【夏の日の想い出・モラトリウム】(2)

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そして7月28日(日) 17:50.
 
私たちは苗場のGステージに立った。
 
実質的にマリの復帰ライブである。会場からは「マリちゃん、待ってたよ!」という声が多数掛かり、マリも手を振っていた。
 
「みんな1年間のお休みごめんねー。モラトリウムしといてもらったから、次また赤ちゃん産むまでアルバム作りもライブも頑張るからねー」
などと言っている。
 
間氷期ならぬ間産期??
 
まだ産むつもりなのか?まさかまた私の精液勝手に使ったりしないよな?
 
マリの人気もさすがに赤ちゃんを産んでママになったことで、かなり落ちるのではと思っていたのだが、それほど落ちていないようである。日々事務所宛に送られてくるファンからのプレゼントも、減るどころか増えている。あやめが産まれた前後には、ベビー用品が大量に送られてきたので、ベビー服を買いにいく必要がほぼ無かった。
 
女性アーティストの多くは結婚すると男性ファンが離れるのだが、ひょっとすると出産だけなら、あまり離れないのかもという気がした。
 
要するに結婚すると「誰かの物」になってしまうが、シングルマザーであれば、「誰の物でもない」ので、大きな問題は無いのかも知れない!?
 
今はどうなっているか知らないが、雨宮先生の話によると、以前はアメリカの士官学校で、女子士官候補生たちは、結婚すると退学になるものの、出産しても退学処分の対象ではなかったらしい。それは結婚は永続的な状態だが、出産は一時的な現象だからという話で!??
 

ちなみにマリは「モラトリウム」と発音するんだなと思った。実は先日和泉は「モラトリアム」と発音していた。
 
moratoriumという単語は英語式に発音すると「モラトリアム」(正確には“モラトーリアム”くらいの感じ)だが、元々はラテン語でなので、ラテン語式に発音すると「モラトリウム」である。
 
ユーフォニウムかユーフォニアムか、サナトリウムかサナトリアムか、みたいな論争もあるが、マリはどうも原語尊重派のようである。中国の首都「北京」も和泉は「ペキン」と発音するがマリは「ペイチン」と発音する。ロシアの首都も和泉は「モスクワ」と言い、マリは「マスクヴァ」と言う。アメリカの南にある国の名前もマリは「メヒコ」と発音する。和泉は通用重視派のようだ。
 
"Tarot"も和泉は「タロット」、マリは「タロー」と発音する・・・ことが多い。(マリも「タロット」と言うこともあるが、発音しながら微妙に不快な表情をする)
 
もっともルーマニアの首都は和泉も「ブカレスト」ではなく「ブクレシュチ」と言うし、世界一高い山の名前はふたりとも「エベレスト」ではなく「チョモランマ」と言うし、旧ユーゴスラビア諸国の中の「ツルナゴーラ」のことはマリもイタリア語式に「モンテネグロ」と呼ぶので、和泉にしてもマリにしても徹底している訳ではないようである。イギリスのことは、ふたりとも「いわゆるイギリス」と言ったりするので各々この手のものの呼び方は悩んでいる気もする。
 
(「イギリス」は English を意味するポルトガル語 Ingres が訛ったのではとか、同じくオランダ語の Engels が訛ったのではなどと言われている。どっちみちイングランドのみを指すので「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」を指す言葉としては、本来は不適切である)
 

さて、私たちの出演時間は本来18:00からなのだが、10分前には始めてもいいですよと言われていたので『H教授』の演奏時間が長いこともあり17:50に始めさせてもらった。
 
私たちはステージ中央で手を振って歓声に応えた後、ステージの下手(しもて)側に寄る。そして上手(かみて)から今井葉月と桜野レイアが入ってくる。葉月は学生服で男装しており、レイアはセーラー服を着て女装?している。男装の葉月は久しぶりに見た気がした。
 
「はづきちゃん、学生服も可愛い!」
 
などと声が掛かり、手を振っている。6月に出た葉月の写真集“Leaf Moon”はこれまでに既に8万部売れており、今年の写真集売上げベスト10には確実に入りそうな情勢である。なおゴールデンウィークに撮影したアクアの写真集は来月上旬に発売される予定である。
 

2人に続いて、ヴァイオリンを持った七星・鷹野・宮本が入ってくる。そして七星さんの合図でヴァイオリンのBGMスタート!葉月とレイアがピアノを弾き始め、私とマリも同時に歌い始める。
 
『愛のデュエット』である。
 
葉月とレイアはピアノを16小節(Aメロ・Bメロ)連弾すると各々そばに置いているリコーダーを取ってサビを吹く。その後フルートを持って吹き(AB)、更にEWI1500を持って吹く。
 
つまりピアノ・リコーダーで演奏したメロディーを、フルート・ウィンドシンセで繰り返している。
 
ここで1小節のブリッジをはさんで2人はアルトサックスを持ち16小節(Cメロ・Aメロ)を吹く。更に1小節のブリッジをはさんでヴァイオリンを持つ。
 
ヴァイオリンでサビ8小節を演奏し、続いてチェロでサビのバリエーション8小節を弾く。ギターに持ち替えてAメロBメロを再現し、最後は2小節のブリッジの間にドラムスの所に移動し、ひとつのドラムスを2人で一緒に叩く。
 
終わった所で物凄い拍手があった。私は紹介する。
 
「ヴァイオリン、近藤七星、鷹野繁樹、宮本越雄」
 
「そして9つの楽器を連続して演奏してくれた人、今井葉月(はづき)!」
 
物凄い歓声と拍手がある。「はづきちゃーん!」「写真集買ったよ!」などといった声が掛かる。「お嫁さんになって!」などという声もある!
 
「そして桜野レイアでした!」
 
これにも「レイアちゃーん!」という声が多数掛かっていた。
 

今回演奏したのは、昨年『ブライダル・ウィンド』に収録したバージョン、つまりアクアFとMで演奏したバージョンの再現である。実は昨年秋のツアーで演奏したものより長い。カウントダウンでアクアとレイアが演奏したのもこのロングバージョンの方である。
 
何がどう違うのかというと。。。
 
この曲のオリジナル版は、ヒロシとフェイがよみうりランドで実演してくれたもので、ピアノ連弾(AB)/リコーダー(S)/フルート(AB)/クラリネット(S)/トロンボーン(A)/ヴァイオリン(S)/チェロ(S2)/ギター(AB)/ドラムス連打(Coda)と演奏している。
 
この時ヒロシとフェイは、よみうりランドのあちこちでこの楽器を演奏してくれてそれを収録している。
 
つまり・・・
 
ふたりは「リアルに演奏」しているが「リアルタイムに演奏」した訳ではない。場所の移動を伴っているので、各々の場所で収録したものをつなぎ合わせているのである。
 
これを4年ぶりに収録しようという時に、アクアFとMがスタジオで演奏してくれたのだが、練習している時に“アクアたち”が言った。
 
「これ各々の楽器を演奏するのも大変だけど、楽器の持ち替えが大変なんですよね」
「座る場所も2回移動しないといけないし」
「そうそう。ピアノの所、チェロやギターを演奏する椅子、そしてドラムスセット」
 
私は各々の楽器を演奏してもらって、それをつなぎ合わせるつもりだったので、「移動時間」というのは全く考えていなかった。しかしアクアに言われて、本当にリアルタイムで移動しながら演奏すると面白いかも知れないと思った。
 
それで練習してもらったら大きな問題が浮上した。
 
ネックストラップの着脱である。
 

ウィンドシンセは(クラリネットでも)重さ1kgほどなので、ネックストラップを使わずに手で持って吹くことも可能である。しかしアルトサックスは約3kgもあって手で持って演奏するのは厳しい。するとどうしてもネックストラップを付けておいて、それを首に通したり外したりする時間が必要になる。
 
自分でもやってみたのだが、四分休符(0.6秒)の間にこれをやるのはかなり難しい。これが元のトロンボーンならこういう問題は起きなかった。
 
そこでサックスの前後に1小節ずつのブリッジを入れることにしたのである。他にドラムスに移動する所にも2小節のブリッジを入れる。
 
元 Intro ABS ABS ASS AB Coda (100bars)
改 Intro ABS ABS -A-SS AB-Coda (104bars)
 
するとアルトサックスの演奏8小節の前後に余分な1小節が入ることでその部分が浮いてしまい不自然になった。そこでここを16小節に変更した。
 
改2 Intro ABS ABS -AB-SS AB-Coda (112bars)
 
ところがこうすると ABS というメロディー進行が3度も繰り返されることになり、しつこすぎる。そこで全く新たな“Cメロ”を作ることにしたのである。
 
改3 Intro ABS ABS -CA-SS AB-Coda (112bars)
 
このCメロについて私は上島先生に連絡を取り状況を説明した。すると先生はCメロの挿入に同意してくださったものの「僕は謹慎中だからそのCメロはケイちゃんが書いて。自由に編曲していいから」とおっしゃった。
 
しかしあの時期私は自信が無かったので実際にはその場に居た千里に書いてもらった。
 
千里はこういう場合オリジナルの曲の雰囲気そのままに自然に繋がるものを書くのが物凄くうまいのである(青葉もうまい。ふたりとも『波動を合わせる』んだと言う)。
 
それで“アクア版”『愛のデュエット』が完成した。
 
聞き慣れないCメロについては、元々の上島先生のオリジナル版にあったものをこれまではカットして演奏していたのだろうと思った人が多かったようである。
 

その直後の秋のツアーでは、この“アクア版”の通りにやろうとしたのだが、ひとりで9つの楽器を演奏できる人がいなかったので交替しながらの演奏になった。しかも充分なコンビネーション練習ができる状態では無かった。
 
そこであまりボロが出ないようにショートバージョンを作り、それで演奏したのである。
 
短縮版 Intro ABAB-S-ABSS-Coda (88bars)
 
それでこのツアー版ではCメロも使っていない。
 
なおこの秋のツアーの時はウィンドシンセではなくクラリネットを使用している。演奏した翼と心亜がクラリネットは吹けたもののウィンドシンセは経験が無いと言ったからである。
 
今回は葉月、レイアというひじょうに器用な演奏者が得られたこと、2人は2015年以来の知り合いで息の合ったプレイができることから、ロングバージョンの方で演奏することにした。
 
レイアはクラリネットもトロンボーンも行けますよと言ったが、葉月がその2つの楽器の経験が無いというので、楽器構成はアクア版に倣うことにした。葉月は昨年9月にアクアに『愛のデュエット』を演奏してもらうことになった時、一応自分の参加は不要とは言われたものの、万が一呼び出されて急遽代理を頼まれた場合に備えて、自費で!アルトサックス(Yamaha YAS280)とEWI1500を買って練習していたらしい。全くこの子は努力家である。
 
(葉月が住んでいるアパートには他に住人が居ないのでサックスを鳴らしても苦情は来ないらしい。葉月は可愛い女の子狐さんにサックス教えてもらったんですよ、と言っていたが、女の子狐って、同級生の子か何かのこと?そういうニックネームなのだろうか?)
 

カウントダウンでのアクアとレイアの演奏は「録画しておいた立体映像」という建前だったので、今回がオリジナル版に近いロングバージョン・生演奏の初披露となった。
 
私が演奏した葉月とレイアを紹介して拍手をもらう。
 
「葉月(はづき)ちゃん、学生服姿も格好いいけど、やはりセーラー服の方がいいな」
とマリが発言する。するとレイアが
「では次、彼女が出てくる所を注目しておいて下さい」
と発言した。
 
「どうなるんだろう?」
 
それで2人が退場した後、入れ替わりにスターキッズを含む伴奏者が入ってくる。スタッフがチェロなどを片付ける。その間に私はMCをしている。
 
「それでは次の曲。24日に発売したばかりのシングル『Atoll-愛の調べ』からタイトル曲『Atoll-愛の調べ』」
 
酒向さんのドラムスに合わせて美しいストリングの調べ、そして優しい木管楽器の音も響く。
 
CDに収録したのとは別バージョン、アコスティック版の『Atoll-愛の調べ』である。
 
バロックオルガンの代用として使用している山森さんが弾くエレクトーンSTAGEA以外は全てアコスティックな音で構成している。
 
太陽は既に山の陰に隠れている。ローズ+リリーのステージが終了する直前くらいに日没のはずである。その少しずつ光が弱くなっていく時間帯に柔らかい楽器の音が麻布先生のチームの音響により、4万人居る会場に染み渡っていく。観客も手拍子をせずに静かに聴いていてくれる。
 
私は歌いながら、あの美しいルカン礁の姿、そして八重干瀬で見た多数の珊瑚礁を思い起こしていた。
 

やがて終曲。とともに物凄い拍手があった。
 
「アコスティック・ギター、近藤嶺児。ヴァイオリン、鷹野繁樹。ヴィオラ、香月康宏。チェロ、宮本越雄。マリンバ、月丘晃靖。ドラムス、酒向芳知。エレクトーン、山森夏樹。ピアノ、近藤詩津紅。フルート、田中世梨奈。クラリネット、上野美津穂。そしてアルトサックス、近藤七星でした!」
 
私はこの曲は沖縄本島の近くにあるルカン礁という美しい環礁にインスパイアされて書いたものだということを言った。
 
「それでは続けて今度は宮古島北方に広がる八重干瀬と書いて《やびし》と読む広さ100平方キロという広大な珊瑚礁を見て書いた曲《秘密の大陸》」
 
『アトール愛の調べ』を演奏したのと基本的には同じメンツ・担当楽器でアコスティックな演奏をする。但しこの『秘密の大陸』ではトラベリング・ベルズの児玉実にトランペットを吹いてもらった。
 
トランペットは普段香月さんか酒向さんに吹いてもらっているのだが、生憎香月さんはヴィオラ、酒向さんはドラムスを演奏している。七星さんにヴィオラを弾いてもらって香月さんにトランペット、そしてサックスは青葉に、という“シフト演奏”も考えたのだが「流れが悪いし混乱するよ」と七星さんが言い、児玉さんの登場となった。レイアにトランペットを吹いてもらうのも考えたのだが、自分より上手くない人がソロを吹くのでは香月さんが楽しくないだろうと考え、トランペットの専門家である児玉さんにお願いすることにした。
 
児玉さんを紹介し、児玉さんは香月さんと握手してから下がった。
 

続いて『天使の歌声』を演奏する。この曲はフルートを2本入れることにしたので、青葉に吹いてもらった。青葉が使えない場合は風花に頼むつもりだった。
 
この曲ではエレクトーンを弾いている山森さんが合間に鳴らすスターチャイムの音も美しかった。
 
世梨奈・青葉・美津穂が下がり『言葉は要らない』を演奏する。それから『ガラスの階段』を演奏するが、『ガラスの階段』に使用する“女子高生のフルートソロ”は本当にセーラー服(衣装)を着た葉月に吹いてもらった。
 
「わあ、葉月(はづき)ちゃん、今度は性転換してセーラー服にしたのね。やはりこちらが可愛いよ」
と言って、マリは異様に喜んでいた。
 
観客は全員葉月を女子と思っているので、マリの発言に首を傾げる人もあった。
 

電気楽器に持ち帰る。
 
『H教授』を演奏する。
 
この曲は基本の5人(Gt.近藤 B.鷹野 KB.月丘 Dr.酒向 ASax.七星)だけで演奏する。
 
アコスティックな世界で30分ほど楽しんでもらったので、この後は電気楽器の音で盛り上がってもらうのだが、最初はこの演奏時間8:20の長いバラードである。手拍子無しでみんな静かに聴いてくれているようだ。
 
サマフェスは、聴いているのがファンだけではないので、この曲を知らない人も多いようで、興味深そうに歌詞に集中しながら聴いているふうの人も多かった。最後まで行くと安堵したような拍手があった。
 

KB.詩津紅,山森 Tp.香月 Tb.宮本 Fl.世梨奈 Cla.美津穂 といったメンツが加わり『青い豚の伝説』を演奏する。宮本さんのトロンボーン初披露である。
 
座って聴いていた人たちも立ち上がり、手拍子が始まる。会場が大きく盛り上がる。
 
更に『コーンフレークの花』を演奏する。
 
この曲は演奏者が多い。ヴァイオリンを葉月(セーラー服のまま)に弾いてもらい、アルトサックス三重奏を七星・青葉・桜野レイアに弾いてもらう。サンバホイッスルを風花に吹いてもらい、ダンサーとして小風・美空に出てもらった。
 
そして『苗場行進曲』に行く。
 
葉月とレイアが下がり、風帆叔母が出てくる。小風と美空は退場予定だったのだがそのままステージに残り行進するような仕草をしている。そこに多数の中学生女子が入って来て行進する。信濃町ガールズの子たちである。観客の中には彼女たちの個別の名前をコールしている人もあり、名前を呼ばれた子は嬉しそうな顔で声のした方へ手を振っていた。
 
演奏が終わった所に葉月(まだセーラー服のまま)が出てきて、私とマリにお玉を渡してくれた。
 
客席から「ピンザンティン!」と声が掛かる。
 
それでローズ+リリー・ライブのクライマックス定番となっているこの曲を演奏する。葉月は小風に「おいでおいで」と呼ばれて、美空とともに3人でダンスしている。するとレイアがお玉を4つ持ってステージに上がってきて(風花の指示だろう)結局4人でお玉を持ったまま踊ってくれた。
 
興奮のまま終局し、伴奏者が全員下がる。
 
私とマリの2人だけになり、私は電子ピアノの前に座り、マリと2人だけで『あの夏の日』を歌った。
 
手拍子がターンタタンというゆっくりしたリズムに変わる。
 
そして演奏終了とともに、大きな拍手があり、私たちは歓声に応えて大きくお辞儀をしてからステージを降りた。終了時刻は18:56くらい、ちょうど日没時間くらいであった。
 

その日は夜遅くまで(朝まで?)打ち上げがあったが、私も政子も早々に休ませてもらった。
 
翌7月29日(月)は政子とあやめは政子のお母さんにお任せして、私は秋風コスモスと一緒に小浜に移動した。
 
越後湯沢6:07-6:36高崎7:19-9:35金沢9:48-11:09敦賀
 
敦賀には千里(どの千里かは不明!)がランドクルーザー・プラドで迎えにきてくれた。この車は彼氏の細川さんの車のはずだが、借り出してきたのだろう。現地には既に若葉と若葉の顧問弁護士・樋森さんも来ている。
 
そしてこの日、Muse Theater, Muse Arena が、播磨工務店から若葉の会社・ムーラン・ホールディングに引き渡された。
 
工事は一週間前の7月20日までに終了しており、その後、消防署などの検査を経て引き渡しとなったものである。
 
なお、ここの土地はAI-Museが所有しているので、ムーランはAI-Museに借地料を払うことになっていたが、後述の理由により不要となった。電気はAI-Muse側の施設と一体で使用することにしていたのだが、そのあたりの事情も後述する。
 
なおここは普段は、小浜市内および近郊のスポーツ少年団、中学・高校などの運動部の練習場として無料!で使用できるようにすることが小浜市側との話し合いで決まっている。条件は各クラブの責任者が引率すること、スポーツ保険に入っていること、使用後ちゃんと床掃除などすることと、ゴミを持ち帰ることだけである。
 
「別に儲けるつもりも無いから無料でいいですよ」
 
と若葉は言ったのだが、市側は感謝して、色々お土産をくれたようである。私たちも若狭牛のステーキ肉をお裾分けしてもらって、マリが喜んで食べていた。
 
そういう訳でここにはバスの常設路線が出来てしまった!
 
なおトイレは7万人の観客を入れた時のために便器数2000の巨大なトイレ群が4階建て(*1)の“サイドストリート”部分に設置されているが、通常は100個分だけ開けておいて他は施錠しておくことにしている(集中制御室で出来る)。
 
(*1)体育館本体がバレーボールのために高さ14mで作ったので、それに合わせるとサイドストリートは4階建てになってしまった。バレーの公式戦をするにはこの高さ(本当は13mが基準だが若葉は余裕を持つべきと言って14mにした)が必要である。「コミュニティ体育館」という、地域の住民の軽運動のための体育館という趣旨の、緩い基準で作る場合は高さ7mでも構わない。しかしその高さでは、強いアタックを滑り込んでレシーブした時など、ボールが容易に天井にぶつかるだろう。
 
( 60km/hで真上に打上げられたボールが14mに到達する. 1/2 mv2= mgh ∴ v=√(2gh))
 
このサイドストリートにはイベントの時に出店が出せるスペースもたくさん用意している。まあスペースが余ったので、ついでに電気・水道の配線・配管をしただけである!(余分に2〜3億円掛かったと思うが)
 

そういう訳で、アリーナの天井は高さ14mあり、バレーボールの試合にも使用出来る。面積としてはサッカーのピッチが2面(無理すれば4面)取れる広さだが、床はフローリングなのでサッカーには適さない。また14mの天井は野球をするには低すぎるので、野球にも不適である(多くのドーム球場の屋根は50m以上である。軟式野球で使用されている小松市のこまつドームでも高さ40m)。むろん野球でもキャッチボール・投球練習、防御ネットを張っての打撃練習くらいには使えるし、サッカーでもシュートやパス練習くらいはできる(実際梅雨時や冬季に野球部やサッカー部の子たちが随分練習に来るようになったようである)。
 
ここのアリーナはおよそ200m×160mあるのだが、下記のように34個のコートに分けられている。
 

 
コートは、濃い色の福井県産栗(チェストナット)のフローリングのコートと淡い色のカナダ産楓(メープル)のフローリングのコートをコート単位で千鳥状になるように設定している。ハンドボール用のコートには福井県産の樺(バーチ)も使っている。どれも後のメンテナンスを考えて無垢材である(集成材では「表面をグラインダーで削って整える」ということができない)。
 
シアター側45m×23mの4コートはハンドボール・フットサル(40mx20m)のライン、
中央40m×23mの15コートはバスケット用(32m×19m)のライン、
駐車場側40m×23mの15コートはバレー用(34m×19m)のラインを引いている。
 
バレー用の1列は各々を4分割(20×11.5)してバドミントンのコート18m×10mの線も引いている。
 
つまり通常状態でハンドボール兼フットサル4面、バスケット15面、バレー15面取られていて、バレーの5個はバドミントン20個に転用出来る。
 
ただしタラフレックスを敷くと、全面をバスケット32個、またはバレー32個として使用することができる(各コートは40m×25m)。テニス用のカーペットを敷くと、テニスコートが全体で24面取ることもできる(取り敢えず8面分だけ用意した)。冬季は実際テニス部の予約も多かった。若狭では冬季はテニス部も練習ができず困っていたようである。
 
また卓球台は計算上416セット並べられるはずである(卓球は6m×8mの広さが必要)が、取り敢えず33セットだけ用意した(テニス用のカーペットも卓球台も希望があれば追加する)。
 
なお、タラフレックスやテニス用カーペットを敷いていない状態の場合、各コートをアクリル性の透明な壁(外枠はスティール製:防護ゴム付き)で仕切ることもできる。この壁はボールが他のコートまで転がっていくのを停めるバリアという目的が大きいのだが、ある程度の防音効果もある。ドアが付いているので出入りは自由である。壁を固定するレールは各コート区切り線の50cm内側にあるので、結果的に隣のコートとの間に幅1mの通路ができ、内側のコートにいる人も、その通路を通って外に行くことができる。
 
壁を透明にしたのは、不透明だと迷子になる人!が出たり、戻る時に自分のコートに辿り着けない人が出ることが予測されたからである。アクリルボードは充分丈夫ではあるが、ボールの勢いの強いスポーツをする場合は、ボードの前にネットを張ることも可能である。なお壁は2m×2mサイズのアクリルボードをつないで構成しているので破損しても修理代はそんなに高くない。
 
またライブをする時は余分な反響を防ぐため吸音性のカーペットを敷くことにしている。壁には最初から吸音効果もあるクッション材が貼られている。
 
なお、この体育館は遮音性は良いのだが、窓が結構あるし、グラスファイバーのチューブを使って外光を取り入れる仕組みもあるため、実は照明をつけなくても昼間は結構明るい。
 

アリーナに設定された34個のコートは実は15個の昇降ブロックに分けられていて、次のような仕様で上下させることができる。数字は低い方から打ったものである。
 

 
スロープ型はミューズ・シアターと連結して、あるいは1番の中央に仮設ステージを設置してライブをやる時の設定で、シアター側が低く、駐車場側が高くなっている。センターコート仕様は中央が低く、周囲が高くなる。
 
収容人員は、スロープ型の場合で5.6万席、センターコートの場合は(斜めに設置する所が出る関係で)4.2万席である。
 
なお床を昇降させた時に合わせた出入り口も、サイドストリートには設置されていて、各階から出入りすることになる。
 
なおセンサーにより、周囲に人がいることが検知されると昇降装置も移動観客席も自動停止して警報ブザーが鳴る。また床の高さが合っていない出入口は自動的にロックされて転落事故を防止する仕組みになっている。そんなの手動で施錠すればいいという意見もあったが、若葉は
 
「施錠し忘れる可能性があったら、絶対誰かが忘れる」
 
とマーフィー大尉のようなことを言って、お金は掛かるものの自動ロックするシステムにした。このあたりのプログラムは播磨工務店の青池さんが書いている。彼女(?)はLinuxのシステムの一部の開発にも貢献している天才プログラマらしい。
 
(青池さんの性別はよく分からない。女装していることが多いが男装していることもある。声は男女どちらの声にも聞こえる)
 
青池さんはBSD(LinuxのルーツであるUNIXのカリフォルニア大学バークレイ校版:Unixの産みの親であるKen Thompsonを中心に開発された)の初期開発にも参加したと言っていたが、さすがにジョークだろう。本当なら最低でも60歳前後のはずである。彼女(彼?)は30歳前後に見える。
 

Muse Arenaの天井面積は240m×180m=43200m2あり、ここに大手メーカーの太陽光パネルを約3万枚(システム容量7650kw)敷き詰めた。
 
これに掛かった費用はこれだけで40億円である。しかしこの太陽光パネルが生み出す電力は計算上 8,000,000kwh/年=20,000kwh/日 でMuse-3 DataCenter, Muse Theater/Muse Arena, Muse Townで消費する電気の3割程度をカバーできる。
 
実際はMuse-3本体が30,000kwh/日ほど消費している(だから発生する熱も凄まじい)。エアコンがMuse-3 DataCenter分だけで4000kwh/日程度である。
 
Muse Arenaの消費電力は普段は微々たるものだが、イベントが開催されるとモンスター級の消費になる。ローズ+リリーのカウントダウンをした時は一晩で空調・照明で1万kwhほど消費しているが(ホログラム計算でMuse-3が使用した電気も入れると1.5万kwh)、アクアのイベントは夏なので空調がもっと掛かりそうである。
 
(3万個も太陽光パネルを並べているのに、電力会社に買い取ってもらえるほど余らないのが、いかにMuse-3が電気を食うかというところである)
 
若葉はこのあたりのシミュレーションをして、ムーランとAI-Museの間での電気料金の負担割合について丸山アイに提案したのだが、万事アバウト思考のアイは
 
「じゃMuse-3から若葉ちゃんの施設に供給する電気代と賃貸料、そちらの太陽光パネルが生み出す電気で、相殺にして、お金のやりとりゼロにしない?」
 
と提案し、お金に充分な余裕のある若葉も
「まあ、それでいいか」
 
ということにして、電気代は賃料も含めて相殺ということにしたのである。
 
ちなみに千里の《小浜ラボ》は自前で設置した太陽光パネルでほぼ電気をまかなっているが、足りない時は若葉の太陽光システムやMuse-3側から供給してもらえるようになっている。
 

ミューズアリーナの消費電力を計算していた時に、
 
「ローズ+リリーのは天井が低かったから空調も少なくて済んだんですけどね」
と播磨工務店の人が言うのを聞いた若葉は
 
「だったら天井低くしようよ」
と言い出したらしい。3月頃のことである。
 
そこで導入されたのが“移動吊り天井”システムである。天井の高さを変更することで、空調を入れるべき空間を減らし、少ない電力で温度調整ができるようにする。バレーボールなどの大会や、ライブなどの時だけ天井を本来の14mの高さにし、普段は半分の7mにしておく。これだけで空調すべき空間は半分に減ることになり、当然電力消費も半減する。
 
体育館の床が二重構造になっており、各コート単位で昇降するのは実は上の床のみである。上の床を上げても下の床が残るので、ここで普通にプレイできる。
 
それで普段は上の床を7mの高さまで全部上げておいて、その下にだけ空調を入れる。すると空調代が節約出来る。もっとも、スポーツの練習にやってくる市内の中高生のクラブの多くは
 
「夏は暑いの当たり前だから空調はいいですよ。夏の暑さに耐えるのも練習」
 
というので、空調無しで運用することも多かった(実際には窓や換気口を開けて自然換気をするのでそれほど熱くはならない)。
 
冬は寒すぎるので軽く空調を入れるようにした(空調不要と言って練習を始めたバスケット部が「すみません。指がかじかんでまともにボールを持てないので、低い温度でいいので暖房お願いします」と言った)。なお、実は床暖房を入れる案もあったのだが、移動床との相性が悪く断念したらしい。
 
ちなみに床を7mあげた状態では上の床から本当の天井までも7mあるので、実は下のフロアと上のフロアの双方でプレイが出来る!つまりバスケットなら実は64面も取れる。
 
「まあこんな田舎ではさすがにそこまでの需要は無いだろうけどね」
とさすがの若葉も言った。
 
なお、コートとコートを仕切る透明アクリル性の防球壁は実はこの7mの高さで作られている。そのため、天井高14mのバレーボール仕様にした場合は、7m以上にあがったボールがオーバーフェンスする可能性もある。その時はボールを取りに行くのが大変である(ドアの所まで回る必要がある)。それでこの状態にしている時は、アクリルボードの無い“ネットのみ”の間仕切りを使ってもらうことにした。するとネットは簡単にめくれるので、ボールを取りに行くのが楽になるのである。
 
「スカートとネットはめくりやすいのがいい、と南田さんが言ってたよ」
「前者は痴漢行為では?」
 

私と千里とコスモスはこの体育館の全体の概要や基本的な操作の仕方についての説明を播磨工務店の南田社長と若葉から聞いたのだが、途中からは半ば唖然として聞いていた。
 
「若葉、ひとつ聞きたいんだけど」
「何だろう?」
「このシアターとアリーナの建設費は?」
「少し掛かったかなあ」
「少しというと?」
「4くらい」
「40億・・・じゃないよね?」
それでは太陽光パネルの代金程度にしかならない。
 
「400億くらいね」
 
それ、100億の単位で切り捨ててないか?と私は思った。
 
どうも本人もさすがにお金を掛けすぎたかなと反省しているようである。特に床が上下する仕組みなんて、完全に趣味に走っている。床材に半分は地元産の木材を使ったのでも価格を押し上げたはずだ。
 
なお、若葉が福島市に作った福島ムーランパークアリーナは50億円ほどでできたらしい。地下のトレーニングルームや合宿施設などまで作ったにしては安くあがっている。(そちらも3億円掛けて太陽光パネルを2000枚並べて1日平均1300kwhの発電をしており、体育館で必要な電力の4〜5倍の電気を生み出している。余った電気は東北電力に売却している)
 

「だから★★レコードの株いったん売っちゃった」
と若葉は言う。
 
「いいんじゃない?いくらで売れた?」
「120億円くらい」
「結構高値で売ったね!」
「それで気を良くして600円まで落ちた所でまた買い戻した。14億円くらいで」
「また儲けてるし!」
 
千里が笑っている。
 
「まあお金が余っているからといって高級外車乗り回したり銀座で豪遊したりラスベガスで遊んだりする社長よりはずいぶんマシだと思うよ。小浜市長さん、すごく喜んでいたみたいだし」
 
それ千里の師匠である雨宮先生を揶揄してないか?
 
「私男嫌いだからホスト遊びする趣味も無いし、車は実用性重視だし、ギャンブルも嫌いだし」
と若葉は言っている。若葉の愛車はRX-8である。但し頻繁に免停をくらっている!
 
「ああ。この半年で地元に落とした税金も凄かったろうね」
「お店の売上げも凄かったみたいだよ」
 

Muse Townの、作業員を泊めていたアパートは取り敢えず半分くらい残すことになった。
 
今回のアクアのイベントでも、遠方から来た人は前泊・後泊したい人が結構いるようだということになり、宿泊を募集したら、かなりの応募があったのである。
 
それで小浜市側と話し合い、取り敢えず下記で一部を吸収することにした。
 
・若葉の旅館《藍小浜》で750名(後述)
・千里の体育館《小浜ラボ》に簡易ベッドを並べて1400名。
・小浜市内の旅館・民宿・ホテルで4000名。
・近隣の若狭町・美浜町・おおい町・高浜町の旅館・民宿で5000名(*1)。
・小浜市内の体育館で3000名。
・Muse Townの住宅400室で1200名。
・Muse Arenaに簡易ベッドを並べて12000人!
 
(*1)若狭町の場合、大きな旅館は無いものの5-10室程度の小さな民宿が78軒もあって全部で541室にも及び、だいたい2000人ほどを収容できる。
 

Muse Arenaは当然床を7mまであげて、上下とも使う。実際には上のフロアは女性専用(男子禁制)、下のフロアは男性専用とした。
 
Muse Townについては1Kの6畳の部屋に3人単位で詰め込むことにした。むろん部屋は全てクリーニング・消毒し、寝具も全部洗濯している。損傷の酷い部屋や、タバコの臭いがきつい部屋は、解体予定だったアパートのあまり傷んでいないユニットと交換!する。
 
実際にはボルトを外してクレーンで釣り上げて、機械の部品交換のような要領で交換することができる。そういう訳で、播磨工務店では、800室にランキングを付けて状態の良い方から100室ほどを“風光台”(後述)に移設、400室をここに残して、痛んでいる300室を解体したようである。
 
周辺の宿の手配と移動用のバスの手配は、ローズ+リリーのカウントダウンを経験している★★クリエイティブのスタッフがプロジェクトに参加して、小浜市経由以外でも、敦賀市・舞鶴市などの宿も含めて、しっかり手配した。例によって相部屋になるので、性別を、男/女/MTF,MTX,etc/ FTM,FTX,etc の4つに分類させてもらった。性別は基本的に自己申告だが、あまりに違和感のある人には移動してもらうこともあると事前に告知している。
 
「まあ、コンチータ・ヴルストみたいな人が来たら、本人が男だと主張してもMTF部屋に放り込まれると思う」
「いや、マジでコンチータ・ヴルスト本人が来たら特別室でいい」
 
「ところで私、コンチータ・ヴルストとレディ・ビアードがごっちゃになる」
「ああ、混同している人は、結構ままある」
「レディ・ビアードは普通に男部屋に放り込まれる気がする」
「するする」
 
「佐藤かよさんとかは女部屋でいいよね?」
「全く問題無い」
「基本的に女湯に入れる人は女部屋でよい」
 
「アクアとか西湖ちゃんはどうなると思う?」
「何の問題も無くふたりとも女部屋に放り込まれる」
 
「だろうね!」
 

しかしこれで合計27000人も吸収することができ、かなりマシになったのである。ちなみにこの日は大阪や京都などでも宿が取りにくかったらしい。
 
毎年ローズ+リリーのカウントダウンの宿泊手配をしている旅行代理店では、福井県内の温泉(芦原温泉など)と柴政ワールドのセット券、更には石川県内の温泉(山代温泉・山中温泉)と金沢方面の観光、また山陰方面の温泉と観光、などのセット券も設定したようである。旅行代理店にとっても特需となったが、TKRや§§ミュージックが受け取るバックマージンも物凄い。
 

若葉がせっかく作った《藍小浜》だが、大規模な工事が目の前で行われていて、逞しい男達が大量に行き来している状況では、とても旅館など営業出来ず、しばらく休業かな?と言っていたところで、小浜市側から、1年前に倒産した旅館があるのだが、使わないか?とお誘いがあった。担保権がややこしいことになっていたのだが、若葉はポンとお金を出して権利関係をクリアにして買い取ってしまった(ヤクザが絡んできたが、播磨工務店の社長が行くとおとなしくなった)。そして業者を入れてクリーニングさせ、取り敢えず《藍小浜》湾岸店ということにして、ここで工事期間中営業をしたのである。従業員も全員そちらに移動である。実を言うと《藍小浜》の従業員の中にここで働いていたという人が20人もいた。彼女たちは「懐かしい!」と言って喜んでいた。なお、Muse-3で出る熱い水はトラックで運んできて浴場に使用した。
 
その一方で若葉はMuse Townの一角に新しい旅館の建物を建て始めた。それが8月中旬くらいまでには完成する見込みで、ここを《藍小浜》の新本店にする。
 
「だって、巨大なアリーナが建ってしまって、元の場所はあまりにも眺望が悪い」
 
従業員は3割ほどを湾岸店に残して、残りを新本店に移す方向で、従業員代表と話し合っているそうである。
 

新本店はMuse Townの谷側の端、つまりMuse Parkを見下ろす位置に建てたのでけっこう眺めが良い(太陽光パネルは南側、つまり谷側を向いているので、こちらは眩しくない)。また後方のMuse Townのアパート群が撤去されたら、その跡は広大な公園になる予定なので、わりといい環境になるかも知れない。
 
そういう訳で、この新本店と湾岸店とで、あわせて700名の収容能力があるのである(湾岸店が64室で400人程度収容可能。新本店は55室で300人収容可能だが、普段は人を泊めないパーティー用ホールにもベッドを入れて350人収容する)。
 
ちなみにほぼ同様の理由で千里の体育館もMuse Town側に移設になってしまい、千里がぶつぶつ言っていた。こちらは元の体育館を、若葉が千里から3億円=ほぼ建設費で買い取って、Muse Arenaの移動観覧席や用具などの置き場!にさせてもらい(移動観覧席は“折りたたんで”収納可能)、代わりに《藍小浜》の隣に前のよりひとまわり広い体育館を建設した。こちらは“やや”本格的な建築で年末くらいに完成予定である。
 
一方、千里は若葉から“初代藍小浜”を1億円(お詫び代を引いた出精価格)で若葉から買い取り、体育館の隣に解体移築して、体育館付属合宿所!にしてしまった。それで結果的にこの“2代目小浜ラボ”で1400名も収容出来ることになった(体育館のフロアに1200名、合宿所で200名)。初代藍小浜は元々がパーツをボルトで締めたりして作られているので解体移築もわりと簡単だったようである。
 
「でもその体育館、実際問題として何に使うの?」
と私が訊くと
「本拠地にする場所を探している女子バスケットチームがあるんだよ。実は今まだ外国にいるんだけどね」
などと言っていた。
 
その言い方から私は政治的な理由で亡命に近い形で来日するのでは?という気がした。
 
「ただ今の所対戦相手がいなくてね」
「日本のチームでは相手にならない?」
「WNBA並みの実力があるから」
「それは凄い」
「でも男子のチームにはさすがにかなわない」
「それは厳しいだろうね」
「男の娘チームの誘致も狙っているんだけどね」
「へー!」
 

なお、これらの建設作業に従事する作業員は、市内・近郊からの通いの人でまかなっている。Muse Theater / Muse Arena の建設に携わった人たちは、名古屋方面の季節工に行ったり、金沢から敦賀までの延伸工事が進む新幹線の工事現場などに移動したようである。
 
ただ、まだしばらく関連開発(Muse Town跡地の整備など)があるので、今回の建設に携わった人で遠方から来た人の中で、これを機会に若狭に定住してもいいかなという人たち(30-40代の人が多い。他に20代の人で、実はここで恋人ができてしまった人も多数居た)をムーラン建設(という会社を作った!)で雇い、地元の工務店さんの中でも資金力のある所に出向という形で使ってもらうことにした。
 
実は小浜市長が
「あそこも温泉ならもっといいのですが」
 
と言ったので、若葉が
「掘ってみましょうか?」
 
と言い、試掘してみることにしたのである。千里は
「冷泉が出ると思う」
 
と言った。すると若葉は
「その冷泉をMuseの熱で暖めればいいね」
 
と言った。
 
そういう訳でここには2〜3年後、温泉ができる可能性がある(現在は水道水を使用したただのスパ)。そうなると更にまた開発が進む可能性もある。
 

ムーラン建設で雇った人たちの住まいを確保するため、若葉は市内の別地区に住宅用地として10haを12億円(平米単価12,000円)で購入した。実は最初、隣接の若狭町に安い土地があったので、そこを買おうとしていたら、それを知った小浜市長が直接若葉に電話して来て、市有地を売るので買わないか?と言ったので買った!のである。
 
「いくらくらいなんですか?」
「そちらで進められている9ha 12億円より少しだけお得な10ha 12億円でどうでしょう?」
 
「あ、安いですね。それで」
 
という会話で商談がまとまってしまった!
 
この土地は後に公募によって“風光台”という名前が付けられ、正式の住所にもなってしまうのだが、ここの建設はこのような手順で進められた。
 
2019.04 土地の購入。開発の認可を取る。
2019.05-06 樹木伐採・基礎工事
2019.06-08 第1号棟(64世帯分)竣工。
2019.08 Muse Townのユニット住宅の一部をここに移設。
 
2019.08-09 2,3号棟用の樹木伐採と基礎工事 10-12 2,3号棟の建設工事
2019.10-11 4,5号棟用の樹木伐採と基礎工事 01-03 4,5号棟の建設工事
 
つまりMuse Townのユニット住宅の内、風光台の建築に従事する人たちの分をこちらに移転し、取り敢えずそこに住んでもらって、建築を進め、出来上がったらアパートに入居してもらうという方法を採ったのである。用が済んだユニット住宅は随時解体していく。
 
伐採した樹木もアパートの内装材として利用しているが、解体したユニット住宅でも再利用できるパーツや素材は再利用している。
 

しかし基礎工事2ヶ月はいいとして、8階建てのアパートを3ヶ月で建てるのは物凄い短い工期だが、若葉が大好きなPC(工場生産のコンクリート板)を利用した建築である。
 
普通のRC(鉄筋コンクリート)工法では、だいたい階数×1ヶ月+3ヶ月かかるといわれる。これはコンクリートを現場で型枠に流し込み、固まるのを待ってからその上の型枠を伸ばしていく必要があるからである。しかしPC工法では予め工場でたくさんコンクリート板を造っておき、現場では組み立てるだけである。つまり1階〜8階を同時進行で作れるのである。それでマンションなどの建設を1階3〜4日という短時間で進めることができる。しかも環境の良い工場内でコンクリートが固まるので、天候による品質の差が出にくいし、充分な圧力を掛けて丈夫なコンクリートにすることができる。最近のタワーマンションなどはだいたいこの工法である。
 
しかもこの工法は現場での作業が少ないので騒音や粉塵も少なくて済む。また型枠に使用した材木を棄てなくても済む(鋼製の枠を何度も使用する)ので、廃棄物が4割減ると言われる。つまり期間も劇的に短縮されるし、エコでもあるが、大型クレーンが必要など、大がかりな工事となり、結果的にコストが高くなるケースもある。そのため小規模な開発では、必ずしも採用されていない。若葉の場合は、お金が掛かるのは全然問題無いので、速くできた方がいいということでPC工法の採用となった。
 
(播磨工務店の人たちが物凄く要領がいいので、工費は実際にはかなり安くなったようである)
 
Muse Theater / Muse Arena の建設はだいたい7月くらいまでに終了しており、その後はMuse Town側の整備に入っている。その余ったマンパワーを使って、この社員用アパートの2号棟以降の建設作業を進め、8〜9月に基礎工事、10-12月に2号棟・3号棟の建設が完了した。
 
Muse Townは8月から解体・整備を始めたが、最初に自分たちが(暫定的に)住む分のユニットを“風光台”に移築し、そこに引っ越してから、元々の市内在住の作業員さんたちと一緒にその後の作業を進めた。
 

ムーラン建設で雇用したのは、3分の2程度が単身男性、3割が夫婦もの(結婚したので定住することにした人たちが多い)、5%程度が女性、更に5%程度が性別の曖昧な人である。
 
実は性別の曖昧な人たちは、なかなか仕事が得にくいので、そういうことを全く気にしないで曖昧なまま扱ってくれるこの会社に惚れ込んだのである。そのため性別の曖昧な人の残留率は高かった。
 
「気にしなくていいよ。俺も実は女だから」
と播磨工務店の社長が言ったら、大量に固まってしまった社員が居たという。
 
「あれ?今の冗談なんだけど、みんなまさか信じた?」
と南田社長が言うと
「冗談は顔だけにしとけ」
と社長秘書の前橋さんが社長に蹴りを入れていた。
 
その人たちも含めてムーラン建設の社員100名ほどがこの新アパートに入ることになったが、様々な理由や事情で、市内の一般のアパートなどに住むのを選択した人たちもいる。若葉は、建設に協力してくれた工務店を通して、地元の不動産業者に、彼らのためのアパートなどを斡旋してもらった。
 
さて、ムーランが、社員寮として使うのに8階建てマンション(若葉としてはアパートのつもり:若葉の感覚では“マンション”というのは40-50階建てで部屋も“最低”4LDK2Sくらいはあるものを言う)を建てていて、空いている部屋には一般の人も入れる(はいれる)らしい。しかも家賃が物凄く安いらしい、という噂が広がると、入居したいという照会が大量に入り始める。
 
また、藍小浜の従業員さん、また他にMuse-3 DataCenterで仕事をしている人で、ここのアパートに入りたいという希望もあった。
 
そこで若葉は1号棟の空室および2号棟には藍小浜・MDC3で働く人を優先的に入れることにし、特に2号棟の1〜4階は女性専用で男子禁制とした(1〜4階に通じるエレベータはIDカードを持っている人しか利用できない)。
 
また一般の人を対象に年末に抽選をして2,3号棟の空室入居者を決めることも発表した。また一般の人の家賃は悪いがムーラン建設・藍小浜・MDC3のスタッフの倍にさせてもらうと述べた。倍にしても公団住宅並みの安さなのである。また若葉は、まだ入居希望者がいるならということで4,5号棟の建設も決めた。
 
(この土地には最大14棟のアパートを建てられる:最終的には12棟建てることになった)
 
若葉は儲けるつもりがそもそも無く、余って困っている!お金を使いたいだけなので、家賃も維持費をまかなえる程度に設定した。若葉がこのアパート群に設置した部屋は2DK, 3LDKといったファミリー層向けの部屋が多く、しかも全戸分の駐車場付きである(アパートに隣接して自走式の駐車場棟を建てている。駐車場代は入居者は月五千円)。駐車場付きにしたのは、生活するのに車が必需品である田舎の事情に合わせている。それで安いので、入居希望者がたくさん集まったのである。
 
また若葉はやり方がうまく、このプロジェクトに地元の中堅不動産屋さんに「私、不動産のことよく分からないので」と言って参加してもらったので、地元の産業界の反発も少なかった。ムーラン建設で雇った人たちの住宅を地元の複数の不動産会社に紹介してもらったついでに、その不動産会社に、こちらのプロジェクトに参加してもらったのである。実際その中のいちばんの大手の所がこの住宅受付の窓口も務めてくれた。一般向けの家賃を社員の倍にした方がいいと言ったのもこの不動産会社の社長さんである(その家賃にすることで同業者の反発を抑えることができる)。
 
そういうわけで、ここにちょっとした町が出現したのだが、名称を公募したら風光台という名前が付いた。ここにはすぐに隣接して地元資本のスーパーの支店がオープンし、保育所や小学校も建設されて、便利な土地になっていく。
 
更に若葉は建設的な開発が一段落した後のムーラン社員の仕事を確保するため国内の大手電機メーカー(元々の人脈でその手の知り合いは多い)にも資本参加してもらって市内に大型のIC工場を1000億円(この費用の大半がリソグラフィ装置の値段)掛けて建設することにした。
 
そしてこのような不動産・建設業・更にこのIC工場からあがってくる利潤は凄まじいものになって「お金が余って困っている」と言っていたのに、どんどん彼女の資産は増えていくのである。
 
しかし電力事情の良い所にスーパーコンピュータを設置しようという話がここまで大規模な開発に進展し、結果的に若葉の人生も変えることになるとは2018年の段階では、思いもよらなかった。
 

ところで娘のイリヤさんからお金を借りて、★★ホールディング株の相場に参戦していた2A17さん(ひまわり女子高校2年A組17番・森野眠美)だが、
 
美事に失敗した!
 
いちばん高くなっていた時期には「ライオンペアズのTOB」とか、別の国内ファンドが株を買い集めているらしいという噂を信じて売らずに持っていて、1000円近くまで落ちた段階で「やばいかも」と思って売ってしまったのである。
 
結果的に500万円近い損失を出して、イリヤさんの奴隷決定である!
 
(今回はプロでも失敗して青くなった人が多かったらしい。若葉や千里が100億円規模の利益を出したのは例外的である)
 
「まあ定年退職までは、奴隷の身では学校に差し障りがあるかも知れないから、取り敢えずモラトリウムにしておくけど、定年になったら(2021年春)覚悟してね」
 
と娘さんから言われて、2A17さんは、期待の目でワクワクしていたそうである!
 
(きっと奴隷になりたいのだろう)
 
ちなみに株主総会には、しっかり女装で!参加して(娘さんから自分の近くには寄るなと言われていたとか)、役員人事では鈴木案に賛成、TKR合併には反対を投票したということであった。
 

「でも可愛かったですよ」
と青葉は言っていた。
 
「株主総会で会ったの?」
「偶然遭遇したんですよ。ジル・スチュアートのカジュアル着てました。あの人若い子が着るような服を好んで着るけど、見た目が若いから似合うんですよね」
 
「へー」
 
60近い男性が、20代女子向けの服を着て、それで似合うというのは凄いと私は思った。たぶん体型もかなり虐めて、女性的体型をキープしているのだろう。
 
「セーラー服もたくさん所有しているけど、それ着て外出するのは禁止ってイリヤさんから言われているらしいです」
 
「学校の先生なのにセーラー服はさすがにやばいよ」
「女生徒たちには割と人気らしいですよ。乙女心が理解できるから」
 
「ああ。でも青葉、前から知り合いだったっんだっけ?」
「お仕事関係で知り合ったんです」
 
と青葉が言ったので、何か霊的な相談でもしたことがあるのかな?と私は思った。
 
「あの人、出張する時とか普通に女装で飛行機に乗ったりしているし、先生たちの研修会とかにも、普通に女装で、女性教師のふりして参加しているんですよ。だから女装に全く違和感が無いですよ」
 
「へー」
「もっとも女子トイレで通報されたことは数回あるらしいですが」
「あははは」
「自分は性同一性障害だと主張して、一度は友人にも証言してもらって警察沙汰にはならなくて済んだらしいです」
「学校の先生だと、痴漢と思われたら人生終わっちゃうから大変だよね」
 
「もっとも“性同一性障害”と言っても理解してもらえず、いわゆる“オカマ”ですと言ったら、分かってもらえたことの方が多いそうです」
「まあ世間はそんなものだろうね」
「運転免許証の写真に女装で写っているから、それで認めてもらって解放されたこともあるそうです」
 
「ああ、それは女装が日常であることを証明する大きな手段かもね」
 
「でもあの人、実際には男子トイレで文句言われたことの方が多いそうですよ」
「だったらトイレ入るのに困るよね!?」
 
「男性用の背広スーツ着てても、けっこう女に見えちゃうんですよ」
「だったら女子トイレ使う方が問題無い気がする」
 
「見た目は完璧に女性に見えるのに、変におどおどするから、不審がられるんですよね。もっと女装に自信持てばいいのに」
 
「いや、そういう人は多いと思うよ。女装外出はよくするけど、それで知人に会うのは怖いという人もいるよね」
 
 
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【夏の日の想い出・モラトリウム】(2)