【夏の日の想い出・やまと】(2)

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テレビでのフェイの妊娠記者会見を見ていた政子が
 
「残念だなあ」
と言っている。
 
「何が残念なの?」
「だってフェイちゃん、絶対可愛い男の娘だと思っていたのに、本当は女の子だったなんて」
「遺伝子上は男だって言ってたじゃん。性染色体はXYだって。それで出生時の検査の結果は男の子ということになったんじゃないの?」
 
「そんなこと言ってたっけ?」
「最初の方で言ったよ。だから性別決定手術する時に、おちんちんや睾丸を取らずに、逆に卵巣の方を取ってヴァギナは塞いでしまっていたら、男性的に発達して、父親になっていたかもね」
 
「じゃ完璧に両性体だったんだ?」
「おそらくそういうことだと思う。両性体で、肉体的にはやや男に近かったものの、精神的な発達は女の子だったということだろうね」
 
「その精神的な発達って何で決まるの?」
「それは分からない。私も物心ついた時から女の子と思っていたし、あれは環境とかで変わるものではなく、生まれつきのものだと思う」
 
「だけど染色体がXYなのに妊娠の維持が可能なの?」
「あの子はたぶんモザイクなんだと思う。だからたまたま検査した細胞はXYだったかも知れないけど、たぶんXXの細胞も存在している。その女の部分が妊娠システムを維持してくれるんだと思う」
 
「そういうこともあるのか」
 

記者会見場から控室に引き上げてきた所に、ハイライトセブンスターズのヒロシが待機していた。フェイはヒロシにキスをする。ポールや野坂社長も少し渋い顔ながらそれを黙認する。
 
「ぼくの会見、どうだった?」
とフェイが訊く。
 
「よくまああれだけ堂々と嘘言えるなと感心していたよ」
とヒロシが言う。
 
「ところで、お腹の中の子供だけど」
「昨日も言ったように、君さえよければぼくが認知したい」
「いいの?」
「別に公開する訳で無ければ構わないよ」
 
「でもぼくとヒロシって赤ちゃんできるようなことしたっけ?」
 
「それは微妙だけど、ぼく、君の赤ちゃんの父親になりたいから。ぼくもフェイも契約上まだ結婚できないけどさ、認知までは禁止されてないから。これはうちの事務所の社長に確認した。渋い顔してたけど」
 
「そうだなあ。どうしようかなぁ」
とフェイはヒロシをわざとじらすような言い方をした。
 
「君たちが結婚したいのなら、僕もそちらの鈴木社長と話し合って、適当な発表の仕方を考える。でも勝手に発表するのだけは勘弁してくれない?」
と野坂社長は言う。
 
「分かりました。それはお任せしますが、実際問題としてフェイは“奥さん”なんて絶対しないと言っているので、結婚する必要もない気もするんですけどね」
とヒロシ。
 
「ぼくは自分のことは男の子だと思っているから、男の子のヒロシと結婚する気はないし、主婦とかもする気無いけど、もし指輪くれるならもらう」
とフェイ。
 
「いいよ。国内で買うと目立つから、今度アメリカに行った時に買ってくるよ」
とヒロシも答える。
 
「じゃ楽しみにしてる。あ、アメリカに行くならね」
「うん」
「ティファニーとかハリーウィンストンとか・・・」
「が、いいの?」
「は、やめて」
「はいはい。フェイにしては珍しく高級ブランドを要求するなと思ったら」
「そういうセレブが選ぶようなブランドは好きじゃない。庶民の男女が選ぶようなものがいい」
「その方がフェイらしいね」
 
「それと野坂社長、フェイは多分違約金を課せられますよね。それをぼくが払いたいんですが」
とヒロシは言うが
「それヒロシが払う必要無いよ。だってヒロシはこの妊娠には責任無いもん。ぼくが自分で払うから大丈夫だよ」
とフェイは言う。
 
「そうハッキリ言ってくれるなよ。もしかしたらぼくの子供かもという気持ちでいるんだからさ」
「うーん。だったらいいよ。あの時ので妊娠したかも知れないということにしておく」
などとふたりが言っていると、ポールが
 
「セックスしなくても身体的な接触をした以上、妊娠する可能性はあるよ」
と明快に言った。
 
「その違約金の件はまた後で話そう」
と社長は言う。
 
「分かりました」
とヒロシ。
 
「ところでヒロシちゃん。レインボウ・フルート・バンズの音源制作の件なんだけど」
と野坂社長が言う。
 
「はい。協力させてください。妊娠中のフェイにあまり負荷を掛けたくないから、ぼくがフェイの代わりに色々楽器やりますよ。これも鈴木の許可を取りました」
 
「ありがとう。助かるよ」
とポールも言った。
 

「ところでひとつフェイに訊きたいことがあるんだけど」
とヒロシは言った。
 
「どこから産む気?」
「帝王切開」
「するしかないよね〜?」
「まあそれは仕方ない。赤ちゃんが出てこられるようなルートが存在しないし」
 
「あと本当に性別、女に直せるの?だってさぁ・・・」
 
とヒロシが言うと、フェイは「クククク」と苦しそうに笑ってから言った。
 
「性同一性障害なら外性器が当該性別のものに酷似してないと審判が通らないらしいけどさ、半陰陽の場合は、そんな条件は無いんだよ。病院の先生はぼくが女だという診断書書いてくれたし、妊娠は事実だから、裁判官は妊娠した以上女だと思ってくれるよ。男の戸籍を放棄するのは惜しいけど、お母ちゃんは諦めていた孫の顔が見られるって喜んでいるし、まあ仕方無いから女になることにするよ」
 
「フェイ、戸籍を女に変えても気持ちとしては男の子だよね?」
「当然。正確には男の娘を演じる男の子。ぼくの心のレベルではね」
「それを聞いて安心した」
「結局、ヒロシってゲイなのかな」
「ぼくはゲイのつもりはないし、男の子には興味無いけど、フェイにだけは興味がある」
「ふふふ」
 

2人は深夜のマンションで密会していた。
 
「ねぇ、真琴、本当に妊娠してるの?」
「してるよ。何なら妊娠検査薬、早紀の前で使ってみせようか?」
 
「いやいいよ。あれ高いし。父親については調整中って言ってたけど、もし実際の父親があまり認知に前向きじゃなかったら、ぼくが認知しようか?」
 
「大丈夫。それはひとりもう認知すると言ってくれている子がいるから。だいたい早紀は睾丸無いんだから、ぼくを妊娠させられる訳が無い」
 
「それはありえないとは思うけど、セックスはしてるし、ぼくは戸籍上は男だから、認知は可能だと思うよ。それにぼく、真琴のことけっこう好きだから、真琴と夫婦になってもいいよ」
 
「早紀との結婚生活は悪くない気もするなあ。だってぼく、男の子とも女の子とも結婚したくないから。早紀となら結婚できる気もする。でもごめん。認知はその子にしてもらうから。彼女はまだ睾丸があるんだよ。でもその子と結婚したりはしないから心配しないで」
 
「彼女って、男の娘なの?」
「世間的にはふつうの男の子として通してるけど、かなり怪しい」
 
「真琴って男の子にも女の子にも興味無いくせに、実は男の娘が好きだもんね〜」
「それはお互い様。だから早紀とは恋人じゃなくてずっと友だちでいたいんだよ。セックスは気が向いたらするかも知れない友だちという線で」
 
「まあいいけどね。真琴とぼくのセックスって、絶対他の子とは体験できないすごい世界だから」
 
「くたくたに疲れるけどね〜」
「体力は必要だよね〜」
 
「お互いに恋愛感情がある訳でもないし、性欲を解消するためにする訳でもないし、不思議なセックスだよね」
「あれは多分スポーツの一種」
「ああ、ぼくもその感覚に近い」
 

「ええ?妊娠したの!?」
「うん。出産予定日は5月」
 
「ゆきちゃん、女の子だったの〜?」
 
私は驚愕して言った。
 
「私は女の子だよ」
とXANFUSのyukiこと黒井由妃は答えた。
 
「ケイが騙されたのも無理は無い。織絵まで騙されていたらしいから」
と“XANFUSのリーダー”mikeこと美紀子が言う。
 
「私は完全に騙されてた」
とその織絵(音羽)は頭を抱え込んでいる。
 
「じゃゆきちゃんは、1年くらいお休み?」
「うん。取り敢えずそのくらい休ませて。その間は代わりに、ゆきがドラムス打つから」
「へ!?」
 
「ゆき、出ておいでよ」
と由妃が声を掛けると、由妃そっくりの子で、服まで同じ子が出てきた。
 
「え〜〜〜!? まさか双子だったの?」
 
「実はそう」
とふたりの“ゆき”は声をそろえて言った。ふたりは背丈も同じである。
 
「基本的に絶対にふたり並んでは顔を出さないようにコントロールしてる」
「そうだったのか」
「ツアーとかにも2人とも行くけど、他のメンバーの前にも1人ずつしか顔を出さない」
「計画的犯行だ!」
 
「私たち、男女の双子だったんですよ」
「生まれた時はね」
 
とふたりは同じ声で言っている。
 
「でも私はゆきと同じ女の子になりたかった」
と今出てきた方の由妃が言う。
 
「だからいつもふたりとも女の子の服を着てたね」
「親も最初は、ゆきには男の子の服を着せようとしていたけど、その内諦めた」
「そして私たちは顔がそっくりなのをいいことに、しばしば入れ替わっていた」
「母ちゃんにも気付かれないことよくあったね」
 
「しかし男女のふたごでここまで似てるって珍しいね」
「いわゆる半一卵性双生児なんだと思う」
「あぁ」
「DNA検査とかしてないけど、おそらく私たちは受精前の卵子が分裂して、各々別の精子と結合したんだと思う。母ちゃんから受け継いだ遺伝子が同じだからこんな似ているんだと思う」
 
「体型が同じになるように、子供の頃からけっこうお互い努力してたしね」
「私たち身長も体重も同じ」
「スリーサイズも同じ」
「髪の長さもいつも同じにしてたし」
「服も必ず同じものを着てたし」
 
「でも中学や高校は〜?」
「ふたりとも女子制服を着てましたよ」
「着られたんだ?」
「母ちゃんが頑張って学校を説得してくれたから」
「いいお母さんだね」
 
「小学6年生の内に去勢しちゃったから、睾丸が無いんだから女子生徒ということにしても問題無いはずと力説してくれて」
 
「凄い。でもよく小学生で手術してくれたね」
「中国で手術したんです」
「わぉ」
「ということにして、実は国内だけどね」
「うん。あくまで秘密に手術してもらった」
「うーん。。。」
 
「じゃ男の子の方のゆきちゃんが、早い時期に性転換したんだ?」
「高校3年の夏休みに性転換手術を受けた」
「すごーい」
「18歳以上ならしてくれる所はあるから」
「実はまだ17歳だったけどね、当時」
「うん。私たち12月生まれだから」
「そのあたりは誕生日を誤魔化して」
「だってあんな手術、夏休みでないと受けられないもん」
 
「そうなんだよね〜」
 
「ケイさんは、小学4年生の夏休みに性転換手術を受けたと聞きましたが」
 
「みんなからそう言われるから、自分でも分からなくなって来た」
 

「そういう訳で、女の子のゆきは産休で1年間休みますけど、男の娘のゆきはその間、代わりにドラムス叩きますから、ご心配なく」
 
「ただ、体力使うよね」
「うん。これまでは1日交代で叩いていたりしてたけど」
「全然気付かなかった!」
 
「このふたりはメイクも工夫して、完全に同じ顔に見えるようにしているから、私たちにも区別が付かないのよ」
と美紀子は言っている。
 
「実は黒美(noir)だけには、私たちの区別が付いているみたい」
「まあ小学校の時からの付き合いだから」
と黒美は言っている。
 
「お母さんも間違えるのに、noirちゃんは見分けられるんだ?」
「ほとんど勘ですけどね」
「ああ、そういうことか」
 
きっと青葉や千里もふたりを見分けられるだろう。
 
「ちなみにギャラは2人で1人分しかもらってない」
「2人で1人分しか働いてないけどね」
などと本人たちは言っている。
「ごはんとかは2人分食べてるし、航空券とかも2人分だから、実はギャラはもらいすぎかも」
「健康保険とか年金は自分たちで払ってるけどね」
 
「打ち上げには基本的にその日演奏した方が参加。もうひとりの食料は黒美か(白浜)藍子さんが取り分けて持って来てくれるから、部屋で食べてる」
「あくまで1人しか居ないように装う」
「それで8年間も騙されていたんだよ」
と織絵は言っている。
「織絵は素直な性格だからわりと騙されやすい」
と美来(光帆)。
 
「でも私もこれまで気付いてなかった」
と貴子(kiji)。
 
「私たちも知らなかった」
と浜名と神崎が言っている。
 
「8人中4人に気付かれないま8年やってきたというのは、私たちも大したもんだね」
などと2人の“ゆき”は言っている。
 
「実は契約書も1人分」
 
「同じ学校を出て、同じコンテストに出たし、ずっと一緒に住んでいるから住所も同じだし」
「実は出る声域も同じ」
「ドラムスの腕はお互い切磋琢磨してるから、ほぼ同じ」
「ただし歌自体はゆきの方がうまい」
「歌だけはかなわない」
 
などと言っているが、私はもうどちらがどちらか分からなくなって来た。2人はさっきから何度も立つ位置を入れ替わっている。
 
「だから履歴書はひとつでいいよね〜」
「私が法的にも女になったから、性別欄も同じだし」
 
今発言した方が男の娘か!ということは、男の娘のゆきちゃんの方が歌はうまいということなのだろう。
 
「運転免許も同じ日に試験受けて一緒に合格したから、運転免許証でも区別はつかない」
「時々うっかり逆に持っていることもある」
「うん。あれは単純ミスだけどね」
「でも警察に見られてもどうせ分からない」
 
「本名はどうなってんの?」
「生まれた時は由紀子と由紀夫だったんです」
「うーん・・・」
「でも私が性転換したから由紀夫を由紀絵に変えた」
「結局、どちらもゆきちゃんなんだ!」
 
「でも結婚するんでしょ?そしたら苗字は別々?」
と私は尋ねた。
 
「結婚はしませーん」
「結婚してとは言われたね」
「ゆきがね」
 
「もしかして彼氏は間違って、男の娘のほうのゆきちゃんにプロポーズしちゃった?」
「ゆきが結婚する気ないなら、私が結婚してもいいかなとは思ったけど」
 
「2人ともデートはしたことあるけどね」
「2人ともセックスもしたことあるけどね」
「セックスしてもバレなかったね」
「え〜〜〜!?」
「私たち、おっぱいも同じ大きさだし」
「デートの途中で入れ替わったこともあった」
「うっそー!?」
「3Pしてもいいよと言っているけど、それは嫌だって」
「彼のことふたりとも好きだしね」
「でも実際どちらと寝ているのか彼には区別が付かないみたい」
「うむむ」
 
「生理の時はゆきにセックスしてもらう」
「えっと・・・」
「でもゆきが生理の時は私もナプキン付けてる」
「あぁ・・」
「ゆきもナプキン付けてくれていると生理痛が緩和される気がする」
「へー!」
 
「どっちみち奥さんなんてする気は無いし」
「子育ては2人で頑張るから大丈夫ですよ」
「認知だけしてくれたら問題無いと言ってます」
「まあ子供の顔を見に来るのは自由だけどね」
「養育費も要らないよと言ったけど、ちゃんと払うとか言ってたね」
「生活費くれるんなら、ありがたくもらっておく」
 

「ええ?妊娠したの!?」
「うん。出産予定日は5月」
 
と桃香が言うのに、私は本当に驚いた。
 
「だってだって、桃香、彼氏とかいたの?」
「私が男と恋愛するわけない」
 
「私が去勢する前に精子を冷凍しておいたんだよ。その精子で妊娠したらしい」
と千里が説明する。
 
「らしいって・・・」
「私も昨日その話を聞いて、少し怒っているとこ。その精子は確かに桃香が子供が欲しくなった時に使わせてと言われて冷凍保存したものではあるけど、人工授精するなら、事前に私にも言ってほしいよ」
と千里。
「いや、すまんすまん」
と桃香。
 
「それどうなんの?千里、その子を認知するの?」
「色々調べてみたけど、私は女だから認知できないようだ」
 
「うーん。。。。」
 
フェイは戸籍上男性なのに妊娠したようだし、千里は戸籍上女性なのに、自分を父親とする子供が生まれることになるようだ。そういえば、桃川春美は3人の娘の「遺伝子上の母親」と主張していたが、そのあたりはどうなっているのか?
 
「桃香仕事はどうすんの?」
「出産の前後に産休を取るよ。前後半年くらい。12月から1年間休ませてもらえば何とかなると思う」
 
「でも桃香、去年入社したばかりでしょ?そんなに休める?」
「産休は労働者の権利だ」
 
「それはそうだけど、会社はいい顔しないと思うよ」
と私が言うと
 
「私もそれ心配してるんだけどね」
と千里も言った。
 

私は桃香の妊娠について疑問があったので、翌日の夕方、千里が所属しているレッドインパルスの練習場(川崎市内)を訪れた。
 
練習が終わるのを待ち、彼女を近郊の料亭に誘う。
 
「料亭で密談なんて、政治家みたいだね」
などと千里は笑って言う。
 
「川崎に行くべきか、二子玉川に行くべきか、一瞬だけ悩んだんだけど、千里が居るのはたぶんこちらだろうと思ったから」
 
「二子玉川に行っても私に会えたのに」
「千里ってもしかして双子?」
「ケイは三つ子だという説もあるけど」
「そのあたりはお互い様かな」
 

「桃香の妊娠だけど、精液を保存したというのは確かに聞いたことあったけどさ、千里に精液があった訳が無い気がするんだけど」
と私は率直に自分の疑問をぶつけた。
 
「どうしてそう思う?」
「千里って小学4年生の頃から女性ホルモンに身体を曝していたと言っていた気がする。だったら、男の子としての二次性徴なども無かったはずで、それなら精子が生産できる睾丸も存在しなかったと思うんだよね」
 
千里は微笑んでいた。
 
「私も随分性別検査受けさせられたけど、私の骨格は二次性徴が発現する前から、女性ホルモンの影響下にあったとしか考えられない骨格らしい。だから私はIOCの特例で、女子選手としての資格があるんだよ」
 
「まあ思春期前から女性ホルモンの影響下にあったのなら本物の女子と同じだろうね」
 
「クロスロードの仲間で、私と青葉、冬子と和実、この4人がこの条件を満たしていると思う。各々様々な偶然と幸運に恵まれてね」
 
「・・・・」
 

「いちばん明快なのが青葉だよね。あの子は魔術的な手法で自分の睾丸の機能をほぼ停止させるとともに、アロマターゼの分泌を促して自分を女性ホルモン優位の状態に改造してしまった。でもそれだけではあの子の身体付きは説明できない。いくら青葉が小さい頃から凄かったとしても、小学生の頃のあの子の技術で、逆の性別のホルモンを支配的にできるほどの状態を長期間維持できたとは思えない。どうしてもホルモンの分泌が不安定になる。あの子は私たちには隠しているけど、多分何らかのルートで女性ホルモン剤を調達していたと思う」
と千里は言った。
 
「それはそんな気がしたことはある」
「みんな嘘つきだからねぇ」
「全くだね」
 
と言って私たちは微妙な視線を交わす。
 
「和実がいちばん分からない。あの子はかなりの隠しごとをしている」
「隠すのって、助けてくれた人に迷惑が掛かるからだと思う。絶対違法なことをしてるもん」
と私は言う。
 
「それか自分でも分からないかだよね」
「それはあるかもね」
 
「龍虎はみんなが女性ホルモンを渡すもんだから、それに騙された振りして、かなりあからさまに女性ホルモンを摂っている。でもあの子は巧妙で男性機能が消滅しない程度、身体が女性化してしまわない程度に摂っている」
と千里。
 
「あの子は女の子になりたい訳ではないんだよ」
と私。
 
「それは同意」
 

「まあそれで私の場合は、多分信じてもらえないだろうけど、小学4年生の時に卵巣を移植されている」
と千里は言った。
 
「卵巣移植か・・・・」
「ついでに睾丸は取り外された」
 
「やはりその時期に去勢してしまったのか」
 
「私も青葉も和美も冬も、この4人は全員小学4−5年生で去勢してないと説明がつかないと思わない?」
「まあ、自分を棚に上げていえば、男性的発達を全くしていないからね。腰の付近を触った感じが、この4人は、ふつうの男の娘とは違うんだよ。腰の骨格が女性の骨格なんだ」
 
「冬はドミノ移植って分かるよね」
「もちろん」
 
「小学4年生の時に、複雑なドミノ移植が行われたんだよ。私もよくよく考えないと分からなくなるんだけど、結果的に私の身体には卵巣が移植されて、私の身体にくっついていた睾丸は別の人に移植された」
 
「・・・・」
 
「実はここにリダンリダンの信子ちゃんも関わっているのさ」
「え〜〜!?」
 
「時空を越えた移植が行われた。だから信子ちゃんの身体に付いていた睾丸は今別の人の身体にくっついてる」
 
「うーん・・・・」
 
「この人はもう子作りを終えていて、浮気などもしない人だから、信子ちゃんを遺伝子的父親とする子供が生まれる可能性は無い。でもその気になったら、その人から精子を搾り取ってくると、信子ちゃんを父親とする子供が作れないことはない」
 
「つまり千里の睾丸もそういう状態にあるわけ?」
 
千里は日本酒を手酌で萩焼のグイ呑みに注ぐとそれを一気に飲み、それから真剣な表情で、こちらに顔を近づけ、小さな声で言った。
 
「京平の件だけどさ。最終的には私の卵子と貴司の精子を結合させて受精卵を作った。でもその前に実は私の精子と阿部子さんの卵子でも、かなりうまく行きかけた。受精卵自体はできたけど、数日で成長が止まってしまった」
 
「やはり千里の卵子だったのか」
 
「阿部子さんの不妊の原因の大半は脳下垂体が壊れていてhCGホルモンがしっかり分泌されないことにある。でも卵子にもかなり問題があるんだよ」
 
「大変そうだ。あれは本当に色々試行錯誤したみたいね」
「その精子は、実は私の睾丸がくっついている人から搾り取ってきた」
「うーん・・・」
 
「私と桃香で採取した冷凍精子は4本しかないし、それを使ったら桃香にバレるから。貴司との子供を作るのにそれを使うのは桃香との約束にも反するし、桃香との信頼も裏切るしね」
 
「桃香以外の人と子供作ること自体はいいわけ〜?」
「京平は、桃香と出会う前から存在していたから。ただ、この世に連れてくる方法を模索していた」
 
「生まれる前に会っていたと、細川さんも言ってた」
「うん」
 
「貴司の2人目の子供も既に存在している」
「その子も体外受精で阿部子さんに産んでもらうの?」
 
「まだ分からない。私も教えてもらってない。でもたぶん阿部子さんではない人が産んだことになるんじゃないかと思う」
「細川さんを別の女性と浮気させる?」
 
「ここだけの話」
「うん」
「貴司はたぶん来年末くらいに離婚して別の女性と再婚する。その人が産んだことになる気がする」
 
「せっかく離婚するなら、千里が結婚すればいいじゃん」
「私が妊娠したことにはできないから」
「でもそれ寂しくない?辛くない?」
 
「私は貴司の2人の子供の、遺伝子上の母になるし、実際に妊娠して出産するのも私だから全然問題無い。ただ世の中の物理法則上の母親になってくれる人が欲しいだけだから。でも同じ人が2人も産んだら、その人は貴司にとって重要な人になってしまう。だから1人ずつ2人の女性に名目上の母になってもらう。もちろん各々の母親になってくれる人にはそれなりの御礼をするよ。彼女たちが幸せになれるようにね。阿部子さんも次の夫との間にはふつうに子供ができるはず」
 
と千里は言ったが、私はあらためて尋ねた。
 
「ほんとに千里、辛くないの?」
 
すると千里はまた日本酒をグイ飲みに注ぐと、一気に飲んで言った。
 
「どうして私も冬も、女の子として生まれてくることができなかったんだろうね」
 
そんなことを言う千里は泣いていた。
 

「桃香が私の精液で妊娠したことによって、私を母親とする子供だけではなく私を父親とする子供も生まれることになった。正直自分が父親になることが辛い」
と千里は涙を拭いてから言う。
 
「千里の卵子ってどうやって作ったの? 小学4年生の時に移植された卵巣が作ったもの?」
「それでは私の卵子にならない」
「確かに」
 
「私のIPS細胞から作ったものだよ」
「IPS細胞を卵子に変化させたわけ?」
「IPS細胞から卵巣・子宮・膣を育てて、それを私の身体に移植した」
「それいつしたのさ?」
「私が小学4年生の時に体細胞を採取されてIPS細胞が作られた。それを培養して卵巣・子宮・膣が一体のものとして作られて、中学1年の時に移植された。その時、小学4年の時に移植した卵巣は元の人に戻した。10歳半の時から育て始めているから、胎内にあった時間相当を差し引くと私の卵巣や子宮の年齢は私自身の年齢より11歳若い。京平を妊娠した時は26歳だったけど、卵巣や子宮はまだ15歳だった。妊娠を維持できる最低くらいの年齢だったんだよ」
 
「・・・・」
 
「なんて話を信じる人はいないよね?」
と言って千里は笑う。
 
「私は中学生になった頃から女性ホルモンを注射や錠剤で摂っていた。そして高校1年の夏休みに性転換手術を受けた。これがもっとも常識的な私に関する物語。もっとも本当に性転換手術を受けにタイに行ったのは21歳の時2012年なんだけど、実際に私が手術を受けたのは15歳の時2006年なんだよね〜」
と千里はあらためてこれまで普通に語っていた方の話をする。
 
彼女は2007年以降女子選手として活動しているし、その前提として性別検査を受けて女性と判定されているので、2006年までには性転換手術を受けていないと、矛盾してしまう。
 
「いや、そういう常識的な話よりさっきの話の方を信じたい。でも26歳って、京平君の出産は去年の6月だから24歳では?」
 
「私の1年は465日あるから」
「そんなこと言っていたね!」
 

「私と青葉と冬は生理があるけどさ」
「うん」
 
「生理があるということは、最低でも卵巣と子宮があるということなんだよ」
「まさか」
 
「だから青葉も妊娠可能だし、冬はそのうち、冬を母親とする子供を作ることになると思う」
 
「・・・・」
 
「私は自分を母親とする子供2人と、自分を父親とする子供1人ができるはず。青葉は彪志君との間に子供をひとり作る。和実は既に遺伝子上の母になったけど、あと1人産む。冬は冬を父親とする子供3人と、母親とする子供1人を作る」
 
「それ予言?」
 
千里はにこっと笑った。
 
「私今すごいこと言ったね」
 
「ああ。受信しちゃったのか」
「そうそう」
 
「でも、私と千里と和実と青葉は子供産めるって、京平君妊娠中に、みんなで集まった時に奈緒だかも言ってたな」
「妊娠検査薬って凄いよね。私は本当にあの時期妊娠していたから」
 
「あの後、千里と和実が実際に子供産んだんだから奈緒も凄いね」」
 

「冬は5年生の時にGIDと診断されて、女性ホルモンを処方してもらったとか言ってたけど、それ以前から女性ホルモンは摂ってるでしょ?」
 
と千里は料理に箸を付けながら私の方を見ずに訊いた。
 
「私の睾丸は元々遊走睾丸だったんだよ。でも自分でも意図的に体内に押し込んでおくことが多かった。それは『ついてない』状態にしておきたかったからなんだけど。結果的にはそれが睾丸の発達を遅らせたと思う」
 
「それは私もやってた。私は遊走睾丸ではなかったけど」
 
「あとね。これ他の人には言ったことないけど、実は、4年生の頃からあるルートで女性ホルモンを入手して飲んでいた。でもあまり大量には入手できなくて、それで声変わりの兆候が来たからやばいと思っていた所で、津田先生に出会って、それで正規の医療を受けることができたんだよ」
 
「私たち、みんな運が良いよね」
と千里は言う。
 
「それは私も思う。20歳くらいになるまで何もできずにどんどん身体が男性化していくのを鬱憤とした気持ちで受け入れざるを得ない子が大半だよ」
 
「親がいちばん理解してくれないし、親と学校がタグを組んで本人を死ぬしかないところに追い込むケースも多い」
 
「それが私たちみたいな子のいちばんの問題なんだよね」
と私は厳しい顔で言った。
 

「まあそういう訳で、桃香が妊娠に使用した精液は間違い無く、私の睾丸が生成した精液だよ。阿部子さんの卵子に受精させたものほど新鮮じゃないしパワーも弱いけどね」
 
と千里は最後に結論付けるように笑顔で言った。
 
「でも桃香、産休取れると思う?」
「無理でしょ。だいたい労働基準法で保証されている産休は出産予定日の6週前から出産日の8週後まで。前後半年も休ませてくれるのは学校の先生くらい。まあ桃香は会社クビになると思う」
 
「だろうなあ」
 
「でもいいよ。あの子、妊娠中でも無茶しかねないから、しばらくアパートでおとなしくさせておいた方がいいや」
 
「かもね〜」
「さすがに妊娠中は恋人作ったりしないだろうし」
「・・・・」
「どうしたの?」
 
「千里さあ、どうしてそんなに浮気する人ばかり好きになるのさ?」
 
「私って、きっと、学習能力の無い、ダメ女なんだよ」
「あぁ・・・」
 
「私が万一貴司に愛想が尽きて別の男の恋人作っても、またそいつは浮気性ではないかという気がする」
「分かってるんなら、気をつけなよ〜」
「だよねぇ」
と千里は疲れたようなため息をついた。
 

三つ葉のメジャーデビューCDは番組の進行より前倒ししたスケジュールで夏休み中に制作が進んでいたこともあり、9月7日(水)に発売されて、初動5万枚で、デイリーランキングおよび週間ランキング1位を取った。
 
他に有力なアーティストの発売が無いのを確認してこの日を選び、それに絶対に間に合うように制作作業を進めていた。実際翌週9月14日に発売されたCats Fiveの3枚目のシングルは18万枚を売ったにもかかわらず3位であった。
 
その日・週に1位を取ったのは10日にフェイが妊娠を発表したRainbow Flute Bandsの新曲で、フェイのことで話題になったため28万枚を売って同バンドとして初のプラチナディスクを達成した。デビューして3年目の初プラチナに、ファンの人たちは喜んでいたものの、実際にはメンバーは複雑な思いで、フェイはメンバー全員に謝ってまわっていたらしい。
 
なお2位はまさに“伏兵”となったピューリーズで、19万枚を売り、彼女たちにとっては2009年以来7年ぶりのゴールドディスクとなった。
 
「しかしキャッツファイヴは、ここまで来るともう運が悪いとか、そういうレベルを超越している気がする」
「きっとキャッツファイヴは100万枚売っても1位は取れない」
 
などとネットでは書かれていた。
 
キャッツファイヴはデビュー曲は16万枚売ったのにローズ+リリー、福留彰、ラビット4に負けて4位。2枚目のシングルは20万枚売ったのにHanacle, 奈川サフィーに負けて3位であった。
 

「不運続き」のキャッツファイヴに対して、セールスの枚数ではずっと下ではあるもののランキング1位を取って、順調に滑り出した三つ葉の場合、この“成功”に乗って、番組は10月からリニューアルされることが発表になった。
 
4月から放送開始された『スター発掘し隊』はオーディション番組をうたい、「街角からテレビへ」と「本格的女性歌手オーディション」という2つのオーディションを立ち上げたものの、前者は最初の数回の放送で行われたもののまるで成果が無く、5月中旬以降は後者のみの企画を進める番組になってしまい、「街角」コーナー自体が放送されなくなった。
 
新しい番組のタイトルは『3×3大作戦』である。
 
取り敢えずこの新番組では当面オーディションは行わない!
 
出場者は
 
葉っぱチーム “三つ葉”シレン・コトリ・ヤマト
香炉チーム “スリファーズ” 春奈・彩夏・千秋
子猫チーム “信濃町シスターズ” 桜野みちる・品川ありさ・高崎ひろか
 
という3組で、彼女たちが様々なものにチャレンジして、チーム同士で競い合うというのが趣旨である。番組予告ではこの9人がひたすら走らされているシーンが映った。
 
なお、3人の名前は花山波歌(かやま・しれん)、月嶋優羽(つじま・ことり)、雪丘八島(すすぎ・やまと)というのが、あまりに難読すぎるので、番組上はカタカナで表記されるようになったようである。
 

「信濃町シスターズってどういう意味ですか?」
と円香が“子猫チーム”のキャプテン・桜野みちるに尋ねる。
 
「うちの事務所が信濃町にあるので」
「なるほどー」
 
「最初は私は頭数に入ってなくて、品川ありさ・西宮ネオン・高崎ひろみ、というラインナップだったんですけど、《シスターズ》と言っておいて、男の子のネオンが入っているのはまずいのではということで、代わりに私が入りました。若い子が多い番組に、申し訳ないんですけど」
と桜野みちるは言っていた。
 
彼女は1994年生まれで、今年22歳になる。品川ありさと高崎ひろかは女子高生、スリファーズの3人は女子大生、三つ葉は中学〜高校である。
 
「男の子でも女装させたら問題ないんじゃない?」
と円香は言うが
 
「契約の時『男の娘みたいな演出はしない』という約束をしているので」
「だったら、男の娘のアクアを出せばいいじゃん」
「済みません。アクアはスケジュールが鬼畜すぎて」
 
ここではアクアは男の娘ということにされているようだ。
 

「そういえば、春奈ちゃんは男の娘だったという話でしたが」
と円香はとなりに並んでいるスリファーズの春奈にマイクを向ける。
 
「完全に女の子になりました」
と春奈は笑顔で言う。
 
「性転換手術したんだっけ?」
「それは4年前にしたんですけど、当時は未成年で性別を変更できなかったんですよ。今年の4月で20歳になったので、誕生日が過ぎたらすぐ性別の変更を申請しまして・・・」
 
「で、却下された?」
「申請は認められました。それで私は今年の5月24日付で法的にも女の子になりました」
 
春奈が笑顔でそう言うと、シレンが
 
「わあ、おめでとうございます!」
と言い、それにつられてコトリとヤマトも
「おめでとうございます!」
と言う。
 
すると信濃町の三人娘も「おめでとうございます」と言って、場は春奈の性別変更を祝うムードになった。
 
しかし円香は
「女なんて大変なのに。よく女になりたいと思うなあ」
などと言っている。
 
「春奈ちゃんが放棄した****を私がもらいたかったな」
「すみませーん。もう4年前の手術なので」
「それどこかに保管してないの?」
「してません!ゴミ箱行きです」
「もったいない」
 
「でも女の子になりたい男の子はたくさんいるから、病院で頼んでおけば、もらえるかもですよ」
とスリファーズの千秋が言う。
 
「じゃ頼んでおこうかなあ。みちるちゃん、アクアはいつ性転換手術するの?」
と今度はアクアと同じ事務所の信濃町ガールズに訊いている。
 
「本人はぼくは別に女の子になりたい訳では無いと言ってますけど」
「それは嘘でしょ」
「取り敢えず****は取っちゃおうか?おっぱい大きくしたいでしょ?と唆していますから、そのうちふらふらと性転換しちゃうかも」
 
「じゃ性転換することになったら教えて」
「いいですけど」
 

番組のタイトルについては、1チーム3人が3チームなので3×3という説明がされたが、実は当初3人対3人で3×3(three on three)という企画だったのを、それでは主役の三つ葉に対してスリファーズが“悪者”扱いになりがち、ということで、もう1チーム加えてthree times threeにしたという裏事情がある。
 
司会は引き続きデンチューの2人で、アシスタントは金墨円香という陣営はそのままである。
 
要するに名古尾プロデューサーが得意なバラエティ番組の形に持って行ったというのが真相であるが、昔のASAYANのように次々と新しい歌手を作っても、その全員のフォローはできないという問題もあった。もしこの番組が長く続いていった場合は、2年後くらいに「三つ葉の妹分」を募集するオーディションをすればよいのではという空気もあったようである。
 
昔のスター誕生のような“入札方式”も、まるで人身売買のようで、今の時代には馴染まないやり方である。10年ほど前にスター誕生の方式を少し改訂した「新人歌手夢のドラフト」という番組が作られたことがあったものの、実際は“ドラフト”は3回行われただけで放送は1クールで終了してしまったし、入賞者たちも2年程度以内に消えてしまっている。
 

2016年のローズ+リリーの活動は、1月に『The City』の海外版(『振袖』とセットの2枚組、あるいはPVを収録したDVDまで入れた3枚組)を出した後、2月には福島で震災復興ライブ、4月に23枚目のシングル『ちゃんぽん』をリリース、その後4〜5月の1ヶ月を掛けてローズ+リリーの全国ツアー実施、その後、新しいアルバム『やまと』の制作に取りかかった。途中、7月下旬と8月上旬に夏フェスに出た他は、メディアへの露出もほとんどせずにずっとアルバム制作に専念していた。最初はKARIONのアルバム制作と並行作業だったのだが、和泉が「次のローズ+リリーのアルバムは勝負所」と言って、私を外してくれたので、その後はアクア、貝瀬日南という超例外を除いては他のアーティストの制作には関わらずに作業を進めた。
 
こんなに時間が取れるのは『Flower Garden』を作った時以来だと思った。『雪月花』は評価はされたものの、短期間にかなり集中して作ったもので、自分としてはもう少しリファインしたかったのだが、あれ以上発売を遅らせるのは世間が許さなかった。昨年の『The City』はあまりにも忙しい中での制作であった。
 
例によって麻布先生のスタジオを5月から12月まで半年ちょっと押さえている。そして今回は『Flower Garden』を作った時と同じ方式で制作を進めることにした。
 
この制作全てに関わるのは、私とマリ、事実上のプロデューサーの七星さん、事実上のスコア係の風花の4人だけである。
 
選択した楽曲を見て、最適のアレンジを考えて構成し、そのアレンジを演奏できる人を集めて制作する。スターキッズも毎回関わるとは限らないし、全員を使うとは限らない。
 
なお★★レコードの氷川さんは、この年は、北川さんの入院でローズ+リリー以外のアーティストも一時的に抱えていたため、結構スタジオに居ない日もあったが、予算取り、アーティストの手配、PV撮影用セットや衣装の手配、撮影隊の編成などはきめ細かくやってくれた。
 

収録する曲を大まかに決めたのは6月の上旬であった。一部は既にスコアを書き上げているのだが、残りは進行しながら書くつもりだった。
 
この時点で予定した楽曲は下記10曲である。
 
『行き交う船たち』(北海道)2014.10
『秘密のかまくら』(秋田:東北)
『だるま恋愛・かもしか恋愛』(前橋:関東)2015.8
『トンネルを抜けたら』(新潟:甲信越)2013.12
『若狭湾の夕日』(福井:北陸)
『祇園祭の夜』(京都:近畿)
『日御碕の夕日』(島根:山陰)2013.11
『同行三人』(四国)
『コスモスの園』(宮崎:九州)
『その角を曲がればニルヤカナヤ』(沖縄)2015.6
 
北海道から沖縄まで地域別に10個の曲を選んだ。山陽と東海が無いが、何かいいのができたら追加も考えることにした。
 
この他に、上島先生・千里(醍醐春海)・青葉(大宮万葉)・鮎川ゆまから1曲ずつ計4曲頂くことにしていた。千里からもらった曲はゴールデンシックスに伴奏を頼み、ゆまからもらった曲はレッドブロッサムに伴奏を頼むことにして、各々承諾を得ている。
 

最初に制作した曲は『だるま恋愛・かもしか恋愛』という曲で、5月下旬のことだった。
 
昨年8月に夏フェスに行く途中の三浦半島で危うく事故に巻き込まれそうになった時に政子が書いた詩に私が曲を付けたものである。
 
政子が「だろう運転・かもしれない運転」を「だるま運転・かもしか運転」と誤って覚えていて、そこから恋愛でも「だろう」「かもしれない」はあるよねと言って書いたものだが、タイトルはそのまま「だるま・かもしか」が残ってしまった。
 
スターキッズ&フレンズをベースに演奏したが、この曲ではキーボードを詩津紅に弾いてもらい、月丘さんには木琴を弾いてもらった(月丘さんは本来マリンバ奏者)。この木琴の音でだるまの木質な雰囲気を出す。かもしかの鳴き声は弛めたヴァイオリンの弦を弾く(はじく)音で表現している。このヴァイオリンを弾いたのは、偶然スタジオに来たアクアである。彼は小さい頃からヴァイオリンを習っていたので結構本格的に弾くのだが「人に聴かせられるほどのものではないので」と言っていた。しかし「弾く(ひく)んじゃなくて弾く(はじく)だけだから」と言ってやってもらった。
 
「でも今日のアクアちゃんの格好をマリちゃんが見なくて良かった」
などと七星さんが笑いながら言っていた。
 
この日は演奏収録だけなので、マリはマンションで休んでいるのである(監視係は琴絵)。
 
「今日は仕事無い予定だったから、友だちと駅前のサンドイッチ屋さんでおしゃべりしてたんですよ。サンドイッチが108円で、中学生のお小遣いでも辛くないから中学生の溜まり場になっていて。その時うまく乗せられて着替えさせられちゃったんですけど、急にTKR(アクアのレコード会社)から呼び出しがあって。急ぐと言われたから着替える暇が無くて。それで三田原課長と話していたら、ケイ先生にこれ見てもらってと言われたので」
 
とアクアは言い訳する。
 
「その格好見て三田原さん何か言った?」
「何も」
「誰か何か言った?」
「誰も」
 
「やはり、それアクアの普段の格好とみんな思っているんだな」
 
「ボク何だかみなさんから誤解されている気がします」
「いや。たぶんみんなの認識の方が正しい」
 
「ところでそういう格好の時、トイレはどちら使うの?」
「この格好で男子トイレには入れません」
「だよね〜」
 
「アクアちゃんって、結構そういう格好で出歩いている気がするのに、その手の写真ってめったに流出しないよね」
と氷川さんが不思議そうに言っている。
 
「たぶんアクアの普段の格好と思うからわざわざネットにあげたりしないんですよ」
と鷹野さんは言っていた。
 
念のため「帰りはタクシーで帰りなさい」と言ってタクシーを呼んであげた。
 
なお、この曲は氷川さんからの提案で『だるまさんのように』と改題することにした。映像も若葉が数年前の高崎だるま市を撮影していた映像があったので、それと私とマリが実際に高崎の街を振袖を着て歩いている所、だるま屋さんで可愛い姫だるまを買うところなどを撮影したものとを繋いで構成した。
 

6月上旬には千里が醍醐春海名義で書いてくれた『やまとなでしこ恋する乙女』の音源製作をゴールデンシックス(KB.カノン Gt.リノン B.美空 Dr.長丸香奈絵 Vn.長尾泰華 Fl.大波布留子)と一緒に進めた。
 
この時期になったのは、千里がオリンピック代表の活動で忙しく、6月下旬から8月の本番までは全く時間が無くなるのでPVは後で改めて撮るとしても音源製作だけでもその前に一通りしておきたかったからである。
 
箏(いわゆる琴)、胡弓、篠笛、和太鼓などの音も加えているが、これは私の親戚を動員した。箏は風帆、胡弓は美耶、篠笛は七美花、和太鼓は里美といったメンツである。
 
スターキッズはこの曲の伴奏には全く参加していない。七星さんにフルートを吹いてもらってもよかったのだが、ゴールデンシックスを主体とする方針から「ゴールデンシックスと愉快な仲間たち」のメンツを起用した。
 
なお千里本人には6月14日にスタジオに来てもらい、仕上がりを見てもらった。
 
「千里先生も笛吹きません?」
と千里に龍笛を習っている七美花が言うが
「今回時間が無いからパスね」
と言って、聴く側に徹していた。
 

6月後半は鮎川ゆまからもらった『かぐや姫と手鞠』という曲の制作をした。とても美しい曲で彼女の『童話シリーズ』の続きのようである。
 
レッドブロッサムのメンバーと一緒に制作を進めた。
 
この曲には、篠笛、龍笛、明笛、笙と様々な日本の笛をフィーチャーしている。ここで笙はまた七美花を動員したのだが、他の笛の吹き手については悩んだ。千里が使えたらいいのだが、海外に合宿で行っているし、そもそもオリンピックまでは時間が無い。青葉も天津子も時間が取れないようであった。
 
私は千里に国際通話で「春のツアーに参加してもらった謎の男の娘さんに頼めない?」と訊いてみた。するとあっさり「いいよ」と言ったので、その人に来てもらった。
 
「こんにちは。謎の男の娘です」
と彼女は今回は素顔を曝して笑顔で挨拶した。
 
「普通に女性にしか見えん」
と鷹野さんが言う。
 
「まあ、女になってから25年ほど経ちますし」
と本人。
 
「あのぉ、何歳ですか?」
 
見た目はまだ23-24歳くらいに見える。ツアーの時に声だけ聴いたのでは40歳くらいかとも思ったのだが、今日は声もあの時より若い気がする。
 
「人間の年齢だと100歳くらいかなあ」
「人間じゃ無いの!?」
「私、キツネですけど。キツネに見えません?」
「うーん。。。キツネが人間に化けてるんなら、気付かないかもなあ」
 
「キツネでもいいのでお名前教えて下さい」
「じゃ深草小春ということで。小春でいいですよ」
「じゃ、小春ちゃんで」
 
「物理的な年齢は?」
「この世界に生まれてからは25年くらいかな」
 
「ちょっと待って。女になってから25年と言ってたし、もしかして生まれた時から女の子?」
 
すると彼女はニコッと笑って言った。
 
「これ『かぐや姫』の歌なんでしょ? かぐや姫は月の世界で悪いことして地球の女の子に転生させられたけど、私も前世では悪い男で、たくさんの女を泣かせたんです。それで罰として女に変えられて赤ちゃんからリスタートさせられたのよね」
 
「かぐや姫って前世では男だったんだっけ?」
「さぁ。そこまでは・・・」
 
「よし、だったらそのように歌詞を少し書き換えよう」
と作詞作曲者のゆまが言い出す。
 
「いいの〜?」
「マリが喜びそうだけど」
 
「じゃ、小春ちゃんって男の人だったのに強制的に女の子にされちゃったの?」
 
と割と物に動じない七美花が訊く。
 
「そうそう。意識は継続してるから、ちんちんが無くなった自分の股間を見た時は、もうこの世の終わりかと思った」
「ああ」
 
「俺、何かあそこがむずかゆくなってきた」
などと鷹野さんが言う。
 
「鷹野さん、女の子になってみます?いいお医者さん紹介できますよ」
と笑顔で小春が訊く。
 
「いや、遠慮しとく」
 

実際に、龍笛担当の小春、笙担当の七美花、明笛担当の七星さん、篠笛担当の三千花が合わせてみると物凄い演奏になった。例によって今日はスピーカーが1個壊れた。
 
「ローズ+リリーの収録で物が壊れるのはもう想定範囲内だ」
 
などと録音担当の有咲が言いながら、スピーカーを交換していた。むろんローズ+リリーの収録では、作業を始める前に全てのデータをバックアップして、そのディスクはシステムから切り離し電源の入ってない状態にし、更に1日単位のバックアップをスタジオではなく、保管庫に最低10世代置いている。また週に1度程度私がコピーをマンションに持ち帰っている。
 
「なんかこの4つの合奏だけで、もう他の楽器入れなくてもいい気がしてきた」
と作曲者のゆま(サックスを吹いている)が言う。
 
「私、この人たちと一緒に演奏できるレベルじゃない」
と三千花(槇原愛)が言い出す。
 
「秋乃さん、代わってもらえません?」
「うーん。愛ちゃんの演奏も充分上手いと思うけど、まあ代わってもいいよ」
と言って結局、風花が篠笛担当になった。
 
「私、お茶くみで頑張ります!」
と三千花は言っていた。
 

6月下旬に大阪でロックフェスタに出た後、奈良県のE村を訪れた際『神の里』という神秘的な歌ができた。これは「神」という言葉は軽々しく使わない方がいいと考え直して『神秘の里』というタイトルでアルバムに入れることにし、代わりに『トンネルを抜けたら』を外すことにした。
 
『神秘の里』はリズム楽器を入れずに制作した。ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・コントラバスという弦楽器多重奏を背景に、ミュートしたトランペット、トロンボーン、ホルンなどで美しい情景の描写をする。
 
この演奏には渡辺賢一グランドオーケストラに協力してもらった。私と風花でまとめあげたスコアに沿って、グランドオーケストラのメンバーにに演奏してもらった音の上に、私とマリの歌を乗せている。
 
「すごく美しい曲にしあがったけど、これライブの時はどうすんの?」
「そこまでは考えてません」
 
 
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【夏の日の想い出・やまと】(2)