【夏の日の想い出・十二月】(3)
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(C) Eriki Kawaguchi 2019-08-05
ローズ+リリー『十二月』の制作で、『メイクイーン』に続いて制作したのは『うぐいす』、3月の歌である。春と秋は季節感が似ているので、この時期に制作したほうがいいだろうということで、ここで制作した。
これも春の内にPVの大半を制作していた。うぐいすは里では2〜3月頃に鳴くのだが、北陸の山間では5月頃まで鳴いている(里で鳴いていたうぐいすが山間に移動する)。5月の段階で、わりと山間に家がある、富山の清香伯母に訊いてみると「うん。毎朝鳴いてるよ」ということだったので、その鳴き声を録音してこちらに送ってもらった。それで生のうぐいすの声を入れて制作することができた。
梅の花が咲いている所で男女がデートしている場面を使用しているが、これは『メイクイーン』のビデオを撮った後で、柳川さんに北海道に飛んでもらい、三笠市(岩見沢の近く)の梅の名所“三笠あすか梅の杜”で撮影したものである。
本州では梅は2〜3月頃に咲くが、北海道の梅の季節は5月なので、この映像を撮ることができた。
「あのぉ、私、近畿や北陸なら協力できると言ったんですけど」
「出張費をこのくらい出しますけど。もちろん交通費・宿泊費別で」
「行きます!」
「ついでに北海道観光してきていいですよ」
「洞爺湖見てこようかな」
柳川さんにはその他、原生花園など、北海道のあちこちの花の景色を撮ってきてもらい、この映像は実は、北里ナナの『花園の秘密』のPVにも転用させてもらった。
なお『うぐいす』のPVに出演しているのは、○○プロと関係のある現地プロダクションに所属している、北海道ローカルの俳優さんである。これにスタジオで撮影した串団子を食べている私とマリの映像も混ぜている。
『うぐいす』の音源製作は和楽器を入れておこなった。
篠笛.風花
龍笛.千里
箏.若山鶴朋(今田友見:七美花の母)
胡弓.ケイ
AGt.近藤
Vn.香月
Vc.宮本
Bass.鷹野
Dr.酒向
Mar.月丘
Pf.詩津紅
ASax.七星
篠笛・龍笛はドレミ調律のものを使用、箏も琴柱をドレミ音階が出る位置に置いている。こんな変な設定の箏を弾けるのは私以外には風帆伯母と友見くらいかもという気はする。“ふつう”の箏奏者だと「この箏は音が変だ」と感じる。通常の位置に琴柱を動かしたくなるらしい。
もっとも、変だと感じないほど音感の悪い演奏者のほうが数的には圧倒的である!困ったことに。
この置き方は私と風帆伯母が共同で開発したものである。むろん私は胡弓をドレミ音階で弾く(和音階で弾く時とは頭のスイッチを切り替える)。要するに和楽器を混ぜた時にどうしても出やすい“うねり”を排除するのにこういうことをしている。
篠笛のドレミ調律のものは普通に売られており、風花は囃子用(等間隔に穴を空けたもの)・唄用(和音階で穴を開けたもの:尺八と合わせられる)・このドレミ調律、更にはKARION用に特注した純正律調律!のどれでも吹きこなせる。彼女も頭のスイッチを切り替えると言っていた。
龍笛のドレミ調律というのは見たことが無かったのだが、春頃にマリの意見を入れて“和音の回復”をはかることを決めた段階で、千里(たぶん千里2)と一緒に和楽器の制作をしているお店に依頼し、そのお店と共同で試作した作品の初使用となった。
実を言うと、千里にしても青葉にしても、和音階(ピタゴラス音階)で作られた龍笛を使って、ちゃんとドレミ音階の音を出すことができる。指で穴を微妙にふさいで、他の楽器が出している音と同じあるいは響き合う音を出すだけの耳と技術を持っている。
しかし元々ドレミに調律したものがあれば、もっと楽に吹けるのでは?と千里に相談したら「それ作ってもいいよね?」と言い、千里が懇意にしている和楽器屋さんと相談の上、作ってみたのである。
花梨製の管に理論的にここに穴を開ければドレミで出るはずという所に穴を空けて七美花・風花・千里の3人に吹いてもらったものの、最初はドレミ(幾何学的平均律)からは結構ずれていた。微調整を続けて試作品を10本作ったが、この内No.9,10の差異は僅かだった。実際吹き方による周波数の変動が、穴の位置による差異の範囲を超えていた。しかし3人が試奏した音を聞いた範囲では、私も千里も9の方が10より平均律に近いと感じたので9を採用することにした。七美花や風花は「両者の差異が分からない」と言ったのだが。
念のため他にも音感の良さそうな、ヴァイオリニストの鈴木真知子(大学4年)と信濃町ガールズの町田朱美(中学2年)を呼んで聞かせたが、
朱美は「9がいいです。10はレ#とファの音が低すぎます」と言い、真知子は「10はレソシ以外の音が僅かに低い。特にレ#・ファ・ラ#が低い」と言った。
2人の意見も一致しているので、9を“標準楽器”として職人さんの手元で保管してもらうことにし、正確にこれと同じ位置に同じ大きさの唄口と指孔を開けた燻竹の管を今回の制作に使用した。練習用に同じ穴位置の花梨製龍笛も取り敢えず5本製作し、その内2本を千里に渡し、風花と七美花にも1本ずつ渡した。1本は私の手元に予備として保管する。
最終的には(この6本を含めて)樹脂製20本・花梨製20本・燻竹製12本を納品してくれるように頼んでいる(代金は標準楽器の1年分保管料を含めて1210万円)が、燻竹の龍笛の納品は材料の調達に時間が掛かるので全ての納品には1年程待ってくれと言われている。
しかし今回、龍笛を吹くのが千里と聞いて、有咲がホッとした顔をした。青葉や天津子が吹けば、確実に機器が壊れたりデータが蒸発する!
千里は
「壊すように吹けば壊せるけど」
と言っていたが
「いや、壊さなくていい!」
と答えた。
「ちなみに今、1番が吹くと確実に壊れると思うから気をつけて」
「ああ」
「あの子、全然コントロール効いてないから。それでいてパワー増大中」
「うーむ・・・」
「今対策検討中」
「たいへんね〜」
「ところで茜(町田朱美の本名)ちゃん、彼氏のおちんちんはどうなった?やはり切っちゃうの?」
と千里が訊いた。
「はい。来月手術して切ることになったので、今おちんちんとの別れを惜しんで毎日オナニーしているようです」
と茜が答えるので、私はびっくりして
「彼氏、女の子になるの?」
と尋ねた。
「冗談です。一切メスを入れずに治療可能という最終診断が出ました」
と茜。
「良かったね!」
「彼氏、おちんちんの病気か何か?」
と私は尋ねる。
「おちんちんの根本に腫瘍が出来ていたんですよ。最初はおちんちん切るしかないという診断だったのですが、その手術当日に本人が病院から逃亡して別の医者に診てもらったら、切らずに治療できる特効薬があるということになって」
「それは良かった」
「もし特効薬が効かなくても、その部分だけ切って前後を繋ぎ合わせる手術が可能ということだったんです」
「あれ?それ一度聞いたことある」
と言って、私は千里を見る。
「うん。留実子の旦那が中学時代に受けた手術と同じだよ。だからもしどうしても手術ということになったら、あの先生を紹介できると私が言ったら、茜ちゃんの彼氏も万が一の場合はその同じ先生を紹介するとこちらの医者から聞いていたみたい。あの手術ができるのは、日本ではあそこだけらしくて」
「じゃ留実子ちゃんの旦那さんも運が良かったんだね」
「そう思う」
と千里は言った。
「実際におちんちんの腫瘍部分だけを切って前後をつなぎ合わせた人が醍醐先生の知り合いに居たということ、その人が今は普通に女性と結婚して普通に夫婦生活もしていると聞いて、私も平野も凄く勇気付けられました」
と茜は言った。
「あれはかなり稀な病気だけど、どうも中学生くらいで発症するみたいだね。もしかしたらこの治療法を知らずに、ちんちん切られちゃってる男の子が結構居るかも知れない気がするよ」
「男の子が中学生でおちんちん失ったら人生変わるよね」
と私。
「ショックすぎるよね」
と千里。
「だけど茜ちゃん、信濃町ガールズに入って東京に出てきたおかげで、彼氏のお見舞いにもたくさん行けるね」
と千里は付け加えた。
「えへへ」
「ああ、彼氏はこちらの病院に入院しているの?」
「入院はしていないんだけど、通院の都合で、お祖母ちゃんの家に住んでいて、こちらの中学に通っているんだよ。茜ちゃんや岬(東雲はるこの本名)ちゃんとは別の中学だけどね」
「ああ、それは色々都合が良かったね」
と言いながら、この子が東京に出てくるのに積極的だったのは、それもあったのかな?と私は思った。
2019年10月9日(水)、北里ナナの5枚目のシングル『花園の秘密/レジンの首飾り』が発売された(両A面)。
『レジンの首飾り』は8月の小浜のイベントで葉月・ルンバのデュエットで披露した曲であるが、いつも北里ナナに楽曲を提供している加藤珈琲・琴沢幸穂コンビの曲である。お嬢様は豪華なダイヤやルビーのアクセサリーを付けているけど、私はお母さんが作ってくれたレジンの首飾りでいいわ、と歌う可愛い曲である。デュエット曲で、音源は実際にはアクアNとアクアFに生デュエットさせたものを収録した。アクアは伴奏音源作成にも参加させているのだが、ここでピアノを弾いたのはアクアMである。つまり3人のアクアの共同作品にしている。
『花園の秘密』は、演奏時間が8分にも及ぶ長い曲である。歌詞は6番まである。常に監視されていて窮屈な思いをしていた貴族のお姫様が、偶然見つけた花園。そこは姫の憩いの場となった。ある時、その花園に若い男子がいたので、思わず悲鳴をあげそうになったが、彼は紳士的で、ふたりは打ち解け、楽しくおしゃべりして過ごすようになる。彼は近くには住んでいないらしく2〜3ヶ月に一度くらいしか来られないものの、彼と会うのは姫にとって楽しみとなる。ふたりは名前は名乗らなかったものの『M』『C』とイニシャルだけで呼び合っていた。
しかし姫はある日、王子様と結婚するよう言われる。もうあの花園とも『C』とも会えなくなることを悲しみながら嫁いでいく姫。しかし結婚式で初めて見た自分の夫となることになった王子。彼の顔を見て姫は驚いた。そして王子も驚いた。
2人は『M』『C』と呼び合って誓いのキスをした。
むろんMとCはバーネット夫人『秘密の花園』の主人公、メアリーとコリンから採ったものだが、この歌詞の中ではメアリーとかコリンという固有名詞は出て来ない。
見知らぬ王子と結婚しなければならなくなった姫の悲哀を歌う5番はもの悲しいヴァイオリンの調べが美しく、幸せな大団円となる6番は明るく金管楽器を鳴らす。実は渡部賢一グランドオーケストラに協力してもらって伴奏音源を制作した。
実はこの曲は私が宮古島のお花畑を見て書いた曲である。北里ナナへの最初の提供曲となった。
これまで北里ナナの曲では『花の伝説』『青い城の姫』『風車小屋の娘』にマリ&ケイのクレジットをしている。しかし実際には歌詞を書いたのはマリだが、『花の伝説』は和泉、『青い城の姫』と『風車小屋の娘』は青葉が、いづれも私の名前で書いてくれた曲であった。
『レジンの首飾り』のPVには、ヒロインの母親役を演じてくれたスイート・ヴァニラズのEliseが実際にレジンのアクセサリーを制作している所の映像が映る。彼女は最近デブコンETを使用したレジン・アクセサリー作りに凝っているので、物凄く様(さま)になっていた。ビデオの最後でヒロイン(演:アクアF)が首に掛けているネックレスも、Eliseのお手製のもので、Eliseから
「アクアちゃん可愛いから、それあげるよ」
と言われて喜んでいた。
それを見て、葉月が
「アクアさんって、可愛いアクセとかもらって喜ぶんですね」
と言うと
「だってアクアは女の子だもん」
とEliseは言う。
「そうだ、葉月ちゃんにもブローチあげるよ」
と言ってEliseが可愛いハートのブローチを渡すと
「可愛い!」
と言って葉月も喜んでいた!
なおこのビデオで“お嬢様”役を演じたのはコスモスである!
アクア以上に忙しい彼女だが、何とか時間を空けて、豪華な宝石のアクセサリーを身に付けた“お嬢様”を演じてくれた。
『花園の秘密』は、北海道にアクアNと原町カペラおよび数人の信濃町ガールズを行かせて、遠軽町の“太陽の丘えんがる公園”で、満開のコスモス畑の中で撮影をしている。ここは有名な原生花園から内陸に20kmくらい入った所にある。紋別空港からもそう遠くない。
この撮影にいつもの葉月が同行しなかったのは、翌週葉月は奄美に行く仕事が入っていたからである!(後述)葉月本人は北海道の翌週奄美とやるつもりだったようだが、アクアFが山村に葉月の体力がもたないと訴え、北海道行きはカペラに代わってもらうことにした。
葉月とカペラは「でもアクアさん大丈夫ですか?」と心配していたが!
そういうわけで9月上旬に制作された『花園の秘密/レジンの首飾り』であるが、10月9日の発売記者会見には、コスモス社長、私、加藤珈琲(葵照子)、TKRの三田原部長、そして“ナナちゃん人形”の5人(?)が出席した。アクア本人は記者会見のテーブルには就かない。
“北里ナナ”は昨年『シルバークリスマス』の発表をした時と同様にペッパーズゴーストで歌と踊りを披露したが、2人デュエットするシーンは女の子衣装のアクア(1人は豪華衣装・1人は安っぽい衣装)が2人並んでデュエットしたので
「今のは録画と本人をヘッパーズゴーストで合成したものですか?」
と質問された。しかしコスモスは
「実は両方とも録画です」
と答えていた。
本当は記者が言った通り、安っぽい衣装のアクアN(でもこちらが主役)のダンス録画に、豪華衣装のアクアFが生で合わせて踊ったものである。記者さんはなかなか鋭いなと私は思った。アクアFはその後も“北里ナナの声”だけで、記者からの質問に答えていた。
アクアはこの北里ナナ名義のCDを出した後、10月中旬の連休(12土13日14祝)から、今度はアクア本人名義のミニアルバム制作に入った。都内のスタジオで制作すると、追っかけが面倒という問題もあり、実は今回の制作は郷愁スタジオを使用した!
ローズ+リリーが『十二月』の制作をしているのは郷愁スタジオの静電遮蔽された新スタジオの方なのだが、実は旧スタジオでは映像関係の機器を入れてアクアの映画のビデオ編集作業を7月から撮影と同時進行でやっていた。それがだいたい10月上旬までには一段落したので、その後、そこでアクアの音源製作をすることにしたのである。
このことはマリには秘密である!
アクアは学校に行かなければならないので、楽器演奏部分を平日に録り、金曜夕方に山村マネージャーが黒いインプレッサG4でアクアを連れてきて月曜朝まで休憩を取りながら歌唱の録音をする。金曜の放課後に学校からアクアを連れ出す時はいつもの白いボルボを使うのだが、目立たないようにするため、途中でわざわざ黒いインプレッサに乗せ替えているのである。
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黒いインプレッサを使うのは、アクアは白い車に乗っているというイメージがあるので、気付かれにくくするためである。この車は千里の私物らしいが今年夏前に購入して山村に託しているものらしい。ボディの丈夫さでは国内車でもトップクラス。歩行者用エアバッグまで装備した最新型である。
でも実は金曜の放課後に学校の玄関で白いボルボに乗るアクアと、黒いインプレッサでスタジオに入るアクアは別のアクアである!
これをやるため、緑川志穂と高村友香にアクアが実は3人いることを打ち明けたのだが「そんな気はしていた」と2人とも言った。三つ子などではなく、何かのはずみで起きた、超自然現象で、霊能者の話によれば、いづれ1人に戻るはずという説明には
「忙しさに耐えかねて分裂したのかも」
「アクアの人気が少し落ち着いて、仕事も減った頃に1人に戻るのかも」
と2人は言っていた。
それで学校に迎えに行くのは緑川や高村だが、彼女たちはアクアを自宅マンションに連れて帰る。そして山村が(日中仮眠していた)別のアクアを郷愁村に連れて行くのである。
エレメントガードや追加のミュージシャンは、旅館“昭和”の社員寮の空き部屋に泊めてもらっている。アクアだけは金土日の晩、“昭和”のコテージ型特別室“桜”の一棟に泊める。アクアを特別室に泊めることは誰も変には思わないが、実は分けている主たる理由はアクアが3人いるからである!3人はだいたい3時間くらいで交替しているっぽい。
旧スタジオでアクアの音源製作が行われていることがマリにバレないようにするのには細心の注意を払った。まず旧スタジオの出入口を「間違えないように」という言い訳で反対側に付け替えている。これで実際社員寮に泊まっているエレメントガードや他のミュージシャンは「自分たちも間違えにくくていい」と言っていた。
(↑の地図に見るように新スタジオの出入口はマンション側にあるが、旧スタジオの出入口はマンション側にあったものを塞いで、社員寮方面からの道路側に付け変えたのである。浄水場の配管の上にコンクリート・ブロックを置いていた場所を旧スタジオ用の駐車場として開放した)
食事を取るのにも、各々のスタジオには“昭和”からデリバリーしているし、マンションに泊まり込んでいるローズ+リリーの制作に参加している人たちはムーラン郷愁村店で食べるか、デリバリーしてもらい、アクアの音源製作に参加している人は寮の食堂で食べるかデリバリーで、彼らにはムーラン郷愁村店の使用を禁止している(出前はOK)。
「マリがアクアの音源製作がこちらで行われていることに気付いたら、絶対邪魔されるから言わないこと。ネットなどにも絶対書かないこと」
と言ったら、全員納得してくれた。
マリに口出しされると、振り回されるのは容易に想像が付く!
アクアのミニアルバムの中で最初に制作したのは『Hei Tiare』である。Havai'i99のメンバーがあらためて伴奏を作ってくれたので、アクアがこれに歌を乗せた(歌ったのはアクアN)。
実際には先にPVを制作している。できるだけ南国の気分が出るように、9月の内(北海道にアクアNが行った翌週)にアクアMと今井葉月・姫路スピカの3人および Havai'i99のメンバーで奄美大島まで飛び、宇宿港そばの広場で夜間に(許可を取り)松明を焚いて、その灯りの下でHavai'i99のメンバーが演奏し、アクアたち3人が踊る映像を撮影した。
アクアたちはその後タヒチアン・ダンス(の女性型ダンス−腰を細かく振る:男性型は膝を細かく振る)のレッスンを受けたので、踊りが5月の時より、さまになっていた。この奄美で再録した映像を5月にタヒチで撮影した映像と混ぜて編集した。
続いて醍醐春海作詞作曲の『Bandai』および大宮万葉作詞作曲の『Sky Mountains』を続けて制作した。演奏は通常のエレメントガードに私と千里2がヴァイオリンで加わった構成である。9月中は私も千里2も結構時間が取れたのである。
(ヴァイオリンは千里2が3人の千里の中でいちばん上手い)
なおこの2曲は8月に千里と青葉がバイクで裏磐梯を走って来たときに書いた曲らしい。使用したバイクは
千里 Kawasaki ZZR-1400 limegreen
青葉 Yamaha FJR1300AS Blue
ということで2人とも巨大バイクである。
「Bandaiって、福島県の磐梯だったのか」
と歌詞を見てアクアたちが言っていた。
「タイトルだけ聞いた段階で意見が分かれたんですよね〜」
などとアクアMが言っている。
「Fはゲーム会社のバンダイではないか、Mはお風呂の番台ではないか、ボクは割烹とかで料理を入れている丸い木製の盤台では、とか言っていたのですが」
とアクアN。
「3人ともハズレたね」
とアクアF。
「ゲーム会社のバンダイって、もしかして福島県で始めたとか?」
「いや、あそこは東京のおもちゃ屋さんで、元々の字は『萬代屋』だよ」
と私は字を書いてみせた。
「その字だったのか」
「萬代というのは中国の古典に出てくることば。元々は布を作る会社だった。その端切れで人形を作り始めたのが発端」
「そんな所からおもちゃの一種としてゲームに参入した訳ですか」
「まあ副業がメインになってしまうことはよくある」
『Beforte the Kettle boils』はマリ&ケイから提供した曲で、ヤカンが沸く前に愛の告白をしてしまおうという歌詞である。過去にアクアが歌ってきた曲からすると、おとなっぽい曲だが、アクアもそろそろこういう歌を歌って行ってよいだろう。この歌詞はFが結構気に入っていたようである。それで実際この歌はFに歌わせたものを収録したら、凄く艶めかしい雰囲気が出て
「これとても男の子が歌っているように聞こえないんですけど」
「これ聞いただけで立ちました。すみません」
などという意見も出ていたが
「別にいいでしょ。今更だし」
という秋風コスモスの一言で、そのまま活かすことになった。
「実際アクアが男の子だと思っている人なんてほとんど居ないよ」
とコスモスが言うと
「それ困るんですけどぉ」
とアクアMは言っていた。
『Motorbike built for two』は琴沢幸穂(千里2と千里3の共同ペンネーム)から提供された作品である。実際には千里2が書いたらしい。毎年たくさん四輪・二輪のレースに出ている千里2らしいと私は思った。
この曲の間奏部分には Harry Dacre (1857-1922)作詞作曲の"Bicycle built for two"(しばしばイギリス民謡と紹介されるが、作詞作曲者は明確)のサビ部分を合唱で歌うのが入っている。
Daisy, Daisy, Give me your answer, do! I'm half crazy, All for the love of you, It won't be a stylish marriage, I can't afford a carriage, But you'll look sweet on the seat Of a bicycle built for two!
盛大な結婚式も挙げられないし、馬車も用意できないけど、2人乗り自転車に乗った君はきっと可愛いよと歌っている。近年ではこの部分だけ歌われることが多いが、本当は長い曲の中のサビ部分である。
しばしば女の子がこの求愛を「そんなの嫌よ」と断る歌詞が付け加えられるが、それはオリジナル歌詞には無い“替え歌”である。
「馬車も用意できない男なんてお断り」と言う女は高ピー(死語?)で可愛げが無い。オリジナル歌詞とは世界観が違う。
この "Daisy Bell" のコーラスを歌ったのは今井葉月、姫路スピカ、白鳥リズム、東雲はるこ、の4人。スピカとリズムがソプラノ、葉月とはるこがアルトを歌っている。
他に自転車のベルを鳴らす所もあるが、これはアクア自身が歌いながら鳴らした。
ところで、“2人乗りのバイク”と聞いて、多くの人がバイクのタンデム乗りを想像した。
ところが「音源製作の前に実物を見て欲しい」と千里が言い、南千葉サーキットに出かけた私たちはその“実物”のヴィジュアルに度肝を抜かれた。
「何これ〜〜!?」
とアクアFが声をあげた。
この日、南千葉サーキットは午前中を完全に貸切にしていて、誰も居ない。スタッフの人にも休んでもらっている。ゲートを開けてくれた警備員さんだけであるが、彼はゲートの所から離れないから、サーキット内部には来ない。何か必要なら電話してくれと言って電話番号を伝えている。
そしてここに来ているのは、私、千里2・千里3、山村、3人のアクアの7人だけである。複数のアクアを同席させるためには誰も居ない環境を作る必要がある。
私は千里2と千里3が普通に挨拶して握手したりしているのを見て呆れた!
「仲良かったんだっけ?」
「セックスくらいしてもいい程度には仲良いよ」
「でも2人ともちんちん持ってないからセックスできないね」
どこまで本気なのかはよく分からない。
「私たちビアンの傾向も無いし」
「1番は男の子とするよりビアンの方が好きみたいだけど」
「信次さんとは結局、1番が男役、信次さんが女役というセックスしかしていなかったみたいね」
「なぜあの子が男性同性愛者の信次さんと結婚できたのか謎だったけど、やっとメカニズムが分かった」
などとも言っている。アクアたちが興味深そうに聞いているので、教育によくないなあと私は思った。
そして千里がワゴン車に積んで持ち込んできた“もの”は、千里が言うには《ソーシャブル・バイク》というもので、少なくとも日本国内にはたぶんこれ1台だけだろうということであった。
一般的な《2人乗り自転車》は前後に座って2人とも自転車を漕げるようになっている。これをやはりバイクの“一般的な”2人乗りと同様にタンデムtandem bicycle いう。ところが19世紀の終わり頃に、通常の2輪の自転車の左右に座席があり、タンデム型と同様、2人のどちらも漕ぐことができるようになった自転車が作られ、ある程度売れたらしいのである。これを、乗っている人同士が会話しやすいという意味で sociable (bicycle) と呼んだ。
千里が持ち込んだ sociable bike は、250ccバイクの座席が左右に作られていて、2人が並んで座った状態で走行できるようになっているようだ。ハンドルも2個並んでいる。
しかし車輪は前後に2個だから、あくまで自動二輪車である。
こんなバイクは多分道路交通法の想定外であるから公道を走ることはできない。それでサーキットに持ち込んだ訳である。
千里は sociable bicycle も持ち込んでいた。
「ソーシャブルバイクに乗る前にソーシャブル自転車に乗って少し慣れた方がいいと思う」
と千里は言い、千里2と千里3がソーシャブル自転車の左右に乗って、走ってみせる。そのままコースをぐるっと一周(1100m)を走って来た。
山村がその様子をスタート地点から撮影している。
千里たちが戻って来て
「今度はバイクの方に乗ってみせるね」
と言い、バイクスーツに着換える。
「女性ばかりだからここで着換えてもいいよね?」
と言って、平気で着換えていたが、少なくともアクアMは男の子だと思う!山村も性別が怪しい。
ともかくも千里2と3はソーシャブルバイクの左右に乗り、華麗にスタートして、またコースを一周走ってきた。これも山村が撮影していた。
「さて、次は龍ちゃんたちの番だよ。誰と誰で行く?」
と千里は訊いた。
「これバイクも自転車も右側に主導権があるんですね?」
とアクアFが確認した。
「そうそう。右側がパイロットで左側はコーパイ。自転車の場合、前輪ブレーキ・後輪ブレーキの双方を右座席の人が操作する。バイクの場合もアクセルとクラッチは右側の人が操作する。どちらも左側のハンドルにはそういう機構が付いていない。後輪ブレーキやチェンジペダルも右座席だけに付いている」
と千里は説明する。
(ソーシャブルは残っている写真を見ると、製品によって右側がパイロットのものと、左側がパイロットのものが存在したようである。実は現代でも制作しているメーカーは存在するらしいが、二輪ではなく安定しやすいように三輪にしているそうである)
「だったら、サイドカー付きバイクと大差ない気がするんですが」
「それが分かれば運転できるね」
と千里は感心したように3人に言った。
「自転車の方は左座席に座る人もペダルを踏んで動力に貢献できるけど、バイクの方は左座席の人はすることがないんだよね。まあハンドルは物理的に連動してるから、ハンドルの向きは左側の人が操作してもいい」
「動力操作していない人がハンドル動かすのは怖いです」
とアクアM。
「でもこれ2人の体重差があるとうまく走れない気がします」
とアクアN。
「まあ40kgの男と120kgの女では厳しい」
と千里。
それ例えが変じゃないか?
「それと体重移動はお互いの意思を伝えあって連動しないといけないですよね?コーパイもバイクの免許持っているか、タンデム走行の後部座席に慣れている人でないとカーブで転倒しやすいと思う」
とアクアFが言っている。
「まあそのあたりが、すたれちゃった主たる理由だろうね」
と千里も言った。
「じゃ念のため自転車から行こうか」
というので、自転車はMとFで行くことにし、ズボンを穿いた男の子衣装のMとスカートを穿いた女の子衣装のF(インプレッサの車内で着換えていた)とで、左右に乗り(Mが右側のパイロット席に座った)、少し走ってみて
「行ける行ける」
と言っている。
「そのままコース一周行ってみよう」
「はい」
それで2人で走って行く。走行している所をスタート地点からカメラで追いかけながら撮影した。またリモコン付きのカメラを山村のインプに取り付けてあったのだが、これで走行している所を後ろから撮影した(運転は千里)。更にインプの後ろにカメラを取り付け、アクアたちにもう一周させて、その前を走って前方からの映像も撮影した。
自転車に乗るのは最初の1周は右M左Fでやったが、2度目はFが右に乗り、男装のNが左に乗って1周した。
「左Fの前からの映像も欲しい」
と山村が言うと
「要するに左が女の子の前からの映像が欲しいんですよね?」
とFが確認する。
「そうそう」
すると、Fが着ていた衣装をMに着せて!女装のMが左、男装のNが右に乗って1周走り、これを先行するインプのリモコンカメラで撮影した。
MはFの服を着てと言われて「僕がスカート穿くの?」と抵抗したが、「だってMは左座席経験してないでしょ?」と言われて、ぶつぶつ言いながら着換えていた。ちなみにFが女の子衣装を脱いで普段着に着替えるのは車の中でやっていたが、Mが女の子衣装を着けるのは外でやっていた。
しかしこれで3人とも左右の座席を経験したことになる。
「それじゃバイクで行ってみよう」
と山村が言うが私は提案した。
「インカムを付けたほうがいいと思う。バイクはエンジン音で会話が聞こえにくい。お互いの意志が伝わらないと危険」
「千里さんたちは実際には脳間通信してたでしょ?」
とアクアが指摘する。
「よく分かるね〜」
と、どちらかの千里。
「インカムある?」
ともうひとりの千里が山村に訊く。
「あったはずだ」
と山村は言い、自分のインプレッサの荷室から出してきた。念のため電池は新品と交換する。カップリングしていることを確認する。操作方法を教え、ちゃんと会話できることも確認した。
それでアクア3人がバイクスーツに着換える。用意したスーツは3つとも同じデザインのものである。これはどういう組み合わせで乗っても映像が流用しやすいようにするためである。ちなみにスーツは全て女性用で胸の所に余裕がある。バイクブーツを履き、インカムを取り付けてヘルメットをし、バイクグローブをつける。
ヘルメットは撮影する時に顔が映りやすいように、透明シールド付きジェット型を使用した。
最初は練習でお互い右座席・左座席を交替しながら短い距離を走る。なお速度は30-40km/hをキープするよう厳命した。2人乗りバイクは左右バランスが不安定なので、低速走行は危険である。それで30km/h以上で走るように言ったのだが、万一事故を起こした時に怪我が少なくて済むように40km/hまでと言ったのである。
これで練習を兼ねてまた交替しながらコースを3周してくる。
「じゃ本番行こうか」
それでまた単独走行の所を1回、インプの後ろを走って1回、インプの前を走って1回撮影した。全員同じ服を着ているとどれが誰だか分からないが、3人の会話を聞いていると、単独は右N左M、インプの後ろは右M左F、インプの前は右F左Nで走ったようである。
撮影が終わってから、千里たちもアクアたちもバイクスーツを脱ぎ、普段着に戻って、ピクニック用テーブルを広げ、お茶を飲んだ(建物は施錠されている)。
「でもこういう複数のボクを使っての撮影って、あまりやりたくないんですけど」
と文句を言っているのはFのようである。
「まあめったにしないよ」
と私は言っておく。
「ところで千里たちの1番がやばくない?」
と山村が言った。
「そうなんだよねぇ。既に犠牲者が12人」
「霊場巡りで停まると思ったんだけどねぇ」
と千里たちは言っている。
「何、犠牲者って?」
と私が訊くと、千里がこちらに訊き直してきた。
「冬さぁ、夏頃以降、生理が重くなってない?」
「・・・なんでそんなの分かるの?」
と私は尋ねた。
私は(みんな信じてくれないけど)2011年4月に性転換手術を受けて人工のヴァギナを作ってもらったのだが、その年の秋頃から唐突に毎月1回出血が起きるようになった、婦人科で見てもらったら、
「普通の生理だと思いますけど」
と変な顔をされた。
「いや、私は性転換手術を受けていて、膣は人工のもので、卵巣や子宮が無いので生理が起きる訳無いんですが」
と説明すると、内診台に乗せられクスコも入れて調べられたが、
「どうも人工的に作った膣の奥の部分が仮の子宮のような役割を果たしているようです」
とよく分からないことを言われた。その後、青葉から
「それは瞬嶽師匠の悪戯です」
と説明されたのである。
この“生理”はだいたい28日周期で来て、通常1日で出血は終わっていた。
しかしこの8月に来たのは3日間出血して、その間かなり気分が悪かった。婦人科に行くと「この程度普通」と言われそうで行かなかったのだが、9月・10月に来たのも3日間続いた。私はアルバム制作が終わったら、精密検査でも受けに行ったほうがいいかも、などと思い始めていた。
「まあそもそも生物学的な女ではないはずの冬に生理があったのは変なんだけどね」
「あれは瞬嶽さんの余計な親切なんだよ」
「でも冬はもう完全な女性になったからね」
「そうそう。正望さんとセックスする時はちゃんと避妊してね。妊娠するから」
「まさか・・・私、妊娠できる状態?」
「最近健康診断行ってる?今MRIで見たら、ちゃんと卵巣も子宮も見えるはず」
「膣も“本物”になっているから、妊娠した場合、ちゃんと経膣出産できるよ」
「うっそー!?」
「今(千里)1番と握手すると、性別に不安を抱えている人はみんな性転換しちゃうんだよ」
「何それ〜?」
「霊的な能力が暴走している。妖怪とかの類いはあの子が見ただけで粉砕されてしまうし、幽霊は成仏しちゃうし、呪いは除去されるし、魔神は封印されるし、生き霊も破壊されて結果的に生き霊飛ばしていた人はしばらく寝込むことになる。自業自得という気がするけどね」
「呪い掛けていた人も呪い返しをくらうね。それも自業自得」
「それで性別に不安がある人は性転換しちゃうの?」
「冬、1番と握手したでしょ?」
私は考えたが、すぐ思い至った。
「握手してる」
その日、私は気分が悪くなって一晩寝ていた。そうかあの時“性転換”しちゃったのか。
「私たち2人でフォローしたけど、元の性別に戻さないといけなかった人は12人中4人だけ。残りはそのまま性転換した身体でいいと言って、半陰陽だったことにして性別訂正した人もいる」
「1人は既に妊娠中。すごく嬉しがっていた」
「1人は接触不能な状態が続いているから取り敢えず放置中」
「あの人はもう今更女には戻れない気がする。拘置所では男房に入れられているし」
拘置所って、何やったの!?
「冬にはわざわざ尋ねなかったけど、女のままでいいよね?」
私は一瞬考えたがすぐ答えた。
「そのままでいい」
「男の身体に戻すことは可能だけど」
「それ絶対嫌」
「男の身体に戻ってから再度性転換手術をしてもらう手はある」
「何のために!? それにあれ以降、身体中にパワーがみなぎる感じなんだよ」
と私が言うと
「やはり性腺があるのと無いのとでは、基本的なパワーが違うからね」
とひとりの千里。
「冬の作品は中学生時代の作品に良い作品が多いのは、当時はまだ睾丸があったからかもね。高校入る前に性転換手術を受けたことでパワーダウンしたんだよ」
などともうひとりの千里。
それは・・・あるかも知れない気がした。もっとも睾丸は大学1年の時まであったんだけど。でも高校1年の秋に精液の保存をした後は、女性ホルモンの量を増やして、ほぼ機能停止したからなあと思う。
「今は卵巣ができたから、これで本当に冬は復活すると思う」
そうなると・・・いいな。
しかし私は尋ねた。
「それ1番をそのまま暴走させていたらまずいのでは?」
「ある人に尋ねたら、あと半年くらいで何とか収まると思うという話」
「性別に不安の無い人は問題ないんだよね〜」
「だからアクアたちも気をつけてね。1番と握手したりすると性転換しちゃうかも」
「たぶんNが握手すると女の子になっちゃう」
と千里たちが言うと、Nはドキッとした顔をしている。この子、とうとう女の子になりたくなっちゃったのかな?と私は思った。
「まあNが女の子になっちゃったら、Fも性転換して男の子に変えて、Mは去勢して中性にしちゃえばいいね」
などと千里が言うと
「男になるとか嫌!」
「去勢は勘弁して」
と言っている。どうもこの子たちは自分の性別に満足しているようだ。
最後の曲『Winter's tale』は森之和泉+水沢歌月から提供した曲である。これもエレメントガードの標準編成に、私と千里2のヴァイオリンを加えて伴奏音源を作り、それにアクアの歌を乗せている。この歌も歌詞を読んで涙を流したFが、自分が歌いたいと言うので、彼女に歌わせた。伸びのある色気のあるハイソプラノが美しい物語を歌い上げる、アイドル歌謡からは完全に逸脱した、大人の女性ポップス歌手の歌であった。
制作が11月になったので、PVは、葉月とアクアMを雪のちらつく旭川に行かせて撮影している。市内の観光名所“雪の美術館”で撮影した映像もある。Mはお姫様のコスプレをさせられて・・・喜んでいた!?
(Mは男性器は失いたくないものの女装自体は好きである)
そういう訳で、この曲は熊谷市のスタジオでFが歌唱録音しているのと同じ日程で、Mが北海道でビデオ撮影をして、土日だけで制作してしまったのである。
アクアたちは文句言っていたが!
ローズ+リリーの方は、10月下旬には『草原の夢』の制作をおこなった。
このPVは夏の内に、草原で乗馬が出来る、アイランドホースリゾート那須で撮影した。乗馬が出来る20代の女優さん2人に行ってもらい、美原友紀さんに撮影してもらっている。女優さんは∞∞プロ所属の人にお願いした。私とマリは空いている時間に同じ場所に行って、散歩したり、停まっている!馬に乗ったりして撮影してもらった。このほか、日光の戦場ヶ原の風景も少し混ぜている。
美原さんが言った。
「この仕事って、四季の様々な映像を撮影してストックしておく必要がある気がします」
「そうなんですよね。こちらからの指示が無い時は、積極的にあちこちに出かけて色々な情景、花とか天候とか、祭とかイベントとかをどんどん撮影してもらえませんか?。出張費は常識的な範囲なら、どんどん使ってもらっていいですから」
「俄然やる気出ました!」
「出張費をこちらが出す代わりに映像の著作権はサマーガールズ出版にあるという線で。個人的に作品展に出す場合は応相談」
「ええ。それでいいです」
こうやってこの後撮影してもらった映像はローズ+リリーだけでなく、アクアなど§§ミュージックの歌手のPV制作にもどんどん転用させてもらった。なお一部の撮影は1人ではたいへんかもということで、柳川さんと2人で行ってもらったものもある。しかし柳川さんは結果的に北陸だけでなく全国飛び回ることになってしまったようだ。
『草原の夢』の音源製作は通常のスターキッズを基本にして、口琴を入れた。
Gt.近藤
B.鷹野
Dr.酒向
Mar.月丘
Pf.ケイ
Fl.七星
Cla.詩津紅
ホムス.干鶴子
以前KARIONつながりで、福留彰さんに北海道の口琴“ムックリ”を入れてもらったことがあるのだが、今回は干鶴子が「ホムス覚えたよ〜」と言っていたので入れてもらった。これはサハ共和国(シベリアの国。別名ヤクーチア)の民族楽器である。
「えっちゃん、今回だいぶ音源製作に関わってもらっているけど、2月のツアーにも同行してくれたりしないよね?」
と私は訊いた。
「旦那の許可が取れたら」
「なんならうちがお金出して家政婦さん雇ってもいいよ」
「あ、それなら行けるかも」
「あと、テンガもプレゼントするよ」
「それ覚えたら、私奥さんクビにされるかも!」
11月に入ってから『ヴィオロンの涙』を制作した。
冒頭にヴェルレーヌ(1844-1896)の『秋の歌(Chanson d'Automne)』の朗読を入れている。
Les sanglots longs des Violons
De l'automne blessent mon coeur
D'une languer Monotone.
これを上田敏(1874-1916)はこのように訳した。
《秋の日のヰ゛オロンのためいきの身にしめて、ひたぶるにうら悲し》
「美しいなあ、どうしたらこんな美しい文が書けるんだろう」
とマリが本当に感心していた。演奏時間の問題もあるので、第1連のみを取り込んだが、全文はこのようになる。
●原文
Chanson d'Automne /Paul Verlaine
Les sanglots longs des Violons
De l'automne blessent mon coeur
D'une languer Monotone
Tout suffoncant Et bleme, quand
Sonne l'heure Je me souviens
Des jours anciens Et je pleure.
Et je m'en vais Au vent mauvais
Qui m'emporte Deca, dela,
Pareil a la Feuille morte.
●大意
秋の歌/ポール・ヴェルレーヌ
秋のヴィオロンの長いすすり泣きが私の心を突き刺して
モノトーンの憂鬱を引き起こす
全てが息苦しく青ざめて、やがて時を告げる鐘が鳴り
私は思い起こす。古い日々を、そして私は涙する
そして私は落ちぶれて、悪い風に吹かれ、連れて行かれる。
ここかしこに、そしてやがて枯葉のようになる
●上田敏訳
落葉
秋の日のヰ゛オロンのためいきの身にしめて
ひたぶるにうら悲し。
鐘のおとに胸ふたぎ色かへて涙ぐむ
過ぎし日のおもひでや。
げにわれはうらぶれて、こゝかしこさだめなく
とび散らふ落葉かな。
ヴェルレーヌの詩を朗読してもらったのは、○○プロ所属の40代の女優さんである。落ち着いた雰囲気で美しく朗読してくれた。ちょうど見学に来ていたアクアが「美しい!」と言って感動していた。
この音源製作はこのような楽器編成で行った。
Vn.伊藤ソナタ、桂城由佳菜、佐藤典絵、生方芳雄
Vc.宮本 Bass.鷹野
Fl.七星、風花、ケイ
Cla.詩津紅
AGt.近藤 Mar.月丘
「やはり楽器の数を絞っていることでハーモニーが美しくなっている気がするよ」
という声もある。
「楽器の数はMax12というのでいいみたいね」
「『戯謔』ではMax10にしたけど、10まで制限するとやや足りない感じの曲もあった」
続いて『雨の金曜日』の制作に進む。
これもPV先行である。7月下旬に台風が接近した時に雨の風景をたくさん撮影している。そのほか普通の雨の日に、目を付けておいた埼玉県某町のシャッター街!に出かけ、人がほとんど歩いていない中、私とマリが傘を差して歩いている情景も撮影した。それと合わせて埼玉県某駅で、金曜日夕方の多数の人が駅から出て、バスなどに乗り換えて帰宅する風景を、近くのビルの上から望遠で撮っている。
雨に濡れる紫陽花が映っているのは、6月の内に柳川さんに撮影してもらっておいたものである。
この曲は標準的なスターキッズの構成に風花と詩津紅を加えた編成で演奏した。
Gt.近藤 B.鷹野 Dr.酒向 Sax.七星 Fl.風花 Vib.月丘 Pf.詩津紅
11月下旬、関東近辺でも紅葉が見られるようになったので、近郊の景勝地に出かけて、『紅葉の道』の撮影をした。秋らしいゆるやかなワンピースで、私とマリが紅葉の遊歩道を散策する所を美原さんに撮影してもらった。
美原さんには京都に行き、鹿威し、水琴窟などの映像・音なども撮影してもらっている。
この曲の音源製作にも和楽器を入れている。
篠笛.風花
龍笛.青葉
胡弓.今田七美花
尺八(西洋音階).今田三千花(七美花の長姉、=槇原愛)
箏(西洋音階).今田小都花(七美花の次姉、=篠崎マイ)
今田三姉妹の揃い踏みである。箏は西洋音階が出る位置に琴柱を置き、尺八はドレミ音階が出るものを使用している(これは千里が懇意にしている和楽器店が以前から特注品として注文生産に応じていた)。胡弓は七美花の優秀な音感で正確にドレミ音階で弾いてもらった。
これに通常のスターキッズが加わっている
AGt.近藤
Bass.鷹野
Dr.酒向
Mar.月丘
ASax.七星
Pf.詩津紅
ちなみに AGt の A はアコスティック Acoustic Guitar だが、 ASax のA はアルト Alto Saxophone てある!
詩津紅は例によって有休(残っているのか?)を取って郷愁村まで来てくれている。
「詩津紅、会社の方はほんとにいいんだっけ?」
「最近諦められている気がする」
「クビになったら言ってね。お仕事はあるから」
「それ無茶苦茶忙しくなる気がする」
今回の龍笛は、千里2と3がどちらもシーズンに入ってしまい、忙しいから無理ということで困っていたら、青葉が偶然東京に出てきたので
「私忙しいんですけど」
と言うのを無理に頼んで吹いてもらった。
青葉が来たので有咲が緊張していた。全てのデータをバックアップして、50mプールの地下にある保管庫に入れる。念のためもう1組コピーを作って、ちょうど来ていた玄子マネージャーに車で熊谷市街地に持って行ってもらった。
それで青葉に吹いてもらったら、モニタースピーカーが2個、録音システムのICが5本飛び、共演者の七美花の胡弓の弦が切れ、ここまでの録音データが全て蒸発した!
こんな経験は初めての録音技師の金崎が
「データまで消えるなんて、嘘みたい・・・」
と驚いていたが、有咲は
「通常営業、通常営業」
と言って黙々と部品を交換していた。
「ごめーん。あまり精神的な余裕がないもので抑えが効かなかった」
と青葉は言っていたが、録音できた龍笛の音は物凄かった。
むろんデータは全て保管庫のバックアップから戻して、次の作業に進んだ。
11月の終わり頃から『時の鏡』の制作に入った。
“時の鏡”というのは、1月 January の語源である Janus(ヤヌス)は双面神で前と後ろに顔を持ち、年の境目で昨年と今年を見ているという所から来たもの。つまり時の鏡とは年の境界を表している。
曲のPVは最初にヤヌスの姿を描いた木炭絵(描いたのは親友の麻央)を映した後、そこからのモーフィングで、背中を合わせて左右反対側を向いている私とマリのモノクロ映像を映し、そこからカラーを回復させた上で、私たちが背中を合わせたまま、この歌を歌う所を撮影している。
私たちの後ろでは近藤さんと鷹野さんが背中合わせでギターとベースを弾き、七星さんと風花が背中合わせで2人ともフルートを吹き、鈴木真知子と伊藤ソナタが背中合わせでふたりともヴァイオリンを弾き、月丘さんと詩津紅が背中合わせでマリンバと電子ピアノを演奏している。ドラムスの酒向さんだけは単独である。
季節の移り変わりを表す様々な風景もバックに流れ1年12月の映像が流れる。
そして最後に私とマリ、近藤と鷹野、七星と風花、鈴木と伊藤は向き直ってお互い相手の顔が見える状態で演奏する。月丘さんと詩津紅も両者を映像処理で180度回転させ、向かい合って電子ピアノとマリンバを演奏するようにした。
『雪が白鳥に変わる』のPVは私がこの曲を書いた時に見た夢を再現してもらった。雪の中を走る気動車というのを北海道で撮影成功(美原さんが1週間粘って撮影できた)したので、雪から白鳥に変化する所はデジタル的に処理している。これはマリンバとピアノを回転させたのと同様、則竹さんの腕の見せどころであった。
雪が白鳥に変わるのを見つめる、少女に変身する少年、というのは最初は私が夢で見たとおり白鳥リズムにやってもらおうかとも思ったのだが、彼女は割と忙しいので、スケジュールが合わなかった。リズムが東雲はるこを推薦したが、彼女が言われて躊躇するような顔をしたところに、一緒に居た町田朱美が「私がやりたいです」と言ったので、結局朱美にやってもらった。
いつも元気な朱美ちゃんなので、凄くいい雰囲気の映像が撮れた。少年の姿が本当に男の子っぽい。その姿から少女の姿への変化は、むろん則竹さんによる映像処理であるが、不自然にならないよう、実は男子衣装・女子衣装だけでなく、中間の衣装も着せて撮影したので、彼女には5種類の衣装を着てもらっている。
色々な髪の長さのウィッグもつけてもらったが、ズボンの途中からスカートになる服とか、右前ボタンと左前ボタンが混じった服とか、不思議な衣装があり、結局見学していた東雲はるこが面白がっていた。
この曲の音源製作では、スターキッズのほぼ基本に近い構成で演奏している。
AGt.近藤
Bass.鷹野
Dr.酒向
Mar.月丘
ASax.七星
Pf.詩津紅
Fl/Pic.風花
最後に制作したのが『青女の慟哭』である。これは『雪女の慟哭』のタイトルで私が中学生時代に書いていた曲だが、この夏にマリに教えられて雪や霜をもたらす“青女”という概念があることを知り、それを使用して『青女の慟哭』と改題したものである。『雪が白鳥に変わる』の、雪の中を走る気動車の撮影に成功した美原さんが、更に半月北海道で粘って、本当に凄い吹雪を撮影することができたので、その映像を使用している。○○プロと関係のある北海道ローカルのタレント事務所に所属している俳優さんたち数人にその吹雪の中を歩いてもらった映像なども撮ることができた。
雪に完全に覆われた道路、雪掻きをしている人たちの映像、チェーンを着けて道路を走るトラックなども撮影している。
音源製作では、この曲だけ今回の方針である“Max12”を破って、多数の楽器を使用して、音の“うねり”が生じてもいいようにしている。
Gt.近藤
B.鷹野
Dr.酒向
ASax.七星
TSax.鮎川ゆま
Fl.桜野レイア
Tp.香月
Tb.宮本
Cla.詩津紅
Vn.川原夢美
Pf.ケイ
KB.山下響美
龍笛.林田風希
篠笛.風花
笙.今田七美花
尺八.今田三千花(槇原愛)
琵琶.田淵風帆(若山鶴風)
箏.今田小都花(篠崎マイ)
18種類の楽器を使用しているが、調律が変更できる楽器の調律をわざと微妙にずらしたので、うねりがたくさん発生した。そのうねりも“慟哭”を表す、激しい吹雪の表現として使用しているのである。七美花の吹く笙などはそもそも和音階のものなので、ここでもうねりが起きる(他の楽器は一応西洋音階のもの)。
「私の出番はまだか?」と何度も電話して来ていた風帆伯母は満を持しての登場となった。風帆伯母は、名古屋からやってきて、演奏に参加したが、
「待って。狼が吠えてる(*2)」
と言った。
(*2)“うねり”は英語ではWolf(狼)という。狼のうなり声にたとえたもの。うねりは例えば和楽器の“壱越”292.7Hz と西洋楽器の“レ” 293.7Hz では1Hz違うので同時に鳴らすと1秒に1回のうねりが生じる。多数の楽器が入った場合は、うねりの生じ方は複雑怪奇になる。
しかし伯母に仮ミックス音源を聴かせると
「なるほどー。冬子の意図が分かったよ」
と言って、思いっきりうねりを発生させてくれた!
この音源を聴いたマリは
「あ、いつものローズ+リリーの音だ」
と言い、
「まあアルバムの中に1曲くらいはこんなのがあってもいいよね」
と言った。
この音源製作で『十二月』の録音作業は完了した。
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【夏の日の想い出・十二月】(3)