【夏の日の想い出・雪が鳥に変わる】(1)
1 2
(C) Eriki Kawaguchi 2019-07-20
2017年4月10日(月).
東京足立区のP中学校で入学式が行われる。多くの新入生は保護者同伴で登校してきているが、式が始まるまでは保護者は控室に指定されたランチルームに入り、生徒は教室に入る。
秋田利美が真新しいセーラー服で教室に入って行き、
「おはよう!」
とみんなに言うと、
「君、転校生?」
とクラスのみんなに言われた。
ここはP小学校と同じ校区なので、全員顔見知りである。知らない顔の子がいたら転校生かと思われる。
「え?何言ってんの?ボク秋田だけど」
「何!?」
吉岡君が利美の近くに寄り、じっくり顔を見る。
「本当に秋田だ!」
「なんでセーラー服なの?」
「え?だってこれ着ろと言われたから」
「どうして?」
「いやその何と言うか。もう小学校も卒業だから、お前も男は卒業して女になれと言われて」
「何それ〜〜!?」
「まさか性転換しちゃったの?」
「性転換になるのかなあ。え〜?女なんて面倒くさいと言ったんだけど、親父がボクのチンコを鉈(なた)で切り落としちゃったし」
「え〜〜〜!?」
「そんなのあり?」
「じゃ、ちんちん無くなっちゃったの?」
「まあ、チンコは無いかな」
「お父さんに切られたって、痛くなかった?」
「病院行った?」
みんなに取り囲まれて問われて、利美はどうしよう?と思った。
日本海縦貫線とは大阪から日本海沿いに青森まで到達する旧国鉄の鉄道線のことで、実際には下記の路線で構成されていた。
大阪−米原 東海道本線
米原−直江津 北陸本線
直江津−新津 信越本線
新津−秋田 羽越本線
秋田−青森 奥羽本線
その後、琵琶湖の西岸を経由する“ショートカット”の湖西線が開業し、最近では北陸新幹線開業に伴う並行在来線の第三セクター化で、
金沢−倶利伽羅 IRいしかわ鉄道
倶利伽羅−市振 あいの風とやま鉄道
市振−直江津 えちごトキめき鉄道
と移管されている。
さて、この日本海縦貫線を走る列車として昔“急行しらゆき”という列車があった。1963年4月20日の国鉄ダイヤ改訂で発足したもので、当初は次のような設定であった。
下り 金沢発・秋田行き
上り 青森発・金沢行き
下りと上りで運行区間が違うが、実は下り列車の車両の一部は、上野発青森行き《急行あけぼの》に併結されてちゃんと青森まで行くのである。それでそのまま乗っていてもいいのだが、秋田であけぼのが到着するまで1時間半待つことになる。それで秋田で一応運行終了したことにしていたらしい(後に公式に青森行きに変更されて、結局あけぼのと併結され“二階建て”運行となった)。
《急行しらゆき》は1982年まで運行されていたが、この年11月25日に特急に昇格、《特急白鳥》と統合され、それまで1往復だった白鳥が1日2往復になった。
つまり《白雪》が《白鳥》に変じたことになり、これを「雪が白鳥に変身した」と鐵道ファンたちは言ったのである。
なお“しらゆき”の名前は、2015年に北陸新幹線開業に伴い、新井・上越妙高−新潟間の特急として復活した(それ以前に快速列車の名前に一時使用されたこともある)。
みんなから驚かれたり、心配されたりして、どうしよう?と利美が思った時、染屋君が言った。
「みんな何言ってるの?秋田は元々女じゃん」
「え〜〜〜!?」
「うっそー!?」
と驚きの声があがる。
「待て。だって、こいついつも男子トイレ使ってたぞ」
「いや〜、女子トイレから追い出されていたもんで」
「だって立って小便してたじゃん」
「ボク立ってするの得意」
「やはりチンコあったのでは?」
「こういう道具使うんだよ」
と言って、1年半愛用したトラベルメイト(但し本家のではなく中国製のコピー品)を見せる。
「何これ?」
「ここをおしっこの出てくる所に当てるんだよ。そしたらこちらからおしっこが出る。これで小便器で立ってできる」
「こんなの使ってたのか?」
「だって女子トイレに入ったら悲鳴あげられるし」
そんなことを言っていたら、呆れて見ていた女子の中で1人、糸花ちゃんが言った。
「それ便利そう!私も欲しい」
すると何人か同調する。
「立っておしっこできたら楽そうね」
「短時間で済ませられそう」
「うん。座ってやるより便利だよ。何より服は一切脱がなくていいし。パンティの前をちょっと下げるだけ。実は男物のトランクス穿いていると、これを前開きから挿入してできる」
と利美は言う。
「これ使うと女子トイレの混雑も解消するかもしれん」
という意見も出ていた。
そんなことをしばらく言っていたが、やがてこういう声が出る。
「つまり秋田って女だったの?」
「そうだけど」
「さっき、お父さんにちんちん切られたって話は?」
「あれは冗談」
「最初からちんちん無かったの?」
「うん。生まれた時から付いてなかったらしいよ。赤ちゃんの時の記憶は無いけど」
「でもお前、男子更衣室で着換えてたじゃん」
「だって女子更衣室に入ろうとすると悲鳴あげられるし」
「セーラー服で出てきたってことは、これからは女子トイレ・女子更衣室を使うの?」
と桐恵が訊いた。
「できたら女子トイレ・女子更衣室使わせて下さい」
「その件は女子一同で会議していい?」
「いいよ〜」
それで女子一同輪になって協議した結果、僅差!?で、利美の女子トイレ・女子更衣室の利用は認可されたのであった!!
「ただ女子トイレはいいけど、女子更衣室ではあんた目を瞑ってて」
などと言われる。
「いいよ〜。ボク別に女の子には興味無いし」
「男の子が好きなの?」
「わりと恋愛自体に興味が無い」
「ああ、そうでなきゃ男子と一緒にサッカーとかしてられないよね」
「でも俺、秋田にチンコ見られてる」
「男だと思ってたから、平気で裸になってるし」
「ボクは別に気にしないよ」
「いや、俺たちは気にする!」
「代わりにボクのお股も見せようか?」
と利美は言ったが
「やめなさい。新聞沙汰になる」
と桐恵は言った。
「じゃ、秋田、男子サッカー部には入らないの?」
「ごめーん。ボク歌手デビューすることになっちゃって。時間が無いから、部活はどっちみちパスさせて」
「そういえば芸能事務所で訓練受けているって言ってたね」
「とうとうデビューするんだ!」
「ああ残念。エースストライカーとして期待してたのに!!」
「ごめんねー」
「歌手って男の子歌手?」
「女の子歌手だよぉ」
「事務所はどこ?ジャニーズ?LDH?」
「§§ミュージック」
「女の子専門の事務所かぁ!」
「でもあそこ男の子もいるよ。西宮ネオン君」
「そうだ。秋田君も、性転換して男の子歌手になったら?西宮ネオンに続く2人目の男の子歌手ということで」
「それ、ちょっと心がゆらぐ」
と言いながら、みんなアクアさんは男の子歌手に分類してないのか?と思う。
「やはり男の子になりたいのね?」
「少し悩むけど、女の子のままでいい」
「むしろ、秋田君が女の子に性転換しちゃうのがもったいない」
「秋田君に憧れていた女の子もいたのに〜」
「ごめーん!」
1年半前の2015年夏。
「利美ちゃんって、この名前は何かいわれがあるの?」
と秋風コスモス社長が訊いたので、利美は説明した。
「私、2004年12月3日の生まれで太陽が射手座11度26分なんです。この度数のサビアンが“A flag turns into an eagle; the eagle into a chanticleer saluting the dawn”といって・・・」
というとコスモスは利美の英語をちゃんと聞き取って
「旗が鷲に変わるって何か神秘的だね」
と言った。
この社長すげーと利美は思った。テレビではお馬鹿なアイドルみたいにしてるけど、あれは演出で実はかなり頭いいのかな。さすが社長に抜擢されるだけある、などと考える。
(コスモスはこの年の4月に§§プロの社長に就任した:会社分割は翌年)
「それで説明すると長くなるんですが、昔日本海縦貫線を走る急行で“しらゆき”というのがあったんですが、特急に昇格した時に“白鳥”(はくちょう)という名前に変更になったんですよ」
「へー」
「それでその時鉄道ファンの間で『雪が白鳥に変身した』と言われて」
「なるほどー」
「それで私の誕生日時の太陽サビアンが、鳥に変身するモチーフだから、それでこの白雪が白鳥に変身したエピソードを連想して、私に白鳥という名前をつけようとしたんですよ」
「ほほぉ」
「でも白鳥って、名前としては変なので、アイヌ語で白鳥のことレタチ(リ)というから、レタって付けようとしたんですが、それは男名前に聞こえると言われて」
「令太君とかいそうだね」
「英語の swan から諏訪子(すわこ)とか、ラテン語の cygnus から茂美(しげみ)なんて案もあったらしいんですが、結局ロシア語で白鳥のことリェビッジというから、それからとってリビで利美(リミ)になりました」
「ロシア語から来たのか!」
「でもアイヌ語では白鳥の幼鳥のことをルサッカというから、私、小さい頃はルーサって呼ばれていました」
「微妙に性別曖昧な呼び方のような気がする」
「だから、私、今いる小学校では、私のこと男の子だと思い込んでいる人結構いますよ」
と利美は言ったのだが
「待て。君、小学生なの?」
とコスモスは訊いた。
「そうですけど」
「このコンテストの応募条件は中学生以上なのだけど」
「え〜〜〜!?」
それで結局利美は第2回ロックギャルコンテストで優勝したものの、中学生になるまで研修生として歌や踊りのレッスンを受け、中学になってからデビューすることになったのである。レッスンを受けやすいように、新潟県十日町市の小学校から東京都足立区の小学校に転校することになった。
(十日市町は広島県、十日町市は新潟県。十日町市は北陸新幹線が金沢まで開通する前《特急はくたか》が走っていた北越急行線のある町で、雪祭りや和服の生産で有名である。ただし白鳥リズムが生まれたのは北海道の弟子屈町(てしかが・ちょう)である。「北海道生まれ・新潟育ちの秋田です」などと自己紹介していた)
利美は
「この度、新潟県の学校から転校してきました秋田利美です、よろしくお願いします」
とP小学校に転校してきてみんなに挨拶した。
「秋田君、運動神経良さそう。何かスポーツしないの?」
とクラスの男子から言われる。
「えっと・・・。前の学校ではサッカーやってました」
「おお。だったらこちらでもサッカー部に入ってよ」
「実はうちのサッカー部、10人しかいないんだよ。秋田君が入ってくれたら11人になって大会に出られる」
あはは、それは大変な部だなあと利美は思った。
コスモス社長に訊いてみると、小学生の間はあまりお仕事とかも無いし(*1)レッスンだけだから、スポーツ少年団くらいはいいし、むしろそうやって身体を鍛えていれば、デビューして売れた時にハードスケジュールになっても耐えられるだろうからと言われたので、入ることにした。
しかし“ハードスケジュールになっても耐えられる”って怖っ!
確かに桜野みちるさんとか忙しそうだよなぁ。
(*1)実際にはかなり多忙になった。後述。
利美がサッカー部に入ってすぐ、次の日曜日に大会があった。
準備運動をしていて、ふと疑問に思った。
「向こうのチームは全員男子なんですね」
するとチームメイトから言われる。
「そりゃ女が混じってたら思い切り突っ込んでいけないし」
「女子は女子同士でやってもらわなくちゃ」
「これは男子の大会だし。俺たち男子チームだし」
え?え?え?
しかしこの試合で利美はいきなりハットトリックを決め、P小学校は2回戦に進出したのである。P小がサッカー大会で勝ったのは15年ぶりらしい!
「秋田すげー!」
「わが校のエースだ!」
「男の中の男だ!」
などと言われて、利美は内心冷や汗を掻いていた。
(この大会は利美の活躍で2回戦・3回戦も突破し、準々決勝で強豪と当たり敗退した)
利美はP小学校に転校してきてから一週間ほどの内にクラスメイトもサッカー部のメンバーも自分のことを男子だと思い込んでいることに気付く。
トイレも女子トイレに入ろうとしたら
「お前そっちは女子便」
「間違えるなよ」
「痴漢と思われるぞ」
などと言われて男子トイレに連れ込まれてしまった。
利美が小便器が並んでいる所で困っていると
「しないの?」
と言われる。
「あ、ボクはこちらで」
と言って個室に行く。
「なんだ大か」
それで男子トイレの個室でおしっこをしながら、明日からどうしよう?と利美は悩んだのであった。
利美は開き直った。
将来女優になるかも知れないし、性別を装うくらいの演技は練習してみる価値があると思った。それでまだ第2次性徴が目立たないのをいいことに、男子用のシャツとトランクスを買い(ブリーフやボクサーでは、ちんちんが無いことをごまかしにくい)、それを着て登校し、体育の時間も部活でも堂々と男子たちといっしょに着換える。
おしっこは初期の頃は、いつも個室に入っていたら変に思われるので、小便器に立ってしているふりをしておいて、一方で職員室の近くと図書館そばにある多目的トイレで実際には済ませておいた。しかし何か方法がないかと調べて、女子の立小便用具(STP)というのがあることに気付き、通販で取り寄せてそれを使用するようにした。それで本当に立って小便器でできるようになったのだが、これは快感だ!と思った。
男の子ってずる〜い!こんな楽なおしっこの仕方ができるなんて!!
トランクスの内側に防水ポケットを作り込み、デオドラントのナプキンまで敷いて、そこにSTPの器具を隠しておき、それでやっちゃうのである。漏らさないようにするには“正確な位置合わせ”が必要だが、これは寮内の自室でかなり練習して、できるようになった。
(何でも熱心に練習するたちである)
そういう訳で、利美はP小学校で1年半の間、男子児童として通学しながら、放課後には“性転換して”女子アイドルとしての訓練を受けていたのである。
ただ、女なのに男子のサッカーの試合に出てもいいんだろうか?というのは疑問を感じたので、サッカー部の同学年のリーダー格である染屋君に正直に相談した。
「うっそー!?お前女なの?」
「何ならボクのおまた触っていいですよ」
「いや、それはいい!」
と染屋君は言った上で、少し考えていたが、言った。
「ルール上は男子大会に女子の入っているチームが出るのは問題ない」
「そうなんですか?」
「中学のサッカーチームにも女子選手が入っている所、わりとある」
「へー!!」
「女子の大会に男子の入っているチームが出るのはダメ」
「それはそうでしょうね!」
「だから、秋田君はそのままうちのチームにいて問題ないと思うよ」
「分かりました!」
「性別のことで何か困ったことあったら、僕に遠慮無く相談してね」
「はい!」
「ちなみに、元は男だったけど、手術して女になったとかではないんだよね?」
「手術してません。最初から女です」
「ごめんごめん。でも普通に男で通っちゃうし」
「あはは」
染屋君が色々配慮してくれたので、着替えやトイレの問題でもけっこう無難にすごすことができた。
「でも秋田が女の子であることをクラスメイトたちに説明しようか?」
「あ、それはいいです。どうせすぐバレるだろうし、それまで男の子の振りをしておきます。ボク、そのうち女優になるかも知れないし、そしたら男装の役とかもあるかも知れないし」
「なるほどー。でも確かにすぐバレるだろうな」
と染屋君も言っていたのだが、利美の性別は1年半の間、全くバレなかった!
しかし中学に進学をするに際して、さすがに男子制服で通学するのは問題があるのではということになり、性別を“カムアウト”することにしたのである。
「だけど、秋田、お前、胸無いな」
と性別をクラスメイトにばらしてから利美は男子たちに言われた。
「すんませーん。おっぱいの発達遅れているみたい」
と利美は頭を掻きながら答えた。
「生理は来てるの?」
と女子たちから訊かれる。
「来てる。でも男子トイレって汚物入れがないから困ってた」
「普通、男子には汚物入れ必要ないし」
利美は“白鳥リズム”として、2017年3月のローズ+リリーの復興支援イベント(宮城県ハイパーアリーナ)でお披露目され、中学入学後の4月中旬に歌手デビュー。初シングルが3万枚も売れて、順調な滑り出しをした。中野のスターホールでやった初ライブも8割ほど売れ、ぎっしり詰まった客席を見ながら歌うのは超絶快感だった(だいたい8割売れていたらほぼ満席に見える)。
デビュー曲は霧島鮎子作詞・桜島法子作曲の『スワン・レイク』、カップリング曲は東郷誠一“名義”の『待っているのに』であった。前者はとても美しい曲、後者は典型的なアイドル歌謡という感じで対照的な曲なので連続して歌う場合、“心をスイッチ”する必要があった。
“白鳥”の名前は、利美の名前の由来を聞いたコスモスが、それにもとづいて付けたものである。“リズム”のほうは紅川会長が付けたのだが、利美は内心“лебедь(リェビッジ)”あるいは“利美(りみ)”が“リズム”に聞こえたのではと思っている。
ロックギャルコンテストは第1回の優勝者が(多分)男の子のアクア、第2回優勝者がまだ小学生だった白鳥リズムで、開設以来2回続けて変則的になった。2016年の第3回でやっと女子高校生の姫路スピカが優勝し、ちゃんと応募要件を充たした最初の優勝者となった。
なお利美はロックギャルコンテストに優勝した後、とりあえず§§ミュージックの研修生の身分になったのだが(それで足立区の寮に住んでいる)、12月頃からアクアのリハーサル歌手を頼むと言われた。
利美は広い声域(バリトン音域からハイソプラノまで3オクターブ半出る)を持ち、声量も豊か、そして音程もリズム感も正確なので、超・歌が上手いアクアの代役としてピッタリだったのである。実際彼の歌をちゃんと歌える子自体少ない。
リハーサル歌手を務めた後は、アクア本人が到着するのを待ち、本番収録も見学させてもらうことが多い。それを見ていて利美は言った。
「アクアさんって、歌もうまいし、お芝居もうまいし、それであんなに可愛いって凄いですね。私もあんな女の子になりたいなあ」
しかしそれを聞いたアクアのマネージャーの鱒渕さんは
「アクアは男の子だけど」
と言った。
「うっそー!?」
と利美は大きな声は出せないので小さな声で叫ぶ。
「でもこないだセーラー服着て、スタジオに来てませんでした?」
「あの子は可愛いもんだから、小さい頃からよく女の子の服を着せられていたらしいね。だから、女物の服を着ることに全く抵抗感がない。女の子の服は普段着の一種なんだよね。セーラー服を着るくらいは“女装”ではないらしい」
セーラー服が女装じゃないって、だったら、どういうのが女装なのさ?
「女の子になりたい男の子?」
「ふつうの男の子だと思うけど」
「絶対普通ではない気がします!」
「でもリズムちゃんも少し男の子っぽい雰囲気あるから結果的に女の子っぽい雰囲気のあるアクアの雰囲気と似ているのよね。それで代役お願いしたのよ」
「なるほどー」
そう言われて1年半リハーサル歌手を務めたのだが、この間のアクアのスタッフとしてのお給料がすごかった!
アクアのリハーサル歌手は2015年前半は高崎ひろかが務めたのだが、ひろか自身が忙しくなってきたので、2015年の年末頃以降、リズムが務めることになった。しかし2017年度は、リズム自身がデビューして忙しくなりそうだったことと、“アクアが女の子っぽくなりすぎて”リズムの雰囲気とは乖離してきたことから、それまでアクアのボディダブルをしていた今井葉月がリハーサル歌手も務めることになった。
しかし利美は『(男の子のはずの)アクアさんが女っぽくなりすぎたから、私ではなくて(男の子の)葉月さんが代わることになった』という話に、微妙に納得いかなかった!
アクアさんって、やはり本当は女の子なのでは?と思ってしまう。
(葉月はたぶん元々女の子になりたい男の子だったのを密かに性転換手術しちゃったのではと思っている。それで手術後、身体が回復した所でアクアのリハーサル歌手になったのではとも想像している)
でもまあその分、自分のお仕事を入れてもらったから、いいか。
(と思ったものの2017年の収入は昨年よりぐっと減った!)
リズムはデビューしてすぐにテレビのバラエティ番組1つとFM局の番組1つのレギュラーにしてもらえた。リズムは“目立つ”タイプだし、ユーモアセンスがあって、結構機転も利くのでバラエティ番組の司会者に便利に使ってもらえて人気も急上昇した。
それでも、アクアが忙しすぎて、葉月1人では代役が足りないこともあり、しばしばリズムもアクアの代役や身代わりとして徴用された。2017年度の苗場ロックフェスティバルではライブ終了後、アクアの身代わりで“会場から脱出する役”を演じている。また2018年2-3月には、葉月が高校受験でお仕事ができなかったので、リハーサル歌手だけでなく、ドラマ(少年探偵団・ときめき奉行所物語)撮影のボディダブルも務めている。自分の出演番組を抱えながらなので、この2ヶ月間は物凄く忙しかった。こんなに忙しいなんて、これではアクアさんも葉月さんも学校にはほとんど行けないのでは?と思った。
2018年度は“上島雷太事件”の影響で音楽業界全体が縮小する中で、§§ミュージックは昨年秋頃から“脱上島作戦”をしていたということで、業界全体の中では、比較的影響が少なかった。それでも、リズムに主として楽曲を提供してくれている桜島法子さんもUDP(上島代替プロジェクト)に駆り出されてこちら向きの楽曲が書けない!と言われて春先に曲がもらえなかった。しかし代わりにこれまで全く無名だった花園光紀さんという人の曲(格好よかった!)で1枚CDを出した後、夏以降は“松本花子”さんという人の曲を連続して頂けるようになり、それで何とか回り始めた。
松本花子さんは物凄い多作な人のようで、この時期§§ミュージックのほとんどの歌手が松本さんの作品でCDを制作している。
桜島法子さんのほうは本当に忙しかったようで、彼女が白鳥リズムの制作に復帰したのは2019年秋以降である。
その少し前、2019年夏には毎年恒例となったロックギャルコンテストの第6回大会が開かれる。書類と提出されたデモ音源を審査の上、各都道府県ごとに予選をやり、その上位入賞者を集めて全国12ブロック(沖縄・九州・中国・四国・大阪・近畿・東海・北陸・東京・関東・東北・北海道)の予選(*2)をやって、その上位入賞者で全国大会をする。そして優勝者は原則1年以内のデビューが約束されるし、全国大会に出場した人は、§§ミュージックの練習生または研修生になる権利をもらえる、というものである。現在の§§ミュージックの研修生には、このロックギャル・コンテスト経由で加入した人が多い。
(*2)沖縄はブロック予選が無く、県予選上位がそのまま全国大会に進出する。東京・大阪・北海道は都道府内がいくつかのエリアに分かれていて、他府県で府県予選があるタイミングでエリア予選を行い、他のブロック予選のタイミングで都道府予選が行われる。
リズムは金沢大会・北陸大会・東海大会の審査員をしてくれと言われて、その日新幹線で金沢に向かった。
東京9:20 (かがやき507号) 11:54金沢
金沢駅構内の加賀屋という和食の店で、審査員を引率?している川崎ゆりこ副社長に昼食をおごってもらったが、海の幸をたっぷり使った料理が物凄く美味しかった。
今回は土曜日に石川県大会がおこなわれ、日曜日の午前中に同じ会場で北陸大会が行われる。北陸の他の3県の予選は前の週に行われていて、予選通過者が日曜日の朝までに金沢に集まってきて北陸大会が行われる。石川県予選の通過者は、§§ミュージック側が用意したホテルに1泊して翌日の北陸大会に出ることになる。北陸大会は午前中というより朝!(8:00-10:30)なので、午後からは名古屋で東海大会(13:30-16:30)が行われるのに、審査員一同が移動するのである。
金沢10:48 (しらさぎ58号) 12:45名古屋
審査員になるのが、リズムも含めてタレントさんや作曲家さんが多いので、日程に余裕が無く、できるだけ少ない日数でやってしまうのにこういうスケジュールになっているらしいが、何てハードなスケジュールなんだ!とリズムは思った。10:30に終了して10:48の列車に乗るというのは無茶苦茶だが、審査員は審査が終わったら結果発表には臨席せずにすぐ移動するのと、会場が金沢駅そばの金沢音楽堂なので何とかなるようである。
そういう訳で、土曜日の石川県予選は14:00から金沢音楽堂で始まることになっていた。リズムは駅構内での食事の後、ひとり別れてトイレに行ってから会場に入った。地下の楽屋の方に行こうとしていたら
「あ、白鳥リズムさんだ!」
という声に笑顔で振り向く。中学生っぽい女子が4人いた。
「おはようございます。君たちもオーディションに出るの?」
とリズムは声を掛けた。
「おはようございます!見学なんです。あのぉ、サインいいですか?」
「いいよー。何に書く?」
「ああ、こんなことになるなら色紙とか持ってくればよかった」
などと言っているが、リズムは近くで受付をしている§§ミュージックのスタッフ、原田友恵に声を掛けた。
「原田さん、色紙のストック無い?」
「ありますよー」
と言うので4枚出してもらい、それでサインを書き、ひとりずつ名前を聞いて“○○さん江”という宛名と日付を入れて渡した。
しかし女子4人と思ったのに1人は男の子だった! 凄く女の子っぽくて気のせいか体臭も女の子のような気がしたのに!
しかし落合さん、平野君、星野さん、月乃さん、と名前を書いていてリズムは気がついた。
「月乃さん、独特のオーラがある。あなたオーディションに出ないの?」
「え?でも応募とかしてないし」
リズムは原田に尋ねた。
「私が推薦とかしたら、この子参加させてあげられたりします?」
「はい。所属タレントさんの推薦ならOKです」
「じゃ、月乃さん参加しない?」
「え〜?どうしよう?」
と本人は迷っていたが、隣に居た落合さんが言った。
「岬、ここはどーんと参加してみよう。女子アイドルのオーディションに参加するのも女の子修行だよ」
「じゃ、やってみようかな」
と本人も言っている。
しかし女の子修行って何だ??
「じゃ、こちらに名前を書いてください」
と言って、原田がエントリーシートを出すので、月乃さんは
「月乃岬、2006年1月14日生、性別:女、得意科目:英語・美術、趣味:絵画、部活:合唱部、好きな運動:ダンス、声域:ソプラノ」
などと記入していた。
「ところで白鳥リズムさん」
と落合さんが言った。
「何?」
「私も参加していいですか?」
と彼女は訊く。
「うん。いいよ。そちらの2人も参加する?」
「私はアイドルなんて無理」
と星野さんは言い、
「俺は男だし」
と平野君は言った。
それで月乃さんと落合さんもこのオーディションに参加することになったのである。
書類審査を通過してこの日石川県大会に参加した女子(たぶん全員女子のはず)は86名もいた。やはりアクア、自分、姫路スピカ、石川ポルカといった面々を輩出してきたオーディションだからなあと思う。そしてこれに自分が推薦して参加することになった2人が加わって88名である。控室に入ってからリズムは、会場の入口の所で見かけた子が凄いオーラを持っていたので原田さんに確認して自分の推薦ということで参加させたことを川崎ゆりこに報告したが、ゆりこ副社長は
「うんうん。タレントさんを審査員にしている目的の1つは強いオーラを持った子の開拓だから全然OK」
と言って、追認してくれた。
それで審査が始まる。第一次審査は各々事前に申告していた3曲の中のどれかをその場で指定されて1分間歌いその後、質疑応答をするというものである。まともに58名にこれをやるとオーディションはパフォーマンスだけでも3時間くらい掛かることになる。
しかしこの日の予選は16時までということになっており、時間は“結果発表まで入れて”2時間しか用意されていない。実際、多くの参加者は歌の途中で打ち切られ、あるいは終わった所で
「お疲れ様でした。帰ってもいいですよ」
と言われる!
そう言われなかった子は簡単な質疑応答があるのだが、最初のあたりは途中で歌が打ち切られる子ばかりである。
自分が参加した時もそうだったが、このオーディションの都道府県予選は事前審査(歌唱録音の審査が含まれる)で成績の良かった子を後ろに並べているのである。つまり番号が上の子ほど、より期待されているということである。
審査は実際の歌を聞いて審査員全員が0-10点で採点している。その合計が6人の審査員の中で最高点を付けた人と最低点を付けた人の2人を除いた残り4人の平均点6点以上を審査合格とする。最高点と最低点を除くのは情実排除のためでフィギュアスケートの採点方式と同様である。だからリズムは、自分が推薦した月乃さんには安心して10点を付けられる。
こういう仕組みなので歌の途中でも、6人の審査員の内、
・3人の審査員がボタンを押して、3人の中で最低点をつけた人を除いて2人の合計が3点以下の場合
・4人の審査員がボタンを押して、4人の中で最低点をつけた人を除いて3人の合計が13点以下の場合
・5人の審査員がボタンを押して、5人の中で最低点をつけた人を除いて4人の合計が23点以下の場合
以上のケースでは原理的に合格点に達しないので、NHKのど自慢でおなじみのチューブラーベルが1個打たれて演奏終了である。最後まで歌ってからやはり不合格なら2個打たれ(「惜しかったね。来年まで歌を鍛えよう」と言われる)、歌唱審査を通過するとドシラソ、ドシラソ、ド・ミ・レ〜とたくさん打たれる。
審査合格した人は名前と生年月日・趣味などが各審査員の前にあるディスプレイに表示されるので、その後の質疑応答を聞いて人柄や機転などをまた10点満点で採点する。この結果は最後に集計される。
11番目の人が最初の審査通過者となった。でも次は23番で、その次は38番だった。60番以降はけっこうな確率で審査合格し、80番まで来た時点で歌唱審査の通過者は10人いた。しかし81番以降は全員通過する。物凄くうまい子ばかりである。ロックギャルコンテストは、他のアイドル・オーディションとは違い、歌が相当うまくなければ合格できない。それでこのオーディションでいい所まで行った後、バンドなどに転じる人もいる。音楽能力を高く評価する、業界内でも異色のオーディションである(本当はそれでは困るのだが)。
86番の子は歌もうまく、スター性もあり、その後の受け答えもとてもうまかった。リズムは歌唱にも質疑応答にも10点を付けた。
その後87番の落合茜が出てくる(87,88の番号札をまとめて渡したら落合さんは88を月乃さんに渡して自分は87を取った)。
指定された曲『1人のアクア』をこの後の出番の月乃さんがピアノ伴奏して歌い出す(急遽参加したので伴奏音源の用意がない。しかし即伴奏できるのが凄い)。
かなり歌は上手い。のびのある声量豊かなソプラノで、審査が終わった86番の子が物凄い視線で睨んでいる。こんな強力なライバルがいたとはと思っているのだろう。リズムも“ついで”で参加させた彼女が物凄く上手いので、ひょっとして掘出物だったかもと思った。むろん歌唱合格である。その後質疑応答でもユーモアの利いた楽しい受け答えをして、リズムも含めて審査員がみんな大笑いしていた。
むろん質疑応答の点数もハイスコアとなった。この時点で86番がやはり最高点であるものの、87番落合さんはそれに迫るスコアで2位である
そして最後の参加者となる。
「88番月乃岬です。よろしくお願いします」
と言ってぺこりと挨拶する。
それでローズ+リリーの『門出』を、彼女は87番落合さんの伴奏で歌い出した。
審査員は全員彼女の歌に圧倒された。
審査員だけではない。会場の全員が圧倒された。
落合さんを睨んでいた86番の子はこの歌を聞いて天を仰いでいた。
リズムは自分が負けた!と思った。自分だってかなり歌に自信があった。でもこの子の歌にはかなわないと思ったのである。
本来は歌は1分で停めるのだが、司会役の人が停めるのを忘れた、というよりとても停められなかったのだろう。
リズムは今ひとりの歌手が誕生したことを確信した。
「へー、それは楽しみな人材だね」
と私は、ゆりこから話を聞いて答えた。
「会場に来ていたのをタレント推薦で出場させたリズムちゃんのお手柄です。あの子、今年優勝しなかったとしても研修生にして数年以内にデビューさせますよ」
とゆりこは言った。
「何かこの子オーラが凄いと思ったんで、思わず勧誘したんですよ。でもあんなに歌がうまいなんて思わなかった」
とリズムも興奮気味に語った。
「その場で歌う曲を3つ登録してもらったんですが、保坂早穂『ブルーラグーン』、松原珠妃『ゴツィック・ロリータ』、ローズ+リリー『門出』なんて書いたから、この子よほど歌唱力に自信があるんだろうと思って、最も難しそうな『門出』を指定したんですけどね」
と原田友恵は言う。
「ほんとに難曲ばかりだ!」
「声域が4オクターブあるらしいです」
「それは凄い」
「芸能活動許可証を出して欲しかったので、ご両親とも会ってきたんですが、実はそこで1つだけ問題が出てきたんですけどね」
とゆりこ。
「うん?何?」
「まあ、うちはアクアみたいな子もいるし、問題無い気がするんですが」
「まさか男の子なの?」
と私は訊いた。
その日私は夕方まで信濃町の§§ミュージックで打合せをし、夕方リズムたちを帰してから、九州から戻って来たコスモス、それにゆりこと3人で都内の高級和食店に入って少し遅めの夕食を取った。
今回ゆりこが北陸、コスモス自身が九州に行ったのは、石川県と福岡県に有望な子がいたから(石川県予選で2位に入った子と福岡予選・九州予選でぶっち切りの優勝をした子)なのだが、コスモスは北陸大会の優勝者の話を聞いて
「それは楽しみだね」
と言った。たぶん今年のロックギャルコンテスト全国大会は、その子と福岡の子の対決になるのだろう。
「リズムちゃんって、勘がいいから、偶然にも彼女が行っていてよかった」
とコスモス。
「そのリズムちゃんに見い出された子も運が強い」
「芸能界って結構、運の強さでのしあがって来る子が多いですね」
とゆりこが言う。
「たぶん運が強いというのがトップに立つために必要なんだと思う。過去のスターを見ても、やはり一時代に名前を残した人って、運も強いし、思い切りが良くて、それで周囲の人を味方につけていく」
とコスモス。
「うちの事務所でも、立川ピアノさん、春風アルトさん、コスモス社長、桜野みちるちゃん、そしてアクアがそういうタイプだよね」
とゆりこが言うので、
「ゆりこもね」
と私は言ったが、本人は
「私トップに立ってないと思うけど」
などと言っていた。一方コスモスは
「私は下手くそのトップだな」
と言っていた。
「そういえば、白鳥リズムちゃんの芸名って、紅川会長が付けたんだったっけ?」
と私は訊いた。
「あ、それ私も誰が付けたのかなと思ってた。駅名シリーズじゃないし」
§§プロ/§§ミュージックの歌手には、芸名を駅名から採られた子が多い。
新宿信濃子、上野陸奥子、立川ピアノ、大宮どれみ、日野ソナタ、藤沢ナイン、浦和ミドリ、川崎ゆりこ、海浜ひまわり(←海浜幕張)、千葉りいな、神田ひとみ、品川ありさ、高崎ひろか、今井葉月、西宮ネオン、姫路スピカ、石川ポルカ、原町カペラ、山下ルンバ
と、こんなに居る。
「ああ、ゆりこも知らなかったんだっけ?」
と言ってコスモスは説明してくれた。
白鳥リズムの本名が秋田利美で、その「利美」が白鳥を意味するロシア語лебедь(リェビッジ)から来ていることをまず説明する。
・彼女の生まれた日時の太陽サビアンが『旗が鷲に変わる』だった。
・昔金沢−青森間を走っていた急行しらゆきが、特急に昇格した時に“白鳥”の名前になり当時の鉄道ファンから「雪が白鳥に変身した」と言われた。
「生まれた日のサビアンが鳥に変身する象徴だったことで、鉄道ファンのお父さんが『雪が白鳥に変身する』というのを連想して、それで白鳥という意味で“利美”(リビ)と付けて、それを訓読みして“としみ”にしたんですよ。その話を聞いて私が“白鳥”(しらとり)を苗字にしようと思ったんですよね」
とコスモスは説明してくれた。
コスモスは“訓読み”といったが、実際には湯桶読みだよなと思う。“美”の訓読みは「うつくしい」とか「よい」であり、“び”も“み”も音読みである。ここで“び”は漢音、“み”は呉音だ。
「“リズム”のほうは紅川会長が名付けたんですよ。本人は『この子、物凄くリズム感がいいから』と言ってました。実際リズムはピアノも弾くしドラムスも打つけど、優秀なドラマーです。凄くビートが正確」
「彼女のドラムスは聞いたことがなかったなあ」
「でもリズム自身は“リェビッジ”と言ったのが“リズム”に聞こえたということは?なんて言ってました」
「ありそう!」
と私もゆりこも言った。
「でもサビアンって何でしたっけ?」
とゆりこが訊く。
「説明すると長くなるんだけどね」
と言ってから私は説明した。
発端はチャルベル(1826-1908)という占星術師が作った360度全度数の象徴である(一部の度数は欠落:例えば双子7度など)。占星術ではふつう天空を12分割して牡羊〜魚の“サイン”で象徴を考えるのだが、各サインを更に10度ずつ3分割(全体で36分割)、あるいは5度ずつ6分割(全体で72分割)する考え方もあった。チャルベルはこれを1度ずつ360分割してみたのである。
最初彼は360度の吉凶表を作ろうとしたのだが、作業をしている内に、各度数は吉凶ではなく、もっとニュートラルな各固有の象徴があると考えるようになる。それでそういうシンボリズムの表を作ろうとしたが、完成する前に亡くなってしまった。彼の研究は現在では↓の書籍で確認できる。
Charubel "Degrees of the Zodiac Symbolised" (L.N.Fowler&Co.)
(筆者はこの本の第三版を所有しているが、この第三版には著名占星術師Sepharialが追加したもうひとつのサイン(通称La Volasfera)も収録されている)
占星術師Marc Edmund Jones (1888-1980) はチャルベルの研究に興味を持ち、各度数のシンボルをチャネラーに感知させてみようと考えた。彼の知人にElsie Wheeler (1887-1938) という女性チャネラーがいたので、1925年のある日、彼は360枚の白い紙(裏面の隅に小さく度数を書いている)を持ち、カリフォルニア州サンディエゴの Balboa Park に彼女を連れて行って、360枚の紙をランダムに“度数が見えないように”彼女に見せ、何が見えたかを尋ね、その内容を急いで各紙にメモした。
(あまりにも急いでメモしたので、ジョーンズは後で自分の字が読めなかった!)
こうして得られた360度の象徴は、チャルベルのサインと比較検討した結果、大きくは矛盾していないと判断、ジョーンズはやはり各度数には固有の意味があるのだと確信した。これが今広く知られているサビアンである。
日本にはジョーンズが見つけ出したシンボルを Dane Rudhyar (1895-1985) が独自の解釈で書きあらためた改訂版のサビアンが、占星術師・直居あきら(1941-2017)及び松村潔(1953-)によって紹介され、このルディア版の象徴が、日本では最もよく知られている。
白鳥リズムが生まれた日時の太陽(射手座11度以上12度未満)のシンボルは各バージョンではこのようになっている。
Charubel: An apple tree whose boughs are bending with ripe fruit.
Volasfera: A fair woman sporting herself on a couch.
Jones : A flag that turns into an eagle that crows.
Rhudya(1936): A flag becomes an eagle; the eagle a proud chanticleer.
Rhudya(1973): A flag turns into an eagle; the eagle into a chanticleer saluting the dawn.
ルディアは1936年にひじょうにミステックなシンボルを発表したのだが、後年踏み込みすぎたことを後悔して、もっとニュートラルな解釈を発表している。それで一般に1973年版が流布している。松村潔の「神秘のサビアン占星術」もこの1973年版をベースにしている。
私はコスモス・ゆりこと別れて自宅マンションに帰ったが、政子は外出したまままだ帰宅していなかった。美空と一緒に焼き肉を食べに行ったはずだが、その後ラーメンでも食べに行ったかな?などと思った。
私はソファに横になると“雪が白鳥に変わる”ということばを考えながら眠ってしまった。
夢の中で雪がふりしきる暗闇の中、気動車の急行列車がディーゼルエンジンの駆動音と伴に、カタンコトン、カタンコトン、と音を立てて走っている様が浮かんだ。そしてその暗闇の中で降る雪が、列車の立てた風に煽られて舞うと、やがて鳥の形に集まり、そこから1羽の大きな白鳥が、飛び立って行った。それをじっと見つめる少年がいたが、やがて白鳥が空の雪に紛れて見えなくなった頃、少年は少女に変身した。それは白鳥リズムであった。
私は目が覚めると、五線譜を取り出し、今見た夢のイメージを書き綴っていった。
歌詞と音符を同時進行で書いて行く。
それはほんの10分ほどで書き上げた。正直これ以上時間を掛けると、夢で見たイメージを忘れてしまう気がした。
私はその曲に『雪が白鳥に変わる』というタイトルを付けた。
私はこの曲を制作中のアルバム『十二月(じゅうにつき)』に入れることにした。
ローズ+リリーのツアーを12月にやる方向で、鱒渕マネージャー、風花、★★レコードの秩父さんの3者を中心に、コスモス社長と氷川課長も時折入って詳細を詰めていった。結果的にはカウントダウン、復興イベントと一体となった計画が必要である。
「復興イベントは今年は順番からいうと宮城なんですよね」
これまでの復興イベントはこういう場所でやってきた。
2013 福島 奏楽堂(1000) (被災者を招待するイベント)
2014 東京 新宿文化ホール(1800) (寄付方式イベント)
2015 宮城 宮城県みちのくスタジアム(8万)
2016 福島 福島市みどり総合体育館(6000)・球場(2万)
2017 宮城 宮城ハイパーアリーナ(7000)
2018 岩手 岩手県文化センター・アポロ(8000)
2019 福島 ムーランパーク(10000)
「宮城県は、アクアが安心してライブをできるような大きな箱が無いのが問題だよなあ」
「やはりハイパーアリーナを使うしかないのでは?」
「以前球場を使ったけど、物凄く寒かったんですよ」
「一時的に屋根を付けることはできないんですか?」
「できないことはないけど、数億円掛かると思う」
「うーん・・・」
「復興イベントは売上げを全て寄付するから。何億もの経費が掛かるなら、イベントなどせずに、その経費分を最初から寄付したほうがマシという議論になってしまう」
「それは寂しい」
「だから経費を掛けずにやりたいんだよね」
「カウントダウンは商業的なイベントで利益も巨額だから、経費を掛けられるんだけど」
「チャリティーイベント固有の問題だね」
「宮城ってドーム球場が無かったんですかね?」
と秩父が訊いた。
「実はある」
と風花は言った。
「あるんですか!?」
「“シェルコムせんだい”といって過去にSMAPやV6のライブで使用されている」
「そんな所があるなら使えないんですか?」
「幾つか問題があるんだけど、1つは狭いこと。観客席が1000席程度しかない」
「そんなに少ないんですか!?」
「まあアリーナにパイプ椅子を並べれば一応1万人くらい入る。SMAPやV6のライブではそういう対応をしている」
「なるほど」
「それから住宅街のそばにあって、過去のライブイベントでは騒音問題でかなり苦情が来ている」
「ああ」
「過去のイベントでは、そのイベントをすることで球場の収入が物凄いから、体育施設の維持費確保のため、うるさいのは申し訳無いけど協力を、と市の幹部が住民の所に頭を下げて回っている。ところが復興支援イベントはチャリティーだから入場料も安いので、そういう無理が利かない」
「やはりチャリティーゆえの問題か」
「ライブが終わった後興奮している客に無言で歩けといっても無理でしょうね」
「松島でカウントダウンやった時は、すぐ近くに鉄道駅があって、そこまでピストン輸送したから何とかなった。歩いた客は少数だったし夜中だから絶対に騒がないよう注意して、警備員を立たせて監視した。でもシェルコムせんだいは鉄道駅まで30分掛かる。バスでピストン輸送しても、バス待ちの客が充分うるさい」
「難しいなあ」
「根本的な問題としてここの屋根は薄い硝子繊維の膜でできていて、音をそのまま外に通してしまう。だから騒音的には屋根の無い会場でやっているのと同じ」
「わっ」
「SMAPのライブの時は2km離れた住民からも苦情が来たらしい」
「それは問題があるなあ」
「まあそういう訳で使えない。キャパ的にはハイパーアリーナより少し広いだけだし」
「市内の体育館とかで、有料パブリック・ビューイングとかをしたらどうでしょう?」
と鱒渕が提案する。
「それはひとつの手だね。もし市内の大きな体育館が確保できたら、そこで流す手はあると思う」
と氷川課長が言う。
「仙台市内で確保できなかったら、周辺の町の体育館を借りる手もあるかも知れないですね」
と秩父。
その時、鱒渕はハッとしたように言った。
「いっそ宮城県だけじゃなくて、岩手や福島でもやったらどうですかね?」
「おぉ!」
「それはやる価値あると思う」
「ハイパーアリーナは8000円くらい取るけど、パブリック・ビューイングはたとえば3000円くらいで」
「そういうのを昔、ローズ+リリーの大分だかのライブでやったね!」
「いや復興イベントでも2016年に福島でやった時にパブリック・ビューイングしてる」
ということで今年の復興イベントのアクア・ライブに関してはハイパーアリーナでやるものの、東北各地でリアルタイムのパブリック・ビューイングをすることになったのである。
復興イベントが宮城県と決まったので、12月のローズ+リリーのツアーで東北は福島県を使うことにして、このような日程が決まった。
11.23(土祝) 札幌スポーツパーク
11.30(土) 福島ムーランパーク
12.01(日) 東京 深川アリーナ
12.07(土) 沖縄なんくるエリア
12.14(土) 富山トレッキングアリーナ
12.15(日) 愛知スポーツセンター
12.21(土) 神戸ポートランドホール
12.22(日) 横浜エリーナ
12.28(土) 福岡マリンアリーナ
12.29(日) 大阪ユーホール
北海道と沖縄は前後に日程を入れず、万一天候不順などで飛行機が欠航した場合に備えている。
そしてカウントダウンは今年も小浜のミューズパークを使用することにした。ツアーの最後を大阪にしたので、大阪ライブが終わったら小浜に移動する。
ミューズシアター・アリーナを巨額の費用(私が出した訳ではないが)を掛けて建てたので、使わないともったいないが、この7万人の会場をいっぱいにできるのは、現時点ではアクア、ローズ+リリー、以外には数組しかいない気がする。アクアは来年夏にも小浜ライブをする予定らしいので、当面夏はアクア、冬はローズ+リリーということでもいいかも知れない。
1 2
【夏の日の想い出・雪が鳥に変わる】(1)