【夏の日の想い出・新入生の冬】(上)

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私は大学1年生の夏に、サマフェスが行われた日に偶然プールでスイート・ヴァニラズのEliseと遭遇したことから、誘われてスイート・ヴァニラズの全国ツアーに帯同して、ゲストして歌うことになった。
 
その最初の日、リハーサルが終わって楽屋で待機していた時に私がメンバーとおしゃべりしながらメモ帳に「ちょっとしたもの」を描いていたら、
「何描いてるの?」
と訊かれる。
 
「あ、えっと。似顔絵を・・・・」
「あ、これ私〜? 何か可愛く描いてある!」とCarol.
「あ、私のも可愛い〜」とSusan.
 
「私、人の顔を覚えるのに、似顔絵を描いておくんですよ。名刺とか頂いた時はその名刺の裏によく描いておくんですけど、みなさんとは名刺交換しなかったから、代わりにメモ帳に描いておこうと」と私は説明した。
 
「へー。でも全員可愛く描いてあるなあ」とEliseもにこにこ顔で言う。
「ね、ね、これ今度のアルバムのジャケットに使えないかな」
「あ、それいいね!」
 
そういうことでその年の秋に発売されたスイート・ヴァニラズのアルバムには私とマリが歌った曲、私とマリが作った曲も1曲ずつ収録されたのだが、アルバムのジャケットにも、私が描いたスイート・ヴァニラズのメンバーの似顔絵が利用されたのであった。
 

この時期、まだローズクォーツの他の3人が昼間の仕事を持っていてフル活動できない状態で、私はひとりで高校時代に関わりのあった全国各地のFM局などにお呼ばれして出かけて行きトークしたり、雑誌のインタビューに応じたりしていた。そんな中、9月にはローズ+リリーのアルバム(『After 2 years』)の録音をしたのだが、それが終わった後で宇都宮を訪れていた時、偶然スリファーズのライブに遭遇。それが縁で彼女たちに楽曲を提供することになる。
 
そしてその後は、スイート・ヴァニラズ、スリファーズ、AYA、SPSのレコーディングに顔出したり、コーラス参加したりなどしていたのだが、結果的に9月から10月に掛けて、かなり頻繁に政子を連れてスタジオに行き、多数のミュージシャンさんたちとの交流が生まれた。
 
そんなある日、政子が唐突に言った。
 
「でもみんなギターとかドラムスとかサックスとか上手いよね」
「そりゃプロだもん」
「私も何か楽器覚えようかなあ」
 
「マーサ、フルートが吹けるんでしょ? 中学の時、吹奏楽部でフルート吹いてたって言ってたじゃん」
「私がさあ、冬の前で一度もフルートを吹いたことがないというので察してよ」
「うーん。。。」
 
「子供の頃何か習ったりしてなかったの?」
「ピアノとヴァイオリンのレッスンに行ってたよ」
「マーサがピアノ弾いてる所なんて見たことない」
「まあ、それで察して欲しいね。ピアノ自体、私が全然弾かないから従妹にあげちゃったしね」
「なるほど」
 
「じゃヴァイオリンは?」
「1年くらいで辞めちゃったのよね〜。割と好きだったんだけど。ピアノの先生は怖い先生だったけど、ヴァイオリンの先生は優しくてさ」
「ああ、子供の頃って、先生が優しいかどうかが結構、楽器の好みに影響するだろうね」
 
「んじゃ、ヴァイオリン弾いてみる?。ヴァイオリンは持ってるの?」
「小学1年生の時にやめちゃったから、小さいヴァイオリンしか無いのよね」
 
と言って政子は押し入れの奥からヴァイオリンケースを出して来た。
「ああ。楽器自体は傷んでない感じ。でもちっちゃい」
「子供用のヴァイオリンは小さいからね」
 
「だいたいヴァイオリンって、腕の長さくらいって言うよね。私の今の腕の長さに比べてわりとサイズあるから、これ3分の2とか4分の3とかのサイズじゃないかな」
 
「3分の2というヴァイオリンは無いと思うな。これは4分の1だと思う」
「えー? そんなに小さい?? じゃ、ふつうのヴァイオリンってこの4倍サイズ?」
「これの4倍だとコントラバスになっちゃうね。ヴァイオリンの分数って別に実際の大きさの比じゃないんだよ」
「あ、そうなの?」
 
「もともと標準サイズのヴァイオリンより小ぶりのヴァイオリンを子供用に作って、それを小さいから2分の1と呼んだんだ。ふつうのヴァイオリンは60cmくらいだけど、2分の1は52cmくらいだよ。その後、更にもっと小さいのを作ったのでそれを4分の1と呼んだ」
と言いながら、私は政子のヴァイオリンの長さをメジャーで測る。
 
「これ46cmあるね。やはり4分の1だと思う。4分の1は47cmくらいのハズ。結構メーカーによっても長さにばらつきがあるんだよ」
「そんなに適当なんだ!」
 
「8分の1は4分1より更に小さいサイズ、4分の3は標準サイズと2分の1の中間サイズ。そういう感じでアバウトに名前が付いて行ったから、そもそも比率なんて存在しないんだよね」
「なーんだ。てっきり16分の1って、ふつうのヴァイオリンの16分の1の長さと思っていたのに」
「標準サイズの16分の1なら、4cmくらいだね。生まれたての赤ちゃんにも小さすぎる。もうお人形さんサイズだね」
 
「じゃ、取り敢えず1分の1のヴァイオリンを買って来よう」
と言って政子は立ち上がった。
「行ってらっしゃーい」
「冬も来てよ」
「私、この編曲を夕方までに完成させないといけないんだけど」
「帰ってからすればいいじゃん。私が行く所には冬も付いてくるんだよ」
「はいはい」
 

政子は楽器店に入っていくといきなりこう言った。
「ヴァイオリン1個下さーい」
私は一瞬政子から5cmくらい距離を取った。
 
「はい。どんなのがいいですか?」
と店長さんらしき人が笑顔で訊く。
 
「私よく分からなくて。ストラディバリとか聞くけど、あります?」
「・・・・それは普通売りに出てませんし、最低10億円はしますが・・・・・」
私は思わず頭を抱え込んだ。
 
「あ、そうなんだ!」と冬子はあっけらかんとしている。
「ストラディヴァリウス・モデルといってストラデイヴァリウスの形をコピーしたものなら安いのは20万から、高いのは数百万くらいで買えますが」
「あ、じゃ、それ1個ください」
 
「ちょっと。マーサ、実際の楽器を見て、できたら試奏させてもらって買った方がいいよ」
「そうだねー」
 
「あのぉ、最近始められた方でしょうか?」
「子供の頃弾いてたらしいんですよ。久しぶりに弾きたいということで」
 
「なるほど。うちの在庫品で良ければ、少し弾いてみられませんか? ストラディバリウス・モデルは今在庫がありませんが」
「わあ。いいんですか?」
 
「ちなみにご予算はどのくらいでしょう?」と私の方に訊く。
「そうですね。取り敢えず練習用ということで本体価格40〜50万かな」
と私は答える。店主は頷いた。どうも政子に質問するより私の方に質問する方が良さそうだと判断した雰囲気だった。
 
店主さんが3つほどヴァイオリンを持ってきた。とりあえず端から弾いてみる。10年以上のブランクがあっても、やはり小さい頃に弾いていたので身体が覚えているのだろう。ちゃんときれいな音を出す。ノコギリの音にはならない。
 
「うーん。なんか持ちにくい」
「音がなんてっか、単純」
「あ、これ割と好きかなあ」
 
「じゃ、その系統のを少し他にもお持ちしますね」
 
しばらく弾いていたら、外でトントンとする音がする。
 
「これはこれは、宝珠さま。今日は何かお探しですか」
「いや、そこのふたりの知り合いなもので」
「あ、お知り合いですか」と楽器店主がホッとした顔をする。
 
「ふーん。ヴァイオリンを買うんだ。とりあえず全部弾いてみて自分の気に入ったものを探す方がいいよ。アドバイスはしてあげるから」
「七星(ななせ)さん、ヴァイオリンも弾くんですか?」
「うん。弾くよ。あくまで趣味だけどね。私の本業は管楽器だから」
 
宝珠さんが政子の試奏を聴いて言う。
「へー。10年ぶりに弾いたというわりには、うまく弾くじゃん」
「やはり小さい頃に弾いた経験って大きいですよね」
「そうそう。冬ちゃんも3歳頃からピアノ弾いてたって言ってたよね」
「ええ。習いには行ってなかったんですけどね」
 
「私も3歳の時からピアノ習ってたけど、おたまじゃくし読めないよ」
と政子。
「まあ、個人によって様々だからね」と宝珠さんは笑ってる。
 

政子はその日「これ割と気に入った」と言って、本体価格52万円の中国産のヴァイオリンを購入した。宝珠さんが「これは made in china といってもしっかりした工房で技術のある職人さんが手作りした製品だよ。これと同等の品がいったんイタリアに運ばれて made in Italy の刻印を押されて200万円くらいで売られていたりするよ」などと言っていた。
 
私たちは3人でマンションに戻り、お茶を入れて飲みながらヴァイオリンの話をしていた。私がお茶を入れている間にも政子は盛んに買ってきたヴァイオリンを弾いて、宝珠さんにいろいろアドバイスをもらっている。
 
「何歳頃弾いてたの?」
「小学1年生の頃なんですよ」
「へー」
「その頃、冬はキーボードばかり弾いてたみたいで、この写真」
と言って、政子は携帯に入れている写真を1枚宝珠さんに見せる。
 
「わあ、可愛い女の子!ってこれ冬ちゃん?」
「ええ、まあ」
そこには長い髪に花のカチューシャを付け、エレクトーンを弾いている幼い頃の私の写真がある。
 
「こないだ冬のパソコンの中から私が発掘してコピーしといたんです」
「何歳くらいかなあ?」
「それ白状しないんですよね〜。だいぶ拷問したのに。銀塩写真を最近スキャンしなおしたみたいでタイムスタンプからは撮影日時が分からなくて」
「いいじゃん、別に」
 
「でも冬ちゃんって、この頃から女の子だったんだ」
「いや、それ別に女装してないんですけど」
 
「ほんとかなあ」
「服はエレクトーンの陰になって見えないもんね、この写真」
「私小さい頃、髪を長くしてたから、演奏の邪魔になるってんで、姉ちゃんからカチューシャ借りただけだよ」
「何か言い訳がましいなあ」
 

「ヴァイオリンにはね、量産品と工房品があるけど、基本的には写るんですと一眼レフカメラくらいに別物と思った方がいい」
 
ボクたちは少しお腹が空いたねなどと言ってスパゲティをおやつ代わりに食べながら話を続けていた。私は話しながら編曲作業を進める。
 
「そんなに違うんですか?」
 
「量産品は中国製だろうと国産だろうと一緒。基本的には弾き方を覚えるためのものと割り切った方がいいよ。しばしば乾燥不十分な安い木材を使ったり、木目を無視して機械で削ってるから、まともな音は出ない。酷いのになるとアロンアルファで接着したのもあるからね」
 
「ヴァイオリンって本来何で接着するんですか?」
「ニカワだよ」
「あ、そうか」
「瞬間接着剤でくっつけてあったらメンテ不能だよ」
「なるほど」
 
「もっとも量産品の中にも、良質の木材を使って人間業ではできない機械ならではの精密な削り方・超薄いニスの塗り方をしたようなものもある。そういうのは量産品でも別格だね。結構良い音が出る」
「はあ」
「出来のいいコンデジみたいなもの?」
 
「そうそう。優秀なコンデジはどうかした一眼より良い写真が撮れる」
「工房品は職人さんの腕次第だろうから、下手くそな人が手作りしたら、機械で作ったのより酷いでしょうね」
「ああ、それはしばしばある。特にストラディ・モデルなんて怪しい。素人を簡単に騙せるし」
と宝珠さんが言うと、政子がむせている。
 
「でもやはりヴァイオリンは、ちゃんと良い木材を探して長年乾燥させて、それを、きちんと木目を見ながら手作業で削るのが基本。でもそうするとやはり制作に何ヶ月もの日数が掛かるからね。工房製のヴァイオリンの原価の大半は人件費だよ。普及品はね。高級品は長年乾燥させた木材を使うから、その木材の価値がプライスレス」
 
「木材って何年くらい乾燥させるんですか?」と政子。
「最低10年。特に良いものを作るには100年」
「ひぇー!」
 
「今日買ったヴァイオリンはどのくらい乾燥させたものなんですか?」
「うーん。たぶん5年くらい。まあ、この価格だしね」
「わあ、それでも5年か」
 
「だから普及品に限って言えば、同じような制作過程で作られる場合、日本国内で100万掛かってしまうものが中国とか東欧で作られると30万くらいで出来ちゃうんだよね。このクラスは値段が違っても品質に差は無い」
「ああ」
 
「そしてイタリア製と言っても大半の工程が中国で作られていて、最後の一番上のニスを塗るのだけイタリアでやっているようなヴァイオリンが大量にあるんだわ。まあその最後のニスだけイタリアで塗ったってのはまだ良心的かな」
「うーん。。。」
 
「今世界のパソコンの大半が台湾で設計されて中国で生産されてるでしょ?ブランドは日本やアメリカのブランドでもね。今中国は世界の生産工場なんだよ。ヴァイオリンも同じ」
「ああ」
 
「あとさ、ヴァイオリンにしても他の楽器にしてもだけど、高い方が良い物と思い込んでいる人たちがいるでしょ? だから本来20万で売ってもいいものを80万とかで売る店もあるんだよね。その方が売れるから」
 
「ありがちですね。でもそれは物の善し悪しが判断できなくて、その値段で買っちゃう方が悪いと思う。骨董品の売買なんかと同じでしょ」
 
「そうそう。ヴァイオリンはちゃんと実物を試奏しないと買えないよ」
「だって。マーサ」
「うーん。私はそういうの分からないから、それをチェックするために冬がいる」
「はいはい」
 
「あ、そうだ」
と言って政子は楽器倉庫になっている奥の部屋に行き、YAMAHAの刻印がある楽器ケースをひとつ持って来た。
 
「これ冬にあげる」
「フルート? うちに置いてあったんだ!?」
 
「うん。中学校の時に私が吹いてたフルート。こないだこのマンションの防音室で試しに吹こうとしたけど、完璧に忘れてて、音も出せなかった」
「ああ」
 
「明日から一週間、冬は北陸だよね?」
「うん。新潟と富山を重点爆撃」
「その間に冬、これ吹けるようになってよ」
「私が吹くの?」
「私もこの一週間ヴァイオリンを練習するから、月曜日にアンサンブルしよ。曲目はそうだなあ。『主よ人の望みの喜びよ』とかどう?」
 
「私、フルートなんて吹いたこと無いんだけど」
「冬なら一週間で吹けるようになるよ」
「そんな無茶な!」
宝珠さんが笑っていた。
 
「だって冬は高校時代、何とかって縦笛吹いてたでしょ?」
「縦笛は誰でも音が出るけど、横笛はまず音が出るようになるまでが大変だよ」
「冬ならできるって」
 

「そうそう。私、バンド作ったんだよ」と宝珠さんは言った。
「わあ」
「こないだのレコーディングで一緒だった近藤君と私を中心に知り合いに声を掛けて」
「どういう構成ですか?」
「ギター、ベース、ドラムス、キーボード、サックス」
 
「ギターが近藤さん、サックスが七星(ななせ)さんですね」
「うん」
「名前は?」
「スターキッズというの」
「なんか格好いい」
「実はね、近藤君の下の名前『嶺児』の『児』、これは児童生徒の『児』ね。それと私の下の名前『七星(ななせ)』の『星』とをつないだんだ」
 
「意外にシンプルな由来だ」
「歌はどうするんですか?」
「近藤君が一応歌ってる」
「七星さんも歌えばいいのに。確かうまかったですよね?」と政子。
 
「私サックスだからさあ。歌いながらサックスは吹けない」と宝珠さん。「あぁ。。。冬だったらサックス吹きながら歌えない?」と政子。
「それはさすがに無茶」と私は答える。
 
「それで、七星さんは近藤さんと同棲してるんですか?」と政子。
「まだ同棲はしてないよ」
「ああ、やはり恋人にはなったんですね」
「あ!今のは誘導尋問か!?」
 
「だって、七星さん、近藤さんの名前を言う時に妙に恥ずかしげな顔をするんだもん」と政子。
「私、そんなに顔に出てた?」
 

その日の夕方、私は★★レコードを訪れ、女性アイドル歌手担当の北川さんにその日作曲・アレンジした2曲の譜面とMIDIデータを渡した。
 
「ありがとうございます。わあ、どちらも何だか可愛い曲ですね!」
「ええ。ノエルちゃんにはこんな雰囲気の曲が合うかな、というイメージで書きました」
「すみませんね。急にお願いして」
「いえ、ちょうど東京に戻っている時で良かったです」
 
今週新曲の録音をする予定だったアイドル歌手・富士宮ノエルにこれまで楽曲を提供していた木ノ下大吉という作曲家が突然失踪するという事件(取り敢えず報道は抑えてある)があったのだが、営業政策上、どうしても今週中に音源製作して、12月頭にCDを発売したいということから、代わりに曲を提供してくれないかという打診が、昨日の午後あったのである。政子に好物のトンカツを食べさせて昨夜詩を書いてもらい、それに今朝曲を付けた。そしてヴァイオリンの買物をしてきた後、編曲をしたものである。
 
「でも木ノ下先生、心配ですね。どうしたんでしょうね?」
「奥さんも全然原因の心当たりが無いということで、困惑しているようです。取り敢えず今朝メールがあったらしいので、ご無事ではあるようなのですが」
「それは良かった」
「まあ、ぷいとどこかに消えたくなることはあるかも知れませんけどね」
 
「でもノエルちゃんだけじゃないでしょ?影響受ける人」
「そうなんですよ。今木ノ下先生から楽曲提供を受けていた歌手の代替ソングライターを確保するのに、もう大わらわで。今日までにどうしても欲しかったのが3組あったので、実はその内2組分4曲を上島先生にお願いして1組分2曲・ノエルちゃんの分をケイ先生・マリ先生にお願いしたのですが」
 
先日★★レコードからデビューが決まったスリファーズに私たちが楽曲を提供し、その担当である北川さんが楽曲を見て「こんな可愛い曲が書けるんですね!」
と感動していたので、その関係で私たちに話が回ってきた感じであった。スリファーズのデビュー曲の音源製作は既に完了しており、来月下旬に発売される予定で月明けからはキャンペーンが行われる予定である。
 
「上島先生は仕事が無茶苦茶速いですからね。品質も安定しているし」
「ええ。ちょっといつも無理して頂いているみたいでそこに突然割り込みで1日4曲というのは心苦しかったんですけどね。でもケイ先生・マリ先生も曲作りが速いよ、というのを秋月から聞いていましたから」
 
秋月さんというのは私たちの前の担当者で現在は退職し結婚して福岡に住んでいる。
 
「まあ確かに秋月さんの見ている前で私たちがさっと曲を書き上げたことは何度もありましたから。でもいつでもできる訳じゃないんですけどね」
と私は笑って言った。
 
「正直1日でポップス系の曲を書いてくださりそうな先生は他に心当たりが無かったんです」
「クリエイターはどうしても調子の波がありますからね。一週間で20曲書ける人でも1日で1曲と言われると、自信無いと言う人多いと思います」
「ですよねー」
 
「でもマリは美味しいもの大好きだから、御飯を食べさせるといい詩を書いてくれるんです」
「ああ、それは便利ですね」
「食費は掛かりますけどね」
「曲作りの原料費ですね」
「ですです」
 
私は今頃政子がくしゃみしてそうだと思いながら、北川さんと話していた。
 

その日から始まるという音源製作を少し見学していきませんかというので、北川さんと一緒にスタジオに行く。
 
ノエルは中学生なので毎放課後にしか音源製作の作業に入れない。それでどうしても今日の夕方から作業を始めないと間に合わないということだったらしい。
 
ノエルは木ノ下先生に急なトラブルが起きていると聞いて驚いていたが、今回私とマリが楽曲を提供すると聞くと「わあ、私『恋座流星群』大好きです」
などと言われる。「あのCDとかもらえたりしませんよね?」などというので「★★レコードさんが良ければ」と私が言うと、北川さんは「ノエルちゃんなら大丈夫です。明日持って来ますね」と言った。
 
「わあ、言ってみるもんですね」とノエルは喜んでいる。
「そうそう。まずは言ってみるもんですよ。言わなきゃ相手はこちらの希望が分かりません」
と私は言った。
 
「ああ、恋なんかもそうですよね」とノエル。
「うん。恋はまさにそう。思っているだけでは伝わらない」と私。
「ケイ先生はマリ先生と出会う前にも恋とかなさったんですか?」
「いや別にマリとは恋愛関係じゃないけどね」
 
「あれ?そうだったんですか?ごめんなさい。てっきり恋人かと」
「でもマリに会う前も何度も恋はしたよ。失恋ばっかりだけどね」
「やっぱり恋ってなかなかうまく行かないですよね」
「うんうん」
 
「ケイ先生の場合、恋の相手って男の人なんですか?女の人なんですか?」
「今まで好きになったのは半々だと思うけど、明確な形での恋を意識したのは男の子4人と女の子1人かな」
「わあ」
 
「その女の子は私のことを男の子と思い込んで恋しちゃったんだよ」
「へー。でもケイ先生の男装ってイケメンになりそう」
「私がちゃんと女の子の格好してないからだって友だちから責められたこと、責められたこと」
「あはは。でも制服じゃ仕方ないですよね」
 
「うん。だから罰として男子制服は没収といわれて、女子制服渡されて、2ヶ月くらい女子制服で学校に通った」
「えー!? 面白ーい。あ、その友だちってのは」
「みんな女の子だよ。私は小さい頃から友だちと言えば女の子ばかりだったから」
「ああ。やはりそういう子供だったんですね〜」
 

その日はまだ楽器パートが無いので、私が用意したMIDI音源を鳴らし、それに合わせて歌ってもらった。歌い方でいろいろアドバイスする。「こんな感じで歌うんだよ」と実際に歌ってみせると
「ケイ先生、ほんとに歌が上手い! それにそんな可愛い14〜15歳の女の子みたいな声も出るなんて」
と驚かれる。
「その声は未公開ですよね」と北川さんも言う。
 
「私、中学生時代に七色の声って言われたともあるからね」
「ひとりで多重録音でカルテットかクインテットくらいできたりして」
「ああ、面白いかもね。ライブ演奏不能だけど」
 
その日は19時から21時前まで作業を続けた(中学生なので21時までに退出させなければならない)が、まだ歌唱が合格水準に達していないとして本格録音は明日以降にしたものの、ノエルの歌の中で今日いちばん良い出来だったものを残し、これを参考に明日の日中にスタジオミュージッシャンの人たちに演奏してもらって、楽器の音を収録することにした。
 
バタバタと撤収作業をして帰りのタクシーを手配する。そのタクシーの待ち時間にポツリとノエルが言った。
 
「でもケイ先生、お友だちたくさんいていいなあ。私友だち全然いなくて」
「私も友だち全然いなかった時期があるよ」
「そうなんですか?」
 
「自分をちゃんと見せてないと、友だちってできにくい。私も実態が女の子なのに、あたかも男の子みたいに装ってネコかぶってた時期あってさ。その時期は女の子の友だちも男の子の友だちも居なくて、寂しい学校生活を送っていたよ。自分を隠して生きていると、周囲の人は接する時の『立ち位置』が掴みにくいんだよね。すると敬遠されちゃう」
「ああ・・・」
 
「マリなんかも、休み時間にクラスメイトのおしゃべりなんかにも加わらずいつも遠くを見つめてて、時々突然詩を書き出すなんていう、変な子だったから、友だち少なかったみたいだけど、似たようにちょっと変な性格の子と結果的には3〜4人くらいの、グループというより緩い感じのつながりができて、その子たちとは、時々話してたみたい」
「あ、それ私の立場に近いかも。私もクラスの女の子同士のおしゃべりが苦手で」
 
「マリは最近は我慢してるけど、昔は楽屋で他の歌手とかグループの子がおしゃべりしてると、プイっと居なくなっちゃったりして、本番までに戻ってくるよなって気が気じゃなかったことあるよ」
「ああ、私もそれやって酷く叱られたことあります」
 
「自分が変な子なら、その変なところを露出しちゃうと、それなりに人は接してくれるかもね。私みたいなのは性別を偽って生きて来たから極端すぎる例だけど。でも音楽の世界は変人だらけだよ」
「確かに!」
 
「ケイ先生、携帯の番号交換できます?」
「いいよ」
 
ノエルは私と携帯の番号とアドレスを交換してタクシーに乗っていった。
 

11月1日。北陸方面のドサ周りから戻った私は政子と『主よ人の望みの喜びよ』
を合わせてみた。
 
「マーサ、かなり弾きこなしてるじゃん」
「冬もちゃんと音出たね」
「まともに音が出るようになったのが昨日だよ」
「横笛って吹いたこと無かったの?」
 
「小学生の頃に雑誌の付録に付いてたプラスチックの横笛を吹いたことあるよ。でもそれは吹口が特殊な形してて簡単に音が出たんだよ。後は中学の修学旅行で行った京都でお土産物の横笛買って少し吹いてたことあるけど、あんまりまともな音にならなかった。そもそもどういう音階になってる笛なのか、さっぱり分からなかったし」
「その手の笛って、音階が地域によって違うから正しい音階をそもそも知ってないと、難しいかもね」
「更に土産物だから、どこまできちんと作られているかに微妙な疑問がある」
「確かに」
 
私がその月もあちこち飛び回るので、今度は来月までにこの曲に加えて『歌の翼』
を練習しておこうということを決めた。
 

11月は最初の週に四国方面のドサ周りをした後、都内で12月発売のローズクォーツのシングルの録音、それから同じく12月発売のELFILIESの移籍第一弾のシングルの録音などをしてから、下旬は九州・奄美・沖縄・宮古方面でドサ周りを継続した。この時、沖縄にも行ったので、難病と闘っているローズ+リリーのファン、麻美さんをライブに招待してみたのだが、病状が思わしくなく行けないという返事があった。そこで私はライブで沖縄に行った時、病院までお見舞いに行ってきた。(そのちょうど1ヶ月後に病状が急変し、私と政子は深夜の飛行機で急遽駆けつけることになる)
 
11月の下旬、沖縄から戻った後は、戻った翌日にスリファーズのデビューシングルの発売があり、私と政子もデビューイベントに出席した。その3日後にはスイート・ヴァニラズのアルバムが発売された。
 
このアルバムの発売日には私は行橋から始めて小倉・八幡・黒崎と移動していたのだが、その日はちょうどスイート・ヴァニラズが福岡公演をするということで、福岡のFM局からお呼びが掛かり、私が北九州にいるならちょっと来いと言われ、出演時刻がローズクォーツの方がお昼休みになる時間帯とちょうど重なっていたので、私ひとり小倉から博多まで新幹線往復で行ってきた。
 
スイート・ヴァニラズの各メンバーの挨拶があった後、パーソナリティさんに紹介されて
「こんにちは〜。どこにでも出しゃばってくるローズ+リリーのケイです」
と挨拶する。
 
今回のアルバムにローズ+リリーがコーラスで参加していること、1曲ローズ+リリーがメロディーを歌った曲もあること、ジャケットの絵に私が描いたメンバーの似顔絵が使用されていることなど、私がここに呼ばれた理由をパーソナリティさんが説明してくれる。
 
「ラジオなんでお見せできないのが残念ですが、すっごく可愛い似顔絵なんですよ。番組のホームページに写真を上げていますので、ぜひ見てみてくださいね」
などと言ってくれる。
 
「少女漫画っほい絵ですよね」とCarolがコメントする。
「あ、私の絵って、小学生の頃からそう言われてました」と私。
「絵だけ見たら可愛い女の子が描いたと思うよね、とか」
「いや、多分、ケイちゃんはその頃から可愛い女の子だった気がします」とLonda。
 
他のアーティストへの楽曲提供の話にもなる。スイート・ヴァニラズはここ数年単発で多数のアイドル歌手に楽曲を提供していて、特にこの夏に青居カノンに提供した曲は50万枚のビッグヒットになり話題になっていた。
 
「こないだは花村唯香ちゃんにも楽曲提供しましたね」
「あの子、歌がすごく上手いんですよ。ぜひ聴いてみて欲しい」
とEliseが言い、30秒ほどだけ、その曲『ベレスタ』が流れる。
 
「ケイちゃんたちも、最近立て続けに色々な人に楽曲提供してますよね」
「あ、はい。スリファーズの曲が3日前に発売になりましたが、この後、来月8日にスーパー・ピンク・シロップ、富士宮ノエル、15日にELFILIES、坂井真紅、と続きますね。来月2日に出るAYAさんのシングルにも1曲、それからお正月に発売になりますスイート・ヴァニラズさんのシングルにも1曲書かせて頂いています」
 
「なんかもう歌手とかヴォーカリストじゃなくて、作詞作曲家として活動してない?」
「あはは、そうかもです」
 
「スリファーズの品切れ問題はどうですか?」
「はい、申し訳ありませんでした。実は昨夜その件で★★レコードの担当者の方とも電話で話したのですが、火曜日には各レコード店に充分なCDを供給できるそうです」
「それは良かった。私も実はちょっと面白そうな子たちだなと思ってCD買いに行ったら、売り切れというもので」とパーソナリティさん。
 
スリファーズのCDはインディーズ時代には数十枚程度しか売れていなかった。それで新人のアイドル歌手ということで、★★レコードとしては恐らく2000枚か3000枚程度だろうと考え、初期プレスは1000枚で発売した。ところが春奈のミステリアスな雰囲気が話題になったこともあり、初日のダウンロードがいきなり3万件来て、CDショップでは発売された水曜日の内に速攻でソールドアウト。★★レコードでは慌てて追加プレスを始めたものの、その分を発送できるのがどうしても月曜日になってしまうのである。
 
「品切れって、お客様には申し訳ないけど、やってる側としては少し気持ちいいよね」
などとCarolが言う。
「ああ、スイート・ヴァニラズも『スーパーデラックス・ストロベリー・ミルク・チョコレート・パフェ・スペシャル・ウルトラ・オプション・ナンバー7』で深刻な品切れがありましたね」と私が言うと
 
「よく、その曲名ソラで言えるね」とElise。
「うん。私たちでもそれ何かに書いてあるの見ないと言えないのに」とMinie。「ライブでもパフェ・スペシャルとかしか言わないね」とSusan。
 
「あの曲は最初レコード会社が1000枚しかプレスしてなかったんです。ところがいきなり品切れ。それで慌てて5000枚プレスしたけど、それも即日品切れ。それでレコード会社もこれは本物だってんで5万枚プレスしたのに、それも2日で品切れ。それで思い切って20万枚プレスしたのが3日で品切れ。反響が凄まじすぎるんで清水の舞台から飛び降りる思いで更に50万枚プレスして、それも半月後には品切れ。結局最終的には150万枚ほど売れたのですが、度重なる品切れで、レコード会社の担当者が記者会見して謝罪してましたね」とLondaが言う。
 
「まあプレスして売れなかったら悲惨ではありますけどね」とパーソナリティさん。
 
「ええ。それまでは数千枚しか売れてなかったのがあの曲でいきなりミリオンだったからね」
「品切れになったという話題で、知名度が広がった面もあったけどね」
 
なお、この放送を聞いていた★★レコードの町添部長は、スリファーズのCD追加プレスが4万枚の予定だったのを12万枚に増やすよう北川さんに指示した。
 

放送が終わった後、Eliseが言った。
 
「ケイちゃん、他のアーティストのCDの名前ばかり挙げてたけど、来週ローズクォーツも新曲発売でしょ?それ言わなくて良かったの?」
「あぁ!忘れてた。叱られる〜」
 
「でもそれだけ曲を提供してたら、作詞作曲印税の方が、自分たちのCDの演奏印税より多かったりして」とSusan。
「ああ、それは間違いなくそうだと思うよ」とLonda。
 

私はその日放送が終わってから新幹線で小倉にトンボ返りし、小倉・八幡・黒崎でのライブをして、そのまま北九州市内で宿泊の予定だったのだが、その日最後のライブを終え、地元のイベンターさんと打ち上げをしていたら、Eliseから私の携帯に電話が掛かってきた。
 
「おい。ケイ。こちら公演が終わったぞ。今から飲むから来い」
「えーっと、私、未成年なんですけど」
「堅いこと言うな」
「見つかったらクビなので」
「しょうがないな。お前はウーロン茶、飲んでてもいい」
「Eliseさん、既に酔ってません?」
「まあ、いいからちょっと来い」
 
私は美智子に、博多に来いと言われてるんですがと言うと、美智子も笑って
「じゃ、行っておいで。くれぐれもアルコールは口にしないように」
と言われたので、イベンターの社長さんに挨拶した上でタクシーで小倉駅に行き、新幹線で博多に移動した。もう帰りの小倉行きは無いので、朝一番の新幹線で広島に移動しなければならない。
 
春吉のホテルということだったのだが、道路は渋滞しているから地下鉄で中洲川端まで来て、それから歩いて来いと言われたのでそうしたが、ド派手なホテルの外観にギョッとした。ホテルの中に入り、メールしたらLondaが迎えに来てくれた。
「エリ(Elise)がかなり酔ってるからキスしたり、あそこに手を突っ込んできたりしかねんから、気をつけろ」と小声でささやく。
「あそこって・・・・」
「あそこ」
あはは。
 

席に行くと、スイート・ヴァニラズのメンバー、マネージャーの河合さん、今日の公演にゲスト出演した、アイドル歌手の花村唯香とそのマネージャーさんがいる。
 
まずはメンバー全員とハグしあった。ついでに花村唯香ともハグする。その時、私は微妙な違和感を感じたが、その時はそのことは忘れてしまった。
 
「でも唯香ちゃん、こういう所にいいの?まだ16じゃなかったっけ?」
「あ、それはサバ読んでるので。実は18なんです。一応プロダクションからはバレた時はバレた時って言われているので」
「ああ。この世界は年齢誤魔化してる人は多いよね」
「ケイちゃんなんて、性別まで誤魔化してたしね」
「すみませーん」
 
「ホントは女の子なのに、わざわざ記者会見までして男の子ですなんて言ってたし」
「えーっと・・・」
 
花村唯香が先日出したシングルがスイート・ヴァニラズから提供された曲を使っていた関係でこの博多公演だけのスペシャルシークレットゲストとして登場したらしい。それでFMの番組で唯香の歌を少し流したのだろう。
 
「でも今日は日中、大阪でライブやってから博多入りしたんですよ」
「ハードスケジュールだなあ」
「先月なんて、1日で札幌と福岡をやりましたし。お昼に札幌公演して飛行機で移動して夜8時から福岡公演」
「ああ。私も高校時代、似たようなことしたよ。中高生は活動できる時間帯が制限あるから、どうしてもその分無理なスケジュールになりがち」
「そうなんですよね。学校終わってから放送局3つ回ってレコーディングとか」
「ああ、それ私もやってた」と私。
 
「そういうのだけは経験無いなあ」とMinie。
「まあ、私たちは大学生になってから活動始めたからね」とCarol。
「でも活動始めてからギターとかベースとか弾き方練習始めたね」とSusan。「私なんか、あんた剣道やってたからドラムス叩けって言われたし」とCarol。
「ああ、その手の話はよく聞きます」
 
「唯香ちゃんは今日は博多泊まり?」
「ええ。それで明日の朝1番の飛行機で東京に戻ってライブ。二回公演です」
「わあ、頑張ってね」
「ケイは今夜小倉に戻るの?」
「交通機関が無いです」
「じゃ泊まりね」
「あ、お部屋取ってあげるよ」
と河合さんが言い、ホテルのフロントに電話して、このホテルの部屋を確保してくれた。
 
「レディースフロアにまだ空きがあったから1部屋取ったから」
「ありがとうございます」
「レディースフロアで問題無いよね?」
「あ、はい。開き直ってますから」
 

食事が終わった後、Elise, Londa, Carol がまだ飲み足りないと言って中州の街に出ていく。残った Susan と Minie に唯香と私の4人でラウンジでケーキとお茶を飲みながら、しばしガールズトークをする。河合さんと唯香のマネージャーは報告書を書くのに、自分の部屋に戻った。
 
お互いの高校生時代の話(唯香は現役だが)で話が弾む。しかし、そろそろ12時になるので寝ましょうか、という話になり、ラウンジを出て部屋に戻ろうとしていた所で、玄関からEliseたちが戻って来た。
 
「おお、ちょうどいい所に。今からお風呂行こうよ」とElise。
「飲んだ後でお風呂入って、死んでも知りませんよ」
「平気平気。私が死んだら、ケイ、あんたが私の代わりにギター弾いてよ」
「私、ギターなんて弾いたことないですけど」
「大丈夫。ケイなら3日で覚える」
「そんな無茶な」
 
「だいたいこのホテル、大浴場は無いけど」とSusan。
「近所に夜2時までやってるスーパー銭湯があるんだよ。そこに一緒に行こう」
 
「じゃ行きましょうか。あ、唯香ちゃんはもう遅いから寝せましょう」
と言ったのだが、本人が
「あ、私もスーパー銭湯行きたい」
などと言うので、結局7人でぞろぞろ近くのスパまで行くことになった。
 
「あれー。財布が空っぽだ」とElise。
「あ、私が出しておきますよ」と笑って言って7人分の料金を払い、中に入る。
 

受付を通り2階に上がった所に、レストランがあり、ビールのサンプルがあるのを見て Elise が「ああ、飲みたい」と言ったが、Londaに「お金無いんだろ」
と言われ「そうだった!」などと言っている。
 
ぞろぞろと(女湯の)脱衣場に入るが
「ケイ、こっちで大丈夫なんだっけ?」とSusanが少し心配そうに訊く。「少なくとも男湯には入れませんね。Dカップだから」と私は笑って言った。
 
「こないだスリファーズの発売イベントで、ケイさん、小学校に上がって以降、男湯に入ったことはありません、なんて言ってましたね」と唯香。
 
「あ、あれ聞いてたんだ? うん。入ってない」と私は笑って言った。
「幼稚園の頃は、どちらにでも入ってたけどね。連れてってくれた人次第で。母や祖母に連れて行かれると女湯、父とかに連れて行かれると男湯」
 
「何〜? 男湯に入ったことないだと? その話は、どこかに拉致監禁して拷問して追求してみたいな」とElise。
 
「春奈ちゃんは小学校の修学旅行では水着を着て女湯に入ったらしいですね。こないだイベントで一緒になった時、教えてもらいました」
と唯香。
「ああ。水着は偽装しやすいからね。あの子既にその頃からホルモンやってたから、もう男湯には入れなかったろうしね」
 
などと言いつつ、みんな服を脱ぐが、こちらに視線が集中しているのを感じる。堂々とブラを外して胸を露出すると Elise が触ってきた。
 
「うーむ。舐めてみたくなるほど立派な胸だ」
などと言う。
「Eliseさんの方が遥かに大きいじゃないですか。それFカップですか?」
「うん。F。でも ノリ(Londa) はGカップだからな」
「迫力ですね」
 
そんなことを言いながらパンティを脱ぐと、Elise がお股に触ろうとしたので逃げた。
「こら触らせろ」と Elise。
「嫌です。女の子同士でも、おっぱいは触りっこするけど、お股は触りっこしません」と私。
 
「それ、もう性転換手術済み?」とMinie。
「まだです。タマは無くて割れ目はありますが、他は少々誤魔化してます」
「どこを誤魔化してるのさ?」
「それは恋人にしか教えません」
「ああ、マリにだけ教えてるのか」
「いえ、マリは別に恋人ではないですけど」
「何を今更」
「嘘つくの良くない」
 
「でも、みんな胸が大きくていいなあ。私、まだBカップ行くかどうかだから」と唯香。
「高校生だもん。そんなものでしょ。高校生ならまだAカップが余る子もいるんじゃない?」
とCarol。
 

浴室の中に入り、色々な種類の浴槽を渡り歩きながらおしゃべりしていたが、Elise は温浴したのでアルコールの回りが強くなったようで、Londa から「あんたもう暖かい浴槽に入っちゃダメ」と言われて水風呂に浸かっていた。風邪引かなきゃいいけど、などと思う。
 
唯香が盛んに私のバストを眺めて
「いいなあ、すごいなあ」などと言ってくる。
「触ってもいいですか?」などと言って触ったりもする。
 
「でもこれシリコン入れて大きくした胸だから。唯香ちゃんは今から成長するから心配しなくていいよ」
と私は笑って言う。
 
「でもシリコンだけじゃないですよね。こんなに乳首大きいし、おっぱいの形も自然だし。ホルモンもかなり長くやっておられて、ある程度の乳房は発達してたんでしょ?」
「えーっと、そのあたりは企業秘密ということで」
 
なんでこの子、こういうことに詳しいんだ?と思う。その付近指摘されたこと無かったのに。この子、胸が小さいというので自分でも豊胸しようと思って、いろいろ調べたのかな?などとも思った。彼女は自分もかつてお世話になった○○プロの所属なので、あそこは無理に豊胸させたりはしないはずだ。あそこは顔の整形なども基本的には禁止している。
 
さっき実際の年齢は私よりひとつ下だと言っていたが、童顔なので、これなら確かに16と言っても誰も疑わないだろう。14-15歳でも通るかも知れない。
 

Gカップバストの Londa も入ってしばらく、おっぱい論議をしていたら少し酔いが醒めたのか Elise が水風呂から戻って来て
「さすがに身体が冷えたぞ」
と言って浴槽に入り、暖まる。
 
「ところで、ケイ」とElise。
「はい」
「今夜セックスしないか?」
「なんでですか〜?」
 
「いや、言ってみただけ」とElise。
LondaとCarolが笑っている。
「いつものことだから気にしなくていいよ。コンサートの前に唯香ちゃんにも言ってたよ」とCarol。
 
「高校生とセックスしたら淫行で捕まりますよ」と私。
「変な条例だよな。結婚できる年齢なのに」とElise。
「一応私、18歳になったから淫行の対象からは外れたけど、女の人とセックスする趣味無いです」と唯香。
 
「ケイはバイのはずだから」
「えーっと・・・・」
 
「それでさ、今度唯香のアルバム作るんだけど、ケイも何曲か提供してあげない?」
「あ、いいですよ。2曲くらい?」
「うん。3曲でも4曲でもいいよ。唯香の曲は基本的にはデビュー以来、水上信次先生が書いているんだけどね、今あまり調子良くないみたいなんだよね。それでコラボと称して、こないだは私たちが書いたんだけどさ」
 
「ああ水上信次先生でしたね。上島先生のかつてのお仲間だ。上島先生のお家で一度お会いしたことありますよ」
 
「そうそう。元ワンティス。あのグループって才能の塊だよね。それで今度のアルバムの企画は実質、私が中心になって進めてるんだよ。水上先生にも2曲は書いてもらうけど、実際問題として多分2曲が限界。水上先生と上島先生の関係で、上島先生にも1〜2曲書いてもらうことになってる。それでも残り8曲くらい書かないといけないから、しんどいなと思ってた所でさ」
 
「分かりました。では3〜4曲書きます」
「うん。頼むね」
と言ってEliseがキスしようとしたので逃げた。
 
「逃げることないじゃん。こないだもキスしたし」
「別にキスしなくても曲は書きますから」
 
「Eliseさんってビアンなんですか?」と唯香。
「バイだよ、この子は」とLonda。
「男とも女ともセックスしてるもんね」
 
「男とのセックスは快楽、女とのセックスは癒やしだよ」とElise。
「ああ、何となく分かる」と私が言うと。
「お、さすがバイ同士、理解しあってる」とCarolから言われた。
 

12月11日。土曜日。
 
ローズクォーツの「ドサ周り」も残すのは明日の博多ライブのみとなった。前日は静岡県内の公民館などでライブを行ったが、その手の会場を使うのは昨日で終わり。明日は地元イベンターとの契約で、ふだんは学生サークルの演奏会などをしている小型のホールでライブをすることになっている。博多では25日のクリスマスにも今度はライブハウスで公演をする予定である。
 
ローズクォーツの他のメンバーは静岡からそのまま新幹線で博多に入り、今日は博多で休日を過ごしているはずだが、私は東京に用事があったので、他のメンバーとは別れて東京に戻った。
 
ひとつはこの日行われる「ロシアフェア」に政子とふたりで招待されていたからである。私たちは2年前2008年12月13日のロシアフェアで歌ったのだが、それがローズ+リリーの「公的な」ラスト・ステージとなっていた。
 
そしてもうひとつは、美智子(UTP社長)にも知られないように来てくれと言われ行くことになったのが、★★レコードの町添部長との秘密会談であった。私の携帯に直接メールで連絡があり《見たら消すこと》と書いてあったので即消した。
 
前日静岡での「ドサ周り」はイベント会社の社長の接待に付き合い深夜までになったので、そのまま静岡に泊まり、朝みんなで一緒に静岡駅まで行ってから美智子とマキ・タカ・サトは下り列車、私だけ上りに乗車した。私は東京行きの切符を美智子に買ってもらっていたのだが、それを新横浜で途中下車し、横浜線で少し移動する。小さな駅の中で町添部長が待っていてくれた。一緒にタクシーで移動し、料亭に入る。料亭はまだ営業時間前であったが、名前を言うと中に入れてくれた。部屋に入ると、まず付け出しとジャスミンティーが出る。
 
「お酒の方が良かった?」
「いえ。未成年ですから」
「ここで飲んでも誰もチクったりしないよ」
「でも遠慮しておきます」
「偉いね」
「須藤からその点は厳しく言われてますから」
 
「うんうん。しかし、今年は『ソングライター』マリ&ケイだったね」
「はい。何だかたくさん書かせて頂きました」
 
「マリちゃんとケイちゃんの曲というと、高校時代の『遙かな夢』『涙の影』
のイメージが強くて、てっきりフォークライターだと思っていたのだけど、今年君たちが書いた曲を見ると、スリファーズやAYAの曲はポップスだし、ノエルや真紅の曲はアイドル歌謡だし、SPSやスイート・ヴァニラズの曲はロックで、ELFILIESの曲はハウス。そしてローズクォーツのシングルに入れてる曲はフォーク、と実に様々なタイプの曲を書いている」
 
「世界観を決めちゃうのはマリの歌詞ですけど、マリが大学に入ってから、いろんな音楽を聴いたり、いろんな映画見たりして、世界が広がっている感じですね。それで曲も様々なタイプが生まれている感じです」
 
「マリちゃん、調子いいじゃん。ステージに立たないのはなぜ?」
「御両親が、まだ高校時代の『無断芸能活動』にわだかまりを持っておられるので、マリとしても両親との関係を悪くしてまで無理に活動しようとは思っていないことと、やはりマリ自身、ステージが怖いんだと思います」
 
「あぁ・・・・」
「マリは自分は歌が下手なのに、お金を取って人前で歌うなんて、犯罪行為ではなかろうか、みたいに思っている部分があって」
「夏に制作して、来年春くらいに発売予定のローズ+リリーのアルバム、音源を聴いてみたけど、マリちゃん、かなりうまくなってるじゃん」
「と思います。でも本人としてはなかなか自信が持てないようですね。でもレコーディングは納得いくまで録り直せるというのもあります。ライブは毎回一発勝負なので」
 
町添さんが頷く。料理が来たので会話が一時中断。
「頂きます。美味しい!」
「マリちゃんだと、こういう所より食べ放題の方がいいかも知れないけどね」
「確実にそうですね」と私は笑う。
 
「本人が自分で満足できるレベルの歌唱まで到達しないと難しいということかな」
「ただ、ノリで歌っちゃう場合もあるんですよね。これ聴いてください」
 
と言って、私はパソコンを取り出すとヘッドホンを接続して部長に渡し、ある音源を再生する。
 
「これは・・・・」
「この春に、長岡のライブハウスで、実は歌っちゃったんです」
「どういう経緯?」
 
「カナディアン・ボーイズというバンドのステージだったんですが、ボーカルの人がライブハウス内を走り回って、ビートルズの『I want to hold your hand』
を歌ってて、マリに手を伸ばして『I wanna hold your hand』と歌ったら、マリが『OK』とか言って手を握っちゃったんで、『Come on girls』とか言ってステージまで引っ張って行かれたもんで、そのまま歌っちゃったという訳で。ステージに上がってすぐICレコーダのスイッチ入れたんです。私の服のポケットの中で録音してるから音質は最悪ですけど」
 
「面白い。マリちゃんに歌わせる方法のひとつが分かった」
と町添さんは楽しそうに言う。
 
「でも生でこれだけ歌えたら、歌唱力充分だと思うけどね」
「音程がかなり正確になってますよね。これは春の時点のものですが、マリは今これよりもっとうまくなっています」
 
「うーん。彼女の生歌をステージで聴きたいな。何とかして」
「ええ。あまり無理強いはできませんけどね」
 
 
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【夏の日の想い出・新入生の冬】(上)