【夏の日の想い出・神は来ませり】(2)

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神門通りを更に北上していき、やがて神社の敷地が見えてくる。入口の所に大きな木の鳥居がある。
 
「これが第2の鳥居。勢溜(せいだまり)の鳥居。ここから神社の敷地内」
「ふむふむ」
 
参道を歩いて行くがなかなか着かない。
 
「長いね」
「まあ京都の下鴨神社なんかも長いね」
 
やがてまた鳥居がある。
 
「これが第3の鳥居。鉄製の鳥居」
「なるほど」
 
少し歩いて行くと、何か銅像がある。
 
「だいこく様と因幡の白うさぎか」
 
「御自愛の御神像」というらしい。記念写真を撮っている女子大生っぽいグループがあった。更に少し行くと、大国主命(おおくにぬしのみこと)が両手を挙げている像がある。これは「ムスビの御神像」というらしい。その大国主命が仰いでいるのは金色の玉でそれが幸魂奇魂(さきみたま・くしみたま)らしい。こちらも記念写真を撮っている人たちがいた。大国主命と同じ格好をしてみている女子大生もいる。
 
政子が何か言いたげな顔でニヤニヤしていたが
「何も言うな」
と言っておいた。
 
その先に今度は銅製の鳥居がある。
 
「ここが第4の鳥居。この先が境内」
 

中に進むと太いしめ縄を張った拝殿がある。
 
「あ、そうそう。出雲大社は二礼四拍一礼だから」
と千里が言う。
 
「四(よん)?」
「普通の神社は二礼二拍一礼だけど、神社によってはたまに拍手の数が違う所がある。出雲大社・大分の宇佐神宮・新潟の弥彦神社は四拍」
「へー」
 
実際、拝殿のそばまで行くと、みんな四拍手をしている。私たちもそれにならって、二礼四拍一礼でお参りしてきた。
 

「ところで、ここは何の神様だっけ?」
とゆまが言うので
 
「大国主命(おおくにぬしのみこと)!」
と私と千里がほぼ同時に言った。
 
「いわゆるだいこく様だよね」
「そうそう。因幡の白ウサギを助けた人」
「ああ!ウサギの皮を剥いで海水に浸けたんだっけ?」
と政子が言い出す。
 
「そうされていた白ウサギを助けてやったんだよ」
「そうだったっけ? 私なんだかカチカチ山とも混線している気がする」
とゆままで言っている。
 

「だいこく様って、七福神のだいこく?」
と政子が訊く。
 
「じつは七福神の大黒(だいこく)というのは、仏教の大黒天マハーカーラと日本の大国主命が習合したもの」
と千里は説明する。
 
「ほほお」
「弁天様も仏教の弁財天(弁才天)サラスヴァティと日本の宗像の三女神が習合している」
「日印ミックスなのか」
 
「だいこく様の場合は、大きく黒いと書く大黒天と大きな国と書く大国様とが読みが同じなので混同されたという経緯もあるんだよね」
 
「ああ」
 
「男のむすめの方の男の娘と、男のこどもの方の男の子も音で聞くと分からないよね」
という政子の発言は取り敢えずスルーする。
 
「七福神の大黒像は大きな袋を肩に掛けて、俵を踏んでいたりするけど、それは大国主命の神話が影響しているよね」
 
「大きな袋を肩に掛け、だいこく様が来かかると・・・」
と政子は楽しそうに《だいこく様の歌》を歌っていた。
 

拝殿を出た後、裏側に回り込むと大きな神殿がある。
 
「ここは何だろう?」
とゆまが言うので
「ここが本殿だよ」
と千里が言う。
 
「ここが本体か!」
「まあ時々、こちらは奥の院だと思っている人もあるね」
 
「ここは中には入れないのね?」
「どこの神社でも本殿には普通入れない。でもここはお正月は入れる。明日も入れるよ」
 
「おお!」
「じゃ明日も来なくちゃ」
「そもそも神様が集まってくるのは今夜だし」
「そうだった!」
 

取り敢えず外側の八足門の前でお参りする。
 
「でもこの建物、凄く大きいね」
とお参りを終えてから、ゆまが言う。
 
「高さ24m。でも昔は48mあったし、創建当初は96mあったんだよ」
と千里。
 
「96m!?」
 
「ご縁広場の所にあった資料館に復元模型が展示されてるけど、長いスロープで登って行くようになっている。後で見に行こう」
 
「高さ96mの坂を作ったんだ?」
「古代の建設技術って結構凄いからね。もっともこの96mの社殿はしょっちゅう倒れては再建していたらしい」
 
「まあ日本は台風も地震もあるし」
 
「お金も掛かったろうから48mに縮小して、更にお金が無くて24mになっちゃったのかもね」
 
「今のサイズでも充分大きい」
「今なら鉄筋コンクリートとかにすれば96mの社殿は建てられるだろうけど、そういう建て方は反対する人が多いだろうね」
 

千里の案内で左手に進み、角を曲がって奥の方に歩いて行く。何か案内板が立っている。
 
「ここでお参りすると神様の前でお参りできる」
「へ?」
 
「そこの案内板にも書いてあるように、神社本殿は南向きに建てられているんだけど、神座は西側を向いている。だから八足門の所でお参りしても神様の横顔にお参りしてしまう。この場所からお参りすることで、神様を正面に見られる」
 
「ややこしい!」
 
「まあこの神社は色々複雑だよ」
 
「千里よく知ってるね!」
「まあ、前に1度来たから」
 
「でないと分からないよね!」
 

「ちなみに、そちらにあるのは西十九舎。全国からいらっしゃった神様たちのホテル」
 
「ほほお」
「反対側には東十九舎もあるよ」
 
「でも全国からたくさん神様いらっしゃるのに、こんな小さいホテルで足りるの?」
と政子が訊く。
 
「まあ神様には大きさというものがないから」
と千里は笑って言う。
 
「それ針先天使問題ってやつだよね?」
と私が言う。
 
「そうそう。針の先で天使は何人同時に踊れるか?という問題がある」
と千里も笑いながら言う。
 
「うーん。。。3人くらい?」
とゆま。
 
「不正解」
「うむむ」
 
「天使は《位置》はあっても《外縁》も《大きさ》も無い。だから、針の先で天使は無数に同時に踊ることができるんだよ」
と千里。
 
「それって物理学的に言うとボース粒子に似てるね」
と私は言う。
 
「うん。フェルミ粒子は複数の粒子が同時に同じ場所を占めることができない。ところがボース粒子は同じ場所に複数の粒子が同時に存在することができる。普通の物質を作っている素粒子であるクォークはフェルミ粒子だから、例えばローズ+リリーのケイとKARIONの蘭子が同時に同じ場所に存在することはできない。ところが光子(こうし)とか重力子、中間子みたいなボース粒子は複数の粒子が同時に同じ場所に居てもいい」
 
などと千里が説明する。
 
「先生!ケイはボース粒子かも知れません」
と政子が言う。
 
なお、この当時ケイと蘭子が同一人物であることは政子には既にバレている。世間に事実上公表したのはこの直後の2014年正月で。完全に認めたのは2016年の春である。
 
「千里、危ない例を挙げないで欲しい」
と私は渋い顔で言った。
 
千里は笑っていたものの、ゆまは訳が分からずキョトンとしていた。実際問題として、ゆまは今の千里の説明は最初から頭脳が拒否していた感じである。
 

そこから更に先に行く。
 
彰古館の前を素通りして、私たちは小さなお社の前に来た。ちょっと怖いような感じがした。
 
「大国主神のご先祖様、須佐之男神(すさのおのかみ)を祭る素鵞社(そがのやしろ)。ここは出雲大社の境内の中でも多分超重要ポイント」
 
「うん。何かここは凄いって感じがするもん」
 
お参りした後で、千里が「裏手に行ってみよう」というので、回ってみる。何かあるのかな?と思ったのだが何も無い。
 
「そこの岩肌に触れてみて」
と千里が言う。
 
「ん?」
 
それで千里も含めて4人ともその岩肌に触った。
 
「何か流れ込んでくる気がする」
と政子。
 
「物凄く癒やされる感じ。何というか。心の奥の狭まっていた部分が解放されていく感じ。これ・・・・こないだ青葉に修復してもらった《泉への道》が強化されていく。これ5分くらい触っていたい」
と私。
 
千里は何も言わずに涙を流している。
 
私は千里はこの8月頃に何かあったのではと思っていた。もしかしたら彼女はその心の傷を癒やすために、この場所に来たかったのかもという気もした。
 

「何かあるんだっけ?全然分からない」
とゆまが言う。
 
涙を流していた千里が微笑んで言った。
「ここって女性には効くスポットなんだけど、男性にはあまり効かないらしい」
 
「ほほお」
 
「冬も千里も凄く効いてるみたい。私も凄く効いてる。冬も千里も女の子なんだね」
と政子。
 
「つまり私は男ということか!?」
とゆまが言った。
 
「ゆまさん、ちんちんあるのでは?」
と政子がきらきらした目で言う。
 
「今度トイレ行った時に確認してみよう」
とゆまは悩むような顔で言っていた。
 

私たちは結局そこに10分以上滞在してから、先に進んだ。文庫の前を通り、本殿の東側に回り込む。
 
「本殿の横に屋根だけ見える神社が2つあるね」
 
「大国主神の奥様、須勢理毘賣(すせりびめ)を祭る御向社と、大国主命が若い頃お兄さんたちにいじめられて赤く熱した巨岩をぶつけられて殺された時にそれを蘇生した蚶貝姫(きさがいひめ)・蛤貝姫(うむぎひめ)の姉妹を祭る天前社。須勢理毘賣を単独で祭る神社というのは、多分ここ以外には無いと思う」
 
と千里が解説する。
 
「ほほお」
 
「蚶貝姫(きさがいひめ)は実は出雲の主神、佐太大神のお母さんね」
「ああ、じゃ元々この地域に関連のある神様なのか」
 

そのあと本殿の正面まで戻って来るので、参道を戻り、勢溜の鳥居を出る。
 
「お腹空いた!そこにそば屋さんあるよ」
「よし。入ろう」
 
それで4人でそのお店に入った。まだ12時少し前なので、お客さんは少ない。
 
千里がお勧めの「釜揚げそば」を注文する。政子が「ぜんざいもある!」と言うので、それも4人前頼む。
 
「一緒に持って来ますか?」
「じゃ、そばの後でぜんざいで」
 
それでまずそばが来るが、どんぶりの中にそばが入っていて、そばつゆは自分で掛けるようになっている。
 
「松江の方だと丸い割子に入っていて、このお店のメニューにも割子そばってあるんだけど、出雲ではこういう感じで丼に釜揚げ状態で入れる方式なんだよね」
と千里は解説する。
 
「へー」
 
「でも、なんか香りがいい」
とゆまが言う。
 
「やはりそばは黒いのがいいよね〜。白かったらうどんでいいもん」
などと言って政子は食べている。
 
「それは結構賛成」
と私も言った。
 

「男の娘も可愛い女らしさのある服を着るのがいいよね。体型が分からないような服とかユニセックスな服を着るのはもったいない。せっかく女の子するなら、女の子らしい服を着るべきだよ」
と政子。
 
「だから、なぜそういう発想になる!?」
とゆまが呆れて言う。
 
「まあ確かに1960年代頃までのオカマさんたちって体型の分からない和服を好む人が多かったらしい。たぶんカルーセル麻紀さんが女らしい服を着てテレビに出たりしはじめたあたりから雰囲気が変わったんじゃないかって、いつか雨宮先生が言っていたよ」
と私は言う。
 
「やはりカルーセル麻紀さんは色々な意味で先駆者だよね」
と千里も言う。
 
「だから多分女らしい服装を好むようになったのは昭和30年代生まれくらいのニューハーフさんたちあたりから」
 
「松原留実子とかもその世代だっけ?」
「松原留実子は1958年生まれ。まさにあの付近から、女性と見分けが付かないくらい美人のニューハーフさんが多くなり始めたんだと思う」
 
「そうか。ニューハーフって松原留実子とともに広まった言葉だった」
「それ以前は丸山明宏(美輪明宏)とともに広まったシスターボーイなんてのが割と知られていた」
 
「昭和30年代以降の人たちってのは、自分が女だということに自信を持っている人たちかな」
 
「うん。それ以前の人たちは、結構男の意識も強かったと思う。松原留実子さんの世代は、フリーセックスとか、ウーマンリブとか騒がれていた時代に少女時代を送っているし、性というものを自由に捉えていた。ピーターさんがテレビで活躍していた時代だよね。それで女として生きてもいいんだと幼い時期から思っている。性転換手術のことも小学生くらいまでに知っている。だから、女として自分を磨きながら10代を送っている。女性体型を努力で作り上げているから、女らしい服が着られたんだよね」
 
「まあ男性体型に育ってしまうと、どうしても体型カバーする服を着たくなるかも知れないね」
 

「でも千里とか冬は、幼い内に性転換しているから、わりと女性体型作るのにも苦労しなかった部類では?」
などと政子が言う。
 
「他の人よりは恵まれていたというのには同意する」
「右に同じ」
と私と千里は言う。
 
「千里はやはり高校生時代から女性ホルモン飲んでたんでしょ?」
と私は訊くが千里はそれには答えず
 
「冬子は私より早い時期から女性ホルモンに曝されていたという気がする」
と言っている。
 
「私は大学生になってから女性ホルモン飲み始めたんだけどね。正確には大学に合格してから」
と私が言うと
 
「そういう無意味な嘘をつくのは理解できない」
と3人から言われてしまった。
 

おそばを食べた後はそば湯を飲んでから、ぜんざいを頂く。そば粉で作った白玉が入っている。
 
「ぜんざいは出雲発祥という説があるんだよね」
と政子が言い出す。
 
「ほほお」
 
「神在月(かみありづき)にお餅を食べるという習慣が出雲にはあって、それを神在餅(じんざいもち)と言った。その『じんざい』が訛って『ぜんざい』になった、と」
 
「やや微妙な気もする」
 
「もうひとつは、とんちの一休さんが、お餅を食べた時に美味しかったから『善哉(よきかな)』と叫んだという説がある。それを音読みして『ぜんざい』になったと」
 
「それも微妙な気がする」
 
「私は個人的には華厳経の善財童子(ぜんざいどうじ)が絡んでいるのではと思っているんだけどね」
と政子は言う。
 
「政子にしては難しいものを知っている」
と千里が感心するように言う。
 
「いやぁ、大学で華厳経の授業を取った時に、食べ物の名前だ!と思ったのよ」
「なるほどー」
 
「善財童子があちこちの賢者を訪ね歩いている時、訪問した先でいろいろ美味しいものをごちそうになって、その中にあんこ餅もあったのではないかと」
 
「ふむふむ」
 

そばも善哉もとても美味しかった。お店を出てから、ご縁広場まで戻るが千里は私たちをこの道の駅の中にある吉兆館に連れて行った。
 
「これ以前は勢溜の鳥居のすぐそばの展示館で展示されてたんだけどね。これが昔の高層建築版・出雲大社本殿の復元模型なんだよ」
と千里が言う。
 
「おお、こういう形だったのか!」
「まあ半分は想像だけどね。これは松江工業高校で制作されたもの」
「いや48mとかの建築ってあり得ないと思ってたけど、こういう構造ならあり得る気がしてきた」
 

「ところで神迎祭って何時からだっけ?」
「19時からだから、17時くらいには出発した方がいいと思う。それまでは休んでる?」
 
今13時半である。3時間ちょっとくらいは休んだ方がいいかも知れない。
 
「あれ?出雲大社でやるんじゃないの?」
とゆまが訊く。
 
「出雲大社から1.3kmほど離れている稲佐浜というところで前半をやって、そこで迎え入れた神様を出雲大社の神楽殿までお連れして後半の儀式をやるんだよ」
 
「神楽殿(かぐらでん)?」
「ああ、そういえばさっきはそちらまで行かなかったね。日本一の大しめ縄が掛かっているんだけどね」
 
「本当に日本一?」
「神社の建物に掛けられているしめ縄のサイズとしては出雲大社神楽殿のものが日本一。神社の拝殿に掛けられたしめ縄の日本一は福岡県の宮地嶽神社」
 
「みやじだけ神社って去年行ったところだっけ?」
と政子が私に訊く。
 
「あれはお隣の宗像(むなかた)大社」
「お隣だったのか!」
 
「山一つ越えた隣だね。合わせてお参りする人も多いよ。あのあたりでお正月の三社参りというと、宮地嶽神社・宗像大社・香椎宮と回ったりする」
「へー」
 
「でもその日本一の大しめ縄見てみたい」
と政子が言い出す。
 
「一休みしてからにしようよ。さすがに往復で疲れたよ」
と私は言う。
 
「ああ。だったら車で移動しようか?」
とゆま。
 
「それでもいいね。神楽殿は神社の駐車場のすぐそばだし」
「それは好都合だ」
 

それで前来たことがあるという千里が運転して、私たちはご縁広場から神社の駐車場に移動した。
 
「車ならすぐだ」
「歩くと30分くらい掛かるもんね」
 
「なんかもう駐車枠がほとんど無い」
「ご縁広場でさえ、かなり車が埋まっていたからね〜」
「まあ混むだろうね。これもう少し後から来た人は結構遠くの駐車場に駐めることになりそう」
 
それで端の方に1つだけ空いていた枠に駐め、歩いて行くと、確かに駐車場のすぐそばにその巨大なしめ縄のある神楽殿があった。
 
「確かにこれはでかい」
とゆまも感心している。
 
「これ材質は何?」
と政子が訊く。
 
「藁(わら)」
と他の3人が答える。
 
「まあこの神楽殿で、全国から集まってきた神様をおもてなしする行事をするんだよ」
 
「やはりごちそうでもてなすのかなあ」
「まあ食事とお酒だろうね」
 

政子が他に見逃したものはないか?というと千里は
「彰古館とか神古殿とか見る?」
と訊く。
 
「それは?」
「資料館だね。宝物殿といった方がいいかな」
「一応見ておこうかな」
 
それでまずは拝殿の横にある神古殿に行き、その後、本殿後ろにある彰古館に行った。この彰古館に大量の大黒様の像があり、政子がはしゃいでいた。それで14時半すぎ、駐車場の所に戻ったのだが・・・
 

「出られないね?」
「無理だね」
 
インプレッサの前の枠外に大きなクラウンが駐まっているため、出ようにも出られないのである。
 
「仕方ない。出られるようになるまで放置で」
「たぶんこれ神迎祭が終わるまで出られないよ」
「それも好都合だけどね」
 

結局トイレに行った後、少し車内で休んでようということになる。政子はおやつ食べたいというので、結局千里が付き合っていた。私とゆまは車内で仮眠していた。
 
政子が戻って来たのは16時半頃であった。
 
「じゃ、そろそろ稲佐浜に行こうか?」
と千里が言う。
 
「千里休まなくて平気?」
「向こうで待ちながら寝てるよ」
「その手もあるか」
 
「寒いからみんなしっかり防寒服を着てね」
「了解〜」
 
全員でいったんトイレに行って来てからしっかりとフリースを着た上にダウンコートを着る。ホッカイロも入れた。
 
「でも晴れてよかったね」
「うん。雨とか降っても人が密集しているから傘はさせないし」
 
この日は朝は雪が降っていたし、昼過ぎまで曇っていたのだが、夕方近くになってからきれいに晴れたのである。
 
「ただ晴れたからには冷え込みも強いから」
「だよね〜」
 

それで若干の非常食をリュックに入れて体力のあるゆまと千里が持ち、稲佐浜方面に歩いて行く。道分かるかな?と少し心配したものの、そちらに歩いていく人たちがたくさんいるので迷う心配は無かった。
 
人の波に合わせて歩いたので30分近く掛かり、17:10頃、稲佐浜に到着した。
 
この日の日の入りは17:05, 日暮れは17:39, 天文薄明の終了は18:33である。
 
日は歩いている途中で落ちたものの、まだ空は明るい。しかし急速に暗くなっていきつつあった。
 
やや遠い場所に祭壇のようなものが作られていて、神職さんたちがたくさんいる。私たちは大勢の人たちと一緒にその時を待った。千里は本当に寝ているように見えた。政子はゆまと冗談を言い合っている。
 
「こういう暗い中なら女装したい人にもいいよね」
「まあこれだけ人がいたら男の娘も10人か20人はいるだろうね」
 
そんなことを言っていたら、千里の向こう側にいる赤いコートの背の高い女性が何だかギクッとした感じであった(私たちは左から、ゆま・政子・私・千里と並んでいる)。
 
どうしたのかな?知り合いに男の娘でもいるんだろうか?と私は何気なく思った。
 
「そういえば、ゆまさん、ちんちん付いてた?」
と政子は訊いている。
「トイレの中で確認したけど、付いてないようだった」
とゆま。
「どこかに落としたということは?」
「落としたら、誰か適当な男の娘からぶんどろうかな」
 
どうも2人とも雑念の塊のようである。
 

空はどんどん暗くなっていく。やがて天文薄明が終了してあたりは真っ暗になる。祭壇が見えない。
 
少しして松明に火が灯された。
 
それと同時にパッと千里が目を覚ましたので「すごっ」と思う。本当にこの子勘がいい!と思う。
 
真っ暗な中に煌煌と松明が燃えている。
 
美しいなと私が思っていたら、やがて海から強い風が吹いてくる。
 
「来た」
とゆまが言った。
 
私も何かが大量にやってきたのを感じた。
 
神の到着だ!
 
見るからに勘の悪そうなゆまでさえ何か感じたのだろうから、やはりこれは物凄いことが起きているのだろう。
 
写真を撮っている人たちも多い(無論フラッシュは使わない)。しかし私も政子もゆまも千里も、カメラなどは使わず、自分の目と耳と感覚でその神々の到着の空気を味わっていた。
 

時計も見ていなかったので良く分からないが、多分松明に火を点けられて1時間くらいが経ったろうか。この稲佐浜での神事は終了して、神楽殿に移動すると告げられる。「何とか様」の先導でと神職さんが言っていたが、私は聞き取れなかった。誰かに訊こうかと思ったら千里が
 
「龍蛇(りゅうじゃ)様だよ。漢字では龍王の龍に、蛇(へび)と書く。後で間近で見られると思う」
と言った。
 
「へー」
「まあウミヘビを神格化したものと言うか」
「あぁ」
「神迎の儀式は、この界隈の神様である龍蛇様が先導を務める」
「応対係というところかな」
「そうそう」
 

松明の燃え残りの縄や灰をもらっていっていいということだったので、何か入れ物がなかったかな?と思ったら、千里が「はいどうぞ」と言ってビニール袋を全員に配ったので、私たちはそれに縄の一部と灰を少し入れた。
 
「これどうすればいいの?」
「家の四隅とか、あるいは吉方位とか恵方に撒いたりするといいよ。あるいは近い内に引っ越すなら、その引越先のお清めに使うといいし」
 
「引越かぁ」
「きっと冬子、来年引っ越すと思うから、取っておくといいよ」
と千里。
 
私は目をぱちくりする。
 
「まるで青葉みたいなこと言ってる」
 
千里は何も答えずに笑っていた。
 

“龍蛇様”を先頭にする神職さんたちの列、その後に続く参列者の列はゆっくりと真っ暗な道を歩き、出雲大社に戻った。
 
「トイレに行っておいた方がいいよ」
と千里が言うので、私たちは神楽殿近くのトイレに行ったが、さすがに長蛇の列であった。
 
「男子トイレにも行ってみたけど向こうもふさがってた」
などと言っているおばちゃんまで居る。
 
トイレが終わってから、4人で神楽殿の中に入る。もう大勢の人が中で待機している。
 
やがて神様を迎え入れるという報せがある。私たちは心静かに待った。「おーーーーーーーーーーーーーーー」という男性神職さんの長い声を合図にやがて“龍蛇様”を掲げた神職さん、そしてそれに続く数人の神職さんが入ってくる。
 
結構(フラッシュ無しで)写真を撮っている人たちもある。むろん私たちは写真など撮らずに心を無にして儀式を見守った。
 
と思っていたら、ひとりの観光客っぽい人がフラッシュを使って“龍蛇様”を先頭にした神職さんたちの列を撮影した。周囲がざわめく。冷たい視線がその人に突き刺さる。当人はみんなから睨まれて居たたまれなくなったのか、自主的に立って退去した。
 
「馬鹿だね。あれでかなり寿命が縮んだね」
と千里が冷たく言う。
 
こんな冷たい言い方をする千里は初めて見た。きっとかなり怒っているのだろう。いつも温和な千里にしては珍しい。
 
儀式は静かに進行していく。とりたてて盛り上がりのようなものも無いので政子は眠ってしまった。まあ、人に迷惑を掛けなければよいであろう。
 
ちょっと困った人は出たものの、それ以外の大半の参列者は敬虔な気持ちでその儀式を見つめていた。
 

やがて儀式が終わって、全員神楽殿から退出する。車に戻ってアイドリングしながら、私たちの前に駐めているクラウンが動いて、私たちが出られるようになるのを待つ。
 
「この後どこに行くの?」
と政子が訊く。
 
「いったん、湯ノ川まで待避する。そしてまた明日の朝、こちらに来る」
と千里は答える。
「湯ノ川って?」
と政子。
「道の駅。車中泊には便利だよ」
と千里。
「車中泊なの〜?」
と政子。
 
「まあ、出雲付近の旅館ホテルは全部満杯だったから」
と私は言う。
 
「道の駅なら、さっきのご縁広場は?」
「あそこは車中泊の車で既に満杯」
「うむむ」
 

少し待っていたら、赤いコートの女性が運転席の窓をトントンとした。最初、前に駐まっているクラウンの人がこちらに声を掛けて謝りに来たのかなと私は一瞬思ったが、違ったようである。
 
「すみません。そちらが品川ナンバーなのを見て。私、東京からヒッチハイクで来たんですが、このままお帰りになるのでしたら、もし良かったら東京まででなくてもいいので、岡山か京都付近あたりまででも乗せて頂けないかと思いまして」
と“彼女”は言った。
 
私たちは「おっ」と思った。
 
その“彼女”の声が明らかに男声だったのである。
 
政子が私の服の脇を引っ張る。
 
そして、私はその人の顔を見て、あれ?この人、稲佐浜で隣に居た人だと私は思った。そうか、あの時、男の娘の話題に反応したのは、本人がそうだったからなのかと思う。しかしこの人、声さえ出さなければ、女ではないとはまず気付かないくらいに自然な女装である。
 

千里が答えた。
 
「すみません。私たち、まだ明日の神在祭(かみありさい)も見ますので」
「あらぁ。そうでしたか。あれ?神在祭って、今あったのがそうじゃないんですか?」
「今やったのは、神迎祭(かみむかえさい)で、神在祭は明日の朝10時からですよ」
「ほんとですか!?」
「まあ名前が紛らわしいですよね」
 
「良かったぁ!神在祭の写真をヒッチハイクで撮ってこいという罰ゲームだったんですよ」
と“彼女”は言っている。
 
「気付いて良かったですね」
と助手席のゆまも言うが、ゆまもその“彼女”にかなり興味津々な様子である。
 
しかし罰ゲームで東京から出雲までヒッチハイク!? なんて鬼畜な罰ゲームなんだ!
 

それで“彼女”が
 
「ありがとうございました。でしたらどこかで野宿して明日を待ちます」
と言って車を離れようとしたのだが、政子が声を掛けた。
 
「待って。雪も降っているのに、野宿は辛いし、女の子は襲われますよ。私たち道の駅まで行くんですけど、そこまででも乗って行かれません?」
 
「いいんですか?」
 
千里は一瞬ゆまと顔を見合わせた。しかし頷き合う。
 
男性をこの車に乗せることに抵抗を感じたのだろうが、まあ男性でも女装っ子ならいいかと判断したのだろう。
 
それで私が後部座席の中央に寄って、その隣に“彼女”を乗せた。
 
「お世話になります。鹿島信子(かしまのぶこ)と申します」
と言ってぺこりとこちらにお辞儀をしてから乗ってきた。
 
「信子ちゃん? 私は冬子、こちらは政子、運転席に居るのが千里、助手席に居るのはゆま」
と私はこちらの4人を紹介した。
 
「女の子同士だから、名前呼びでいいよね?」
と政子が笑顔で言う。
 
「そ、そうですね」
と言いつつも信子は照れている。この子、まだ女装外出初心者かな?と私は思った。
 

「信子ちゃん、稲佐浜で私たちの隣に居たよね?」
と私は尋ねる。
 
「はい。私も今お声を掛けてから『あっ』と思いました」
と信子。
 
「女子大生さん?」
と政子が訊く。
 
『大学生さん?』と訊いてもいいだろうに、わざわざ『女子大生さん?』と尋ねるところが、政子だ。
 
 
「は、はい。△△△大学の1年生です」
「あら、私たちも△△△大学ですよ。4年生だけど」
「わっ。先輩でしたか!」
「学部は?」
「法学部なんです」
「法学部って凄いね。弁護士志望?」
「あ、いえ。国際公共政策コースで、将来はマスコミ関係とかに入れたらなあとは思っているんですが、一般企業になるかも」
 
「なるほどー。でもキャンパスが違うんだね。私たちは文学部」
「わぁ。4人ともですか?」
 
「△△△は私たち2人だけ。運転席の千里は千葉のC大学理学部、助手席のゆまは♭♭音大のOG」
 
「へー。理学部とか凄い。あれ?♭♭音大って女子大じゃなかったんですか?」
と信子は訊いた。
 
「ぷっ」と運転席の千里が吹き出してしまった。ゆま自身もどう答えていいか悩んでいる。それで私は言った。
 
「あそこ課程によっては男子も入れるみたいだよ」
「へー。そうだっのか。知らなかった」
 

「F女子大の音楽科に入った男の子、私知ってる」
と政子が言い出す。
 
「入れたんですか?」
と言って信子が驚いている。
 
「その子は高校にも女子として通っていて、高校の書類が女子になってたんだって。それで大学も女子学生として受け入れてくれたらしいよ」
 
「へー!」
「まあ卒業する時はもう戸籍上も女子になっていたんだけどね」
 

そんなことを話しているうちに私たちの前にクラウンを駐めていた人が戻ってきて、こちらに「すみませーん」と一言言ってから車を出した。
 
それで千里がインプレッサを発進させる。
 

「化粧品はどんなの使っているんですか?」
と政子が信子に尋ねる。
 
「私お金無いから、安物ばかりなんですよ〜」
と彼女は言う。
 
「化粧水と乳液、ファンデーション、チーク、アイライナーとアイブロウ、マスカラ、それにマニキュアまで全部ダイソーなんです。唯一アイカラーだけがドラッグストアで500円のキスミー・フェルムで。口紅は友だちのお姉さんのお下がりだし」
 
「あ、口紅は発色がいいと思った」
「一応エスティ・ローダーで」
「おお」
 
「色物だけ良い物を使うというのはセンスいいと思うよ。色物はやはり100円ショップのはどうも見劣りするんだよね」
と運転している千里が言う。
 
「友だちのお姉さんもそういうこと言ってました」
 
ああ、千里も化粧品代とか節約してるんだろうなと私は思った。
 

車は20分ちょっと走ってから道端のローソンに駐める。
 
「晩ご飯買って行こう」
と千里。
「あ、私も」
と信子も言う。
 
それでみんな降りて各自食べたいものを私が持つ買い物カゴに入れてということにする。その他にみんなでシェアできるウィンナーとか唐揚げとか助六とかを買った。信子は別の買物カゴで商品を選んでいたのだが、レジに並んだところで
 
「ヒッチハイク旅行とかで大変でしょう。それ私がおごってあげるよ」
と言ってそちらのカゴも取る。
 
「わっ、すみませーん」
と信子。
 
「この人はお金持ちだからおごってもらうといいよ」
とゆまが言っていた。
 

みんなが買い物カゴに入れたものを全然見ていなかったのだが、雑誌とか電池とかトランプ!?とかもあり、ナプキンまであって、これはレジの人がそれだけ紙袋に入れてからエコバッグに入れてくれた。あれ?ナプキンなんて誰が買ったのかな?とも思った。
 
政子はまだのはずだからゆまかな?
 
ローソンから1分も走ると、道の駅・湯ノ川に到着する。ここも車が多いが、まだ半分くらい枠が空いていたので、施設からできるだけ遠い所にある枠に駐める。長時間駐める場合、遠い所に駐めるのは道の駅利用者としての基本的マナーである。
 
「お腹空いた」
と政子が言う。
 
「さあ食べよう食べよう」
 
道の駅の施設内に空いているテーブルがあったので、そこで買ってきたものを広げ、みんなで食べることにする。電池はゆま、トランプは政子、ナプキンは千里がさりげなく自分のバッグに入れたので、へー!と思った。
 

お弁当は全員分ある。むろん政子は2人分食べる。その様子を見て信子が呆気にとられていたようであった。
 
「カップ麺は朝御飯にしようかな」
「お湯はどうすんの?」
「沸かす道具を乗せておいたよ」
「おお、凄い」
 
食べ終わってお茶を飲み少しおしゃべりした。信子はどうもガールズトークに慣れていないようだったが、それでも頑張って話に付いてきていた。23時頃、そろそろ寝ようかということになる。私たち4人は車に戻る。
 
「信子さんはどうするの?」
「この施設内の隅で寝せてもらいます。これ持っているから」
と言ってアルミ製の断熱防寒具を出す。
 
「これコートの上に巻いて寝ると結構暖かいんですよ」
「おお、なるほど」
「じゃ私たちは明日朝早いから、これで」
「はい、ありがとうございました。お気を付けて」
「そちらも気をつけてね」
 
と言って別れる。別れ際におにぎり・パン・おやつ・お茶などを少々プレゼントしておいた。
 

ゆまと政子はそのまま車に行くが千里はトイレに行くようである。私もトイレに行く。
 
「千里、ナプキン買ってたね」
「ごめんねー。別に買うつもりだったんだけど、うまくひとりになるチャンスが無くて。あそこのコンビニ、道の駅から歩いて行くと結構距離があるから。まあ冬ならいいかなと思って買物の中に紛れさせてもらった」
 
「うん。それは構わないけど、千里生理あるんだっけ?」
「さすがにまだ上がってないよ」
「うーん・・・」
 
「冬も生理あるでしょ?」
「あ、うん」
 
「クロスロードの仲間の中で、私と青葉と冬子は生理がある。これは2011年7月に大船渡で青葉の家族の葬儀に出た時、瞬嶽さんが悪戯したせいなんだよ」
と千里は言った。
 
「・・・・確かに私の生理が始まったのはあの年の8月頃なんだよ。最初は何かの不正出血かと思った」
 
「今回はうっかりパッケージごと持ってくるの忘れてナプキン入れに入っている分しか無くて。でもそろそろ怪しい感じなんだよね。下り物が増えてるし。前回は10月末に来たからそろそろかなと」
 
私は首をかしげる。
 
「それ速すぎない?」
「私、今1日が48時間あるんだよね」
 
「うーん・・・。千里ならあり得る気がしてきた」
 

結局私と千里はトイレを終えてから入口の所で立ち話をする。
 
「でも千里、出雲についてかなり詳しいみたい」
と私は千里に訊く。
 
「前来た時、出雲に詳しい先輩と一緒だっんだよね。だから、結構いろいろ穴場とかも知ってた」
 
「それは心強い人に一緒に来てもらった」
 
「ところで千里、8月頃にもしかして何かあった?」
と私が訊くと千里は微笑んで答えた。
 
「言えるようになった頃に、言うことにする」
「うん」
 
ただ千里は一言ぼそっと言った。
 
「私、悪い女かも」
 
私は少し考えてから答えた。
 
「たぶん開き直ればいいと思う」
 
すると千里も少し考えてから笑顔で答えた。
 
「そうする」
 

千里は自分のバッグから五線紙を取り出した。
 
「冬子、もしよかったら使って」
 
「なぜこういうものを持ってるの?」
「何か入れておかないといけない気がしたんだよね〜。私こんなもの持ってどうするんだろう?と思ったんだけどね」
 
「でもナプキンは忘れたんだ!?」
「そうそう。だから間が抜けてる」
「でも助かるよ。ありがとう」
 
それで私はその夜、千里からもらった五線紙を使って稲佐浜での感動を曲にした『神は来ませり』という曲を書いたのである。歌詞は翌日政子が付けてくれた。
 

翌日(13日)は早朝から政子がまだ寝ているのは後部座席に放置して、他の3人だけ起きている状態で、朝山神社、須佐神社まで行って、出雲大社に戻った。朝山神社は神在祭をする神社のひとつ、須佐神社は須佐之男命が最後に辿り着いた場所とされ、須佐之男命の本宮である。
 
出雲大社に戻って来たのが10時頃である。政子も起きたので、一緒に本殿の方に歩いて行くと、もう既に神在祭は始まっているようである。
 
「あれ?遅くなっちゃった?」
と私は言ったのだが
 
「いや、これでいいんだよ」
と千里は言う。
 
八足門の所で、観光客っぽい人が門の所に立っている警備の人に
「入れないんですか?」
と尋ねると
「申し訳ありません。大社の講に入っている人だけですので」
と言って断られている。
 
「あれ〜。一般の人は入れないみたいだよ」
とゆまが言うが
「大丈夫大丈夫」
と千里は言っている。
 
そして何かを待っている感じがあった。
 
「OK。今からは入れる」
 
「へ?」
 
それで千里が門の所に行き、神職さんに声を掛けた。
 
「中でお参りできませんでしょうか?」
「お参りでしたらどうぞ」
 
おぉ!と思って私たちは顔を見合わせた。
 
そして中に4人とも入れてもらう。その後も、その神職さんに声を掛けて入れてもらう人が相次いだ。
 
まだ儀式の進行中のようなので、私たちは邪魔にならないように後ろの方に並んだ。
 
「御向社と天前社が見えるでしょ?」
「うん。ここは凄くデリケートな場所だね」
「普段は人が入らないから」
「ああ」
 

私たちはその後20分ほど、祭礼を見学させてもらい、龍蛇様も間近で拝見することができた。
 
しかし・・・・私は何かもやもやとしたものがあった。
 
お参りを終えて、駐車場に戻り車の中に乗ってから私は言った。
 
「昨夜の神迎祭のほうが、神秘的な気がした」
 
「まあその点に関しては、とやかく言うと、差し障りがあるので」
などと千里は言って笑っている。
 
「各々が自分で感じ取ればいいと思うよ」
 
とだけ言って、千里はそれ以上のことを語ろうとしなかった。
 

この日は出雲大社を出た後、万九千社に行く。ここは一週間後に神様会議を終えた神様たちが自分の地元にお帰りになる旅立ちの場所、神様たちのエアポートである。その後、私たちは山陰道に乗って松江まで走った。松江市内の料理店に入り、宍道湖七珍の料理を食べる。
 
朝から須佐神社までの往復もしたし、昨日疲れたのもあって、みんな食が進んだ。ゆまが「たぶん8人前行ける」と言ってそれで頼んだが、きれいに無くなった。ちなみに宍道湖七珍とは宍道湖で獲れる
 
スズキ(鱸)・モロゲエビ(諸毛海老=葦海老よしえび)・ウナギ(鰻)・アマザキ(甘鷺=若鷺わかさぎor公魚)・シラウオ(白魚)・コイ(鯉)・シジミ(蜆)。
 
の七種の水産物(湖の幸)で、頭文字を取って“スモウアシコシ”(相撲足腰)という覚え方もある。
 
この後、私たちはこのように移動した。
 
松江12:45-13:02八重垣神社13:24-13:39神魂神社13:54-14:14熊野大社14:36-14:51須我神社15:06-15:31玉造湯神社15:41-16:45日御碕神社。
 
この行程は観光バス並みの強行軍であった。千里が1度も道を間違わずに運転して連れて行ってくれたし、境内もスムーズに案内してくれたので回れた感じだ。実際カーナビは結構見当外れの案内をしていた。田舎ではカーナビの信頼性は低い。
 
八重垣神社は須佐之男命が「八雲立つ、出雲八重垣妻籠めに、八重垣作る、その八重垣を」という歌(日本最古の短歌)を読んで奥様稲田姫とのスイートホームを造った場所。神魂(かもす)神社は佐太大神の母で大国主命を蘇生させた神である蚶貝姫のお母さん、神魂命を祭る。熊野大社は出雲国の元々の一宮。須我神社は須佐之男命が「すがすがしい」とおっしゃった場所で、日本で最初に造られた神社“日本初之宮”。玉造湯神社は古来この地域で造られていた勾玉に絡む神社。そして日御碕神社は島根半島の西端、日御碕灯台のそばにある神社である、などと千里は説明した。
 
「待って。須佐之男命って『すがすがしい』と言って、そこに八重垣の家を造ったんじゃなかった?」
と私は微かな記憶を元に千里に質問した。
 
「そうなんだよね。だから八重垣神社は最初は須我神社の隣にあった。後に引越してあの場所に行ったんだよ」
と千里は答える。
 
「なるほどー! じゃ占いの池とかも昔は元の地にあったのかな」
「そのあたりまではよく分からないけどね」
 
しかしこの日(11.13)の日没は17:05。そもそも日御碕神社の参拝時間が17時までということで、私たちはギリギリに飛び込んだ(参拝自体はもう少し遅くまで可能だが社務所が閉まってしまう)。しかし夕日が沈んでいく中のまるで龍宮のような日御碕神社は物凄く美しかった。
 
「これはこの夕日が沈む時刻に来て正解だったかも」
とゆまが言った。
 
ゆまも千里から五線紙をもらって!何か曲を書いていたが、私もここでやはり千里から五線紙を分けてもらって『龍宮の日暮れ』という曲を書いた。(そのままだ!)
 

日御碕神社を出てから、私たちは(車で)日御碕灯台に回り、空が暗くなっていく中、光を発し始めた灯台の様子を見た。
 
「ところで今夜も車中泊?」
と政子が訊く。
 
「松江市内に宿を取ってるよ」
「よかったぁ」
「但し6畳の部屋1つだから、それに4人寝る」
「寝られるの〜?」
 
「私、高校時代の合宿では6畳に8人寝たりしてたよ」
と千里が言う。
「それは凄い」
 
「車中泊よりはいいだろうと思ってそれを押さえた。出雲市内はどうにもならなかったけど、松江は取れたから。でも松江でも昨日はダメだったのよね。どこも満室で」
と私は言う。
 
「ああ・・・」
 
「まあ連続車中泊をするなら、車2台で来ないといけなかったね」
とゆまも言う。
 
「うん。車中泊は1台で2人が限度」
と千里も言っていた。
 
「私のパナメーラと千里さんのインプレッサなら、200km/h走行できたんだけどな」
とゆまが言っている。
 
「まあどっちみち、ぶつけたから仕方無い」
 
「うん。悔しい!」
 
「でも千里、インプレッサを自由に使えるのに、別にミラを買ったのね?」
と政子が訊く。
 
「あれはリハビリ用、兼、街乗り用かな」
「へー!」
 
「大学1年の時に買ってファミレスへの通勤とかに使っていたスクーターが最近調子悪くて困ってたんだよね。それで主として通勤にミラを使う」
「なるほど」
 
「それと冬子に指摘されたけど、8月に私、ちょっと辛いことがあって落ち込んでたんだよ。全ての自信失って、運転にも自信が無かったけど、偶然通りかかった車屋さんで3万円のミラを見て、こんな小さな車なら運転できるかもと思って衝動買いしたんだよね」
 
「ああ、それで3万円のミラだったのか」
 
「3万円は凄い」
とゆまが言っている。
 
「でも私のパナメーラも衝動買いだ」
と、ゆま。
 
「あれはいくらしたの?」
「1000万円。買った後で少しだけ後悔した。お金無くなっちゃったし」
 
「1000万円衝動買いしたらねぇ」
 
「まあそれで青森から鹿児島まで走り回ったら、けっこう気も晴れたし、だいぶ運転の自信取り戻した」
と千里は言う。
 
「頑張るなあ」
 
「まあドライブすると気が晴れるよね」
とゆま。
 
「うん。ほんとドライブは楽しいよね」
 

「しかし、こんな広くもない曲がりくねった道をこんな暗い中、よくこのスピードで走れるね」
と私は千里に言う。
 
私の座席からはスピードメーターは見えないものの、かなりの速度を出しているような気がする。
 
「制限速度は守っているよ」
と助手席のゆまが言うが、ゆまの言う“制限速度”はかなり怪しい気がする。
 
「大丈夫だよ。パトカーや白バイが近づいて来たら分かるし、私は暗くても100m先の歩行者や動物が見えるから」
などと千里は言っている。
 
パトカーに見られるとやばいのか?
 
しかし暗くても100m先の歩行者とかが見えるというのは物凄い視力だ。実際に千里が急に速度を落として停止するので何だろうと思ったら、目の前をタヌキがとことこと横断していった。「見える」というのは本当のようだ。
 

「今の何で停まったの?」
と政子が訊く。私の位置からはタヌキが見えたのだが、政子の位置からは見えにくかったのかも知れない。
 
「タヌキが横断していったんだよ」
「タヌキかあ。男の子だった?女の子だった?」
「知らん!」
と私は言ったのだが、千里が
「若いオスだったよ」
と言う。
 
「ほほお」
 
すると政子が唐突に歌い出す。
 
「たんたんタヌキの金玉は、風も無いのにぶーらぶら」
「それを見ていた母ダヌキ、金玉目掛けて飛びついた」
「たんたんタヌキの金玉は、母ちゃんと一緒にぶーらぶら」
「あんまり重たくなっちゃって、金玉ちぎれて取れちゃった」
「父ちゃんタヌキの金玉は、風も無いのにぶーらぶら」
「それをみていた子だぬきは、僕も欲しいと泣いたとさ」
 
私も千里もゆまも声を殺して笑っていた。
 
 
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【夏の日の想い出・神は来ませり】(2)