【夏の日の想い出・小6編】(2)
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(c)Eriko Kawaguchi 2012-08-04
翌朝。ボクは5時頃目が覚めたので昨夜着ていたカットソーとスカートに着換えてちょっと散歩に出た。まだ日出前で周囲は薄暗い。
歩いていたら「八面大王の足湯」というのがあったので、何だろう?と思って行ってみると「わっ」と思う。いかめつい顔がずらっと八角柱状に並んでいて、その下が足湯になっている。浸かれるようなので行って靴と靴下を脱ぎ、足を浸けてみたら気持ちいい。早朝なので誰もいないが、小鳥のさえずりが心地良い。
ボクはその時突然、何か未だ経験したことのない衝動が起き上がってきた。
ボクはウエストバッグから愛用のミニーマウスのボールペンとパワーパフガールズのメモ帳を取り出す。メモ帳の罫の間にフリーハンドで線を引いて、簡易五線紙を作る。
そして今突然湧いてきた曲のモチーフをそこに書き綴っていった。足湯の暖かい感触がボクの心をとてもリラックスさせてくれて、フリーに頭が働くような感じだった。
曲は最初に浮かんだモチーフがサビに使えそうだと思った。その次に出て来たモチーフをAメロにしようかと思ったが、その後で出て来たメロディーの方が「つかみ」が良いので、そちらをAメロ、先程のはBメロにしようと考える。
その時、突然足音が聞こえた。そしてそれを聞いた瞬間、もうひとつのモチーフを思いつく。急いで書き留める。うーん。しかしこれ、どうひとつの曲にまとめればいいんだ? 分からなくなっちゃった!!
「おはようございます」
と少女の声がした。近所の人だろうか、あるいは観光客だろうか。
「おはようございます」
とボクは笑顔で返したが、どこかで見たことのあるような顔だ。あれ?誰だっけ?
「あれ?もしかして、冬ちゃん?」
「あ、はい。ごめんなさい。私、名前が思い出せない」
「ああ、無理ないよ。私、泰世(たいせい)です」
「え!?」
「私、女の子になっちゃったの」
「えーーーーーーーー!!!?」
それは確かによく見ると前の学校で憧れていた男の子・泰世(たいせい)の顔だった。泰世(たいせい)は自分も靴と靴下を脱ぎ、足湯に浸かる。可愛い刺繍の入ったポロシャツと、膝丈のフレアースカートを穿いている。
「ボク、ちょっとショックかも」
「私ね、物心付いた頃から女の子になりたかったの。小学校に入ってから冬ちゃん見て、いいなあ、あんな感じで女の子の服着て、女の子たちと仲良くしたいって、いつも思ってた」
「そんなにボク女装してないけどなあ」
「去年、うちの両親が離婚しちゃって」
「あらあ」
「それで、お兄ちゃんふたりはお父さんに引き取られて、私と妹がお母さんに引き取られて、それで安曇野に来たんだけどね」
「ああ、こちらに住んでるのね」
「うん。それで、引っ越すのを機会に女の子として暮らしたいとお願いして、それで、女の子になること認めてもらったの」
「凄い、羨ましい」
「でも、冬ちゃんも女の子になってるんでしょ?」
「え?ボク、身体は全然いじってないよ」
「でも、女の子の声だもん。去勢したか女性ホルモン飲んでないの?」
「どちらもしてなーい」
「ほんと?すごい。雰囲気は完璧に女の子なのに」
「泰世(たいせい)ちゃんは身体いじってるの?」
「あ、私名前まだ変えられなかったんで読み方を変えて『やすよ』にしたんだ」
「あ、そういう名前は便利だね」
「それで、女性ホルモンを去年から飲んでるの。おかげで声変わりは来てない」
「よかったね」
「冬ちゃんは声変わり遅れてるの?」
「悲しいことに声変わりは来ちゃった。でもこの声は喉とかの使い方で出してるんだよ。男の子の声も出せるけど、泰世(やすよ)ちゃんの前で出したくないよ。だって、ボク、ずっと泰世(やすよ)ちゃんのこと好きだったんだもん。好きな人の前では女の子でいたいの」
「ごめんね。私は男の子としては女の子の愛を受け入れられない」
「うん。そうだと思ったから、告白しちゃった」
「良かったら、お友達でいられない?」
「うん、いいよ。じゃ、住所と電話番号教えてくれない?」
と言ってボクは泰世(やすよ)にメモ帳とボールペンを渡した。
「わあ、可愛いボールペンに可愛いメモ帳。冬ちゃんって、昔からこんな可愛い持ち物だったよね」
「うーん。。。姉ちゃんや友達に押しつけられてたというか」
泰世(やすよ)が住所と電話番号を書いてくれたので、ボクも自分の住所と電話番号をメモ用紙に書き、そのページをやぶって泰世(やすよ)に渡した。
「こちらには旅行?」
「うん。修学旅行」
「へー。女の子の班に入れてもらった?」
「バスは女の子の並びに座ったけど、お部屋は男の子と一緒」
「学校には女の子として通ってるんじゃないの?」
「ううん。男の子だよ」
「でもスカート穿いてるし」
「ああ。これ、ゆうべ友達から、これ穿きなさいって言われて」
「お友達は、冬ちゃんの本質が分かってるんだね。中学はどうするの?」
「どうって?」
「私は女子制服で通うことを中学に認めてもらったよ」
「わあ、いいなあ」
「冬ちゃんも女子制服で行きたいって言ってみたら?」
「うーん。ボク、こういう感じでいるのが好きなだけで、女の子になりたいわけではないし・・・・」
「そんなことは絶対無いと思う! だって前の学校でも、冬ちゃん、女の子になるつもりだとしか思えない雰囲気だったよ」
「うーん。。。そうかなあ・・・・」
「冬ちゃんって、ネコかぶるのがうまいから、ある程度親しい人にしか分からないけどね。冬ちゃんって、女の子だと思って見れば女の子にしか見えないのに男の子だと思い込んでいる人には男の子にも見えちゃうんだよね。ある意味、視線に対して透明というか。こうやってスカートとか穿いてると、さすがにみんな女の子だと思うだろうけど。でも、いつも冬ちゃんを見てる人には分かるよ」
「・・・・泰世(やすよ)ちゃん、ボクのこといつも見ていてくれたの?」
「もちろん」
「ちょっと嬉しいかも」
と言ってボクは頬を赤らめた。
ボクが散歩から楽しそうな顔をして帰って来たので、ロビーで遭遇した若葉に
「誰かとデートでもしてきたの?」
などと言われる。
「古い友だちに偶然会っただけだよ。前の学校にいた時の友だちで、長野に引っ越してきてたんだって」
「へー?男の子?女の子?」
「女の子だよ」
「じゃ、恋人ってわけじゃないのね」
「・・・女の子なら恋人ではないという判断になるの?」
「だって、冬って恋愛対象は男の子だよね?」
「あまりそういうこと考えたことなかった」
「誰か好きになったことは無いの?」
「えっと・・・・何度かあるけど」
「その相手って男の子?女の子?」
「・・・・みんな男の子」
「それでノーマルだよ。冬は女の子なんだもん。男の子を好きになって自然だよ」
と若葉は優しい笑顔で言った。
2日目は朝御飯を食べて少し休憩してからバスに乗り、長野自動車道・中央道を走り、いったん勝沼ICで降りて、ぶどう園に行き、ぶどう狩りをした。中で食べる分は無料と聞いて、男子の中には大量に食べている子がいる。
ボクたちは、奈緒・有咲・若葉と4人で一房を分けて試食した。
「あまいね〜」
「おいしいね〜」
初美も誘ったのだが「私、ぷどう苦手」などと言っている。
「冬ちゃんって身体細いけど、ごはんも少食なのかな?」と初美。
「女の子としてもかなり少食な部類だよね」と奈緒。
「おやつなんかも、あまり食べないよね」と有咲。
「よく半分有咲にあげてるね」と奈緒。
「御飯は2杯食べなさいってよく言われてたけど、ちょこっとだけ盛って2杯にしてた」
「なるほど」
各自お土産にする分のぶどうを買ってぶどう園を出、バスに戻る途中で若葉が言った。
「今日、冬はずっとスカートだけど、そういう気分なの?」
「あ、昨日奈緒がこのスカート貸してくれた時に、今日一日穿いてなさいって言ったから」
奈緒が悪戯っぽい目をしてた。
「それ、奈緒の冗談だと思う」と若葉。
「えー!?」
「いや、お休みの日に遊ぶ時とかには冬って結構スカートだけど、学校の行事で穿いてるのは珍しいなと思ってたんだよね〜。奈緒に言われたのか」
「あぁ、冬って言われたらその通り実行するタイプだよね」と有咲。
「えっと・・・・脱いでもいいのかな?」
「そういうの自分で決めなよ〜」
「じゃちょっと穿き換える」
と言って、ボクはいったんバスに戻って運転手さんにお願いして荷物を出してもらい、スポーツバッグの中からズボンを取り出し、ブドウ園の女子トイレを借りて着換えて来た。
「まあ、スカート姿も可愛いけどね」と若葉。
「だけど、着換えるのに女子トイレに入って行ったよね〜」と初美。
「だってスカート穿いてるのに男子トイレに入れないよ〜」
「冬ってズボン穿いてても女子トイレに入るの平気だよね」と有咲。
「そ、そうかな?」
ぶどう園の後は再度勝沼ICから中央道に乗り、山中湖まで行き遊覧船に乗る。この白鳥の形の遊覧船を背景に記念写真を撮った。有咲が言ってくれなかったら、ボクはスカートを穿いたまま、修学旅行の記念写真に写る所だった。(昨日は安曇野のアートヒルズミュージアムの中庭で記念写真を撮った)
「へー、この船、プリンス・オデット号というのか」とボクが言うと
「プリンセス・オデット号」と若葉が訂正する。
「勝手に性転換させないように」と奈緒。
「チャイコフスキーの『白鳥の湖』に出てくる、白鳥にされたお姫様の名前だよ」
「それって、白鳥の姿なのは悲しいことでは?」
「うーん。その辺のネーミングはノリで」
「冬は勝手に性転換されちゃっても構わないよね」
「眠っている内に麻酔打たれて、病院に運び込まれて強制手術ってコースね」
「うーん。。。。まあ、目が覚めて女の子の身体になってたら喜ぶかも」
「今年中に性転換しちゃったら、セーラー服で中学に通えるのにね」
「ああ、それもいいね〜」
「やっぱりセーラー服で通いたい?」
「いや、別に学生服で構わないけど」
「男子中学生になっちゃったら、髪の毛も今の長さでは叱られるよ」
「あぁ・・・・ちょっと憂鬱かも」
「憂鬱になるなら、スパっと切っちゃおう」と奈緒。
「どっちを切るの? 髪の毛?アレ?」と有咲。
「まあ、どっち切ってもいいよね」と奈緒。
「そうなの?」とボクは笑いながら言う。
「美容院で切るか、病院で切るかの違いかな」と若葉が珍しくだじゃれを言う。
「でも病院に行って切って下さいと言っても切ってくれないんだろうなあ・・・」
とボク。
「確か18歳以上だよね。性転換手術受けられるの」
「高校卒業まで待てってことか・・・・」
「身体がいちばん男性化していく時期に治療を受けられないってちょっと可哀想」
と若葉。
「まあ、女性ホルモン飲んで男性化を止めておく手はあるけどね」
「冬、こっそり女性ホルモン飲んでたりしないの?」
「とっても飲みたい気分」
「私、たぶん女性ホルモン調達できると思うけど、欲しかったら仲介してもいいよ」
と若葉。
「あはは、そんなこと言われると欲しくなるじゃん」
山中湖をプリンセス・オデット号で一周した後、河口湖まで戻って、その湖の畔にある宝石博物館に行く。
宝石店などならきらびやかに飾られている宝石たちが、ここではその素顔を見せているような感じで、素朴な美しさがボクたちの目を楽しませた。
「宝石って、素材自体が美しいんだね」
「うん。演出すると凄く煌めいてるけど、演出無しでもとてもきれい」
「音楽なんかも、歌自体がいい曲と、アレンジで乗せちゃう曲があるね」
「ああ。いいなと思って譜面に書き出してみると、つまらない曲だったってのわりとあるんだよね〜」
「アレンジはいわば底上げの技術だね」
「美人が上手にお化粧すると、凄く美人になるのと同じだよね」
「冬は誕生石は何だっけ?」
「あ、オパールだよ」
「婚約指輪って、誕生石を使う人とダイヤモンド使う人といるけど、冬の場合はダイヤモンドにしてもらった方がいいね、彼氏できたら」
「そうだね〜。でも婚約指輪か。。。。」
「冬って男の人と結婚するの?」と有咲。
「うーん。どっちなんだろう? ウェディングドレス着て結婚式っての小さい頃からよく想像してたけど、女の子と結婚するのも悪くないなあという気もして。でもタキシードとか着るのは何だか違和感があって」
「冬が女の子と結婚するなら、ふたりともウェディングドレスだね」
「ああ、いいんじゃない?冬なら」
「それ、いいかも。そういうのレナとかいうんだっけ?」
「レズだよ」
「あっそうか」
「冬って、男の人とも女の人とも結婚したりしてね」
「二度結婚するの?」
「いや同時に結婚する」
「あ、それできたら便利じゃない?」
「3人で結婚式挙げる?」
「それも面白いね」
修学旅行を終えた週明け、ボクは協佳、有咲、夢乃と一緒にチアの練習を始めた。
「これやろうと思うのよ」と夢乃が携帯に入れた動画を見せる。
「何か格好いい子たちだね」と有咲。
「うんうん。衣装は安っぽいけどね」と協佳。
「Perfumeっていうんだよ。先月デビューしたばかりらしい。インディーズだけどね」
「へー」
「インディーズって何?」
「メジャーって呼ばれている大手のレコード会社以外のレコード会社からCDを出したってこと。今の曲は『スウィートドーナツ』、それから次の曲は『ジェニーはご機嫌ななめ』」
「あ、こちらの曲は聴いたことある。うちのお父ちゃんがCD持ってた。えっと、かなり昔のヒット曲だよね。名前は何て言ったかな・・・ジューシィ・フルーツだ!」
とボク。
「ああ、誰とかのカバーって言ってたから、たぶんそれだよ」と夢乃。
「これ声を電気的に加工してるけど、本家のは裏声で歌ってたよ」とボク。
「へー」
「こんな感じ」
と言って、ボクはトップボイスでその歌を歌ってみせる。
「その声は初めて聴いた」と有咲。
「ソプラノボイスのひとつ上の声だよ」
とボクは普通のソプラノボイスで言ってみる。
「ただこんな感じで機械音声っぽい感じになるから、使い道が限られるのよね」
とトップボイスで言ってみる。
「そんな声まで持ってたのか!」と奈緒。
「歌詞覚えてるみたいだけど、この曲、けっこう聴いてたの?」と協佳。
「ううん。でも2〜3度聴いたかな。たしか2年くらい前」
「2年前に聴いた曲を歌えちゃう訳?」と協佳。
「冬は1年以内に聴いた曲なら、たいてい歌えるよ」と有咲。
「すげー」
「ねえ、冬、今の振り付け踊れる?」と有咲は更に言う。
「うん」
と言って、ボクは『ジェニーはご機嫌ななめ』をトップボイスで歌いながら今見たPerfumeの振り付けで手足を動かしてみる。こちらはあまり動きの無い曲だ。
「すごーい」
「1度見ただけで踊れるって・・・・」
「冬はこれが得意なんだよ。冬、もうひとつの何とかドーナツも踊れるよね?」
「うん」
ボクは『スウィートドーナツ』を今見た振り付けで踊りながらふつうのアルトボイスで歌ってみせる。こちらは結構な動きがある。
「よくそんな一発で覚えれて、しかも踊れるね?」
「え? だってこれ今見たばかりだし」
「普通の人は10回見ても踊れないよ」
「細かい所は少し違うかも。ボク、ダンスの要素に分解して記号的に記憶するから。ふつうのダンスの要素にない動きしてたら、そこが適当に似た動きに置き換えられてる可能性ある」
「いや、冬の動きでいいと思うよ」
「冬、それ2小節ずつくらいに切って踊れる?」
「うん」
「じゃ、みんなその冬の動きをマネしよう」
「よし、人間ダンスコピー機さん、お願ーい」
そうやってその日はボクが少しずつ踊ったのを見て、他の3人がそれを真似する形で練習を進めた。
音楽はPerfumeのCDを調達しようとしたものの売っている所を見つけられずに困ってしまった。そこで、夢乃が持っていた映像をSDカードごと借りてボクが自宅に持ち帰り再度見てから譜面に起こしてみる。『ジェニーはご機嫌ななめ』
に関しては父の持っているジューシィ・フルーツ版のEPレコードを借りて、そちらを聴きながら譜面を起こした。
ジューシィ・フルーツの4人が各々ギターを持って踊るような姿勢で並んでいるジャケ写が何となく格好良いな、という気がした。ああ、バンドとかも楽しそうだなという気分になる。
ボクは改めてその譜面を見ながらエレクトーンで弾き語りで歌い、それを姉に頼んで携帯で録音してもらい、それを夢乃のSDカードにコピーしてもらった。夢乃の映像がショッピングセンターでのキャンペーンライブを携帯で撮影したもの(違法とは知らなかったらしい)で歓声や店内放送まで入っているし音質もかなり悪かったので、ボクの演奏したものを流しながら踊ることにした。
(運動会前日になってからTSUTAYAで売っているという話を聞き込み、1枚買ってきたものの「ここまで冬ちゃんの歌で踊るのに慣れちゃったから、このままで行こう」ということになってしまった)
その運動会が来る前に、合唱サークルの大会があった。ボクたち6年生にとっては最初で最後の大会になる。
参加人数は「40人以内」ということだったので、うちの学校は全員出場できる。ユニフォームは無いが、上は白っぽい服、下は青系統の膝丈くらいのスカートかショートパンツでお願いしますと言われた。
ボクはそれっぽいのを持っていなかったので母に言ってみたら、姉が「あ、私が適当なの貸してあげる」と言う。ボクは少し嫌な予感がしたのだが、一緒に姉の部屋に行ってみる。
「白い服はこれがいいと思うな」
と言って渡してくれるのは、姉が通学時に着ている白いブラウスだ。
「これ、ブラウスだけど」
「いいじゃん。冬以外はみんな女の子なんでしょ?女の子の服着ればいいじゃん」
「まさか下もスカートを穿かせようとか言わないよね」
「このスカート、たぶん膝丈くらいだよ。きれいな青でしょ」
「そうだね・・・」
「取り敢えず着てみない?」
「えーっと、ブラウスはまだいいとして、青いショートパンツとか持ってないの?」
「うーん。。。取り敢えず着てごらんよ」
「もう・・・」
ボクは着ている服を脱いで、そのブラウスとスカートを身につけてみた。
「うん。可愛い。ちゃんと女の子に見えるよ」
「えーっと、女の子に見える必要無いんだけど。ねえ、ショートパンツ無いの?」
「だって、女の子の集団にひとり男の子が混じってたら変だよ。女の子で行こうよ」
「混じってるのは全然気にならないから」
「そうだなあ。仕方ない。じゃ、これ穿いてみる?」
と言って、姉は押し入れの奥の段ボール箱から、青いショートパンツを取り出してきた。
「ウェスト59だからさ。私にはもう穿けないから押し入れに入れてたんだよね」
「59なら大丈夫だよ。ボク57くらいだから」
スカートを脱いで穿いてみるとウェストが少し余るがこのくらいは問題無い。
「そのスカートの方は大幅にウェストが余る感じだもん。こちら貸して」
「そっかー。ウェストが余りすぎるのは問題だよなあ。惜しい」
大会は日曜である。当日姉から借りたブラウスにショートパンツを穿き会場に行く。ブラウスの下には姉のお勧めでベージュのタンクトップを着た。白よりアウターに響かない感じである。ショートパンツの下は、姉にさんざん唆されて、女の子パンティを穿いてしまった。姉はブラジャーも付けなよと言ったがそれは勘弁してもらった。
集合場所に行くと有咲が先に来ていたのでハイタッチしてからハグし合う。「今日は女の子で来たのね」と有咲。
「え?別に女の子じゃないよ」とボク。
「だって、これ女物のブラウスに、ショートパンツもレディスだよね。前の袷せが左前だし」
「うん。自分で白い服とか青いショートパンツ持ってなかったから、お姉ちゃんから借りてきた。ふだん学校に着て来る服もけっこうお姉ちゃんのだけどね」
「どうせならスカート借りてくれば良かったのに」
「なんで〜?」
やがてメンバーが集まってくるが、スカート派とショートパンツ派が半々くらいの感じである。その内先生もやってきたが、ボクを見ると
「お、冬ちゃん、今日は女の子モードで来たね」
と言った。有咲がそばで笑っていた。
スカートの子とショートパンツの子が半々ならということで、アルトのショートパンツの子、アルトのスカートの子、ソプラノのショートパンツの子、ソプラノのスカートの子、というふうに並べてみたら結構きれいな感じになったので、その並びで歌うことになった。ボクも有咲もショートパンツなので並んで歌う。
会場外の公園で1度合わせてからステージ袖の方に向かう。出番は5番目なので早々に自分達の歌を歌ってから、他の学校の歌を聴くことになる。袖の方まで行った時は前の前の学校が歌っている所だった。
「なんかうまいね」
「やっぱりこの春から練習し始めた私たちじゃかなわないなあ」
「ちょっと緊張しない?」
ボクはちょっとまずいなと思った。こういう場に慣れてない子ばかりなので、必要以上に緊張してる。
「倫代、今日は胸の目立つ服着てきてるね」
「ってか、白い服ってあまりなくてさ。これ一昨年着てた服を無理矢理着てきたから、結果的にこういうことになっちゃったのよ」
「でも胸大きいね〜、触っていい?」
「うーん、まあ冬ならいいか」
「わっ大きい!Cカップくらい無い?」
「冬も触っちゃうよ」
「どうぞ」
「うーん。絶望的に胸が無いね。お医者さん行って女性ホルモンの注射を打ってもらった方がいいかもよ」
「何やってんの〜? おっぱいの触りっこ?」
「有咲もこれBというよりCカップ近くない? ブラジャーちゃんと付けた方がいいよ」
「あ、倫代の胸、私と同じくらいかなあ」
「他の子の胸も触っちゃおう」
「え、ちょっといきなり何よ?」
「おっぱいの触りっこ」
「よし、触っちゃえ」
「何やってんの?」
「あ、美蘭のはBくらいだよね」
「きゃー、何するのよ?」
という感じであっという間に、おっぱいの触りっこが伝染する。先生が
「あんたたち何やってんの? 静かにしなさい」
と注意した。
しかしこの騒動のおかげで、緊張はどこかに行ってしまったようだ。
やがて前の学校が出て行き歌い始める。
「なんか私たちの歌と大差無いよね」
「あ、今のところピアノさん間違った」
「前の子が間違うと私もなんか気楽になるなあ」とピアノ担当の美蘭。「よし、のびのびと歌うぞ!」と有咲。
ボクは微笑んだ。
そして出番が来る。ステージに出て行く。美蘭がピアノの前に座る。先生が指揮台に就きタクトを振ると美蘭の伴奏が始まる。
「ときにはなぜか・・・・・」
ボクたちはこれまで練習してきた曲『気球に乗ってどこまでも』を歌う。合唱大会ではおなじみの曲らしく、プログラムを見たら、ボクたち以外にもこの歌を歌う学校があった。
ソプラノで絶対音感を持っている倫代がソプラノの並びの最後列中央に立ちしっかりした声で歌っているので、それに合わせてみんなも正しい音程で歌っている。ボクはアルトの最後列中央に立っていて、倫代の声を聞きながらアルトパートを大きな声で歌う。ボクは絶対音感は無いのだけど相対音感が凄く精密と言われてこの役を請け負っていた。他のみんなもボクの声を聴きながらしっかり合わせてくれる。これ、結構良い出来なんじゃない?とボクは思った。
やがて歌い終わると、みんな満足そうな顔をしている。やはりみんな「よく歌えた」という気分になっている。そして2曲目『大きな古時計』を歌う。
昔から知られている曲ではあるが、昨年平井堅が歌ってあらためて話題になった歌である。「チックタック・チックタック」の部分がソプラノとアルトで輪唱っぽくなるようにアレンジしてある。1曲目がうまく歌えたのでこちらはみんなリラックスして歌うことができた。
そして終曲。先生が客席に向かって一礼し、袖に下がる。ボクたちもゆっくりと列になって下がる。そして袖に下がるとみんなで
「やった」「やった」と嬉しがってあちこちでハグし合った。ボクも有咲、倫代ほか5〜6人の子とハグした。
先生も「騒がないで。さあ客席に戻るよ」と注意するものの、嬉しそうな顔をしている。
「でも、みんなよく歌ったね」と通路に出てから先生は褒めてくれた。
「なんか直前におっぱいの触りっこになったので緊張がほぐれたね」
「じゃ次から出番前に、おっぱいの触りっこする?」
「そのあたりは5年生たちに任せた」
「これ、うちのサークルの伝統になっちゃうの〜?」
この「伝統」は実際少なくとも3〜4年は続いたようで、ボクはちょっと責任を感じているのである。
先頭の方で歌ったので、そのあとたくさんの学校の演奏を聴くことになる。
「でもやっぱり、うまい学校はうまいよね」
「うんうん。私たちと同レベルの所も多いけどね」
そのうちトイレに行きたくなったので、席を立ち、ロビーに出て、ボクは男子トイレに入った。いつものように個室の方に行こうとしていたら、小便器の所で用を達してファスナーをあげたばかりの人がこちらを見て行った。
「君、ここで何をしている?」
「え?トイレですけど」
「君ね、確かにこういうイベントの時は女子トイレは混むだろうけど、だからといって、男子トイレに勝手に入ってはいけないんだよ」
「あ、えっと・・・」
「女の子はちゃんと女子トイレを使いなさい。これが逆だったら君、痴漢として警察に突き出されているよ」
「すみません」
なぜかボクは謝ってしまった。
「分かったら、すぐ女子トイレの方に行く」
「ごめんなさい」
「こんなこと、もうしたらいけないよ」
「分かりました」
ボクは自分が男だと説明するのも面倒なので、素直に男子トイレを出て女子トイレに入った。すると手洗場に倫代がいた。
「あれ? こっち使うの?」
「今男子トイレに入ったら、中にいた男の人に、混んでるからといって女の子が男子トイレを使ったらいけないって説教された」
「あはは」
「これが逆に男の子が女子トイレに入ったら痴漢として警察に突き出されるよと言われた」
「あ、えーっと、突き出して欲しい?」
「大目に見て〜。じゃ、個室入ります」
「うふふ。逮捕されないようにね〜」
大会は近隣の3市合同で22校が出場しており、演奏は3時間近く掛かった。演奏が終わった後、採点のための休憩時間に入る。高校の頃までボク自身知らなかったのだが、合唱コンクールの採点というのは新増沢方式という極めて複雑な方法で行われる。昔は手作業でやっていたので大変だったようであるが、今は全ての審査員さんが順位表を提出し終われば、それを入力するだけでパソコンが順位をはじき出してくれる。
審査員全員が出場校22校全ての順位を考えて提出しなければならないので演奏が全て終わってからでないと作業が始められない。そのためどうしても順位確定に30分近い時間が必要になる。
やがてお偉いさんという感じの人が壇上に出る。ボクは心の中でギャッと叫んだ。男子トイレでボクに説教をした人だ。「どうかしたの?」と右隣に座っている倫代が聴くので「さっき説教した人」と言う。倫代は「じゃマークされたね」と笑っていた。
まずは講評を述べた。それから成績発表に入る。8位までが入賞ということで、助手っぽい女性が学校名を発表する。
「第8位。●小学校」
え? ボクは両隣の有咲・倫代と顔を見合わせた。
「代表者2名、壇に上がってください」
ボクたちは「キャー」と言って喜び合う。部長の倫代が「冬ちゃん、行こう」
とボクの手を取り、一緒にステージに向かう。ボクたちがステージに向かい始めたのを見て、女性は「第7位、※小学校」と次の表彰校の名前を言う。歓声が沸き起こる。
ボクと倫代がステージにあがったのを見て、お偉いさんが「あっ」という顔をする。ボクは軽くお辞儀をした。そのあと改めて倫代と一緒に深く礼をし、それから倫代が一歩前に出る。
「△地区合同小学生合唱コンクール、8位。●小学校。貴校は本大会において頭書の成績を修められました。よってこれを賞します。平成15年9月28日」
倫代がしっかりした作法で賞状を受け取る。そして、それを持つ手をボクの方に伸ばして「冬彦君、お願い」と言った。ボクはわざと男声で「はい」と言い、受け取る。その時、お偉いさんが「え!?」という顔をした。
しかしすぐにふつうの表情に戻し、倫代に記念品のメダルを渡す。ボクと倫代は並んで深く礼をしてから下がった。(3位までが盾で4〜8位がメダルらしい)
表彰式が終わり、ロビーに出て先生から話がある。
「みんな頑張ったね。合唱サークル作って1年目に入賞って幸先良いよ」
「先生のご指導のお陰です」
「みんな毎日練習頑張ったもんね」
しばし話してから解散になる。賞状とメダルは先生が学校に持ち帰り、明日月曜日にあらためて校長に報告に行くことになった。
解散になり、バラバラと帰り始める。その時、あのお偉いさんがこちらを見つけて寄ってきた。
「今日はありがとうございました」
「うん、入賞おめでとう。で、君、もしかして男の子?」
「一応戸籍上はそうなってるみたいです」とボクは男声で答える。
「さっきはごめんね」
「いいえ」
「何があったか分かりませんが、この子よく性別間違えられるから気にすることないですよ」と有咲。
「でも●小学校は女声合唱だったよね」
「はい。ボク女声が出ますから」と今度はソプラノボイスで答える。
「おお、凄いね! でもあの後どうしたの?」
「仕方ないので女子トイレに行きました」
「ごめーん。もし通報されたら僕の責任だったね」
「あ、大丈夫ですよ。この子、よく友だちに手を引っ張られて女子トイレに連れ込まれてるけど、まだ通報されたことないですから」
「通報されてたらやばいよ〜」とボクは笑って言った。
合唱大会の翌週は地域のお祭りだった。例によって学校ごと参加する。3年生から6年生までをクラス単位で縦割り3つに分け、それぞれでひとつの山車を制作する。6年生の分担は山車に乗せる竹細工の人形に彩色することなのだが、今年は各クラスに絵のうまい子がひとりずついるということで、その子が人形の顔をフリーハンドで描くということになった。
そして6年2組はボクが描くことになったのである。
ボクは自分の描く絵は少女漫画っぽいからと言って辞退を申し入れたのだが、いろいろな絵があっていいんだよと言われ引き受けた。下絵を描いて祭りの世話役の人に見せ、少し手直しを指示されて、それに基づいて修正する。そして組み上がった人形に他の子たちが彩色している間にボクは下絵を見ながら一気に人形の顔を描いた。
「なるほど、確かに少女漫画っぽい」
「でも少女漫画的な格好良さ」
「BASARAみたいな世界かな」
「知らない人が見たら、絶対女の子が描いたと思うよね」
他の組の仕上がりを見に行ってみると、1組の子は古風な武者絵風、3組の子は劇画調の絵であった。
当日は奈緒たちと誘い合って集会所に行き、甚兵衛と半タコの衣装に着替える。2組は赤い衣装である。4年の時が1組で青い衣装、5年の時は3組で黄色い衣装だったので、3年間でちょうど3色の衣装を体験した。
4年の時は性別を間違えられて女子の着替え場所に案内され、女子の衣装を着てしまったが、5年の時は最初から「冬はこっちでいいよ」と女子のクラスメイトたちに言われてやはり女子の方に行き、今年はもうボク自身も女子の衣装しか着るつもりは無かった。
女の子たちと一緒に着替えること自体には全く抵抗がない。奈緒たちとおしゃべりしながら着替える。女子の友人たちもボクが女子更衣室にいることには全然違和感や抵抗感が無いと言ってくれていた。
「冬ちゃん、ふだんの体育の時間も私たちと一緒に着替える?」
「それはさすがに先生から叱られそう」
「でも、おちんちん付いてるように全然見えないね」
「あまりじっと見ないように。胸は触ってもいいからさ」
「触っちゃえ。あれ、今日はブラ付けてる」
「出がけに姉ちゃんに唆されて付けてきた」
「少し胸があるように感じる」
「このブラ、パッド入りだからね」
「ってよく見たら、これランニングじゃなくてキャミソールだし」
「あ、キャミソールはけっこう普段も着てる」
「冬ちゃん、きれいな足してるよね。ほんとに女の子の足みたい」
「まだ毛とかは生えないの?」
「それはまだ生えてこない」
「へー。冬ちゃん男性ホルモン弱そうだもんね」
「冬ちゃんは女性ホルモンを飲んでいるという噂が」
「そんなの飲んでないよ〜」
昨年までは女の子の衣装を着ていても、山車を担ぐポジションは男の子の位置で、けっこう力の要る場所に就いていのだが、今年は担ぐのは免除してもらい、代わりに甚句を唄うことになった。
夏頃から毎週1回練習に行っていたのだが、ボクが最初から結構唄えたので「おお、優秀優秀」と言われた。甚句の担当は各山車ごとに3人で、この年はボクと上田君、それに5年生の男の子の3人だった。実は男子3人なのだが、ボクがいちばんパワーの出るアルトボイスで唄ったこともあり「へー、今年は甚句に女の子が1人入ったんだね」などと言われた。女子が入るのは無いことはないが、珍しいらしい。
山車は5分おきに小休憩し、30分ごとに長めの休憩をする。この時水分補給するので、みんな腰にペットボトルホルダーを付けている。お昼には今年はお弁当が配られた。奈緒たちとおしゃべりしながら食べていたらお世話係の人がドリンクを配っている。
「君たち女の子はこれね。美容にいいから」
といって、1本ずつもらった。
近くにいる男の子のグループには「精力が付くから」などといって別のドリンクを配っているようだ。ボクはたくさん唄って、のども乾いていたので、もらったドリンクを一気に飲む。
「なんか甘酸っぱい感じで美味しいドリンクだね」
「ふーん」
と言いながら奈緒も飲む。そして成分表示を眺めていて
「あれ? これ冬が飲んでも良かったのかなあ・・・」
「え?」
「だって、これプエラリアが入ってるよ」
「プエラリア?」
「植物性女性ホルモン」
「うーん・・・まあ、いいんじゃない?」とボクは笑って言う。
「そうだね〜。冬ならおっぱい大きくなってもいいかな」
と言って奈緒は近くの男の子たちのグループに声を掛ける。
「そちらはどんなの飲んだの?」
「あ、これチンコが元気になる成分が入ってるらしい」
「今夜はオナニーしまくり」
と言うと奈緒が一発殴る。
「なんで殴るんだよ〜」
「女の子の前でオナニーとか言うな」
「お前が訊いたんだろうが?」
「でも冬はあちら飲まなくて良かったね」と奈緒はこちらに向き直って言う。「うん、あれは大きくしたくない」とボク
「へー。そういうもの?」と初美が少し不思議そうな顔で言った。
お祭りの翌週の日曜が運動会であった。
ボクと有咲、協佳、夢乃の4人でチアをする。チアといってもミニスカを穿く訳では無い。協佳は「ミニスカ穿こうよ〜」と言ったのだが、スカート嫌いの夢乃が「ふつうの体育のショートパンツでいいじゃん」と言ったので、普通の服装でボンボンだけ持って踊ることになった。
ふつうの応援の時はチアの基本的なパターンで踊り、応援合戦の時にPerfumeの『スウィートドーナツ』『ジェニーはご機嫌ななめ』の振りで踊る。結局元の振り付けから少しチアっぽくアレンジしている。
見に来ていた母が「へー。最近は男の子でもチアするんだね」などというと、姉が「ああ。日本文理大学のチアチームとか昔から男女混合だよ」などと言って。おいたらしい。また母は「この歌、歌ってる子、可愛い声ね」などと言っていたので、姉は笑いを噛み殺すのに苦労したらしい。
ボクはさんざんクラスメイトからも「なんでミニスカじゃないの〜?」と言われた。
ボクが応援合戦の後、自分の出番のマスゲームに出て、席の方に戻ろうとしていた時、セーラー服の女子中学生に声を掛けられた。●▲中学の制服だ。
「ねえ、君」
「はい」
「6年生だよね? 校区はどっち?」
「●▲中の校区です」
「おお、よかった。君さ、さっきの応援合戦の時、凄くいいアクションしてたね」
「ありがとうございます」
「マスゲームも見てたけど、動きがきれいでしっかりしてて、リズム感がいいし」
「マスゲームはあまり練習してなかったんですけどね」
「あまり練習してなくて、あれなら凄いよ。ねね、私、●▲中のチアリーディング部なんだけど、中学に入ったら、うちに入らない?」
「あ、ごめんなさい。ボクは無理だと思います」
「どこか他の部にもう勧誘されてるの?」
「あ、いえ、ボク男なんで」
「えーーー!?」
「胸触っていいですよ」
と言って、ボクはそのお姉さんの手を取り自分の胸に触らせる。
「わっ。でも信じられない!」
「折角誘ってもらったのにごめんなさい」
「嘘みたい、こんなに可愛いし、声も女の子なのに。あ?もしかして応援合戦の時の歌、君が歌ってた」
「はい。こんな感じで」
と言って、ボクはトップボイスで『ジェニーはご機嫌ななめ』の冒頭を歌ってみる。
「きゃー! 君、凄く器用な子だね」
「ああ、そう言われることよくあります」
「ね、性転換してうちの部に入る気無い?」
「ああ、性転換いいですね〜」
運動会自体に関しては、マスゲームは褒められたものの、徒競走ではダントツのビリなので父から不満を言われる。
「お前、あれだけ毎日走ってるのに遅いな」
「だいぶ速くなったよ。今年の1月の時点では100mが48秒だったけど、今は33秒だもん」
「おお、15秒短縮か」と姉は喜んでいるが
「そんなに遅かったんだっけ。100mが48秒って、それ歩いてるんじゃないのか?」
と父は半ば呆れ顔であった。
「ボクより遅い女子はクラスに2人しかいないよ」
「なぜ女子と比較する?」
母は笑って「まあまあ、それでも15秒も速くなったんなら頑張ってるんじゃないの?」
と言ってくれた。
勧誘に関しては実は合唱の方でも受けていた。その時も「え?女の子じゃないの? 惜しいなあ。でもそんな感じの声で話してるってのは、まだ声変わりが来てないんだよね? その声もったいないから、睾丸取っちゃって、そのままの声を維持してうちに来る気とか無い?」などと言われた。
「昔はそれで本当に睾丸取ってたんだろうね」とそばにいた有咲が言う。「そうだね。みんなから言われてたらその気になっちゃうだろうね」とボク。
「ね、闇の手術してくれるところとかたぶん紹介できると思うけど頼んであげようか?」と若葉。
「若葉って・・・・なんでそんな怪しげなコネがあるのさ?」
合唱サークルは、9月の大会で入賞したことから、来年から「合唱部」に昇格することが早々に決定した。
その合唱サークルでは11月に行われた学習発表会(いわゆる学芸会)、そしてその翌週の市民芸術祭にも参加した。9月のコンクールで入賞したことから、同様に入賞した他2校と共に市民会館のステージで演奏した。
6年生はこの市民芸術祭で基本的には活動終了となった。春からは新4年生(現在の3年生)女子の新入部員を加えて活動していくが、現在の3年生でも有力な子数人には声を掛けて10月頃から一緒に活動をしていた。来年も取り敢えず女声合唱のままの予定である。
「唯一の男子部員が辞めちゃうんですね」などと5年生の子から言われる。「本当に男子なのか結構怪しいけどね」と倫代などは言っていた。
「私、冬のヌード見たことあるけど、男の子のシンボルは確認できなかった」
と有咲。
「へー」
「隠してただけだよ」
「と本人は言ってるけど、実は存在していないことを隠してた可能性もあるよな、と私は思うんだけどね」
「まさかー」
その年の年末、奈緒から「みんなで泊まりがけでスキーとスケートに行こうよ」
と誘われた。奈緒の親戚の人が山形で温泉旅館をしていて、近隣のリゾート施設を安く使えるということだった。宿泊はその温泉旅館で確保してくれる。行くのは、奈緒のお母さん、奈緒の2人のお姉さん、奈緒・有咲、そしてボクの6人である。12月25日(木)に行って2泊して27日(土)に戻ってくるというコースで要するに年末年始の超多忙シーズンのぎりぎり前を狙う日程である。
奈緒のお母さんが運転するエスティマに乗り、東北道・山形道を通り、休憩を入れて6〜7時間のコースである。25日の終業式が終わった後、すぐに奈緒の家に行き出発して夕方旅館に着いた。晩御飯を食べてからその日は温泉に入って寝ることにする。部屋割は、お母さんと2人のお姉さんで一部屋、奈緒・有咲・ボクの3人で一部屋である。奈緒のお母さんはボクのことを女の子と思い込んでいる。
食事は温泉旅館の食事にしてはちょっと都会風というかファミレス風で食べやすい。偏食の多い有咲も「美味しい美味しい」と言って食べていた。
いったん部屋に戻ってからお風呂に行こうということになる。
「冬、まさか男湯に行くなんて言わないよね?」
「開き直って女湯に入るけど、水着を着てってもよろしいでしょうか?」
「うん。ま、いっか。最近はけっこうそんな子いるもんね」
「その代わり、水着に着替えるのは私たちの前で」
「そんな〜!」
「私たちには見られてもいいでしょ?」
「裸は見られてもいいけど、アレは絶対見せない」
「ほほお」
ボクはまずセーター2枚、カットソー、ジーンズを脱いで下着だけになる。アンダーシャツも脱ぐ。平らな胸があらわになるが、これは有咲たちの前では気にしない。そして今日はトランクスを穿いて来ているので、おちんちんの形は外に見えない。
ボクはアンダーショーツと女子用ワンピース水着を足だけ通した。
「それだとどうやってパンツを脱ぐのよ?」
「脱げるんだよね〜」
と言って、ボクはアンダーショーツをぐいっと上まで持ち上げてから、トランクスの片側を引っ張ってくぐらせるようにして片足を外し、残りを引き抜くようにして脱いでしまった。そして素早く女子用水着も腰の所まで上げてしまった。
「何〜?」
「手品みたい」
「クラインの壺ってやつだっけ?」
「ふふふ。友だちだからこそ、絶対見られたくないもんね」
ボクはそのまま女子用水着を肩の所まで上げて着て、荷物の中から胸パッドを取り出すと、バストの所に収めた。
「こうして見ると、完璧に女の子だよね」
「うん、これ見てまさか男の子と思う人はいないね」
「冬ってウエストのくびれが凄いもん」
「うちのクラスの女子でここまでくびれのある子はまだいないよね」
水着の上に浴衣を着て、同じように浴衣に着替えた奈緒・有咲と一緒に旅館のお風呂に行った。
「でも水着を着てたらお股を洗えないよね」
と唐突に有咲が言う。
「さっきトイレのウォッシュレットで洗ってきたよ」
とボクは答えた。
「おお、さすが」
「トイレはどちらに入ったの?」
「女子トイレだよ〜」
「だよね〜」
年末で都会から若い人が来ているせいか、ボク以外にも水着をつけている人が2人いたので、ボクはちょっとホッとした。有咲・奈緒とおしゃべりしながら湯船に浸かる。湯船に浸かっている間はここが女湯であることも忘れて会話に興じることができる。
その内、奈緒のお母さんとお姉さんたちが入ってくる。
「あら、冬ちゃん水着を着てるの?」
「ああ、何だか恥ずかしいとか言って」
「こういう温泉とか公衆浴場とかはあまり来てない?」
「そうですね。。。。幼稚園の頃までは何度か行きましたけど、小学校に入ってからはこれがまだ5回目くらいかな・・・」
「ふーん。いつも女湯に入ってる?」と有咲。
「えー?小学生が男湯には入れないよ〜」とボクが言うと
「ほほぉ」と奈緒が意味ありげな反応をした。
翌日は午前中アイスショーがあるということで、近隣のリゾート施設にあるスケートリンクに行った。半屋外という感じで、大きなスピードスケートのリンクは一部屋根の掛かった屋外にあり、小ぶりのフィギュアスケート及びショートトラック用のリンクは完全に室内になっている。
ショーはそのフィギュアスケート用のリンクで行われるが観覧席は急傾斜でちょっと怖い感じである。ボクたちが指定された席を探してスロープを登っていたら、向こう側の方で「キャー」と悲鳴をあげておばちゃんがひとり滑り落ちて行っていた。
「わあ、気をつけて歩こう」
と言ってボクたちは慎重に歩いて席まで行った。
ショーは素晴らしかった。オリンピックなどで見るようなおとなしい滑りと回転ジャンプやスピンの組合せではなく、人の上を飛び越えたり、多人数で手をつないで滑ってマスゲームみたいな動きをしたり、バックフリップなど競技会では禁止されているワザなども出て、全体的にダイナミックな動きだった。
「格好いいねー」
「すごいねー」
とボクたちは言いながらショーを見ていた。
「でもフィギュアの衣装も可愛いね」
「冬はどっち着たいの?」と奈緒。
「どっちって」
「男の人の衣装?女の人の衣装?」
「えーっと」
「奈緒、それは愚問だよ〜」
「冬は女の子だもん。女子のフィギュアの衣装着るに決まってるじゃん」
ボクは頭を掻きながら苦笑いしていた。
その日の午後はスキーをした。ボクも有咲もスキーをするのは初めてだったので、奈緒のお姉さんに習ってボーゲンの練習をする。それでも最初の2時間くらいはひたすら転びまくっていた。
「でも冬ちゃん、転びかたがうまいよ。ちゃんと転べない子は骨折しちゃうのよね」
「はあ。転ぶことで身を守っているんですね」
「そうそう。最初はたくさん転んだ方がいいよ」
しかし午後3時くらいになると、ボーゲンで結構滑れるようになる。有咲はまだまだ転びまくっていたので「冬、覚えが速い」などと言われる。
「私、前から疑問に思ってたんだけどさ」と奈緒。
「冬ってダンスなんかは人が踊ってるの見たら一発で踊れちゃうじゃん。本人は運動神経悪いって言ってるけど、実は運動神経良いんじゃないかなあ。体育の成績が悪いのは、運動神経の問題じゃなくて身体能力の問題という気がする」
「それどう違うのさ?」
「運動神経の悪いのはあまり改善できないけど、身体能力の低さは身体を鍛えれば克服できるかもよ」
「へー」
「今年1年ずっとやってきたジョギングでも、冬はかなり身体能力上げてると思う」
「お、すると女子アスリートになれる日も近いね!」
その日の夜。食事が終わってからいったん各自の部屋に戻り、お風呂に行こうということになるが、奈緒が宣言した。
「冬、今日は水着無しでお風呂に入ろう」
「えー!?」
「だって、冬、修学旅行の時は水着無しで入ってるでしょ」
「うん。あれは事故だけどね」
「あれより前にも、冬って温泉とかに入ったことあるんだよね?」
「うんまあ・・・・」
「昨日話していたのでは、それって女湯に入ったんでしょ?」
「うん・・・」
「つまり、冬って水着無しで女湯に何度か入ったことがあるんだ?」
「う・・・何故バレたんだろう?」
「単純な三段論法よ」
「むむむ」
「ということで今日は水着無しで頑張ろうね」と奈緒。
「水着無しの方が温泉入ってて気持ちいいよ」と有咲。
「うーん。仕方ない」
そういう訳でその日はボクは水着を持たずに上だけ浴衣に着替えてお風呂に行った。
焦っても仕方ないので、奈緒・有咲とおしゃべりしながら女湯の脱衣場に入り、ロッカーを開けて服を脱いで行く。浴衣を脱ぎ、アンダーシャツを脱ぐ。胸は無いけど、まだ小学生だから全然胸の無い子もいるよな、と自分に言い聞かせる。実際クラスの子や合唱サークルの子と、おっぱいの触りっこなどしてると、ほんとにまだ全然無い子もいた。
ふつうにおしゃべりしているが、奈緒も有咲もボクの下半身に視線が来ている。ふふ。絶対見せないもんね〜。
ボクはタオルで前を隠しながら、パンツを脱いだ。
その時奈緒がボクのタオルを手に取りぐいっと引っ張って剥がしてしまう。
「あっ」
とボクは声をあげたが、有咲が
「あれ?付いてない」
と言う。
「残念、お股にはさんで隠してるもんね〜」
と言って奈緒からタオルを取り返す。
「うーん。惜しい」
そのまま一緒に浴室に入り、身体を洗う。ボクはタオルであのあたりを隠したままよくよく石鹸で洗う。確かにこれ、水着では欲求不満が残ったもんなあ。絶対、裸の方が気持ちいい。奈緒のおかげで、せっかくの温泉をフルに楽しむことができたな、と思う。きれいに洗った後でそれまで気をつけて濡らさないようにしていたタオルでそのあたりを拭いた後「ちょっとした処理」をした。
その後、一緒に浴槽に入る。
そして3人でおしゃべりをしていた時、奈緒は突然仕掛けて来た。
いきなりお湯の中に潜ると、ボクの両足をつかんで、持ち上げるようにする。
「きゃっ」
ボクはこういう攻撃はさすがに予想していなかったので、完璧にお風呂の中でひっくり返ってしまった。
慌てて態勢を建て直す。
「何するのよ〜!」とボクはさすがに怒って奈緒に言う。
「珍しい!私、冬が怒ったところって初めて見た」と有咲。
「そういう問題!?」とボクはもう笑顔に戻して言う。
「ね、見た?」と奈緒。
「あ、えっと一瞬でよく分からなかったけど、付いてるようには見えなかった」
と有咲。
「私も一瞬しか見なかったけど、何も無いお股だと思った。少し筋があったようにも見えた」と奈緒。
「あ、筋は見た気がする」と有咲。
「ね、やはり冬って実はもう女の子の身体になってるんでしょ?」と奈緒。「手術とかしてないよー」とボクは笑って言う。
「そしたら、実は元々女の子だったとか?」
「まさかあ」
そういう訳で、卒業を間近に控えたこの日の温泉旅行で、ボクは奈緒と有咲に変な物を見られるのは免れたが、その代わり「女体疑惑」を深められることになったのであった。
小学校から中学校に進学する時、ボクは奈緒・有咲と離れ離れになってしまった。うちの小学校の校区の西半分と東半分が別の中学の校区になっているため、泣き別れになるようになっていたのである。小学校の卒業式では、あちこちで女子同士抱き合って泣いている姿が見られたが、ボクも奈緒・有咲とハグして涙を流しながら「近くに住んでるし、また一緒に遊ぼうね」と言った。
若葉はボクと同じ中学に進学した。彼女は最初は中学でもテニスをするつもりでいたようだが、走ること自体が楽しくなってしまい、ボクとお互いに誘い合う形で一緒に陸上部に入った。その時点で100mのタイムはボクが28秒、若葉は17秒であった。そしてボクたちふたりは100mを13秒台で走れる俊足の貞子を憧れの目で見ていたのである。
中学ではその若葉とも別のクラスになってしまったので、ボクは最初「男の子のふり」をしていた。声も男声で話していた。小学校時代のクラスメイトはボクに「やっと声変わりが来た」ものと思い込んでいたようである。
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【夏の日の想い出・小6編】(2)