【夏の日の想い出・神は来ませり】(3)

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そういう訳で、千里が運転するインプレッサはパトカーにつかまることもなく事故を起こすこともなく、松江の市街地に入って行く。
 
もうすぐ予約していた旅館に着く、という時、政子が
「あ、千里、停めて停めて」
と言う。
 
千里が車を脇に寄せて停めると《鳥取方面》と書いたホワイトボードを掲げた信子がいる。
 
「まだ、このあたりにいたんだ?」
と助手席のゆまが窓を開けて声を掛けた。
 
「あ、どうも昨夜はお世話になりました」
と信子。
 
「大変そうね」
と政子。
 
「11時頃まで出雲大社に居て、神在祭の巫女舞とか垣の外から撮影して証拠写真にして、そのあと境外社の命主社・出雲井社を見てから、電車と徒歩で万九千社まで行って、これでもう15時過ぎたんですよ。そのあと松江市内まで行くトラックに乗せてもらってここまで来たのですが、そのあと誰も捉まらなくて」
 
と信子は言っている
 
「東京から出雲まではどのくらい掛かったの?」
「実は4日かかりました」
「きゃー」
「以前東京から福岡までヒッチハイクして2日半掛かったと言っていた人がいたのですが、余裕見て4日前に出て良かったです。12日のお昼過ぎにやっと出雲に着きましたから。だから帰りもそのくらいは覚悟で」
 
「着替えとかどうしてるの?」
「たくさん持って行っても仕方ないので2着持って来て実はもう2度着替えてしまいました」
「お風呂とかは?」
「トイレの中で、ボディ用のウェットティッシュで全身拭いてます」
 
「ね、ね、私たち、今夜は松江市内の旅館に女の子4人で六畳の部屋1つに泊まり込むんだけど、信子ちゃんも一緒に泊まらない?」
と政子が言った。
 
私は千里、ゆまと一瞬顔を見合わせた。
 
「え?それはまずいですよぉ」
と信子は言っている。
 
「大丈夫だよ。信子ちゃん、女の子だもん」
と政子。
 
「え?でもちょっと私特殊事情が・・・」
「平気平気。こちらも変な人多いし」
 
「あれ?女の子4人と言いました?」
と言って信子がゆまを一瞬見る。
 
「1部屋しか取れなかったんだよ。だから、ゆまちゃんも今夜は女装して女の子を装ってもらうから」
と政子が言うと
 
「わぁ。ゆまさんがいるなら、私もいいかなあ」
と信子は言った。
 
ゆまは苦笑しているが、私と千里は素早く視線で会話して
 
『まあいいかね?政子が言ってるんだし』
『多分この子変なことしたりはしないよ』
 
という感じで私たちは信子を旅館に同行することにした。
 

私が後部座席中央に移り、信子を乗せる。そして5分も走ると、旅館に到着した。
 
旅館の人に
「人数1人増えましたけど、同じ部屋でいいですので」
と言うと5人を見回してから
 
「あのぉ、男の人も混じっているんですか?」
と、明らかにゆまを見て言う。
 
「この子、男の子に見えるけど一応女なんですよ。スポーツとかするので髪を短くしてるんです」
と千里が言うと
 
「ああ。女性5人だったらいいです」
と了承してくれる。
 
「食事を1人分多くしてもらえますか?」
「はい。それは大丈夫ですよ」
 

それで私が代表で記帳し、部屋に案内してもらう。六畳ではあるのだが、やや広い感じがした。
 
「京間かな?」
と私がつぶやくと
 
「山陰は六一間と言って、京間より少し狭いけど江戸間や団地間よりはずっと広い畳を使うんですよ」
と仲居さんが説明してくれた。
 
「ほほお」
 
仲居さんにお茶を入れてもらい、ウェルカムスイーツの『どじょう掬い饅頭』を頂く。この饅頭の顔を見て政子が
 
「可愛い!」
と言って騒いでいた。仲居さんに「お土産に4箱くらい買って行きたい」と言うと「ではあとでお持ちしますね」と仲居さんもにこやかにこたえていた。
 
「まあ《ひよこ》系のお菓子かな」
「この系統のものって各地に結構ありますね〜」
 

一息ついた所で「お食事の準備ができました」と案内されるので、一緒に下に降りて行く。
 
「わあ!蟹だ!蟹だ!」
と政子が嬉しそうな声をあげるので、先に食事を始めていた他のお客さんもほっこりした感じであった。
 
「私がおごるから信子ちゃんも思いっきり食べていいから」
「すみません!ごちそうになります」
 
松葉蟹・アオリイカ・ヨコウ(小型の黒マグロ)・レンコダイ(連子鯛)などの新鮮なお魚の刺身盛り合わせ、蟹の茶碗蒸し、蟹の土鍋ごはん、蟹の天ぷら、と続いて、メインディッシュの松葉蟹の釜茹でだが、私たちはこれを3杯頼んでおいた(当初2杯だったが信子が加わったので3杯にした)。
 
旅館の人は女性だけのグループなので「大丈夫かな?」という感じの顔をしたが、政子が1匹半くらいひとりで食べてしまうし、千里もゆまも結構食べるし、信子もよく食べるので、30分ほどの内にきれいに無くなり、板前さんが
 
「お姉ちゃんたち、いい食べっぷりだねぇ。これサービスであげるよ。松葉蟹じゃないけど」
 
と言って、紅ズワイ蟹の足を5本もらったものの、これもきれいに無くなってしまった。
 
(ちなみに私はもうお腹いっぱいだったので、ゆま・千里・信子が1本ずつ、政子が2本食べた)
 

信子が着替えを使い切ったと言っていたなと思い、私は千里に頼んで信子をインプレッサに乗せて近くのイオンまで連れて行き、下着2セット、Tシャツと長袖のポロシャツ、スカートにパジャマも兼ねてジャージのズボンなども買ってあげた(お金は私が渡した)。
 
「すみません。ここまでしてもらって」
「冬子がお金持ちだから気にしないで」
と千里が勝手に言っている。
 
「ありがとうございます。助かります」
 
「あと、ここまで着替えたのとか、宅急便で自宅に送っちゃえば荷物が軽くなるよ」
「あ、そうしようかな」
 

ふたりはおやつも買ってきたので、それを摘まみながらおしゃべりしていたのだが、やがて、ゆまが言い出す。
 
「まあ、そういう訳で性別暴露大会をしようぜ」
 
「そうだね。一応クリアにしておいた方がお互いすっきりするかな」
と千里も言う。
 
私も頷く。信子は苦笑いしている。
 
「この場で聞いたことは他の人には言わないということで」
と千里は付け加える。
 
「うん。それがいいと思う」
と私も言った。
 
「じゃ私から」
と千里が言う。
「私はポストオペのMTF」
と千里が言うと
「うっそー!?」
と信子が驚いて言う。
 
「生まれた時は男の子だったけど、多分小学4年生頃から女性ホルモンを身体に入れていた。そして高校1年の時に性転換手術を受けて女の子になった。高校3年間は女子制服で通学したし、既に戸籍も女性に変更している」
と千里が言うと、ゆまが頷いている。
 
もしかしたら高岡まで往復してきた車の中でそのあたりの話もしたのかなと私は思った。しかし千里が自分で「高校1年の時に性転換した」「高校は女子制服で通学した」と言ったのは初めてだ。私はその方が彼女について考える時自然な気がした。しかしバスケットのために丸刈りにしてた話は?? あと桃香と一緒に精液を保存した話を聞いたけど、その精液ってどうしたの???
 
「じゃ私が行こうかな」
と私。
 
「私も同じくポストオペのMTF。私は小学5年生の時にGIDと診断してもらって女性ホルモンを処方してもらっていた。それで大学1年の時に去勢して2年の時に性転換手術を受けた。私も戸籍は既に女性になっている」
 
と私は言ったのだが
 
「この場で嘘はつかないように」
とゆまから言われる。
 
「私と千里と政子の3人の共同見解によれば、冬子は生まれた直後に去勢して幼稚園の時に性転換手術を受けている」
とゆま。
 
「幼稚園で性転換手術は無いよぉ」
「だって冬の古い友だちが、冬は幼稚園の時に既におちんちんが無かったと証言してるよ」
と政子が言う。
 
「うーん・・・・」
 
私はチラッと千里を見たが、笑いを殺しているようだ。千里、自分はどうなんだ〜?と思う。
 
「中学でも高校でも女子制服だよね?」
と千里は開き直ってこちらに訊いてくる。
 
「高校の時、女子制服で通学していたのは私が証言するよ。うちのマンションに冬が着てたセーラー服も置いてあるよ」
と政子。
 
なぜそういう証言になる!?
 
「まあいいや、好きなように想像して」
と私は苦笑して言った。
 

「この中では私だけが普通の女の子なんだよね〜」
と政子が言うが
 
「絶対普通じゃない!」
と全員から突っ込みが入る。
 
「まあレスビアンだよね?」
「レスビアンぎみのバイセクシュアルであることは認める」
 
「で私だけど」
とゆまが言う。
 
「私は一応戸籍上は女なんだけど、自分が女であるということに違和感がある。それでこういう感じで男っぽい服を着ていることが多い」
 
「え?男の人じゃなかったんですか?」
と信子が驚くように言った。
 
「私は男の子たちと同じ部屋で寝るのは平気。むしろ女の子たちからは拒否されることが多い」
 
「まあ今夜は1部屋しか無かったから、ゆまには自制してもらうということで」
 
「恋愛対象は女の子だし、FTXとかレスビアンとか分類されることもあるけど、個人的には、自己認識は《女だという自信はないが男になりたい訳では無い》くらいで。自分の性別についての認識が不安定だから、実は《レスビアン》と名乗るのにも違和感がある。女の子が好きだけど、それは同性愛のような異性愛のような微妙な線なんだよ」
 
とゆまは少し苦悩するように言った。
 
「まあ性別って人間の数だけ存在するという人もある」
と千里が言っている。
 

「でも私、ゆまさんが男性で他の3人が普通の女性と思ってました」
と信子は言う。
 
「でも何か私も自分のこと言いやすくなりました」
と前置きをしてから彼女は言う。
 
「私はこの通り、女装者です。戸籍上は男性です。でも実は女装で旅に出たのは初めての経験で」
「初めての女装旅行でヒッチハイクとかは難易度が高すぎる」
 
「罰ゲームだったもので」
「どのあたりから罰ゲームなの?」
とゆまが訊く。
 
「すみません。女装する所からです。これまで実はふつうに男として生活していたのですが」
 
「いや、それにしては君の女装は自然だし、目の使い方が女なんだよ」
とゆまが言う。
 
私も千里も頷いた。
 
「目?」
と言って信子はきょとんとしている。
 
「男と女では視線の使い方が違うのさ。男は対象を刺すように見る。女は対象を自分の中に受け入れるように見る。君はちゃんと受け入れるように見ている。だから、私は君はきっと女装自体は長いんだろうなと思った」
とゆまが解説する。
 
「これここだけの話ですよね」
「そうだよ。他では誰にもしゃべらない」
 
「じゃ告白します。小さい頃から女の子だったら良かったのにとは思ってました」
「小学生の頃はわりとバレてたのでは?」
 
「そうなんですよ。小学1〜2年の頃は、半分女みたいな扱いだったんですが、その頃の知り合いも減っていったし、高校生頃にはほとんどの友人が私のことは普通の男の子だと思うようになってました」
 
「その罰ゲームで女装して出雲まで行って来いなんてのも、誰が提案したのさ?」
「実は自分で書いて投稿していたのですが、本当に自分が引くことになるとは思いませんでした」
「まあ他の人が引かなくて良かったね」
 
「そうですよね!」
と彼女はそのことに今気付いたという顔をした。
 
「でも不思議なんですよね」
「ん?」
「私は女装して岩手まで行って来いと書いたつもりだったのに、出雲になっていたので。書き間違ったのかなあ」
 
「まあそういうことはあるかもね」
と千里。
 
「私、日本史のテストで《加藤清正》って書かないといけない所を間違って《加藤剛》と書いちゃったことあるもん」
と政子が言うが
 
「さすがにそういう人はめったにいない」
とゆまから言われている。
 
「それに岩手だったら、野宿で凍死してたかもね」
「う・・・確かに」
 

「身体はいじってるの?」
と政子が訊く。
 
「薬屋さんに売ってた、女性ホルモン入りのクリームとか塗ってみたけど効果は無いみたい」
「ああ、あれは効果無い」
と私も千里も言う。
 
「むしろDHCのエステミックス飲む方がまだ効く」
「エステ・・・?」
「サプリなんだよ。エステミックス。プエラリアミリフィカがたっぷり入っているから、これ飲む以上、男は辞める覚悟が必要」
 
「男は辞めてもいいかなあ」
「でも実はふつうに女性ホルモン剤を買った方が安い」
「まだそこまで飲む勇気は・・・」
「女性ホルモン剤は飲み始めたらもう後戻りできないからね。一生飲み続けるしかなくなるから」
 
「去勢はした?」
と政子が訊く。
 
「いえ。まだそこまでは気持ちが・・・」
と信子。
「まあ無理する必要はない」
と私は言う。
 
「でもお風呂は今夜どうする?」
「パスで。身体をウェットティッシュで拭いておきます」
「夜中に入ったら?夜中なら誰も入りに行かないよ」
「あ、そうしようかな」
 

お風呂はあまり広くないという話だったので、ゆまと千里、私と政子という2人ずつのペアで行って来た。ゆまは例によって脱衣場で悲鳴をあげられたものの、千里が弁明してあげたということだった。
 
私と政子がお風呂に行く時、政子が私に訊いてきた。
 
「信子ちゃんの話、どう思う?」
 
「本当は女装なんてしたこともないし、女になりたいということもないけど、女の子たちと一緒の部屋に泊まることになったから、最低限のマナーとして心は女の子という演技をしてみたという説に一票」
と私は言う。
 
「信子ちゃんはもう女の子の身体になっていると思うなあ。きっと、もうおちんちんも無いんだよ。恥ずかしがって、女装旅行は初めてなんて言っているだけだと思う」
と政子。
 
「まあ想像するのは自由だね」
「服の下がどうなっているかなんて本人と恋人以外は知る必要無いけどね」
 
「ただ、ゆまが言っていたように、あの子の女装には不自然さが無いんだよ。だから女装自体は過去に何度かしたことがあるのかもね」
 

私たちがお風呂から戻ると、既に布団が敷いてあった。6畳にどのように布団を5つ敷くのかなと思っていたのだが、川の字に3つ敷き、その上に2つ直角方向に敷いてあった。
 
「川の字に内側から政子、冬、私、その上の2つは内側がゆま、外が信子ちゃんというのでどう?」
と千里が提案する。
 
「うん。それは割と平和な配置だと思う」
と私も同意した。
 
信子も頷いている。自分の隣に私と千里という性転換者が並ぶのは気が楽ではないかという気がする。
 
それで結局12時過ぎに消灯して寝ることにする。
 
「おやすみ〜」
と言って灯りを消したのだが・・・・
 
「あ、間違えた!ごめーん」
「ちょっとぉ、いきなり殴ることないじゃん」
 
などという声が夜中に聞こえてきたのは、気付かなかったことにさせてもらった。
 

なんだか騒がしいなと思いつつも信子は疲れが出て眠ってしまった。8日に東京を出てから暖かいお布団で寝たのは5日ぶりである。
 
夜中2時にいったん目が覚める。お風呂行ってこよう、と思い着替えとタオルを持って別棟になっている浴室の方に行く。男女表示を見て悩む。
 
うーん。。。やはりさすがに女湯に入るのはやばいよなと思い、男湯の戸を開ける。ところがそこに人がいた。
 
「わっ。お客さん、こっち男湯。女湯は隣!」
と言われる。
 
従業員さんが今入浴していたようである。裸であった。
 
「済みません!間違いました!」
と言って戸を閉める。
 
それで「隣」と言われた女湯の入口を見る。
 
女性用浴室という札が貼ってある。
 
えーん・・・こっちに入るの?ぼく通報されて警察に突き出されたらどうしよう?とは思うものの、結構女湯に入ってみたいという気もすることはする。
 

恐る恐る戸を開けると誰もいない。それでカゴを取り、フリース、トレーナー、スカート、ポロシャツ、そしてスリップ、ブラジャー、パンティと脱ぎ裸になった。
 
あそこをお股で挟んで鏡に映してみる。
 
お股の所に何もないように見えるのはちょっとドキドキする。信子は小さい頃からよくこれをやってみていた。でも、胸が無いからやばいよなあ、と思いつつも浴室の中に入った。
 
誰もいない。
 
洗い場でお湯をまずは身体全体に掛ける。その後、まずはお股の付近をよくよく洗う。その後、髪を洗い、身体を上から下へと洗っていく。5日ぶりの入浴なので、洗っていくだけで物凄く身体の疲れが取れる気がした。ああ、やはりお風呂に入れて良かったと思う。親切な人に出会えて良かったと思った。
 
身体を全部洗った上で浴槽に浸かる。ちょっと熱いけどそれがまたいい。疲れがどんどん落ちていく感じだ。
 
しかしあまりにも気持ち良かったので、うっかり寝そうになってビクッとする。危ない、危ない。もうあがろう。それに長時間女湯に入っていて、万が一にも女性客が来たらやばい。
 
それであがろうとした時、浴室のドアが開く。
 
げっ。
 
と思ったら、入って来たのは千里さんであった。
 
「ああ?こちらに入ったのね」
と彼女はにこやかに言う。否応なく彼女の裸体が視線に飛び込んで来た。
 
「すみません!出来心で」
と言って信子は浴槽からあがり、
 
「もうあがりますから」
と言って出ようとした。
 
「あら、少し一緒に話しましょうよ。もう少し入っていてよ」
「あ。はい」
 

それで浴槽の中に後戻りし、しばらく待っていたら、掛け湯しただけで千里は浴槽の中に入ってきた。
 
元男性とはいえ、女性と一緒に裸でお風呂に入っているという状況はドキドキする。おそこは股にはさんで隠す。
 
「さっき一度入ったんだけど、もう1回入って来ようかなと思って来たのよ」
と彼女は言っている。
 
「でも冬子にしても私にしてもまだ男の子の身体だった頃から、けっこう女湯に入っていたよ」
と千里は言う。
 
「それ小さい頃ですか?」
「まあ私は本当の女の子の身体になったのはさっきも言ったように高校1年の時なんだけど、実際には男湯に入ったことは一度もない。いつも女湯に入っていた」
 
「よく入れましたね!」
「まあうまくごまかしていたからね」
 
「どうやってごまかすんですか?」
「おっぱいは付け乳すればいいんだよ」
「そんなのがあるんですか?」
「ブレストフォームとかで検索してごらんよ。今持ってるから着けてあげるね」
と言って千里はなにやら肌色の物体を取り出す。
 
「わっ」
 
どこから出したんだ??
 
「触ってごらん」
「あ、柔らかい」
「シリコン製だからね。豊胸手術に使うのと似たような物だから」
「わあ」
「豊胸手術すれば、これを身体の中に埋め込む。ブレストフォームなら身体の表面に貼り付ける。効果は似たような物」
 
「ああ、これいいなあ」
と信子が言うと
「貼り付けてあげるよ」
と言って、千里はそれを信子の胸に貼り付けてしまった。
 
「わっ」
「いいでしょ?」
 
信子は自分の胸に貼り付けられたおっぱいを見る。なんかこれ凄くリアルな感じ。まるで本当におっぱいができちゃったみたい。乳首を触ってみたら、なんかビクッとした。あれ?作り物のはずなのに乳首触って感じるって、どういう仕組みになってるんだろう??でも、こんなのが自分の身体に付いているのって、いいかもと思ってしまった。
 
「この付け乳は君にあげるよ」
「え〜いいんですか?」
 

「でも、お股の方はどうするんですか?」
「それは必死に隠す」
「やはり隠すんですか!」
「今君がしているみたいにね」
「あはは、あまり見ないでください」
 
「おっぱいが普通にあれば、君みたいな雰囲気の子はちゃんと女に見えるから、下は見られないようにさえしていれば何とかなるよ。タオルでお股の付近を隠している人は普通にいるからさ」
 
「ああ、そういうもんですか」
「まあでも取っちゃうのがいい。お股に突起物が無くなれば、楽に女湯に入れるようになる」
「まあ女の身体になっちゃえば、そうでしょうね」
 
「取っちゃいたいと思ったことない?」
と千里が訊く。
 
信子は少し考えてから言った。
「無くなればいいのにと思ったことは何度もあります。でも突然無くなることはないし、性転換手術とか受けに行く勇気も無いし。そもそもお金も無いし」
 
「まあ手術代が高すぎるからね。もし福引きで性転換手術が当たったら受けたい?」
「そんなの福引きに無いですよ!」
「もしあったら?」
と千里がこちらを覗き込むように訊く。否応なく彼女の豊かなバストが目に入る。
 
信子はごくりと唾を飲み込んでから答えた。
「受けたいかも」
 
「じゃ、今すぐおちんちん取っちゃおうか?」
「え!?」
「サービス、サービス。福引きの大当たりということで」
と言うと、千里は信子のお股に手を伸ばし、お股の突起物を掴むとぐいっと引っ張った。
 
そしたら取れちゃった!
 
え〜〜〜!?
 
と思っているうちに千里は
 
「じゃ、私は先に上がるね。もう他の女の子に見られても大丈夫だから、ごゆっくり」
と言って千里は上がっていった。
 
信子は信じられない思いで何も無くなった自分のお股を眺めていた。
 

ハッとして目が覚める。
 
夢か!!
 
びっくりしたぁ。
 
あ、でもマジでお風呂入りたいと思う。取り敢えずトイレに行く。トイレの方に歩いて行きながら、自分の身体に硫黄の匂いがするのに気付く。あれ〜〜?ぼく、もうお風呂入ったんだっけ? 記憶があやふやな気がしてきた。
 
そういえば髪が少し濡れている。腕とかの匂いをかぐと、石けんの香りもする。あれれ?やはり、ぼくお風呂入ったんだ???
 
トイレの前で男女表示を見る。そして女子トイレの中に入る。女子トイレに入るというのは、ここ数日間でだいぶ「鍛えられて」平気になった。むしろこの旅が終わって男に戻ったら男子トイレに入れるだろうかと不安になる。信子はここ数日の《女の子ライフ》にかなり味を占めていた。
 
個室の中で洋式の表示のあるのを見て、そこに入る。
 
ジャージのズボンを下げ、パンティを下げて便器に座り、おしっこをする。この時、何か物凄い違和感を覚えた。
 
へ?
 
と思い、お股を覗き込んだ信子は絶句した。
 

11月14日。
 
朝4時半に起床する。
 
「信子ちゃんも来る?」
と声を掛けると
「あ、はい行こうかな」
と言って一緒に起きてスカートに着替え、コートを着ていた。
 
むろん政子は起ききれないので、トイレにだけ行かせて、車の中で寝てるといいと言って、取り敢えず乗せて毛布と布団を掛けてあげた。
 
全員でチェックアウトする。信子の着替えなどの荷物は余っている箱をもらって詰め、宅急便の発送を旅館の人にお願いした。
 
今日はゆまの運転で美保関(みほがせき)を目指す。昨日の夕方は島根半島西端の日御碕(ひのみさき)で夕日を見たのだが、今朝は島根半島東端の美保関で朝日を見ようということなのである。
 
5時前に出発する。すぐに天文薄明が始まる。
 
「信子ちゃん、何か悩んでるような顔してるけど、どうかしたの?」
と私は尋ねた。
「あ。いえ、大丈夫です。でも人生って多分何とかなりますよね」
と彼女は言う。
 
「うん。人生って色々なことがあるけど、結構何とかなるもんなんだよ」
と私は答えた。
 
私は信子がしばしば千里をチラッチラッと見ていることに気付いた。まさか好きになっちゃったとか?それで悩んでいるとか??
 

1時間ほど走って美保関灯台の駐車場に到達した頃、夜明けとなった。
 
「まだ暗くてよく見えないけど、灯台見てこようか?」
と言って政子は放置して残りの4人で遊歩道を歩き、灯台や鳥居を見てきた。
 
「夏至の頃にはこの鳥居の向こうから日が昇るらしいんだけどね」
と千里が言う。
 
「おぉ、それも一度見てみたいね」
「それが見るのは至難のワザなんだよ」
「どうして?」
「だって梅雨時だから」
「あぁ!」
「見られたら物凄い幸運だよ」
 
それで駐車場に戻る。
 
「それで今日はこの駐車場に居ればいいの?」
「そう。国立天文台のサイトによれば方位は111.9度と書いてある。だからこの駐車場がベストビューになるはず。方位的には大山(だいせん)付近から昇るはず」
 
日の出の時刻は6:41なので、6時半頃、政子を起こした。なかなか起きないので
 
「朝御飯はステーキにしようか」
と千里が言うと、パッと起きた。
 
やがて大山(だいせん)のあたりが明るくなってきて、そこから太陽が昇ってきた。それはまるで大山が太陽を噴出したかのような感じであった。
 
「凄く力強い太陽だ」
とゆまが言った。
 
「活力があふれてくるみたい」
と信子も言う。
 
「うん。昨夜の日御碕の夕日はただただ美しかったけど、この美保関の朝日は力強い。エネルギーが湧き上がってくるようだよ」
と私も言う。
 
千里は無言だが、何かを決意するかのような鋭い視線でその昇ってきた太陽を見つめていた。
 

空が明るくなったので、政子も一緒に再度灯台や鳥居の方まで行ってくる。
 
「みんな、この鳥居の向こうの方に小さな島があるの見える?」
と千里が言う。
 
「見えない」
と私は早々に諦めた。
 
ゆまはかなり目をこらしていたのだが
「ダメだ〜。分からん」
と言う。
 
信子もあまり視力はよくないようで
「分かりません」
と言った。
 
しかし政子は
「あの何か白いのが立っている所?」
と言う。
 
「うん。それ。あれが沖の御前と言って、恵比寿様が鯛を釣っていた島なんだよ」
「へー!」
 
「この鳥居のすぐ先に岩場みたいなのがあるよね」
「うん」
 
「こちらが地の御前と言って、ふたつでペア」
「なるほど」
 
「和歌山の加太の地島・沖ノ島と雰囲気似てるね。距離は大きく違うけど」
と私は言う。
 
「うん。あちらは西向きで、こちらは東向きの違いもあるけど、どちらも聖地という感じがあるね」
 

美保関には8時頃まで居て、そのあと県道を2kmほど戻って美保神社にお参りする。先ほどの灯台そばの鳥居は実はこの神社の境外摂社だったのである。
 
その後、ゆまの運転するインプレッサは更に7kmほど道を戻ってから、巨大な境水道大橋を越えて、鳥取県の境港に入った。
 
「今空気が変わった」
と政子が言った。
 
「ええ。何か変わった気がします」
と信子。
 
実は私も感じた。
 
「出雲大社は何重もの結界で守られているけど、出雲国全体がいちばん外側の結界なんだよね。だからこの橋を渡る時は空気が変わるんだ」
と千里が言う。
 
「なんか変わったの?分からなかった」
とゆまは言っていた。
 

千里が橋を渡る少し前に助手席からカーナビを操作していたのだが、境港市内に入った車はやがて一軒の食堂の前に行く。そばの駐車場に駐める。
 
「まだ開いてないのでは?」
「あと少しで開くと思う」
 
実際、私たちが駐車場で待機していたら、お店の人が玄関を開けて出てきて
 
「今開けました。どうぞ」
と声を掛けてくれた。
 

それで中に入る。
 
「朝から申し訳ないのですが、サイコロステーキかハンバーグできます?」
と千里が尋ねる。
 
「どちらもできますよ」
 
千里が政子を振り返る。
 
「サイコロステーキ!」
と言っている。
 
「じゃサイコロステーキ4人前とハンバーグ4人前、セットは5人分で。飲み物は・・・」
 
「ミックスジュース」とゆま。
「ヨーグルト」と政子。
「コーヒー」と千里は言ってから優しく信子を見る。千里に見つめられてドキっとしたようだが、信子は
「じゃ私はミルクティーで」
と答えた。
 
「それにココアで」
と私は言った。
 
「かしこまりました。御飯とお味噌汁は食べ放題ですので」
とお店の人が言うと、政子は
「やった!」
と叫び、お店の人もつい笑みが漏れていた。
 

先に飲み物を持って来てくれる。それを飲みながらおしゃべりしていたら、政子が
「さっきの朝日きれいだった。詩を書いたから曲を付けて」
と言って紙を渡す。
 
「OK」
と言って受け取るがタイトルに困惑する。
 
「走る人?」
「うん。太陽と大山(だいせん)のコラボが走る人の姿に見えた」
と政子は言う。
 
「見えた?」
と私が他の3人に訊くと
 
ゆまは
「一瞬、あれ?人の姿だと思った」
と言う。
 
「あ。私も人の形に見えました。確かに走ってました」
と信子。
 
「凄く短時間だったけど、人が走っている姿に見えた。その後、飛び上がった」
と千里は言う。
 
「そうそう。ジャンプしたのよ」
と政子は言っていた。
 
「気付かなかった!」
 
「やはり冬は疲れ過ぎなんだよ。それで感性も鈍くなっている」
とゆま。
「冬、やはり根本的に休養が必要だよ」
と千里も言っている。
 
「うーん・・・・」
 
「冬は忙しすぎるもんね〜。これから毎日お料理は私が作ろうか」
「いい!」
 
千里が苦しそうにしていた。
 
「マリちゃんが御飯作ったら、1度に米10kgくらい炊いてしまいそうだ」
とゆまは言っていた。
 

「でも曲を作るとか、何かバンド活動とかしてるんですか?」
と信子が訊く。
 
「うん。このふたりは一緒に曲作りをしてお小遣い稼ぎをしているんだよ」
と千里が言うと
 
「へー。すごーい。コンペとかに出すんですか?」
と訊く。
「コンペもやるけど、なかなか当選しないよね」
と私は答える。
「苦労して作っても優勝者以外は無報酬ですからね」
と信子が言う。
 
「あれ?もしかして信子ちゃんも作曲とかするの?」
「何度かコンペに参加したことありますけど、ダメでした」
「へー。信子ちゃんの作品を今度見せてよ」
「あ、はい。じゃ東京に戻ったら仲間で作ったCDを1枚お送りします。住所教えて頂けますか?」
 
「だったら私の所に送ってもらえば」
と言って千里が住所を書いていた。その千里から住所を渡されてまた信子はドキドキするような顔をしていた。この子、マジで千里のことに恋愛的興味を持ったんだったりして?
 

「でも仲間で作ったというと、信子ちゃんこそバンドしてるの?」
「はい。4人組のバンドなんです。私の担当はベース兼ボーカルで」
「おお、凄い」
「他の3人は女の子?」
「あ、いえ。全員男で」
「じゃ、信子ちゃんは紅一点のボーカルなんだね?」
と政子が言うと
「あ、あれ?あ、そうですね」
と言って、信子は焦っていた。
 
きっと紅一点などと言われたのは初めてなのだろう。
 
「男性のバンドにボーカルだけ女の子ってのはよくあるパターンだよね」
「確かにそうですね」
 
と言って信子は何か考えているようであった。
 

「でも4人なら、ギター2人とベース、ドラムス?それとも、ギター1人でキーボードが入るパターン?」
とゆまが訊く。
 
「あ、それがうちはギター、ベース、ベース、ドラムスで、私はセカンド・ベースです」
 
「ベースが2人?」
「意味が分からん!」
「よくうちのバンドの構成は変だと言われます」
「うん。変!」
 
「各々持ってる楽器で集まったら、そうなっちゃったもので」
と言って信子は頭を掻いている。
 
「それでバンド名も最初は『イエロー・スカ』だったのが、お前らベースが重複してるから『ベース重複』で『ベージュスカ』にしろと知り合いのライブハウスの人に言われて、そう改名しちゃいました」
 
「ああ、スカなんだ!」
「はい。KEMURIとか好きなんですよ」
「ああ、KEMURIはいいよね」
 
KEMURIは度重なるメンバーチェンジの末、2007年にいったん解散したが、昨年秋再結成され、今年6月に6年ぶりのオリジナルアルバムが発表されて、小気味良いサウンドが多くのファンを歓喜させた。
 
「ベージュスカと続けて発音されるとロシア語っぽい」
「バラライカとか入れてもいいな、なんて話したこともあります」
「ああ、面白いんじゃない?」
 
「でもスカやるなら管楽器は入れないの?」
「レギュラーメンバーではないですけど、メンバーのお姉さんがトランペット吹くんで時々加わってもらっています」
 
「おお。女性のトランペッターって格好良い!」
と私たちは思わず声を挙げた。
 
「お姉さん自身は友人たちと一緒に『ホーン女子』というユニットを組んで、主として老人ホームの慰問とかに回っているんですよ」
「へー!」
 
「元々が高校のブラスバンド部の友人だったそうで、お姉さんがトランペットのほか、アルトサックス、トロンボーン、ユーフォニウムという組み合わせで」
「女子4人なんだ?」
「でもよく男1人に女3人と誤解されるそうで」
 
と信子が言うと、ゆまが「ゴホン、ゴホン」と咳き込んでいる。
 
「そのホーン女子とセッションやることも時々ありますよ」
「8人編成だと迫力ありそうだね」
「逆にそのくらいの人数居るとスカっぽいね」
「実は1枚だけ作ったCDもベージュスカとホーン女子のコンボ演奏なんです」
「ほほお」
 

やがてお料理が来るが、サイコロステーキは2皿をシェアして、残り2皿を政子の前に置いたのだが
 
「美味しい!」
という声が上がる。
 
「これ結構良いお肉を使ってる!?」
「うん。これは普通にステーキにもできるお肉の端切れを使っているんだと思う。それにお肉が柔らかくなるように仕込みをしっかりしている」
 
ハンバーグの方もひじょうに美味しかった。町食堂のメニューにしては本格的な味であった。
 

結局1時間ほど滞在してから車を公共の駐車場の移動させようと思い、駐車場の場所をお店の人に訊いたのだが
 
「どのくらい駐められます?」
と訊き返される。
 
「1時間くらいかな」
「だったらまだ時間も早いし****の駐車場に駐めちゃうといいですよ」
「おぉ」
 
それで地図上でそこの場所を教えてもらってから、そこに車を移動させた。
 
そして水木しげるロードを歩く。
 
「可愛い!」
と政子が楽しそうに声を挙げる。
 
妖怪のおどろおどろしい絵が描かれているのだが、こんな明るい光の中で見ると力を失ってしまっているかのごとく、むしろ滑稽に見えてしまう。これって夕闇とかの中で見たら結構怖いかも、などと思っていたら
 
「私前回はここに真夜中に来た」
と千里が言う。
 
「怖くなかった?」
「今以上に滑稽な感じだった。全く怖くなかったよ。でももしかしたら夕方とか見ると怖いのかも」
 
「ほほお」
 

水木しげるロードを見た後は、米子市まで南下してから山陰道/9号線を走り、12時頃に“ハワイ”に到達する。
 
「長時間同行させて頂いて、宿にも泊めてもらい、御飯までごちそうになって、ありがとうございました。またヒッチハイクしながら東京に戻りますので」
と信子が言う。
 
「私たちも東京まで行くからずっと乗っていけばいいのに」
「ひとりの人にあまり長時間お世話になったら、なんかズルでもしているみたいで」
「ああ、そういうのはあるかもね」
「じゃ気をつけてね」
「ラーメンだけでも一緒に食べて行かない?」
「じゃそれまでお世話になります」
 

私たちは鳥取県中西部の名物「牛骨ラーメン」を食べた。
 
「これは独特の味だ」
「私はこれ結構好きかも」
「豚骨ラーメンとかも最初は抵抗があったけど、慣れると結構病み付きになるしね」
「この地域だけにあるんだよね〜、牛骨ラーメンって」
 
という感じで、このラーメンはわりと好評だった。
 
「でも私、一度USAからハワイまでという走行をやってみたいと思っているんだけどね」
と千里が言うと
 
「あ、それ私もやってみたい」
とゆまが言っている。
 
USAは大分県の宇佐市、そしてハワイは鳥取県羽合町(現湯梨浜町羽合地区)である。
 

昼食を終えてからトイレに行く。私が済ませてから出てくると、自販機の所に千里がいたので声を掛けようとしたのだが、その時、こんな会話が聞こえてきたような気がした。
 
「あんたたち、あの子に何かしなかった?」
「ちょっとした親切だよ。きっと満足すると思うよ」
「うーん。。。まあ、いいけどね」
 
千里は私に気付いたようで、こちらを向くとニコッと笑った。
 
近くに誰も居ない・・・よな?と私は不思議な気がした。
 

千里が自販機で買った飲み物を「私のおごり〜」と言って全員に配る。信子にも暖かい紅茶花伝のミルクティーを渡した。
 
信子はよくよくお礼を言っていた。彼女と別れ、私たちは先に出発する。
 
「ね、ね、信子ちゃん、今日の方が昨日よりずっと女の子らしくなってなかった?」
と政子が言う。
 
「私もそう思った。昨日は男の娘だったけど今日はもう完璧に女の子になってた」
とゆまも言う。
 
「あの子さあ、罰ゲームで女装したとか言ってたけど、絶対もうハマっちゃったよね」
と私が言うと全員同意した。
 
「あの子の人生は多分変わったと思う」
「もうあの子は女の子としてしか生きていけないね」
「たぶん数年以内に性転換しちゃうよ」
「もう既に性転換していたりして」
 
「でもあんなに可愛かったら、ヒッチハイクで乗せた人に襲われたりしないかな」
と政子は別の心配をする。
 
「大丈夫だよ。神様にあの子が東京に帰還するまで共に居てお守り下さいとお祈りしておいたから」
と千里が言う。
 
「へー」
「同行二人って感じかな」
「そうかもね」
 

「ところで千里は男の子には興味は無いよね?」
と私は訊いてみる。
 
千里はなぜか一瞬辛そうな顔をしたものの、すぐに言った。
 
「私の恋愛対象は男の子だよ。女の子には興味は無い」
「え?でも桃香は?」
「私と桃香は友だちだし」
「うーん・・・」
 
そういえば確かに千里って最初から、そんなこと言ってたよなと私は考えた。
 

30分ほど走って白兎海岸に到達する。
 
「わあ、うさぎさんだ!」
と政子が声をあげた。
 
目の前に淤岐島(おきのしま)という島があるのだが、この島がウサギの形をしているのである。もっとも、ゆまは
 
「私にはカピバラに見える」
と言っていた。
 
ここの道の駅で「因幡の白うさぎ」を調達して更に先に行く。これもまた博多の「ひよこ」に似たお菓子である。
 
「かもめ伝説・ひよこ・どじょう掬い饅頭・因幡の白うさぎを並べて味わってみたい」
と政子は言うが
「東京に着くまでに全部無くなるから無理だね」
と私は言っておいた。
 
今日は境港までをゆま、境港から羽合(はわい)までを千里、白兎海岸までをゆま、と細かく交代しながら運転している。この後、鳥取市内で新鮮な松葉蟹の茹でたのを3杯調達して氷ももらって発泡スチロールの箱に入れ荷室に積む。更に9号線を走っていき京都に向かう。福知山ICまでの山越え・急坂の道は千里が運転する。
 
「この長い長い下り坂でアクセル踏み込んでみたいなあ」
などとゆまが言っていたが
「それ行き先は天国だよ」
と運転している千里は言っている。
 
「ここは千里に運転してもらって良かったようだ」
と私は言った。
 
この道にはフェード現象などを起こしてブレーキが効かなくなった車のために非常減速用の「緊急避難所」が多数設けられている。
 

福知山ICそばのコンビニに駐める。
 
「じゃ、次はゆまで」
「OKOK」
 
私たちはトイレを借りて、おやつや飲み物を調達した。
 
「ここまで来ればもう東京はすぐだね。18時頃着くかなあ」
などとゆまは言っている。
 
「それは無茶すぎる。確実に免停になる」
と私は言う。
 
「う、それはやばいな」
 
「まあ今夜11頃までには着くと思うよ」
と千里も言っている。
 
「ただルートを選ぶよね」
とゆま。
「うん。渋滞時間を避けられるかどうかに掛かっている」
と千里。
 
「提案。その渋滞する時間はどこかで休憩して晩ご飯食べよう」
と私は言った。
 
「うーん。まあそれでもいいか」
 

「で福知山ICからどっちに行く?」
とゆま。
 
「常識的には中国道方面だよね」
と千里。
 
「じゃ舞鶴に行こう」
とゆま。
「その方が楽しいよね」
と千里。
「たぶん渋滞も避けられる」
とゆま。
 
それで車は福知山ICから舞鶴若狭道に乗り、北へ進路を取る。やがて小浜ICで降りる。小浜と敦賀の間が開通するのは翌年7月である。ただし小浜−敦賀間のR27は、その距離の大半で最近出来た快適なバイパスを走ることが出来る。私たちは16時頃には敦賀市内まで到達した。市街地の道路を通過するが、うまい具合に混雑時間帯の前である。
 
「さて、敦賀から北に行く?南に行く?」
と運転しているゆまが訊く。
 
「常識的には南・米原方面だよね」
「じゃ北・福井方面で」
 
「え〜〜〜!?」
と私は声を挙げた。
 
車は敦賀ICから北陸道の下り・新潟方面に乗った。
 
(北陸自動車道も北陸本線も、大阪方面が上りで、新潟方面が下りである。東京から北陸道を通って金沢に行くと「上り」に乗るので不思議な感じになる。)
 
約2時間で石川県の徳光PAに到達する。ここはハイウェイオアシスが併設されており、シャワーや宿泊施設などまである。
 
「じゃ晩ご飯でも食べよう」
「これから1時間くらいはどっちみち混むもんね」
 
それで施設内のお店に入り、海鮮丼を食べたが、これがなかなか美味しかった。
 
「今回の旅は美味しいものにばかりありつけて満足満足。可愛い男の娘にも会えたし」
と政子も笑顔であった。
 

19時すぎ、徳光PAを出発する。運転するのは千里である。
 
「みなさん疲れたでしょ?寝ててください」
と千里は言っている。
 
実際、疲れも溜まっていたし、美味しい晩ご飯を食べた後で、政子はすぐ寝たし、私もいつの間にか眠ってしまっていた。
 
目が覚めたのは22時半くらいであった。
 
運転しているのは、ゆまである。
 
「今どのあたり?」
「さっき練馬ICを通った。もうすぐおうちに着くよ」
「もう!?」
 
「ねえ?かなりスピード超過してない?」
というより、あり得ない時間という気がした。
 
「そんことない。ねぇ、千里?」
とゆまが言う。
 
「うん。私もゆまも安全運転だったよ。ふたりとも100km/h以上出してない」
と助手席の千里。
 
物凄く怪しい!
 
「うんうん。110くらいまで行っちゃったらエンジンブレーキで減速してたから」
とゆま。
 
ほんとか!??
 
結局23時前にマンションに着いてしまった。ゆまにも千里にも疲れているから今夜は泊まっていくといいと言い、充分寝ていた私が松葉蟹の発泡スチロールの箱を3つフィールダーに積んで、七星さんたちが音源制作をしているスタジオにデリバリーしてきた。
 
蟹はお昼までにはきれいさっぱり無くなったらしい。
 
音源製作はこの日がもうタイムリミットだったのだが(実は12月4日発売予定で「ある事情」により絶対に延期もできなかった)、この蟹を食べたパワーで何とか夕方までに録音作業を終了し、技術者さんが徹夜でマスタリング作業をしてくれて、翌朝工場に持ち込んでプレスを始めることができた。
 

信子が東京に戻ってきたのは15日の夕方であった。出雲まで行く時は彼女の姿に車を停めてくれた人が声を聞いた時点で「何だオカマか」と言って乗せてくれないということが多かったこともあり8日朝から12日昼まで4日も掛かったものの、帰りは14日昼に羽合で冬子たちと別れた後、1度も断られることなくスムーズにヒッチハイクが進み、1日ちょっとで戻って来ることができた。
 
まず羽合から鳥取までガラス屋さんの車に乗せてもらった後、ホモの夫婦?っぽい30代の男性2人のプレマシーに乗せてもらい、京都まで出て、高速のPAの片隅で1泊した。15日の朝には九州旅行してきたあと名古屋まで戻る所という女子大生2人組のタントに乗せてもらったが「運転免許持ってるのなら、ちょっと運転代わって」などと言われて、信子自身が運転しながら楽しいおしゃべりの時を過ごした。彼女たちからはお化粧のことやファッションのことを随分教えてもらい「やっぱり女の子っていいなあ」と思ってしまう。彼女たちとはノリでアドレスを交換した。
 
その後、静岡に行く老夫婦のスズキ・エリオに乗せてもらったが、これも主として自分が運転した。この人たちには浜松でうなぎまでごちそうになった。この老夫婦は自分のことを女の子だと信じていた雰囲気もあった。そして最後には出張先から東京に戻る所という上品な雰囲気の30代男性が運転するレクサスGS450hに乗せてもらう。彼は「もしよかったらHしない?ホテル代は僕が出すし、ちんちん付いてても僕は気にしないよ」などと誘惑してきたものの、丁寧にお断りすると、それで気を悪くした様子もなく、色々会話をして、何だかデートでもしている感じで楽しい時を過ごすことができた。男性との恋愛はさすがに考えられないものの「彼女扱い」されるのもそう悪くないかもという気もした。彼とも勢いに負けてアドレスを交換した。
 

しかし・・・と信子は思う。
 
今朝はヒゲを処理する必要が無かった。実は昨日14日の朝もヒゲを処理する必要が無かった。
 
女装している時のヒゲの処理というのは面倒で、きちんと抜いて処理しておかないと化粧だけでは隠すことができない。1日中女装している場合、その処理を朝お化粧をするまでにやる必要がある。しかし夜の蛍光灯の灯りだけでは暗くてよく見えない。つまり、朝太陽が昇ってすぐくらいの時間に処理する必要があって、これをしておかないと、トイレにも行けない。
 
それで東京を出てから出雲までの間、これが本当に大変だったのだが、冬子たちと会った翌日の13日朝はあまり伸びていなくて簡単に済んだ。そして14,15日は全く処理の必要がなかったのである。
 
旅の疲れでヒゲも伸びてないのかな?でも伸びないのは便利で助かる、などと信子は思っていた。
 

罰ゲームで出雲までの女装旅行に行っていた信一から、都内に入ったという連絡を受けた正隆は「都内まで来たらもう電車で移動していいよ」と連絡し、自分のアパートに来るように言った。三郎と清史に連絡した所、三郎はすぐ行くといい、清史はバイトが入っているので今日は行けないということだった。
 
やがて三郎が来るので、お茶を入れて飲みながら信一の帰りを待つ。
 
「ところでさあ、ここだけの話。あのカードは誰か書いたのかね?」
と三郎が言う。
 
正隆は少し考えていたものの
「じゃ、ここだけの話」
と言って、机の中から数枚の紙を取り出す。
 
「俺が外した紙だよ」
と言って見せる。
「うっ」
と三郎は声を挙げた。
 
《女装して18きっぷで鹿児島まで往復し、宮島と山笠と鹿児島の西郷さんの写真を撮ってこい》
《女装してヒッチハイクで岩手まで行き、伊達政宗と宮沢賢治の銅像の写真を撮ってこい》
《女装して普通列車の乗り継ぎで金沢まで行き、碓氷峠の眼鏡橋と射水市の海王丸と金沢の兼六園の写真を撮ってこい》
《裸で山手線一周》
《**にリンゴを1個入れろ》
《濡れた手で電線にぶらさがる》
《スマホ初期化》
 
「内容がかぶっているのと、さすがに酷すぎるのを外した」
「あははは」
 
「正直言うと、出雲は俺が書いた」
と正隆は言う。
 
「そうだったんだ! 実は俺が書いたのが鹿児島だ」
と三郎。
 
「ということは、金沢と岩手は、清史と信一が書いたことになる」
「つまり全員“誰か”を女装させてみたかったんだ?」
「そう。“全員”がね」
 
と言うと、ふたりは大笑いした。
 

18時すぎ、ピンポンが鳴るので、正隆がドアを開けた。
 
「ただいまあ。戻ったよ」
と言って、女装の信一が入ってくる。
 
「おお、お疲れ様!」
と正隆も三郎も笑顔で迎える。
 
さっき電話で話した時は「服も着替えていいよ」と言っておいたのだが、女装のまま彼が戻ってきたことに、半分は驚き、半分は納得した。
 
「清史はバイト行ってるんだよ」
と正隆は言う。
「うちの姉ちゃんも後で寄ると言ってた」
と三郎。
 
「でもさすがに疲れたぁ。でもあちこちで親切な人に会って助かったよ。それでこれ神迎祭の写真、これ神在祭の巫女舞、出雲大社のあちこちの写真」
 
などと言って信一は女装のまま“お姉さん座り”して、多数の写真を見せる。彼が付けている化粧品の香りが正隆をドキッとさせた。
 
男だと知らなかったら、デートに誘いたくなるじゃないか。こいつ、こんなに可愛かったっけ??
 
「ついでにこれお土産で買った、どじょう掬い饅頭ね」
「おお」
 
それでみんなで摘まむ。後で来るという三郎の姉のために少し取っておく。
 

「しかし何だかすっかり女装が板に付いている」
と三郎が言う。
「うん。女の子の雰囲気が凄く出てる」
と正隆も言った。
 
「そう?何かハマッちゃった気がする。これからも時々女装してみようかなあとか思っちゃった」
と信一は言っている。
 
正隆と三郎は一瞬顔を見合わせたものの
「まあ、それもいいんじゃない?」
と言う。
 
「クリスマスのライブでさあ、ぼく女装で歌ってもいい?」
と信一が言うと
 
「いいよ!その方が人気出たりして」
と正隆は笑顔で言った。
 
「まあ女の子ボーカルのバンドって多いもんなあ」
と三郎も言う。
 
「でもだったら、お前、女の声で歌えるように練習しろよ」
と正隆。
 
「うん。女の子の声の練習頑張ってみる」
と信一は明るく答えた。
 
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【夏の日の想い出・神は来ませり】(3)