【夏の日の想い出・瑞々しい季節】(上)

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2016年6月下旬。私は政子と一緒に旭川空港に飛び、近くの町にあるラベンダー園に赴いた。
 
「来月くらいが見頃なんですよねー」
と残念そうにスタッフの人が言いながら私たちを案内してくれたが、それでも紫色の花を咲かせている一角もある。
 
「でも咲いているのもあるね」
と政子。
 
「ええ。あの品種は早咲きなんですよ。2〜3日前から咲き出したんです」
「取り敢えず咲いているのが見られて良かった」
 
私たちは咲いているラベンダーの一群のそばまで寄り、その強烈な香りを楽しみながら、しばらく眺めていた。写真も撮っておくが、写真よりもやはり現地でこうやって花の咲いている所を自分の体に記憶させることが大切だ。またこの強烈な匂いを体験しておく必要もある。
 
ファーム内のカフェに入り、景色を眺めつつ、ラベンダー・ティーを飲みつつ、政子は詩を書いている。
 
「ねぇ、やはり少女にしようよぉ」
「少年でお願いしますという発注なんだから仕方無い」
「もう。やはりアクアは早々に性転換させるべきだな」
 

2016年6月23日(木)。★★レコードの株主総会が行われ、役員人事に関する案件が賛成多数で承認され一部の取締役が交代した。続いて行われた取締役会で、松前社長が会長に退き、村上専務が社長(代表取締役)に、佐田常務が副社長に、町添取締役が制作部長のまま専務取締役に、平田取締役も総務部長のまま常務取締役に選任する決議が採択された。
 
平田さんは以前は鉄鋼会社に居たのを須丸前社長にヘッドハンティングされて★★レコードに移ってきた人で、社内では中間派とみなされている。ハーバードのMBAを持っている。
 
なお今回の株主総会では取締役2人の退任と3人の新任が決定され★★レコードの取締役は12人になった。内創業者グループ系が松前・町添・似鳥・須賀の4人、MM系が村上・佐田・板居・形原・島長の5人。残る平田・紙矢・吉馬の3人が中間派というバランスになっている。
 
創業者系は制作部・営業部・人事部という重要部門を押さえているとはいえ、その上に立つ社長・副社長がMM系で取締役会にもMM系が5人いる状態では創業者系には厳しい社内状況となる。また似鳥さんは営業マンとしては優秀でも争いごとは苦手であり、町添さんを守れる人は須賀人事部長くらいという構図になる。
 
なお、吉馬さんは大手酒造会社に所属する社外取締役である。弁護士の資格を持つ紙矢法務部長と共に、会社の良識のお目付役という感じだ。
 

その週の週末、6月25日(土)にはアイドルフェスタ・ロックフェスタが行われた。私はその1ヶ月ほど前に某FM局に呼ばれて、そのアイドルフェスタに出場する歌手(ユニット)の選考にも参加させてもらった。
 
今年も選考会場で会ったスイートヴァニラズのEliseに「ロックフェスタの方はどういう人たちが選考しているんですかね?」と小声で尋ねると
 
「全国のFM局のDJさんたちの投票で決められているという噂を聞いたことある」
「なるほどー!」
「無記名投票にして情実が入りにくいようにしているらしいよ」
「評価厳しそう〜」
「うん。いちばん旬の音楽を聴いている人たちだからね」
 
なおロックフェスタの方はすでに選考が終わり、2月には出場の打診が来てOKしておいた。年齢の高いアーティストは早めにスケジュールを押さえないと確保できないということで早い時期の選考になっているようである。
 

今年もアイドルフェスタは千葉の幕張メッセ、ロックフェスタは大阪の夢舞メッセである。
 
今回ロックフェスタの出場者はハイライトセブンスターズ、ゴールデンシックス、ラビット4、ステラジオ、スイートヴァニラズ、AYA、川崎ゆりこ、貝瀬日南、丸山アイ、福留彰、などなど16組のアーティストが出演する。
 
KARIONは今年も入っていないが、昨年入っていたXANFUSも今年は落選である。結構シビアな選考をしているなと私は思った。
 
昨年は夜間移動しようとしていて途中で自動車事故を起こしてしまったこともあり(事故を起こしたのは川崎ゆりこだが)、加藤次長からの要請で今年は私とマリは新幹線で前日の午後に移動して大阪市内で前泊した。
 
夕食を取りにレストランに降りていくと、ちょうどゴールデンシックスの6人と一緒になる。手を振り合って一緒の席に着く。
 
「しっかしゴールデンシックスって本当に見る度にメンツが違うよね」
 
「去年はGt.リノン KB.カノン B.ナル Dr.キョウ Pf.コー Fl.フルル だったかな。今年はベースがノノ、ドラムスがカーナ、ピアノがホッシーだ」
とリノンが言う。
 
「よくそんなの覚えてるね」
とホッシーことスリーピーマイスの穂津美が言う。
 
「春美さんがゴールデンシックスと愉快な仲間たちのメンツとは知らなかった」
と私は言う。
 
「カーナに引きずり込まれた」
と穂津美は言っている。
 
「あ、苗字が同じだし、もしかして従姉妹か何かですか?」
「実は姉妹だったりして」
「知らなかった!」
 
「カーナはゴールデンシックスの初期メンバーだし」
「2年間だけやったんだけどね」
「へー」
「ピアノでは姉貴にどうやっても勝てないから私は打楽器で頑張ってみた」
「そんなこと言いつつ、香奈絵は音楽教諭の免許とピアノ講師の資格を持ってる。だいたい私は私立の無名短大出だけど、香奈絵は国立大学卒だし」
「うーん。まぐれで入れてまぐれで取れたというか」
 

「あ、そうだ。あれ聞いてきましたよ」
とフルルこと大波布留子さんは私と政子に言った。
 
「何でしたっけ?」
「私が子供の頃、龍に逢った場所です」
「ああ。どこでした?」
「それがですね・・・」
 
と言って大波さんは話し始めた。
 

それは半年ほど前の2015年11月であった。
 
ローズ+リリーのアルバム『The City』の制作を何とか終えた私と政子は休日、大阪に来ていた。1泊した後、ちょっと奈良方面に足を伸ばして古いお寺などを見てから帰ろうかなどと言いつつホテルをチェックアウトする。そして地下鉄でいったん難波に出てから、なぜか(?)地下街で飲食店を物色していた。
 
そこでばったりと大波布留子さんに遭遇したのであった。
 
「こんにちは。このあたりでしたっけ?」
「こんにちは。私は滋賀県なんですけどね。今日は試合で大阪に来てたんですよ」
「そうか。今バスケはシーズンですからね。勝ちました?」
 
「勝ちました」
「それは良かった。じゃ、今の時期は土日はずっと試合ですか?」
 
「土曜か日曜かどちらかは試合になることが多いですね。平日も、今くらいの時期は会社の仕事はほとんどせずに、ひたすらバスケしてます」
 
「実業団でしたっけ?」
「です。でもなかなか上位の壁は大きいです。9月の全日本実業団競技大会には出たんですけど、1回戦で負けて帰って来ました」
「あらら」
 
「初戦の相手がジョイフルゴールドで」
「あそこは実質プロですからね!」
 
「なんですよ。本来Wリーグに居ていいような選手がごろごろいるもん。日本代表に名前を連ねている選手まで何人か入っているし」
 

立ち話も何だしということで、結局わりと本格的な食事の店に入る。政子はメンチカツとお好み焼きにラーメンのセットなどというヘビーなものを頼んでいる。つられて私と大波さんも定食を注文してしまった。
 
「どのくらいお仕事するかって、そのチームというか企業によって結構違うみたいですね」
と私は尋ねる。
 
「ええ。かなりまともに仕事した上で、バスケは余暇に近い扱いの所から練習時間を勤務時間に読み替えてくれて、ほとんどバスケだけしていられる所まで千差万別という感じ」
 
「なるほど」
「うちは10-11月はバスケにほぼ専念できます。ただし12月は業務の方がむちゃくちゃ忙しいので、そちらで死ねる感じです」
 
「金融機関は年末年始凄いでしょうね」
 

「そうだ。お二方、定期預金とか作ったりしませんよね?」
と大波さんは言った。
 
「ああ!この時期はノルマが大変なんでしょ?」
「いやあ、ノルマという訳じゃないんですけど、微妙な圧力のようなものを感じるもので。1万円でもいいんですけど」
と彼女は頭を掻きながら言っている。
 
「じゃ私と政子と100万円ずつ定期作りますよ」
「わぁ!そんなに!」
 
それで私は彼女が出してくれた定期預金申し込み書類に記入しながら尋ねる。
 
「まだ呼んでもらえるかどうかは未定なんですけど、来年の6月に大阪でイベントとかある時にもし良かったら伴奏に参加とかお願いできますかね?」
 
「たぶんゴールデンシックスの方で、私カウントされている気がするので、それと時間的に無理が無いようでしたら。まあ向こうも呼んでもらえるかどうかは分かりませんが」
 
「じゃ、その時はよろしく〜」
 

「でも一度オールジャパンに出るので12月も業務を軽減してください、と言ってみたいですが、実業団競技大会を勝ち上がれないと、オールジャパンは夢のまた夢だから」
 
と大波さんは私たちが書いた定期預金の申し込み書と入金用に渡した小切手をバッグにしまいながら言う。私も預かり証をバッグに入れる。
 
「でもそのお正月にオールジャパンに出る夢を見て頑張っているんでしょ?」
と私が言うと、大波さんはしばらく考えていた。
 
「ほんとだ。その夢を見て頑張ります」
と彼女は自分に言い聞かせるように言った。
 
「うん」
と私もうなずいた。
 

「そういえば最近はローズ+リリーは年2枚くらいのリリースなんですね」
と何気ない感じで大波さんは言った。
 
「あ、そんなものかな」
と言ってから私は考えてみる。
 
「今年は3月に『不等辺三角関係』、7月に『コーンフレークの花』。次は来年4月の予定(*1)、去年は4月に『幻の少女』、7月に『Heart of Orpheus』。確かに年2枚って感じですね」
 
(*1)この時点では『振袖』を緊急発売することになるとは予想だにしていなかった。
 
「ああ。じゃ、今はその来年春に出すCDに向けての準備、あるいはツアーとかの準備ですか?」
 
「あ、いや。12月に出すアルバムの制作がやっと終わったところで」
 
「あ、ごめんなさい! アルバムの方はフォローしてなかった」
 
ローズ+リリーのファン層としては、アルバムだけを買う層が多いように感じていたのだが、やはりシングルの方だけ見ている人もいるんだな、と私は改めて認識した。
 
「じゃ今は作業が終わって、束の間の休暇みたいな感じ?」
「まあ、そんなものです。それと今度は来年の末くらいに発売する予定のアルバムの構想を練っているんですけどね」
 
「忙しいですね!」
 

「まあ、忙しくしていられるのは、この業界ではいいことで」
「ですよね〜。この業界は栄枯盛衰が激しいもん。あれだけたくさんテレビに出て、業界のご意見番みたいな顔していた芹菜リセさんがパタッと出なくなりましたよね」
 
「そうですね」
と私は曖昧なほほえみで答える。
 
「あれ、やはり¶¶プロの山口さんに睨まれて干されたって噂本当ですか?」
「いや、私は特に何も聞いてないですけど」
 
¶¶プロも芸能界では大手の事務所のひとつである。ああいう大手の事務所と揉めると、そこの所属タレントさんと共演できなくなるため、実質的にテレビから追放されてしまう場合もある。特に¶¶プロは傘下の数十のプロダクションに中堅クラスのバラエティ系タレントを多数抱えていて、そこ系のタレントが出ていないバラエティ番組を探す方が難しい。
 
「他にはワイルズ・オブ・ラブも、もう実質2年以上、CDも出してなければツアーもしてないでしょ? 実は活動休止しているのでは?ってこないだ友達と話してたんですけどね」
 
「さあ、どうなんでしょう。ベテランのアーティストになると、作品の発表間隔が極端にあく人はよくいるから」
「ああ。ですよね〜。あれって、その間はどうやって食いつないでるんですかね?」
 
「過去の作品がぼちぼち売れていればその印税で食いつなげますし、アルバム制作費がレコード会社から出ている場合は、それで何とか生活費までまかなっている場合もあるようですね。それで2〜3年掛けても作品が完成しないとレコード会社と揉めるんですけどね」
 
「ああ、その手の話もよく聞きますよね〜。トライアル&エラーとかも実は解散しているのではという説も聞きましたが」
 
「さあ、特に聞いてないですけど」
 
実際にはトライアル&エラーは2年前に所属していた事務所との契約を解除されている。杏堂さんと四島さんは各々別名義で音楽活動をしているが、他の人たちは実質引退状態にある。しかし彼らに関する情報は確かに全く出ておらず、引退状態にあること自体、全く報道されていない。
 

「でもアルバムの構想練るのって、どういう所に行って練るんですか?」
と大波さんは話題を変えるように言った。
 
業界の裏話は訊いてもあまり話してくれないようだと判断したようである。
 
「12月に発売するアルバムは『The City』といって都会の風物を歌い込んだので、世界のあちこちの都市をロケハンしてきたんですけどね。その次のは『やまと』というタイトルで、日本の伝統美のようなものを歌えたらと思っているんですよ」
 
「ああ、それもいいですね。だったら京都とか奈良とか見るんですか?」
「ええ。今回もこの後、奈良方面に行って、東大寺とか法隆寺とか見てこようかと思っているんですよ」
 
すると大波さんは突然沈黙して何か考えているようだった。
 
「私がですね。小さい頃、祖母に連れられて奈良県の田舎に行ったことがあるんですよ。凄くいい雰囲気だったんだけど、あそこどこかなあ。ちょっと不思議な体験をして」
 
「不思議な体験ですか?」
 
「まだ4−5歳頃の記憶だから、いろいろ記憶が編集されてしまっているんだろうと思うんですけどね」
 
「ええ」
 
「凄く大きな龍が居て、私はその龍を見つめてじっと立っていた。そんな記憶があるんですよ」
 
「へー!」
 
「私、その時、迷子になっちゃってたんですよ。それで泣いていた時にその龍が現れて。それでその龍が教えてくれた方角に行ったら、おばあちゃんに会えたような気がして」
 

「優しい龍ですね」
と私が言うと、政子はピクッとした。
 
そしておもむろに《未開封の》手紙の封筒を取り出すと、その封筒の表の空いている所に詩を書き始めた。
 
松山君からの手紙である。
 
しかし政子はきっとこの手紙は開封しないつもりなのだろう。
 
松山君は前日、露子さんと結納をした。
 

政子が詩を書いている間、会話は停まる。
 
しかし会話は停まっていても、政子の食事は進む!!
 
詩は20分ほど書けてできあがった。封筒の表は字で埋まっている。最後はかなり小さい字で書き込んである。もうフレーズの順番が判然としないくらいである。
 
「冬、これ何かの紙に清書して」
と言って、政子はその封筒を私に渡す。
 
「じゃ書き写してから返すね」
「ううん。書き写したらその封筒は捨てていい」
「分かった。じゃ捨てる」
 

「でも、私たち、竹生島で1度、龍さんと逢ったよね」
と政子が親子丼を追加注文して!言う。
 
「うん。一瞬だけど、龍が天に昇っていく所を見たね」
「凄い」
 
「あの時は五大弁天を巡ったんですよ。宮城の金華山、神奈川の江ノ島、滋賀の竹生島、奈良の天河、広島の厳島」
と私は言う。
 
「ああ、天河にも行かれましたか?」
「ええ。いい所ですね」
 
「わたしが子供の頃行ったのも天河とちょっと似た雰囲気で。私はてっきり天河だと思っていたのですが、母に尋ねたらそれは天河じゃなくて何とかと難しい名前を言っていたんですよ」
と大波さん。
 
「ほほお」
 
「それちょっと興味あります。もし良かったら今度お母さんにどこだったか訊いてもらえません。ちょっと行ってみたいです」
と政子は言った。
 
「じゃ、今度旭川に帰省した時にでも訊いてみますね」
 
そんな話をしたのが昨年の11月だったのである。
 

「あ、龍に道案内してもらった場所ですか?」
私は夢舞メッセの控え室で、半年前のことを思い出して大波さんに尋ねた。
 
「ええ。E村のN神社という所だそうです」
 
「なんかそれ名前聞いたことある」
と政子が言う。
「N神社って、元々あった場所が忘れられてしまって、ここがそれではないかというところが5つあるんですよ」
と大波さん。
 
「5つもあるんですか!?」
「ケイさんたちが以前行かれたという天河神社の近くにもひとつありますよ」
「ほほお」
 
「天河神社の近くにあるのが下社、更に奥地のU村にあるのが奥社、K村のわりと町中にあるのが上社、Y町にあるのが本社、そしてE村にあるのが中社と言うんですけどね」
 
「なんか本家と元祖と家元と宗家と真打みたいな話だ」
 
「私が行ったのはどうもE村のN神社中社らしいです」
「おぉ!」
 
それで私たちは今回のイベントが終わった後、E村に行ってみることにしたのであった。
 

6月24日の夜は21時頃にゴールデンシックスのメンバーと分かれて部屋に入る。私は明日のライブのために寝ておきたかったのだが、政子が「遊んで、遊んで」と言って、なかなか寝せてもらえず、結局夜中の2時頃になってから「もういい加減寝ようよ」ということになる。
 
結局普段の寝る時刻である。
 
ちなみに明日のステージは21時からである。ゴールデンシックスは16:00からで、大波さんはそちらのステージが終わってからローズ+リリー側に合流してくれる。実際にはカノンとリノンにホッシー・カーナ(穂津美・香奈絵)姉妹も最後までステージを見ると言っていた。ノノ(橋川希美)さんは愛知県まで帰らなければならないということで、20時頃帰ると言っていた。
 
それでベッドでうとうとと仕掛けた所で電話がある。着メロで千里と分かるので取る。
「ドーブリーデン」
と千里は第一声で言う。
「あ、えっとドーブリージーン」
 
私はロシア語の「こんにちは」かと思い、挨拶を返す。
 
「あ、ちょっと発音が惜しい。チェコだとジーンじゃなくてデーンという感じなんだよね」
「チェコ語なの!?」
「今チェコに来ているから」
「ああ。海外合宿だっけ?」
「うん。ブラハ・オープンという大会に参加していた。さっき日本は全試合が終わった。今最終戦のカナダとチェコの試合やってるけどね」
 
「大会に出てたんだ!どうだった?」
「うん。優勝したよ」
「すごーい!」
「カナダがBチームだったからなあ」
「へぇ」
 
「あ。それでさ。冬に伝えた方がいいと思って」
「うん?」
「明日、もしかしてE村に行くんじゃないかと思って」
「よく知ってるね!大波さんから聞いたの?」
「ああ、大波布留子が関わっているんだ?」
「ゴールデンシックスで出るついでにローズ+リリーの演奏にも参加してもらう」
「なるほどー。それでだね。桃を持って行ってあげて」
 
「桃?」
「E村のN神社の神様は桃が大好き」
「へー!」
「2月に私たちが福島まで凄い時間で行くことができたのはそこの神様のおかげだから、よくよくお礼言っといて」
「そうなんだ!」
「私は3月にお礼参りに行ってきた」
「それだったら、もっと早く教えてくれてたら、私もお礼参りに行ったのに」
「冬は忙しいと思ったしね。それに神様のことは神様に奉仕している私みたいなのが動けばいいと思ったし」
 
「なるほど」
 
千里は「もし変な男の娘親子に会ったらよろしく〜」などと行って電話を切ったが《変な男の娘親子》って何だ??
 

それで私と政子はロックフェスタが終わった翌日の6月26日、大阪市内のレンタカー屋さんでアクアを借りてから、デパートで和歌山県産の桃を1箱調達する。それをアクアの後部座席に置いて、私たちは奈良県E村を目指した。
 
政子が運転したいというので、阪神高速から近畿道を抜けて南阪奈道路を東行するところまで運転させる。
 
取り敢えず政子が運転している間は、こちらはあれこれ「いたづら」されないのがいい所である!
 
一般道に降りた所で運転交代し、国道を1時間ほど走ってE村に到達した。そろそろじゃないかなと思うものの、なかなか目的の神社が見あたらない。道路沿いの民家の前で立ち話をしているおばあちゃん方を見かけたので車を停めて
 
「すみません。このあたりにN神社ってありませんか?」
と尋ねてみた。
 
「ああ、ここからすぐ先だよ」
「ありがとうございます!」
 
それで実際車を走らせてみると、その先のカーブを曲がった所に神社の鳥居があった。
 

その辺に駐めておいてよさそうなので、鳥居の前にスペースがある所に車を駐める。桃の箱を私が抱えて中に入っていく。
 
社務所を見たので、私は玄関を開けて呼び鈴を鳴らした。
 
40代くらいかなという感じの巫女装束の女性が出てきた。
 
「すみません。お参りに来たのですが、ちょっとこちらの神様にお世話になったので、お礼に桃を奉納したいのですが」
 
「あら、それはそれは。ここの神様は桃が大好物なんですよ」
「そうですか。良かった!」
 
「お参りは済まされました?」
「いえ。これが重いもので奉納してからと思いまして」
 
「じゃ昇殿してください。祝詞くらい奏上しますので」
「ありがとうございます」
 

それで結局、私はその桃の箱を持ったまま!拝殿にあがる。あがる時に巫女さんは大幣を振ってお祓いをしてくれた。
 
「すみません。ここに置いてください」
と言われる場所に桃の箱を置く。
 
重たかった!!
 
「そうだ。お名前は?」
「東京から参りました、唐本冬子と中田政子と申します」
 
それで漢字を確認して名前を書き留めている。
 
巫女さん・・・・と思ったのだが、もしかしたら女性神職だったのかもしれない。彼女は私たちを座らせると、自分で太鼓を叩き、祝詞を奏上しはじめた。その祝詞が物凄く心地良い。
 
そして結構長い!!
 
ある程度祝詞が進んだ所で、彼女は龍笛を取り出して吹き始める。
 
その音色がこれまた美しいと思った。
 
千里の龍笛とも青葉や天津子の龍笛ともまた趣きが違う。こういう龍笛の音色もあるんだと私は認識を新たにした。
 
そして聴きながら、私はある認識を深めて行った。
 
この人はおそらく国内でもトップレベルの龍笛の名手だ。物凄く深い、味のある演奏である。この人は40代に見えるが、この音だけ聴いたら70-80代の人間国宝級の人の演奏だと言われても信じてしまう。
 

玉串を捧げ、長い祈祷が終わった。
 
「ありがとうございました」
と私は言った。
 
「いえ、こちらこそ遠いところからお疲れ様でした」
と女性神職さんは言った。
 
「あの」
「はい?」
 
「私は音楽に関わる仕事をしているのですが、あなたの龍笛はおそらく国内でもトップクラスの音に聞こえました。お名前を教えていただけませんか?」
 
「いいですよ。あ、名刺をあげますね」
と言って彼女は私に名刺をくれた。
 
慌てて私と政子も名刺を出す。
 
彼女の名刺には
《医学博士 西川まどか》
と書かれていた。
 
「お医者さんですか!?」
「ええ。東京の方で17年ほど医者をしていたんですけど、今は田舎に戻ってきてこちらの神社に時々顔を出しているんですよ」
 
「へー!」
 

その時、西川さんはふと気づいたように私に言った。
 
「あんた、癌ができてる」
「え!?」
「子宮癌だ」
「あのぉ、私、子宮は無いんですけど」
と私は焦ったように言う。
 
「無くてもこれは子宮癌だ」
「そんな無茶な」
「治してあげるよ」
 
と言って彼女は私のおへその下付近に手を当て、目をつぶって何かぶつぶつと唱えていた。その付近が暖かくなってくるのを感じる。何だろう?この感覚は。青葉にヒーリングされている時の感覚と似ているが、やや違う感じである。
 
「治ったよ」
と言って西川さんは笑顔で手を離した。
 
「癌細胞は全部焼き尽くした」
「ありがとうございます!」
 
どうも青葉がやっている霊的治療と似たようなもののようである。
 
「あなたかなり仕事が忙しいでしょう?」
「あ、はい」
「もう少し身体をいたわらないと、早死にするよ」
「気をつけます」
 
すると政子が言い出す。
「私は異常は無いですか?」
「うーん」
と言って西川さんは政子の身体を眺めている。
 
「少し胃拡張の傾向があるなあ」
 
まあ、あれだけ食べてれば胃も拡張しちゃうだろうね!
 
「他は特に問題無いよ」
「ありがとうございます!」
 

「あのお。治療のお礼はどのくらいお渡しすればいいでしょう?」
「ああ。私の気まぐれだから、そちらも気持ちでいいよ。適当な額を賽銭箱に入れておいて」
 
「じゃ10万お納めします」
と私が言うと
「神職が戻って来たらびっくりするかもね」
と言って西川さんは笑っていた。
 

「でもここはすごく瑞々しい場所ですね」
と私はふと周囲の雰囲気に気づいて言った。
 
実は車を降りてから拝殿までは重たい桃の箱を抱えてきたし、そのあとここで祈祷をしてもらい、周囲のことまで気を配る余裕が無かったのである。
 
「水の中にいるような感覚でしょ?」
と西川さんが言う。
 
私はしばらくその場の空気を感じ取りながら考えてから言った。
 
「むしろ、龍神様の体内にでもいるような感覚です」
 
すると西川さんは笑って言った。
「あんたは、なかなか良いセンスをしている」
 
「だけど男の娘には会わなかったね」
と政子が言うと、西川さんが
 
「あ、私は男の娘だけど」
と言い出す。
 
「え〜〜〜!?」
「生まれた時は男だったんだけどね〜。男は面倒だなと思って、小学2年の時に女になっちゃった」
 
「その話、とっても興味があります。詳しく聞きたいです」
と政子が言う。
 

それで私と政子は社務所の方に移動し、お茶を入れてもらって頂きながら、西川さんの長い長い身の上話を聞いたのであった。
 
その話は荒唐無稽なライトノベルのようにも思えたのだが、私には彼女が作り話をしているようには見えなかった。政子はワクワク・テカテカの目で熱心にその話を聞き
 
「やはり可愛い男の子はどんどん女の子に変えてあげたいですよね」
などと言っていた。
 
最後に西川さんは
「でも多分あんたたちが聞いた男の娘親子ってのは、あいつらのことじゃないかな」
などと言っていた。
 
「心あたりがあるんですか?」
「その子たちは今大阪の方に住んでいるんだよ。しばしばこの村にも来ているけどね」
「へー!」
「新しい桃の品種を開発中でね。そのうちこの村で土地を買って、村の名産にしたいと言っている」
「それ成功するといいですね」
 
「でも男の娘親子って、お母さんと息子がどちらも男の娘なんですか?」
「あの母親の方は男だけど子供を産んだんだよ」
「やはり、そういう人いるんだ!」
 
「子供の方はまだ小さいけどね・・・・見た目で分かる。あの子はきっと可愛い男の娘に成長する」
「それは楽しみだ」
 
政子はこの社務所の一角を借りて『風の中の少女』という詩を書き、一方私はこのN神社の瑞々しい空気の中で『Vagari in Aqua』(水中散歩)という曲を書いた。
 

さてAquaといえば、男の娘疑惑のあるアクアであるが、彼女、もとい彼が現在出演中の『ときめき病院物語II』は9月までの放映であり、その後については昨年の『ねらわれた学園』が好評だったこともあり、再びアクア主演でSFライトノベルを取り上げようという方針になったようであったが、素材として『時をかける少女』を取り上げようということになったと5月上旬に連絡があった。実はアクアの6枚目のCDには、その挿入歌(エンディングテーマになるかもと言われた)を入れる予定にしていたのである。
 
なお番組の主題歌は高崎ひろかが歌う予定だが、そちらの曲は今回は平原夢夏さんが書くらしい。
 
「まあそれで『時をかける少年』というイメージでお願いしたいんですよ」
と川崎ゆりこは言った。今回のプロジェクトに関しては、どうもゆりこが中心になって動いているようである。
 
「アクアが芳山和子役じゃないの?」
と政子。
「そこを改変して男の子の芳山和夫にするんです」
「アクアの性別を改変して女の子役にすればいいのに」
 
「私はアクアが『時をかける少女』と聞いたから、ケン・ソゴル役かと思った」
「ケン・ソゴルはやはりハーフっぽい人がいいということで黒山明さんが予定されているそうです」
 
「黒山明ってハーフなんだっけ?」
と政子が訊く。
 
「クォーターらしいですよ。おばあさんがフランス人」
「へー。あまりハーフっぽくないね」
「でも背が高いよね」
「192cmだそうです。156cmのアクアとはかなり対照的になりますね」
 
「それだけ身長差があるなら、やはりアクアは女の子役で」
と政子。
「あまり女装させていると、そういうキャラなのかとファンが誤解するので」
とゆりこ。
「いや、そういうキャラだと思うけどなあ」
と政子。
 
ともかくも、そういうことで私たちは『時をかける少年』のイメージで曲を書くべく、ラベンダーの香りをかぎに北海道まで来たのであった。
 

「うーん。やはり『時をかける少年』では発想が浮かばない。いったん『時をかける少女』で書いて、最終的に歌詞を性転換させちゃおうかな」
 
などと政子はラベンダー畑を見ながら言っている。
 
「まあいいんじゃない?」
 
「あるいは歌詞にあわせてアクアを性転換させるかだ」
 
「それあまり言うと本人いやがるから」
「いや絶対言われて喜んでる」
 
「そうかなあ」
 

のんびりと富良野ワインも飲みつつ食事もしつつ詩を3篇ほど書き、政子も「お腹空いたし帰ろうか」などと言っていた時に、カフェに男性1人女性2人のグループが入ってくる。私たちを見て会釈するので、こちらも会釈する。
 
「おはようございます。こちらはお仕事ですか?」
と彼女たちは声をかけてくる。
 
「おはようございます。ロケハンなんですよ。もうだいたい成果を得て帰ろうかと思っていたんですけどね。まあせっかくだし少しお話しましょう」
と私は言った。
 
「じゃ失礼して」
と言って3人は同じテーブルに座る。
 
「どなたでしたっけ?」
と政子が訊く。
 
「チェリーツインの少女Xこと桜川陽子さん、少女Yこと桜木八雲さん、それとそちらのお姉さんは私も初めて」
と私は言う。
 
「初めまして。陽子の姉で功実(くみ)と申します」
と30歳くらいの女性は言った。
 
「でも私たちの名前をちゃんと知っている人は珍しい」
「うん。チェリーツインのファンサイトでも、名前が出ている所は皆無なのに」
「まあKARIONの先輩だから」
「そのことを知っている人も限られている」
 
「それってどうなってるんだっけ?」
と政子が訊くので私は教えてあげる。
 
「元々陽子ちゃんと八雲ちゃんに、小風・美空、それにもう1人の女の子と5人でメテオーナというグループでデビュー予定だったんだよ。ところが5人の内3人が離脱して、そこに当時は《千代紙》と呼ばれていた私と和泉が合体してKARIONができたんだ。それで離脱した陽子ちゃんと八雲ちゃんは星子ちゃん・虹子ちゃんたちと一緒にチェリーツインを作った」
 
「ほほぉ」
 
「チェリーツインのツインというのは星子ちゃん・虹子ちゃんの双子のことなんだけど、チェリーというのは、陽子ちゃんと八雲ちゃんの名字が桜川と桜木でどちらも桜という字が入っているからだよ」
 
「知らなかった!」
 
「うん。そのこともほとんど知られていない」
と八雲。
 
「あれ?でもだったらKARIONって最初は男女混合ユニットだったんだ?」
と政子が訊く。
 
ああ・・・・。
 
「まあ僕はふつう男に見えるかもね」
と八雲が苦笑しながら言う。
 
「男の人じゃないの〜〜〜!?」
 
「戸籍上は女だよ」
と本人はあっさり言う。声は性別曖昧な感じの声である。喉の緊張を凄く弛めながら声を出しているので、かなり男っぽい響きを持っている。
 
「FTMなんですか?」
「うーん。FTXかもね」
「なるほどー」
 

「でも陽子との間に恋愛関係とかは無いから。僕恋愛対象は男性だし」
「MTFでも恋愛対象が女性って人多いもんね」
「そうそう」
 
「私、八雲にまだ3000万円くらい借金してるから、私の体で払ってもいいよと言ったんだけど、女の子には興味無いと言うし」
と陽子。
 
「うん。僕はバイじゃないから。純粋なゲイだもん」
と八雲。
 
「私、最近ことばの意味が分からなくなって来た」
と政子。
 
「まあ当事者の間でもわからないことが日々増えている気はする」
と私。
 

「でも私たち、一度チェリーツインと一緒にステージに出たよね」
「うん。2009年のアイドルクリスマスだよ」
「あ、そうか。あの時、一緒だったんだ」
と八雲もその時のことを思い出しているようである。
 
「あれはチェリーツインの演奏形態が大きく転換した日だったんだよね」
と私。
 
「そうなんです。私たちがバックコーラスから大道具に格下げされたんです」
と言って八雲は笑っている。
 
それまでのチェリーツインは、前面で気良姉妹が歌い、後ろの方で少女X・少女Yがバックコーラスする形式であった。もっとも気良姉妹は声を出さないので実際の歌唱は「コーラス」と称して少女X・Yがおこなう。
 
しかしこの日を境に、少女X・Yは、電信柱とか岩とか、背景の類に擬態させられるようになり、人間態(?)で歌唱することはほとんど無くなった(雨宮先生の提案である)。その切替えが行われた当日、私とマリが少女XYの代りにコーラスを務め、少女X・Yは樹木に擬態したのである。
 

「お姉さんも陽子さんや八雲とさんと同じ牧場で働いておられるんですか?」
と政子は訊いた。
 
チェリーツインは美幌町の牧場で働いている7人で構成しているユニットである。
 
「私は造林会社で働いているんですよ」
「へー! 女性で造林って珍しいですね」
「最初、女は採らんと言われましたけどね。男並みに仕事しますから足手まといになったらクビにしてもらっていいですからと言って採用してもらいました」
 
「実際、お姉ちゃんが山道をさっさと歩くから年配の男性同僚が付いてこれなくて『ちょっと待って』と言われることあるって、こないだ社長さん言ってたたね」
 
「まあだいぶ身体鍛えたしね」
「へー、凄い」
 
「刑務所に入ってた頃は自由時間にすること無いから、許可取ってひたすら運動してましたし」
と功実。
 
「刑務所って・・・刑務官か何かしてたんですか?」
「いえ受刑者ですよ」
「何なさったんですか〜〜〜?」
と政子が驚いて訊く。
 
「いやあ、深川・旭川界隈で数十件の放火を」
「え〜〜〜!?」
「まあそれで、今造林の仕事をしているのはそのせめてもの罪滅ぼしなんですよ。損害額は親と、陽子と、もうひとりの妹の広子が代わって弁済してくれたんで、本当はそれを親や妹たちに返さなきゃいけないんだけど、とても返しきれません」
と功実。
 

「毎年30万くらい返してもらってるよ」
と陽子。
 
「うん。そのペースだと返済に600年かかる」
と功実。
 
「じゃ1億8千万円賠償したんですか?」
と政子。
 
瞬時に位取りを間違えずに掛け算する所はさすが政子である。
 
「広子ちゃんが宝くじで当てたのと、あとはチェリーツインの初期の売上で払ったんですよ。チェリーツインのメンバーがみんな、お姉さんの賠償金を優先して払ってあげてといって、売り上げを全部渡してくれたし。兼岩会長も凄い額のお金を個人的に貸してくださったし」
と陽子。
 
「うん。実際問題として損害賠償額の半分は兼岩さんに一時的に立て替えてもらったようなもんだよね」
と八雲。
 
「なるほどー」
 
「兼岩会長にはもう全額返済しましたけど、私はまだチェリーツインのメンバーに借金を返しきっていない」
と陽子。
 
「まあ10年以内には返済完了するんじゃない?」
と八雲。
「それまでチェリーツインが続いていたらね」
と陽子。
 

「私の事件は結局病気のせいだということになって、今wikipediaをはじめとする多くのメディアには私の名前は出ていませんけど、当初は実名報道されていたから、深川・旭川界隈で私の元の名前を知らない人はいません」
 
「ああ、改名したんですか?」
 
「ええ。更正のためにはその方がいいだろうと言われて」
 
「運気があがったと思うよ。元の名前は占い師さんに見てもらったら最悪の名前だと言われた」
「あれ、お父ちゃんが画数を数え間違っていたらしい」
「ああ、それはありがち」
 
「でも実際、あれ控訴して高裁まで争っていたら無罪だったかもしれないですよ」
と私は言う。
 
「自分が悪かったんだから、それを病気のせいにはしたくないと思ったんです。その考え方を妹たちも支持してくれたから」
と本人。
 
「統合失調症か何かですか?」
と政子が訊くが
「ドレヌムス症候群と言って、卵巣に腫瘍ができる病気なんだよ」
と私が答える。
 
「腫瘍が放火と関係あるわけ?」
「この腫瘍は幻覚を生じさせるんだ」
「そんなことあるの?」
 
「うん。そういう病気はいくつかある。抗NMDA受容体抗体脳炎が割と有名だけど、この病気もそれと似たメカニズムで起きるみたいなんだよ」
 
「その名前も知らない」
「エクソシスト・腫瘍とかで検索してごらんよ」
「後でやってみよう」
 
「だから腫瘍を手術で摘出したことで幻覚は消えた。でも幻覚で唆されたにしても、責任能力はあると裁判所は判断したんだよね」
と私。
 
「微妙な判決だなあ」
と政子。
 

「でもそのあたりの経緯、よくご存じですね」
と陽子が言う。
 
「すみません。情報源は話せませんが、ある人から教えてもらいました」
と私。
 
「まああの子だろうな」
と陽子は苦笑している。
 
「それと実はこの病気になった原因が実は呪いではないかという説もあって」
と私は言う。
 
「へ!?」
とこれは陽子や功実の方が驚いている。
 
「ひじょうに危険なスポットに功実さんが接触したために呪いに掛かり、そのためにその病気になったのではないかと。ある霊能者からの情報なんですよ。その問題のスポットはその人がもう浄化してしまっています」
 
「うっそー!?」
「全然そんな話は知らなかった」
「実は浄化作業の瞬間がテレビカメラに納められているんですよね〜。放送はされてないですが」
「え〜〜〜!?」
 
「放送されてないものをなぜ知ってる?」
と政子が訊くが
「内緒」
と私は答える。
 

「でも刑期を終えられた後のことは聞いていなかった」
と私は言う。
 
「懲役5年の判決だったのですが、刑期の3分の2が過ぎた2011年3月3日に仮釈放してもらいまして」
 
「なるほど」
「それでいったん陽子が勤めている牧場に居候させてもらって、牧場のオーナーさんも、暖かく迎えてくださったんですが、一週間ほどそこで牛の世話などをしていた時に、東日本大震災が起きて」
 
「あああ」
 
「それで私、オーナーさんにお願いしたんです。この震災で被害にあった人たちを助けるためボランティアに行きたいと」
「おぉ」
 
「それで私、保護観察中だから所在も明らかにしておかないといけないし、身元引受人から離れられないからというので、牧場のオーナーの妹さんが付き添ってくださったんですよ。それと話を聞いた私の母も来てくれました」
 
「わぁ」
「最初父が来ると言っていたのですが、男女混成だといろいろ不都合も起きるので女性だけの方がいいということで」
 
「確かにそれはあります。寝場所の問題もある」
 
「福島方面で最初の頃は行方不明者捜しをずいぶんやりました。現地の尼寺に寝泊まりさせてもらって」
 
「尼寺という時点でお父さんはアウトですね」
「です。来たかったら性転換してよねと言っておきました」
「性転換もいいよね」
 

「行方不明者の捜索では何十人もの遺体発見の現場に立ち会いました」
「ひゃー」
「それでそれを見ている内に簡単なお経だけでも覚えたいと思って。取り敢えず般若心経を覚えました」
「偉い!」
 
「そのうち私、そこのお寺の住職さんに頼んで得度させてもらって」
「凄い」
「福島での作業は、最初の頃は遺体捜索、それからライフラインの復旧作業とかをして。除染作業もやりましたよ。もっともあれは1人の人が長期間はできないんですよ」
 
「でしょうね」
 
「女性のボランティアは被災者のお世話とかやってた人が多いですけど、私は主として力仕事ばかりやってました。あんた丈夫そうだしと言われて」
 
「元々体力あったんですか?」
「高校時代までは勉強の虫でした。でもそれで精神的に行き詰まって放火とか馬鹿なことしちゃったんじゃないかという気がします。その反省から身体を鍛えようと思って、腫瘍の治療が終わった頃から、日々運動をするようになったんですよ」
 
「ああ」
 
「それで1年間ボランティアやってそれが落ち着いた所で、名古屋の正法寺という所に行きまして」
 
「女性専用の修行寺ですか!」
「よくご存じですね。そこで1年間、修行をして住職の資格も取りました」
「頑張りますね!」
 
「それで最初はどこか東北地方のお寺に入って、震災で亡くなった人たちの菩提を弔いたいと思っていたんですよ。でも、修行中にお話する機会があった大本山の貫首様に言われたんです。あんたはまだ若い。菩提を弔うのもいいかもしれないけど、若いあんたしかできないこともあるのではないか、と」
 
「それは確かですよ」
「それで私、たくさん建物燃やしちゃったから、木を育てる仕事ができないかなと思って」
 
「いいことですね」
 
「それで北海道に戻って、何軒か造林会社を回ったんですけど、刑務所出た女で、しかも元放火魔というのでは、なかなか雇ってくれなくて」
 
「うーん・・・」
 
「でもいくつも会社訪問している内に、今の会社の社長さんが、あんたが本当に過去を反省して償いたいと思っているなら、雇ってもいいと言って下さって」
 
「いい人に巡り会いましたね」
「それから3年、ひたすら木を植えてます。お金にはならないけど」
 
「いや功実さんが植えた木が数十年後には北海道の建物になるんだから、一番良い罪滅ぼしですよ」
と私は言う。
 
「うん。お金の方は私が頑張って稼ぐからお姉ちゃんは頑張って木を植えて」
「ありがとう」
 

「そういえば、クリスマスのイベントでローズ+リリーのおふたりと共演した時、おふたりが歌った歌、あれCDになってませんよね?」
と八雲が尋ねた。
 
「何歌いましたっけ?」
 
「えっとですね・・・冬の内気な少女は夏は元気な少年に変わるとか、そんな歌詞があったので、あっ僕のことみたいと思ったんですよ、あの時」
と八雲。
 
「あ、それは『夏の少年・冬の少女』だ」
と私はその曲のことを思い出した。
 
「DVDには入っているよね?」
「うん。『Rose+Lily 2008&2009』に入っている。でもCD音源はリリースしてないよ」
 
「夏は少年で冬は少女というのは、なんか冬虫夏草みたいで不思議な存在だね。アクアも夏の間は少年でいいけど、冬になったら性転換して少女として過ごしたりしないかなあ」
 
政子はどうしてもアクアを性転換させたいようだ。
 
「あの曲、もしローズ+リリーで出さないなら、私たちで歌わせてもらえません?」
と八雲は尋ねた。
 
「あ、それでもいいよ。でも譜面どこ行ったかな」
と私は焦る。
 
「冬、DVDに入っているなら、そこから譜面を起こせばいい」
「あ、そうか。それ誰かにやってもらおう」
「うん。冬も風花も七星さんもオーバーフローしてるから、誰か手の空いている人にしてもらえばいいよ」
「そうしよう」
と言いつつ、私は博美の顔を思い浮かべていた。
 

「でも私、功実さんの話聞いてて感動した。詩を書く」
と政子は宣言すると、さっきここのショップで買ったラベンダーの香り付きレターペーパーに《銀の大地》を使って詩を書き始めた。
 
政子はさっきラベンダー畑を見ながら詩を書いた時は《青い清流》を使っている。
 
《青い清流》が元々高岡さん(ワンティスの元リーダー:アクアの実父)が使っていたもので思索的であるのに対して、私が中学3年の時に入手した《銀の大地》は素直で、思ったもの感じたものを、変に解釈せずストレートに作品に出していく性質がある。
 
マリも結構ボールペンを使い分けているよなと私は思いながら、その創作作業を見ていた。
 

やがて15分ほどで書き上げた詩には『種を播く人』とある。
 
「わあ、格好いい詩だぁ」
と八雲が言っている。
 
「でもちょっと誤解があるみたい」
と功実さん。
 
「ん?」
 
「木の種を直接山に播くんじゃないんですよ」
「あ?そうなの?」
 
「種は苗畑あるいは苗場という所で育てて、ある程度の大きさの苗木になってから山に植えていくんです」
と功実さん。
 
「そうだったんだ!」
と政子。
 

「木の種を畑に播いて苗を育てるの?」
 
「それも直播きはしません。それをやると、苗同士の根が絡み合ってしまうので」
「なるほど」
「コンテナというのに播いて育てるんですよ。細長い傘入れがずらっと並んでいるような容器ですね」
「へー」
「すると根が縦にまっすぐ伸びてくれるし、隣のと絡まないから」
「いろいろ工夫しているんですね」
 

「あれって、挿し木とかじゃなくて種から苗を育てるんですか?」
と私は質問する。
 
「両方ありますよ。でも挿し木で育てた苗は根が弱いんですよ」
「ああ」
「種から育てると、まっすぐの直根ができます。だから斜面とかに植えてもしっかりしているんです」
 
「おぉ」
 
「ただ、挿し木の場合はクローンだから親と同じ性質を持つ。つまり良質の木があったら、そこから挿し木で育てることで、同じように良質の木を作ることができます」
 
「ふむふむ」
 
「種から育てた実生苗(みしょうなえ)の場合は、子供を育てるから必ずしも親と同じ性質にはならない。できのいいのもあるし悪いのもある。できのいい子か悪い子かは数十年育ててみないとわからない」
 
「人間を育てるのより大変そう」
 
「その代わり実生苗は多様性があるんです」
「ああ!」
 
「だから挿し木で育てた林は病気などでいきなり全滅することもありますが、実生苗はそういうのに強いんですよね」
 
「ほんとに一長一短があるんですね」
 
「ええ。ですからケースバイケースで使い分けるんですよ」
 
「音楽もそうだよね。いいからといって同じような曲ばかり作っていたら、飽きられたら全てを失う。でも多様な曲を書いていると、当たり外れはあるけど長く生き残れる可能性がある」
 
と政子は言う。
 
「うん。そういう話をよく、醍醐や雨宮先生などとは話してるよ」
 
と私は言った。陽子と八雲もうなずいていた。
 
「ここだけの話、紅姉妹の曲って全部似たような感じじゃない?」
と八雲が言う。
 
「仕方無いよ。多様な曲を生み出すだけの才能が無いんだから」
と陽子。
 
「ああ!そこまで言っていいのか?」
「ここだけの話でしょ?」
 
私は笑ったら失礼かなと思って我慢していたが、功実さんは声までは挙げないものの顔を埋めて笑っていた。
 
 
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【夏の日の想い出・瑞々しい季節】(上)