【夏の日の想い出・十二月】(2)

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Havai'i 99のメンバーとサマーガールズ出版で渡航前に交わした契約書では下記のミッションが指定されていた。
 
・タヒチの楽器の演奏法を学んでくること
・タヒチの音楽・歌・踊りなどを覚えてくること
・向こうで5〜6曲、タヒチ風のオリジナル曲を書いてくること
・タヒチ楽器の演奏法や歌・踊りなどを帰国後こちらの指定した人に教えてくれること(授業料は払う)
・タヒチの楽器を自分たちの分以外に、適当な数持ち帰ること(代金別途)
 
そして禁止事項としては
・現地の人との性的行為
・タトゥを入れること
・度をすぎた飲酒
・麻薬・覚醒剤の類い!
・政治的な活動・言動
 
その他常識的ないくつかの禁止事項が並べられていた。
 
メンバーおよび各々の恋人、合計6人は各自パスポートを準備してから2019年2月下旬に日本人通訳(日本語←→フランス語)兼会計係の三条さん(実は∞∞プロのスタッフである。§§ミュージックには男性スタッフが少ないので、鈴木社長にお願いして借りた)と一緒にタヒチに渡航した。
 
メンバーの男性3人は各々妻を連れていたので“無事”だったが、通訳兼会計で同行した三条さんは「恋人要らない?」と言われて断るのに苦労したようである。「私は女には興味が無いので」と言って断ったら、7人共同で住むことにした家の彼の部屋のベッドに、お化粧した美少年が寝ていて、ハイトーンの声で「オカエリナサイ」と可愛く日本語で言ったので、追い出した!らしい。
 
「せっかくだから抱いてあげればいいのに」
「社長に叱られるよ。それに俺、男には興味無いし」
 
鈴木さんが怒ったら怖そうである。
 
「子供ができて養育費を要求される心配無いよ」
「それも怖いね!」
 

滞在中はタヒチ島で楽器の演奏法を習うとともに、たくさんの伝統的な歌を習って、ポリネシアの音程や歌い方などを身に付けた。本来はメンバー3人だけが習う予定だったが、女性3人も何もしないのは暇なので、結局お稽古料を彼女たちの分もこちらで出すことにして一緒に楽器や歌・踊りなどを習うことになった。
 
タヒチの楽器は基本的に打楽器とメロディー楽器に分けられる。
 
タヒチでは打楽器は男性が演奏するものという観念が強く、女性の打楽器奏者はボンゴに似た太鼓“パフ・タパエ(Pahu tapa'e)”以外では極めて稀である。パフ・タパエ以外では、タリパラウ奏者がごく僅かいる程度らしい。
 
そういう訳で羽合碁王のメンバーは男性3人が打楽器、女性3人がメロディー楽器を習うといいと言われた。しかし月さんは「私は半分男」と主張して打楽器も勉強することを認めてもらった(*1)。
 
(*1)本当に付いているか触って確認されたらしい!ついでに自分のも触れと言われたので触ってあげたら、何だか喜んでいた!?
 
打楽器については、しばしば演奏者が楽器を自作するので、結果的に日々新しい楽器のバリエーションが生まれていく。しかし基本は次の3つである。
 
●タリパラウ(tariparau):大太鼓(バスドラ)
●ファアテテ(fa'atete):小太鼓
●トエレ(to'ere):後述
 
打楽器を習う時は必ずタリパラウから習うことになっている。それで合格したらファアテテを習うことを許してもらえる。4人の内、タリパラウ合格と言われたのは中橋・酒田・月の3人で村原は3ヶ月間頑張ったが最後まで合格しなかった。しかし彼はその分プー(ほら貝)では「結構上手い」と褒められた(但しそちらも合格にするには後1歩足りないと言われた)。
 
合格した3人は4月に入ったあたりからファアテテを習った。これで合格したのは中橋と月の2人である。それでこの2人がトエレを習うことを認められ5〜6月にそのお稽古をした。
 
「しかしこれは1ヶ月コースでは何も勉強できずに帰らないといけなかったな」
「うん。3ヶ月コースにしてよかった」
と中橋や酒田は言いあった。
 

トエレはタヒチアン・ミュージックを象徴する楽器である。そして前述のように、打楽器の演奏を究めた者のみが学ぶことを許され、そしてバンドの花形である。
 
元々はクック諸島(*2)由来の楽器でクック諸島ではトケレ(tokere)だが、タヒチではk→'とカ行の子音が声門閉鎖音に置換されてトエレ(to'ere)と呼ばれる。
 
トエレの材料はミロ(別名パシフィック・ローズウッド)や照葉木(てりはぼく)などである。これらはカヌーの材料にも使用される硬い木である。これを円柱状に切り出し、円柱の側面と両底面に細長いスリットを入れ、中身もくりぬいて作る。サイズは小さい物は40cmくらい、大きな物は120cmくらいで、出したい音程に合わせたサイズが作られる。クック諸島では、
 
小さいもの: tokere-mamaiti
中くらいの: tokere-tangarongaro
大きなもの: tokere-taki / tokere-'atupaka
 
と呼び分ける。これを先が細くなった円錐状(角状)のスティック(やはり硬木でできている。鉄製のスティックを使う流儀もある)で叩く。
 
演奏法は2種類あり、垂直に地面に立てて、横から1本のスティックで叩く方法と、地面に横に寝せて、あるいは足の上や膝の上に置いて上から2本のスティックで叩く方法である。左右の支柱の上に置いて叩く場合もある。複数の音程の違うトエレを叩く人はこの支柱方式を使用する。
 
多人数のバンドでは、リード・トエレ、リズム・トエレなどに分けられる。西洋のロックバンドでいえばギターに近い地位を持つ楽器。
 

(*2)“クック諸島”という国である。マオリ語では“クキ・アイラニ”。旧名はラロトンガ王国。
 
場所はタヒチの西1000kmほどの所。15の主な島とその周辺の小島からなる。中心は旧国名と同じラロトンガ島。『戦場のメリークリスマス』が撮影された島である。ラロトンガ国際空港(IATA:RAR)があり、ニュージーランド、タヒチ、アメリカへの国際便が就航している。外交をニュージーランドに委ねていることもあり、国家として承認していない国も多い。2019年現在クック諸島を国家として承認しているのは40-50国程度(資料により数に差異がある)に留まる。日本は2011年に承認し、同年、首相夫妻が来日している。
 

「でも女でトエレを許されたのは俺が教えた中では10年前に1人居ただけだ」
と先生から言われた。
 
月は都合のいい時は男、都合のいい時は女、とみなされているようだ。
 
もっともトエレ合格を告げられたのは中橋のみである。月もかなり褒められたものの“合格”にはしてもらえなかった。それでも“女トエレ奏者”の認定証をもらった。その番号が"5"だったのが凄い。つまりこの認定証は月を含めて過去に5人しかもらっていないということである。
 
「ちなみに1番の番号の認定証をもらった女は、拳闘大会でも男のチャンピオンを倒して“認定男”になって、男として暮らすことが許され、父親の後を息子として継いで海運会社を経営して、奥さんも持ったらしい。もう50年か60年くらい前のことだけど」
 
などと先生は言っていた。
 
へー!そういう「男に負けない活躍する」のを好む女性は居るよな、と思う。でもお嫁さんももらうのか。しかし拳闘で男に勝つのは凄い。
 
「あんたも男に認定してもらえるよう推薦しようか?」
「それでは村原の奥さんを辞めないといけないので遠慮します」
「代わりに旦那が女になったら?あの人、女みたいに腕力無いし」
「あはは」
 
あいつもかなり怪しいよなあと月は思った。いわゆる“代理トランスジェンダー”では?という気もする。自分自身が女の子になりたい気持ちを隠して、代わりにトランスジェンダーの恋人(妻)を持ちたがる人というのが、割と存在する。性転換したい気持ちをパートナーに「投影」(心理学用語)して代替満足しているのである(自分がピアニストになれなかった母親が娘をピアニストにしようと厳しいレッスンを課したりするのと似た心情)。
 
だからこちらに「早く性転換できるといいね」とか唆してくるし。こちらが彼に「ヒロちゃんのちんちん切っちゃうぞ」などと言ってあげると興奮するし!本棚に『バッド・ストリート・ガールズ』とか『プリティフェイス』とか『らんま1/2』とか『少女少年』とか並んでいたし!
 

トエレを習った中橋と月の2人は似た楽器イハラ('ihara)も習った。これはトエレがクック諸島から伝わる以前からタヒチに存在したものの、トエレに押されて一時期消滅していたらしい。それを古楽器の研究から復活したのである。
 
縦に細く切った竹を多数束ねて、それをトエレと同様の硬木のスティックで叩くものである。ジャジャジャジャという感じの音がする。これは基本的に2本の支柱の間に渡して横に置いて使用する。数本のトエレと並べてひとりの奏者がまとめて演奏することも多い。キーボードを数台並べて演奏するのと似た感じだ。
 
なお、ポリネシアの竹(ohe)は、日本など温帯の竹と違って地下茎で広がらず、1ヶ所から多数の竹がまとまって生える“叢生”をする。このタイプは「竹」「笹」と別分類の「バンブー」と呼ぶこともある。
 

ファアテテで合格できなかった酒田はトエレを学ぶことを許されなかったので、代わりに太鼓類を色々教えてもらった。これには次のようなものがある。
 
●タリパラウ(tariparau 大太鼓) 両面に皮を張った太鼓で1本のマレットで打つ。
●ファアテテ(fa'atete 小太鼓) 片面に皮を張った太鼓で両手または2本のスティックで叩く。
●パフ・トゥパイリマ(pahu tupa'i rima 高太鼓) 高さ1mほどの背の高い太鼓で皮は1面。手で叩く。
●パフ・タパエ(Pahu tapa'e) ボンゴのような小さな太鼓で複数の(音高の違う)太鼓を並べて使用する。皮は片面。女性にも演奏が許されている数少ない太鼓のひとつ。
 
なお「パフ」というのが、太鼓族の一般的な呼び名である。
 

一方、女組3人(月を含む)は、メロディー楽器を習った。これには下記のようなものがある。
 
●プー(Pu) ホラ貝!
●ヴィヴォ(Vivo) 縦笛
●ウクレレ(ukulele)
 
まずプー(Pu)はプートカ(Pu toka)ともいうが、ホラ貝である。マウスピースは使用せずに、貝をそのまま吹く。貝の先端に穴を開けてあり、そこから吹くようになっている。学校とか職場などで、チャイムのようにして使用される。タヒチのホテルで朝の合図とかお昼の合図など時報のようにプーを吹く所もある。
 
マウスピース無しで貝を鳴らすのは結構難しく、女性3人の内、器用な月と、中学の吹奏楽部でトランペットを吹いていた美雪は吹けたが、その手の経験が無い鈴花はだいぶ教えてもらったのだが、どうしても音が出せなかった。
 
ヴィヴォは指穴が3つ(4つのものもある)の縦笛で、フルートと同様のエアリード楽器である。管の端は閉じていて、端の近くの側面(指孔と同じ側)に唄口が開けてあり、ここに息を管と並行に吹きかけて鳴らす。吹きたい曲の音程に合わせてサイズの違う数個のヴィヴォを用意するのは、日本の尺八と同じ考え方のようだ。
 
そしてヴィヴォの変わっている点はこれを口ではなく鼻息で吹くことである。管の端を鼻と上唇の間、いわゆる人中の所に当てて、鼻から出る息で吹く。
 
これは月と鈴花は少し練習しただけで吹けたが、鼻づまりの悪い美雪はうまく音が出せなかった。
 
「あんた笛を習う前に鼻の通りをよくしないといけないね」
と言われて、毎日鼻の穴に水を通す練習!をしていたら、1ヶ月ほどで何とか音が出るようになった。
 
「これ気持ちいい。日課にしようかな」
と美雪は言っていた。
 
「鼻に水を通すのは、日本の有名なコメディアンでサカミ・シローという人が広めたんだよ」
 
と先生が言っていた。誰だろう?と思っていたのだが、帰国後確認して、コント55号の坂上二郎であることが分かった!
 

そしてウクレレ(Ukulele)である。
 
タヒチではウカレレ(Ukarere)ともいう。西洋風に!?バンジョーと呼ぶこともある。タヒチアン・ギターなどと紹介されることもある。
 
ハワイから伝わってきた楽器である。しかしその見た目はハワイのウクレレとはまるで違う。実は演奏法も全く違う。
 
ハワイから伝わってきた初期の頃はハワイと同様に板を貼り合わせて作っていたものの、その内、1本の木を彫ってギター族の形にするようになった。それで見た目はむしろ小型のエレキギターに似ている。
 
写真で見るとサウンドホールが無いように見えるが、実はサウンドホールは裏側!に空いている。
 
(タヒチではハワイアン・ウクレレはハワイの代表的ウクレレ・メーカーの名前を取って“カマカ”と呼ぶ)
 
弦はハワイではヴァイオリンやクラシックギターなどと同様のガット弦(動物の腸を撚って作ったもの)が使用されていたが、タヒチでは輸入された当初から釣り糸を使用していた。ハワイのウクレレは4つの弦の太さが異なるが、タヒチのウクレレは全て同じ太さの弦(釣り糸)を使用する。
 
そしてハワイのウクレレと最も違うのは、4つの弦を全てダブルにしたことで、要するにタヒチのウクレレは2本セット×4で8本の弦が張られている。8,7弦、6,5弦、4,3弦、2,1弦が各々同じ高さ(ハワイと同様のG-C-E-A)に調律される。
 
(G-C-E-Aは G-Chan(爺ちゃん)のイーエー(家)と覚えるらしい!?)
 
なお、近年タヒチに影響されて!?ハワイあるいは日本などでも釣糸に使用するフロロカーボンの弦を張る人たちが出てきているらしい。
 

ハワイのウクレレはわりとスローテンポで、4分音符で弾くことが多いが、タヒチのウクレレは“バンジョー”の異名があるのも納得するようにチャカチャカチャカチャカと8分音符で掻き鳴らすのが一般的である。タヒチは打楽器のビートも速いが、ウクレレの音も速い。とにかく楽器を弾くのに筋力を使う国である。
 
女性陣3人はこの高速奏法を全員弾きこなし
「あんたら凄いね!」
と先生に言われた。
 
「ギターを弾くので」
と全員言う。
 
「じゃ後でタヒチアン・ギターも教えてあげるよ」
と言われ、3〜4月はウクレレ一色だったものの、それをかなりマスターしてきたところで5月にはギターも教えてもらった。
 

Havai'i 99 (羽合碁王から改名)のメンバーは、楽器を習う合間に、ローカル線の飛行機あるいは船などでフランス領ポリネシアの様々な島を訪れ、写真やビデオを撮りまくるとともに、楽曲の着想も得ることができたようである。渡航メンツの中で、月が高校の時は写真部にいたということで撮影が上手く、愛用のLumix(3年ローンで買ったらしい)でたくさん写真や動画を撮っていた。
 
最初は5月一杯で“タヒチ留学”を終えて6月頭に帰国する予定だったが、現地のお祭り(Heiva i Tahiti 2019年は7月4-20日)を見てから帰りたいということで、鱒渕さんの許可も得て、7月21日(日)の便での帰国になった。
 
Heivaというのは、タヒチの伝統的な音楽あるいは娯楽全般を指す言葉であり、このお祭りはタヒチ最大の年間行事でもある。
 
このお祭りでは実は彼らは参加者(演奏者)にカウントされていて、お祭りの期間、何度もステージにあがったり、あるいは街の行進?のようなものに参加したりして、大いに盛り上がった。お祭りが終わった所で彼らは市長さん?から
 
"Havai'i98 - Insulaires d'honneur de Tahiti"
(タヒチ名誉島民)
 
などと書かれた賞状をもらった。
 
でもHavai'i98じゃなくてHavai'i99なんですけど!?
 
(99というのは、メンバーの大半が1999年生であるため)
 

彼らが成田に到着したのは7月22日の午後である。
 
PPT 7/21(Sun) 7:15 (TN0078 A340-300) 7/22 14:05 (11'50)
 
22日は私は作業の都合で郷愁村の郷愁スタジオにずっといたのだが、私が郷愁村に居ると聞くと、彼らは帰国してすぐなのに、その日の内に郷愁村まで来て、遠征の報告をしてくれた。そして“宿題”にしていた6つの曲を実演してくれた。(ロックギャルコンテスト本選の翌日である)
 
この時同席したのは、私とスターキッズの面々、隣の50mプールに泳ぎに来ていたアクア(F)と千里(髪が短いし比較的オーラが小さいので千里1と判断する)、それに鱒渕・妃美貴である。
 
全員、彼らの演奏に圧倒される。
 
この時の担当楽器は、下記のようであった。
 
トエレ・イハラ:中橋春光
ファアテテ(小太鼓)・パフタパエ:酒田文泰
タリパラウ(バスドラ)・プー:村原宏紀
ヴィヴォ・トエレ:城野月(村原の妻)
ウクレレ:中橋美雪
ギター:柏木鈴花(酒田の妻)
 
私たちは大きな拍手をし、こちらの面々はアクアや千里も含めて、メンバー6人と握手をした(ほとんど握手会)。
 
「5月に聞いた時よりずっと格好よくなってる」
とアクアは言う。
 
「良かったら、あのビデオ撮り直せませんか?」
と中橋さんが言う。
 
「そうしましょう。コスモス社長に言っておきますよ」
と鱒渕が言う。
 
「でも女性組3人も凄く上達したね。このまま正式メンバーになっちゃう?」
と私は言った。
 
「男3人が良ければ、それでもいいけどね〜」
 
とリーダー中橋の奥さん・美雪は言った。彼女は「3ヶ月も一緒に海外出張するのなら」と親御さんに言われて、日本出国直前に中橋さんと入籍してしまった(結婚式は落ち着いてから)が、パスポートの変更は間に合わず、旧姓のパスポートをそのまま使用した。他の2人は未入籍ではあるものの、どちらも既に事実上の夫婦である。
 
「俺たちは構わないよ」
と中橋さんは酒田・村原の顔を見ながら言う。
 
「だったら私はメンバーに入る前に姓を変えちゃおうかなあ。学生結婚もいいよね?」
と鈴花が言っている。酒田は頭を掻いている。
 
「私は姓を変える前に性を変えなきゃ」
などと言っているのは、村原の彼女・城野月である。彼女はこの遠征で撮影係もしてくれている。
 
彼女の名前“月”は本来は『もんど』と読んでいたらしいが(ドイツ語読みと思われるが、無理がある気がする。だいたいドイツ語では Mond は“モンド”ではなく“モント”と読む!)、今回パスポートを作る時には『るな』と読むことにして Runa Jono で作ってしまったらしい(名前の読み方は裁判など不要で、役場に届けるだけで変更できる)。ドイツ語(Mond)からラテン語(Luna)への転換である!
 
名前が女性的(世界的に a で終わる名前は女性とみなされやすい)であっても性別がMと記載されているので現地での入国の時には揉めたという(帰国する際の出国では覚えてもらっていて、ノートラブルだった)。
 
「でも向こうでは結構過ごしやすかったんですよ。そもそもポリネシアって日本の基層文化に近くて性別に関する基準が緩いんですよ。男女の扱いがあまり違わないし、男らしさ・女らしさがあまり強調されない。女性も力仕事をするし、男性も家事をする。それにポリネシアには昔からマフ(Mahu)といって、男に生まれたけど女として育てられた人がいて、巫女とかになって尊敬されていたらしいです。ずっと昔には最初に生まれた子は男の子であっても女の子の格好をさせて育てるなんて習慣もあったらしいですよ」
 
「マリが聞いたら喜びそうな話だ」
と私は言った。
 
「実際、現地でマフの人たちと結構仲良くなりました。でも私が物凄く女らしいから、羨ましいなんて言われましたけどね」
 
「ああ。そのあたりはテクニカルな問題かな」
「そうそう」
 
「じゃ、性転換するの?」
と美雪が訊く。
 
「タヒチに行く前は、けっこう気持ちがふらふらしていたんですけどね〜。マフの人たちと交流して、さんざん美雪ちゃんと鈴花ちゃんにも唆されたから、やっちゃおうと思っています。この仕事が一段落した所で手術受けに行きます。手術代は村原が出してくれると言っているし」
 
「むしろアルバムを発表する前にさっと手術しちゃった方がいいかもね」
と鈴花が言う。
 
「え〜〜〜!?」
 
「確かに注目されて引き合いがたくさん出た場合、手術する暇が無くなっちゃうかも」
と鱒渕も言う。
 
「でもあれって予約してから最低でも1年くらい待たされるんですよ」
と本人。
 
「ルナちゃんみたいな可愛い子だったら、今日電話すれば来週にも無理矢理日程を押し込んで手術してくれる先生知っているけど。国内だから料金はタイとかに比べると高いけど」
 
と私が言うと
 
「そんな先生がいるんですか!?」
と彼女は驚いたように訊いた。
 
「あの先生は可愛い子とそれなりの子の扱いが違う。だから普通の子はやはり予約してから半年かかる。でも可愛い子は例外」
 
「あはは。何か問題のある先生っぽい」
「友だちの付き添いで来た子を唆して一緒に手術しちゃったこともあるし」
「ある意味怖い」
「腕は確かなんだけどね〜」
 
取り敢えず一度富山に行ってみると言っていた。
 

さてHavai'i99に現地で書いてもらった曲はこの6曲である。
 
『Plage noire』(Black Beach)
『Troupeau de geants』(Troop of Giants)
『Noces Polynesiens』(Polynesian Wedding)
『Manuia!』(Cheers!)
『Nono, Nono』(Noni, Noni)
『Hei Tiare』(Lei of Tiare)
 
『Plage noire』(プラージュ・ノワール:黒い砂浜)はタヒチ島の黒い砂浜を歌ったものである。タヒチ島は黒い玄武岩質の島なので、砂浜も黒い砂でできている。この特異なビーチのことを歌ったものである。これはタヒチに行って最初に書いた曲である。
 
『Troupeau de geants』(トゥルポ・ドゥ・ジェアン:巨人の群れ)はヌクヒバ(Nuku Hiva)島のハカウイ(Hakaui)の断崖を歌ったものである。高さ350mの断崖がずっと続いており、上部の高原の川がヴァイボー(Vaipo)の滝となって落ちている。その端は浸食により多数の屹立した突岩となっていて、その風景は中国の桂林なども思わせる。その様子を彼らは“巨人の群れ”に形容した。
 
このヌクヒバ島は『白鯨』の作者ハーマン・メルヴィルが、捕鯨船の船員をしていた時、あまりに過酷な労働に耐えかねて脱走し、隠れ住んだ島である。この島は寒流に取り囲まれているため珊瑚礁が無い。近くにはゴーギャンゆかりのヒバオア島もある。なお『白鯨』に出てくる一等航海士がスターバックで、スターバックス・コーヒーの語源である。
 
『Noces Polynesiens』(ノース・ポリネジアン:ポリネシアの結婚式)は、タヒチ島で、たまたま行われた知人カップルの結婚式に参列させてもらった時、即興で演奏したものを後で採譜して調整したものである。とにかく賑やかで、おめでたく、明るい曲である。
 
『Manuia!』(マヌイア!:タヒチ語で「乾杯!」の意味。フランス語ならサンテ!またはチンチン!!)。酒宴が始まる時の挨拶である。この歌は飲めや歌えやという感じで、元気で明るく、そして乱れている!
 
『Nono, Nono』の“nono”とは、日本語では八重山青木(やえやま・あおき)というが、近年はハワイ語で「ノニ」と呼ぶことが多い。ノニジュースなどにして飲むほか、トムヤムクンやナシゴレンにも加える。染料としても使用される。タヒチ産のノノ(ノニ)は現在外国へ大量に輸出されており、タヒチの経済を支える重要な農作物となっている。この歌はノノ畑のそばで愛を語り合う恋人たちのことを歌った歌で、ヴィヴォ(縦笛)の美しい旋律を加え、可愛い感じに仕上がっている。
 
『Hei Tiare』はアクアに提供することになった曲だが、ティアレの花の首飾りを歌ったもので、それを着けた女性を愛でる歌である。君はエメラルドグリーンの海より美しいとか、世界中の花全てより価値があるとか、ひたすら褒めて、求愛している歌だが、最終的に、アクアの年齢に合わせて歌詞は若干マイルドに変更された。
 
この曲はアクアの日程が詰まっていることもあり本格的な制作は秋以降にずれこんだものの、8月31日の小浜7万人ライブで披露したら、今までのアクアの曲には無いサウンドなので、好評であった。もっともライブでは多くの人が「Hey! Tiare」とティアレという女性に呼びかけている歌かと思ったらしい!
 

私はHavai'i 99のメンバーに、私が書いた『トロピカルホリデー』を添削して、編曲さらに伴奏もしてもらいたかったのだが、彼らの演奏を聞いて参った!と思った。そして素直に言った。
 
「悪いけどローズ+リリーの『トロピカルホリデー』に君たちで新しい曲を付けてくれない?あるいは今ある曲の中のどれかのメロディーを転用してもらってもいいけど」
 
それで彼らは『Plage noire』(黒い砂浜)を歌詞に合わせて若干アレンジして提供してくれることになった。
 
「『Hei Tiare』はアクアさんにということでしたが、残りの曲も誰かに提供するんですか?」
 
「それは君たち自身のアルバムとして★★レコードから発売という線でどう?」
 
「おぉ!」
 
「『Plage noire』と『Hei Tiare』のオリジナル・バージョンも入れて6曲入りミニアルバムという線では?他にも曲を追加していいけど」
 
「やります!」
 

そういう訳で『トロピカルホリデー』はケイ作詞・Havai'i99作曲ということで『十二月』の中で最初に制作することになったのである。
 
この作業は「ノってる内にやっちゃおう」ということで、この後7月24日までに『トロピカルホリデー』の歌詞にメロディーを合わせ付ける作業、マリのパートを書く作業をした上で、苗場ロックフェスティバルの直後、7月31日(水)に新宿のXスタジオ分室で収録した。強烈なトエレとパフが奏でるリズムの中、ウクレレとギターが奏でる和音に乗せて、私とマリの歌を入れた。マリは「頭をタヒチの頭にする」と言って、応援で撮影に行った美原友紀さんと彼女の男性助手(従弟らしい。ボディガードを兼ねる)が現地で録音してきてくれたヘイヴァ祭の映像と音を前日に丸1日見てから録音に臨んだので、ノリノリだった。
 
「マリさん、なんでそんなにタヒチっぽく歌えるんです?」
とHavai'i99のメンバーたちが驚いていた。
 
この曲ではスターキッズはお休みであるが、本格的なタヒチ音楽のバンドということで、ぜひ見学したいと言い、全員スタジオで見学した。他に世界選手権に行っていて29日に帰国したばかりの青葉、ちょうど青葉と会っていた千里も見学した。でも大勢に見学されていて Havai'i99のメンバーは無茶苦茶緊張したらしい。
 
7.17 青葉が韓国へ移動
7.21-28 韓国光州で世界水泳選手権
7.25 私が苗場へ移動
7.26-28 苗場ロックフェスティバル
7.29 私とマリが東京に戻る・青葉が帰国
7.30 マリが1日、タヒチのお祭りの映像を見聞きしまくる
7.31 『トロピカルホリデー』の歌唱録音
 

「では次は9月上旬にアクアの『Hei Tiare』の再録をしましょう。城野さん、近い内に富山の病院に行きます?実際の手術は来年以降でもいいと思いますけど診察だけでも」
 
「それなんですが・・・どう説明していいか分からないことが起きて」
と月は言った。
 
「ちょっと個人的に相談に乗ってくれたりはしませんよね?」
 
私はふと青葉の顔を見た。
 
「ここにいる大宮万葉は実は霊能者でもあって、不思議な出来事に関する相談とかもしているんですけど、もしかして役に立ちます?」
 
「もしかしたら、霊能者さんがいちばんいいかも。こんなことお医者さんとか心理カウンセラーとかに話しても信じてくれなさそうで」
 
「それ私も同席した方がいい気がする」
と千里が言った。(髪が長いので2か3だと思うが、どちらかはよく分からない)
 
「もしかしたら私は取り敢えず席を外した方がいいかも?」
と私は言った。
 
「うん。必要なら呼ぶよ」
と千里が言った。
 

それで、結局、青葉・千里、月さんと彼女の夫の村原宏紀さんの4人で、スタジオの空き部屋を借りて話を聞くことにしたのである。
 
4人の話し合いは1時間ほど掛かっていたようだが、やがて明るい表情で出てきた。
 
「どうだった?」
と私は訊いた。
 
「月さんは既に完全な女性です。射水市の病院に行く必要はないでしょう」
と青葉は言った。
 
「そうなの!?」
「どっちみち“性別訂正”の手続きを進めることになるかと思います」
「じゃ、やはり女性になるのね。入院はどのくらい必要?」
「必要ないと思いますよ。何も治療の必要はないですから」
 
「へー」
 
「村原さんも現在完全な男性ですね」
「・・・以前から男性でしたよね?」
「いや、それが・・・」
 
「まあ色々あったので。彼も治療の必要性はないですから」
 
どうも何かあったようだが、恐らく青葉と千里の共同作業で解決したのだろう。
 
「青葉、この件、見料は私が払うから、あとで請求書回して」
と私は言った。
 
「分かりました」
 

Havai'i 99 のメンバーには、渡航前の約束のひとつでこちらにタヒチの楽器や音楽を教えて欲しいと頼んでいたので、ローズ+リリーのアルバムの制作が本格化する9月までの期間を利用して指導をお願いした。
 
最初に音階の話をしたのだが、タヒチを含めてポリネシアン音楽で特徴的なのはラの音を半音下げる音階(sus6)である。普通の西洋楽器ででも、ドレミファソ♭ラと弾いてみると、それだけで随分ポリネシアンっぽくなる。この音階は、Havai'i 99 のメンバーもまねごとのハワイアンを演奏していた頃から、よく使用していたという。
 
彼らに楽器を習ったのはこういう面々である。
 
スターキッズ 近藤・鷹野・酒向・月丘・七星
フレンズ 宮本・香月 (山森は多忙につきパス)
ローズクォーツ マキ・タカ・サト・ヤス・マリナ・ケイナ
§§ミュージック 西宮ネオン・白鳥リズム・東雲はるこ・町田朱美
その他 秋乃風花、川原夢美、山下響美(夢美の姉)
トラベリングベルズ 黒木信司・木月春孝・鐘崎大地・児玉実・相沢海香
 
授業料は1人2万円で当面毎月50万円を、サマーガールズ出版からHavai'i99に払うことにした。
 
まず打楽器組(男性全員−マリナ・ケイナを含む−と夢美・海香)は全員タリパラウから始める。
 
「私たちも打楽器組?」
とマリナが尋ねたが
「あんたたち男でしょ?」
と海香から言われる。
 
「まあ法的には」
「それとも手術して女になる?女になるなら、要らないちんちん譲って欲しい」
「ちんちんはヴァギナ作る材料にするから、あげられないんだけど」
「やはり手術するんだ?」
「しない、しない」
 
「でも女の子になりたいんでしょ?」
「なりたくないよ。女装はただの芸だよ」
「誤解している人多いけどね」
「Wikipediaにまで、メンバーは2人ともMTFって書かれていた」
「性転換手術はまだだが、豊胸・去勢済みと書かれていた」
「豊胸だけしてるんだっけ?」
「してない!」
「毛の処理が大変だからレーザー脱毛だけはした」
 
「でもあんたたち、もう男には戻れない気がするけど」
「そういう指摘はある」
 
「もう“俺”とか“僕”って自称使えないし」
「男物の服なんて、もう持ってないし」
「友だちの結婚式とかもドレスで出てるし」
「彼女には自分はレズじゃないからって振られたし」
 
「男子トイレにはもう10年以上入ってないし」
「男湯に入ろうとすると追い出されるし」
「じや女湯に入るの?」
「それは企業秘密で」
 
「プールでは女子更衣室使ってビキニとかも着てるし」
「女性の裸を見ても何も感じないんだよね」
 
「じゃオナニーする時は男性の写真とか見るの?」
「そのあたりは企業秘密で」
 
「母親からまで、いつ性転換手術するの?って訊かれた」
「私の母親は『あんたまだ戸籍に二男って書かれているけど』と言ってきた」
「私は兄貴が結婚したとき交換した家族票に妹と書かれていた。結婚式の時は色留袖着せられた」
 
「あんたたち手術してなくても既に社会的には性転換済みという気がする」
「うーん。。。」
 

ともかくも彼らを含む男性組(+夢美・海香)はタリパラウを2週間やって、合格した人だけが、次のファアテテに進む。これを2週間やって、合格した人だけがトエレに進む。結局このメンツの中でトエレを習うことを認めてもらったのは、
 
近藤・鷹野・タカ・リズム・黒木・木月・海香
 
の7人だけであった。まさかのドラマー3名不合格で酒向さんもサトも鐘崎さんも悔しがっていた。3人ともファアテテには進めた。
 
「ドラムスの技法が身につきすぎているのかも知れないですね。でも現段階では合格は出せません」
と中橋さんは言っていた。
 
夢美・ネオンもファアテテまでだった。女性では海香とリズムだけがファアテテを卒業できたが
 
「2人ともスポーツする男性並みの筋力」
と言われていた。
 
「まあボクはテニスで鍛えてるし、音響設計の実習では建設現場とかに入って建材を抱えたりしてたし」
と海香。
「私、腕立て伏せノンストップで300回できるよ」
とリズム。
 
マリナとケイナはタリパラウから先に進めなかった。
 
「2人とも箸より重たいもの持ったことない女性並みの腕力だ」
などと言われた。
 
「女らしく見えるように腕や足が太くならないように気をつけていたから筋力は落ちてるかも」
 
「やはり女性ホルモン摂っていると筋肉は落ちるみたいね」
「女性ホルモンなんて飲んでないよ!」
 

プーを習ったのは、トランペットが吹ける、香月・酒向・児玉の3人だが、3人とも最初から音が出せたので、習うのは主として楽曲の中で音を入れるタイミングだけの問題になった。
 
「みなさん私よりうまくなりました。私が習いたいくらい」
と酒田さんが言うので、本当に香月さんが色々教えてあげていた!それで本当に酒田さんのプーが進化した。
 
「それだけ吹けたら合格にしてもらえるかもね。もう一度タヒチに行って先生に見てもらう?」
と中橋が訊いたが酒田は
「次行くと1年くらい帰ってこられない気がする」
と言っていた。
 

ヴィーヴォを習ったのは木管組の七星・風花・黒木に、ぜひ覚えたいと言った新人の東雲はるこ・町田朱美である。
 
「鼻で吹くって面白ーい」
と朱美は興奮していた。
 
全員すぐ吹けるようになり、ポルタメントやトリルなどもすぐマスターした。だいたい吹けるようになった人にはフラジオレット(倍音を出す奏法)も指導したが、元々木管を吹く3人は何も指導しなくてもフラジオレットができた。はるこ・朱美もすぐに音を出したが、安定した音を出せるようになるには数日を要した。
 
「プロの3人はさすがですけど、中学生の2人も音感いいね」
と月が言うと
 
「はるちゃんは絶対音感持ちです。私はなんちゃって音感ですけど」
と朱美が言う。
 
「いや、朱美ちゃんは相対音感が発達しているタイプだと思った。ケイちゃんなんかと似てる」
と七星は言っていた。
 

ウクレレは女性全員と、ギタリスト組、ネオンが習ったが、後に打楽器組の中でトエレに進んだ人たちが練習の負荷の問題から離脱、代わりにファアテテに進めなかった人たちがこちらに合流した。
 
「見た目はまるでエレキギターだね」
「奏法がほんとにバンジョーを思わせる」
という声があがっていた。
 
ハワイアン・ウクレレも未経験の人たちからは
「アップでもダウンでも高音から入るのが面白い」
という声が出ていた。
 
ウクレレのチューニングは上(8,7弦)から順にG4 C4 E4 A4とする(C4=Center C)ので、弦を全く押さえていない状態で、上から弾く(ダウンストローク)とソ↓ド↑ミ↑ラ、下から弾く(アップストローク)とラ↓ミ↓ド↑ソとなり、どちらから弾いても、高音で始まり高音で終わるのである。こういうチューニングを凹型チューニング(reentrant tuning)という。
 
このチューニングもウクレレの音を特徴付ける要素のひとつだ。
 

なお、アクアにもこのタヒチの楽器を習わせたのだが、これは負荷が掛からないように、映画の撮影が終わった後、9月からアクアNに習わせた。それで通常の仕事はMとFでやってもらう体制である。
 
「やはり3人分、仕事させられている!」
と文句言っていたが。
 
あまり時間が取れないのと、彼の筋力を考えて最初から打楽器は諦め、ヴィヴォとウクレレに限定して教えた。彼に渡したヴィヴォは特製のもので、現地の名人さんが作った、装飾の彫りが美しいヴィヴォである。サイズの違う3本セットを進呈したが、いちばん小さいのをF、中くらいのをN、いちばん大きいのをMが取ったようである(代金は私が個人で払った)。
 
しかし元々楽器の才能が高い彼なので、ほんの5分ほどでヴィヴォの音を出してみせて、指導係の月を驚かせた。
 

さて『十二月』の制作の方だが。
 
特殊な対応となった『トロピカルホリデー』を除いて、『十二月』の中で最初に着手したのが『泳ぐ人魚たち』である。
 
これはサーフィンっぽくしたいという方針から、このような体制で演奏した。
 
Gt.近藤・宮本・ケイ
B.鷹野
Dr.酒向
 
月丘さんと七星さんはお休みである。雰囲気を出すため、スタジオのスクリーンに海辺のシーンを流し(男性陣の要望で水着の女の子をたくさん映している)、それを見ながら演奏したので、結構シーサイドっぽい雰囲気が出たと思う。
 
これに私とマリの歌を乗せて完成である。
 
PVでは、この制作中に流した海辺のシーンに加えて、郷愁アクアリゾートでレジャープールの1つを貸切にさせてもらい、
 
「今からローズ+リリーのアルバムのPVを撮影するので、映ってもいいという方はプールに入って下さい」
 
と宣言してから、私とマリが水着を着て水浴びしているシーンの撮影をした。結構な人数が中に入ってくれて、ほんとに人混みの中で私たちが水遊びしているような感じの映像になった。
 
またこれとともに、一般開放していない50mプールで、青葉・幡山さん・筒石さん・千里、青葉の友人の竹下リルさん・金堂多江さん・広島夏鈴さん、そしてアクア!の8人に泳いでもらい、その映像を収録している。
 
(これは9月上旬の、インカレ直後に撮影した:アクアも映画制作は終了している)
 
ちなみに全員女子水着を着けているので、女子水泳選手が8人泳いでいるように見えるが、実は男子が1人(筒石さん)入っている。アクアをもし男子で数えたら2人かも知れない!?
 
泳いでいる選手は顔は映していない。しかしそれでも水面より上に見える体型から「6コースで泳いでいるのは、ひょっとしてアクアでは?」という噂が立ったのは、アクアのファン凄っ!と思った。
 

『砂の城』は季節的な問題があり、PVを先行して8月に撮影している。撮影場所は伊豆の白浜海岸である。白い砂浜が美しい。その波打ち際にマリが美空とふたりで2時間がかりで砂の城を作り上げ、それがやがて潮が満ちてきて崩されていくところを固定カメラで長時間撮影した。撮影中、マリは美空と2人で焼き肉を食べていた!
 
美空はKARIONの制作をしていたのだが、マリから「焼き肉食べよう」と言われて、和泉が編曲で悩んでいたのをいいことに伊豆まで出かけて、撮影と焼き肉、それに白浜の高級旅館で1泊して、満足したようであった。
 
また砂浜で戯れる男女の映像。寂しそうに1人で歩く女性の姿を映しているが、どちらも顔は出していない。∞∞プロに頼んで、若手の男女の俳優を出してもらい、撮影したものである。
 
この曲は音源製作したのは9月の下旬である。ここまでは新宿のXスタジオ分室で制作した。
 

今回の『十二月』の制作は、2年前に『郷愁』の制作をした郷愁村で行うことにし、上島先生の謹慎が解けた春頃から準備を進めていた。
 
最初に工務店を入れて、旧スタジオから(干渉が起きないように)数メートル空けて新スタジオを建ててしまった!旧スタジオの方も補修の必要な所が無いか、防音設備に問題無いかなどを工務店さんに調べてもらい、実際に若干の補修をした。
 
同時進行でアクア主演の映画の話が進んだので、結局郷愁マンションは先に映画関係者が使うことになった。7-8月は映画関係者で使用し、9-11月にこちらで使用するということにした。
 
(実際にはこちらは10-12月の使用になった。映画側も9月に若干の追加撮影をしたし、その後、ビデオ編集を泊まり込んでやるのに使用したのでちょうどよかった)
 
マンションは、6月にクリーニング業者を入れて一度バルサンを焚いた上で、きれいに清掃した。
 
旧スタジオの機器は有咲にチェックしてもらい、調子の悪い部品を交換したり、ソフトを更新したりしてもらっておいた。新旧2つのスタジオは同じシリーズの機器を入れ、同じヴァージョンのソフトを入れているので、どちらででも制作できる。両者は事故防止のため、完全にシステムを切り離している。また新スタジオは建物自体が金属板で東西南北上下完全に包囲されていて、つまり静電遮蔽されている。当然携帯はつながらない!しかしこれが“事故”防止のため必要なのである。
 
有咲の要請で“特定の”演奏者によるデータ破壊に備えるため、電磁シールドされたデータ保管庫をスタジオから離れた場所に作った!
 
実はイナバの物置なのだが、金属製なのでそもそも電磁遮蔽性がある。それを微妙にサイズの違う2個(外側はナイソー、内側はNEXTA+)を入れ子にして、二重にして使用した。エアコンを入れて室温10-15度、湿度40-50%に維持するようにした。これを地下に埋めて!直射日光による気温上昇を防ぐ。これは実はちょうど工事することになった50mプールの地下に埋めさせてもらったのである。工事については千里が「任せて」と言ったのでお任せした。それでプールの水の浄化系パイプをそばに這わせて、これでも温度変化の鈍化を図る。そういう訳で、物置本体は定価70万だが、工事代まで入れると、入口の地下階段も含めて200万ほど掛かった。
 
(200万で済んだというべきか。千里が穴を掘ってくれたのは本人が30万でいいというので30万払った。本来は300万掛かるのではないかという気はしたのだが。しかも普通は数日掛かりそうなのを一晩でやってくれた)。
 
今回の制作でメインのサウンド技術者をしてもらうことになったのはXスタジオの金崎さんという今年24歳の人である。できるだけ若い耳で音を管理して欲しいという私の要請で麻布先生が推薦してくれた。大学を出てからここに入り今年は2年目だが、これまでロックバンドの制作を中心に仕事をしてきている。彼には通勤でも郷愁マンション泊まり込みでも都合のいい方でと言ったのだが、泊まり込みを選択した。
 
「なんか生活費が安く済みそうだし、仕事が終わったらすぐ帰って寝られそうだし」
などと言っていた。
 
むろん有咲もサポートとして入ってくれる。
 

ローズ+リリーのマネージャーの中で鱒渕さんには郷愁村にほぼ常駐してもらい、玄子さんにはPV制作班に同行してもらうことにした。竜木さんは恵比寿のマンションを拠点に、活動してもらい連絡係とする。
 
私たちが郷愁村に長期間泊まり込むので、その間恵比寿のマンションが留守になってしまう。一応竜木マネージャーに居てもらうものの、外出も多い。それで、誰か留守番をしてくれる人がいないか探していた所、青葉の友人で、大谷日香理(彼女とは過去に会ったことがあった)、および左倉アキという人が泊まり込んでお留守番をしてくれることになった。
 
大谷さんは大学4年で調布のほうに住んでいるらしいが、調布飛行場のそばで大きな道路のそばでもあり騒音が凄まじいらしい。それで静かな場所で集中して卒論を書きたかったということであった。
 
(日香理は実は“松本葉子”の中心人物だったのだが、そのことを私はこの時点では知らなかった。ついでに日香理が和泉から作詞のレッスンを受けていることも知らなかった!)
 
左倉さんは大学1年だが“私はサボリ学生だから”ゲーム三昧でずっと居ますよということだった。左倉さんは双子で、妹のハルさんがバスケットのスポーツ推薦でW大学に入ったらしいが、アキさんは「名も無い大学なので」と言って大学名は言わなかった。「過去に授業料不払い以外で留年や退学になった学生はいませんから」などと言っていた。そういう大学も結構ありそうである。ハルさんの方にも会ったが、区別が付かないくらいそっくりなのに、性格はかなり違う感じだった。私はアキさんのほうが運動能力高そうなのにと思った。
 
青葉は「アキちゃんは霊的な能力が高い」から、呪いの掛かった郵便物とかあればすぐ気付きますよと言い、見つけた場合は処分していいかと訊かれたので、それはすぐやって欲しいと言った。この霊的な能力はハルにもあるがアキの方がずっと強いのだと青葉は言っていた。
 
青葉は
「アキちゃんが猫を飼っているんですけど、連れてこさせていいですか?おとなしい猫で躾けもよくできてるから、壁をひっかいたり、粗相をしたりはしませんから」
 
と言った。
 
「そういう猫なら問題無いよ」
と私は答えておいた。
 

そういう訳で、10月以降は私たちもミュージシャンの人たちも全員郷愁村の郷愁マンションに泊まり込んでもらい、そこで集中的に制作をしていくことになった。
 
最初に制作したのは『メイクイーン』である。これは既にPVが制作されていたので、それを最初に見てもらった。
 
これは5月に小浜のミューズタウンで撮影しておいたものである。撮影したのは、若葉が推薦してくれた地元のテレビ局に勤めていた30代の女性カメラマン・柳川さんで、藍小浜の広告用のビデオなども撮影しているということだった。テレビ局の女性カメラマン、特に地方局でというのは珍しい。美原さんを見つける前だったので、うちの専属にならないか誘ったのだが、あまり福井県を離れたくないということだったので無理は言わなかった。でも近畿北陸方面で撮影がある時は協力してくれるということだった。
 
小浜市内で広告を出して人を50人ほど集め、ツツジ満開の中、“メイ・パレード”をしてもらった。またパレードに参加しなくても、見物する人も募集したら、これが200-300人集まってくれた。
 
パレードでは、政治的なメッセージでない限り、仮装しても、自分の応援するスポーツチームのユニフォームを着たり旗を持ったり、楽器や仕事の道具などを持って歩いてもらってもいいとした。
 
実際、福井ミラクルエレファンツのユニフォームを着た人、自分の所属する高校の様々な競技のユニフォームを着た人、コスプレをしている人、着ぐるみを着ている人などもいた。男子高校生3人の女装コスプレ(小泉花陽・南ことり・西木野真姫)が美しすぎた。てっきり女子高生と思ったので男子と聞いて驚いた。小浜市のゆるキャラ・さばトラななちゃんも参加してくれた!(定員外の特別参加)
 
このパレードの先頭を歩いたのは、デビューしたばかりの原町カペラ(高2)であった。白いドレスにティアラをつけたメイクイーンの衣装である。「可愛い!」という声が飛び交うので、笑顔で手を振っていた。
 
行列の最後にやはり白いドレス姿の私とマリが映っている。マリはじゃがいもを手にたくさん持ち、私は大きな猫を抱えていた。
 

「あのオチはたぶん、みんな分かったよね?」
 
「まあ、じゃがいものメークイーンの語源は、メイデイの主役メイクイーンから来ているから、たぶん」
 
「たぶんってハッキリしないの?」
「日本以外では見られない品種だから、よく分からない」
「日本の固有種?」
「いや外国から入ってきたものだけど、日本以外では育てられなくなったから日本だけに残っている」
「カレーやシチュー作るのに、よく合う品種なのに!」
 
「でもメイデイって労働者の祭典ってイメージあるよね?」
 
「元々は春の農業祭だよね。日本だと“さおり”と言って、秋に山に還っていた神様が村に降りてきてくれたのを祝う祭をしていたのだけど、これは現在は田舎のほうにぽちぽちと残っているだけで、かなり忘れられている。でもヨーロッパでは5月に農業祭をする習慣はかなりある。労働者の祭典はその春のお祭りにぶつけて、労働者の集会やデモ行進をしただけ」
 
「SOS信号のメーデーは?」
「あれは全然違う。フランス語の M'aidez で、英語に訳したらHelp meだよ」
 
「007 A View to a Kill でグレース・ジョーンズが演じたメーデーはどっち?」
「あれはMay Day。女殺し屋が『助けて』なんて言わないもん」
「あの役、格好よかったね〜!」
 
「ケイが抱えていた猫はメインクーンだよね」
「メイクイーンとメインクーンはお互いに空目しやすい」
 

音源製作では、マーチっぽくするため、このような楽器構成で行った。
 
Dr.酒向
Tp.香月
Tb.宮本
Horn.今田七美花(私の従姪)
Tuba.鳥野干鶴子(カチューシャ)
SSax.ケイ
ASax.七星
TSax.鮎川ゆま
MarchingBell.月丘
MarchingKB.詩津紅
Pu'Ili.村原月(ハヴァイ99)
 
近藤さんと鷹野さんはお休みである。
 
マーチングベルというのは時々ベルリラと混同されるが、ベルリラが縦に持ち片手で打つのに対して、マーチングベルは水平にしてネックストラップで保持して両手で打つものである。音域も広く、より多彩な表現が可能である。音板は軽いアルミニウムである。これが意外に音量がある。
 
夏フェスの時点では宮本さんのトロンボーンはやや怪しかったのだが、本人がその後、猛練習して、かなり上達していたので、音源製作でも吹いてもらうことにした。私が演奏したパートはスコア上はSSax(ソプラノソックス)だが、実際にはEWI5000(ウィンドシンセサイザー)を使用している。
 
プイリというのは実はハワイの打楽器である。フラを踊る人が両手に持ち、これを打ちながら踊ったりする。彼女は実はフラも得意である。月はこれが元々得意だったということだったので、パーカッションの一種として入れてもらった。干鶴子に付いてきて見学していたカチューシャの広夢ちゃんが
 
「それ覚えたーい!」
と言ったので、月から習うことにしたようである。広夢ちゃんが使うトレショコラにも通じる楽器である。
 
 
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【夏の日の想い出・十二月】(2)