【夏の日の想い出・混乱と暴走】(2)

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その日マンションの掃除に来ていた田代幸恵は宅配便屋さんが来たので荷物を受け取ったものの、送り状を見て困惑した。洋服屋さんからの荷物なのだが、どうも龍虎が買ったもののようである。龍虎が自分で買ったのだろうが、龍虎が服を買うこと自体が珍しい。ファンからの贈り物が大量に来るので、それで充分まかなえている、ただしファンが送ってくるのは100%女の子の服である。しかし龍虎は女の子の服を着るのが好きなのでそれをそのまま着ている。もっとも龍虎はこの春、男物の下着を若干買ったようである。何でもこれまで使っていた下着が引越の際に行方不明になったということだった。
 
この日は芸能関係の仕事が無かったので龍虎は16時過ぎに帰宅した。
「お母ちゃん、ただいま。来てたんだ?」
「お帰り。お掃除しようと思ってね」
「ありがとう!」
「荷物来てたから受け取っておいたよ」
「わっ、それもありがと」
「お洋服、頼んだの?」
「学校の制服〜」
と言って、箱から取り出してみせる。C学園の女子制服である。ブレザーとスカートのセットだ。
 
「あら、夏服じゃなくて冬服頼んだの?」
「そうそう。洗い替えにと思って」
「洗い替えが2着も必要なの?」
「うん。忙しい時、すぐクリーニングできなかったりするかも知れないし」
「まあいいけどね」
 
と母は言った。細かいことあまり気にしないのが、お母ちゃんのいい所だよなぁと思いつつ、龍虎は冷や汗を掻いていた。
 

ゴールデンウィーク前の4月23-28日、AYAの、ゆみは新しい曲の音源製作に臨んでいた。これまでのAYAのシングルはだいたい2日くらいで音源製作するのが常だったのだが、今回制作の陣頭指揮を執ってくれた三宅先生が、ゆみの歌い方にかなり注文を付けた。
 
今回のCD制作そのものが、実は普段のルートではなく、★★レコードの加藤次長から提起されたものだったらしい。ゆみとしても、あれ?前回のCD制作からあまり時間が経ってないのにと思った。
 
ここの所、AYAは年に2回くらいの制作になっていた。
 
加藤さんはAYAの立ち上げに関わった一人である。
 
AYAの最初のCDの企画は、★★レコードの松前社長・加藤課長(いづれも当時)、雨宮先生をはじめアキ北原、新島鈴世、醍醐春海、毛利五郎、といったいわゆる雨宮グループ、それにH出版の辛島社長とで作られたものである。その時点では、まだ上島先生も$$アーツも関わっていない。
 

加藤次長は4月上旬にゆみを呼び出してこう切り出した。
「AYAの営業成績がずっと低迷している」
 
それを聞いた時、これは★★レコードとの契約解除、あるいはTKRへの移行の打診かと思った。昨年1月にTKRが設立されて以来、★★レコードのアーティストで売れ行きのあまりよくないアーティストが数十組TKRのブランド Vert Recordに移管されている。TKRはアクアをメインとするMarine Record, ステラジオをメインとする Broad Record, そしてその他大勢の Vert Record という3つのブランドを持っている。Vert Recordは基本的に委託契約扱いである。自由はあるし、実は歌手印税の率が高くて歌手本人に有利なのだが、あまり宣伝もしてもらえない。
 
ゆみは最近毎回5〜6万枚は売っていたので、安全圏かと思っていたのだが、年齢が高いのでリストラの対象になったか?とも思った。
 
しかし加藤次長の次の言葉は思いがけないものであった。
 
「しかしAYAはそのまま落ちていくアーティストではないと思うんだよ。だからテコ入れをしたい」
 
「テコ入れですか?」
「上島君って、実際の音源制作の時、ほとんど顔出さないでしょ?」
「お忙しいので仕方ないと思います」
「それで結局スタジオ技術者と、レコード会社の担当とで制作しているよね」
「そうですね」
 
「今回、ワンティスの三宅君が、自分がぜひ直々に指導したいと張り切っているから」
「わっ!」
「上島君も、三宅君がやるなら是非と言っていた」
 
「分かりました!」
 
三宅先生って・・・・怖そう!とゆみは思った。
 

しかし実際に音源制作が始まってみると、三宅先生は結構優しかった。恋愛経験の少ないゆみは、その美男子でしかも優しい先生の雰囲気に、ちょっと憧れの気持ちを抱いてしまったのだが、初日の昼頃、その視線に気付いた三宅先生から言われた。
 
「念のため言っておくけど、俺は既婚だから」
「あ、そうだったんですか!全然知りませんでした」
「実は高岡が死んで、ワンティスが一時活動停止になった頃に結婚したんだよ。籍は入れてないけどね」
「へー。どうして入れなかったんですか?」
「相手が、俺に『結婚式無し・指輪無し・同居無し・入籍無し・お互い浮気自由』というのを結婚の条件にしたから」
「それで結婚になるんですか!?」
「俺はそれでもいいと言った。それで結婚したんだよ。最終的には式だけは挙げたけどね」
 
「へー。でもちょっとロマンティックかも。お互いの夫婦であるという意識だけで関係を維持しているんですね」
「うん。それと毎年、結婚記念日の前後にお互いの予定を空けて一緒に旅行に行っている」
「素敵かも」
 
「ゆみちゃんには見せてあげよう」
と言って、三宅先生は首から掛けているロケットのふたを開けて、中の写真を見せてくれた。
 
「・・・・」
「どうかした?」
「この三宅先生の奥さん、ちょっと雨宮先生に似てますね」
「うん。俺の女房は雨宮三森なんだよ」
 
「え!?だったら、もしかして雨宮先生って性転換なさっているんですか?」
「いや、あいつは女になるつもりなんて無いと思うよ。おっぱいは大きくしているし、タマタマは取っちゃったけどね」
「だったら、もしかして男の方同士の夫婦?いえ、別に私はそういうのには偏見持ってないつもりですが」
 
「ちょっと違う。俺が女だから」
 
「え〜〜〜〜!?」
 

三宅先生は制作を一時中断して、自分と雨宮とのことを話してくれた。
 
「凄くロマンティックだと思う。素敵な関係ですね」
とゆみは心からそう思って言った。
 
「まあ浮気自由と言って結婚したけど、あいつの浮気はちょっと度をすぎている気はするけどね」
「きっと三宅先生は雨宮先生のホームグラウンドなんですよ」
「かもね〜。上島君の浮気が最近だいぶ収まってきているのに比べて雨宮の浮気は全然収まる気配が無い」
「あらあら」
「ついこないだも浮気している所を、醍醐君に連れ戻してもらった」
「あははは」
 
「それでその時、醍醐君に迷惑掛けたからというので、そのお詫びにこの曲を書いてもらったんだよ」
「なんか凄い曲だと思いました」
「醍醐君にはこのCD、絶対ミリオンにするから、とその印税をお詫び代わりにと言っているから」
「だったら、私頑張らなきゃ」
「うん。頑張ろう」
 
三宅先生は、ゆみの歌いかたに、かなりの注文を付けた。特に感情表現に関する部分である。ゆみは元々楽譜に正確に歌うより、リズムや音程を微妙に変えて、感情を込めて歌うタイプの歌手である。しかし三宅先生はその微妙な変化を意図してするのなら構わないが、正確に歌えないから崩して歌うのはNGだと言って、崩してはいけない部分については正確な音程とリズムで歌うことを要求した。
 
それで普段の制作の何倍もの時間を取ったのである。
 
そして感情を込める所については、その歌詞の意味をよくよく考えて、そのシーンを思い浮かべるようにして歌うことを要求した。
 
こういう細かい指導をされたのは、インディーズの頃以来だなとゆみは思った。あの当時、アキ北原さんが熱心にAYAの3人(あすか・ゆみ・あおい)に指導してくれていた頃のことを思い起こす。そのアキ北原さんもメジャーデビューを目前にして亡くなってしまった。上島先生はその後を継いでくれたのである。
 

結局6日も掛けてやっと完成する。
 
終了したのは4月28日夕方で、実は明日からゴールデンウィークのツアーにAYAが出かけるので、もうタイムリミットであった。
 
ゆみもポーラスターのメンバーも最後はかなりくたくたになったものの、仕上がった曲を聞くと、これまでにない「線の強さ」を感じる演奏に仕上がっていた。
 
「だけどこれ打ち込みでは表現できなかったね」
とポーラスターのリーダー杉山さんが言う。
 
「打ち込みはどうしてもゆみちゃんの歌唱と微妙にずれるんだよね。今回はゆみちゃんの歌にきれいに演奏を合わせてもらったから」
と三宅先生自身も疲れた表情の中で言っていた。
 
「私も練習している中で、演奏と完全にシンクロするのが、凄く心地いいことを感じた」
と、ゆみも言っていた。
 
この曲は5月24日(水)に発売され、初動は5万枚だったものの、FM放送のナビゲーターさんたちの間で評価が高く、そこからの口コミで6月末までに40万枚を突破。それでも売れ行きが止まらないので、このまま行くと6年ぶりのダブルプラチナかもという雰囲気になった。
 
AYAのヒット曲ランキング
2010『2度目のエチュード』60万枚 (マリ&ケイからの提供曲)
2011『カチューシャ』51万枚
2015『停まらない!』48万枚 (マリ&ケイからの提供曲)
2015『変奏曲』42万枚
2017『ゴールドラッシュ』40万枚←★イマココ
2008『三色スミレ/スーパースター』38万枚(スーパースターはアキ北原の遺作)
 

2017年春から初夏に掛けて、私の友人が相次いで結婚式を挙げた。私はアルバム制作で忙しい中ではあったが、結婚式・祝賀会に出席してきた。
 
まずは4月23日(日・大安)、千葉ローキューツで3月までキャプテンを務めていた愛沢国香が結婚式を挙げた。相手も北海道の帯広出身で関東の実業団に所属するバスケット選手ということで、バスケット関係者が大量に集まる結婚式であった。
 
ローキューツの選手やOGなども多数来ていたし、旭川や帯広出身で関東周辺に来ているバスケット関係者も多数来ていた。新郎新婦が2人とも北海道出身なので、“内地”で主流の《披露宴》ではなく、北海道流の《祝賀会》で実施する。案内状にも《会費18,000円》というのが明快に記載されていた。
 
それでも私と政子はローキューツのオーナーという立場から、会費とは別にご祝儀も用意して行き、会費を払った上で、受付をしていた原口揚羽に祝儀袋を渡した。
 
私は北海道での結婚式にも参加したことがあるが、政子は会費方式の祝賀会というのは初体験で、
 
「財布から出して払うのか!」
「領収証があるのか!」
と驚いていた。
 
祝賀会は参加する人数が読めなかったこともあり、立食パーティー方式で、但し、多数の椅子も用意されていた。政子は
 
「たくさん食べられる!」
と張り切っていたが、そもそもバスケット選手ばかりで沢山食べる人ばかり来ることが想定されて料理は大量に用意されていた。それで食費がかさむことが予想されるので、今回の会費は、やや高めの18,000円に設定されたようだ。
 

会場でバッタリと千里に会った。
 
「よく来られたね!日本代表の合宿中かと思った」
「よく来られたね。KARIONでツアー中かと思った」
 
と双方の挨拶である。千里は日本代表候補ではあるが、昨年のリオデジャネイロ五輪の代表なので、25日から合流すればいいらしい。それでも合宿に任意参加するつもりだったが、少し調子を落としていたので、合宿から離れて別メニューで調整している所だと言っていた。
 
KARIONも土日はツアーをやっている最中で、先週末も来週末もライブがあるが、今週末は無かった。実は今週末はアクアの写真集撮影が入っているので、それにアクア・プロジェクトのディレクター役である和泉が同行することになっていた。それでKARIONツアーも今週はお休みにすることにしており、それで私も国香の結婚式に出ることができたのである。
 
「今年のローズ+リリーのアルバム制作もそろそろ始まるんじゃないの?」
「うん。KARIONのツアーが終わったらそちらに取りかかる。また年末まで、ほとんどKARIONの活動はできない。そうだ。今年もローズ+リリーのアルバムに1曲もらえない?醍醐春海の名前でいいから」
 
つまり鴨乃清見水準でなくてもいいという意味である。あのレベルのものは千里としても年間数曲しか書けないはずだ。
 
「アルバムのタイトルは?」
「Four seasons」
「へー。OK。何か考えておくよ」
 
と千里はそんな会話をした。
 
「あ、そうそう。冬は鹿島信子と中村正隆の結婚式には出るよね?」
「もちろん」
「祝儀言付かってくれない?その時期はアメリカ遠征中だから」
「いいよー」
「じゃお金だけ渡しておくね。名前は代筆しておいてよ」
「どの名前?」
「葵照子名義と醍醐春海名義1つずつ」
「OK」
「じゃ渡しておくね」
と言ってバッグからいきなり封印の入った100万円の札束が4つも出てくる所がさすが芸能人である。
 
「じゃこれ入れておく。ところで千里、今日は会費だけ?」
「まさか。それ以外に別途祝儀で50万円渡した」
「良かった。私もオーナーだからと思って100万円祝儀を渡した。一般の人の結婚式の祝儀の相場が分からなくなっちゃったんだけど、多すぎないよね?」
「大丈夫じゃないかなあ」
 
その会話を近くで聞いていた40 minutesの松崎由実がポカーンとした顔をしていた。
 

5月6日(土・友引)には、その千里とも話したリダンリダンの鹿島信子と中村正隆の結婚式が行われた。「あまり大げさなことはすまい」と言って、都内のホテルでこちらは披露宴方式で行われる。招待客も「あまり多くても」と言って、“ほんの”200人程度である。
 
私はこれにももちろん政子と一緒に出席し、2人連名のご祝儀500万円の小切手が入った祝儀袋と、千里から預かった100万円の札束を2つずつ入れたご祝儀袋(葵照子名義と醍醐春海名義)を渡して来た。むろん私たちは彼女たちのデビューに大きく関わるなど特に交流が深いのでこの額だが、多くの出席者のご祝儀は一桁小さいと思う。なお、千里たちの分の引き出物は後日まとめて葵照子の住所に送り届けます、と受付の所にいたリダンリダンのマネージャー内海さんが言っていた。葵照子(琴尾蓮菜)も医師をしている関係上、なかなかこの手の集まりには出席できないし、千里はアメリカ遠征中である。
 
こちらはやはり芸能関係の人が多く、信子と同じCBFのメンバーであるヒロシ(男装)、丸山アイ(女装)、アクア(高校の制服)、また出産して2ヶ月のフェイ(自粛して女装)も出席していた。
 
「フェイちゃん、今日は女装なんだ?」
「男装で出ようとして、モニカにだめ出しされた」
などと言っている。
「雅希ちゃんは来てた?まだ会ってないけど」
「うん。来てたよ」
「女装?男装?」
「あの子は人前では男装しないから。あの子、ほとんどクローゼットなんだよ」
「あ、そうだったんだっけ?」
「でも男装すると男にしか見えない」
「見てみたいなあ」
 
アクアはあやうく振袖を着せられそうになったのを、ボクは学生だからと言って高校の制服で出てきたらしい。
 
「誰に着せられそうになったの?」
「お母ちゃんです。お母ちゃん、ボクを女の子にしたいのかなあ」
「それは若干、疑惑を感じることはある。でもアクアは振袖でも誰も変に思わないと思うよ」
「そうかなあ」
 
「会場にはひとりで来たの?」
「沢村さんが車で送ってくれました」
「あれ?鱒渕さんじゃなくて?」
と私が訊くと、アクアは顔を曇らせた。
 
「鱒渕さん、先日アパートで倒れていたのを病院に運び込まれたんですよ」
「ありゃ、何か病気?」
「極度の過労ということで。取り敢えず中旬くらいまで休ませると社長が言っておられました」
「アクアのマネージャーしてたら過労にもなるかも」
「ボク自身も忙しくて忙しくて。身体が3つ欲しいです」
「ああ、私も3つくらい欲しい」
 

6月4日(日・友引)には高校時代の友人仁恵が結婚した。仁恵は★★チャンネルの社員であるが、結婚後も仕事は続けるということである。しかし結婚を機に《マリ監視チーム》からは外してもらったようである。
 
さすがに高校時代の友人は分散しているし、大学の友人は結びつきの小さい人が多いので、招待した友人の大半は職場関係者になった。高校時代の友人で私たち以外に出たのは相棒(?)の琴絵のほかは理桜と紀美香、それに佐野君くらいであった。佐野君はけっこう女子の友人の結婚式になんとなく招待されてしまう。
 
私は政子と一緒に出席して持参のマイナスワン音源をバックに『祝愛宴』を歌った。いきなり演奏された雅楽の世界は結構なインパクトがあったようである。
 

続いて翌週、6月10日(土・友引)には、その佐野君と麻央の結婚式が行われた。ふたりは2011年春から交際を開始し、長い春をむさぼっていたが、6年の歳月を経て結婚式を挙げた。しかし実際にはもう3年くらい前から同棲しており、事実上の夫婦であった。双方の親から
 
「あんたたちいつ籍を入れるのよ?」
と言われていたのだが、やっと法的にも夫婦になった。
 
このふたりはいつもアツアツで、3年間同棲を続けてもその雰囲気は全く変わらないのだが・・・・
 
披露宴の会場ではかなりひそひそと囁く声がある。
 
「私、男の人同士の結婚式に出たの初めて」
「でも奥さんになる方も、ウェディングドレス着てると女に見えないこともないよね」
「やはり、奥さんは性転換手術してるの?」
「どうだろう? 無理に身体を直さなくてもいいんじゃない?」
 
まあ、麻央はふつうに男に見える!
(むろん生まれながらの女性である)
 

私の姉の萌依は麻央のお兄さんの小山内和義と2012年に結婚しているので、これで結果的に佐野君も私の親戚ということになった。
 
つまり佐野君は私の姉の夫の妹の夫である。彼は私と誕生日が1日違いで近いこともあり、結構気が合い、高校時代からずっと私の携帯に電話番号が登録されていた数少ない男性のひとりである。もっとも佐野君自身、アドレス帳に男子の登録より女子の登録の方が多いと言っている。彼は女性から「安全な人」とみなされやすい傾向があるので、麻央との仲が恋愛として進展したのはレアなことであったという気もする。
 
私はふたりの親友でもあり、また親族でもあるので、スピーチもしたが、色々《秘密の暴露》をすると「それはやめろ〜!」という声が掛かっていた。
 
「こちらもケイの秘密バラすぞ」
と佐野君は言っていた。
 
「どんな秘密?」
「ケイは実はアンドロイドで、いつも5体のケイが動いているとか」
「何それ〜?」
「ケイの活動量を考えると、5人くらい居るとしか思えないもん」
などと佐野君が言うと
 
「ああ、そんな気はしていた。時々コンセントにつないで充電してるし」
などと政子は言っていた。
 
しかしまあ音楽業界には、似たようなこと言われている人が数人いるなと私は思った。千里も信じられんし、アクアも最近2人くらい居ないと無理ではなどとよく言われている(こないだの信子たちの披露宴では「身体が3つ欲しい」と言っていた。実際『ときめき病院物語』では1人2役だから、結構な負荷があるようである。上島先生に至っては「ゴーストライターが100人くらい居るのでは」とまで言われている。
 

愛沢国香は夫婦ともバスケットボール選手なので、新婚旅行はアメリカのNBA/WNBAを見に行こうと話し合っていた。それで結婚式は4/23に挙げたものの、ゴールデンウィークを避けて、5月10日(水)の飛行機でアメリカに渡った。往復の飛行機とコンドミニアムだけ押さえておき、あとは向こうで自由に動き回ろうという魂胆である。
 
ふたりとも本場のハイレベルな戦いに興奮する。ふたりは観光地などは全く見ずに、ひたすらNBA, WNBAの試合ばかり見ていた。
 
かなり見たね。明日はどこ見ようかなどと言って試合の検索をしていた時、ふと国香はNCAAに所属するロサンゼルスS大学の試合があることに気付く。
「ねえ、これ見に行ってみない?」
と国香は夫を誘い、宿泊していたサンフランシスコからロサンゼルスまで移動した(同じ州内なので近くと思いがちだが、飛行機で1:20掛かる距離である。直線距離で580km 東京から倉敷の先くらいまでの距離がある)。
 
それで体育館に入っていって、オーダー表がありませんかと訊くと見せてもらえた。S大学で46番の背番号でMinami Susaという登録があることが分かる。
 
「おお、楽しみだ」
と言って客席に座った。そしてやがて試合が始まるが、国香は当惑した。
 
「どうしたの?」
「あれが須佐ミナミ?」
「背番号は46だね」
 
「うちに居た須佐ミナミとは全然別人だよ」
「同姓同名?」
「いや、須佐ミナミは確かにS大学に留学すると言っていた」
 
試合を見ていたが、こちらの須佐ミナミはスターターという訳ではなく、ベンチで座っている位置を見ると、わりとギリギリでベンチ枠に入ったような雰囲気であった。第2ピリオドになって出場機会があったものの、そのプレイは国香をがっかりさせるものだった。
 
「ローキューツに居た須佐ミナミはもっとうまかったのに」
「彼女よりうまい選手がS大学に入ったのなら、当然その子の方がベンチに座っていただろうね」
と夫は言う。
 
最後まで見てから、選手がフロア外に出てきた所で国香はこちらの須佐ミナミに声を掛けた。
 
「こんにちは、須佐ミナミさん?」
「あ、はい」
 
向こうはこんな所で突然日本語を聞いて驚いている感じだ。
 
「えっと私が分かりませんよね?」
「ごめんなさい!分かりません」
「実は私のチームに3月まで須佐ミナミさんって選手がいたんですよ」
「わっ、私の同姓同名さんですか!?」
 
「やはり同姓同名の別人なのかなあ。彼女はロサンゼルスS大学に誘われたからといって3月でこちらのチームを退団して、渡米したんですよね」
 
「え〜!?でもうちのチームには他に須佐ミナミはいませんよ。それに私、去年の春にこちらに来たから」
「去年の春に来たんですか!」
「それでやっと今回ベンチに入れてもらったんですよ」
「それは良かったですね!頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
 
国香はもし日本に戻ってきて、入るチームが見つからなかった場合はこちらに連絡してといって、自分の名刺を渡した。彼女は3月までローキューツに居た須佐ミナミには見劣りするものの、充分強い選手で、もし入ってくれたら結構な戦力になると思われた。
 

『ときめき病院物語III』の撮影は、おとなの役者さんだけで進む部分は平日の昼間に撮影され、アクアたち中高生の俳優が絡む部分はだいたい2週間に1度土日に集中して撮影される。
 
ここでアクアが佐斗志を演じる時は、今井葉月が女の子の服を着て友利恵を演じ、アクアが友利恵を演じる時は、葉月が男の子の服を着て佐斗志を演じている。
 
何度も着換えさせるのは不効率なので、だいたい佐斗志のシーンをまとめて撮って、それから友利恵のシーンをまとめて撮ってというパターンになる。
 
「はい、佐斗志シーン終了。友利恵シーンに行きます」
とディレクターさんの声。
 
それでアクアは着換えのため、専用の楽屋に行く(葉月は衝立の裏で着換える)。アクアがドラマ内で使用されている高校の男子制服を着たまま自分の楽屋に入っていくと
 
「あ、終わった?」
という声が掛かる。
 
「疲れたぁ。じゃ、次はお願い」
「OKOK。行ってくるね」
と言って、ドラマ内で使用されている中学の女子制服を着たアクアが楽屋から出て行った。
 
「はい。ダイエットコーラどうぞ」
 
とソファに座っていて、この後のシーンで使用されるサファリルックの服を着たアクアが言った。
 
「ありがとう。体型維持しないといけないから、カロリーコントロールも大変だし」
「全く全く。だから貧血になりやすい」
 
「ほんと身体が3つくらい無いとやってられないよね〜」
とふたりのアクアは言い合った。
 
「だけど私たちが3人いること、絶対内緒だよね」
「3人いること分かったら、仕事が3倍になりそうだもん」
「それは恐ろしい」
 

その日私のマンションに織絵(XANFUSの音羽)が来ていた。
 
彼女は業界の裏話などに妙に詳しい。
 
「今度の株主総会で松前さんは会長も退任して相談役の肩書きになるみたいね」
「まあ今の流れでは仕方ないね。町添さんも立場がどんどん厳しくなるなあ」
「今の流れなら、私はむしろTKRの方に行きたいよ」
 
「私たちにしろ、XANFUS, KARION, AYAといったあたりはTKRに行きたいと言っても★★レコードが手放さないだろうね」
 
「全体的に売上げ落としているアーティスト多いしね」
「MM系と創業者系で今営業部隊が二重化されていて、現場が混乱して結果的に倍の経費を掛けて結果はまともに出ていないというのが現状みたいだよ」
「困ったもんだね」
 
「ところでさ、上島先生、ちょっとやばくない?」
「え!?」
「噂聞いてない? 最近色々資産を処分しているみたいだって。軽井沢に持っていた3億円の別荘も売却したらしいよ」
 
その話を聞いて私はハッとした。この春、自分がなかなか江戸娘に関われないからと言って、上島先生は江戸娘のオーナーを辞めて、オーナーの仕事は政子が引き継いだ。政子は最初のミーティングで選手全員を高級江戸前寿司に連れていき、毎月1回食事会しよう、などと提案して歓声があがっていた。
 
それはいいのだが、それと同時に上島先生は深川アリーナを作った時の建築費の分担金に相当する12億円の株式と債券の引き取りも求め、それは千里が買い取った。私は数千億と噂される上島先生の資産からすると12億円は大したことのないお金かと思っていた。しかし織絵の情報を信用すると、先生はもしかしたら経済的な危機にあって、それで深川アリーナの株式・債券も売却したかったのかも知れない。
 
「でも上島先生の曲は一応売れているよね?」
「昔みたいに爆発的な売れ方をしたものは最近無いと思う。歌謡界の構図も上島・蔵田が競り合い、東郷誠一さんとか山本大左さんとかが手広くゴーストライターで稼ぐという時代は終わりつつある」
 
「うーん・・・・」
 
「冬、自覚無いみたいだけど、今歌謡界の中心にいるのは、むしろマリ&ケイだよ」
「そうかなあ・・・」
「どう考えても売上げに占める率ではトップでしょ?」
「そうだっけ?」
「月村山斗さんと同率くらいかも知れないけど、月村山斗さんは集団アイドルで稼いでいるから少し性格が違う」
「月村さんの方がずっと多くない?」
 
「この2人に続くのは、後藤正俊、田中晶星、香住零子、平原夢夏、醍醐春海、といった付近だと思う。でもマリ&ケイと、その次と思われる後藤正俊さんでおそらく売上に倍くらいの差がある」
 
「そんなにある!?」
「ああ、やはり自覚が無いな」
 

6月上旬に青葉が『硝子の階段』という作品、七星さんが『青い浴衣の日々』という作品を書いてきてくれた。私は2人の作品を見て、悩んでしまった。それは自分の名前で発表するには微妙な違和感があったのである。
 
ところが6月中旬、千里がヨーロッパ遠征から帰った足でうちのマンションに来てくれて、アルバムの進捗はどう?と尋ねた。
 
それで私はふたりの作品を見せたのだが
 
「ケイになりきってないなあ」
と言って苦笑すると、青葉と七星さんにその場で電話して、こちらで改造してもよいかと尋ねた。ふたりとも快諾する。すると千里は「2日待って」と言って、その2つの作品の譜面とCubaseのプロジェクトデータを持ち帰った。
 
そして本当に2日後、千里は新たな譜面を持ち込んできた。
 
「凄い・・・・これだと本当に私が作ったみたいだ」
「こういうのは要領があるんだよ。まあ長年ゴーストライターやってた人にしかできないかも知れないけどね」
などと千里は笑いながら言った。
 
そういう訳でこの時点で、これらの作品が揃った。
 
私自身の作品 同窓会、春の詩、刻まれた音
醍醐名義の作品 縁台と打ち水
醍醐作ケイ風作品 お嫁さんにしてね、冬の初めに
青葉作ケイ風作品 硝子の階段
七星作ケイ風作品 青い浴衣の日々
Eliseの作品 トースターとラジカセ
ゆまの作品 セーラー服の日々
 
なんと既に10曲揃っているのである。青葉と七星さんはあと1曲ずつ自分名義の作品を書いてくれることになっている。
 

6月上旬、アクア主演の映画(12月公開予定)の制作が発表された。あわせてエキストラ募集という告知があったため、応募者が殺到した。エキストラとして募集されたのは
 
・アクアのクラスメイト男女10名くらいずつ(12-18歳)
・警察官・警備員(20-40歳程度の体格の良い男性20-30名ずつ)
・カジノの客(20-60歳程度男女)
・美術館の観客(10-70歳程度男女)
・オーケストラ団員(20-60歳程度の楽器経験者。性別不問)
 
といったものである。
 
しかしそれよりも多くの人がこの映画の“主役グループ陣”に驚いたのである。
 
映画のタイトルは北条司原作の『キャッツ♥アイ』であるが、メインの登場人物がほぼ1人2役なのである。
 
来生愛・内海俊夫刑事 アクア【主役】
来生瞳・平野猛刑事 フェイ(レインボウ・フルート・バンズ)
来生泪・武内刑事 ヒロシ(ハイライト・セブンスターズ)
ねずみ・浅谷光子刑事 丸山アイ
木崎信彦刑事 本騨真樹
課長 大林亮平
 
これ以外のキャストは後日発表ということであった。
 
アクアが瞳役ではなく愛役になった理由としては、アクアはさすがに瞳を演じるには若すぎるという製作側の判断があった。また、瞳=内海・愛=平野ではなく、瞳=平野、愛=内海という「ねじれ配役」になった理由は、瞳と内海の絡みのシーンがひじょうに多いので、これを1人の俳優で演じようとすると、ボディダブルを使って倍の時間の撮影が必要になる。そこで別の俳優を当てて1回の撮影で済ませようという判断があった。
 
結局瞳と内海のシーンでは、フェイとアクア、泪と平野のシーンではヒロシとフェイ、愛と武内のシーンはアクアとヒロシで撮影できるのである。ねずみと浅谷のシーンのみ、丸山アイの2役なのでボディダブルを使っての2回撮影になる。アイのボディダブルは、身長と体重が彼女に近い城崎綾香と岩本和也が務める。アクア、フェイ、ヒロシのボディダブルは、今井葉月、モニカ/マイク、アリス/ポール、と今井葉月以外はレインボウ・フルート・バンズのメンバーが務める。男女役双方のボディダブルを1人で演じるのは結局葉月だけである。ボディダブルを務める7人は皆、顔を出す役も当てられている。
 
そのあたりまでが制作側のコメントで明らかになった。
 

「要するに全員自分の本来の性別で刑事側を演じて、逆の性別で盗賊側を演じるんだな」
とネットには書かれていた。
 
男性と考えられる、ヒロシは武内刑事・泪、フェイは平野刑事・瞳、アクアは内海刑事・愛で、女性と考えられる丸山アイが浅谷刑事・ねずみである。フェイはこの春に赤ちゃんを産んではいるが、実態は間違いなく男の子というのがネットの意見の大勢であった。
 
「本騨真樹は男女2役しないのか?」
「いや、木崎刑事は女装が趣味だから」
「そうか。だから結局本騨真樹も女装する訳か」
 
「大林亮平は女装しないの?」
「来生姉妹のお母さん役だったりして」
 
「しかし・・・アクアの女の子レオタード姿は想像しただけでハァハァしてしまう」
「フェイのレオタードまではいいが、ヒロシのレオタードは大丈夫か?」
「ヒロシは女装すると女にしか見えないから」
「そういう写真は何度か出回ったけど、レオタードでも行ける訳?」
「うーん・・・その内出てくるだろうスティルの公開を待つしか」
 

「そういえばアクアのマネージャーがダウンしたらしいな」
「ダウン?」
「鱒渕さんだっけ?」
「そうそう」
「過労で倒れて。しばらく入院が必要らしい」
「いや、あれだけ多忙なアクアのマネージングなんて、死ぬほど忙しいだろう」
「去年はアクア本人が倒れたくらいだもん。マネージャーが倒れても不思議ではない」
 
「じゃマネージャー交代するんだ?」
「やはり1人では無理だろうから3〜4人付けるのではという話」
「うん。そのくらい必要だと思うよ」
 

6月中旬。アメリカで話題沸騰中の手品師レフ・クローガーが来日。まずは6月17日に札幌公演を行った。この日の公演は大部分が録画され、ダイジェストが放送されたが、アメリカでの公演の録画でも大いにこの手品師に注目していた政子は番組を録画して食い入るように見ていた。
 
私はステージが残酷すぎて、抵抗感があるので、それは見ずに防音室に籠もってスコアの調整作業を進めていた。
 
政子はコネを駆使して入手困難であった6月24日の横浜のチケットを何とか確保。公演を実際に見に行って「凄かったぁ。感動した」などと言っていた。
 
「アメリカでもそうらしいけど、日本でも気を失う観客が相次いでいてさ」
「へー」
「札幌で10人、仙台で8人、今日の横浜でも20人、気を失って会場から搬出されたらしい」
「そんなのよくわざわざ見に行くなあ」
などと私は言っている。
 
それで政子はまだ興奮冷めやらぬ感じで、先日のテレビで放送された公演の録画をまた見ていた。そして「あれ?」と言った。
 
「どうかしたの?」
「この胴体切断マジックでさ、箱の中に入った美女が、札幌公演と今日の横浜公演では違う人だなあと思って」
 
「へー。そういうのは見せ場だから、弟子の中で有力な人が交代で務めるんじゃないの?」
 
すると政子はなにやらネットで検索していたが、やがて言った。
 
「アメリカのSNSや掲示板で話題になっているらしい。このクロガーの胴体切断マジックに登場する美女は毎回違う人で、同じ人が2度登場したことは無いんだって」
 
私は少し考えた。
 
「それ何か怖い話のような気がするんですけどー」
「これ本当に切断しているから、同じ人は2度と登場できないんだったりして」
「うそー!?」
 

レフ・クロガーの日本公演は6月17日札幌、18日仙台、24日横浜、25日京都、7月に入って1日静岡、2日名古屋と続いていたが、それとともに変な噂がネットに流れていることに私は気付いた。
 
この日本公演には日本の手品師やタレントさん(いづれもあまり有名ではない人)が多数協力しているらしいのだが、その中から複数の行方不明者が出ているというのである。その内、警察が動くのではとか、実はもうFBIが動いているらしいといった噂まで流れていたものの、ソースは見当たらず、どうも憶測の域を出ないもののようであった。
 

7月4日のお昼頃。東京駅で謎の爆発音と発光現象があったことをニュースが報道していた。爆発音のあった場所と発光現象のあった場所は300mほど離れていて、両者は関係があるのかないのか、警察は調査中であるとしたが、爆弾か何かの爆発であれば怪我人なども出ているはずなのに、そういう被害は届けが出ていないとして、原因は謎であるということであった。
 
この発光現象がクロガーと関わりのあるものであることを後で青葉が教えてくれたものの、詳細については人に言える性質のものではないと青葉は言っていた。
 

この日の夕方、アジアカップに臨むバスケット日本女子代表12名が発表されていたが、千里の名前がそこには無かった。同じシューターの花園亜津子がWNBAに参戦中でそちら優先ということで今回は代表選手として登録されていない。それゆえに、千里は絶対入れられるだろうと思っていたので私は驚き、彼女に電話してみた。すると千里は
 
「ここの所どうも調子を落としていて。期待してもらったのにごめんね」
と言っていた。
 
代表活動から外れることになったので、休職していたJソフトの方には明日7月5日から復職するという話であった。
 

クロガーの公演はこの後、8日東京、9日大阪、15日広島、16日福岡と続く予定だったのだが、主宰者は7月6日、翌々日に迫った東京公演、およびそれ以降の公演を全て中止すると発表した。理由は、クロガーが病気のためと説明した。
 
しかしネットでは、クロガーが失踪したようだという噂が流れた。この騒動は噂が噂を呼び、憶測のような投稿が大量にあって訳が分からなくなっていたのだが、7月下旬、某週刊誌が、クロガーは大量殺人犯として、FBIが逮捕に向けて周辺調査をしている最中であったことをすっぱ抜いた。
 
あらためて取材されたFBIはこの件を認め、クロガーを日米犯罪人引渡し条約に基づき日本の警察に逮捕してもらうつもりだったが、その前に失踪したので、国際指名手配したことを発表した。
 
また日本公演の最中にも10名ほどの公演協力者の女性が行方不明になっていて、その女性らの所持品がクロガーの部屋で見つかったことを日本の警察が認めた。女性たちの行方は、ようとして知れなかった。しかし1人だけクロガーに拉致されそうになり無事生還した女性がいたことが明らかになる。彼女は危ない所を、霊能者・山川春玄に助けられたということであったが、その山川本人は意識不明の重傷で、病院に入院していることも分かった。命には別状はないということで、警察は山川氏が意識を回復するのを待って事情聴取する方針であるとした。
 

この件に関しても青葉は
「この件に付いては申し訳ありませんがお話できません」
と言っていた。
 
「ただですね」
と青葉は言った。
 
「千里姉が代表落ちした件と、今回の発光現象は絡んでいるんです」
「どういうこと」
「姉は・・・あの事故に巻き込まれたんですよ」
と青葉は物凄く厳しい顔をして言った。
 
「あれで怪我したの!?」
と私は訊いた。
 
「実は死んだんです」
「え!?」
 
「クロガーと相討ちしたようなものです」
「・・・・・」
 
「でも姉は蘇生しました。ただその時、色々なものが壊れてしまったみたいで」
と言う青葉の表情はむしろ悲しそうであった。
 
「姉はたぶん体力回復に数年かかります」
 
数年・・・。それではもうスポーツ選手としての旬が終わってしまうのではと私は思った。
 
「作曲能力や演奏能力もかなり落ちると思います」
と青葉は更に続ける。
 
そんなぁ・・・・・。
 
私は彼女を最高のライバルと思っていたのに。
 
しかし今年千里は落雷に遭うわ、こういう事故に巻き込まれるわ、厄年ではないかという感じだ。
 
「でクロガーは?」
「一瞬にして蒸発しました・・・って私最初に言いませんでしたっけ?」
 
どうも青葉もかなり混乱しているようである。
 
「聞いてない。千里が倒したの?」
「千里姉と羽衣さんの2人がかりで何とか倒しました」
「羽衣?」
 
「私の師匠、瞬嶽が亡くなった後、日本の霊能者のトップに立っているのが、この羽衣さんと虚空さんなんです。今回の戦いでは、羽衣さんも結構なダメージをくらいましたが、2〜3ヶ月で回復しそうだと言っておられました。虚空さんは私も直接は知りません。謎の多い人です」
 
「うーん・・・」
 
「今回は霊能者側の被害も甚大です」
と青葉は言った。
 
「山川春玄さんは重傷。多分回復に2-3年かかります。完全には回復しないかも知れません。千里姉もそれに近い状態です。私の姉弟子の山園菊枝も重傷。こちらは多分半年くらいの入院で済みそうです。***さんは前頭葉をほぼ破壊されています。生命体としては生きていますが一生介護が必要です。****さんは死亡しました」
 
「それ全部クロガーにやられたの?」
「千里姉と羽衣さんがいなかったら、日本の主な霊能者が全滅していたかも」
と言って青葉はため息をついた。
 

青葉とそんな話をした数日後のこと。その千里からまた電話があった。
 
「冬に頼まれていたアルバムの曲なんだけど」
「え?何か?」
 
千里は3曲書いてくれることになっていた。しかし3曲とも5月中にもらっている。こちらでは様々な楽器を組み込むアレンジを進めている所だ。
 
「2曲までは書いて5月に送ったけど、もう1曲がなかなか思いつかなくて」
「なんか体調崩しているんだって。あまり無理しないで、療養していた方がいいと思うよ」
 
千里にはできるだけ早く復活して欲しい。そのためには無理はして欲しくない。
 
「それで、このままでは冬が困ると思ってさ。同じ雨宮グループの作曲家さんで、まだ自分の名前では曲を書いていない人で、琴沢幸穂(ことさわ・さちほ)ちゃんって人がいてね」
「うん」
 
「この子の試作品を見たんだけど、かなりいい出来なんだよ」
「へー」
「良かったら、私の作品の代わりに彼女の作品を使ってもらえないかと思って。とりあえず譜面とCubaseのデータ、そちらに送っていい?」
 
「うん。それは聴いてみてから」
 

すると千里はすぐに譜面とCubaseのデータをメールしてきてくれた。
 
それで聴いてみたが、ひじょうに素敵な作品である。
 
タイトルは『フック船長』。ピーターパンに出てくる海賊の船長を題材にした曲だが、若い作者さんだろうか。色々意欲的な作りがなされている。私はこの作品を使いたいと思った。
 
しかし千里が書いていてくれたはずの『縁台と打ち水』も今回の『郷愁』というタイトルにふさわしい作品で、しかも40-50代の人にアピールする作品なので、そちらも使いたい。それで私は千里に電話した。
 
「これ素敵な作品だね。ぜひ使わせて。この人の作品利用の許諾はどうすればいいの?」
「JASRACに琴沢幸穂で登録しているから通常通りに。JASRACの登録番号もその譜面に書いていたと思うけど」
 
「わっ。書いてあった。ありがとう。じゃそれで処理する。ところでさ」
「うん」
「千里からは私風の作品2つと、もうひとつ醍醐春海名義の『縁台と打ち水』という作品ももらっているんだけど、こちらも使っていいんだっけ?」
 
「あれぇ?そんな作品書いてたっけ?」
「うん」
「ごめーん。最近私、物忘れが酷いんだよ。でも私が送った作品で気に入ったのあったら、自由に使って」
「うん。じゃ使わせてもらうね。でもほんと千里、身体大事にね」
「ありがとう」
 
そういう訳で、既に青葉と七星さんからも各々名義の曲を1曲ずつもらっているので、アルバム用の曲は13曲も揃ってしまったのである!私は忙しいのを承知で町添専務に電話をして、アルバムの曲数の問題について打診した。
 
「ごめんね。サポートしてあげられなくて。どうも意図的にそういう会議から排除されている感じで」
「そちらも大変ですね」
「でも安心して。そのアルバムの曲数については、僕がしっかり話を社長に通しておくから。だからケイちゃんは、好きな曲数でアルバムを制作して」
「分かりました。曲数に変動があったら逐次、専務にお伝えします」
「うん。そちらも大変だと思うけど、よろしくね」
「はい。専務もお身体に気をつけてください」
 

7月上旬、アクアの水着写真集《Double Green Sea》が発売された。プーケットの青緑色の海を背景に、男の子“佐斗志”の水着姿と、女の子“友利恵”の水着姿がひとつの写真集になっている。分量的には佐斗志が60ページ、友利恵が80ページくらいで、“遷移部”が10ページほどある。
 
“遷移部”には女子水着を着せられて心細そうな佐斗志や、男子水着を着て手ブラしている友利恵が写っている。佐斗志と友利恵が手を繋いでいる写真も前から撮ったものと後ろから撮ったものがある。
 
佐斗志の写真では、多くの写真がラッシュガードやTシャツを着て、上半身も何かの服で覆っているが、上半身を裸で曝しているものも5枚だけ混じっていた。それでアクアには、おっぱいが無いことが確認できる。
 
こういう写真を敢えて入れたのは、アクアが実は女性ホルモンを飲んで声変わりを防止すると共に、おっぱいも大きくしているのではという疑惑がずっとくすぶっているので、それを否定しておきたかったことによる。
 
それで実際巷では
「あぁ、やっぱりアクア様、おっぱいは無いのかぁ」
というため息のような残念がる声が、主として女性ファンから!出ていた。
 
「でもちんちんの形も確認できない」
「やはり去勢疑惑はあるよなあ」
 

しかし写真集を買った人が熱狂したのは、後半の友利恵の水着写真の方である。
 
多くの写真はワンピース水着を着けており、スクール水着っぽいものもある。このスクール水着っぽいものが、一部のファンを狂乱させていた。しかしそれより多くの人にインパクトを与えたのが、ビキニの水着を着けた10枚の写真である。
 
「アクアを俺の嫁にしたい!!」
「今すぐアクアと結婚したい!」
という暴走する書き込みが大量発生しているのはいつものことである。
 
私はこの写真集を見て道を誤る若い男性が随分出るのではと心配した。
 
「これ、絶対男の子の身体じゃない!」
という書き込みがわりと冷静なファンからも出る。
 
「このボディラインは完璧に女の子のライン」
「その証拠に見た瞬間立った」
 
「まさか首から下は別の女の子モデルの身体だとか?」
「それはさすがにないだろう」
「そういう合成は不自然になるよ。そういう不自然さは無い」
「拡大してみたけどつなぎ合わせたような跡は見られない」
 
そのうちこういう投稿がある。
 
「身体のラインを佐斗志の写真と重ねてみたけど完全に重なっている。だから佐斗志の写真と同一人物であることは確か」
 
こういうテストまでしてみた人が実際、複数あったようである。それでともかくもアクア本人の写真であることが確定した。
 
「佐斗志の写真撮ったあとで豊胸手術したとか」
「まさか」
「アクアは女になるつもりはないはず」
「うん。アクアは単に女装するのが好きなだけであって、男をやめる気は毛頭無い」
とけっこうアクアを理解した(?)書き込みがある。
 
「でもそれなら、このおっぱいはどうなっているんだぁ!」
 
「『時のどこかで』で使っていたブレストフォームだろ?たぶんあれはアクアの肌の色に合わせて作ったオーダーメイドだろうから、それを装着して撮影したんだと思う」
 
「そうか、あれか!」
 
あのブレストフォームの制作費は10万円以上したことが、『時のどこかで』の制作チームのサイトで明かされている。
 
ともかくもこの写真集はこのあと1ヶ月間にわたって書籍の売上げ統計のトップを占め続け、その後、週間ランキングでは1位から陥落したもののランクインを続け、2017年内に100万部を突破してしまったのである。
 
歴代のアイドル写真集の売上統計で、宮沢りえのSanta Fe(150万部)に次ぐ売上成績であり、ヌード以外の写真集としては、広末涼子のH+R(50万部)を抜いて、歴代1位となった。
 
そしてこの写真集は、アクアに必ずしも注目していなかった30-40代の男女に大きくアクアというタレントを印象付けたのである。
 
もっとも30-40代の購入者の中には、男女双子のタレントの写真集と思い込んだ人もあったようである!
 

「まあそういう訳で私がアクアの新しいマネージャーになったから、よろしくね」
と言って《アクア専任チーフマネージャー・四谷勾美》という名刺を渡した人物を見て、アクアは顔をしかめた。
 
「こうちゃんさん、何の冗談ですか?」
「いや、千里のお世話は2年ほど休みになったんだよ。だからその間、お前に付いてて色々助けてやるから」
 
と《こうちゃん》はすぐに男言葉になってしまった。
 
「ちなみにあと2人マネージャーは付くことになったから、俺に連絡が取れない時は、志穂ちゃんか、友香ちゃんを呼び出して。後日紹介するけど」
 
「でもどうして女装なんです?」
「だってスカート穿くの気持ちいいじゃん」
「女装趣味ですか〜?」
「いいじゃん。龍虎、お前も女装好きだろ?」
「別に僕は女装しませんよ」
「嘘つくとチンコ引き抜くぞ」
「どうせこのおちんちん偽物だし」
「だったら俺が管理してる本物のほう捨てちゃうぞ」
「それはやめて」
「やはり男に戻りたいんだ?」
「20歳になったら」
 
「まあいいや。とにかく鱒渕は流されやすいから充分アクアを守ってやれなかった。板挟みになってストレスを溜め込んだ。俺は簡単にはめげない。お前を守るために全力を尽くす。俺、結構弁も強いから。マジで海千山千だしさ」
と《こうちゃん》は言った。
 
アクアはため息を付いた。
 
「ちょっと自分だけでこれキープしていくのは結構大変だと思い始めていたんですよねー。こうちゃんさんに助けてもらうと、もっとうまくできそう」
 
とアクアは言うと、続きの部屋のドアを開けて声を掛けた。
 
「出ておいでよ」
 
それで出てきた2人を見て《こうちゃん》は驚愕した。
 
「お前ら誰!?」
 

7月14日(金)、バスケットの日本女子代表の選手が1名交代することが発表された。合宿中に怪我をした大野百合絵に代えて、先日の15人→12人に絞られた時に落とされた村山千里を追加招集することになったということであった。
 
私はまた千里に電話した。
 
「うん。びっくりした。今年の夏はゆっくり休めるかも知れないと思ったんだけどねぇ。またハードな夏になることになった。でもごめん。結果的に、そちらの音源制作に協力できない。取り敢えず平日なら林田風希さんが動けると言ってた。あと8-9月は青葉が動けるはず。アクアの制作に関わっていない時は使えると思うからたくさんこき使ってあげて。必要な交通費は私が全部出すから」
 
「あはは。それで青葉には頼むことにするよ。交通費はもちろんこちらの制作費から出すよ。そちら大会頑張ってね」
「うん。ちょっと優勝してくる」
「その意気、その意気」
 
千里たちはこの日14日から18日まで国内で合宿をした後、19日にはアジアカップが開催されるインドに旅立つということであった。
 
私は電話で話した千里が物凄く元気な雰囲気であったこと、そして何よりも日本代表に再招集されたということは、運動能力もかなり回復させたのではないかと考え、青葉が思っていた以上に急速に千里は体力を回復させているのだろうと思った。作曲や楽器演奏なども回復する・・・かな!?
 
ともかくも千里から紹介してもらった琴沢幸穂さんの作品まで入れて13曲、アルバムに入れる予定の曲が揃っているので、私は7月中旬以降、学生ミュージシャンが動けるタイミングを使って、一気に制作を進めたいと考えていた。
 
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【夏の日の想い出・混乱と暴走】(2)