【夏の日の想い出・小6編】(1)
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(c)Eriko Kawaguchi 2012-08-03
小学5年生の3学期。ある日何気なく居間にいたら、テレビでマラソンの中継をしていた。
「今日は何だかハイペースだよ。凄い記録が出るかも」などと母が言っている。ところが先頭を走っていた選手が20km過ぎたところで突然ペースダウンしてしまう。
「どうしたんだろ?」
「体調不良かな?」
「ペース配分ミスかもね」
「こういう展開だと、やっぱり野口みずきかなあ」と母。
「案外千葉真子も行くかもよ」と姉。
ボクはふーんと思いながら見ていた。その時、ひとりの選手が断然とスパートを掛けた。
「誰?これ」
「えっと・・・坂本直子だって」
「知らない選手だなあ」
「すぐ潰れるんじゃない?」
などと母と姉は言い合っていたが、その坂本のスパートに野口が付いていき、ふたりで激しいデッドヒートを繰り広げる。
「へー、この坂本って選手、マラソン初挑戦だって」
「えー?凄いね」
ボクはそのマラソン初挑戦という選手を応援したい気分になった。
しかし5kmほどの競り合いの末、とうとう坂本は野口に遅れてしまう。
「あぁぁぁ」とボクたち3人相前後して同じようなため息を付く。
「惜しかったね」
「凄い頑張ったけどね」
と全員坂本を応援する雰囲気になっていた。結局レースは野口が優勝。坂本は3位に終わった。
しかし無名の選手がこんなに頑張ったことに感動し、ボクもあんな選手になれたらいいな、という気持ちが起きてきた。
翌日から、ボクは昼休みに校舎の周りを走り始めた。
「突然どうしたの?」と一番仲の良い友人である奈緒に訊かれる。
「うん。昨日のマラソンに感動しちゃって」
「ああ、坂本ね?」
「そうそう。凄いなあ、と思って。ボクもあんな選手になって、あんな大会に出てみたいな、という気分になっちゃって」
「ふーん。女子マラソン選手になって、大阪国際女子マラソンに出場したいのね」
「あ、えーっと・・・・」
「うん、でも、頑張るのはいいことだと思うよ」
「ありがとう」
「今100m走るのに50秒掛かっていても、練習してれば15秒くらいで走れるようになるかも知れないしね」
「うん」
「それに女子選手になりたければ、ちょっとお股の改造手術しちゃえばいいし」
「あはは」
奈緒は最初ボクが3日坊主で終わるかな?くらいに思っていたらしいが、ボクの昼休みジョギングは1週間たっても2週間たっても続いていく。その内ボクは放課後も校舎の周りを20週走ってから、帰るなり、まだ他の子がいたら一緒に遊ぶなりするようになった
「ねえ、ふつうのズボンで走るのは走りにくいでしょ?汗も掻くし。ランニングパンツ穿くといいよ」
と奈緒はアドバイスしてくれる。
そこで母にお願いして一緒にスポーツ用品店に行き、ランニングパンツを買ってもらった。ランニングパンツは予め家で穿いて来ておいて、昼休みと放課後にズボンを脱ぎ、ランニングパンツだけになって走るようにした。ボクが教室で最初ズボンを脱いだ時はギョッとする視線が来たが、ボクがその下にランニングパンツを穿いてるのを見てホッとした視線に変わる。
ところがランニングパンツを使い始めて数日して、ボクは特殊な問題で悩み始めた。
「何か悩んでる?」と奈緒。
「え、えっと、ちょっと男の子固有の問題」とボクは恥ずかしそうに言う。
「ああ、ぶらぶらして邪魔なのね?」
ボクは真っ赤になってコクリと頷く。
「だったら簡単じゃない。手術してぶらぶらしてるものを取っちゃえばいいのよ」
「えーっと・・・・」
「まあ、サポーターで押さえておくって手もあるけどね」
「サポーター?」
ボクは母と一緒にスポーツ用品店に行き、尋ねてみるとランニングパンツ用のサポーターというのがあることが分かる。
「でも、それは男子選手用ですよ。お嬢さんには必要無いと思いますが。青とか黒とかのふつうのショーツを穿いておけばいいですよ」
とスポーツ用品店の店長さん。
ボクは言われ慣れているので、その「お嬢さん」というのが自分のこととすぐ分かったが、母は3秒ほどかかった。
「あ、いえ、この子、男の子なので」
「え?」
そもそも先日買ったランニングパンツも女子用であったようだ。男子用というのを試着してみたが、お尻がきつい。
「今穿いてるものの方が穿きやすいです」
ウェストとヒップをメジャーで測ってもらったら、ウェスト56, ヒップ80である。
「まだ身体が成長途中だからでしょうけど、このサイズだと女性のSに近いですね。でもこの体型で、男性用のランニングパンツサポーター、サイズが合うかなあ・・・」
と言いながらも、店長さんは男性用のMサイズを出して来た。男性用のSではお尻が入らなそうだった。
試着してみると、何とか使えそうである。そこでそれを2枚買ってもらった。
このサポーターを付けてからランニングパンツを穿いて走ると、ぶらぶらしたりせずに、快適だった。それはまるで付いてないかのような感覚で、少し女の子になったような気分を味わうことができたし、またそもそもサポーターは前開きが無いので、それ自体が女の子パンティのような感じで、そういうものを穿いているということ自体、ボクの心をとても快適にしてくれた。
3月。ボクは市の子供絵画コンクールで金賞をもらってしまった。年末にクリスマス・お正月をテーマにした作品が募集されていた。その日、たまたま奈緒の家に遊びに行っていて、奈緒のお姉さんがチラシを持ってきていたので、その場にいたメンツ(奈緒・有咲・由維・ボク)の4人で思い思いの絵を描いた。奈緒のお姉さんが「じゃ、私がまとめて提出しておくね」と言っていたのだが・・・・
3月になってうちに『唐本冬子様』で入賞のお知らせが来た時、母は「あら、名前間違ってる」と言っていた。確かに、昔から「冬彦」が「冬子」になっちゃってる間違い郵便はしばしばあったのだが、この場合、間違いなのか(奈緒の)故意なのかは微妙だなとボクは思った。
姉が「私が保護者代わりに付き添ってくよ」と言ったので、一緒に市の図書館に行き、賞状と記念品を受け取ってきた。
図書館の職員さんが
「女の子らしい、とっても可愛い絵ですね。ふつうの美術の点の付け方では、そんなに高得点にならない描き方ですが、個性的だし、あまりにも可愛くて魅力的なので、特に金賞にしようということになったんですよ」
とボクに言った。
入賞は、金賞5人、銀賞10人、銅賞30人のほか、市長賞・特別賞・村斎賞というのが設定されていた。村斎というのはこの市出身の画家で二科展などで活躍したが10年前に亡くなった人である。その三賞の受賞者と金賞・銀賞の受賞者の作品が、4月いっぱい、図書館の廊下に張り出されるということだった。
「図書館の人、冬が女の子と信じて疑ってなかったね〜」
と姉はボクに缶ジュースを買ってくれて、一緒に図書館の玄関の所で飲みながら言った。
「そんな感じだったねー」
「自分で『冬子』って書いて出したの?」
「奈緒のお姉さんが出してくれたんだけどね。住所氏名は奈緒がアドレス帳見ながら書いたと思うんだよね〜」
「奈緒ちゃんの悪戯か」
「そんな気がする」
「でも最近、冬、あまり女の子の服着てないね」
「女装なんて可愛いのは小学2〜3年生までだと思うけどなあ」
「・・・・今日、冬がそういう服装だったのに、学芸員さんが冬を女の子としか思わなかったというのが、全てを語っている気もするんだけどね」
「えーっと・・・」
「私の小さくなったスカートとか、またあげようか?」
「ううん。もらっても着ないし」
「ほんとに〜?」
「な、なんで〜?」
「取り敢えず例の場所に入れておこう。冬が着たくなったらいつでも着れるように」
「うーん・・・・」
「そうだ、これあげる」
と言って姉は、バッグから何かの錠剤のシートを1枚取り出してくれた。
「なあに?これ」
「おっぱい大きくするサプリメント」
「え〜!?」
「飲みたくない?」
「ボク男の子なのに、おっぱい大きくしても・・・」
「サプリメントだからね〜。効くも八卦、効かぬも八卦、という気がするよ。私、3ヶ月飲んでみたけど、ちっとも大きくならない」
「あはは」
「だから、冬が飲んでも、きっと男の子の機能を落とすことは無いよ」
「男の子の機能って・・・・」
「ああ。もし気に入ったら、あとで残りもあげるよ。1日1錠だって」
「ちょっと飲んでみようかな」
「ふふ。ところで記念品、何だったの?」
「何だろう?」
とボクは箱を開けてみる。
「わ、可愛い」
「へー。これって、女の子用の賞品だよね」
「かもね〜」
それはピンク基調のミニーマウスの絵が入ったボールペンであった。端が耳の形になっていて、そこをノックすることでペン先が出たり引っ込んだりする。
「色は何だろ?」
「あ、これに描いてみるといいよ」
と言って、姉がメモ帳を出してくれた。
「わ、このメモ帳も可愛い」
「そう? じゃあげるよ」
それはパワーパフガールズのメモ帳であった。
「じゃ、もらっちゃおう」
「冬って、そういう可愛いの好きだもんね」
「うん、まあね」
メモ帳の端にちょっと書いて見ると、インクが黒であることが分かる。
「でもボクの服も日用品も何か可愛いのばかり溜まっていく気が」
「それが好きなら構わないんじゃない?」
「そうだねー」
ボクは毎日のランニングを始めたことで、これを理由に珠算塾を辞めさせてもらった。塾に行ってた時間に走りたいからと言って、実際学校から帰ってきてからも、近所の公園で走ったりしていた。これには父も「男の子は身体を鍛えたほうがいい」と言って賛成してくれた。
当時、昼休みと放課後、それに夕方の公園とあわせて、1日に10km近く走っていたと思う。その結果、小学6年の5月に体育の時間、100m走のタイムを計られたら、38秒になっていた。前年の秋に1度友人に測ってもらった時のタイム48秒(男子のクラスメイトから「俺が歩いた方が速い」と言われた)からは大幅な進歩であった。それでも女子の友人たちの中で、ボクより遅い子は1人(有咲)しかいなかった。
その有咲は昨年のタイムが42秒、今年は39秒であった。
「くやし〜い。冬に負けた!」と有咲。
「ボクと一緒に毎日ジョギングする?」
「きついから、いい」
「冬も男子並みに走れるようになったらいいね」
「それ、絶対無理」とボク。
「ああ、冬は女子陸上選手になるつもりらしいから、男子並みになる必要は無いよ」
有咲は一緒に走ったりしなかったが、6年生になってから、ボクの昼休みのジョギングに付き合ってくれる子ができた。それが6年生で同じクラスになった若葉だった。
彼女は運動神経は良くて、小学校でもテニス部に入っていたが、足が遅いのが欠点だった。と言っても100mを22秒で走っていた。彼女はそれを15〜16秒くらいまで上げたいと言って、ボクが昼休みに走っているのに刺激され、一緒に走ろうと言ってきたのである。
「遅いボクに付き合わなくても、先に走って行っていいよ」とボクは言ったが「ゆっくり走っていれば、速く走れるようになるんだよ」と若葉は言った。
「えー?ほんとに?」
「浅井えり子ってマラソン選手が言ってたから間違いないよ。名古屋国際女子マラソンで優勝したことのある選手だよ」
「へー、面白いね!」
「冬ちゃんも、こういうゆっくりしたペースで走っていて、100mのタイムが10秒縮んだんでしょ?わずか3ヶ月で」
「まあ、元が遅かったからね」
「何より、冬ちゃんの頑張りに刺激されるよ」
若葉は6年生の初め頃は「冬ちゃん」とボクのことを呼んでいたが、すぐに「冬」
と呼ぶようになる。この東京の小学校の時代に、ボクのことを「冬」と呼んだのは、奈緒・有咲・若葉の3人である。
6年生の5月。その日は近くの山まで徒歩で遠足の予定だったのだが、雨のため中止になってしまう。その代わり映画を上映するといわれ、4年生から6年生までの生徒が体育館に集められた。
映画は2本立てで、1本目は日本の小学生の少女合唱団を描いた短編であった。歌の好きな5人の女の子が中心になって友達などを誘い、20人ほどの少女合唱団を結成する。メンバーの中のひとりのお母さんに指導をお願いし、毎日練習を重ねて大会に出場する。
「優勝したら学校のクラブ活動にしてもいい」と校長から言われていたので、それを目指したのだが残念ながら優勝はできなかった。しかし特別賞をもらい、これからもまた頑張ろうね、という希望あふれる未来が提示される。
2本目はヨーロッパの伝統ある少年合唱団を舞台にした物語であった。入団して間もない子の戸惑いと成長の記録。練習の日々と公演での発表。仲間との友情と交流。あちこちへの遠征での旅の楽しみやトラブル。そして変声期を迎えた仲間の退団。
実際のどこかの少年合唱団が出演しているようで、その美しい歌声が映画の中にたくさん組み込まれていて、きれいにまとめられた感動の映画だった。感動して泣いている子も結構いた。ボクもちょっと涙が出て来た。
映画が終わってすぐに有咲に訊かれる。
「ね、冬って変声期が来てないよね? クラスの男子みんな太い声になっているのに、冬ってまだ中性的な声だよね」
「こういう声も出るよ」とボクはふだん使ってない男声で答える。
「えー!?そんな声も持ってたのか」
「そしてこんな声もあるし」と僕は開発中の女性地声(アルトボイス)で言い「更にこういう声もある」と研究中の裏声(ソプラノボイス)で言う。
「すごい」
「その声は初めて聞いた」
「低い方の女の子の声は音楽の時間に使ってるよね?」
「そうそう。この声で歌ってる」
「よくそんなに色々な声出るね」
「色々試行錯誤してるから。でねそういう訳で変声期は来てるんだよね、悲しいことに。だから自分の声をどうまとめるかは凄く悩みながら、毎日発声練習や喉の筋肉の鍛錬してる」
とボクはふだん有咲たちと話している声(中性的な声)に戻して言う。
「こういう少年合唱団では昔は、ボーイソプラノを維持するのに去勢されちゃう子もいたらしいね」と奈緒。
「カストラートってやつだよね」
とボクは答える。さすがにその手の話はボクもよく調べている。
「ハイドンなんかも聖歌隊に入ってて歌がうまかったから、ぜひ去勢しましょうって言われたらしいね。父親が激怒してすぐ飛んでって連れて帰ったので去勢されなくて済んだんだけど」
「冬はその時代に生まれてたら確実に去勢されてるよね」
「そうだろうね」とボクは笑って答える。
「でも、『もののけ姫』のテーマ歌った米良美一さんは知ってるでしょ?」
「ああ、あの人の声も女の人の声にしか聞こえないよね」
「別に去勢しなくたってちゃんと女の子の声は出るんだよ。ボクだって去勢してないけど、こういう声出てるし」とアルトボイスで言う。
「・・・冬、実は去勢済みってことない?」
「とっても去勢されたいけど、残念ながらまだ去勢されてない」
「でも去勢しなくてもそれだけの声が出るなら、昔去勢されたボーイソプラノの人たちって去勢され損?」
「そんなことないと思う。去勢せずに発声法だけで女の子の声を出せる人は多分そう多くない。誰でもできるものじゃないと思うよ」
「ああ、そうかもね。冬はたぶん元々半分女の子なんだろうしね」
「はは」
「まあ去勢され損というとさ、男性化って、去勢してすぐ停まる訳じゃないからさ。タイミングが悪いと、去勢したのに声変わりが来ちゃったって人もいたらしいよ」
「なにそれ?」
「あまりにも可哀想すぐる」
「あとタマを取ったからってそれでカストラートになれる訳じゃ無い。去勢した後で音楽学校に入って10年くらい発声から音楽理論から鍛えられて初めて一人前のカストラートになれる。その訓練は厳しいから挫折する子も多かったらしい」
「そこで挫折すると辛いね」
「うん。一番多かった時期は毎年4000人くらい去勢されてたらしいけど、そんなに就職先があるとは思えないしね」
「まあ、何の道でも厳しいけどね」
「逆に言えば、去勢しなくても、当時去勢した人を対象にやってたような訓練を去勢してない人でも積めば、それなりにかなり広い声域を持てるんじゃないかと、ボクは思うんだよね」
「なるほど、冬はそれを狙っているのか」
ボクたちが去勢の話でちょっと盛り上がっていた間に男の先生たちが映写設備などを片付け、その後に音楽の先生が壇上に立った。
「今の映画、みなさん感想はどうでしたか? 合唱って素敵ですよね。それで実はうちの学校にはこれまで合唱部が無かったのですが、ぜひ作ろうという声が多く寄せられていまして、それで今年はその準備段階として『合唱サークル』
を作ろうということになりました。一応女声合唱でいく予定なのですが、興味のある女子生徒は前の方に出て来てもらえませんか? 活動しやすいように、練習は毎日放課後の30分を予定しています。他の部に入っている人も、その練習が終わってから、そちらの練習に行けますよ」
あちこちで「へー」とか「わあ」とかいう声が上がる。
質問も出る。
「それ女子だけなんですか?」
「御免なさいね。最初いろいろ試行錯誤が続くと思うので、取り敢えず今年は女声合唱でいきたいんです。来年からは混声にするかもしれません。あ、男子の人でも、女の子の声で歌える人は来ていいですよ」
と先生が答える。
「お、それなら冬は行けるじゃん」と有咲。
「そうだね〜」
「行かない? 私も一緒にやるからさ」
「うーん。有咲と一緒なら行こうかな」
「奈緒も来ない?」
「私の音痴は知ってるでしょ?」
そういう訳でボクは有咲と手をつないで前の方に出て行った。結局全部で30人ほどの参加者が出た。
他の子たちは今日は給食の時間まで自習ということになった。
音楽室に移動して、全員簡単な自己紹介をする。ボクは男の子なのでとがめられるか、あるいは参加者の誰かから何か言われるかなと思っていたのだが何も言われない。
「何か言われるかと思ったのに」と小声で有咲に言うと
「みんな冬のことを女の子と思い込んでるからよ」と有咲は笑って答えた。
映画の中の少女合唱団の子たちが歌っていた『みどりのそよ風』の楽譜が配られる。一応高音部(ソプラノ)と低音部(アルト)に分けるということになり、先生がピアノを弾きながら、高音部と低音部をそれぞれ歌ってみた。
「高音部出な〜い」と有咲。
「ソプラノは裏声でないと歌えないなあ」とボク。
結局、ボクも有咲もアルトに入ることになった。ソプラノとアルトで席替えが行われる。その時やっと先生がボクに気付いた。
「あれ。君、男子だよね?」
「はい。でも女声で歌えますから来ました。ソプラノも出ますけど不安定なのでアルトに行きますね」
とソプラノボイスで答える。
「まだ変声期来てないんだっけ?」
「来てますよ。この声はあまり使ってないですけど」
と今度は男声(バリトンボイス)で答えてから
「でも、ふだん使ってるのはこの声で」と中性的な声で言った上で、
「そして音楽の時間はこの声で歌ってます。この合唱サークルでもソプラノよりこちらが安定してるのでアルトで歌います」とアルトボイスで付け加える。
「おお、すごーい。七色の声だ!」
と先生がマジで感心していた。
「先生、冬は実質女の子だから、女子の中に混じってても問題無いですよ。休みの日には女の子の友人たちと一緒によく遊んだりしますし、そういう時、けっこうスカート穿いて出てくるし。去年の夏休みにプールに行った時なんて一緒に女子更衣室で女子水着に着替えてましたから」
と有咲。
「へー、そうなんだ?じゃ普通に女生徒と思ってていいね」
スカート穿いて出て行ったの2回だけだけどね〜、と思ったけど、ボクは特にその問題については何も言わなかった。水着も奈緒たちが用意していてそれを無理矢理着せられたんだけどなぁ。
「はい。ですからもしユニフォームとか作る場合でもスカートの制服でいけますよ」
「なるほど」
先生は実際問題として部員間の恋愛問題を懸念して「取り敢えず女声合唱で」ということにしたようであったが、ボクを見て、その心配は無さそうと思ったようであった。
その日は『みどりのそよ風』をたくさん練習した後、最後に『さらら』(ミルモでポン!のエンディング曲)を歌って最初の練習を終わった。
そういう訳で6年生の1年間、ボクは昼休みには若葉と一緒にジョギングをし、放課後は有咲と一緒に「女子合唱サークル」に行くという学校生活を送ることになった。
合唱サークルでは基本的にはアルトに属していたのだが、ソプラノ、アルトの両方のパートを練習して、その練習を通して、刻々と声帯の状態が変化していく中で声をできるだけ安定的に出す練習もさせてもらっていた。その声を支えるために、喉の筋肉も首の運動や顔の表情を色々変えたりして鍛えていた。一方で声が潰れたりしないように、日々の喉のメンテもしっかりやっていた。
夏休みに入ってすぐ。
早朝から電話で起こされる。電話が鳴っているのに母が出る気配も無いのでボクが起きていって取って「お待たせしました、唐本です」と中性的な声で言ったのだが、「グーテンモルゲン」と突然言われる
「グーテンモルゲン、リナ。ヴィーゲーツ?(お早う、リナ。元気?)」
「ダンケ。グート。ウントディア?(元気だよ、そちらは?)」
「ダンケ。グート」
「すごーい、冬ってドイツ語できるのね?」
「できないけど、このくらいは分かるよ。でもどうしたの?」
「うちのお祖父さんのお兄さんがドイツに住んでたんだけどね」
「うん」
「先月亡くなって」
「それは、大変だったね」
「その遺品を整理してて、大叔母さんが困ってしまったのが沢山のレコードとかCDでさ」
「へー」
「廃棄したり売却するのは簡単だけど、せっかくのコレクションを散逸させるのはもったいないでしょ。誰かこんなの聴いてくれる人がいたら、まとめてあげるのに、なんて言っててね」
「うん」
「あ、それなら私の友だちで、たくさんCD持ってる子がいるからって」
「それって・・・・ボクのこと?」
「もちろん。冬の本棚ってCDがあふれてたよね」
「うん。まあ、レベルの高い演奏を聴いた方が良いって言って、お母ちゃんが買ってくれたのが、クラシックやジャズを中心に200枚くらいかな」
「おお、凄い。そのライブラリに少し加えない?」
「うーん。。。じゃ、預からせてもらおうかな」
「預かるとかじゃなくて、あげるから」
「そう? でもそれ枚数があるんなら、金額的にもけっこうな物なんじゃ?」
「こういうのは、聴いてくれる人の所にいくべきものなのよ」
「うん。分かった。もらう」
「ドイツから送ってもらったのが昨日こちらに届いたから、そのままそちらに昨日転送したから」
「昨日? じゃもしかして今日着いたりして」
「あ、着くかもね」
その荷物は朝9時にうちに到着したが、荷物の量に仰天する。段ボール箱で20箱もある。母が「何が来たの〜!?」といって絶句した。
取り敢えず居間に積み上げたが、場所を圧迫するから何とかしろと言われる。これを収納する棚が必要だというので、父と一緒にホームセンターまで買いに出た。結果スライド式の本棚を買うことにし、買って帰って父とふたりで組み立てた。組み立てるのに3時間掛かった。
ボクはとりあえず、箱のふたを開けるだけ開けて中身をチェックした。バッハ、モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、リスト、シューベルト、ショパン、メンデルスゾーン、ヨハン・シュトラウス2世、ドビュッシー、ブラームス、ブルックナー、ワーグナー、ムソルグスキー、チャイコフスキー、マーラー、ラフマニノフ、ヴェルディ、シューマン、ストラヴィンスキー、ドヴォルザーク、という感じで、有名なクラシックの作曲家が網羅されている感じである。
「これ少なくとも2000枚はあるね」
「どうするの?」と母。
「毎日5枚聴いても全部聴くのに1年掛かるなあ」
「全部聴く気?」
「うん」
「頑張ってね〜。でもリナちゃん所に何かお礼送らなくちゃ」
「缶ビール20箱とか送ったら嫌がらせだよね」
「それはとっても嫌がらせ」
「じゃジュースの詰め合わせ1箱とか送ってくれる?」
「うん。いいよ。2箱くらい送ろうか?」
「そうだね。2箱くらいなら、すぐ飲んじゃうよね、夏だし」
父がリナのお父さん宛に丁寧なお礼状を書いて送ってくれた。
この後、ボクは毎日その膨大なクラシック・ライブラリを聴いては本棚に収納していった。夏休みの間は朝から晩まで聴いていたので、箱が4つ消えた。といっても、この夏休みはひたすらモーツァルトばかり聴いていた。モーツァルトだけで4箱あったのである。
しかし後になって考えても最初にモーツァルトをひたすら聴いたのは最良の選択だったという気がする。最初がベートーヴェンだったら、きっとボクが書く音楽の質は違っていたと思う。
姉がどうせなら聴きながらmp3に変換するといいと言って、接続機器も買ってきてくれて、LPからの変換とCDからの変換のやり方を教えてくれたので、ボクは家の古いパソコンを1台占有させてもらい、それを使って変換しながら聴いた。レコードプレイヤーは母が民謡のレコードを聴くのに持っていたのだが、実際には民謡のレコード群は物置のどこかに入り込んでいるハズ、という話だった。
タイトルリストやライナーノート(ドイツ語や英語で書かれている)はそのままスキャンして取り込み、mp3と同じフォルダに入れておいた。タイトルリストだけは検索できるようにOCRソフトで文字に変換してセーブしておいた。
このmp3版は凄く役に立った。同じ曲を何人かの演奏家が演奏している場合にそれをすぐ比較してみることができたので、とても勉強になったのである。
9月には修学旅行があった。長野の安曇野へ1泊旅行ということであった。
安曇野への往復は貸し切りバスを使用する。行きは関越・上信越道を通り、軽井沢経由で、御嶽山を背景に、軽井沢のタリアセンなどを散歩。そこでお昼を食べてから安曇野に入り、安曇野の美術館群を見学。穂高温泉郷のホテルに宿泊し、翌日は中央道経由で、途中山梨でぶどう狩りをして帰ってくるというコースである。
ホテルの部屋割は男女別の単純名簿順となり、ボクは秋元君、上田君、来島君と一緒になった。一方、バスの席順は学級委員の2人が話し合って決めたので、ボクは女子の並びに組み込まれて、隣が奈緒、すぐ後ろの並びに若葉と有咲が座って、車中ではひたすら4人でおしゃべりをしていた。
女子はこういうおしゃべりの輪がいくつか出来て、男子の学級委員・上田君から「お前たちガイドさんの説明とか全然聞いてないだろ?」と言われる。「聞いてませーん」と開き直って有咲が答えている。
ボクたちはクラス内であまり友だちがいなくて、いつもひとりでいる初美を「こっちおいで」と誘い、軽井沢ではこの5人でしゃべりまくっていた。
「初美、けっこう楽しい性格じゃん」
「ふだんもおしゃべりしようよ」
「うん」と初美は嬉しそうな顔をしている。
「4年生の時の冬もなんかずっとひとりでいたね」
「あれはネコをかぶってたからね。こういう子だと分かったら、みんな話せるようになったね」と奈緒。
「でも最初から、奈緒はよくボクに声を掛けてくれてたね」
「一目でこの子は実質女の子なんじゃと思ったからね」
「おお、すごい眼力」
「冬って、女の子の下着付けてたりスカート穿いてたりもするしさ」と奈緒。「冬って、ナプキンも持ってたりするよね。私一度借りちゃった」と有咲。「えー、冬ちゃんって、そんな子だったの?」と初美。
「学校にもスカート穿いてくればいいのに」と奈緒。
「ナプキン、今も持ってる?」と有咲。
「えっと・・・持ってるけど」とボクは照れながら答える。
「偉いな。私、一泊だし、まだ一週間くらい先の筈だからと思って持ってこなかった」と若葉。
「来ちゃったら冬から借りればいいよ」と奈緒。
「あとね、冬って女の子の服を着ている時、頭脳も身体能力も上がるよね」
と奈緒。
「何それ?セーラームーンみたいな?」
「そうそう。冬って天王はるかみたいなもんだよ」
「冬の描く天王はるかって、格好良いよね」
「うん。更紗(BASARA)なんかも格好良い」
「冬ってピアノ上手いけどさ、うちに遊びに来た時にスカート穿かせてピアノ弾かせたら、ふだんより更に上手いんだもん。びっくりした」と奈緒。
「ボクも奈緒に言われてみたら、確かに過去にも女の子の服をたまたま着た時に自分の本来の能力以上の力が出てたことに気付いた」
「いや、それは女の子の服を着ている時が本来の能力で、男の子の服を着ている時は能力が封印されてるんだと思う」と若葉。
「私と一緒にジョギングしてる時も女子用のランパン穿いてるからね。普通の服で100mのタイムを計ると33秒なのに、そのランパン穿いて走ると25秒で走れる。これランパンが走りやすい服だというだけでは説明できないタイムだよ」
と若葉は解説する。
「すごーい。ほんとに変身してる感じ」
「へー、でもあれ女子用だったんだ?」
「買いに行ったスポーツ用品店でお店の人が冬を女の子と思い込んで女子用を売っちゃったらしいね。でも後でお店に行って男子用を試着してみたら体型に全然合わなかったと」
「ああ、冬って女の子体型だもんね。お尻大きいし、ウェスト細いし」
「触った感触も女の子だよね。ほら触ってごらん」
と言って有咲が初美の手を取り、ボクの身体に触らせる。
「ほんとだ! 女の子に触ったような感触」
「冬、電車に乗る時は痴漢に気をつけなよ」
「ラッシュ時には女性専用車両に乗るといいよ」
その日は秋にしてはけっこう暑かったので、みんな汗を掻いてしまった。しかしまだお風呂は開放されていないということで、しばしみんなでおしゃべりしながら待っている。
ホテルの部屋割が単純名簿順なので、逆に「寝るまでは仲の良い子同士で集まっていよう」という雰囲気になり、ボクも自分のバッグを持って、奈緒の部屋に行った。有咲と若葉、それに今日急速に仲良くなった初美も集まってくる。
この部屋にはもうひとつ、協佳を中心とするグループも集まっていて、しばしばふたつのグループで話題がクロスしていた。初美は向こうのグループの子たちにも「何だ、初美ってけっこうしゃべれるじゃん」などと言われていた。
「私初美と隣の席だったけど、初美ずっとしゃべらずに景色見てたから、そういうのが好きな子なのかと思ってたんだけど」などとそちらのグループの夢乃にも言われている。
「ごめーん、明日はたくさんおしゃべりしようね」と初美。
やがて17時になる。
「あ、お風呂もういいはずだよ」
「でも、まだしばらくしゃべっていよう」
「御飯のあとで入ってもいいよね」
などという話になってきている。
しかしボクはあまり混まないうちに入りたかったので
「じゃ、ボク先にお風呂行くね」
と言って着替えの入った布袋とタオルを持ち、席を立つ。
「うん、先に行ってて、少ししたら私も行くから」と奈緒。
「ボクは男湯だよ〜」
「なんで?女湯に入ればいいのに」
「それは無茶。でも他の男の子たちにあまり見られたくないから、あまり混まないうちに行っちゃう」
「ふーん。。。男の子に見られたら困る身体なんだ」
「じゃ女の子になら見られてもいい身体なのね」
「そんなことないよ〜。じゃ、また後でね」
ボクは《→大浴場》という表示を見て歩いて行ったが、途中で表示がなくなり、分からなくなってしまった。ちょうどホテルの人っぽい小紋を着た女性が通り掛かったので「すみません、大浴場はどちらか分かりますか?」と訊いたら
「この廊下を少し行ったところで左に曲がるところがありますので、そこをまっすぐ行って、階段があったらそこを上がり、右側に行ってください」
と案内された。
「ありがとうございます」
とお礼を言って、ボクは『左・階段・右』と頭の中で繰り返しながら廊下を歩いて行く。階段を上って右手に行った突き当たりに『湯』と染め抜かれた赤い暖簾が掛かっていた。
ここか!
と思って中に入る。そのまま脱衣場になっている。ピンクの壁がなんとなく可愛い雰囲気だなと思った。ボクはロッカーをひとつ開けて服を脱ぐ。ロッカーの鍵(ピンクのタグが付いていた)を持ち、タオルとシャンプーセットを持って浴室に入った。浴室もピンクのタイルだ。明るくていいなと思う。
お風呂は17時からで、17時の時報を聞くと同時に来たからか、まだ誰もいない。ボクは広々とした浴室で、まずはお股の付近をよく洗い、それからシャンプーで髪を洗い、リンスを掛けてから先にボディシャンプーで身体を洗い、それから髪をゆすいだ。まだ誰も来ないな〜。あまり自分の裸を男性に見られたくない気分なので、どうせなら誰も来ないうちに上がれたらいいな、などと思いながら、湯船につかる。
今日はけっこう歩いたなと思う。軽井沢の公園もかなり歩かされたし、安曇野の美術館群は完璧に坂道であった。ボクは湯船の中で手足を揉みほぐしていた。その時、ガラっと浴室の戸が開いた。あ、誰か来たかと思ってそちらを見て、へっ?と思う。
「なんで有咲がこちらに入ってくるの?」
「いや。というか、なんで冬がここにいるのよ?」
「ここ男湯じゃないの?」
「ここは女湯です」
「えー!?」
と言っている内に、他の客が入ってくる。20代の女性4人のグループ、更には30代の女性10人くらいの集団まで来た。ボクは自分の方が間違っていたことを認識する。
人目があるのでボクと有咲はいったん会話を中断した。有咲は手早く身体を洗うと、浴槽に入りボクのそばに来た。
「確信犯じゃないよね?」と有咲。
「そういえば、女湯と男湯の表示が無いなって思った。ホテルの人に聞いたら、こちらって言われたのに」
「まあ女の子に間違われたんだろうね。冬って女の子っぽい雰囲気持ってるから。このホテルさ、女湯と男湯が離れた所にあるんだよね。ここ、女湯は赤い暖簾にピンクの塗装・ピンクのタイル、男湯は青い暖簾にブルーの塗装・ブルーのタイル、って旅館の人が説明してたの聞かなかった?」
「聞いてない」
「まあでも、そういうのって、色弱の人とかには不親切だよね」
「いや、色弱以前に、そんなこと知らなかったら気付かない」
「ふつうは、ピンクの塗装見たら、男湯ではないかもとか思わない?」
「思わないよ〜」
「私とおしゃべりしてよ。そしたら誰も怪しまないよ。冬、女の子っぽい声で話しなよ」
「うん」
と言ってボクはアルトボイスに切り替える。
その内、奈緒もやってきた。有咲を見つけて
「若葉と初美は御飯のあとで入るってさ」
と言ってからボクに気付き
「なぜ冬がここにいる?」
と訊く。
「女の子と間違えられて案内されちゃったんだって」
「来た時、誰もいなかったから、間違いに気付かなかったんだよ〜」
「ピンクのタイル見たらふつう気付かない?」
「そんなんで分からないよ」
「ふーん。でも脱衣場に誰もいなくて浴室には誰かいたら『きゃー』って悲鳴あげられていて、明日の新聞に載ってたな」
「どうやって上がろう?」
「誰もいなくなるまで待ってたら?」
「それって夜中過ぎまで?」
「のぼせちゃうよね、さすがに。私と有咲でガードして誘導しようか」
「よろしくお願いします」
「まあ、でも少しおしゃべりしてよ」
「あれ、でもおちんちん無いじゃん」
と奈緒は浴槽の中のボクの股間を見て言う。
「はさんで隠してる」
「ああ、それがいいね」
「でも女の子の裸見て、大きくなってない?」
「それは大きくなってない」
「冬って、女の子のヌード写真とか見てオナニーしたりしないの?」
「そんなことしたことないよー」
「オナニーはするんだっけ?」
「えっと・・・・今年は2回しちゃったかな」
「今年!? 今週ってんじゃなくて?」
「うーんと。3月に1度と5月に1度したかな」
「冬、男性機能は弱そうだもんね」
「男性ホルモン少なそうだよね」
「女性ホルモンの方が多かったりして」
「ああ、そうかも。胸もこれ、少し膨らみかけてない?」
と言って有咲がボクの胸に触る。
そういう有咲はたぶんBカップかCカップサイズかなという感じの大きな胸を露出している。奈緒もAカップという感じの胸を見せている。
「確かに微かに膨らんでる気がするね」と奈緒。
「これって、おっぱい大きくなる前兆って気がするよ」
「うーん。大きくなったりはしないと思うけど。乳首は最近ずっと立ってるんだけどね」
「ジュニアブラジャーなら付けられるかもね」
「ん?というか、よく見たら、冬ってブラ跡が付いてる」
「あはは」
「つまり、跡が付くくらいブラジャー付けてるってことか」
と奈緒が笑いながら言った。
「うちのクラスの女子ではまだブラジャーつけてない子の方が多いのにね」
「うんうん。私だってまだカップ付きキャミソールだもんね」と有咲。「いや、有咲はそれだけサイズあったら、ちゃんとブラ付けるべき」と奈緒。
「で、今日はどっちの下着持って来たの?」と奈緒がボクに訊く。
「朝着て来たのは男物だけど、今脱衣場に持って来たのは実は女の子下着。明日はちょっと女の子気分でいようかと思ったから」
「だったら、脱衣場で着る時には問題が少ないね」
「あ、分かった!」と有咲。
「何が?」
「冬、男の子の服なんか着てたから迷ったんだよ。女の子の服を着ている時の冬なら間違わずにちゃんと男湯に行けたね」と有咲。
「なるほど」
「でも女の子の服を着て男湯に行ったら『こちら違う』って追い出されてたよ」
と奈緒。
「そうか・・・・うーん」
やがて上がろうということになる。ボクはあの付近を足の間に挟んだまま湯船から上がり、すぐにそばに置いていたタオルで隠す。有咲と奈緒がボクの前と後ろに立ってくれて、一緒に浴室を出て脱衣場に移動した。
奈緒が置いてあるバスタオルを3枚とってきてくれたので身体をしっかり拭く。
「隠し方がうまいね。全然私たちの目に触れないように拭いてる」
「えー?友だちだから尚更見られたくないよお」
「ふーん」
ボクはロッカーの中から着替え用のショーツを出して両足を通すが、まだお股はバスタオルで隠したままだ。そして腰の所までショーツを引き上げてから、バスタオルを外した。
「すごーい。結局全然アレの存在を確認できなかった」
「実はもう取ってて、女の子のお股になってるから、それを見せたくなかったとか」
「まさか〜」
「でもショーツ穿いた上から、アレの形が見えないね」
「そりゃ、形が見えるように穿いたら変態だよ」
「いや、女の子の下着付けてる時点でそもそも変態だと思う」
「あ、それは認識してるけど」
「ふーん、自分が変態だという認識はあるんだ?」
ブラを付ける。
「へー。自分でホックを留められるんだ」
「かなり付けてるんだね」
「でも、いやに派手なブラだね。そういう趣味なの?」
「お姉ちゃんが買ってきて自分の趣味に合わなかったといって押しつけられたんだよ」
「冬のお姉ちゃんってブラジャーを冬に押しつけるの?」
「なんでも押しつけられる。ボクよくサブリナパンツとか穿いてるでしょ。ああいうのも押しつけられた奴だよ」
「面白いお姉ちゃんだ」
ボクの着替えを裸のまま鑑賞していた奈緒と有咲もそれぞれ自分の下着をつけた。ボクが白黒ボーダーのカットソーを着て、下にジーンズのズボンを穿こうとした時、奈緒が「待って」と言い、「これ穿いてみない?」と言って、自分のスカートを渡した。
「えーっと」
「私着替え何着も持って来てるからさ、スカート1枚貸してあげるよ」
「それとも、冬もスカート持ってきてるんだっけ?」
「今日は持って来てない」
「じゃ、貸してあげるから」
「うーん。。。借りちゃおうかな。ありがとう」
「明日もそれ穿いておきなよ」
「うん」
それでボクは奈緒から借りたピンクの花柄の膝丈プリーツスカートを穿いた。「やっぱりスカート姿似合ってるなあ」と奈緒。
「ほんとに違和感全く無いね」と有咲。
部屋に戻ると、もう食事の時間ということだったので、部屋に残っていた子たちと一緒に食堂へ行った。ボクはスカートを穿いていることを誰かに指摘されるかなと思ってドキドキしていたのだが、誰も何も言わないので少し拍子抜けする。
食事する場所は、庭に面した全面フランス窓の(昼間なら)景色の良さそうなレストランであった。テーブルに適当に座る。座るとスタッフの人たちが食事を運んで来る。この時間、うちの学校で貸し切っているようである。
安曇野らしいおしゃれな雰囲気のレストランだったが、食事もセンスが良く、都会育ちの小学生が食べやすい、洋風の料理だった。今日見てまわった所の感想や学校でのことなどを話す。近くに男の子たちがいるので、お部屋で話していた時のような、男子の見定めや恋バナなどはあまり出さない。
そんなことをしていた時、近くを通った担任の先生が
「あれ?唐本さん、今日はスカートなんだ」
と言う。
「あ、さっきお風呂行ってからこれに穿き換えました。でもボクがスカート穿いてても、誰も何も言わないんです」
などとボクが答えると
「あ、そういえばスカート穿いてるなとは思ったけど、冬ちゃんがスカート穿いてても別に何の問題も無いよね」
と隣のテーブルの協佳。
「私がスカート穿いてても話題にならないのと同じだよね」と夢乃。
「いや、あんたなら話題になる」とそばから突っ込みが入る。
夢乃は完璧なパンツ派で、彼女がスカートを穿いているのは見たことが無い。
「だいたい夢ちゃん、スカート持ってないのでは?」
「えー?2年生頃に穿いてたのあるけどなあ」
「それ絶対もう穿けないって」
「冬ちゃん、昔のスカートとか取ってる?」
「サイズが入らなくなったのは適当に処分してるよ。ボクも2年生の時のあったけど、こないだ穿いてみようとしたら穿けなかったから、ボランティア団体の古着回収に出したよ」
「なるほど〜。少なくともその頃にはスカート穿いてたんだね」
「うーん。。。無理矢理穿かされたというか」
「ああ、冬ちゃんって、無理矢理スカート穿かせたくなる子だよね」
「そうだ!冬ちゃんスタイルいいしさ。来月の運動会でチアガールやらない?」
「あ、冬ちゃんって運動神経は悪いけど、リズム感はいいよね」
「そういえばミニモニ。とか歌いながら踊ってたね」
「冬は振りを一発で覚えちゃうんだよ」と有咲。
「それは頼もしい」
「そうだなあ、やってみようかなあ」
ということでボクは翌月の運動会のチアのメンバーに組み込まれることになった。
食事が終わった後も、仲良しグループで一緒の部屋に入っておしゃべりを続ける。協佳がトランプを持ってきていたので、ボクたちのグループと合同でナポレオンをやった。ルールを知らない子もいたので、協佳が最初自分がナポレオンになり、説明しながら1度やってみる。それでだいたいみんな要領が分かったので、後は立候補・競り方式でナポレオンを決めて、ゲームをしていく。
「有咲って顔に出る〜」
「夢ちゃんのハッタリはすぐバレルね」
「初美、意外にポーカーフェイス」
「冬ちゃんがナポレオンやると、勝率高い」
「あ、それは今日スカート穿いてるからだよ」
「何それ?」
「冬は女の子の服を着ると、頭もよくなり運動神経もよくなる」
「へー」
「4年生の時に鍾乳洞の中で迷子になった時に、女の子の服に着替えたら突然帰る道が分かって、出てこれたんだって」と奈緒。
「すごっ」
「冬は女子の服を着せると、足が速くなる」と若葉。
「なに〜?」
「それって、冬は絶対男子選手にはなれないってことだよね?」
「そうそう。冬はそのうち性転換して女子選手になるんだと思うね」
「あ、でもピアノうまいしピアニストなんかもいいんじゃない?」
「ああ、冬は女の子の服を着せるとピアノ演奏もグレードアップするよ」
「おお、すごい」
ナポレオンで2時間遊んだ後、ダウトや七並べなどもしていたら、やがて就寝時間になる。担任の先生がやってきて「はーい。自分の部屋に戻って寝よう」
と言った。ボクは奈緒・有咲とハグしてから、自分の部屋に戻った。
「ただいま〜」と言って部屋に入るが、来島君がギョッとした顔をする。
「どうしたの?」
「あ、唐本か。びっくりした−」
来島君は今ちょうど着換えている最中だった。
「ごめーん。着替え中だったね。後ろ向いておくよ」
と言ってボクは後ろを向く。
「いや、唐本が着替える時に俺たちが後ろを向いてないといけないよな」
と上田君が言っている。
「そうかなぁ」
「いや、そもそも今女の子の服着てるし」
「でも中身は男の子だから気にすることないよ」
「ほんとに男の子なの?」と秋元君。
「なんで〜?」
「だって、唐本って体育の時間の着替えの時に、しばしば女の子パンティ穿いてるよな?」
「チラっと見ると、チンコ付いてないようにも見えるんだけど」
「え〜? おちんちんは付いてるけど」
「唐本、トイレもいつも個室だよな」
「うん。立ってしてるの見たことない」
「何人かに聞いてみたけど、唐本のチンコを見たことのある奴は誰もいない」
「そんな、人に見せるようなもん?」
とぼくは笑って言う。
「男同士はチンコを握り合って友情を確認するんだよ」と秋元君。
「やだ〜、そんなの」
「女同士だと何するんだろ?」
「やっぱりおっぱいの触りっこ?」
「ああ、有咲や奈緒とはおっぱい触りっこしてるけど」
とボクが言うと
「何〜!?」
「触ってるだと〜!?」
と凄い顔で言われた。ボクは一瞬タジタジとなった。
結局3人が後ろを向いていてくれた間にボクはカットソーとスカートを脱ぎ、体操服に着替えた。
「着替え終わったよ〜」
「じゃ、おやすみ〜」
「おやすみ」
ということで、その日はぐっすり眠った。ボクはまだその頃は自分の中に「自分は女の子」という意識があまり育っていなかったので、男の子たちと同じ部屋で寝るのも全然平気だった。
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【夏の日の想い出・小6編】(1)