【夏の日の想い出・混乱と暴走】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-10-13
3月下旬、レインボウ・フルート・バンズのファンクラブの会員に会報の4月号が届いたが、会報に1000円のQUOカードが同封されていたので驚きの声があがる。QUOカードの表面にはメンバー全員の顔に加えて可愛い赤ちゃんの写真が印刷されている。そして、フェイの手書き文字で
「みんなライブ休んでてごめんね。アルバムもうすぐ出来るし、夏にはライブツアーするからね」
というメッセージが印刷されたカードも添えられていた。
そして会報で3月3日に赤ちゃんが産まれたこと、未熟児なので1ヶ月くらい入院が必要だが元気であること、フェイ本人はもう退院してアルバムの仕上げに頑張っていることなどが記載されていた。あわせてアルバムの発売予定日と、ツアーの日程の予定も掲載されており、ネットでの口コミで広がって、CDショップや通販サイトに予約が殺到した。
なおアルバム発売予定日とツアーの日程についてネットには4月1日になってから掲載された。ファンクラブに先に情報を流すというポリシーを貫いたものである。
1000円のQUOカードについては、ポールの言葉で、このように説明されていた。
唐突な妊娠によって、ライブ予定が中止になり、テレビやフェスなどの出演も取りやめになって、メンバー、放送局など、そして何よりもファンの人たちに迷惑を掛けたのでメンバーの中から
「フェイは罰金1億円だな」
という声が出た。しかし実は事務所との契約ではフェイが妊娠する可能性自体を想定していなかったため、妊娠については契約書には何も書かれておらず、契約違反の事実はないので罰金などを取る根拠も無いという話になった。
(会報には書かれていなかったが、レインボウ・フルート・バンズのメンバーは、婚約結婚同棲は26歳まで禁止されており、恋人と交際する場合は速やかに事務所に言っておくことは契約書に書かれていたが、フェイは特定の恋人と「交際」した事実もなく、それも違反にならないらしい)
それでフェイ自身が1億円出して、いちばん迷惑を掛けたファンの人たちに記念のQUOカードを配ろうということになったのである。実際には3月時点でファンクラブの会員数は12万人だったので、制作に1.3億円ほど掛かったが、0.3億円分は事務所が負担し、1億円をフェイが出したこと。但し実際にはフェイは赤ちゃんの「父親たち」と共同でこの1億円を負担したことがポールのことばで述べられていた。
ついでにフェイが左手薬指にダイヤの指輪を3つ付けている写真まで掲載されていた。
「父親たちって何?」
「指輪が3つって、フェイはまさか3人の男と結婚するとか」
「一妻三夫?」
「いや、フェイ自身も夫かも」
「ほんとにフェイが出産したのかは怪しいよな」
「とにかくフェイに関する情報って全てが曖昧に書かれる傾向がある」
「明らかな嘘とかもよく書かれている」
「妊娠して出産したのは、色々噂のある丸山アイなのでは?」
「アイはふつうにテレビに出てたし、お腹も大きくはなってない感じだったぞ」
「分かった。妊娠だけフェイがして、アイが出産したのでは?」
「原理が分からん」
指輪が3つあったことについては、フェイ自身がファンクラブ専用SNSに投稿して説明した。
今回の妊娠を機会に自分と結婚したいという申し出が3人の子からあった。その中には赤ちゃんの父親もいたし、それ以外で元々仲の良かった子もいた。でも自分は恋愛感情が無いので結婚はできないと言ったら、指輪だけでももらって欲しいと言われた。4人で会って話した結果、3人全員から指輪をもらうことにした。そして3人全員が赤ちゃんの父親ということにすることにした。それで1億円も彼らが一部分担してくれたし、今後の子育てでも3人とも協力してくれることになった。
ファンの間では指輪を贈ったのが「3人の男性」とかではなく「子」と書かれていたことが話題になる。
「実は男と女とオカマだったりして」
「女との間では子供はできんだろ?」
「いやフェイならあり得る」
「フェイの精子と丸山アイの卵子を受精させて、フェイが妊娠したとか」
「あ、それもあり得る気がする」
昨年1年間に大きなセールスを挙げてファン層も拡大し、正直私が一番脅威を感じていたラビット4が、4月1日、突然2つに分裂した。正確には3月下旬に“音楽性の違い”から分裂し、3月末がちょうど契約更改の時期であったため、4人の内2人は契約を更改せず、老舗の∂∂レコードから新興の龕龕レコードに移籍した。そして双方が「ラビット4」を名乗っているのでマスコミは結局、両者を次のように仮称することにした。
ラビット4さくら組(∂∂レコード)四屋(Gt/Vo)+佐藤(Dr)
ラビット4いちご組(龕龕レコード)因幡(篠笛)+高橋(B/Vo)
最初ラビット4A、ラビット4Bと呼んだら、「B」とされた側からまるで優劣をつけるみたいだとクレームが入り、結局このような名前になってしまったのである。
むろんどちらもCDの類いは「ラビット4」の名前でリリースする。複数の国で同名のアーティストが活動していたことはあるし(少女隊:日本と台湾、やボンド:イギリスとアメリカなど)、アマチュアアーティストの名前がかぶるのは珍しくないが、同じ国の中で同名のプロアーティストが同時期に活動するというのは前代未聞である。
私は実は4月1日の夜、千里が3つに分裂する夢を見た。3人の千里の内、ひとりはプログラムを組み始め、ひとりはバスケットをしていて、ひとりは龍笛を吹いた。
その龍笛の調べが物凄く美しかった。
私は目が覚めるといそいでその調べを書き留めた。
千里は実際、ソフトハウスに勤めつつ(?)プロのバスケットボール選手をしていて日本代表の活動などもし、それでいて中堅の作曲家として多数のヒット曲を出しているということで、その活動量が信じられない思いだったので、ひょっとして千里って何人かいるのでは?と思いたくなる程だった。それでその思いがこの夢に出たのかなとも思ったのだが、ラビット4の分裂騒ぎが直後に起きて、ひょっとしたらこの千里が分裂する夢は、ラビット4の分裂騒ぎを示唆していたのかも知れないと私は思った。
ラビット4も千里も自分の“ライバル”という意味では同じ分類であり、夢ではしばしば同種のものが置換されて表現されることがある。
この夢の中で聞いたメロディーはその後、独自に再構成して『春の詩』という曲にまとめた。
私はこの曲が既存曲、特に千里が過去に書いた曲ということはないかと考え、千里を含む雨宮グループの作曲活動を管理している新島鈴世さんに連絡して照会してみた(千里に訊いても覚えてるはずがない。彼女は作った曲の大半はすぐ忘れるタイプである)。彼女は管理しているデータベースで曖昧検索を掛けてくれたが、類似のものはないという回答であった。
それで私はこの曲を製作準備中のローズ+リリーのアルバム『Four Seasons』の中に使いたいと思った。
政子も「いい曲だね〜」と言って、歌詞を付けてくれた。
アクアこと田代龍虎が進学した高校については4月1日の夕方には東京北区のC学園であることが、ネット上で拡散した。恐らくは入学式で彼を見て驚いた同学園の生徒あたりから出てきた情報であろう。
「C学園に入ったって、あそこ女子校だろ?アクアって女の子になったの?」
「それが芸術コースだけ男子が入れるようになったらしい」
「なーんだ」
「1学年に最大3人らしいよ」
「たった3人!」
「今年が初めての男子生徒受け入れだから、全校生徒400人の中に男子3人」
「う、うらやましい・・・」
「いや、俺ならとても耐えられん」
「女の香りでむせてしまいそうだ」
「トイレとか男子トイレを増設したのかね?」
「その人数ならたぶん、職員用トイレを使ってくれ、とかじゃないの?」
「制服とかどうするんだろう?」
「男子制服を定めたのでは?」
「少人数だし、学生服でとかじゃないの?」
ところが、翌日にはもうC学園の制服を着たアクアの写真がネット上に流出する。
「女子制服を着てる!?」
その写真は望遠で写したようでやや焦点がぼけているものの、確かにC学園の女子制服を着ているようなのである。但し写っているのは上半身だけである。
「まさか。これ合成じゃないの?」
「いくらアクアでも女子制服を着たりはしないだろ?」
「いや、アクアなら女子制服くらい着れる気がする」
「中学の時も一度セーラー服を着ている写真が流出したよな」
「友だちから罰ゲームで着せられたとか言い訳してたけど、絶対怪しい」
「あれは間違い無く本人所有の女子制服だったと思う」
結局4月3日の夕方、記者会見をするハメになる。
最初に同席した松前社長が記者さんたちにお願いをした。
「この制服を見ただけでどこの学校か分かった記者さんもおられると思いますが、どうか固有名詞は出さないようにお願いします。他の生徒さんたちにも迷惑が掛かりますので、それは切にお願いします」
記者達の間にそれは出さなくてもいいという空気が広がった。それでアクアが席を立ってマイクを持ち記者たちに告げた。
「ボクが通学に使っているのは、今ボクが着ている服です」
記者たちが多数写真を撮る。
「アクアさんぐるりと1回転してみてください」
などと注文が出るので、回転してみせる。
「うちの学校は昨年度まで女子校だったのですが、今年から男子生徒を少数受け入れることになったばかりで、男子制服というのは定められていないんです。それで学生服で通学している子もいるのですが、学生服では寂しいなと思ったので、こういう制服を作ったんです」
「女子制服に似ていますが、前袷せが逆なんですね?」
と記者から言われる。
「そうなんです。実は買ったのは女子制服を買ったんですけど、それを裁縫の得意な友人に頼んで改造してもらって、本来左前袷せだったのを右前袷せに変更しました。そして下はスカートではなく同色のズボンを穿いています」
「左前袷せの服を着ている写真が流出していましたが」
「1日の入学式の時は、まだ改造が間に合わなくて女子制服のまま着ていったんですよ。下はズボンですが」
「ああ、この写真は下半身が映っていませんが、下はズボンですか」
「はい、そうです。いくらボクでもスカート穿いて通学はしませんよ」
とアクアが言うと、あちこちでクスクスと忍び笑いする声があるがアクアはそれを黙殺している。
「アクアさんなら普通に左前の女子制服にスカートで通学しても違和感無い気がするのですが」
と質問する記者がいる。
「スカート穿くことに抵抗感は無いですけど、それはお仕事で女の子役をする時の話で、学校にはやはりズボンですよ。ボクも一応男なので」
とアクアは笑顔で答えた。
そういう訳で《アクアが女子生徒になった》という疑惑はすぐに消えたものの、結果的にアクアがどこの高校に入って、どういう服で通学しているのかというのが、入学早々に全国に知れ渡ってしまったのである。
なお記者会見に同席したTKRの松前社長が「くれぐれも校門前での出待ちなどの行為は絶対にしないように。場合によっては警察に通報しますので」と釘をさした。
昨年秋から製作していたKARIONのアルバム『少女探偵隊』は4月12日に発売された。そしてこれに合わせて春のツアーを実施する。
4/15(土)札幌 16(日)仙台 29(祝)東京 30(日)名古屋 5/3(祝)那覇 4(祝)休み 5(祝)福岡 6(土)大阪 7(日)横浜
今年のゴールデンウィークは3日から7日まで5連休だが、さすがに5日連続でライブをやるのは体力的に不可能である。それで今年ゴールデンウィークにツアーをやるアーティストは、みな、どの日に休むかで悩んだようである。アクアの場合は次のようになっている。
4/29(土祝)札幌 30(日)福岡 5/3日(水祝)大阪 4日(木祝)名古屋 5日(金祝)東京 6日(土)お休み 7日(日)東京
アクアのツアー日程は既に1月の段階で発表されている。そして多くのアーティストがアクアのライブ日程との競合を避けた。ホテルが取れなくなってしまうからである。アクアは29日札幌の翌日30日福岡と大移動だが、これは5月3-4日の福岡は博多どんたくとぶつかるので、これを回避した結果ここがこのようになってしまった。むろんKARIONもこの日程を避けている。
これを知らずに競合する日程で学会やフェアなどの日程を入れていたものの、1ヶ月くらい前の段階で「ホテルが取れない!」という悲鳴が多くの参加者からあがり、急遽場所や日程を変更した所などもあったようである。
4月下旬、暖かい話題も飛び込んで来た。
リダンダンシー・リダンジョッシーのリーダーでギターの中村正隆とボーカルでセカンドベースの鹿島信子が結婚するというのである。
ふたりの仲は、“ファンの目”からはデビュー以来公然の関係ではあったものの、実際に中村君が信子に告白したのは、ごく最近のことらしい。ふたりで仲よさそうに並んで記者会見をしていたが、
「妊娠していますか?」
という記者の質問に対して
「まだ2ヶ月半なんです」
と信子がはにかむような顔で答えた。
「おぉ!」
と記者から歓声があがる。
「予定日が12月9日なんです」
と中村君がコメントする。
「それでリダン♂♀(*1)のライブ活動に関しては大変申し訳ないのですが、来年3月くらいまでお休みさせて頂きますが、彼女の負担にならない範囲でアルバムの製作は進めていきますので」
と中村君は続けた。
(*1)「リダン♂♀」と書いて「リダンリダン」と読む。
後日、中村君と信子は、私や千里など数人の親しい人との集まりで
「妊娠はわざとなんです」
と言っていた。
芸能人カップルの《わざと妊娠》は割と多い。多くは事務所から結婚を反対されるのを防ぐために妊娠という既成事実を作り、妊娠しているのなら仕方ないかと思わせるためである。
そのことを訊くと
「いや、事務所(ζζプロ)は認めてくれていたんですけどね〜、僕の両親を説得するのに、妊娠しちゃおうよと話したんです」
と中村君は言う。
「私が元男性だったから、彼の両親が、オカマと結婚するのか?みたいに思ったらしくて」
と信子。
「ああ、そういう話か」
「私もあまり妊娠する自信は無かったんですけどね〜。試してみたらうまく妊娠できたので、それでやっと彼の両親が折れてくれたんですよ」
と信子。
「まあ半陰陽と性同一性障害がごっちゃになっている人は多い」
と私は言ったのだが
「信子ちゃんの場合は、半陰陽ともGIDとも違う突発性性転換症だから」
などと千里は言っている。
「いやまさにそういう状況でした」
と信子が言う。
「でも元々女の子になりたかったんでしょ?」
と鮎川ゆまが言う。
「なりたくなかったといえば嘘になるけど、積極的になりたいとまでは思ってなかったんですけどね〜。でも女の子になっちゃったら、それで適応しちゃったという感じで」
と信子。
「ノブはとても女らしいです。実は男性時代から、見つめられたりするとドキドキしちゃって。自分は異常なんだろうかと悩んでいた。だから、ノブが女の子になったというので、やはり自分は異常じゃなかったんだと安心した」
と中村君。
「まあ別に同性で好きになるのも異常ではないけどね」
と、ゆまは言っていた。
さてローズ+リリーは、ここ数年次のようなタイトルでアルバムを製作してきた。
2013.07.03 RLA09『Flower Garden』国内210万枚 海外80万枚
2014.12.10 RLA10『雪月花』国内220万枚 国外120万枚
2015.12.02 RLA11『The City』国内130万枚 国外(振袖とセット)65万枚
2016.12.07 RLA12『やまと』国内190万枚 国外130万枚
今年2017年のアルバムについて、私は昨年秋くらいの段階で『Four Seasons』とすることを固め、氷川さんの了承を得て構想を練り始めていた。
ところがである。
5月の連休明けに★★レコード、○○プロなどの多数の関係者が集まった製作会議の席でこの私の提案が否決されてしまったのであった。
一昨年の『The City』が失敗作(と言われても国内ミュージシャンのアルバムの中では集団アイドルの作品を除いて最も大きなセールスをあげている)であったとして、英語のタイトルは避けて欲しいと言われたのである。
そして製作会議側からぜひこれをと推奨されたタイトルは『郷愁』である。特に★★レコードの村上社長と、○○プロの浦中副社長が「これは素晴らしい。きっと売れる」と言い、UTPの須藤社長も「そういうの好き!」と言っていた。今回、浦中さんではなく、私の理解者である丸花社長が出てきてくれていたらと私は思ったのだが、仕方ない。
私はアルバムの構想を最初からやり直す羽目になった。
しかも発売時期はここ数年、年末のぎりぎりに発表されていて営業活動もしにくいし、ツアーなども組みにくいということで11月上旬に発売して欲しいと言われた。すると10月上旬にマスタリングを終えないといけないので結果的には9月末までには完成させる必要がある。正直、辛いと私は感じた。
「正直自作曲だけでは間に合わないんです。申し訳無いですが曲を頂けませんか?」
と私は、数人の親しい作曲家に頼んだ。
それが、鮎川ゆま、近藤七星、Eliseの3人であるが、みんな快諾してくれる。更にちょうど青葉が、桃香が赤ちゃんを産んだのでそのサポートに出てきていると聞いたので、彼女に
「相談したいことがあるから、可能だったら、うちに寄ってくれないか」
と頼んだ。
すると千里も一緒だというので驚き(千里は現在海外遠征中と聞いていた)、国内にいるのなら、ぜひ一緒にと言ったので来てくれた。これが5月12日のことである。
私は2人に可能なら2曲ずつ提供してもらえないかと頼んだ。彼女らに4曲書いてもらうと、ゆまたち3人に頼んだ3曲と合わせて7曲になる。残り3曲なら私も充分な品質のものを書くことが出来る。
この時点で私が恐れていたのは、時間の無い中で自作曲にこだわりすぎて、楽曲の品質を落としてしまうことであった。本当なら10曲のアルバムならその内5曲は自作曲で行きたい。しかし、その結果駄作だらけになるのは困る。ローズ+リリーのアルバムは1曲1曲がシングルで出してもいいような曲で構成するのがポリシーだ。ここで、ローズ+リリーの世界を充分に理解してくれている千里や青葉なら、ローズ+リリーのアルバムの世界観を壊さないような作品を書いてくれるのではと期待したのである。
事情を聞いて千里は
「だったら私は3曲書く。その内2曲はまるでケイが書いたみたいに書く」
と言った。
そして千里は青葉にも「こういうのやってみない?」と言って、突然千里による『ケイ風作品の作り方』の講義が始まったのであった。
千里はまず私の作品を4期に分けた。
第1期(2005-2007.7) 硝子の迷宮・ゴツィックロリータ・雪うさぎたち
第2期(2007.8-2010.2) あの夏の日・雪の恋人たち・花園の君・雪を割る鈴・遙かな夢
第3期(2010.3-2013.9) 影たちの夜・Spell on You・キュピパラペポリカ・ピンザンティン
第4期(2013.10-現在) アメノウズメ・Heart of Orpheus・コーンフレークの花・振袖・夜ノ始まり
「第1期はナイーブな作品、第2期はフォーク色が強い。第3期は調性を破壊して、調性音楽とも無調音楽とも違う“自由調性”ともいうべき音階を使っていたけど、行き詰まった。第4期は調性を回復してポップロック色が強くなる。但し和楽器をフィーチャーして結果的に微分音階を取り入れている」
と千里は解説する。
「それ私の作品じゃない作品が入っているけど」
「クレジットと関係無く、3分の2以上ケイが関与したと思われるものは入れている。逆にケイがクレジットしていても明らかに他の人の作品は除外した。『神様お願い』はマリちゃんの作品、『海を渡りて君の元へ』や『恋座流星群』は和泉ちゃんの作品」
と千里は言う。
「よく知ってるね」
と言って私は苦笑したが、千里は
「聴けば分かるじゃん」
と言っている。
そしてケイ(=水沢歌月)が書いたヒット曲を分類する。
2015.12『振袖』190万 4期
2017.11『来訪』170万 4期
2015.07『コーンフレークの花』160万 4期
2014.07『Heart_of_Orpheus』140万 4期
2013.08『花の女王』130万 1期
2012.02『天使に逢えたら/影たちの夜』130万 1/3期
2011.08『キュピパラペポリカ』120万 3期
2013.01『夜間飛行』110万 3期
2013.03『言葉は要らない』110万 2期
2014.04『幻の少女』110万 4期
2009.01『涙の影』110万 2期
2012.12『雪うさぎたち』110万 1期
2011.11『涙のピアス』108万 3期
「ミリオン達成している曲でも品質的に微妙なのは外した」
などと千里は言っている。こんなこと堂々と言うのは、千里とか浜名麻梨奈とかだよなと私は思った。
外されたのは『100%ピュアガール』『不等辺三角関係』『ちゃんぽん』だろう。
「ところで見た目に騙されるんだけど、第4期の曲というのは、実際にギターとかで弾き語りしてみると分かるんだけど、実は第2期の系統の作品を賑やかにしただけなんだよ」
と千里は言っている。
「1期の頃は何にも考えずに作品を書いていた。しかし2期でケイのスタイルが確立した。ところがそこに迷いが生じて迷走していたのが3期。4期は昔のスタイルを思い出した。だから4期も実は中身はフォーク。但しそこに大編成の伴奏を入れて重厚なサウンドを作った。グランドオーケストラを作った経験なども入っているね」
と千里は言う。
「中身はおじさんでも可愛い服を着せて上手にお化粧すると美少女になるかもという話」
「いやそれはありえない」
「だから」
と言って千里はいったん言葉を切る。
「ケイっぽい作品を書くには2期の曲の真似をすれば良い」
「なるほどぉ!」
と七星さんが声をあげた。
「曲って実はどんな楽器で作曲したかによって結構性格が変わるんですよ。ケイって超一流のピアニストで、しばしば超絶ピアノ演奏とか披露しているから、ピアノで作曲しているように思うかも知れないけど、ケイの曲ってむしろギターで作曲したかのようにコードが先に書かれている雰囲気があるんです。メロディーは平易」
「確かにケイの曲はカラオケで歌いやすいものが多い気はする。声域の問題さえ何とかなれば」
と七星さん。
「それでメロディーが平易な代わりに、コード進行に特徴があるんですよ。それはジャズのブルーノートに似ているけど、あれよりずっと優しく聞きやすい。調性を重視している。私はこれをグリーンノートと呼んでいる」
と千里。
「へー!」
それで千里は具体的にいくつかの曲を例に挙げてその特徴的コード進行を解説した。そのあたりは私も無意識に書いていたものなので、作曲している私自身が「なるほどー!」などと感心して声をあげていた。ここまで私の作品を分析している千里って凄い!と思ってしまった。
その後、千里は「ケイの曲はサビからある一定規則によってメインテーマが作られている」という仮説を披露する。
「サビとメインテーマが独立している作品も多くあるけど、多くは統一感が無い。やはりファンから支持されている作品はサビから自動的にメインテーマが導き出されている。それは和歌の下の句を聞いて、それに合う上の句を作るような作業なんだよ」
と千里は言う。
「規則というのは意識していないけど、確かに私はサビを最初に考えて、そこから組み立てて行くことが多いよ」
と私も言う。
そして最後に千里は、私自身が特に初期の作品で多用していたメロディパターンを4つ挙げた。
「特にこのAのパターンはケイの初期の作品に頻出していてファンの間でもケイ・パターンと呼ばれているんだ。ケイの署名みたいなもの」
と千里は説明した。
ここまで解説を聞いていて、七星さんが言った。
「だったら私も自分の曲1曲に加えて、このやり方でケイ風の作品を1つ試作してみるよ」
「私も自分の曲1曲とケイさんの風の曲を1曲書いてみます」
と青葉が言う。
私はもうどう答えていいか分からずに苦笑していたのだが、千里は言った。
「それで私は3曲書いて、その内2曲はケイ風に書く」
と千里。
「するとこれで私たち3人でケイ名義の作品を4曲書ける。それに加えて、私、七星さん、青葉、ゆまちゃん、エリゼさんで1曲ずつ提供すれば9曲になる。あとケイ自身が3曲書けば12曲入りのアルバムになるね」
と千里は言った。
「ごめん。1日考えさせて。でもその作品作りは進めていてもらえない?もし今回のアルバムに使えなかったとしても、必ずどこかで使うから」
「了解了解」
と千里は笑顔で言っていた。
5月13日。
政子は珍しく早朝に起きたかと思うと
「美空と一緒にケーキの食べ放題に行ってくるね」
と言って出かけて行った。
政子を1人で出すのは怖いのだが、まあ美空と一緒ならいいだろうと思い、私は楽曲のとりまとめで忙しかったこともあり、そのままひとりで出した。
しかし実際は政子は美空に口裏合わせを頼んで、単身新幹線で大阪に行っていたのであった。
新大阪駅で降りた政子は地下鉄に乗り換え、やがて大阪市内の某駅で降りる。そして駅から歩いてすぐの所にある総合病院に入った。
産婦人科のある5階に上る。キョロキョロして歩いていたら、若い看護婦さんから声を掛けられた。
「お見舞いですか?」
「あ、えっと松山露子の友人なんですが」
「松山さんなら、4号分娩室ですよ。さっき入られた所なので、まだ1-2時間かかるかも」
「ありがとうございます!」
それで看護婦さんから教えられた方角に行き、4号分娩室を見つける。廊下に松山貴昭と彼の両親がいるのに気付き、ギクッとする。立ちすくんでいたら、貴昭が政子に気付いた。
「どうしたの?」
「心配で来てしまった」
「ここに座ってなよ」
「うん」
それで政子は貴昭の隣に、30cmくらいの隙間を空けて座った。この30cmの距離が今の自分と貴昭の距離なのかも知れないと政子は思った。
「そちらは?」
と貴昭のお父さんが尋ねるので、貴昭は
「露子の古いお友達なんだよ」
と答えた。
「露子は昨夜陣痛が始まって。つい30分ほど前に破水して分娩室に入った。初産だから時間が掛かるかも」
と貴昭が説明する。
「露子さん、細いから心配で」
と貴昭のお母さんが言っている。
確かに細い人だよなあと政子は思った。体重が40kgあるかないかくらいだった。
「露子さんのご両親や妹さんは?」
と政子が訊く。
「昨夜連絡したんだけど、甑島から出てくるのは大変なんだよ。多分夕方になる。さっきもうすぐ川内港という連絡はあったんだけど」
と貴昭。
甑島から大阪に出てくる場合、鹿児島空港から空路を使う手と川内駅から新幹線を使う手があるが、実際問題として大して時間差は無いらしい。費用は新幹線のほうがずっと安いので、新幹線を使うということだった。お父さんが結構足腰が弱いらしく乗り換えに時間がかかるので、恐らく14:00の《さくら》になり、それだと新大阪到着が17:48である。そこからこの病院まで30分くらい掛かるが、通勤ラッシュにぶつかるので、1時間くらい掛かってしまうかも知れない。要するに今日中には着くだろうというレベルだと貴昭は細かい説明をした。
「未経験の人が通勤ラッシュの電車に乗ったらショックで死にかねないかも」
と政子。
「うん。だから状況次第では、通勤ラッシュが収まるまで新大阪駅で休憩してから、移動した方がいいと妹さんには言った」
と貴昭。
「その方がいいと思うよ」
と政子は言った。
結局政子はそのまま貴昭としばらく話していたのだが、ふと気付く。
「露子さん、他にお友達とかは?」
「あいつ、あまり友だちがいないんだよ。あまり都会の空気に馴染めなかったみたいでさ」
「そっかー」
そして政子が到着してから1時間ほど経った頃、
「おぎゃー、おぎゃー」
という元気な産声が聞こえた。
「やった!」
と思わず貴昭も政子も声を出した。
少しして看護婦さんが出てきて
「女の子ですよ」
と告げた。
「貴昭さん、女の子のパパになったね。おめでとう」
「ありがとう」
何となくふたりは握手をして見つめ合った。政子は久しぶりに彼の手に触れてドキッとした。
「じゃ、私は帰るね」
と政子は言った。
「そう?」
と貴昭。
「あら、露子さんに会ってあげてください」
とお母さんが言ったが
「ごめんなさい。仕事の途中を抜け出してきたので」
と政子は言って、フロアを後にした。
政子はそのまま病院のロビーで3時間ほど待った。大阪に来ているのに、そしてまだお昼も食べていないのに、政子は何も食べずにその3時間を過ごした。
そしてまた総合病院の5階に行った。新生児室に行く。
どの子かな・・・・と思って並んでいる赤ちゃんを眺めていた時、ひとりの赤ちゃんが政子の方を見て、ニコッと笑ったような気がした。政子はその子が凄く愛おしい気がした。
看護婦さんが通りかかる。午前中に政子に声を掛けてくれた看護婦さんである。
「あら、松山さんのお友達でしたね」
「あそこの右から2番目の子が松山さんの赤ちゃん?」
「そうですよ」
「ママに似て可愛いなと思ったから」
「さっきまで凄くご機嫌が悪かったのに、今は笑顔ですね」
そんな会話をしてから政子は
「ありがとうございました。今お見舞いして帰る所だったんです。じゃ失礼します」
と言って、今度こそ本当に病院を出て、地下鉄の駅に向かった。
政子は帰りの新幹線の中でぼーっとしていた。新幹線の中でも政子は何も食べなかった。
そして恵比寿のマンションに帰り着いて、冬子が
「マーサ、どこに行っていたの!?」
と咎めるような声で訊くと、こう言った。
「お腹空いた〜。冬、スパゲティが食べたい」
5月21日。千里は「ケイ風に書いた曲」2曲を送って来てくれた。
ひとつは1960年代のグループサウンズっぽい曲『お嫁さんにしてね』という曲、もうひとつは1970年代のフォークっぽい曲『冬の初めに』という曲であった。スターキッズの標準構成で演奏する場合のスコア付きである。
私が彼女たちに頼んだのは5月12日である。それなのに千里はこの2曲をわずか9日後に続けざまに送って来た。1曲は21日の朝6時、もう1曲は夜の20時である。ほぼ同時に到着したのは、最初に2〜3日で曲の根幹を作り、お友達(?)にスコアを書いてもらったのが、同日に完成したからかな、と私は思った。しかしどちらも物凄くクオリティの高い曲であった。短期間にこういうレベルの高い曲を2曲というのが凄い。あるいはストックとして持っていた曲を手直してローズ+リリー用にしてくれたのかも知れないという気がした。
私は千里に御礼がてら21日の22時頃電話してみたのだが、つながらない。何かの作業中かなと思いメールしておいたら夜の1時過ぎに連絡があった。
「ごめーん。毎日22時から午前5時くらいはバスケの練習してるんだよ」
と千里は言っていた。
「あれ?もしかしてもうヨーロッパ遠征始まったんだっけ?」
「それはまだ。でも私も最近生活時間帯がどうもよく分からなくなって。1日に3回御飯は食べているんだけど、どれが朝御飯でどれが晩御飯か分からなくなりつつある」
「ああ。それは私も分からないかも知れない」
彼女に訊いてみると、別にストックを使った訳ではなく、この9日間の間に発想してまとめあげたものだという。
「『お嫁さんにしてね』はたまたまフロリダで結婚式を見て、それで思いついたんだよ」
「ああ、こないだアメリカに行ったもんね」
「『冬の初めに』はフランスの最近の気候から思いついたんだよね」
「最近?」
「フランスってさ、この時期は朝晩は冬服、昼間は夏服が必要なんだよ」
「そんなに寒暖の差があるんだっけ!?」
「だから実は『冬の初めに』はマルセイユの夕方の風景を読んだ歌」
「確かに歌詞がヨーロッパっぽい気はした」
そういう訳で、千里はまだヨーロッパ遠征には出かけていないというのに、ヨーロッパの歌を「最近」の体験から発想したという話で、何だか誤魔化されたような気もしたのだが、ともかくも彼女がこういう良質の歌を短期間で書いてきたことで、私は大いに刺激された。
千里は22日の朝になって
「PV作る時の参考になれば」
と言って、写真を数枚送って来てくれた。
結婚式の写真が写っている。タイムスタンプが2017.05.14 4:08になっているが昼間の風景である。教会の時計が映り込んでいることに気付いた。拡大してみると、3時8分くらいであることが分かった。昼間の風景だからこれは15:08のはずである。私は世界時刻のページで調べて、アメリカの東部夏時間っぽいことを確認する。つまりこれは本当にアメリカの東部で撮影されたものなのだろう。
まるで冬のような服装の人々が道を歩いている写真がある。タイムスタンプは2017.05.14 3:58 になっている。しかし情景は夕方か早朝という感じである。私は千里がマルセイユと言っていたなと思い、この日のマルセイユの日没時刻を国立天文台のサイトで調べてみた。すると現地時刻で 5/13 20:53 日本時間に直すと 5/14 3:53 であり、すると千里が写した写真はマルセイユの風景だとしたら日没の5分後に撮影したことになり、光の加減と矛盾しない。
しかし・・・アメリカ東部の写真とフランスの写真の時間差はわずか10分である。私は写真のExif情報を表示してみた。
どちらもメーカー情報や位置情報が入っている。アメリカ東部と思われる写真の位置情報で地図を見ると、撮影場所はフロリダ州のオーランドであることが分かる。メーカーはアップルだ。iPhoneかiPadで撮影したものだろう。
フランスと思われる写真のExif情報も見ると撮影場所は間違い無くマルセイユである。メーカーはSharpになっている。もしかしたらAquos Phoneかも知れない。
でも千里はガラケーを使っていたはずである。となると、これは恐らく千里の友人が今フランスとアメリカに居て、偶然ちょうど似たような時刻に撮影して送ってくれたものなのだろう。たぶん千里はその写真にインスパイヤされて、あの2曲を書いたのではないかと私は推測した。
でも。。。まるで自分が見たかのような言い方をしていたのはなぜだろう?
千里が曲を送って来てくれた翌日の5月22日の午後、私は神田にある和泉のマンションに行っていたのだが、そこに近くのマンションに住居兼東京事務所があるトラベリングベルズの海香さんがやってきて「何か食べさせてぇ」と言った。
「ここにはインスタントラーメンとか、レトルトカレーとかしかないけど」
と和泉が言っている。
「ああ、そんなんでいい」
それで結局、私が!出前一丁を3人分作って出した。
「すごーい。野菜が入っている」
「キャベツでも入れようかと思ったけどキャベツどころか何も野菜が無いから、冷凍室にあったミックスベジを入れた」
「うん。うちに生野菜があるわけない」
「でも海香さん、今日は空帆ちゃんや奈々美ちゃんは?」
「ふたりとも大宮万葉(青葉)の誕生日パーティーに行っていて、多分今夜は戻ってこない」
と海香は言っている。
空帆と奈々美は海香の食事を作ったり東京事務所の事務や雑用などをする代わりにタダでそこに住んでいる。いわば住み込みの書生のようなものである。
「料理作り置きとかしておいてくれなかったの?」
「兄貴が来て全部食べ尽くしていた」
「孝郎さん来てたの?」
「うん。でも帰った」
「ありゃ。こちらに来てたのなら会いたかったなあ」
「旅館関係の組合の会合があって来てたんですよ。でも団体客の対応しなきゃというのですぐ帰って行った」
「忙しいなあ」
「空帆ちゃんたちは、高岡まで行ったんですか?」
と和泉が尋ねた。
「いや、万葉さんがこちらに来た。万葉さんのお姉さんが赤ちゃん産んで、今万葉さんの彼氏の家にしばらく滞在しているらしくて」
と海香。
「あ、そういえばそうだった。自分のアパートじゃなくて、万葉の彼氏のアパートに居るんだ!」
と私。
「自分のアパートだと何かあった時、誰も助けてあげられないからって」
「そっかー。醍醐春海は最近ずっと合宿とか海外遠征とか続いているから」
「その赤ちゃん産んだ人と、醍醐春海さんと、大宮万葉さんが姉妹?」
と海香が訊く。
「そうそう。それで三姉妹」
「最初は全員男だったのが、性転換して全員女になったんだっけ?」
と和泉。
「え!?そうなの?」
と海香が驚いている。
「今回赤ちゃん産んだ人が天然女で、あと2人が男から女への性転換組」
「あ、赤ちゃん産んだのなら天然女だろうね」
「でも醍醐春海は元男の子だったはずが、間違い無く赤ちゃん産んでる」
「じゃ半陰陽?フェイみたいな」
「というわけではないみたいなんだよね〜。そのあたりの事情がよく分からない」
「まあそういう訳で、その赤ちゃん産んだお姉さんは出産直後で動けない。万葉さんの彼氏はその人を自宅に置いているから動けない。醍醐さんも色々忙しくて高岡まで行っている時間はない。それで、結局万葉さんが東京に出てきたらしい」
「つまり万葉が東京に出てきてるんだ!?」
「お昼くらいに高岡を出たはずと聞いた」
「だったら、今頃こちらに着いているくらいかな」
それで私はすぐに彼女にメールを送った。
《東京に出てきたのなら、もし可能だったら明日にでも会いたい》
それで結局、翌日の午前中に、私が大宮まで行って現地の料亭で会うことにしたのである。
「遅ればせながらお誕生日おめでとう」
と言って、私はまず政子が銀座の洋菓子店で買ってきてくれたフルーツケーキを渡した。
「わぁ!ありがとうございます」
と言って、青葉が受け取る。
「政子がお気に入りの店で買ってきたんだよ。それとこれ、早月ちゃんの出産祝い」
と言って祝儀袋を渡すと青葉が一瞬「わっ」と声をあげた。
「ありがとうございます。これ重いんですけど〜」
「私と政子の2人分。ちょっと少ないかなとも思ったんだけど」
「じゃ取り敢えずこのまま渡します」
祝儀袋は、中田政子・唐本冬子と連名にしている。私と政子は夫婦の感覚なのでだいたいこの手のものを連名で出している。
たぶん私と政子の「夫婦感覚」は千里と桃香の「夫婦感覚」に近いんだろうなと私は時々思う。間違い無くお互いを愛しているのに、各々は別の恋人も持っている。そしてそちらの方が、世間的な意味でのカップルに近い気もする。
またどちらも天然女性とMTFの組合せだが、天然女性側が夫で、元男性の側が妻であるのも似ている。私と政子の関係は精神的には政子が夫だが性生活では対等であって、タチとかネコといった関係も無く、道具なども使わない(鞭や蝋燭も雰囲気を出すためだけで実際に相手の身体には当てない)が、千里と桃香の場合は桃香が明確にタチで物理的にも夫の役割をしているようだ。恐らく世間的には彼女たちのように男女の役割が明確なレスビアン・カップルの方が多いのだろう。
「でも済みません。お忙しい冬子さんの方からこちらまで来て頂いて」
と青葉は恐縮していた。
「まあそういう訳で氷川さんとも話し合ったけど、今年は千里の申し出を受け入れて、私は今回は歌唱・演奏に集中して、楽曲はみんなに任せることにした。自作曲はたぶん3曲。1曲は大学生時代に書いた『同窓会』という曲を手直しして使って、1曲は『Four Seasons』に使うつもりで4月に書いた『春の詩』という曲を使おうと思っている。『同窓会』は千里の言う迷走していた第3期の作品だけどね」
「でもあの区切りはさすがちー姉だなと思いました。確かにその付近のタイミングで冬子さんの曲って作りが変化しているんですよ」
「第1期と第2期の差は私が政子と出会ったことで起きたのだと思う。社会批判が強いのが政子の思想的な傾向で、そこからフォークに共感しているからね、あの子」
「第3期は私と政子が完全に結ばれた所から始まっていると思うんだけど、あの時期、最初は今までにない新しい音の組合せに興奮してかなり斬新な曲作りをしていたんだよ」
「特にそれが凄いのがSpell on Youですよね」
「そうそう。キュピパラ・ペポリカと合わせて私の2大無国籍曲と言われているみたい」
「キュピパラ・ペポリカは曲は普通のポップスですが、歌詞が訳わかりませんね」
「ああいう訳の分からない歌詞を書ける政子は天才だと思った」
「そして第4期は青葉にヒーリングしてもらって、創作の泉を再発見した以降だね」
「そうなんですよ。あれは再発見なんです。第3期の冬子さんの曲は演奏が難しいものが多くて、ブルーノートみたいな動きが多いんですが、やはり無調音楽的なものと、ポップス作家というポジションとのすりあわせができなくなって不調に陥っていたんでしょうね。今から考えると」
「うん。先日千里に指摘されてあらためて思った。彼女は第2期の頃から私の作品をたぶんいちばん近い所からずっと見ていたろうから」
「しかし村上さんが社長に就任して以来、★★レコードの売上げが激減しているから、数少ない良好な売上げのアーティストにテコ入れするつもりなんだろうけど、ハッキリ言って邪魔」
と相手が青葉なので、私は正直な感想を言った。
「握手券とか投票券とか付けろと言われませんでした?」
「言われたけど、それは浦中さんが反対してくれた」
「ああ。まだ浦中さんは芸術を理解していますからね」
「若干センスは古いけどね。だから逆に***商法とか*****商法とかはかなり不快に思っているみたいだよ。あれはCD売上げ統計から外すべきだと言ってた」
「★★レコードは、年末に癌で入院していた滝口さんが退院して、年明けから『戦略的音楽開発室』を改組した『戦略的新人開発室』を立ち上げたけど、それで売り出した猫山ニャル子がいきなりソフトバンククリエイティブからクレーム入って猫山ニャン子にしたら今度は秋元康さんからクレームが入って、結局猫山ミケに落ち着いたけどCDを2回もプレスし直した割に売上げが3万枚も行かず、大赤字で」
「大変ですね〜。せめてもう少し歌がうまければいいんですが」
「うん。オーディションまでやっておいて、なぜこの子を選んだ?という気はした。三つ葉の妹分なのに」
「今回テレビ局の協力が得られませんでしたしね」
「ところで最近千里、どうかしたの?」
と私は訊いた。
千里に12日に作曲を依頼して、彼女は3曲書くと言っていたのだが、その内2曲を21日には送って来てくれて、実は今朝3曲目を送って来てくれたことを言った。
私は千里が現在アジアカップに向けてかなりハードな代表活動をしている最中なのに、わずか11日間で3曲も書いてきて、しかもそれがいづれもかなり品質のよい作品であることに驚いていることを話した。
すると青葉は驚くべきことを言った。
「実は先月、4月16日の夜に姉は落雷に遭ったんですよ」
「落雷!?」
「差していた傘に落雷したらしく、本人も意識を失って病院に運び込まれたのですが、1時間ほどで意識も回復したんです。傘も燃えてしまったし、服も若干焦げたりしていたのですが、本人は火傷とか怪我とかも全然してなくて。逆に無事なのを医者が不安に思って丸1日徹底的に検査されたらしいですが、異常無しということで解放されたんですよね」
「全然知らなかった!」
「それで姉はどうもそれ以来、コントロールが効いてない感じなんですよ。元々姉は凄まじい霊的なエネルギーを持っていて、普段はそれを抑制していたのですが、今どうも暴走している感じで」
「確かに暴走かも!」
「わずか11日で3曲書いちゃったというのは、その暴走の現れかも知れませんね。ただ姉はだいたいメロディーとギターコードだけ書いて、スコア作成はお友達に頼んでいるようなので、それだけなら、激しい合宿の合間にも書けるかも知れません。今だいたい1日9時間くらい練習しているそうなので、食事や睡眠の時間を除いてたぶん作曲に使える時間が5時間くらいあるのではないかと思います」
「そういう事情だったのか」
「むしろどんどん曲が出来ちゃって渡せる人がいなくて困っているのかも」
「まあそういうのはストックしておいもらえば、いづれ使えると思うよ」
と私は言った。
その後、私たちはアクアのプロジェクトに関しても意見を交換した。今年のアクアのスケジュールは、2-7月が『ときめき病院物語』の撮影、8-10月に映画を製作して、11-1月にアクア主演の10代向けドラマという線である。但し7-8月は夏休みの大規模全国ツアーを行う可能性がある。昨年までは日程の関係で五大ドーム7日間のようなツアーしか組めなかったものの、今年はドラマ撮影と映画撮影の隙間を狙って全国12ヶ所ツアーくらいできるかも知れないという話もあった。ただそれでアクアが昨年のように体調を崩す程のハードスケジュールにはならないようにして欲しいと、青葉からもあらためて要望を出したということであった。
「実際問題として§§ミュージックの売上げの99%以上がアクアの売上げだし、TKRの売上げの80%がアクアの売上げなんだよ」
と私は言う。
TKRの売上げの残り20%の内、12%くらいがステラジオである。ステラジオが所属するΘΘプロのアーティストも大半がTKRに所属するが、三つ葉だけはデビューの経緯から★★レコードになっている。但し森元課長が管轄する制作部JPOP課ではなく、日吉室長(係長待遇)が主宰するメディアミックス推進室の直属になっている。メディアミックス推進室は後続のオーディション実施にテレビ局側が消極的であるため、現在、事実上三つ葉のための部門と化している。テレビ局としては三つ葉の人気が安定しているので、わざわざそのライバルを作って混乱を招きたくは無いということのようだ。
「恐ろしいですね。アクアにスキャンダルが出たり、何かで人気急落したら、どちらも倒産必至ですよ」
「たったひとりの高校生の肩に何百人もの社員の生活がかかっているというのも凄いね」
「でも実際そのリスク分散のためにどちらも分社化したんでしょ?」
と青葉は言う。
「そうそう。万一のことがあれば§§ミュージックは精算して§§プロに統合、TKRも精算して★★レコードに統合だと思う」
と私も言った。
「だけどTKRの活動は着実に全国に定着して行っている。現在TKRと契約を結んでいるアーティストは全国で2000組にもなっている。彼らがマイペースで作品を発表し、ライブをすることができるのは、いわばアクアのお陰だね」
「その中からステラジオとかレインボウ・フルート・バンズといったクラスのアーティストが生まれるかも知れませんし」
「うん。だから松前さんはTKRを作ったんだと思うよ」
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【夏の日の想い出・混乱と暴走】(1)