【夏の日の想い出・若葉の頃】(上)

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「最近女物の服が増殖してて困ってるんだよ」
その日マンションに来たタカは本当に困っているような顔をして言った。
 
「なんか最近どこの局ででもタカ子ちゃんになってるね」
「そうなんだよ。男の服で行くとどうして男装なんです?とか言われて結局女物の衣装着せられちゃうんだよ」
「あぁぁ」
「なんか視聴者が俺の性的な傾向を誤解してるんじゃないかという気がして」
「まあみんなタカはその内性転換するんだろうなと思っているかもね」
 
「この状況、何とか改善できないかね?」
「《3人》の内誰が最初に性転換手術を受けるかでファン投票に掛けるとか?」
とマリが楽しそうに言う。
 
「何それ〜〜?」
「それで1位になった人には私が手術代出してあげるから、潔く性転換手術を受けるということで」
「やだ」
 

「最近女物の服が増殖してて困ってるんですよね〜」
とその2人は言った。
 
ローズクォーツの「代理ボーカル」は最初2013年8月のサマフェスで1回だけ鈴鹿美里がしてくれた(ローズクォーツSM)あと、その後2014年3月までをシレーナ・ソニカが「覆面の魔女」の仮名で担当(ローズクォーツFM)し、2014年4月から1年間はオズマドリーム(ローズクォーツOM)、2015年4月から1年間はミルクチョコレート(ローズクォーツCM)と続いた。
 
それで2016年4月からはアンミルというデュオが代理ボーカルをしてくれることになり、私とマリは彼女たちと2月に顔合わせをした。アンミルがボーカルなので今年は「ローズクォーツAM」になる。
 
「今年はローズクォーツの代理ボーカルは誰がやるんだろうね?と話していたら私たちにご指名が来て、本当にびっくりしたんですよ」
などとアンミルのアンナは言っていた。
 
「お二人とも男の娘って本当ですか?」
とマリがふたりに質問する。
 
「本当ですよ〜?」
「身体の状態は?」
「なし・あり・ありです」
「私もなし・あり・あり」
 
「うっそ〜! じゃ身体は完全に男性?こんなに可愛いのに」
とマリ。
 
「CD聴いたけど、ミルカちゃんの声はA5まで出ている。完璧にソプラノ音域、アンナちゃんもE5まで出ている。凄いよ」
と私も言う。
 
「声は努力しましたから」
「女性ホルモンとか飲んでたの?」
「飲んでません」
「私たち将来は女性と結婚したいし」
「男を捨てるつもりは無いので」
「女の子になりたい訳じゃないの?」
「単に女の子の服が着たいだけです」
「ほんとかなぁ?」
 
「ヒゲと足のムダ毛はレーザー脱毛しました。特にヒゲは剃るのではお化粧で隠せないから以前は抜いてたんで毎日大変だったんですよ」
「じゃついでにおっぱいもシリコンでも入れて」
「いやです」
 
「私は実は一時期迷ったこともあるんですけどね〜。豊胸手術しちゃうのとシリコンパッドをブラに入れておくのって、要するにシリコンが体内にあるか体表上にあるかの違いで、大差無いじゃないですか。それで手術はしないことにしたんですよ。痛い思いするだけだし」
 
「女湯に入れるようになるのに」
「ちんちん付いてるから無理です」
「取ればいいのに」
「無くなると困ります」
 
「中学高校時代は合唱部に入っていたんですけどね」
とミルカが言う。
「合唱ってソプラノが主役で後の3パートは地味じゃないですか」
「うん」
「それでパート分けでソプラノがやりたいですと言って。声が出るの?と言われるから出してみたら、部の女子で私より高音が出る子が居なかったんですよ」
 
「それは凄い」
「じゃ女子制服着るならソプラノでもいいよと言われたから、着ます!と言ってそれが女物の服を着た発端ですね」
 
「へ〜!」
「最初は卒業した先輩から女子制服譲ってもらって着てたんですよ。でもその内少しずつ女物の服が増えて行っちゃって」
 
「ああ」
 
「今では女物が9割かな」
「男物の服を着ることあるの?」
「ここ2年くらい全く着てない気がします」
「だったら捨てちゃって完全女性生活に」
「それをやるとふらふらと去勢とかしたくなりそうで怖いです」
「すればいいじゃん」
「お婿さんに行けなくなりますよ!」
 
4月には例によって、ミルクチョコレートとアンミルの双方をフィーチャーした「ボーカル引き継ぎCD」をリリースした。
 

「最近女の子の服が増殖してて困るんですよ」
と西湖(今井葉月)はその日うちのマンションに来て言った。
 
「ドラマじゃ女の子役だもんね〜」
 
「女の子みたいに行動できるように練習で女装外出は結構しているんですけど、母が悪ノリして結構可愛い服とか買ってくるんですよ。それで女物の服が増殖しちゃうんだけど、こないだは乗せられてミニスカで外出しちゃいましたよ」
 
「おお、頑張ってるね」
 
「なんか『ねらわれた学園』の青山玲子役を見たとか言ってファンレターも時々来るんですよね〜。それが男子からばかりで。どうもファンの方は僕を女の子の俳優と思っているみたい」
 
「いや、それは普通そう思う」
 
「今度の『ときめき病院物語II』でも女の子役だし。当初は数回に1度セリフがあるという話だったんですけど、今の所毎回1つはセリフを頂いているんですよ」
「良かったね」
 
「『狙われた学園』の写真集まで出ることになりましたからね。出演者全員で校舎の外観とかの撮影に使わせてもらった埼玉県の**高校に行って撮影したんですけどね。生徒役の子全員1枚は単独写真があるということで、役名が最後まで付かなかった子も含めて1枚ずつ撮って何だか卒業アルバム作っているような気分でしたね」
 
「なるほどなるほど」
 
「僕はその単独写真の他に馬仲敦美(西沢響子役)ちゃんと肩を組んだ写真とかも撮ってもらったんですよ。最終的に写真集に採用されるかどうかは分からないけど」
 
「肩組んだんだ?」
「女の子と肩組んで緊張しなかった?」
「え?緊張するものなんですか?」
 

「人間ドックですか?」
と私は鶴見係長(5月から★★情報サービスの社長に就任予定)からの電話に訊き直した。
 
「いや勤め人はみんな年に1度健康診断を受けているし、★★レコードの場合28歳以上の社員には1日コースの人間ドックを受診してもらっているんですよ。でも作曲家の先生方はそういうの全然受けておられないでしょ?」
 
「うーん。大学生の時は年に1回レントゲン撮って内科の先生と30秒くらいお話してとかありましたけど、卒業後は全然受けてないですね」
 
「それで★★情報サービスで先生方から運営資金を提供して頂く見返りのひとつとしてこちらの費用で健康診断を受けて頂こうと。みなさんお忙しいのは分かっているので、日程はご都合に合わせますので」
 
「でしたら今月中がいいです」
 
ローズ+リリーはゴールデンウィークからツアーに突入する。
 
「でしたら早速明日・明後日などいかがですか?」
「じゃそれで」
 

ということで私と政子は1泊2日コースの人間ドックを受診したのであった。
 
いつもは夜2時すぎに寝る政子を、前夜は無理矢理22時には寝せ、当日は朝から起こして連れて行ったが、病院に着いても半分寝ている感じであった。
 
手続きをしていたら受付の人が言っていた。
「人間ドックは1日コースで受けられる方が多いんですけど、できたらせめて1泊コースの方がいいんですよね。どうしても病院に来て診察を受けるだけで緊張するので、初日はきちんとした数値が出ないことが多いんですよ。病院で1泊して2日目になると慣れてきて、ちゃんとした数値が出るようになるんです」
 
「なるほどですねー」
 
カルテを持ってあちこちに行かせられるが、途中で★★レコードの北川さんと会う。
 
「私本当はこんなの受けてる時間が惜しいんですけどねー」
などと彼女は言っている。自ら多数のアーティストを担当するとともに、若い社員のとりまとめ役もしているので、本当に無茶苦茶忙しいはずである。
 
「奏絵さんも2日コースですか?」
「とんでもない。1日コースですよ。とても2日も休んでられません」
「北川さん、担当なさっているアーティストって何人くらいいますかね?」
「うーん。。。数えたことないけど、100人くらいかなあ」
「凄いですね!」
「でも年間リリースしているCDはせいぜい80枚くらいだよ」
「それでも凄いですよ!」
 

この人間ドックの2日コースに入っていた初日の夜、私は熊本で震度7の地震があったというので驚く。熊本在住の知人・田中美子さん(田中蘭の母)に電話を入れた。
 
多分輻輳しているだろうしつながらないかなと思ったものの、1発でつながった。
 
「いや、それが私もニュースで見てびっくりしているんです」
と田中さんは言った。
 
「実は今日明日は蘭のレッスンがあるんで福岡にふたりで出てきていたんですよ」
「ああ」
 
蘭は昨年夏に加藤課長(当時)にスカウトされて今、度々福岡に出てきて歌と踊りのレッスンを受けている。
 
「うちは結構震源に近いんですよ。近所の友人に電話とかしてもつながらないし。状況がもっと分かるまで様子見ですね。数日このまま福岡に滞在しようかと思っています」
 
「それがいいかもですね」
 

続けて私はゴールデンシックスの花野子に電話を入れた。
 
「カノン、確か熊本出身だったよね?向こうの親戚とかは大丈夫だった?」
「わあ、ありがとう!よくそんなの覚えてるね。いや、うちは転勤族だから、熊本も単なる転勤先なんだよ」
「ああ、そうだったんだ!」
「うちの家系は母親が秋田で父親が高知なんだよね」
「凄い離れてるね!」
「ふたりとも東京に出てきた所で知り合って結婚して。でもすぐ熊本に転勤になって、そこで私が生まれたんだよ」
「なるほどー! でも向こうでのお友達とかは?」
「小さい頃に引っ越しちゃったから、全然覚えてなくて」
「ああ」
 

私は福岡在住の従姉・明奈にも電話してみたが、そちらは大した被害は無いということだった。また私は今月下旬に結婚する奥さんが川内市・甑島の出身である松山君にも電話した。
 
「彼女の実家は大丈夫だった?」
「実はまだ連絡が取れないらしいんだよ。電話がつながらなくて」
「ああ」
「でも甑島は震度3だったみたいだから大丈夫とは思うんだけどね」
 
彼は詳細が分かったらメールするよと言っていた。
 

熊本の地震は日が変わって15日の1:25に昨日のより更に大きな地震が起きるという思わぬ展開となる。情報が一時は混乱したようだが、結局 15日1:25のものが本震(M7.3)、14日21:26のものが前震(M6.5)ということになったようである。前震が最大震度7であったのに、本震が最大震度6と報道されたことから更に混乱を招いたが、最初の地震で益城町の震度計が壊れてしまったため本震の震度は測定できなかったことが明らかになった。恐らく本震も益城町は震度7だったのではと多くの人が想像した。
 
(4月20日になって実際に震度7であっことが確認された)
 
「完全にアウトみたいです」
と私が人間ドックを退院してマンションに戻ってから田中美子さんからは連絡があった。
 
「あぁ・・・大変ですね」
「最初の地震で壁が崩れたりエレベータが動かなくなったりしたようなんです。それが本震で階段まで崩れてしまって」
「ひゃー!」
 
「最初の地震の後、みんな近くの小学校に避難していたので、幸いにも誰も中にいなかったから良かったのですが。もう建物は立入禁止になったらしいです」
 
「不幸中の幸いでしたね。このあとどうなさいます?」
「いや途方に暮れています」
 
その時私は思いついた。
 
「いっそ東京に出てこられません?」
「え〜〜!?」
「この状態じゃお仕事にもいけないでしょ?」
「ええ。会社からは当面自宅待機でというメールが来てます。勤めていた工場もかなりの被害が出ているみたいで」
 
「東京におられる間の当面の滞在費は私が出しますよ」
「ほんとですか?」
 

私は彼女がキャッシュカードを手元に持っているという肥後銀行の口座に当座の資金として50万円を振り込んであげた。そして加藤次長に電話して、田中蘭親子をとりあえず東京に呼んだことを話した。
 
「だったら約束していた通り、お母さんの方の仕事先を斡旋してあげるよ。あとアパートも適当な所を探させる」
「すみません。お忙しい時に」
「いや、僕が蘭ちゃんをスカウトしたんだからね」
 

★★レコードおよびTKRでは被災地域に住んでいる人が両社主催のライブのチケットを所有している場合、無条件でキャンセルを受け付ける旨の告知を出した。またそれによって空いた座席を元に若干のキャンセル待ちを受け付ける旨も発表した。ローズ+リリー・アクア・ステラジオ・丸山アイ・南藤由梨奈などの福岡公演がこのキャンセル待ちを受ける対象となった。また丸山アイや立山みるくなどが熊本公演を予定していたが、これは中止になった。
 
また被災地域の人の払い戻しについては現券が無くても柔軟に応じることも発表した。
 

4月からΨΨテレビで「スター発掘し隊」という番組が始まった。司会は昨年「コーラ吹くぞ」という決めぜりふがうけて流行語大賞までもらった女性お笑いコンビのデンチュー(殿山憂佳・昼村恋子)、番組のプロデューサーは2000年代にアイドルユニット《マリンシスタ》を生み出した番組「鈴輪隣」を担当した森原泰造というスタッフである。
 
番組は様々なオーディションをおこなっていくということで、当面2種類のオーディションが行われることになる。
 
1つは「街角からテレビへ」というオーディション。
 
全国各地の市街地に繰り出して道行く若い女の子を呼び止めてはその場で何か一言言わせる(歌を歌ってもよい)ということをして番組の前半でピックアップした10人にデジタル放送のdボタンを使った投票で優勝者を決め、優勝した人は次週から番組に呼んで、とりあえず番組のアシスタントをしてもらい歌と踊りのレッスンを受けさせて、歌手デビューを目指す、というのが流れである。1980年代に《おニャン子クラブ》を生み出した『アイドルを探せ』に似た方式である。
 
もうひとつは本格的な女性歌手を発掘するオーディションということで放送局のネットを利用して全国26箇所で1人3分間のビデオ撮影によるオーディションを実施。これを通った60人ほどを東京のホールに集めてステージ上でパフォーマンスをさせ10人程度に絞り込む。ここからオーディション合宿を経て、最終的な合格者を発表するということで1990年代に《モーニング娘。》を生み出した『ASAYAN』の手法に似ている。
 
楽曲は2000年代に爆発的な人気を誇ったバンド・ラララグーンのボーカルと事実上作詞を担当していたソウ∽こと水下荘児さんが詩を書き、曲はコンペで募集するということで、こちらもあわせて番組内でコンペ参加者を募っていた。
 
日程的には番組内で告知した上で4月10日(日)に全国各地でのオーディション、24日(日)に東京都内のホールでステージオーディションをしてゴールデン・ウィークに合宿。5月第2週に合格者発表、5月中旬に曲を渡されて音源制作、6月中旬デビューという流れである。
 
この番組の企画をしたのが★★レコードの村上専務直属・製品開発室の滝口史苑室長であった。彼女は以前KARIONの担当をしていたが、元々は1997年から2003年までPCレコードという会社で多数のアイドルを売り出した実績がある。★★レコードでもKARIONを担当する以前に数人のアイドルを売り出してそこそこの営業成績をあげている。2014年8月にKARIONの担当を外れた後は村上専務直属の戦略的音楽開発室という選抜チームに所属していて、4月発足の製品開発室はこのチームが模様替えしてスタッフを30人に増員したものである。
 

「最近男の子の服が見当たらなくて困ってるんです」
とその日、川崎ゆりこと一緒にマンションに来たアクアは言った。
 
「最近、アクアちゃん女装で出歩くことが多いんだっけ?」
とマリが質問する。
 
「そんなことないですよー。学校にはちゃんと学生服で行っているし、スタジオにはたいてい学校からそのまま入るんです。これも学生服着ていきますし」
 
「セーラー服で行くこともあるんでしょ?」
とマリが訊くが
 
「あれはあの日1回だけなんですよー。それしっかり写真に撮られているんだもん」
とアクア。
 
「まあアクアは毎日10枚くらいは盗撮されているだろうね」
「そんな気もします。でもスカート穿いて歩いている程度の写真は流通しませんね」
「多分アクアがスカート穿いているくらいではニュース価値が無いと思われているんだよ」
「なんか僕、性的な傾向を誤解されてますよねー」
 
「うーん。ファンの認識の方が正しかったりしてね」
 

「でもそんなんで、そもそもいつも制服でばかり出歩くから、私服が極端に少ないんですよねー。それでファンの人から大量に女の子の服を送ってくるし、ふと気づくと、男の子の服を着て出ようと思っても、見つけきれないんです」
 
「なるほどー」
 
「アクアちゃんタンスは?」
「ビニールのロッカー2つ、衣装ケースが4段の引き出しのが今6個かな。ロッカー1つ、衣装ケース1つは男の子用の服を入れていたつもりがそこまで女の子の服であふれかえっていて」
 
「ああ」
「ファンの方からの贈り物で、オリーブデオリーブとかウィーゴーみたいな手頃な価格帯のものは、だいたいそのまま児童養護施設とかに贈っているんですよ。手作りのものは悪いけど廃棄させてもらって、高額なものは一部だけもらって他は事務所に寄付して衣装などとして使わせてもらって、微妙なものはだいたい僕がもらっているんですけど、それが増殖していくんですよね」
 
「男の子の服も送ってくるの?」
「見たことないです」
「なるほどね〜」
 
「マジで探しきれなくて仕方なくレディスセーターにスカートとかで結構出歩いているんだけど、そういう所の写真がネットに投稿されたことはないみたい」
 
「それアクアちゃんの普通の格好だからだろうね」
 
「あまり男の子の服が無いから、こないだ買いに出たんですよ。川南さんが選んであげるよと言ってくれたから」
 
「あぁぁぁぁ」
 
「でも気づいたら可愛い女の子の服ばかり買ってたんです」
「そりゃ川南ちゃんと一緒に行けばそうなる」
 

「女性ホルモン剤も大量に送られてくるんですけどね〜。あれって譲渡したりすると法的に問題があるみたいだから、廃棄するしかないんですよね」
 
「飲めばいいのに」
とマリが唆す。
 
「僕別に女の子になりたい訳じゃないから」
「でも去勢くらいしてもいいと思っているでしょ?」
「思いません。あのサイトの署名、やっと止まったみたいですね」
「署名は75万人に達したよ。アクアちゃんが去勢手術を受けることに賛成してくれる人がそんなにたくさんいるんだよ」
 
「去勢は嫌ですー」
「本当は去勢したいくせに。でもアクアも中学3年生になったし、そろそろおっぱいくらいは大きくしようよ」
「大きくしません!」
 

「まあそれで5枚目のCDを作ったばかりで慌ただしいのですが、6枚目のCDを続けて行こうということで」
と川崎ゆりこが言った。
 
「青葉今少し忙しそうだね」
「そうみたいです。水泳部に入られたようですが、8月の全国公、9月のインカレに向けて練習があるし、まだ大学に入ったばかりだから、ペースがつかめるまでは勉強に集中したいということで。それにどうも霊的なお仕事の方もお忙しいみたいで」
 
「そうみたいね。じゃ今度は私が書くよ」
「すみません。よろしくお願いします」
 
アクアの1枚目のCDは上島・東郷、2枚目はマリ&ケイ・東郷、3枚目は青葉・東郷、4枚目はマリ&ケイ・東郷、5枚目は青葉・東郷と来て、次がまたマリ&ケイ・東郷となると、私と青葉が1回交代で書いている感じになる。
 
「このまま大宮先生とケイ先生で1回交代というパターンで定着させてもいい気もするのですが。ファンはそういう流れと思っているようですし」
 
「まあそれでもいいけどねー」
 

■アクアのこれまでのCDシングル
2015.03.04『白い情熱』霧島鮎子・上島雷太/ゆきみすず・東郷誠一(醍醐春海)
2015.08.12『ぼくのコーヒーカップ』マリ&ケイ/加糖珈琲・東郷誠一(照海)
2015.11.25『冬模様』岡崎天音・大宮万葉/加糖珈琲・東郷誠一(照海)
2016.02.24『桃色の予感』マリ&ケイ/加糖珈琲・東郷誠一(葵照子・大宮万葉)
2016.04.27『眠る少年』岡崎天音・大宮万葉/加糖珈琲・東郷誠一(照海)
 
※括弧内は本当に書いた人(照海=葵照子+醍醐春海)
 

4月20日(水)、ローズクォーツの18枚目のシングルが発売された。今回は代理ボーカルがミルクチョコレートからアンミルに引き継がれたので、5曲のうち1曲をミルクチョコレートが、3曲をアンミルが歌っている(1曲は私が多重録音で2パート歌っている)。
 
そしてこのシングルのPVが随分話題になったのである。
 
例によってタカは女装させられている。今回のタカの衣装は春らしく白いブラウスにピンクのプリーツスカート、しっかりとメイクの専門家にメイクをしてもらっていて、むしろ普通に女性ギタリストに見えてしまう。
 
タカもさんざん女装させられて、女物の服を可愛く着こなせるようになっている。眉はいつも細くしているので、むしろ男装してても女性と間違われることがあるらしい。
 
そういう訳でタカの女装はもういつものことで良いのだが、問題はボーカルのアンミルである。
 
ふたりはビキニの水着を着て踊りながら歌っているのである(さすがに歌は別録り)。
 
そして小さくテロップで「アンミルは男性デュオです」という説明まで入っている。ローズクォーツの公式サイトにはわざわざFAQまで付けてあった。
 
「アンナとミルカのバストサイズを教えて下さい」
「ふたりとも男なので胸はありません」
 
「アンナとミルカは男性器は除去していますよね?」
「ふたりとも男なので、おちんちんもタマタマも存在します」
 
「アンナとミルカはお風呂は女湯に入りますか?」
「ふたりとも男なので当然男湯に入ります」
 
「このPVは合成あるいはCGですか?」
「実写です。画像加工は一切していません。ただし歌唱だけは踊らずに歌唱した音声で置き換えてあります」
 

「ふつうの男の身体でこんなビキニ姿になれるの〜〜!?」
というので反響が凄まじく、それが話題になってこのCDは初動こそ3万枚しか無かったものの、1週間後までに20万枚を突破した。売れたものの大半がDVDとのセットものである。
 
大宮副社長と森元課長の「悪ノリ」が美事に当たり、やや埋没しかけていた《代理ボーカル制》と新代理ボーカルのアンミルを売り込む作戦が成功した感であった。
 
この週は他に大きなアーティストの発売が無かったためローズクォーツは売上ランキングの1位も獲得した。ローズクォーツの発売日1位および発売週1位獲得は実はどちらもローズクォーツ結成以来初めてのことであった。
 

4月27日(水)、アクアの5枚目のシングルCDが発売された。収録曲は岡崎天音(政子)作詞・大宮万葉(青葉)作曲の『眠る少年』と、加糖珈琲(蓮菜)作詞・東郷誠一(実は千里)作曲の『ナイスなナースになるっす』である。後者は4月放送開始の『ときめき病院物語II』のエンディングテーマにもなっており、CDの発売に先行してテレビで流れている(実は放送開始の2日前にバタバタと録音したものである)。
 
『眠る少年』のPVでは、ベッドですやすやと寝ているアクアの映像が出ている。これは撮影で「目を瞑って寝ているふりをして」と言われたアクアを疲れがたまっているので本当に眠ってしまったのを撮影している。もっとも
 
「眠る少女に見えるよね」
というのが大方の意見であった。
 
『ナイスなナースになるっす』のPVでは、『ときめき病院物語II』に看護師役で出演している女優さんたちにナース服姿で踊ってもらっている。看護師役ではないものの馬仲敦美と元原マミまで入っている。
 
「アクアちゃんもナース服を着てここに入れば良かったのに」
というのがまた大方の意見であった。
 
発表記者会見は例によって会見場があふれる感じであったが、その記者たちを前にして、アクアはエレメントガードの生演奏に合わせて生歌唱を披露して、拍手をもらっていた。
 

同日、ローズ+リリーの23枚目のシングル『ちゃんぽん』も発売された。記者会見はアクアの記者会見を17時から、ローズ+リリーの記者会見を18時半からしたので、アクアの記者会見に来た記者さんたちがローズ+リリーの記者会見にもそのまま残ってくれた感があり、ローズ+リリーの発売記者会見としてはこれまでの最高ではないかと思われるほどの人数がいた。
 
私たちもスターキッズの生演奏をバックに私とマリが生歌唱したが
 
「凄い」
「さすがローズ+リリー」
 
と言ってもらった。
 

ローズ+リリーとアクアのCDが同日発売になったのは新しく営業部次長になった鬼柳さんの考えによる所が多い。鬼柳さんはこう氷川さんや私たちに説明した。
 
どちらもセールスを考えると、給料日の後でもありゴールデンウィーク前、そしてツアー直前(アクアもゴールデンウィークにツアーをする)の4月27日までには発売したい。ここで日程をずらしてどちらかを4月20日にする場合を考える。
 
その場合、アクアのスケジュールが厳しいことからアクアの4月20日リリースは困難であり、ローズ+リリーを4月20日にすることになる(実際アクアの音源と映像の制作は録音と撮影自体が学校が始まる直前の4月7日までずれ込み編集まで終わったのは4月11日であった)。
 
その場合、翌週にアクアの発売が控えているとローズ+リリーとアクアの双方を買おうと思っている人は「来週アクアのCDを買いに行くし、その時一緒にローズ+リリーも買えばいい」と思ってしまう。
 
その結果買いに行くのを忘れる人が出てくる。アクアのファンは10代が圧倒的なので行動力があるがローズ+リリーのファンの主力は20代なのでやや反応が遅い。そうなると本来買うつもりでいたのに結果的に買いそびれてしまう人が結構出る。両方を同日発売にすればこの問題を回避できる。
 
更に同日発売となるとセールスランキングでも競うことになる。するとローズ+リリーの熱心なファンがアクアに負けてたまるかとちゃんと発売日に買いに行くか通販で予約する(多くは発売日の前日に到着するように発送される)。結果的にローズ+リリーのセールスを押し上げる。
 
「どうしても10代は瞬間湯沸かし機型、20代はヤカン型になりますから」
などと鬼柳さんは言っていた。
 
「30代は?」
と私が訊くと
「30代はシャトルシェフ、40代は日なたに放置したコップかな」
と鬼柳さんは言う。
 
「いや日なたに置いたコップは結構熱くなりますよ」
「そうなんです。だから40代以上を勢いつかせたアーティストは物凄いことになります」
 

そういう訳で4月27日に発売された『ちゃんぽん』だが、例によってPVの映像だけ流しながら、生演奏をバックに生歌唱する方式で記者会見は行われたし、全国のCDショップでもPVを流してもらった。
 
先頭曲の『雪原を行く』では私とマリが北海道のスキー場でスキーをしている映像を入れている。KARIONのツアーで札幌に行った時に近郊のスキー場で撮影したものである。2カットだけスノーモービルの映像を入れている。コーダの所に入れた映像(5秒)はこのスキー場で私とマリがタンデムで乗っているものだが、間奏の所に入れた映像(1秒)は私が奥八川温泉から脱出する時の映像を使用している。どちらも2人乗りなので、よく注意しないと分からないのだが。後でネットを見ると「もう開き直ってるな」と書かれていた。
 
『ちゃらんぽらんな恋』では各地で撮影したちゃんぽんの映像を数秒単位で出している。ちゃっかり「沖縄のちゃんぽん」と「高岡のちゃんぽん」(*1)の映像も入っているが、これらを知らない人は「何だろう?」と首をひねったようである。マリが美味しそうにちゃんぽんを食べている映像が全体の3分の1ほど入っているが、これは長崎中華街の新和楼、佐世保の香蘭、玄海町のふくみ、福岡天神の新生飯店、と九州地区でマリが食べ歩いた上で、横浜中華街の長崎屋、宇都宮のながさき、にも行ってきて映像を補填している。
 
「要するにマリちゃんの食べ歩き日記か?」
という声が出ていた。
 
先頭と最後には美しく、ちゃんぽんを吹く女性(明奈の友人)が浴衣姿で映っている(顔は下半分しか出していない)。
 

(*1)沖縄のちゃんぽんは野菜炒め丼という感じ。高岡のちゃんぽんは、うどんとそばをひとつの丼に半々に盛ったものである。
 

『ビリニュスの夜』は実際に昨年のワールドツアーでビリニュスに行った時に撮影した映像を使用しており、ローズ+リリーのビリニュス公演での映像も少し入っている。
 
『Tu es bell - 君は美しい』には昨年のツアーの時にパリで撮影した映像を使い、若い男女がシャンゼリゼ通りやセーヌ川の船の上でデートしている場面も入っている。パリ在住の日本人の役者さんに出演してもらい、FMIのフランス支社に依頼して撮影してもらったものである。この女優さんがマジで美人で、「この人の名前教えて下さい」という問い合わせがかなり来たようである。
 
このPVの最後にはマリがわざわざピンクの鐘を手に持って「テュ・エ・ベル」と言っている映像が入っている。
 
おかげで「これ bell は belle の間違いじゃないんですか?」という質問は全く来なかった!
 
最後に『風神雷神』は実際に現代の日本画家が描いた風神雷神の絵を許可を得て撮影させてもらったものから始まり、その後全編CGで作られている。例のブタ君のストリップを制作した会社に依頼して作ってもらったものだが、これは実は記者会見の前日にやっとできあがったものをそのまま初公開した。風神・雷神が天空を駆け、太陽と競争したり、女の火神に見とれて落っこちそうになったり、といった様子が描かれている。途中、虹の上にマリとケイが座って歌っている所も出てくる。最後は風神と雷神が協力してハートの軌跡を描く図で可愛くまとめられている。
 

「え〜〜!? 北川さん子宮癌が見つかったんですか?」
 
私はその日氷川さんからその話を聞いて驚いた。
 
「ごくごく初期段階だったらしいです。普通なら見過ごしそう所をたまたま、その日、医大の先生が巡回してきていて、何気なく人間ドックの検査結果表を見ていて『おい、これ』と言って取り上げたらしいんですよ」
 
「わあ」
「数値自体はぎりぎり正常値の範囲だったらしいです。でも医大の先生は問診票の内容とかとも総合して見て、癌の可能性があるとおっしゃって。それで呼び出して精密検査したら、間違い無く初期の癌だということで」
 
「それ手術とかするんですか?」
 
「光線力学療法というのをするらしいです。光に反応する物質を注射で体内に入れてターゲットの所に付着させ、そこにレーザー光線を照射して焼き切るんだそうです。身体を切ったりしなくていいし確実に病変部だけを潰せるから負担が小さいらしいんですよね」
 
「医学も進歩してますね」
 
と言いながら、それって青葉がやっている霊的な治療法を科学の力で実行するようなものかもと私は思った。
 
「ただ、これをやった後は、光過敏症になるので1ヶ月くらい真っ暗な部屋で過ごして、その後少しずつ部屋を明るくしていくということで半年くらい入院する必要があるんですよ」
 
「暗闇の中でずっと過ごさないといけないって、そういう昔話があるよね」
とマリが言う。
 
「『森の牝鹿』とか『太陽の娘』とかだね。日本の『鉢担ぎ姫』も類話という気がするよ」
と私は答える。
 
「じゃ暗闇の中で過ごした昔話の娘みたいに奏絵ちゃんもいい彼氏が見つかるといいね」
「確かにこういうお仕事していると恋愛とかしてる時間も無いしね」
 
「でも手術しなくて済むのなら、そのくらいは良いでしょう。そもそも北川さん働き過ぎだもん。ここらで少し休んだ方がいいですよ」
と私は氷川さんに言った。
 
「私もそう思います。ただ残された私たちが大変で」
 
「あぁ・・・・」
 
「取り敢えず北川が担当していた140人ほどのアーティストを、20-30人ずつ、私と富永(AYA担当)、福本(XANFUSなど担当)、竹岡(槇原愛など担当)、八雲(丸山アイや夏樹了子など担当)の5人の女性担当でいったん分担し、その後少しずつ適当な人に引き継ぐことにしました」
 
「大変ですね。140人もいたんですか!」
「よくこれだけの人数をひとりでカバーしていたものですけどね」
 
「八雲さんって女性だったっけ?」
とマリが尋ねるが
 
「戸籍上は男性ですけどね」
と氷川さん。
「まあ中身はほとんど女性ですよね」
と私も言う。
 
「ね、ね、それ詳しく教えて」
とマリは言うが
 
「個人情報だから教えられません」
と私は通告した。
 

「しかし今回ローズ+リリーは、やりましたね」
と氷川さんはニコニコである。
 
「僅差でしたけどね」
と私は答える。
 
27日に発売されたCDのセールス速報値が発表されたのだが、1位がローズ+リリー『ちゃんぽん』で124万枚、2位がアクアの『眠る少年』で123万枚であった。1万枚はまさに僅差で統計的には有意差が無い。事実上同点のようなもので、本当はどちらがたくさん売れたのかは誰にも分からないが、アクアはこれでデビュー以来の連続初登場1位の記録が4枚で途切れてしまった。TKRの三田原課長が悔しがっていたらしい。
 
巷には
「やはり『眠る少年』だから負けたんだよ。『眠る少女』だったら勝てたのに」
などという声も出ていた。
 
実を言うと歌詞を書いたマリは『眠る少女』というタイトルで最初書いていて、青葉もそれに曲を付けたのだが、アクアが「嫌です」と拒否したのでマリがぶつぶつ言いながら「少女」を「少年」に書き直した経緯があった。ネットのそういう声を見て
 
「だから私が最初書いた通りにしとけばよかったのに」
などとマリは言っていた。
 
なお3位はラビット4の86万枚でラビット4の人気が急上昇しているのも分かる。先週は3万枚のローズクォーツがトップだったのに今週は86万枚売っても3位ということで、「順位」というのは難しい。
 
なお前回ローズ+リリーやラビット4に負けたキャッツファイブは連休明けの5月11日に3枚目のCDを出す予定である。今の所強力なライバルは無いので恐らく1位を取れるであろう。本当は向こうもゴールデンウィーク前に出したかったようだが売上枚数よりランキング1位を取る方向に行ったようだ。
 

「私も三田原さんには、こちらは全然気にしてませんからと言ったんですよ」
とコスモス社長は言っていた。
 
「連続ミリオンの方が大きいもん。私だって初登場1位なら5回くらい取りましたけど、私のCDで5万枚以上売れた作品なんて1つもないから」
などとも言っている。
 
「まあ1位を取りたければ競争相手の少ない週に発売すればいいんだけどね」
と私も言う。
 
「その点、ローズクォーツとかは下手でしたね」
「うん。私が在籍していた当時も大物が発売される日にばかり出していたんだよ」
 
「やはり10代がターゲットのアイドルは初動が凄まじいんですよ。今自分が人を売り出す立場になって、あらためて認識してますね」
とコスモスは感慨深げに言った。
 

4月29日からローズ+リリーの今年のツアーが始まった。今回は11ヶ所である。だいたいアリーナクラスが多い。
 
4.29(祝) 那覇マリンセンター
4.30(土) 福岡マリンアリーナ
5.01(日) 広島レッドアリーナ
5.03(祝) 札幌スポーツパーク
5.04(祝) 宮城ハイパーアリーナ
5.05(祝) 金沢スポーツセンター
5.08(日) 幕張サブアリーナ
5.14(土) 神戸ポートラントホール
5.15(日) 愛知スポーツセンター
5.21(土) 大阪ユーホール
5.22(日) 大宮アリーナ
 
一方アクアもゴールデンウィークにはツアーをやっている。そちらはドームである。
 
4.29 札幌ドーム 4.30 京阪ドーム 5.01 博多ドーム 5.03-05 関東ドーム3日間
 
公演数こそ少ないものの動員数ではローズ+リリーの倍近い。
 
今年のゴールデンウィークは、みんなアクアの日程を見てそれと地区がぶつからないように会場を選定したようである。アクアにぶつけてしまうと来てくれる人が宿泊場所を確保できないのである。
 
なおアクアの福岡公演が5月1日になったのは3-4日は博多どんたくがあり、例年凄まじい人出があるので、さすがにそれは避けたからである。しかし1日のアクアのライブを見てそのまま3-4日の博多どんたくを見るという人たちもかなりあったようである。
 

大宮アリーナは実は2月15日から5月15日まで改装のため休業に入っていた。その休業明けを使わせてもらうことになっていた。首都圏のもうひとつの大会場である横浜エリーナは1月12日から6月30日まで半年間休業で、今関東圏は大会場の休業が相次いでおりライブ会場不足が起きている。
 
この会場不足は2020年の東京五輪頃まで続きそうで、それで私や千里が中心になって建設を進めることになった深川アリーナも期待されているのである。完成は年末頃の予定だが、既に完成後にそこでライブをさせて欲しいという照会がかなり来ている。
 
なお、こけら落としはローズ+リリーで使わせてもらう予定である。
 

4月29日、ローズ+リリーのツアーは沖縄から始まる。ローズ+リリーの国内ツアーは2014年12月以来1年4ヶ月ぶりで今回総計10万枚ほどのチケットは数時間で売り切れている。転売防止のため入場にはファンクラブ会員証を含む写真付きの身分証明書の提示が必要であり、実際入場口で入場を断られている人が結構出ていた。
 
今回のツアーの演奏に関しては、できるだけオリジナル通りにしようという方針を、私と氷川さん・森元さん、および大宮さんの4人で固めたので、大量の伴奏者が必要になった。
 
まずローズ+リリーのサウンドに必須の存在になっている弦楽器セクションについては、今回従姉のアスカ自身が参加してくれることになった。アスカとその生徒さんたち6人で構成する。
 
管楽器セクションは渡部賢一グランドオーケストラのメンバーに協力してもらったほか、青葉の友人数人にも参加してもらった。青葉と同学年の田中世梨奈(金沢H大学)にフルート、上野美津穂(富山T大学)にクラリネット、1つ下の日高久美子にサックス、2つ下の久本照香にフルートをお願いした。田中さんと久本さんは昨年の苗場ロックフェスティバルにも参加してもらっている。
 
サックスは七星さんを中心に、日高さんとバレンシアの心亜の3人で吹いてもらうことになる。クラリネットは上野さんと私の友人・詩津紅の2人で吹いてもらう。フルートは、田中さん・久本さんともうひとりは線香花火のアンにお願いしていた。
 
弦楽器セクションと並ぶサウンドの要である和楽器に関しては私の親戚を動員している。箏は恵麻、胡弓は美耶で琵琶はその2人の母・風帆、三味線は佳楽、太鼓は歌衣、尺八はその2人の母・清香というメンツである。
 

演奏者を物凄く選ぶ2つの楽器、龍笛と笙については、私は物凄く悩んだ。
 
今回は、当初の予定では龍笛を青葉、笙を七美花に頼むつもりで、本人たちからも内諾を得ていた。
 
私としては青葉には東北支援ライブでかなり無理してもらったので今回はその分も取り戻せる程度のギャラを払うつもりでいた。
 
ところが青葉が直前になって
「本当に申し訳ありません。重大案件に関わってしまって、手が離せないんです」
と言ってきたのである。
 
「お仕事が大変なのは理解するけど、こんな直前に困るよぉ」
と私もさすがに文句を言ったのだが、どうも向こうは人命に関わる仕事をしているようなのであまり強くも言えない。
 
それで代替演奏者を探さなければならなくなったのだが、こういう時に便利に使える笙・龍笛どちらも吹ける鮎川ゆまは、南藤由梨奈のツアーで同じ時期に全国を飛び回る。
 
千里にも打診してみたが、彼女自身はオリンピックを前にして日本代表の合宿でほとんど時間が取れないということであった。念のため、彼女から海藤天津子さんにも照会してくれたが、彼女は連休中は「富士山ツアー」で、信者さんたちと一緒に富士登山をするということであった。
 
「まあ、それで元はといえば私の妹のドタキャンだから、責任取って、私が禁断の吹き手を紹介するよ」
 
ということで、千里の紹介で来てくれたのが、その人だったのである。
 

「あのお、お名前お聞きしてもいいですか?」
とマリが珍しく控えめに言った。
 
「謎の男の娘ということにしておいてください」
と彼女は響きの豊かなソプラノボイスで言った。声質は40歳くらいに聞こえる。千里の知り合いなら、姉弟子か何かなのだろうか。
 
しかしみんな、その内容に反応した。
「男の娘なんですか!?」
 
「ちんちん付いてますよ」
「ほんとに? 見せて」
「そんなの見せたらセクハラです」
 
「何か吹いてみてもらえます?」
と七星さんが言う。
 
千里の推薦なら間違い無いだろうが、七星さんとしては吹き手の実力を確認しておかないと不安だろう。
 
それで《謎の男の娘》さんは『門出』の龍笛パートを吹いてみせてくれた。このパートは(たぶん)千里が自分で吹くつもりで書いたパートのようで、かなりの難易度がある。
 
しかし《謎の男の娘》さんはこのパートを難なく吹きこなした。
 
思わず拍手が起きる。
 
「でもどうして顔を隠すんですか?」
 
彼女はプロレスラーが使うようなマスクで顔を隠しているので、人相が全く分からない。
 
「大人の事情です」
 
「うーん。まあ色々事情があるのならいいですけど、《謎の男の娘》では長いので、もっと短い呼び名とかは無いんですか?」
と風花が尋ねる。
 
「それではオクトとでも呼んで下さい」
「奥の戸?」
「カタカナでオクトかな」
「オクトパシー?」
「オクトーバーだったりして」
「10月生まれなんですか?」
「それが5月生まれなんですよね〜」
 
「うーむ・・・」
 

ともかくも、今回のツアーでは、笙を七美花、龍笛をこのオクトさんに吹いてもらうことになったのである。
 
沖縄には前日の4月28日に入っているので、その日リハーサルをしたが、その様子を録音しようとしていた★★レコードのスタッフにオクトさんは言った。
 
「私の龍笛と若山鶴海(七美花)さんの笙があわさったら天変地異が起きますから、データのバックアップしておいた方がいいですよ」
 
「へ?」
と今回初めてローズ+リリーのツアーに参加する技術部の横田さんがきょとんとしているので、氷川さんが笑って
 
「今そのハードディスクの中に入っているデータが全部蒸発する可能性があるから、録音には毎回空っぽのハードディスクを使わないとダメですよ」
 
「え〜〜!? この中身が消えたら、私海外逃亡しなきゃ」
と言って、車でひとっ走り電機店まで行き、新しいハードディスクを2台買ってきたようである。
 

リハーサルは今日はマリのパートを風花が代理で歌う以外は、原則として本番通りに進める。台本に書いておいた冗談もそのまま言う。
 
そのマリは氷川さんの隣に座っておやつを食べながらニコニコしながらリハーサルを見ていた。
 

さて、七美花の笙とオクトさんの龍笛が合わさるのは『振袖』と『門出』の2曲だけなのだが、七美花にはそれ以外でも数曲、篠笛を吹いてもらう。その最初の2人の合奏があるのが『灯海』であった。
 
その演奏中に森元課長に電話が掛かってきて、課長はホールの後ろの方に移動してから取ったようである。それでどうも町添部長と話していたようなのだが、途中で「わっ」という小さな声を立て、iPhoneを落としてしまった。
 
私たちは気になったが、演奏中なので先に行く。そしてその曲が終わった所で課長に声を掛けた。
 
「課長、どうかなさいましたか?」
「いや、スマホがどうも壊れてしまったみたいで・・・」
 
「課長、オクトさんと鶴海さんが演奏している時にスマホやデジカメの電源を入れてたら、通話中でなくても確実に壊れますから」
と氷川さんが言うと
 
「うっそー!?」
と森元さんは驚いていた。
 

4月29日(祝)19:00、今回のツアーの最初のステージ、沖縄公演が始まる。3200人収容の那覇マリンセンターは満員である。
 
1ベル、2ベルが鳴って客電が落ちる。普通ならここで伴奏の音が鳴り始めてイントロとともに幕が上がるのだが、今日は違った。
 
幕が下りたまま、スポットライトが舞台下手袖に当たり、そこにかりゆし系の衣装を着けた私とマリが登場する。
 
物凄い歓声と拍手が起きる。マリが客席に向かって手を振っている。
 
私たちは幕を下ろしたまま、ステージ中央付近まで行く。
 

「こんばんは!」
とふたりで一緒に言うと
「こんばんは!」
と返事が返ってくる。
 
「ローズ+リリーです!」
と言うと拍手と歓声が返ってくる。
 
「オープニングは沖縄らしく『雪原を行く』で始めるつもりだったのですが」
と私が言うと大きな笑い声が起きる。
 
「今回のツアーを準備している最中に熊本・大分地方で大きな地震が発生しました」
と私が言うと、会場はざわめいている。
 
「九州ってもともと地震は少ないんですよね。それがこんなに大きな地震が起きて、みなさん慣れてない分ほんとに大変なようですが、私たちにできることって何だろうと考えていたら、マリが応援ソングを作ろうと言い出しました」
 
ここで拍手がある。
 
「こういう時のマリの行動って速いんです。10分ほどで誌を書き上げて、そのあと自分で30分くらい掛けて曲を付けてしまいました。そういう訳で、先週作ったばかりの曲『もっこす清正公』」。
 
ここで風花が舞台袖からパイプ椅子とアコスティックギターを持って出てくる。私はその椅子に座り、ギターを抱えて弾き始める。そして私たちはそのギターの音に合わせて歌い始めた。
 

マリは実際には五線譜の上に波線のようなものでメロディーの「だいたいの流れ」を書いたので、それを曲として仕上げたのはむろん私である。マリは過去に何度か同様の手法で「作曲」をしたことがある。その最大のヒット曲が『神様お願い』である。
 
愛用のYAMAHA FG730Sを私がジャンジャンという感じでピックで鳴らしながらふたりで歌う。アコギ伴奏ではあっても、とっても元気な歌である。
 
「もっこす、もっこす、もっこす、もっこす」
と連呼しているし、「清正公の虎退治、ついでに地震のナマズ退治」(字余り)
などと、ほとんど言葉のリズムだけで書いたような詩である。
 
速筆のマリっぽい詩である。和泉なら1時間悩む所をマリはほとんど何も考えずに5分で書いてしまう。ふたりの性格の違いだ。
 

この曲が終わった所で高らかにトランペットの音が鳴り響く。
 
男性的なとても力強いトランペットである。この音を合図に多数の楽器が鳴り始め幕が開く。私はギターとピックを椅子の上に置き、マリと手をつないでスタンドマイクの所に移動する。
 
『灯海』を演奏する。
 
電気楽器を全く使っていないにも関わらず物凄く元気で活力あふれる曲である。『The City』のコンセプトは『仮想表面』から始まったのだが、この曲は私があのアルバムを作っていく中で到達した最終進化形のようなものである。
 
弦楽器が重厚なサウンドを奏でる。金管楽器が明るい音を出す。フルートや龍笛・篠笛といった笛たちが自由に動き回る。
 
私とマリの歌が無くてもいいくらいだ!
 
アップテンポで5分ほどの演奏で、私たちは軽く汗を掻くほど、熱唱した。
 

曲が終わるとともに、私は演奏者を紹介する。
 
「第1ヴァイオリン・蘭若アスカ」
「第2ヴァイオリン・鈴木真知子」
「ちなみに蘭若さんは国際的な***コンクールで優勝、鈴木さんは同じく国際的な###コンクールで3位になったことがあります」
 
「第3ヴァイオリン・伊藤ソナタ、第4ヴァイオリン・桂城由佳菜、第5ヴァイオリン・前田恵里奈、第6ヴァイオリン・佐藤典絵」
 
「ヴィオラ・鷹野繁樹、チェロ・宮本越雄、コントラバス・酒向芳知」
「ギター・近藤嶺児、グロッケン・月丘晃靖、リードオルガン・山森夏樹、ピアノ・長丸穂津美」
 
「トランペット・香月康宏、トロンボーン・杉江諒太、フレンチホルン・一橋輝良、ユーフォニウム・元山一、チューバ・広瀬和昭」
 
このあたりの香月さん以外の金管は渡部賢一グランドオーケストラのメンバーである。特に杉江さんは鷹野さんの友人でもある。
 
「クラリネット・上野美津穂、バスクラリネット・安田礼美、フルート・田中世梨奈・久本照香・松川杏菜、アルトサックス・宝珠七星・山本心亜・日高久美子」
 
木管は青葉の友人とバレンシアのメンバーのミックスである。松川杏菜は線香花火のアンである。
 
「そして篠笛・若山鶴海、龍笛・謎の男の娘」
 
と私が紹介すると会場がざわめいている。
 
「えー。ちなみに《おとこのこ》の《こ》の字は娘の方ですね。謎の男の娘さんは事情があって顔を出せないんだそうです。私たちも彼女の顔は見ていません。そんなマスクつけてて汗掻きませんか?」
 
と最後は本人に向かって話しかける。
 
「大丈夫です。夏の暑さにも負けず、冬の寒さにも負けない、丈夫な身体を持っています」
 
「お聞きの通り、彼女はふつうに女性の声ですよね。実は女性ということは?」
「私、男ですよー。ちんちん付いてます」
「すみません。ちんちんは禁句にしてますので、よろしく」
「ああ、禁句にしないと、マリちゃんが下ネタ全開になるもんね。すぐ人を去勢したがるし」
 
「すみません。去勢とか性転換も禁句で」
「ごめーん」
 
「女装はいい?」
と隣からマリが茶々を入れる。
 
「だめ」
「はーい」
 
 
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【夏の日の想い出・若葉の頃】(上)