【夏の日の想い出・モラトリウム】(1)

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2019年夏。
 
龍虎(アクア)は高校3年生で、あと半年ちょっとすると卒業である。卒業後は大学などに進学したりはせずに、芸能生活に専念するつもりである。
 
もっとも現在は亡き父(高岡猛獅)の友人である上島雷太さんが設定してくれた「学業絶対優先」条項が契約書にあるので、15時に6時間目が終わるまでは学校にいることができて、その後、教室の掃除をして15時半くらいに学校の職員玄関前まで迎えに来てくれている緑川志穂か高村友香(時には本来は西湖担当のはずの桜木ワルツ)の車に乗って、仕事の現場に入る毎日である。
 
これが卒業すると毎日朝から晩まで仕事づくめになるのでは?と戦々恐々の思いである。
 
もっとも・・・今みたいに自分が3人いたら何とかなるかも知れないけど、3人いることが、随分バレてきつつあるから、3人分働かされたら全員ダウンするぞ、とそちらも不安である。
 
明確に3人いることを知っているのは今の所、山村マネージャー、千里さん、ケイ先生、くらいだけど、コスモス社長も薄々知っているのではという気がする。コスモス社長、うまいもんなあ。ちょっときつーい、と思っていても、うまくボクを乗せてお仕事引き受けさせちゃうんだもん。
 

青葉さんからは
「龍ちゃん、そろそろ男になりたいか女になりたいか決めようよ」
と言われている。
 
「男になりたいなら男性ホルモンを活性化させて男らしい身体に変えてあげるし、睾丸も陰茎もずっと大きくなるようにするし、女になりたいなら女性ホルモンを活性化させておっぱいも大きくなるようにして、女らしい身体を発達させて、睾丸は機能停止させるし」
 
「そうですね。20歳までには決めますから、もう少しモラトリウム下さい」
 
「まあ今の状態は性的未分化のまま、腰の骨とかは女性的に発達させちゃってるけどね。女になりたい場合はそういう形に発達させないと赤ちゃん産めないけど、女みたいな腰の骨で男になるのは機能上差し支えないからね」
 
赤ちゃん?ボク赤ちゃん産めるんだっけ??
 
「今のボクの身体の線って女の子的ですよね?」
「うん。おっぱいを除いてはほぼ女の子だと思うよ。ただ」
「ただ?」
「少しだけおっぱい膨らんでるでしょ?」
「はい。実は」
「女性ホルモンの影響が胸に行かないようにブロックはしているけど、防波堤を越えて漏れてしまう分はどうしてもあるから、この状態をあと2年続けたら多分AAカップくらいの胸は出来てしまうと思う。もっともその後男性ホルモン優位に変更すれば、胸は縮んでいくだろうけどね」
 
「ああ、縮んじゃいます?」
と龍虎が残念そうに言うので、青葉は尋ねた。
 
「おちんちんを大きくする一方でおっぱいも大きくする?」
「いえ、いいです。おっぱいだけ大きくするので構いません」
「え?やはりおっぱい大きくして、ちんちんは小さくする?あるいはいっそ取っちゃう?」
 
「あ、間違えた。逆です。おちんちんは11-12cmまで大きくして、おっぱいは小さくする方向で」
 
「少し小さくない?普通の男の子だと14-18cmくらいなんだけど」
「そんなに大きくなくてもいいかな」
 
と言いつつ龍虎は『Mはこないだおちんちんの長さ測って13cmだと言ってたけど、あんなに長いと持て余しそう』と思っていた。
 

龍虎たちは高校3年生なので、同級生たちの中には大学進学に向けて受験勉強に頑張っている人、就職活動をしている人などもいる。就職に向けてたくさん資格試験を受けている人もあるし、夏休みは運転免許を取りに行く人もあるようである。
 
龍虎はこの春にバイクの免許を取ったが、普通免許は卒業式の後、合宿で取りに行こうかという話をコスモス社長とは、している所である。
 
普通免許取れたら・・・・父ゆかりのポルシェが運転出来るなと、それは少し楽しみにしている。千里さんか誰かに同乗してもらえば運転のお許しも出そうだし。
 

「武野君は卒業した後は進学?」
「うん。ここのC学園は短大しかないから、芸大も受けるけど、通らなかったら♪♪大学の音楽科に行こうかと思っている」
と武野君が答えると
「落ちたら♪♪大学に行こうかと思っている、というのが凄い」
と田中成美が言う。
 
「私絶対♪♪大学に落ちる自信がある」
「田中さん、優秀なのに!」
 
C高校3年男子は、田代龍虎、武野昭徳、田中成美の3人なのだが、この3人の中での呼び方は
 
武野→田代君、田中さん
龍虎→武野君、成美ちゃん
成美→龍ちゃん、武野君
 
である。つまり武野は龍虎を男子、成美を事実上女子として扱っている。成美は龍虎は同性(女性)、武野は異性(男性)とみなしている。龍虎は武野君は男子、成美は女子とみなしている。
 
別の言い方をすると、武野君は他の2人から男子とみなされ、成美は他の2人から女子とみなされ、龍虎は武野君からは男子、成美からは女子とみなされている。龍虎は武野君・成美の双方から同性とみなされているという考え方もできる。
 
成美は、男子生徒として在籍してはいるものの、事実上ほぼ純粋な女子である。
 
「成美ちゃん、ヴァイオリンはロッカだったよね?」
「ファニョーラ作のロッカね」
 
Giuseppe Rocca (1807-1865), Annibale Fagnola (1866-1939) はいづれもヴァイオリンの名工だが、ファニョーラは他人名義で売ったヴァイオリンが異様に多い。要するにコピー品(早い話が偽物)を作るのが巧い作者だった。そのためロッカの銘が入ったファニョーラ作のヴァイオリンはたくさん出回っている。
 
「もっともあれは私が所有しているんじゃなくて、ある音楽家の所有物でそれをずっと借りているんだよ」
「へー!そうだったのか」
 
「だけど田中さん、たくさんヴァイオリンコンテストで入賞しているのに」
「一流のコンテストでは優勝経験が無いんだよね〜」
「あぁ」
 
「♪♪大学のヴァイオリン科なんて天才の集まりだもん。私には無理。だから##大学受けるつもり」
「いや。##大学も充分レベルが高い」
 
「それに実は性別問題もある。##大学は性別は自己申告でいいと言ってくれた」
 

「ねぇ、ここだけの話さ」
と武野君が小さい声で言った。
 
「田中さんって、もう女の子の身体なんでしょ?」
「秘密、と言いたい所だけど、もう3年生だし、この2人にはバラしてもいいかな。実は小学6年生の時に性転換手術を受けたんだよ」
「凄い!小学生の内に受けたのか」
「20歳になるまでは戸籍を変更できないんだよね」
「それ大変だよね」
「中学は理解のある学校で3年間女子制服で通ったけど、高校で音楽できる所で私を女子生徒として受け入れてくれる所が見つからなくてさ」
「ああ」
「そんな時、C学園に“男子枠”ができるという話を聞いたから、そこに入れないかと、そして女子制服で通学できないかと照会したら、男子は第1期生になるから制服が定められていないので、高校生らしい服装ならよいということだったから、女子制服で通うことにしたんだよね」
 
「確かに女子制服は高校生らしい服装だ」
 
「でも龍ちゃんも性転換手術済みでしょ?ここだけの話」
「えっと・・・」
「だって龍ちゃんからは女の子の香りがするもん」
 
「そうだっけ?」
と武野君が訊いている。
 
「これは本物の女の子であるか、私みたいに男性器が存在しなくて女性ホルモンを摂取している人にしかあり得ないんだよね」
 
「そうか。やはり性転換していたのか」
「ボク性転換はしてないけど」
 
「まあ世間的には隠しておかないといけないんだろうから、誰にも言わないよ」
 
うーん。困った。何と言い訳しようと龍虎Fは焦っていた。
 

「ちなみに妹2人も性転換手術済み」
と成美は言った。
 
「・・・妹って、それ妹から弟になったの?弟から妹になったの?」
「ふたりとも弟から妹になった。だから息子3人から娘3人になった」
 
「うっそー!?」
「一番下の慶子から見たら、最初上のお兄ちゃんがお姉ちゃんになって、次に下のお兄ちゃんもお姉ちゃんになって、最後は自分も2人の妹になったというところかな」
 
「うーん・・・」
 
「お姉ちゃんたちいいなあ。私も早くおちんちん取りたいと言ってたから、手術が終わったときは凄く喜んでいたよ」
 
「まあ本人が望むのならそれでいいのかな」
 
「私から見たら最初自分がお兄ちゃんと呼ばれる立場からお姉ちゃんと呼ばれる立場になって、その時点では弟2人だったけど、その内妹と弟になって、最後は2人とも妹になった」
 
「うーん。。。。こういうのって結構遺伝という話は聞くけど」
「ああ。うちの両親はともに怪しい」
「なるほど」
 
「他に兄弟は?」
「今小学2年生の妹がいる」
「その子はえっと・・・」
「生まれた時から女。別に男になりたいというような兆候は見えない」
 
「だったら、その子が子供を産んでくれる可能性があるんだ!」
 
「私が去勢した年に生まれた。その時点で息子3人が全員性転換してしまいそうということで、あらためて子供を作ったんだと思う」
 
「確かに子供3人も作ったのに孫の顔は見られないというのではね」
 
「3人とも小学4年生で精子を採取・冷凍保存した上で去勢して、6年生で性転換手術を受けた。だから将来自分を父親とする子供は作ることができる。私は父親なんかになりたくないけどね」
と成美は言った。
 

私は宮古島から帰った後、とりあえず停滞していたKARIONの活動を再開させるため、次のアルバムの企画を進めた。昨年は『1024』という変則的なアルバムを出したのたが、今回は『天体観測』というのにしようという話がまとまる。
 
私が休んでいてKARIONの制作は滞っているし、夏休みはアクアが映画制作に入るので和泉も比較的時間が取れる、というので和泉は南米まで皆既日食を見に行ってきた。青葉と前後して現地に入り、前後して帰ってきたのだが、向こうではお互いに遭遇しなかったらしい。かなりの人数がラ・セレナやブエノスアイレス近郊の町などに行っているので、知り合いでも予め連絡を取り合っておかないと会うものでもないかも知れない。
 
(筆者も2009年奄美での皆既日食に出かけた時、同じ場所に行ったはずの友人と結局会わなかった。向こうは早い時期に申し込んだのでまともな場所に宿泊したからかも知れない。私は体育館に並べられた簡易ベッドで寝た)
 

楽曲のラインナップはこのようになった。
 
『星降る朝』(泉月)
『太陽の休日』(泉月)
『満月の隠れんぼ』(泉月)
『あなたと私の天体観測』(泉月)
『ねこの人間観測』(泉月)
『惑星X探査日記』(大宮万葉)
『スケーターズ輪っか』(湘南)
『赤い星・青い星』(広花)
『白夜』(照海)
『オーロラ』(照海)
『草むらに寝転がったら広い空があった』(福留彰)
『雨夜の月食』(櫛紀香・黒木信司)
 
4月くらいの段階で、和泉と黒木さん、畠山社長が会談し、昨年は企画物っぽいアルバムで乗り切ったけど、今年はもう少し本格的なアルバムを作りたいが、楽曲が揃わないという話をしたらしい。
 
その時点で私はまだ本調子に程遠かったし、醍醐春海(千里1)も2017年夏以来の不調から抜け出せずにいた。それで私も醍醐も書けない状態ではKARIONの楽曲が全く揃えられないのである。和泉は私の調子が戻るまでモラトリアムにして活動休止もやむを得ないと言ったらしい。品質を下げたアルバムなど出したら、ファンがみんな見捨てる。それよりは1年間休もうと言っていたという。
 
取り敢えず楽曲を書いてくれそうな人に照会して、しばらくKARIONから離れていた福留彰さんも時間は掛かるかも知れないけどと言って楽曲の提供を約束してくれたという。
 
しかし5月に醍醐春海が復活、7月に私が復活して、やっとアルバム制作のメドが立ったのである。
 

『星降る朝』は泉月(森之和泉作詞・水沢歌月作曲)でクレジットするが、実質水沢歌月(私)が単独で書いた曲である。歌詞は少し和泉が修正したが「校正」レベルの変更である。
 
KARIONでの使用は珍しいティンパニを使って、星が落ちていく様子を表している。4台のティンパニを E2 A2 D3 G3 に調律して、軽い流れ星は高い音、長い流れ星は低い音で表している。音源制作の時にティンパニを叩いたのは和泉のコネでお願いしたM大学オーケストラのティンパニ奏者の方である。ライブの時にどうするかは後で考えることにした!
 
『太陽の休日』も泉月名義だが、実質森之和泉(和泉)の曲。今年7月2日の皆既日食を見て書いた曲である。太陽は働きすぎだ。少し休んでもいい、などと歌っている。ストリングセクションを加えて制作した。
 
『満月の隠れんぼ』も泉月名義で、実質は和泉の曲。これは昨年2018.1.31の皆既月食を見て書いた曲である。この日東京では天気が悪かったのだが、和泉は天気予報を見て札幌に飛び、しっかり皆既月食を見てきた。この曲はホーンセクションが格好いい。
 
『あなたと私の天体観測』も泉月名義だが、本当に和泉の歌詞に私が曲を付けたものである。実は2016年に書いていたもので、今回天体観測というタイトルを決めた時に思い出して発掘してきた。この曲を多分タイトル曲に使うことになるだろう。
 
『ねこの人間観測』は泉月名義だが、実質私が単独で書いた作品。ローズ+リリーのアルバム『戯謔』に『ねこ』のタイトルで入れるつもりだった作品だが、そちらからあふれてしまったので、こちらで使うことにした。
 
『惑星X探査日記』は大宮万葉(青葉)の作品。この歌は2018年1月に
実施されたセンター試験の英語の問題文にあった『Selections from the Exploration Journal for Planet X』にインスパイアされて青葉が書いたもので、このネタを知らない人は結末を聞いて驚くことになる。
 
『スケーターズ輪っか』は湘南さんから頂いた曲である。例によって、モチーフのメモを渡されて「適当に組み立てて使って」と言われたので、こちらで勝手に組み立てさせてもらった。ノックダウン生産方式と湘南さんは言っている。
 
『赤い星・青い星』は広田純子・花畑恵三ペアの作品。お忙しい所、とても可愛い歌を書いてくれた。感謝である。この作品はPVをアニメで制作しようということになった。
 
『白夜』と『オーロラ』はいづれも照海名義だが、実際には千里1の作品。海外遠征で高緯度地方に行った時に体験した白夜や偶然見たオーロラなどの記憶を元に書いてくれた。精神力を回復させた千里1はどうも量産型になりそうである。
 
『草むらに寝転がったら広い空があった』は福留彰さんの作品。そのまんまの内容で、ある遺跡を訪れた時、ちょっとそこに寝転がってみたら、空が物凄く広く感じたというのを歌っている。この曲は原曲の雰囲気を活かして海香さんと木月さんのギターデュオを伴奏に歌うことにした。
 
『雨夜の月食』は櫛紀香作詞・黒木信司作曲の作品。2018年7月28日の皆既月食の時に書いた詩に基づいて作られたものである。この時は全国的に天気が悪く、九州で雲のまにまに少し見えた程度で、他の地域ではほとんど見えなかった。櫛さんは福島県在住なので全く見えず、ネットでも各地から「見えん」というレポートがタイムラインに流れるのを見ながら、どうしても見えない恋人の心を歌ったものである。タイトル曲「あなたと私の天体観測」と同様の、天体にかこつけたラブソング。これをアルバムの最後に置く方向で行こうと、私と和泉は話し合った。
 

私が復活したらしいと聞いた◇◇テレビの響原部長が同局で秋から始まる時代劇の主題歌を書いてくれないかと言ってきた。こことは以前楽曲の権利問題で少し揉めていたのだが、響原さんはあの時は申し訳無かったといい、権利問題は善処すると約束した。
 
それで私はそのドラマのために『朝焼け』という曲を書き(実際には夢紗蒼依が書いた曲を手直ししたもの!)、響原部長は1%だけ放送局が権利を持つという方式で、経営側の了承を取り、私も1%だけならよいということで妥協して、提供することにした。
 
10月からの放送で使うので9月には発売したいということだったので7月中に録音することにする。これはスターキッズの標準構成で演奏して私たちの歌を入れた。これはエンディングを歌う丸山アイの『闇を駆けろ』という曲とカップリングして発売するので、ローズ+リリーのシングルには数えない。その丸山アイもこの曲は夢紗蒼依に作らせたと言っていた!
 

「アイちゃんはエンディング歌うだけ?」
とマリが訊いた。
 
「ボクは出演もするよ」
「へー。大岡越前の娘役とか?」
「この時代に大岡越前は出てこないよ。この話は三代将軍・徳川家光が亡くなってから徳川家綱が次の将軍に就任するまでの4ヶ月間に起きた慶安の変のことを描いたドラマなんだよ。ボクが演じるのは丸橋忠弥」
 
「なんか男みたいな名前の役だね」
「丸橋忠弥は男だけど」
「アイちゃん、男役するの〜〜〜?」
「それがこの丸橋忠弥には秘密があるのさ」
とアイが言った時、たまたま来ていた演出家さんが
 
「この丸橋忠弥は革命を成功させるために、老若男女様々な姿に変装して、色々な人物と接触して裏工作をするんだよ。『闇を駆ける』というのは、その変幻自在の丸橋忠弥の暗躍を描いたものだね」
と説明した。
 
「なるほどー。男であり、女でもあるんだ!」
とマリ。
 
「そういう役にはアイちゃんがピッタリだと思ったんだよ。一昨年のキャッツアイの映画で、浅谷光子刑事と男盗賊のねずみを演じ分けていたのを見て、この子凄いと思ったんだよ」
と演出家さんは言っている。
 
そんなことを話していた時、演出家さんはふと気付いたように言った。
 
「マリちゃんだっけ?君、僕が思い浮かべていた千代姫のイメージにピッタリという気がする。君も出ない?」
 
「え〜〜〜!?」
 
私もマリもびっくりしたものの、演出家さんは乗せるのがうまい。それで結局、マリは千代姫役を引き受けることになったのである。
 

「他にどういう方が出演なさるんですか?」
「主役の徳川家綱は人気男性アイドルの前田智士くん。ほか、これが今の所予定している配役表。まだまだ抜けが多いんで、これから場合によってはオーディションして配役を決める」
 
と演出家さんは言いながら、作業中のwikiっぽい画面を見せてくれた。
 
徳川家綱 前田智士
由井正雪 山田政夫
たつ(正雪の妻)谷里あいり
丸橋忠弥 丸山アイ
金井半兵衛
松平定政(幕政批判した小大名)
保科正之(家光の弟)
中根正盛(大目付:甲賀忍者司配)千葉次郎
阿部忠秋(老中)
酒井忠勝(大老)
松平信綱(筆頭老中“知恵伊豆”)片原正太郎
徳川光義(尾張徳川藩主)大林亮平
千代姫(家綱の姉で光義の妻)マリ
徳川光貞(光義のライバル)
徳川頼宣(光貞の父で紀州徳川藩主:事件の黒幕)タンニ馬武
 
配役表の中に大林亮平の名前があるのを見てマリがドキッとした顔をした。よりによって亮平の妻を演じるのか!?と私も驚く。
 
「どうかしました?」
と演出家さんが尋ねる。それで私は言った。
 
「太荷馬武さんが出演なさるんですか?」
「そうなんですよ。照会したら快く引き受けて下さいまして」
 
太荷馬武(たに・たけし)は★★レコードの制作部次長を以前務めていた人で、現在は愛知県のCDプレス工場の営業部長の地位にある。しかし6年前に発覚したワンティス楽曲の名義書換問題で激しい批判を受けてすっかり悪者とみなされてしまい、そのことで営業の仕事も一時休んでいたようである。ところが偶然特撮の撮影現場に紛れ込んでしまい、ヒーロー役を倒してしまった!ことから、悪の組織の幹部役をやってくれないかと乞われ、結局子供たちに人気の悪役俳優になってしまったのである。
 
その後も彼は平日はCD制作会社の営業、土日限定で俳優としても活動するという“二足のわらじ”生活を送り、貫禄のある悪役として人気である。
 
なお現在では当時太荷氏は誰か、本当の事件の黒幕をかばって何も弁明せず、そのため彼が悪役を引き受けることになったのではという見方が有力である。
 

2019年7月21日、姉の萌依が3人目の子供を出産。女の子で名前は南帆花と名付けられた。萌依の子供は3人とも「か」が付くが全員字が違う。
 
2015.6.18 梨乃香
2018.2.25 清代歌
2019.7.21 南帆花
 
「4人目も『か』の付く名前にしたいな」
「まだ産むんだ!」
「10人くらい産んで大家族スペシャルに出てもいいかな」
「まあ、頑張ってね」
 

今年は7月26-28日(金土日)に苗場ロックフェスティバルが行われた。
 
春頃、ローズ+リリーに出演打診があった時点で、本来の産休明けの前だけど、その時期はもう大丈夫だろうというので、私は出演する意向を伝えていた。
 
実は★★レコードのスタッフも多数このイベントには関わっていて、25日(木)には現地入りする必要があった。それで“全社員集会”は24日(水)に設定された。そのためローズ+リリーのCD発売記者会見は23日(火)になったのである。
 

今年KARIONはRステージ(屋内5000人)の2日目、ローズ+リリーはGステージ(野外4万人)の3日目である。そしてアクアは1日目と2日目のGステージ朝10:00-11:00となる。
 
今年の苗場ロックフェスティバルで、日本人アーティスト絡みの出演予定は下記の通りである。
 
7月25日(木) 前夜祭
7月26-28(金土日) 本番
 
■Jステージ(1000人)
26 信濃町スターズ(↓)
 
26日のスケジュール
11:30 桜野レイア 12:10 原町カペラ 12:50 山下ルンバ 13:30 石川ポルカ 14:10 桜木ワルツ 14:50 花咲ロンド 15:40 白鳥リズム 16:30 姫路スピカ 17:20 西宮ネオン 18:10 今井葉月 19:00 川崎ゆりこ
 
(アクアの後から始める。桜木ワルツまでは40分。それ以降は50分)
 
27 松元蘭、星原琥珀、田川元菜、など
28 ムーン・サークル、遠上笑美子、北野裕子、など
 
■Hステージ(5000人野外)
26 XANFUS、Hanacle、蓬莱男爵など
27 三つ葉、Trine Bubble、高崎ひろか、品川ありさ、など
28 山森水絵、丸山アイ、貝瀬日南、小野寺イルザ、AYA、など
 
28日のスケジュール
10:00 山森水絵
11:20 丸山アイ
12:40 貝瀬日南
14:00 マンハッタン・シスターズ(アメリカ)
15:30 小野寺イルザ
17:00 AYA
18:30 エスプレッソ・ロッソ(スイス)
 
■Rステージ(5000人屋内)
26 ボニアート・アサド、北野天子、カチューシャ、など
27 松梨詩恩、チェリーツイン、スリファーズ、KARION、Wooden Four、など
28 ローズクォーツRN、スカイロード、カトラーズwith谷川海里、カラーボックス、など
 
27日のスケジュール
10:00 チェリーツイン
11:30 Double Bee(USA)
13:00 Thunder Angels(German)
14:30 松梨詩恩
16:00 スリファーズ
17:30 KARION
19:00 Wooden Four
 

■Fステージ(1万人)
26日
10:00 ラビット4(いちご組)
11:30 南藤由梨奈&レッドブロッサム
13:00 ラビット4(めろん組)
14:30 シュールロマンティック
16:00 ラビット4(ばなな組)
17:30 金属女給
19:00 ラビット4(さくら組)
 
ついにラビット4は再分裂して4組になってしまった。各々正式名称は同じ「ラビット4」であり、いちご組・ばなな組などは、高柳あつみアナウンサーが勝手に付けた“通称”である。司会者は「次はラビット4のみなさんです」としか言わないが、同名で紛らわしいので、各々の了承を取った上でプログラム上には通称を表記している。
 
世間では
「来年は5組になるかな?」
「いや各々分裂して8組になるのでは?」
などと言われている。
 
27 ナラシノ・エキスプレス・サービス、バインディング・スクリュー、など
28 ステラジオ、スカイヤーズ、サウザンズ、スイート・ヴァニラズ、など
 
■Gステージ(4万人)
26日
1000-1100 アクア(日本)
 
27日
1000-1100 アクア(日本)
1300-1400 ゴールデンシックス(日本)
1500-1600 レインボウ・フルート・バンズ(日本)
1700-1800 カバラバラ(ニュージーランド)
1859-1959 リダンダンシー・リダンジョッシー(日本)
2100-2200 アース・ラブ(アイルランド)
 
28日 日没18:56 日暮19:33 天文薄明終了20:39
1000-1100 亜馬族女(日本)
1200-1300 ピルグリム・ムジカ(フランス)
1400-1500 ハイライト・セブンスターズ
1600-1700 セカンド・ディメンション(スペイン)
1800-1900 ローズ+リリー(日本)
2000-2100 ラララグーン(日本)
2200-2300 マニアル・ガーデン(イギリス)【Head Liner】
 
ちなみに「亜馬族女」は「アマゾメス」と読む。名前に反して男6人のバンドである。リーダーは子供の頃、母親が持っていた筋肉少女帯のビデオを見てロックに目覚めたらしい。
 

私と政子は『アトール・愛の調べ』の発売記者会見をした23日の後、24日に越後湯沢に入り、夕方ホテルの会議室でローズ+リリーの打合せ、KARIONの打合せを連続でした。
 
今回、ローズ+リリーの演奏曲目は下記である。
 
『愛のデュエット』『Atoll-愛の調べ』『秘密の大陸』『天使の歌声』、『言葉は要らない』『硝子の階段』『H教授』『青い豚の伝説』『コーンフレークの花』、『苗場行進曲』『ピンザンティン』『あの夏の日』
 
上島先生の作品を何か使いたいなと思い、最初は新曲の『麹の力』を使いたいと思ったのだが、明笛(みんてき)はいいとして三線(さんしん)の演奏者に困った。音源製作に参加してもらった後浜門さん、あるいは誰か三線の演奏者を頼むのは可能ではあるが、ただその1曲だけのために、わざわざ苗場まで来てもらうのは、あまりに申し訳無い。しかしこの曲で三線は省略できないので諦めることにした。
 
今年も青葉の友人の世梨奈ちゃんと美津穂ちゃんに応援を頼んだ。世梨奈ちゃんは例によって「前払いお願い出来ます?」と言ってきた!前期の授業料をまだ払っておらず、今月中に払わなかったら退学と言われて困っていたらしい。
 
「世梨奈ちゃん、もし後期の授業料に困ったら、年末のカウントダウンのギャラも10月に前払いしてあげるから連絡してよ」
「済みません!」
「ここまで来て卒業前に退学になったらもったいないもんね」
「そうなんですよね。親からはこれ以上知らんと言われてるし」
「ありゃ」
「だいぶ親から借金してるし」
「なるほどねー」
 

今回“フレンズ”の宮本さんにトロンボーンを吹いてもらうことになった。実は過去の苗場でスターキッズ&フレンズの“フレンズ”3人が勢揃いしたのは2015-2016年だけで他の年は誰か休んでいる。香月・宮本は他のバンドを兼任しているし山森さんは自身の演奏活動で忙しい。
 
2014 香月○ 宮本× 山森○
2015 香月○ 宮本○ 山森○
2016 香月○ 宮本○ 山森○
2017 香月○ 宮本○ 山森×
2018 香月× 宮本× 山森×
 
しかし宮本さんはこれまで兼任していた別のバンドが昨年春以降、現在もまだ続いている“楽曲不足”の状況の中で実質的に活動休止状態になってしまっていて、
 
「そちらお仕事あったら頑張るよ」
と言っていた。ところが宮本さんの担当はセカンドギターまたはチェロで今回予定していた曲では出番が少ない。最終的には増えたのだが、当初の予定では1曲しか無かった。それで私は尋ねた。
 
「宮本さん、フルートとかは吹けませんよね?」
と言ったら
「トロンボーンなら昔吹いたことある」
と言うので聞かせてもらった。
 
すると音源製作に使うには微妙だが、ライブ演奏なら使えると私は判断した。それでシングルの制作ではトロンボーンは使用しなかったものの、苗場では前半の《アコスティックタイム》でチェロ、後半ではトロンボーンを演奏してもらうことにしたのである。ただし、ツインギターが必要な『コーンフレークの花』ではギターを弾いてもらう。
 
そういう訳で今回の演奏スタッフはこのようになった。
 
スターキッズ&フレンズ 近藤・七星・鷹野・酒向・月丘・香月・宮本・山森
お友だち 風花・詩津紅・世梨奈・美津穂
ゲスト演奏者 今井葉月・桜野レイア
ダンサー 小風・美空
特別出演! 若山鶴風
 
今回は和楽器は使用しないので、風帆伯母の出番は無かったのだが、出たい!とおっしゃるので、苗場行進曲で三味線を入れてもらうことにした。スコアを渡したのだが、スコアに三味線という楽器指定は無い。
 
「私のパートは?」
「師匠にお任せします」
「ま、いっか」
 

アクアが1日目・2日目に出演するGステージは本来4万人入るのだが、過去の経緯からアクアの時のみロープで区切ってブロック指定にするので3.5万人しか入らない。2日で7万人を抽選で選び整理券を(電子的に)発行するのだが、希望者が10万人あって確率70%の抽選になった。なおGステージの1日目に演奏するのはアクアのみで、その後翌日まで会場を使わないので、ロープはそのまま翌日に持ち越すことが出来る。
 
なお、私と政子はコネで楽屋から聞くことにした。映像はプロジェクターで見る。青葉が来ているので
 
「青葉来られるのなら、演奏者にカウントしたかった」
と言ったら
「済みません。直前まで来られるかどうか分からなかったんです」
と言っていた。
 
アクアの体調管理のためにコスモスから頼まれて来たらしい。それでアクアのスタッフ証を持っていた。アクアは今年の夏も映画の撮影をしている最中に抜け出してこちらに来ているので、体調維持が大変なようである。
 
「今からでも龍笛のパートを割り当てたいのだけど」
「まあいいですよ」
と言うので、『苗場行進曲』で龍笛を吹いてもらうことにした。
 
ついでに『コーンフレークの花』でサックスを吹いてもらうことにした!
 

「アクアちゃんは映画の撮影はどう?郷愁村で撮影してるんだっけ?」
と一緒に付いてきている美空が本番前のアクアに尋ねた。
 
「あそこにオープンセットを建てて、そこで撮影してるんです。原作の舞台になった千葉市の囲碁研修センターが無くなってしまっているので、どこかに代わりのセットを作ろうということになって。ついでに碁会所とか日本棋院のセットまで作っちゃったんですよ。でも土地のオーナーの方が『土地は余ってるからそのままにしてていいよ』とおっしゃるので、このまま1年後までセットは建てたままになるようです。1年間モラトリウムで」
 
「1年後!?」
 
「結局映画は第1部・第2部と2度に分けて公開することになったんですよね。第1部が院生になって、いよいよプロ試験だ!という所まで。第2部がプロ試験」
 
「それ第2部はいつ撮影するのさ?」
「来年の夏休みだそうです。でも今回興業に失敗したら作られずに終わるでしょうね」
「アクア主演なら、失敗は無いと思うけどなあ」
「それがボクとしては困るんですけどね」
とアクアは言っている。つまりアクア人気だけで客が来て、演技自体が評価されないのは本意ではないということで、贅沢な悩みという気はする。
 
「ああ。演技で勝負したいのね。でもそのためにはアクアが顔を隠して出演するとかでないと無理だね」
と私たちにくっついて一緒に来ていた鷹野さんが言っていた。
 
「顔を隠して怪傑ゾロでもする?」
「特撮の怪人役とか」
 
特撮と聞いて私は太荷馬武さんのことを思い起こしていた。
 

「物語は原作準拠?」
「だいたいの流れはそうですけど、やはり細かいエピソードはかなり端折ってます」
 
と言った所でアクアはコスモスに呼ばれてステージの打ち合わせに入ったので、《第1部》の概要は葉月が説明してくれた。
 
「結局原作の塔矢アキラ相当のキャラを橘中ミナコ(きなか・みなこ)という女子中学生キャラに変更することになったんですよ」
と葉月が言う。
 
「やはりアキラちゃんは性転換か?」
「手段が目的化している」
「もはやアクアは女装が必須なんだな」
「女装のアクアさんが出ないとみんな納得しませんから」
 
「でもあの漫画が流行った当時もアキラ性転換の二次創作は多かったよ。あの子はどう見ても姫(*1)だから」
とサポートで来ている日野ソナタさんが言っている。
 
(*1)姫とは総受けキャラのこと。最近はあまり使われない用語かも。
 
「それに進藤というのは藤原一族系の苗字だから、源平藤橘(*2)の橘を使って橘中にしたらしいです」
と葉月。
 
「ほほお」
 
「ミナコというのは、ヒカルとかアキラとかあかりとか、光に関わる名前が多いから金星のビーナス→美奈子→ミナコらしいです」
「セーラー・ヴィーナスかい!?」
 
「それ橘中の楽しみにも掛けてるでしょ?」
と日野ソナタさん。
 
「そうそう。それも言ってました」
「なんだっけ?」
と美空が訊くが、これは囲碁四段のマリも知っていた。
 
「幽怪録という古い伝奇集にあるのよ。これは杜子春なんかが載っていた本。巴という国の人が、橘の実を割ってみたら、その中で囲碁を打っている2人の老人が居たという話。それで囲碁を楽しんで打っていることを『橘中之楽』と言う」
 
「へー!」
 

(*2)源平藤橘とは貴族の代表的な姓であわせて「四姓(しせい)」と呼ばれる。姓は後の時代には「苗字」とは別のものとなり、本来無関係の人でも朝廷に仕える時は四姓のどれかを名乗った。織田信長も藤原・平氏を名乗っているし、羽柴秀吉は藤原を名乗った後、新たな姓“豊臣”を与えられて初めて四姓以外の関白が誕生した。
 

祖父の家で蔵の整理に駆り出されていた中学1年生の進藤ヒカルは古い碁盤を見つけ、そこから平安時代の囲碁名人・藤原佐為の霊に取り憑かれる。
 
佐為が「囲碁を打ちたい!」というので、ヒカルは近所にあった碁会所に入る。しかし中をチラっと見ると、タバコ吸ってるおっさんばかりで戸惑う。受付の女性から「実力は何級くらい?」と訊かれ「対戦したことないから級とか分からないけど、そこそこ強いぜ」などと言うヒカル。その時、ヒカルは碁会所の奥に中学生くらいの少女がいることに気付く。
 
「あ、子供居るじゃん!あの子と対戦出来る?」
「えっと・・・あの子は・・・」
 
少女は立ち上がって笑顔で言った。
「対戦相手探してるの?いいよ。私打つよ」
 
彼女は橘中ミナコと言った。
 
「石は5個くらい置く?」
「何それ?」
と囲碁のことを全く知らないヒカルは尋ねる。ハンディの付け方だということを説明するが、同い年なんだからハンディとか要らないと言い、ミナコもまあいいかと思い、打ち始める。ミナコはヒカルの初心者っぽい石の握り方・置き方を微笑ましく思いながらも打っていく。しかし打ち進める内にヒカルが石の持ち方こそ初心者なれど囲碁の実力自体は、ただ者ではないことに気付く。そしてヒカルの一手に当惑する。
 
『これは最善の手でもない、最強の手でもない。これは私の力を試している手だ。はるかな高みから・・・』
 

「今回、初心者ヒカルの打つ所は私が、ミナコが打つ所はアクアさんが打っているんですよ。アクアさんはアマ三段の腕前なんで、石の打ち方も格好いいんですよね〜。ピシッ!って感じで。でも私は今度の映画のために慌てて囲碁ソフト買ってきて勉強しているところで」
 
と葉月は言う。
 
「葉月ちゃんは何でも勉強熱心だなあ」
「でもそれアクアちゃんと葉月ちゃんが実際に対局したら、ホントに有段者と初心者の対局に見えるんだ!」
「それがいい所みたいです。だから私は来年の第2部撮影までにアマ3〜4級になるくらい勉強しろと言われました。来年はプロになったヒカルとミナコの対決を描くことになるから」
 
「大変だ!仕事忙しいのに」
 

対局は僅差でヒカルの勝ちだった。ミナコはショックを受けている様子であった。一方、囲碁のことを全く知らないまま佐為の指示通りに石を置くのにヒカルは苦労したので「オレまだ対局は早かったみたい」と言って碁会所を出た。碁会所ではミナコが負けたと聞き、ギャラリーが騒然としていた。
 
ミナコは実際戸惑っていた。この対局はまともな対戦ではなかった。彼の打ち方はまるで指導碁のようであった。それなのにあのまだ囲碁を始めて間もないとしか思えないような石の持ち方。一体彼は何者??
 
その時受付の女性が言った。
 
「ミナコちゃんが負けた!?嘘でしょ?だってあの子、対局したことないって言ってたわよ」
 
「対局したことがない!?」
 

数日後、道で偶然ヒカルと再会したミナコは強引にヒカルを碁会所に連れていく。ふたりの2度目の対局が始まる。前回ミナコはヒカルを初心者と思っていたので軽く打ったが、今回は対等以上の相手と思い、マジである。ヒカルがコミ(*3)とかニギリ(*3)というのを知らないので、それを教え、それでふたりは打ち始めた。決着はあっという間についた。大して手も進まない内にミナコが投了(*3)したのである。
 
『なんて勝ち方するんだ?上手に何目差とかで勝つんじゃなかったのか?』
と佐為に訊くヒカルに佐為は言った。
『彼女はそんな余裕を与えてくれなかったのです。もう胴体と頭を一刀両断するしかありませんでした』
 
厳しい顔つきでそう語る佐為に、ヒカルはミナコの物凄さの一端を感じた。
 

(*3)コミは後攻に与えられるハンディキャップ。囲碁は先攻の黒が絶対有利なので後攻の白はコミとして6目半をもらう。例えば打ち終えて黒の目が白の目より4目多かった場合、白に6目半を加えて最終的には白の2目半勝ちとなる。現在ではコミは6目半だが、ヒカルの碁が連載開始された時期は5目半だった。
 
ニギリ(握り)とは先攻後攻を決めるやりかた。片方(一般に上段者または年長者)が白石の碁笥に手を入れ適当に石を握る。もう一方はそれが奇数と予測したら黒石1個、偶数と予測したら黒石2個を置く。予測が当たれば黒石を置いた人の先攻、外れれば白石を握った人の先攻(碁笥を交換する)。
 
投了とは負けを認めること。「ありません」または「負けました」と言って頭を下げる。声は聞こえないことも多く相手がムニャムニャと口を動かして頭を下げたら投了である!上段者の対局ではよほど微妙にならない限り、最後までは打たず、途中で勝てないと思った時点で投了するのがマナーとされる。そのため大抵の対局は投了で終わる(「中押し勝ち」と記録される)ので、「投了は最大の敗因」とも言われる。上段者同士の対局では、なぜ投了したのか普通の人には理解困難な場合も多い!!
 

ミナコとの2度の対局で囲碁に少し興味を持ったヒカルは、佐為に打たせるだけでなく、自分でも少し囲碁を覚えようかと思って、夏休み中に文化センターで開かれる初心者向けの囲碁講座を受講することにした。講師は白川道夫七段という人だった。
 
ルールからしてよく分かっていないヒカルに白川七段は丁寧に囲碁の基本を教えてくれた。それでヒカルはどんどん上達していく。夏休みの間ずっと通う内に白川の認定で8級程度にまでなる。
 
そんなある日、ヒカルはたまたま通りかかった文化ホールで囲碁大会が行われているのに気付いた。じっと見ていたら
 
「参加者?」
と訊かれるので、あ、参加してもいいかなと思い
「はい」
と答えてエントリーし、中に入る。
 
佐為はわくわくしている。自分が打てると思っているのだが、ヒカルは宣告する。
 
「この大会はオレが打つから」
「え〜〜〜!?」
 

大会は任意の組合せで3局打ち、上位の成績から決勝トーナメントに進出できるというものである。同じ成績の人はジャンケンになる。
 
最初の対戦相手は初心者に近い相手で、ヒカルは快勝することができた。2局目の相手は結構ヒカルと実力が伯仲していたものの、最後まで打つと半目差で勝っていた。3局目の相手はヒカルより明らかに強かったものの、途中でとんでもないポカをしてヒカルは勝ちを拾った。
 
それでヒカルは3連勝したが、3連勝したのは6人だけだったので、ヒカルは決勝トーナメントに進出した。2勝1敗の人たちはジャンケンして決勝トーナメントに行く2人を決めた。
 
ここで主催者から発表がある。
 
「この大会で優勝した人にはアマ2級、準優勝者には3級を認定します。またベスト4に残った4人には、橘中ミナコ・プロとの4面打ちを体験できます」
 
それでヒカルとミナコの目が合い、お互いびっくりする。
 
「お前、プロだったの?」
「あなたみたいに強い人がなぜこんなローカルなアマの大会に?」
 
この会話で他のトーナメント進出者が大いにヒカルを警戒した。
 

抽選の結果当たった準々決勝の相手はいかにも強そうな強面の中年男性であった。2勝1敗でジャンケンに勝って決勝トーナメントに出てきている。
 
打ち始めると実力が圧倒的である。相手は最初は警戒していたものの、すぐに「何だ大したことないじゃないか」と判断したようである。
 
「プロから声掛けられていたから凄い奴かと思ったら大したことねぇな。それともあの可愛い子ちゃんプロとは女子校のお友だちかい?」
「オレは女子校には通わないよ!」
 
ところがそこから数手進んだ時、相手が物凄いくしゃみをして、碁盤の石が全部吹き飛んでしまった。
 
「え〜〜!?」
とヒカルも驚いて声をあげる。
 
「何があったの?」
と慌てて運営の人が来る。
 
「くしゃみで石が全部飛んでしまったんです」
 
「えっと・・・」
と運営の人は男性を見る。
 
「済みません。負けました」
と言って彼は投了した。
 
それでヒカルは思わぬ星を拾った。
 

「相手がくしゃみして石の並びをめちゃくちゃにしちゃって、それで投了したというのは、アクアさんが小学生時代に本当に経験したエピソードらしいです」
と葉月が言う。
 
「へー!」
 
「あの子、小学生時代から囲碁大会とか出てたんだ?」
「その話を脚本家さんが聞いて、面白いから取り入れようと言って取り入れたんです」
「なるほど」
 
「実際にはくしゃみした拍子に盤上の石をなぎ払っちゃったらしいけど、映画だからくしゃみで石が吹き飛んだということに」
「ああ、映画ならそれでいいね」
 
「でもそういう勝ち方しちゃうのも実力の内かもね」
 
「そうそう。アクアさんがそのくしゃみで勝って大会5位入賞した時の記念写真も見せてもらいましたよ」
「へー」
「青いきれいな振袖着て、5位の賞状と1級の認定証を持って可愛く写っていました」
 
「・・・・・」
 
「何か?」
 
「アクアって、振袖着て、囲碁大会に出てた訳?」
と小風がごくまっとうな疑問を提示するが
 
「えっと何か変でしたっけ?」
と葉月は戸惑うように言った。
 

ヒカルは準決勝では実力充分な女子高生に負けてベスト4に終わった。決勝戦が終わった後、ミナコとベスト4になった4人の多面打ちが始まるが、ミナコは最初は戸惑い、やがてイライラしてきて、仕事を忘れて言った。
 
「進藤君、どういうつもりなの?なんでこんな弱い振りをするの?」
 
「オレは全力だよ」
「ふざけないで!!」
 
怒ったミナコはヒカルを一刀両断にした。その物凄いミナコの勝ち方に隣で打っていた優勝者がびっくりしていた。もっともヒカルはこの対戦でミナコのしっぽの影を遙か遠くに垣間見た思いだった。それで自分とミナコの実力差を少しだけ想像することができていた。
 
ミナコは言った。
 
「進藤君、今年はもうプロ試験終わっているけど、来年のプロ試験を受けなさいよ。それまでモラトリアムにしといてあげる。もし来年受けなかったら、ただじゃおかないからね」
 
「分かった。受ける」
とヒカルも約束した。
 

プロ試験の受け方が分からないヒカルは日本棋院に出かけて、受付の人に尋ねた。いきなりそんなことを訊かれて戸惑う受付の人だったが、たまたま通りかかった緒方精次九段が「僕が教えてあげるよ」と言い、2階の対局室に誘い、ヒカルと対局しながら、詳しい話を教えてくれた。
 
「プロ試験は外来でも受けられるけど、その前に院生になって、実力を付けた方がいい」
 
「院生・・・ですか?」
 
「明日のプロを目指す子がしのぎを削っている所さ。今はA組からF組までの6クラスに分かれていて成績に応じて上下する。プロ試験を受けるためには、その時点でB組以上に居なければならない」
 
「そこは誰でも入れるんですか?」
「実力があればね。次の院生試験は12月だよ」
と緒方九段はヒカルに言う。
 
「あと3ヶ月か・・・」
 
「まあ今の君の実力では到底受からないだろうけどね」
と言って、緒方は白石を急所に打ち込んできた。
 

「しかし夏休みが終わって、白川先生の囲碁教室も終わっちゃうしなあ。この後、どこで囲碁の勉強をしたらいいんだろうなあ」
 
と言ってスマホでネットを検索していたヒカルは、インターネット碁会所というものがあることに気付く。有料のところもあるが、結構無料で登録できる所もある。それでヒカルはそんな中のひとつにメンバー登録することにした。段位・級数は最初は自己申告してあとは勝敗により上下する仕組みになっている。
 
『よし。ここに"sai"で登録しよう』
『もしかして私が打っていいんですか?』
『ああ。好きなだけ打て。それでさ、空いてる時間にオレに碁を教えてくんない?』
『もちろんです!』
 
『佐為、お前の段位はいくらにする?』
『では最初は控えめに四段で』
『よし』
 
それでヒカルは"sai" 4d(四段) で登録したのである。そしてヒカルは祖父にねだって碁盤も買ってもらい、毎日佐為にネットで2〜3局打たせては、佐為と自分でリアル碁盤を使って対局した。
 
スマホを使ったネット碁では佐為が言う位置にヒカルがタッチペンで打っていく(最初指でやってたら誤って隣に打ったりした)。リアル碁盤を使った佐為とヒカルの対局では、佐為が扇子の先で打つべき場所を指し、そこにヒカルが白石も置いて行くという方式とした。
 

「桑原本因坊役の藤原中臣さんから教えて頂いたんですけど、そういう対局の方法って今昔物語にも書かれているらしいです」
 
「へー!」
 
今昔物語二十四巻第六「碁打ち寛蓮、碁打ちの女に会へる語」という物語である。
 
延喜の時(醍醐天皇の時代)、当時の第一級の碁の打手寛蓮がある時道を歩いていたら、女童(めのわらわ)が寄ってきて、自分の主人がぜひ会いたいと言っていると言う。それで立ち寄ると、自分と碁を打って欲しいというので打つことにした。
 
碁笥の 一方を女の方に渡そうとすると、女はそれはそちらに置いておいて下さいと言って、打つ場所を2尺(60cm)ほどの長さの木の棒で指し示して、それで寛蓮が女の分まで両方石を並べる、という奇妙な方法での対局となった。女は、いきなり天元(碁盤の中央)に打って来た。そんな手は見たことが無かったので寛蓮が驚くと女は「よく知らないものですから」などと言う。しかし少し打ち進むと寛蓮の石は全滅になってしまった。
 

そういう訳でネットの碁会所に登録した"sai"は、最初オランダの囲碁代表になった選手と対戦したが、彼はsaiに大敗することになる。saiのインターネット百人斬りの最初の犠牲者だった。院生の和谷義高もまた"sai"にやられた一人だった。
 
"sai"は国内外の実力者に連戦連勝を重ね、やがて最高位の 10d (十段) まで到達した。そのあまりの強さに"sai"は間違い無くトッププロであるとして「正体探し」が始まるが、その棋風に該当するような棋士が見当たらない。ミナコも棋院に居た時"sai"の噂を聞き、対戦してみると無茶苦茶強い。
 
そして対戦していて確信した。
 
"sai"は・・・(強い方の)進藤君だ。
 
そして・・・以前対戦して圧倒的な実力差で負けた時より・・・更に強くなっている!
 
投了してから、何かに引かれるように走り出したミナコは近所のマクドナルドに進藤がいるのを見つける。彼はスマホをタッチペンで操作している。
 
店の中に飛び込んでヒカルのスマホを取り上げて!液晶画面を見るミナコ。
 
「わっ。びっくりした。何するんだよ?橘中!?」
 
ヒカルが開いていたのは、刀剣乱舞の画面だった。実はさっき "venus" (佐為も相手がミナコだと気付きヒカルに告げていた)と対戦した後、今日はもう3局打ったしと思い、別のサイトに移動した所だったのである。
 

「進藤君、ネット碁とかはしないの?」
とミナコが訊く。
 
「え?何?ネット碁って?」
とヒカルはしらばっくれる。
 
「パソコンやスマホからネットを通して囲碁が打てるのよ。そこに"sai"って名前の物凄く強い棋士が居てさ」
「へー。そんな人がいるんだ?」
「あまりにも強いから正体は誰だろう?と話題になって、今世界中の人が正体探しをしている」
と聞いてヒカルはドキッとした。その表情の変化をミナコは見逃さない。
 
「"sai"は進藤君じゃないよね?」
「オレの実力は囲碁大会の後の四面打ちで見たろ?」
「今ちょっとここで打たない?ポータブルの囲碁盤持ってるよ」
 
ヒカルは考えた。ミナコはやる気満々だ。後ろにいる佐為もワクワクしている。しかしここで佐為とミナコを対戦させるのは話がややこしくなるだけだ。それでヒカルは言った。
 
「橘中、オレの幻影など追ってるといつか本当のオレに足元すくわれるぞ」
「いつかと言わず、今私の足元をすくってよ」
 
「今日は対戦しない。でも絶対来年のプロ試験受けるよ」
「分かった。待ってる」
「うん」
 
それでミナコは帰ったが、"sai"の正体探しが始まっているというのは、やばいなと思った。それでヒカルは佐為とも話してネット碁会所からしばらく遠ざかることにした。しかし"sai"がネットから消えたことで、ミナコはやはり"sai"は進藤君だと確信した。
 
一方ヒカルは佐為の指導でどんどん実力を付けていった。
 
12月、ヒカルは院生試験を受けた。試験官の篠田はヒカルと対局して石の持ち方も初心者だし(ヒカルは碁盤を使っての人間との対局をほとんどしていない)、碁の内容も院生にするにはやや実力不足かなとは思った。しかしヒカルがまだ囲碁を始めて半年と聞き、そんなに急成長したのなら、もっと伸びるかも知れないと判断。合格させた。それでヒカルは1月から院生になることになった。
 

院生になったヒカルは最初の月はF組で負け続けた。結構勝てそうな気がするのに僅差で負けてしまうのである。
 
一方プロ二段のミナコもここの所少し負けが込んでいて「どうしたの?」と周囲から言われていた。彼女の実力ならすぐに四段くらいまで昇段していくと思われていたのに、足踏みしていたのである。
 
そんなある日、偶然棋院にやってきたミナコを緒方九段が「ちょっと見てごらんよ」と言って、院生対局室に連れてきた。ミナコがヒカルに気付く。その視線でヒカルもミナコに気付くが、ミナコはぷいと振り向くとさっさと対局室を出て行った。
 
「彼が院生になったこと知らなかったろう。君を追いかけて来たんだぜ」
と緒方が言うとミナコは怒ったように言った。
 
「彼程度の力で私を追いかけるですって?だったら私は彼が追いつけないほど遠い所へ行ってやります」
 
それでミナコは気合いを入れ直したように連勝を続ける。そしてミナコの姿を見たヒカルも「オレがいるかどうか見に来たんだ!」と言い、今まで慎重になりすぎていたことを認識。思い切って踏み込んでいく気持ちを持つことで、これまでひたすら負けていたのが、逆に連勝を重ねるようになった。
 
ヒカルはそれで4月にはE組に昇格。実はF組のまま3ヶ月上に上がれなかったら退所になる所だったのでギリギリであった。そしてミナコも三段に昇段していた。
 
ヒカルはそのまま5月にはD組、6月にはC組になり、7月にはB組まで上がった。このまま来月A組まで上がれば予選無しでプロ試験の本戦にそのまま出られる。
 
しかしヒカルは7月最後の対局でB組3位の奈瀬明日美に負けてA組には昇格できなかった。
 
それでもB組10名は外来の受験者(の外来予選通過者)4名とあわせて14人で合同予選を行い、上位6人に入れば本戦に出られる。ヒカルは気を取り直して「予選頑張るぞ!」と誓うのであった。
 
第1部はここまでである。
 

最後の会話。
 
「女子の場合は、女子特別枠で受験することもできるんだけどね。君が女子なら予選無しで、そのまま女子特別枠の本戦に出られるんだけど。君って女子ではないよね?」
と篠田院生師範は訊いた。
 
ちなみに女子特別枠でプロになった場合、三段までは給料が半額である。四段に昇段したら一般枠でプロになった人と同額になる。
 
「ボクたぶん男子だと思うので女子特別枠には出られません」
とヒカルが言ったのに対して、奈瀬明日美が
 
「それ最初から疑惑を感じているんだけど」
と言っていた。
 
「奈瀬は女子特別枠で受けるの?」
「ううん。今年は一般枠で受ける。やはり強い人たちの中で真剣勝負したいじゃん」
と彼女は言っていた。
 
本選では彼女よりずっと強いA組の猛者10人も出場する。その中で上位3人に入らないとプロにはなれない。ヒカルは武者震いをしていた。
 

「その明日美を葉月ちゃんが演じるんだ?」
「そうなんですよ。大役を頂いてびっくりしました!」
「いや、葉月ちゃん演技うまいもん。そのくらい大きな役をもらっていいと思う」
 
●主な配役
進藤ヒカル・橘中ミナコ アクア(二役)
藤原佐為 城崎綾香
緒方精次 大林亮平
白川道夫 倉橋礼次郎
桑原仁 藤原中臣
和谷義高  松田理史
越智康介  斎藤良実(新人)
福井雄太  鈴本信彦
伊角慎一郎 計山卓(新人)
奈瀬明日美 今井葉月
藤崎あかり 元原マミ
 
「ちなみに今年は私が奈瀬明日美役で打つ所の手はアクアさんが代替して下さるんです」
「ほほぉ!」
 
 
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【夏の日の想い出・モラトリウム】(1)