【夏の日の想い出・赤い服】(4)
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7月20日(水).
全国の多くの小中高校で終業式が行われ、学校は夏休みに突入した。
富山県南砺市在住の観音倭文(かんのん・しず)は、友人たちに「さよなら」を言い「頑張ってね」と激励されて教室を出る。昨日までの内に荷造りを終え、荷物を積んで校庭で待っている母の車に乗った。そして一路富山空港に向かう。
待機していたHonda-Jet
Tigerに母と一緒に荷物ごと乗り、熊谷に飛んだ。SCCの車に荷物を積み替えて、17時頃五反野の女子寮に到着。入寮した。彼女はA201に入った。
お母さんはこの日寮の部屋に一緒に泊まり翌日部屋の片付けや必要なものの購入などを手伝ってから富山に帰った。
一方、兵庫県尼崎市在住の守口清美は、同様に級友たちに見送られて両親の車に乗る。そして両親が交替で運転して、20時頃、五反野の女子寮に到着。入寮した。彼女はA202に入った。
両親はこの日はホテルに泊まるつもりだったが、花ちゃんが
「“メゾン・ドゥラ・カデット”に泊まっていいですよ」
と言ったので、夫婦でそちらに泊まった。
そして翌日7/21娘の新しい生活の準備を手伝い、夕方帰って行った。
夏休みが始まったので、七石プリム(杉本ひかり)は女子寮に“移動”になった。
「すみません。ドアが開かないんですが」
と、ひかりは学校から帰ってきてから言った。
「ああ。ひかりちゃん、夏休みの間は女子寮に移動ということになってるから向こうに帰って」
と寮母の門脇さん。
「でも部屋に荷物が」
「荷物は移動されてるはず」
「え〜〜!?」
ということで、学校から帰ったままのセーラー服姿で(「こんな格好で恥ずかしいよぉ」と思っている)女子寮に行ってみると寮母の天羽さんが
「ひかりちゃん、いらっしゃい。あなたの部屋はA608ね」
ということで、天羽さんに案内してもらって1号館6階に上がる。それでA608のドアは、ひかりのidカードで開いた。
「じゃ困ったことあったら言ってね」
「はい。ありがとうございます」
ということで中に入ってみると男子寮の部屋に置いていた荷物が完全に同じ配置で置かれているので「すごー」と思うと同時に
「ぼく夏休みの終わりに本当に男子寮に帰してもらえるのだろうか」
と物凄く不安に思った!
このまま女子寮に移動になり、女子生徒としてこちらの中学に通ってとか言われないよね?
(↑今でも女子生徒として中学に通っている気がするか?)
ちなみにひかりは、最初佐々木マネージャーがひかりの性別を勘違いして(正しい認識だったりして)、女子寮から近いE中学の女子制服を作って送って来ていたので、今着ている世田谷区F中学の女子制服だけでなく、足立区E中学の女子制服も持っている。
だから、こちらに転校しても問題無く通える!
青葉は7月20日に記者会見を開き、昨日妊娠による休養が発表されたことについて、現役選手の身なのに、うっかり妊娠してしまったことを陳謝した。しかし青葉が既に入籍を終えており、近い内に結婚式もあげるということで世間は歓迎ムードだったので、コスモスも私もホッとした。これでアクアのアルバムの作業はこのまま進められる。
記者会見の最後で記者の質問に答える形で、青葉は出産後練習を再開してパリ五輪を目指します、と言ったが、あくまで修辞の範囲だろうと、多くの人が思った。
さて、そのアクアのアルバム制作作業は元々日程に無理があったし、11日以降、青葉の妊娠が判明したことから更に遅れていて、このままだと編曲の仕上がり終了が8月15日くらいになりかねず、アクアの日程が取れなくなることから年内の発売は絶望的になるかも・・・という感じになってきていた。
コスモスはやはり、一部の楽曲を醍醐先生にお願いしようと思い始めたのだが、18日頃から青葉のペースが上がったのである。
コスモスは青葉の身体を心配して南田容子に電話してみた。
「大宮万葉先生、ご無理なさってないよね?」
「はい。大丈夫です。火水と土曜日(7/12,13,16)は、醍醐春海先生が深夜まで付き合って下さったんですよ」
「ああ、なるほど」
千里さんも、自分でも代理の編曲作業をしながら、よく青葉さんの作業のフォローまでするなとコスモスは思う。しかも“別の”醍醐先生だと思うけど、東京のスタジオで制作指揮を執っているものの経験不足の花咲ロンドの相談にも乗ってあげている。
「日曜日は醍醐先生は盛岡に結婚式の日取りとかの打合せに行かれたのですが、桜蘭有好(おうらん・あるす)先生が夜遅くまで付き合って下さいました」
「は?」
それは青葉ではないのか?
「大宮先生がやはり夜中までやってるの?」
「大宮先生は21時でお休みになりますよ。だいたい、午前中と夕方から大宮先生が作業なさって、午後と深夜が桜蘭有好先生なんです」
「うーん・・・」
「大宮万葉先生と桜蘭有好先生の見分け方、だいぶ分かりました。大宮万葉先生は左利きで、桜蘭有好先生は右利きなんですね」
「へー!」
どうも“何かが”起きてスピードアップしたようだが、別に青葉さんが無理しているわけではないようだとコスモスは判断し、細かい問題は、いいことにした!
女子寮の看護師・山口さんから、杉本ひかりに電話があった。
「女子寮では、寮生のみんなに生理用品は無料で希望の銘柄のものを配布してるんだけど、あなたは何使ってる?」
「あ、はい。センターインのコンパクト1/2無香料ふつうの日用です」
(↑随分スラスラと答えるね)
「多い日用は?」
「私、あまり重くないので使ってません」
「了解。今在庫ある?」
「あ、少なくなってきた所です」
「じゃ配送システムに載せてあげるね」
「ありがとうござます」
「少なくなったら部屋の中のオーダーシステムで頼んでね。無料で届けるから」
「分かりました。ありがとうございます」
5分ほどで部屋の前に荷物が届くので出てみるとお届け袋がある。部屋の中に持って来てから開けるとナプキンが入っている。
「わあ、着けてみよう」
と言って、トイレに行き、開封すると、1個取り出して袋を破りシールを剥がしてパンティに取り付けてみた。
(↑使い方は知っているようだね)
それでパンティを穿くと不思議な気持ちである。
「生理の日を決めてカレンダーに印付けとこう。それとナプキン入れを買っておかなくちゃ」
と、ひかりは楽しそうに“初めての生理”を体験した。
ちなみに山口さんは1日から女子寮に滞在している立山煌には生理用品の銘柄など聞いたりしていない!(葉月と龍虎は「在庫があるから大丈夫です」と言った)
7月22日(金).
千里3が参加していたバスケットボール女子日本代表の第3次合宿が終了した。ここで1名落とされた。残りの14名で次の合宿を行う。
7月23日(土).
昔話シリーズ第7弾・倉田ミチコ主演『小公女セーラ』が放送された。若手女性タレントの注目株のひとりだけに、まあまあの視聴率となった(*42).
令和の時代に合わせて物語は、かなりソフトな設定に変えられている。
ミンチン先生はそんなに意地悪ではない。父親が亡くなり、授業料が払えなくなったセーラを本来なら放り出すところを、
「女の子がひとりで生きていくのは大変」
と“同情”して、屋根裏の部屋を与え、学園の雑用をさせて多少の給料まであげている、という設定である。未払いの授業料についても『出世払いでいいから、子供があまり気にしないように』などと大らかに言う。
ラヴィニアもそんなに意地悪ではない。セーラが生徒から使用人になり、図らずも自分が学園女王の座に返り咲いたが、『ゆとりのある者は苦しい人を扶けるべき』と言って、親を亡くしたセーラに同情してジェシーに言って、古い教科書や筆記具を含め、色々物を届けさせたりしている。
もちろんアーメンガードは、父親を亡くしたセーラを励まし、心の支えとなり、ロッティと3人で遊んだりもしている。
要するにみんないい人になってる!、
ただセーラがそれまで贅沢な生活をしていたのが、父親を亡くし、生活が色々不便になったし、まだ16歳(原作では11歳:倉田ミチコの実年齢は18歳)なのに自分の食い扶持を自分で稼がなければならなくなったというだけで充分悲劇は描かれているのであり、意地悪されるのは蛇足という面もある。
「これだけ学校でのいじめが問題になっている時代に、主人公がひたすらいじめられるという展開は、もう許されないのかもね」
と多くの視聴者が感想を述べた。
このドラマの主題歌はセーラを演じた倉田ミチコが歌い、7月20日(水)に発売された。
(立山煌と同じ日である。デイリーランキングでは倉田1位、立山2位だったが、ウィークリーでは逆転した。これは立山煌のファン層は30代の山ガールたちがコアになっていて、反応が遅いためと思われる/倉田ミチコのファン層は中高生男子)
次回はネルネル主演・白鳥リズム共演・“話題の”左座浪源太郎助演、3時間スペシャルと発表され、大いに期待が高まった。
(*42). 視聴率が制作側の期待したほどではなかったのは、主演者と物語の相性問題があると見られた。つまり『小公女』が圧倒的に女子に人気の物語で、この手の物語に男子はあまり興味が無い一方で、倉田ミチコのファン層は圧倒的に男子であり女性ファンは少なく、ターゲット層がずれていたのである。
これに対してUFOの『注文の多い料理店』やスパイス・ミッションの『ブレーメンの音楽隊』は誰でも知っている話だったので高視聴率が取れた。またこれらのユニットは女性ファンも結構いる。女子中高生たちはUFOやスパイス・ミッションのファッションに敏感である。UFOのオクが付けてたカバのイヤリングが人気になって品切れを起こしたりした。ネットライブの観客も2-3割が女性である。
また先日の織田淳二君の『小公子』の場合、織田淳二君は女性ファンが多いが『小公子』は女性も読んでいるので、うまく行った。
つまり読者層の男女比に開きがある物語は出演者に工夫が必要であることを制作チームは認識するに至る。
アクアのアルバムであるが、7月18日頃から編曲者大宮万葉(青葉)のペースが上がってきて、これなら、何とか月末までに全曲仕上がるかもしれないと思われたものの、結果的に演奏者の負荷があがる!
実質的な制作指揮をしている花咲ロンドは、演奏者の人たちには、自分の出番でない時は、寝ているように言い、スタジオ管理人さんに男女別の仮眠室を設定してもらって、休むようにさせた。またサポートのミュージシャンを追加して、ヴァイオリンやフルートは交替で入ってもらうようにした。
また実はエレメントガードのベース奏者が、エレメントガード結成以来担当してきたエミ(柿田江美 1989)が12月に結婚するので引退したいと言っていた。それで後任の人選を進め、ライブサポートで入ってもらったことのある、望田寿子(1999) を選び、今回のアルバム完成後に交替する予定だった。しかしギターのヤコとベースのエミの疲労が激しいので、彼女に早めに来てもらい、適宜ギターとベースを弾いてもらうことにした。
望田寿子(ヒサ)はギターもベースも上手い。実はキーボードも上手い。更にフルート・クラリネット・サックスにトランペットとホルンも吹くという、万能プレイヤーである。中学高校の吹奏楽部では“便利屋さん”だったらしい。ただトロンボーンが苦手というのは、音程感覚がやや弱いのだろう。しかし彼女は他の人の演奏の雰囲気に似せて弾くのも上手く、今回とても役に立った。
エミは昔ヤコと一緒にサイドライトというバンドをやっていて、その縁でヤコが勧誘してエレメントガード結成に参加させたもので、これでエレメントガードのオリジンルメンバーはヤコだけとなる。またバックバンドの平均年齢は2.5歳若返ることになった。
そのようにして、演奏者のほうは何とかやりくりするものの、アクアの替えは利かない!
アクアが歌唱している内にリズムキープできなくなり、そのまま崩れるように椅子からずれ落ちた。
「アクア!」
「龍ちゃん!」
驚いてみんな駆け寄るが、眠っているようである!
「歌いながら眠ってしまうって凄い」
「過労状態だからなあ」
たまたま陣中見舞いに来ていた千里が
「私が部屋に連れてく」
と言ってアクアを抱きかかえると部屋を出て行く。
「1時間くらい休憩!皆さんも仮眠してて」
と花咲ロンドが宣言する。
一方アクアを抱いて新館6階まで行った千里は609号室のドアホンを鳴らし
「龍ちゃん開けて。龍ちゃんが眠っちゃった」
と言う。アクアが出て来てドアを開けてくれる。千里はアクアを抱いたまま中に入る。アクアがベッドの毛布・布団をめくってくれたので、千里は抱えてきたアクアをベッドの上に寝かせる。そして毛布・布団を掛けてあげた。アクアは熟睡しているようだ。
「この子、歌いながら眠っちゃったんだよ」
「ああ、それぼくもやったことあります。じゃ今度はぼくが行きますね」
と言ってアクアが部屋を出ようとするので千里は止めた。
「1時間くらいお休みになったから少し休んでなよ」
「確かに倒れてすぐ出て行ったら心配するかな」
「そうそう」
「ところで千里さん少し相談があるんですけど」
「うん」
「ぼくたちどちらも龍虎だし、どちらもアクアでしょ?紛らわしいから名前変えてよなんて意見もあるんですけどね。例えば龍虎と龍美とか。でも龍虎は自分の名前だから、たとえ女らしくない名前だと言われても譲りたくないんですよ。それともし片方が名前を変えたら、龍虎でなくなった側は偽物ということになる気がして」
「まあ龍虎と龍美とか、あるいは龍男と龍虎とか、片方が名前を変えたら、その瞬間、変えた方は消滅するだろうね」
「やはり?千里さんに相談して良かった」
「やるとしたら、私がやってるみたいに各々にサブネームを付けちゃうことかな」
「ザブネーム?」
「アメリカでは、息子がお父さんと同じ名前。娘がお母さんと同じ名前というとこがよくある」
「そういえば、ビル・ゲイツのお父さんもお祖父さんもビル・ゲイツですね」
「そういう家庭ではお互いをミドルネームで呼び分けている(*43)」
「なるほどー。龍虎はあくまで龍虎で、それに付加的な名前を付けるわけですか」
「そうそう。Fは龍虎・不撓不屈で、Mは龍虎・真一文字とか」
「それ凄く嫌な感じなんですけど」
とアクアは本当に嫌そうに言う。
(*43) 千里は勘違いしている。実際には、ビル・ゲイツの父・祖父・曾祖父が全員、ミドルネームまで同じなので、ミドルネームで呼び分けることはできない。(ビルはウィリアムの愛称)
William Henry Gates (1955-) Microsoft創業者 "Trey"
William Henry Gates (1925-2020) 父。弁護士
William Henry Gates (1891-1969) 祖父
William Henry Gates (1860-1926,異説1857-1928) 曾祖父。家具屋経営
Joseph Stanton Gates (1811?-1863) 高祖父
Microsoft創業者のビルは"Trey"と呼ばれていたらしい。つまり家族内での何らかの呼ばれ方があったようである。なお、Microsoft創業者のビルには娘が2人と息子が1人いるが、息子はRory John Gatesで、Williamではない。
「私たちの場合はこう名前を付けている。これケイには秘密ね」
と言って、千里はホワイトボードに書いた。
千里1 Blue->Brenda
千里2 Red->Rose
千里3 Yellow->Yuri
「最初私たちは、赤・青・黄・白の4つに分裂した。それで初期の頃はそのまま赤・青・黄・白、あるいはRed, Blue, Yellow, White と呼んでたけど、頭文字だけ同じにして、もっと人間の名前っぽいものにしようよと話し合って、Brenda, Rose, Yuri という名前を決めたんだよ」
「へー」
と言ってからアクア(多分アクアF)は尋ねた。
「あれ?白は?」
「死んだ」
「え〜〜?」
2017年のクロガーとの対決の時、クロガーと相打ちする形で死んだのが白である。
「人が分裂するのは、そういう場合に備えてのことだと思うね」
「うーん・・・・」
アクアは指を数えていた。
「その説明はおかしいです。千里さんは現在でも4人以上います」
「どうしてそう思う?」
「1人は浦和の家に居て、妊娠しています。ひとりは東京に居て、アルバム制作のお手伝いをして下さっています。ひとりは富山に居て、妊娠なさった青葉さんのヘルプをしています。この東京の人と富山の人が、映画制作中に交替で顔を出していた人だという気がします。他にバスケットの女子日本代表をしている人がいます」
(実際は妊娠中が2A, 東京に居るのが6, 富山に居るのが4, バスケット日本代表をしているのは3. 龍虎は海外に居る1,2Bに気付いていない。むろん司令室の5など全く知らない。他に帰蝶・青龍・朱雀・天后・円(まどか)・虚空などが千里の振りをしていることがある。7番“魔女っ子千里ちゃん”は大人の姿で現れることは(多分)無い)
「龍ちゃん鋭いよ。実は2番が分裂しちゃったんだよ」
「え〜?」
「2A、2Bと呼んでるけど、元々2番には2つの人格が共存していたのが別れただけ。自然な分裂だと思っている。実を言うと、当初分裂した3人がいったん統合されてたのが再分裂する時、心と体の組み合わせが混線してしまったんだよね」
「ああ、やはり統合されることもあるんですね?」
「龍ちゃんも今FとNが統合されているのに近い」
「やはりそうですよね?」
千里はホワイトボードを消して書き直した。
千里1 Brenda Blue-w/Yellow
千里2A Paula Blue-s/Red
千里2B Olivia Yellow2/Red
千里3 Yuri Yellow1/Blue
「統合されている間にBlueは弱いBlue "Blue-weak" と強いBlue "Blue-strong"に分裂していた。Yellowはパワーが大きくなりすぎて1人の人間として存在できる限界を超えてYellow1, Yellow2 に分裂した。これは心の話。でも体は3つしかないから、2A, 2Bが同じRed の体を共有していた。それが2が妊娠したのをきっかけに肉体的にも2つに分裂してしまった」(*44)
「うーん・・・」
「まそれで2番が使っていた名前 "Rose" は廃止して、Blue on Red をPurple からPaula, Yellow on Red をOrange からOlivia と名付けた」
「ああ。分裂したらどちらかが名前変えるんじゃなくて両方変えるんですね」
「そそ。そのほうがマシ」
アクアはしばらくホワイトボードを見ていたが言った。
「先生、質問です。Redの心はどこに行ったんです?」
「君はほんとに鋭いよ。それが千里4。“最強の千里”Red からRobinだよ」
「その人の身体は?」
「別に身体とか無くてもいいんじゃない?」
「うーん・・・」
「1〜3が身体をキープしてるから、それ以上はエイリアスとして存在している」
「へー」
「龍ちゃん、もし身体を無くしたら、心だけで生きて理史君と結婚しなよ」
「はい!」
「心だけで生きる方法はバトラーの名著『魔法修行』に書かれている」
「読んでみようかな」
「でも気をつけてね。私の友人がこの方法で一時的に身体から心を分離した後、身体に戻れなくなって、身体が数時間死んでいたのと同じ状態になった結果、身体に重い障害が残ったから」
「こわ〜!」
「自分の身体が死ぬか消滅する時までは決して安易に試してはいけない」
「一発勝負ですね」
「ま、そんなものだね」
「ま、それもジョークだけどね」
と言って千里はホワイトボードを消した。
「どこまでがマジでどこからジョークなんですか〜?」
「千里は99%のジョークと1%の嘘でできている」
「真実は?」
「真実なんて幻想に過ぎない。そんなものは現実には存在しない」
「・・・そうかも」
「丸山アイとか凄い。彼は30%のジョークと70%の嘘でできている」
「アイさんには、いつも欺されます!」
「あはは。だから彼は日本最強の霊能者なんだよ」
と千里は明るく言った。
「ま、実際には千里2の身体は元々千里4の身体のコピーだったんだよ。コピーで少し耐久性が無かったから、妊娠を機に崩壊した面もある」
「つまり4番さんはRedの心と身体を持っているのか」
「そうそう。だから最強 Red King」
「マジなのかジョークなのか分からなくなった」
「私は99%ジョークだよ」
(*44) 凄く大雑把で不正確な説明だが、きちんと説明するには千里が“火取り”をしてきた時のことから説明を始めなければならないので、多分300行近くを要する(筆者の手元の簡易なメモたけで200行を越えている)。ここに書くには話が逸れすぎるので、そう遠くない時期に、青葉物語のほうで書く。
2Aが夕月を産むまでには書いておく必要があると思っている。
7月23-24日(土日).
第3回ビデオガールコンテストの本選を行った。
参加者は13名でまた例によってHonda-Jetを飛ばして付き添い2名以内(必ず親権者を含む)と一緒に金曜日、熊谷に集めた。
Red 佐賀→藺牟田→熊谷
Deep 米子→熊谷
Yellow 関空→熊谷
Tiger 富山(2)→熊谷
Silver 小牧(2)→熊谷
Gold 花巻(2)→熊谷
Blue 旭川→熊谷
舞音専用のOrange以外全てのHonda-Jetを使用した。これでも足りなければ千里のBlackを借りる!
なお関東から参加した2名はどちらも保護者の車で来場した。
ホテル赤城に1泊してもらい、翌日朝10時から審査を始める。STEP1は各自の部屋で、カメラ・大型モニターを通して行われる。
・ウォーキングテスト(実は緊張をほぐすのが目的で採点はしない)
・その場でモニターに映された400字程度の文章を朗読する。
・1曲歌う(事前に届け出ていた3曲の内のこちらから指定した1曲)
・審査員との質疑応答
全室の回線を繋いでおり、部屋でパフォーマンスしていてもそれが全候補者に見えている。例年パフォーマンスの順序は2次審査の成績順なのだが、今回は13名がほぼ横一線なので、ランダムに審査を行った。
1人7-8分で13人なので2時間ほどで終了する。
STEP2 はダンステストである。昨年まではこれも各自の部屋で行なったのだが、今年は全員をひとつの部屋に集めた。
例によってジュン広多さんが1度だけ踊ったパフォーマンスを見て10分間の練習の後、本番となって、先生と同じように踊るという課題である。コロナ以前ではこの練習の際に、候補者同士不確かな所を確認し合う姿が見られた。昨年・一昨年は個室審査だったのでそれが無かったのだが、今年はやはり教え合う姿が見られた。これはコミュニケーション能力・協調力も評価されることになる。
自分以外はライバルだという考え方の子はここで不利になる。たぶんそういう子は他の事務所向きである。
それで練習の後、実際に全員踊ってもらったが、今年は全員がほぼ完璧に踊って、ジュン広多さんが驚いていた。
「今年の受験生、レベルが高ーい」
普段の年ならちゃんと踊れるのは上位5-6人である。
やはり“舞音効果”で受験生が増えたこと、そして地方ガールズの制度が働き全体のレベルが高くなっているのだろう。
各自の部屋に戻り、お昼を取ってから午後の最終審査に進む。
最終審査は14時から熊谷分室の小ホールで始めた。STEP1とは別のランダム順にパフォーマンスしてもらう。審査員は9名である。
ケイ(§§ミュージック会長)、秋風コスモス(同社長)、川崎ゆりこ(同副社長)、シックスティーンの羽鳥編集長、スリーピーマイスの長丸穂津美、漫画家の平野麗子、作詩家の永田令子、§§ミュージックから品川ありさと白鳥リズム。
未発表の楽曲の譜面が13個用意されて封筒に入っている、
最初に恋珠ルビーが出て来て1曲歌う。歌い始めた所で最初の候補者が封筒を開けて譜面を読む。そして恋珠ルビーの歌が終わったら、最初の人がステージに出て行き、今読んだ譜面の曲を歌唱する。歌い始めた所で2番目の人が封筒を開けて自分に渡された譜面を読む。
これは他の人が歌っている中で初見の譜読みをして歌うという集中力が問われる審査である。最初にルビーが歌ったのは、先頭の人を他の人と同じ条件にするためである。
今回、全員がほぼ間違わずに歌唱した。
「なんてレベルが高いんだ!」
と羽鳥編集長が言った。
「全員合格にしたい」
と長丸穂津美。
「でも優勝は目に見えて明らかだった」
と永田令子さん。
「まあ皆さん同じ感想でしょうね」
と品川ありさ。
参加者には、いったん各自の部屋に戻ってもらった。
審査員は全員自分の付けた順位を端末に入力する。それで新増沢方式に準じたロジックで最終的な順位が決定される。
1位になったのは、全審査員が1位を付けた湯谷薫さん(中3/青森県むつ市)である。2次審査(リモート審査)で一般参加から唯一人1位になって本選に出て来た子である。やはりこういう子がいるから、ビデオガールコンテストもやめられないと私とコスモスは話した。
以下は契約の話になるので、ケイ・コスモス・ゆりこ以外の審査員は退席する。リズム・ありさはルビーと一緒に五反野に戻った。
湯谷さんは中3なので、デビューしてすぐに高校生になることになる。でも今の時点でも既に即戦力と思われるので、1月を待たずにデビューさせてもいいよね?と私たちは話した。
その湯谷薫さんを呼び出す。
本人と両親が入ってくる。本人は赤いブラウスに白い膝丈キュロットを穿いている。両親は、対照的な夫婦だなと私は思った。お父さんは190cmくらい、体重も100kgくらいありそうだ。でも肥満ではなく筋肉質の身体である。漁師さんか林業関係あるいは体育の先生とかだろうかと私は思った。一方でお母さんは小柄で150cmあるかどうか。体重も40kgあるかどうかという感じ。でも美人だ。薫ちゃんはお母さん似のとても可愛い子である。身長も152-153cmで、体格もお母さんに似たようだ。
「おめでとうございます。湯谷さん、あなたが優勝です」
「ほんとですか!嬉しい!!」
と彼女は大喜びである。両親も笑顔である。
「契約しますか?」
「はい、お願いします」
それで私たちは湯谷親子と契約書類を交わした。
「でもこいつの就職先を心配しなくて済むみたいでホッとしました」
とお父さんは言った。
「やはり地元は、なかなかお仕事少ないですか?」
と私は尋ねる。
書類を確認するが、青森県むつ市川内町と書いてある。
「この町の読み方は“かわうち”ですか“かわち”ですか、あるいは“せんだい”ですか?」
「読み方は“かわうち”です。山ばっかりの町で、高校に通うのにバスで1時間くらい掛かるんですよ」
「結構中心部と離れているんですね」
「湯野川温泉って小さな温泉があって、観光客が少々来るくらいで」
「ああ、その温泉の名前は聞いたことあります。そこ確か漫画家の藤崎竜さん(封神演義などで知られる)のご出身地ですね」
「実家が近所でした」
「おお、そうでしたか!」
「他に、ずっと昔『飢餓海峡』って映画に、こちらの温泉が出て来たことあるんですよ」
「名作映画ですね」
「その映画が撮られた頃は鉄道も走ってたんですが廃線になって、国鉄バスが走ってましたけど廃止になって、村営バスが走ってましたが倒産して」
「大変ですね!」
「一応民間の会社が引き継いでくれたのですが、いつまでもつことやら。昔は高校も町内にあったんですが、大湊の高校に統合されて、スクールバスで1時間くらい掛けて通わないといけないんですよ」
「ほんとに大変だ」
「私は昔は大間で漁師をしていましたが、今は林業やりながら温泉関係の仕事もしてます。長男は私の昔の友人のツテで大間に出て漁船に乗ってます。次男は八戸まで出て、電気工事関係の仕事してます。長女は女房に似て頭が良くて青森の高校に入って。あ、女房は中学教師をしてるんですよ。それで長女は盛岡の大学に行きたいと言ってまして」
「それは優秀ですね」
と言うと嬉しそうだ。どうも長女さんはお父さんの自慢の子のようだ。でもなるほど奧さんは学校の先生か。
「次女は長女ほどは頭が良くないものの、剣道が強くて全国大会まで行ったんですよ」
「それはまた凄いですね」
その次女さんもお父さん自慢の子のようである。きっと次女さんはお父さんの体格や運動能力を引き継いだのだろう。
「町に仕事が無いから、長男も次男もよそに出て行ったし、長女は青森の高校だし、次女も高校出たら、青森に出たいと言ってて、みんな出ていく。こいつは成績も悪くて、町に出ても仕事無さそうだし、といって地元で仕事探すにも、腕力無くて畑も耕せないし、温泉客のお膳とかも2個持てないし、船に乗せても船酔いするし、木にも登れないから営林関係の仕事もできないし、背も低くて女みたいに華奢な身体付きで、女みたいに非力で困ったもので。俺の頭と女房の体格を引き継いだんですかね」
ゆりこが噴き出した。
「あのぉ済みません。“女みたいに非力”って、こちらお嬢さんですよね?」
と私は訊いた。
「え?男ですが。でも確かにこいつ、よく女に間違われるんですよ。お前、いっそ金玉取って性換転(←お父さんの発言ママ)して女になった方が使えるかもしれんぞとかよく言うんですけどね」
コスモスが頭を抱えている。ゆりこはとても楽しそうである。
「あのお、これは女の子のアイドルを選ぶオーディションなんですが」
「え〜〜〜〜〜!?」
と両親も本人も驚いている。私は冷静に観察したが、本人の驚きは演技ではないと思った。もしこれが演技なら名優として逆にスカウトしたい。しかし全く知らなかったのか?
私とコスモスは彼女、いや彼の生徒手帳のコピーを確認した。性別が“男”を斜線で消しているように見えるのだが、むしろ男にチェックマークを付けているようにも見えないことはない。何だかどっちにも取れる状態だ。でも写真はセーラー服を着ているように見えるけど!?
「知らなかったの?」
「はい。済みません。応募するのから手続きとかも全部下の姉がしていて、私は姉に言われた日時に参加していたので」
「“ビデオガールコンテスト”というタイトルも見てなかった?」
「そういうタイトルだったんですか!」
と本人はマジで驚いているようだ。
これは西宮ネオンと同じパターンだなと思った。彼の場合もお姉さんが全部手続きしていたので、本人は女の子のオーディションとは知らずに本選まで来てしまったのである。
「姉自身も1次審査は通ったのですが、2次で落ちました」
と薫ちゃんは言っている。
1次審査が通ったということは、かなり優秀な人である。西宮ネオンの場合も一緒に応募したお姉さんはブロック予選で落ちている。しかしあの当時と今では応募者の数が違う。当時は都道府県大会は10分の1くらいの確率で通過できた。今年の1次は600分の1の確率である。剣道で全国大会まで行ったのなら、きっと結構な長身なのだろう。長身というのは目立ちやすいから有利だ。多分剣道で鍛えた運動神経でダンスも上手いのだろう。私はそのお姉さんにも興味を感じた。
「でも君、スカート穿いてるよね?」
「え?これショートパンツですが」
いや、キュロットに見えるぞ。そんな裾の広がったショートパンツがあるか?
「でもウォーキングテストの時は、普通の膝丈スカートだったよね?」
「はい。足の動きがよく見えるように膝丈か膝上のスカートでということだったのでスカート穿きました」
「普段もスカート穿くんだっけ?」
「ええ。わりと穿きます。うちは上から、兄兄姉姉、そして私なので、だいたい姉のお下がり着てたんです」
「なるほど」
男の子が2人着た服はもう使用不能な気がする。女の子2人ならまだ行けるだろう。
「だからスカートは普段着という感覚なので、小学校時代は時々スカートで学校に行ってましたし、中学でもチア部でミニスカート穿いてパフォーマンスしてます」
「ああ、ダンスが上手いのはチア部で鍛えたのね」
「はい。チア部の部長をしてます」
「凄いね!」
あの動きなら部長にもなるだろう。でもスカートに抵抗が無いわけだ!スカートが普段着というのはアクアと同じパターンだなと思った。このいう男の子は時々居る。アクアは男の子かどうかが微妙だけど!
「君の生徒手帳の写真はセーラー服着ているように見えるね。学校にもセーラー服で通学してるの?」
「いえ。私が入学した年はコロナのせいで3月から5月まで学校が休みで」
「ああ」
「学校には登校できないけど、身分証明書として生徒手帳は必要だからということで、各自写真を提出して、それで生徒手帳を作ってもらったんです。でもうちの町、写真屋さんとかもないし、ありあわせの写真を提出したので、私の学年の子はみんな私服で生徒手帳の写真貼られてるんですよ」
なるほど。これは私服な訳だ。それにしてもセーラー服に見えるけど?
「そしたら、こいつ失格ですか?それともすぐに女になる手術受けさせましょぅか?」
などとお父さんは言っている。
私とコスモスは2〜3言、ことばを交わしてから、コスモスが言った。
「薫さんはとても優秀な方なので、芸能契約はこのまま有効ということにさせて下さい。ただ、コンテスト自体は応募資格外だったということで、優勝は取り消しということになります」
「だったらこいつの身分は?」
「うちの事務所のタレント予備軍の、信濃町ガールズという組織があるので、そのメンバーに参加してもらうということでもいいですか?それで様子を見て、歌手デビューできそうならデビューしてもらうということで」
「ガールズということは、やはり女になってからですか」
「いえ、ガールズといっても歴史的な経緯でそういう名前になっているだけで、メンバーには男子もいますし、そのまま男性歌手としてデビューする人もいるんですよ」
「じゃ、別に女になる手術しなくてもいいんですか?」
「はい。男子のままでいいですよ。デビュー保証が無くなるだけです。信濃町ガールズのお給料は毎月最低20万円です。たくさんお仕事した時はその分、多くなります」
「ああ、最低保証付きの歩合制ですか」
「はい、そうなります」
「だったら東京に出て行っても、お前食っていけるな。東京は家賃高いけど、節約してれば何とかなるだろう」
お父さんは東京の家賃の相場を知らないな、と私は思った。
「寮に入っていただくので、家賃は要りませんよ」
「それは素晴らしい」
ということで、1位の湯谷薫さんは、優勝辞退扱いになり、男子信濃町ガールズになることになった。
しかし彼はお父さんから「女になる手術受けさせて」とか言われる度にドキドキしたような顔をしていた。スカート自体好きでよく穿いてるというし、この子、ほんとうは女の子になりたいのだろう、と私は思った。セーラー服を着た写真を提出して生徒手帳を作ってもらったのも、きっと確信犯(誤用)だ!
あるいはこの子の傾向を見て、学校側もそういう写真を許容したのかも?
だいたい、中学3年生にもなって声変わりしてないのは、とっても“怪しい”。
私たちは、彼に渡した書類の中で、女子寮入寮の案内という書類を返してもらい、代わりに男子寮入寮の案内の書類を渡した。
でも女子寮でもよかったりして!?
親子3人は「女の子のオーディションとは知らずに申し訳ありませんでした」と謝ってから退出した。
私たち3人は話し合い、先日花ちゃんから提言があったように、1位が失格しても、2位は“繰り上げ優勝”にはせずに、2位のままにすることにした。
つまり第3代ビデオガールは空位とする。
2位になった松崎典佳ちゃんを呼び出した。彼女と3位の吉坂恵夜ちゃんは僅差だった。松崎さんを2位にした審査員が5人、吉坂さんを2位にした審査員が4人で、きれいに票が割れた。実際には実力はほぼ同じと思われた。
松崎典佳ちゃんはお母さんと一緒に入ってきたがパンツルックである。
「松崎典佳さん、あなたは2位でした」
「ほんとですか?嬉しいです。なんか凄い人ばかりだから、最下位じゃなかろうかと思ってました」
「確かに今年は物凄くハイレベルでした」
彼女も一般参加てある。2次予選では、吉坂恵夜さんと同じグループで、吉坂さんが1位、松崎さんは2位だった。その時も僅差だった。本選でも僅差だったが、逆転したようである。
「契約しますか?」
「はい。お願いします」
それで彼女とお母さんが契約書にサインし、契約は成立した。
「でもパンツに穿き換えたんですね」
「はい。審査の時はスカートでお願いしますと言われたのでスカート穿いたのですが、ぼくあまりスカート慣れてなくて、スカート穿いてるとよく転ぶので」
「ああ、なるほどですね」
スカートに慣れてない?“ぼく”?
なんだかゆりこが楽しそうな顔をしている。
彼女?は背が高い。172cmくらいあるだろうか?履歴書には168cmと書かれているが、168には見えない。
私とコスモスは彼女?の生徒手帳のコピーを見る。
この生徒手帳には性別欄が無い!?
でも写真はセーラー服で写っている。。。よね?
「でも松崎さん、背が高いですね」
「いえ、背が低いのが悩みで」
この身長で背が低い??
ゆりこがとても楽しそうだ。
「ぼくバレー部なんですけど、レギュラーの中ではぼくがいちばん背が低いし、ぼくの身長ではブロックとか全然出来ないから、リベロなんですよ」
「ああ、バレーボールだと背の高い選手が多いでしょうね」
「筋力はわりと自信あるんですけどね。兄たちよりぼくの方が力あるし。友だちとの腕相撲では負けたことないし、重量挙げのバーベル40kgくらいまでなら揚げられるし」
「40kgは凄い」
「父の田舎に行った時は、網引くのに参加して『お前凄い戦力になる』と褒められました」
「ああ」
「お前が男なら漁師にしたいと言われましたよ」
コスモスがホッとした様子である。ゆりこは残念そうな顔をしている!
「でも自分のこと“ぼく”と言うんですね」
と私は笑顔で尋ねた。
「女なら“わたし”と言えと言われるんですが、何か“わたし”と言うの、凄い抵抗感があって」
「上にお兄さんがおられるんですね」
「はい。兄が3人なんですよね。兄たちが“ぼく”と言うから、自分でも物心付く頃から“ぼく”と言ってました。服も兄のお下がり着てたからスカート全然持って無くて、今回案内にスカートでと書いてあったから、慌ててスカート買ってきたんですよ」
「制服はスカートじゃないの?」
「うちの学校、女子がスラックスでもいいし、男子がスカートでもいいんですよ」
「それは進んでますね!」
「女子は4割くらいスラックスです。男子の中にも数人スカート穿いてる子います」
「そういう自由化はいいことですね」
「それで生徒手帳も性別欄が廃止されたんです。性別をわざわざ書く必要性は無いじゃんということになって」
「ほんとに進歩的ですね!」
「鹿児島の薩摩川内市(さつま・せんだい・し)(*45) から、いらしたんですね」
「はい。うちの市の名前、だいたい“かわうち”と読まれちゃうし、“せんだい”と言うと、宮城県の仙台かと思われちゃうんですよ」
「よくある間違いですね」
ということで今回のコンテストで1位は青森県の川内(かわうち)、2位は鹿児島県の川内(せんだい)の出身者ということになった。
「父は川内(せんだい)港から50kmほど離れた下甑島(しもこしきじま)(*46) という所の出身で、母は薩摩川内市の隣の、いちき串木野市の出身で、それで川内で出会って結婚してそこに住み着いちゃったらしいです」
「なるほどですね。お母さんはいちきくちきの、あ、ごめんなさい、いしきくしきの、あれ・・・」
「いちき串木野市(いちきくしきのし)は先日“思わず噛んじゃう市の名前ランキング”1位になりました」
とお母さんが笑って言っている。
「なるほどー。“ち”と“し”が、並んでるのがポイント高いですね」
「2位は岐阜県の各務原市(かかみがはら・し)だったみたいですよ」
「各務原はそもそも難読ですけどね」
「ネットの友人にそこに住んでる人がいるんですが、まず読めないし、読み方教えられてもたいてい“かがみがはら”と覚えられちゃうと言ってました」
「そうなんですよ。私も岐阜県出身なんで、その読み間違いをたくさん聞きました」
「ああ、会長は岐阜県ご出身でしたか」
「はい。高山市なんですけどね」
「日本一広い市ですね」
「薩摩川内市は鹿児島県一広い市ですね」
ということで最後は市名論議になった。
(*45) 薩摩川内市の市名の“薩”の字は公式には“産”の上部が“文”ではなく“立”になる文字である。この文字は、パソコンやスマホの機種やOSにより“文サツ”で表示されたり、“立サツ”で表示されたりする。
一応現在の文字コード表では、このコードの標準字体は“文サツ”になっており、“立サツ”はunicodeにも無い。新選漢和辞典(第八版)では“文サツ”が正しい字体であり、“立サツ”は“文サツ”の俗字であるとしている。
(*46) 甑島は公式には「こしきしま」だが、地元ではたいてい「こしきじま」と読まれるらしい。
私たちは3位から6位の子も順次呼びだして、順位を告げた。3〜6位は全員元々地方ガールズで、全員と契約した。
1.湯谷薫 中3 青森県むつ市
2.松崎典佳 中2 鹿児島県薩摩川内市
3.吉坂恵夜 中2 愛知県大府市(東海)
4.杜屋幸代 中1 茨城県水戸市(関東)
5.吉川萌花 中2 富山県氷見市(北陸)
6.石塚舞菜 中3 奈良県御所市(関西)
3位になった吉坂さんは愛知県の大府市(おおぶし)であり、大阪府でも大阪市でもない!
3〜6位になった4人は地方ガールズで、先日の昇格試験リモート試験にも出て来た子で、実力充分ではあっても本選進出がならなかった子たちである。
結果的に昇格試験リモート審査に出てきた子で即戦力と思われた10人の内3人が昇格、3人が昇格保留、4人がビデオガールコンテスト上位で、全員今年中に信濃町ガールズになりそうな雰囲気である。この子たちは昨年までなら優勝争いしているレベルだ。
残りの7名には上位6位までに残念ながら入らなかったことを告げた。8位と9位だった一般参加の子(富山県黒部市・鳥取県江府町)には地方ガールズに入らないかと勧誘した。ふたりとも考えてみますという返事であった。
黒部市から参加の上原加奈ちゃんは、
「それ考えたことあるんですけど、ガールズ北陸のレッスンが行われている津幡まで遠いので」
と言う。
彼女は宇奈月温泉に住んでいるらしい。
「北陸は来月にも各県に2〜3箇所、教室を作る予定があるんだよ。それでネットでつないで、リモートレッスンも受けられるようになる」
「ああ、せめて富山市くらいにでも教室が開かれるなら考えてもいいです」
と言っていたので、参加してくれそうである。それで彼女には北陸の教室ができたら案内を送ることを約束した。
今回落選だったのは、彼女も含めて、次の場所から参加してくれた子である。
北海道旭川市・岩手県盛岡市・埼玉県深谷市・岐阜県岐阜市・富山県黒部市・鳥取県江府町・佐賀県唐津市
彼女たちには、各々に次までに改善してほしい点を伝えた。ただし、旭川・盛岡・唐津の子は昇格試験のリモート審査にも出ていたので「課題は先日も言った通りね」と言っておいた。
落選だった子はこの日の夕方、各地の空港に送り届けた。
Tiger 熊谷→富山→米子
Silver 熊谷→小牧→佐賀
Gold 熊谷→花巻→旭川
深谷市の子は保護者の車で帰った。
合格者6名は、その日はまたホテル赤城に泊まってもらい、翌日午前中に説明会を開いた。
湯谷さんは昨日の契約の時はキュロットだったが、今日は普通のスカートを穿いている!しカラーリップとかまで塗っている。髪にはカチューシャを付けて完璧に女の子の装いだ。
説明会ではコスモスの簡単な挨拶の後、何人かのマネージャーから、タレントとしての心得、守秘義務、生活規律などの説明が続く。また収入が被扶養者の限度額を超えるので、親の健康保険からは外れて、国民健康保険に入ることなども説明された。
説明会が終わって、保護者が別室に移動し、合格者だけの短い談話会になったところで、3位の吉坂恵夜さんから質問があった。
「ところで優勝者は、どなたですか?湯谷さんですか?松崎さんですか?」
「私が1位でしたけど失格しました」
と湯谷薫が自分で言う。
「もしかして年齢不足とか?ダンステストの時、おっぱい小さいなと思ったし。まだ小学生だったとか」
「私、中学生ではあるのですが、男なので」
「え〜〜〜!?」
と全員から声があがる。
「湯谷さんは、女の子のオーディションだと知らなかったらしいです」
と佐々木マネージャーがフォローする。
「でもビデオガールコンテストというタイトルなのに」
「姉が全部手続きしてて、私は全然書類見てなかったので。ごめんなさい」
「でも湯谷さん、中学1年生?まだ声変わりもしてないみたいだし、女の子にしか見えないけど」
「中学3年でーす」
「それで声変わりしてないのは絶対“おかしい”」
「今ダンステストの時の湯谷さんのレオタード姿思い出してみたけど、お股に膨らみとかは無かった」
「私の小さいから」
「だいたいスカート穿いてるし」
「私、スカート大好き。実は制服以外のズボン持ってない。私、チア部の部長してて、音楽の時間はソプラノて歌ってる」
「女の子になりたい男の子かな?」
「わりと、なりたい。お父ちゃんから金玉取れとよく言われてるし、中学卒業したら本当に取りたいなあ。お父ちゃんには許してもらえそうだし。みんなに私の生徒手帳、見せてあげるね」
と言って、自分からみんなに見せている。
「セーラー服で写ってる!」
「セーラー服で通ってるの?」
「一応学生服で通ってるよ。このセーラー服は、お姉ちゃんからもらった」
「ああ、お姉ちゃんがいると、女の子の服を調達しやすい」
「湯谷さん、女性ホルモンやってるでしょう?」
「内緒、内緒」
(↑ほとんど肯定している)
しかし湯谷薫の性別問題をきっかけに6人は完全に打ち解けてしまったようであった!
説明会の後、6人を年末時代劇のセット建設が進む春日部の全天候型スタジオに連れて行った。
「君たちにも年末の時代劇には出てもらうから、頑張ってね」
「はい!」
そして夕方、各地の空港に送り届けた。
Gold 熊谷→花巻
Red 熊谷→藺牟田
Black 熊谷→小牧
Tiger 熊谷→富山
Yellow 熊谷→関空
水戸市の杜屋さんは保護者の車で帰った。
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【夏の日の想い出・赤い服】(4)