【寒松】(下)

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翌々日の《海の日》。祝日ではあるが月曜日なので母はパートに出て行った。それで青葉は未雨とふたりで祖父母の家に行っていたのだが、そこに北海道に住む天津子が訪ねてきた。
 
「川上さーん。こないだの本返すね」
「ありがとう、海藤さん。でもよくここが分かったね」
 
天津子は何の事前連絡も無いまま、祖父母の家を訪ねてきたのである。 
「そりゃ、人の居場所は波動で分かる。川上さんも私が来るのは分かったでしょ?」
「うん。それでホットケーキ焼いてたんだけどね」
 
ということで、作りたてのホットケーキを出して、祖母がお茶を入れてくれて天津子が持って来てくれた《き花》も出して頂く。
 
「これ、うちのお母さんの友達の娘さんが一度持って来てくれたね」
と市子が言う。
 
市子の母(青葉の曾祖母)賀壽子の友人・北畠千壽子は北海道の江別市に住んでいて、賀壽子が亡くなった時に、千壽子の名代で娘さんの中村竜子さんがお葬式および一周忌の法事に出席してくれたのである。中村さんは旭川在住なので《き花》を持って来てくれていた。4月に天津子が持って来てくれた《壺もなか》と同じ店の商品である。
 
ちなみに青葉とも顔見知りの東京在住の霊能者・中村晃湖さんはこの竜子さんの娘である。中村さんは旭川N高校の出身で在学中はバスケット部に所属していたので、東京で霊能者として一定の評価を獲得してけっこうな収入を得られるようになった頃から母校バスケ部に毎年数十万円の寄付をしている。
 

「じゃ本を返すためだけにわざわざ北海道から?」
と市子は驚いている。
 
「郵送とかじゃダメだったのかしら?」
と市子は言うが
 
「危険な本だから」
と天津子。
「うん。私でもこれ郵送する気にはならない」
と青葉も言う。
 
「危険って爆発するとか?」
「まあ、これを荷物に積んでるトラックが事故起こすかもね」
「私や海藤さんが持っていれば、その作用を抑えられるんだよ」
「抑えられるというより、私たちのレベルの人がそばに居たら悪さができない」
 
「そういうことか」
 
市子は霊感は無いのだが、母や霊感体質だった妹(双乃子)の言っていることを聞いて育っているので霊的な問題に理解は持っている。
 

今日は天津子は盛岡からJRで来たということであった。先日車を運転した件がお母さんにバレて叱られたらしい。それで本を返しに行くのに佐竹慶子さんに連絡して迎えに来てもらい、一緒にそちらに向かった。
 
しかし本を返していて
「あ、今度はこの本読みたい」
などと言って天津子はまたいくつかの本を借りた。
 
「そんな感じで、高知の山園菊枝さんとか、神戸の竹田宗聖さんとかもよく来るよ」
「この本はこないだ来た時はなかったと思う」
「たぶん誰かが借りていたんだろうね」
 
「ここの蔵書はひいおばあちゃんが集めたものそのまま?」
「私が収集したものもあるよ。読んでいた本の中に参考文献としてあげられていたものを取り寄せたり、あるいは奈良の瞬醒さんが「こんな本出てたから、こちらにもあげるね」とか言って送ってくれたり、あるいは竹田さんや中村さんが、自分ちに置くと難しいから置かせてと言って置いて行ったり」
 
「ああ。ふつうの住宅には置けない本もあるよね」
 

慶子さんに大船渡の駅まで送ってもらい、天津子は土産物を選んでいた。 
「田舎だから大したもん無いけど」
「うん。問題無い。かもめの玉子でも買ってくかなあ」
「東北のお土産としては定番だよね」
 
そんなことを言っていた時、大船渡線の列車が到着する。この列車は隣の盛駅まで行き1時間後に上りになる。つまり天津子が乗る列車まであと1時間ちょっとある。
 
なにげなく出札口を見ていたら、将棋部部長の宮坂君とお母さんが出てくる。青葉は宮坂君の顔を見て、なにげなく会釈する。すると宮坂君はこちらにやってきた。
 
「こんにちはー」
「こんにちはー」
と挨拶を交わす。天津子も会釈をする。
 
「あら。しっかりした感じのお嬢さんたちね。昭次の先輩?」
とお母さんが訊く。
 
青葉はだいたいおとなびて見える。天津子もしばしば高校生くらいと間違われるらしい。それで先輩と思われたのだろう。
 
「将棋部の後輩なんだよ」
と宮坂君。
「こちらは私のお友達です」
と青葉。
 
「へー。将棋部に女の子もいるんだ?」
とお母さんが言う。
 
「今年2人だけ入って来たんだ。その内の1人」
「女の子で将棋やる子は少ないね。だったら強いんでしょ?」
とお母さんが言うと
 
「無茶苦茶強い。僕も勝てない」
と宮坂君。
 
「それは凄い!」
 

「どちらかにお出かけでしたか?」
と青葉が訊くと
 
「うん。兄ちゃんの見舞いに行ってきたところ」
と宮坂君は言う。
 
「お兄さん大変みたいですね」
と青葉。
 
「病状がなかなか改善しないから実は今、盛岡の病院に行って検査を受けているんだよ」
「何か分かるといいですね」
 
青葉がそう言った時、天津子が言った。
 
「それ病院では治らないよ」
「え?」
 
「川上さんも分かったんじゃない?」
と天津子が言う。
 
「うん。まあ・・・」
と青葉は歯切れが悪い。基本的に火中の栗は拾いたくない。
 
「どういうことでしょう?」
とお母さんが訊く。
 
「だって呪いが掛かってるもん。それをまずは取り除かないとダメ」
と天津子。
 
「地元の拝み屋さんに一度祈祷してもらったんですが」
「素人の呪いなら普通の拝み屋さんにも対処出来るだろうけどね。これはプロが呪詛してるから、そいつより強い術者がやらないとダメですね」
 
「強い術者ですか」
「私とか川上さんみたいな」
と言って天津子は微笑んだ。
 

宮坂君のお母さんが、天津子にぜひ来て欲しいというので、天津子は盛岡に戻るのをやめて一緒に宮坂君の家に行った。
 
「いらっしゃい」
とお姉さんの美麗さんが歓迎してくれる。
 
「青葉ちゃんだったよね」
と美麗さんは青葉を見て微笑む。
 
「あんたこの子、知ってるの?」
とお母さんが驚く。
 
「この子は凄い子だよ。私言ったじゃん、木村のお婆ちゃんより凄い小学生がいるからって」
と美麗さん。
 
「ほんとにそんなに凄いの?」
とお母さんは言うが
 
「もうお仕事してくださいましたよね?」
と美麗さんは言う。
 
「うん。川上たちがこの家に入ったとたん、家の雰囲気が変わった」
と宮坂君も言う。
 
「取り敢えずこの家に付いていた呪いマークは全部消しましたよ」
と天津子が言う。
「7割は川上さんがしちゃいましたけどね」
 
「ちょっと責任感じたから処理した。ついでにこの家全体に結界を張った」
と青葉。
「おかげで、私、予備電源使わずに済んだ」
などと天津子は言っている。
 
青葉が少しやる気を出したおかげで、この日、大会の決勝戦に出ていた《予備電源》さんは、勝手にパワーを取られることなく済んだ。
 

お母さんがふたりに紅茶を煎れる。盛岡で買ってきたクッキーなども出す。 
「この呪いを掛けた人物はもう死んでますよ。だからやっかいなんですけどね」
と天津子は言う。
 
「男だけがやられる呪いですね」
と青葉も言う。
 
「前にこちらで祈祷なさった拝み屋さんが『手応えが遠い』みたいなことをおっしゃったと聞いたのですが、たぶん呪者が死んでいて、直接相手に働きかけられないから遠く感じたんだと思います」
と青葉は付け加える。
 
「その男だけに掛かるというのはその拝み屋さんからも指摘されました。実は夫も昨年前立腺癌が見付かりまして。ホルモン療法を半年やった上で3月に手術したのですが、ホルモン療法は継続しているので、おちんちんが立たなくなるなどの副作用が出てるんですよ」
とお母さんは説明する。
 
「この子の兄もホルモン療法を受けているので、やはり立たなくなっているし最近、少し胸が膨らみ始めているんですよね」
 
「それは女性ホルモンを投与していればそうなりますね。特に若い人の場合はホルモンの効きがいいんですよ。去勢は?」
「夫は場合によっては去勢しようかなと悩んでいます。子供の方は将来結婚できなくなるしというのでできるだけ温存できる道を探ろうと先生とも話し合っていますが、どうにも病状が改善されないので」
 
「転移しているんですか?」
「夫の方は明確に局所的な前立腺癌で転移はしていなかったそうです。でも息子の方は、あちこちに局所的な腫瘍ができていて。範囲が広いので今の所化学療法を第一に進めています」
 
「次男さんの方には何か来てます?」
と天津子は訊く。
 
「実は・・・」
と言ってお母さんは宮坂君と顔を見合わせた。
 
「僕の方には取り敢えず何も来てないようです。恐らく兄が全部引け受けてくれてるんじゃないかと木村さんはおっしゃってました。でも予防した方がいいということで」
と言って宮坂君は言葉を切り、ちょっと恥ずかしそうな顔をした。
 
「男がやられる呪いだから、女の子の真似をしなさいと言われてですね」
「はい」
「この半年ほど、ずっと僕、女の子の下着をつけてるんです」
 
「ああ、なるほど」
と天津子は言った。
「それ効果あるよね?」
と青葉の方を見て言う。
「宮坂さんが何かで霊的なガードをしているのには気付いていた。でも女の子下着をつけているというのまでは分からなかった」
と青葉は言う。
 
「最初は変な気分になっちゃったりして、困ってましたが随分慣れました」
と宮坂君。
「昭次は女の子下着をつけるようになってから性格も優しくなったよ」
と美麗さんが言う。
 
「まあ気持ちを結構変えるよね、服装って」
と天津子。
「そうかもね」
と青葉も言う。
 
「昭次、このままいっそ女の子になっちゃう?」
とお姉さん。
「それ勘弁してよー」
と本人。
 

少し落ち着いた所で青葉と天津子は、お母さんと一緒にお父さんが入院している病院に出かけた。美麗さんと宮坂君も付いてくると言ったのだが
 
「守らないといけない人が増えることになるので」
と天津子が言って遠慮してもらった。
 
病院の前で天津子と青葉は立ち止まる。
 
「何これ?」
と天津子は不愉快そうな顔をして言った。
 
「これは酷いね」
と青葉も言う。
 
「何か?」
「お父さんって4階に入院していたりしません?」
「そうですけど。息子もです」
 
「4階に入院していたら、治るものも治らないです」
と天津子。
「私も呪い以外にも何かありそうな気がしたんですけど、ここに来て分かりました」
と青葉。
 
「数年前に1度ここ来たことありますけど、その時はあそこのビルが無かったんですよね」
「ああ、あれで気の流れが変わっているよね」
と天津子は言う。
 
「転院を考えた方がいいです」
と天津子はお母さんに言った。
 
「えーー!?」
「この病院の立地が悪すぎるんですよ」
「特に4階は酷い状態です」
 
「呪われたのに加えて、最悪の病院に入院したんですね」
「お医者さんは何だか信頼できそうな感じなのに」
「医者が良くても病院がどうにもならない感じ」
「あ、でもこの病院、近い内に移転建て替えの計画があるんですよ」
「いい場所に移転するといいですね」
 
「取り敢えず、お父さんは大きな病院に見せたいとか言って盛岡の病院とかに転院させたらどうでしょう?」
と天津子は言う。
 
「ちょっとそれ至急検討します」
「お兄さんも盛岡の方に行ったままの方がいいね」
「うん。私もそう思う」
 

病院に入ったとたん、天津子は《チビ》を解き放った。青葉も頷く。ここはこういう子の出番だ。
 
4階の病室に行く。お父さんは体調がいいのか新聞を読んでいた。
 
天津子と青葉は顔を見合わせた。
「72でいいと思う?」
「うん。私も72だと思った」
 
「な。なんでしょう?」
とお父さんは戸惑うように言ったが
 
「宮坂さん、横になって少しそのまま動かずにいてもらえます?」
と天津子が言う。
「はい」
と言って宮坂は新聞を置いて横になる。
 
青葉は精度をあげるため《鏡》を起動した。天津子が「へー」という顔をする。ふたりでうなずき合って、一気に術を掛ける。
 
「うっ」
と宮坂が声を出した。
 
「終わったかな?」
「うん。できたと思う」
とふたりは言う。
 
「あのぉ、どうでしたか?」
とお母さんが心配そうに言う。
 
「取り敢えず病気を治さないといけないので、肝臓に転移していた癌を退治しました」
と天津子は言う。
 
「転移していたんですか!?」
「まだ小さいから医者は気付かなかったかも」
と天津子。
「小さいから簡単に処理できました」
と青葉。
 
「次はこちらだよね?」
と青葉が天津子に訊く。
「これ手強いね」
「盛岡と同時にやらないといけない」
 
「明日、片方が盛岡で、片方がここで、同時にやる?」
「それがいいかも」
 
それでふたりは宮坂夫婦に説明する。掛かっている呪いを処理するのに、お父さんとお兄さんのを同時にやらないと、片方だけ残すと残った側に一気に呪いが流れ込む危険があると。それで明日青葉が将棋大会で盛岡に行くので、その時に青葉は宮坂君と一緒にお兄さんの病院に行き、天津子は明日大船渡に残ってこの病院に来て、両方で連絡を取り合って、同時に処理したいと。
 
「分かりました。お願いします」
 
その時ちょうど《チビ》が満足そうな顔をして天津子の許に戻って来たのを青葉は見た。
 

その日は宮坂君のお母さんが大船渡市内に旅館を取ってくれたので天津子はそこに泊まった。
 
翌日。早朝に宮坂君のお母さんの車で青葉と宮坂君は盛岡に出た。将棋部の方は顧問の先生に連絡して、ふたりは別行動ということにしてもらった。それで残りは3人なので、先生の車に乗って盛岡に出ることになった。
 
大船渡から盛岡に出る場合JRではけっこう時間が掛かる。朝7時半に出ても盛岡に着くのは12時である(一ノ関から新幹線を使うと10:40着)。バスも似たようなものだが、自家用車で走れば2時間程度で到達することができるので13時から始まる大会に出るには10時半頃に大船渡を出ればよい。
 
今回は先生も含めて6人なので、保護者に送迎をお願いして事故があった場合の責任問題を考えて時間は不便だが朝7時半のJRで行こうかなどと言っていたのだが、青葉と宮坂君が別行動になったので、先生が送迎をしてくれることになった。
 
青葉は宮坂君とお母さんと一緒にお兄さんが入院している病院に入る。青葉はお兄さんを見て「ああ、男女の気が入り乱れているな」と思った。昨日見たお父さんの場合はやはり年齢が行っているせいか、女性ホルモンの投与を受けていても、ほぼ男性の気であったが、お兄さんはマジで女性化しつつある。これ、このままあと数ヶ月もしたら、多分もう男には戻れなくなる、と青葉は思った。 
まず病室の四隅に塩を盛る。それから、お父さんの病院に天津子と一緒に行っている美麗さんと連絡を取る。向こうも準備はできているようだ。お母さんの携帯と美麗さんの携帯を借りて、天津子と青葉で直接話をする。
 
「そちらはOK?」
「OK。守りは大丈夫?」
「問題無い」
「じゃ行こうか」
「せーの」
 
ということで、青葉は一瞬にしてお兄さんに付いている呪いのターゲットマークを消滅させた。
 
「終わった?」
と天津子に訊く。
「もちろん。一瞬にして。でもそちらが0.1秒くらい早かったみたい。バックラッシュが来たよ。何とか防いだけど」
と天津子。
「ごめーん」
と青葉は謝る。
 
「それで今、ナースステーションの方で凄い悲鳴が聞こえた」
と天津子は言う。
 
「それって・・・・」
「まあ呪い返しを食らったんだろうね」
「海藤さん、最初から気付いてたね?」
「川上さん、気付かなかったとしたら、うかつすぎる」
 
青葉は天津子のドライな対処に軽い反感を覚えた。しかし反感を覚えてしまうことが自分の甘さだということも同時に認識した。
 
呪者自体はおそらく2年くらい前に亡くなっている。しかしその呪者の意志を受け継ぐ人物があの病院内に居て、呪いの媒介者になっていることは、青葉にも、少し考えたら容易に想像できたことであった。あの病院で見た呪いの掛かり方は死者がやったにしてはピントが合いすぎていたのである。それをちゃんと考えきれなかったのは、やはり自分の経験不足と甘さなのだろうと青葉は思う。恐らく天津子は自分の数倍、修羅場をくぐっている。
 
「Elle est morte ?(死んだの?)」
青葉は宮坂君たちに悟られないようフランス語で天津子に尋ねる。
 
「Elle ne mourra pas si elle a de la chance.(運が良ければ死なないでしょう)」
 
青葉はちょっとだけホッとした。ホッとした所で、青葉は気を取り直して天津子に頼み事をする。
 
「それでさ、お兄さんの治療なんだけど、私ひとりでは無理。海藤さん、手伝ってくれない?」
「いいよ。病院教えて」
 
それで天津子はお昼のバスで盛岡に出てきて、青葉のほうは宮坂君と一緒にいったん引き上げ将棋大会に出て、それが終わった後、また病院に来ることにした。
 

将棋大会には県内9つの地域(*1)から16チームの代表が集まっていた。 
(*1)岩手県には2006年まで、盛岡・中部(花巻市・北上市)・胆江(奥州市)・両磐(一関市)・気仙・釜石・宮古・久慈・二戸という9つの「広域生活圏」が設定され12の振興局が設置されていたが、その後4つに統合再編された。 
今回、宮坂君・木嶋君の強い要望で、順列を変更することにした。大将宮坂・副将登夜香・三将青葉・四将木嶋・五将大村である。
 
1回戦で当たった所は何か強そうなオーラを持った男の子5人である。 
「何だ何だ?そちらは上位に女を置いて捨て駒にして四将五将戦を確実に取る戦法かい?」
などと向こうの大将が言ったが、登夜香も青葉も「捨て駒」の意味が分かっていないので、ふたりとも首をかしげていた。ただ、何だか馬鹿にされたようだというのは分かったので、少しだけ燃えた。
 
対戦開始から7分で登夜香の相手が「負けました」と言い、1分後には青葉の相手も投了した。両局ともほとんど一方的な勝負になっていた。隣の盤を見て大将さん・四将さんが驚いている。
 
やがて向こうの四将も投了する。これでこちらの勝ち確定である。更に大将戦も勝ち、接戦だった五将戦も大村君が勝って、青葉たちのチームは五勝で勝ち上がった。
 

2回戦の相手は花巻市の小学校であった。何と大将以外4人女子である。それも何だか美人ばかり!?更にその4人がパーティーにでも出るかという感じの凄く可愛いお出かけ用の服を着ている。リップまで塗ってる。登夜香も青葉もポロシャツにジーンズというラフな格好で来ているので、ちょっとだけ恥ずかしい気がした。
 
しかし相手の棋力は大したことは無かった。大将戦以外は4局とも4−5分で決着が付いてしまう。青葉の相手は実際問題として駒の動かし方がかろうじて分かる程度の腕前だった。しかし大将戦だけはかなりもつれ、とうとう宮坂君は「負けました」と言って投了した。
 
しかし副将以下の4人が勝っているので、こちらが準決勝に進出した。 
「今の部ってさ、もしかして部員が事実上、大将の子だけだっりして」
と登夜香が言う。
「あとは数合わせ?」
と青葉は訊いたが
「いや。俺の相手はけっこう強かった」
と木嶋君。
「俺の相手もそこそこ指すと思った」
と大村君。
 
「つーことは、きっと副将戦・三将戦を捨てて、大将戦・四将戦・五将戦で勝ちあがる戦法だよ」
「なるほどー!」
 

準決勝の相手は、何だか頭の良さそうな子が5人である。青葉の相手になる三将が女子で他の4人が男子だ。盛岡の私立小学校のようである。
 
青葉は対戦していて、向こうが「先を読みながら」指していることに気付いた。きっと、こういう指し方が本来の将棋の指し方なんだろうねー、と思う。ところが向こうはあんまり長時間考えながら指していたので、持ち時間を使い切ってしまった! 
この大会では2回戦までは「指し切り」(持ち時間が無くなったら即負け)だが準決勝以上では持ち時間が無くなったら1手30秒以内に指せば良い「秒読み方式」になっている。
 
青葉は普段の部活でも全然考えずに指しているので今日もほとんど早指しの状態で指しており、ほとんど持ち時間を使っていない。しかし向こうは持ち時間が無くなったので「30秒将棋」になる。
 
ところが盤面はひじょうに複雑な展開になっていた。
 
それで5分ほど経った所で、とうとう30秒以内に相手が指しきれず、結局向こうの負けになってしまった。青葉としてはなかなか面白い展開だったので最後まで指したかったが、時間切れはどうにもならない。
 
登夜香は同様に複雑な戦いを制して勝っていた。四将戦は木嶋君が相手の伏線を読み切れずに負けた。五将戦は一方的な展開で大村君が負けていた。勝負は大将戦に掛かる。
 
こちらも複雑な展開だ。ここのチームはこういう難しい局面に持ち込むのが、きっと好きなんだろうなと青葉は思った。
 
大将戦はどちらも慎重に考えながら指している。そしてとうとう向こうの持ち時間が無くなり、向こうは30秒将棋になる。宮坂君はまだ3分ほど残している。そして30秒将棋になった途端、向こうの指し方の精度が悪くなった。その状態で少し指した所で相手が投了した。
 
投了した局面は、青葉でもその後の詰め方が分かる完敗状態だった。
 
「今の相手は持ち時間がもっと長かったらこちらが負けてたかもな」
と宮坂君は言っていた。
「でも早指しの練習をしてないんでしょうね」
「うん。きっとよくよく考えて指せって指導を受けているんだよ」
 

決勝になる。相手は釜石市の小学校だ。沿岸地域同士の対戦となった。 
青葉はいつものように、できるだけ「駒の勢い」が良くなるように指していく。ところが、指していく内に、勢いはどんどん悪化していくのだ。なぜだ〜!?と青葉は思ったのだが、要するに後々効いてくる相手の仕掛けを青葉が読み切れていないので、劣勢になっていくのである。
 
10分近く戦った所で、盤面は複雑な戦いにはなっていたが「駒の勢い」ではもう大差が付いていた。これはもう挽回不能と青葉は判断した。
 
「負けました」
と言って投了する。
 
お互いに「ありがとうございました」と言ってから、向こうが少し感想戦をしてくれた。
 
「ここの1手がこう効いて来たんですよね」
と青葉。
「うん。でもこの手は3年前の将軍戦で**九段が**八段相手に使っているんだよ」
と相手の子。
「すごーい。よく研究しているんですね」
「君、凄く強いみたいだし、プロのタイトル戦の棋譜くらいは見た方がいいよ」
「頑張ってみます」
 
「そもそもこの場面で投了するってので、君が物凄く強いことが分かる」
と相手の子は言う。
 
「だってこの後、私がこちらから攻めていっても、そちらがこう受けたらもう私は駒切れして、その先はもう敗戦の一途ですよね」
と青葉。
 
「うん。その応手があることに気付く所が凄い」
と相手の子。
 
実際、観戦していたギャラリーの中で、ここで投了したのに納得している人は半分も居なかったようである。
 

どうも相手チームは三将まではめちゃくちゃ強い子であったようだ。四将戦と五将戦はこちらが勝ったものの、登夜香も15分ほど戦った所で投了。登夜香の投了も、なぜ投了したのか分からない人が結構いたようである。
 
そして大将戦であるが、宮坂君は劣勢だった。それでも宮坂君はギリギリで逃げて入玉を敢行する。相手が詰めろの状態で駒をかなり消費しており持ち駒の数はこちらが多い。宮坂君は「入玉将棋」を宣言すれば勝てる状態に近づいていた。
 
そこで向こうはそれを宣言させないため必死でまた王手を掛けてくる。宮坂君が必死の応手をする。相手の持ち駒が尽き掛ける。あと少し頑張れば逃げ切れる、 
と思った時、宮坂君は痛恨のミスをしてしまった。
 
「あっ」
と言ったがもう遅い。
 
即詰みで宮坂君は敗れた。
 

こうして青葉たちの学校は岩手県大会準優勝に終わったのであった。
 
「優勝していれば全国大会で東京に行けたんだけどな」
「惜しかったですね」
「また練習しましょう」
 
表彰式で準優勝の賞状と楯をもらい、優勝したチーム、三位になったチームと握手した。3位になったのは準決勝で青葉たちに負けたチームである。 

17時すぎに会場を出た。
 
友人と盛岡駅前で待ち合わせることになっていると言うと、先生はいったんふたりを盛岡駅まで送ってくれて、その後、会場に戻り、残りの3人を乗せて大船渡に戻ると言ってくれた。
 
ところが盛岡駅まで行くと、既に天津子が来ていたので、先生は結局青葉たち3人を病院まで送ってくれて、その後、会場に戻っていった。
 
青葉は病院に着くと、宮坂君に先に病室に行ってもらい、ロビーで天津子と少し話す。 
「あの人どうなった?」
「残念だけど彼女は生きている。まあ看護婦は辞めることになると思うけど」
と天津子。
「またいけないことをしたりしない?」
「お道具は破壊したから」
「ありがとう」
 
「何かしようとして、していたのではない。無意識の行動だから、もうしないでしょ」
と天津子は言う。
「でもそれがいちばんやっかいなんだよね」
と青葉は言った。天津子も頷いていた。
 

病室に入る。
 
患者を見て天津子は顔をしかめる。
 
「あのぉ、やはり病状があまり良くないのでしょうか?」
と母親が心配して訊く。
 
青葉が代わりに答える。
「大丈夫ですよ。この子、オカマが嫌いなだけだから」
 
「あなた、元々女の子になりたいとか、スカート穿くのが好きだとかじゃないですよね?」
と天津子は尋ねる。
「そういう趣味はないです。それでバストが今少し膨らんでいるのも凄く憂鬱です」
とお兄さん。
 
「じゃ治療してあげますよ」
と天津子。
 
「川上さん、番号を書き出してみよう。お互いの結果を照合する」
「うん」
 
それでふたりは各々《番号》を紙に書き出してみた。
 
見比べる。
 
「一致してるね」
「じゃ大丈夫だね」
 
ふたりは処置する順番を決める。
 
「よし、じゃ分担して」
 
と言って始める。
 
「お兄さん、しばらくじっとしていてください」
「はい」
 
こういう《治療》は初めてだ。今まで青葉は治療する方法としては病巣を切ったり焼いたり、また気の流れを通したりあるいは遮断したりして物理的な作用を加えてきた。しかし今回青葉と天津子がしているのは、相手に呪文を掛けて霊的に病巣を攻撃しているのである。
 
従来の方法が外科的な処置とすれば、これは内科的な処置だ。病巣があまりにも多すぎて、外科的手法ではこの人を助けることが不可能なので、こういう方法を取ることにしたのである。
 
病巣の数は青葉と天津子が数えてみた所、全身に42グループ・306箇所もあった。これをMRIで見た医者は半分匙を投げながら化学療法を勧めたのではないかと思う。しかし病巣の出来ている場所により使うべき薬は違う。お互いに競合する薬もあるはずだ。
 
「すみません、お茶飲んでいいですか」
と途中でお兄さんは訊いた。
 
「ああ。水分は取った方がいいです」
と天津子も言う。
 
お兄さんは結局2Lのお茶のペットボトルを半分くらい飲んだ。
 
更に治療は続く。途中で看護師さんが体温・脈拍・血圧・血糖値を測りに来た。 
「あら、血糖値が低いですね。今日はインシュリン打たなくていいですね」
と看護師さんは言った。
 
膵臓の病巣を既に処置済みなので、インシュリンの出が良くなったのだろう。膵臓がやられているととてもやばいので、ここは最初に治療している。その後肝臓や腎臓の病変を優先して処置していた。
 
ふたりの処置は夕食をはさんで結局2時間以上掛かった。ふだんの投薬については天津子が「それは飲んで下さい」というので普通に飲んでもらう。しかしこういう長時間の治療は青葉にとっても、天津子にとってもめったに無いことである。エネルギーを補給する必要があるので、宮坂君に頼んでパンやおにぎりを買ってきてもらい、それを食べながらするが、それでも足りない。
 
天津子は「予備電源使おうよ」というので、青葉は先日天津子につないでもらったチャンネルを使って《予備電源》さんからパワーをもらう。どこのどなたか知りませんけど、ちょっと貸してくださいね、などと言いながらパワーを借りた。おそらく天津子の友人か親族なのだろう。そういえば自分も随分、祖母の電源になったよなと思う。また現在佐竹伶が祈祷をする時も青葉は自分のパワーを少し佐竹に貸している。
 

「終わりました」
と天津子が告げたのはもう20時40分くらいである。
 
「このあとどうすればいいでしょうか?」
「今日は処置しただけなので、病巣が実際に消えるには半月から1ヶ月かかると思います。その間、投薬は構いませんが、放射線治療・手術は拒否してください」
 
「分かりました!」
 
「たださあ、大腸のだけは手術が必要かも知れないよね?」
と天津子は青葉に訊く。
 
「うん。まだ早い段階だからおそらく腹腔鏡で済むと思う」
と青葉も言う。
 
「ちょっと病巣の範囲が広いんですよ」
と天津子。
「さきほど見せて頂いた飲んでおられるお薬もそれが対象のお薬みたい」
 
「はい、そんなことを先生はおっしゃってました」
 

天津子はもう北海道に戻る列車が無いので、その日盛岡市内に泊まり、翌日帰ることにする。青葉たちもお兄さんの《治療》の直後なので念のため一泊して翌日様子を見てから帰ることにする。
 
そういう訳で盛岡市内にホテルを確保する。青葉と天津子、宮坂君とお母さんで一緒の部屋に入った。
 
「ね、ね、ね、ね」
と天津子が妙に笑顔で青葉に語りかけるので、青葉は嫌ーな気がする。 
「例の呪文、試させてよ」
「え〜〜?」
 
「だって、男性器を縮小させてもいいような人なんて普通居ないもん」
「あははは」
 
「他にオカマの知り合い居ないしさあ」
 
ちなみに天津子は千里がMTFであることに気付いていない。
 
「でもおちんちんは小さくされると困るんだ。実は性転換手術を受ける時に、それをヴァギナを作る材料に使うから」
 
「なるほどー。だったらおちんちんは逆に大きくしようか?」
「あははは。凄ーく嫌だけど、それは正解かも」
 
例の《予備電源》を使ったせいか、今日の青葉はまた表情豊かである。多分この《電源》さんって、凄く優しい人なんだろうなと青葉は思った。
 

そこで天津子は青葉の身体を実験台にして、睾丸を縮小させ、ペニスを伸長させる術を掛けた。青葉のペニスは元々とても小さく、そのままではヴァギナの材料になり得なかったのが、天津子のおかげでこの後数年掛けて、ちゃんと材料になる程度まで成長することになる。
 
「睾丸は、川上さんが元々掛けていた術で機能が停止し掛かっているし、私がこれを数ヶ月に1度くらいやっていれば更に縮小して、その内消滅するかもね」
と天津子。
 
「消滅させたーい!」
 
「だったら継続的に術を掛けてもいい?」
 
青葉はさすがにためらった。術を掛け続けさせるためには自分の依代を天津子に委ねる必要がある。しかも根本的に天津子は自分を嫌っている。青葉たちのレベルで依代を渡すのは自分の命を渡すようなものだ。でも青葉は彼女はそんな悪用はしないだろうと思った。彼女は正々堂々と自分に勝ちたいのだ。 
「いいよ」
と青葉は答えた。
 
それで青葉は紙を切り抜いて人型を作り、それに自分の名前を書いて息を吹き掛け、自分の髪の毛1本とともに天津子に渡した。
 
「これ持ってれば私、川上さんを殺せるよね」
と天津子は、はしゃいだように言う。
 
「まだ死にたくないから、それは100年後くらいにして」
「100年後はさすがに私も生きてないな。まあ自分が死ぬ時にはその前にちゃんと処分するよ。私が突然死した場合は《チビ》に処分させるから」
 
《チビ》が処分するというのはちょっと怖いが、この虎ちゃんも最近は躾が行き届いているみたいだし、変な人の手に入るよりはマシかなと思う。 

翌日、病院を一緒に訪れた。
 
「今朝も血糖値低かったんですよ。お医者さんが血液検査してくれたら腫瘍の因子が凄く減っているということで、こちらで出した薬が偶然にもほとんどの病巣に効いているのかもということで、その薬をしばらく継続することにしました」
 
「良かったですね」
「女性ホルモンの薬も当面継続ということなんですけど、どんなものでしょう?」
とお兄さんは訊く。
 
たぶんあまり飲みたくないんだろうな。まあ普通の男の人にとっては身体が女性化していくのは耐えがたい精神的苦痛だろうと青葉は思う。
 
「女性ホルモンはサボってもいいですよ。処分に困るだろうから、お見舞いのお母さんやお姉さんなどを通して川上に渡してもらえばいいです。適当に処分してくれますから」
と天津子は言う。
 
青葉はドキっとした。
 
女性ホルモン剤。
 
欲しいよぉ!
 
「では私に渡して頂けましたら処分します」
「すみません。お願いします!」
 
実際お兄さんが男に戻れるのは、今の時期が限界だろうと青葉も思った。これだけの女性ホルモン投与を受けていたら、もう睾丸は死にかかっているはずだ。いったん死んでしまうと機能回復は困難だろう。この人、女性ホルモンのレセプターが強いみたいだし。
 

天津子は《はまなす》で帰るということだったので、この日も夕方まで病室に居て、17時半頃、お兄さんの食事とお薬が来た所で、その中の女性ホルモンだけ受け取り病院を出る。盛岡市内の日本料理店で夕食を取った後、天津子を盛岡駅に送って行き、そのあと大船渡に車で帰還した。
 
「でもお兄さん、盛岡に入院しているとお見舞いが大変ですよね」
と青葉は大船渡への道中で言う。
 
「私が月水金の3日間、娘が土日に泊まりがけで行って、火木は滝沢村に住んでいる夫の姉に顔を出してもらうことにしています。女性ホルモン剤の件も義姉に頼んで了承してもらいました」
とお母さんが言う。
 
滝沢村は盛岡の隣にある村である。長らく村であったが2014年に町を通り越して市に(合併を伴わず)単独昇格した。
 

青葉が帰宅すると、例によって母と姉がお腹を空かせていた。青葉は
 
「ただいまあ。これお土産」
と言って、盛岡で買ってきた肉まん・おにぎり・ピザに、インスタントラーメンの袋麺5個入りを出す。
 
「おお、すばらしい」
と言って母はとりあえず肉まんに飛びつく。
 
「暖めた方が美味しいけど」
「構わん」
 
青葉と未雨はレンジでチンして食べた。ピザもついでにチンする。昨日また溜めていた電気料金を青葉が盛岡のコンビニで払っておいたので今日は電気が使える。電話は数日かかるという話だったな。
 
「友達のお兄さんのお見舞いに付き合ってくれたお礼と言って1000円もらっちゃったから、それで買ってきたんだよ」
「ありがたい、ありがたい」
 
「今日の昼間はNHKの人が来たんだよ」
と母が言う。
「うちテレビなんて無いと言ったんでしょ?」
「そうそう。信用しないからさ。家に上げて見せたら同情してさ、非常食に持っていたという、あんパンもらっちゃったよ」
と母。
 
「おかげて今日はお昼が食べられた」
と姉。
 
しかし曾祖母が亡くなってから3年、この家もよく持って来たよな。
 

宮坂君のお父さんは「自宅近くの病院で療養したい」と主治医に申し入れて、市内の別の病院に転院した。するとみるみる回復して8月のお盆すぎには退院できた。9月いっぱい自宅療養して10月から仕事に復帰するということだった。休職期間は約1年に及んだ。
 
お兄さんの方は引き続き盛岡の病院に入院していたが、MRIの検査により、大腸の腫瘍を除いた他の部位の腫瘍の消失が確認され、投薬も少し軽いものに変更され、女性ホルモンの投与も停止されたということであった。その間2ヶ月弱の分の女性ホルモン剤(エストロゲン)を青葉は受け取ったものの、青葉はまだそれを自分で飲む勇気が無かった。
 
お兄さんは9月中旬、大腸腫瘍の摘出手術を受けることになった。天津子に確認した所、その手術はどっちみち必要だと思うと言ったので、受けることにした。腹腔鏡による手術なので、身体の負担は小さいものの、全身麻酔を掛ける必要がある。当日は宮坂君が自宅療養中のお父さんのお世話係を兼ねて大船渡に残り、お母さん・美麗さんと青葉の女3人で盛岡に車で出かけた。
 
青葉は車窓から国道107号線の山道を走りながら考えていた。取り敢えず自分の男性的二次性徴の発現は停めた。でも女性的二次性徴が発現しないかなあ、などと。それは普通の女の子が「白馬の王子様が現れないかなあ」と空想するのに似た感覚であったかも知れない。
 
運転はこの夏休みに美麗さんが運転免許を取ったということで、お母さんとふたりで交代で運転している。こないだちょっと海藤さんに教えてもらったけど運転って楽しいよね。私も早く18歳になって免許取りたい、と青葉は思う。 

病院に着いて患者を見て青葉は《治療》が物凄くうまく行っていることを認識した。お兄さんの身体をスキャンしてみる。病巣はもうほとんど消えている。数ヶ所残っているのは手術が終わった後で処理しようかな。これはきっとまだMRIでも見付けきれないだろう。
 
10時頃、手術室に運ばれていくお兄さんに付き添って3人も手術室の前まで行った。
 
「手術はどのくらい掛かるんでしょうかね?」
と青葉は訊く。
 
「早くて1時間半、長い場合は3−4時間と言ってましたね」
とお母さん。
 
「暇だな」
と美麗さんが言う。
「昭太、死なないよね?」
「過去5年間にこの手術で亡くなった人は居ないとは先生おっしゃってたけど」
 
「ここにずっと座ってても気が滅入るし、青葉ちゃん、ちょっと外に出よう」
「はい」
「お母ちゃん、車のキー貸して」
「うん」
 
それで美麗さんに連れられて青葉は病院の建物を出た。
 
「ちょっとドライブしようよ」
「いいですけど」
 
美麗さんは若葉マークを車の前後に貼り、青葉を助手席に乗せて車を出した。東北自動車道に乗る。東京方面は混雑しているものの青森方面はがらがらであった。美麗さんの車はスイスイ走る。ただしさすが免許取り立てである。下手だ!!
 
「ねえねえ、青葉ちゃんって実は男の娘だって噂あるけど本当?」
「ほんとうですよ。少なくとも戸籍上は」
「肉体上は? おちんちん、あるの?」
「それは秘密で」
「こうしてそばに居ても、男の子っぽい空気とか臭いとか、そういうのを感じないんだよねぇ。女の子と一緒に居る感じしかしないんだ」
 
「私の友人もそう言ってくれます」
「女性ホルモン飲んでるの?」
「まだ飲んでません」
「でも昭太が飲むはずだった女性ホルモン受け取ったよね」
「実は捨てずに持ってます」
「それ飲んじゃえば?」
「どうしよう・・・」
 
「継続的に欲しかったら、私調達できると思うよ」
「えーー!? ほんとにどうしよう?」
 

やがて広いSAに到着したが車はほとんど駐まっていない。中に入って一緒にラーメンを食べた。美麗さんがおごってくれた。
 
「ここのラーメン美味しいですね」
「うんうん。私けっこうこのチェーン店好きなのよね〜。この付近のSAとかPAに数軒あるよ」
「へー。そのうち免許取ったら来てみたいなあ」
 
すると美麗さんは少し考えるようにしてから言った。
 
「ねぇ、運転教えてあげようか?」
「え!?」
 
免許取り立ての人に教わりたくない気分ではあったものの、美麗さんは乗り気である。青葉に運転席に座るように言い、自分は助手席に乗って、教えてくれる。 
「最初はブレーキ踏んだ状態でエンジンを掛けよう。但し古い車にはブレーキ踏んでいるとエンジンの掛からない困った車もあるからその時は先にエンジン掛けて」
「はい」
 
「セレクトレバーをPからDにして、ゆっくりとブレーキから足を離す」
 
それで車はクリープで動き出す。
 
「あとは右足はアクセルの上に置いてその踏み加減で速度を調整するんだよ。ただしアクセル踏んでなくてもブレーキから足を離している限り車は動くからそのことを忘れないように」
「はい」
 
それで美麗さんの指示に従ってSAの駐車場内を何周かする。
 
「あんたうまいじゃん。前にも運転したことあった?」
「いいえ」
「だったらあんた素質あるよ。このまま本線に行こう」
「えーー!?」
 
美麗さんの指示でSAの出口に向かい、50km/hくらいまで速度を上げる。バックミラーと目視で確認して本線に合流しながら車を急加速させる。80km/h, 90km/h, 100km/h と加速して、左車線に遅い車がいるので、また後ろをミラーと目視で確認しつつウィンカーを出して右車線に行きその車を追い越してからまた左車線に戻る。
 
「あんた、私よりうまいじゃん。すごーい」
と美麗さんが言う。
 
いや、美麗さんが下手すぎると思うんだけど!?
 
結局青葉は次の次のPAまで約20kmを運転した。さすがに駐車枠には停めきれないので、適当な所に停めてから美麗さんと運転を代わった。美麗さんが枠に停めてから休憩することにし、トイレに行って自販機のジュースを買って飲む。それでそろそろ帰ることにして次のICでUターンし、盛岡に戻る。帰りもまた青葉が20kmほど運転した。
 
「良かったら時々運転教えてあげるよ」
「そうですか? じゃちょっと教えてもらおうかなあ」
 
それで青葉はこの後、度々美麗さんと車でお出かけしてあちこちで運転の練習をさせてもらうことになる。
 

盛岡に戻って来たのはもう12時半過ぎである。手術は長引いているようで、まだ終わっていない。青葉たちが戻ってから30分ほどしてやっと終わって手術室から出てきたが、お兄さんは元気そうで、こちらにむかって笑顔で手を振っている。 
へー、全身麻酔掛けても麻酔が覚めてから手術室を出るのかと青葉は初めて知った。回復室で少し様子を見てから病室に戻る。
 
そしてここからが青葉のお仕事である!
 
この時期、青葉はまだ組織を「つなぐ」という技を習得していない。手術部位の「気の乱れ」を直していくだけだが、これだけでも回復はぐっと早くなるのである。 
取り敢えず手術で切除した周辺を治療していく。それに30分ほど掛けて、それから腹腔鏡を入れるために切開したお腹の傷口の付近を修復していった。 
青葉がその作業を終えた頃、お医者さんが様子を見に来てくれた。
 
「何だか凄く順調な感じですね。やはり若いから体力あるんでしょうね」
とお医者さんは言っていた。切り取った組織は病理検査に回して悪性のものでないかの確認をするという。
 
その日は16時くらいで引き上げることにした。消化器の手術なので手術後5日ほどは食事が取れない。その間は点滴で栄養を取ることになる。異常が無ければ月末くらいには退院できるかもとお医者さんは言っていた。
 
「退院って夢のようだわ」
と帰りの車の中でお母さんが言う。
 
「一時はお父さんも昭太も本当に病院から出てこられるのかって不安になったよね」
と美麗さんも言う。
 
「川上さんと海藤さんのおかげですよ」
と言ってから
「すみません。これお礼はいくらくらいすれば?」
などと訊く。
 
「お気持ちでいいですよ。私たちは自分に責任感を持たせるため、無料では仕事しないけど無茶な料金は取りませんから。それに今は入院やら手術やらでお金が掛かっているし、無理しないでくださいね」
と青葉は言った。
 
「川上さんの曾祖母さんは、お魚とか大根とかでもらったりしてたみたいね」
と美麗さん。
 
「ええ。おかげで食べ物には困らずに済んでました」
 
と青葉が言うと、お母さんも美麗さんも笑っていた。
 
「川上さんって割と楽しい方みたい」
とお母さん。
 
青葉は常に無表情なので、怖い人だと思われることが多い。美麗さんは青葉の家庭事情も知っているような雰囲気だったが、さすがに本人の前では発言を控えているようだ。
 
お母さんは月末に取り敢えず5万払ってくれたが、青葉は自腹を切って天津子に10万送金した。そして年末になってから追加で40万円払ってくれたので、追加で20万天津子に送金した。結果的に45万の報酬の内、天津子が30万、青葉が15万もらったことになる。
 

盛岡から戻った翌日、咲良が早紀と青葉を誘って、仙台まで遊びに行こうよと言ったので、咲良のお母さんの車に乗って一緒にお出かけした。
 
松島の水族館に寄ってから仙台でマクドナルドを食べて帰るというコースになった。ペンギンたちの様子に時間を忘れて見とれ、マンボウなど見てから3階に上っていくとイソギンチャクなどがいる。
 
チンアナゴに見とれていた咲良が
「ね、チンアナゴって、おチンチンに似てるからチンアナゴって言うの?」
などと大胆なことを言う。とても男嫌いの女の子の発言とは思えん!
 
「違うよ。顔が犬の狆(ちん)に似てるからだよ」
「犬の方か! でも犬の狆の名前の語源は?」
 
「小さい犬だから、ちいさいいぬ→ちいぬ→ちぬ、と変化したという話」
「へー! 小さいからだったのか。ちんちんが付いてるからじゃないのね?」
と咲良。
 
「いや、みんなオスはちんちん付いてると思うし、狆だってメスにはおちんちん無いよ」
「あ、そうか!」
 
「青葉、もうおちんちん無いよね?」
などと咲良はまた唐突に訊く。
 
「秘密」
と青葉は答える。
 
「水泳の授業で水着になった時は、付いてないみたいに見えるよねー」
と早紀は言う。
 
「うん。それでもう切っちゃったのかと思ってた」
と咲良。
 
「でも青葉は隠しているだけと言ってる」
「隠せるものなの?」
「隠しかたがあるんだよ」
と青葉はいつものように能面のような表情で答えた。
 
「能ある鷹は爪を隠す。珍ある女の子は棒を隠す?」
などと咲良はよく分からないことを言っている。
 
「まあ普通は棒が付いているのは男の子だけど青葉は棒がもしあったとしても女の子だからね」
と早紀。
「そういや青葉ってナプキン持ち歩いているみたいだし」
と咲良。
 
「青葉、どこの使ってたっけ?」
「ロリエだよ。羽付き」
「私もロリエだけど羽無しだな」
「一度試してみる?」
「あ、ちょうだい」
などと咲良が言うので、青葉はバッグに入れたサニタリーポーチから1枚ナプキンを出して渡した。
 
「試してみよう。でもそのポーチ、手作り?」
「うん。端切れで作った」
「まめだなあ」
「入れてるのはナプキンだけ?」
「ナプキン2枚とパンティライナー2枚」
と青葉。
「私もそんなものだな」
と早紀。
 
「でも青葉、やはり生理あるのね?」
と咲良が訊くと、青葉は
「内緒」
と答えた。
 
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