【夏の日の想い出・種を蒔く人】(3)
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(C)Eriko Kawaguchi 2016-04-03
3月19-21日、私がKARIONのツアーで沖縄・福岡・金沢と移動していた連休中、愛媛県の今治市で全日本クラブバスケットボール選手権大会が行われた。これに、私がオーナーを務める千葉ローキューツ、千里がオーナーの東京40 minutes, 上島先生がオーナーをしてくださっている江戸娘の3チームが参加した。3日間にわたる激戦の結果、千里の40 minutesが優勝、私のローキューツは3位となった。私はツアー中なので顔を出せなかったがキャプテンの薫と電話連絡をずっとしていた。
その薫が相談したいことがあるというので、彼女たちが戻って来てから22日の夕方、薫および副主将の揚羽と千葉市内の飲食店で会うことにした。私が出かける間は琴絵に来て政子のお守りをしてもらう。
「全日本クラブ選手権銅メダルおめでとう」
と私は彼女たちをまずは祝福する。
「これ金一封。中身は5000円のQUOカードとピカピカの5円玉。一応登録されている人数分用意したけど、足りなかったら言って」
と私は紙袋を渡す。
「ありがとうございます。多分余ると思うので、その分は返しますね。でもなかなか表彰台の真ん中は遠かったです。決勝戦は客席で見ることになりましたけど、どちらも凄かった」
「でも去年より成績上げたね」
「去年は準々決勝で負けましたからね〜」
「でも一昨年は優勝したんだけど」
「まあまた頑張ればいいよ」
「それで単刀直入に。以前から言っていたのですが、私、ここを辞めようかと思って」
と薫が言う。
「やはり仕事が忙しいの?」
「いや、仕事は大したことしてないんで、いいんですけどね。正直、私って敵を作りやすい性格だから、私と合わないで辞めていく子が結構いる気がして。もっと温厚な人にキャプテンになってもらった方がいいかなと思っているんですよ」
「うーん。そのあたりっていろんなキャプテンが居ていいと思うけどね。薫ちゃんは確かにややぶっきらぼうな言い方とかしてしまいがちだけど、それで傷ついたりしても、結構揚羽ちゃんとか育代ちゃんがうまくフォローしているみたいだし」
と私は言う。
「よく見てますね!」
「それで薫から、自分は辞めるからキャプテンを代わってくれないかと言われたんですけど、正直薫さんは戦力としても失うと大きいんですよ」
と揚羽が言う。
「うーん。だったら、薫ちゃん、キャプテン辞めて1選手になるというのでもいいんじゃない?」
「そんなのもありですかね?」
「ありあり。音楽ユニットでも、リーダーが脱退せずにリーダーだけを交代して1メンバーになるケースはある。UNICORNが再結成の時に川西さんから阿部さんにリーダー交代したよね。ももクロとかも、最初はれにちゃんがリーダーだったけど夏菜子ちゃんに交代して、よけいまとまった感じもある」
「ああ。れにちゃんは最年長ではあってもリーダー向きじゃ無かったかも」
その時、ふと私は疑問を持った。
「薫ちゃんが最年長だっけ?」
ふたりは顔を見合わせる。
「半ば幽霊部員化していた愛沢国香が最近割と出てきています。私より1つ上」
と薫。
「あの人は考えてみると、旭川A商業の元キャプテン」
と揚羽。
「その人が割と出てきていて、しかも高校時代にキャプテンを経験しているなら、その人にキャプテンを押しつけちゃうとか」
「なるほどー!」
「薫ちゃんより年齢が上の子がキャプテンになると、薫ちゃんは1選手に戻りやすくなる」
「それいいかも!」
この件は、この直後にアシスタントコーチの谷地さんが地元に戻るということで辞意を表明し、結局薫は選手兼アシスタントコーチ(実際にはみんなの練習にはあまり口を出さず戦力分析担当と言っていたので事実上の主務)になって、国香が新キャプテン、揚羽は副キャプテンのままという形に移行することで落ち着くことになった。練習の指導は今後は温厚な揚羽が中心になってすることになる。
なお千里の40 minutesの方は初年度から数人プロ契約者が出たようであるが、ローキューツの方では取り敢えずはプロ契約を希望する人は出ておらず、当面は今まで通り、全員が他で仕事やバイトあるいは学生をしながら、主として夕方や休日にバスケの練習をするという方式で行くことになった。
ただ選手がいつでも時間を気にせず練習をできる場所を確保したいですねというのを新会社の社長になる高倉さんと私は話し合い、高倉さんもどこか貸し切りにできるような施設がないか探してみると言っていた。
ローズ+リリーの次期CDの音源制作は、私たちがKARIONの金沢公演が終わって東京に戻った3月23日から開始した。
いつもはスターキッズに先に伴奏を作ってもらってから歌を乗せるのだが、今回はスターキッズが3月いっぱいニューヨークなので私があらかた作り、風花が調整してくれたMIDI音源に合わせて私と政子が歌い、スターキッズが戻って来てから、その歌に合わせて伴奏を収録するという、逆順で進めることになった。
今回収録する曲はいつものように5曲である。
最初の段階で予定したのは、先日の奥八川温泉からの脱出の時に発想して書いた『雪原を行く』、八川集落の神社で見たお祭りの屋台から発想した『かけ声』、昨年のワールドツアーの時に書いた『ビリニュスの夜』『ロールイン・ロールアウト』。そして上島先生から頂いた『エーデルワイス』という美しい曲であった。
しかし高岡で政子が「東西境界線ちゃんぽん」を見て『ちゃらんぽらんな恋』を書いたので『ロールイン・ロールアウト』を外してそれを入れた。
この5曲の歌唱は3月23-25日、28-31日,4月1日の合計8日間掛けて一応収録し、スターキッズが帰ってくるのを待つことにした。
(26-27日は名古屋と千葉、4月2-3日は札幌・仙台でKARION公演をしている)
3月は卒業のシーズンである。
私や政子と△△△大学で同じ学年であったものの理学部で、修士まで行っていた和実や、彼女と高校の時の同級生であった梓などが3月24日に修士課程を修了した。私は和実には御祝儀を、また梓にも多少とも関わったので彼女には花束を贈っておいた。梓は教員採用試験に合格し、4月からは岩手県内で高校の数学の先生になるということであった。梓は学部時代は若葉と同じクラスであった。
和実も実は高校の理科教諭の免許を持っている。彼女は性別を変更しているが、そういう彼女の教育実習を受け入れてくれた母校の先生も懐が広いなと私は思っていた。しかし「さすがに教員に採用まではしてくれないよ」と言っていた。
「で、和実は結局このあとどうするのさ?」
「まあこの2年間は修士課程で研究をしながら、モラトリアムをむさぼっていたようなものだからね。子供も7月に生まれる予定だし、取り敢えず石巻の姉ちゃんのところに行って、仙台にメイド喫茶を作る方向で動き出すつもり」
「おっ、凄い」
「だからエヴォン銀座店は3月いっぱいで退職」
「うん。頑張ってね」
「東京に居たまま開店準備を進める手もあるけど、やはり現地に行かないと良い場所とか分からないと思うんだよね。だから仙台の町をたくさん歩いて、ここに喫茶店があって欲しいなと思う所を見つけるよ。蒔絵に金粉を蒔くようにひたすら色々な所を歩いてみるつもり」
「和実は結構な霊感持っているから見つかると思うよ」
「その方面の感覚については、ここは絶対作ってはならないという場所なら分かるけどね。ここが良いという場所が分かるかどうかは微妙」
「まあそのあたりは青葉を引っ張り出して」
「うん。青葉に風水的なもの、霊的なものはチェックしてもらうつもり」
「じゃ淳ちゃんと一緒に引越?」
「淳はまだ仕事のキリがつかないみたいなんだよ」
「ああ」
「現実問題として収入のこともあってね。私は姉貴の美容室でシャンプーとか着付けとか担当させてもらって若干のバイト代をもらう約束にしているけど、現地調査費にもなるかどうか怪しい程度だと思うんだよね。だから淳には普通に勤めてもらって収入を確保しておいてもらいたい。今年1年は単身赴任かな」
「大変だね!」
「今、淳のプリウスを乗り回しているけど、東京と石巻に別れて暮らすなら、私も車を1台持っておいた方がいいかなと思って中古の安いのを1台買おうかなと思ってる。1人で乗ることが多ければ軽でもいいし。軽って燃費が実はハイブリッドカーよりいいし」
「それ向こうで街乗りに使うの?」
「うん。基本的には石巻と仙台の間の移動だと思うけど、週に1度は淳の所に行くのに東京まで走ると思う」
「高速とか走ったら軽は極端に燃費が悪化すると思うけど」
「そんなに悪化するかな?」
「試してみるといいと思うよ。それに赤ちゃん産まれるんでしょ?軽だとベビーシートをセットするの大変かもよ」
「う・・・・盲点だった」
それで和実は実際に千里のミラと、メイド仲間の子が持っているヴィッツで実際に仙台まで往復してみたようである。それで彼女の結論・・・・
「ミラもヴィッツも高速じゃダメだね。ミラは100で悲鳴あげるし、ヴィッツも160くらいが限界でさ」
「和実、日本には160km/h出していい道は無いはず」
「でも追い越す時はそのくらい出さない?」
「法的には追越し車線でも法定速度を超えることは許されない」
「それ無茶な規定だと思うけど。でも、パワーが無さ過ぎてイライラするから、1500-1800ccくらいのを買うよ」
「それがいいかもね」
などと言っていたのだが、結局和実は淳のプリウス(2010年モデル)を持っていくことにし、淳が新しくハイエース!の中古を100万円で購入したらしい。
「庇を借りて母屋をぶんどるという奴だよね。実際プリウスはこれまでも私の方が淳よりよほど多く乗っていたし」
などと本人は言っていた。
その言葉で私はふと千里のことを連想した。千里も細川さんの前の車Audi A4を細川さん本人の倍以上運転していたなどと言っていた。新しいランクルも細川さん本人がまだ400kmしか走っていないのに先日の秋田行きでいきなり1600km走っている。
そして・・・彼女自身の立場もそうだ。彼女は最初は細川さんの後輩という立場で阿倍子さんの前に現れ、友だち→愛人→もうひとりの妻という立場に変化してきているように思われる。そしてやがては3年前に失った正妻の地位を取り戻すつもりなのだろう。
その時私は更に考えた。
ひょっとして政子もその内松山君を今度結婚する相手から奪い返したりして。
私は唐突に曲が書きたくなった。
「ちょっとごめん」
と言って紙を取り出して歌詞とABC譜のメロディーを同時進行で書き始める。和実はしばらく私の作業を見守ってくれた。それは10分くらいで大体まとまった。後は自宅で推敲しよう。
「でもハイエースって、やはりお荷物を運ぶのね」
と私は尋ねる。
「いまだに『エヴォン友達会』に募金が来るんだよ。それでそれを原資として被害にあった地域の人たち、特に他県に避難したままの人たちに色々配ったりもしているし、あと、風評被害でなかなか買ってもらえない向こうの農産物とかを首都圏や甲信越で理解してくれている販売店や飲食店などに運賃無料で運んだりしている。むろん放射能検査はしっかりやっているよ。それで、しばしば友だちのハイエースとかキャンターとか借りていたんだよ」
「和実、もう自腹は切ってないよね?」
「うん。今はお弁当とか買ってあげないといけないような人とか居ない。ごく内輪でやってるから」
2011年当時は、多数のボランティアさんがこの『エヴォン友達会』に参加していたものの、物資の運搬をしてくれるドライバーさんなどのお弁当代や買出しを担当してくれる友人たちのコーヒー代とかを和実が自腹で出していた。それであの年彼女はそれまであった200万円ほどの貯金(元々性転換手術を受けるために貯めていたもの)を全部そういうので使ってしまったのである。エヴォンの店長さんもボランティアの人たちに無料で食事を提供したりして和実以上に私財を注ぎ込んでくれている。
「まあそれで何とか私と淳でふたり合わせてハイエースを買ったお金を除いても700万貯めたから、あとは銀行から1000万円くらい借りて開業資金にする」
「頑張ったね。でもそしたら淳さんは、SEのお仕事で出かける時もハイエース?」
「うん。会社の車を使う場合もあるけど結構自分の車を使うこともあるみたい。でもハイエース程度まではあまり駐車場に困らないし」
「ハイエース乗り付けて打ち合わせにやってくる女性SEというのも何だか格好良いかもよ」
「パソコンとか機器とか運ぶのに、エスティマやノアくらいならよく使っていたからね。ハイエースはそれよりちょっと大きい程度ということで」
私はその時また唐突に思いつき、今書いた曲に『段階的侵略』というタイトルを付けた。
和実たちに続いて3月28日には佐野君と麻央が東京工業大学の修士課程を修了した。ふたりにはお祝いに5000円のQUOカードを1枚ずつ渡した。実を言うと先日ローキューツの銅メダルのお祝いに渡したのが余ったといって戻って来たものの再利用である。
「君たちはいつ結婚するのさ?」
「今も既に実質結婚しているような気もして」
「ああ、するする」
「取り敢えず僕のアパートは年末で引き払ったんだよ。実質もう荷物がほとんど残ってなかったけど」
「もう2年近く、荷物はほとんど俺のアパートにあったもんな。親の手前別々にアパート借りてただけで」
ふたりのセリフは分かりにくいが「僕」と言っているのが麻央で「俺」と言っているのは佐野君である。
「取り敢えず夏のボーナスでエンゲージリングを買おうかと」
「指輪くれたら、その後は生でしてもいいよと言ってある」
「その時点で婚姻届けは書くだけ書いて、双方の親の署名もらって、いつでも提出できる状態にするつもり。万一妊娠したら即提出」
「じゃ実質それがふたりの結婚だね」
「追って結婚式披露宴はするけどね」
「じゃ年末くらいに結婚式?」
「まあ1〜2年以内に結婚するつもりで僕は就職しなかったし」
と麻央。
彼女は卒業しても現在しているGSのバイトを継続することで、店長さんと合意しているらしい。佐野君は川崎市内の機械メーカー研究部門に就職する。
「政子が結婚式の司会をさせてと言っていたけど」
「あいつ、すぐ下ネタに走るからなあ」
と佐野君は言っている。
「言えてる言えてる」
「まあいいよ。じゃお願いしようかな。でもちんちんとか割れ目ちゃんとかいう言葉禁止ということで。去勢とか男の娘とかも禁止で」
「了解〜言っておく」
「ところでさ」
と佐野君はまじめな顔で言った。
「松山が4月30日に大阪で結婚式を挙げる」
「うん。本人からもメールで連絡をもらってる」
と私は答える。
「俺は招待されてるから行ってくるけど、何か伝えることとかある?」
「幸せになってねと言ってたと言っておいて。それは政子の気持ちでもある」
と言って私は祝儀袋を2つ出す。
「これ渡してくれない?女性名義だとやばいかなと思ったから、私たちの父親の名前を借りた」
と言って、私は唐本大史名義の祝儀袋と、中田晃義名義の祝儀袋を出した。佐野君はそれを手に取らずに眺めている。
「俺は松山は中田と結婚するのかと思ってたから、相手が違う女だったんで、びっくりしたんだよ」
と佐野君は言う。
「例の熱愛報道が出た時に、その煽りで揉めて結局別れてしまったんだ」
「そうだったのか。残念だったな」
「政子はかなり落ち込んでいたけど、何とか立ち直った」
「大変だったな。ところで唐本は木原とどうなってんの?」
「ふつうに付き合ってるけど」
「だったらいいけど。ちゃんとデートしてるか?」
「今は無理だよ。司法修習生やってるし」
「唐本にしても中田にしても仕事が無茶苦茶忙しいみたいだからさ。恋人とデートする時間マジで無いだろうけど、ずっと会わずにいると次第にお互いの心は離れていくぞ。メールだけ交換していればいいというもんじゃないから」
と佐野君は言う。
「うん。ありがとう。司法修習が終わったら1度デートするよ」
そこまで話した所で佐野君は祝儀袋をしまおうとしたが、
「わっ」
と声をあげる。
「どうしたの?」
「唐本、お前これ幾ら入れた?」
「え? 30万円ずつ。芸能界だと300万円くらい包むんだけど、一般では1桁小さいかなあと思ったから」
「お前金銭感覚がおかしくなってる」
「そうだっけ?」
「世間一般じゃ、せいぜい入れて3万円だよ」
「そんなに少なくていいんだっけ?」
「30万も入れたら松山の奥さんが仰天して、これ誰?と追及してやばいことになるぞ。悪いこと言わんから3万ずつに減らせ」
「分かった。うーん。私もしかしたら世間一般の相場が分からなくなってるかも」
「芸能界が異常すぎるだけだと思う」
それで私はその場で祝儀袋を開けて金額を3万円に減額。内袋は金参拾萬円と書いてしまっているので、麻央が持っていた祝儀袋のストックから内袋をもらい金参萬円と書き直した。
「でも冬、私たちの結婚式の御祝儀に30万なら歓迎するよ」
などと麻央が言うので
「うん。じゃそうするよ」
と私は笑顔で言った。
2016年4月1日(金)。
★★レコードで人事が行われ、鬼柳制作部次長が営業部次長に異動、加藤課長が制作部次長となり、町添制作部長のスタッフとなる。そして森元係長が課長に昇格してJPOP部門の総責任者となった。南さんと北川さんが上級係長となり森元さんを支える。氷川さんも主任から係長に昇格した。
2007年6月に松前さんが社長に就任、町添さんが取締役制作部長になった時に加藤さんは係長から課長に昇格した。それ以来約9年間★★レコードのJPOP部門を統括し、毎年数百億円の売上をあげて業界でも急成長を遂げた★★レコードの中核を担っていた。
就任早々、当時★★レコードの看板アーティストであったバンド、モンシングのリーダーでボーカル・作詞作曲をしていた弥無の独立、SRレコードへの移籍という衝撃の事件が起きるが、ここにそれまでほとんど無名であったロックシンガー堂本正登をボーカルに起用、「モンシングver2」として売り出したのが当たった。このバンドは堂本の甘いマスクが若い女性の人気を呼び、2007年夏から2010年末まで2年半活動して、初代モンシングの数倍の売上をあげた。
その「モンシングver2」を実質的に主導したのが加藤さんだった。
加藤さんは入社して間もない頃にワンティスの担当(2代目担当)となり、妥協をなかなか許さない高岡さんをうまくなだめてCD制作を「完成」に漕ぎ着かせ、デビュー以来8連続ミリオンという歌謡史上に残る記録を打ち立て、その功績から24歳で係長に昇格している(高岡さんの事故死の責任を取って辞表を提出したものの慰留され、半年間の降格・減俸と2003冬・2004夏の賞与返上を経て、2004年秋に係長復帰)。
係長時代には、ポップスか演歌かかで迷走していた松原珠妃をポップス路線に方向付けたり、スイート・ヴァニラズもアイドル路線からロック路線に転換させたりしたし、課長になって早々にモンシングver2のほか、AYAやローズ+リリーのプロジェクトを主導して★★レコードの現在の中核アーティストを育てあげている。
「ドライバーチーjムが解散という噂があるんです」
とその日、佐良さんは困惑したように言った。
「こういうことをケイさんに相談するのは筋が違うのは承知なのですが」
という前提を言った上での話である。
「やはり社内の体制が変わったからですか?」
「今ドライバーチームはドライバー10名、1ヶ月に1000万円の経費が掛かっています。これを維持することに、村上さんから異論が出ているみたいで」
「費用は掛かっているかも知れないけど、私は物凄く助かっています。たぶん醍醐春海にしても、後藤正俊さんにしても今このドライバーチーム無しでは活動に支障が出ますよ。1人専任のドライバーを雇うのは簡単だけどそれでは忙しい時にその人が潰れてしまうんです。チームで対応してくれるから、いいんですよ」
と私は言う。実際昨年も多忙時に佐良さんがあまりにも長時間連続出勤になるので、染宮さんや鶴見さんが対応してくれたり、また千里が長期間日本代表の合宿に入っている時は矢鳴さんがこちらをカバーして佐良さんに少しまとまった休みを取らせたりもしていた。
「そのあたりは有用性を自負しているんですけどね」
私はこの問題について千里に連絡を取ってみた。すると1度もっとも恩恵を受けている自分と私と後藤さん(タブララーサ)、田中晶星さんで会わないかと提案してきた。それで私が交流のある後藤さんに連絡し、後藤さんから田中さんにも連絡を取ってもらったのだが、後藤さんから上島さんと雨宮さんにも来て欲しいという提案があり、結局4月3日(日)の夕方に6人で密談することになった。
「ロンダ君や香住君にも声を掛けるべきかも知れないけど、深夜遅くまでの話し合いになったら女性には辛いだろうから」
などと後藤先生は言っていた。性別の怪しい雨宮先生は置いといても、私や千里の性別も無視されている??まあいいけど。
場所は最も多忙な上島先生に合わせて上島先生宅になった。私はその日KARIONの仙台公演をしていたのだが、打ち上げは他の人に任せてひとり新幹線で帰京、この話し合いに参加した。
「このメンツは凄いよね。たぶん★★レコードの売上の7〜8割を占めているよね」
と最年長の後藤さんが言う。
「9割越えているかもね」
と雨宮先生が言う。
「★★レコードだけじゃなくて、他のレコード会社にもかなり関わっている」
と田中さん。
「多分◎◎レコードでも4割占めているよ」
と後藤さん。
「でもごめん、僕、ケイちゃんは性転換しているから男に準じてもいいかと思って、雨宮は女みたいな格好していてもチンコ付いてるからいいやと思ったけど醍醐春海さんって女性だったのね?てっきり男性と勘違いしてた。途中で寝てもいいよ」
などと後藤さんは言っている。
「大丈夫ですよ。私プロバスケット選手なので体力はありますし、日中はバスケットの練習してるから、たいてい作曲作業は夜間なんですよ」
と千里。
「へー。バスケット選手か。凄いね」
それで千里が今回初対面になった後藤先生と田中先生に醍醐春海の名刺と一緒にレッドインパルスの選手の名刺を渡すと
「エンブレムが格好いい!」
などと言われていた。
「新しく課長になった森元君に電話して単刀直入に訊いてみた。社内でそういう話が出ていることは認めた。ただ、森元君は町添さんとも話し合いの上、ドライバーチームの存在意義を訴えて反論するということで、その反論のための資料を加藤次長がまとめることになったらしい。僕たちにも話を聞きに来るということ」
と上島先生が説明する。
「村上さんはもう社長になったつもりでいるなあ」
などと田中さん。
「でもいっそドライバーチームを独立させて別会社にしちゃうというのは?」
と雨宮先生が言う。
「うん。それは私も思った」
と田中さんが言う。
「それはありだと思う。独立会社になるのなら、今僕が個人的に雇っている2人のドライバーもそこに合流させてもいい」
上島先生は1年前にドライバーチームが発足した時、★★レコードの社員が自分のそばに張り付くことになるのを嫌がって、個人的にドライバーを雇った。しかし1人では追い込みの時に連続72時間稼働などということになった場合、人間の体力を越えるので、2人雇って負荷分散したのである。
「私のドライバーは全国に20人くらい居るし、全員作曲家兼任だからそこに合流させる必要は無いけど、地方でドライバーが必要な時は言ってもらえば協力するよ」
と雨宮先生。
「雨宮先生系のドライバーに関しては、私かアクア・シュライン社長の新島に照会してもらえばすぐ対応できます」
と千里が補足する。
アクア・シュラインは雨宮先生の個人事務所である。社長の新島鈴世さんは先生の1番弟子でもあり、作曲家集団《雨宮作曲製造工場》の管理人である。
「それで独立会社を作って、そこが★★レコードと提携して、★★レコードの全国の支社でも対応してもらえる体制を作ればいいのではないでしょうか。都度ドライバー会社から★★レコードにいくらか払えばいいですよね?」
と千里は提案した。
「それは現実的だね。すると独立会社のドライバーをメインに使いつつ、地方で急に運転する人が必要になった場合は、雨宮君の系列と★★レコードの系列の双方を利用できる」
「今★★レコードではこのチームに月間1000万円の費用が掛かっているらしいです。それを私たちで出資すればいいことになりますかね」
と私は確認する。
「今優先ドライバーが付いているのが、僕と田中君、ケイちゃん・マリちゃん、醍醐ちゃん・葵ちゃん、エリゼ君・ロンダ君、香住零子君の6組、それに上島君も入るなら7組かな。それぞれたとえば毎月150万円くらい拠出すれば採算は取れるよね?」
「7組で出資して会社を設立して、利用料金として毎月150万か200万円くらい払う。それで剰余金が出たら配当として分配しちゃえばいいんじゃない?」
「ああ、それでいいですね」
「じゃその件、ロンダ君や香住君にも連絡してみるよ。まあ彼女たちがこの話に乗らないなら乗らないでも何とかなるし」
と上島先生。
この件はそういうことで話は割と簡単にまとまった。
そしてその後、音楽的!?雑談がお酒を交えて夜明けまで続き、最初何度か食事などを持って来てくれていた春風アルトさんも途中で眠ってしまったようで、その後は雨宮先生に言われて千里が勝手に台所に行って色々料理を作って持って来てくれた。
明け方になって、後藤先生と田中先生が「少し寝せて」と言って上島先生に案内されて客用寝室に移動する。雨宮先生はそれ以前にダウンして応接室の隅で熟睡中である。
私は千里と顔を見合わせて
「私たちは失礼しますね」
と上島先生に言って上島宅を辞した。
「さて帰ろ帰ろ」
と言って千里は大きく伸びをしている。
「どうやって帰る?タクシー呼ぼうか?」
と私は訊く。
「車で来ているから冬のマンションまで送るよ。その後、私は今日は40 munutesの運営会社設立で、9時に立川さんと一緒に法務局に行って、そのあと創立記念のお茶会の準備」
「忙しいね! でも徹夜してて運転大丈夫?」
「ああ。私目立たないように適度に寝てたし」
「そうだっけ?」
「お酒も夜2時以降は飲んでないからもうアルコールは抜けているんだよ」
「計画的だね」
それで千里のアテンザ・ワゴンに乗って一緒に出ることにする。ガレージに行ってみると、千里のアテンザの他に、雨宮先生のランサーエボリューション・ファイナルエディションも駐まっている。起きてから、これを運転して帰るおつもりなのだろう。
「そうだ。これ先月13日の大雪特集の番組見た後で書いたんだけど、もし良かったら、ローズ+リリーで歌ってもらえない?」
と言って千里はエンジンを掛ける前に楽譜とUSBメモリーを渡した。
『Tu es bell - 君は美しい』とタイトルが書かれている。ゴールデンシックスの名義になっている。つまり千里が書いたが、印税をゴールデンシックスの2人とシェアしたいということなのだろう。読んでみるとバラード調の懐古的な歌だ。シャルル・アズナブールとか、ニコレッタとか1960年代のシャンソンのような雰囲気もある。実際、Je t'aime(ジュ・テーム:愛してる)とか merveilleuse (メルヴェイユーズ:素晴らしい)といったフランス語も歌詞に混じっている。
「千里、ほんとにきれいな曲を書くね〜」
と私は、彼女の運転するアテンザの助手席で言う。しかしその内、私はさっき千里が『大雪特集の後で』と言ったことを思い起こす。
ん?
「ね、千里この tu es bell ってさ、you are bell って意味だったりして」
フランス語で『君は美しい』と言っているようだが、本当に『君は美しい』ならTu es belle でなければならない。この bellはこの部分だけ英語で鈴の意味ではないかと私は思った。つまり「君は鈴だ」と言っている。鈴というのはつまりカリヲン - KARIONのことだ。
(ちなみにフランス語で鈴はclochette, 鐘がcloche である。belleというのは「美しい」という形容詞の女性形で男性形は beau である。フランス語に bell という単語は無い)
「その最後の『テュ・エ・ベル』というセリフはマリちゃんに言ってもらってね」
「ひっどーい。これ私の秘密暴露だ!」
「『内なる敵』の仕返し」
うむむ。
確かに『内なる敵』は千里と細川さんの密会のことを歌った曲なのである。
「まあいいや。でもこれ凄く出来がいいから、今回のシングルに入れちゃおう」
それで私はその日、4日の午後からこの曲を政子と2人で歌って録音し、今回のCDに入れることにしたのである。代わりに『かけ声』を外す。
ドライバー会社独立の件は、上島先生と後藤先生の2人が代表となり町添さんと交渉。5月付けで運営会社「★★情報サービス」が設立されることになった。★★レコードも出資することで、★★レコードの支店網を使いやすくすることになった。
実際には★★レコードの出資率は22%に留め(一応連結会社になる)、残りを後藤先生・田中先生・上島先生・雨宮先生・私と千里の4月3日に集まった6人が13%ずつ出資することにした。実際この出資額を平気で出せるのはこの6人なのである。エリゼやロンダはやりくり下手であまり貯金が無いようだし、香住先生は作曲数は多くても、爆発的に売れたりした歌手が無く、経済的にはそうゆとりは無い様子である。
一方で利用する側は上島・雨宮・後藤・田中・私・政子・千里・蓮菜・エリゼ・ロンダ・香住、それに利用実績のある数人に声を掛けた所、ゆき先生・すず先生、八雲春朗さん、他数人も使わせてくれということになり全部で20人。この20人が利用度に応じて毎月10〜120万円の利用料を払うことにした。後藤・田中・上島・私・マリ・千里の6人は120万払う口である。
「なんか実際には私ひとりでほとんど対応しているのにマリ先生とおふたりで240万も払ってくださるの申し訳無いです」
などと佐良さんは言っていたが
「いや、マリの運転練習に付き合わされて、時には買物とかまでしてもらっているし、ほとんどお休みないでしょう。もっともお給料で240万お渡しできるのではないので、そちらが申し訳無い」
と私は言う。
「いえ、今頂いているほどの給料出してくれる会社はそう無いです。マリ先生に付き合って色々おやつとかも食べられますし」
と佐良さん。
★★レコードからこの新会社に移籍するのは、統括していた鶴見係長、後藤さん担当の金子さん、田中さん担当の桜井さん、ローズ+リリー担当の佐良さん、醍醐&葵担当の矢鳴さん、スイート・ヴァニラズ担当の佳田さん、香住さん担当の梅田さん、それに染宮さんも入れた8人ということになり、残り2人は元々★★レコードの他の部門に居た人なので、元の部署に戻ることになった。しかし上島先生が個人的に雇っていた2人のドライバー、川村さんと津島さんも参加することになって結局ドライバーは10人である。
ただ10人では足りないのでは?と雨宮先生は心配し、6月頃までにあと2〜3人増員する方向でツテを頼って探すことにした。条件は大型免許・大型自動二輪免許・牽引免許を持っていること、年間3万km以上運転していること、過去3年以内に免停が無いこと、お酒を飲む習慣が無く24時間いつでも呼ばれたら出動できること、常識外れの言動が多い作曲家・作詞家と付き合っていける柔軟性を持っていること、後部座席で情事が繰り広げられていようとも、乗っている人が女装しはじめたり女王様のコスチュームを身につけたりしても平常心でいられる程度には肝が据わっていること、業務上知ったことを絶対に誰にも言わない、秘密を守れる性格であること、そして大きな借金が無いことである。
給料は★★レコードでもらっていた額を保証する。川村さんと津島さんが「え?そんなにもらえるんですか?」と驚き、上島先生が「去年が安月給でごめーん」と言っていた。
また月間11日の休日(特に土日や祝日は休める限り休み)、また「ILO規定」通りの年間15日の有休(内10日は2週連続)を保証することにした。2週連続の有休に入っている場合は他のドライバーで対応する。この規定は労働法に詳しい後藤先生が強く主張して実現した。長期休暇の時期は予め各社員に希望を出させた上で各担当のクリエイターのスケジュール予定を鑑みて鶴見さんが調整して決めることにした。
そして鶴見さんが新会社の社長、染宮さんが専務の肩書きとなることになった(「え?俺専務なの?」と染宮さんは焦っていた)。他に事務担当の女性を1人雇用する。会社の所在地は★★レコードの本社に置き、専用の部屋をひとつ確保してもらうことになった。
スターキッズは4月3日(日)に帰国した。そして5日からローズ+リリーの音源制作の伴奏部分を演奏してくれた。この作業が4月10日まで続くことになる。そして4月11日(月)朝にマスター音源を工場に持ち込み、ゴールデンウィーク前に発売する予定である。
私と政子は伴奏制作をスターキッズに任せたまま、4月8日(金)、博多に行き、明奈の友人で筥崎宮のちゃんぽんを持っている人に会った。箱に入った状態、取り出した状態で写真を撮らせてもらう。
そして福岡市内のスタジオに行き、現時点での『ちゃらんぽらんな恋』の音源を流す中、それに合わせてちゃんぽんのポコペンポコペンという感じの音を所有者本人に入れてもらった。この曲については、この音を乗せた所で完成である。
博多に行った後、私たちは明奈とその友人も一緒に特急《かもめ》で長崎に行き、中華街の新和楼でちゃんぽんを食べた。
「やはりここのは美味しい」
「ここの皿うどんもいいよね〜」
などと言っていたのだが、政子は
「いい曲思いついた」
と言って、何か詩を書き始める。
「チャチャっとやっチャイナ?」
と覗き込んだ明奈が見てタイトルを読む。
「中華街だからやっチャイナか」
「政子、最近ダジャレに走っているね」
「いや、美味しいちゃんぽん食べたから、美味しい曲ができた」
「それ誰に歌わせるの?」
「アクアに歌わせようかなあ。チャチャっと去勢手術やっチャイナ」
「絶対拒否されると思う」
マリは昨年もアクアに『おちんちんが無くなっちゃった』という曲を渡そうとして本人に拒否されている。
「贅沢な。アクアが嫌がったら私たちで歌って今度のCDに入れる?」
「既に2曲入れ替えてるから、これ以上入れ替えると氷川さんが悲鳴をあげると思う」
「じゃ誰か去勢手術したがっている男の娘歌手いないかなあ」
「別に去勢手術の話でなくてもいいと思うけど。どっちみちここの歌詞は加藤さんがだめ出しするよ。ちょっと書き直しなよ」
「ちぇっ」
スターキッズの作業も4月9日にはだいたい終わり、私と七星さんは9日の夜遅くまで掛けてマスター音源をまとめあげた。
ところがである。
KARIONの大阪公演から戻って来た4月10日の夜になって上島先生が私の所に電話して来たのである。
「ローズ+リリーの新しいCDの仮音源聴いた」
「ありがとうございます」
「ケイちゃんの曲も醍醐ちゃんの曲も凄いね。なんかふたりで競い合って凄い曲書いてる」
「今いい感じでライバルになっているんですよ」
「ふたりに負けてられないから、僕も別の曲を書いた。悪いけどそれと差し替えて『エーデルワイス』は次のアルバムか何かに入れてくれない?」
「はい、ありがとうございます」
とは言ったものの私は焦っている。明日朝にはマスター音源を工場に持ち込まないといけないのに!
「今、楽譜をFAXで送ったから」
「分かりました。使わせて頂きます」
電話を切ってからFAXを見る。『風神雷神』という曲だ。譜面を読むが、とても力(りき)の入った曲である。私は緊急にスターキッズに招集を掛けた。政子も寝ていたのを無理矢理起こしてスタジオに連れていく。
氷川さんは渋い顔をしているが、上島先生から言われたのではやらざるを得ない。音源の持ち込みは連絡して明日の昼まで待ってもらうことにした。私はスターキッズの5人に言った。
「申し訳ないのですがCubaseに打ち込んだりスコアを作っている時間が無いんです。このメロディーとギターコードだけの手書き譜面で演奏してもらえませんか?」
「OKOK」
「そのあたりは任せて」
それでスターキッズの5人に私のヴァイオリン、風花のフルートまで入れた状態で何度か演奏練習し、午前3時頃、伴奏を確定させる。これをやっている最中に個室でマリが氷川さんに見てもらって自分の歌パートの練習をしていた。
そして午前5時から私とマリの歌の収録を始める。2時間ほど練習した所で休憩して朝食と仮眠を取り、そのあと3度歌って結局2番目の歌唱を採用することにした。
あとは政子は風花と一緒にマンションに帰し、私と七星さんと有咲の3人でマスター音源を再度まとめあげる。音源はお昼前には完成し、私たちはホッとしたのであった。
音源はそのまま氷川さんが自身で工場に持って行ってくれた。
2016年4月21日(木)19時、新宿区のW大学体育館で「関東クロスリーグ」の開幕戦が行われた。
この場所が選ばれたのは人脈の関係で借りやすかったこと、比較的交通の便が良いこと、大学構内ということで大学生の観客を期待できること、観客席が1000人分あることなどである(実際にはフロア上にもアリーナ席を設置して1500人観客を入れた)。
この日はオープニング・イベントとして抜群の知名度があるバスケ協会の川淵会長(元サッカー協会会長)に挨拶してもらった上で、ハーフタイムにはムーンサークルのミニライブを行い、彼女たちに30分ほど歌ってもらった。おかげで、ムーンサークル目当ての客が詰めかけチケット(アリーナ1480円・スタンド980円)は完売してしまった。
この日の試合は40 minutes vs レッドインパルスである。レッドインパルスはマジで1軍フルメンバーを揃えてきた。試合は40 minutesの中折渚紗とレッドインパルスの千里というどちらも33の背番号を付けたシューターふたりがどんどんスリーを放り込むなど、激しい攻防が行われ、バスケットの試合なんて初めて見に来た、などという観客が多い中、物凄く盛り上がるゲームとなった。
どちらも、全くタメを作らず、無駄なパス回しもせず、どんどん走りどんどん攻めていたので攻守の切り替えが早い。40 minutesの森下やレッドインパルスの三輪が華麗にダンクを叩き込む。それで
「女子の試合はかったるいと思ってたけど、この試合は男子並みのスピードとパワーがある」
と言っている観客もいた。
今日の入場者には連休明けからのレギュラーシリーズの入場割引券と開催スケジュール表、更にクロスリーグに参加しているチームの紹介と選手ピックアップの小冊子を配ったので、この日1日で100人くらいはバスケファンが増えたかなと私は思った。
翌日4月22日はオープニング・イベントで主催者代表として私が挨拶した上でハーフタイムに西宮ネオンのミニライブを行い、おかげでこの日も1500枚のチケットは完売した。
この日はジョイフルゴールドvsローキューツだったのだが、日本代表候補に名前を連ねている佐藤玲央美・前田彰恵・高梁王子といった強力なフォワード陣を擁するジョイフルゴールドに対して、ローキューツもインターハイを経験している原口揚羽・紫姉妹、水嶋ソフィア、折口万梨花といった中核メンバーや新加入の黒川アミラ・須佐ミナミなどが対抗していき、結構いい試合になった。
特にジョイフルゴールドの180cmセンター熊野サクラとローキューツの184cmフォワード黒川アミラの空中戦は見応えがあった。
ジョイフルゴールドはどうも最初少し手加減している雰囲気もあったのだが、次第にマジになっていき、最後はかなり本気になって15点差で勝ったが、試合終了後メンバーの顔がこわばっていたので、お尻に火が付く感覚だったのだろう。
なお、次回のクロスリーグ戦は連休明けの5月13-14日に川崎市の体育館で行われる予定である。
開幕戦が終わった4月23日、私と千里はエヴォン銀座店で会って少し話をした。
千里は20日までバスケット女子日本代表の第一次合宿をしていたのだが、25日からは第二次合宿に入るということで、実はクロスリーグの開幕戦を本来の火水ではなく木金でおこなったのは千里や佐藤玲央美、広川妙子などの日本代表に名前を連ねている選手が出られるようにするためであった。
エヴォン銀座店は、和実が3月末で退職したので、店長はリリー(如月乃愛)が継承している。和実は結局6年間エヴォン神田店と銀座店に勤務した。リリーは年齢は和実の1つ下だが、エヴォン神田店に和実が入社する1年前の高校生時代から勤めていて、既にキャリア7年のベテランである。如才なくお店を切り盛りしていた。
ここはいつも生演奏が流れていて、密談もしやすい(非公開だが盗聴器探知システムも常に作動している)。
「TKRについても、★★情報サービスにしても、それ以前に作られた★★チャンネルにしても、種を蒔いている感じだね」
と千里は私に言った。
「種を蒔く?」
と私は聞き返した。
「今★★レコードはいったん枯れようとしている。枯れる前に種を蒔いておいて、あとで再生するためだよ」
私はしばらく考えてから
「そうかも知れないね」
と答えた。
「KARION元担当の滝口さんが製品開発室長に就任するらしいよ」
「うーん・・・制作部があるのにそういう部門作るのって企業資源の無駄遣いという気がする」
「まあ町添さんの権限をできるだけ削ぎたいんだろうね」
「権力闘争と企業経営は分けて考えて欲しいなあ」
「村上さんは1990年代にミリオンが大量に出た時代の夢を見ているんだよ。AKB48が『君はメロディー』で24連続ミリオン、ローズ+リリーも『振袖』で9連続ミリオン、アクアはデビュー以来4連続ミリオンだけど、こういうのはあくまで例外。今はCDが売れる時代じゃない。それを村上さんも滝口さんも分かってない。佐田さんがまだ現実を見ている感じだから、正直、村上さんが退任して、佐田さんが新社長の方がマシだったけどね」
と千里は言う。
「そのCDが売れる時代ではないという意見には私は必ずしも賛成できないけど佐田さんの方が現実派というのは私もそんな気がする」
と私は言ったのだが、その時、唐突に思いついた。
「まさか、あの写真仕掛けたの千里?」
千里は微笑む。
「その質問に私が答えると思う?」
私たちは意味ありげな視線を交換した。
「まあいいや。あれで最悪の事態は避けられたし、体育館も建つことになったし」
と私は苦笑しながら言った。
体育館については現在40 minutesが練習場所として使用している廃校になった小学校の敷地を江東区が丸ごと貸してくれることになり、現在の校舎を崩し校庭の土地と合わせてそこに5000人収容の体育館(仮称深川アリーナ)を建築することで話がまとまってしまった。上島先生と懇意の都会議員さんが動いてくれて話がトントン拍子に進んだのである。また建設運営の主体となるグループにKL銀行が入っていたこともひじょうに良い方向に働いた。KL銀行さんが入っているなら間違い無いだろうと思ってもらえたのである。新聞報道でも「KL銀行を主体とする企業グループ」などと書かれていた。
40 minutesに有利すぎる場所にも思えるが、ここは実はジョイフルゴールド、ローキューツ、レッドインパルスの本拠地中心駅から各々40-50分で到達できる意外に便利な場所にある(40 minutesと江戸娘のメンバーは都区内在住が多い。ジョイフルゴールドやローキューツのメンバーにも実は都区内在住者が結構いる)。完成後はクロスリーグの会場のひとつとして使うほか、日替わりで各チームの練習場としても使用することになる。
なお、都側は東京五輪の会場にも利用させて欲しいと要望し、バスケ協会からもインターハイや社会人などの予選会場に使わせて欲しいという要望が来ているが、どちらも了承している。ここは複数の地下鉄線からアクセスでき、交通の便も良い。
建設費はKL銀行を通して複数の建築会社に見積もりを取り、概略設計図を麻布先生や海香さんなどにも見てもらって音響面の検討をした上、最も良い音響の期待できる設計図を出した工務店に発注することになった。発注金額はKL銀行の担当者が徹底的な無駄排除を工務店に要求したお陰で58億円に留まった。公共事業とかになっていたら考えられない低コストである。
競技場の床は良く乾燥させた無垢材の楓のフローリングで、その上に試合の時はバスケットのラインを引いたタラフレックスを敷くのだが(タラフレックスの交換でバレーやテニス・フットサルなどにも対応可能。ライブの時は吸音性のマットを敷く)、トレーニングルームや控室・ロビー・外装などには集成材などを多く使用する。学校の校舎を崩すが、その校舎の木材やガラス、椅子などの内装品を所有権を持つ区から安価に買い取って再利用する。おかげで廃棄物もかなり少なくなったし、児童の描いた落書きが完成後の建物に残存して随分と話題になった。
また特注品をできるだけ排除して標準品を多用するし、手動でも済むものは手動にして電気設備を省略している。館内のモニターやスピーカーは安い中古品を買ってきて使用することにした。
費用の負担は、結局千里と雨宮先生が共同で4割、私が3割、上島先生が2割、KL銀行が1割とする。つまり40 minutes, ローキューツ、ジョイフルゴールド、江戸娘の4者で共同で建設する形になる。体育館の運営会社(株式会社JER4)も設立して利益が出た場合は出資比率に応じて配当として還元する。完成予定は2016年末である。
正確にはフェニックス・トライン(千里の会社)とアクア・シュライン(雨宮先生の会社)、サマーガールズ出版、上島企画、KL商事が出資者となる。
現在40 minutesが使用している体育館は、新体育館が落成した後で改修してサブ体育館として使うことになった。
「なんか株取引と体育館建設でお金の感覚がくるっちゃって、ドライバー会社の出資金とか、そんなに安くていいんだっけ?とか思わなかった?」
と千里は私に言った。
「思った思った。何か単位が凄まじくて訳が分からない」
と私も言う。
「雨宮先生は200億円あったら男の娘を2万人性転換させてあげられるなんて言っていたけど」
「手術する病院が足りないと思う」
「でも雨宮先生、三宅先生から、しばらくは株の売買しないようにと言われて、IDとパスワードを取り上げられたらしい」
「それがいいかも。さすがにあんなにうまく行くことは滅多に無い」
「唐突に雨宮先生の口座から150億円振り込まれてきたの見た時は、これ絶対銀行のシステムのバグだと思ったって」
「思うよね〜」
「しかし★★レコードも部下を女装させてレイプしたあげく会社クビにするような社長じゃ人も離れていくと思うなあ」
「それは同感だなあ」
「ローズ+リリーもサバイバル戦略は考えておいた方がいい」
と千里は言う。
「というと?」
「過去のアルバムのセルフカバーを英語歌詞で出して配信限定で公開するとかね」
「それはちょっとやってみたいな」
と私も興味を持って言った。
「あとは他のレコード会社の歌手を育てて行くとかね」
私は少し悩んでから
「考えておく」
と答えた。
「山森水絵は%%レコードから出すから」
と千里は言う。
「誰だっけ?」
「冬が提唱してくれた鴨乃清見の歌を歌う歌手募集オーディションの優勝者」
「へー!」
「今度高校に入学する。現時点で15歳。だけど3オクターブの音域を持つ」
「凄いね」
「デモ音源に『門出』を入れてきたんだよ。これやったのは2人だけだけど、もうひとりは別途、吉原揚巻さんに任せることにした」
「そちらも有望だね」
「冬の声域をぎりぎりまで使って書いた曲を歌えたってことは冬より声域が広いということだよ」
と千里は意味ありげに言う。
「私も負けてられないね。頑張るよ」
「うん。忙しいだろうけど、自分が歌手であることを忘れないように」
「コピー」
「吉原さんに任せる子は男の娘だよ」
「うっそー!?」
「19歳。睾丸はもう取っている」
「うむむ」
「小学生の内から密かに女性ホルモンを飲んで声変わりを抑えていたらしい。だからこの声が出る」
「凄いね」
「世間ではアクアも間違いなく女性ホルモンやってると思われている」
「だよなあ」
「あの子、実際問題としてタマくらい取っちゃったら?本気で口説けば絶対その気になって手術に同意するよ」
などと千里は言うが、私は
「それはやはりまずいよぉ」
と答える。
「まあ、こちらの子は奈川サフィーの名前で◎◎レコード、プロダクションも山森水絵とぶつからないように、∀∀ミュージックから出す」
「★★レコードを避けてる?」
「今大手はみんな離れていきつつあるよ。この動きはもう昨年末頃から始まっている。%%レコードや◎◎レコード、ЮЮレコードあたりがその受け皿になっている。特にЮЮレコードは社長が若いから、どんどん新しいことを受け入れてくれる。10年前の★★レコードの姿なんだ」
「なるほど。でも∀∀ミュージックって、今あまり大きな人居ないよね?」
「担当マネージャーも∞∞プロから派遣する。あそこは事実上奈川のためのプロダクションになっちゃうね」
「それもすごいなあ」
「世間ではUTPだってローズ+リリーのためのプロダクションと思われている」
「ああ」
「あ、そういえばローズクォーツって、オカマさんがリーダーのバンドもUTPだったかな、なんて言われている程度」
「あはは。タカは完璧にキャラを誤解されているな」
「誰もマキがリーダーだなんて知らないし」
「確かに」
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【夏の日の想い出・種を蒔く人】(3)