【夏の日の想い出・君に届け】(3)

前頁次頁時間索引目次

1  2  3 
 
震災イベント直前の3月6日、私のマンションを氷川真友子課長と八雲礼江係長が一緒に訪れたのだが、2人が(氷川さんと礼江さんで)結婚すると聞いて私は仰天した。
 
「氷川さんがバイなのは知ってたけど、八雲さんはストレートかと思ってた」
と私は言った。
 
ここで言う“ストレート”とは、八雲礼江(戸籍上は礼朗)は戸籍上も男性で社会的にも男性で通っているものの、元々女性指向があり、性転換手術も終えていて肉体的にも女性なので、恋愛対象は男性なのではという意味である。
 
「基本的には私はストレートなんですけど、真友子は決断力とかもあって男らしいから、前からずっと好きだったんですよ」
と彼女は語る。
 

「加藤さんには報告したんですか?」
「昨日報告しました。親には週明けに報告に行くつもりです」
「親御さんにも報告する前に、私の所に来られたんですか」
「ローズ+リリーにも影響が出るので」
 
「氷川さん、お仕事はどうなさるんです?」
「もちろん続けます。ただ、妊娠中はなかなか普段のようには動けないので、いろいろフォローしてもらうことになりました」
 
「ちょっと待って下さい。氷川さん、妊娠してるんですか?」
「予定日は9月です」
「誰の子供です?」
と私が聞くと
「私の子供です」
と八雲さんが言うので
「それはあり得ない。八雲さんも女性なのに」
「加藤部長は特に疑問を持たなかったようですよ。ああ、君は女装していても男性だもんねと言われました」
 
次から次へ思いもよらない話が出てくるので私の頭の中では混乱に混乱が重なる。
 
「八雲さん、女装で加藤さんの前に行かれたんですか?」
「私が課長命令で、礼江には女装での勤務を命じました」
と氷川さん。
 
「へー!」
 

「いや私は『妻として命令する。女装しなさい』と言われたんですけど」
「そうだったっけ?」
「それで男物の服は全部捨てられちゃったから男装勤務できなくなっちゃたし。私も妻の命令なら仕方ないので女装で勤務することにしました」
と八雲さん。
 
なんか楽しそうじゃん!
 
「八雲礼朗の名刺と社員証も捨てちゃったもんね」
「仕方ないから八雲礼江の名刺と社員証を使います」
 
この2人ほんとに楽しそうじゃん。
 
「昔、ダイアナ・ロスが所属していたスプリームスというアイドルグループが"Stop in the name of Love"という曲をヒットさせたじゃないですか。あれは男女が喧嘩して、男が『もう帰る』と言って、出ていこうとしたところで、女が"Stop! in the name of Love"と言って引き留めたらしいです。それを歌のタイトルにしちゃったんですね」
 
「押してもだめなら引いてみな(**)、みたいな話ですね」
 
「だから、"Be woman! in the name of Love"ですね」
 
「なるほどー。でも私、八雲さんは女の格好で仕事すればいいのにと前から思ってましたよ」
と私も言った。
 
しかし八雲さんが10年以上にわたる仮面男子をやめたのはいいことだと思った。人は自分に正直な生き方をすべきだと私は思う。
 

(**)『おしてもだめならひいてみな』水前寺清子の1968年のヒット曲。星野哲郎作詞・首藤正毅作曲。
 
星野がトイレの個室に入ろうとしてドアを押しても開かなかった。すると近くに居た掃除のおばちゃんが「押してもダメなら引いてみな」と言った。それを曲のタイトルに使ったのである。歌詞の上では「押す」「引く」は恋愛や仕事での機微のことを歌っている。
 
もっとも占い歴40年の私に言わせれば、恋愛もビジネスも引いたら終わり。押してもダメなら、もっと押せ、である。引いてしまうと、そのままサヨナラされる危険が高い。
 

「でも加藤部長は礼江が性転換手術を受けていることを知らないもんだから、礼江の子供だというのを信じてくれましたね」
などと氷川さんは言っている。
 
「本当は誰の子供なんです?」
 
「私の子供ですよ。私が性転換手術を受ける前に冷凍保存していた精子で妊娠したんです」
 
「だったら妊娠は計画的なものですか?」
 
「礼江が性転換手術済みであることを知っている女子社員たちの多くはその説明で納得してくれました。課長の仕事があまりにもきついから、妊娠を理由に少し休みたいのだろうと思ってくれたようです」
 
「えっと、それで結局本当のところは?」
 
「複雑すぎて、私も分からなくなりました」
「実は私は本当に礼江の子供を妊娠している気がしてきて」
 
などと2人は言っている。真相は今は言いたくないのだろうと思い、私もそれ以上は追及しないことにした。
 

ともかくもそれで、仙台には氷川さんは行かないことにし、代わりに八雲さんが行くということで、私もその方針を承認した。どうもその話をしなければならないので、親にも報告に行く前に私の所に来たというのが実際のところのようであった。
 
「お住まいはどうするんですか?」
「真友子のマンションがとても便利な所にあるし広いので、私がそこに同居することにして、実は先月からもう一緒に暮らしているんですよ」
 
「じゃ既に実質結婚しちゃったんですね」
 
「ちなみに真友子が男役で私は入れられる専門です」
「男役楽しいです。女役はつまらないです」
「でもあまり激しい運動するとお腹の赤ちゃんによくないから、逆正常位とか座位とか、真友子の負担にならない体位でしています」
「でもお互いに指で相手の栗ちゃんを相互刺激するのが一番気持ちいいね」
「女同士っておっぱいの触りっこもできるのがいいよね」
 
いや、別にそんな話は訊いてないのだが。
 
「ケイさんとマリさんも栗ちゃんの相互刺激が一番気持ちいいと言ってましたね」
「えっと・・・」
 
そのあたりの話はマリがかなりの人にしゃべりまくっている。実際、私とマリの関係では、ほとんどディルドーの類いは使用しない。マリは自分のヴァギナは基本的に男性との結合にしか使わないなどと言っている。私は入れられるけど!
 

「週明けにも各々自分の親に報告して、一度両家で一緒に食事でもする予定です」
 
私は疑問を感じて質問した。
 
「氷川さんの実家に行く時、八雲さんはどういう格好をなさるんですか?」
 
「振袖でも着せていこうかなと思っているんだけど」
と氷川さんは言っている。
 
「つまり女装で実家に行くんですか?」
「うちの母には女装趣味の男性と結婚すると言いました。母は、あんたにはお嫁さんが必要だと思ってたよと言って笑って許してくれました」
 
「確かに、氷川さん、お嫁さんが欲しいって言ってましたね!」
 
「戸籍上は男で、実質は女だから、私としてはレスビアン婚できるのに入籍もできるから、ある意味理想の相手です。少なくとも私が主婦する必要無いし」
と氷川さん。
 
「御飯とかは私が作るよと言ってます」
と八雲さん。
 
「実際この1ヶ月、礼江が御飯も作ってくれて、お弁当まで作ってもらえて助かってます」
と氷川さんは言っている。
 
「1人分作るのも2人分作るのも手間は変わらないし」
 
「取り敢えずうちの親には礼江は女装はしているけど、まだおちんちんは付いてることにしておきました。でないと妊娠を説明できないので」
 
「いろいろ工作が大変みたいですね!」
 

「実は加藤部長には、課長の職を辞任したいと言ったんですけど。それは困ると言われたんです」
と氷川さんは言った。
 
「私も困ります」
 
「ひとつには、私がまだ課長に就任してから半年ちょっとでこんな短期間に辞められるのは困るという問題、ひとつは女性の役職者が妊娠に伴ってその職を辞すという事態は、男女雇用機会均等法違反として、労組から抗議されたり、当局に通報されたり、場合によっては報道機関から叩かれる可能性もあって、とても困るということでした」
 
「加藤部長の意見に賛成です。それに、ほんとに今、氷川さんが課長を辞めたら、代われる人がいませんよ」
 
JPOP部門の課長は、2007年6月から2016年6月まで9年間、加藤銀河が務めた後、森元晃嗣が2019年1月まで2年半務めたが過労で倒れる。その後、南頼高が5ヶ月間務めた後、昨年6月株主総会後の新体制で、氷川真友子が課長に就任している(南は制作部次長に昇格)。ここで氷川さんが辞任すれば、JPOP部門の課長(JPOP系のアーティストを統括する部門−年商百億円レベル−の実質社長のような地位)がコロコロ変わる異常事態となる所だ。
 
「それで、取り敢えず、加藤と話し合った上で、こういうことを決めました」
と言って、氷川さんは説明した。
 
・ローズ+リリーに関する事項は、できるだけ秩父光恵にやらせる。秩父のヘルプに4月入社予定の新人だが、寺尾友紀を取り敢えずバイト待遇で出社させる(彼女は大卒予定で、この後は卒業式に出るだけらしい)。
 
・氷川は出産まで残業・休日出勤を原則として禁止。
 
・深夜作業が必要な場合、八雲礼江係長がフォローする。休日の仕事はできるだけ秩父・寺尾がおこない、彼女たちでは処理しきれない大きな判断や大きな額の決済が必要なケースは八雲がフォローする。
 
・仕事の内容によっては、まだ療養中ではあるが、森元元課長(制作部長付)がフォローする。人手が足りない場合は南次長もヘルプする。
 
「南さんは彼自体にヘルプが必要だと思う」
と私が言うと
 
「同感です」
と氷川・八雲の2人とも言った。要するに南にヘルプしてもらうという状況は考えないほうがよい。
 

なお、2人は結婚式は双方の親の承諾を取った上で、4月くらいに行い、披露宴はネット中継方式でおこなう予定だと言っていた。婚姻届けは今月中にも出すつもりだということだった。
 
(結果的に八雲礼江は戸籍上の性別を変更することができなくなる)
 
私はあらためて彼女たちを祝福し、御祝儀も渡しておいた。
 

この日マリは昼頃(氷川さんたちが帰った後)起きてきたのだが亮平君と別れたのの“やけ食い”と言って、美空およびシレーナ・ソニカの穂花と3人でケーキの食べ放題に行って来た。
 
そして夕方、私とマリは、玄子マネージャーが運転するエルグランドの3列目シートに乗り仙台に向かった。私はほとんど眠っていった。マリは美空とメッセージのやりとりをしているようだった。
 
KARIONでは、和泉のCR-Zをドライバー会社の佐良しのぶさんが運転して3人を運んでいる。
 
他もみんなだいたい自家用車で移動しているし、今回はドライバー会社のドライバーがほぼ総出になった。
 
氷川課長は、とりあえず★★レコードの主要アーティストに公共交通機関及びタクシーの使用を控えて欲しいと通達を出している。基本的に自家用車かレンタカーで移動して欲しいと要請している。
 
§§ミュージックもタレントたちに電車・バス・タクシーの使用を禁止する通達を出し、全員マネージャーや付き人が送迎する態勢にした。このため、新たに付き人を取り敢えず5人採用したが、“臨時”バイトや協力会社から派遣された人員の使用は当面控えると言明した。この他、コスモスは次のような指示を出している。
 
・音源制作は必ず伴奏と歌唱は別録り。コーラスも別録り。
 
・管楽器はできるだけ使用せず、可能な限りキーボードで代用すること。
 
・コーラス録音の際は、前後して並ぶことがないようにする。必ず横に並ぶ。必ず換気扇かULPA搭載の空気清浄機を作動させておくこと。
 
・ひとつの部屋に集まっての会議は原則禁止。基本的に会議はZoomで。
 
・食事をしながらの談話は禁止。食事する場所では会話しない。会話する場所では食事しない。
 
・外食は禁止。マクドナルドなどのテイクアウトはOK.コンビニに入る時は予め買うものを決めておいて5分以内に出るようにすること。
 
・毎朝検温して必ず報告する。
 
・手洗い・うがいの励行。
 
・マスクは所属タレント・研修生・練習生・スタッフについては、1日1〜2枚使用できるように配布する(若葉からの提供)
 
・全員にスプレー式のアルコールジェルと使い捨てビニール手袋を配布。放送局やお店などの“ドアの取手”などを素手で触らないようにすること。ATMなどのタッチスクリーンを素手で触らないこと。このため洗って使える布手袋も配布する(布手袋ならタッチスクリーンが反応する)。
 
・スマホ、車の鍵、クレカなどを随時アルコール入りウェットティッシュ(これも全員に配布)で消毒する。
 
・寮の談話室は当面閉鎖。部屋の相互訪問もできるだけ避けるように。
 
・各部屋にカメラ付き・大型モニタを接続したパソコンを設置するので、それを通しておしゃべりなどはすること(グループ会話可能)。むろん各自のスマホからも参加できる。
 
・各部屋にULPAフィルタを装備した空気清浄機と加湿器導入。
 
・洗濯室、トイレの前、廊下などに次亜塩素酸水のミスト発生装置を置く。
 
・講義室・スタジオ・ピアノ練習室は使用する度に清掃する。清掃員を専任で3名(交代要員を含む)雇用してトイレや廊下なども1日数回掃除する。(これまではセキュリティ問題もあるので、寮生が当番で掃除していた)
 
・女子寮の食堂は、椅子を半減して1席分ずつ空けて座り、対面しないように千鳥状に座る。必要なら食事の時間帯をずらして数回に分けて食事する。食事中の会話は禁止。LINEはOK.
 
・下記の者は当面食堂使用禁止。各々の個室に食事を配送する(配送担当:海浜ひまわり!−実質寮に住んでいるし暇そうなのでスタッフとして雇用した)
 
−高崎ひろか(寮母の娘!)、姫路スピカ、花咲ロンド(寮長)、石川ポルカ、白鳥リズム、原町カペラ、山下ルンバ(副寮母)、東雲はるこ、町田朱美
 
(寮長はルンバが一時退寮した後スピカが務めていたのだが最近多忙なのでロンドに交替した。なお、コスモス・ゆりこ・アクア・葉月・品川ありさ・西宮ネオン・桜木ワルツ・桜野レイアは寮に住んでおらず実家や自分のマンションに住んでいる)
 
(海浜ひまわりは6年前に退寮しているのだが、いつまでも荷物を片付けないので、ゆりこ副社長の命令で荷物を強制的に倉庫に移動したら、その倉庫に勝手にベッドや机を持ち込みそこで寝泊まりして仕事までしている!更にここで宅配便の荷物なども受けとっている。要するに不法滞在者である!彼女は実家はお金持ちで豪邸なのだが、実家より寮の方が集中できるなどと言っている。ゆりこは仕方ないので、この倉庫にも空気清浄機や加湿器を置いてあげた。マスクやアルコールジェル・手袋なども配布する)
 
§§ミュージックの場合は、丸山アイからの助言で、これらの対策を早めに打ったので、必要な機材などをちゃんと調達することができた。またマスクが全国的に品薄になった2〜3月の時期に、若葉がインドネシアに所有する工場で生産させたマスクを輸入して供給してくれたし、若葉と千里が共同で富山県に作った工場で生産されるアルコールとマスクも3月下旬から供給されるようになり、マスク不足・アルコール不足に悩まされずに済んだ。
 
(若葉のインドネシアの工場は4月以降はインドネシア国内でのマスク需要が高まったため、日本への輸出を停止して、インドネシア国内向けに切り替えた。若葉と千里は4月下旬には宮城に建設した第2工場も稼働させた)
 

6日夕方、復興支援イベントのために仙台に集まったのはこのようなメンツである。(括弧付きは他のユニットとの重複)
 
Golden Six(2) リノン カノン (美空・由妃・千里・青葉)
 
Olive Lemon(4) 丸山アイ 鹿島信子 フェイ ヒロシ
 
(Flower Fourは東京から中継)
 
KARION(8) いづみ みそら (らんこ) こかぜ
黒木信司 相沢海香 木月春孝 鐘崎大地 児玉実
 
XANFUS(8) 音羽 光帆 キャロル前田 kiji noir yuki 浜名麻梨奈 神崎美恩
 
Rose+Lily(13) マリ ケイ 近藤嶺児 近藤七星 鷹野繁樹 酒向芳知 月丘晃靖 香月康宏 宮本越雄 古城美野里 近藤詩津紅 醍醐春海 大宮万葉
 
合計35名である。この他にマネージャーやドライバー、技術スタッフなども来ている。
 
司会予定の花ちゃん(山下ルンバ)は7日午後、東京のスタジオで歌うので、その後仙台に移動する。自分でバイク(Kawasaki Ninja 1000! ZX1000WHF)を運転してくると言っていた。コスモスはタレントにバイクは撮影などで使用する場合と練習以外では原則使わないように言っているのだが、花ちゃんの場合はバイク歴が長く、ずっと無事故でもあり、バイクの競技ライセンスなども持っている(レースの入賞経験もある)ので、特例で許可している。
 

青葉は高岡から千里と交代で千里のTOYOTA AURIS (1797cc 6MT)を運転してきたそうである。帰りもいったん高岡に戻ると言っていた。
 
私には見分けがつかないが、今回ヴァイオリンを弾いてくれることになっているので来ているのは多分2番であろう。
 
6日の夕方は、東京にいる花ちゃんも含めて全員で電子会議をして明日のリハーサルや8日の本番の進行などを打ち合わせた。これだけの大きなイベントの無観客演奏・ネット中継というのは、みんな初体験なので、明日1度リハーサルすることにしているのである。リハーサルの司会はローザ+リリン!のマリナである。彼女は明日の朝、仙台に来る予定(今日は東京で番組収録があるらしい)だが、6日夕方の電子会議には参加して、結構細かい質問を各々のアーティストにしていた。
 
「マリナちゃん明日は何着るの?」
「振袖〜。紅型(明美)さんが振袖着るというから、私も雰囲気を合わせるのに振袖着ることにした。私、まだ婚姻届けは出してないから、振袖着てもいいよね?」
 
「あぁ、まだ届出してないんだ?」
「でも今月中に提出するよ。だから振袖着られるのはこれが最後かな」
「へー」
 
「そうだ。言っちゃおう。マリちゃんが妊娠したから、私もマリちゃんに合わせて妊娠したから」
とマリナは言った。
 
「嘘!?」
「予定日は10月5日。マリちゃんが予定日は10月って言ってたから、それに合わせちゃった」
 
「私は10月18日だよ」
「え?そうなの。それ知ってたら日にちを合わせてたのに」
 
「出産予定日を合わせるのは難しいと思う」
と和泉が言う。
 
「元々の生理周期があるから、セックスする日だけ合わせても合わないもんね」
と鹿島信子。
 
「でもマリナちゃん、本当に妊娠したんだ?」
「うん。でも今月で代理ボーカルは終わりだから、ゆっくりと妊娠期間過ごせるかな」
 
などとマリナは言っていたのだが、この後、代理ボーカルは延長されることになってしまう。
 
「父親はケイナちゃん?」
「もちろん。私。ケイナの奥さんになったから、他の人とはセックスしないよ」
「偉い偉い」
と音羽がいうが、光帆は
「妊娠していたら、更に妊娠することはないから、浮気してもバレないのに」
などと言っている。どうも光帆もマリと同じ発想のようだ。
 
「でも、マリちゃんが結婚しないのなら、私も結婚せずにシングルマザーになろうかなぁ」
 
「いや、私のことは気にせずちゃんと結婚して」
とマリ。
「結婚式を全国中継したんだし、ちゃんと入籍しなきゃダメだよ」
とリノン。
 

結局、マリナの妊娠の話題だけで15分くらい消費してしまった。
 
その後、本題に入り、打ち合わせは1時間ほどで終了してZoom会議を終えた。
 
Zoom会議の後で、私と和泉、カノン、丸山アイ、鹿島信子、千里と青葉、マリナの8人だけで一室に集まり、微妙な問題の打ち合わせをした。広い部屋を使用し、席は離れて座る。持ち込んだULPA搭載空気清浄機を動かし、全員マスクもつけている。会話するので飲食物は無しである。喉が渇いた人は、いったん退席して廊下で飲み物を飲んでくるというルールにした。
 
「でもこのコロナ騒動、どのくらいまで続くのかなあ」
と鹿島信子が不安そうに言う。
 
「来年の秋くらいまでじゃない?」
と和泉は言った。
 
「来年の春くらいで何とならないかなあ」
とカノン。
 
みないろいろ予想時期を言うが、年内はどうにもならないだろうというのは全員の共通した認識だった。
 
「ワクチンの開発次第だよね?」
「うん。ワクチンができて、全世界の人に一通り接種できれば収まる」
「多少の変異種が出てもワクチン接種していれば重症化の確率は随分減るだろうね」
 
「今どのくらいワクチンの開発は進んでいるんだろう?」
 
「今世界中で20くらいのグループがワクチン開発に取り組んでいる。日本では大阪大学やアンジェスのグループが開発しているし、他にアメリカのモデルナが開発しているワクチン、イギリスのアストラゼネカが開発しているワクチンあたりが有望だと思う。他に中国の企業2社がワクチンをほぼ完成させたと主張しているけど私は怪しいと思う」
と丸山アイが現状を説明した。
 
(この話は2020.3の話だが2020.7現在ではアストラゼネカのワクチンが最も完成に近づいている。日本のアンジェスも6月から治験を始めたはず。当初進展が伝えられていたジョンソンは少し苦戦しているもよう)
 

「ワクチンか。今10人分のCOVID-19のワクチンを持っているけど、接種希望者いる?」
と千里が言った。
 
「もうできたの!?」
とみんな驚く。
 
「若葉が関わっているドイツの企業が開発したものなんだよ」
「ああ、ドイツ!」
 
(実は若葉の彼氏(事実上の夫:ドイツ在住)が勤めている会社の関連企業である)
 
「そうだ。青葉、来月頭には(水泳の)日本選手権に参加するでしょ?不特定多数の人と接触しやすいから、ワクチン打ってあげようか?」
と千里は言った。
 
「実はちょっと不安を感じてた。ワクチンあるのなら打ってもらおうかな」
 
それで千里はアルコール清浄綿で青葉の腕を拭くと、保冷バッグの中から注射器を取り出し、青葉の腕に注射してあげた。その後ブラッドバンを貼る。注射した後の注射器はバッグの外ポケットに入れる(事故防止のためリキャップはしない)。
 
「醍醐さん、注射上手いね」
と鹿島信子が感心している。
 
「うん。全然痛くなかった」
と青葉も言っている。
 
「アイちゃんがもっと上手い。アイちゃんは看護婦の資格持ってたはず」
「それは生まれ変わる前の話だから免許も無効だよ」
などとアイは言っている(多くの人はジョークと思っている)。
 

「でもいつ完成したの?」
と注射してもらった青葉は尋ねた。
 
「今月下旬から治験が始まる」
と千里は言った。
 
「ちょっと待って。まだ治験してないの?」
と青葉。
 
「このワクチンは、既にマウスでもフェレットでも有効性と安全性が確認されているから大丈夫だよ」
 
「人間は〜?」
「青葉が第1号かな」
「フェレットの次が私なの〜〜?」
「後で桃香たちにも注射しておこう」
 
「そんなことだろうと思った」
とカノンが言っている。カノンは千里のことをよく分かっている。
 
「だいたいどこの国でもワクチン必死に開発中だとアイちゃんが今言ったのに」
と和泉も言って笑っている。
 
「青葉って人の話を聞いてないし」
と私も言った。
 
「青葉以外に接種希望者いない?」
と千里は尋ねたが全員辞退した!
 
アイが言った。
「千里ちゃんが持ってるワクチンの方が進んでいるみたいね。私もワクチン念のため持って来たんだけど、このワクチンはまだマウスでしか実験終わってないんだよ。来週くらいからフェレットで試すと言ってた。誰か注射希望の人いない?こちらは20人分あるけど」
 
「いや、遠慮する」
とカノンは言った。こちらも希望者はいなかった!
 
でも千里はこの後、持ち込んだワクチンを、音羽、光帆、小風、鷹野さん、黒木さん、とキャロル前田、更には翌日ケイナにも打っちゃった!そして
 
「まだ2本残っているけど、誰か打たない?」
などと声を掛けていた。
 
(取り敢えず青葉も含めて接種者に異常などは見られなかった)
 

7日の午前中はアクアのライブが北区の研修所から中継される。
 
司会役を命じられた白鳥リズムが楽曲を紹介し、アクアと会話もしながら楽しく進行させていく。
 
安全のため、エレメントガードがメインスタジオで演奏し、アクアは1人第1練習室で歌唱している。司会役のリズムは第2練習室で話す。3つの部屋はお互いにモニターで向こうの部屋の様子が分かるようになっている。メイン技術者の山元凛奈さんはアクアと同じ部屋に入っており、エレメントガードを映すメインスタジオには、サマーガールズ出版の則竹さん(“今日だけ女子”パス使用。ついでに女装!)、リズムを映す練習室には、★★チャンネルの秋元さんという女性技術者が入っている。
 
(翌日は秋元さんがフラワーフォーの中継のために残り、則竹さんと山元さんは仙台に行く予定)
 
“声援アプリ”を使用しているので、この中継をネットで見ている人たちが声援ボタンを押すと、それが声援の形になって、歌っているアクアや演奏しているエレメントガードなどにも伝わるようになっている。
 
それでアクアは
「みんな応援ありがとう!」
などと言って歌っていた。
 
ちなみにこの日研修所で歌唱したのはFである。
 

午後からは§§ミュージックの歌手たちが交替で歌唱した。司会は前半は、研修生ではあるもののテレビのバラエティにも出て顔が売れており機転も利く大崎志乃舞(門脇真悠 )、後半はラピスラズリの町田朱美にやらせた。ふたりとも振袖を着せたが、特に大崎志乃舞が振袖を凄く嬉しがっていた。
 
12:40リセエンヌ・ドオ 13:10今井葉月 13:30ラピスラズリ 13:50桜野レイア、14:10山下ルンバ、14:30原町カペラ、14:50石川ポルカ 15:10桜木ワルツ、15:30花咲ロンド、16:00白鳥リズム、16:30姫路スピカ、17:00西宮ネオン、17:30高崎ひろか、18:00品川ありさ、18:30川崎ゆりこ (19:00終了)
 
使用する度に部屋を消毒しなければならないので、歌唱する部屋は第1練習室と第2練習室を交互に使用し、前半の大崎志乃舞は第3練習室から司会をした。
 
(部屋割前半 3=MC)
M.リセエンヌ・ドオ 1.葉月 M.ラピスラズリ 1.レイア 2.ルンバ 1.カペラ 2.ポルカ 1.ワルツ 2.ロンド
 
リセエンヌ・ドオとラピスラズリは練習室では狭すぎるのでメインスタジオを使用した。それで本来は先頭が葉月の予定だったのを、次のリセエンヌ・ドオと順序を入れ替えている。
 
後半司会の町田朱美は第1練習室を使用し、後半は第2と第3を交替で歌唱に使用する。
 
(部屋割後半 1=MC)
M.リズム 3.スピカ 2.ネオン 3.ひろか 2.ありさ M.ゆりこ
 
後半トップのリズムは部屋の消毒の都合でメインスタジオを使用した。最後のゆりこがメインを使用したのは、締めだからである。ここには最後にはこの日歌った全員を各々の寮の個室から映した液晶パネルをメインスタジオ内に並べ、最後に全員で日野ソナタさんのヒット曲『いちごの想い』を歌った。
 
(ネオンもこの日だけ特例で女子寮の空き部屋に入れた。性転換したらこのままこの部屋をリザーブするけどと言われたらしいが、辞退したらしい!)
 
なお、歌唱の伴奏は全て録音された音源を使用した。アクアに生バンドを使ったのは、あくまで特例である。楽器の得意な桜野レイア、山下ルンバ、白鳥リズム、西宮ネオン、は各々ピアノやギターを弾きながら歌唱した。またラピスラズリは朱美のピアノ伴奏で、はるこがメロディーを歌い、朱美もピアノを弾きながら三度唱するスタイルで歌った。
 
なお、ルンバはここまで終わった所で、バイクで仙台に移動した。
 

仙台では7日の午前中は休憩(マリは当然熱心にアクアの歌唱中継を見ていた)。そして午後からは、東京で§§ミュージックの子たちが歌唱している間に、マリナの代理司会により、明日のリハーサルが行われた。歌唱・演奏だけではなく、消毒もリハーサルになっている。
 
3月8日は午前中は昨日のアクアの歌唱を再度ストリーミングで流した。もちろんマリはまた熱心に見ていた。
 
同じ映像を流すのだから、視聴者もどちらかだけ見るのではないかと思われたのだが、実際には多くの人が2回見たようで、両日の課金売上は均衡していたし、idを分析すると、7割ほどの人がわざわざ2度課金して2度とも観覧したようである。
 
そして2度鑑賞した人たちの中からこういう声があがった。
 
「7日のストリーミングと8日のストリーミングは同じ物ではない気がする」
 
実はマリも同じことを言った。
 
このストリーミングは基本的に暗号化しており、パケットをオールキャッチして記録したとしても、公開鍵にアクセスできないと視聴できないようにしている。つまりリアルタイム以外では見ることができない。画面キャプチャするソフトでもキャプチャ自体ができないように表示している。しかしパソコンの画面をビデオカメラで撮影するなどの手法で、強引に録画した人たちは存在する。その人たちが2回のライブを見比べて
 
「やはりこれは違う」
と言い出した。
 
「結局アクアは2度歌ったのでは?」
 
これについてはコスモスが1週間後に謝罪声明を出した。
 
「震災復興支援のためのライブで、片方を録画で済ませるのは寄付して下さる方たちに失礼なので、負荷は掛かるけど2度歌いたいとアクア本人が言ったので2回演奏しました。しかしそれを事前に発表すると、2度とも見ようとする人が増えサーバーに負荷が集中してダウンする事態も考えられました。それで同じ映像を2回流すという発表をさせて頂きました」
 
確かにアクアの中継では★★チャンネルのサーバー負荷が80%近くまで達していたのである。アクアが2度歌うことが告知されていたら本当にダウンしていたかもしれない。★★チャンネルでは、サーバーの増強をすることになった。
 
なお1度目の歌唱はFで2度目の歌唱はMだったが
「1度目の方が女の子らしくて良かった」
という声が圧倒的だったので、Mがそういう声を見て悩んでいた。
 
「M、性転換しちゃう?」
「それ絶対嫌」
 

8日午後は08年組+αが登場する。
 
アクアの演奏のストリーミングが終了したのが11時である。午後の部が始まる13時までの2時間の間、会場の風景が映されていたが、スクリーンと書き割りの観客の写真が10000席を埋めている様子は壮観だった。
 
映像だけでは寂しいからと言って、ローザ+リリンが仙台市内若林区のクレール本店のスタジオから、今日の出場者の代表曲を各々のものまねを交えて歌う様子も流された。これは無料で流されているのだが、これがなかなか好評だった(音羽と光帆など、自分たちのものまねを見て笑い転げていた)。
 
これが結果的には午後の部の(有料)視聴者を増やす効果も出たようであった。
 
(ケイナは7日は東京でピンの仕事をしていたのだが、それが終わってから、ドライバー会社の矢嶋春花さんが運転するオーリス(千里の車)で仙台に移動してマリナと合流した。
 
そしてみんながマリナの妊娠を知っていて
「パパになるのね?おめでとう」
とたくさん祝福されたので、恥ずかしがっていた。
 

司会の花ちゃんがステージにマスクをした振袖姿で登場し、最初の出演者ゴールデンシックスを紹介して、午後の部は始まる。
 
彼女たちは55分の枠を元気に乗りまくって演奏した。声援アプリからたくさん声援がかかり、その声援もストリーミングに流れるので、ほんとに観客のいるライブを中継している雰囲気で、視聴者もかなり興奮したようであった。
 
10分間のステージ消毒作業の間は、またクレールからローザ+リリンの映像が流れる。2人がラピスラズリの『亜麻い雨』を歌うと
「けっこう可愛く歌うじゃん」
とわりと好評だった。
 
「さすがに女子中生には見えないけど、女子大生くらいでは通るかも」
「ほんとに2人とも若いよな」
 

消毒が終わったところでオリーブレモン(Gt.丸山アイ B.鹿島信子 KB.フェイ Dr.ヒロシ)が登場する。むろんヒロシは女装である!ヒロシの女装はハイライトセブンスターズのライブでは割とおなじみなのだが(アンコールに女装で出てきたりする)、初めて見た視聴者もかなりいたようで、中にはヒロシが男子であることに全然気づかなかった人もあったようであった。
 
(このバンドは実はヒロシ以外の3人が各々別の意味で半陰陽のバンドである)
 

その後は、東京のスタジオからフラワー・フォー(ウドゥン・フォーの4人にそっくりな女の子4人のバンドという建前)が登場する。
 
今回はこの素性を知らない視聴者もかなりいたようで「随分声の低い女の子たちのバンドだね」などという感想も見られた。
 
私は亮平と別れたばかりの政子は彼らの演奏は見たくないのではと思ったのだが、楽しそうに見て居る。
 
「もうわだかまりはないの?」
と訊いてみた。
 
「可愛く女装するよね。このまま性転換してもいいと思うけど。手術してくれる病院勝手に予約しちゃおうかな」
などと政子は言っている。
 
「やめなよー。それ病院にも迷惑かけるから」
 
「ちょっとちんちん切るだけじゃん。あんなの無くてもいいでしょ?」
「男の子は無いと困ると思うよ」
「ちんちんが無かったら、女の子とセックスする時は指を入れればいいじゃん」
「指からおしっこはできないし」
「おしっこ用にはゴムホースでも付けとけばいいよ」
などと政子は言っている。少し離れた所で控えている竜木マネージャーが顔をしかめている。
 
「あ、そうそう亮平がさ」
「うん」
「週明けにも、冬と話したいことあるらしいよ。時間取れる?」
「亮平君の話なら何とか時間を作るよ」
と私は答えた。
 
政子のお腹の中の赤ちゃんに関する話かな、と私はその時思った。
 
なお亮平君は既に政子の承認を取って胎児認知の届けを済ませている。従って大輝の出生届が出されれば、その父親欄には大林亮平の名前が記載されるはずである。
 

次がKARIONである。今回のステージではステージの消毒に10分ほどの時間がかかるのだが、フラワー・フォーだけ東京からの中継だったため、演奏時間は次のように調整されている。
 
13:00-13:55 Golden Six
(13:55-14:05 消毒/Rosa+Lilin)
14:05-15:00 Olive Lemon
15:00-15:55 Flower Four
15:55-16:50 KARION
(16:50-17:00 消毒/Rosa+Lilin)
17:00-17:55 XANFUS
(17:55-18:05 消毒/Rosa+Lilin)
18:05-19:00 Rose+Lily
 
私たちはパーソナルカラー(和泉:垢、小風:黄、美空:青、蘭子:ピンク)の振袖を着て55分間の歌唱をした。
 

KARIONのステージが終わったあと、XANFUSの演奏中に私は仮眠させてもらう。そして10分前に起こしてもらい、メイクをする。
 
なお、KARIONとXANFUSの間、XANFUSとローズ+リリーの間にもローザ+リリンのステージが10分間ずつ挿入されたが、視聴者たちは爆笑だったようである。
 
この支援イベントのラストを私とマリが締めくくる。私たちはスターキッズやお友達の伴奏に合わせて、これらの曲を歌った。
 
『君に届け』
『Burning Snow』
『ヴィオロンの涙』
『雪が白鳥に変わる』
『Atoll-愛の調べ』
『青い豚の伝説』
『コーンフレークの花』
『ピンザンティン』
『影たちの夜』
『あの夏の日』
 
『ピンザンティン』では会場に並べた800枚近いモニターの中で、視聴者の人たちがお玉を振ってくれているのが見えて、とても楽しい気分になった。
 
最後にスターキッズや他の伴奏者たちが退場して、私のピアノだけで、『あの夏の日』を演奏する。
 
最後の音の余韻が消えたところで、割れるような拍手が歓声アプリから響いてくる。私たちは立ち上がり、モニターと書き割りで埋め尽くされた会場に向かって、深くお辞儀した。
 
その次の瞬間、中継画面は3×7=21分割された映像になる。
 
(2) リノン カノン (4) 丸山アイ 鹿島信子 フェイ ヒロシ
(4) 亮子・准子・道子・真樹
(4) いづみ みそら らんこ こかぜ
(3) 音羽 光帆 キャロル前田 (4) マリ ケイ 醍醐春海 大宮万葉
 
そして音羽が
「最後の曲は『花は咲く』」
と言うと、録音されていた伴奏(XANFUSが演奏したもの)が流れ、分割された画面に映る人が、この歌を熱唱して中継は終了した。
 
最後に
「これにて2020年東日本大震災復興支援イベントの中継を完全に終了します」
という山下ルンバのアナウンスがあり、番組は終了した。
 

「冬だけ2枠出てずるい」
と後からマリに言われた。
 
「いや、1人はローズ+リリーのケイで1人はカリオンの蘭子だよ」
「もうその話はみんな忘れているのに」
 

この日は出演者35名でクレール(若林店)に行き、打ち上げをしたが、ここは客席を完全にビニールシートで区切ってあり、また強烈な換気を掛けてあった、このビニールシートは、津幡公演のために準備していたものだが、それがキャンセルになってしまったため、若葉と和実が、ムーラン及びクレールで使いたいと言って、大量に買い取ってくれたものである。おかげで津幡アリーナに掛けた改造費用の一部を回収できて私も助かった。一部は千里が津幡アリーナの2階常設席の区切りとしても使用すると言っていた。
 
なおこの打ち上げでは会話禁止!とした。おしゃべりは全てLINEなどのメッセージ交換を使用する。注文も、クレールがコロナ対策で用意した注文パネルを使用する。このパネルは客ごとにきちんとアルコール消毒して出しているらしい。
 

この日は、4月から入社するメイドのために建設した女子寮にみんな泊まった。まだ建てただけで寝具を用意していないのだが、全員ゴロ寝である。男性たちに和実は“今夜だけ女子”パスを渡していた。
 
「ちなみに今夜だけではなくずっと女子になりたい人は、秘密の男の娘改造室にご案内しますが」
 
「いや、遠慮しとく」
 

翌日は一部のメンバーでクレール青葉通り店の建設現場に行った。ここに来たのは私と和泉に八雲さん、青葉と千里、和実、東京から駆けつけて来たコスモスと加藤部長に、TKRの山崎さんである。
 
「かなりできてるね」
「コロナ対策で設計図をかなり書き換えた。竣工は少し遅れるかも」
「遅れても問題ないんじゃない?」
「うん。今の状況では、予定通りオープンできるとは思えない」
 
コロナ対策は実際には、私・千里・若葉・和実・丸山アイなどで話しあった内容に基づくのだが、どういう対策をする予定かというのを、加藤部長は熱心に聞いていた。おそらく、今後のライブのあり方について参考にさせてもらうのだろう。
 
またここにコスモスが来ていたので、和実は信濃町ガールズにここでも歌ってほしいと要請。コスモスは信濃町ガールズもいいが、§§ミュージックの“中間層”歌手たちにここで歌わせて度胸付けさせるのもいいかなと言っていた。
 

ところで震災イベントのチケット払い戻し期間は念のため3月15日まで設定していたのだが、実は払い戻しした人は、わずか2割程度に留まった。
 
それは実はネットで
「今回の震災イベントのチケットは実質被災地への寄付なのだから、そのまま寄付でいいんじゃない?」
 
という声があがり、多くの賛同者が現れたためである。有名人の中にも
 
「自分はアクアのチケットを運良くゲットしたけど払い戻しはしない」
と言明した人などがいた。
 
「私たちはこの後も口座番号を明記してチケットを★★レコードまで郵送してもらえたら責任持って返金します」
 
と広報した上で、取り敢えず返金受付窓口を閉めたのだが、その後も返金の請求をしてくる人は皆無だった。
 
それで私たちはありがたくその分を全部被災地に寄付させてもらった。
 
なお今回のイベントの運営費は中継の設備を揃えたり、プロジェクターやパソコンなども揃えたこともあり、全部で2億円ほど掛かっているが、これは6割をサマーガールズ出版、残りを§§ミュージック、★★レコード、フェニックストライン、ムーランが1割ずつ負担している。
 
(ストリーミングの視聴料収入も全部寄付しているので売上が上がっても費用は相殺されない)
 

3月9日(月)。
 
私は再び亮平君と都内の料亭で会ったのだが、私は彼の話に仰天することになる。この料亭はコロナ拡大の中、一般の予約を全て断っているらしい。受け付けているのは、お得意様に限られる。実際この日はどうも客は私たちだけだったようである。
 
「結局、政子と別れた原因って何なんですか?」
「僕の浮気です。本当に申し訳ないです」
と亮平は謝った。
 
「それはいけませんね」
と私はさすがに苦言を呈した。
 
「僕も謝ったのですが、政子はもう冷めたと言って、許してくれませんでした」
「もしかして何度か目ですか?」
「面目ないです」
 
まあ彼はそもそも人気があるし、優しい性格だからなあと私は思った。
 
「それで何から話したらいいのか分からないのですが」
と言って彼は話を始めた。
 

「実は、6日の日に帰宅したら、原野妃登美が来てまして、夕食を作って僕の帰宅を待っていたんですよ」
 
「浮気って彼女ですか?」
「違います。彼女とは2年前に別れた後は、一度もセックスはしていませんでした」
「でも鍵は持っていたんですか?」
「鍵は政子からもらったということで」
「ああ!」
 
「実は僕は政子から妃登美に売却されちゃったんです」
「はあ!?」
 
それで亮平が説明した内容に、私は呆れてしまったのだが、どう反応していいか分からず腕を組んで考え込んだ。
 
「それで実は妃登美は妊娠していたんですよ」
「へ?亮平さんの子供ですか?」
「違います。本当に僕はあの子とはこの2年間性的な接触はしてないんですよ」
「だったら」
「それがこういうことらしいんです」
 
と言って亮平が話してくれた内容に、私は再度腕を組んだ。そして、唐突に、妃登美のお腹の中の子供の父親って、もしかしたらあの人では?というインスピレーションが閃いた。
 
そして・・・その瞬間、氷川真友子のお腹の中の子供の父親も分かってしまったのである。
 
そういうことだったのか!
 
でも1人と避妊失敗するのは分かるが、2人も相次いで避妊に失敗するってあり得るだろうかと考えた。これはきっと誰かの作為がある、と思った。
 
そうだ。これは春朗さんと結婚を決めた女性が仕掛けたんだ。おそらくは自分以外にも彼に恋人がいることを知らず、自分が春朗さんに結婚してもらいたいという一心で。それが思わぬ波紋を生み出したのだろう。
 
ひとつ間違えば大きな悲劇か愛憎劇になるところだが、どうも丸く収まりつつある気がする。
 

「それでどうするんですか?」
「僕は妃登美と結婚するつもりです」
「いいと思いますよ。だったら子供は?」
「200日には足りませんけど、結婚している夫婦が出生届けを出せば、自動的にその子は僕の子供として戸籍に記載されます」
 
(本当は子供が嫡出になるためには結婚後200日以上した後の出産でなければならないのだが、出生届けを出すことで認知したのと同じ効果が出て、特例で嫡出になる)
 
「それでいいんですか?」
「構いません。僕は妃登美のこと好きですから、全てを引き受けます」
「いいと思いますよ」
と言いながら、私は亮平君って、何て男らしいんだろうと彼を見直した。
 
「ちょっと待って」
と言って、私は唐突に頭の中に浮かんだメロディーを近くにあった伝票の裏に書こうとしたのだが、亮平君がさっとメモ用紙を出してくれたので、御礼を言って、私はそこにABC譜でメロディーを書き留めた。
 
だいたい5分ほどで曲はまとまったが、私はそこに『I Love you All』と書いた。
 

「いい曲できました?」
「プライバシーの暴露にならないように気をつけて作りますね」
「お願いします。あまりバラされると、妃登美が辛い目に遭うので」
「分かりました」
 
「それで妃登美と結婚することを今度の日曜日にも発表するつもりです。事務所の社長も承諾してくれました」
 
「まあ、30代のタレントの結婚には反対できないでしょう」
「社長も諦めた感じでした。でもいきなり結婚を発表して、妃登美が妊娠していることも発表したら、それをケイさんが聞いたら激怒するだろうと思ったので、内情を先に話しておくことにしたんですよ」
 
「そういうことでしたか。確かに内情知らずに聞いたら私は激怒したと思いますよ」
 
「ちなみに、政子が怒る原因になった彼女とはもう切れているんでしょうね」
「その子とはもう年末に別れていたんですけどね」
「そうなんですか?そんな前に別れていたのなら政子も怒らなくてもいいのに」
「いや、その時点では新居のプランとかも話していた時期だから、その時期に僕がまだ二股していたことが許せないと」
「ああ。微妙な所だ」
 
「でも僕は妃登美と結婚するから、もう政子の恋人にはなれません」
「まあそうでしょうね」
「ちょっと寂しいけど割り切ることにします」
「妃登美さんを幸せにしてあげてください」
「ありがとうございます」
 
「でも政子のお腹の中の子供の父親であることも忘れないで下さいね」
「それはもちろんです」
 
私はふと気づいた。
 
「だったら、亮平さん、秋には2児の父になっちゃうんだ?」
「そうなんですよ。まだ全然心の準備ができません」
と言う亮平の顔は嬉しそうだった。
 

Timeline(2019.12-2020.03)
12.下旬 高木佳南のニードルワーク
1.初旬 真友子・妃登美が妊娠に気づく。佳南も妊娠確認
1.09(木)真友子、春朗に結婚できないと告げられる。
1.10(金)妃登美、春朗に結婚できないと告げられる。
 
1.23(木)深夜 真友子が礼江に妊娠を告白。
1.27(月)真友子が春朗に認知拒否を告げる。
1.28(火)妃登美が春朗に認知拒否を告げる。
2.24(振)春朗が妃登美にお詫び金を渡して関係清算。
2.25(火)春朗が真友子にお詫び金を渡して関係清算。
 
3.01(日)春朗が佳南に指輪を贈る(サイズ調整のため受取は1週間後)。
3.02(月)礼江が男装し春朗の振りをして宝石店を訪れ、石のサイズを確認。
3.03(火)政子が亮平と別れる。
3.04(水)礼江が真友子に指輪を贈る。政子が妊娠発表し相手とは別れたと語る。
 
3.05(木)氷川と礼江が加藤部長に結婚報告。
同日妃登美はマリから亮平を“買い取り”亮平の所に押しかけ女房。
3.06(金)氷川と礼江がケイに結婚報告。
3.09(月)春朗と礼江が静岡の実家に行き母に結婚報告。
3,15(日)亮平が妃登美との結婚を発表。披露宴はリモートで実施。
 
結局いちばん大きなサイズのエンゲージリングをもらったのは原野妃登美!
前頁次頁時間索引目次

1  2  3 
【夏の日の想い出・君に届け】(3)