【夏の日の想い出・やまと】(4)

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10月6日。波歌(しれん)たち“三つ葉”が出演する新番組『3×3大作戦』の初回放送が行われた。
 
予告編通り、3つのチーム“葉っぱチーム”、“香炉チーム”、“子猫チーム”のメンバーが色々なことに挑戦しようということなのだが、初回に与えられた課題は
 
《肺活量を鍛えるぞ》
 
ということであった。
 
番組アシスタントの金墨円香が説明する。
 
「君たちは歌手の卵だけど、歌手は歌がうまくなければならん。歌の下手な歌手は伸びたインスタントラーメン並みに不味い。歌をしっかり歌えるようになるには、まずは肺活量を鍛えることが大事。肺活量が無いと細かく息継ぎしながら歌うことになって、歌の情緒も何もなくなってしまう」
 
司会のデンチュー殿山が突っ込む。
「三つ葉はまだ歌手の卵かも知れんが、スリファーズとか桜野みちるとかはもう卵ではないのでは?」
 
スリファーズは2010年デビューで★★レコードの中堅歌手である。いつも1万人クラスの会場を満杯にするし、ゴールドディスクも何度も出している。桜野みちるも同じく2010年デビューで、いまや§§グループの看板歌手である。年齢的にはみちるがスリファーズの3人より2つ年上である。
 
円香は答える。
 
「香炉組はまあ育った卵かな。信濃町組は一部親鶏もいるが、過半数がまだ卵だから」
 

「それで何をするんですか?」
と“香炉チーム”スリファーズの春奈が質問する。
 
「肺活量を鍛えるにはやはりマラソンだな。だから練習して全員でマラソン大会に出場するぞ」
と円香は言った。
 
「え〜〜〜!?」
という声があがる。
 
「マラソンなんかやらせたら、腕や足が太くなって、アイドルとして問題にならないか?」
とデンチューの昼村が指摘する。
 
「今時針金のように細いアイドルなんて需要は無いよ。そんな細いアイドルを公共の電波に乗せて流したら、中高生の女の子たちが自分たちもあのくらい細くなろうと無理なダイエットをする。それは生理不順ほか様々な身体の不調を引き起こし、寿命も縮むし子供を産むのにも差し支える。これからは、安定した体格でしっかりした歌が歌えるアイドルがトレンドだな」
 
と円香は言った。
 
「歌はうまくなりたいですよ」
と三つ葉のシレンが言う。
 
「よし。では頑張ろう」
と言って、9人は最初どこかの陸上競技場に連れてこられた。熊谷市総合陸上競技場というテロップが出る。そしてそこに登場したのは元女子マラソン選手の松山優実さんである。
 
「よし。それではみんなでリオデジャネイロ五輪を目指すぞ!」
と松山さんが言うが
 
「それもう終わってますけど」
と円香から突っ込まれている。
 

テレビを見ていて政子が言った。
 
「前から思ってたけどさ、この番組って、デンチューの2人よりアシスタントの円香ちゃんのほうが司会的な役割をしてない?」
 
「それはネットでもかなりそういう指摘がある。円香は機転が利くし、うまいタイミングでうまいことが言えるし、気配りが物凄いよ、あの子は。逆に司会者のはずのデンチューはそのあたりができない。あと、面白い話があった時、円香は顔色一つ変えずにそれを話すことができる。ところがデンチューの2人は自分たちが笑ってしまう。これはコメディアンの根本ができてない。コメディアンは人を笑わせることがお仕事なのであって、自分が笑っちゃいけないんだよ」
 
と私は言う。
 
「この番組って全部台本?」
 
「基本的には台本だよ。ただ、一部敢えて台本無しで撮る部分もあるし、一部の出演者にわざと台本を見せずに撮る場合もある。その時、素(す)の反応が出るのが面白い。波歌(しれん)ちゃんとか、円香とかがそういう場合にいい味を出しているんだよね」
 
「ああ。三つ葉の3人は結構素でやらされているなというのは思った」
 
なお、この番組は前半がその「マラソンの練習」の様子が映り、後半はスタジオで3チームはミニゲームをやらされ、今日は若さで体力にまさる三つ葉チームが美事優勝していた。
 

10月9日(日・大安)。私たちの大学時代の友人・博美が結婚式を挙げた。
 
私と政子が大学時代に最も仲良くしていたのがこの南野博美ともうひとり、丸山小春の2人で、一時期2人には「影武者ライブ」の影武者も務めてもらっていた。ふたりがローズ+リリーの歌を街頭でギターとカホンを演奏しながらカバーして歌っているように見せて、実際には歌は観衆に紛れた私と政子が歌うという形で、実は政子の“リハビリ”をしていたのである。
 
それで2人には何度かローズ+リリーの公式公演でも出演してパフォーマンスをしてもらったことがある。また博美には最近、私が書いた曲のスコア入力の作業も手伝ってもらっていた。
 
私と政子はおそろいの振袖(型押しの京友禅)を着て、結婚式に出かけて行った。なお、花嫁が手描き友禅の大振袖を着ることを確認の上この服を選んでいる。
 
披露宴の司会はその親友の小春がしていた。
 
大学生時代の友人たちが他にも何人も来ており、私たちは束の間の昔話に花を咲かせた。私たちは今日は歌わないつもりで、政子とふたりでヴァイオリンとピアノの合奏をしようかとも思っていたのだが、花嫁が「歌って、歌って」というので、まああいいかと思い、私自身が式場のエレクトーンを弾きながら『振袖』を歌唱した。
 

10月10日。アクア主演『時のどこかで』の第2回の放送が行われたが、意外な展開に視聴者は驚いたようであった。
 
福島先生に脅かされたショックでタイムスリップした和夫(アクア)が辿り着いたのは、原爆が落とされる直前の長崎ではなく、明智光秀の夜襲を受けて陥落寸前の本能寺であった。
 
信長を演じるのは何と大林亮平である。政子が「きゃー!」と叫んでいたからこの様子では本人からこういう役をすることは聞いていなかったのだろう。そして森蘭丸は谷崎潤子であった。
 
大林亮平は昨年の『狙われた学園』で英光塾の主宰者・京極を演じた。谷崎潤子は今回のドラマの脚本を書いている花崎弥生さんの出世作『僕は北条政子』の主演(男の娘の北条政子役)である。ドラマの実質初回ということで、こういう大物の起用があったのだろう。
 
信長は最初は弓で闘っていたが、弓が全部折れてしまったので、槍で闘う。しかしその槍も折れてしまったので、女たちに「お前たちは襲われないはずだから、逃げろ」と言って奥の部屋に入り、自害しようとする。
 
その時、掛け軸の後ろで様子をうかがっていたアクア演じる和夫が出現した。
 

「何者だ?」
と驚いて振り返り、刀を抜いた信長であったが、アクアを見ると
 
「不思議な格好をしているが、女子(おなご)か?女子であれば、今すぐ脱出せよ。女ならば明智の軍勢も見逃してくれるはず」
と言う。
 
「私も脱出しますが、大臣様(*1)も一緒に参りましょう」
 
(*1)当時信長は右大臣を辞任した後、左大臣に推挙されるもその就任を延期。朝廷は「太政大臣・関白・征夷大将軍のいづれかに任じたい」と要請。信長はそれに返事をしたが、何と返事をしたかは記録に残っていない。その返事の直後に本能寺の変が起きてしまった。
 
「わしはここで自害する。人生五十年と思ったが、四十九で逝くのは少しだけ心残りじゃ」
 
「大臣様はここで消えるお方ではありません。このまま日向守(明智光秀)殿に天下を譲られますか?」
 
すると信長は怒るようにして立ち上がった。
 
「キンカ頭やサルや徳川にはやれん。権六(柴田勝家)か五郎左衛門(丹羽長秀)なら、まだ良いが」
 
「ではこれをお召し下さい」
「なんだと〜!」
 

アクアが信長に示したのは女の着物であった。
 
アクアは更に電気カミソリを取り出し、信長のヒゲを剃ってしまう。(最初は櫛刃を出してあらかた剃り、そのあと短い毛を剃るモードにして完全に剃った)
 
「お主は南蛮の者か?不思議なものを持っておるな」
と信長は感心したように言う。
 
そして髷を切って垂らして女の髪のようにし、アクアに勧められるまま、女の着物を着た。
 
「時間がありません。参りましょう」
と言った時、ふすまが開く。
 
血だらけになって瀕死の森蘭丸が崩れるように入ってくる。
 
「殿!?」
と言って驚いている。
 
「蘭丸殿、私は殿を連れて外に出ます」
「では私が殿の身代わりになります。殿、懐刀を頂けませんか?」
「うむ」
 
それで谷崎潤子の森蘭丸は、今信長が着ていた服を着ると、信長の懐刀を持ち、腹に突き立てて果てた。
 
それを見て、アクアの和夫が大林の信長を促して外に出る。
 
何度か血走った顔の武士が目の前に出てくるが
「何だ、女か。女なら行け」
と言って2人を通してくれた。
 
そうして火の手もあちこちであがる本能寺から、和夫と女装の信長は脱出した。
 
そこに数人の忍者が駆け寄る。
 
「大臣様でいらっしゃいますね。私、信雄様(*1)の配下、柘植三之丞と申します。お供つかまつります」
 
(*1)信長の二男で北畠家を継いだ。
 
その時、戦闘の流れ矢がこちらに飛んできた。
「きゃっ」
とアクアが声をあげたところで画面がブラックアウトする。
 

未来的な風景。
 
映画でニナ・ソゴルと会った場所に雰囲気は似ているが、調度などはかなり違っている(ことをネットの住人たちが確認して書き込んでいた)。
 
そこに出てきたのは未来的な服装の木田いなほである。
 
映画の展開かと思ったら、少し会話が違う。
 
「僕はニノ・ソゴル。ケン・ソゴルの弟なんだ。兄貴ったら、どうも古い時代にタイムリープしたみたいなんだけど、肝心のタイムリープ刺激薬を忘れて行っちゃってさ。これ無しでどうやって戻って来るつもりなのかね。もし、まだラベンダーが存在した時代まで行っているのなら、その成分を抽出して作る方法あるんだけどね。やり方は高校の化学でも習っているし」
 
結局、和夫はケン・ソゴルの弟ニノからタイムリープ刺激薬をもらって現代に戻る。そして深町和彦=ケン・ソゴルから、先週末に理科実験室で起きた事件のあらましを聞いた。
 
ケン・ソゴルが和夫からもらってタイムリープ刺激薬を使って未来に戻り、別れ際にふたりが握手して、「また会えるかもね」と言う所で第2回の放送は終了した。
 

「いなほちゃんの男装も可愛かったね〜」
と政子は放送内容に満足そうであった。
 
「でも何で男装してたんだろう?いなほちゃん、実は男の子で、映画では女装していたとか」
 
「まさか。だって女の子の声だったよ」
「アクアは中学3年でまだ声変わりしてないんだから、いなほちゃんも声変わり前なのかも。あるいはタマタマ取っちゃったとか」
 
「そんなことは無いと思うけどね〜。男の子で女装してたんなら、映画の時に騒がれているよ」
と私は言っておいたが、政子は勝手にあれこれ妄想しているようであった。
 

10月17日。私たちはコスモス畑で有名な生駒高原に向かった。ここのコスモスが咲き始めるのはだいたい9月下旬だが、やはり壮観な雰囲気になるのは10月の中旬くらいなので、そのタイミングを待っていたのである。
 
ここで『コスモスの園』のPV撮影を行い、その記憶の新鮮な内に福岡市内のスタジオで音源制作を行うことにした。
 
このPVには秋風コスモスに出演してもらうことにし、まだデビュー前の姫路スピカも一緒に宮崎県小林市の生駒高原まで行った(スピカは『祗園祭の夜』にも出演してもらっている)。そして私とマリ、コスモスとスピカの4人で咲き乱れるコスモスを背景にお散歩したり、お茶を飲んだりする様子を撮影した。
 
かなり撮影が進んだ所で、コスモスが唐突に訊く。
 
「ねぇ、まさか私を宮崎県まで呼んだのは、名前の語呂合わせのため?」
「そうそう」
「私忙しいのに!」
 
確かに社長業自体が大変だろうし、アクアに関する処理でかなり時間を取られているだろう。
 
「ごめーん!」
 
「次のアクアの曲は私たちで書いてあげるから」
「コスモスちゃんにも1曲書こうか?」
「ああ、それはもったいないからいい。せっかくの名曲を私なんかが歌ったら台無しだから」
などとコスモスは言っていた。
 
「代わりにスピカのデビュー曲を書いてよ」
「いいよ」
 
「取り敢えず、今日は宮崎牛のステーキごちそうするから」
「じゃ最上級のを」
「了解了解」
 
それでPVを撮影した後は宮崎市に出て特上の宮崎牛のステーキを食べた後、シーガイアのシェラトン・グランデ・オーシャンリゾートのスイートルーム(偶然にも空いてた!)を取ってあげたら
 
「何だかVIPになった気分だ」
と言って、少しは機嫌が直ったようであった。
 
もっとも、結局「広すぎて落ち着かない!」と言ってスピカ(デラックスツインを取っていた)を呼んで、ふたりで寝ていたようである。
 

宮崎の後は、私たちはコスモスたちと分かれて福岡に移動し、福岡市内のスタジオで、2日がかりで『コスモスの園』の音源制作をおこなった。
 

そういう訳でここまで出来たのがこれらの曲である。
 
『だるまさんのように』5月
『やまとなでしこ恋する乙女』(醍醐)Golden Six6月上旬
『かぐや姫と手鞠』(鮎川)Red Blossom 6月下旬
『神秘の里』6月下旬〜7月中旬
『Twin islands』(鹿島)Redundancy-Redunjoccy 8月上旬
『東へ西へ』8月中旬
『巫女巫女ファイト』(SV)Sweet Vanillas 8月下旬
『その角を曲がればニルヤカナヤ』9月上旬
『青い炎』(木ノ下)9月上旬
『祇園祭の夜』9月中旬
『暮れゆく龍宮』9月中旬
『赤い玉・白い玉』(東城)Cherry-Twin 9月下旬
『寒椿』(鴨乃)10月初旬
『コスモスの園』10月中旬
 
まだ手を付けてないのが『秘密のかまくら』『二見浦の夜明け』の2曲で、私は何とか『やまと』の制作も峠を越したなと思った。
 

「じゃ帰り道、二見浦に寄ってPVの撮影をしましょう」
と私は福岡での最終日の夜、市内の“海幸”で夕食を取りながら政子やスターキッズの面々と話していた。
 
すると酒向さんが変な顔をして私に訊いた。
 
「ケイ、このアルバムって何曲入り?」
「14曲ですけど」
 
「既に14曲作っているけど」
と酒向さん。
 
「え〜〜〜〜!?」
 

慌てて、これまで作った曲の数を数えてみると、確かに14曲ある。
 
「うっそー!?私どこで数え間違ったんだろ?」
 
「私、ケイがどこで数え間違ったか知ってるけど、面白いから言わないでおいた」
と政子が言う。
 
「16曲入りの2枚組アルバムにするのかと思っていた」
と七星さん。
 
「16曲制作して、最終的に2曲落とすつもりなのかと」
と氷川さん。
 
「全然気付かなかった!」
と風花。
 
「じゃ、もうこれで仕上がりにする?」
と近藤さんが訊く。
 
私は少し考えたものの言った。
「『二見浦の夜明け』はどうしても欲しいです。そこまで制作しましょう。『秘密のかまくら』は外してもいいです」
 
「だったらね、ケイちゃん。福岡にも二見浦があること知ってる?」
と氷川さんが言う。
 
「あ、そういえばありました!」
「明日の午前中にあそこの写真を撮って、それから伊勢に向かいましょう」
「そうですね。そうしましょうか」
 

それで翌10月20日は私・政子・七星・氷川・風花、および★★レコードの佐久間さんと福岡支店の有川さんの7人で福岡の糸島半島にある“二見ヶ浦”を訪れた。他のメンバーは朝から伊勢に向かって移動している。
 
「ここは夕日の名所なんですよね」
と有川さんは説明する。
 
伊勢の“二見浦”は左側の岩が大きく右側の岩は小さいが、福岡の“二見ヶ浦”は左右が似たようなサイズ(左側がやや小さい)である。
 
「でもここも美しいです」
「ここは来るのが大変だった」
「伊勢の二見浦ほど有名ではないですし、アクセスする道路もカーブやアップダウンが多くて大変だから、来る人が少ないんですよ」
 
取り敢えず昼間の光の中で、私たちは衣装を着けて夫婦岩の前でポーズを取ったり歩いたり、また歌ったりして、そこを撮影してもらった。
 
夕日の撮影を有川さんにお願いして、私たちは今宿駅まで送ってもらい、それで地下鉄で博多駅まで出て、地下街の“名代ラーメン亭”で博多ラーメンを食べてから新幹線で伊勢に向かった。
 

伊勢に到着したのは19時すぎである。
 
私は政子たちと一緒に二見浦に向かう。
 
「まさか二見浦で徹夜するの?」
と政子が訊く。
「まさか」
「じゃどうして今から?」
 
「夫婦岩からの月出を見るんだよ」
「わっ」
 
「夫婦岩から太陽が昇るのは夏至の時期」
「7月に来た時、だいたい夫婦岩付近から太陽が昇ったね」
「うん。あれは物凄くうまいタイミングで巡り会った。ところがこれから2月くらいまでの間は、満月に近い月が夫婦岩の付近から昇るんだよ」
 
「おぉ」
 
「満月というのはつまり太陽の反対側にあるから、そういうことになるんだけどね」
と言って私が絵を描いて説明すると
「なるほど、そういう仕組みが!」
と言って感動していた。
 
「冬、今夜の月出は何時?」
と風花が訊く。
「今夜の月出は20:55」
「少し待ってれば出てくるね!」
 

二見浦の日出なら、毎日見に来る人がいるのだが、月が(満月付近限定で)この時期に夫婦岩の所から昇ることを知っている人は少ないのか、その日、二見興玉神社に来ているのは私たち以外では2組4人だけであった。
 
その内の1組、女子大生くらいの感じの2人が私たちに気付いて、サインを求められたので彼女たちが持っていたスケッチブックに書いてあげた。
 
「私、実は年明けにタイに渡って性転換手術受けるんですよ」
「わあ、それはおめでとう。手術大変だろうけど頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
 
彼女と握手したがふつうに女の子の手だと思った。同じく握手した政子もあとで同じ事を言っていた。
 
「たぶんかなり早い時期から女性ホルモン飲んでたんだろうね」
「そんな気がする。全然男っぽさが無かったもん」
「一緒にいたお友達も男の娘かなあ」
「え?ふつうの女の子と思ったけど」
「訊いてみる?」
「やめときなよー」
 
神社にお参りして、例によって蛙さんたちと戯れてから、その時刻を待つ。
 
やがて月の先端が海の向こうに見えてくると
「来た」
という声が挙げる。
 
その月はみるみるうちに姿を現していく。
 
「わぁ・・・・」
と政子が声をあげた。
 
私たちはその幻想的ともいえる月の出現をじっと見ていた。
 
「きれいだった」
「日出も美しいけど、月出はまた別の趣きがあるね」
「うん。素敵」
 
私たちはその後、通りがかりの和食の店で夕食を取ってからホテルに戻った。
 

翌21日朝は5:31の夜明け、6:03の日出を見るので、政子を4時半に起こした。ところが政子は起きると言った。
 
「冬、昨夜の月出に感動したから、これ書いた。『二見浦の夜明け』は やめてこれを制作しよう」
 
「え〜〜!?」
 
見ると『夜ノ始まり』と書かれている。
 
「この歌詞の『私はこれから生まれ変わる』って、もしかして」
「うん。女の子に生まれ変わるあの子のことだよ」
「なるほどね〜。でも今から入れ替えというのは・・・」
 
「朝になって始まるのはお仕事だよ。それより夜になって始まる愛が大事」
「うーん・・・・」
 
そこで私はこの日の朝日は見ない!ことにし、政子は風花に託して二見浦に連れて行ってもらい、その間に私は政子が書いた詩に曲を付けた。政子もあの月出に感動したようだが、私も結構感動してその余韻が残っていたので、そのイメージを捉えながら書いたら、とても魅力的な旋律の曲が出来た。
 
みんなが戻って来たところで朝御飯になるが、私は政子の詩に今付けたばかりの曲を彼らに見せる。
 
「うーん・・・・」
と考え込む人が多数ある。
 
1分ほどの沈黙の後、氷川さんが言った。
 
「私は『二見浦の夜明け』より、この曲の方が出来が良いと思う」
 
すると七星さんが言った。
「この2曲の択一で考えなくてもいいと思う。既に作った14曲がある。それに『二見浦の夜明け』『夜ノ始まり』の2曲を入れた16曲の中から2曲外して、次のシングルにでも回せばいいと思う」
 
「そう考えるから『だるまさんのように』は外していいと思う」
と鷹野さんが言う。
 
これは同意する人が多い。最初に作った曲だが、その後に作った曲のレベルが高くなりすぎた感がある。
 
ここで近藤さんが発言する。
「俺一昨日から考えていたんだけど」
「はい」
「他の作曲家さんから頂いた作品が今回はあまりにも凄すぎる」
 
「それは感じていました」
と私も言う。
 
「鴨乃さんの『寒椿』は山森水絵にあげてもいい曲。これをシングルカットすればそれだけでミリオン行きそうな曲。木ノ下先生も東城先生も長年現役から離れていたとは思えない曲。リダンリダンの信子ちゃんも若さに任せた軽快な曲を書いているし、Eliseは楽しい曲を書いている。ゆまちゃんもすごくきれいな曲を書いてきた」
 
と言って近藤さんは言葉をいったん切る。
 
「これに対抗できそうな曲が『神秘の里』と『暮れゆく龍宮』くらい。明らかにケイの曲が見劣りしている」
 
私は厳しい顔でその言葉を受け止めた。
 
「『夜ノ始まり』はたぶんここまでの曲の中でいちばん良い曲だと思う。だからこれは制作しよう。『二見浦の夜明け』もかなり良い曲だけど『二見浦』という固有名詞は要らない気がしていた」
 
「そういえば5月頃の段階では地名が入っていた曲が多かったのに、今は祇園祭とニルヤカナヤくらいですね」
と風花が言う。
 
「単に『夜明け』にしますか?」
 
「『あけぼの』がいいと思う」
と近藤さんは言った。
 
「ああ、そちらが格好良い」
「じゃ2曲とも活かしますか」
 
「だったら、あと1つどれを外しますか?」
 
「ケイがいちばん分かっているはず」
と近藤さん。
 
「分かりました。『その角を曲がればニルヤカナヤ』を外します」
と私が言うと、驚きの声が上がる。
 
しかし近藤さんも七星さんも氷川さんも頷いている。
 
「それもいい曲なんだけど、他の曲のレベルが高すぎるんだ」
と近藤さんは言う。
 
「『その角を曲がればニルヤカナヤ』、『だるまさんのように』にあと2曲『来訪』と『雪虫』を加えてシングルとして先に発売する、というのでどうです?」
 
すると氷川さんは少し考えてから言った。
 
「その音源、月曜日の朝までに作れる?11月9日発売にしたい」
 
「そういう話は俺たちはわりと、何とかするな」
と近藤さんは言った。
 

そこで私たちはいったん東京に戻り、その日の午後から『来訪』と『雪虫』の音源制作に取りかかった。
 
『雪虫』は2014年11月に長野県某PAで高岡さんと夕香さんの慰霊をした時、龍虎(アクア)が宙を飛んでいる虫を見つけ、支香さんが「それは雪虫」と教えてあげた、その状況を見て書いた曲である。
 
この曲は以前のシングルに収録するつもりで制作だけした音源が存在したので、それを再生してみたのだが、私も七星さんも
「録り直そう」
と言い、それで21日の夕方から夜に掛けてとりあえず楽器演奏部分を録り直した。それをしてもらっている間に私は風花とふたりで『来訪』のスコアの調整を行った。
 
そして22日の午前中に、私とマリが『雪虫』の歌唱部分を入れている間に、七星さんたちには『来訪』の演奏部分の練習をしてもらった。今回の作業では実はスタジオを2つ使って2曲を並行作業で制作した。録音も『雪虫』は有咲の同僚の彩智さんという19歳の技術者さん(実はまだ学生さんである)にしてもらった。
 
(麻布先生はご自身ではあまり録音作業はしない。若い耳でなければ捉えきれない周波数の音があることを、先生は認識しておられる)
 
『来訪』は2013年の秋に、出雲の神迎祭を見た時に書いた『神は来ませり』という曲を宗教色の薄いタイトルに改題したものである。
 
スターキッズのアコスティック・バージョンを基本に演奏するが、神を案内する神職さんの「おーーーーーー」という声を模して、ホルンの音を鳴らす。このホルンについては、中学時代の市民オーケストラの友人でもある、線香花火(e&a)の野乃干鶴子に打診してみたら「いいよ」ということですぐに来て演奏に参加してもらった。
 
「春のツアーではバラライカ弾いてくれたね」
と近藤さん。
「この子は器用な演奏者なんですよ」
と私。
 
「千鶴子(ちづこ)ちゃん、確か以前、ローズ+リリーの制作にも参加してもらったよね?」
と風花が言う。
 
「はい。2年くらい前かな」
と干鶴子は答える。
 
「『雪月花』の中の『可愛いあなた』でもホルン吹いてもらった」
と私は言う。
 
「ホルンだったっけ?何かやったのだけは覚えていたんだけど」
と本人は言っている。
 
「干鶴子(えつこ)はとにかく器用でグロッケンシュピールとかピアノとかヴァイオリンとかトランペットとかも演奏できる。近藤さんも言ったように『雪を割る鈴』のバラライカも弾いてもらったし」
 
「あれ、今、冬『えつこ』と言った?」
「千鶴子(ちづこ)と誤読されることが多いけど、先頭の字が千(せん)ではなくて干(ほす)という字なんだよね」
 
「え〜〜!?」
「それで『えつこ』と読めるの?」
「干(ほす)という字に『え』という読み方は無いんだよ。うちのお父ちゃんが勘違いしたんだと思う」
 
「いや、その話も前回した気がする」
と七星さん。
 
「あれ〜〜!?ごめん。私忘れてる」
と風花は言っていた。
 

この曲で、多数の神々が押し寄せてくる様は、多数のヴァイオリンで表現することにした。このため、アスカに
 
「ヴァイオリン奏者さんを10人くらい頼めない?ギャラははずむから」
と言ったら、1日で10人そろえてくれた!
 
この人たちに少しずつタイミングをずらして音を出してもらい、マントバーニーオーケストラの《カスケーディング・ストリングス》に近いことをした。これで実際重厚なサウンドになった。
 
彼らには23日の午後3時間ほどの予定で入ってもらったのだが、アスカが推薦しただけあって、実力者揃いである。こちらが渡した譜面を「へー!」とか言いながらもきちんと演奏してくれたので予定時間内に充分満足できる音を録ることができた。
 
音源制作は無事23日の夜までに終わり、そのあと有咲と麻布先生が徹夜でマスタリングをしてくれて、24日朝いちばんにマスターデータを工場に納入することができた。私たちが音源自体を作っている最中に、氷川さんと風花の指示で、琴絵・仁恵・小春の3人が封入するパンフレットのデータを作る作業をしてくれて、これも何とか24日朝に間に合わせることができた。
 
「ケイちゃん、サマーガールズ出版には、この手の非楽曲系の作業をするスタッフが必要だ」
と七星さんは言い、私もそれを検討することにした。
 
また音源が出来た後1日掛かりでPVの編集を私と氷川さん・風花の3人で手分けして行い、1日遅れでDVDのマスターも納入してプレスに入ってもらった。
 

急遽制作することになったシングルに関する作業を終えた後、24日(月)は1日休養日に当て、マリとスターキッズには休んでもらった上で、25日からアルバム残りの2曲『夜ノ始まり』『あけぼの』の音源制作に取りかかった。
 
どちらもストリングアレンジを入れた、アコスティック楽器の音で構成する。ストリングセクションに関しては『来訪』に参加してくれたヴァイオリニストさんたちに参加してもらえないかと再度アスカに「通常ギャラになるけど」と前置きして打診すると、やってもいいということだったので、そのまま続けて参加してもらった(日程的に都合のつかない子が2人いて代わりに別の2名を推薦してくれた)。25-28日の4日間毎日午後1〜5時の4時間ずつ入ってもらうことにした。実は4時間で先日の3時間分ギャラと同額である。
 
『夜ノ始まり』については太陽が落ちていくところをヴァイオリンソロで入れるので、これを私自身が愛用の《Angela》で弾いたら、ヴァイオリニストさんたちの目の色が変わっていた。その後、こちらの指示をよく聞いて演奏してくれたので、あとから七星さんに「ケイちゃんはなかなか政治的だ」と言われた。
 
《Angela》に関しては、ひとりの女性ヴァイオリニストさんが
「これ、ガルネリですよね?」
と言って近づいて来て見ていたが
 
「グァルネリもどきなんですよ。過去にグァルネリとして取引されたこともあるのですが、何人かの鑑定家に見てもらったら、もしかしたらグァルネリの奥さんの作品かもということでした。材質とかはグァルネリと同じ工房のものが使用されているそうです。十字架のマークが無いので“デル・ジュス”ではないのですが、どうかした正規のグァルネリ・デル・ジュスより鳴りますよ」
 
と私が言うと「すごーい」と言っていた。結局女性3人も来て見ている。触りたがっていたので全員に弾かせてあげたら感動していた。
 

『あけぼの』で太陽が昇ってくる所の描写は、3人のトランペット奏者を並べ、最初は1人がミュートで音を出し始め、やがて3人に増え、弱音器を1人ずつ取り外していき、最後は3人で元気よくフォルティッシモの音を出すような流れで演奏してもらった。
 
これをやってもらったのは、スターキッズのトランペット奏者・香月さん、トラベリングベルズのトランペット奏者・児玉さん、渡部賢一グランドオーケストラのトランペット奏者・加治さんの3人である。3人の内誰がリーダーを務めるかは3人で話し合って決めてくださいと私が言ったら3人が各々音を出してみて、結局加治さんがリーダーを務めることになったようである。最初のミュートでのスタートの所からやってもらったが、ひじょうにしっかりした音を作り込むことができた。この3人の演奏もヴァイオリニストさんたちは頷いたり顔を見合わせたりしながら聴いていた。
 
恐らくは流行歌手の音源制作というので、『来訪』は最初なのでまじめにやったものの、少し慣れてくると、まあ適当でもいいかなという空気が出かかっていたところを私のヴァイオリンソロと、加治さんたちのトランペットで引き締めることができた感じである。
 
プライドの高い演奏者のコントロールはなかなか難しい所がある。
 
26日にはピアニストとして徴用した美野里の演奏を聴いて、彼らはマジ100%になってくれたし、更に10月27日には千里がWリーグの日程の合間にスタジオに来てくれて、龍笛パートを入れてくれたが、この音には彼らはもう呆気にとられていたようで
 
「すみません。あの方は高名な演奏家でしょうか?」
と尋ねて来たので
「作曲家の鴨乃清見さんですよ」
と私が言うと
「きゃー」
とか
「ひゃー」
といった声が漏れていた。
 
この2曲では美野里にピアノを弾いてもらったので、月丘さんは本来の専門であるマリンバや、ヴィブラフォンを演奏してもらった。
 
「今日はグロッケンシュピールじゃなくてヴァイブにしたのか」
と風花が言うので
「そういう音が欲しかったんだよ」
と私は答えた。
 
そういう訳でこの2曲の収録では弦楽器奏者さんたちが気合いを入れて頑張ってくれたので、非常に質の高い音を作ることができた。
 

全ての作業は10月30日(日)までに終わり、ここに14曲の音源が揃った。
 
A『神秘の里』with WK Grand Orchestra
R『東へ西へ』
R『祇園祭の夜』
A『暮れゆく龍宮』
R『コスモスの園』
A『夜ノ始まり』with Strings
A『あけぼの』with Strings
R『やまとなでしこ恋する乙女』(醍醐)with Golden Six
R『かぐや姫と手鞠』(鮎川)with Red Blossom
R『Twin islands』(鹿島)with Redundancy-Redunjoccy
R『巫女巫女ファイト』(SV)with Sweet Vanillas
R『青い炎』(木ノ下)feat. Hibari & Daikichi
R『赤い玉・白い玉』(東城)with Cherry-Twin
A『寒椿』(鴨乃)
 
「シングルを14枚作るつもりで」と思って制作を始めたものの、正直最初はややシングルのレベルには足りないかなという気持ちもあった。しかし制作を進めていく内にハイレベルなものが残り、少し足りないものは脱落していった。最後は充分なレベルのある『ニルヤカナヤ』まで外さざるを得なくなった。
 
また当初はリズミカルな曲が多すぎるかなという気もしていたのだが、制作が終わってみると、アコスティックな曲が5曲入っており、まあまあのバランスになった。
 
また当初、他の作曲者さんから頂くのは、上島先生・千里・ゆま・青葉の4人の予定が色々頂いて7人になってしまった。しかし半分以下なので問題は無い。
 

私と風花、七星さんと氷川さんの4人はこの楽曲の曲順について話し合った。
 
「先頭とラストはマリ&ケイの曲がいいと思うんです」
と氷川さんは言う。
 
「だったら『夜ノ始まり』で始めて『あけぼの』で終わりますかね」
「あるいはその逆にするかですよね」
 
「『東へ西へ』『暮れゆく龍宮』『夜ノ始まり』『祇園祭の夜』が一続きのような気もしたのですが」
「言われてみれば」
 
「『やまとなでしこ恋する乙女』『かぐや姫と手鞠』『巫女巫女ファイト』は世界観が似ているから並べたいです」
「前衛的な『赤い玉・白い玉』の後はスタンダードな作りの『青い炎』が良い気がします」
「箸休めが必要ですよね」
「大先生の作品を並べることにもなるから落ち着くと思う」
「『神秘の里』は朝の歌っぽいから『あけぼの』の後で」
「その後が『コスモスの園』かなあ」
「『Twin Islands』は『あけぼの』と『神秘の里』の間に」
 
「ちょ、ちょっと待って」
 
曲名を書いた紙を、みんなの意見に従って並べていくと
 
A『あけぼの』R『Twin Islands』A『神秘の里』R『コスモスの園』
R『やまとなでしこ恋する乙女』R『かぐや姫と手鞠』R『巫女巫女ファイト』 R『東へ西へ』A『暮れゆく龍宮』A『夜ノ始まり』R『祇園祭の夜』
R『赤い玉・白い玉』R『青い炎』A『寒椿』
 
という順序が浮かび上がってきた。
 
「この順序、けっこう良いのでは?」
 
「東城・木ノ下という大先生の作品って置き場所に悩むんだけど、その後に鴨乃清見なら、何となく落ち着く」
 
「世間的には40歳くらいの作曲家と思われているフシがあるからね」
 
「アコスティックとリズミックもほどよくバラけた」
 
「じゃ、これでマスタリングするよ」
「よろしく!」
 

なお各楽曲の英語のタイトルはこうした。
 
Dawn, Twin Islands, Mystic Village, Cosmos Garden,
Yamato-nadeshiko - Girl in Love, Princess Kaguya and Temari,
Miko Miko Fight, Going East and West, Ryugu at Sundown,
Beginning OF the Night, Nighttime during Gion Matsuri,
Red ball - White ball, Blue Flame, Camellia Hiemalis.
 
「英訳になってない」
「日本的なものばかり取り上げたからやむを得ない」
「寒椿ってcamellia hiemalisなの?」
「微妙。英語ではサザンカ Camellia sasanquaの一種とみなされて細かい分類名は無いみたい」
「外国には花そのものが存在しないのでは?」
「だから camellia hiemalis は直訳」
「なるほど」
 
「祗園祭って Gion festivalではダメなの?」
「あの祭りは決してfestivalではないと思う。むしろceremonyに近い。だからそのままMatsuriにした」
「確かにfestivalと言われたら“違う”感がハンパ無い」
 
「龍宮も英訳しづらい」
「Dragon palaceなんて訳すとまるで別の物を連想しそうだ」
「それも“コレジャナイ”感が強いな」
 
「手鞠も訳せないかな」
「直訳すると hand ball」
「いや、それは絶対別のものだ」
 
「Princess Kaguyaか・・・」
「小公女だって Little Princess だから皇族や王族でない人にprincessを使ってもいいと思う」
「“かぐや”ってそもそもどういう意味だろう?」
「火があかあかと燃えて輝いている様。だから桃太郎をPeach boyと訳す方式なら、かぐや姫はPrincess Fire」
「格好いいかも」
「でも“かぐや”は訳さない方がいいよ」
 
「巫女は英語では何だろう?」
「それは過去に青葉や千里と議論したことある。Priestess, shaman, などの訳語も出たけど、それは巫女の一部しか反映していない。実はShrine maiden ではないかという説も出たけど、やはりshaman的な部分もある。結局そのままMikoと言う以外無いと思う」
 
「青葉や千里は実際ほとんどshamanかmediumisticだと思う」
「青葉がshaman(巫術師), 千里がmediumistic(霊媒)」
「ああ、それは確かにその傾向がある」
 
「実際には単純にshrine girlとでも言った方がよさそうな巫女さんも多い」
「巫女さんって男はいないんだっけ?」
「あまり聞かないなあ」
「いや、元は男を巫(かんなぎ)、女を巫女(かんなめ)と言っていたんだけど、近年男性の巫は居なくなった」
「へー」
 
「そうだ。Kagura dancer的な人もいる」
「あぁ」
「当然Kagura musicianもいるね」
「舞が得意な人と、笛や太鼓が得意な人っていそうだね」
 
「実際神社の中でも様々な役割に分類されている気がするね」
「総称するとshrine sisters」
「それはもう巫女さんで作ったアイドルユニットという感じだ」
 

アルバムのマスタリング作業は11月3日までには終わり、その間に制作を進めた封入するパンフレットの編集、DVDセットに入れるビデオの編集も11月6日までには終わって、11月7日(月)から、アルバム『やまと』はプレス作業に入った。実際にはDVDの編集が遅れたので、DVD付きではない版のプレス作業を先行して11月4日(金)から始めている。
 

アルバム『やまと』日本語版に関する作業が一段落した所で、私たちは、秋風コスモスとアクアの次のシングルに関する打合せをした。アクアのシングルの曲は、ここまでマリ&ケイと、岡崎天音/大宮万葉とが、ほぼ交互に書いている。岡崎天音というのはつまりマリなので、要するに歌詞は毎回マリが書き、曲を私と青葉が交替で書いていることになっている。
 
2015.03『白い情熱/Nurses run』霧島鮎子・上島雷太/ゆきみすず・東郷誠一
2015.08『ぼくのコーヒーカップ/貝殻売り』マリ&ケイ/加糖珈琲・東郷誠一
2015.11『冬模様/スキーに行こうよ』岡崎天音・大宮万葉/加糖・東郷
2016.02『桃色の予感/想い出海岸』マリ&ケイ/加糖・東郷
2016.04『眠る少年/ナイスなナースになるっす』岡崎・大宮/加糖・東郷
2016.08『エメラルドの太陽/もっとオブリガード』岡崎・大宮/加糖・東郷
 
なお東郷誠一名義ではあるが実際に書いているのはほとんど醍醐春海(千里)で、想い出海岸だけが青葉である。加糖珈琲は葵照子(蓮菜)の変名。
 
また『ぼくのコーヒーカップ』はマリ&ケイ名義だが実際に書いたのは千里で彼女がお遊びで「マリ&ケイ風」に書いた作品。
 
そういう訳で実は青葉は3〜6作目の4つに連続して書いている。アクアの曲が大きなセールスを上げているのは、本人の人気も当然あるが、できるだけ年の近い作曲家が楽曲を提供しているのもあると私は思っている。そして実は私はアクアに楽曲を書いたのは4作目の『桃色の予感』のみである。
 
しかし今回は『やまと』の中の『コスモスの園』のPVを撮るだけのために多忙な秋風コスモスを宮崎まで呼び出したことに、温厚なコスモスがさすがに怒ったので、「ごめんねー」と言って、アクアの次期CDの曲は私が書くことにしたのである。
 

「アクアのアルバムの話とかはあるの?」
と私はコスモスに訊いた。
 
「レコード会社は出したいみたいだけど、アクアのスケジュールがきつすぎて当面無理だと思う」
とコスモスは言う。
 
「テレビによく出てるもんね〜」
 
「ドラマの撮影は中高生の俳優さんが多いから隔週くらいの土曜日・朝から晩まで掛けて2回分ずつ取る。FM局のTimes of JKの特別コーナーTimes of JCの収録は隔週日曜日に2時間、スタジオμ、ヤングポップス、サウンド・フェリアには事実上月1回は出ている。新曲が出るとしばらくは毎週ベストソングに出る。クイズ番組とかバラエティ番組にも月2回くらい呼ばれている。そのほか、歌とダンスのレッスンを受けさせているし、本人が感覚を忘れないようにしたいと言うのでピアノとヴァイオリンのレッスンは続けさせている。もちろんシングルの制作があるし、今アクアは10社のCMに出ていて、その撮影が定期的に入ってくる」
 
「アクアって毎週どこかの音楽番組に出ている感じだよ。そうかFM局もあったね」
 
「メインのファン層にはFMがいちばんアピールするんだよ。受験生とかラジオ聴きながら勉強してるもん」
 
「でもさ、そもそもTimes of JKって女子高生アイドルのための番組だよね」
「うん」
「中学生だからTimes of JCってのは分かるけど、なぜ女子中生アイドルの為の枠でアクアがレギュラーになってる?」
 
「うーん・・・。それは本人も含めて誰も気にしてないから問題無いかと」
「あぁ」
 
現在このTimes of JCのコーナーのレギュラーは、アクアの他、山里エルカ(FireFly20)、名室栗美(Cats Five)、田阪弥生(金平糖クラブ)、宮村尚子(ファレノプシス)となっていて他の4人はいづれも集団アイドル・グループアイドルのメンバーであり、ソロのタレントはアクアのみである。
 

「上島先生との約束でアクアの稼働は土日以外では週2回までということにしてるんだよ。特に夏に映画の撮影スケジュールが鬼畜になってステージで倒れたでしょ。あれで上島先生が、約束はきちんと守って欲しいと会長に再度申し入れてきたんだよね」
 
「あの件では紅川さんとコスモスちゃんもテレビ局に抗議してたね」
「だってあんな使われ方をしたら2〜3年で壊れちゃうもん」
とコスモス。
「うん。ああいう豊かな才能を持っている子は大事に育てて行かなくちゃ」
と私も言う。
 
「そういう訳で、今の状況ではこれにアルバム作成のスケジュールを入れるのは無理だから当面制作も困難」
 
「だよね〜」
 
アクアの次のシングルは年明けくらいにリリースする方向で、11月中に曲は渡せばよいことになった。
 

2016年11月9日、ローズ+リリーの24枚目のシングル『来訪』がリリースされた。ローズ+リリーの“シングル”は5曲入りにすることが多いのだが、今回は都合により4曲でのリリースとなった。
 
価格もここしばらく5曲入り1600円(DVD付2500円)だったのを4曲入りということで1250円(DVD付2000円)にしている。
 
タイトルは『その角を曲がればニルヤカナヤ/来訪』で両A面。それに『雪虫』と『だるま恋愛かもしか恋愛』(結局元の題名に戻した)の2曲を加え、各々のカラオケ版も添付する(つまり8トラック構成)。
 
発売することを公表してテレビやFMに広告を流し始めたのが10月25日だったので、初動を心配していたのだが、事前に流していた曲の中で『雪虫』が好評だったようで、ネットでは「凄くいい曲だ」「なぜか涙が出てくる」といった感想が多数書き込まれていた。
 
当日は例によって★★レコードで記者会見を開いたが、最初に年末年始のローズ+リリーのツアー日程が発表された。
 
12月7日(水)の『やまと』発売に合わせてその週末の12月10日(土)から始まる日程である。
 
12月10日(土)東京深川アリーナ 9,000
12月11日(日)横浜エリーナ 12,000
12月17日(土)広島レッドアリーナ 8,400
12月18日(日)神戸ポートランドホール 6,000
12月23日(祝)愛知スポーツセンター 8,000
12月24日(土)大阪ユーホール 10,000
12月25日(日)福岡マリンアリーナ 11,000
12月28日(水)沖縄なんくるエリア 10,000
12月31日(土)カウントダウンライブ 30,000
1月3日(火)札幌スポーツパーク 10,000
1月7日(土)宮城ハイパーアリーナ 7,000
1月8日(日)金沢スポーツセンター 5,000
1月9日(祝)大宮アリーナ 20,000
 
ちなみに、これは例によってアクアの年末年始ツアーと日程をずらしている。アクアは12月24日博多ドーム、25日京阪ドーム、27日愛知ドーム、29日埼玉ドーム、1月2日札幌ドーム 4-5日関東ドーム、という7連続ドーム公演をおこなうことになっている。
 
ツアーに関する簡単な質疑応答を受けた上で、いつものように、その場でPVの映像だけ流しながら、スターキッズの生演奏に合わせて私とマリが4曲をいづれもショートバージョンで生歌唱した。
 

記者からは最初『その角を曲がればニルヤカナヤ』についての質問が出て、クレジットしている明智ヒバリと木ノ下大吉先生の担当箇所を尋ねられるのでヒバリはサビの突吟(ちちじん)を歌っていること、木ノ下先生はイントロとエンディングのピアノを弾いて頂いたことを説明する。
 
「木ノ下先生は、以前ローズ+リリーのライブにも出演なさいましたね?」
「はい。坂井真紅ちゃんが私たちのライブにゲスト出演してくれた時に、その伴奏をしていただいたんです。坂井真紅ちゃんは木ノ下先生の曲でデビューしたというご縁がありましたので」
 
「木ノ下先生は作曲活動はもうなさらないのでしょうか?」
「実は12月7日発売予定のアルバム『やまと』の中に木ノ下先生が最近お書きになった曲を収録しています」
「おぉ!」
 
「では木ノ下先生は作曲家として復帰なさるのでしょうか?」
「まだそこまではご無理な様子でした。今はリハビリ中ということのようです」
「では意欲はあるんですね?」
「意欲はかなり高まっていると思います」
と私は答えた。
 

記者の質問は後半『雪虫』に関するものが多くなった。雪虫というものを知らない記者さんもいたようだったので、北国では初雪が降る少し前にこの虫が飛ぶのだということを説明すると「へー!」といった顔をしている記者さんがかなり居た。
 
「これはFM放送などで事前に流れていたものを聴いたリスナーさんたちの間でもかなり言われていたのですが、この曲は物凄く悲しいですよね」
 
「私もマリも特に悲しみは意識していなかったのですが、確かにそう取られる方が多いようです」
 
「歌詞をそのまま読んでも悲しい話は無いし、曲自体もそんなに暗いメロディーとは思えないのですが、なぜこんなに悲しいのでしょう」
 
「雪虫は本格的な冬の到来を告げる虫なので、これからの季節を思うとわびしい気持ちになるのかも知れませんね」
と私は答える。
 
「ホタルなんかは人の死んだ魂がホタルに変わったのだ、みたいな伝説がありますが、雪虫についてはどうでしょうね」
という質問が出る。
 
これは氷川さんが知っていた。
「新潟の方に、可哀相な母娘がいて、母が亡くなり、娘も亡くなった後、見たこともない虫が出現したというので、この虫はきっとあの娘の魂が虫になったのでは、と言われ雪虫と名付けられたという伝説があります(*1)」
 
「ああ、やはりあるんですね」
 
(*1)中魚沼郡津南町の伝説(樋口祐太「越後地方の雪の伝承に関する環境知覚研究」)
 

「でも慰霊祭の時に書いたから、その悲しみが入ったのかもね」
とマリが発言する。
 
「どなたの慰霊祭だったんですか?」
「友人のご両親が亡くなったのの慰霊だったんですよ」
「ああ、法事だったんですか?」
「はい。何回忌だったかは、ちょっと忘れましたが」
と私は言った。
 
明確な年数を言ってしまうと、それが高岡さんたちのことだと気付く記者も出るかも知れない。アクアの身分については20歳をすぎるまで明かさないように周囲の者も気をつけている。幸いにもこの時はこれ以上その問題に突っ込んでくる記者さんは居なかった。
 

「しゃんしゃん、しゃんしゃん、と刻まれている鈴の音も物悲しい雰囲気ですね」
 
「はい。それはKARIONの美空ちゃんが入れてくれました」
「みそらさんですか!こかぜさんも何かなさいました?」
「小風ちゃんは所々に入っているキハーダを打ってくれました」
「キハ?」
 
記者さんたちの中に何人か頷いている人があるので、その人たちは知っているようだが、知らない人も多いようだったので氷川さんが社内の楽器を在庫している部門に電話して、持って来てもらうことにした。
 
「いづみちゃんは何かなさいました?」
「彼女は今全国を旅して回って、次期アルバム用の詩を書いているそうです」
 
実は既に3曲、曲も書いちゃった!と聞いているが、KARIONの楽曲は和泉が書いたとしても、森之和泉作詞・水沢歌月作曲とクレジットすることにしている。これは私が詩まで書いた場合もそうである。
 
「らんこちゃんは何かなさいました?」
「彼女は今中東付近に行って色々着想を練っているらしいですよ」
「中東ですか!?」
「9月頃でしたか、テヘランから小風・美空宛てに絵はがきが届いていたそうです」
「へー」
と記者は受け応えたものの笑っている。多くの他の記者も笑っている。
 
ちなみにその葉書というのは、千里の彼氏が9月にテヘランに国際大会で行った折に、天野蘭子名義のはがきを投函しておいてもらったものである。
 
そのあたりで★★レコードの人がキハーダを持って来たので、それを政子が鳴らしてみると、記者さんたちに大いにうけていた。
 

このCDは結局初日に80万枚売れ、デイリーランキングの1位を取った。
 
前回と前々回のローズ+リリーのシングルは初日にミリオン越えしていたのだが、それに比べると少ない。しかしこの曲はその後伸び続けウィークリーランキングでは120万枚に到達した。ローズ+リリーのシングルはこれで11連続ミリオンである。
 
2013.01 RL12『夜間飛行』110万
2013.03 RL13『言葉は要らない』110万
2013.04 RL14『100%ピュアガール』120万
2013.08 RL15『花の女王』130万
2014.04 RL18『幻の少女』110万
2014.07 RL19『Heart_of_Orpheus』140万
2015.03 RL20『不等辺三角関係』130万
2015.07 RL21『コーンフレークの花』180万
2015.12 RL22『振袖』190万
2016.04 RL23『ちゃんぽん』150万
2016.11 RL24『ニルヤカナヤ』120万(暫定)
 
(RL16は『雪の恋人たち』(2009), RL17は『夏の日の想い出』(2011)に後から番号を付けたもの)
 
このシングルはその後アルバム『やまと』との相乗効果で春までに170万枚に到達して、歴代3位(売上非公開の『神様お願い』を除く)のセールスとなった。
 
 
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【夏の日の想い出・やまと】(4)