っていた。
 
結局ふたりは半月くらいで仲直りしたようではあったが、花見さんが呼んでも無視していることが多く、ボクたちが心配して
「ね、花見さん呼んでるけど行かなくてもいいの?」
などと言うと
「ああ。今度の日曜にデートするから今日は別にいいよ」
などと答えていた。
 

5月のある日。ボクは書道部の方で30分待ったものの誰も来なかったので、体育館で弓道部の基礎トレーニングをしていた奈緒の練習を見学していたが、近くにいる者は誰でも使えということで、用具の出し入れを手伝わされる。その時、ボクは用具室の中にピアノが置かれていることに気付く。ああ、入学式の時、このピアノで国歌・校歌の伴奏をやってたんだっけと思い至る。
 
用具の搬出が終わった所で、ボクは用具室の中でピアノに触れてみた。ラの音を弾いた途端、ピアノがボクを誘うように思えた。ボクは宇多田ヒカルの『Flavor of Love』をピアノで弾いてみた。うん。いい感じ。そしてピアノで弾いているうちに歌いたくなったので、ソプラノボイスで歌い始める。
 
ああ、気持ちいい! やっぱり歌うの大好き!
 
フルコーラスを歌いきった時、パチパチパチと拍手が聞こえる。びっくりしてそちらを見ると、ピアノの向こうに女生徒がひとり立っている。
 
「あなたピアノ上手いし、歌がすっごく上手いね! ね。私コーラス部なんだけど、うちの部に入らない?」
と彼女は言った。
 
「あ、ボク、書道部に入ってるから」
と何となくボクはソプラノボイスのまま答える。
 
「ああ、そのくらい兼部で行けるんじゃない?」と言いながら彼女はこちらに回り込んでくる。
 
「私、1年8組の近藤詩津紅(しずく)。あなたは?」
と言ってから、ボクの学生服に気付き
「え?なんで、男子の制服とか着てるの?」
と言う。向こう側からはピアノのかげになって、ボクの服装は見えなかったのだ。
 
「1年5組の唐本冬彦です。ごめんなさい。ボク男子だからコーラス部には入れないの」
とボクはソプラノボイスのまま言う。
 
「声変わり来てないの?」
「うーんと。一応来てるんだけどね」とボクはバリトンボイスに切り替えて言ってから
「ここにピアノあるの見たら、何か突然弾きたくなっちゃって。弾いてたら歌いたくなっちゃって」
とソプラノボイスに戻して言った。
 
「男子かあ。惜しいなあ。でも男子で、そんな声が出るって凄い。ソプラニスタっていうやつだよね?」
「うん。そうそう。カウンターテナーの声域より高いもんね。でもこの声では声量が小さいのが欠点で。腹式呼吸の練習とか腹筋とかして鍛えてるけど、なかなか思うように向上しないのよね」
 
「ね、『言葉にすれば』歌える?」
「うん。今コーラス部で練習してるよね。こないだ音楽室の近くを通りかかった時に聴いたよ」
と言うと、ボクはピアノを弾きながら、この曲のソプラノパートを歌い始める。すると詩津紅がその曲のアルトパートを歌って合わせてくれた。
 
ああ、ハーモニーが気持ちいい。ひとりで歌うのもいいけど、ふたりで歌うのもいいなあ。ボクはその時真剣にそう思った。
 
やがて歌い終わる。パチパチパチとお互いに拍手した。
 
 
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【夏の日の想い出・高校進学編】(2)