【夏の日の想い出・点と線】(1)

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KARIONのレコード会社の担当は、初期の頃は不定で、様々な人に担当してもらっていたのを、2008.07に山村美喜さんが固定担当になる(専任ではない)。彼女は私たちの良き理解者で、この時代は円満な制作が出来ていた。
 
しかし彼女が2011年6月に退職した後、担当になった滝口史苑さんとは完全に対立した。彼女のやり方に納得できないと言って、小風が脱退届を書いて、それをみんなでなだめたほどであった。結局滝口さんの方針で作ったCDが悲惨な売れ行きでファンからも非難囂々であったことから彼女は妥協し、CD制作についてはこちらの意見を入れてくれるようになったが、結果的には、KARIONは自主制作に近い状態になり、レコード会社の支援が無いに等しい状態になる。
 
滝口さんは2014年7月に村上専務(当時)直属の戦略的音楽開発室の室長に転じ、KARIONの担当は滝口さんの後輩・土居有華さんになる。彼女は滝口さんよりは随分マシで、KARIONの世界を理解はしないものの受容してくれたので、私たちも随分活動しやすくなった。滝口さんとは挨拶もしなかった小風が土居さんとは割と話していた。しかしこちらとしてはやはり色々不満があった。
 
今年6月の株主総会でのクーデターで村上社長や佐田副社長の一派が経営陣から排除され、その派閥から大量の退職者が出た。滝口さんや土居さんは村上社長の派閥に属するので一緒に退職して新設のMMレコードに移籍した。それでKARIONの担当が空席になったので、一時的に今里蓮枝さんの担当ということになるものの、制作部は大量の退職者が出たののフォローに追われており、ほとんど名前だけであった。2019年10月にリリースしたアルバム『天体観測』なども、実際問題として発売記者会見に同席してくれただけ程度の関わりである。
 
それが社内が落ち着き始めた2019年11月になって、やっとKARIONの新担当が決まったのである。それが鷲尾海帆さんであった。
 

実は鷲尾さんは、KARIONのデビュー記者会見に同席してくれた人である。初期の頃の制作現場にも結構顔を出してくれて、KARIONの路線が固まっていく過程にも関与している。
 
彼女はその後多数のシンガーソングライターの制作に関わった後、関連会社に出向していたのだが、今回の経営陣交代に伴う大量退職者の穴埋め要員として本社に呼び戻された。その彼女が11月中旬になってからKARIONの新担当になることが決まったのであった。
 

鷲尾さんは私たち4人とゆっくり話したいと言った。
 
しかし私はローズ+リリーのアルバム『十二月』の制作で手一杯で“KARIONの頭に切り換える”のは無理だった。いったんそちらに切り替えるとローズ+リリーの頭に戻すのに数日かかり、制作に支障がでる。半日打ち合わせるので半日の時間を空ければいいという問題ではないのである(音楽と無関係のことをするのは問題無いので§§ミュージックの経営については日々コスモスと話をしている)。
 
和泉はアクアの制作で多忙である。アクアの名目上のプロデューサーは青葉で、和泉はディレクターの肩書きなのだが、実際には青葉は富山県に住んでいて、しかも現在オリンピックの代表候補になっているので大会とか合宿とかで多大な時間が取られており、とても余裕が無い。それで実際には和泉がアクアに関する全ての指揮をしている。
 
そして美空は最近ずっとゴールデンシックスに入り浸りである。ゴールデンシックスはローズ+リリーと“ツアー日程”を交換したので、11月23日から12月29日まで全国ツアーをやり、その後年末は単独のカウントダウンライブもすることになっている。更にはアルバム制作の予定もある。それで美空は年明けまでは全く時間が取れないのである
 
そういう訳で、他の3人が全く手が空かないので、鷲尾さんは小風と話し合った。小風は、8年ぶりにまともな担当者になったと言って喜んだ。しかし鷲尾さんは小風から現在のKARIONの各メンバーの状況を聞き、どうしたものかと腕を組み、目を瞑って考え込んだ。
 

その日和実はメイドカフェ連合の寄り合いで京都に出かけた。東京のエヴォン、盛岡のショコラ、京都のマベルの各々のオーナーは△△△大学の西洋貴族史講座の先輩後輩で、仙台クレールを設立した和実も(専攻は違うが)△△△大学の出身である。この4つのメイド喫茶はお互いに資本関係は無いものの、風俗店営業ではなく飲食店営業にすること、アルコールは置かないこと、価格を店外に大きな字で表示すること、などポリシーも共通だし、メイドの地位を表すリボンの色も同じである。また、コーヒー豆や器具などの仕入れを共同(ほぼペーパーカンパニーの“ノブリス”という会社を通している)でおこなっており、忙しい時はお互いにメイドの派遣などもしている。そして不定期にどこかにオーナーが集まって会合(親睦会)をしており、今回は京都で行った。
 
スタッフ交流は、若葉が作ったムーランとの間でも行われており(ムーランの中華料理店で漢服を着るのが楽しみというエヴォンのメイドも居る)、ムーランは実はコーヒー豆をノブリスから仕入れていて、ノブリスの営業成績に大きな寄与をしているのだが、ムーランは巨大資本なので、若葉はこの手の会合への出席を遠慮している。
 
和実は正直に現在の苦境を語ったが
「まあどうしても客が来なかったら、仙台市街地に引っ越せばいい」
と言われて、確かに最後はそういう手段もあるよなと思うと少し気が楽になった。
 
エヴォンだって最初は銀座に作った店が全然客が来なくて神田に移転して成功している(現在は銀座店も復活している)。ショコラも1度移転しており現在のお店は和実が高校時代に勤めていた雑居ビルの2階にあったお店とは違う場所にある。もっと客が来そうな!場所の1階で営業している。
 

マベルを出てから永井(エヴォン)・神田(ショコラ)と別れ、京都の町を歩いていたら、4-5歳のスカートを穿いた男の子を連れた40歳くらいの女性が居た。スカートを穿いていても男の子だというのがすぐ分かったのは、やはり和実が女装者やMTFの知り合いが多いからである。雰囲気的にも男の子なのできっと単純に普通の服としてスカートを穿いているだけで、女性志向のある子ではないと見た。
 
しかしそれ以上に、和実は2人の関係の判断に迷った。孫かとも思ったがそれにしては女性が若すぎるので、むしろ母子かもと考える。高齢出産だろうか?
 
その子供が持っていた風船を飛ばしてしまったようで、街路樹に引っかかっている。それを取ってと言っているものの、女性が手を伸ばしても紐の端に届かないようである。
 
「お姉ちゃんが取ってあげるよ」
と和実は言うと、少し屈伸運動をしてから、軽く助走して思いっきりジャンプ。紐の端を指で掴んだ。離さないよう指に力を入れたまま着地する。
 
「はい。どうぞ、坊や」
と言って風船を渡す。
 
「ありがとう!」
と言って嬉しそうに男の子は風船を受け取った。
 
「でもお姉さんはボクを女の子と間違わなかったね」
「そりゃ見れば分かるよ」
「男の子がスカート穿いちゃいけないのかなぁ」
「そんなことないよ。好きな服を着ればいいんだよ」
 
「そうだよね。あ、お姉さん、風船取ってくれたお礼に当たる宝くじを教えてあげる。今すぐ南座前の宝くじ売場に行って年末ジャンボを三連バラで買うと当たるよ」
 
「そう?ありがとう」
 

和実はその母子?と別れてから、何となく気になったので実際に南座まで行ってみた。確かに宝くじ売場があるが、偶然にも誰も並んでいなかった。三連何とかと言っていたなと思い、窓口に行き
 
「歳末ジャンボありますか?」
と尋ねる。
「はい、年末ジャンボですね。今日からなんですよ」
「三連なんとかってあります?」
「はい、三連バラですね。バラなんだけど各々が3連だから運がいいと1等前後賞が狙えるんですよ」
「じゃそれで」
「はい、9000円です」
 
9000円もするのか!と思った(和実は宝くじを買ったことがない)が、ちゃんと男の子が言った通りの買い方をしないと当たらない気がしたのでそれで1万円札を出し、宝くじの袋とお釣りの1000円をもらった。
 
その後タクシーで京都駅まで行き、お土産に“おたべさん”を買った。それで新幹線の切符を買おうとしていたら
 
「和実!」
と声を掛ける人がある。見るとローズ+リリーの冬子だった。
 
「お疲れ〜。ライブか何かあったんだっけ?」
「年末のカウントダウンを小浜でするから、下見に行ってきたんだよ」
「ああ!」
「京都から車で往復したから」
「小浜って京都府だったっけ?」
「よく間違えられるけど福井県。隣の舞鶴市は京都府だよ」
「ああ、そのあたりの地理が怪しい」
 
昨年はマベルがカウントダウンに出店したのでクレールからも数人メイドが応援に行ったのだが、和実は現地を確認していなかった。今年もマベルは出店予定で、昨年同様クレールからも3人応援に行くことになっている。
 

冬子がグリーン券をおごってくれたので、一緒にグリーン席に座って東京までおしゃべりした。
 
「あれ?それは宝くじ?」
「そうなんだよね。実はさ」
 
と言って、和実は木に引っかかっていた風船を取ってあげたら男の子が当たる宝くじを教えてあげると言ったので、何となく気になったから買ってみたと語る。
 
「それって本当に当たるかもよ」
「当たるといいね」
 
と言って和実は中を開けてみた。
 
「なるほどー。こういう仕組みになっているのか」
と和実も冬子も“三連”の仕組みを実物を見て理解した。
 
30枚の籤券は、下一桁は0-9が3回繰り返されているのだが、各々が連番になっているのである。
 
27-242380 27-242381 27-242382
39-153891 39-153892 39-153893
63-171392 63-171393 63-171394
(中略)
98-368249 98-368250 98-368251
 
「これなら末等の300円は必ず3枚当たって900円は戻って来るし、1等が当たった場合、ひょっとすると前後賞も一緒に当たる可能性がある訳だ」
 
「面白いセットを考えたもんだね」
「うん。バラのセットは前後賞は放棄して10倍楽しむものと思ってたけど、これなら10倍楽しんだ上で前後賞も狙えるわけか」
 
「でもこういう発券の仕方って、コンピュータが無きゃ無理だよね」
「うん。人手でこういう揃え方をするのは絶対無理」
 
「なんかコンピュータ前提のものってのが増えたよね」
 

「だけど、その男の子のそばに付いていた女性の関係に少し悩んじゃって」
と和実は、その女性が母親なのか祖母なのか悩んだことを言う。
 
「無関係の人だったりして」
「え〜〜!?」
 
(冬子は図らずしも正解を言っている)
 
「『点と線』って知らない?」
「ああ、トリックだけは聞いたことある」
 
「松本清張の名作だよね。ポイントは2つ。ひとつは東京駅の13番ホームにいた目撃者が、15番ホームに停まっていた夜行特急に乗り込む2人の男女を見たというもの。当時の時刻表では、東京駅の13番ホームから15番ホームを見通せるのは4分間しか無かったというもの」
 
「それって日本の国鉄でなきゃ絶対成り立たないトリックだよね」
「そうそう。秒単位で正確に運行される日本の鉄道だから成り立つ。外国じゃ無理」
 
「もうひとつ。これがタイトルの由来にもなっているんだけど、捜査していた刑事さんが休憩するのにスナックに入っていったら、ちょうど前後してお店に入ってきた女性客と、連れと誤解されたっての」
 
「そこから心中遺体と思われたのが違うのではということに気付くんだったね」
「うん。男女の遺体が並んでいたら、多くの人が心中だろうと思ってしまう」
「一種のゲシュタルトだよね」
「点が2つ並んでいたら、人間は心理的にその間に線を引いてしまう。これがタイトルの意味だったんだよね」
 
「推理小説ファンの某作曲家(実は東郷誠一)さんが、松本清張の作品ではこの『点と線』ともうひとつ『時間の習俗』が凄いと言っていたよ」
 
「そちらは男女が入れ替わる奴だった?」
「そう。身元不明の男性の遺体があって、一方では事件の鍵を握ると思われる謎の女性の行方が分からない」
 
「それも1960年代だから成り立ったトリックだよね」
「うん。今では女装男子なんて普通だからね。実際1980年代にドラマ化された時はその1番のトリック部分が軽く流されちゃってたらしいよ」
 
「まあ仕方ないね。芸術作品はその時代背景の束縛からは逃れられないものだよ」
と和実は言った。
 

政子は文句を言った。
 
「これ外国産のばかり!」
「えっと・・・」
 
政子が食べているのは出前の天麩羅そばなのである。いつも頼んでいるお店が店休日だったので他のお店に頼んだのだが、どうもお気に召さないようである。
 
「わりと美味しいと思うけどなあ」
と私は言った。
 
しかし政子は文句を言う。
 
「このそば粉は中国産だと思う。混ぜている小麦粉はオーストラリア産、海老はインドネシア産、それにつけている小麦粉はこちらはたぶんカナダ産で使用された卵はオランダ産の卵液。そばと天麩羅の衣で別の産地の小麦が使われているから、この海老天と麺は別の製造所で作られたものだよ。ネギはベトナム産。調味料だけど、砂糖はタイ産、醤油に使用されている大豆はアメリカ産で、しかも遺伝子組み替えされた大豆が使われている。これ独特の風味があるんだよ。自然界には元々存在しないもの。化学調味料だけ国産だな」
 
「なんか凄いね!」
と言いながら、なんでそんなに産地が分かるんだ?と私は疑問を感じる。
 
「ひとつの丼の中に入っていて、一見セットであるかのように見えるけど、実はぜーんぶバラバラ」
 
「まあ世の中、そういうものが多いよ。私たちが出してるCDとかもディスクそのもの、中に封入するパンフレット、プラスチックケース、外側のビニールのカバー、全部別の所で生産されてまとめられているからね」
 
「でも根本的にこのおそば、美味しくない」
「だったら私がもらおうか?」
「ううん。食べる」
 
と言って政子はきれいにそのそばを汁まで完食し、更にあと2杯も食べちゃった!(4杯頼んで、私(+あやめ)が1杯で政子が3杯)
 

ローズ+リリーのカウントダウン・ライブは2015年から始めてこのような会場を使ってきた。
 
2015 安中榛名特設会場 3万人
2016 宮城県M市特設会場 5万人
2017 博多ドーム 3万人
2018 小浜市特設会場 5万人
 
1番凄かったのが2016年でファンクラブ枠41000人に対して10万人以上の応募があった。2017年はマリの結婚憶測騒動などがあり不安だったが、大林亮平の援護射撃のおかげで騒動は収束。ファンクラブ枠21000人に対して5万人以上の応募があって何とかなった。昨年はマリの妊娠でさすがにカウントダウン自体できないだろうと思ったのだが、妊娠中のマリがステージ下の控室で座って歌い、ホログラフィをステージに出演させるという手法で実施。ファンクラブ・一般ともに抽選にしたが合計9万枚分の応募があった。2017年の応募は7万人くらいだったのに!
 
「要するにマリちゃんが結婚するかもという話になると人気は落ちるけど、出産は人気に影響しないんだな」
などと、ゴールデンシックスの梨乃などは言っていた。
 
今年も昨年と同じ場所なのだが、特設会場ではなく同じ場所に建設された恒久的な施設、ミューズシアター、ミューズアリーナを使用する。
 

ここで何万枚発売するかについて私と七星さんと加藤制作部長の3人はかなり話し合った。これが8月中旬くらいのことであった。
 
「ローズ+リリーの『Atoll-愛の調べ』は現時点で150万枚売れている。7万人行けると思う」
と加藤部長は言う。沖縄本島近くにある“ルカン礁”を見た感動から書いたこの作品は、私自身も久々の快心作で、個人的には『青い豚の伝説』以来の出来だと思う。これでローズ+リリーのシングル連続ミリオンは16に伸びた。
 
2013.01.02(水) RL12『夜間飛行/ピンザンティン』 110万枚
2013.03.20(水) RL13『言葉は要らない』110万枚
2013.04.24(水) RL14『100%ピュアガール』120万枚
2013.08.28(水) RL15『花の女王』 130万枚
2014.04.09(水) RL18『幻の少女/愛のデュエット』110万枚
2014.07.16(水) RL19『Heart of Orpheus』 140万枚
2015.03.11(水) RL20『不等辺三角関係』130万枚
2015.07.29(水) RL21『コーンフレークの花』190万枚
2015.12.23(水) RL22『振袖』195万枚
2016.04.27(水) RL23『ちゃんぽん』150万枚
2016.11.09(水) RL24『その角を曲がればニルヤカナヤ/来訪』170万枚
2017.11.15(水) RL25『青い豚の伝説』180万枚
2018.01.01(月) RL26『Four Seasons』140万枚
2018.08.29(水) RL27『お嫁さんにしてね』200万枚
2019.03.27(水) RL28『天使の歌声』160万枚
2019.07.23(火) RL29『Atoll-愛の調べ』150万枚
 

「先日コスモスと一緒にミューズ・シアター、ミューズ・アリーナの引き渡しに行ってきたんですが。実際両者の間の壁も一時的に外して、ステージに身長165cmの丸山アイに立ってもらい、私とコスモスでアリーナの一番端から見たんですよ」
と私は言う。
 
「うん」
 
「豆粒人形という感じでした」
「まあそんなものだろうね」
 
「アリーナの最後列からステージまでの距離が240mです。実際のアクアの身長は丸山アイより低い156cmなので、たとえれば2.4mの距離にある1.56cmの豆人形なんです」
 
「かろうじてそこに居るというのが分かる程度かな」
と七星さん。
 
「角度にすれば156cm÷240m = 0.0065 になります。東京ドームのライブではスタンド席の一番後ろからステージまでだいたい180mくらいで角度では0.00866で、これは実は太陽の視直径(0.009)に近いのですが、それより25%小さい。アクアのライブなら、それでもまだ行けるかも知れませんが、ローズ+リリーのステージとしてはどうかと思うんですよね」
と私は主張した。
 
「だったら?」
「ミューズシアターの方は使わずに、ミューズアリーナのみ使おうかと思うんですよ」
「すると販売数は?」
「端にステージを置いた場合で5万、センターステージにした場合で4万ですね」
 
「昨年はマリちゃんが実物では出演せずにホロスコープ出演だったのに9万も応募があったんだよ。今回は産休明けだから、見たいという人はもっと増えると思う。それならできるだけ多くの人にチケットを配るべきだと思うんだけどね」
と加藤さんは言う。
 
「ホロスコープじゃなくてホログラフィかな」
と七星さんが訂正する。
 
「それそれ。ホロスコープって何だったっけ?」
「ホロスコープは占星術ですね」
「あっそうか」
 
「宿泊はどのくらい確保できるんですか?」
と七星さんが質問した。
 
「旅行代理店・地元の観光協会・★★クリエイティブ3社による実行委員会を構成して、実は昨年のカウントダウン直後から動いてもらっているんだけど、京阪のホテルとのセットも含めて今の所6万人分くらい確保できる見込み」
と加藤さん。
 
「それは凄い」
 
「この中には、そのミューズ・アリーナの床を7m上げて2階建て状態にして各々に簡易ベッドを6000個並べて合計12000人を収容するというのも入れている」
 
「それ壮観でしょうね」
 
「1階は男性、2階は女性で男子禁制、男の娘さんは別棟の小浜ラボに」
 
あれは別棟という訳ではないんだけどなあと私は思う。しかしローズ+リリーのファンには、私の性別問題もあり、MTFや女装趣味の人は多いのである。
 

7万枚の販売を主張する加藤さんと4〜5万枚という線の私の主張は平行線だったのだが、七星さんが妥協案を出した。
 
「昔、大分でローズ+リリーのライブをした時に、ライブ自体はキャパ1000人のハルモニアホールでやって、隣の1万人入るコンベンションセンターで同時中継のライブビューイングしたことありましたよね」
 
「ああ、やったね!」
と加藤さんも懐かしそうに言う。2012年12月のことである。当時はまだ大観衆の前で歌うのが怖いとマリが言い、“リハビリ”をしていた時期である。
 
「今回もそれでいきませんか?」
と七星さん。
 
「だったら2万人のミューズシアターで生ライブをして、5万人のミューズアリーナで同時中継するの?」
と加藤さんが訊く。それではセールスがかなり小さくなるだろう。加藤さんは不満そうである。
 
「逆ですよ。ミューズアリーナ5万で生ライブをして、ミューズシアター2万でライブビューイングするんです。アリーナは総立ちでしょうけど、シアターはゆっくりと座り心地の良い椅子に座ってご鑑賞下さい、と」
と七星さんは説明した。
 
「いいね!それ!」
と加藤さんはその案に賛成した。
 
私も5万人のアリーナで歌うなら、シアターとの境界にステージを設置した場合に最後尾の席との距離は140mになるので、まあマシかなと妥協することにしたのである。
 
それで2019年のカウントダウンライブは、ライブ本場が5万人(入場料8800円)+隣の会場でのライブビューイングが2万人(入場料6600円)という構成で行くことが決まったのである。むろん隣接する会場でのライブビューイングというのは、当然ながら本人たちがサプライズ登場して1曲歌うような演出を期待することになる。
 

それで私たちは9月上旬のイベント詳細発表をするべく準備作業を進め、宿泊も旅行代理店や地元観光協会を通して予約作業を進め、体育館に導入する簡易ベッドも大量に発注した。
 
ところが・・・である!
 

「よくない」
と若葉は言った。
 
8月末のアクアライブが行われた翌日のことであった。
 
「どうしたの?」
「アクアが小さすぎる」
「へ?」
 
「昨日のライブで私最後尾の席からステージを見てみたけど、全然見えないじゃん」
と若葉。
 
「多くの観客が双眼鏡持ってたね」
となぜかここに居るキャロル前田。
 
彼(彼女?)は一般枠で運良くチケットを確保してライブを見たらしい。彼なら直接アクアかコスモスに頼めば関係者枠で取れたろうに。ちなみに彼は今日は珍しくスカート姿である。去勢していることを公表した後、一時はテレビなどから消えていた彼も、バラエティ番組などへの出演を軸に美事に復活。かつての“美少年アイドル”時代ほどのファンは居ないものの、3000人クラスのライブ会場なら満杯にできるまで復活してきた。ロックミュージシャンとしての評価は比較的高い。海外のメディアに "Japanese Jayne County" と紹介されたことがあるが、本人は「そんな凄い人と比較しないで」と恥ずかしがっていた。もっとも彼は Jayne County (元Wayne County) とは違い、まだ?性転換手術はしていない。たぶん。
 
彼はテレビに出る時は一時期は女装が多かったものの最近は逆に男装が多くなっており、性別意識が揺れているのかな?と私は思っている。ライブではだいたい前半女装・後半男装で登場するのがお約束になっている。ちなみに放送局のトイレは「男子トイレ使ったら苦情が来たので」と言って女子トイレを使用しているらしい。また下着は女物しか持っていないという話だった。バストは本物で、去勢していることを公表した頃から女性ホルモンを積極的に飲み始めて、現在Cカップらしい。
 

「実際、双眼鏡が用意していた1万個、完売しました」
と原田友恵が言う。
 
「20種類くらいの双眼鏡をテストした上で、ちゃんとステージ上のアクアの表情まで確認できて、視野が明るく、比較的手ぶれしにくい双眼鏡を用意して売ったので、かなり好評でした。私は1000個も用意すればいいのではと思ったのですが、山村さんが余ったら自分が買い取るから1万個用意してと言ったんですよ。メーカーは特需です。持参の双眼鏡では見えないと思った人たちが、会場で用意した双眼鏡を試してみて「これなら見える」と言って買ってくれたんです。おかげでそれだけで6000万円の売上げです」
と原田。
 
「ボクも買ったけど、目立たない所にアクアのロゴマーク(波模様)を入れたのが良かったね」
とキャロル前田。
 
「たぶんアクアのロゴマークが入っているので買った人もいるだろうね」
と私は言う。
 
「でもキャロルさんがおっしゃるように目立たない所に入れたのが良かったみたいです。あれなら、他のアーティストのライブに持って行ってもいいから」
と原田。
 
「まあそういう訳でシアターは改造しようと思う」
と若葉は言った。
 
「え〜〜!?」
 

「どう改造するの?」
と私は訊いた。
 
「ステージはシアターとアリーナの中間に置く。それに合わせてシアターのスロープを逆向きにする。つまり180度回転させる」
 
「それって作り直しなのでは?」
「単に回転させるだけだよ。播磨工務店さんに見積もり取ったらほんの10億円程度ででできると言われたよ」
 
「10億円が“ほんの”なのか」
とキャロル前田も呆れている。
 
「それとシアターの音響に不満があったのよね」
と若葉は言う。
「PAの白金さんに訊いてみたら、やはり末広がりの形が良くないというからさ、長方形に変更する」
 
「待って、末広がりの形って音響に良くないんだっけ?」
と私は焦って尋ねた。
 
「音響設計では常識だと白金さんは言ってたよ。斜めに広がる形は音が複雑に反射するから、結果的に壁の反射を布などを垂らして吸収しないとまともな音にならないって」
 
「私、末広がりの形がいちばん音響にいいと思ってた!」
と私は言った。
 
「音響的に理想なのは、シューズボックス型といって、天井の高さも、左右の壁の幅も14mのものなんだって。音が天井と床、あるいは左右の壁を往復するのに掛かる時間が 28m÷340m/秒 = 0.08秒になって、この音の反射が作る残響が凄く耳心地がいいらしい。でもこれでは大きな観客を入れることができないから、様々な形の大会場が生まれたと。末広がりの形は演劇をするにはいいらしいのよ。多くの人が間近でステージ見られるから。だからアクアのライブには良かったのかもね。長方形の会場なら、音の反射が規則的だから、ずっと音響の処理がしやすい。一番酷いのは楕円形とか波形の壁を持つ会場で設計者を殴りたくなると言っていた。音が聞こえないポイントが大量に発生するらしい」
 
「私、白金さんに殴られるかも!」
と私は言った。
 

若葉は速攻で(Muse-3に計算させて)構造設計書を作り、小浜市側に打診した。市側は驚いたものの、費用は全て若葉が出すので市の腹は痛まないし、シアターは巨大ライブ以外では使い道がない。アリーナの方は普通に中高生などの部活で使えるということであったので、短期間で承認してくれた。
 
そういう訳で、9月下旬から播磨工務店の手により、ミューズシアターの改造が始まってしまったのである。そしてこの夏アクアのライブが行われた会場は1回使われただけで姿を変えることになった。
 
播磨工務店は金沢で青葉が作るスポーツセンターの工事も手がけているのだが、そちらは本格的な建設に入るのは11月頃だという。それで播磨工務店はその前にこちらの改造工事をするということであった。私は本当に年末のライブに間に合うのか?と心配したが、播磨工務店の南田社長は絶対に11月末までには完成させると言ったので、私と加藤課長はそれができるという前提で、ローズ+リリーのカウントダウンのチケットを販売することにした。
 

そしてステージがシアターとアリーナの間に設置されるということは、8月中旬に話し合った内容がひっくり返ってしまったのである。
 
「普通に7万人入れていいよね?」
「シアター席とアリーナ席ということで募集しましょう。シアター側は座って聴いてもらう。アリーナは総立ち」
 
「前後に観客入れる方式は、一度大宮アリーナでやってるから大丈夫だよね?」
と加藤さんが訊いたが
 
「普通のライブとちょっと勝手が違いますけど、カウントダウンはそもそも特別だから問題ないと思います」
と七星さんも言った。
 
なお、両者には少しだけ値段差を付けることにし、シアター席は9350円、アリーナ席は8800円ということにした。少し良い座席に座れるということでの値段差である。また立ちたい人はアリーナ側で申し込んで欲しいと広報することにした。
 

2019年9月28日(土)夕方。
 
私はネットで“究極の自爆営業”という言葉がキーワードとして急上昇しているのに気付き、何だろうと思い見ていて、青葉が7億円でスポーツセンターを建てかけで放置されていた土地を買ってしまったことを知り、その動画を見て唖然とした。私はすぐ青葉に電話した。
 
「体育館建てるよね?」
「まだ何も考えてないので、これからですが」
 
「体育館建ててさ1万人クラスのライブができるようにしようよ」
「1万人ですか?」
「金沢も富山も大きな箱がなくて、全国ツアーやる時にいつもネックになっていたんだよね。建設費半分、私が出していいからさ」
「半分ですか・・・」
 
「もう売買契約はしたの?」
「9月30日、消費税が上がる前に契約する予定です」
「何なら前金で50億円くらい送ろうか?」
「いえ、設計とか見積もりとかができてからで」
「7億円は払える?」
「はい、そのくらいは大丈夫です」
 

実際青葉は予定通り9月30日に所有していた銀行との売買契約を済ませた。既に構造設計書その他もできていると聞いて驚いたが、千里2がMuse-3を使って作成させたらしい。最終的な設計書の監修は大手ゼネコンのベテランの設計士にしてもらったらしいが、千里も色々コネを持っているようだ。
 
10月16日に起工式をするというので驚く。早々に着工するようである。何でも青葉が“すぐ使う”暫定プールは11月上旬には完成。春までには体育館も完成予定という。体育館の横には若葉が郷愁村に続く第2の
アクアリゾートを建設するということだった。これもきっと来年の夏までに作ってしまうのだろう。
 
起工式には私も行きたかったが、アルバム制作中で厳しい。するとちょうど来ていた、麻央が
「私が代わりに行って来ようか」
と言った。
 
「臨月なのに大丈夫?」
「平気平気。万一飛び出して来たら、新幹線生まれの子になるかもね」
 
私は念のため女性看護師さんに付いていってもらうことにした。
 
実際にはこの直前に襲来した台風19号により北陸新幹線は車両基地に停まっていた車両が10編成(全編成の3分の1)も廃車になるなど多大な被害を受け、取り敢えず10月15日は北陸新幹線の運行は無かった。そのため、麻央は若葉の名代で起工式に出席する永井麻衣(若葉や和実が以前勤めていたエヴォンのオーナー永井龍昭の奥さん)及び私が付けた看護師さんと3人で、米原経由で金沢まで行った(さすがに臨月の妊婦を気圧変動する飛行機には乗せたくない)。
 
それで行ってみると、計画は更に拡大していて、室内テニスコート、室内グラウンド・ゴルフ場まで作ることになったらしい。私はこの計画は更に拡大して室内陸上競技場とか、室内スケートリンクとか、ひょっとしてドーム球場とかまでできるのでは?という気がした。
 
何しろ若葉という、お金が余って困っている人が関わっている!
 

千里1は9月の中旬からお遍路に行っていたのだが、10月19日に完了して、20日には高岡の桃香の実家に報告に行った。ここにしばらく桃香が滞在していたのである。千里1はそのまま月末まで高岡に居たのだが、そこを10月21日、多忙な若葉が訪問した。
 
「ね、ね、千里ちゃん、温泉が出そうな所を探してくれない?」
 
若葉は青葉が買った土地にプールとスパから成る“アクアリゾート”を作る予定なのだが、スパは川の水を取水したものを温めて使用する予定である。つまりただのお風呂である。これを温泉にできないかと若葉は考えたのである。
 
それで若葉が千里を連れて建設予定地に行く。青葉も一緒に付いてきたのだが、3人で歩き回っていて、千里(千里1)は、敷地内のある1点を指さした。
 
「ここに水脈があるよ。温泉かどうかは分からない」
と言った。
 
「よし掘ってみよう」
 
それで若葉はすぐに試掘許可を取り、11月に実際に試掘をした所、本当にそこから温泉が出たのである。温泉が出たという報せに近隣の他の温泉が緊張した。しかし泉質が他の温泉とは違うものだったので、別の温泉源を掘り当てたようだということで、周囲の温泉はホッとした(ダジャレではない)。
 
しかしそれでも客を取られるのでは?という懸念を持っていたようなので、若葉は元々ここを所有していた銀行を通して話し合い、周囲の温泉と協調するため、津幡アクアリゾートへの資本参加、あるいは共通入浴券の設定などを打診した。その結果、1社が資本参加の意向を表明し、運営会社の3%の株(300万円)を持つことになった。また共通券は価格の問題で難しいものの、お互いに優待券を発行すること、同温泉が津幡アクアリゾートの“奥の湯”を称することで合意した。また他の温泉ともその温泉を通して話し合いを続けたところ、“津幡温泉リーグ”を組み、スタンプラリーなどを設定し、各温泉のポスターを津幡アクアリゾートに張り出すことなどで合意した。
 

さて、臨月なのに金沢まで往復して起工式に出席してきた麻央は、実際には11月11日(月)に女の子を出産、柚と名付けられた。麻央と佐野君の間の第一子である。佐野君が物凄い喜びようであった。
 

それより少し前の10月27日(日)、青島リンナと百道大輔は“別々に”報道機関にFAXを送り、離婚すること、子供の夏絵(2018.8.3生)は百道が引き取ること、を発表した。離婚の理由は性格の不一致ということであった。夏絵は実際には百道のお母さんが育てるようである。まだ1歳になったばかりの子供を父親が引き取るというのは珍しいケースだが、百道は「とてもじゃないが、あいつには任せられん」と言い、リンナは「私には子育ては無理」と言ったので、何となく状況は想像できた。確かに芸術家気質のリンナは音楽に夢中になっていたら、子供に御飯をあげるのも忘れそうである(ある意味マリに似ている。マリが子育てしたら、間違い無く、あやめは餓死する)。
 

2019年のローズ+リリーの活動だが、夏頃まで私が昨年の猛烈な作曲活動の余波でダウンしていたので、宮古島から戻った7月になってやっと始動した。そして2017年にキャンセルされてしまったアルバム『Four Seasons』のリブートとなったアルバム『十二月(じゅうにつき)』を12月まで掛けて制作した。
 
その中で私は番外編のアルバム『戯謔(ぎぎゃく)』やそれに先行するシングル『天使の歌声』などで適用した "Max10"(使用する楽器を最大10に制限する)の流れを汲む "Max12" というポリシーをほとんどの曲に適用した。
 
それでこのアルバムでは『青女の慟哭』を除いては、シンプルで分かりやすい和音構成になっている。ファンの間でも賛否両論があったのだが、概ね好感する意見が多かったようである。
 
このアルバム『十二月』の発売は2020年2月くらいの予定である。2月にツアーをする予定なので、それに合わせての発売になりそうだ。
 

アルバム制作の終わりが見えてきた頃、11月下旬に私はカウントダウンライブをする小浜ミューズパークの下見に行って来た。若葉が唐突に思いついて改造することになったミューズシアターの工事進捗具合を見たいというのもあった。
 
実際には既に工事はほぼ完了していた。後は各種の検査を受けるだけという話で、播磨工務店の主力は既に金沢に移動しているということだった。
 
若葉が言っていた通り、シアターとアリーナの間にステージが設営され、その両脇にステージサイド控室があって、そこからエレベータあるいは階段で地下の本控室と行き来できる。ステージは30m×30mの正方形だが、以前のステージのように傾斜は付いておらず水平なステージである。これは前後両側から見るという事情から来たものである。
 
地下は3室に別れており、中央のスペースがいわば裏ステージで、セリ(上下する機構)などもある。用途によってはここに楽団とか影の演奏者!を置いてもよい。
 
上手・下手各々の本控室は個別更衣室やシャワー・トイレ・小キッチンなどもあり、プロジェクターでステージや観客の様子が映し出されるようになっている。ミューズセンターとの間はセンターと藍小浜の間に元々作られている地下通路(自動車がすれ違える広さ)で連絡できる。100mなので、走ってもいい!
 
シアター側はステージの所が最も低く、ミューズセンター側に向かって高くなっていっている。音響のために壁自体はまっすぐになっていて奥行き80m 幅200mの長方形に改造されている。前後左右に10mずつのスペースを取り、60m×180mの領域に座席を設定し、元の末広がり型のシアターと同様に約2万席を設置できる。私が見た時点では21500席が設置されているということだった。座席はスタッガードで、前列の客の頭と頭の間に座れるようになっている。実は青葉が金沢に作っているスポーツセンターでこのスタッガード方式を採用したので、早速それと同じ方式をこちらにも取り入れたのである。
 
また、アクアのライブの時は車椅子席のそばに、介助者が座る椅子が無かったことに当日気付き、急遽パイプ椅子を置いて対応した。今回は車椅子席の隣に床から立ち上がる椅子が作り込まれているのも見せてもらった。これは車椅子を固定した後で起こす仕様になっている。車椅子を移動してきて固定するまでは椅子があるのは邪魔なので、その後で出現するようにしたのである。なおこの仕組みはシアター側のみにあるので、原則として車椅子の客はシアターに入れる。(障害者手帳や養育手帳などを持っている人は付き添い1名と共に入場料半額)
 

今回は京都駅から、アクアのマネージャー山村さんの知人の車で小浜まで往復したのだが、京都駅で帰ろうとしていたら和実と偶然遭遇し、新幹線で並びの座席に座って2時間近くお話しした。夏頃に会った時、喫茶店のすぐ隣にイオンができるかもという話でかなり焦燥していたのだが、今回はかなり元気になっていたので少しはホッとした。
 
「それでさ、和実に謝らなければいけないことがある」
と私は言った。
「なんだっけ?」
「実は元々長方形だったカフェを、この方が音響がいいよと言って、末広がりに改造させちゃったでしょ?」
「あ、うん」
 
「それが間違いだった。実は長方形の部屋の方が音響はいいらしい」
「うっそー!?」
 
それで私は和実にあの後、白金さんから説明してもらった内容を説明した。
 
「だったら元のアールヌーボーの壁板が使える」
「へ!?」
 
和実が説明したのでは、最初カフェの壁にはフランス直輸入のアールヌーボーの絵が描かれた壁板を使う予定だった。ところがそれを入れると音響が悪いと言われ、結局壁板は吸音板にして、その吸音板の上に画学生にアールヌーボー風の絵を描いてもらったのだという。しかしそもそも部屋を直方体に改造すれば元々のアールヌーボーの壁板(購入代金2400万円)が使えるのではというのである。
 
「じゃ今の吸音板を取り払って、元々の壁板を填め込む?」
「それだとせっかく画学生さんに描いてもらった壁画が無駄になるじゃん」
 
実はその描画代に1000万円掛かっている。これは吸音板の吸音力を落とさないようにする特殊な着色方法が必要だったためである。
 
「じゃどうするの?」
 
「もうひとつカフェ作っちゃえばいいんじゃない?」
「建設費は?」
「そこが問題だよねー」
と和実は言った。
 
しかしそんなことを言い出せるほど和実も精神力を回復させたんだな、と私は思った。
 

その日、大林亮平は、私と鱒渕マネージャーに話したいことがあると言って、わざわざアポイントまで取って恵比寿のマンションに来訪した。
 
「政子さんと結婚したいと思っています」
と彼は言った。
 
「そんな話になってたんだ?」
と私は政子を振り返って訊いた。
 
「2年前に指輪を返そうとして亮平が受け取ってくれないから預かるだけ預かっていた指輪を再度受け取ることにした」
と政子は言った。
 
政子は以前1度亮平から婚約指輪を受け取っていたのだが、ふたりは2017年秋に、いったん破局してしまった。それで政子は指輪を返そうとしたものの、亮平は「俺に返すつもりなら捨ててくれ」と言って受け取らなかった。それで政子が預かっていたのである。
 
「結婚に伴って引退なさいますか?それとも音楽活動は続けますか?」
と鱒渕が尋ねる。
 
「もちろん活動継続。ローズ+リリーは私とケイが死ぬまで続けるよ」
と政子。
 
「分かりました。結婚することはいつ発表しますか?」
「ドラマが3月までなので、それが終了してからにしたいと思っています」
と亮平が言う。
 
「ちなみに妊娠していますか?」
「今はしてないけど、するかもね」
「避妊してないんですか?」
「御免なさい。ちゃんとすべきですよね。春まではちゃんと避妊することにします」
と亮平が言った。
 
「お願いします。先に妊娠が発覚すると面倒なことになりますので」
と鱒渕は釘を刺した。
 

「でもどこに住むの?亮平さんのマンション?」
と私は訊いた。
 
これで2010年以来続けてきた政子との同居も終わりかなと私は思った。
 
「私はここにずっと住んでるよ」
「同居しないの!?」
 
「僕がそれでいいと言いました」
と亮平が言った。
 
「ローズ+リリーの音楽は、ケイさんとマリの共同生活の中から生まれているんです。だからそれは邪魔しません」
 
「結婚しても別居なの?」
「デート用の家を建てようかなと思っている」
と政子。
 
「へー!」
 
「うちの実家の敷地の中に離れを建てようと思っているんだよね。そこが私と亮平のデート用。お母ちゃんの許可は取った」
 
「マーサの実家に作るんだ!?」
「だって亮平の実家は遠いし」
「まあ遠いかもね」
「でもお金はあるんだから、どっか適当な土地を買って家を建てればいいのに」
「それだと御飯に困るもん」
「お母さんに依存するつもりなのか!?」
 
亮平がポリポリと頭を掻いていた。
 
離れの建設の件は、実際には政子はかなり簡単に考えているようだったので、私が付いて工務店に一緒に行き(亮平が一緒にいけば情報が漏れかねない)、それで見積りや設計書などを作ってもらうことにした。法的に必要な手続きなども頼むことにした。ガレージを潰して(車は近くの月極駐車場に駐める)、そこに離れを建てるのだが、現地も調査してもらった上で、離れの建面積を20m2 (12畳程度)以内にすれば建蔽率はクリアできることが確認できた。ほんとにこじんまりとした離れになりそうである。
 
(この離れは2023年に政子の実家そのものを改築するまで3年ほど使うことになる)
 

今年も各種音楽賞のトップを切って、11月14日(木)にBH音楽賞がいつものように大阪ビッグキューブホールで発表された。今回ゴールド賞になったのは下記である。
 
アクア『1人のアクア』
ゴールデン・シックス『拝啓生徒会長様』
山森水絵『あなたの人生変えます』
ハイライトセブンスターズ『小鹿に乗った少女』
リダンダンシー・リダンジョッシー『シティ・ジャングル』
レインボウ・フルート・バンズ『Unus, Duo, Tres, Quattuor, Quinque, ...』
白鳥リズム『ボクといいことしようよ』
ステラジオ『愛のサバト』
金属女給『ボーナスくれよ』
蓬莱男爵『Supersonic Call』
北里ナナ『白雪姫』
ウィンドベル『花が咲いたら』
高崎ひろか『神出鬼没な君』
トマムネ32『ニャンデミック』
FireFly20『砂山に突撃』
ColdFly20『グリーンラバーズ』
三毛猫トリオ『鰹節ロック』
津島瑤子『北の桟橋』
小野寺イルザ『ロイヤル・チョコレート・フラッシュ』
トライン・バブル『ダイヤモンド千里浜』
三つ葉『30分』
AYA『アイドルだよ〜ん』
ローズ+リリー『Atoll-愛の調べ』
松浦紗雪『サウス・スコール』
松原珠妃『赤い雪の狂詩曲』
 
ColdFly20は2017年にデビューしたグループアイドルで、FireFly20, WaterFly20などの姉妹グループなのだが、この手の賞の受賞は初めてで、賞状を受け取ったリーダーの米本愛心は泣いていた。楽曲を書いた紅型明美というのは、実は彼女の古巣である§§ミュージックの山下ルンバ(本名?竹本和恵−実は彼女は多数の名前を使い分けていて私もよく分からない)のペンネームのひとつらしい。
 
彼女は歌手として§§ミュージックから、同プロダクションの女子寮の副寮母としてサマーガールズ出版からお給料をもらっているが、実は作曲家としての収入がいちばん大きいらしい。§§ミュージックの中では、アクア、コスモス、葉月、ゆりこ、に次ぐ高収入者だというのを私も最近知った。
 

秋口から進めていた§§ミュージックのタレント・研修生・練習生大量出演の4時間ドラマ『The源平記』の撮影は、11月に主として壇ノ浦の合戦の模様を熊谷市の郷愁リゾート50mプールに多数の模擬船を浮かべて撮影し、ほぼ完了した。
 
主題歌の『あの雲の下に』は岡崎天音作詞・大宮万葉作曲で、和泉の指揮下で制作され、『少年探偵団III』の主題歌『白い翼で』(加糖珈琲+琴沢幸穂)と両A面扱いで12月25日に発売される予定である(ジャケットも静御前バージションと小林芳雄バージョンを出す。牛若丸あるいは義経バージョンも出そうという案があったが、アクアの男装写真なんて需要が無い!と言われて没になった)。
 
青葉は夏季に色々な大会が続き、日本代表候補の合宿もある中で何とか時間を取って曲を書いてくれた。琴沢幸穂は実際には2番が書いてくれたようである。
 
最初は『The源平記』の主題歌のCDと『少年探偵団III』の主題歌のCDを別にして2枚制作しようという意見もあったのだが、それではアクアの負荷が大きすぎるとして山村マネージャーが反対した。
 
『The源平記』の主題歌を他の子に歌わせる案もあったのだが、それでは製作費の回収が厳しいかも、ということでアクアが歌うことになった。高崎ひろか・品川ありさ・白鳥リズムも各々挿入歌を歌っており、それらも発売されるが、やはりアクアのセールスは大きい。
 
今回はリズム(木曽義仲役)の『牛の歩みの恋』が12/18, ひろか(北条政子役)の『糾える縄の如し』は1/1, ありさ(弁慶役)『赤と白』は1/8の発売と発売日を1週ずつずらしている。また、リズムの歌う『牛の歩みの恋』には、アクアのピアノソロ伴奏でリズムが歌った"Aquarhythm version"という微妙な音源をボーナストラックとして収録している。コスモスは渋ったのだが、埋没を恐れたTKR三田原さんの要求で入れたものである。
 

12月11日(水)には、アクアのミニアルバム『夏から秋へ』が発売され、記者会見を行ったTKRの小ホールには200人ほどの報道陣が詰めかけた。テレビで一部を生中継もしている。いつものようにアクアが生バンドの伴奏で生歌を披露するのだが、今回『Hei Tiare』はHavai'i99の伴奏、それ以外の曲はElement Guardが伴奏した。
 
↓収録曲
『Hei Tiare』Havai'i99
『Bandai』醍醐春海作詞作曲
『Sky Mountains』大宮万葉作詞作曲
『Beforte the Kettle boils』マリ&ケイ
『Motorbike built for two』琴沢幸穂
『Winter's tale』森之和泉+水沢歌月
 
千里は醍醐春海名義と琴沢幸穂名義で2曲に関わっており、私もケイ名義と水沢歌月名義で2曲に関わっている。今回は葵照子さんが関わっていない。記者会見自体は、アクア・コスモス・私・和泉・三田原の5人で行っている。
 
『Hei Tiare』の演奏時にはバックでリセエンヌ・ドーの4名によるタヒチアン・ダンスも披露された。本格的なタヒチ音楽というのは珍しいので、結構Havai'i99への質問もあり、許可を得て11月に出した彼ら自身のアルバムも紹介していた。
 
『Sky Mountains』の背景には裏磐梯や浄土平の風景が、『Motorbike built for two』の背景にはアクア(たち)が2人乗りバイクに乗っている所が映し出され、どちらも大きなどよめきが起きていた。
 
『Motorbike built for two』のPV撮影で使用した“ソーシャブル・バイク”(座席が左右に2つ並んでいるバイク)は実物を持って来て、リセエンヌ・ドーの佐藤ゆか・南田容子に左右の座席に座らせてみたが、その前にアクアを立たせて、記者たちがたくさん写真を撮っていた。誰もこんなバイクは見たことも聞いたことも無かった。このバイクの映像は一部のテレビ局を通して全国に流れ、Twitterでも物凄い話題になっていた。本放送で流せなかったテレビ局は翌日の情報番組であらためてビデオを流し、また話題になっていた。
 
記者会見はアクアの学校が終わった後、6時から始めたのだが、7時すぎても質疑応答が終わらず、結局7時半まで掛かった。
 
 
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【夏の日の想い出・点と線】(1)