【夏の日の想い出・点と線】(3)
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(C) Eriki Kawaguchi 2020-01-19
カウントダウンから「Happy New Year!」の声とともに鈴も割られ、新しい年がスタートした。演奏が再開される。
酒向さんのハイテンポのタムの音が響き『雪を割る鈴』の後半がスタートする。桜木ワルツと山下ルンバのダンスもハイテンポの動きになる。バラライカやバヤンもそれに合わせた早いメロディーやリズムを奏でる。そして私とマリも熱唱する。Cメロ、Cメロ、2サビ、Cメロ、と演奏して最後は「ダン!」と“バンド・ヒット”で終了する。
「さて2020年も明けましたが、今年は皆さんにとって良い年てあるといいですね。それでは新年に向けて1月29日発売のアルバム『十二月』から1月の歌『時の鏡』」
私はアリーナを向き、マリはシアターを向いて背中合わせに立つ。
ヴァイオリニストの生方さんと富永さんが背中合わせに立つ。
フルートを持った七星さんと鮎川ゆまが背中合わせに立つ。
マリンバをスタッフが押して移動させ、グランドピアノを弾く詩津紅
と背中合わせの位置に月岡さんが立てるようにする。
それで一段高い所にいる酒向さんのドラムスのビートに合わせて演奏がスタートする。私とマリ、生方さんと富永さん、七星さんとゆまは時々半回転して逆向きになるが、背中合わせの状態はキープしている。
楽曲は普通にAメロBメロAメロBメロサビ、Aメロサビ、サビ変奏、CメロAメロBメロと進む。そしてコーダになった所で私とマリが向き合い、生方さんと富永さんが向き合い、七星さんとゆまが向き合い、そしてピアノを弾く詩津紅とマリンバを弾く月岡さんが向き合った!
実はマリンバを乗せた部分の床が回転するようになっており、それで詩津紅の向こう側まで移動したのである。
この仕掛けには観客は大いに驚いたようで、物凄い歓声があがっていた実は結構な加速度で移動する月岡さんはアンイージーなのだが、場内の歓声に応えて頑張って手を振っていた。
ここはマリンバ・ピアノ双方を“自転”(rotation)させる案もあった
のだが、グランドピアノが重すぎてスムーズに回転させるのが大変だということになり、マリンバをぐるっとピアノの周りに“公転”(revolution)させる方法になったのである。ここでスタインウェイD-274は480kg 一方Yamaha YM-6100は107kgである。ついでに詩津紅の体重は書いたら叱られるが実は56kg, 月岡さんの体重は72kgである。つまり536kgを自転させるより179kgを公転させるほうが楽という選択になった。この回転機構は本来のステージの上に乗せた"Double Surface"に作り込まれている。セリと周囲の回転機構は元々のステージ自体に作り付けられた機構である。
私は観客に向かって話す。
「本来はここでいったん私たちは退場して、アンコールを頂いた場合はまた演奏する所なのですが、地元との話し合いで0:20までにメインスピーカーを落とす必要があります。それでこの後はアンコール代わりに2曲演奏してそれで完全終了とさせて頂きたいと思います。まずは『影たちの夜』」
大きな歓声と拍手があがり、最初の方だけ出番があって、その後早々に休んでいる和楽器奏者を除いた全演奏者が出てくる。酒向さんのドラムスに続いて始まった演奏に合わせてみんな踊り出す。客席でも踊っている人がたくさんいる。
アンコールとして恒例になっている曲である。私とマリも踊りながら歌う。
そして興奮の中で曲は終了。全ての伴奏者が退場する。酒向さんも一段高くなっている所からステップを降りて退場する。
ステージに残ったのは私とマリだけである。私がグランドピアノの前に座り、その左側にマリが立つ。
最後の曲『あの夏の日』を演奏する。
ずっと立って声援を送ったり手拍子をしたり踊っていたアリーナの観客も着席する。そしてじっとこの曲を静かに聴いてくれる。2007年夏・伊豆のキャンプ場に始まるローズ+リリーの12年半の思いが一気に駈け抜けていく。まぶたが熱くあり涙も浮かぶ。そんな私の顔をマリは不思議そうな表情で見ている。
そして終曲。
最後のピアノの和音が減衰して消えて行く。そして消え終わった所で、マリは私の唇にキスをした。
「きゃー!」
という歓声が会場に響く。
私は立ち上がり、マリと一緒にまずはシアター側にお辞儀をし、振り返ってアリーナ側にお辞儀をした。
それで両側の緞帳が下りていく。私たちは両手でシアターとアリーナの両方に手を振り続けた。
緞帳が降りてしまって所で川崎ゆりこのアナウンスが入る。
「本日の公演はこれをもちまして完全に終了しました。なお、観客の皆様は今しばらくそのまま座ったままお待ちください。係員が誘導致します。例によって前方10列以外は、近い宿泊地に行かれますお客様が元々近くの席にお座り頂いております。係員が行き先ごとに誘導しますので、それまでその場を離れないようにお願いします。本日はローズ+リリーのカウントダウン&ニューイヤー・フラっシュにご来場頂き、ありがとうございました。お帰りになる際、バッグ、スマホ、双眼鏡、メガネ、グッズやパンフレット、傘、お玉など、お忘れ物の無いよう、お気を付けください。ゴミは座席に放置せず、各自持って会場出口の所に置いてありますゴミ入れに種類別に入れて下さいますようご協力をお願いします」
これでメインスピーカーはオフにする。なお係員はかならず言葉とプラカードで誘導する。これは似た音の地名(高浜町と美浜町/あわら温泉と有馬温泉など)の勘違いを避けるためと、耳の不自由な観客が迷わないようにするためである。耳が不自由であまり音楽自体を聞くことができなくても雰囲気を楽しむためにライブに来場するお客様は実はわりといるのである。そしてこれだけ気をつけて誘導しても違う宿泊場所に行ってしまうお客様は毎年一定数発生しているので、それは各々の現地で処理するように枠には元々余裕を持たせている(最悪は従業員用の宿泊スペースに泊めて対応したようなケースもある)。
各温泉地や近隣の民宿、また敦賀や京都・大津・大阪など都市のホテルへのバスに客を乗せるまでにだいたい40分ほど掛かっている。藍小浜や小浜ラボに泊まる客は既に各々の休む場所に移動している。残っているのはこのミューズアリーナ自体に泊まる客である。
この客には全員いったんミューズシアター側に移動してもらう。移動式座席が折りたたまれ、各々スタッフが運転席に乗って運転し、フロアから出て行く。この作業は15分ほどで終了する。代わりに15台もの2tトラックが入ってくる。
ここでアリーナがトラックやスタッフ以外無人であるのを確認して、フロアを7m上げる。この移動に大きな歓声が起きていた。
そして女性客は“既に簡易ベッドが並べられている”1Fアリーナの各々指定された場所のベッドに誘導される。これが1:15くらい。ライブが終わってから1時間弱経っている。
そして床が上昇した2Fでは簡易ベッドの設置作業が始まる。
ベッドは2tトラックからどんどん投下していき、“地上班”が次々と開いていく。1個あたり10秒程度で組めるので15班(運転者+投下2人・組立4人)に分けて6000個のベッドを30-40分程度で組み立て終えることができる。夏にも見たが壮観である。奄美の日食(2009)で大量の簡易ベッドを並べた近ツーの人が計画と指揮をしてくれた。2tトラック1台には約200個の簡易ベッド(畳んで100x24x15cm程度)が積めるので、ミューズタウンの倉庫に1度だけ取りに行けばよい(サイドタウンの荷運び用エレベータは4tトラックまで昇降できる)。
1階部分の簡易ベッドは前日の内に全部並べていた。前日に床を上げてベッドを並べ、床を(ベッドを潰さない高さまで)下げてライブを実施している。前日に1Fに並べるのが当日の作業の練習にもなっている。なお、ベッドの“投下”作業が終わったところで、まだ組み立ては終わっていなくてもお客さんにはフロアに入ってよいことにした。そして自分の番号のベッドの所に行き、まだベッドが組み立てられていなかったら自分で組み立ててもよいことにしたのである。
それで多くの男性客が1:40くらいまでには寝ることができた。実は夏にアクアのイベントをした時には2Fが女性客で1Fが男性客だったのだが、結果的に女性客を長時間待たせることになってしまった。その反省から今回は男女を逆転させることにした。加えて男性客なら多くが自分でベッドを組み立てられる。女性客だとこれがあまり期待できないし、組立てをするスタッフも女性のみ使うことになるので、どうしても男性スタッフより時間が掛かった。結果的に寝られるまでの時間が長くなって、夏は女性客が全員寝られたのは2時過ぎだった。それが今回は男女逆転させることで30分近く短縮することができた。
実は夏の時は1Fには前日にベッドを並べておくことができることに前日の夕方になって気づいて、それから大量人数動員して並べたような有様だった。人手が足りないのでミューズタウンに居た建設作業員まで動員した。
私たち演奏者はライブが終わった後、地下の本控室から車でミューズセンターに運んでもらい、まずはパーティールームに入って打ち上げをする。そのまま部屋に行って寝るという人にはお弁当とお茶(希望者にはお酒)を渡すが、お弁当を朝食べるという人には冷蔵庫に入れておき、朝は各部屋についている電子レンジでチンして食べるよう言っておく。今の時期は暖房をかけているので、暖房のきいた室内に放置しておくと危険である。万一放置してしまった場合は絶対食べないように念をおしておく(朝御飯も別途提供する)。
打ち上げは今回も来てくださった小浜市議さんに音頭をとってもらって乾杯した後は、自由に飲み食い・歓談してくださいということにする。私もマリも30分ほどで引き上げさせてもらったが、近藤さんや鷹野さん、ゆまなどは朝まで飲み明かしたようである。
仙台。
クレールではTKRのアーティストさんたちによるオールナイトライブが、12月31日の夕方から1月1日の朝まで行われ、メイドを18-22時班、22-2時班、2-6時班の3組に分けて対応した。和美は不在だが、チーフのマキコがしっかりしているし、“店長代行”照葉と“社長代行”梓も交替で付いていてくれたので問題無く運用できた。更には出産明けで少し暇になってきたなどと言って初代チーフのライムが顔見せに来ていたのをこれ幸いと徴用して、マキコが休んでいる時間に代わりに入ってもらったら、さすが信頼感があるし、料理も上手いし、カフェラテのラテアートも美しく作るので、まだ1年目のメイドから歓声があがっていた(赤ちゃん連れで来ていたので、赤ちゃんは“会長”と呼ばれている伊藤春洋が面倒を見ていた。実はライムの旦那で和実や伊藤君の元同級生・小野寺晃敬も運転手兼任で来ていたのだが、彼は力仕事でさんざんこき使われた後、ライブを聞きながら座席で眠り込んでいた:ビールが欲しいと言ってここはアルコール禁止と言われていた)。
1月1-2日は臨時休業にし3日の信濃町ガールズ定演から営業再開する。和実は1月1日の夕方戻って来て、和実を待っていたライムと少し話したが、主婦の特性で日中が割と暇らしく、育児費用も掛かるので平日のお昼時を中心にシフトを入れようかなどという話をした。初期メンバーのリズや小浜に行ってきたルシアともかなり話し込んでいたようである。
信濃町ガールズの定演はアクアのツアーに帯同しているメンバーも多いため、この日は主として小学生のメンバーや東北・北関東地区在住のメンバーで構成していた。1月4日もTKRのアーティストのライブがあった。
1月4日は5組のアーティストが出演する予定だった。
トップバッターで音大生女子が友人にピアノ伴奏してもらってヴァイオリンでE-girls/Flowerの曲を演奏した後、40代の高校教師(彼は副職禁止規定でギャラを受け取れないので、ギャラは震災復興基金に寄付)がギター弾き語りで1970年代のフォーク(吉田拓郎・風・グレープ・かぐや姫など)を歌った。3番手は男子大学生4人組メタルバンドの演奏で自分たちのオリジナル曲を演奏したが、演奏水準が高いので、かなり好評だった。4番目に女子高校生のデュオがマイナス1音源でアクアの歌を歌った後、5組目は弦楽四重奏が入る予定だった。
ところが・・・
「来てない?」
「連絡して」
それで連絡してみると日付を勘違いしていて、来週だと思い込んでいたらしい。盛岡在住なので、むろん間に合わない。
「どうしようか?」
とミソノが困ったように言う。
するとマキコが客席に呼びかけた。
「次の演奏予定のアーティストさんが、急にお休みになったのですが、どなたか代わりに演奏しちゃろうという方はおられませんか?」
すると7-8人の体格のよい女子のグループの中にいた1人が
「私でよかったら?」
と手を挙げた。見ると千里である。
「千里?来てたの?」
と和実は訊く。
「ちょっと買物してたんだよ」
「へー。千里なら安心だけど、何する?」
「そうだなあ。龍笛の吹き語りとか」
「そんなのできるの?」
「いまだに成功したことない。じゃピアノ貸して」
「OKOK」
それで千里はスタインウェイのグランドピアノの前に座る。和実が
「それではお願いします。作曲家として有名な鴨乃清見さんです」
と紹介すると、店内に驚きの声があがる。唐突にそんな大物が出てくるとは思いも寄らなかったであろう。
千里は軽くまず自作曲で大西典香が歌ったワールドヒット『ブルーアイランド』を歌い拍手をもらう(逆カバー)。
「この曲は実は宮崎県の青島を歌ったものなのですが、同じ“”ということで『青葉城恋歌』」
などど言って、それを歌って結構盛り上がる。
「少し仙台関係の歌を歌おうかと思います。次は『オ・シャンゼリゼ』」
この曲は仙台ではベガルタ仙台の応援歌として通っている。ちなみに“オ”はよく誤解されているが感嘆詞(O!)ではなく「〜にて」という前置詞(au)−英語で言えば at である。つまり曲のタイトルは直訳すると「シャンゼリゼにて」とか「シャンゼリゼでは」という意味になる。なお同じ“オ”と発音する単語でもリセエンヌ・ドオの最後の“オ”は金(きん)"or"である。
続けて楽天ゴールデンイーグルスの応援歌の一つ『楽天サンバ』(マツケンサンバの替え歌)を歌う。店内は大いに盛り上がる。更に『仙台牛たん音頭』でウケを取って『大漁唄い込み』(通称:斎太郎節:さいたらぶし)で、店はもう宴会になる。
その後はExile『Rising Sun』、ついでにアラジン『陽は、また昇る』、更についでにUSA For Africa『We Are The World』、MISIA『明日へ』、そして最後は『花は咲く』で締めた。
「鴨乃清見さんでした」
と和実があらためて紹介して千里はステージを降りたが
「ごめん、ちょっと時間オーバーした」
と謝った。
「いや、盛り上がったからOKOK」
と和実は言う。
千里の連れ?の女性たちはすぐ帰ってしまったが、和実はテーブルでリズが出したカフェラテをゆっくり飲んでいる千里の所にオムレツを作って持って行った。
「これサービスで」
「ありがとう。頂きます。カフェラテももらっちゃった」
「ギャラはいくら払おうか」
「要らない、要らない、友情出演ということで」
「じゃそうさせてもらおう。ところで買物に来たって、ずんだ餅とか笹かまぼことか?」
「ああ、土地を買ったんだよ」
「へ?」
「このカフェに隣接する土地、Q議員が作って発表していた図面にあった400m×300m, 12ha の土地を私が買っちゃったよ」
「嘘!?」
「イオンが来るかもというんで、ここの土地が凄い高騰していて、平米単価が仙台市街地並みの100万円くらいまで上がっていたんだよ。12haで1200億円だよ。こんなのイオンだって買わないよ。それがQ議員の逮捕とイオンの声明で、ここにイオンが来る可能性は消えた。するとこんな人気(ひとけ)の無い土地なんて誰も買わないだろうというので価格が暴落して平米単価2万円まで落ちていたんだよ。そこを知り合いの必殺値切人に交渉させてさ、結局個別の価格にばらつきはあるけど、12ha全体13億8000万円くらいで買った。今日の午前中に売買契約完了。年末だからどうせなら損切りして税金を安くしたかったんだと思うね。そこを必殺値切人さんはうまく突いたんだろうけど」
「必殺値切人って凄いね」
「ついでに売り手にQ議員の友人や親族の企業が随分あった」
「それは物凄く問題だ。でも必殺仕事人ってどんな人?」
「必殺値切り人ね。若葉のコンサルタントのひとりだよ。中村平蔵さんという人」
「若葉の知り合いか!でも必殺仕事人と鬼平が混じってる」
「本人も自分の名前をネタにするけど、どっちみち怖い。逆らったら斬られそうで。ちなみに剣道五段だよ」
「凄い」
「だけど12haを13.8億円って、かなり安くない?」
「平均平米単価11500円になるね。和実がここの土地を買った時の単価と似たようなもんじゃない?」
と千里は電卓アプリを叩いている。Panecalというアプリだそうだが、まるで本物の電卓を操作しているかのように見える。凄くリアルっぽい画面である。
「あれは400坪を1500万円で買ったんだよ」
「それだと平米単価11364円になる。和実に負けたな」
「あの時は旅館を廃業した人が早く現金を欲しがっていたからね」
「でもここに土地買って何するの?」
「巨大ショッピングモール作ったりして」
「え〜〜〜!?」
「冗談冗談。公園にしてもいいかなと思うんだよね。たくさんお花植えてさ。小川なんかも流して」
「それはいいね」
「ついでに体育館を建てる」
「それが目的か!」
「さっき話していたのは、仙台グリーンリーブズという社会人バスケットボールのチームメンバー。しばしばグリーン・スリーブスと誤記される。大会でも誤記されていたことある。緑の小袖じゃなくて仙台の青葉城ね。キャプテンの小野寺秀美ちゃんは、ここの事務をしている金子さんの高校時代の元チームメイトだよ」
「おっ。複雑な人間関係が」
「そこに体育館建てたら、彼女たちのチームが練習場に借りたいというので、彼女たちの希望とかも聴いていた。設備面とかで考慮する」
「へー。幾らくらいで貸すの?」
「年間300万円でどうよ?と言っている所」
「それかなり安い気がする」
「まあ儲けるつもりは無いから、施設の維持費が出ればいい」
「でも社会人チームにはその300万円もけっこう辛いかも」
「スポンサーと相談してみるということだった。値引き交渉には応じる」
「それあまり安くすると支援しているとみなされるんでしょ?」
「そう。それが面倒なんだよ。私は東京40 minuitsのオーナーだから、他のチームを支援したら違反になる」
「なかなか難しいんだね」
「それでローキューツは冬子に投げたからね。和実、グリーンリーブズのオーナーになる?」
「さすがにお金が無い」
「ユニフォームの広告スポンサーになるとかは?袖口とかなら安いよ」
「金額によっては考えてもいい」
「可能だったら私か金子さんに言って。小野寺さんに連絡を取れると思うから」
「じゃ検討はするよ」
「実は金子さんのチームにも貸す方向にしている。彼女のチームは仙台コシネルズというんだけどね」
「1つの体育館で2チーム練習?2コート使えるんだ?」
「2コート取れるけど、彼女たちには隣の体育館を貸す。こちらはしっかりしたスポンサーがいるから貸し賃年間500万取る。さすがに私も慈善事業ばかりはできない。それに所属リーグも違うしね」
「もしかして体育館2つ建てるの?」
「そうそう。並べて建てる。何かの時には間の壁を撤去して1つの体育館としても使えるようにする」
「それもしかして冬子が絡んでる?」
「ご明察。よく分かったね」
「大きなキャパのライブ会場が欲しいんだ?」
「そうなんだよ。だから建設費は半分冬子が出してくれる」
「金沢でも体育館建設やってるのに」
「その内、体育館の大チェーンができていたりしてね」
「既にできている気がする。千里これ何個目の体育館?」
「そんなに作ってないよ。千葉県の千城台体育館、茨城県の常総ラボ、兵庫県の市川ラボ、東京の深川アリーナ、福井県の小浜ラボ、石川県の火牛アリーナ、そして今度の仮称・若林ツインアリーナとまだ7つ目だよ」
「充分チェーンになってる。福島のは?」
「ムーランパーク福島は若葉が単独で建てた体育館で、私は関わっていない。Bリーグのアブクマーズが設計に関わっているけど若葉の資金力を理解していない。私個人としては少しスペックに不満がある」
「まあプロの目から見たら色々あるだろうし、お金の無い人は本当に必要なものを理解できない傾向があるんだよ」
と和実は言う。それは神田店時代によく若葉から言われて個人的に意識革命していったことでもある。人は資金的に厳しいものを無意識に除外しているのである。
「まあそれでここの体育館はツインアリーナという仮称の通り、2つ並べて建てる。グリーンリーブズに貸す方はヴェガつまり織り姫、女の子たちだから。シンボルは機を織る女の子。椅子は木の枠で暖色系・布の座席。コシネルズに貸す方はアルタイルつまり牽牛星、男の子だから。シンボルは牛を曳く男の子。椅子は鉄の枠で寒色系のビニールの座席」
「金子さんたちのチームって女子チームじゃないんだっけ?」
「本人たちは半分男とか言っているよ。まあバスケガールたちには性別誤解される子や、いつも誤解されて開き直っている子も多い」
「私も最初、金子さんを見た時はてっきり男性かと思ったんだよ!」
と和実は言っている。どうも千里が「半分男」と言ったのを冗談だと思ったようである。
「でも隣に公園ができるのならいいや。ショッピングモールだと雑然としてしまうけど、公園ならカフェの雰囲気としては良いと思うし」
「練習の後、お腹を空かせたバスケガールたちが来るかも知れないけど」
「何かボリュームのあるメニューを設定しようかな」
そういう訳で隣に公園を作り、体育館も建てるという計画について和実は異論が無いようであった。
1月6日(月)、和美は今年の予定について打ち合わせるため、TKR仙台支店に出かけていった。クレールでのライブを担当してくれている山崎さんと会う。
「うちもお店自体はおかげさまで黒字運営しているんですが、やはり建てた時の借金の返済がきつくて、そのことを先日メイド喫茶の連合会で話していたら『どうにもならなくなったら、お客さんがもっと来る仙台市街地に引っ越しちゃえばいいよ』なんていわれたんですけどね」
と和美は相手が山崎さんなので正直に言う。
「それも悪くないと思いますよ。市街地なら、多分今の数倍のお客さんが来るでしょうから売上も数倍になって借金も返しやすいでしょうね。ただ場所代が高いから、部屋を借りて営業するにせよ、買っちゃうにせよ、その家賃やローンも結構するでしょうけどね」
「でもTKRのアーティストさんはお客さんがたくさん来て嬉しいかな」
「それは微妙です」
「そうなんですか?」
「これが★★レコードとかのアーティストならお客さんがいっぱい居るのはありがたがると思いますが、TKRのアーティストの場合はセミプロ以下のいわばクォータープロとか素人に毛が生えた程度の人が多いから、むしろお客さんが少ないほうがいいという人も多いんですよ。大勢の前で演奏する自信が無い、もしくは恥ずかしい。男の娘がスカート穿きたいけど、それで人前に出るのは恥ずかしいとかいうのと似てるかな」
「ああ、何となく分かります」
と言いながら、どういうたとえなんだ?と思う。
「見てたら信濃町ガールズの子たちもお客さんが多い日はビビっているみたいですよ。あの子たちこそ半ば素人ですからね」
「確かに」
信濃町ガールズの子たちがここで定演している最大の理由が“度胸付け”であり、彼女たちは仙台で最低5-6回の出演を経験した後で、もっと大きなホールでの公演やテレビ番組に出るようにしている。ここは練習台なのである。
「あと音量の問題もありますね。町中でやると、よほど防音をしっかりした造りにしていない限り、思いっきり音を出せない。防音構造になっていても同じビル内には振動が伝わるから、貸しビルとかでは難しい。でもあそこは単独の建物で周囲に何もないから、いくら音を出しても叱られない。だからメタルバンドとかも、町中よりあの場所のほうがありがたいんです」
「つまりあそこはそれなりに存在意義があるんですね」
「ですよ」
「でも仙台の市街地といったら、どのあたりを考えられています?」
と山崎さんは訊いたが
「いやなーんにも考えていません。でももし出店するなら、どこがいいんですかね?」
と和美は逆に訊いた。
「まあ仙台市街地で人が多いところといえば、仙台駅周辺、一番町、それと両者を結ぶ中央通りですよね。中でも一番町の中心部、ぶらんどーむ一番町の界隈はファッションの町で渋谷系の文化にも敏感ですからメイド喫茶は受け入れられやすいと思いますよ。また北方の一番町四丁目はライブハウスが多いので、ライブ目当ての客がたくさん来てくれる可能性があります。それと北の四丁目にしても南側のサンモール一番町にしても、歴史の古い商店街だから、老齢の経営者も多くて、お店を辞める人も割とあるんですよ。ですから結構売り物件がありますよ」
「なるほど」
「もうひとつは中央通の真ん中、クリスロードの付近ですね。この付近は予備校とか専門学校が多くて、新学生街になっているから18-19歳の人が多い。若い人たちは東京的な文化にも敏感だから、こういうカフェは流行ると思いますよ。この付近にも何軒かライブハウスがあります」
「あ、もしかしたらあの店を作るときに候補地として検討した付近かも」
「だったら縁があるかも知れないですね」
(和美は勘違いしている。あの時検討したのは東北大学の片平キャンパス門前町であった東一番丁通り(サンモール一番町の南側)である。クリスロードは地価が高すぎて当時の和実には考慮対象外だった。現在、大学機能のほとんどは仙台市西側に広がる広大な青葉山キャンパスに移転が進んでおり、片平キャンパスには本部以外の機能はほとんど残っていない。それに伴い、東一番丁も急速に寂れてきているが、土地が安くなってきていることから、実は和美のお店のようなタイプの様々な新しいお店もできつつあり、“可能性のある”町かも知れない)
「あと、今言ったのは徒歩での立ち寄りを考えた場合ですが、逆に車でのアクセスを考えるなら、青葉通りや広瀬通り・南町通り沿い、またはそこから少し細い道に入った所という手もあると思います。まあここのTKRも南町通りですが車でのアクセスが必要なのでここを選んだんですよ。クレールさんはわりと“通り掛かりにふらりと寄る店”や“近所の人が来る店”ではなくて“最初からここをお目当てにして来る客”や“遠くから来る客”のほうが多い店かも知れないので、意外に通行量よりアクセスを重視したほうがいいかも知れません。その意味では車通り沿いというのはひとつの選択ですね」
「そうそう。うちは普通のカフェとは客層が違うんですよ」
「でも僕、個人的には一番町よりむしろ仙台駅に近い所に作ってもらうと、ありがたいなあ」
「それはまたどうして?」
「実は仙台市街地のライブハウスの多くがさっきも言いましたように一番町四丁目付近にありまして。大会場の電力ホールも近くですね、それに対して仙台駅周辺はそういうものが少なく、わりと空白地帯なんですよ」
「ああ、電力ホールとかの近くか」
(正確には電力ホールは一番町ではなく1本東側の、東二番丁通り(国道286号)沿いにあるが、まあ近くである)
「それとTKRのアーティストってあちこちに分散しているからライブが終わって帰る時に仙台駅近くのほうが助かるんですよね。一番町からの移動は機材持ってるとどうしても30-40分かかります。TKRのアーティストは貧乏だからタクシーとか使えないんです。機材持ってバスでの移動は大変なんですよ。混んでいたら迷惑だし」
「それは割と切実ですね」
と和美は言った。
更に山崎さんは言った。
「よく考えたら、やはり車通り沿いがいいかも知れないですよ。ドラムスとかアンプとか、ほかにも機材たくさん持ってくる奴は車で来る場合もあるから、歩行者天国にあると機材の持ち込みに苦労することになるので」
「当然駐車場付き物件ですよね」
「それは絶対あったほうがいいです」
1月1日未明。私は突然起き上がって叫んだ。
「祭りだ!」
隣で寝ていた政子が目を覚まして
「何の祭り?」
と訊く。
「激しい祭りなんだよ」
と私は言うと枕元にあつた、漁港祭りのチラシの裏にABC記譜法でメロディーを書き出す。ついでに出て来た歌詞も書いて行く。
d>ddA e>eeA|f>ffd g>gge|d2A6
祭りだ、祭りだ、激しい祭りだ、えぃさー
d>ddA e>eeA|f>ffd g>gge|d2A6
祭りだ、祭りだ、熱い祭りだ、えぃさー
aaaa aaaa|agfge4
赤い情熱突き走れ
aaaa aaaa|agfga4
白い吐息よ舞い上がれ
dAeA dAeA|fedeA4
赤いたいまつ、ぶつけ合え
dAeA dAeA|fedeA4
白い力水、掛けてやれ
dAeA defg|aga^ba4
熱い熱気が燃え上がる
祭りだ祭りだ男の祭りだ、えぃさー
祭りだ祭りだ女の祭りだ、えぃさー
赤いスピード飛んで行け
白いリズムよ巻き上がれ
赤い炎が飛び散って、白い水しぶき広がって
人の掛け声が積み上がる
すると横から政子が言った。
「神輿を担いでいるのは猫だな」
「ネコなの〜〜!?」
「赤い猫たちが担ぐ赤い鳳凰の神輿と、白い猫たちが担ぐ白い虎の神輿なんだよ」
「赤い猫とかいるんだっけ?」
「アニメで作ればいいんだよ」
「アニメならいいかもね」
「ところでこれ演歌?」
「演歌ではないね。ヨナ抜き音階では無いし」
実際7(B)はB♭しか出て来ないものの、4(F)はたくさん出て来ている。これを実は4度下(出だしをレッレレラではなくラッララミにする)で書くと最後のB♭が臨時記号無しで書けるのだが、終止音がミになって変である。やはり終止音はミではなくてラだと思うので、結局この音はシ♭にすべきだろう。
この付近は長年曲を書いていてもよく迷う所だ。アスカみたいに音楽理論がしっかりした人とか、七美花みたいにピタゴラス音階が頭にプリセットされている人ならどちらを選択するだろうか?平均律はこういう所が曖昧になる。
「でもロックじゃないね」
「これをロックバンドで演奏しても面白そうだけどね」
「歌謡曲かな。珠妃さんとかにあげる?」
「小野寺イルザか津島瑤子あたりかもね。ちょっと千里に訊いてみよう」
「ああ。小野寺イルザちゃんはよく千里から曲をもらっているね」
「『ハートライダー』で随分イルザちゃんの吹き替えで車を運転したから、それで親しくなったみたいだよ」
「あれ格好良かったねぇ。イルザちゃんもライセンス持ってるんでしょ?」
「あの子も国際C級レース除外ライセンスまでは取ったみたいだからね」
「C級まで行ったらBとかAとか狙わないの?」
「さすがにそのあたりは歌手辞めて職業ドライバーにならないと無理」
「そっかー。あれもこれもという訳にはいかないね」
「そうだよ。人生でできることはそう多くない」
私と政子はその後1時間くらい掛けて楽曲を練り上げた。特に歌詞はかなり直された。
私たちは5時には身支度をすると、竜木梨沙マネージャーに敦賀駅まで先日の水色のアクアで送ってもらった。車自体は駅近くの駐車場に駐めて、一緒に博多に移動した。
敦賀5:52-6:44米原6:59-10:11博多
博多駅からはタクシーで博多ドームに移動する。この日行われるアクアのお正月ツアー初日を観るためである。ドームに着いたのは10:40くらいであった。朝が苦手な政子だが、アクアのこととなると熱心になる。もっとも車の中でも、新快速・新幹線の中でも、用意してもらっていたおせちを食べる以外はひたすら寝ていたが。
なお、博多ドームでは竜木さんに政子はお願いして(アクアのグッズ類を買うのに忙しい−アクアグッズは毎回新作が追加される。開演前はロビーで流れているPVなども熱心に観ている)、私は楽屋に行き、アクアたちに「明けましておめでとう」を言い、その場に居たアクアと秋風コスモス、今井葉月たちにお年玉も渡す(この場に居ない子には後の新年会で渡す)。葉月が中身を見て「すごーい。去年の倍ある。こんなにもらっていいんですか?」などと言っているのがかわいい。
「君たちが稼いでいるからだよ。来年もこんなに渡せるとは限らないから、あまり期待しないでね」
と私は言っておく。コスモスは
「私ももらっていいんですか?」
と言っていたが
「私が引退したら後はコスモスちゃん、よろしくね」
と言っておいた。
この後は本番前まで公演をサポートする(公演自体は政子と一緒に客席で観る)。
ちなみにアクアは東京で紅白に出た後、コスモスと一緒に新幹線で名古屋に移動。ローズ+リリーの前座に出て小浜から移動してきた今井葉月と一緒に『愛のデュエット』を演奏。それから名古屋で一泊して翌朝博多に移動して今日博多でライブをする、という建前だが、実際には紅白に出たのはM、名古屋で葉月と共演したのはN、今日博多でライブするのはFである。この後のライブも分担しておこなう。
12.31(火)東京 紅白 M
12.31(火)名古屋 葉月と合奏 N
1.1(水) 博多ドーム F
1.2(木) 関西ドーム M
1.3(金) 愛知ドーム N
1.4(土) 北海ドーム F
1.5(日) 番組撮影なと゜
1.6(月) 仕事休み 1.11(土)関東ドームM
例によってFの出たステージは「今日のアクア様は女の子らしくて良かった」と言われる。
つまり紅白に出たMが大阪に移動して2日のライブをするが、名古屋で『愛のデュエット』を演奏したNはそのまま名古屋から動かず3日の愛知公演をする。Fは福岡空港から直接新千歳に飛ぶ。ちなみに1月7日に東京で仕事をするのはNらしい。
アクアは分担していてもエレメントガードはマジで移動するので1月4日はお休みにしている。でないと、体力がもたない。むろん札幌公演の前に休日を入れるのは、交通機関が動かなかった場合の備えという意味もある。北海道の特に冬季は怖い。
なお名古屋に居た葉月とコスモスはマジで早朝の新幹線で博多に移動してきた。
名古屋6:20-9:40博多
葉月にはアクアは別便で移動と説明したようだが、実はアクアは移動していない。むろん葉月とコスモスが博多ドームに到着した時、既にアクアは来ているので葉月は飛行機で移動したのだろうと思ったようである。
実際には、セントレアからの始発は
中部国際空港7:40-9:15福岡空港
になってしまうので、新幹線で移動した葉月たちの方が先に着くが、実はこういう便が存在するのである。
名古屋空港7:20-8:55福岡空港
これだと葉月たちよりギリギリ先にドームに到着することができる。むろんアクアは実際には、そんな移動はしていない。
これが千里とかゆまに相談したら
「私のアテンザで送ってあげるよ」
「私のパナメーラで送ってあげるよ」
と言い出すに決まっている。雨宮先生なら、千里か毛利さんを呼び出してやはり夜通し車で走ろうとするだろう。それでは翌日とてもじゃないがまともな歌唱はできない。毛利さんは一度三つ葉たちに「2時間半のライブするのは駅伝を走るくらいの体力が必要だから身体を鍛えろ」と言っていたが、そのくらいかも知れないという気もする。
(彼女たちは番組の企画で1度ハーフマラソンを走らされたが、その後3日くらい寝ていたらしい。スリファーズも巻き添え。信濃町シスターズはスポーツ少女の品川ありさだけが完走して、ひろか・みちるは途中でリタイア)
しかしそういえば毛利さんの奥さんってどんな人だろう?
彼のマンション(三つ葉の初期の企画で勝手に建て替えられてしまったペントハウス付きの豪華マンション)にはしばしば打ち合わせなどで行っているが、会ったことがない。
しかしよく考えてみると、美味しい手料理(?)を頂いたこともあるし、元のアパートがあれだけ散らかっていたのにマンションはいつもきれいにしているので、もしかしたらマンションに引っ越し(?)た直後くらいに結婚したのかも?
そして更に考えてみると、あの頃を境に毛利さんはお酒もタバコも辞めたようなので、ひょっとすると結婚して奥さんに言われて禁酒・禁煙を実行しているのかも?雨宮先生は「飲みに誘っても断るから面白くない」とか言っていたけど。でもお酒はいいとして、タバコはやめられたらやめた方が絶対いい。この業界はヘビースモーカー・ヘビーードリンカー多いけどね。
今年の新年ドームツアーでは、幕間に東雲はるこ・町田朱美が登場して、デュエットでザ・ピーナツの『恋のフーガ』、PUFFYの『これが私の生きる道』、ローズ+リリーの『青い豚の伝説』を歌い、大きな声援を受けていた。『青い豚の伝説』の演奏中には、コスモスの指示だろうか。客席にいる私とマリの所にスポットライトが当り、声援が来るのでマリと一緒に手を振っておいた。
博多ドームでアクアがライブをしている最中に昨夜東京に居た子たちや全国各地にいる信濃町ガールズとその保護者なども福岡市に集まってくる。それでアクアのライブが終わった後、1時間の休憩を取ってから、ドームそばのシーホーク・ホテルで§§ミュージックの新年会を行った。むろん全員にお年玉を配ったが、中身は貢献度に応じて3万円から30万円まで様々である。信濃町ガールズの子は原則として全員3万円だが、あの子たちはどうしてもコンビニや自販機の利用が多くなり、出演1回につき5000円もらっていてもお小遣いが足りない傾向があるから、その補充くらいにはなったろう。
なお、新年会の間、政子は竜木さんに連れられて柳川にうなぎを食べに行っている。新年会に出したらアクアが困るようなことを言いかねない。
新年会では最初に1月1日付けで会長に就任した私(紅川さんは相談役に退く)と、社長の秋風コスモス、副社長の川崎ゆりこが挨拶した上で日野ソナタ(=作詩家の霧島鮎子)の音頭で乾杯。その後は自由におしゃべりして、自由に飲み食い(アルコールは無し。個人的なオーダーも禁止)して下さいということにしたが、現役タレントの面々が一言ずつメッセージを述べる。順序はこのようであった。
品川ありさ、高崎ひろか、アクア、今井葉月、西宮ネオン、花崎ロンド、姫路スピカ、白鳥リズム、石川ポルカ、桜木ワルツ、原町カペラ、桜野レイア、山下ルンバ、東雲はるこ、町田朱美
この順序は川崎ゆりこが決めたもので、“ほぼデビュー順”なのだが、微妙な部分もある。だいたい一番の古株(**)である山下ルンバがこんな後ろの方に登場するのはおかしいという声が結構あった。
(**)2014年夏、§§ミュージックの寮にはヒバリの入院で米本愛心だけが住んでいた。そこに最初山下ルンバが入寮し、続いて品川ありさ、高崎ひろか、アクアの順に入寮した(ルンバの記憶によれば)。アクアはこの4人の女子にたくさん“セクハラ”されているが、本人は性欲も無いしそもそもペニスも無い?のでそれをセクハラと感じてない。何も無いように見える股間と治療薬の副作用で微かに膨らんだ胸を見られて「やはり女の子だったんだね。大丈夫だよ。秘密にしておくから」などと言われて恥ずかしがっただけである。葉月は入寮しなかったおかげで、彼女たちの“魔の手”から逃れられた。月嶋優羽は川崎市の自宅から通っており入寮していないが、お風呂を借りて入ってアクアの裸を目撃している。
パーティーだし、お正月だしということで和服を着ている子も結構居た。
リセエンヌ・ドオは一緒にレンタルしたというお揃いの黄色の振袖を着ていた。佐藤ゆかは鳳凰のような赤い鳥の模様、南田容子はピンクの桜模様、高島瑞絵は青い月と笹の模様、山口暢香は黒い御所車と手鞠の模様だった。花鳥風月だと言っていたが、それだと暢香の御所車が“風”なのだろう。
大崎志乃舞は赤い振袖を着ていた。
「可愛いね」
と私が声を掛けると、本人よりお母さんのほうが照れていた。
「この子、こんなんでいいんですかね」
「立派なお嬢さんですよ」
「やはり“お嬢さん”なのか」
「私はそのつもりだけど」
と本人も言っている。
昨日の前座で今井葉月の歌に東雲はること大崎志乃舞が伴奏すると聞いた時、川崎ゆりこは
「男の娘トリオだ」
と言ったが、私は
「ちょっと違うよ」
と訂正した。
「東雲はるこは半陰陽(という建前)で、今井葉月は女形みたいなもので、大崎志乃舞は男の娘というより女装男子。全員男の娘ではない」
「まあでも似たようなものでは?要するにスカート穿きたいんでしょ?」
とゆりこは言っていた
「同じ黒いお菓子でも、チョコレートとヨウカンと黒棒並みに違うんだけど」
「どれも甘ければOKです」
まあ世間的な認識はそんなものかも知れない。ちなみに大崎志乃舞は山下ルンバの紹介で!?フェイたちのCBF(女湯に入る会)に加入したらしい(アクア・葉月に続く§§ミュージック3人目の加入者)。彼は姫路スピカや白鳥リズムなどと一緒に温泉に入ったことがあるなどと言っていた。姫路スピカとはロックギャルコンテストの同期で仲が良いこともあり、度々一緒に旅行しているようで(三田雪代やスピカの従姉・竹中花絵の4人一緒らしい)、長野県の鹿教湯温泉とか、愛媛県の道後温泉とかでも、一緒にお風呂に入ったなどと言っていた。ちなみにスピカによれば彼は§§ミュージックの研修生の中で最も“女らしい”子だという。料理も裁縫もひじょうにうまいし、性格も優しい。彼は成人式は絶対振袖を着ると言っている。今は高校1年生だが、制服の無い学校なので女子の標準服を着て通学している。
先生たちも
「まあ君が着たいならそれでもいいよ」
と言ってくれたという。頭髪検査も女子基準でやってくれているし身体検査は1人別途で対応してくれているらしい(彼をさすがに男子と一緒には検査できない)から、半ば女子生徒扱いのようだ。女子トイレや女子更衣室を使っても何も言われないということだった。むしろ女子制服で男子トイレを使われるほうがよほど問題がある。女子更衣室では同級生女子たちによる“検査”の結果容認されたと聞いた。彼は声変わりしないように女性ホルモンを飲んでいるので、副作用?で胸も結構ある。
新年会は16時から始めて18時すぎに終了した。政子は19時頃戻って来たが
「お腹空いた。晩御飯何食べようか?」
と言った。
「うなぎ食べてきたのでは?」
「あれはお昼だもん」
竜木さんによれば、政子はうなぎの“せいろ蒸し”を3人前食べたらしい。
「じゃ空港で何か食べようか」
と言って、福岡空港に移動してから“海幸”で夕食を取った。政子のお気に入りの店のひとつだが、ここの天神・福ビル店は現在、ビルの建て替えのため休業中である。
私たちは1月1日の最終便で東京に戻った。
福岡空港21:25-23:00羽田空港
1月3日、私は★★レコードの鷲尾さんに呼び出されて、渋谷のKスタジオに行った。案内で尋ねると4FのK室に行ってくださいというので、そちらに入る。小風と美空が来ていた。私が着いて10分ほどして和泉も到着する。
「それでは話を始めようか」
と鷲尾さんは言った。
「このKスタジオのK室を、∴∴ミュージックの畠山社長と話し合い上で取り敢えず2020年1月1日から12月31日まで1年間貸り切った」
私や和泉は顔を見合わせる。どうも小風だけがこの話を聞いていたようである。
「それでKARIONの諸君、次のアルバムを作ろうではないか」
「しかしまだ構想も何も無いのですが」
「その件に付いて、私と畠山社長は綿貫小風君をKARIONのキャプテンに任命したので、彼女を中心にまとめてもらう。2月までが方向性を固める時間」
「すみません。リーダー交替ということですか?」
「KARIONのリーダーはあくまで絹川和泉君だ。KARIONの音楽も演奏も彼女中心にやってもらいたい。しかし、和泉君も、サブリーダーの天野蘭子君も忙しいので、サードリーダーの小風君にキャプテンをしてもらい、全員のスケジュール管理をしてもらう」
「小風ってサードリーダーだったんだ?」
と私が訊くと
「フォースリーダーは美空ね」
と小風は言っている。
「KARIONおよびトラベリングベルズのメンバーのスケジュールをTimeTreeで管理することにして、小風君にその主催者になってもらう。追って各々に招待状を送る。でも和泉君や蘭子君は忙しくてスケジュールの更新が漏れがちだし、美空君は忘れがちだ」
と鷲尾さんが言うと、美空は頭を掻いている。
「それで和泉君に関しては、畠山社長と話し合って、三杉純子さんを専任のマネージャーとして付けることにした。ドライバー兼任にするし、アクア関連や個人的なことでも使っていいから」
「分かりました。三杉さんにはこれまでも色々手伝ってもらっているので気心が知れていて安心です」
と和泉。
「蘭子君については蘭子君のマネージャーの竜木梨沙さんにお願いすることにして、彼女の上司の鱒渕さんには話をしている」
「竜木さんなら安心です」
「美空君については畠山社長と話し合って、小風君のサポートと兼任で朝風紗織さんにスケジュール管理をお願いすることにした」
「げ?紗織か」
紗織は美空の妹である。適当すぎる長姉・月夜、天然の次姉・美空を見て育ったせいか、三姉妹の中で最もしっかり者である。
「朝風紗織さんは美空君のマンションに住み込んでスケジュール管理をしてくれるらしい」
「要するに朝起こす係だな」
「紗織は過激なんだよ。実家で暮らしてた頃はしばしば水とか氷とか掛けられていた」
「遅刻が減りそうだ」
「ゴールデンシックスに関わるスケジュールも含めて管理してもらうことで、ゴールデンシックスの南国さん及び∞∞プロの了解を取っている」
「それでスケジュール管理にはTimeTreeを使うことにして、それ以外の伝達事項や、相談事、また単純なメモができる場所、共有のホワイトボードのようなものがあったほうがいいと小風君から意見が出ていたので、これはGoogle Documentを使うことにする。KARIONやトラベリングベルズのメンバー、マネージメントチームの人は自由に書き込めるようにするから、アイデア帳とか自由帳としても使って欲しい。ワープロもスプレッドシートも使えるから。機能はOfficeほどは無いけど、まあメモ代わりにはいいでしょう」
「それで製作だが」
と鷲尾さんは言った。
「3月までに方向性を固める。これは忙しい所申し訳無いが、和泉君にお願いする。君が企画を立てないとKARIONではないから」
「分かりました。何とかします」
「その後、夏くらいまで掛けて楽曲を揃えるとともに、出来上がった曲はどんどん録音していく」
「そこでこの4人が揃う日がなかなか取れないのですが」
と私が言うと、鷲尾さんはこういった。
「楽曲を和泉君と蘭子君のメールでのやりとりで充分練ってもらう。共有スペースとしてGoogle DriveあるいはOne Driveを使ってみて。好みもあるので君たちが使いやすいほうで。そして曲が完成したらトラベリングベルズに渡して練習してもらう。和泉君の時間が取れた時に、和泉君にこのKスタジオに来てもらって、トラベリングベルズと一緒に和泉君のパートを収録する。この時他のパートがいないとイメージを掴みにくいだろうから、同じ事務所の後輩、“と金”のメンバーに代行してもらう。小風君のスケジュールが取れる場合は小風君のパートは本人が歌う」
“と金”は女性3人のグループだが3人とも結構な歌唱力がある。売れてないのが玉に瑕!?だが。
「多分スケジュール取れます」
と小風が言う。
「それで多少の調整をして譜面が確定したところで伴奏および和泉君のパートを収録。小風君も参加していた場合は小風君のパートも同時収録」
「それで私や美空は後日収録ですか?」
「そういうこと。少年隊方式」
「少年隊ってそういう制作をしていたんですか?」
「あの3人は初期の頃を除いては個々の活動が大きくなって3人揃って制作することが困難になった。それで各々のメンバーの時間が取れる時にスタジオに入って自分のパート録音して帰るというパターンになった。だからCDを聴けば3人で歌っているように聞こえるけど、CDが出来上がるまでの間3人が実際に顔を揃えることはなかったらしい。最近ではガーネット・クロウも個人主義方式。協同しない。中村さんが曲を書いて七さんが歌詞を書き、古井さんが編曲して、岡本さんがギターを弾き、最後に中村さんが歌を乗せる。全員単独作業」
「現状ではやむを得ないかも。このままではKARIONは活動停止したと思われちゃう」
と私は言った。
「蘭子がそれでいいなら、私も異存は無いよ。何とかしなきゃとは思っていたけど現実にあまり時間が取れない。特に蘭子と私の両方が時間が取れるタイミングがほとんど無い」
と和泉も言う。
「じゃそういうことで、何かあったらキャプテンの小風君に連絡して調整すること」
「分かりました」
「それでアルバムのタイトルだけど『ラブソングス・フォー・ユー』とかはどう?」
と私は提案した。
「ストレートだね」
「明確なコンセプトだよ」
「私は2×4(ツーバイフォー)とかどうかなと思った」
と美空。
「どういうコンセプト?」
「いや建築中の家を見て思いついた」
「却下」
と和泉。
(過去にガダルカナル・ダイアリーなど複数のアーティストが"2×4"というアルバムを出したことがある)
「私は『花言葉』とか考えていたんだけど」
と小風。
「ひたすら花を愛でる訳か」
「そうそう」
「だったら各自、恋歌なり花を愛でる歌を考えて歌詞を書いたり、写真を撮ったりしておいてよ。3月の震災復興支援イベントには4人集まるからその時、お互いの成果を突き合わせて、それでテーマ決定」
と和泉は言った。
「ではそれで」
「よし。方向性は固まりそうだね。それで今年は頑張ろう。それでこのスタジオのルームKはいつでも使えるから、ここに来て楽器を弾きながら、あるいは逆に無音空間で構想を練ったりしてもいいから」
と鷲尾さん。
「それは使わせてもらうかも」
と私も和泉も言った。
「だいたい三川さんが対応してくれると思うけど、手がふさがっている時は誰か代わりの人を付けてくれるはず」
「分かりました」
それでともかくもKARIONの活動は約半年ぶりに再開されたのであった。
和実は宝くじ売場のおばちゃんにくじの袋を差し出し、
「これ当たってますかね?」
と尋ねた。
「はいはい。確認しましょうね」
と言って、おばちゃんはくじを袋から取り出し機械に掛けた。
そして和実はおばちゃんがギョッとするのを見た。
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【夏の日の想い出・点と線】(3)